昨日のことになりますが、自宅に札幌辺境伯様をお迎えしてウォーゲーム対戦を楽しみました。
プレイしたのは今回も「エチオピアのライオン」(CMJ27号付録)。
今回はトーナメントルールを使用しての対戦です。
トーナメントルールではヴァリアントユニットを使用することになり、イタリア軍の師団も損害即除去ということがなくなるため、多少はイタリア軍に有利かも・・・
ところで、このトーナメントルール、ルールの記述が足りないところが多く、対戦相手の札幌辺境伯様と相談しながらのプレイとなってしまいました。
トーナメントルールに基づきイタリア軍は司令部ユニットも交換となるのですが、基本ルールでは戦闘力-移動力の記載しかないのに、交換されたユニットには戦闘力-戦闘力の右肩の謎の数値-移動力と数値が三つあるのです。
この謎の数値の記載がルールブックのトーナメントルールのところにないのですよー。
おそらく直接戦闘ではなく戦闘支援時に他のユニットに足すことのできる戦力だと思うので、相談の上でそうすることにしました。
でも、明確化して欲しいのが他にもいくつかあるので、何とかして欲しいなぁ。
さてさて、今回私はイタリア軍を担当。
札幌辺境伯様率いるエチオピアを我が物とするべく前進を開始です。
ヴァリアントユニットに変更されたイタリア軍は強力なので、基本ルールよりは戦いやすいはず。
進め進めー!!
北側のイタリア軍はまずはエチオピア軍の前衛に一撃とばかりに襲い掛かります。
ところが結果はエクスチェンジ(相互損害)。
防御側は全滅する替わりに攻撃側も防御側の戦力と同じだけ損害を食らうのです。
エチオピア軍一部族丸ごとと引き換えにイタリア軍一個師団と二個大隊が消し飛びました。
幸いにしてトーナメントルールで基幹部隊になることが許されたイタリア軍師団は裏返って残りましたが、またしても前途に暗雲が立ち込めるスタートとなりました。
その後は攻めるイタリア軍と守るエチオピア軍の間に丁々発止のやり取りが続きます。
部隊を散開して時間稼ぎに徹するエチオピア軍と、戦力の少なさに攻めきることができないイタリア軍という流れでターンばかりが過ぎて行きました。

(がっちりと戦線を張るエチオピア軍と攻めあぐねているイタリア軍)
この状況が動き始めるのは、やはり年が変わって毒ガス攻撃ができるようになってからでした。
イタリア軍はようやく前線を突破し始めるのです。
じわじわと攻め上るイタリア軍は、ようやくと言った感じで勝利条件都市四つの占領を果たします。
轟々たる世界の非難を浴びながらも、毒ガスを撒き散らしてエチオピア軍を攻撃して行くのです。
あとは首都アジスアベバの占領を果たすのみでした。
しかし、札幌辺境伯様率いるエチオピア軍は驚異的な最後の粘りを発揮します。
残りターン数との競争が始まりました。
無理やり突き進むイタリア軍を必死に防戦するエチオピア軍。
最終ターンにいたっても、ついに首都アジスアベバに到達する望みは絶たれます。
イタリア軍に残されたのはむなしい敗北という文字だけなのか・・・
いや、最後の希望がありました。
セラシエ皇帝の首です。
皇帝ユニットが除去されればイタリア軍の勝利なのです。
イタリア軍はエチオピア軍の最後の移動に注目しました。
ここで皇帝が後方に居座っていれば、その時点でイタリア軍の敗北です。
ですが何ということでしょう。
セラシエ皇帝は前線で兵士の士気を高めるべくでてきたのです。
私はまだ負けてはいませんでした。
イタリア軍の最終ターンの攻撃が始まります。
最強の三個師団と毒ガスを満載した航空機を四ユニットも投入し、何とか皇帝の首を取ろうと必死でした。
しかし、戦闘比率は5:1。
除去するには2の目のエクスチェンジ(相互損害)しかありません。
それ以外の目では皇帝は逃げてしまうので、エチオピア軍の勝利です。
私は最後のサイコロを振りました。

出た目はなんと2。
皇帝は守備隊とともに玉砕したのでした。
最後の最後。
たった一振りのサイコロの目で皇帝を失ったエチオピア軍の敗北となりました。
あと一息で手にすることができた勝利を失った札幌辺境伯様は愕然とされたのではないでしょうか。
私は最後のイタリア軍の賭けを受け止めるべく、札幌辺境伯様が皇帝ユニットを前線に投入なさったのではないかと思うのですが、まさか皇帝が除去されるとは思わなかったでしょう。
それにしても最初と最後がエクスチェンジとは・・・
勝ったとはいえあまりにも偶然での勝利でした。
本当の勝利は言うまでもなくエチオピア軍だったでしょう。
前線での時間稼ぎと堅固な戦線は、私の腕ではなかなか突破させてもらえませんでした。
はさみ撃つべき南方のグラツァーニ部隊も右往左往するだけで突破ならず、結局は北部からの平押しになってしまいました。
毒ガスによるコラムシフトがなければ、イタリア軍は本当につらいです。
今回は不運な敗戦となってしまいましたが、札幌辺境伯様とはまた入れ替え戦をする予定です。
その前に「西部戦線1918」(CMJ08号付録)をまたやりましょうね。
今回も楽しい時間をすごすことができました。
札幌辺境伯様ありがとうございました。
それではまた。
- 2008/07/31(木) 20:01:14|
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DQ5二次創作二日目です。
楽しんでいただければ幸いです。
よければ拍手コメントなどいただけるとうれしいです。
「う・・・あれ・・・」
あたしはひんやりとした暗がりの中で目を覚ます。
「うあ・・・」
上半身を起こしたあたしは、自分が何も着ていないことに気がつき、思わず両手で躰を隠した。
ここはどこだろう・・・
着るものはないかしら・・・
あたりを探ってみるものの、岩壁に囲まれた小部屋のようになっているらしく、寝台代わりのわらぐらいしか置いてない。
武器も防具も何もない・・・
それどころか下着すらない・・・
一体あたしをどうしようというのだろう・・・
父の敵も討てないままこうして捕らわれるなんて・・・
あたしはこぼれそうになる涙を振り払う。
泣いていたって仕方がないのだ。
それよりも逃げ出す手段を考えなくちゃ・・・
「ホッホッホッ・・・目が覚めたようですね」
突然ゲマが現れた。
あたしはもうびっくりして敷きわらの中にもぐりこむ。
こんなものでも躰を多少は隠せるだろう。
裸を見られるなんて耐えられないよ。
「ホッホッホッ・・・驚かせてしまいましたか。まあいいでしょう。ようやく実験の準備が整いましたのでね」
そうだった。
ゲマはあたしで何か実験するって言ってたんだ。
どうしよう・・・
実験なんていやだよぉ・・・
「では始めましょう」
ゲマはそう言うと何事かをつぶやき始めた。
魔法?
あたしは思わず身を硬くする。
黒焦げにされた山賊のボスの姿が脳裏に蘇る。
あんな目に遭うのはいやだ。
誰か助けて・・・
でも違っていた。
ゲマのつぶやきが終わると、床の上に緑色のぶよぶよしたものが広がり始めたのだ。
もしかして、あれは噂に聞くバブルスライム?
毒をもつ厄介なモンスターだわ。
あたしはなるべくバブルスライムから離れるように壁のほうににじり寄った。
「ホッホッホッ・・・怖がることはありません。こいつはただのスライムです。バブルスライムではありませんよ」
えっ?
バブルスライムじゃない?
でも緑色のスライムなんて聞いたこと無いわ。
それに裸の今はただのスライムだって強敵よ。
「もっとも・・・少しばかり特殊ですがね」
ゲマがそう言ってにやっと笑った瞬間、緑色のスライムがあたしに向かって飛び掛ってきた。
「いやーっ!」
あたしはわらくずを投げつけて逃げ出した。
でも、わらくずなんて何の役にも立ちはしない。
緑色のスライムはべちゃっという感じであたしのいたところに広がって行く。
下に敷かれたわらがみるみるうちに溶かされていった。
「ひっ」
あたしは思わず悲鳴を上げてしまう。
普段何気なしに戦っていたスライムが、急に恐ろしいものに思えてきた。
「あっ」
何とか逃げ回っていたあたしだったが、ついに足にスライムが絡みつく。
「ひぃっ」
思わず足を取られてしりもちをついたあたしに、スライムは容赦なくかぶさってくる。
「いや、いやぁぁぁぁぁっ」
悲鳴を上げて逃げようとするけど、粘つくスライムは振りほどけるものじゃない。
それどころか足を伝って躰中を覆い始めるのだ。
「いやぁっ! たすけてぇっ! 死にたくないよぉ!」
あたしは必死に助けを求めた。
緑のスライムはじわじわとあたしの躰を覆ってくる。
あたしは必死でもがくけど、蹴飛ばしても叩いてもぶよぶよのゼリーみたいなスライムには効き目がない。
ひんやりしたスライムは、やがてあたしの躰全体に覆いかぶさってくる。
逃れようにもどうにもできない。
そして、首からやがて口、鼻、目と覆われて、頭の上まですっぽりと包まれてしまうのだった。
息を求めて苦しむ肺。
すっぽりと覆われてしまったあたしは空気を求めて口を開ける。
でもそこには空気はない。
あるのはぶよぶよとしたゼリー状のスライムだけ。
苦しい・・・
苦しい・・・
苦しい・・・
スライムがあたしの開けた口から流れ込んでくる。
そればかりじゃない。
鼻の穴からもお尻の穴からも入ってくる。
ぶよぶよとした感触。
でも・・・
どうしてだろう・・・
なんとなく気持ちいい・・・
気がつくと苦しさはなくなっていた。
躰を覆うスライムは気持ちいい。
息をする必要もなくなっていた。
あたしの躰はスライムに覆われ、スライムによって生かされている。
ああ・・・
なんて安らいだ気分。
なんだかとってもいい気分だわ。
やがて、あたしの躰を覆っているスライムに変化が起こってきた。
スライムがあたしの躰の周りで固まり始めたのだ。
腕の周り、脚の周り、そして胴体の周り。
すべてでスライムが硬く固まっていく。
でも、それがすごく気持ちいい。
まるであたしの躰が作り変えられているみたい。
硬くなったスライムがあたしの躰にぴったりと張り付いて・・・
まるで金属のよろいの様になっていくの。
はがねのよろいってこんな感じかな。
なんだかあたし自身が硬くなっていくみたい。
すごく気持ちいいよ。
スライムはあたしの頭の周りでも固まっていく。
それは金属のヘルメットでもかぶっているかのように変わっていく。
でもちっともいやじゃない。
かわのぼうしやきのぼうしとはぜんぜん違う。
あたしの頭自体がヘルメットになったような感じ。
視界だって妨げられないし、鼻も口ももう必要ないから気にならない。
頭の先から脚のつま先まで金属質に変化したスライムに覆われたあたし。
ゆっくり起き上がって自分の姿を見下ろしてみる。
全身を光沢ある金属よろいで包んだ姿はまるで騎士のよう。
なんだかとっても素敵だわ。
あたしは足元に広がっている緑のスライムに腰を下ろす。
ぷよぷよっとした感触が気持ちいい。
するとスライムは私の腰の下でじょじょに形をたまねぎのような形に整えていく。
股間とお尻でスライムを挟み込んだような姿勢であたしはスライムに乗っかっていた。
うふふふふ・・・
あたしはスライムに乗っているんだわ。
ううん、違う。
あたしとスライムは一体なの。
もう誰もあたしたちを引き離すことはできないわ。
あたしはうれしくなって腰に形成された剣を抜き放った。
「ホッホッホッ・・・どうやら実験は成功のようですねぇ」
実験?
何の実験なのかしら。
あたしには関係ないと思うけど・・・
あたしはいい気分のまま剣を振って感触を確かめる。
うふふ・・・
これだけじゃないのよね。
あたしは魔法も使えるのよ。
頭の中に思い描いて呪文を唱えるの。
そうすればけがの回復もできるし相手を吹き飛ばすこともできる。
素敵だわぁ。
「スライムの騎士、スライムナイトといったところですか。クックック・・・」
ゲマ様が笑っている。
なんだかとてもうれしそう。
魔界の実力者であるゲマ様はとってもすごい魔力の持ち主。
あこがれちゃうわぁ。
「さあ、スライムナイトよ。その力を我に見せなさい」
スライムナイト?
あたしのこと?
わぁ・・・
なんて素敵な名前。
あたしはスライムナイト。
スライムナイトなんだわぁ。
「かしこまりました、ゲマ様」
あたしは剣を立ててゲマ様に忠誠を誓う。
うふふふふ・・・
この剣で早く人間を切り刻みたいわぁ。
村の連中なんてきっと一刀の下に切り伏せてやれるわね。
楽しみだわぁ。
あたしはお尻の下のスライムの部分をうねうねとくねらせて外へ向かう。
もうこのスライムはあたしの下半身。
あたしはこの先に待つ殺戮の楽しみに胸を躍らせて、かつての我が家へと向かうのだった。
END
- 2008/07/30(水) 21:04:13|
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またしてもDQ5ベースの二次創作短編を一本書いてみちゃったので、今日明日で投下します。
本当は短編なので一気に投下でもいいんでしょうけど、まあ、二日に分けてもったいぶらせてくださいませ。
「えいっ!」
どうのつるぎの一太刀が、せみもぐらの胴体を一薙ぎする。
こいつらは地中に巣をつくり、作物を荒らしまわる厄介なモンスターだ。
時々頭を抱えたような格好で身を守ったりもするけれど、正直に言ってそれほど手ごわい相手ではない。
爪の一撃だってかわのよろいを貫いてくるほどじゃない。
でも油断は禁物。
ほかのモンスターと集団で現れたりするから、そういったときには気をつけないとダメ。
一体に気を取られているうちに後ろからなんてこともあるからね。
さてと、今日もまあまあの収穫ね。
あたしは倒したモンスターの必要部分を切り取って袋に入れた。
モンスターはいろいろとお金になる。
せみもぐらの殻は粉にして飲むと咳止めになるし、何に使うのか知らないけれど、スライムだって売ればお金になるのよ。
だから冒険者なんて職業が成り立つってわけ。
もっとも、あたしは冒険者じゃないけどね。
「おじさーん、これ今日の獲物。また引き取ってよ」
あたしは村で唯一のよろず屋に獲物を持ち込んだ。
ここの親父さんがあたしから獲物を買い取り、そのお金で私はいろいろなものを買うってわけ。
もっとも、このあたりのモンスターはそれほど手ごわくない代わりにお金も安いから、あんまり贅沢はできないんだけどね。
大きなお城のある地方とかだと強いモンスターがいたりするらしいけど、そのぶん売ったときのお金も半端じゃないらしい。
優れた冒険者はそういったモンスターを退治して、銀でできたシルバーメイルとかはじゃのつるぎなんてのを装備しているっていうわ。
「そうさなぁ・・・15Gってところかな」
「う~・・・もう一声」
「12G」
「何で下がるのよ!!」
なんていう掛け合いをしながら、あたしは獲物を買ってもらう。
結局、やくそう二つと交換で話がついた。
1G儲けってことかな。
やくそうもバカにはならないのよねー。
もっとも、傷口に当てるとすぐに回復するので、大変便利なんだけどね。
「ねえ、おじさんとこでもてつのよろいとかはがねのつるぎなんてのは仕入れないの? せめてうろこのよろいとかさぁ」
あたしはよろず屋さんの店内を物色しながら訊いてみる。
まあ、どうのつるぎにかわのよろいでこのあたりは充分なんだけどさ。
「そういった品々はこっちまで回ってこないんだよ。強いモンスターの出る地域に優先的に回っちまうのさ。ま、それだけこのあたりは平穏な地域だってことだよ。お前さんもいるしな」
よろず屋のおじさんがにこにこしながらあたしの獲物を仕分けしている。
町で売るものとこの村で消費するものに分けているのだろう。
「まあ、そうなんだろうけどさ。あたしで役に立っているんならいいけど・・・」
「リゼッタは充分役に立っているさ。親父さんとおんなじだよ」
あたしはなんとなく照れくさくなって、かわのぼうしを目深にかぶった。
そうなのだ。
あたしは父の後を継いでこの村で戦士をやっている。
この村はあたしの生まれ育った村。
あたしの父はここでずっと村のために村の周囲のモンスターを退治してきた。
父のおかげでこの村は守られてきたのだ。
畑の作物を荒らしたり、家畜を襲ってくるようなモンスターは父がみんな退治してくれた。
だから小さくてもこの村はみんなが笑顔で暮らせる村なのだ。
その父が死んだのは五年前。
当時噂ではあちこちの城や町から子供がさらわれるってことがあったらしい。
父のことはお城にも名前が知られていて、事件の調査に駆りだされたのだ。
そこで父は強力な魔術師に出会ってしまったという。
人間離れした強力な魔力を持ち、二体の魔物を従えた邪悪な魔術師。
名前はゲマ。
かろうじて生き残った人から父の最期を聞かされた母は、間もなく後を追うように亡くなった。
だからゲマは父と母の敵。
出会ったら絶対に赦さない。
あたしは父の後を継いで戦士になり、この村を守りながら腕を磨いているのだ。
いつかゲマを倒すために・・・
「そういえば村はずれの洞窟にまたしても山賊が住み着いているらしい。猟師のメボットさんが危うく襲われるところだったって言ってたよ」
「ええっ? また?」
あたしはため息をつく。
村はずれの洞窟は基本的にモンスターが住み着くことが多いのだけど、時々あたしが退治してしまうとその後に山賊が住み着いちゃうことがあるのだ。
洞窟からは村から町までの道が近いので、格好のねぐらになるのだろう。
「折を見てまた頼むよ。あんまり被害がでないうちに」
「わかったわ。まったく懲りない連中ね」
あたしはよろず屋のおじさんにうなずいて見せると、そのまま店を後にした。
******
「ま、待て、待ってくれ」
情けない声を上げる山賊のボス。
数人の手勢をあたしに倒されると、あっさりと土下座しちゃった。
「あなたそれでもボスなの? 今までで一番情けないボスだわ」
あたしはどうのつるぎを突きつけて、油断無いようににらみつけた。
こういう奴ってえてしてこっちの油断を誘うもの。
でも油断さえしなければ、怖い相手じゃない。
「俺たちは頼まれただけなんだ。子供をさらってくれば金がもらえることになっているんだよ」
「えっ? 子供を?」
あたしはドキッとした。
それって・・・まさか・・・
「ホッホッホッ・・・様子を見に来てみれば小娘が一匹入り込んでいましたか」
背後からの声にあたしは背筋が凍るような寒気を感じた。
「あなたがゲマね!」
振り向きざまにあたしはどうのつるぎを構えなおす。
じっとりと皮手袋の中に汗をかくあたしの前には、不気味な笑みを浮かべた一人のローブ姿の魔術師がいた。
「ホッホッホッ・・・私の名を知っているとは。ただの小娘ではなさそうですね」
悠然としてまったく動じる様子のないゲマ。
確かに恐ろしい相手・・・
あたしはひざが震えるのを必死になってこらえていた。
「あたしはリゼッタ。五年前に貴様に殺された父の敵を討たせてもらう」
「ホッホッホッ・・・何かと思えば数多く殺した虫けらの一人の娘でしたか。では、父親の下に送って差し上げましょう」
ダメだ・・・
躰が震える。
勝てる気がしないよ・・・
お父さん・・・
「えーいっ!」
あたしはどうのつるぎで切りかかる。
ドラキーのようなすばやいモンスターでも一撃で屠ってきたあたしの剣。
せめて一太刀でも与えられれば・・・
「ふむ・・・小娘にしてはなかなか」
ゲマはあっさりとあたしの剣をかわしてしまう。
いや、かわされたことすら一瞬わからなかった。
これほどまでの強敵だなんて・・・
「うひー!」
そそくさと逃げ出して行く山賊のボス。
あたしは目のすみでそれを見ていたけど、今はそれどころじゃない。
視線をはずしたら最後、あたしは殺される。
あたしは冷や汗が首筋を伝うのを感じていた。
「役立たずは消してしまいましょうか」
あたしからあっさりと視線をはずし、ゲマは何事かつぶやいた。
それが呪文だと気がついたときには、山賊のボスは黒焦げになっていた。
嘘・・・
魔法ってこんなに威力があるものなの?
手も何も触れていないのに一撃で山賊のボスが・・・
どうしよう・・・
誰か助けて・・・
「さて・・・次はあなたの番ですが・・・ただ殺すのは面白くないですね」
「えっ?」
何?
何をするつもり?
「新しい実験の実験台になってもらうとしましょうか」
「じょ、冗談じゃないわ」
お父さんごめんなさい。
あたしは一目散に逃げ出そうとした。
でもダメだった。
ゲマの吐き出した何か焼け付くような息を吹きかけられ、あたしの躰は全身がしびれてしまったのだ。
「嘘・・・こんな・・・」
あたしは必死に躰を動かそうとしたけど無駄だった。
「しばらく寝ているがいい」
ゲマがそう言った瞬間、あたしの意識は闇に飲み込まれていった。
続く
- 2008/07/29(火) 21:06:33|
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昨日に引き続き、大日本帝国海軍航空母艦「飛龍」をご紹介します。
飛龍は、昭和9年度計画により「蒼龍」の二番艦として建造が開始されました。
しかし、ロンドン軍縮条約の失効が近づいてきていたため、蒼龍よりもさらに使い勝手をよくするべく船体の改良を盛り込んで建造することが決まります。
そのため、飛龍は蒼龍に遅れること約一年半後に竣工の運びとなります。
改良自体はそう大きなものではなく、飛行甲板の幅を増やしたとか船体を太くして居住性や使い勝手をよくしたとかなのですが、蒼龍に比べて一点だけ非常に大きな変更点がありました。
艦橋を左舷に配置したのです。
当時、航空母艦はまだまだ未知の分野の軍艦でした。
海上で航空機を発進及び着艦させるために、船体の上部を平らにして飛行甲板にすることは誰もが同じ考えでしたが、軍艦の動力源であるボイラーの排煙をどうするのか、また航海のための艦橋設備をどこにおくのかなど、各国は試行錯誤を繰り返します。
英国では飛行甲板の中央に上下する艦橋を作ってみたり(飛行機が飛ぶときは引っ込める)、飛行甲板の下に艦橋を設置してみたりしましたが、日本でも「鳳翔」や「龍驤」は飛行甲板の下に艦橋を置き、蒼龍は右舷に置きました。
ですが、蒼龍の右舷側には煙突も設置されていたこともあり、煙突と艦橋が右舷に集中することでバランスが悪いと考えられたようです。
また、着艦時の安全性や作業効率、指揮運用などの面からも艦橋は左舷の方がよいのではということになり、飛龍では艦橋を左舷に置くことが決まったのでした。
飛龍が完成したのは昭和14年7月5日。
改良によって基準排水量は蒼龍より約2000トン多い17300トン。
全長227.35メートル。
全幅22.32メートル。
最大出力153000馬力によって最大速度は34.59ノットの高速中型空母でした。
搭載機は蒼龍同様に戦闘機18、爆撃機18、雷撃機18を基本として搭載。
完成後は蒼龍とコンビを組んで第二航空戦隊を編成します。
着艦時の安全などを考慮した艦橋の左舷配置ではありましたが、完成後の運用によって、思わぬ不都合を生じることになりました。
右舷から出る排煙の熱気と左舷で風を切る艦橋とが船体後方に微妙な空気の乱流を生み出し、艦載機の着艦が難しくなるという事態が発生したのです。
さらに蒼龍と比べても艦橋の位置が左舷ばかりでなく後方にも下がったために、着艦時に艦橋に激突してしまうのではないかという恐怖心をパイロットが持ってしまうようになったとも言われます。
このように、蒼龍を改良し使い勝手をよくした飛龍ではありましたが、唯一の欠点として左舷に艦橋を置いてしまったことが悔やまれることになりました。
そのため、のちに日本海軍は雲竜型という中型空母の量産を計画しましたが、そのときにベースとして選ばれたのが蒼龍より使い勝手のよい飛龍ではあったものの、艦橋だけは右舷前寄りに配置するように設計が改められました。
これにより雲竜型は改飛龍型とも呼ばれることになるのです。
飛龍は蒼龍とともに太平洋戦争に参加。
真珠湾攻撃ののちインド洋へも出撃し、蒼龍とともに日本海軍空母機動部隊の中核として活躍します。
そして昭和17年6月5日、ミッドウェー海戦が起こりました。
索敵機の情報が何もないことから、ミッドウェー島の攻撃を行なうために陸上攻撃兵器を搭載するように命じられた日本の艦載機でしたが、発進が遅れていた索敵機より敵空母発見の報告が入ります。
このとき、飛龍に座乗していた第二航空戦隊司令官山口多門は、陸上用だろうが爆弾で敵空母に穴を開けてしまえば飛行機は飛べなくなるのだからすぐに発進させて敵空母を攻撃するべきだと具申したといいます。
しかし、機動部隊司令官南雲忠一は正攻法での攻撃を決断。
艦載機の兵器を対艦用に変更するように命じました。
艦載機の兵器の交換を行なっているじりじりした時間のうちに、ついに米軍の雷撃機が先に来襲してしまいます。
しかし、この攻撃は上空で警戒していた零戦の活躍と、各空母の回避運動のおかげで事なきを得ました。
ところが、この攻撃により零戦が低空に集中、さらに燃料補給のために着艦を余儀なくされてしまいます。
そして兵器の交換が終わり、零戦に燃料補給もし終わったまさにそのとき、米軍の急降下爆撃機が現れたのでした。
蒼龍、赤城、加賀が一瞬にして被弾。
その後蒼龍と加賀は沈没し、赤城は処分せざるを得ませんでした。
参加した四隻の空母のうち三隻がわずかの間に失われます。
飛龍はたまたま雲の陰になっていたらしく目標になりませんでした。
山口司令官はただ一隻残った飛龍で果敢に反撃。
米空母「ヨークタウン」に損傷を与えます。
のちにヨークタウンは日本の潜水艦に止めを刺されました。
しかし飛龍の奮戦もむなしく、米軍の攻撃が飛龍をも捕らえます。
四発の爆弾を受け満身創痍となった飛龍は、ついに放棄が決定。
総員に退艦が命じられました。
赤城同様に味方駆逐艦による処分が申し渡され、駆逐艦巻雲により魚雷を打ち込まれましたが、なおしばらくは浮いていたといわれ、あらためて本土へ曳航しようと駆逐艦を派遣したときには残念ながら海面より没しておりました。
山口司令官、加来艦長以下約四百名ほどが艦と運命をともにしました。
特に山口司令官の死は、空母司令官としての能力の高さからも惜しまれたといいます。
表題は、昨日に引き続きアバロンヒル社のウォーゲーム「ミッドウェー」スミソニアンバージョンの登場艦艇紹介より、艦名「HIRYU」:意味フライングドラゴンとあったことより。
ドラゴンフライ(トンボ)でなくてよかった。(笑)
それではまた。
- 2008/07/28(月) 20:32:05|
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舞方雅人さんのことを考えていたら、胸がきゅぅっとなりました。
*このエントリは、
ブログペットのココロが書いてます♪
- 2008/07/28(月) 09:38:25|
- ココロの日記
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アニメではありません。(笑)
大日本帝国海軍の航空母艦「蒼龍」のことです。
新造空母「鳳翔」や巡洋戦艦を改造した「赤城」「加賀」という航空母艦によって艦載機の運用ノウハウを学んできた日本海軍は、昭和9年の軍備補充計画で次期空母として二隻の中型空母を建造する計画を立てました。
もともとは排水量一万トンの空母と巡洋艦の能力を併せ持った軍艦として設計が行なわれました。
当時は航空母艦を索敵中の敵の巡洋艦が至近で遭遇し、水上砲撃戦になることがあると考えられていたのです。
そのため、最初の案では20センチ砲の連装砲塔と三連装砲塔を各一基ずつ搭載し、12センチ高角砲も連装砲塔を十基搭載するという、とんでもない重武装をした上で艦載機を積むという計画案でした。
しかし、水雷艇「友鶴」の転覆事故により、軍艦の復元性能を再検討した結果この計画は破棄。
また、完成するころには軍縮条約が期限切れになるであろうことを見越して再設計が行なわれ、基準排水量で約一万五千トンの中型空母として建造されました。
完成した蒼龍は、基準排水量15900トン。
全長227.5メートル。
全幅21.3メートル。
機関出力152000馬力で最大速度34.5ノットを出すことができ、日本海軍の正規空母の中で最高速の艦となりました。
搭載機数はその時々で変化しますが、真珠湾攻撃時で戦闘機18、爆撃機18、雷撃機18というものであり、バランスの取れた編成を搭載。
使い勝手のよい中型空母として、以後日本の中型空母の基礎となりました。
のちの大型空母「翔鶴」「瑞鶴」はこの蒼龍の拡大改良型といっていいでしょう。
完成後の蒼龍は、飛龍とともに第二航空戦隊の一員として太平洋戦争に参加。
開戦時の真珠湾攻撃に参加したのちはインド洋でも活躍し、日本海軍機動部隊の中核として大暴れします。
そしてミッドウェー海戦に参加し、米軍艦載機の急降下爆撃にて大破炎上。
柳本艦長以下700名あまりの戦死者とともに海面より没しました。
表題はかつてアバロンヒル社よりでていたウォーゲーム「ミッドウェー」スミソニアンバージョンの参加艦艇紹介のところに、英文で「SORYU」:艦名の意味ブルードラゴンと書いてあったことを思い出したのでつけました。
それではまた。
- 2008/07/27(日) 20:16:37|
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大坂城の出城「真田丸」近辺での戦いにより、徳川勢は少なからぬ損害を受けました。
城攻めを得意としていた太閤秀吉が、弱点の無いように築いた城であり、当代随一といっていいほどの堅固な城が大坂城です。
ちょっとやそっとで攻め落とせるものではありません。
それに家康自身が城攻めを苦手としていた武将ということもあり、徳川勢は今後の攻撃の難しさに頭を悩ませておりました。
一方大坂方としても事態は決して楽観できるものではありませんでした。
もとより篭城戦は、城に篭ってがんばっているうちに味方の援軍が到着することを期待して行なうのが普通です。
しかし、このたびの戦いはそのような味方援軍が期待できるものではありません。
太閤恩顧の大名も徳川勢として大坂城を囲んでいるのです。
このまま篭城していても、いつかは弾薬も食料も尽きてしまいます。
その前に徳川勢を追い払うことができるのか?
頭の痛い問題でした。
徳川勢は強力な防御拠点に対する攻撃の基本に乗っ取ったやり方、つまり正攻法で大坂城を攻撃するつもりでした。
竹束や鉄の盾で城からの攻撃を防ぎながら、塹壕を掘り進んで接近するやり方です。
時間はかかりますが、これがもっとも確実な方法であり、日露戦争時の旅順攻略戦や、第一次世界大戦でも使われた方法でした。
そして、その援護として、城に対し絶えず銃砲撃を加えます。
被害そのものはさほど与えることができなくても、銃声と砲声は城内の兵の士気をじょじょに殺ぐことになるのです。
その上で家康は大坂方との和平交渉も進めておりました。
和戦両面で大坂方を圧迫していったのです。
この和平交渉は、幕府の最高司令官であるはずの将軍秀忠にも内緒で進められていたものと見え、大坂城に対する総攻撃を考えていた将軍秀忠は、そのことを知って不機嫌になったといわれてます。
和平交渉そのものは本格的戦端が開かれた木津川口の戦いの翌日、慶長19年(1614年)11月20日には開始されておりました。
家康の命を受け本多正純が和睦をするよう大坂方に書を送っているのです。
無論戦いが始まったばかりでもあり、この時点では大坂方からは返事は送られておりません。
大坂方から何らかの反応があったのは、12月3日でした。
織田有楽斎長益より、秀頼が和議に反対している旨の書が送られてきたのです。
しかし、家康は和議こそが豊臣家のためであるとして和平交渉を続行。
翌12月4日に起こった真田丸近辺の戦いでの損害もあり、戦わずして屈服させるべく交渉に力を入れて行きます。
12月8日。
大坂方から和睦の際の条件についての問い合わせがあり、大坂方も和睦に傾きつつあるという感触を家康は手にします。
そこで家康は佐渡や甲斐から金堀人足を呼んで城壁破壊を臭わせ、さらに銃砲撃を強めました。
大坂方への威嚇を強化したのです。
12月15日。
ついに大坂方より淀殿を人質として江戸に送ることを了承する書が家康の元に届きます。
大坂方としては涙を呑んでの条件受諾ともいえましたが、今度は家康がこれを拒否。
和平交渉は暗礁に乗り上げました。
家康が拒否した理由については定かではありません。
一説には、大坂方に出した条件が淀殿の人質か大坂城の堀を埋めるかの二者択一であり、家康は大坂方が淀殿の人質を認めることはないだろうから、堀を埋めることになるだろうとふんでいたのに、案に相違して大坂方が淀殿の人質を認めたために面食らったのではないかともいわれます。
12月16日。
京都にまで達したというほどの砲撃の音が響き、大坂城に徳川方の砲弾が何発も打ち込まれます。
このうちの一発が天守閣の淀殿の近くに着弾。
侍女二人を巻き込んだといわれます。
この砲撃は淀殿の継戦意識をくじき、大坂方は和睦に大いに傾くことになりました。
12月18日から20日にかけて、両軍の使者が京極忠高(きょうごく ただたか)の陣において直接交渉を行い、ついに誓紙を交わしての和議成立となりました。
大坂方からの条件は豊臣秀頼の身の安全と本領の安堵、それと城内の諸士に対しては不問に付すという二点であり、一方徳川方からの条件としては、大坂城二の丸及び三の丸の破壊と堀の埋め立て、淀殿の代わりに大野治長及び織田有楽斎より人質を出すことという二点でした。
双方この条件には納得し、誓紙が交わされたのです。
同20日には徳川方からの銃砲撃はすべて中止されました。
ここに「大坂冬の陣」は終わりを告げたのです。
しかし・・・
それはまた新たなる戦いの始まりでした。
その34へ
- 2008/07/26(土) 19:35:21|
- 豊家滅亡
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今日は思いっきり他人のふんどしで相撲を取らせてもらいますー。(笑)
当ブログの片隅でいつもにこやかに笑顔を振りまいてくれているブログ妖精のココロちゃん。
そのココロちゃんの夏季限定イベントが開催中です。
ところが当のココロちゃんは浮かない顔。
いったい何があったのでしょう?

ありゃ?
ココロの水着なんて知らないよ。

ひゃー!!
泣かれちゃいました。
水着が無くなって悲しいのかな?

ありゃ、それは大変だ・・・
ということでココロの水着を一緒に探すことに・・・
でもなかなか見つからず・・・
そうこうしていると・・・

誰?
誰ですか~?
初めて見る顔ですよー。
今まで一度も遭ったことないこの悪魔っぽいお嬢さんはいったい?
と、いうことでココロの水着を一緒に探してあげましょう。
きっといいことがあるはずです。
それではまた。
- 2008/07/25(金) 19:34:58|
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東北でまたも大きな地震が発生しました。
震度6強の地区もあったということですが、深夜0時過ぎという時間帯もあり寝入りばなを起こされた方も多かったのではないでしょうか。
札幌も長い横揺れがやってきまして、震度2(札幌市北区)を記録しました。
たまたまネット通信で会話していた関東の方も、私が揺れたと伝えた直後に揺れを感じたとのことで、広範囲に揺れたことに驚くとともに震源近くでの揺れの大きさを実感させられました。
すぐにニュースで確認し、震度6強の場所があったことを知りましたが、現時点まで亡くなられた方が出ていないのが不幸中の幸いかと思います。
けがに遭われた方々、被害を受けられた方々に心よりお見舞い申し上げます。
一刻も早い復旧をお祈りいたします。
さて、闘姫陵辱誌(キルタイムコミュニケーション)で「ソウルレイザー☆ユナ」を描かれておられました漫画家のみたくるみ先生が、コミックヴァルキリー誌(キルタイムコミュニケーション)に掲載しておりました「ディスバニッシュ」が単行本となりました。

謎の存在に見込まれてピッタリスーツのスーパーヒロインにされてしまうアヤと、異世界からの敵との戦いという王道シチュエーションのマンガです。
素敵なお姉さんを描かせたらピカ一のみたくるみ先生ですから、ヒロインはもちろん敵の女性たちもまさにすばらしいお姉さんばかりです。
全年齢誌とは思えないほどのエロっぽさもあり、おっぱいぷるんも満載です。(笑)
悪堕ちっぽいネタはなかったんですが、ヒロインの友人含む女性たちが敵に捕らわれて催眠っぽい状態で奉仕する様はなかなかですよ。
さらわれた友人が敵になって出てきてくれたらなぁって思っちゃいましたが、そこまでは望みすぎでしょうね。(笑)
お姉さんヒロインの好きな方はぜひ。
それではまた。
- 2008/07/24(木) 19:39:24|
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お待たせしました。
久しぶりの「豊家滅亡」の32回目です。
大坂城の南側に広がる平地。
それは大坂城唯一といっていい弱点でありました。
その弱点を強化するべく、あの真田幸村は出城を築かせます。
通称「真田丸」と名付けられたこの出城により、大坂城の防御はさらに硬くなりました。
この真田丸よりさらに南側。
篠山という小高い丘がありました。
戦場において地形を見渡せる高い位置を制することは重要な要素となります。
有能な武将真田幸村は、当然この篠山にも前衛部隊を配置しておりました。
慶長19年(1614年)12月2日。
この日、徳川勢の大坂城包囲がほぼ完成します。
このときの徳川勢は約二十万。
空前の大軍による包囲網が敷かれたのでした。
そして大坂城への攻撃準備として、竹束はもとより鉄製の盾も製造され、矢や銃弾を防ぐために配られます。
さらには大坂城への接近路としての塹壕も掘られ、さながら近代の城郭攻撃の様相を見せ始めておりました。
先に真田勢に抑えられた篠山でしたが、当然戦場での制高点を奪取するべく、徳川勢も兵力を差し向けます。
配置されたのは加賀の前田利常勢でした。
そのころ、大坂城内ではある事件が起こっておりました。
大坂方の武将南条元忠(なんじょう もとただ)の内通が発覚したのです。
関ヶ原の戦いで西軍石田三成方についた南条元忠は、西軍敗北によって浪人となっておりました。
このたびの戦で大坂方の求めに応じた元忠は、旧臣たちとともに大坂城へ入城。
約三千の兵力を預けられるという待遇で迎えられました。
しかし、元忠は徳川方にいる藤堂高虎の身内と知り合いで、その縁により寝返りを誘われます。
伯耆の国一国を与えるとの約束に、元忠は徳川方への寝返りを決意、合図を持って大坂城内に徳川勢を招き入れるという手はずでした。
この計画が発覚したのです。
南条元忠は城内で切腹させられ、計画はご破算となりました。
ですが、大坂方はこのことを内密にし、徳川方には元忠の死は伝わりませんでした。
一方、篠山前面に展開していた前田勢は、大坂城への接近のための塹壕を構築しておりましたが、その様子は篠山上の真田勢に筒抜けでした。
真田勢は鉄砲を撃ちかけ、前田勢の作業を妨害します。
真田勢の妨害により作業が停滞した前田勢は、妨害の元であり戦場の制高点でもある篠山を奪取することに決定。
慶長19年(1914年)12月3日の夜から4日の未明にかけて、じわじわと篠山に迫ります。
そして鬨(とき)の声を上げ、一気に篠山の頂上に攻めかかりました。
ところがこのときすでに真田勢は篠山を放棄しておりました。
篠山にいた前衛部隊は無傷で真田丸に撤収していたのです。
無人の山に突撃した前田勢は、真田丸の真田勢からさんざんにバカにされました。
収まりがつかないのは前田勢です。
勢い込んで突撃したところはもぬけの殻。
しかもそれをバカにされる始末。
前田勢の頭に血が上ったのもやむをえないことだったでしょう。
もともと前田勢は篠山を奪取するのが目的でした。
夜陰に乗じて接近し、接近戦を戦うつもりだったのです。
接近戦であれば弓や銃は使えません。
攻撃側もかさばる竹束や重い鉄の盾を持っていく必要はありません。
つまり、前田勢は真田丸のような防御施設を攻める準備をしていなかったのです。
にもかかわらず、頭に血が上ってしまった前田勢は真田丸への突撃を敢行します。
このとき大坂城包囲陣に参加していた前田勢の数は約一万二千。
全部がこの攻撃に参加したわけではないでしょうが、半分としても六千です。
おそらく山が動いたような感じだったのではないでしょうか。
幸村はこの前田勢の動きにほくそえんだと思われます。
竹束や鉄の盾を持たない兵士たちは銃撃には無力です。
真田勢は真田丸のすぐそばまで前田勢をひきつけてから、いっせいに射撃を開始します。
前田勢前面は一瞬にして大損害を受けたのでした。
前田勢が真田丸に対して攻撃を仕掛けたという事実は、徳川勢に連鎖反応を引き起こしました。
井伊直孝(いい なおたか)、松平忠直(まつだいら ただなお)の両軍勢が、前田に続けとばかりに大坂城南面に攻め寄せます。
しかも偶発時というのは重なるもので、徳川勢の攻撃に対処するべく大坂方が射撃のための火薬を用意していたところ、兵士の一人が誤って火薬箱を落として暴発させてしまいます。
この炸裂音が南条元忠の合図の音と間違われ、徳川勢は諸隊がいっせいに動き出してしまいました。
内通者による合図だから、さほどの攻撃を受けずに城内に侵入できると考えていたのか、徳川勢は無造作に大坂城に近寄ってしまったと思われます。
真田丸同様の惨劇が大坂城南側各所で繰り広げられることになり、徳川勢は大損害を出すはめになりました。
味方に混乱が広がる中、家康は即座に撤収を命令。
各部隊に伝令が走ります。
しかし、混乱と銃撃の中での撤収は思うに任せず、さんざんに討ち果たされた各部隊が撤収を終えたのは午後三時ごろのことでした。
記録上の双方の損害は不明ですが、大坂方の損害は極めて軽微であったと思われるのに対し、徳川方の損害はかなり大きなものだったと思われます。
家康は各将を呼んで軽率な行動を戒め、竹束や鉄の盾を必ず使うようにと命じたといいます。
この真田丸前面の戦いは、防御巧者の真田幸村の名を天下に知らしめました。
真田丸そのものには真田勢のほか後藤基次勢も入っていたといわれますが、名声を独り占めしたのは幸村でした。
以後、幸村は今日に至るまで、大坂の陣における大坂方の名将として名を残すことになりました。
その33へ
よろしければ掲示板にも遊びに来てくださいね。
雑談大いに結構ですので。
http://jbbs.livedoor.jp/otaku/11495/
- 2008/07/23(水) 20:36:13|
- 豊家滅亡
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当ブログの120万ヒットのお祝いに、Enne様からSSを押し付け…いや、げほげほ、頂きました。先日の「さらにもう一つの・・・」で皆さんが気になった、あの「お祝い」シーンです。で、ではどうぞ、がほげほ
『特別な お祝い』
え?バイトはともかく
特別なお祝いが気になるって?
いいよー、きっと、君もしてもらうって思うもの
で、でもちょっとだけはずかしいな
う、うん、えっと、こんな感じだったんだ
「ム・カデーラ 我が前に跪くがよい!」
「ヒャーィ」
そういってザーラさまの御前に跪いた途端、頭の中、真っ白しろしろなっちゃって
わたし、ぽわーんってなっちゃったんだ
これでわたしも憧れの女怪人なんだ、お子様をつるし上げてはヒーローにタコ殴りにされたり
どじってヒーローをしとめ損ねてはヘル・ザーラさまにお仕置きされたり
ヒーローチームのヲンナの子と恋愛フラグたてちゃっては
身体を二つにひっちゃぶられかけたりするような思いを味わったりするんだなって思うとさ
もうもうもう、ね、ね?
頭の芯がじんじんってしびれちゃって、身動きできずにそのまま固まっちゃってたんだ
そしたら
わたし、柔らかい手や腕や、もっともっとやわっこいなんだか暖かいものに・・・
「かわいー」
「きゃー初々しくっていいわねぇ、わたしたちもこうだったかしら?」
「やっぱり、怪人さんってなると、しびれっぷりが違うのねー」
「ム・カデーラちゃんかぁ、素敵ね~」
わたし、戦闘員のおねぇさんたちに密着・・・
きゃぁ、こ、これ、おねぇさんの胸じゃん
わたしが、まっかっかになっておろおろしてると
「ヘル・ザーラさまぁ、この子わたしたちで、『お祝い』しちゃっていいですか~?」
「きゃ~24号だいたーん」
「うっさーい、ね、ね、いいでしょう?」
「ま!、なんて大胆な発言かしら、こほん、そうは行かないわよ、司令官権限発動!」
「「「えーっ」」」
「ふふっふ、全員でいっちゃえー!」
「「「ヒャーイ!」!」!」
「???」
でさ
そのままなんだか薄暗い小部屋にみんなに連れて行かれて・・・
気が付いたら
わたし・・・
わたしね・・・
カラオケBOXでマイク握ってた
な、なによ君、ひとりでこけちゃって、なに想像してたのよ
ま、いいや、でもいまだにわかんないんだよねー
だってさ、わたしはもちろんム・カデーラの姿だったし
ヘル・ザーラ様はあのお姿
おねーさんたちだって黒レオタに網タイとお化粧よ?よく入れたもんだって思うよ
ドリンクだって普通に届いてたもんね
どうも不思議よね
えっ?コスしてカラオケする人たちを君
知ってる…?
大丈夫だって?
おかしいよー、変へん、変だってば
ま、いいけどね
とはいえ
入っちゃえば、もうこっちのものよ
大体わたしにマイク握らせたのが悪いのさっ
「一番、ム・カデーラ ジャスリオン主題歌いっきまーす」
「ちょ、ム・カデーラ、それはわたしが入れるつもりだったのだっ!」
「べー、おそいですぅ、ヘル・ザーラ様、カラオケに身分の上下なしっ!」
「くぅぅぅ」
「まま、ザーラ様、抑えて抑えて、セカンドシーズンのほうで」
「ふふんっ、19号、気を回さなくっていいわ、あ、こほん、いいいのだっ わたしはこれだっ」
「うはっ、『クリスタルローズ』入れたのザーラ様だったー」
「くぅぅぅ、『クリスタルローズ』はしみるわねぇ」
「えー、クリローはちょっと暗い目ですぅ」
「何を言う、ム・カデーラ この悲しさがクリローの真骨頂よっ!」
「いいです、わたし、『羊ヲンナの誘惑』うたうもん」
「なっム・カデーラ、そっそれは・・・」
「『わたしーは、ひつじー』(ぶっつん)」
「きゃ、切ったのだれですかぁ~」
「「「それ みんな眠っちゃうからだめー」」」
「えー」
「「「寝ちゃったらー延長料金どうすんのよー」」」
「はぐっ」
「「「時給は低いんだぞー」」」
「みゅぅぅぅ」
「じゃ、次32号いきまーす」
「「「ひゅーひゅー」」」
「ム・カデーラちゃんセットお願い~」
「はーぃ、32号さん曲目は?」
「これよっ『”G”et back the future 』!」
「きゃ~シャドウグレイスのテーマ~~、いいです~」
「『拭えなぃ~~過去~、影のようにぃ~~お~いかけてくるぅ~~
目覚めのたび~~わたぁしぃをさいな~~む~
FLush back!!(back!back!)』
「かっこいー、32号さん熱い、熱いわ~」
「むっ、控えよ ム・カデーラ、32号(ぽん)貴女、格下げ決定よ」
「へっ、ヘル・ザーラ様、わ、わたしなにかしましたかっ?」
「悪を裏切るやつがヒロインな・ん・て・・・死刑♪」
「ザ、ザーラさまぁ」
「時給150円から、ん~~そうねぇ138円くらい?」
「せ、生活がっ」
泣き崩れる32号のおねぇさん、でもヘル・ザーラ様はやっぱり優しい方なんだよ
にっこり笑うと、こう仰ったの
「ふむ、悪にも悪のお慈悲があるわ、そうねぇ 32号!」
「は、はいっ!」
「格下げの代わりに、罰ゲームけってーぃ!」
「ば、罰ゲームってまさか」
「そうよっ、32号アカペラで『SSB音頭』フルコーラスいってみよー!」
「「「イェーイ!」!」!」
いやぁ楽しかったなぁ
でもさ、そのあと突然乱入してきた
なんかよくわかんない3人組のおにゃの子達とカラオケ合戦したような記憶もあるのよ
「G-fixの歌なんかやめろーっ」
「ちょっとちょっと或人ちゃん」
「ごめんやで~みなはん、ってあれ? あんたら、すごい格好やね~」
「ちょっと、他人さんのご趣味に失礼よー、皆さんレイヤーさんに決まってるじゃない」
「なにを言う、我々はここ青空市を支配する予・・・(まごもご)」
「「「ザーラ様、抑えてー」」」
いやぁそこからの展開は、さすがにちょっといえないよ
うん
とまぁこんな感じだったんだけど、どう?どう?
うちんちに来る?
バイトしない?
ね、ね?
あ、そんな眼で見るかな君は、ふぅん(ぱちん)
おねぇさん達!やっちゃって
「「「ヒャーィ」」」
ダイジョブ、ダイジョブだって、これ着ちゃえば気にならなくなるって
うふん、強制参加も悪の王道なのよー、ごめんね?てへっ
END
文中で一部、G-fixのテーマなるものが使われていますが
これはKISS IN THE DARK別館に掲載されてます
作詞は・・・えっとえっと(がふっ)
謎のおかt・・・
現在は1番だけですが、いずれ完成版がおまけつきでうpされると思いますので、そちらもよろしく。
あ、誰か玄関先に来たみたい、みてきます~。
とのことです。
Enne様、どうもありがとうございました。
- 2008/07/22(火) 20:31:05|
- 投稿作品
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三年連続更新記念SS大会新作中編も、今回が最終回です。
今までの私の作品とは趣が違いましたので、戸惑われた方も多いかもしれません。
寝取られは個々人の嗜好の差も激しいので、楽しめなかった方もいらっしゃると思います。
舞方個人的には寝取られと悪堕ちは似ているところがあるんじゃないかなって思っております。
まあ、好きだからそう思うのかも知れませんけど。(笑)
今回の作品は本当にいろいろな方や作品にお世話になりました。
2chや各寝取られ系サイト様の作品など、多くの作品に影響も受けました。
文中表現やシチュなどで似たような箇所があったら、そういった作品に影響を受けてのことでございます。
ともあれ、この作品にここまでお付き合いくださいましてありがとうございました。
改造でも異形化でもない作品でしたが、お楽しみいただければ幸いです。
それでは最終回、どうぞ。
6、
月末までの一週間ほど、業務の引継ぎや札幌での新業務の把握など、健太は殺人的な忙しさに見舞われた。
帰りもほとんど午前様となり、自宅に帰ったときには望美は自室で就寝中という状況だった。
朝に顔を会わせても口数は少なく、疲労困憊の健太も黙々と食事を済ますだけという日が続く。
出向の準備こそ、望美がしてくれるおかげで健太はほぼ何もせずに済んではいたが、一人だったらとてもそうは行かなかったに違いない。
一人じゃないんだという喜びと、これからしばらくは独りになってしまうという寂しさを、健太は同時に味わっていたのだった。
この一週間ほどの間にも、望美の生活はじょじょに越久村中心に変わっていっていた。
仕事帰りには越久村と二人での食事が当たり前になり、時にはホテルで時間を過ごす。
早く帰ったときこそ健太のために出向の準備をしたりするものの、それは義務感から行なっているに過ぎなくなり、望美の心からは健太は急速に失われていっていたのだった。
「がんばってね。たった二ヶ月だからすぐ戻ってこられるわ」
札幌への出発の日、望美は羽田に健太を見送りに来ていた。
すでに大まかな荷物は先に送ってあり、ほとんど躰一つでの出発は楽なことには違いない。
「行ってくるよ。一人で大変だと思うけど、何かあったらすぐに戻ってくるから」
「大丈夫よ。心配しないで。子供じゃないんだから」
健太に抱きしめられ、望美はちょっと躰を硬くする。
そのことが望美の初々しさを思わせて、健太はなんとなくうれしくなった。
残念だったのは、夕べせっかく札幌出向前の最後の日で、望美を抱きしめたかったのに生理だと言われてしまったこと。
このところ望美と抱き合ってなかったので、前回の生理を忘れていたのだ。
望美の肌のぬくもりを感じられなかったのは残念だけど、戻ったときにはいっぱい抱きしめてあげよう。
そう思う健太だった。
「そろそろ行かないと。搭乗手続きが始まるし私も仕事だから」
やんわりと健太を押しのける望美。
今日の望美は何だかとても美しい。
決して派手というわけではないのだが、化粧のせいか妖艶という感じですらあるのだ。
こんな望美は健太には初めてのことだった。
服も見慣れた感じの落ち着いたものではなく、多少胸元が広く躰にぴったりした感じであでやかだ。
そのことを言うと、健太さんの見送りにつまらない格好はできないでしょとうれしいことを言ってくれた。
羽田へくるときも車でと主張した健太に、行き帰りに万一事故でも起こしたら困るし、機上の健太さんによけいな心配をかけたくないからと公共交通機関でここまで来たのだ。
これから会社に戻るのにも大変だろうけど、その心遣いが健太はうれしかった。
「それじゃ行ってくる」
健太の唇が望美の唇に触れたとき、望美はまたしても身を硬くしてしまう。
ここしばらくの越久村との逢瀬は、望美の心をすっかり変えてしまっていた。
越久村と肌を合わせることに幸せを感じてしまった望美は、健太のことを生理的にも受け付けなくなってきていたのだ。
とっさに生理と嘘をついて健太に抱かれることを逃れたのもそのためで、こうして抱きしめられること自体を苦痛に感じてしまうのだった。
「行ってらっしゃい」
健太の抱擁から解放された瞬間、望美はホッとしてしまう。
搭乗口に消えた健太を見送ったあと、望美は足早に空港ターミナルをあとにしたのだった。
「塩原君は無事に出発したようだね」
空港駐車場の待ち合わせ場所で、越久村の姿を見つけた望美は思わず駆け寄ってしまう。
「はい。無事に済んでホッとしました」
「うん、さあ行こうか」
越久村がすっと腕を差し出す。
「はい、部長」
望美はまるで恋人同士のように越久村の腕にすがりつき、車に向かって歩き出す。
車に乗り込んだ二人はあらためてキスをすると、都心に向けて走り去った。
******
二ヶ月という期間は、望美を完全に変えてしまうのに充分な時間だった。
望美は家に帰ることもなくなり、越久村の家から一緒に通うようになってしまう。
電話は携帯に転送するようにセットされ、帰りが不規則なので健太からの電話をいつでも受け取れるようにしたのだとごまかした。
タバコも常に吸うようになり、越久村と一緒で一日三箱は吸うほどのヘビースモーカーになってしまう。
お酒もよく飲み、毎日越久村と楽しむようになっていた。
何よりも二人を結びつけるのはセックスだった。
越久村と望美の躰の相性は抜群だったらしく、望美は今まで感じたことのないエクスタシーに溺れていった。
越久村の言うままにおへそにピアスを入れたりもし、越久村に抱かれることで毎日がとても充実していったのだった。
「塩原さんこんにちは」
出向も間もなく終わろうとする時期、健太は札幌に出張に来た営業の後輩と顔をあわせる。
「大下じゃないか。久しぶりだな。みんなは元気かい?」
「ええ、元気ですよ。塩原さんもお元気そうで何よりです」
久しぶりの出会いに話が弾み、二人は夜居酒屋へと繰り出した。
「そういえば、先日新社屋の特別事業部に顔を出したんですが、すごく美人の秘書さんがいるって知ってました?」
「えっ?」
思わず健太は聞き返す。
「越久村部長の秘書さんなんですけど、望美さんって言ったかな? もうすごい綺麗な人なんですよ」
大下は思い出してはうっとりする。
それほど望美の姿は印象的だったのだ。
一歩越えれば水商売の女となりかねないほどのきわどい衣装でありながら、それをスマートに着こなして妖艶さを漂わせている。
化粧も濃過ぎず派手過ぎずぎりぎりのところで最高の美しさを引き出している。
まさにそんな女性に思えたのだ。
「きびきびしていて、越久村部長にはかいがいしく尽くして・・・なんかもう恋人以上って感じなほどラブラブかと思えば、きりっとした表情でタバコを吸う姿はキャリアウーマンって感じで」
「それは・・・本当に望美という女性・・・なのか?」
健太には信じられない。
それは健太の知る望美では断じてない。
大体望美はタバコなど吸うはずがないのだ。
「そう言ってましたよ。噂では越久村部長と恋仲だとか。まあ、部長は今独身ですから、いずれは一緒になるんじゃないですか?」
健太は目の前が暗くなっていくのを感じていた。
電話で話した望美はいつもと変わらぬ応対だった。
家に一人でいるとのことだったし、タバコも吸ってないし誰かと勘違いしたんじゃないかと言う。
だが、健太の胸の奥底に湧いた疑念は晴れることがなかった。
「塩原君か?」
越久村が望美を抱き寄せる。
携帯を閉じてタバコをくゆらせていた望美は、その腕にいざなわれるように越久村の胸に寄り添った。
健太との電話も越久村のベッドの中で受けていたのだ。
「ええ・・・なんだか疑っているみたい。感じ悪いわ」
「ふふふ・・・嘘が上手になったじゃないか」
「だってぇ・・・竜治さんとずっと一緒にいたいんだもの」
越久村の口に自分の口を重ねる望美。
舌が絡み合い官能の炎が燃え上がる。
「そろそろ塩原君も気づくだろうな。彼の出向ももうすぐ終わる」
「いやだわ・・・もう戻ってこなければいいのに・・・」
今の望美は健太に対して嘘をつくことも平気だったし、彼を切り捨てることにもためらいはない。
「そうだな・・・また何か手を考えようか」
「うふふ・・・うれしい。愛してるわ、竜治さん」
越久村の首に両手を回し、再び唇をむさぼる望美。
彼女の心に健太はすでにいなかった。
健太の心のうちに湧いた疑念は、晴れるどころかますます健太を苦しめる。
思い悩んだ健太は、ついにある行動に出ることにした。
高校のときからの友人に疑念を打ち明け、望美のことを監視してもらったのだ。
友人は自営業をやっているため、多少の時間の融通が利く。
望美との結婚式にも参列してくれた友人は、親身に健太の悩みを聞いてくれ、早速調べてくれるということだった。
******
札幌での業務も一段落し、いよいよ本社への帰還が迫った日。
健太の元に友人から電話があった。
祈るような思いで望美の潔白を望んでいた健太にとって、友人からの電話は衝撃的なものだった。
電話の向こうから告げられたのは、望美が毎日越久村の家から一緒に出社していること、まるで恋人同士のように親密な雰囲気であること、夜も一緒に帰ってきているらしく、おそらく男と女の関係になっているであろうことだった。
無論素人の友人の調べでは詳しいことはわからない。
しっかり調べるには興信所のようなものを使うしかないだろうというものだったが、一応越久村に寄り添う望美の写真は撮ってくれたという。
健太にはそれからの記憶がない。
気がつくと受話器を握り締め、ただ泣き喚いているだけだった。
羽田に降り立った健太を出迎えてくれたのはその友人だった。
望美には電話をしたものの、仕事があるから迎えには行けないとそっけないものだった。
一縷の望みを抱いてはいたものの、あまりにもそっけない望美の言葉に健太は絶望を禁じえなかった。
大丈夫かと心配する友人を手で制し、撮ってもらった写真だけを受け取ると、健太は久しぶりの自宅に帰る。
望美のいない家はがらんとした感じを受け、薄ら寒くさえ感じた。
荷物を置いてへたり込むようにソファーに腰掛けた健太は、友人が取ってくれた写真をテーブルに広げて行く。
そこに写っているのは望美ではなかった。
少なくとも健太の知っている望美ではなかった。
姿かたちは望美にそっくりだが、妖艶さをたたえ別の男に甘える一人の女の姿だった。
脚を組んでタバコを吸う姿や、越久村の腕にぶら下がって媚びた目で見上げている姿は以前の望美からは想像も付かない。
健太は涙があふれるのをとめることができなかった。
望美が帰ってきたのは夜八時を過ぎていた。
健太が札幌から戻ってくるので早めに帰宅したのだろう。
友人の話では夜は越久村と食事をし、そのまま越久村の家に帰ることが多かったそうだから。
「ただいま健太さん。遅くなってごめんなさい。最近は業務が忙しくて・・・お腹すいたでしょ? すぐに食べられるようにお弁当買ってきたわ」
健太の好きなから揚げとビールを持っている望美。
笑顔が以前の望美を思い起こさせる。
「どうしたの? 何かあったの?」
無言でうつむいている健太に望美も何かを感じ取る。
テーブルに広げられた写真が、望美の目に飛び込んだ。
「ふう・・・そういうこと・・・」
提げていた袋をテーブルに置き、健太の向かい側に腰掛ける。
そして脚を組むと、ポケットからタバコを取り出して火をつけた。
ふうと煙を吐く望美を唖然とした表情で見る健太。
それがいかにも間が抜けたようで望美は嘲笑が浮かぶのを止められなかった。
「望美・・・」
「何?」
「君は・・・その・・・部長と?」
くすっと笑みを漏らす望美。
今さらそんなことを聞いてくるなんてバカな男。
「調べたんでしょ? つまらない男ね。ええ、そうよ。私はもう竜治さんの女なの。竜治さん無しでは生きられないわ」
わざとにタバコの煙を吹きかけてやる。
煙たそうな健太の顔がまた哀れっぽい。
「の、望美・・・君は・・・ど、どうして・・・」
「どうして? あなたがつまらない男だからに決まっているじゃない。竜治さんの仕事ぶりを見たことある? あなたとは雲泥の差よ。それに・・・」
望美はそこでわざと区切る。
「それに? それになんだって言うんだ!」
「ふっ」
思わず声を荒げる健太に対し、望美は妖艶に微笑んで見せる。
「言葉にする必要なんてないんじゃない? 今の私を見て。あなたが私をここまで変えられると思うの? 私を家に閉じ込めるだけで満足していたあなたが・・・」
「の、望美・・・」
健太は言葉を失う。
目の前の望美は確かに妖しい魅力をたたえ、美しかったのだ。
「竜治さんが私を抱いてくれるかなんてどうでもいいの。だって、彼はあの仕事ぶりだけで私を何度もイかせてくれるんだもの。あなたには到底無理なことよね。つまらない人」
口元に冷たい笑みを浮かべ、望美はさげすみの目で健太を見つめる。
そこにはかつての望美はかけらたりとも見出すことはできなかった。
「望美・・・お願いだ。目を覚ましてくれ。君は越久村部長にだまされているんだ。仕事をやめて主婦に戻ってくれ。頼む」
健太はそう思うしかなかった。
これは悪い夢だ。
悪夢だ。
越久村部長のせいで望美は別人にされてしまった。
でも、きっと元に戻るに違いない。
「仕事をやめる? バカなことは言わないで。私は竜治さんの秘書なのよ。やめるはずがないじゃない」
タバコを携帯用の灰皿に入れ、また一本火をつける望美。
あれほどタバコを嫌っていた望美がこんなにタバコを吸うなんて・・・
「望美・・・」
健太は言葉を失うばかりだった。
「で、どうしたいの? 別れて欲しいなら喜んで別れてあげるわよ。慰謝料だって払ってあげる。そうね・・・五百万ぐらいでどう?」
「えっ?」
狐につままれたような表情をする健太。
別れを切り出されるなんて想像もしてなかったのだ。
越久村のもとから引き離せば・・・
仕事さえやめてもらえば・・・
それしか考えられなかったのだ。
「なんだったら主任ぐらいにはしてあげるわよ。北九州か札幌辺りへ行って戻らないって約束ならね」
これは望美が越久村と相談したことだった。
慰謝料を払ってでも健太と別れることを望美は考えるようになってしまっていたのだ。
「望美・・・」
「うふふふ・・・どうしてって顔しているのね。今のプロジェクトが成功すれば竜治さんは専務になるつもりなの。今までだって専務になっていておかしくなかったけど、そろそろ昇格してもいいかなって思っているみたい。社長は竜治さんに全幅の信頼を置いているし、そうなれば人事面でもいろいろと融通が利くってわけ。私も専務秘書になるのよ」
すらっとした美しい脚をこれ見よがしに見せ付ける望美。
妖しい魅力が健太をも苛んでいく。
「ねえ、それで手を打ちなさいよ。悪い話じゃないでしょ?」
望美は健太がこれで引き下がると踏んでいた。
どうせ仕事以外に取り得のないつまらない男なのだ。
昇格と慰謝料をちらつかせればうなずくに違いない。
だが、健太の反応は望美の予想とは違っていた。
「望美・・・いやだ・・・いやだ・・・僕は別れない。僕は望美と別れたくない」
「えっ?」
望美の目の前で、健太は首を振る。
「望美・・・お願いだよ。別れるなんて言わないで。僕は望美と別れたくないよ!」
「健太さん・・・」
涙を浮かべて別れたくないと言う健太に、望美は唖然とした。
この男は何を言っているのかしら・・・
「ボクは君を取り戻す。越久村部長と戦ってでも取り戻す!」
健太はそう言って立ち上がる。
竜治と戦ってでも取り戻すという健太に、望美はただただ哀れみを感じるだけだった。
******
「望美、次の予定は?」
「はい、専務。二時から舞方物産の社長がいらっしゃる予定になってます」
いつものように越久村に予定を告げる望美。
美人の優秀な専務秘書として、社内でも評判が高い。
「二時か。まだ時間があるな。こっちへ来い」
机で呼ぶ越久村に、望美は嬉々として歩み寄る。
「今日の下着は何色かな?」
今朝も一緒に出てきた越久村にとってはわかりきった質問だが、望美は薄く笑みを浮かべてスカートをめくる。
「竜治さんの好きな黒のレース付きですわ」
ぬけるような白い肌にへそピアスがきらりと輝き、黒い下着が淫靡さを漂わせている。
「ふふふ・・・いやらしいやつだ。来い、可愛がってやる」
「ああ・・・竜治さん・・・」
招かれるまま望美は期待に胸を膨らませて越久村の胸にしなだれかかる。
オフィスは一時愛を交わす場所になるのだった。
「それで? 塩原君はどうなったんだったかな?」
舌を絡めあうキスを交わしながら、越久村は意地悪く質問する。
「うふふ・・・バカな男ですわ。あの時私の申し出を受け入れていればよかったのに。竜治さんから私を取り戻すなんていうから・・・うふふふ」
椅子に座る越久村の上にまたがりながら、望美は深い快感に浸っていく。
「札幌でただ働き同然の状況ですわ。せっかく順調だったプロジェクトが、あの男のせいで台無しになるところだったんですから当然ですけれど」
得意げな表情でふふんと鼻を鳴らす望美。
「ふふふ・・・哀れなやつだ。望美が後ろで糸を引いていたとも知らずに」
越久村の顔にも嘲笑が浮かぶ。
「思ったとおり、あの男ったら簡単に罠にはまってくれましたわ。特別事業部の膿もかぶってくれましたし・・・うふふふ」
越久村のモノに貫かれながら、口元に持ってきた指に舌を這わせる望美。
その姿はなんともいえず妖艶だ。
「ふふふ・・・怖い女だ」
「あん・・・竜治さんのおかげですわぁ・・・竜治さんがくずどもの扱い方を教えてくださったんですもの。でもあの男、クビにしなかったんですけど、かまいませんでしょ?」
腰を動かしながら、より深く快楽をむさぼっていく望美。
「それはかまわないが・・・まだあの男のことを思っているのか?」
「まさか。クビにして自棄でも起こされたらたまりませんもの。当分は飼い殺しにしてやりますわ。不穏分子は監視下にという竜治さん、いえ、越久村専務のお教えですもの」
越久村の首に両腕を回し、むさぼるように唇を重ねていく。
「ははは・・・そうだったな。まあ、やつに死なれでもしたら寝覚めが悪いしな」
「うふふ・・・そういうこと。あん、竜治さんは最高。愛してるわ」
たくましい越久村に奥まで貫かれ、望美は今、絶頂とともに深い幸福感を味わっていた。
END
お読みいただきありがとうございました。
よろしければ、感想や拍手などをいただけると、ものすごく励みになります。
きびしいご意見も大歓迎です。
なにとぞ一言なりといただければと思います。
それではまた。
- 2008/07/21(月) 21:13:11|
- 望美
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遅いファンタジーを抱き枕にしたら気持ちいいですかねぇ……
*このエントリは、
ブログペットのココロが書いてます♪
- 2008/07/21(月) 10:13:47|
- ココロの日記
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三年連続更新記念SS大会新作中編の五回目です。
それではどうぞ。
5、
「おはよう」
テーブルについて新聞を読み始める健太。
望美はすでに起きて朝食の支度をしてくれている。
熱いコーヒーで目を覚まし、新聞に目を通すのが朝の日課だ。
「おはよう健太さん・・・」
なんとなく望美の声は元気が無い。
疲れが取れないのか表情もうつむき加減でよく見えない。
「大丈夫かい?」
「えっ? な、何が?」
健太がいたわるように声をかけると、望美はびっくりしたように振り返る。
「いや・・・まだ疲れが取れないのかなと思って・・・」
「あ、え、ええ。出張なんて初めてだったから疲れが抜けないの」
ぎこちない笑みを浮かべる望美。
素敵な笑顔だが、多少のかげりを帯びていた。
「そうか。無理はしないようにね」
「ええ、大丈夫」
そう言うと、望美はすぐにキッチンにもどって行く。
健太もそれ以上のことは言わずに、朝の支度に没頭した。
内心の動揺を気づかれなかったかとどきどきする。
健太に声をかけられたとき、真っ先に思ったのは越久村との夜のことだったのだ。
健太を裏切って別の男に抱かれたという事実が、望美の心を苛んでいく。
だが、もう二度としてはいけないと思いつつも、これから会社に行くことを考えると、望美の心臓は高鳴った。
そのことがまた望美の胸中を複雑にし、健太の顔をまともに見られなくしていたのだ。
健太が朝食を食べ終え、身支度を整えて出勤していったとき、望美は心の底から安堵する自分に気がついた。
健太が出かけてしまうと、望美の心は羽ばたき始める。
いそいそと下着を脱ぎ、黒の淫靡さを漂わせる下着に取り替える。
化粧台に向き合ってメイクをし始めると、いつしか健太のことは望美の心から消えていく。
越久村に会える。
越久村と仕事ができる。
そう思っただけで、望美は胸がきゅんとなる。
もう過ちはしてはいけないという思いが、もう一度抱かれたいという思いに塗りつぶされていく。
「部長・・・」
赤く塗られたつややかでなまめかしい唇が、思わず越久村を呼んでいた。
仕事にはあまり似つかわしくない胸元の開いたスーツに身を包むと、望美は越久村の待つ待ち合わせの場所へと向かっていった。
「おはようございます」
にこやかな笑顔で助手席に乗り込む望美。
車内に充満するタバコの煙がなんとなく心地よい。
待ち合わせ場所の近くの自動販売機で買ってきたタバコを、望美は早速取り出した。
それを見た越久村が笑みを浮かべてライターを渡してくる。
「ありがとうございます、部長」
自分でもバッグからライターを取り出そうとしていた望美は、越久村の心遣いに感謝する。
タバコに火をつけた望美は、深々と煙を吸い込み、タバコの味を堪能する。
「ふう・・・美味しい。夕べは吸えなかったから美味しいわ」
脚を組み、タバコをくゆらす望美の姿は美しい。
越久村もその姿には思わず目を奪われそうになる。
「ふふ。やはり塩原君の前では吸えないか? かわいそうに」
「あの人タバコが嫌いなんです。こんなに美味しいのに。ふう・・・」
そういう自分も先日まではタバコが嫌いだったのだ。
今から考えるとバカみたいな話だと思う。
何事も知らないで嫌うのはよくないことだわね。
「塩原君はまじめだからな。タバコを吸うのは不良とでも思っているんじゃないか?」
「うふふふ・・・そうかも」
他愛も無い会話だが、越久村との会話は楽しかった。
望美の心の中に健太の占める割合がどんどん小さくなっていっているのを、望美は気づくことすらなかったのだった。
月曜日ということで、越久村の仕事も忙しい。
望美にとっても細かな仕事が多くなる。
いつしか望美は仕事中にもタバコを吸っていた。
タバコを吸うと頭がすっきりして、仕事がはかどるような気がするのだ。
一本二本と吸っていき、無くなると買ってくる。
越久村の机に置かれた灰皿も、望美の机に置かれた灰皿も、みるみるうちに吸殻がたまっていた。
それでも忙しいとはいえ、段取りのよい越久村のこと夜の七時には仕事は終わる。
「塩原君は今日も遅いのだろう? 食事にいこう」
明日の段取りを整えていた望美に越久村が声をかける。
「えっ? その・・・」
一瞬のためらいを見せる望美。
やはり健太のことが気になるのだ。
「どうした? 何か気になることでもあるのかな」
「・・・部長、お誘いいただいてありがとうございます。本当にうれしいです。でも・・・私は人妻です。塩原健太の妻なんです。これ以上ご好意に甘えるわけには・・・」
うつむいている望美。
「望美は何か誤解しているんじゃないか? これは上司と部下がコミニュケーションを図っているに過ぎないんだよ。心配はいらない。存分に甘えてもらってかまわないんだ」
「えっ?」
望美は思わず顔を上げる。
上司と部下のコミニュケーションに過ぎない?
「ここは会社だ。上司と部下がコミニュケーションを図って何が悪いのかな?」
越久村の笑顔に望美の心は揺れていく。
健太のことを考えていたのがスーッと消えていくのだ。
そうだわ・・・
私は部長の秘書役だもの。
一緒に食事をしたりすることは何もおかしいことではないじゃない。
むしろお互いの仕事上必要なことではないだろうか。
そんなことも気がつかないなんて・・・
望美は自分の浅はかさに恥じ入ってしまう。
それと同時に、そのことを気づかせてくれた越久村にあらためて心酔する。
健太にはとても感じられない魅力に、望美は心を奪われていたのだ。
これは上司と部下のコミニュケーション。
望美の心が軽くなる。
「そうだろう、望美?」
もはや望美にためらいはない。
「はい、部長。喜んでご一緒いたします」
二人は連れ立って夜の街に向かっていった。
週明け月曜ということもあり、企画開発部はてんてこ舞いの忙しさだった。
健太は夕食を食べる暇もなく、買ってきておいたパンをかじりながら業務をこなしていき、ようやく会社を出たのは夜の十二時近かった。
「ふう・・・」
ため息をつき帰路につく健太。
ここからは電車で40分ほどかかる。
それでも都心に近いところに家があるおかげで、通勤に一時間も二時間もかからないのは助かるが。
健太が家に帰ってくると、部屋の窓に灯りがついているのが見える。
望美が起きているのか?
愛する妻が起きて待っていてくれたことに、健太はすごくうれしくなる。
先ほどまでのしかかっていた疲労感も軽くなったくらいだ。
健太は足取りも軽く、マンションの入り口をくぐるのだった。
「ただいまぁ」
そう声を出し、リビングに入ってくる健太。
「あ、お帰りなさい」
バスタオルで髪を拭きながら健太を迎える望美。
シャワーでも浴びていたみたいだが、その顔はほんのりと赤い。
「起きていたのかい? もう一時だよ。先に寝ててもよかったのに」
望美が起きていてくれたのがうれしいくせに、健太はついついそう言ってしまう。
望美が寝不足で体調でも崩したらと思うと、起きて待っている必要はないと思うのだ。
「ええ、先に寝かせてもらうわね。私もさっき帰ってきたものだから」
「えっ? さっき?」
健太は驚いた。
どういうことだ?
こんな遅くまで仕事だったのか?
「あ・・・え~とね、越久村部長にお付き合いして取引先の人を交えて飲んできたの。接待みたいなものなのよ。いやになっちゃうよね」
望美がふいと目をそらす。
「お食事はしたの? 何か食べる?」
「あ、いや、いい」
健太はネクタイをはずしながら申し出を断る。
酒を飲んできたという望美。
顔が赤いのはそのせいか・・・
それにしても・・・
セクハラ部長ともあだ名される越久村部長と、どこか知らないが取引先のオヤジたちに囲まれてお酒を飲む望美。
その光景を想像しただけで胸が苦しくなる。
雑務を処理するだけのはずだったのに・・・
そんな接待のようなことも業務に入るなら断ればよかった。
望美に言おう。
もうやめてと言おう。
「望美・・・」
「それじゃおやすみなさい」
健太が何か言おうとしたのもつかの間、望美はその声を聞きとめることも無く部屋に行ってしまう。
あ・・・
まあ、いいか・・・
明日言えば・・・
健太は何かがおかしくなっているような気がしながらも、どこがおかしいのかわからなかった。
「ふう・・・」
ベッドに横になった望美は、自分があっさりと嘘を言ってしまったことに驚いた。
越久村との付き合いは上司と部下のコミニュケーションだと越久村に言われてから、望美はすごく心が軽くなったのを感じていた。
帰りに越久村と二人で食事をし、お勧めの店でカクテルを飲んだのもすごく楽しくて、時間が経つのを忘れるほどだった。
そう・・・
彼の言うとおりこれは上司と部下のコミニュケーションの一種に過ぎないのだ。
ただ、健太によけいな心配をさせたくないための方便なのだ。
二人きりで食事をしたといえば、いくら健太でも気にするだろう。
もしかしたら彼のところに何か言ってくるかもしれないし、仕事をやめろって言われるかも・・・
望美はぞっとした。
仕事をやめるなんて考えられもしない。
越久村と過ごす時間は、それほど望美には大事な時間となっていたのだ。
そう・・・健太なんかといる時間よりも・・・
「望美、ちょっといいかな」
翌朝、健太は望美に夕べの考えを切り出した。
「どうしたの、健太さん?」
朝の忙しい状況の中だが、望美は健太の話に耳を傾ける。
「うん、仕事のことなんだけど・・・接待やらタバコやらで望美も大変そうだなって思うんだ。だから、望美が大変ならやめていいんだよ」
なんとなく正面切ってやめろとは言いづらい。
でも、こう言えば、望美はきっと仕事をやめてくれるだろうという思いが健太にはあったのだ。
「大変なんかじゃないわよ。やめるつもりなんて無いわ」
「えっ?」
健太の顔に驚きが浮かぶ。
「こちらからやりますって言って契約してもらったのにやめられるはずないでしょ? それに結構仕事は面白いのよ。越久村部長にだってずいぶん頼りにしてもらっているんだから」
なんとなく気分を損ねたような望美の口調に健太は戸惑う。
美味しそうなトーストが出されたが、健太は食欲がなくなっていくのを感じていた。
「そ、そうか? でもずいぶん帰りも遅いようだし・・・」
「健太さんも遅いしいいじゃない。仕事だから遅くなることもあるわ。仕方ないでしょ」
自分のトーストを食べ始める望美。
その行為が無言でこれ以上の会話を拒否しているかのようだった。
「望美が大変じゃないんならいいんだ。ただちょっと大変かなって思ったから・・・」
「大丈夫。心配しないで」
もくもくと食事を続ける望美。
健太にはそれ以上の言葉は出せなかった。
迎えに来てくれた越久村の車の助手席に乗り込み、脚を組んでタバコに火をつける望美。
タバコの煙が肺に染みとおり、心がとても落ち着いていく。
「ふう・・・やっぱり美味しいわぁ。タバコを吸うと落ち着きますよね」
「ああ、いいものだろ、タバコは」
「ええ。今まで吸わずにきたなんてバカみたい。もっと前から吸っていればよかったわ」
タバコの煙を満足そうに吐き出す望美。
その様子に越久村も思わず目を細める。
「そうそう、聞いてください部長。健太さんたら今朝とんでもないこと言うんですよ」
「ん? どうしたんだい」
「私に会社をやめろって言うんです。冗談じゃないわ。やめるなんてありえない」
思い出して気分が悪くなったのか、吸い終わったタバコを灰皿で押しつぶし、さらに一本火をつける。
「私、今のこの仕事が気に入っているんです。私、部長のお役に多少なりとも立ってませんか?」
「多少どころか、望美は充分に役立っているさ。感謝しているよ」
越久村の手がいつものように太ももに伸びてくることに望美はとてもうれしくなる。
「うれしい・・・部長の手、温かい」
「望美のここはいつもいい手触りだ。ストッキングを穿いた脚は素敵だよ」
「ありがとうございます部長。私の脚、もっともっと触ってください。触られるのってすごく気持ちいい・・・」
健太に対して感じたとげとげしい気持ちが、越久村の手によってほぐされる。
望美の心と躰は越久村によってどんどん変えられてしまうのだった。
「望美、ちょっといいかな?」
「はい、何でしょうか部長」
仕事をしていた望美は吸っていたタバコを消し、越久村のそばに行く。
「今朝の件だが・・・塩原君とすれ違いが多くなってきているんだろう。このままでは望美にも塩原君にもよくない状況になりかねない」
「そうかもしれません。最近健太さんたら私のことを理解してくれてないみたいで・・・」
望美は素直にうなずいた。
「ああ、このところ企画開発も残業続きだからな。そこで考えたんだが・・・」
「はい」
「プロジェクトの一環の業務を塩原君にやってもらおうと思う」
「健太さんにですか?」
望美は驚いた。
特別事業部の新規プロジェクトは社長の肝いりで行われるプロジェクトだ。
実際に取り仕切るのは越久村だが、そこに参加する人間は社内でも優秀な人材に限られる。
健太が選ばれれば望美にとってもうれしいことだった。
「ああ、彼は営業の経験もあるし、企画開発でも一定の成果を収めている。能力としては問題ないだろう」
「ありがとうございます。彼に代わってお礼を言わせていただきます」
「なに、望美の頑張りに対する褒美みたいなものだ。ただ、そうなると、塩原君にはちょっとの間こっちを離れてもらわなければならないな」
少し気の毒そうな表情を浮かべる越久村。
「あ・・・それは仕方ないですわ。もし嫌がるようなら健太さんは私が説き伏せます。部長が与えてくださったこんなチャンスを逃すようなら、それこそ罰が当たります」
「彼とてそんな愚か者じゃないだろう。心配ないとは思うが、万一のときは頼むよ。俺としては塩原君は将来的には部門を任せられる男だと思っているのでね」
「ありがとうございます。健太さんもきっと喜びます」
望美が頭を下げたとき、越久村の顔には笑みが浮かんでいた。
「札幌?」
健太は目を丸くする。
課長に呼び出されたから何事かと思えば、いきなりの出向命令なのだ。
「特別事業部からの依頼でね。企画開発からも人を出してくれということなのだ。しかも君を指名だよ」
「ボクをですか?」
「そうだ。二ヶ月ほど行ってくれ」
「二ヶ月ですか・・・」
健太は少し考え込む。
二ヶ月ならウィークリーマンションかビジネスホテル住まいということだろう。
望美と別れて暮らすことに対する不安が頭をよぎったのだ。
一人で大丈夫だといいけど・・・
とはいえ、これはチャンスだ。
特別事業部の業務に参加したとなれば、後々有利になることは間違いない。
断る理由はないのだ。
多少の不安を抱えながらも、健太は受け入れるほかなかった。
「札幌?」
「うん、来月から二ヶ月ほど。企画開発から出向かなくちゃならないんだ」
今日も遅くに帰ってきた健太が、寝ようとしていた望美に切り出した。
越久村との食事を終え、タバコのにおいをシャワーで洗い流し、もう寝るばかりだった望美は健太の言葉に驚いていた。
昼間越久村が言っていた事がもう実行に移されたのだ。
あらためて越久村のすばやい行動力に感心してしまう望美。
それに比べれば健太はまるで子供のようだ。
「すごいじゃない。越久村部長の特別事業部のお声がかりなら出世間違い無しよ。がんばってね」
お祝いとばかりに冷蔵庫から缶ビールを取り出して健太に手渡す。
「ありがとう、望美」
缶ビールを受け取る健太の表情が今ひとつさえないのが望美の気持ちをいらつかせる。
健太さん不満そうだわ・・・
いったい何が不満なのかしら?
せっかく部長が取り計らってくれたのに・・・
「どうかしたの?」
自分もご相伴に預かるべく缶ビールのふたを開ける望美。
一口飲んだが、越久村と飲む酒の味とは雲泥の差があった。
「二ヶ月とはいえ、望美と離れるのは・・・なあ、向こうで一緒に暮らさないか? 短いけどアパートでも借りて」
「えっ?」
望美は耳を疑った。
たった二ヶ月も一人で暮らすことはできないのだろうか?
それほど彼は自立できない男だったのだろうか?
「これがうまく終わったら、ボクも少しは給料が上がると思うんだ。だから越久村部長の雑用なんかやめて一緒に行こうよ。離れたらなんか望美が遠くへ行っちゃいそうでいやなんだよ」
「何を言っているの? そんなことできるわけ無いって言ったじゃない。私はどこへも行ったりしないわ。ここで健太さんの帰りを待っててあげる。たった二ヶ月じゃない。すぐ終わるわ」
何を駄々をこねているのかしらと望美は思う。
私がどこへ行くというのだろう・・・
部長の秘書である私がどこへも行くはずなんてないのに・・・
「・・・・・・そうか・・・」
予想していたことだったが、健太は落胆してしまう。
今の望美は仕事が面白いのだ。
結婚を機に専業主婦になってもらったけど、もともと望美は秘書課の仕事が好きだった。
だから久しぶりの仕事が楽しくて仕方ないんだろう。
そうじゃなきゃ越久村部長のそばで仕事なんてできやしない。
下ネタの冗談やタバコが嫌いな望美が我慢してまで仕事を続けているのは、仕事が面白いのと頼まれた期間中はしっかり仕事を果たすという責任感に違いないのだ。
健太はそう自分で納得する。
缶ビールを飲み終えて部屋に向かう望美の背中を、健太は黙って見送った。
- 2008/07/20(日) 21:13:10|
- 望美
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三年連続更新記念SS大会新作中編の四回目です。
楽しんでいただいておりますでしょうか?
4、
「おはようございます」
出張用に少し大きめの荷物を持った望美が越久村の車に入り込む。
健太との朝の気まずい陰鬱な時間も過ぎ、これから越久村と二人になれると思うと、自然と表情がほころんでくる。
「おはよう望美君。ほう、今日は素敵なワンピースだね。よく似合っているよ」
越久村の言葉が望美の心を浮き立たせる。
紫の躰にぴったりしたワンピースは、望美の見事なプロポーションを浮き立たせ、なまめかしさをかもし出していた。
「ありがとうございます部長。うれしいですわ」
望美は最高の笑みを越久村に向ける。
今までこの笑みは健太に向けられていたはずなのに、いつしか望美の笑みは越久村に向けられるようになっていたのだ。
「ベージュのストッキングがとてもよくマッチしているよ。実に美しい」
「うふふ・・・部長にそう言ってもらえると本当にうれしいです。健太さんならそんなことちっとも言ってくれませんから」
「塩原君にも困ったものだな。望美君の美しさがわかっていないんだな」
わかっていない?
そうかもしれないと望美は思う。
タバコのにおいとか妙なことには細かいくせに、ピアスをしたことには何も言わなかったりするのは、私をよく見てないのかもしれない。
もしかしたら健太にとっては、そばにいるのが望美でなくてもいいのかもしれない・・・
空気のようにそこにありさえすれば誰でもいいのかも・・・
「さて、それでは行こうか。一度会社に寄ったらすぐに出かけるぞ。準備は問題ないね?」
「はい。出張に持っていく資料は昨日のうちにまとめてあります」
「さすがだ。君がいてくれて助かるよ、望美君」
「ありがとうございます」
飼い主に撫でてもらった仔犬のように、望美は越久村に褒められてとてもうれしく思うのだった。
金沢への出張は久しぶりの遠出とあって、望美にとっても楽しみだった。
颯爽とした越久村と並んで歩いていると、とても心が浮き立つのだ。
航空機で小松空港に降り立った二人は、手配してあったレンタカーに乗り金沢市内へと向かう。
綺麗な日本海を左手に望みながら走っていると、いつしか越久村の手は望美の太ももを触っていた。
あ・・・
うれしい・・・
少なくとも部長は私を必要としてくれている。
部長は誰でもない私をそばにおいてくれている。
そう思うと望美はすごくうれしくなる。
望美は越久村の手に自分の手を重ね、昨日と同じようにそのぬくもりを味わった。
取引先との会合は、まったく問題なく終了した。
越久村の秘書として寄り添い、ストッキングに包まれた脚を優雅にそろえていた望美の姿を、取引先の男どもは意識しないようにしながらも盗み見ることをやめられないようだった。
望美にはそれが手に取るようにわかり、あえて脚の位置をずらしてみたりする。
すると男どもの視線がそれに連れて動いているのが見え、とても楽しいのだ。
何とか気を落ち着けようとしてタバコを吸う彼らと越久村自身のタバコの煙とが交じり合い、応接室は白くかすむほどだったものの、望美にとってはかえってその香りが心地よかった。
「いやぁ、どうもありがとうございました。わざわざ金沢まで来ていただいて恐縮でした。どうです? もし良かったらこの後一席設けてありますが・・・」
そう言って引き止める取引先に、越久村は首を振る。
「いやいや、先日も申し上げたとおり今回は辞退させていただくよ。また折があればということで。そうそう、今度はこちらへおいでなさい。そのときにはいい店を紹介するよ」
「このまま手ぶらで返したとあっては、私が社長にどやされます。どうか一席・・・そ、そうですか・・・」
再度申し出ては見たものの、越久村の意志は固いようではねつけられる。
結局、その場で取引先と別れ、越久村と望美は二人きりになるのだった。
「よかったんですか、部長? 接待を蹴ったりして。取引に支障が出たりしませんか?」
堅苦しい接待からまぬがれてホッとした気持ちがあるのは確かなものの、このことが何か差し支えることにならなければいいと望美は思う。
「ふん、どうせそれほどたいした取引先じゃない。切られて困るのは向こうの方さ。せっかくの金沢の夜を接待なんぞでつぶされるのはごめんだ」
越久村はそう言って笑った。
二人はレンタカーで夕方から夜にかけて金沢市内をドライブする。
いつもの仕事に向き合う越久村とは違い、名所を回りつつも金沢に生まれた高名な文学者の故事などをさらりと口にしたりする今日の越久村に、望美は彼の新たな面を見出すとともによりいっそうの憧れを感じてしまう。
そしていつしかレンタカーは郊外へ向かい、一軒の落ち着いた雰囲気を漂わせる和風のお屋敷に到着した。
「ここは?」
望美は一瞬その雰囲気に飲まれたように立ち尽くす。
「料亭旅館とでもいったところかな。今夜はここに泊まる。食事も楽しみにしているといい」
越久村が笑みを浮かべて歩き出すのに合わせ、望美もその後をついていく。
金沢出張ということで、望美もいくつかの有名どころをピックアップしていたのだが、これはまったくの予想外だった。
「こんなところが・・・」
落ち着いた雰囲気がとてもよく、先ほどまで気圧された望美ではあったものの、すぐにここが気に入った。
この旅館は、かつては武家の屋敷だったという。
豪華なお風呂でゆったりと気分を癒し、用意された食事を越久村と二人で楽しく味わうのだ。
無論食事も内装同様にすばらしく、加えて決して押し付けじゃない行き届いたサービスは、望美を十二分に満足させてくれた。
お酒も入ってほろ酔い気分の望美は、いつしかこんな素敵な旅館を用意できる越久村の奥深さにも酔いしれていることに気がつかなかった。
日常から離れた旅先という環境が望美の思考を鈍らせる。
越久村に乞われるままに酒を注ぎ、肩を抱かれてその酒を口移しで飲まされる。
越久村の口から注がれる液体は、とても甘美で美味しかった。
やがて越久村の手は浴衣姿の望美の懐に入り込む。
風呂上りのすべすべの胸を越久村の手が荒々しくつかみ、思わず望美の口から声が漏れる。
風呂でもお酒でもない熱が望美の躰を燃え上がらせ、あそこがじんわり濡れてくる。
抱きかかえられるようにして用意された布団に寝かされ、越久村の手で望美の浴衣ははだけられた。
「望美」
「あ・・・だめ・・・です・・・」
言葉だけとなった拒絶を無視し、越久村の指は望美の敏感なところを刺激する。
ピクンと体が反応し、いつしか越久村の首に両手を回していることにも気が付いてはいなかった。
「あ・・・」
猛々しいものが望美の躰を貫き、全身を走る快感が少しの後ろめたさをかき消していく。
越久村のほとばしる欲望を体内に感じたとき、望美は確かにエクスタシーを味わっていたのだった。
越久村の胸に顔をうずめたまま余韻に浸る。
たくましく厚い胸板は望美を暖かく包んでくれるものだった。
部長にならどうされてもいい・・・
そんなことさえ思ってしまう。
ふわっとタバコの煙が顔にかかる。
越久村が吸うタバコの香りがなんだかとても心地よい。
「ん? 目が覚めたのか」
「あ、はい、部長」
越久村の目が望美に向けられ、望美は思わず微笑んだ。
「どうした?」
「くすっ・・・部長がタバコを吸うのを見てました。美味しそうに吸うんですね」
「ああ、とても美味い。食事の後や仕事中の一服も捨てがたいが、何よりすばらしい女を抱いた後のタバコは最高の味だ」
「うふふ・・・お世辞でもうれしいです」
お世辞とわかっても悪い気はしない。
越久村のような男にすばらしい女性と言われるのは光栄なのだ。
「君は最高の女だ。そうでなければ俺は抱かん。どうだ、一本吸ってみるか?」
「えっ?」
越久村が差し出したタバコを見て望美は一瞬ためらった。
「美味いぞ。吸ってみろ」
望美はずっとタバコは嫌いだった。
だが、越久村がタバコを吸う姿は見ていてとても素敵だったし、タバコの煙も今ではほとんど気にならない。
吸ってみようかな・・・
望美はおずおずと手を伸ばす。
差し出されたタバコを受け取って咥え、越久村が差し出したライターで火をつける。
「すう・・・ゴホッ、ゲホッ・・・」
「ハハハ、慣れないとそんなものだ。ゆっくりと吸ってごらん」
いきなりでむせた望美に越久村が笑う。
望美は言われた通り今度はゆっくりと吸ってみた。
タバコの煙が肺の奥に流れ込み、とても美味しく感じられる。
「すう・・・ふう・・・こうですか?」
「そうそう。そうすればむせないだろう?」
「はい、そうですね。結構美味しいかも」
もう一度タバコを深く吸い込む望美。
なんとなく越久村とよりいっそう近しい存在になれた気がして、望美はうれしかった。
「ふう・・・うふふ・・・これで部長とおそろいですね」
「ん? ふふふ・・・そうだな。おそろいだ」
意味ありげに笑みを浮かべる越久村。
望美が思い通りに彼好みの女になってきていることに満足していたのだ。
「ふう・・・美味し。タバコってこんなに美味しいんだ。はまっちゃいそう」
望美はあっという間に一本吸い終わると、越久村の差し出す二本目に火をつけるのだった。
翌朝、越久村に再び抱かれて火照った躰を風呂で洗い流した後、望美は自販機で越久村と同じタバコを買い求めた。
部屋でタバコを吸っていると、越久村のぬくもりを感じられるようでとても心地よい。
タバコの味がすっかり気に入った望美は、続けざまに二本三本と吸っていき、越久村がなぜあれほどタバコを吸うのか理解できたような気がして、また一歩越久村に近づけたような気分になっていた。
「おやおや、望美もすっかりタバコが気に入ったかな」
遅れて風呂から上がってきた越久村が、窓辺でタバコを吸っている望美の姿に目を留める。
風呂上りの浴衣姿でタバコをくゆらす望美の姿は、越久村を充分に満足させるほど美しかった。
「お帰りなさいませ部長。ええ、タバコって美味しいですね。今まで嫌って吸わなかったのがバカみたい」
タバコの煙を吐き出しながら、越久村に向かって笑みを浮かべる望美。
望美と呼び捨てにされることがうれしい。
妖しい美しさに包まれた望美は、健太には想像も付かないものだったに違いない。
この美しさを引き出すことができて、越久村は充実感を味わうのだった。
旅館を出た二人はレンタカーで空港へ向かう。
運転を始める前に越久村は、助手席に座った望美の肩を抱いて抱き寄せ、そのまま唇を重ねていく。
舌を絡めあう濃厚なキスが交わされることに、望美はまったく抵抗を感じない。
たった一晩の出来事が、望美の心を大きく変えてしまっていたのだ。
ドライブの最中も、越久村の手が太ももから股間に伸びてくるのを拒むどころか、多少恥ずかしがりながらも太ももを広げてその奥に触れることを許してしまう。
健太といるときには想像もしなかったときめきが、望美の心を支配していたのだった。
自宅近くで越久村と別れたとき、望美ははっきりと越久村と別れたくないと感じていた。
このままどこかへ行ってしまってもいいとさえ思ったのだ。
だが、家が近くなり、健太の顔を思い出したとき、望美は罪悪感が募るのを感じていた。
夫のある身でありながら、別の男と一夜を過ごしてしまったことに罪の意識を感じたのだ。
「ただいま・・・」
なんとなく後ろめたさを感じながら玄関をくぐる望美。
まるで反応をうかがうようにしばしその場で立ち尽くす。
出張を無事終えて帰宅した安堵感と、夕べからの出来事の罪悪感が混じり合い、複雑な思いが望美の中を駆けめぐった。
健太さんに何か言われたらどうしよう・・・
そんな思いとは裏腹に、玄関に健太が出てくることは無かった。
出かけているのかしら・・・
望美は荷物を抱えて家の中に上がりこむ。
リビングにも健太の姿は無く、望美はなんとなく気が抜ける。
お土産に買った金沢名物をテーブルの上に置き、自室で服を脱ぎ捨てて一息入れる。
越久村に素敵だと褒められたワインレッドの下着も脱いで、地味な白の下着と落ち着いたゆったりした服に着替えると、なんともいえない安堵感に包まれる。
出張に行ったままの服装では、なんとなく健太に会いたくはなかったのだ。
落ち着いた気分になった望美は、窓辺に椅子を持ってきて窓を開け、タバコを取り出して一服する。
煙が肺にいきわたり、とても美味しく感じてしまう。
灰皿用意したほうがいいわね・・・
ああ・・・でも健太さんがうるさいかも・・・
家では吸わないほうがいいかしら・・・
でも・・・こんなに美味しいとは知らなかったわぁ・・・
わずかの間に望美はタバコの虜になってしまっていた。
望美がタバコを吸い終えて、着替えた服を洗濯機に入れていると、リビングに健太が姿を現した。
「あ、帰ってたんだ。お帰り」
健太にとってのなんでもない一言が望美の心をいらだたせた。
「ただいま・・・」
妻が帰ってきたのだから、家にいたのなら出迎えてもよさそうなものなのに・・・
「ごめんごめん、部屋でヘッドフォンで音楽聞いてたんだ。気がつかなくてごめんよ」
健太が笑いながら頭を下げる。
「いいのよ、気にしてないわ。それお土産。後で食べてね」
いつもならこういったものは一緒に食べようというはずなのに、今の望美にはそういうことができなかった。
「ごめんなさい。ちょっと疲れたの。少し部屋で休んでいるわね」
健太と一緒にいるのがやはり気分的に重くなった望美は、自分の部屋に戻ってしまう。
ベッドにごろんと横になると、越久村との一夜が思い出されてくる。
いけないと思いつつも、望美の心は越久村を求めてしまうのだ。
私・・・健太さんの妻なのに・・・
思わないようにすればするほど越久村のことが思い出されてくるのだった。
夕食は味気ないものだった。
無言で料理を作る望美に、健太は何か変だなとは思ったものの、出張で疲れたという言葉に無理に納得して言葉をかけるようなことはしなかった。
気分のよくないときには無言になるものだ。
そう思い、そっとしておこうと思ったのだ。
自然と夕食時も会話は無く、もくもくと食事を終えた望美が後片付けもそこそこに自室に入るのを、ただ黙って見送ったのだ。
相変わらずかすかににおうタバコのにおいが、越久村のヘビースモーカーぶりをうかがわせる。
タバコの嫌いな望美が、一日中越久村のそばでタバコの煙を吸わされているとなると苦痛だろう。
今は仕事への義務感から我慢しているに違いないが、半年の期限が終わればきっとやめるに違いない。
そのときは二人でどこか旅行に行ってもいいな。
有給を三日なり四日なりとって、北海道へでも行こうか。
いやいや、秋口の北海道よりも海外のほうがいいかなぁ。
そんなことを考える健太だった。
「はあ・・・」
思わずため息をついてしまう望美。
どうしても健太の顔がまともには見られない。
越久村との時間は確かにすばらしいものだった。
でも、自分は健太の妻なのだ。
出張という普段とは違う環境で、きっと自分を見失っていたに違いない。
もう忘れなきゃ・・・
そうは思うものの、忘れられるはずも無い。
いつしか望美の手はタバコを求めてさまようが、朝に旅館で買ったタバコはすでに空になっていた。
タバコが吸えないことに気がつき、いらついてしまう望美の心。
空のタバコの箱を握りつぶし、そのままくずかごに放り投げる。
タバコ・・・吸いたいなぁ・・・
望美はいらつく心を抑えようと目を閉じる。
やがて眠りが望美を闇の中へと誘っていった。
- 2008/07/19(土) 21:13:07|
- 望美
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三年連続更新記念SS大会新作中編の三回目です。
それではどうぞ。
3、
次の日から望美は見繕ってもらった衣装に店長に教わったような美しいメイクをして出社するようになった。
見る者に妖艶さを感じさせるような衣装ではあるものの、これはあくまでも仕事着であり、突発的な接待などにも対応できる衣装だからと望美は納得していたし、何より自分に向けられる視線が心地よかった。
ただ、会社に行く途中に痴漢に遭ってしまった事があり、そのことを知った越久村がわざわざ朝迎えに来てくれるようになる。
そのことが部下を大事に思ってくれる越久村の思いやりに感じて望美はとてもうれしかった。
健太は望美がそんな妖艶さを漂わせる服装で出勤していることなどまったく気がついていなかった。
越久村の新規プロジェクトに伴う新規開発で企画開発部門はてんてこ舞いの忙しさだったのだ。
自然と夜も遅く帰ることが多く、夜十一時ごろになることもしょっちゅうとなっていた。
当然夕食を家で取ることも少なくなり、望美も夜を外食で済ませるようになっていた。
朝は望美の出勤前に健太は家を出てしまい、夜も望美の方が早いために、望美の服装の変化など判るはずもなかったのだ。
******
「おはようございます」
いつものように越久村の車の助手席に乗り込む望美。
タイトスカートから伸びる脚が越久村の目を楽しませる。
黒のストッキングがなまめかしい。
越久村は望美が近所の人の好奇の目にさらされるのを案じて家までは迎えには来ない。
最寄の駅の近くで待ち合わせをしているのだ。
「おはよう望美君。いつも綺麗だよ」
「ありがとうございます。部長も素敵ですわ」
車を走らせる越久村の手が望美の太ももに伸びて行く。
「あはっ、もう・・・部長ったら」
最初は驚いていた望美だったが、特に太ももから股間に手が伸びてくるのでもなく、どちらかと言うと撫でてもらっているという感じが強かったので、最近はお尻タッチと同じくほとんど気にならなくなっていた。
むしろ自分の脚を褒めてもらっているようでうれしくさえあったのだ。
「おっといかんいかん。運転中だったな」
そう言って大げさに手を引っ込める越久村。
二人の笑い声が車内に広がった。
「えっ? 出張ですか?」
「そうだ。今週末に一泊で金沢へ行く。望美君も一緒だ」
「私もですか?」
望美は驚いた。
まさか出張に同行するなど考えたこともなかったのだ。
「当然だろう。君は俺の秘書なんだからな。手助けをしてもらわないと困る」
「で、でも・・・」
望美の脳裏に健太のことがよぎる。
このところゆっくり顔をあわせていないので、週末は映画でも行こうかと話していたところだったのだ。
「週末は・・・」
「重要な仕事だ。よろしく頼むよ」
越久村にそう言われては望美には断れない。
それに今は仕事が楽しかった。
健太との休日はまた今度も機会があるだろう。
そう思った望美は越久村にうなずいた。
「ただいま。ふう・・・」
この日も健太の帰宅は夜十一時を過ぎていた。
「お帰りなさい、健太さん」
パジャマに着替えていた望美がちょっとかげりを浮かべた表情で出迎える。
「ただいま」
疲れているのだろうが、それでも健太は笑みを浮かべた。
愛する望美の顔が見られれば、疲れなどは吹き飛んでしまう。
望美は健太のカバンを受け取り、リビングに入る健太のあとに続く。
「お食事は?」
「いらない。会社で食べてきた」
ソファーに腰を下ろす健太。
このところの企画開発部門の忙しさは社内でもバックアップ体制がとられており、残業にはちゃんと夕食が用意されるようになっている。
だから健太も夕食は会社で取っているのだ。
「そう・・・」
何か言い出そうとしているようで言い出せないでいる望美に気がつく健太。
「どうしたんだい? 日曜日のことなら大丈夫だよ。明後日までに一区切りつければ明後日は休めるから」
「そのことなんだけど・・・ごめんなさい」
望美が頭を下げる。
「ど、どうしたんだい?」
「土曜日に出張が入っちゃったの。土日で金沢に行かなくちゃならないの。だから映画はまた今度・・・」
望美の思いもかけない言葉に絶句する健太。
どうにかがんばれば日曜日は休めるということを励みにして仕事してきたのだったが、それが無駄になってしまったのだ。
「どうして望美が出張しなくちゃならないんだ? 望美は単なる雑務を処理するための採用だろ?」
「私も今では越久村部長の秘書みたいなものなのよ。だから部長の仕事の手伝いをしなくちゃならないの。ごめんなさい。来週は大丈夫だと思うから・・・」
すまなそうにしている望美だが、健太はどうにも心が収まらない。
「いいよ。どこへでも行ってこいよ」
ふてくされてはずしたネクタイを放り投げる健太。
おもむろに立ち上がると、冷蔵庫からビールを取り出す。
「ごめんなさい。仕事だから・・・」
健太が怒るのももっともだと思う望美はひたすら頭を下げるしかない。
「いいって言ってるだろ。二言目には仕事仕事って、そんなに仕事が大事なのか?」
「だからごめんなさいって言ってるでしょ。仕方ないじゃない。健太さんだって仕事で休めないときぐらいあるでしょ」
健太の態度につい口調が荒くなってしまう望美。
謝っているのに、受け入れてもらえないのはつらくなる。
「ああ、だからいいっていってるだろ。もういいって! あーーあ、つまんねえなぁ」
缶ビールの口を開け、ごくごくと飲み干して行く健太。
言っちゃだめだとは思うものの、どうにも収まりがつかないのだ。
今は何を言っても無駄だと思った望美はそっと部屋を出る。
「望美、なんだかタバコくさいぞ。シャワー浴びてんのか?」
「なっ?」
望美は驚いた。
健太の帰りがいつになってもすぐ出迎えられるようにシャワーを浴びずに待っていたというのに、その言いようはあんまりだった。
望美は半泣きになりながらシャワーを浴びる。
出てきたときにはすでに健太は寝室に行ったあとだった。
望美は結局寝室には行かずに、自分の部屋のベッドで眠るのだった。
翌朝は健太も望美も無言のままだった。
健太も悪かったとは思っているものの、やはり素直には謝れない。
だいたい仕事仕事と男性社員じゃあるまいしとも思ってしまうのだ。
結局健太は無言で朝食を済ませ、身支度を整えて出かけてしまう。
望美は健太が出かけたことでホッとしていた。
息詰まるような雰囲気がどうにもいやだった。
確かに仕事が入ってしまったことで約束を破ってしまったことは申し訳ない。
でも、それをいつまでも子供みたいに拗ね、その上タバコくさいなんて言われるとは思わなかった。
部長ならあんなことは言わないに違いないわ・・・
タバコなんて一本も吸ってないのに・・・
それにタバコのにおいってそんなに気になるものかしら・・・
望美は首を振っていやな思いを振り払う。
これから仕事に出かけるというのに、暗い思いを引きずっていてはいられない。
望美はいつものように少し淫靡さを感じさせる下着を身につける。
家では決して着けない下着で、これを身に着けるだけでなんだか気分が引き締まる。
そして、あの日以来時折寄るようになったブティックで手に入れた衣装を身に付ける。
多少扇情的ではあるものの、躰のラインを綺麗に見せ望美の美しさを見事に引き出す衣装だ。
最後は最近手馴れてきたメイクで表情を引き締める。
メイクが終わるころには望美はもう健太とのいさかいなど忘れていた。
これから越久村と仕事をするのだ。
そう思うと自然と気持ちが浮き立った。
「おはようございます」
「おはよう、望美君」
越久村の車に乗り込むころには、望美はもう普段の望美に戻っていた。
タバコの煙が充満する車内だったが、なぜか望美はホッとしたものを感じていた。
ここにはいつもの空間がある。
仕事に向かうときのちょっと高揚するような気持ち。
やりがいを感じる充実した毎日の始まりなのだ。
その象徴ともいうべきタバコの煙を、望美は好きになっていた。
「何かあったのかな?」
望美は驚いた。
普段と変わらないつもりでいたのに、どうして越久村にはわかったのだろう?
「どうしてわかるんですか?」
「俺が鈍い男に見えるかい? 毎日君の顔を見ているんだよ。何かあったかぐらいはすぐにわかる」
「あ・・・」
越久村に見守られているようで望美はすごくうれしくなる。
心に温かいものが広がって行く。
「健太さんとちょっと言いあいをしちゃったんです」
越久村には素直に夕べのことが言えてしまう。
「塩原君と? いったいどうしたんだい?」
心から心配してくれているような越久村の言葉が、望美はすごくうれしかった。
「実は・・・週末の出張のことを言ったら健太さんが機嫌を悪くしちゃって・・・」
「どうしてだい? 仕事だから仕方が無いだろう」
「ええ、私もそう言ったんですけど、健太さんたら納得してくれなくて・・・」
夕べの健太のことを思い出すと、約束を守れなかった自分が悪いというよりも、健太がわがままな子供に感じてしまう望美。
「それは塩原君も大人気ないな。いい大人なんだから妻の仕事を理解してやらなくちゃ」
「ええ、そうですよね。私が我慢してって言ったのに聞いてくれないし。それにすごく失礼なこと言うんですよ」
「失礼なこと?」
越久村が眉をひそめた。
「あ、これは部長が悪いとか言うんじゃないんですから誤解しないでくださいね。健太さんたら私のことタバコくさいって言ったんです」
タバコのにおいなんてそんなに気になるものかしらと望美は思うのだ。
「それはひどいな。こんなに美しい君を捕まえて」
「まあ、部長ったら。お世辞でもうれしいです」
微笑を浮かべる望美。
「世辞ではないよ。しかし塩原君もちょっと神経質すぎるんじゃないかな。望美君はタバコのにおいは気になるかい?」
「いいえ。最初はちょっとむせるような感じでしたけど、今は気になりません。部長のおっしゃるとおり健太さんは気にしすぎるんだと思います」
「そうだな。ちょっと塩原君は周囲に甘えているところがあるからな。わがままで神経質なところがあるんだろう」
「そうなのかもしれません・・・ふう・・・あんな人だったかしら・・・」
なんとなく健太への思いに幻滅を感じてしまう望美。
それに反比例するように、越久村の男らしさやたくましさに憧れを感じてしまうのだ。
望美は知らず知らずのうちに、タバコを吸う越久村の横顔に見惚れていた。
「望美君ご苦労さん」
終業時間が近づいた望美に越久村が声をかける。
「あ、部長もお疲れ様です。明日は出張ですね。私で勤まるでしょうか・・・」
「心配は要らないさ、出張といっても顔つなぎのようなものだから難しいことは無いよ。いつもどおりでいればいい」
「はい。ありがとうございます」
越久村の言葉は本当に心強い。
少しでも越久村の役に立てるならこんなうれしいことは無いとも望美は思う。
「塩原君は今日も遅いんだろう?」
「ハイ、そう思います。このところ忙しそうですから・・・」
「だったら帰りに食事でもどうかな? 望美君も一人で食事は味気ないだろう」
「えっ?」
望美は驚くと同時にうれしくなった。
越久村が食事に誘ってくれたのがうれしかったのだ。
部長は私を気にかけてくれている。
そう思うと、望美の返事は決まっていた。
「はい。喜んで」
望美は大きくうなずいていた。
食事は楽しかった。
雰囲気のいいレストランでワインを飲みながらの食事。
越久村との会話は仕事の話題が中心ではあったものの、ワインの酔いも手伝って望美にはすばらしい時間となったのだった。
越久村の車で送ってもらうとき、越久村の手がいつものように太ももに伸びてきたが、望美はそれがすごくうれしかった。
伸びてきていた越久村の手を握り締め、その温かさに酔いしれる。
このまま越久村と別れるのは寂しかった。
家の近くまで来て車が止まったとき、望美は越久村の手を強く握り締めてしまう。
「望美君」
「部長・・・」
望美は黙って目を閉じた。
やがて望美の唇には、越久村の唇が重ねられるのだった。
「ただいま」
今日も帰りは夜の十二時近かった。
「ふう・・・」
「お帰りなさい」
玄関まで健太を迎えに出る望美。
疲れ果てた表情の健太がカバンを差し出してくる。
望美はそれを受け取り、健太がリビングに向かうのについていった。
健太は言葉を捜していた。
いや、探す必要はなかったはずだった。
ただ一言ごめんといえば済むのだ。
仕事に振り回されるのは会社員なら当たり前のことだ。
望美が自ら予定を入れたわけじゃないのだから、仕方ないと割り切ればいいだけだったのだ。
だが、どうしても言葉が出ない。
結局健太は無言でリビングに入っていく。
「ふう・・・」
いつしか望美もため息をついていた。
無言でリビングに入っていく健太の後姿は、どう見てもさえない感じだったし、部長のような男らしさを微塵も感じさせないのだ。
部長ならもっとシャキッとしているのに・・・
そう思うと健太に多少の幻滅を感じてしまう。
こんなに彼って覇気のない人だったかしら・・・
望美は無言の健太をリビングに置き去りにしてカバンを健太の部屋に置きにいく。
二人の住むマンションはそれなりの広さを持っており、健太も望美も一部屋ずつを持っていた。
カバンを置いた望美はリビングに戻る。
うつむいた健太の疲れきった様子に望美はますます幻滅するのを感じていた。
「お疲れ様・・・ビールでも飲む?」
「いや、いらない。ふう・・・疲れたよ」
そんなのは見ればわかる。
でも、せめてもう少し男なら格好付けでいいから疲れた表情など見せないで欲しい。
部長なら絶対にこんな顔は見せないわ。
別れる間際の口付けが思い出される。
ほんの少し健太に対して心が痛んだが、疲れた表情の健太にはただ哀れさを感じるだけだった。
「なあ・・・望美・・・」
「ねえ、健太さん」
二人はほぼ同時に声をかける。
「う、望美からどうぞ」
健太が一歩譲る。
彼はただ夕べのことを誤ろうと思ったのだ。
その上で仲直りをして来週にでも映画に行けばいい。
だが、それを自分から言うのはどうも気が引けた。
望美が何をいうのか確かめてからでもいいと思ったのだ。
「えとね、ほら、私最近越久村部長のタバコにさらされててタバコくさいって言ってたでしょ? 今日からちょっと寝室分けようかなって思うの」
「えっ?」
「シャワー浴びたりもするけど、健太さんの気に触ったりしたらいやだから、私の部屋で寝るわ。それならタバコのにおいは気にならないでしょ?」
望美の言葉に健太は唖然とした。
そんなつもりじゃなかったのに・・・
「いや、だ、大丈夫だよ。望美がタバコくさいなんてことないから。寝室分けることないよ」
「ううん。私がもっとちゃんと気がついていればよかったのよ。健太さんタバコ嫌いだもんね。ごめんね。越久村部長ったらヘビースモーカーだから私もそれに慣れちゃっていたところあるし。だから別にしましょ。そのほうがいいわ」
望美にとっても寝室を別にして少し健太と距離を置きたかったのだ。
部長の言うとおり、少し距離を置くことでお互いに見えてくるものもあるかもしれない。
そう思ったのだ。
健太はもう何もいえなかった。
望美はまだ怒っていると感じたのだ。
だったらもう勝手にしろと言う気がわいてくる。
「わかったよ。好きにしろよ」
健太はそう言って望美から顔を背けた。
「そう・・・それじゃおやすみなさい」
望美はふうと一つため息をつき、自分の部屋に入っていった。
- 2008/07/18(金) 21:13:15|
- 望美
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三年連続更新記念SS大会三日目は、お待たせしました「ホーリードール」です。
ここまで間があいてしまって申し訳ありません。
何とか完結まで続けていくつもりですので、応援よろしくお願いいたします。
27、
明日美ちゃん・・・
紗希は思い切って明日美を抱きしめる。
元に戻って欲しい。
いつもの明日美ちゃんに戻って欲しい。
ただその一心から紗希は明日美を抱きしめた。
違う明日美ちゃんなんていやだよ。
知らない明日美ちゃんになっちゃうなんていやだよ。
紗希の目から涙があふれる。
なぜ明日美ちゃんがこうなったのかはわからないけど、お願いだから元に戻って!
「なぜ泣いているのですか、サキちゃん?」
ぞっとするような冷たい明日美の声。
そこには何の感情も含まれてはいない。
「明日美・・・ちゃん・・・」
紗希は抱きしめていた明日美の両肩を持ち、両手を伸ばして引き離す。
冷たく平板な笑みを浮かべている明日美。
紗希を見つめているはずのその目には、何も映し出されてはいないようだ。
「お食事の用意ができていますわ。一緒に食べましょう」
「い・・・や・・・いや・・・だ・・・」
紗希はふるふると首を振る。
明日美ちゃんじゃない。
こんなの明日美ちゃんじゃないよ・・・
「いやだあぁぁぁぁぁ!!」
恐怖のあまり紗希は明日美を突き飛ばす。
こんなのはいやだ。
こんな明日美ちゃんはいやだぁっ!
思わずこの場を逃げ出そうとする紗希。
だが、部屋のドアをくぐったとき、いきなり廊下で誰かとぶつかってしまう。
「うあっ」
「あらあら大丈夫? サキちゃん」
しりもちをついてしまった紗希は思わずお尻をさすりながらも、声の主が明日美の母である麻美おばさんであることに気がついた。
「あ、だ、大丈夫です。それよりおばさん、明日美ちゃんが・・・」
紗希はそこまで言って言葉を失った。
見下ろしている麻美の目が明日美同様無表情であり、口元に浮かんだ笑みも冷たいものだったのだ。
「どうしたの? 何を怖がっているの? あなたは明日美のお友達でしょ?」
「う・・・あ・・・あ・・・」
思わず床に座り込んだまま紗希は後ずさりする。
「サキちゃん落ち着いて。あなたは今かりそめの意識に引きずられている」
紗希の背後にやってくる明日美。
「明日美ちゃん・・・」
紗希は振り返って明日美を見上げる。
「えっ?」
そこにはさっきまでの明日美はいなかった。
そこに立っていたのは赤いミニスカート型のコスチュームを纏い、赤の手袋とブーツを身に付け、長いつえを持った明日美だったのだ。
「明日美・・・ちゃん・・・」
「かりそめの意識を手放すの。サキちゃん、一緒に行きましょう」
手を差し伸べてくる明日美。
「私の目を見て」
「あ・・・あ・・・」
明日美の目を見た紗希の目からじょじょに光が失われ始める。
恐怖は消え、紗希の表情も明日美同様無機質なものになっていく。
「ドール覚醒開始。かりそめの意識の沈静化に成功」
すっと立ち上がる紗希。
その顔には無機質な笑みが浮かび、透明な目は何も映し出していないかのように澄んでいた。
「おはようございます。デスルリカ様」
リビングに入ってくる一人の少女。
漆黒のレオタードに黒の長手袋とロングブーツ。
禍々しいカチューシャにまとめられた肩までの髪。
大人びた黒く塗られた唇が笑みを浮かべる。
「おはようベータ。気分はどう?」
ソファーに腰掛けてコーヒーを飲んでいるデスルリカ。
脚を組んだその姿はまさに闇の魔女。
朝だというのに室内は暗く、闇が覆っている。
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げるレディベータ。
それを見てデスルリカの口元にも笑みが浮かぶ。
「よかったわ。これで一安心ね」
「ベータ、もう起きて大丈夫なの?」
キッチンから姿を現すレディアルファ。
全身を覆う漆黒の衣装に白いエプロンをつけている。
そのアンバランスさに思わずレディベータは微笑んだ。
「アルファお姉さま、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「よかったわ。本当によかった」
レディアルファは思わず駆け寄ってレディベータを抱きしめる。
それは妹を心配する姉の姿となんら変わるところはない。
「トーストが焼けているわ。食べるでしょ? それともどこかに狩りに行こうか?」
レディベータをテーブルに着かせ、キッチンに戻るレディアルファ。
レディベータの復活が本当にうれしそうだ。
「だめよ。今はまだだめ」
いつになくきつい調子のデスルリカに、レディアルファもレディベータも思わずそちらを見た。
「ベータ、あなた以前に光の手駒が紗希に似ていると言っていたわね」
「はい。言いました」
「そのとおりだったわ・・・」
ぎゅっとコーヒーカップを握り締めるデスルリカ。
「紗希は光によって犯された。光の手駒にされていたわ。おそらく明日美ちゃんも・・・」
「デスルリカ様・・・」
顔を見合わせるレディベータとレディアルファ。
「私は紗希を取り戻すわ。二人とも手伝ってくれるわね?」
「デスルリカ様」
「無論ですデスルリカ様」
二人の闇の女はすぐにうなずく。
レディベータにとっても紗希は大事な友人だ。
光に囚われているなら開放してやらなければと思う。
でも・・・
デスルリカ様の思いを独り占めしているようで、ちょっとだけ紗希のことがうらやましかった。
- 2008/07/18(金) 20:26:36|
- ホーリードール
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5月4日に110万ヒット到達して以来、二ヶ月ちょっとで10万増えました。
本当にすごいヒット数だと感謝感激です。
丸三年連続更新達成とほぼ同時に120万ヒット到達を迎えられたのも、何かの縁なのかもしれませんですね。
毎日のようにご訪問くださる皆様、本当にありがとうございました。
これからもまだまだがんばりますので、応援よろしくお願いいたします。
ブログ拍手のほうはどうやら復調したようです。
よろしければ拍手やコメントをお寄せいただけるとうれしいです。
ただ、まだ原因調査中とのことですので、不安定さは残るようですね。
FC2のブログサービスは結構気に入っているので、こういったところは改善していってほしいものです。
- 2008/07/18(金) 19:12:04|
- 記念日
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今現在FC2のブログ拍手がコメントの受付だけでなく、拍手自体の受付もできない状況です。
お手数ですが、左側の列にあるWEB拍手をご利用くださいませ。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。m(__)m
(23時40分現在どうにか受け付けられるようになったようです。でも不安定っぽいですねぇ)
- 2008/07/17(木) 23:06:41|
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三年連続更新記念SS大会新作中編の二回目です。
望美がじわじわと寝取られていく様がうまく書けているでしょうか?
楽しんでいただければうれしいです。
2、
「さて、行くぞ。望美君」
席を立つ越久村。
望美は驚いた。
まだ夕方の四時である。
六時半の接待にはまだ時間があるはずではないか。
「寄る所があるからね。すぐに支度をしなさい」
「は、はい」
望美ははじかれたように席を立ち、越久村の後に付き従った。
望美が連れて行かれたのは一軒のブティックだった。
「部長、ここは?」
望美には何がなんだかわからない。
なぜ部長はブティックなどに来たのだろう。
「ここは俺の知り合いがやっているお店でね、さあ、入って」
ドアを開け望美を促す越久村。
仕方なく望美はお店に入っていった。
「これはいらっしゃいませ。こんばんは、越久村様」
ブティックの店長と思しき女性がやってくる。
さすがにブティックの店長なだけあって、ブランド物のスーツを優雅に着こなしているが、内面から何か滲み出てくるような雰囲気を漂わせていて、望美は少し気圧された。
「すまないね。これから接待があるんで、彼女に合う服を用意してやってくれないか?」
「ええっ?」
思わず望美は声を上げてしまう。
まさか自分の服を用意するためにここへ来たなどとは思ってもいなかったのだ。
「かしこまりました。なかなかお美しいお方ですね。すぐにぴったりなものを用意させていただきますわ」
そう言って店長は望美の服を見繕い始める。
望美はただそれをあっけに取られて見ているだけだった。
「部長・・・私・・・困ります」
「いいんだ。これも仕事のうちだから。制服のような物だと思えばいい」
「せ、制服ですか・・・」
「そうだ。ほら、呼んでいるぞ。行ってきなさい」
越久村が店長のほうを指し示す。
「は、はい」
望美はふらふらと店長のほうに向かって行くのだった。
越久村の意味ありげな笑みを知らずに。
「ええっ? 下着もですか?」
「ええ、ドレスを見繕うにはまず下着から合わせて行きませんと」
「で、でも・・・」
望美は恥ずかしさと部長に対する申し訳なさで真っ赤になっている。
「大丈夫ですよ。ぴったりのをご用意いたしますから」
にこやかに微笑む店長に負け、望美は下着からすべて用意してもらうことになった。
やがて店長が用意したのは、ワインレッドのブラジャーとショーツ、それにガーターベルトだった。
望美は顔から火が出るほど恥ずかしかったが、それでもシルクと思われるその下着の美しさには心が惹かれてしまうのだった。
しばらくして越久村の前に姿を現した望美は、先ほどまでとは一変していたといっていいほどだった。
派手さを感じさせる赤のタイトミニのワンピースに、黒のガーターストッキングを穿き、エナメルレッドのハイヒールと言う妖艶な女性に変貌していたのだ。
思わず越久村が見入ってしまうほどであり、望美の美しさがあらためて引き出されたようだった。
「素敵だよ望美君。とても美しい。惚れ惚れしてしまう」
越久村の顔に賛嘆の表情が浮かんだことに、望美は何か言いようのない喜ばしさを感じていた。
鏡を見たときに感じた自分の姿に対するちょっとした誇らしさと、地位のある男性からの賛美の眼差しとは、望美の心を多少ゆがめていくには充分なものだった。
「ありがとうございます、部長」
望美は優美な足取りで越久村の元へ行く。
「下着も取り替えたかね? 見せてごらん」
「えっ? は、はい・・・」
望美はスカートを持ち上げる。
そこにはワインレッドのショーツとガーターベルトが望美の白い肌を彩っていた。
「いい色だ。その服はプレゼントしよう。これからも俺の目を楽しませて欲しい」
「はい・・・」
望美は知らず知らずにそう返事をしていた。
今まで着ていた服などを紙袋に入れてもらい、望美たちはブティックを出る。
先を歩いて行く越久村に、望美は寄り添うようにつき従う。
商店街のショーウインドウに映るミニスカート姿の自分が急に恥ずかしく感じ、思わず周りを意識してしまう望美。
「あ、あの、部長」
「何だね?」
タバコに火をつけ、接待の場所に向かって悠然と歩くその姿は堂々としていて頼もしい。
「ちょっとこの服装・・・派手じゃないですか? なんだか恥ずかしい」
「そんなことはない。あの店長の見立てはたいしたもんだ。とても綺麗だよ」
振り返りはしないものの、ショーウインドウなどを通して望美の姿を確かめているのがわかる。
恥ずかしいけれど、綺麗だと言われるのは望美はとてもうれしかった。
「あ、ありがとうございます」
「普段の君は地味すぎる。君は本当の自分と言うものを知らないのだ。本当の君はまばゆいばかりの美しさを持っているのだから、このぐらいの服装は当たり前なのだよ」
越久村の言葉に望美は思わず苦笑する。
「部長、そう言ってくださるのはうれしいですけど、褒めても何にもでませんわよ」
「ふ・・・まあいい。今日の接待には俺が君の本来の姿であると思うその姿で過ごしなさい。それで納得できなければ明日からは元に戻せばいい。まあ、君はそんなつまらない女じゃないとは思うがね」
望美は一瞬ドキッとする。
越久村につまらない女と思われたくない。
その思いが確かに望美の心の奥底で芽吹いていたのだった。
接待そのものは滞りなく行われた。
取引先が越久村に便宜を図ってもらうために宴席を用意したのだ。
最初は料亭での食事だったが、その後はクラブへ繰り出すという算段だ。
取引先は最初望美の存在に驚いたものの、越久村の秘書だという言葉に納得したのか、望美にももてなしを始めるのだった。
ただ、望美にとっては最初のうちは接待相手の男たちの無遠慮な視線にさらされ続け、居心地の悪さを味わっていた。
決して大きくはない望美の胸だったが、タイトミニのワンピースは胸を強調するつくりになっており、男どもは少しでも望美の胸が見えないだろうかといやらしい視線を投げつけ、さらにはガーターストッキングに覆われた太ももにもちらちらと視線を這わせてくる。
だが、越久村の秘書である望美に何かできるはずも無い。
越久村も笑いながらうちの秘書には手を出さんでくれよといい、取引先の男たちはただ望美にいやらしい視線を送るだけだった。
取引先との接待を終えたときには、時刻は夜の十二時を回っていた。
普段は飲まないお酒を飲んだことで、望美は少し酔っていた。
「さて、接待も無事すんだ。どうだったかね?」
「はい・・・なんだか怖かったです」
「怖い?」
望美は越久村の言葉にうなずく。
「なんだか私を見る目がぎらぎらとして・・・まるで獣のような・・・」
お酒のせいもあるのかもしれないが、望美は感じたままの事を言った。
「ふふ・・・獣ね。なに、心配することはない。あいつらは餌を前にしてお預けを食らった犬のようなものだ。君を見てよだれをたらすしかできないやつらさ」
「まあ、部長ったらいいんですか? 取引先をそんなふうに言って」
思わず望美に笑みが浮かぶ。
先ほどまで感じた緊張や恐れといったものはこの瞬間に吹き飛んだ。
「いいんだよ。所詮あいつらはうちとの取引に群がる犬だ。君は俺と同じようにあいつらを犬として見下して笑ってやればいい」
「うふふふ・・・そう考えると彼らも哀れな感じがしますね」
「だが、哀れだからといって情けをかけてはいかんぞ。俺の秘書として望美君もあいつらのしつけをしっかりとしてもらわないとな」
「はい。がんばります」
望美は力強くうなずいた。
「ただいま」
灯りの消えている玄関に入り、小声でそっと言う。
タクシーで送ってもらったとはいえ、すでに深夜の一時に近い。
静まり返った家の中は、健太がすでに寝入っていることを示していた。
望美はそのことにどこかホッとするような気持ちを持つと同時に、どこか寂しさも感じてしまう。
起きて待っててくれたらなと思ってしまうのだ。
もちろん明日も仕事がある以上遅くまで起きてなどいられない。
いつ帰るかわからない望美を待っていられなかったのだろう。
望美はそっと自分の部屋にいくと、一人暮らしのときに手に入れ、将来子供ができたときに子供用にしようと思っておいてあるベッドに腰掛ける。
今日は寝室には行かない方がいい。
お酒のにおいもするだろうし、せっかく寝入っている健太さんを起こしてしまう。
今日はこのベッドで寝よう。
望美はそう決めて、パジャマに着替えると眠りについた。
翌朝、望美はやはり多少機嫌のよくない健太に遅くなってしまったことを詫び、多分しょっちゅうあることではないと思うので、部長にも前もって言ってもらうようにすることを伝える。
健太としてはかつては自分も営業職だったために接待の必要性は感じており、仕方ないという気持ちではあったものの、やはり夜遅く帰る妻は心配なことに違いはなかった。
だが、朝から望美と口論する気にもならず、いい気分ではなかったものの一応納得して出かけていく。
その様子に望美も今度は遅くならないようにしようと思うのだった。
昨日越久村に買ってもらった服をしわを伸ばしてハンガーにかけ、望美はいつものようにおとなしめのスーツとストッキングを身につける。
越久村はああ言ってはいたものの、やはりこうしてみると昨日の服は派手な気がして望美の趣味には合わないのだ。
こうしたおとなしめのスーツが仕事をしているようで気持ちがいい。
望美は身支度を整えると、会社に向かって家を出た。
「おはようございます」
望美はいつものように部長室に入り、越久村の出勤前に手早く掃除などを済ませていく。
契約の掃除会社が掃除はしてくれているので、机の上を拭いたりするぐらいだが、躰を動かしながら一日の予定を頭の中で確認したりするのだ。
そうしているうちに越久村が出社する。
「おはよう、望美君」
「おはようございます部長」
一礼する望美。
「うーん・・・望美君困るなぁ」
苦笑いしながら越久村が席に着く。
「えっ? 何かありましたでしょうか?」
望美は何のことだかわからない。
「服装さ。君はそんなつまらない女だったかな?」
望美はドキッとした。
やはりこんな地味な服装ではいけなかったのだろうか?
でも、仕事をする上であまり派手なのは・・・
「昨日の服を着て来いとは言わんよ。だが、君もあんな感じの服ぐらい持っていないのかな?」
「す、すみません。私あんなに派手な服は持ってなくて。それに今日は接待ではないと思いましたし」
頭を下げながら言い訳のように越久村に言う望美。
「望美君。君は俺の秘書であるということをわかってないのかな。新規プロジェクトに絡んでうちと取引したがっている会社はいっぱいある。いつ接待で呼ばれるかわからないのだよ。そのときになってあわてるつもりかい?」
ハッとする望美。
言われてみればその通りだ。
このところ越久村のもとへは各企業の担当者が挨拶に訪れている。
そのいずれもが、今度一席設けますのでと越久村を誘っているのだ。
いつ接待が入るかわからなくなってきている今、それに備えておく必要があると越久村は言っているのだ。
「す、すみません。思い至りませんでした」
今度は深々と頭を下げる望美。
越久村はタバコを取り出すと火をつけて一服吸う。
「まあいい。これを持っていきなさい」
望美の前に一枚のカードが差し出される。
「これは?」
「俺のクレジットカードだ。昨日の店は覚えているかい? あそこで店長に数着選んでもらいなさい。そんな地味なスーツじゃ取引にも影響する」
「は、はい」
おずおずとカードを受け取る望美。
「今から行ってもまだやってないだろうからお昼休みに行きなさい。戻るのが遅れてもかまわないから」
「はい」
望美はうなずくと席に戻って仕事を始める。
だが、内心では越久村に指摘されるまで服装のことに思い至らなかった自分が望美は恥ずかしかった。
お昼休み、望美は外出して昨日のブティックに寄る。
昨日同様美人の店長にわけを話すと、店長はにっこりとうなずいて望美の衣装を見繕い始めた。
望美は一着だけのつもりだったが、店長は着まわすことも考えてとりあえず五着用意するといい、
そのいずれもが扇情的で丈の短いミニや胸の開いた躰のラインをかもし出すような服を選び出して行く。
「昨日のは確かに派手めだったけど、少し抑え目にしたからあなたならこのぐらいは充分着こなせるわ。メイクも少し変えてみてはいかがかしら。それに下着だってそう。こちらに変えてごらんなさい。きっと自分でもびっくりするほど綺麗になれるわよ」
そういいながら店長は下着やアクセサリーも見繕う。
「下着もですか?」
「下着を変えると気持ちも変わるわ。身も心も引き締まるわよ」
店長の言葉には説得力がある。
確かにそう言われればそんな気もするのだ。
「メイクを変えると気持ちが変わるのはわかるでしょ? 下着も同じなの」
「同じ・・・」
「別に男をたらしこむとか媚びるとかじゃないのよ。下着は女性の内面を磨いて輝かせるためのものなの。いわばそのための道具ね。さしずめビジネスウーマンの武装って所かしら」
「武装・・・ですか?」
「そう。ビジネスに向かう自分を鼓舞するための武装よ」
店長の言葉にうなずく望美。
目の前に置かれた黒や赤の派手な下着は望美でも驚くほどのいやらしさを感じさせる。
今まで健太との夫婦生活にこんな下着を身につけたことなど一度もない。
だが、確かにこれをつけた自分は何か変わるのかもしれないと思う。
それだけに何か一種の魔力を持つような魅力を望美は感じるのだった。
店長にいろいろと見繕ってもらったあと、望美は下着も服も言われるままに取り替える。
昨日と同じように美しくなっていく自分を見るのは、望美にとっても気持ちのいいものだった。
「あなたの内面はまだまだ磨かれていない原石のようなもの。こういった下着やメイクがあなたを磨きたててくれるわ」
「やはりメイクも変えたほうがいいんですか? 多少派手目に」
「派手にするというのとはちょっと違うわ。あなたの美しさを引き出すのよ」
店長はそういいながら望美の顔にメイクを施して行く。
あまり濃いメイクはと思った望美だったが、店長によって施されるメイクは望美を見事に変えて行く。
確かに家庭に入って以来メイクをナチュラル系に抑えてきた望美にすれば濃い化粧と言えるかもしれないが、決して濃くも派手にも見えないのだ。
付ける前までは派手だと感じていたアイシャドウや口紅も、店長の手にかかれば望美に新たなる輝きを付け加える彩りに過ぎなくなる。
派手な感じなど微塵も与えず、それでいて望美を妖艶に引き立てる、そういう類のメイクだった。
最後に耳にはピアスをつけてもらう。
なんでも店長はピアスの資格のようなものを持っているとかで、ピアシングニードルで耳たぶに穴を開け、綺麗なピアスをつけられた。
一瞬健太がどう思うか気になった望美だったが、健太とて望美が美しくなるのはうれしいだろうと思い、ピアスをつけてもらったのだ。
すべてが終わった望美は、まさに見違えるように美しかった。
それはさながら蝶の幼虫が成虫に羽化したかのようでもあり、望美も自分の美しさに酔いしれるほどだった。
しかし、いくらなんでもこれは買いすぎだ。
望美は今着ているものだけを購入しようと思い、それも自分のカードで買おうと思ったが、店長は首を振る。
「越久村さんに連絡はもらっているわ。会社の制服のようなものだから気にしないようにって。越久村さんのカードをちょうだい」
「でも・・・それならせめて半分でも」
「あなたは越久村さんに期待されているのよ。越久村さんのために一所懸命に尽くせばそれでいいんじゃないかしら」
「期待だなんて、私はただ部長のあとについて回るだけの秘書代わりですから」
望美の言葉に店長が微笑みかける。
「越久村さんが無能な人に秘書役なんかさせるわけないでしょ? 違います? さ、カードをくださいな」
店長に言われて仕方なく越久村のカードを手渡す望美。
これではいくらかかったかわからないが、相当な金額になるのは間違いないだろう。
だが、それだけ自分は期待されているんだと思うと、望美は誇らしくまたうれしかった。
無能なものには秘書役などやらせないという店長の言葉が望美はとてもうれしかったのだ。
「今着ているもの以外は宅配便でご自宅に送りますわ。お仕事にお戻りください」
望美はそう言われ、住所を告げてブティックを出る。
道行く人々が望美の美しさに振り返り、望美は最初は気恥ずかしかったものの、賛美の視線が心地よかった。
「ただいま戻りました」
望美が戻ると、越久村は満面の笑みを浮かべた。
「おお、見違えたよ。さすがは望美君だ。とても美しい」
「うふっ、ありがとうございます部長」
越久村の賛辞は望美にとってはとてもうれしい。
それだけで恥ずかしい思いをしたかいがあるというものだった。
「その服は君の制服のようなものだ。これからも俺の秘書であることに誇りを持って頑張ってくれよ」
「ありがとうございます部長、すごくたくさん買ってしまったんですけど、本当にいいんですか?」
「かまわんよ。これも仕事のうちだからね。美しい秘書を見て相手が取引したいと思ってくれれば安いものじゃないか」
美しい秘書と言う言葉がとてもうれしい。
それに越久村はあくまで仕事であるという姿勢を崩さない。
そのため、望美も仕事だからこの服装なんだと納得することができるのだった。
- 2008/07/17(木) 21:13:19|
- 望美
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三年連続更新記念SS大会二日目は「グァスの嵐」の21回目をお送りします。
途切れ途切れの更新で本当に申し訳ありません。
楽しんでいただければと思います。
21、
「心当たりはない?」
ことが終わり、寝台に横たわってクラリッサの肩を抱いていたダリエンツォの顔が曇る。
ポートアランスのマダムアリチェ仕込みの薬と快楽で、クラリッサの精神はゆがめられている。
今さら嘘をつくとも思えないが、ことが星船に関する以上心の奥底でタブー意識が働いているとも考えられる。
それとも・・・
彼女は何も知らされてないかだ・・・
ラマイカのセラトーリがわざわざ部下を使ってたぶらかした女だ。
何も知らないとは考えづらいが・・・
「あの男が何かを求めていたなんて知りません。でも私をもてあそんだ男を私は赦さない」
吐き捨てるように言うクラリッサの目には狂気が走る。
ダリエンツォによって愛情を裏返しにされたクラリッサには、ダリオは憎んでも余りある男であり、ナイフを突き刺した感触を思い出すだけで笑みが浮かぶのだ。
「ふむ・・・もう少し情報が必要か・・・」
天井を見つめるダリエンツォ。
セラトーリが何を手に入れようとしていたのか。
力づくで奪い取らなかったのはそれがなんなのかの確証を得ることができなかったのだろう。
そうでなければ小娘一人・・・いや家族を含めても手勢を数人送れば事足りる。
偽装結婚してまでということは、クラリッサに星船にかかわる何かがあることはわかっていても、それが何かを探るためだったということか・・・
まあいい・・・
クラリッサが手元にある以上、いずれ星船の情報も手に入るだろう。
いつかは星船に出会えるはずだ・・・
だが・・・
星船に出会ったとき・・・俺はいったいどうするのだろう・・・
「うーん・・・気持ちいい! ねえ、ミューちゃんもこっちにおいでよ」
吹き抜ける風に髪をなびかせるフィオレンティーナ。
日差しと相まってそれがとても気持ちいい。
船べりにもたれかかっていると、まさにゆりかごの心地よさなのだ。
船首ではゴルドアンが四本の腕で器用に帆を操り、船尾ではエミリオが舵を取る。
もともと二人で運用されてきたファヌーなので、順調な航海のときはフィオレンティーナもミューもすることがない。
自然と二人は船べりでおしゃべりに興じたりしてしまうのだった。
「ねえ、ミューちゃん。あの島はなんて島かわかる? 川が一筋の糸のように海に落ちて行くのがとても綺麗」
フィオレンティーナの指差す先では、島の海岸線から白い糸のように川が密雲に流れ落ちて行くのが見え、周囲に虹を生じている。
「あれはマリガラント島です」
ミューがフィオレンティーナの脇にやってきて腰を下ろす。
赤毛で小麦色の肌のフィオレンティーナと金髪で抜けるような白い肌のミューはこうして見ると対照的で、まったく似てはいないのだが、笑顔が二人ともとても素敵で魅力的なことは間違いない。
「よく知ってるな、ミュー。このあたりは小さな無人島が多いから、ちょっと見じゃわからない島が多いんだけどね」
舵を握るエミリオが感心する。
「エミリオ! 正面に船が見える。コースを少し右に寄せたほうがいい」
船首のゴルドアンが振り返る。
まだ遠いので衝突なんかの危険はないだろうが、軍艦だったら近づかないに越したことは無い。
「わかった」
エミリオはうなずいて舵を切る。
風を右舷後尾から受けることになるので、ゴルドアンが帆の角度を調節し、うまく風を捕らえていく。
速度もほとんど変わらぬまま、エミリオのファヌー『エレーア』は進んでいった。
アルバ島は小さな島である。
位置的にはカラスタ群島の端に位置し、ミューとチアーノ老人の住んでいたミストス島とはちょうど反対側に位置することになる。
群島をかすめるように航海していた『エレーア』はちょうどそのミストス島の沖合いでミューを拾い上げたといっていい。
今、『エレーア』はその航路をほぼ逆に進んでいた。
「あ、エミリオ様!」
突然ミューが声を上げる。
「ん? なんだい?」
周囲を見渡しながら舵を握っていたエミリオがその声に顔を向けた。
「この航路を通るのでしたら、二時間後にはミストス島の脇を通ります。どうかミストス島に寄っていただけませんか?」
「ミストス島?」
カラスタ群島の中でも比較的に知られた島であるアルバ島とは違い、ミストス島の名はエミリオは知らなかったのだ。
すぐに航海図を広げて確認する。
群島の東側に位置する小島にその名を認めたエミリオは、まさにこの『エレーア』が向かっている方向に位置すると知って驚いた。
「驚いたな。ミューはこのあたりにずいぶん詳しいんだね」
「あ・・・」
エミリオは褒めたつもりだったが、ミューは少し困ったような表情を浮かべる。
この困惑したような表情はどうしてなのか・・・
エミリオにはわからなかった。
「エミリオ」
船首でゴルドアンが呼んでいる。
「なんだい?」
「風が湿ってきた。雨になるぞ」
ゴルドアンはそう言って船尾を指差す。
確かに船尾方向から吹いてくる風は湿っぽく、黒雲が広がりつつあった。
「急ごう。嵐になるかもしれないからミストス島で避泊するんだ」
「わかった」
エミリオはうなずく。
ゴルドアンは目いっぱいに広がっていた帆を引き絞り、面積を小さくして強風に備えていく。
『エレーア』は小さな船だ。
嵐に遭ったらひとたまりもない。
エミリオは進路をわずかにずらし、ミストス島へと向かうのだった。
巨大なうちわのようなオールがゆったりと空気をかく。
湧き上がってくる黒雲に、船上の船乗りたちは嵐に備えて動き回る。
「嵐になりそうか?」
そう言いながら甲板に上がってくる三角帽の男。
鋭い眼光で船乗りたちの行動に目を配る。
「ハッ、おそらくそうなると思われます。目下近くの避泊地を探しているところです」
黄色の軍服に身を包み、肩には高位の士官である飾りを付けた男が思わず緊張の色をあらわにする。
「ええい、この忙しいときに・・・」
苦虫を噛み潰したがごとき表情を浮かべたのは、リューバ海軍の提督であるペドロ・アンドレス・エスキベルだ。
彼はサントリバルで強引にこの小型ギャレー『デ・ボガスタ』に乗り込んで、そのまま指揮下に収めてしまったのだ。
大型の『シファリオン』は確かに乗り心地はよかったが、艦長とのトラブルは士官たちとの軋轢を生じてしまい、彼としては士官連中の首を飛ばしてもとは思ったものの、旗艦を変更することで収めたのだ。
この小型ギャレー『デ・ボガスタ』ならば小回りも利くし速度も速い。
捜索活動にはうってつけだと自分を納得させてまで。
もっとも、それで割りを食ったのは、この『デ・ボガスタ』の艦長ファン・ナルバエスだ。
リューバ海軍の分遣隊の一隻としての気楽な任務から、突然エスキベル提督の旗艦任務についたのだから。
提督は『デ・ボガスタ』に乗り込むと同時にわがままな暴君振りを発揮し、艦長以下を辟易させていたのだ。
「適当なところで嵐をかわしたら、もう一度カラスタ群島を回るぞ」
「もう一度ですか?」
ナルバエス艦長がやれやれと思う。
「そうだ。自航船がうろついていたのはこの群島だ。絶対何かある。何か無くてはならんのだ」
「わかりました」
エスキベル提督の後姿に敬礼する艦長。
自航船など彼にとってはどうでもいいものなのだった。
- 2008/07/17(木) 20:06:29|
- グァスの嵐
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記事に拍手を押してくださっている方もいらっしゃると思うのですが、今現在拍手で送っていただきましたコメントに関して私の方で見ることができなくなっている状況です。
FC2側のトラブルだとは思いますが、拍手コメントをお送りくださいました方にはまことに申し訳ございません。
できますれば名無しでよいですので、普通のコメントをいただければと思います。
お手数をおかけして申し訳ありません。m(__)m
(拍手そのものは有効です)
- 2008/07/16(水) 21:57:08|
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三年連続更新記念SS大会の新作中編を今日から六回に分けて一本投下させていただきます。
この作品は、今まで舞方が書いてきた改造や異形化といったSSではなく、純粋に寝取られファンタジーとして書いた作品です。
ですので、読んで不快感を感じられる方がいらっしゃるかもしれません。
そこはなにとぞご容赦くださいませ。
それではどうぞ。
「望美」
「おう、塩原君、ちょっといいかな」
久しぶりにかけられる声。
塩原健太(しおはら けんた)は振り返った。
「越久村部長、お久しぶりです」
やってきたのは長身の中年男だ。
社内でもやり手と評判の越久村竜治(おくむら りゅうじ)、前営業1部の部長であり現在は特別事業部という社長つながりの部門の長を務めている。
今でこそ健太は企画開発部に席を置いているものの、一時期は越久村の下で営業にいたこともあり、二人は顔なじみである。
たまたま用事があって営業部に顔を出した健太を越久村が見つけたのだろう。
健太はにこやかに越久村に会釈した。
「ちょっと話があるんだ。いいかな?」
「あ、はい。何でしょう」
健太は越久村に連れられて休憩室へ向かった。
「えっ? 望美(のぞみ)を復帰させてくれですって?」
健太は驚いた。
望美とは健太の妻であり、結婚一年になる最愛の人だ。
もともとは会社の秘書課に勤務していた彼女を、健太がアタックして射止めたのだ。
清楚で美しい望美は、何人かの男に声をかけられたらしいが、健太の人柄に惚れてくれ、二人はめでたくゴールインしたと言うわけだ。
その後専業主婦になると言うことで会社を退職したが、ずいぶんと惜しまれたものだった。
「ああ、生嶋(いくしま)君なら適任なんだよ」
越久村がタバコをふかす。
ヘビースモーカーの越久村は、部長室でも常にタバコをふかしているらしい。
生嶋と言うのは望美の旧姓だ。
「ああ、すまんすまん。今は塩原君だったな。何とか会社に復帰してもらえないかな」
「どうして望美なんですか?」
健太は缶コーヒーを口にする。
せっかく専業主婦として家庭にいてくれることになったのに、職場に戻っては欲しくない。
「実は今度特別事業部で新規プロジェクトが決まってな。いろいろと雑用が増えたんだ。そこで事務処理など雑務を手がける人を用意していいってことになってね。いろいろ考えたんだが塩原君の奥さん、望美君なら適任だと思うんだよ。彼女は以前秘書課にいて会社のこともわかっている。新人を教育している暇などないからな」
「でも、それなら秘書課から誰かを・・・」
「それは無理だ」
健太の言葉をぴしゃりとさえぎる越久村。
「今時期は秘書課も手一杯だ。今年は新人を一人しか入れてないしな」
越久村のタバコの煙が健太の喉を刺激する。
「ゲホッ、ゴホッ」
「お、タバコは苦手だったな。すまんすまん」
そういいながらも越久村はタバコを消しはしない。
「とにかく打診してみてくれないか? 君にも悪い話じゃないだろう。マンションのローンだってバカにはならないはずだ」
「ハア・・・」
痛いところを突かれあいまいに返事する健太。
それを見た越久村は仕事の内容や条件を一通り伝えると、にやりと笑って休憩室をあとにした。
「越久村部長の手伝い?」
「ああ、どうしてもって泣きつかれちゃってさ・・・もちろん望美がいやなら断るよ」
健太はとりあえず越久村の申し出を望美に伝えた。
きっと断るだろうと思っていたのだ。
望美が断ったのなら健太としても越久村に言いやすい。
「うーん・・・セクハラ部長かぁ・・・」
そうだ。
それも健太の不安の一つである。
越久村は女子社員の一部からセクハラ部長と言うあだ名を付けられていると言うのだ。
どこまでホントかわからないし、越久村をやっかむ連中によるものと言う話もあるのだが、やっぱり気になることは気になるのだ。
「でも、越久村部長ってまだ部長だったんだ。仕事できる人って聞いていたからとっくに常務あたりになっていると思ってたわ」
「ああ、何でも常務昇進を蹴って特別事業部に移ったらしいよ。あそこは社長直属の部門だし、業績も上げているから、他の役員たちも越久村部長にあんまり頭が上がらないらしい」
特別事業部のことは健太もよく知らない。
ただ、今度の新規プロジェクトの噂は企画開発部にも入ってきていて、相当大きな動きになるような話らしかった。
「そうなんだ。それでお手伝いの期間はどれぐらいなの?」
「とりあえず半年って言うことだった。半年後に望めば更新と言うことになるらしい」
「やってもいいかな」
「ええっ?」
望美の言葉に健太は驚いた。
てっきり断るとばかり思っていたのだ。
「い、いいのかい?」
「事務処理的なことならできると思うし、今のうちにお金を貯めておいても悪くないって思うわ。半年したらやめればいいんだし、少しでも健太さんの負担を軽くしてあげたいの」
にこやかな笑顔で健太に微笑む望美。
二十五歳という若さが美しさに花を添えている。
「望美・・・でもなぁ・・・」
「くすっ、心配しなくても大丈夫よ。セクハラ部長なんていわれてても、そう変なことはしないと思うわ」
くすくすと笑っている望美。
健太は望美の笑顔が大好きだった。
望美の復帰の話は越久村の手でとんとん拍子に進められ、数日後には出社の運びとなる。
当面はパート扱いだが、状況によっては正社員への復帰もありうるという話しで、給料もそれなりのものになるということだった。
住んでいるマンションのローンも結構大変なこともあり、望美は少しでも健太の負担を軽くできると喜んでいた。
セクハラ部長などと言う噂のある越久村の手伝いなどと言う仕事を引き受けたのも、専業主婦として健太に負担ばかりかけるのは申し訳ないという思いからだったのだ。
当の健太はそれを負担だなどとはこれっぽっちも思ってはいなかったが。
「それじゃ行ってくるよ。望美も今日から出社だね」
「ええ、気をつけてね、健太さん」
玄関先でお別れのキスをする望美。
結婚して一年になるというのに、望美はお別れのキスを忘れない。
健太を愛しているのだ。
いつも送り出すときはしばしの別れに切なくなる。
だからこうしてキスをして送り出すのだ。
名残惜しそうな表情で健太が玄関を出て行く。
送り出した望美はエプロンをはずし、出社の支度を始めるのだった。
いつもの白い下着の上にブラウスを着、ナチュラルブラウンのパンストに紺のタイトスカートと上着を組み合わせる。
まるでリクルートスーツのような感じだが、どうせ会社では制服を着るのだろうから気にしない。
鏡の中に映った望美は、まるで新人社員のころに戻ったような感じがした。
メイクを終えた望美は玄関の鍵をかけて家をでる。
久しぶりの朝の外出は、望美の気分を浮き立たせた。
会社までは電車で20分ほどだ。
実は復帰が決まって知ったのだが、望美の勤める先は健太のいる都心の本社社屋ではなく、ちょっと離れた新社屋だったのだ。
そこに越久村をはじめ、新規プロジェクトに携わる人員が詰めることになるのだという。
健太と一緒に仕事ができると喜んでいたのだがそうは行かないらしい。
新しいところでの復帰は多少不安だったものの、決まったからには仕方がないし、家に近い分遅く出ることができて家事には好都合だ。
早く帰れるし健太にも迷惑をかけずにすむだろう。
望美は意気揚々と新社屋に入っていった。
「おはようございます。うっ、ゲホッ」
越久村のいる部屋に入った途端、もうもうたるタバコの煙にめまいがする望美。
部屋の中がかすむほどの白煙が充満しているのだ。
ヘビースモーカーの越久村が朝からタバコをふかしているのだろう。
「ゲホッ、ゴホッ、お、越久村部長・・・」
咳き込みながら越久村のところへいく望美。
とてもじゃないがタバコの嫌いな望美には耐えられるものではない。
「ああ、おはよう、塩原君」
タバコをふかしながら机から顔を上げる越久村。
早くから書類と格闘しているのだろう。
「お、おはようございます。あ、あの・・・」
「君の席はそこだ。今日からよろしく頼むよ」
「えっ?」
望美は驚いた。
てっきり別の部屋での仕事になると思っていたのだ。
まさか一緒の部屋でなんて・・・
望美はそう思ったが、今さら別の部屋でなんて言えるはずもない。
「あ、あの」
せめてこのタバコの煙を何とかして欲しいと思い、望美は越久村に声をかける。
「何をしている? もうすぐ始業時間だぞ。席についてくれないか」
「あ・・・は、はい」
言葉をさえぎられてしまい、望美はやむを得ず席に着く。
事務用品などは新しいものがそろえられており、内線電話も設置されていた。
「あ、あの・・・部長。制服に着替えたいのですけど・・・」
「ん? ああ、言ってなかったかな? 君には秘書的な役割をしてもらいたいので制服はなしだ。スーツで仕事をしてもらいたい」
「ええっ?」
望美はまた驚いた。
てっきり制服で事務処理をするものだとばかり思い込んでいたのだ。
秘書課にいたとはいえ、秘書的役割につくなど思っても見なかったのである。
「これを頼む」
席を立って望美のところにやってくる越久村。
今まで自分が目を通していた書類を望美の机に置く。
「新規プロジェクトの見積もりだ。検算して問題なければ戻してくれ」
「あ、はい」
越久村の咥えタバコに辟易しながらも、望美は仕事を始めるのだった。
「ただいまー」
「お帰りなさい・・・」
仕事を終えて帰宅した健太をエプロン姿の望美が出迎える。
だが、その表情はすごくさえなく、憂鬱そうだったことに健太は驚いた。
「どうだった、初日だから何かトラぶったのか?」
カバンを手渡し靴を脱ぎながらも、健太は最愛の妻の心配をする。
「えっ? う、うん・・・その・・・ね・・・」
言葉を濁す望美に健太は何かいやなものを感じる。
「どうしたんだい?」
玄関先だが、望美の両肩をつかんで自分の方に向けさせた。
その望美の髪から強烈なタバコのにおいが流れてくる。
「えっ? これは?」
思わず望美の髪のにおいを確かめる健太。
間違いなくそれはタバコの煙のにおいだった。
「あ・・・やっぱりわかる? タバコのにおい。そうなの・・・部長が一日中ふかしているの。もう息もできないぐらいだったの・・・」
望美がタバコが嫌いなことは健太も知っている。
自分自身ヘビースモーカーだった父の影響でタバコが大嫌いな健太は、女性がタバコを吸うことにも抵抗があるのだったが、幸い望美もタバコが嫌いと知って大いに喜んだものである。
「越久村部長はヘビースモーカーで有名だからな。でもそんなにすごいのかい?」
てっきり別の部屋で仕事をしていると思っている健太は、まさか一緒の部屋で煙まみれになっているとは思いもしない。
「すごいなんてものじゃないわ。もう部屋が真っ白で目も痛くなるぐらいなの。正直つらいわ・・・それに・・・」
それに?
望美は言おうかどうしようかと迷ってしまった。
それは越久村のセクハラだった。
越久村のセクハラ部長のあだ名は噂だけのものではなかったのだった。
望美が資料を探すなどで立ち上がったりすると、いつの間にか望美のそばにやってきてお尻をタッチして行くのだ。
望美がいやな顔をして部長とたしなめると、すまんすまんといって笑うだけ。
ただ、露骨に触ってくるのではなく、あくまでタッチ程度なので、我慢しようと思えばできないことも無い。
せっかくこの不況下に仕事に就いたのだし、健太の負担を減らしたいと思っているのだから、すぐに仕事をやめようとは思わない。
だったら、健太にはよけいな心配をかけないほうがいいのではないだろうか・・・
セクハラされているなんて言ったら、きっと健太は心配する。
下手したらそれが元で越久村との間に溝ができ、仕事がやりづらくなるかもしれない。
なんと言っても相手は特別事業部の部長なのだ。
ここは私が我慢すればいいことだわと望美はそう思ったのだった。
「ううん、なんでもないわ。初日だからちょっと疲れちゃったのよ。それよりもお風呂わいているから入っちゃってね」
カバンを持って健太を促す望美。
「うん、わかった。どうだい、望美も一緒に入らないか?」
ふわりと背中から抱きしめられる望美。
望美はとても幸せな気持ちに包まれる。
「もう、そんなこと言って。私は食事の支度をしなくちゃならないの」
やんわりと断る望美。
「そうか・・・じゃ、残念だけど一人で入るよ」
「あ・・・」
部屋に着替えに入ってしまう健太。
望美はちょっと寂しくなる。
形では断ったものの、そんなのは後でいいからと言われれば、一緒に入ってもいいなと思っていたのだ。
あっさりとあきらめてしまった健太に、望美はちょっと落胆した。
******
望美が仕事に就き始めて一週間、十日と経つにつれ、仕事にも慣れやりがいも感じ始めると同時に、仕事場の環境にも慣れ始めていることに望美は気がついていなかった。
そして、越久村の仕事振りにだんだんと感心するようにもなっていたのである。
越久村はまさにできる男といった仕事振りだった。
部下を能率よく使いこなし、取引先との商談はうまくまとめ、新規プロジェクトの規格案にも目を通す。
まさに八面六臂の活躍で業績を上げているのだ。
望美はいつしか越久村の仕事振りを惚れ惚れと眺めていたりするようになっていた。
また、あれほどいやだったタバコの煙も、一日中一緒の部屋で吸っていると、特に気にならなくもなってくる。
お尻へのタッチも日常的に行われてしまうと、単なる日常の一コマですむようになっていた。
タバコとセクハラに対する嫌悪感はじょじょになくなってきていることに、望美はまったく気がついていないのだった。
「それでね、私が見てもこれはどうかなって思っていたんだけど、部長ったらピシャッて言ってのけるのよ。富田林課長ったら目を白黒させてたわ」
「ふーん・・・」
面白くなさそうに望美の話を聞いている健太。
このところ食事のときに部長の話を聞かされることがあるのだ。
先日までタバコを吸うからいやだって言っていたのに、このところは部長はすごいって言ってくる。
自分の妻が他の男を褒めるのを聞かされて面白いわけがない。
だから健太は不機嫌だったのだ。
「ね、健太さんもそう思うでしょ? 越久村部長ってすごいわよねぇ」
「そりゃ仕事はできるとは思うけど・・・人間的にはどうなのかなぁ」
ついつい否定的な発言をしてしまう健太。
それはたぶんに嫉妬だとは思っているが、面白くないのは事実なのだ。
「あら、人間的にだってそう悪い人じゃないわ。部下の面倒見だっていい人なのよ。健太さんだって以前部下だったときにお世話になったんでしょ?」
「そりゃそうだけど・・・望美に他の男を褒めてもらいたくないよ」
口を尖らせて小さく言う健太。
それを聞いて一瞬きょとんとした望美だったが、次の瞬間にくすくすと笑い出す。
「くすくす・・・いやだ、健太さんたらやきもち妬いてたの? 大丈夫よ。越久村部長のことなんかなんとも思ってないんだから」
そうしてすっと立ち上がると、望美は健太の耳元でささやきかける。
「私が愛しているのはあなただけ。愛する旦那様だけよ」
「望美」
すっと突き出された唇を受け止めてキスをする健太。
望美の愛をしっかりと受け止めはしたものの、タバコのにおいがうっすらと感じるのが気になった。
「おはようございます」
翌朝望美はいつもより遅れて出社した。
夕べは健太と熱い夜を過ごしてしまい、つい寝過ごしてしまったのだ。
遅刻とは程遠い時間ではあるものの、あわてて出て行った健太には申し訳ないことをしたなと思う。
「おはよう。今日の下着はなに色かな?」
すでに机についていた越久村が顔も上げずにさらっと言う。
それがあまりにもさらりとしていたため、望美はまったくいやらしい質問と感じることなく、かえっていつものお尻タッチと変わらない軽いセクハラだと思ってしまう。
「もう部長。いきなり朝からなんですか? いつも通り白ですよ」
望美もあっさりと答える。
こういうのは恥ずかしがったりすると逆効果で、かえって相手を喜ばせてしまうのだ。
あっさりと答えてしまえば相手もそれ以上には言ってこないもの。
望美はそう思っていた。
だが、望美があっさり答えたことに、越久村は心の中でほくそえむ。
「望美君、すまないが今日は残業してもらうから」
この十日ほどのうちに、いつの間にか越久村は望美のことを望美君と呼ぶようになっていた。
「えっ? 残業ですか?」
机について仕事を始めた望美は思わず聞き返す。
昨日は言われてなかったので、残業があるなんて思ってもいなかったのだ。
「突然ですまないがね、接待があるんでそれに付き合ってもらうよ。君は俺の秘書役なんだから」
「でも部長、いきなり言われましても・・・」
困るわと望美は思う。
健太にも何も言ってないから、きっと夕食などで困ることになると思うのだ。
「今朝決まったことなんでね、すまない。何か都合悪かったかな? 仕事なんだから我慢して欲しい」
「都合は大丈夫なんですが健太さんに何も言ってこなかったので」
「塩原君のことなら心配いらんだろう。彼だって子供じゃないんだから。お昼にでも電話で知らせてやればいいさ」
「はい、そうします」
仕方ないと思い、望美はため息をついた。
『そうなの・・・いきなりなものだから・・・』
お昼休みに携帯にかかってきた電話は望美からのものだった。
「ふう・・・わかったよ。夜は外食で済ませるよ」
健太は思わずため息をついてしまう。
決して望美が悪いわけじゃないのだが、なんとなく怒りを覚えてしまうのだ。
『ごめんなさい。今度から部長によく確認するようにするわ。残業があるときは前もってわかるようにするわね』
「仕方ないよ。仕事だから仕方ない」
それはなかば自分に向けた言葉だ。
仕事についている以上こういうことは仕方ない。
だからこそ健太は望美に専業主婦でいて欲しかったのだ。
「あんまり遅くならないようにね」
『ええ、それはもう。愛しているわ健太さん』
「ボクもだよ、望美」
そう言って切れた電話を健太はしばらく眺めていた。
- 2008/07/16(水) 21:13:15|
- 望美
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三年連続更新記念SS大会初日は「帝都奇譚」です。
どうにもこんな記念日更新ばかりになってしまい申し訳ありません。
今回は一つの終わりを迎えます。
楽しんでいただければ幸いです。
28、
状況は最悪だ。
首筋に食い込んだ牙からは赤い血と命がともに吸い取られていく。
「う・・・あ・・・」
力が抜ける。
リボンを手にした腕がだらんと垂れ下がる。
その瞬間、ヴォルコフの牙が緩んだのを月子は見逃さない。
この瞬間を待ったのだ。
振り切るつもりなら振り切ることはできたはず。
だが、決め手を欠く状況では振り切ったとしても最初に戻るだけ。
すでに鎖分銅は無く、リボンもいつまで持つかわからない。
と、なれば、懐に踏み込んで一撃を見舞うしかないのだ。
しかもヴォルコフのような相手に対して懐に踏み込むとなるとただではすまない。
正面からでは踏み込むことすらできないはず。
肉を切らせるしかなかったのだ。
月子の腕が下がった瞬間、ヴォルコフは勝ちを確信した。
これでこの女は我が物となり、日本の退魔師連中に楔を打ち込むこともできるだろう。
仲間だった退魔師をいたぶる魔女となるがいい。
ヴォルコフの口元に笑みが浮かぶ。
そのとき、激痛が彼の左足を貫いた。
「何?」
思わずヴォルコフは自分の左足に目を落とす。
彼の左太ももには、月子の握った棒手裏剣が突き立っていた。
「くっ、この女ぁ!」
怒りがヴォルコフの躰を駆け抜ける。
血を吸ってしもべになど考えたのがまずかったのか。
捕らえたときに息の根を止めなかったことが悔やまれる。
「ぬおおっ」
突き飛ばすように月子を放り出すヴォルコフ。
そして左太ももの棒手裏剣を抜こうと手を伸ばす。
そのとき彼の目に映ったのは、棒手裏剣に巻かれていた破魔札だった。
「うおおおおおっ」
左太ももの棒手裏剣を握り締めた瞬間に、ヴォルコフの全身は燃え上がる。
さながら火のついたたいまつのように全身を炎が覆う。
「ぐわぁっ! ば、バカなっ! これしきの炎でっ」
全身を焼き始める炎にうろたえるヴォルコフ。
確かに炎は彼らのようなものにもダメージを与えてくるが、一瞬にして全身を覆いつくすようなことはありえない。
「うふふ・・・私からの贈り物ですわ。病原菌は焼き尽くすのが一番ですから」
青い顔で肩で息をしながらも、月子が笑みを浮かべている。
退魔の炎は魔を浄化するまで焼き尽くすのだ。
おそらくこれでヴォルコフは・・・
月子はもう一体のしもべに眼をやった。
さほどの脅威にはならないだろうが、不意を突かれてはかなわない。
「ぬ、ぬおおお・・・消えん! 火が消えん! バカな・・・そんなバカな・・・」
全身を火に焼かれながらのたうち回るヴォルコフ。
鷹司家の庭の池に飛び込んでも炎はまったく消えはしない。
浄化の炎はその程度では消えないのだ。
灯はその姿をただ眺めているだけだった。
主人が炎に焼かれていく。
その恐怖だけが彼女を捕らえている。
逃げ出したいほどの恐怖でありながら、彼女は逃げ出すことができなかった。
なぜなら、ヴォルコフに命じられていないからである。
しもべである彼女は命じられることをしなくてはならない。
その命令がこない。
動くことができないのだ。
灯は主人を今まさに滅ぼしつつある女退魔師を、黙って見ているしかなかった。
燃え盛る炎。
その中で苦しんでいた男はもう動かなくなっていた。
断末魔の悲鳴とともに崩れ落ち、あとはもう燃え尽きるまで燃えるだけのこと。
終わったのだ。
ここのところ帝都を騒がしていた化け物が、ようやく今その終焉を迎える。
ヴォルコフの死により、帝都は元の賑わいを取り戻すだろう。
無論残滓を片付けなくてはならない。
まずはあそこのしもべ。
思うように動かない躰を必死に動かし、月子はリボンを握り締めた。
月明かりが日本庭園を照らしている。
静まり返ったそこは、先ほどまでの死闘が嘘のような平穏さだ。
黒々と焦げ付いた三つの死体。
物言わぬむくろと化したそれらが、先ほどまで帝都を脅かしていた魔物とは思いもつかないだろう。
とりあえずは終わったのだ。
月子はふうと息を吐く。
手にしたリボンで、再び髪を結わえ付ける。
あちこち切り裂かれ、ずたずたになってしまった服からは白い肌が覗き、そのところどころから血がにじんでいる。
あらためてそのことに気がついた月子は、思わず苦笑してしまう。
よくも生き残ったもの・・・
ロシアを恐怖に陥れた強大な魔物を相手に、生き残れるなどとは思いもしなかった。
死ぬことなどは怖くなかったが、鷹司のお嬢様がヴォルコフに穢されるのだけは避けたい。
その思いが力を与えてくれたような気がする。
月子は背後に広がる鷹司の屋敷を振り返り、静けさの中に無事であることにあらためて胸をなでおろした。
印を組んで呪文を唱える。
黒焦げになった死体がぐずぐずと崩れ去り、風が塵となった破片を吹き飛ばす。
これでいい。
ヴォルコフは滅びたのだ。
月子は消耗しきった躰を引きずるようにして、鷹司の屋敷に戻るのだった。
- 2008/07/16(水) 19:58:03|
- 帝都奇譚
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2005年7月16日は、私がブログを始めた日です。
そして今日、ついに旧ブログと当ブログを合わせて丸三年、1097日間連続の記事更新を達成いたしました。
思えばネタも無くごまかしたような更新日もありましたが、ここまで三年間も連続更新できるとは始めた当初は思いもしませんでした。
せいぜい半年ぐらいは連続更新したいなって思っていたものです。
これも当ブログを訪問してくださる皆様の応援の賜物です。
心よりの感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
そこで皆様へのお礼を兼ねまして、今晩から六日間連続で一本のSSを投下したいと思います。
さらに、三日間は連続もので止まっている作品も書いていこうと思います。
あくまで予定ですので、この通りには行かない可能性もありますが、できるだけ投下して行きたいと思いますのでお楽しみに。
今日からは四年目に突入です。
丸四年連続更新を目指してまた歩んで行きますので、応援よろしくお願いいたします。
- 2008/07/16(水) 00:17:35|
- 記念日
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今日は本の紹介。
もうかなり昔の本なんですが、私がすごく心に残った短編が入っていたので、それを中心に。
というか、それ以外の話はもう覚えてないんですけどね。
ほかの作者様ごめんなさい。
文庫本に異形コレクションというシリーズがございます。
井上雅彦様が監修したホラーアンソロジーシリーズでして、毎回テーマを決めて作家様たちがそのテーマに乗っ取ったホラー短編(時には中編)を書き下ろすというシリーズです。
いくつかの出版社を経てシリーズを重ねられているようですが、私もそのうちの初期シリーズの二冊ほどに手を出したことがありまして、今回ご紹介する「水妖」もそのうちの一冊です。
「水妖」は読んで字のごとく、水にまつわるホラー短編を集めたアンソロジーで、26の作品が収められていました。
出版されたのが平成10年ですから、もう10年も前の作品ということになりまして、事実私自身読んではいるのですが、今思い出せるのはたった一つの作品だけなんです。
それは、「貯水槽」と題された作品で、村田基様という作家様の作品。
内容がすごく素敵で、今でも気に入っている作品です。
SS創作に多少影響受けているかもしれません。
ある古いマンション。
そこに引っ越してきた男は、水道水の味が変だと感じた。
かなり古いマンションで住人も少なく、水道水の味に文句を言う人は居ないらしい。
だが、気になった男は、ある日貯水槽を確認しようと屋上に上がる。
そして貯水槽の中を覗きこんだ男が目にしたのは・・・
水の中に浮かぶ一人の少女だった。
誤って落ちたのだと言う少女は男に助けを求めるが、水中を漂う少女の美しさに心奪われた男は少女をそのまま貯水槽で飼い始める。
自力では出られない少女を、男はある意味支配し観賞するのだ。
食事を与え、泳ぎづらそうなスカートや下着を脱がせてウェットスーツに着替えさせ、いるかのようなしなやかな肢体を見て楽しんでいく。
はじめは出してと喚いていた少女も、やがてその境遇を受け入れたのか、男に与えられる食事で生きるようになり、まるで水棲人間のように水の中での暮らしに順応する。
男は少女の美しさに惹かれ、少女を抱きたいと夢想するが、貯水槽から出せば逃げられる可能性があって抱くことができない。
だが、少女を抱きたいという欲求は募る一方となり・・・
結末は書きません。
ここまで書いてですがごめんなさい。
表題は10年後にこの貯水槽を覗いた新聞記者が聞いたセリフです。
もうね。
何というか男の気持ちがよくわかる。
ウェットスーツに包まれた少女の姿が脳裏に浮かびます。
抱きしめたくなるのもわかるなぁ。
少女自体がウェットスーツ状の皮膚を持つ水で生きる生き物になってしまった・・・
そんな感じで、すごく好きなお話でした。
異形化の一種ですよね。
古本屋とかで見かけられたら立ち読みしてみてください。
素敵なお話ですよ。
それではまた。
PS:今日は前夜祭。
皆様、本当にありがとうございます。
これからもよろしくお願いいたします。
- 2008/07/15(火) 20:29:38|
- 本&マンガなど
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今月末に行なわれるプロ野球オールスター2008の両リーグの陣容が発表になりましたね。
詳しくはスポーツサイトなどをごらんいただければと思いますが、阪神からは監督推薦含めて六人が選出ですね。
投手が下柳、久保田、藤川の三人。
野手が矢野、新井、金本の三人ですね。
北海道日本ハムからは五人。
投手がダルビッシュと武田久の二人。
野手が田中、稲葉、森本の三人です。
いわばお祭りですが、選出された選手の方々にはがんばって欲しいですね。
明日からは年に一度の巨人の北海道シリーズ。
今年は中日とで旭川と札幌で各一戦です。
一勝一敗が一番いいかなぁ。(笑)
今日は短いですが、それではまた。
- 2008/07/14(月) 19:59:36|
- スポーツ
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すーき!すーき!舞方雅人さん、しゅーき!えへへ……
*このエントリは、
ブログペットのココロが書いてます♪
- 2008/07/14(月) 10:33:15|
- ココロの日記
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Enne様の素敵な作品に引き続き、当ブログとリンクしていただいております「
いじはちの熱血最強」様の管理人いじはち様から、投稿作品をお送りいただきました。
いじはち様、ありがとうございました。
「
いじはちの熱血最強」様は、皆様ご存知のとおり2chなどでご活躍なさっておられるいじはち様のブログでして、悪堕ちSSも掲載されていらっしゃいます。
今回いただきましたSSは、正義のヒロイン悪堕ちということで、まさに私にとってもツボな作品でございまして、きっと皆様にも楽しんでいただけるものと思います。
どうぞぜひぜひお目を通していってくださいませ。
よろしければ、拍手感想などいただければと思います。
それではどうぞ。
「九來武絶体絶命」
日本のどこか、洞窟なのか地下なのかも分からない場所。
「ふふふ…とうとう捕まえたぞ…」
裸のまま、サウナカプセルの様な物に入っている十五歳くらいの少女を見つめて喜ぶ男がいた。
喜ぶ男こと、妖怪軍団の首領『アマクサ』は喜びの声を唸りながら放つ。
現代日本、この国は日本限定の危機に見舞われていた。
ある事故によって封印が解け、妖怪軍団が復活してしまったのだ。
封印前からいわゆるワルである妖怪達はアマクサの下、ド派手な悪事を繰り広げていた。
そんなある日、日本を救う影が現れた。 美しき女忍者、『彗忍』のみで構成された7人の部隊、その名は『彗星遊撃団 來武(らいぶ)』
「嬉しそうですね」
高校生くらいの背丈の日本風少女がアマクサの前に現れた。
上半身はへそと胸、太ももと肩がきわどい所で露出している真っ黒なレオタードの上に紫色の忍装束が被せられており、
下半身には網タイツを穿いていて、膝の辺りには歪なデザインのプロテクターが装着されている。
黒い髪は紫色の妖の髪留めで後ろに纏められていて、唇には黒い口紅が敷かれていた。
彼女の名前は闇忍八來武、妖怪軍団ではハチと呼ばれている。
『危険な存在』として來武に封印されていたハチはアマクサによって封印を解かれ、それ以降彼の協力者となった。
しかし、彼女は來武を憎んでいたわけではない、封を解いたアマクサに恩を感じてついていったのだ。
彼女の心はアマクサと共にいた。 彼女は彼を愛している、彼も彼女を必要としている。
そしてこれからも彼女と彼はずっと一緒であろう…
「当然だ コイツこそヤツらにとって重要な戦力だからな」
話は数時間前に遡る。
巨大な巨神『零武神』を操る忍術を持つ光忍九來武こと、『天野 光』は八來武の策略により仲間の彗忍とバラバラにされてしまう。
八來武の忍術『王召』で闇の巨神獣『武零王』を召喚し、九來武を圧倒する。 九來武も忍術『神召』で『零武神』を召喚して『武零神』に対抗するが、結果は目に見えていた。
ハチは九來武を捕らえ、アマクサ率いる妖怪軍団に捧げたのであった。 すなわち、アマクサが捕まえたわけではない。彼は嬉しくてつい、あんな事を言ってしまったのである。
まあ、それは置いといて…
光の忍びは円筒状のカプセルの中でその目を覚醒させる。
光は己の体を見る前にガラス越しの二人の会話を聞いていた。
「ハチ… お前の妹がお目覚めのようだ」
「ふふ、首領も意地悪なお方ですね…私には妹などいないのに…」
(片方はさっきの黒いお姉さん、もう一方は…アマクサ?!)
光は焦燥する。 まさか目覚めた途端に妖怪軍団の首領に出会うとは。
「ふははは 始めましてとでも言おうか? 光忍九來武よ」
「まさかここで憎っくきアマクサに会うなんてね」
光は強がる。 強がる矛先は外見こそは人間ではあるが、彼の周りには今まで戦ってきた妖怪よりも強い妖気が迸る。
それでも負けるわけにはいかない。 零武神を召喚するしかできず、仲間達のように戦う事はできないが、せめて強がっていこう。
光は仲間を信じていた。 だからこそ強がる事ができる。
「まあ、武神を呼ぶ事しかできないのに良く強がってられるわ 分からなくもないけど…」
フフッとハチは微笑む。 しかし、光は敢えてそれを無視した。
「さて、私をここから出して欲しいな! おじさん!」
「おじ…」
説明しておくと、アマクサはおじさんと言われるのが嫌いである。
「でえええ~い! クソっ!このままじゃ埒が明かない! ハチ、奴をつれて来い!」
ハチは激昂するアマクサを見て大量の汗を流す。 妖気が怒りのオーラと共に伝わっていくのが二人でも分かる。
「ははっ!」
ハチは急いで部屋を後にした。
「と…つい怒ってしまった まあ、このままじゃ埒があかん… このままじゃ見てる人たちが…ゴホゥ!!」
わけのわからない言葉を発した途端、アマクサの体の方向が大変な事になったが、それは一瞬の事だった。幸いである。
「この15歳… 今から俺はお前をどうするか…」
「首領! 例の妖怪がいなかったから奴の妖気を改造したウィルスが出来ました これであの子を我がしもべに…」
この部屋に駆けつけてきたハチには悪いが、彼女の言葉はあまりにも迂闊であった。
「じぃ~」 「え…今なんて?…」
「あ、あ~」
「じじぃ~」 「わ、わたし……どうなるの…」
「もしかして…説明してました…」
ハチはこの時代に封を解かれて始めて自分の迂闊さに気づいた。 彼女は慌てて取り繕う。
「オホン…教えてあげるわあなたが入れられているカプセルの内に妖怪の遺伝子が組み込まれたこのウィルスを注入するの、そしてカプセル内の脳心改造装置を稼動させるわ
それによってあなたは妖怪の心と体は妖怪となって、私たちの仲間入りになるという」 「作戦だ!」
アマクサはふて腐れながら答えた。 ハチはそれに苦笑した。(これは後で謝らないと…)
敵方の今の雰囲気は夫婦漫才の類である。 しかし、人間から妖怪に改造される者にとってはたまったものじゃない。
「イヤアアアアアアアアアアアアアア!! いやぁ! 妖怪なんていやだ!」
「と言ってるが? ハチ、お前誰の遺伝子持ってきた?」
「女郎蜘蛛です」
絶叫する光を無視してアマクサとハチは問いと答えを済ませた。
「イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!! 妖怪なんてやだぁ! ましてや女郎蜘蛛なんて嫌ぁ!! てか、どんな妖怪だっけ?」
光は頬に涙を流しながら、というか突然泣き止んで二人に問いかける。
「五月蝿いわね! しかも最後余計よ!」
「女郎蜘蛛って、火忍が糸を焼き払って、お前が零武神で最初に倒した敵だろ! 忘れたのかよ!?」
「そういやそうだった では気を取り直して…イヤア」
「「ええい!黙れ黙れ!!」」 「はい…」
もはやこの空間を支配するのは善悪を超越してしまった絶叫漫才である。
「まあいい…貴様はどの道我が軍門に下る運命 ハチ準備を」
「ははっ!」
ハチはカプセルの酸素供給用チュ-ブにウィルスの入った掌サイズのカプセルを注入した。
「完成しました 後は中に入れるだけです」
「本当にやめてぇ… なんでもしますからぁ」
「じゃあ、何でもするんだな?」
何でもする言葉には少しウソがあったが、アマクサはそれに気づかずほうほうと問いかける。
「は、はひぃ」
「じゃ、改造開始な」
アマクサは「何でもする」と言う言葉を飲み込んで、右指を稼動スイッチに向ける
何でもするといったら何でもやってもいいと言う事になる。 光のミスは明らかに何でもすると言ったことだった。
まあ、言っても言わなくても彼女は改造される運命だが…
「イヤアアアアアアア!」
ポッチリ! アマクサはスイッチを押した。
すると、ウィルス入りの妖気が、光の入っている円筒状のカプセルの中に充満し始めた。
光の忍が蜘蛛の妖怪に変わる宴が始まる。
妖気に含まれているウィルスが光の体内の細胞に感染する。
ウィルスが入っている妖気も彼女の体内に侵入し、彼女の体の中の『何か』を書き換えていく。
光の体はウィルスの感染や妖気の進入によって悲鳴を上げるかのように痛みを走らせる。
「うぅああぁ」
チリチリ…
光は手足や胸や下腹部に微かな痛みと僅かな火照りを感じた。
カプセル内で発光する怪しいライトはウィルスと妖気の活動を活性化させるのに貢献するのである。
「あっ、アアアアッ!!」
光は頭から激しい頭痛を感じ始める。 とうとうウィルスと妖気の侵入が頭にまで及んだのである。
(痛いいたいイタイーッ!!)
彼女の頭痛の原因は彼女の脳がウィルスと妖気に抵抗している証拠である。
だが、それによる痛みは誰でもなく、光自身が受け止められる事になる。
「うああああああああああっ!!」
「あー、抵抗してるけど、ウィルス強くできないの?」
「無理です」
「あーそう…」
アマクサは肩を落とした。 彼は他にも予定があったようだが、これで潰れるとはご愁傷様である。
ウィルスと妖気対光の脳の対決は引き分けで終わった。
その結果、光の思考は破裂して、何も考えられなくなってしまったのだ。
その証拠に光の瞳は蒼から紅に変わっていて、目には光がない。
しかし、ウィルスは他の細胞に回っていき、妖気はそのウィルスを活性化させていった。
カプセル内に灯るライトがウィルスと妖気の進行を促し、光の肉体が変化を始める。
光の肉体の変化が始まる瞬間はは二人の目にも映った。
「あっ、首領 そろそろ変化が始まりましたよ」
「グゴーッ」
訂正、ハチの目にしか映らなかった。
ドシュっ!!
ハチのチョップがアマクサのうなじにヒットしてしまった。
「ドピョーっ!!」
「寝ないで下さい!!」
「いやさ、退屈で…」
ハチはため息をついた。
(まあいいか… 彼女が妖怪になったら、彼女を私の妹にして可愛がってあげよう…)
ハチは何かを想像して、ついついににやついてしまった。
巨神を操る光でも年齢はまだ幼さの残る十五歳、体の方もまだまだ小柄である。
しかし、その体はウィルスと妖気の影響ではない何かの影響で、十五歳から十歳飛んで二十五歳の体形に成長してしまった。
脚はスラリと美しいラインを引くように伸びていき、華奢な腕は妖艶な雰囲気を醸し出しかねないような雰囲気を持って成長する。
お腹はすっきりといやらしい感じになり、胸は本人も気にしていたAカップからGカップにプックリと膨らんでいく。
子供のような可愛らしい顔は美人的な顔へと変化する。
その後景を見て顎を外したのは誰でもない、妹として可愛がろうと思ったハチである。
「あがが…私の夢が…」
「しっかし、何でああなったんだろなー?」
アマクサは成長する光の姿を見て無意識に鼻血を流した。
かくして、ウィルスと妖気のトランス・オーケストラが開かれた。
滑らかな素肌に蜘蛛の毛が生え始め、その毛は脚や腕にも生えていった。
生えてきた剛毛は黒と黄色に分かれて染まり、その色は縞模様にかわっていく。
黒と黄色の縞模様に剛毛が生えた両手の甲、その爪は真っ黒に染まり上げられ、形も鋭く尖る。
両脚と太ももにも黒と黄色の剛毛が縞模様を描くように生え上がり、足の指は黒がかった茶色の剛毛に染められ、
足指は前に三つ、後ろに一つに融合し別れ、その指から人のものではない銀色の爪がニョキリと音を立てて生える。
大きな胸にも乳首を隠すように縞の黒と黄色の剛毛が下着か水着のように生えて、股間にもYの字状に虎柄の毛が生え行く。
腹部はそれに平行して白と黒の剛毛が生えていった。
肌色が見えていた素肌もそれを追うかのように剛毛を生やすが、そっちの色も何故か白と黒色であった。
光の美しき顔には、額からは六つの赤い眼が、口の中の八重歯は伸びて長く鋭き牙となった。
そして、仕上げと言うように両肩と背中の間の肉が暴れ、いきなり黒と白と黄色の縞模様の蜘蛛の脚が生えてきた。
その脚の先端には黒く鋭い爪があるのは言うまでもない。
金色の長髪はツインテール状に分けられ、銀色に変色した。 分かれているところには蜘蛛状の髪留めが止められ、
腹部のある所に謎の光の粒子が現れた、そして何かを構成するように粒子は集まり、『妖光』と描かれた蜘蛛形のバックルが完成した。
それがオーケストラの終幕となった。 ライトの点滅と妖気、そしてウィルスの活動も停止した。
光の体を作り変えたカプセルから改造終了を告げるブザーが鳴り響き、そしてカプセルが生まれ変わった彼女を解放するように開いた。
「ほほぉ…」
アマクサは関心するような目でカプセルからでた女性を見た。
銀色のツインテール、真っ赤な瞳、鋭い牙、白黒の毛で覆われた体、その上にボンデージのように生えている黒と黄色の剛毛、
前に三つ後ろに一つにある銀の人外の足爪、背中にある四つの蜘蛛の脚、そして妖に堕ちた証、銀色のバックル。
その異形の姿を急成長した二十五歳の体系が妖しく示す。 女郎蜘蛛の誕生であった。
「トホホ…」
その姿を見て、ハチはちょっぴり落胆の涙を流していた。
「オイオイ、何故泣く?」
アマクサは頭に?マークを浮かべてハチに問いかける。
「だってぇ…妹にして可愛がろうと思ってたのに…」
「ご愁傷様 まあ、それは置いといて…」
アマクサはしげしげと見つめると突然口を開いた。
「げ、コイツ目が死んでないか?」
「え?」
口を開いたアマクサは小さな焦燥に駆られた。
「オイ! アイツ立ち上がって目を開けたのはいいが、意識が無いんじゃないのかって思うくらいに何も言わないぞ!!」
「そんな事言われても困ります とにかく何か命令すれば動くのでは?」
「あ、ソーダ! ん~と…」
ハチの意見を聞いたアマクサはどんな命令を与えようか悩む、その結果
「我がしもべ女郎蜘蛛よ、我の元に甥屋のシュークリームを買って来い!!」
ポカ~ン
ハチは、アマクサが女郎蜘蛛と化した光に与えた命にただ放心するしかなかった。
しかし、そうしている間に光は颯爽とこの部屋から消えた。 アマクサに与えられた命を果たすために…。
そしてこの部屋には二人だけが残った。
ドゲシゲシゲシゲッシカシゲシゲッドッガドウガ!!
その音はハチがアマクサをゲシゲシと踏みまくる音であった。
「イタイイタイ!! 何をするだァー!!」
「ええいだまれだまれです!! これで來武共を叩き潰せるのに最初の命令が「シュークリームを買って来い」とかアホかーッ!!」
げしゅげしぃげっしげしん!!
「アレはわざとだ! それなりに自分の意思があるかとか、きっちりこの手の命令にツッコ…」
どかばキグシャシャドカビャクアドガバキフォーッム!!
オーイ、忠誠心はどーした?ハチ、もとい闇忍八來武…
甥屋のシュークリームを購入する その命令を果たすため、光忍九來武こと『天野光』もとい、女郎蜘蛛『妖光』は月の満ちる真夜中にその躯体を疾らせる。
足は地面を蹴るように走り跳び、腕は空を切り、銀色のツインテールは風になびき、蜘蛛の脚はうねうねとゆっくり動く。
体を動かす度に全身に駆け巡る快感に、妖光の思考は次第に覚醒していく。
ふしゅふふふ……この体、本当に美しい… ホント自分の体に酔いしれそう…
オトナの体に蜘蛛の姿、こんな体で外を飛びまわれるなんて最高だわ…
この感覚を覚えたら、あんなデカブツを操るために古ぼけた神社にこもる生活戻るなんて真っ平ごめんよ…
それにしてもあのアマクサ首領ってなかなかのイケメンだったなぁ…
今の私よりもちょっと若そうだけどカッコイイし、妖気なんて今までの妖怪よりも素晴らしいし… ホントに惚れちゃいそうね…
そうだ、折角だから他の來武も妖怪にしちゃおうかしら… ふしゅふふ…、でもその前にシュークリーム屋がある町を占領したほうがいいわね…
私のココロとカラダはアマクサ様のモノね…シュフフフ…
妖光は敵であった自分を美しき女郎蜘蛛に変えてくれたアマクサに心の中で感謝する、
その瞬間、尾てい骨の辺りからムクムクと大きなものが生えてきた、それは蜘蛛の尾だ。
満月に移る真っ赤な瞳は鋭い切れ長の瞳孔を宿し、体すらも照らす。
舌や股間の女性器、指先や蜘蛛の脚の先から発する蜘蛛の糸を使って、女郎蜘蛛妖光は夜天を駆けた。
その姿は人外ながらも美しい。
いかがでしたでしょうか?
あらためましていじはち様、ありがとうございました。
それではまた。
- 2008/07/13(日) 20:28:04|
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昨日「ある少女の面接」の「もう一つのおしまい」を投下させていただきましたところ、こちらも好評で迎えていただくことができ、書き手として本当にうれしく思います。
皆様、ありがとうございました。
そして今日、「もう一つのおしまい」の元アイディアをいただきましたEnne様より、私が書くとこうなるよというバージョンを当ブログに投稿していただくことができました。
そこで、三日連続とはなってしまいますが、ここにEnne様バージョン、「さらにもう一つの・・・」を掲載させていただきます。
読み比べていただくとお分かりになると思いますが、Enne様のバージョンは、まさに仲のよい女性が楽しく悪事をたくらんでいるという感じで、読んでて非常にほほえましいものを感じます。
きっと私との作風の違いを存分にお楽しみいただけるものと思います。
どうぞぜひこの素敵な世界を味わってくださいませ。
よろしければ拍手感想なりいただければと思います。
Enne様、作品投稿ありがとうございました。
「さらにもう一つの・・・」
でも、額から伸びる触角がふるふると震えると、すぐに私は外部のことが手に取るように察知できた。
「すっごぉい。まるで本物の女怪人になったみたいです。これならショーでだって、ううん、道端でだって子供たちを怖がらせてやれますね」
「うふふふ、そうよぉ、まずはお子様を恐怖のずんどこ、こほん、どん底にご招待するのが悪の王道
違うかしらぁ?」
にこやかに微笑む闇川さん。
それになんだか可愛らしい言い方だわ、「ずんどこ」だなんて。
案外ノリのいい人なのかも、ううんきっとそうだわ、ほらよく言うじゃない?
『お宅はお宅を知るもののために死す』とか何とか、だからわたしのシュミがぴーんてきちゃったんだよね。
うんうん、それなら、即採用ってのも納得できちゃうよ。
「そ、そうです、そうですよね、『王道』『お約束』すっごく燃えます」
「あははっ、じゃ、弘美さん、弘美さんの名前も決めて上げましょうね」
「え、名前ですか?」
「何言ってるのよ、怪人には怪人らしい名前が必要でしょっ?」
「あ、ホントです、はいっお願いします、闇川さん」
「こらこら、その姿で闇川さんって言うかな、台無しじゃない」
「あ!も、申し訳ありません、あ、あの何とお呼びすれば?」
すると闇川さんはすっくと立ち上がると肩にかかるショートマントをさっと翻してこういったものだ
「わたしは、ここ、青空市を支配する(えっと予定のね)シャドウ・ブラック青空支部長
ヘル・ザーラ、よく覚えておきなさい!」
「きゃぁ、かっこいい、いい、いい、いいですヘル・ザーラ様」
「ふふっありがと」
「で、でも予定とか言うときにてへっとか舌出さないで下さい、だいいち予定なんですかぁ」
「あはは、だってさ、仕方ないじゃない、何しろ人材不足もいいとこなのよ、でも貴女、そう
貴女は今日から我がシャドウ・ブラックの怪人 ム・カデーラ
ム・カデーラそなたが入社してくれたのだからこれで作戦も展開できるというものよ」
「ム・カデーラ・・・」
そう呼ばれたとたんに、なんかびびーんってきた、来た来ちゃったよ
きっとわたしちょっと放心しちゃってたんじゃないかって思うわ
気が付くと目の前に闇川さ・・・あ、いえヘル・ザーラ様のお顔が・・・
「どうかして?ム・カデーラ?お顔がマスクの下でほんのり紅くなっちゃってるけど?」
「ひゃぁ、な、なんでも、あ、ありませんっ」
「うふっふ、うそ、うそ、嘘つき、ム・カデーラの嘘つき」
ヘル・ザーラ様はそう仰るとわたしの頭を優しく、こつんってされた
「あぅ」
「うふふっ言ってあげましょうか?来ちゃったんでしょ?夢が叶ってどきどきしちゃったんじゃなくって?」
「ひゃ、ヒャーィ」
思わずさっきの戦闘員おねぇさんがしたような声がでちゃった
「うふふん、正直になったわね、正直な子は大好きよ、じゃ正直になったご褒美に、もひとつ夢をかなえてあげましょう」
「夢、ですか?」
「そうよ、きっと貴女が抱えてる夢、ずっとずっとあきらめてたゆ・め」
「ヒャィーッ!」
今度はすんなりお返事が出来ちゃった
ヘル・ザーラ様は満足げに頷くと、こう仰ったの
「怪人 ム・カデーラ、シャドウ・ブラックへの忠誠の証として我が前に跪くがよい!」
もう、そのあとのことなんて、ほとんど夢の中の出来事みたい
ヘル・ザーラ様の御前に跪いたのも
そのあと戦闘員のおねぃさんたちに囲まれて特別な『お祝い』してもらっちゃったのも
いや、忘れてなんかいないよっ、ぜぇったい忘れることなんてないけど
なんだかほんっと嬉しすぎるとさ、現実感がぶっ飛んじゃうんだよねぇ
それからというものは
こんな感じで毎日が進んじゃったの
「じゃ、じゃ、幼稚園バスジャックとかどうでしょう?」
「あ、いいわねぇ~、さすが優秀な人材ね」
「えへへ~。あ、ごめんなさい、でしゃばって申しわけありません、ヒャィィー!」
「あはは、ノリノりねぇ、良いわよ~、その調子で、がんがんアイデア、いや、作戦具申してもいいのだぞっ?」
「あはっ、闇川さんまで、司令官みたいです」
「こほん、なにをいぅ、これでもシャドウブラック、青空市司令官ヘル・ザーラなのだ」
ヘル・ザーラ様はそういいながら、片眼を瞑ってウインクして見せる
そりゃさ、邪魔っけな警官とか
なんだかダサダサな原色スーツ着たうざい連中とか色々邪魔してくるんだけど
ほら、バイトって何でも大変じゃない?
先輩のおねぇさんたちを前線に送り出して原色スーツの連中が撃ってくるでっかいバズーカの弾を
防がせたりとか命令するのはちょっとばかり気が引けるんだけど
「なに言ってるの、ム・カデーラちゃんは怪人さん、怪人さんの作戦遂行の盾になるのが私達なのよ?」
「そうそう、どんどん命令してくれればいいいの」
「そうよー、戦闘員は使い捨てってのが華よねぇ」
「ム・カデーラちゃんだってヘル・ザーラ様の命令なら同じことするでしょ?おあいこよ、ね?」
わたしがわたしの命令で散っていったおねぇさんのことで一人泣いていると
先輩なのに、おねぇさん達がそういって慰めてくれたりするしね
でも、仮にも怪人なのにいまだにおねぇさん達ってばそういうときにはわたしの頭をみんなで撫でてきたりするんだよねぇ
戦闘員に可愛がられる怪人ってのもどうかなって思っちゃうよ
だけど、こんな人間関係のいいバイト先って少ないんじゃないかなって思うんだ
時給は・・・時給はちょっとばっか安いのがちょっとアレなんだけどね、あはっ
そんなわけで
わたしのバイトは現在も継続中
ね、どう?
君も一緒にバイトしない?
最近青空支部も成績が良いんで、もう2、3人バイトが欲しいんだ
ね?君なんか蜂ヲンナ型怪人ラ・ビィーにぴったりって思うんだけど?
それとも、蜘蛛ヲンナ型怪人タ・ランテのほうがいい??
END
- 2008/07/12(土) 19:33:15|
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昨日掲載しました拙作「ある少女の面接」を楽しんでいただきましてありがとうございました。
おかげさまで好評を得ることができ、私もうれしく思います。
そんな中、コメントを寄せてくださいました神代☆焔様、それといつもお世話になっているEnne様から、洗脳っぽく思考が変わってしまうのではなく、できるだけ元の性格を残したまま女怪人になったらいいのにという趣旨のお話をいただきました。
Enne様からは、文章としてのアイディアもいただきまして、私自身それも素敵だなぁと思いましたので、蛇足ながらもう一つの結末を書いてみた次第です。
コメントをいただきました神代☆焔様、文章アイディアをいただきましたEnne様、どうもありがとうございました。
お二人のご希望に添えることができたかどうか心もとないものではありますが、楽しんでいただければと思います。
「ある少女の面接:別END」
でも、額から伸びる触角がふるふると震えると、すぐに私は外部のことが手に取るように察知できた。
「わぁ、すごいよぉ。まるで本当に悪の女怪人になったみたいです。これならヒーローショーでたっぷりと子供たちを怖がらせてやれますね」
私は自分の躰と一体化した衣装にすごく満足していた。
自分が自分でなくなったみたい。
まさに私は悪の女怪人になれたんだわぁ。
「うふふふふ・・・新たなるシャドウブラックの怪人ムカデーラの誕生ね」
衣装が気に入ってくるくると回りながら自分の躰を見下ろしていた私を、闇川さんが見上げている。
シャドウブラックの怪人ムカデーラ・・・
これが私の新しい名前。
うれしいよぉ。
あこがれていた悪の女怪人なんだわぁ。
もう最高。
何でもできちゃうよ。
「はい、闇川所長。私はシャドウブラックのムカデーラです。よろしくお願いします」
私はシャドウブラックの一員であるベルトを締め、上司である闇川さんにひざまずく。
うう・・・
なんて気持ちいいの。
これよこれ。
悪の女怪人が組織の幹部にひざまずく。
これこそ悪の組織の醍醐味だわ。
「うふふ・・・顔を上げなさい、ムカデーラ」
闇川さんの言葉に私は顔を上げる。
バイザーで覆われた私の目は何も見てないはずなのに、触角からの情報で私は室内の様子が手に取るように脳裏に浮かぶ。
「もう感じていると思うけど、その衣装はあなたの躰を強化し改造してしまったわ。あなたは“まるで”ではなく本当の女怪人に生まれ変わったの」
ああ・・・やっぱりそうなんだぁ・・・
すごくよくわかります。
私は本当に改造してもらえたんですね。
うれしい。
私はもう喜びで胸がいっぱいになる。
悪の女怪人になれたなんて夢のよう。
生きてきてよかったぁ。
「私は悪の女怪人になれたんですね。ありがとうございます」
「そうよ。これからはヒーローショーを隠れ蓑にして悪事を働いてもらうわ。がんばってね」
「はい。それじゃ早速幼稚園バスジャックとかどうでしょう? 私の躰に付いた歩肢を震わせれば催眠音波を出すことができます。誘拐した幼稚園児を使って悪事を働けば日本は大混乱に・・・」
そこまで言って私は思わず口をつぐむ。
いっけない。
私ってば今日採用されたばかりなのに、こんなこと言っちゃって・・・
生意気なやつって思われちゃったかも・・・
私は恐る恐る闇川さんの顔を見る。
意外なことに闇川さんはちっともいやな顔をしていない。
それどころかすごくうれしそうに私を見てくれていた。
「いいわねぇ。やる気充分じゃない。さすがはシャドウブラックが見込んだ優秀な人材だわ」
ええっ?
優秀な人材って私のこと?
うわぁ・・・うれしいよぉ。
組織に認めていただけるなんて最高だよぉ。
改造してもらえて本当に幸せだよぉ・・・
「す、すみません。勝手に先走ったことを言ってしまって。お赦しください」
私は改めてきちんと謝罪する。
幹部に対して出すぎたマネをしちゃったんだから当然のこと。
「いいのよ。気にすることは無いわムカデーラ。それよりも私はうれしいわ。あなたがノリノリで悪の女怪人として組織のために尽くしてくれるのがね。その調子でがんがんアイディア、いいえ、作戦を具申してちょうだい。あなたは怪人だから組織の中核に位置することになるんだからね」
いつの間にか取り出したムチで手のひらを軽く叩いている闇川さん。
脚を組んで優雅に構える姿はまさに悪の女幹部。
「ありがとうございます。闇川所長もすごく素敵な悪の女幹部です」
「くすっ。この姿のときはシャドウブラックの指揮官ヘルザーラ様と呼んでちょうだい。このビル自体がシャドウブラックの拠点なのよ」
口元に手の甲を当てていたずらっぽく笑う闇川さん。
いいえ、ヘルザーラ様よね。
「わかりましたヘルザーラ様。このムカデーラ、精いっぱいがんばりますので、よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね。あ、学校はもう行く必要はないわ。あんなところで学ぶことは何もないわよ。それと、家族はちゃんと始末してくること。いいわね」
「はい、ヘルザーラ様」
私はシャドウブラックの敬礼をしてヘルザーラ様のご命令に従った。
こうして私の夏休みのバイトが始まったの。
もちろん、夏休みが終わった今もバイトは続けてる。
悪の女怪人をやめるつもりはないし、やめるなんて考えたくもない。
仕事は楽しいし、おかげさまで業務成績も上位なの。
ただ、最近支部の業績がアップしたせいで人手が足りないの。
もう二三人バイトが欲しいのよね。
というわけで黒井企画ではアルバイト募集中です。
あなたなんかどうかしら。
蜂の女怪人ワスピアや蜘蛛の女怪人スパイダーナの衣装あたりがきっと似合うと思うけど・・・
END
(上記文章のほとんどはEnne様のアイディアによるものです。あらためましてEnne様、ありがとうございました)
- 2008/07/11(金) 20:03:13|
- 異形・魔物化系SS
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