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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

FA二人

プロ野球中日ドラゴンズの中村紀洋選手がFAで東北楽天に移籍することが決まりました。
また、横浜ベイスターズの三浦大輔投手は同じくFA宣言をしておりましたが、正式に横浜残留が決まりました。

今年のFAはほかにも中日川上投手や巨人上原投手などが宣言しておりますが、まずは国内移籍が前提だったと思われる二人の選手の進路が決まりましたね。

中村選手は一度行き場を失った身を中日に拾ってもらったという経緯があるため、今回のFAについては結構きびしい意見も出ていたようですが、複数年契約を求める中村選手と中日球団との交渉がうまく行かなかったようですね。

まだまだ実力的には充分な選手だと思うので、けがさえなければ来期は楽天の中軸打者として活躍してくれるのではないでしょうか。
来期の楽天はなかなか強敵になりそうです。

一方の横浜三浦投手は残留です。
手を上げていたのが私の好きな阪神タイガースでしたので、来てくれるのなら来て欲しいとは思っておりましたが、残留に決まってホッとしている面もあるんですよねー。

横浜としては来期も三浦投手を軸としたローテーションを組むことができ、これは非常に大きいことだと思うので、チームの再編成がやりやすくなるのではないでしょうか。
とにかくこれ以上落ちるところはない最下位でしたので、思い切った改革をしていく必要があると思うのですが、はたして来期はどうでしょうか。

思い切った改革は実は阪神にこそ必要なことでもあると思いますので、三浦投手が残念ながら来なかったことを逆にチャンスと思って発奮してほしいものですね。
特に若手投手は面白い選手が結構いると思うので、来年大化けしてくれる選手が出てくれることに期待です。

今日はこのぐらいで。
それではまた。
  1. 2008/11/30(日) 20:49:29|
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不幸な姉妹たち

20世紀を迎えたころ、全世界の海軍にとって、その主力というのは戦艦でした。
まだ、新型戦艦「ドレッドノート」が英国で作られる前ではありましたが、戦艦を持つということは、その国が核兵器を持つことに匹敵するほどの強大な力の象徴だったのです。

当然のごとくロシア帝国も海軍力の中心は戦艦でした。
ロシアはその広大な国土ゆえに、海軍力を二分する必要がありましたが、そのそれぞれに中核となる戦艦を建造していたのです。

「ボロディノ」級戦艦もそのようなロシア海軍の中核であり、20世紀が始まったばかりの1903年の11月に二番艦「インペラトール・アレクサンドル三世」が完成したばかりの最新鋭艦でした。
(一番艦「ボロディノ」は1904年8月完成)

「ボロディノ」級は当時技術導入の目的でロシアがフランスに発注していた戦艦「ツェザレヴィッチ」の図面を先に入手し、ロシア海軍なりの改正を施して自国建造を行なった戦艦で、いわば「改ツェザレヴィッチ」級とでも言うべき戦艦でした。

常備排水量13500トンあまり。
全長121メートル、最大幅23.2メートル、最大速力17.8ノット。
主砲には30センチ連装砲塔を前後に一基ずつ。
副砲には15センチ連装砲塔を六基も備えるという有力な戦艦でした。
これは当時の日本海軍の最強戦艦「三笠」に匹敵するものだったのです。

ロシア帝国はこの「ボロディノ」級を五隻建造し、そのうち四隻が1904年末の時点で完成しておりました。
おりしも大日本帝国との間に日露戦争が勃発。
ロシア帝国は完成していた四隻全てを「バルティック艦隊」に編入。
日本海軍を叩き潰すべく出発します。

日本にとっては相当な脅威であることは間違いありませんでした。
「三笠」に匹敵する戦艦が四隻も含まれているのです。
それに対して「三笠」はたった一隻。
日本海軍全ての戦艦を合わせても、四隻しかないのです。
(日露戦争開始時は六隻ありましたが、初瀬と八島が機雷で沈没)

一方バルティック艦隊は、出発時にはこの四隻の「ボロディノ」級最新鋭戦艦を含め戦艦だけでも十一隻。
旅順港にいる太平洋艦隊と合流できれば、それこそ圧倒的戦力で対抗することができるのです。
ロシアにとって残念なことに、バルティック艦隊の到着前に旅順港は落ち、太平洋艦隊は壊滅してしまいますが、それでも互角以上の戦力であることは間違いありませんでした。

しかし・・・
ご存知のようにバルティック艦隊は日本海海戦において日本海軍に一方的大敗北を喫します。
ロシア海軍期待の最新鋭戦艦「ボロディノ」級も、一番艦「ボロディノ」は沈没、二番艦「インペラトール・アレクサンドル三世」も沈没、四番艦「クニャージ・スワロフ」も同じく沈没。
そして、唯一残った三番艦の「アリョール」は日本海軍に降伏の憂き目に・・・

結局参加した四隻全てが日本海海戦でロシアから失われてしまいました。
そしてこの日本海海戦に間に合わなかった五番艦「スラヴァ」も、のちの第一次世界大戦時にドイツ海軍と交戦後自沈。
五隻全てが(ロシア軍艦としては)天寿をまっとうできませんでした。

日本海軍に降伏した三番艦「アリョール」は、その後日本海軍の戦艦「石見」として再就役します。
最新鋭だった「アリョール」は「三笠」よりも新しく、まだまだ有力な戦艦として期待されたのです。
しかし、時代は「ド級戦艦」の時代に移ってきておりました。
英国で戦艦「ドレッドノート」が完成したのです。
今までの戦艦は一瞬にして旧式戦艦となってしまいました。

「石見」も前ド級戦艦として旧式艦の仲間入りとなってしまい、大正元年(1912年)には戦艦から海防艦に艦種変更。
大正11年除籍され、大正13年に標的艦として爆撃実験に使われて沈没となりました。
ただ、結構長い間日本海軍で使われたことは確かで、ほかの四隻よりはいい生涯だったのではないでしょうか。

「ボロディノ」級は五隻が五隻ともあまりいい生涯ではなかったことから、戦艦史上もっとも不運なクラスと呼ばれることもあるそうです。
確かに不幸な姉妹たちだったかもしれませんね。

それではまた。
  1. 2008/11/29(土) 21:37:45|
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黒騎士物語

ハイ、私の大好きな小林源文先生のマンガです。

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こちらが表紙(これは旧版)

1943年以後、独ソ戦で守勢に回ったドイツ軍の中、隻眼の中隊長率いる戦車中隊が黒騎士中隊です。
物語はその黒騎士中隊にクルツという戦車兵が補充兵として配属されたところから始まります。

そして強力なソ連軍との戦いの中、数々のエピソードを残していくのですが・・・

もうね、源文先生のマンガの代表作ですよね。
このマンガを見たらウォーゲームやりたくなりますよ。

中隊長のバウアー大尉は歴戦のベテランで、のちには別のマンガなどでこの話の前のエピソードが描かれていたりします。
源文センセの代表的キャラクターですね。

本編のところどころに戦車の解説などが載っており、すべてを鵜呑みにすることはできないのでしょうけど、この作品で知ったことも多かったです。
何より視覚的に当時の戦車戦を見せてもらえるのはありがたいですよね。

のちに再販もされたりしていますが、私はこの旧版を大事に持っておりますです。
パンターで活躍する黒騎士中隊もいいのですが、エピソード初期の四号長砲身型で戦う黒騎士中隊もかっこいいんですよね。
四号戦車に惚れ直しますよ。

今日はこのぐらいで。
それではまた。
  1. 2008/11/28(金) 20:38:09|
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11月28日のココロ日記(BlogPet)

舞方雅人さんのあたまに、まだココロがいっぱい入ってないですよ!

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
  1. 2008/11/28(金) 10:26:46|
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これまた懐かしー

先週あたりから北海道では「必殺仕事人Ⅲ」が放映されてます。
午前中なので、録画してみているんですが、いやぁ懐かしいですねー。

1982年に放映されたドラマだそうで、「必殺」シリーズとしては19作目なんだとか。
藤田まことさんの「中村主水」さんが出るシリーズとしては9作目、「必殺仕事人」としては3作目というなんだかよくわからない話ですが、私にとって必殺と言えばこの必殺仕事人シリーズであることは間違いないので、なんだかんだと見てしまいます。

それにしても懐かしい。
本放送のころは高校生のころだったかなぁ。
必殺シリーズも脂の乗ってた時期だったと思いますねぇ。
殺しの見せ方が上手かった。

三田村邦彦さんの演ずる「秀さん」は飾り職人で、先を尖らせたかんざしで相手の首筋に一撃するやり方。
三田村さんが目が悪かったので、実際に相手の役者さんを傷つけてしまうことがあったとかで、秀さんに殺される役は大変だったという噂を聞いたことがありますが、本当だったんですかねぇ。

中条きよしさん演ずるのは「勇次さん」
三味線屋を営んでおり、三味線の糸で相手の首を吊り上げるというなかなか派手な殺しを見せてくれます。
首に絡み付いてピンと張った三味線の糸を指ではじいて絶命させるなんてかっこいいじゃありませんか。(笑)

このシリーズで加わったのがひかる一平さん演じる「西順之助」という学生というか受験生。
坊や扱いされつつもエレキテルの応用で電気を使った殺しを見せてくれます。
まあ、仕事人としては未熟者扱いなので、後半は重要な殺しはしなくなるようですけどね。

山田五十鈴さん演じる「おりくさん」は勇次さんの義理の母だそうです。
ウィキで知りました。
(役柄上で)実際の母とばかり思ってましたよ。
おりくさんは三味線のばちが道具。
ばちで相手のくびをかき切ります。
これまたなかなか魅せてくれます。

鮎川いずみさん演じるのが「加代さん」
何でも屋と言っていろいろなことをしつつ、裏の仕事の斡旋なんかをしています。
(殺しの)仕事をしない仕事人なんでしょうか。
いまいちあいまいな存在ですが、情報収集などの面では欠かせない人です。

藤田まことさん演じるのは、ご存知「中村主水」
ダメ亭主だ能無しだ種無しだと義理の母「せん」と妻「りつ」に愚痴を言われながらも同心の仕事をこなします。
ただ、その同心の仕事もあんまり成果を挙げるほどでは無いようで、昼行灯といわれているようですが、ひとたび殺しとなると眼光鋭くたいていの場合は一撃で相手をしとめます。
とはいえ、ほとんどの場合が奇襲なので、相手に反撃の余地がないのが普通なんですけどね。

それでもたまにチャンバラを見せてくれることがあり、そういったときには結構な腕の持ち主であることを見せてくれます。
やっぱり一番見ごたえのある人です。

とまあ、つらつらと「必殺仕事人Ⅲ」の登場人物なんぞを書いちゃいました。
なんかねー、懐かしくてねー。
今日もこれから録画を見ることにしますー。

それではまた。
  1. 2008/11/27(木) 20:56:44|
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そんなの知らねーよ!

戦争映画「バルジ大作戦」というのをご覧になったことはございますでしょうか?
第二次世界大戦中にドイツ軍が行なった最後の攻勢の一つ「アルデンヌ攻勢」を描いたもので、戦線に突出部(バルジ)を形成したことから、バルジ作戦と呼ばれている作戦の映画です。

映画そのものはM47パットン戦車がケーニヒスティーガーに扮してM41と撃ち合うという派手なもので、細かいことを気にしなければ楽しめる娯楽映画です。
その映画の中に、米軍MP(ミリタリーポリス:野戦憲兵)に化けたドイツ軍兵士が出てくるのですが、実はこれも実際のエピソードが元になっておりました。

ドイツ軍の「アルデンヌ攻勢」、正式名「ラインの守り作戦」が発動されたのは1944年12月16日のことでした。
ノルマンディー上陸以後米英連合軍に対し防戦一方となっていたドイツは、ここで乾坤一擲の大反撃を行い、連合軍の防御の手薄なアルデンヌの森からアントワープまで一挙に貫いて、米英軍を分断して海に追い落とすという稀有壮大な作戦でした。

もちろんそんな途方もない作戦が成功するはずもなく、実行したドイツ軍将官ですら無謀な作戦というのはわかっていたことでした。
しかし、ヒトラーの命は下ります。
ドイツ軍はそのもてる力のほとんどをつぎ込み、一大反撃を行ないました。

この「ラインの守り作戦」の一部として行なわれたのが「グライフ作戦」でした。
特殊部隊を使ってムッソリーニを山荘から誘拐するなど数々の奇抜な作戦を成功させてきたオットー・スコルツェニーの指揮の下、ドイツ軍内各所から英語を話せる兵士たちをかき集め、鹵獲した米軍の軍服を着て同じく鹵獲した米軍のジープやトラックなどに乗って米軍を混乱させるという作戦です。

彼らは米軍が奇襲を受け混乱していることに乗じて敵地奥深くに入り込み、重要拠点を確保したり破壊工作を行なったりしてドイツ軍の進撃を助けるのが目的でした。
実際少数の偽装米兵たちは敵陣深く入り込み、そこで少々の破壊工作を行ないます。

ですが大多数の偽装米兵は米軍兵士に怪しまれ、その場で取り押さえられてスパイとしてつかまりました。
中にはジープに四人も乗っているのが怪しいということでばれた偽装米兵もいたそうです。
(車両が潤沢な米軍は、一台のジープに四人も乗らないのだそうです)
彼らは米軍の軍服の下にドイツ軍の軍服を着込んで活動しておりましたが、ほとんどがスパイとして銃殺だったそうです。

この偽装米兵の出現は、米軍内をさらに混乱させました。
捕らえられた一人が尋問に対して、「アイゼンハワーの暗殺が目的である」などと嘯いたため、連合軍司令官アイゼンハワーは、安全の確保という名目で味方に監禁されるような状況となったのです。

ほかにも混乱は広がり、米軍兵士たちはみな疑心暗鬼にとらわれてしまい、ちょっとでも変だと思った奴に対しては「ミッキーマウスのガールフレンドは誰か」とか、「今年のホームラン王は誰か」とか、アメリカ人なら知っているであろう質問を次々と浴びせたのだといいます。

ブラッドリー将軍もこの混乱に巻き込まれた一人で、憲兵の一人に「イリノイ州の州都」を訊かれ、「スプリングフィールド」と正しく答えたところ、憲兵は「シカゴ」だと思い込んでいた(イリノイ州一の大都市なので州都と勘違いしている人も多かった)ために偽装米兵の疑いをかけられて足止めを食ってしまったのだそうです。

このように米軍に混乱をもたらした「グライフ作戦」ではありましたが、肝心の橋梁の確保などの目的は達成できずに終わり、捕らえられなかった偽装米兵たちは早々に米軍の軍服を脱ぎ捨てて味方陣内に戻ったといいます。

奇抜な作戦だったかもしれませんが、ある意味非常に卑怯な作戦でもあり、このような作戦を取らなくてはならないほどドイツ軍は追い詰められていたということなのかもしれませんね。

それではまた。
  1. 2008/11/26(水) 20:40:39|
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車輪付きだけど・・・

機関銃が連続射撃するときに問題となる点の一つが銃身の加熱であることは以前お話いたしました。
発砲時の火薬の燃焼熱で金属の銃身が熱を持ち、それによってゆがみが生じてしまうのです。

そのため、機関銃にはそれぞれ工夫を凝らした銃身冷却機能が備えられることになったのですが、結局大別して二つの方法が取られます。
一つは銃身のまわりに放熱フィンなどを取り付ける空冷式、そしてもう一つは水などの液体を銃身のまわりに通す水冷式です。

それぞれに一長一短があり、軽量で運用しやすいが冷却能力に劣る空冷式と、重くてかさばるが冷却能力に長けた水冷式の二種類を軽重機関銃として組み合わせて運用することが第二次世界大戦ごろは一般的でした。

第二次世界大戦前のソビエト連邦でも、水冷重機関銃は重要な歩兵火力の一つであり、1910年に実用化されたマキシム機関銃がその優秀性もあって使用し続けられておりました。
もちろん第一次世界大戦(1914-1918)の前に採用された機関銃ですので、細かな修正はいくつもされていたのですが、基本はまったく変更されずに使われ続けていたのです。

映画などでも見かけることがあると思うのですが、このソ連の水冷重機関銃はPM1910というナンバーで呼ばれ、一番の特徴として両側に車輪の付いた二輪タイプの銃座によって運用されたことでしょう。
昔のタミヤのプラモにも、車輪付きのこのPM1910を引っ張っている歩兵の人形が付いたものがありました。

この二輪式銃座は、アレクサンドル・アレクセイヴィッチ・ソコロフという人が開発したもので、「ソコロフマウント」と呼ばれるものでした。
水冷重機関銃はどうしても重量が重くなるために、少しでも動かしやすいようにとの配慮だったのでしょう。

しかし、PM1910はもともと水冷機関銃であるために機関銃本体だけでも約28kg.も重さがありました。
そこへさらに二輪式とはいえ機関銃本体よりも重いソコロフマウントを付けると約63kg.にもなり、固い地面であればごろごろと引っ張っていけますが、あの悪名高いロシアの泥濘だとほとんど意味がなくなってしまったのではないでしょうか。

さらにソ連軍は、陣地固定して射撃することの多い重機関銃であるため、射手が狙われてしまうことも考慮してこのPM1910にさらに重くなる防盾をつけたのです。
これでPM1910は約70kg.にもなりました。
しかもこの防盾は、実戦で使ってみるとほとんど役に立たないことが判明し、ただ重量だけを増やす役にしか立たなかったのです。

ソ連人だって少しでも軽いほうがいいと思うのは人情で、結局この防盾はほとんどの場合取り外されて使用されることが多かったようです。
しかし、ソコロフマウントと機関銃本体の重さだけはどうしようもなく、より軽量の空冷式重機関銃をソ連は開発することになりました。

とはいえいつのことになるかわからないし、ドイツ軍の侵攻が始まってしまった1941年以後は、使えるものはなんでも使わないといけなかったしで、PM1910重機関銃はソ連軍の重機関銃の主力として使われていきます。
また小改修も順次行なわれていき、水冷用の水を補給しやすくするための大型キャップが水冷カバーの上に付けられます。
このキャップはなんとトラクターのラジエーター用のキャップを流用したものだそうで、開口部が大きくなったため水の補給がやりやすくなったほか、冬は雪や氷をがさっと入れることもできたため非常に使い勝手はよくなったそうです。

独ソ戦初期にはドイツ軍にもかなりの数が捕獲され、sMG216(r)のナンバーを付けられて使用されました。
重たいことを除けば充分実用性の高い重機関銃だったのでしょう。

どのくらいの数が作られたのかは定かではありませんが、1943年に生産終了になった後もソ連軍は使い続け、1945年の終戦まで使われています。
それどころかその後も各地の戦場に姿を見せ、ベトナム戦争でも北ベトナム軍が使用したと言う話です。
息の長い兵器だったんですね。

それではまた。
  1. 2008/11/25(火) 20:56:41|
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まわりまわって・・・

ヘロヘロですー・・・
喉の痛みが取れないー。
やれやれだ・・・

1942年、鉄パイプからロケット弾を発射して敵戦車に成型炸薬弾をぶつけるという荒々しい兵器が米軍に採用されました。
この2.36インチロケットランチャーは、コメディアン「ボブ・バーンズ」氏の持っていたラッパから、「バズーカ」という愛称を得て米軍歩兵たちに親しまれることになります。

バズーカから発射されるロケット弾の成型炸薬弾は、もちろん対戦車用の代物ではありましたが、ほかにもトーチカや重防御施設に対しても威力を発揮し、どちらかというとそちらが主な使われ方だったと言ってもいいかもしれません。

何しろバズーカのロケット弾は150メートルぐらいしか飛ばず、敵戦車に命中させようと思ったら、さらに接近しなくては当たりません。
必然的に危険も大きくなり、敵戦車に向かって使うのはよほどほかの手段がないときに限られたでしょう。
特にドイツ軍戦車の脅威が少なくなった戦争後半でhなおさらだったと思います。

米軍としても、このバズーカの射程の短さは欠点と考えていたらしく、射程を延ばす改良をするとともに歩兵用の携帯対戦車兵器としてバズーカの代用となるものを捜し求めました。

そこで目に止まったのが無反動砲でした。
ロケットランチャーがロケット弾自体が噴射して加速していくのに比べ、無反動砲とは発射の瞬間に反動を打ち消す作用を発生(反対側にも同じ重量のものを撃ち出すとか爆風を噴き出すとか)させて砲弾を撃ち出す大砲の事を言います。
米軍はこの無反動砲で肩に担いでバズーカのように撃つことのできるものを作ることにしたのです。

このアイディアは実行に移され、1944年前半ごろには57ミリ口径の無反動砲M18として正式に採用されることになります。
M18無反動砲は、その名の通り無反動(低反動)射撃のできる大砲であり、後部から射撃時の発射ガスを逃がすことによって砲弾発射時の反動をゼロに近づけたものでした。
砲弾は専用の57ミリ砲弾であり、榴弾で歩兵や家屋などを撃つこともできれば、成型炸薬弾で敵戦車を撃つこともできました。

射程は最大で約4000メートルもあり、バズーカとは比べ物にならない長射程を持ちました。
しかし、肩に担いで撃つ場合は、遠くに飛ばそうとすると砲身先端を斜め上に持ち上げる必要があり、そうすると後ろから噴出された発射ガスが地面に跳ね返って射手を黒こげにしてしまうので、肩撃ちではせいぜい2000メートルも飛ばせるかどうかだったと思います。
(有効射程はおそらく1000メートル以下だと思います)
幸い機関銃の三脚などを利用することができたので、その場合は安定した射撃ができ、射程も長く使えたでしょう。

M18無反動砲は、ドイツ戦車の脅威の残るヨーロッパではなく、なぜか太平洋の日本軍相手にまず配備されました。
フィリピンなどのジャングルで日本軍の陣地に向かって撃ち込まれたのでしょう。
ヨーロッパではあまり使われなかったとも聞きます。
手軽さにおいて上回るバズーカのほうが好まれたのでしょうか。

M18無反動砲は、その後多少改良されM18A1となりますが、第二次世界大戦後、このM18A1をコピー生産した国がありました。
それは中国で、このM18A1を36式無反動砲として生産したのだそうです。

この36式無反動砲は今度は中国からベトナムに流れ、ベトナム戦争時に共産ゲリラ、いわゆるベトコンが使用しました。
米軍の主力戦車M48あたりには通用しづらかったかもしれませんが、米軍が多用したM113装甲兵員輸送車あたりには充分な威力を持っており、米軍はいつしか自分の兵器がまわりまわって自分たちを撃ってくるという事態に晒されたのです。

のちにはソ連製の携帯用対戦車兵器RPG-7が主流となりますが、ベトナム戦争前半においてはベトコンにとっては大いに使える兵器として重宝されたのだといいます。
一つの兵器がまわりまわってというのはなかなか面白いものだと思いました。

それではまた。
  1. 2008/11/24(月) 20:30:21|
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読了です

今月発売の「歴史群像」92号読了しました。


これが表紙。

今回は第一特集がマッカーサー伝。
占領下日本の支配者と言っていいダグラス・マッカーサー米軍元帥の人物伝でした。
マッカーサーが行なった占領日本に対するさまざまな施策は、父アーサー・マッカーサーがフィリピン総督時に行なった施策を元にしていたというのは知りませんでした。
あと、米軍内でも一部の取り巻きのみを重用し、それ以外にはかたくなな態度だったというのも知りませんでした。
朝鮮戦争時に原爆使用するかもしれない状況だったというのは知っていたんですけどね。

第二特集は豊臣朝臣徳川家康。
一般的に豊臣家から政権を簒奪したイメージで語られる徳川家康ですが、この記事では逆に三成の策謀によって豊臣政権を守ろうと奔走するあまり、結果的に豊臣家から政権を奪い取るような形になってしまったとしています。
なるほどーと思える話で、物事の見方は一面的なものではないなーと思いました。

ほかにもドイツ空母の話や陸軍教範の連載記事など面白いものが多く、いつも楽しく読んでいます。
歴史の好きな方はお手にとって見てもいいと思いますよ。

今日はこんなところで。
それにしても喉が痛いよー。
風邪ひいたかなー。
それではまた。
  1. 2008/11/23(日) 20:03:32|
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アハトアハト(88)

第一次世界大戦終結後、ドイツはヴェルサイユ条約に基づき軍備にいろいろな制限を受けることになりました。
新兵器の開発も同様で、ドイツの重要な兵器メーカーは兵器開発の道を閉ざされてしまいます。
いったん閉じられて失われた技術は、取り返すにはものすごい年月と労力が必要となります。
そのため技術を失うことを恐れたドイツは、国内の技術者を協力してくれる海外メーカーに派遣して、そこで共同開発などを行なうことで技術の保存を図りました。

そのような兵器メーカーの一つだったクルップ社も、スウェーデンのボフォース社などに技術者を派遣して技術の保存と新技術の獲得に務めました。
そしてそういったスタッフたちが帰国し、新たに新型砲の研究を始めたのが1922年のことでした。
そして幽霊会社の設立などを行い、1925年に開発を始めたのが砲身長60口径の75ミリ高射砲でした。

この75ミリ高射砲は、順調に開発が行なわれ、1930年には完成します。
十字型砲座の上に設置され、360度回転することが可能で、移動するときには前後にトレーラーを取り付けて左右の脚をたたんで移動するというスタイルで、優秀な高射砲だったそうです。
この75ミリ高射砲はブラジルやスペインに輸出されたそうですが、ドイツ陸軍は採用しませんでした。
ドイツ陸軍はこの75ミリ砲を一回り大きくした高射砲の開発を命じていたのです。

75ミリ高射砲がまだ開発中であった1928年。
ドイツ陸軍兵器局はトレーラー牽引式の88ミリ高射砲の開発をクルップ社に求めます。
クルップ社はこの要求にこたえるために、開発中だった75ミリ高射砲を拡大改良して開発することにし、1930年には設計を完了しました。

こうして設計された88ミリ高射砲は、砲身長が56口径で十字型の台座に載せられ360度回転が可能。
砲弾は最大で高度1万メートルまで達し、有効射高でも7500メートルと当時の航空機に対しては充分な威力を有しておりました。
移動に際しては75ミリ高射砲と同じように台座の前後にトレーラーを付け、左右の脚を折りたたんで牽引するというスタイルとなり、8トン牽引車で牽引できる約7トンの重量に抑えることができました。

1932年には試作砲も完成し、試験の結果翌1933年には88ミリ高射砲Flak18として制式化されました。
(Flakはドイツ語の高射砲の頭文字。また18という数字は1918年に完成したという意味で、新規開発ではなく第一次大戦中に出来上がっていたんだというごまかしのための数字です)

Flak18は、1936年までに約1000門が完成し、ドイツ空軍とドイツ陸軍に納められます。
もともと高射砲は空軍の管轄ですが、陸軍はこの砲の弾道直進性に目をつけたといわれ、トーチカなどの直射破壊用にと考えたのだと思われます。
そのため陸軍配備のFlak18には高射砲弾は回されなかったともいいます。

スペイン内戦などの実戦に参加した88ミリ高射砲Flak18は、実用上の若干の問題点を修正するために、のちにFlak36という形式が作られますが、完成したFlak18とは共通する部分がかなりあり、砲身だけをFlak36のものにするなどして最後まで使われました。

88ミリ高射砲Flak18は、その改良型であるFlak36とともにドイツ軍の戦ったあらゆる戦場で活躍しました。
1940年のフランス戦では英仏の重装甲の戦車を撃破して、一躍タンクキラーとしての名を高め、1940-42年の北アフリカでは、ロンメル将軍の切り札として英軍を何度も痛撃いたしました。
1941年のバルバロッサ作戦でも、ソ連の誇るT-34やKV-1を撃破したことは周知のとおりです。

この砲の威力のすごさはほとんど伝説的にまでなり、後にはティーガーの主砲として採用されます。
またこの砲の発展型として71口径88ミリ砲が作られ、ナスホルンやケーニヒスティーガーの主砲として採用されました。

米英連合軍からはまさに最強の対戦車砲として恐れられ、「エイティエイト(88)」は連合軍戦車兵にとって恐怖の代名詞でした。
一方ドイツ軍将兵からは強力な敵を撃破してくれる頼もしい存在であり、「アハトアハト(88)」と呼んで親しんだのです。

おそらく一種の大砲としてこれほどに知名度の高い砲はほかにはないでしょう。
今後も出てくることはないと思います。
半ば伝説として語り継がれる88ミリ高射砲。
ですが、その伝説は、高射砲としての任務外のことで名を馳せた結果であり、88本人はそのことを苦笑していたのかもしれませんね。

それではまた。
  1. 2008/11/22(土) 20:37:53|
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MVPと新人王ほか

今年のプロ野球の最優秀選手(MVP)と最優秀新人(新人王)が決まりましたね。

最優秀選手はセが巨人のラミレス選手。
パが楽天の岩隈投手でした。
ラミレス選手は今年一年巨人の四番を務め、逆転優勝に大きく貢献したのが評価されたんでしょう。
一方岩隈投手は五位チームからの選出で、優勝チーム以外からの選出は三年ぶりとか。
年間21勝を上げ、最多勝、勝率、防御率いずれもトップという成績でした。

新人王はセが巨人の山口投手。
パがオリックスの小松投手でした。
特に小松投手は、それ以外の方への投票が一つもないというすごさで、満場一致の受賞です。
オリックス先発投手陣の軸として、15勝3敗の成績は見事でした。
オリックスをAクラスに押し上げたと言っても過言ではないんでしょうね。

山口投手は育成選手からのスタートだったんですね。
今年の巨人の優勝はこの山口投手のがんばりなくしては考えられないものだったでしょう。
本当に彼の球は打てませんでした。

そして同時に発表されたベストナインは以下のとおり。

【セ・リーグ】

▽投手:グライシンガー(巨人)▽捕手:阿部(巨人)▽一塁手:内川(横浜)▽二塁手:東出(広島)▽三塁手:村田(横浜)▽遊撃手:鳥谷(阪神)▽外野手:ラミレス(巨人)、青木(ヤクルト)、金本(阪神)

【パ・リーグ】

▽投手:岩隈(楽天)▽捕手:細川(西武)▽一塁手:カブレラ(オリックス)▽二塁手:片岡(西武)▽三塁手:中村(西武)▽遊撃手:中島(西武)▽外野手:稲葉(日本ハム)、栗山(西武)、リック(楽天)▽指名打者:ローズ(オリックス)

阪神からは鳥谷選手と金本選手、日本ハムからは稲葉選手が選ばれました。
正直鳥谷選手はちょっと微妙な気もしますが、選ばれてよかったですね。

そして引退した清原選手にパ・リーグから功労賞。
人気の面では多くの人を惹き付けた清原選手。
まさに記録よりも記憶に残る選手でした。
お疲れ様でした。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2008/11/21(金) 20:50:29|
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11月21日のココロ日記(BlogPet)

ココロ専属のマネージャーさん、誰がいいですかねえ…

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
  1. 2008/11/21(金) 10:14:38|
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問おう、あなたが私のマスターか?

えーー、まあね、今さらですわな。
でも、以前に「月姫」も紹介していたし、ここで腹ペコ王を紹介するのも悪くないかなと。(笑)


ええ、いわずと知れた「セイバー」です。
こんな美少女で主人公のパートナー。
まあね、普通の男子高校生にはたまらないシチュですわな。
無論、この舞方とてそのようなシチュを夢見なかったとは言いません。(笑)

「Fate/stay night」です。
TYPE-MOON様が同人から脱却し、初の商業用作品として発売したのが2004年1月30日。
すでに4年が経過し、もうすぐ5年になるんですね。

伝奇ビジュアルノベルという形で、途中にちょこっとエロありです。
月姫同様エロ無しでも充分すぎるほどの内容だと思います。

冬木の町に繰り広げられる「聖杯」を求めての戦い。
その戦いにいやおうなく巻き込まれた主人公「衛宮士郎」
彼は突然現れた美少女セイバーとともに聖杯戦争を戦うことになるのだが・・・

と、まあ、内容はかなりの人がご存知でしょう。
アニメにもなりましたしね。
とにかく面白いのは間違いないです。
私も好きな作品です。

それにしてもシナリオを書かれた「奈須きのこ」さんってすごいですよねー。
あそこまでのものが書けるってうらやましすぎです。
少しでもあの域に近づけるようにとは思っているのですが、なかなかねぇ。

え~、一応ですが悪堕ちあります。
でも、この悪堕ちは私はダメでした。
シチュもいいし、堕ちるキャラなんて最高なんですが・・・
ダメでした。
あまりにも主人公に思い入れしすぎただろうか・・・
そんな気は特にないんですけどねぇ。

と、言うわけで桜ルートは一回しかやってません。
あのルートこそ真髄のようなものなんですけどねー。

キャラはすごい魅力的なキャラばかり。
セイバーも凛も桜もタイガーも。(笑)
ああいうキャラが書けるようになりたいなぁ。
うらやましいなぁ。

ということで今日はこんなもので。
それではまた。
  1. 2008/11/20(木) 20:48:06|
  2. PCゲームその他
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久しぶりに悪堕ち

同人サークル「サークルゆき」様のアダルトアドベンチャーゲーム「退魔師イズミ弐」をプレイいたしました。

12 タイトル
(タイトル画面:彼女がヒロインの退魔師イズミちゃんです)

このゲーム、前作で妖鬼という妖魔を倒したイズミでしたが、またしても妖魔が現れ、母親がさらわれて・・・というものです。
途中いくつかの選択肢と戦闘があり、その結果によっていくつかのエンドに分かれるというもの。
以前ネットの友人にいいですよーと言われていたので、プレイしてみることにしました。

ええ、個人的な感想ですが、これはなかなかよかったです。
戦闘がある(これは結構厄介ですが)ことで、イズミに思い入れることができ(やっぱりやるからには勝ちたいでしょ)、敗北したあとの陵辱が楽しめるというものでした。

また、あるエンドでは、まさに望んでいたような悪堕ちエンドがあって、イズミが素敵な衣装で妖魔の手先になってくれます。
また、別なエンドでもちょっと先が楽しみかなという妄想を働かせることができるものがあり、にやっとしてしまいました。

値段のわりには楽しめるゲームだと思いますので、機会があれば楽しんで見られてはいかがでしょう。
私は楽しめましたですよー。
いやぁ・・・悪堕ちはいいですねー。

それではまた。

[久しぶりに悪堕ち]の続きを読む
  1. 2008/11/19(水) 20:42:38|
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超大型な車体で超小型な名前

ドイツがソ連に侵攻を開始した1941年6月。
ドイツ軍はKV-1というソ連の重戦車に遭遇し、その強力さに驚くこととなりました。

そして半年ほど経った1941年11月29日。
ヒトラー総統の官邸で、一つの会議がもたれます。
ソ連がさらに強力な戦車、しかも総重量が100トンにも及ぶ超重戦車を試作中との噂に基づき、その対抗策をどうするのかが議題でした。
(このソ連の100トン戦車なるものが何を指すのかはよくわかりません)

そこでヒトラーは、対抗上ドイツも100トン級の超重戦車を作成しなければならないと感じたようで、ポルシェ博士に試作を打診します。
この話は翌年3月には正式な計画となり、ポルシェ博士の設計で100トン級重戦車が試作されることになりました。

とにかく強力な戦車を求められたポルシェ博士は、この新型重戦車にもティーガーの試作車体(後に重自走砲フェルディナント=エレファントの車体に使われる)と同じ、エンジンでモーターを回して走るハイブリットタイプの走行装置を採用。
重装甲の移動トーチカ的な戦車を設計します。

1942年の6月には基本設計が完成し、この時点で主砲に150ミリ砲を搭載し、さらに副武装として105ミリ砲まで主砲の横に装備するというとてつもない戦車として設計されました。

この強武装重装甲の巨大戦車は、ヒトラー総統にも気に入られ、細部を変更して実際の試作車作成に取り掛かることを命じられます。
このころにはすでにこの巨大戦車には、「マウスヒェン(ネズミちゃんまたは子ネズミ)」という愛称が付けられており、翌1943年2月には、正式名称としてこの巨大戦車は「マウス(ネズミ)」と名付けられることになります。

マウスは、総重量が180トンを超える空前絶後の重戦車であり、その砲塔だけでも55トンもあり、ほぼティーガー一両分(約56トン)の重さがありました。
こんな重たい戦車をまともに動かせる機械的変速機は当時はもちろんあるはずもなく、やはりエンジンでモーターを回して動かすというポルシェ博士の考えしかなかったでしょう。

車体はおよそ考えられる限りの重装甲に作られ、正面は車体正面で約200ミリの傾斜装甲、砲塔は約240ミリの装甲となっていました。
側面も砲塔で200ミリ、車体で180ミリの厚さがあり、まさに動くトーチカと言ってもいいものだったでしょう。
事実、このマウスは戦車ではなく移動要塞と捉えられていたとも聞きます。
(ティーガーで砲塔正面120ミリ、車体正面100ミリ、側面80ミリ)

180トンを超える重量を分散するために、履帯(キャタピラ)は思い切り幅が広く作られ、車体幅のほとんどを占めることになります。
実際マウスの車体の履帯と履帯の間はわずかに一メートルほどしかなく、操縦士は履帯と履帯の間のその隙間に挟まるようにして操縦することになり、ドイツ軍戦車によく見られた車体機銃を撃つ無線士用のシートはありません。

主砲は計画よりも若干口径を小さくし、128ミリ砲を搭載。
副武装は75ミリ砲に変更されました。

この128ミリ砲はケーニヒスティーガーの71口径88ミリ砲よりも強力で、当時の連合軍戦車で直撃に耐えられるものは存在しません。
装甲といい武装といい、まさに究極の戦車だったのです。

しかし、これだけの車両です。
動かすのはとにかく大変でした。
状態のよい道路上でもわずか時速20キロしか出ず、でこぼこした戦場では時速10キロも出るかどうか怪しいものでした。
それでも、きちんと動くという点ではたいしたものだったのです。

マウスは1943年後半に入って、ようやく試作車の組み立てが始まりました。
しかし、そのときにはすでに機動性の悪さや運用のしづらさなどによりマウスは必要とされるものではなくなっておりました。
ヒトラー総統も興味をなくしたのか、1943年10月には計画の中止が発表されます。

ですが、政治的な絡みなのか、試作車の作成だけは続けられました。
1944年に入り、マウスは二両分の試作車がアルケット社で組み立てられます。
三号突撃法の生産で手一杯だったアルケット社は、それでもほそぼそと試作車の組み立てを行い、クンマースドルフの試験場で試験を行ないます。

そこではマウスの意外なほどの機動性のよさを見せ付ける(あくまでも予想よりもよかったというだけ)ことになるのですが、1944年末には試験も中止。
マウス計画はここに終了することになります。

1945年5月。
ベルリンに向かって進撃するソ連軍は、ベルリンから約50キロの位置にあるツォッセン市に到達。
そこで今まで見たこともない超巨大な戦車に遭遇します。
武装試験のために唯一武装を施されたマウス試作二号車でした。
ツォッセン市にはクンマースドルフ試験場があったのです。

マウス二号車は、ここでソ連軍と戦って破壊されたとも、単に自爆しただけとも言われますが、車体を大きく破壊されてしまいます。
ですが、クンマースドルフに残った一号車の車体が取り寄せられ、一号車の車体と二号車の砲塔を合体。
こうしてマウスは、今もロシアのクビンカ戦車博物館に実物が保管されているのです。

ケーニヒスティーガーも超える究極の戦車として、仮想戦記などでは活躍の場を与えられている超重戦車マウス。
きっと、ヒトラーもそういった仮想戦記を夢見たのでしょうね。

それではまた。
  1. 2008/11/18(火) 20:21:51|
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速度だけなら誰にも負けない

第二次世界大戦までの間、特に1920年代には各国の航空機開発者が、レシプロエンジンとは雲泥の差の高速を出せるロケットエンジンで航空機を飛ばすという夢を追い求めておりました。

しかし、ロケットエンジンは制御が難しく、実用化には程遠いものばかりでした。

そんな中、ドイツもご多分に漏れずロケット機の開発を進めておりましたが、1937年にいたって離陸から着陸まですべてをロケットエンジンだけで行なう航空機の開発に成功します。

これをきっかけに、1938年にはリピッシュ博士の作った無尾翼モーターグライダーに、ヴァルター博士の作ったロケットエンジンを搭載してロケット機を試作するというアイディアがドイツ航空省によって出され、DFS194と名付けられます。

DFS194はリピッシュ博士の指導の下でメッサーシュミット社によって試作がなされ、1939年末には初飛行に成功。
更なる発展のために航空省はこの機体にMe163Aと番号をつけ、実用試作機を三機作らせました。

完成した試作機Me163Aは、完全なる無尾翼の機体で、適度な後退翼を持つ先進的なデザインでした。
まさに新時代の高速機というイメージを見るものに与えたことだと思います。

もちろんその速度性能も抜群で、エンジンを噴射しない滑空試験では、降下だけで時速855キロを出して見せ、空力特性の優秀さを発揮します。
そしてエンジンを噴射させた速度試験では、時速1000キロを超えて1011キロにまで達し、当時としてはとてつもない空前絶後とも言うべき速度を出したのです。

ドイツ空軍はこのMe163Aを迎撃用戦闘機として採用することを決め、戦闘機として改良するように命じます。
そして、エンジンの強化や燃料タンクの大型化、機関砲の装備などを行なった迎撃戦闘機型のMe163Bが製作されることになりました。

しかし、やはりいろいろな問題点を改良するのに時間が必要だったのか、それとも戦争中になってしまったことで手が足りなくなってしまったのか、Me163Bが完成したのは1943年も秋になったころのことでした。

先行量産型が生産され、部隊にMe163Bが配備され始めたのは、1944年の6月でした。
ちょうど米英連合軍のノルマンディー上陸作戦が開始されたころのことです。

Me163Bの出現は、米英連合軍の戦略爆撃隊には驚きでした。
何せあっという間に上昇してきて、ものすごい速度で飛び回るのです。
深刻な脅威の出現と思われました。

しかし、Me163Bにはロケット機である弱点がありました。
それは噴射時間の短さです。
大きくした燃料タンクでも、Me163Bはわずか7分間に満たない時間しか噴射できません。
当然飛行場から遠くまでは飛べないのです。

米英連合軍はそのことを知りました。
となれば、対策は簡単だったのです。
Me163Bの配備されている飛行場の近くを爆撃隊が飛ばなければいいのです。
Me163Bは敵に出会うことすらできなくなってしまいました。

ならば、配備する飛行場を替えればいいとおもうのですが、Me163Bはそれもまた難しい機体だったのです。
ロケット用燃料は取り扱いが難しく、ただでさえ危険な代物でした。
設備のない飛行場では取り扱えなかったのです。

また、ロケット噴射は飛行場の滑走路に結構なダメージを与えます。
そのため、専用の対策を施した滑走路でないと飛ぶことができません。

こうしてMe163Bは、史上最初のロケット戦闘機という立場をモノにしたものの、作戦的には米英連合軍の爆撃機に対してなんら脅威とはなり得なかったといいます。
一説には、何らかの敵撃破を記録できたのは9機のみだったといいます。

ですが、リピッシュ博士の作った機体そのものは非常に優れていたものだったそうです。
操縦性も良好で、安定性も高かったといいます。
リピッシュ博士の提唱したデルタ翼は、のちのジェット戦闘機の世界に大きな影響を与えるものでした。

ドイツ軍はその後も終戦までMe163Bの改良を続けさせ、噴射時間を15分にまで延ばしたMe263という拡大改良型を試作しますがそこまででした。
その後現在に至るまで離陸から着陸までをロケットエンジンのみで行なう戦闘機は出現しておりません。
Me163Bは史上初というタイトルとともに(現在までのところ)史上最後のロケット戦闘機でもあったのです。
(日本の秋水は試作のみで実用化されてません)

それではまた。
  1. 2008/11/17(月) 20:37:47|
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実力なんだと思うけど・・・

野球のアジアシリーズの決勝戦が行なわれました。
なんとなんと、九回二死から西武がサヨナラですよ。
0-0の息詰まる熱戦は、最後の最後で西武に一点が入り決着が付きました。

これで日本は四年連続優勝ですね。
今回韓国のSKが決勝進出を逃したのが驚きでした。
まさかでしたね。

野球といえば、先日関西独立リーグというプロ野球組織のドラフトが行なわれたそうですが、そこで高校二年生の女子が指名されたんだそうですね。
男性と一緒に行うプロ野球選手としては初めての女性とか。
ナックル主体の横手投げの投手だそうで、トライアウトでも高評価だったそうです。

無論正当に実力を評価されてのドラフトだとは思うんですが、しばらくは客寄せパンダ的な扱いになっちゃうんじゃないでしょうかね。
マスコミはたぶんそんな感じで扱いそう。
でも、二、三年後には一イニング限定ぐらいのセットアッパーとして活躍してくれることを期待ですね。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2008/11/16(日) 19:45:20|
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死霊の夜明け

今日はちょっとした時間の合間にソロプレイ。
やったゲームは「死霊の夜明け」(SPI/HJ:タクテクス誌35号付録)です。
2007年12月20日の記事でも紹介しておりますね。

11・15(1)
これが初期配置をしたところ。
盤上にばら撒かれているのはゾンビユニットです。(笑)

このゲーム、タイトルからもお分かりの通り、あの有名なジョージ・A・ロメロ監督の映画「ゾンビ」(原題:Dawn of the Dead)を基にしたゲームでして、ショッピングモール内のゾンビを駆逐し、四ヶ所のシャッターを閉じて安全な空間にするまでを扱っています。

11・15(5)
これが人間側ユニット。
映画の登場人物そのままに、「ロジャー」「ピーター」「フラン」「スティーブ」の四人です。
上が通常状態のユニットで、数値は左から射撃回数・パニック値・移動力です。
パニック値はサイコロでこの数値以下を出してしまうとパニックに陥るというもので、やはり女性のフランは高くなってます。

下の黄色いユニットは“感染”状態。(笑)
ゾンビに襲われてダメージを受けると、こうしてちゃんと感染してしまいます。
場合によってはゾンビ化もしちゃいますよ。

11・15(6)
これがゾンビユニット。
裏返すと数字が書いてあり、そのコマがどれだけのゾンビ数なのかがわかる仕組みです。
人間が射撃する時にはこの数字以上を出さなくてはなりません。

ロジャーとピーターはSWAT隊員なので、射撃はサイコロ二個振ることができます。
フランとスティーブは基本は一個。
途中で銃を手に入れれば二個振ることができるように。
さらに複数での共同攻撃だと、最大三個振ることができます。

11・15(2)
ということでソロプレイ開始。
人間はこうしてばらばらに配置です。
(二人までは一緒に置けますので、フランとスティーブは一緒に配置)

手順は人間がまずどれか移動。
移動中に射撃ができるので、移動と攻撃を同時に行ないます。

次にゾンビのどれかが凶暴化。
凶暴化したゾンビは二マス動けます。
(通常のゾンビは一マス)
そして、先ほど移動した人間を見ることができたゾンビとそれ以外のいくつかのゾンビが移動し、人間と一緒のマスに入ればゾンビ攻撃です。

人間はパニックにならなければゾンビ側の攻撃の前にゾンビに対して攻撃ができ、ここで上手く除去できれば攻撃を受けません。
不幸にもゾンビを除去できなかった人間はゾンビ攻撃を受けます。
サイコロを二個振って、そのユニットのゾンビの数と照合し、感染、気絶、被害無しの三つに分かれます。
感染や気絶の人間が、次にまた感染や気絶すると死亡で除去。
(食べられちゃうんだそうです)

最後にゾンビの侵入があり、シャッターを閉じない限り、外部から延々とゾンビが侵入してきます。
また、感染した人間はサイコロを振り、ゾンビになるかどうかを確認します。
これで一ターン終了。

ターン数制限はなく、人間が三人以上死ぬかゾンビ化するか、ショッピングモールが安全地帯になるかまでプレイします。

このゲーム、ソロとはいえ初めてやったに近いので、手探り状況でやってみました。
SWAT隊員ロジャーはサイコロ二個振れるというのを過信してしまい、単独で動かしたところ、なんと序盤で10もの数を持つゾンビユニットに遭遇。
撃破できずに逃げるはめに。

あわててピーターとスティーブを応援に差し向けたため、フランが単独で残ってしまうことに。
11・15(3)
小部屋に立て篭もり、ドアを閉じて震えているフラン。

その間にもロジャーは凶暴化したゾンビに襲われてパニックに・・・
しっかりと感染してしまい、次のターンには殺されて食われます。

ここでフランを助けにスティーブを分派したのがまた失敗。
ピーターがまたも凶暴化したゾンビに襲われて感染し食われてしまいます。

11・15(4)

何とかフランとスティーブが合流するも人間側の命運もここまで。
ゾンビに囲まれて食われてしまいましたとさ。(笑)

まあ、やり方がまずかったことは明白だったので、再プレイ。
今度はロジャーとフラン、ピーターとスティーブのコンビにして常に一緒に行動させました。
やはり二人組ませるとだいぶ違いますね。
再プレイでは、すべてのシャッターを閉めてショッピングモールを安全地帯にできました。

まあ、何というか、イロモノゲームですけど、たまにはこんなのもいいですよ。
楽しい時間でした。

それではまた。
  1. 2008/11/15(土) 20:25:27|
  2. ウォーゲーム
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びっくり二つ

今日はびっくりしたことを二つ。

一つは、もうすでに新聞各紙で合意が流れていた巨人二岡選手と日本ハムマイケル投手とのトレードが発表されましたこと。
まあ、合意となっていたので成立するとは思ってはいたのですが、こういう記事って先行すると成立しなかったりしますからねぇ。

巨人からは二岡選手にプラスして林投手が日本ハムへ。
日本ハムからはマイケル投手にプラスして工藤選手が巨人へ。
二対二の大型トレードとなりました。
うーん・・・双方にとってよかったと思えるトレードになって欲しいなぁ。

日本ハムとしては打線の中核の一端を担ってもらえる選手ということで二岡選手ということなんでしょうね。
あと左のセットアッパーですか。
林投手は巨人でもいい活躍をされていたので、来期がんばって欲しいです。

マイケル投手と工藤選手には、とにかく巨人の戦力に埋没してしまわないようにして欲しいですね。
東京ドームの満員のお客様にここにありというのを見せられるようにがんばって欲しいです。
無論、阪神戦以外でですけどね。(笑)

さて、本当にびっくりしたのはこっちのほう。

知っていらっしゃる方は少ないかもしれませんが、その昔少年サンデーでとてもインパクトのあったギャグマンガがありました。
その名も「できんボーイ」
作者は田村信様です。

特徴的な擬音と、とにかく無造作にギャグを投げつけるはちゃめちゃさが私には結構ツボでした。
好きなマンガだったんです。

今日、たまたまちょっと妹と話をしているときに、「そういえば田村信って今何か描いているのかね?」という話になり、ちょっとググって見たところ、なんと田村信様のHPを発見。
覗いてみたところ、なんとそこのBBSにご本人様自らが2008年10月23日付でこんな書き込みをしているのを発見しました。

来年の二月から「できんボーイ」を再開するというのです。
もうね、びっくりですよ。
またあのギャグの奔流を見られるのか。

終了後30年経っているというので、当時のパワーが今でも発揮できるのかはちょっと不安ではありますが、楽しみに来年を待つことにいたします。
田村信様、がんばってくださいませー。

と、言うことで、ちょっとした話題を二つでした。
それではまた。
  1. 2008/11/14(金) 20:47:12|
  2. 日常
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11月14日のココロ日記(BlogPet)

大きい決定には与える本能があるそうです。教科書に書いてありました。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
  1. 2008/11/14(金) 10:12:28|
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切り株(1)

第二次世界大戦時、ドイツ軍は装甲された動く歩兵砲とも言うべき三号突撃砲を実用化しました。
この三号突撃砲の持つ短砲身24口径の75ミリ砲は、敵の戦車などを撃つにはそぐわない砲でしたが、敵の機関銃座やトーチカの開口部に向かって撃つには適しており、ドイツ軍の歩兵にとっては大変ありがたい支援砲撃を与えてくれるものでした。

しかし、1941年に始まった独ソ戦において、ドイツ軍は自軍の主力戦車である三号戦車や四号戦車をはるかに凌駕するT-34及びKV-1という戦車に出会います。
このソ連の誇る二大戦車は、砲塔に長砲身の76ミリ砲を備えていて、三号戦車や四号戦車の装甲を簡単に撃ち抜くことができました。
逆に、ドイツ軍の三号戦車の37ミリ砲や50ミリ砲は、傾斜装甲のT-34も重装甲のKV-1も撃ち抜くにはかなり接近することを余儀なくされ、時によっては一方的に撃ち負けるような状況になってしまったのです。

それでも独ソ戦初期は、T-34及びKV-1は数が少ないうえソ連戦車兵の技量も未熟だったために、しばしばドイツ軍の熟練戦車兵の前に敗退してくれました。
ですが、いつまでもソ連軍が技量未熟でいるわけがありません。
いずれは戦車の性能差を技量で補うことができなくなってくるはずです。
戦車の性能差を縮めることが必要不可欠でした。

そこでドイツ軍が行なったのは、新型戦車の開発と既存兵器のパワーアップでした。
前者はのちにパンターなどの新型戦車となりますが、まずは手っ取り早い後者として、四号戦車と三号突撃砲の主砲を交換し、より対戦車威力のある長砲身43口径75ミリ砲に変更されることとなります。

こうして、本来歩兵の支援にあたるはずだった三号突撃砲は、強力な43口径75ミリ砲を搭載し、T-34やKV-1に対抗する車両となってしまいます。
いわば歩兵砲が対戦車砲になってしまったのです。

これには歩兵が困りました。
確かに敵戦車は大いなる脅威ですが、歩兵にとっては敵歩兵の篭る機関銃座や防御拠点も同様に脅威なのです。
そういった防御拠点を潰してくれる車両が必要でした。

そこでドイツ軍は、歩兵たち(とは言ってもごく一部の装甲擲弾兵たちですが)の足として、また敵機関銃や砲弾の破片から身を守ってくれる盾として活躍している装甲兵員輸送用ハーフトラックSdkfz.251に突撃砲の代わりをさせることにしました。
装甲兵員輸送用ハーフトラックSdkfz.251に拠点攻撃には威力のある24口径75ミリ砲を搭載し、それによって歩兵支援を行うというものです。
これは、長砲身砲を搭載するために四号戦車や三号突撃砲からはずされたり、作られてしまったが倉庫で眠ることになってしまった24口径75ミリ砲のストックを、有効利用するための手段でもありました。

1942年3月に出された命令で、このアイディアは制式に実行され、ビュッシングNAG社によって専用の装甲車体が作られます。
そして突撃砲からはずしたままの形の24口径75ミリ砲を車体上部右側の切り欠きにあてはめて載せ、小型の防盾をつけて射手をカバーするようにしました。

こうしてわずかな改造によって、装甲ハーフトラックSdkfz.251は24口径75ミリ砲を搭載する簡易突撃砲とも言うべき支援車両として生まれ変わります。
のちにはこのわずかな改造さえも生産の手間になるということで、車体上部に直接75ミリ砲を搭載するようになりますが、車高がちょっと高くなっただけで実用上まったく問題はなく、それどころか量産しやすくなって数をそれなりに作ることができました。

本来兵員輸送用のハーフトラックですので、後部は兵員が乗れるようになっているのですが、さすがにこの車両では兵員ではなく砲弾を搭載するようになってます。
砲弾数は定数で32発収容しておりました。

ドイツ軍はこの車両にSdkfz.251/9という番号を与え、制式採用します。
もともと定評のあった24口径75ミリ砲を搭載したこのSdkfz.251/9は、戦場の兵士たちには大いに歓迎され、その短い砲身から受けるイメージとして「(木の)切り株」という意味の「シュトゥンメル」というあだ名をつけて親しんだといいます。

Sdkfz.251/9は、戦争終結までの間に約1000両ほど作られて、主に装甲師団の装甲擲弾兵大隊に配備され、火力支援に活躍しました。
ほかにも「シュトゥンメル」とあだ名された車両はいくつかありますが、中でもこのSdkfz.251/9は歩兵たちにとって頼もしい支援車両だったことでしょう。

ちなみに、Sdkfzとは、ドイツ語の「特殊用途車両」の略語だそうで、「ゾンダークラフトフォールツォイク」と読みます。

それではまた。
  1. 2008/11/13(木) 20:46:42|
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背中美人

昨日は「刻命館」を紹介しましたので、今日は第二段の「影牢」をご紹介。


これがパッケージ。
ヒロインミレニアの後姿です。

前作から二年後の1998年の発売だったんですね。
10年前になりますか。

「刻命館」とのストーリー的なつながりはほぼありません。
またシステム的にも大幅に変わっていて、館の改築やモンスター作成はできなくなっています。

その代わり、床、壁、天井の三つのトラップを駆使して、侵入者を殺していくというアクションゲームになっており、組み合わせるコンボなどによって得点が上下する方式になっています。

また、「刻命館」は主人公=プレイヤーであり、視点=画面となるので、自分の姿を見ることはできません。
一方「影牢」は、主人公=ミレニアであり、プレイヤーは一段高い位置(視点も立場的にも)からミレニアの後姿を見下ろす形になっています。
つまり、プレイヤーはミレニアをまさしく人形のように扱って人殺しをさせていくのです。

さて、「刻命館」にほれ込んだ私でしたが、この「影牢」も楽しくプレイいたしました。
アクションゲームとして普通に楽しく、プレイして面白いゲームだと思います。
ただ、悪堕ち好きの面でどうかといわれると・・・

ヒロインのミレニアは、確かに魅力的な後姿です。(笑)
着ている衣装もボンデージっぽくて素敵です。
(コスプレ用衣装も売られているらしい)

でも、彼女には善悪の概念を与えられていません。
殺せといわれたから殺す。
襲われるから身を守るために殺す。
そんな感じです。
なので、フィアナ姫が魔姫になったような素敵なことにはなりません。
まあ、プレイヤーに操られていること自体が悪堕ちかも知れませんけどね。(笑)

唯一エンドの一つが、魔神の手先となって使い魔のようになるというのがあり、肌の色も青白くなります。
これが悪堕ちといえば悪堕ちかな。

まだまだポリゴンは荒いですが、「刻命館」と比べればはるかによくなってます。
また、音楽がすごくよくて、私はサントラ手に入れちゃいました。

あらためていいますが、ゲームとして面白いです。
襲われつつどきどきしながらトラップで侵入者を倒していくのは面白いですよ。
好きなゲームです。
それにしてもミレニアって背中美人ですよねぇ。

それではまた。
  1. 2008/11/12(水) 20:58:29|
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魔姫

もしかして、私はこのゲームのことを今まで書かずに来てしまっていた?
過去記事を検索しましたが出てこなかったので、たぶん書いてないんだろうと思いますが・・・

え~と、私の悪堕ち好きにずしっと響いたプレイステーションのゲームです。
その名も「刻命館」(TECMO)

もうね、1996年の発売ですからね。
今から12年も前になるんですねー。
まだプレイステーションですよ。
2でも3でもないですよ。
初代のプレステ用のゲームですよ。

このゲームは、陰謀によって陥れられ死刑になりそうだったある国の王子が、闇の力によってある館に呼び寄せられます。
それが「刻命館」
プレイヤーはこの王子となるわけですが、助けてもらった代わりに魔神復活のためにいけにえを捧げるように命じられます。
王子はやむを得ず命じられるままに館にトラップを仕掛けて彷徨いこむ人を殺していき・・・

というゲームです。
のちにはこのゲームが元となり、トラップを仕掛けてその組み合わせとコンボを楽しむアクショントラップゲームへと発展していくのですが、それはまた別の機会に。

この刻命館は、最初だったせいか、トラップばかりではなくいろいろと行なえるようになっておりました。
館の増築で自分好みのルートを造ることができたり、仮面を使って侵入者を呼び寄せたり追い払ったり。
何より後の作品と大きく違ったのが、捕らえた人間をもとにしてモンスターを作ることができたということでしょう。
これはもう私の悪堕ち好きにはむちゃくちゃツボでした。

中でも、上半身が女性、下半身が蛇というラミアは、材料(笑)が超能力少女と魔女っ子という女性侵入者を捕獲して作るモンスターだった(ほかに闇の使者も必要)ため、もう妄想バリバリだったものです。

そして、当時まだプレイステーションを持っていなかった私が、先に攻略本を見たことでプレイステーションの購入すら決めてしまったほどの衝撃だったのが、主人公である王子のフィアンセフィアナ姫の存在でした。

可憐で清楚なお姫様であるフィアナ姫。
(ポリゴンですので要脳内補完)
このフィアナ姫は、王子恋しさのあまりに刻命館にまでやってきてしまうのです。
確か何百キロも離れたところにある館だったと言ってたような気がしますが、ドレス姿のフィアナ姫は辿りついてしまうのです。
なんと可愛い姫ではありませんか。

しかも、このフィアナ姫。
ルートによっては死にます。
殺されてしまいます。
そして・・・
「嘆くことはありません。彼女を魔姫として復活させればよいのです。そうすれば彼女は永遠にあなたのそばに・・・」
(使い魔アスタルテのセリフ)

これで復活させないわけがないでしょう。(笑)
めでたくフィアナ姫はモンスターの一種魔姫として蘇り、主人公が呼び出すと、笑い声とともに侵入者を襲ってくれるのです。

さらに呼び出して経験地を積んでいくと、デスプリンセス→デビルプリンセス→サタンプリンセスへとパワーアップ。
呼び出すには相当な数の封龍石というアイテムが必要ですが、呼び出さないと会えません。(笑)
雑魚相手でも一所懸命に呼び出したものでした。

まさにモンスター化しての悪堕ちという、私の大好物を見事に表してくれました。
このゲームがなかったら、プレイステーションは買っていなかったかもしれません。(笑)

古いゲームですのでポリゴンは荒いしセーブには多くのメモリを食う厄介なゲームでしたが、シチュばかりでなくゲームそのものも大変面白かったので、お気に入りのゲームでした。
さすがに今やり直す気にはなりませんが、今でも魔神の儀式によってデスプリンセスとなって蘇るフィアナ姫を妄想することもありますね。
いい悪堕ちでした。

それではまた。
  1. 2008/11/11(火) 20:38:01|
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FA解禁

昨日で日本シリーズも終了。
今日からはフリーエージェントの話題が大きく取り扱われる時期になりましたね。
今年はどうなることでしょうか。

大物の国内移籍はどうもなさそうな雰囲気ですね。
川上投手(中日)、上原投手(巨人)はどうもメジャー挑戦のようですし、高橋投手(広島)もメジャーとのこと。
日本のプロ野球よりもそんなに魅力あるんでしょうかねぇ。

横浜の相川捕手がFA宣言をするかもしれないとのことで、阪神の野口捕手の調査を横浜が始めたとかともでてましたね。
相川捕手がFA資格の取得をするのはわかりきっていたことなのに、どうして今期途中に鶴岡捕手を巨人に出したんでしょう。
横浜も迷走しているようですが、阪神も野口捕手が出て行くことになれば大きな痛手ですね。
どのチームも捕手は大事ですから、打てて守れる捕手は喉から手が出るほど欲しいでしょう。
阪神も次代の捕手を育てていかないとまずいなぁ。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2008/11/10(月) 20:19:12|
  2. スポーツ
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西武でしたか~

今年のプロ野球の集大成、「日本シリーズ」が先ほど終わりました。

日本一になったのは「埼玉西武ライオンズ」でした。
おめでとうございます。

それにしても驚きでした。
西武球場で巨人が王手をかけた時には、そのまま巨人でいくと思っておりました。
そうしたら4勝2敗で巨人で予想通りだったのですけどね。(笑)

まさか東京ドームで西武が連勝とは。
巨人は西武の投手陣に打線を封じられてしまったような感じでしたね。
今日はわずかに2安打ですか。
打てなかったですね。

MVPに選ばれた岸投手の力投が西武に勝ちを呼び込んだのかもしれないですね。
すばらしいピッチングでした。

巨人は最後の最後で力及びませんでしたね。
残念でした。

これで今年のプロ野球は終了です。
また来年、楽しい野球シーズンを過ごさせてくれることを期待です。
阪神も日本ハムも来年がんばれー!

それではまた。
  1. 2008/11/09(日) 21:53:04|
  2. スポーツ
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タンクキラー

1942年の東部戦線に現れたドイツ軍の猛獣ティーガーは、ソ連軍に大きな衝撃を与えました。
ソ連に侵攻したドイツ軍がT-34に衝撃を受けてティーガーを送り出したように、今度はソ連がティーガーに対抗する車両を戦場に送らねばなりません。
戦場からはティーガーに対抗できる車両を求める声が悲鳴のように寄せられたのです。

そのためソ連軍がまず投入したのが、急遽設計製造された重自走砲SU-152だったことは、2008年10月18日の記事で述べました。
SU-152は152ミリ榴弾砲の巨大な破壊力でティーガーにダメージを与えることができ、「ズヴェラボイ」というあだ名で将兵に親しまれます。

しかし、SU-152は重自走砲であるがゆえに機動性に難があるなど運用面で制約を受け、軍としてはもっと手軽に使える中型自走砲でティーガーに対抗できる車両がほしいと考えます。
そこで目をつけたのが、T-34の車台でした。

T-34は機動性に優れた車両であり、また主力戦車でもあるために量産態勢も整っております。
また、自走砲としても、すでにSU-122という車両のベースとなっていて、車台としては申し分ありません。
ソ連はこのT-34の車台を使った新型対戦車自走砲の開発を命じました。

T-34の車台に載せるのですから、152ミリ榴弾砲のような大きな砲は載せられません。
そこそこの大きさで、しかもティーガーに対してもそれなりの破壊力を持つ砲を載せなければなりません。
ソ連にそんな大砲があるでしょうか?

ありました。
85ミリ高射砲52-Kです。
ドイツの有名な88ミリ砲が、もともとは高射砲だったように、このソ連の85ミリ高射砲52-Kもまた、対戦車用としても充分な破壊力を持っておりました。
この85ミリ高射砲をベースにして戦車(自走砲)搭載用の85ミリ砲を作り、それをT-34の車台に載せることで中型対戦車自走砲を作るということで開発はスタートします。

当時のソ連は、同じものを二種類の開発スタッフに作らせて、優秀な方を採用するという手段が多く取られておりました。
しかし、採用された方はいいのですが、採用されなかった方はそのまま収容所(ラーゲリ)送りということも充分にありえた当時のソ連であったため、こういった競争試作はそれぞれのスタッフが政治的コネなども絡めてドロドロの内部抗争となることが多く、それが試作を遅らせたり採用にも影響を及ぼすことが多くありました。

今回もグラービン技師のチームの開発した85ミリ戦車砲S-18と、ペトロフ技師のチームの開発した85ミリ戦車砲D-5が試作され、結果としてペトロフ技師の85ミリ戦車砲D-5が選ばれることになります。
これで主砲が決まりました。

ちなみに85ミリ戦車砲D-5は、のちにT-34/85の主砲にもなりますが、グラービン技師の巻き返しで、S-18を発展させた85ミリ戦車砲S-53がT-34/85の後期生産型には搭載されたとのことです。

ともあれ、これで主砲と車台が決まった新中型自走砲は、SU-85と命名され、早速採用となりました。
1943年8月のことでした。

T-34とSU-122からの流用が80%もの割合に上るSU-85は、まさに量産にはうってつけの車両でした。
早くも9月には実戦参加を果たし、1943年中に700両以上もが生産されたのです。

85ミリ戦車砲D-5は、500メートルで143ミリ、1000メートルで103ミリの垂直装甲版を撃つ抜く威力があり、ティーガー相手にはやや威力不足を感じるものの、ドイツ軍の主力である四号戦車や三号突撃砲には充分すぎるほどの威力でした。

また、車体デザインもスマートで車高も低いため、布陣しての待ち伏せ攻撃には絶好であり、多くのドイツ戦車がSU-85の餌食となったのです。

ソ連軍の主力であったT-34の主砲がまだまだ76ミリ砲であった1943年後半から1944年前半において、多少威力不足でも85ミリ砲を搭載した車両の意味は大きく、ソ連軍の反攻の中核となった中型自走砲、それがSU-85でした。
まさに第二次世界大戦最良の突撃砲型対戦車自走砲として、タンクキラーの名をほしいままにしたのです。

それではまた。
  1. 2008/11/08(土) 20:37:22|
  2. 趣味
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ついに日本配備ですね

毎月購入している雑誌の一つ「世界の艦船」
その12月号を手に入れてきました。

こちらが表紙です。

今月号の特集は、言うまでもなく先日ついに横須賀に配備となった米原子力空母「ジョージ・ワシントン」です。
今年はじめまで配備されていた「キティ・ホーク」に替わり、日本にやってきたわけですが、今まで日本に配備されてきた空母がいずれも通常動力型(原子力推進ではないこと)だったのに対し、ジョージ・ワシントンは原子力推進の空母であり、原子力空母が初めて日本に配備されたわけです。
乗組員の火気取り扱いの不始末による火災で、日本配備が一ヶ月以上遅れ、修理に多額の費用がかかったわけですが、修理を終えて9月25日に横須賀到着となったとのこと。

ジョージ・ワシントンは、一番艦「ニミッツ」が1975年に就役して以来、現在に至るまで建造を続けているニミッツ級原子力空母の六番艦で、1992年に就役しましたから、かれこれ16年経っているので新鋭艦とはいえませんが、満載排水量で10万トンを超える世界最大の軍艦の一隻であり、今号ではその生い立ちやハードウェアなどを詳しく紹介しております。

また、それに伴ってほかのニミッツ級空母の近況も写真で紹介されていて、来年就役予定の「ジョージ・H・W・ブッシュ」(父ブッシュ)で完結するニミッツ級10隻のそれぞれの写真が載っておりました。

ニミッツ級原子力空母は、今やアメリカを代表する軍艦となってしまったため、その艦名には一番艦のニミッツと三番艦の「カール・ヴィンソン」以外は大統領名が使われております。
ジョージ・ワシントンは、もちろん皆様ご存知の初代大統領の名であり、アメリカにとっては万万が一にもこの艦に何かあると大変かもしれないのですが、こうして日本に配備するというのもアメリカの意気込みなのかもしれないですね。

そのほかの記事としては、いよいよ日本の海上自衛隊にも無給気動力型潜水艦「そうりゅう」の公試が開始されたとのこと。
原子力じゃなくても外気を取り入れることなく動力を確保できるので、潜水艦の能力が向上する無給気動力型潜水艦は、ドイツやスウェーデンなどでも実用化されてきましたが、日本でも導入されるんですね。
しかも艦名が「そうりゅう」ですか。
二番艦が「うんりゅう」だそうなので、次は「ひりゅう」が続くのかな。
「しょうかく」「ずいかく」なんてのもできるかな。

それではまた。
  1. 2008/11/07(金) 20:26:01|
  2. 本&マンガなど
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11月07日のココロ日記(BlogPet)

今、ココロの頭の中は戦艦でいっぱいです。

*このエントリは、ブログペットのココロが書いてます♪
  1. 2008/11/07(金) 10:08:31|
  2. ココロの日記
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ユニットでけー!!

先日、絶版となっていたコマンドマガジン日本版66号の付録「ATS BASIC GAME 2 スターリングラード」を手に入れることができました。

このゲームは、分隊級戦術ゲームとしてアドバンスドスコードリーダー(ASL)と双璧をなす(?)アドバンストブルクシステム(ATS)の入門用基本ゲームとして発行されたものを、コマンドマガジン日本版が付録としてつけていたもので、スターリングラードの市街戦という歩兵戦にはおなじみのテーマを扱っております。
以前から機会があれば手に入れたいなと思っていたものでした。

以前先輩に見せていただいていたので、わかってはいたことなのですが・・・
それにしてもユニットがでけー!
台紙からユニットを切るのが大変です。

11・06(1)
これがマップの上にユニットを置いてみたところ。
上段が独軍、下段がソ連軍です。

上段上左から四号戦車F2型(この分類いやなんですけどね。F2って書類上だけで、製造された車両はすべてG型に分類されたはずなんですが・・・)、三号突撃砲C型、SdKfz222装甲車。
上段下左から758分隊、656分隊、操作班、指揮官(士官)、MG42機関銃。

下段上左からT34/76戦車、T70軽戦車、45ミリ対戦車砲。
下段下左から648分隊、547分隊、操作班、指揮官(士官)、DS1938機関銃です。

11・06(2)
ASLのユニットと並べてみました。
比較のために10円玉も置いてみました。
大きさがわかってもらえるでしょうか?
ユニットもでかければヘクスも大きい。
A1フルマップなのに、ASLのボード一枚ぐらいの感じです。

まだユニットを切ったばかりで、ルールブックは読んでいませんけど、うーん・・・扱っている部分が似ているためか、用語やパッと見の雰囲気がかなーーりASLに似ている気がします。
どっちかだけやるのでしたら問題ないかもしれませんが、両方やるとなるとかなり混乱しちゃうかも・・・
今のところはルールの読み込みなどには手を出さないほうが無難かなぁ・・・
でも、違いを楽しむというのもありかもしれないですね。

揚げ足取り的な気になった部分。
「登場する車両ユニットは“すべて完全装軌式のAFV”を表しています」
うーむ・・・
いつからSdKfz222は装輪装甲車じゃなくなったのだろう・・・
シナリオにもでてくるのにね。

それにしても・・・
スターリングラードの戦いに関するゲームって、やっぱりいっぱいありますよね。
スターリングラードの市街戦ばかりでなく、そこにいたるまでの“青作戦”のゲームを含めたら、膨大な数になるんでしょうね。
うちにあるだけでいくつあるのかな・・・

青作戦及び包囲後の救出作戦関連
「スターリングラード・ポケット」(国際通信社)
「スターリングラード攻略戦」(コマンドマガジン日本版9号付録・国際通信社)
「第48装甲軍団の死闘」(コマンドマガジン日本版17号付録・国際通信社)
「スターリングラード」(エポック社)

市街戦関連(戦術級シナリオ含む)
「スターリングラード攻略」(ホビージャパン)
「ATS BASIC GAME 2 スターリングラード」(コマンドマガジン日本版66号付録・国際通信社)
「ASL STARTER KIT」(シナリオS2・シナリオS18)(MMP)

うーん・・・
手元にもこんなにあるや。(笑)
やっぱりスターリングラードの戦いって、独ソ戦のターニングポイントなんですねぇ。

それではまた。

ちなみにこちらも絶版ですが、スターリングラード戦はこちらが詳しいです。
4143X7P8Q6L__SL500_AA240_.jpg
「図説スターリングラード攻防戦」(学研)
  1. 2008/11/06(木) 20:43:49|
  2. ウォーゲーム
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史上初

今日は世界的にみても、またアメリカ合衆国史上においても歴史的な日となりましたですね。

アメリカ合衆国第44代大統領に、バラク・オバマ上院議員が当選し、来年一月二十日に就任することが決定いたしました。
アメリカ合衆国建国史上初めての黒人大統領の誕生です。

アメリカ大統領選挙は、四年に一度の大イベントではありますが、今回はオバマ議員が大統領候補となったことで、アメリカ史上初めての黒人大統領の誕生なるかと興味を集めた選挙でした。

今回の選挙が始まるまで(オバマ氏が大統領候補になる前)は、(白人)女性大統領のほうが黒人大統領よりも早く誕生するだろうとばかり思っていたので、今回の結果は正直言って驚きです。

アメリカの人種差別は、表面上はかなり解消されたということなんでしょうか?
それとも、オバマ氏は完全な黒人ではなく、母親が白人であることが多少は影響したのでしょうか?
ともあれ、アメリカの歴史に新たなるページを開いたといえると思います。

思えば映画などではモーガン・フリーマン氏が「ディープ・インパクト」あたりで黒人大統領役を務めたりしているので、黒人大統領というのもそれほど違和感なくなったのかもしれないですね。

オバマ氏は政策として経済立て直しと、アジア重視の姿勢を見せているようですので、日米同盟に影響はないとのことですが、今後イラク派遣部隊の撤収などに向けアメリカの方針が大きく変わることは間違いないでしょう。

昔はアメリカがくしゃみをすると日本が風邪をひくというぐらい、アメリカの景気動向が日本に影響を及ぼしました。
今もそれはほぼ変わっていないと思います。
少しでも景気がよくなって、私たちの暮らし向きがよくなるといいですね。
それほどまでにアメリカの大統領を選ぶということは、世界に影響を与えるということなんですよねぇ。
オバマ氏の手腕に期待です。

それではまた。
  1. 2008/11/05(水) 20:39:21|
  2. ニュース
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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