今月最後の更新は「帝都奇譚」です。
少しだけで申し訳ありませんが、楽しんでいただけると幸いです。
22、
『摩耶子さん・・・摩耶子さん・・・』
どこか遠くで名前を呼ばれている。
聞き覚えのある声。
どなただったかしら・・・
うっすらとそんなことを考える。
やがて徐々に意識がはっきりしてくる。
霞のかかったような頭が次第にはっきりしてきたのだ。
「う・・・」
ゆっくりと目を開ける摩耶子。
「あ・・・摩耶子さん。よかったぁ」
「気が付かれましたのね」
目を開けた摩耶子を覗き込んでいる二人の少女。
いずれもが心配そうな表情をしていた。
「桜さん、姉川さん・・・」
摩耶子はゆっくりと上半身を起こした。
「あ、まだ動かないほうがいいわよ」
脇のほうから声をかけられる。
気が付くと、室内にはもう一人白衣を着た女性が机に向かっている。
養護教諭の津積時子(つつみ ときこ)だ。
するとここは保健室なんだわ。
摩耶子はいまさらながらに自分のいる場所に思い至る。
玄関先で気が遠くなったのち、ここに運び込まれたものだろう。
「お騒がせをしてしまいました」
白い掛け布団をよけ、ぺこりと摩耶子は頭を下げる。
「貧血を起こしたようね。少し休んでいきなさい」
養護教諭の津積が微笑む。
さすが白鳳女学院の誇る白衣の天使。
もっとも、口さがない連中に言わせると白衣の堕天使ということになるらしい。
「驚いたわ。突然倒れるんですもの」
「真木野さんのことがショックでしたのね。ごめんなさい」
桜も久も摩耶子が気が付いたことでホッとしていた。
朝から休み時間のたびに保健室に顔を出していたのだ。
摩耶子は二人の友人に心配をかけたことを謝ると同時に温かいものを感じていた。
授業開始のベルが鳴る。
「いけない、行かなくちゃ」
「鷹司さんはこのまま午前中の授業はお休みしたほうがいいわ」
「でも・・・」
桜と久が摩耶子を押しとどめて教室に向かおうとする。
それを了承するかのように養護教諭の津積もうなずいた。
「無理しないほうがいいわ。あと一時間寝ていなさい。そしてお昼ご飯をしっかり食べて午後の授業に出ること。いいわね」
「わかりました」
摩耶子はその言葉にうなずき、桜と久を送り出す。
静けさの戻った保健室で、摩耶子はもう一度横になった。
そそり立つ肉棒。
先ほどまでおのれの肉体を貫いていた肉棒がとてもいとおしい。
「ぺちゃ・・・ぴちゃ・・・」
唾液をまぶすように舌を絡め、あごがはずれそうなほど太い肉棒を頬張りこむ。
「ふっ・・・うまいか?」
筋肉質の肉体を誇らしげに晒している体格のよい男。
「ああ・・・はい・・・」
肉棒をしゃぶるのをやめ、うっとりとした表情を男に向ける。
至福のひと時を過ごしているかのようなその表情。
少し前までは、こうして男の肉棒をしゃぶるなど考えもしなかったに違いない。
だが、今ではこの男に従いこの男のものとして過ごすことこそが彼女の存在意義のすべてだった。
「うふふふふ・・・よかったわね。これであなたもヴォルコフ様のしもべ」
ヴォルコフの隣で妖艶に微笑む女がいる。
蠱惑的な洋装に身を包み、魅力的なすらっとした脚をスカートのスリットから覗かせてワイングラスを持っている。
かつてのマネキンガールだった彼女は、紅葉という名を授かってヴォルコフのそばに仕えているのだ。
「ふふふ・・・女、名はなんと言ったかな?」
「あ・・・」
肉棒をしゃぶっていた女は一瞬考え込む。
名前・・・
自分の名前はなんと言っただろう・・・
「あ・・・あ・か・り・・・」
ようやくの思いで一つ一つ区切るように自分の名を告げる。
もっとも、こんな名前には意味がない。
目の前の男が自分を何と呼んでくれるのか。
それだけが重要なのだ。
「あかり? 灯火のことか? ふふふ・・・日本人というのは面白い名をつける」
紅葉が手渡したワイングラスを一気にあおるヴォルコフ。
そんなヴォルコフを灯は欲望に濡れた目で見上げていた。
「躰の方は大丈夫なのですか、鷹司さん?」
心配そうに摩耶子の顔色をうかがう姉川久。
授業も終わった今、早々に家に帰って安静にしたほうがいいのではないだろうか。
そう思うのだが、摩耶子は真木野小夜のお通夜に行くというのだ。
「大丈夫です。小夜さんに最後のお別れをしたいのですわ」
摩耶子はきっぱりと言う。
あの小夜のイメージ、夜に会ったイメージがどうしても気になったのだ。
お通夜に行ったからといって何がわかるわけではないかもしれない。
でも、もし小夜と最後に会ったのが学校ではなく夕べだったのだとしたら・・・
だとしたら、それは何を意味するのだろうか。
摩耶子は何か得体の知れないものを感じるのだった。
- 2008/02/29(金) 20:44:22|
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