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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ノモンハン17

日本軍の夜襲は、確かに効果を上げつつありました。
歩兵の数で劣るソ蒙軍は、日本軍の勇猛な歩兵夜襲の前にたじたじとなる場面も多かったのです。

しかし、西岸のソ連軍火砲が連日日本軍を痛撃してきます。
日本軍としてはただ撃たれっぱなしで、対処のしようがありませんでした。

関東軍司令部も、ようやくそのことに目を向け始めました。
重砲支援の下で戦うソ蒙軍に対し、日本軍は重砲がまったく無い状態で戦っているのです。
これでは攻勢が上手く行くはずが無いのは当たり前でした。

そこで関東軍司令部以下は、このノモンハンの戦場に重砲部隊を展開することを決めます。
我が重砲でもって、ハルハ河西岸のソ連軍重砲陣地を徹底的に砲撃し、もって歩兵の進撃を容易にしようというのです。
7月6日にはすでに関東軍砲兵司令官内山栄太郎少将が戦場に着任。
砲兵団長として満州各地よりかき集められることになる重砲の指揮をとることになります。

そして、現地で指揮を取っている第23師団長小松原中将は我が目を疑う命令を受け取ります。
「夜襲を中止し、占領地から撤収して夜襲開始前の陣地に後退すること」

小松原中将は憤慨します。
歩兵がせっかく命を賭して奪った敵陣地を明け渡せなどという命令に従えるはずがありません。
部下の小林兵団長も前線の各部隊長もそんな命令は聞きたくないに違いないのです。

小松原中将は重砲支援には感謝するが、砲兵は着陣次第歩兵援護に当たってもらい、夜襲攻撃は続けるべきとの意見を出しました。
しかし、関東軍司令部と内山少将はこれに反対します。

「せっかく重砲隊が布陣しても、歩兵の攻撃に恐れをなしたソ連軍砲兵が後退して新たな陣地に布陣してしまっては砲弾が届かなくなる。ここは一つ敵重砲を叩き潰すまでは歩兵の攻撃は控えられたい」
これが関東軍司令部と内山少将の結論でした。
関東軍司令部の命令とあれば従わないわけには行きません。
小松原中将は涙を飲んで各部隊に後退命令を出しました。

歩兵部隊の中でも山県大佐の第64連隊は、あと少しでハルハ河とホルステン河の分岐点、通称川又にかかるソ蒙軍の橋に手が届く位置にまで進出していたところでした。
武器弾薬も乏しくなってきて、戦死傷者も多く出してはいましたが、ソ連軍の戦車を数十両、ソ蒙軍の兵士も数多く倒し、兵士たちの士気はまさに最高潮といったところでした。
山県大佐にしてみれば、ここで砲兵支援を受けて突撃すれば、川又を抑えることができ、ソ蒙軍の退路を断つことができると思えるものだったのです。
そのような状況でしたから、後退命令はまさに冷水を浴びせかけるものでした。

山県大佐も上司の小林兵団長も関東軍司令部の命令に憤慨し、泣く泣く部隊を後退させます。
後知恵ではありますが、この後退は高くつきました。

7月14日。
日本軍各部隊は夜襲前の陣地線に後退。
戦場に一瞬の静寂が訪れます。

関東軍司令部は各地から重砲をかき集めまわります。
日本本土からも重砲が送られ、野戦重砲兵第1連隊の15センチ榴弾砲16門、独立野戦重砲兵第7連隊の10センチ加濃砲(加濃砲とはCANNON:カノン・キャノンに対する当て字で直射を主とする大砲のこと。対戦車砲もCANNONの一種)16門がノモンハンの戦場に到着します。
これに関東軍独自の穆稜(ムーリン)重砲兵連隊の15センチ加濃砲6門と、野砲兵第13連隊と独立野砲兵第1連隊が加わり、合計重砲38門軽砲44門が集結しました。
弾薬は2万8千発を用意して、まさに圧倒的火力でソ連軍重砲を撃滅しようとしたのです。

砲兵団の布陣は7月22日までかかりました。
そして、翌23日、満を持した関東軍の一大砲撃が始まったのです。

関東軍は自信満々でした。
2万8千発もの砲弾を用意し、各砲の基準数の五倍の砲弾を割り当てていたのです。
ソ連軍の重砲陣地は粉々になるはずでした。

しかし、近代戦においては2万8千発の砲弾など微々たる物でした。
日露戦争当時を基準に考えられていた各砲の基準砲弾数など、近代戦には無意味だったのです。

7月23日、24日の両日。
日本軍砲兵団は準備した2万8千発の大部分を消費しておりました。
しかし、ソ連軍の砲兵火力は一向に衰える気配を見せませんでした。

理由は単純でした。
日本軍の火砲の半数以上が、ソ連軍火砲陣地まで射程が足りなく届かなかったのです。
届く重砲は半数以下の38門。
それらは確かに必死でソ連軍火砲陣地“と思われる地域”に砲弾を送り込みました。

ですが、ソ連軍の火砲陣地はハルハ河西岸の台地上にありました。
いくら東岸の高い位置に観測所を設けても、日本軍砲兵は敵火砲陣地を視認することはできなかったのです。
視認できないものに砲弾を当てるのはまぐれ当たりを期待するしかできません。
確かにいくらかのまぐれ当たりはあったでしょうが、全体の砲火力を減殺するには無理がありすぎました。

関東軍は観測気球も使ってみますが、上空の制空権がこの頃からソ連軍側に傾き始めておりました。
関東軍の航空部隊も連日出撃してはおりましたが、パイロットの補充も交代要員もいない状況では、疲労が蓄積してやがて落とされてしまいます。
ソ連軍は初期の頃からいたパイロットを教官として、新たに送ったパイロットを訓練し前線に投入します。
ソ連と日本の後方支援能力の差がここでも顕著に現れ始めていたのでした。

そのため観測気球は満足な観測ができずに使用不能に追い込まれます。
砲兵団によるソ連軍砲兵力の撃滅は絵空事に終わりました。

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それではまた。
  1. 2007/09/24(月) 20:42:32|
  2. ノモンハン事件
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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