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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

未来少年コナンに落とされたやつではありません

昨年も記事にしましたが、今日は第二次世界大戦においてドイツ軍がソ連に侵攻を開始した「バルバロッサ作戦」の開始日です。

1941年6月22日。
ヒトラー総統の指示の下、約二百万のドイツ軍がソ連に侵攻を開始しました。
当時のドイツはようやく主力の戦車が三号戦車になったところで、それまでは一号二号や35(t)38(t)が主力であり、各装甲師団の主力が三号戦車になったことで、ソ連軍のどんな戦車も撃退できると自信を持って侵攻したのでした。

しかし、ドイツ軍はソ連軍にT-34やKV-1という強力な戦車があることを知りませんでした。
そして、このKV-1の兄弟分として製造されたのが、KV-2でした。

1939年、ソ連は北欧の国フィンランドに侵攻。
そのときに小国と侮っていたフィンランドに、ソ連はずいぶんと痛い目にあいました。
特にフィンランドの強力な防御陣地に苦戦したことから、大口径の大砲を搭載した装甲の厚い戦車が望まれたのです。

そこでソ連軍は、完成したばかりの重戦車KV-1の車体を用い、152ミリの大口径榴弾砲を搭載した戦車の開発に取り掛かります。
152ミリの大口径榴弾砲を箱型の巨大砲塔に収め、KV-1の車体の載せた試作車は1940年1月に完成。
すぐに2両の試作車がフィンランドに送られて戦闘に参加します。

フィンランドでの戦闘で二両の試作車は、その搭載した152ミリ榴弾砲の破壊力を遺憾なく発揮し、さらにその重装甲はフィンランドの37ミリ対戦車砲の直撃を48発も食らいながら、1発も貫通しなかったほどでした。

試作車の優秀さに喜んだソ連軍は、この車両をKV-2として正式に量産を開始。
1940年だけで百両ほどのKV-2が生産されました。

ドイツ軍がソ連に侵攻したとき、KV-2も前線に姿を見せました。
まったく情報を得ていなかったドイツ軍は、その巨大な砲塔の重戦車に衝撃を受けます。
その大口径榴弾砲は対戦車戦闘にも威力を発揮し、その装甲は三号戦車の50ミリ砲では歯が立たないほどの厚さでした。
ドイツ軍はこのKV-2を、畏怖をこめて「ギガント(怪物)」と呼んだのです。(KV-1も同様にギガントと呼ばれました)

ですが、この怪物はあまりにも重過ぎました。
装甲の厚さと巨大な砲塔はエンジンに負担をかけ、運動性はほとんど無いに等しかったのです。

そのためドイツ軍は三号戦車の運動性で側面や背後に回って攻撃したり、湿地などの軟弱な地盤の場所に追い込んで動けなくさせたり、88ミリ高射砲の破壊力で撃破したりして、何とか対抗したのです。

何両ものKV-2がそうして破壊され、運動性の低さが仇となってしまいました。
しかし、それでもソ連軍は重戦車の威力に魅力を感じたのか、のちに運動性を兼ね備えた重戦車IS-1、IS-2へと発展していくのです。

それにしても重装甲の戦車ですよねー。
それではまた。
  1. 2008/06/22(日) 20:16:19|
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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