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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

第五次辺境戦争

今日はこれから友人宅に赴いてのTRPG。
そのため少し早い更新です。

だからというわけでは無いのですが、いつもなら遊びに来てくださる先輩も今日は都合が悪いとのことでお休み。
対戦ゲームはできません。

そこで久し振りにソロプレイをチョコチョコとやることに。

とは言え、何をやろうかなと考えているうちに時間は過ぎ去ります。

結局、久々に宇宙が見たくなったこともあって、「第五次辺境戦争」(GDW/HJ)を開くことに。

舞方は大学時代結構TRPG漬けの生活だったといって過言じゃありません。
一年間のマスター回数は50回越えていました。(笑)
中でも「TRAVELLER(トラベラー)」(GDW/HJ)のマスターが主であり、付随する形で他のTRPGマスターもやったものです。

ですからトラベラーの世界観は非常に思い入れがあり、基本となるスピンワードマーチ宙域はかなり遊んだものです。
(もっとも、星の数が多いので、遊び尽くせるものではないですがww)

その見慣れた地図(宙域図)を使ってウォーゲームができる。
しかもその結果(戦争の進行状況)がTRPGに反映できるとなれば、もうたまらないですよね。

ただし、舞方の周囲にいる方はTRPGプレイヤーはウォーゲーマーではなく、ウォーゲーマーはTRPGプレイヤーではなかったので、このゲームはやる機会がなかったです。

それは今に至るも同じことで、このゲームは今だ対人プレイをしたことありません。
いつもの先輩はプロットゲーム嫌いな人だしね。

まあ、そんなこんなでいつ対人プレイができるかわかりませんが、とりあえず序盤のゾダーン側の侵攻作戦の練習でもしようかなと思い、ユニットを並べます。

このゲームは初期のランダムユニットの引きがかなり序盤を左右するので、なかなか一筋縄ではいきません。
今回はゾダーン側にはあまりいい人材が集まりませんでしたが、帝国側はそれ以上にカスばかり。
二人しかいない4-1を二人とも引くような状況で、帝国はかなりつらくなりました。

結局、最初の数ターンをやっただけで飽きちゃいましたが(笑)、いつか対人プレイしたいなぁ。
「インペリウム」(GDW/HJ)も面白いけど、「第五次辺境戦争」も面白いと思うんだけどなぁ。

ということで行ってきます。
それではー。
  1. 2007/06/30(土) 19:56:32|
  2. ウォーゲーム
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仮面ライダー本郷猛は・・・

「われらの仮面ライダーを狙う、ショッカー本部が送った次なる使者は・・・」

次回予告のこのフレーズ、大好きでした。
次はどんな怪人が出るんだろうと、わくわくしながらこの次回予告を見たものです。

オープニングの有名なセリフ、「仮面ライダー本郷猛(一文字隼人)は改造人間である。彼を改造したショッカーは、世界征服をたくらむ悪の秘密結社である。仮面ライダーは人間の自由のためにショッカーと戦うのだ!」も好きですけど、私は中江さんというと、この次回予告の方が印象に残っています。

まあ、次回予告だけを集めたビデオを持っているので、そう思う部分も大きいですけどね。

この仮面ライダーのナレーションのほか、トリビアの泉のナレーションや、任天堂DSソフトのCMなど、多方面で活躍なされていた中江真司さんでしたが、昨6月28日、肝細胞ガンのために亡くなられました。

いいお声の持ち主で、好きな声優さんでした。
まだ72歳。
もったいない早すぎる死だと思います。
ご冥福をお祈りいたします。
  1. 2007/06/29(金) 20:25:53|
  2. 映画&TVなど
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免許更新

今日は札幌運転免許試験場へ行って、運転免許証の更新をしてきました。

土曜日はやっていないし、日曜は行けないしで、今日行って来たんですけど、五年ぶりの更新はもうまったく違いましたねー。

私はここ五年間に一回だけ速度超過していたので、優良ドライバーから滑り落ちることになっちゃったんですが、今は一回だけの(軽微な)違反であれば、一般更新ということで1時間の講習なんですね。

以前の感覚で2時間講習を覚悟していただけにビックリでした。

道路交通法も結構変わっているので注意が必要ですねー。
飲酒運転はもとよりご法度ですが、罰則もずいぶん強化されましたね。

今までの免許証を提出して、変更箇所を記入して(住所が変わっているので)、収入印紙を貼って視力検査。
免許証台紙の写真撮影が終われば講習。

結局午前中で全部終わっちゃいました。

次回更新はまた五年後。
そのときはまたきっと戸惑うんだろうなぁ。

それではまた。
  1. 2007/06/28(木) 20:58:34|
  2. 日常
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交流戦優勝ですよー。

今年のセ・パ交流戦も終了しましたね。

なんと今年は北海道日本ハムファイターズが18勝5敗1引き分けで優勝ですよー。
ビックリだ!

交流戦前から続いた14連勝など、今年序盤の低迷がうそのよう。
新庄と小笠原、それに岡島の抜けた穴が埋まってきたということでしょうか?
それと、今年から交流戦は各対戦が3連戦から2連戦になったことも大きいですよね。
投手陣のやりくりが楽になりましたもんね。

驚くべきはグリン投手。
交流戦では5勝、防御率1.01と大活躍。
交流戦のMVPも決まりました。
奥さんの妊娠もおめでたいですねー。

気がつくとロッテと首位争いです。
頑張れ日本ハム。

対照的にどうも不甲斐無いのがわれらが阪神。
日本ハムのダルビッシュ投手からも、打線としては巨人より上だと思うが、覇気がないって言われちゃいましたねぇ。

各人の思いがばらばらで、意気込みが空回りのような気がします。
今岡も3割打っているのに打点が付かない。
ランナーいる時に打てないんですよねー。
林、庄田、桜井など、若手頑張れ。

それよりも投手陣の不調が情けないですよね。
先発ピッチャーで絶対的エースがまったくいない。
あの投手王国はどこへ行ってしまったのか。
後ろがしっかりしているだけに、6回まで投げればいいんだって頑張って欲しいですよねー。

ともあれ舞台は再びそれぞれのリーグでの争いに。
後半戦はどうなることやら。
楽しみです。

それではまた。
  1. 2007/06/27(水) 21:50:23|
  2. スポーツ
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リサイクル、リサイクル

世に遅すぎた兵器というのは数々ありますが、戦時急造艦として建造されながら、戦争には間に合わなかったというのもつらいものがあります。

しかもそれが、出来合いのものを流用したにもかかわらず・・・

英国最後の戦艦「ヴァンガード」
大英帝国海軍の戦艦の歴史の最後を飾る戦艦です。

基準排水量46100トン
全長248.3メートル
最大幅32.9メートル
最大速力30ノット
英国海軍史上最大最速(巡洋戦艦除く)の戦艦でした。

主砲は38.1センチ砲連装砲塔4基8門。
副砲に13.3センチ連装両用砲8基。
40ミリ6連装機銃10基などなど。
武装としても新型戦艦として遜色ないものでした。

もし、この戦艦ヴァンガードが、第二次大戦初期に完成していれば、有力な高速戦艦となっていたでしょう。

もともとヴァンガードは第二次世界大戦の勃発により建造が中止されたライオン級の補填として一隻だけ建造された戦艦でした。

どこの軍にも、計画上は上手くいきそうだったのに、出来上がると使い道がない軍艦というものはあるものです。

英国にも、なんと常備排水量19000トンという巡洋戦艦並の大きさの船体に、38.1㎝連装主砲塔2基を装備した超大型軽巡洋艦「カレイジャス」と「グローリアス」という軍艦がありました。

速力と砲撃力で、敵巡洋艦を圧倒しようというものだったのでしょうが、あまり使い道がなく、宙に浮いた存在でした。

そこで英国海軍はこの二隻を航空母艦に改造することに決定。
カレイジャスとグローリアスは航空母艦に変身します。

その時、不要となって外された主砲塔が二隻合わせて4基。
この砲塔を何かに使えないだろうかということになったのです。

二隻の砲塔は、手っ取り早く戦艦を作るためには、まさに好都合でした。
砲塔はヴァンガードの主砲塔になることになったのです。

そして、砲身自体も「ウォースパイト」や「ロイヤル・ソブリン」「ラミリーズ」などから転用され、建造に一番手間の掛かる武装はすでにできているという状態だったのです。

後は船体や機関、レーダーなどの電子装備などを建造すればよかったのですが・・・
英国はドイツのUボートの攻撃を受け、まさに海上交通網が麻痺状態でした。
対潜水艦用の艦艇を造るのが最優先され、ヴァンガードはなかなか造ることができなかったのです。

戦争後半、やっと少し余裕ができてきた英国海軍はヴァンガードの建造に取り掛かりました。

「キングジョージⅤ」級の反省点を踏まえ、良好な凌波性とバランスの取れた対空対艦性能を備えたヴァンガードは、英国戦艦のまさに頂点と言っても過言ではありませんでした。

しかし、時すでに遅く。
ヴァンガードの完成は第二次世界大戦終結後の1946年4月でした。
ヨーロッパでの戦争終結より1年も後だったのです。

完成したヴァンガードは、戦後衰退する一方の大英帝国の最後の力の象徴として使われ、王室や政府関係者などが諸外国を訪問する時に使われたりします。

1960年、戦いという兵器にとっての最大の晴れ舞台を経験しないまま、ヴァンガードは退役。
スクラップとなってその生涯を終えました。

戦争に参加できなかったことを喜んだのか悲しんだのか・・・
ヴァンガード自身はどう思っていたのでしょうね。

それではまた。
  1. 2007/06/26(火) 21:42:21|
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あら、私敵艦を撃つんじゃ?

1941年3月31日。
英国キャメル・レアード社のドックで一隻の巨大戦艦が竣工いたしました。

その名を「プリンス・オブ・ウェールズ」
英国の誇る新鋭戦艦「キング・ジョージⅤ」級の一隻として、英王室の王子の称号をいただいた強力な戦艦でした。

基準排水量は38000トン。
全長は227.1メートル。
最大幅は34.2メートル。

この巨体に、主砲として35.6センチ砲を4連装砲塔として前後に1基ずつ、さらに2連装砲塔が前部に1基の合計10門搭載。
副武装として13.3センチ連装両用砲が8基、2ポンド8連装ポンポン砲が4基など、武装も充実しております。

英国海軍はまさに不沈戦艦として諸外国にアピールいたしました。

完成したプリンス・オブ・ウェールズは、まさに第二次世界大戦の荒波に直面することになります。

すでにヨーロッパでの戦いは3年目となっており、慣熟訓練もそこそこに出動を命じられたプリンス・オブ・ウェールズは、まだ艦内の未完成部分を担当する作業員を乗せたまま、ドイツの誇る戦艦「ビスマルク」の追撃戦に参加します。

軍艦美の極致と言われ、英国民に親しまれた巡洋戦艦「フッド」とともにビスマルクを追ったプリンス・オブ・ウェールズは、1941年5月24日午前5時、ビスマルクを視認します。

重巡「プリンツ・オイゲン」を連れているとは言え、ドイツ側は戦艦はビスマルク一隻。
一方英国側にはフッドとプリンス・オブ・ウェールズの二隻。
戦力としては英国側に分がありました。

しかし、追撃中の英国側は艦首をビスマルクに向けているために、艦後部の主砲が使えません。
その上、プリンツ・オイゲンとビスマルクがよく似ていた(意図的にそう造ったと言われます)ために、フッドとプリンス・オブ・ウェールズは別々の目標を攻撃してしまいます。

フッドはやがてビスマルクの第5斉射が船体に命中。
弾火薬庫で爆発したために、一瞬にして船体が真っ二つに折れて轟沈します。

プリンス・オブ・ウェールズにもビスマルクとプリンツ・オイゲンの砲弾が命中した上、主砲が故障してしまい、やむなく離脱。
いいところなく終わってしまいました。

ビスマルクはやがて復讐に燃えた英国海軍の執念により仕留められますが、プリンス・オブ・ウェールズには出番はありませんでした。

プリンス・オブ・ウェールズは、その後ルーズベルト大統領との会談に向かうチャーチル首相を乗せたり、マルタ島への輸送船団の護衛に付いたりしてそれなりに活躍します。

そして、太平洋の戦雲が怪しくなってきた1941年11月2日、サー・トム・スペンサー・フィリップス中将を司令官とする東洋艦隊の中心戦力として、プリンス・オブ・ウェールズは編入されます。

12月2日。
シンガポールに到着したプリンス・オブ・ウェールズは僚艦の巡洋戦艦「レパルス」とともに、日本軍に対する押さえとして西太平洋ににらみを効かせました。

12月8日。
日本が英国に宣戦を布告したまさに当日。
プリンス・オブ・ウェールズはレパルスとともにフィリップス提督の指揮の下日本軍を迎え撃つために出港。

12月10日。
このプリンス・オブ・ウェールズとレパルスに対し、日本軍は艦隊ではなく航空機による攻撃を仕掛けました。

3個航空隊およそ100機の陸上攻撃機による空襲を受けたプリンス・オブ・ウェールズは、その自慢の主砲を日本艦隊に向けて撃つことなく、魚雷を複数(日本側資料では7本、英国側資料では6本)受けて、ついに沈没。
戦闘行動中の戦艦が航空機によって沈められた史上初の戦艦になってしまいました。

近代的戦艦として、日本海軍の戦艦との砲撃戦であれば、それなりの力量を発揮できたであろう戦艦でしたが、時代はすでに航空機の時代になっておりました。
沈むのであれば、敵艦との砲撃戦で沈みたかったでしょうね。

それではまた。
  1. 2007/06/25(月) 22:22:55|
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今日もちまちまと

今日は家にいなくてはならなかったので、先日先輩が持ってきてくださったコマンドマガジン日本版72号付録「第一次世界大戦」のユニット切りに勤しんでおりました。

私はユニットは枠を切り離した後は折り曲げちぎりの人なので、角を落とす人たちに比べればはるかに手早く切ることができます。

切り終わったユニットは本来はトレイに入れればいいのでしょうけど、最近の私はジップロックの小袋詰め。
なんか結構これもいいものですよ。

ユニットを切り終わった後は、いつもどおり初期配置の確認。
参加国が多く、ヨーロッパの全ての国が巻き込まれたと言っても過言ではないような。
第一次世界大戦もあまりよく知らない戦争なので、今度また自分なりのまとめをして発表するかも。

ユニットを並べた後はルール把握を兼ねた最初のターンのソロプレイ。

ドイツ軍とオーストリア・ハンガリー軍を活性化させて侵攻開始です。
サラエボの銃弾は世界を巻き込んだのだー。

第一次世界大戦なのに、割と攻撃側にやさしいCRTかも。
ベルギー軍は吹き飛び、フランス軍もいくつかの非活性化ユニットが消滅。
シュリーフェンプランも夢じゃない?

と、思いましたが、オーストリア・ハンガリー軍に任せたロシア軍への攻撃がいきなり頓挫。
要塞攻撃はやはりリスクが大きいのか?
二個ユニットで攻撃したものの、一個が消滅。
ロシア軍恐るべしなのか、オーストリア・ハンガリー軍が弱いのか・・・

協商国軍のターンになると、やはり戦線が膠着してくるみたいです。
英仏軍は塹壕を掘り始め、ロシア軍はオーストリア・ハンガリー軍を蹴散らして進軍。

なんとなーくわかってきたような気がします。
各国の特別ルールなどが多いので、気をつけなくてはならないでしょうけど、基本はシンプルなゲームのようです。

各サークルでも結構プレイされているようですし、ゲーマーのブログなどでも評価は高いようです。
って、やるのが遅すぎ?
自分では持っていないので、先輩から借りているからなぁ。
ユニット切ってくれるから嬉しいらしいんだけど、いいのかなぁ。

次回はこれをやってみようか。
スモレンスクの仇を世界大戦で・・・とは行かないよなぁ。

それではまた。
  1. 2007/06/24(日) 21:06:47|
  2. ウォーゲーム
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惨敗・完敗・大失敗

今日も先輩においでいただき、ウォーゲームを楽しみ・・・あう~orz

今日は久々に打ちのめされました。
これほどの完敗は久し振りです。orz
情けなーい。(T_T)

プレイしたのは先日に引き続きコマンドマガジン日本版74号付録「スモレンスク攻防戦」
先日の初対戦から少しは違った展開に持ち込めるものと意気込んでおりました。

陣営は前回と同じく先輩がソ連軍で私がドイツ軍。
携帯のデジカメではちゃんとした映像が撮れないので、画像はなしです。

ソ連軍は前回とは違い、最初はEとGから援軍を出すように配置します。
私は基本方針として、スモレンスクの確保と自軍戦車戦力の損失を極力抑え、ソ連軍を3点以内に押さえることで勝利を目指します。

初期配置戦力の3-8二ユニットをスモレンスクへ突進させ、最初のターンでスモレンスクの南側を確保。
第10戦車師団を南下させてクリチェフ近辺のソ連軍の蠢動を封じにかかりました。

ソ連軍はどうやらスモレンスクでの時間稼ぎを選択したのか、Gからの増援をスモレンスク方面に投入。
Eからの増援に関しては、イェルニヤへ向かうドイツ軍を阻止するべく、街道上に布陣するようです。

私は終了時にソ連軍に勝利得点を与える赤星都市をできるだけ奪い取るつもりでしたので、クリチェフには5-9と2-9をスタックさせた部隊を二つ配し、クリチェフを落としたあとでロスラウリを狙います。

ところが、クリチェフに立て篭もるソ連軍を排除するのに手間取った上、スモレンスクをせっかく確保した3-8二ユニットのスタックが、よりにもよって隣接のソ連軍2-4ユニットに対しての無修正3:1攻撃が1を出してAR。
スモレンスクから追い出された上に次のソ連軍ターンで包囲され除去。
スモレンスクを奪回されてしまいます。

私はAから侵入する増援をできる限りスモレンスクに向けるとともに、Bからの増援をイェルニヤに向けますが、ソ連軍のEからの増援が街道を確保しているために進撃できません。

2:1や3:1の攻撃を何度となくサイの目6を出してソ連軍ユニットを後退させるものの、包囲にまで持ち込めずに除去できません。
反対にソ連軍は突出したわが軍の装甲部隊を1:1で包囲攻撃してきます。

それでも、スモレンスクをどうにか落とし、クリチェフを落とし、イェルニヤまであと少しと迫ります。
でも、そこまででした。

最終ターンのソ連軍の反撃で、スモレンスクの北側を奪い返され、キスラヴィチも奪回されて終了でした。

得点はドイツ軍がスモレンスク南側の1点のみ。
ソ連軍は死守命令により1点、独軍装甲部隊の除去で2点、赤星の勝利得点都市の確保で4点、合計7点でした。

まさに惨敗です。
サイコロの目も6を結構出したにもかかわらずです。
これほどの敗北を喫するとは思いもしませんでした。

何が悪かったのかなぁ。
装甲部隊を失うことを恐れて、進撃が慎重になりすぎたのかなぁ。
作戦的には悪くなかったと思うんだがなぁ・・・

しばしショックで呆けるほどでした。
いつもなら別のゲームをもう一戦というところでしたが、今日はそんな気力も起きません。

二戦やって二敗。
これはもうなんとしてもリベンジせねば。
少し作戦を練り直して再戦です。
クソー!

それではまた。
  1. 2007/06/23(土) 21:43:57|
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「東部戦線の兵士に告ぐ・・・」

今から66年前の1941年6月22日午前3時、ドイツ軍を中心にした枢軸軍約350万が、ソ連領内へ一斉に雪崩をうって攻め込みました。
「バルバロッサ作戦」の開始です。

作戦当初、破竹の進撃を続けるドイツ軍でしたが、補給や地形、その他さまざまな要因によって進撃は鈍り、ついにモスクワへは到達できなかったのですが、この作戦名「バルバロッサ」というのは、ドイツの前身と言っていい神聖ローマ帝国の一人の皇帝のあだ名から取られました。

イタリア語で赤ひげを表わすバルバロッサ(赤ひげ王)と呼ばれた神聖ローマ皇帝フリードリヒ一世。
彼にあやかってつけられたのです。

フリードリヒ一世は、叔父であったコンラート三世による指名を受け、1152年に神聖ローマ帝国皇帝の地位に着きます。
当時神聖ローマ帝国内では、混乱が続いており、彼はその混乱を沈めるために尽力しました。

その後、イタリアにおける政策でローマ教皇と対立。
幾度となくイタリア遠征を行ないます。
しかし、それは帝国内に不満を増大させ、さらにローマ教皇より破門されると言う事態を招くことになり、1176年のレニャーノの戦いでの敗北で講和を余儀なくされました。

しかし、その後は国内政策に重点を移し、ポーランドの属国化やオーストリアの公国化などに業績を上げます。

1189年、数ある十字軍の遠征の一つ第三回十字軍の第一陣として、フリードリヒ一世は軍勢を率いて進発。
セルジューク朝の首都イコニウムを陥落させるなど、軍事的大勝利を得ましたが、1190年6月10日、サレフ川で水浴中に溺死。(暗殺説などいろいろな異説あり)
フリードリヒ一世の軍勢はあっという間に四散してしまいました。

ヒトラーは、おそらくソ連侵攻軍を十字軍として、セルジューク朝の首都を落としたフリードリヒ一世にあやかりたかったのでしょうが、何となく、その最後のあたりまであやかってしまったような気がするのは私だけでしょうか。

それではまた。
  1. 2007/06/22(金) 21:19:21|
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メロンは高い。でも美味しい。

メロンと財政破綻で有名な北海道夕張市。

市民と市当局が市政の建て直しに一所懸命です。
しかし、観光施設の閉鎖や、病院の縮小など大変な状況のようですね。

大変といえば、おそらくこの人たちも設計には大変な苦労をしたことでしょう。

大日本帝国海軍造船技術官平賀譲氏と藤本喜久雄氏。
この両名が設計し建造したのが、帝国海軍軽巡洋艦「夕張」です。

この軽巡洋艦夕張は、大正期に続々就役しつつあった水雷戦隊旗艦用の5500トン型軽巡とほぼ同等の戦闘力を、極力小型の船体に収めることで造船技術の革新を図り、かつ建造費の低減と船体に比しての重武装化がどこまでできるかの実験を行なうというような目的で建造されました。

基準排水量2890トン。
全長132.9メートル。
幅12メートル。
速力は35.5ノット。

これは太平洋戦争終盤に就役した駆逐艦「秋月」級とほぼ同じ大きさです。
つまり、20年ほどの開きがあるとはいえ、駆逐艦と同じぐらいの船体だということです。

夕張はこの船体に、以下のような武装を施しました。

主砲14センチ連装砲塔2基、及び14センチ単装砲塔2基。
8センチ単装高角砲1基。
61センチ魚雷発射管連装2基。
機雷48個。

これと、5500トン型軽巡「長良」とを比べてみます。

基準排水量5170トン。
全長152.4メートル。
幅14.2メートル。
速力36ノット。

主砲は14センチ単装砲塔7基。
8センチ単装高角砲2基。
61センチ魚雷発射管連装4基。
機雷48個。

どうですか?
船体が小さくても武装はほとんど変わりません。

主砲も門数では6門対7門と1門少ないですが、砲戦の時に使われる片舷砲門数は5500トン型は中心線上にない1門が使えなくなるので、6門対6門と同じくなります。

魚雷発射管こそ半分しかないですが、これはさすがに余裕が無かったということでしょうね。

確かに船体の小ささによる将来発展の余裕の無さや、居住性の悪さは否めませんが、5500トン型に匹敵する軽巡をわずか3000トン以下で建造したということは、造船史上画期的なことと言ってもよいでしょう。

就役した夕張は、直後に起こった関東大震災の救援に参加し、物資輸送のほか、被害を受けた横浜刑務所の囚人を名古屋刑務所に移送する役目も果たしました。

太平洋戦争では第一次ソロモン海戦などに参加。
昭和19年4月28日、米軍潜水艦の雷撃を受けて沈没しました。

実験艦と言ってよい軽巡でしたが、平賀氏と藤本氏の基本設計のよさから、実用艦としても活躍できた軽巡でした。

それではまた。
  1. 2007/06/21(木) 21:49:34|
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紅茶の国英国

最近でこそ英国軍の軍用糧食にコーヒーが入れられるようになってきたとのことで、英国人もコーヒーを嗜むようになってきたそうですが、英国というと紅茶というイメージはまだまだ衰えることはないでしょう。

しかし、1850年代までは英国でもコーヒーは紅茶と等しく国民に愛されていた飲み物でした。

1820年代にコーヒーは値下がりし、日常的に飲むことのできる飲み物になりました。
1840年代にはロンドンだけでも二千件を越えるコーヒーハウスがあったそうです。

国民一人当たりの年間消費量も、紅茶の0.65キログラムに対し、0.8キログラムと、コーヒーの消費量のほうが多かったのです。

しかし、1870年代から1880年代にかけて、着実にコーヒーの消費量は減っていきます。
英国民にとってはコーヒー離れが加速していったのです。

理由は二つありました。
一つは紅茶の生産量が増えて、価格が低値安定したことで、庶民にとって買い求めやすくなったことと、逆にコーヒー豆が虫害などで高騰し、コーヒーを作っていたコーヒー園が紅茶生産に転換するなどでコーヒーが手に入りにくくなったということ。

もう一つは、第二次世界大戦中日本でも行なわれましたが、チコリやドングリなどで作られた代用コーヒーが本当のコーヒーに混ぜて売られていたこと。
しかもそれは合法なことでした。

混ぜ物に対しては、政府も何度か規制しようとしたようでしたが、結局規制することができなかったばかりか、かえって混ざっていることを表示すればいいということになって、混ぜ物コーヒーが当たり前になってしまったのです。

純コーヒーとして売られているものでさえ、よくて25%の混ぜ物が入っていたそうですので、コーヒーがまずい味であったのは紛れもない事実だったようです。

安くて美味しい紅茶が手に入りやすいのに、高くてまずいコーヒーを飲む人はよほどの人でしょう。
このために英国人はコーヒーを飲まなくなっていったのです。

ヴィクトリア朝時代を通して英国人にとって紅茶はなくてはならないものになりました。
それは戦場においても同じことだったのです。
紅茶と英国人のつながりはこうしてできたんですね。

それではまた。
  1. 2007/06/20(水) 21:34:55|
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大和と武蔵

表題をご覧になった方は、おそらくかなりの方が日本の旧地域名よりも日本海軍の軍艦を頭に思い浮かべたのではないでしょうか?

当ブログにご訪問いただいている方であれば、より一層その傾向は強いかもしれないですね。

さらに、日本海軍の軍艦を思い浮かべた方々も、おそらくは99%以上の方が太平洋戦争で悲劇的な最期を遂げた大型戦艦の一番艦二番艦を思い浮かべたのではないでしょうか?

もちろん、あの巨大戦艦も大和と武蔵ではありますが、大日本帝国海軍の軍艦としては二代目以降の名前であり、初代の大和と武蔵では無いのです。

大日本帝国海軍の軍艦としての初代大和と武蔵は、明治期にさかのぼります。

明治20年と21年、大和と武蔵は「葛城」級三檣(三本マスト)バーク型スループとして就役します。
つまり、大和がネームシップではなかったんですね。

全長は61メートル、幅10メートル、常備排水量1500トンの、当時としては中型艦でした。
基本は帆走でしたが、レシプロの蒸気機関を持ち、最大速力13ノットを出せたそうです。

主砲は17センチ単装砲2門。
副武装として12センチ砲2門(葛城のみは5門)、7.5㎝砲1門、25ミリ四連装砲4基、11ミリ三連装砲2基。

日清戦争では主力とはなりえなかったものの、有力な第二線艦隊の中心として活躍したそうです。

その後、日露戦争直前に帆走用の装備を撤去。
気走のみとなって三等海防艦に類別。
日露戦争にも参加しますが、さしたる戦歴はありません。

大正期に入ると、大和と武蔵は二等海防艦に類別を変更されますが、ネームシップの葛城は大正2年に除籍となりました。

大和と武蔵は使い勝手の良い艦だったのか、大正11年には揃って測量艦に類別変更され、更なるご奉公に励みます。

武蔵は昭和3年、大和にいたっては昭和10年まで測量艦として働き、なんとその後は司法省に移管され、終戦直後まで宿泊船として使われました。

大和と武蔵という軍艦には初代もあったんだということを、知ってもらえればと思いました。

それではまた。
  1. 2007/06/19(火) 21:34:48|
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イラストをいただきました

当ブログ「舞方雅人の趣味の世界」とリンクしていただいているサイト様「煉獄歯車」のジャック様から、大変に嬉しい贈り物をいただきました。

なんとなんと、ジャック様の素敵なイラストをいただいたのです。

しかも、私の以前掲載した拙いSSに対する挿絵的イラストでございました。
ジャック様本当にありがとうございます。

と、いうことで、ジャック様のイラストをここに掲載させていただきますね。
SSは以前の再掲載となりますが、楽しんでいただければと思います。

matiruda.jpg

私は歩兵戦車マークⅡマチルダ。
国王陛下の軍隊の機甲旅団の中核よ。
私の自慢はこのすごーく厚いドレス。
そこらの男じゃ歯が立たないわよ。
華奢な脚だってジャパニーズスタイルって言われる長いスカートで隠しているから大丈夫。
ダンスの途中に足をもつれさせるなんてことは無いわ。
でもね、この分厚いスカートのせいで、走るのだけは遅いの。
それだけがちょっと困っちゃうのよね。
何せ今いる所は暑い暑い砂漠なの。
砂漠って拠点が少ないから、どうしても機動戦が多くなるのよね。
クルセイダーちゃんは巡航戦車だからいいけれど、私やバレンタインちゃんは走るのが遅いから困っちゃうの。
でも、この厚いドレスのおかげでちょっとぐらい叩かれてもまったく平気。
だから、あのマカロニ野郎どもなんか、まったく私たちには歯が立たないのよ。
様無いわよね。

でもね、最近ちょっと状況が変わったの。
あのちょび髭親父のお気に入りのロンメルって奴がこの砂漠にやってきたのよ。
二号とか三号とか四号とかってお妾さん一杯引き連れちゃってさ。
いやな奴。
私たちはあんな奴には負けないんだから。
そりゃあ、私たちの上官ってあんまり頼りにならない感じだけど、でも姉妹たちは一杯いるから大丈夫よね。

barentain.jpg

そんなある日、私はたくさんの姉妹たちや、同じ歩兵戦車のバレンタインちゃんたちと一緒にちょび髭親父の部下どものところへ出かけたの。
もちろん、大勢の歩兵さんたちと一緒にね。
暑い砂漠だけど、平らな砂地はそれなりに走りやすいし、敵の数は少ないから楽勝よ。
ヨーロッパで見せ付けた私のドレスの威力もあるしね。
ちょび髭の部下どもには、私のドレスを破くことのできるような対戦車砲は持っていないもの。
思う存分に暴れてあげる。
見てらっしゃい。

見つけたわ。
敵の拠点よ。
おとなしくしているみたいだけど、あんたらはこのアフリカにいるだけで邪魔なの。
さっさとこの砂漠から出て行きなさい。
私は歩兵さんたちを引き連れて、姉妹たちとともに突進する。
あ、もちろん歩兵さんたちはちゃんと私に付いて来られるわよ。
私は歩兵戦車なんだから、走るのは遅いけど、ちゃんと歩兵さんの速度に合わせてあげられるの。
ちゃんと考えているんだから。

88mm3.jpg

どうやら敵は陣地で防御するみたいね。
あーん、どうしよう。
私って歩兵さんの支援のための歩兵戦車なんだけど、陣地攻撃って苦手なのよね。
ほら、陣地攻撃に適している炸裂弾。
榴弾って言うんだけど、私ってあれ持っていないのよ。
お友達のバレンタインちゃんも同様で、このあたりは私たちの開発者がどう考えていたのか聞きたいぐらい。
まあ、でも行くしかないわ。
私の分厚いドレスで敵弾を弾きながら、機関銃を撃ちまくってやる!

88mm2.jpg

88mm.jpg

え?
あ・・・
嘘?
あ・・・マチルダ五号ちゃんも?
嘘、嘘よー!
どうして私たちの厚いドレスがこうも簡単に破られちゃうわけ?
そんなバカな!
あ・・・またしても・・・
そ、そんなー。
ああー!
それは無いでしょ!
それって高射砲じゃない!
戦車撃つ大砲じゃないわ!
卑怯よ、卑怯!
う~、なんて憎たらしい!

あっ、痛っ!
ああ~、履帯が切られちゃったわ。
う、動けない・・・
ど、どうしよう・・・
あっ、みんなどこへ行くの?
いやぁっ、逃げないでぇ!
戻ってきてぇ!
置いて行かないでよぉ!
待ってぇ!
ああ・・・・・・
行っちゃったわ・・・
どうしよう・・・

あっ、ドイツ兵がやってきたわ。
私はもう動けない。
どうしようもないよー。
誰か助けてー!

あーあ・・・捕まっちゃった。
こんなはずじゃなかったのになぁ。
どうしてこうなっちゃったのかしら。
どれもこれも、あの高射砲が悪いのよ。
高射砲で戦車を撃つなんて卑怯だわ。
戦争にだってルールがあるのよ。
なんて言ってても仕方ないわね。
私は捕虜なんだからおとなしくするしかないか。

あら?
あれはバレンタイン八号車ちゃんだわ。
彼女も捕まっちゃったのね。
残念だけど、仲間がいてちょっと嬉しい。
どうやら彼女は地雷を踏んだようね。
私と同じく履帯が切れちゃって身動きが取れなかったんだわ。
足を怪我したら動けないもんね。
仕方ないよね。

あれ?
ドイツの連中がバレンタインちゃんに何か始めるわ。
何をする気かしら。
あら?
もしかして足回りの怪我を治してくれているの?
結構優しいのかも。
バレンタインちゃんも嬉しそうだわ。
このまま修理してもらえば、いざという時いつでも逃げられるもんね。

あ、私のところにも来た。
私の足も直してくれるのね?
ありがとう。
私ちょび髭親父は大嫌いだけど、ドイツの軍人さんはちょっと見直しちゃった。
うん、それでいいわ。
もう大丈夫。
これでまた走れるわ。

ち、ちょっと!
あなたたち何しているの?
バレンタインちゃんに何をしているのよ!
や、やめなさい!
そんな黒の十字マークを大きく書くなんてやめてー!
私たちは国王陛下に忠誠を誓ったイギリス軍の戦車なのよ!
そんな十字のマークなんて見るのもいや・・・
え?
やだ、バレンタインちゃん何を言っているの?
私は総統閣下に忠誠を・・・誓いますですって?
ど、どういうことなの?
しっかりして、バレンタインちゃん!
えっ?
あなたもすぐにわかるですって?
このマークを付けられれば身も心も総統閣下に捧げるようになるって?
そ、そんな・・・
そんなのはいやぁっ!
しっかりしてバレンタインちゃん!
あなたは洗脳されているのよ!
目を覚まして!

barentain2.jpg

あ・・・来る。
ドイツ人がペンキと刷毛をもってこっちに来る。
いやぁっ!
私はイギリス軍よ!
ドイツ軍なんかじゃないわ!
ドイツ軍になるのはいやぁっ!
ああ・・・黒いペンキが私のドレスに・・・
ああ・・・ドイツの黒い十字のマークが・・・
私のドレスを・・・染めて・・・行く・・・
私は・・・
私はイギ・・・リ・・・

うふふ・・・
さあ、出撃よ。
ロンメル将軍のもと、総統閣下のためにイギリス軍を駆逐するの。
このアフリカはおろか中東も総統閣下のもの。
スエズはもう目前だわ。
神出鬼没のロンメル将軍を恐れ崇めるがいい。
私はドイツアフリカ軍団のMkⅡ748(e)。
こうして形式番号もいただいたわ。
今の私はもう身も心も総統閣下のもの。
うふふふ・・・
イギリス人ども、このアフリカから出て行くがいいわ!
matiruda2.jpg


いかがでしょうか?
すごく素敵なイラストですよね。
このイラストを見たときは、私はすごく感動しちゃいましたです。
まさに悪堕ちというイメージをそのまま表現していただいたような気がしました。
ジャック様、あらためて素晴らしいイラストをありがとうございました。

皆様もぜひぜひ「煉獄歯車」をご訪問いただき、ジャック様の素晴らしい世界を楽しんでいただければと思います。

それではまた。
  1. 2007/06/18(月) 21:38:17|
  2. Special Thanks
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諸君、お茶の時間だ

第一次世界大戦で威力を発揮した兵器に機関銃がありますが、塹壕の一画に据え付けられ、ホースから水を撒くがごとく銃弾を吐き出す機関銃は、突撃する兵士にとっては恐怖以外の何者でもありませんでした。

その機関銃から身を守りつつ前進するために考えられたのが、初期の戦車なのですが、それはまた別の話。

この湯水のように銃弾を発射する機関銃ですが、気をつけないとならないのが銃身の加熱でした。

たいていの機関銃は、ライフル銃と同じく銃身にライフル(螺旋の溝)が刻んであります。
銃弾がこの溝によって回転しながら銃口を飛び出て行くことで、銃弾がまっすぐ飛んでいくのです。

当然、銃弾が溝によって回転する時には、摩擦によって熱が発生します。
一発二発ではどうということもありませんが、機関銃のように数多くの銃弾を撃ち続けるようになると、その熱も膨大なものになり、銃身はやがて真っ赤に焼けてきます。

銃身は金属で作られます。
金属は熱を受けると膨張し、柔らかくなってゆがみを生じてしまいます。
加熱された銃身は柔らかくなってゆがみ、すぐに磨耗してしまいます。
そうなれば銃弾はまっすぐ飛ばず、命中を期待できなくなってしまいます。

それを防ぐには、銃身を冷やしながら撃つのが一番ですが、軽機関銃のようにタタタンタタタンと断続的に撃つ機関銃であれば、放熱用の金属フィンなどでの空気冷却でも充分なのですが、ダダダダと陣地で連続的に撃ち続けなくてはならない重機関銃ですと、空冷では間に合わない状況になってきます。

そこで、ハイラム・マキシムなどは機関銃の銃身を水の入ったスリーブで覆ってしまう水冷機関銃を製作します。

英軍も水冷重機関銃を採用しており、ヴィッカースのMK1が部隊に配備されました。

水冷重機関銃は、水と弾丸があれば長時間にわたって撃ち続けられるため、陣地防御用の重機関銃としては相当に有効なものでした。
弱点は、水の入る冷却用スリーブや複水缶などが重量がかさみ、重くなってしまうことで、いったん布陣した後は容易に陣地変換ができないことでしょう。

ヴィッカースも例外ではなく、銃本体が18キロ、三脚が22キロもあり人力での搬送は大変だったでしょう。

しかし、性能はそこそこで、一分間に五百発の銃弾を撃つことができ、銃身も一分間二百発の速度で撃つのであれば約一万発の発射に耐えられる上に交換もたやすかったそうです。

冷却水は約四リットル入り、約三千発撃つと沸騰してその後は千発ごとに一リットルぐらいずつ蒸発していくそうで、水の補給が不可欠でした。
砂漠の戦いでは必要なのは飲料水ばかりでは無いんですね。

もっとも、どこへ行ってもお茶を嗜む英軍は、ドイツ軍など敵軍に向けてひとしきり撃ったあと、沸騰した冷却水でお茶を淹れていたとのことで、さすが英国人というところでしょうか。

それではまた。
  1. 2007/06/17(日) 21:52:23|
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悔しいなぁ・・・

今日はいつものように先輩とゲームをプレイ。

コマンドマガジン日本版74号付録の「スモレンスク攻防戦」を初プレイしました。

各ブログでも評価が高く、サークルでも定番となっているドイツ装甲軍団の一つですが、私も先輩も初めてです。

ルールは簡単ですが、いろいろと考えることが多い好ゲームということで、早速始めてみました。

初期配置はあのドイツ戦車軍団の「ハリコフ」を思わせる少なさ。
両軍とも増援の動きが問われそうです。

まったく初めてのゲームは増援をどこになんてさっぱり見えません。
その意味ではソ連軍担当の先輩は大変だったのではないでしょうか。
ドイツ軍は増援の場所が決まっているので、その意味では楽でした。

しかし、ゾクゾク出てくる増援を阻止することもできず、ドイツ軍は翻弄されっぱなし。
何とかスモレンスクとイェルニヤまで進出し、そこを確保することに全力を挙げます。

ソ連軍は着々と増援を集中。
1:1の低比率でも果敢に攻撃を仕掛けてきます。

ドイツ軍は結局各所で包囲攻撃を受け除去が続出。
情けない状況に。orz

最終ターンまで粘ったものの、勝利ポイントは独軍がスモレンスクとイェルニヤの6点。
ソ連軍は都市の保持で2点、ドイツ軍の戦車部隊の除去で5点、合計7点でソ連軍の勝利でした。
うーむ、最初のターンのソ連軍の集中増援に目を眩ませられ、主力をそちらにひきつけられたのが敗因でしょうか。
次回に雪辱を期したいものです。

多少時間が余ったので、今度はASL-SK1にお付き合いいただきました。

先輩はやはり戦術級が苦手のようで、S1シナリオを希望。
そろそろS3とかS4もやりたいんですけどね。

とは言うものの、プレイはほぼ一方的になりました。
米軍の火力の前にわがドイツ軍は3ターンでほぼ壊滅。
圧倒的なダイスの目の開きに何もできずに敗北です。
作戦はそんなに悪くなかったと思うんだけどなぁ。orz

思えば「スモレンスク攻防戦」ではわりと大きい目を出していて、ソ連軍に結構痛撃を与えていたのが、そのままASLに続いちゃったようで、6ゾロを3度も出すやら、モラルチェックはほとんど成功しないわでなすすべない状況でした。

このところ連敗続きでつらいですねぇ。
何とか次回の対戦では勝利せねば。
それではまた。
  1. 2007/06/16(土) 20:15:29|
  2. ウォーゲーム
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やっぱり見ちゃいますー

今日はTVで「天空の城ラピュタ」の放映。
やっぱり見ちゃいますよねー。

宮崎さんのアニメ、いろいろありますけど、ストーリーや世界観全てひっくるめて現状この作品が一番好きですね。

テクノロジー的には第一次世界大戦直前ごろの状況で、軍隊の武装がボルトアクションライフルだったり、砲弾の大砲だったり、重機関銃が水冷タイプっぽかったり、装甲列車が出てきたりと華々しいです。

中でも空中戦艦「ゴリアテ」は最強兵器という感じで迫力ありました。
まあ、宮崎さんお得意のプロペラごてごてつけて無理やり飛ばしているっぽい(実際は無理でしょうね)飛行機械ですが、全身に装備した無数の火砲がラピュタに向かって咆哮する様は、ムスカの小憎らしさと相まって一矢報いることができるのではなのかと思うほど迫力ありましたよね。

結局スーパーテクノロジーであるラピュタのロボットたちに破壊されるんですが、好きなメカです。

宮崎さんのアニメはこの頃が一番よかったなぁ。

それではまた。
  1. 2007/06/15(金) 21:13:39|
  2. アニメ
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分相応に有名?

対戦車ライフルでもう一度。

対戦車ライフルは各国の軍が歩兵用の対戦車火器として装備したのは先日も述べさせていただきましたが、当然のごとくドイツ軍の好敵手たる英軍も対戦車ライフルは採用しておりました。

その名もボーイズ対戦車ライフルMK1。
当時諸国の間ではそれなりに有名な対戦車ライフルだったそうです。

1940年のドイツ軍の西方戦役で、英軍はそのほとんどの装備を大陸に置いたまま、ダンケルクから撤退しました。

当然のごとく対戦車用の装備も全て置いてきてしまったため、英軍歩兵にとっての頼みの綱は、このボーイズ対戦車ライフルのみとなってしまいます。

しかし、名声とは裏腹にこのボーイズ対戦車ライフル、兵士たちの間では非常に評判が悪いものでした。

300メートルの距離で約20ミリの装甲板を撃ちぬける性能は、そう悪いものではなかったのですが、全長1・6メートル、重量17キログラムの銃本体が、発射の反動をまったく吸収してくれるものではなかったのです。

しかも、ポーランド戦の戦訓で、それなりに装甲を強化(あくまでそれなりですが)したドイツ軍戦車にはほぼ威力不足で役立たずとなってしまっていたのです。

撃つのが大変で、撃っても役立たずではどうしようもなく、歩兵たちは早々に見切りをつけ、ボーイズ対戦車ライフルはキャリアーや装甲車に搭載されますが、威力不足は変わらないので、結局物陰の歩兵を撃ったりしていたようですね。

さらに英軍は、このボーイズ対戦車ライフルが重くて、空挺部隊には不向きだということで、わざわざ銃身を短くしたり各部を軽量化したMK2を作りましたが、威力はさらに弱まるわ反動はさらに強くなるわで誰も使わなかったとのこと。

戦前は結構評判よかったらしいんですけどね。
実戦に使うと役立たずだったんですね。

英軍って結構こういうのあるかも。

それではまた。
  1. 2007/06/14(木) 21:31:05|
  2. 趣味
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同人誌をいただきました。

いつもお世話になっている方から、うらぎりのどうくつのhiro様の同人誌「Dark Make up」をいただきました。

いつもいつもその方からは、いろいろなものをいただいてばかりで、本当に恐縮かつ感謝感謝です。
ありがとうございます。

「Dark Make up」なかなかいいですねー。
セーラーマーキュリーというチョイスもツボを得ています。
やっぱり芯の強い清楚なヒロインが邪悪に染まるのは、見ていて楽しいですよね。

心の中の闇を突かれて・・・という感じなんでしょうか、闇に取り込まれて邪悪に染まるマーキュリーが見ものです。

hiro様の絵もすごく魅力的で、マーキュリーの柔らかなラインを余すところなく表現しているのではないでしょうか。
前作「魔狼の胎動」も素敵でしたが、今作もいいお話にまとまっています。
悪落ちファンにはたまらないかもしれませんね。

チャンスがあればぜひご覧になってください。

それではまた。
  1. 2007/06/13(水) 21:10:07|
  2. 同人系
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分不相応に有名?

第二次世界大戦前、各国の軍隊は当時まだ装甲の薄かった戦車の搭乗員を殺傷することのできる対戦車ライフルを、歩兵用の対戦車兵器として装備しておりました。

この傾向はソ連軍も例外ではなく・・・といいたかったのですが、実は第二次世界大戦開始時には、ソ連には有効な対戦車ライフルがありませんでした。

いくつか開発はされていましたが、いずれも威力不足で量産には至らず、さらに戦車は対戦車砲で対処するというのがソ連軍のテーゼだったので、いまさら対戦車ライフルを作る気にもならなかったのです。

ところが、1941年にドイツ軍のバルバロッサ作戦が開始されると、ドイツ軍戦車に対抗できる歩兵の携帯用対戦車兵器は火炎瓶(モロトフカクテル)と、針金でまとめた結束手榴弾しか無いという状態でした。

そこで大慌てで物になりそうな対戦車ライフルを製造することにしましたが、威力のそれなりにある14・5ミリ弾を撃てる対戦車ライフルはワシーリィ・デグチャレフとセルゲイ・シモノフ両名に設計を依頼します。

両名が設計した対戦車ライフルはまったく対照的なものでした。

デグチャレフは単発式の一発ずつ弾を込めるタイプの対戦車ライフルを設計し、シモノフはガス圧作動の自動式の五連発対戦車ライフルを設計します。

シモノフ式対戦車ライフル(PTRS)は性能はよかったのですが、やはりどうしても構造が複雑になり、生産性がデグチャレフ式対戦車ライフル(PTRD)に劣ります。(当然のことですが)

しかし、シモノフに政治力があったのか、ソ連軍はこの二種類の対戦車ライフルを正式に採用しました。
1941年8月29日のことです。

デグチャレフの対戦車ライフルは、単発式で構造も単純なため、正式採用の翌日には工場から完成品が吐き出されたという噂があるほど、量産性には優れていました。
1941年終了までに、なんと一万七千丁以上が完成したということです。
シモノフのPTRSが七十丁しかできていなかったことを考えると、生産性の違いは明白でした。

デグチャレフのPTRDはボルトアクション式で全長約2メートル、重量約18キログラム。
装甲貫通力は100メートルの距離で40ミリの装甲を撃ちぬきました。
ドイツ軍は四方八方から飛んでくる対戦車ライフル弾に辟易して、ついに砲塔周囲や車体側面に「シュルツェン」と呼ばれる補助装甲をつけるようになるのです。

一方のシモノフ型対戦車ライフルPTRSは、複雑な機構が災いして生産性が低く、しかも冬の戦場ではガス圧での作動に不具合が続出していい評価を得られませんでした。
全長は同じぐらい(約2メートル)でしたが、重量はやはり重く、約21キログラムになりました。
しかし、弾の方は同じなので、貫通力は同じだったので、細々と生産は続けられ、ソ連軍の対戦車ライフル部隊の一画を占めていたようであります。

しかし、シモノフ型対戦車ライフルは、日本では結構有名ではないかと思われます。

それはあるアニメがきっかけでした。
そのアニメの中で、シモノフ型対戦車ライフルは、五連発の有利さと装甲貫通力を遺憾なく発揮したのです。

「ルパン三世 カリオストロの城」
このアニメの中で、次元大介は全長2メートル、重量21キログラムのこのシモノフ型対戦車ライフルを振り回し、装甲に身を包んだカゲたちをなぎ倒していったのです。(笑)

おそらく彼に使われたPTRSが一番活躍したPTRSだったのではないでしょうか。

それではまた。
  1. 2007/06/12(火) 21:44:29|
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アメリカ南北戦争概略その40(最終回)

リー将軍の降伏は、南部諸州同盟の最後の足掻きも終わったことを意味しておりました。
ここに至って、残存の南軍各部隊も抵抗は無意味だと悟ったのです。
リーの降伏が情報として伝わるにつれ、南軍の各部隊は銃を置くようになりました。
ジョゼフ・ジョンストンの南軍部隊も、4月14日、追撃してきていたシャーマン将軍の北軍に対し、休戦を持ちかけました。

まさにこの時、歴史は痛烈な皮肉を合衆国に送ります。

リー将軍の降伏からわずか5日後の4月14日。
婦人や友人をともなってフォード劇場へ観劇に出かけた北部連邦大統領エイブラハム・リンカーンは、22時13分(23時17分説あり)、南部を信奉する俳優ジョン・ウィルクス・ブースの放った銃弾に倒れるのです。

リンカーンは翌朝に死亡。
合衆国憲法の規定に基づき、副大統領アンドルー・ジョンソンが大統領に昇格。
戦後は彼が合衆国をまとめることになりました。

歴史にイフは禁物ですが、もしこの事件が一年前であったら、南北戦争の行方は変わっていたかもしれません。
南北戦争は最後には大統領までも生贄に欲したのでした。

4月24日、デイビス南部諸州同盟大統領の下での最後の閣議がシャーロットで行なわれます。
4月26日、休戦状態だったジョンストンの南軍は、正式に北軍シャーマン隊に降伏。
5月9日には西部方面で粘っていたフォレスト将軍の部隊も降伏しました。
5月10日、ジェファーソン・デイビス南部諸州同盟大統領身柄拘束。
南部諸州同盟は終わりを告げました。

5月26日、南軍の最後の部隊(艦艇はこの後もまだ洋上にあるものあり)が北軍に降伏。
ここに4年の歳月に渡って戦われたアメリカ南北戦争(Civil War)は終わりを告げました。


この戦争の被害は未曾有のものでした。
北軍の戦死者約三十六万人。(戦病死含む)
南軍の戦死者約二十四万人。(同上)
合計約六十万人が命を落としました。

第二次世界大戦時の合衆国軍の戦死者数が約五万五千人ですから、被害の大きさがうかがい知れます。

死者ばかりではなく、国土も荒廃しました。
特にシャーマンの焦土戦術に晒された地域はしばらくの間復興ができないほどでした。
その間に合衆国の開発力は西部へ向けられ、南部は後発の遅れた地域となってしまうのです。

南部諸州は相次いで連邦脱退を撤回。
奴隷制廃止も決定し、1867年のテネシーを筆頭に1870年までに全ての州が連邦へと復帰しました。

しかし、奴隷制が廃止されたとはいえ、南部では黒人に対する差別感は根強く、近年に至るも完全には解消されません。
北部も南部再建よりも西部開発に重点が置かれたことで、南部の黒人差別は重要視されませんでした。

そして、華やかなる西部開拓史時代が到来するにつれ、南部は見捨てられアメリカの暗部とまで考えられるようになるのです。
西部劇の世界の始まりでした。

アメリカ南北戦争概略  終


参考文献
「南北戦争 49の作戦図で読む詳細戦記」 クレイグ・L・シモンズ(友清理士訳) 学研M文庫
「歴史群像1996年8月号 南北戦争特集」 学研
「歴史群像2000年秋・冬号 ハンプトンローズの戦い」 学研
「歴史群像2001年10月号 ゲティスバーグ会戦」 学研
「歴史群像2003年12月号 ニューオーリンズ攻略戦」 学研
「歴史群像2004年8月号 決戦 グラントvsリー」 学研
「歴史群像2005年10月号 アンティータムの戦い」 学研
「歴史群像2006年6月号 ブルラン1861」 学研
「世界の艦船 増刊第49集 アメリカ海軍昔と今(新版)」 海人社
「シミュレーションゲームマガジン タクテクス12号」 ホビージャパン社
「シミュレーションゲームマガジン タクテクス13号」 ホビージャパン社
「ゲームジャーナルVOL59 南北戦争」 同人誌
「コマンドマガジン日本版29集」 国際通信社
「コマンドマガジン日本版59集」 国際通信社

参考サイト(いずれも日本のです)
南北戦争研究室
アメリカ南北戦争
YSGA編集版アメリカ南北戦争日報
Wikipedia 南北戦争他

この場を借りまして、皆様に感謝を捧げます。
ありがとうございました。


足掛け四ヶ月の長きに渡りました「アメリカ南北戦争概略」もこれにて終了となりました。
最後まで拙い文章にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。

意図していなかったことですが、40回という区切りのいい回数で終わることができ、何か嬉しいものがありますね。
自分なりに南北戦争を最初からまとめてみようと思い立ったのが初めでしたが、どうにか最後までまとめることができました。
もっとも、資料本の簡略な写しであることはまぎれも無い事実ですので、もし、この連載を見て南北戦争に興味を持たれました方がいらっしゃいましたら、ぜひぜひ直接資料本に当たってみてください。

日本ではなじみの無い戦争ですが、戦争の愚かしさ空しさ、さらには人間くささやユーモラスさなど、およそ戦争に関する全てがあると言って過言では無いと思います。
皆様にほんのちょっとでもその雰囲気が伝われば、執筆者としてこれほど嬉しいことはありません。

あらためまして、皆様お付き合いありがとうございました。m(__)m
  1. 2007/06/11(月) 20:42:55|
  2. アメリカ南北戦争概略
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ありがとうございました

今日はVASLでお世話になっています今日も6ゾロ様のお誘いで、「札幌歴史ゲーム友の会」にお邪魔させていただきました。

北区民センターの和室に入った私をすごく丁寧に迎えてくださいまして、こちらも気持ちよく参加させていただくことができました。

サークルというのはどうしてもある程度閉鎖的になりそうなものですが、この開放的な雰囲気は魅力かもしれません。

早速約束どおり6ゾロさんとASL SK1を対戦。
シナリオ1をドイツ軍で1戦、シナリオ2をソ連軍側で2戦、計3戦お付き合いいただきました。

いやー、さすがに手強いですねー。
全然歯が立ちませんでした。
ASLは移動のゲームと言うのがよくわかります。
6ゾロさんはこちらが撃たざるを得ないように部隊を展開してくるので、こちらは対応に追われているうちにじわじわと追い詰められていくのです。
結局3戦全敗。
手も足も出ませんでした。(笑)

まだまだASLの基本も身についていないというところでしょうか。
でも、面白かったですねぇ。
やはりいろいろな人とやると、いろいろと違う局面が出てきて面白いです。

6ゾロさんはご用事があるということで早めにお帰りになられまして、私は次に別の方(すみません、お名前失念いたしてしまいまして・・・汗)にお誘いいただき、カードドリブンの古代戦ゲームをやらせていただきました。

ザマの会戦シナリオということでしたが、初めてのシステムでしたので、ご指導いただきながらの対戦。
独特の特徴あるサイコロ(色や旗や指揮官マークが目の代わり)を振って結果を出していき、損害が許容点を越えたところでゲーム終了というもの。
幸い、どうにか一方的になることもなく、白熱した展開になってくれました。
最後の一手の互いの攻防で決着がついたという状況で、よくわからないながらも楽しませていただきました。
きっとシステムに習熟するともっと楽しいんでしょうね。
またいずれお手合わせ願いたいものでした。

帰りは雨の中となりまして、スクーターで出かけていた私はずぶ濡れになっちゃいましたが、楽しい時間を過ごさせていただきました。

またいずれお邪魔させていただこうかと思います。
札幌歴史ゲーム友の会の皆様、今日は本当にありがとうございました。

それではまた。
  1. 2007/06/10(日) 21:46:07|
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あら? 私、土を掘るんじゃ?

ASL SK2にはユニットとして入っていないんですが、ちょっと変わった迫撃砲を紹介します。

先日の記事にも書きましたが、各国とも歩兵支援用として軽迫撃砲を使用していました。

ソ連軍も軽迫撃砲の有用性には目をつけており、歩兵の火力増強にはうってつけと考えていたようで、実にユニークな軽迫撃砲を作りました。

それはなんと、土を掘ることができる迫撃砲でした。

歩兵の必需品としてスコップは塹壕掘りやトイレの穴掘りなど欠かせないものですが、そのスコップを迫撃砲にしてしまったのです。

スコップの柄を砲身に、スコップの土を掘る部分を底板にして、柄を斜めにすることで迫撃砲として使用できるスコップを作ったんですね。

これで歩兵一人一人が軽迫撃砲を持つことができるというわけです。

しかし、どうも使い勝手が悪かったのか、穴を掘るのに強度が足りなくなったのか、ソ連軍では使用した形跡が無いそうです。

まあ、さもありなんというところですが、それでも680グラムの榴弾を300メートルほど飛ばせたそうですので、ちゃんと迫撃砲としては使えたんでしょうね。

アイディアだけが先行して実際には使えなかった兵器ということかもしれません。

それではまた。
  1. 2007/06/09(土) 22:12:11|
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月に代わって・・・

同人PCゲーム「月姫」

同人集団だったTYPE-MOONを知らぬものはいないというまでに押し上げた名作ですね。

何をいまさらと思われるかもしれませんが、リメイクしないかなぁという期待を込めて一言。

話の内容はご存じの方がほとんどでしょうか。

あるきっかけで「直視の魔眼」と呼ばれる全てのものの死を見ることのできる目を持ってしまった主人公「遠野志貴」

家を出されて以来離れていた妹秋葉に呼び戻され、遠野の家に戻った志貴は新たな生活を始めます。
ある日、街で見かけた金髪の外国人女性を見た時、彼の内から沸き起こった殺意の命じるまま、彼はその外国人女性を殺してしまいます。

しかし、彼が殺してしまった相手はなんと吸血鬼と言われる存在であり、あろうことか生き返った上で志貴に会いに来ます。
そして彼女は志貴にこう言いました。

「私を殺した責任、ちゃんと取ってもらうんだからね!」


いやー、ご多分に漏れず嵌まりましたねー。
もうすごく好きな作品で、やりながら何度泣いたことか。
泣けるんですよ、これが。

同人ゲームでしたので、当時私はまったく知りませんでした。
そこへうちの妹が「月姫ってゲーム知ってる? エロゲらしいけどすごく人気あるんだって」なんて言うものですから、頭の片隅には置いておりました。

ちょうどタイミングよく中古ゲーム屋へ行ったときに「月姫」があったんですよね。
すぐに買ってやってみたんですが・・・
まさに面白いと思いました。

やはりなんと言っても奈須きのこ氏の文章の上手さ。
同じ物書き(レベルは全然違いますよ)として本当にすごいなぁと思いました。

そして、奈須きのこ氏の文章によって生み出された各キャラクターに、ビジュアルという面から命を吹き込まれた武内崇氏の立ち絵とイベントCGの数々。
まさに絶妙のコラボレーションというべきだったかもしれません。

各キャラクターそれぞれに絡むストーリーの妙。
魅力的なヒロインたち。
高い評価を受けるのも当然といえるでしょう。

ところで皆さんは各ヒロインの誰が好きなんでしょうね?
人気投票なども行なわれましたが、各ヒロインそれぞれが魅力的なので、選ぶのが難しいですよね。

私は結局琥珀さんに惹かれちゃいましたね。
琥珀さんルートでのあの「志貴さん、あなたは全て・・・知って・・・」というセリフ。
あそこの琥珀さんの涙にやられちゃいました。(笑)

もちろんアルクェイドやシエル、秋葉や翡翠、幸薄いさつきも含めてみんな好きなんですが、誰か一人といわれると琥珀さんかなと言うことで。

残念なことに私の持っているのが98版なので、XPですと上手く画面効果が働かないみたいなんで、リメイクとは言わないけど再販してくれないかなぁ。

それではまた。
  1. 2007/06/08(金) 21:25:49|
  2. PCゲームその他
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アメリカ南北戦争概略その39

1865年3月25日。
南軍の絶望的な攻撃が始まりました。
ジョン・B・ゴードン率いる南軍部隊は、北軍の左翼を弱体化させることと、さらには北軍兵力の左翼への誘引を目的としてピータースバーグの東側にある北軍のステッドマン砦に攻撃を仕掛けます。

ゴードンの指揮の下、勇猛な南軍兵士は物資不足をものともせずに北軍に猛攻を仕掛けます。
夜明けに始まった攻撃は北軍に対して完全な奇襲となり、北軍は大混乱のうちにステッドマン砦を失いました。
しかし、数の優位を北軍が生かせるようになってくると、北軍は立ち直ります。

南軍は幾度となく北軍の反撃を跳ね返しましたが、やはり多勢に無勢。
ついに砦周辺から追い散らされ、攻勢発起点である前哨陣地まで押し戻されました。
さらに北軍は南軍の右翼にも攻撃を仕掛けます。
右翼を守備していたのはA・P・ヒルでしたが、彼の手元からは北軍への攻撃のためにゴードン隊へ兵力が引き抜かれており、通常よりも四個旅団が少ない状態でした。

塹壕に篭もって北軍を迎え撃った南軍A・P・ヒル隊は北軍に多大なる損害を与えます。
しかし、兵力の少なさは如何ともしがたく、ついに塹壕線は突破され、千ほどの捕虜を出して後退しました。
結局南軍の攻撃は押しもどされ、南軍は約三千の兵力を失いました。
南軍の総兵力は約三万まで落ち込みます。

一方北軍も約四千の兵力を失いましたが、シェナンドー峡谷でアーリーを蹴散らしたシェリダンがグラントと合流したことで損害は埋め合わせされます。
グラントはついに十二万を上回る兵力でピータースバーグとリッチモンドを包囲することになるのでした。

リーがもはや打つ手を失っていると考えたグラントは、シェリダンとウォーレンに南軍右翼を攻撃させます。
南軍は必死に防戦しますが、1865年4月1日、ファイブ・フォークスの戦いにおいてついに南軍右翼の防衛線は崩れました。

翌4月2日。
グラントは全軍に攻撃を命令。
北軍は全線にかけて攻撃に入り、南軍防御陣はついに各所で寸断されます。
さらに北軍の攻撃に対処するため、前線で兵士を指揮していた南軍のA・P・ヒル将軍が戦死。
リーにはもはやなすすべがなくなりました。

その夜、南部諸州同盟大統領ジェファーソン・デイビスはリーより電文を受け取りました。
そこにはリッチモンド及びピータースバーグを放棄する旨が記されていました。
リーは首都の防衛をあきらめたのでした。

デイビス大統領はすぐさまリッチモンドを脱出。
臨時首都としてダンヴィルを指定。
ダンヴィル行きの列車に乗り込みます。

4月2日夜から4月3日にかけ、南軍はリッチモンド及びピータースバーグの防御陣地より粛々と後退を始めました。
リッチモンドの街は南軍兵士が放った火によって紅蓮の炎に包まれます。
この炎によって、まるで第二次世界大戦の無差別爆撃を受けたかのような廃墟となったリッチモンドの写真が、今に伝わっています。

リーはジョゼフ・ジョンストンの残存兵力と合流すべく、西方のリンチバーグという街へ向かいました。
しかし、4月5日、リンチバーグへの道のりの途中に北軍シェリダン隊が先回りしていることを知ります。
進路を変えてやり過ごそうとしましたが、北軍の追撃は急であり、リーは追撃する北軍を一度反撃しないとならなくなります。

4月6日、セーラー川において二万ほどにまで減った南軍は北軍に対して布陣しました。
しかし、武器弾薬が底をつき食料も無い南軍兵士たちは、士気こそ高かったものの、北軍の一撃に耐えることはできませんでした。
エーウェルの軍団はこの時点で約四千ほどにまで減っていましたが、北軍の攻撃を支えきれずついに降伏。
アンダーソン隊も約二千の捕虜を出して崩壊します。
リーは残存の南軍をどうにかまとめ、セーラー川を離れました。

4月9日。
約一万数千の南軍はアポマトックス川近くのアポマトックス・コートハウス(裁判所)という村にたどり着きます。
しかし、ここにもすでに北軍が布陣しており、リーの行く手をふさいでいました。
ジョンストンとの合流を図るリーは、ここを突破するしかありません。
残存南軍は北軍に対して攻撃を仕掛けましたが、北軍が時間とともに増強されていくのを見てリーは絶望感のみが募ります。

もはやこれまでと悟ったリーは、ついに北軍に降伏することを決意。
まだ戦えるという部下に対し、以後連邦政府並びその将兵に対し銃口を向けてはならないと命じ、自身はグラントに対して降伏のための交渉に出向くことにします。

アポマトックス・コートハウスにあるウィルマー・マクリーンの私邸がリーとグラントとの会見場所に選ばれました。
マクリーン本人は自宅ではなく空き家を使って欲しかったそうですが、会見には不適当ということで拒否され、彼の自宅が使われました。

マクリーンは、以前ヴァージニア北部ブルラン川の近くに住んでいましたが、1861年の第一次ブルランの戦い、1862年の第二次ブルランの戦いが自宅すぐそばで起きたので、この静かな村に引っ越してきたのでした。
ここでまた戦争に関わることになるとは思いもしなかったでしょう。

午後一時、礼装用の軍服を着込んだリーがまず到着します。
そして、午後一時半頃、同じように身支度を整えたグラントが現れ、リーが席から立ち上がって出迎えました。
ロバート・エドワード・リーと、ユリシーズ・シンプソン・グラントとの歴史的な会見でした。
二人はがっちりと握手を交わし、すぐに降伏の交渉に入りました。

グラントの出した条件は比較的緩やかと言ってもいいものでした。
南軍兵士の武器の放棄、そして今後軍務に付かないという宣誓をするというものでした。
「馬はどうなりますか?」
リーが条件を記した文書を確認してそう尋ねます。
馬は騎兵、砲兵ともに重要な動物なので、当然保有が認められるはずは無いのです。
しかし、グラントはこう言ったと言われます。
「南部の農民は両軍の戦闘に巻き込まれて疲弊しています。どうかあなたがたの馬を使って彼らの農耕を助けてあげてください」
そしてすぐに南軍兵士たちに食料を振舞うように命じます。
リーは涙を流して感謝しました。

ここにいたり、リー配下の南軍残存部隊は銃を置きました。
南軍主力が降伏した瞬間でした。

その40へ
  1. 2007/06/07(木) 20:49:21|
  2. アメリカ南北戦争概略
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ちょっとしたコメント2

A grove of ASLというサイト様の主催で、アドバンスドスコードリーダー(ASL)のstarter kitのシナリオを使用したトーナメントがVASLというネット対戦システムを使って行なわれております。

まだまだASL&VASL初心者の私ですので、トーナメントに参加など毛頭しておりませんが、行なわれている試合を時々覗かせていただいております。

手に汗握る白熱の展開が繰り広げられ、毎回楽しませていただくとともにいろいろと勉強もさせていただいております。
他の方のプレイというのも見ていると楽しいですよね。
(ルールや背景を知っているゲームという前提が必要かもしれませんが・・・)

さて、先日バズーカ&パンツァーシュレックをコメントさせていただきましたが、今日もASL SK2に入っている砲兵器ユニットについてのコメントを。

第一次世界大戦で真価を発揮した迫撃砲は、その後ポピュラーな歩兵支援用の砲として各国軍隊が採用します。
迫撃砲は砲弾を上に向かって撃ち上げるのが一般的で、砲弾はやがて地球の重力に引かれて落ちてくるため、上手く調節することにより敵の頭上に弾を降らすことが可能というメリットを持っています。
これはASLでも、通常林にいる敵ユニットは+1の防御効果を持ちますが、迫撃砲に関しては木の枝で上から降ってきた砲弾が炸裂するためにかえって被害を大きくするということで-1と射撃側に有利な修整となることで表わされています。

また簡単な構造(一般的な砲と比べて)で軽量の迫撃砲は、分解したりすることなくそのままでもわりと簡単に場所を変えることができ、SK2内でも複数兵ユニットによって移動させることが可能です。
(もちろん分解することで、より移動させやすくなることは言うまでもないですが、SK2ではそこまでのルールは無いようです)

SK2のドイツ軍には5㎝と、8.1㎝迫撃砲がカウンターとして用意されています。
まずは5㎝迫撃砲から。

この5㎝迫撃砲は、中隊支援用として配備されたもので、重量は14㎏、砲身長は465ミリ、最大射程が約520メートルほどでした。
SK2では最大13ヘクス先まで届き、一ヘクスの対辺間が40メートルですから、まさにピッタリです。
砲弾は0.9㎏のHE(榴弾)のみ。
手軽な軽迫撃砲でしたが、弱点もありました。

それは製造に手間とコストがかかりすぎること。
複雑なテレスコピックサイト(いわゆる照準器)が付き、落発式ではなく撃発式のため発射機構も付いている。
要するに無くてもいいようなものが付きすぎていたんですね。
結局、ドイツ軍も金がかかりすぎの兵器として、1941年には製造中止。
残ったものは壊れるまで二線級部隊などで使用されました。

一方同じようなことをしていたのが英軍です。
口径5.1㎝の2インチ迫撃砲がカウンターとして入っていますが、このカウンターはおそらくシルエットから見て後期の奴だと思われます。
もともとはスペイン製の5㎝軽迫撃砲を輸入して使っていた英軍でしたが、これもドイツの5㎝軽迫と同じで気泡式の照準器や精密に頑丈に作られていて重いわ必要無いわの部分が多かったそうです。

そこで英軍はこれを大幅に改良して、簡便で使い勝手のいい軽迫撃砲に改良しました。
もともと500メートル内ぐらいの肉眼で見える敵に向かって撃つことが多い兵器ですから、複雑な照準器など必要ないのです。
2・3発撃って着弾を見て調節すればいいだけ。
ということで複雑な部分はみんな取り払ってしまいました。
こうしてできた2インチ迫撃砲は、重量わずか4㎏(ASLで4PPなのは重さばかりではなくかさばるからか?)、射程450メートル(SK2では最大射程が11ヘクスだからこれもほぼピッタリ)の有用な軽迫撃砲になりました。
さらにドイツ軍のとは違い、榴弾ばかりか発煙弾や照明弾も撃ち上げられ、大変役立ったそうです。
(SK2でも発煙弾撃てますね)

軽迫撃砲は米軍も装備しています。
ところが米軍の軽迫撃砲は、なかなか本格的な迫撃砲で、口径も6㎝ありました。
これはもともとフランス製の6㎝迫撃砲をライセンス生産したもので、8.1㎝迫撃砲のミニチュア版といったものでした。
重量は19㎏、砲身長726ミリ、射程は約1800メートルもありました。
(SK2でも45へクスも飛びます)
重量1.3㎏の榴弾のほか、こちらも照明弾や発煙弾を撃ち上げることができ、特に太平洋の戦場では日本軍の万歳攻撃を防ぐために照明弾を絶えず撃ち上げていたそうです。

ただ、海兵隊の兵士たちは、この6㎝軽迫の破壊力に懐疑的であったそうで、ジャングルに潜む日本軍には威力不足と思っていたそうです。
しかし、なんとこの懸念は日本軍が払拭してくれました。
日本軍に鹵獲された6㎝軽迫は海兵隊員たちの頭上に砲弾を降らせてきて、海兵隊員たちはかなりの損害を受けたそうです。
そのため、6㎝軽迫は威力を見直され、海兵隊でも有効に活用するようになったとか。(笑)

それにしても、1940年にライセンスを取得して、1944年までに3万門を造る計画を立てる米国もすごいですが、その製造会社に選ばれた中にファイアストーン・タイヤ&ラバー社って・・・6㎝軽迫はゴム製品ですか?(笑)

今日はこのあたりで。
それではまた。
  1. 2007/06/06(水) 21:56:01|
  2. ウォーゲーム
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新しいリンク先です

うわわー!
大事なこと忘れてましたー。

このたび折尾楽太郎様のサイト「折尾楽太郎の闇の研究所」と相互リンクさせていただきました。
URLはこちらです。
http://www.geocities.jp/orio_rakutarou/index.htm

折尾様はg-than様のKiss in the darkともつながりのある、悪落ちや洗脳大好きの方でして、素敵なSSもサイトで発表なされています。

ぜひぜひご訪問いただいて、その素敵な世界を堪能していただければと思います。

折尾様、相互リンクありがとうございました。
  1. 2007/06/05(火) 22:14:15|
  2. ネット関連
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ぜひぜひおにゃのこをww

先日血迷って(笑)コミックスを一冊買ってしまいました。
内容まったく知らなかったんですけどね。

「雷星伝ジュピターO.A.」 月間少年マガジンコミックス。
画 なかざき冬 原作 和智正喜

深夜特撮雷星伝ジュピターに惚れ込んだ主人公のオタク少年トオル。
グッズを集め、ビデオに録画し、日々ジュピターを夢見ているトオルでしたが、実はこの雷星伝ジュピターは現実に起こったこと。

ガチャガチャのようなカプセルによってジュピターは生み出され、同じようにカプセルによってモンスターにされた人間と戦わされる。
力の無いものはジュピターとなってもモンスターに殺されてしまうのだ。

ジュピターのガチャガチャを見つけて大喜びのトオル。
彼の手に入ったのはジュピターのカプセルだった・・・

というストーリー。

結構面白いです。
カプセルによってモンスターにされてしまうのも人間なんですが、トオルの知人もモンスターにされたりします。

トオルには隣に住む女の子ジュンちゃんという知り合いもいますので、いずれはぜひぜひ彼女もモンスターにして欲しいなぁ。

学校の女教師とかもモンスターにしてくれるとうれしいですよね。ww

次巻が楽しみですね。
それではまた。
  1. 2007/06/05(火) 21:20:01|
  2. 本&マンガなど
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ちょっとしたコメント

ASL SK2にはいくつかの砲が入っているのは先日ご紹介しました。
その他にもいろいろな兵器がユニットとして入っています。

今日はその中のいくつかについてコメントを。

米軍ユニットには、43年型、44年型、45年型と三種類の2.36インチロケットランチャー(通称バズーカ)が入っています。

1942年6月、米軍は兵士の携帯用対戦車兵器として、当時認知され始めた成型炸薬をロケット推進で打ち出す兵器として、口径2.36インチ(6㎝)のロケットランチャーを採用しました。

発射機自体は単なる鉄のパイプであり、それに引き金や着火用の発電装置がついただけの簡単な代物で、その姿が当時のコメディアン「ボブ・バーンズ」氏が「バズーカ」という舞台で使っているラッパに似ているということで「バズーカ」という愛称になったと言います。

2.36インチロケットランチャーM1は、すぐに米軍の各部隊に配備され、リビアでドイツ軍相手に使用されました。

しかし、150メートルほどまで戦車に近づかなくてはならず、見晴らしのいい砂漠ではほぼ自殺行為ということで誰も使いたがらず、敵兵の立て篭もる建物やトーチカに対して撃つのが多かったようです。
ASL SK2でも、ほぼそういった使い方になるといえましょう。

このM1ロケットランチャーはその後改良を受け、折りたたみ可能なM9へと進化。
さらに折りたたみ部分を強化したM9A1へと改良され、ロケット弾自体も破壊力を増した上に焼夷弾や発煙弾も使えるようになっていきます。
SK2でも、45年型では発煙弾(WP)の使用が可能になっていますね。

イタリア戦線やノルマンディー以後のヨーロッパ戦線で、装甲の厚いドイツ軍戦車に対し威力不足が感じられるようになると、米軍は3.25インチに口径を増したバズーカの開発に進みますが、完成は1945年10月となり、この3.25インチバズーカ(スーパーバズーカと呼ばれる)は朝鮮戦争で活躍することになります。

このバズーカの威力と簡便さに目をつけたドイツ軍は、自軍の8.8cmロケット弾を使用できるバズーカ的な簡易ロケットランチャーを開発しました。
これがいわゆるパンツァーシュレック(戦車脅威)。
ドイツ版のバズーカです。
SK2でもしっかりとユニット化されています。

口径6㎝の米軍のバズーカに対し、口径が8.8㎝であるために当然破壊力は大きく、歩兵射撃表上でも12火力とワンランク高くなっています。

その分後方噴射も激しかったらしく、初期の型はガスマスクを付け保護服を着ないと発射できませんでした。
後の型では噴射炎よけの盾のようなものが付き、保護服やガスマスク無しでも撃てるようになっています。

これもSK2内では建物などに篭もる歩兵を撃つことになりそうですね。

今日はこんなところまで。
迫撃砲などはまた後日コメントしますね。

それではまた。
  1. 2007/06/04(月) 21:34:36|
  2. ウォーゲーム
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アメリカ南北戦争概略その38

ピータースバーグの包囲戦は、まさに第一次世界大戦の前哨戦と言っても過言ではありませんでした。
北軍はその豊富な国力を背景にさまざまの新兵器や新戦術を投入します。

今日にもいろいろな写真が残っていますが、鉄道の線路上に台車を置き、その上に大口径砲を搭載するいわゆる列車砲の走りもこの時に使われています。
補給は鉄道によってまかなわれ、河川には蒸気船が遡行して補給線の一端を担います。
上空には気球が浮かび、塹壕線への砲撃の着弾観測を行ないます。
大きな電池を積んだ馬車を従えた電信機材が前線の様子を瞬時にワシントンに伝え、ワシントンからの指示もすぐに前線に伝わります。
近代戦がすでに始まっていたのでした。

1864年7月、グラントは南軍の防御陣地の一部に対してある作戦に出ました。
炭坑夫などを使い、南軍の塹壕を地下から吹き飛ばすことにしたのです。
この作戦は、南軍の陣地を吹き飛ばすというところまでは成功しました。
なんと、十五メートルのトンネルを掘り、四トンもの火薬を地下に設置した北軍は、南軍の一個連隊を塹壕もろとも吹き飛ばし、防御陣の一角に巨大な穴をうがったのです。

しかし、北軍はその好機を生かすことができませんでした。
北軍はあろうことかその大穴に向かって突撃してしまい、右往左往する羽目になったのです。
衝撃から立ち直るまでに時間がかかったとはいえ、南軍は砲撃や射撃を北軍に集中。
どうにか防御線を立て直すことに成功します。
それどころか、南軍は逆襲にまで転じ、北軍は大損害を受けて後退しました。
北軍の損害は約四千。
一方南軍は千二百ほどでした。

グラントは突入の指揮を取ったバーンサイドを即座に解任。
バーク将軍に指揮を引き継がせました。

結局さしたる戦果を得ることも、陣地を突破することも叶わなかった北軍は、再度長期の包囲戦に移ります。

8月。
グラントはウォーレンとハンコックの部隊にピータースバーグ南方のウェルドン鉄道を押さえるために送り出します。
南軍もそれを迎撃し、グローブターヴェン(グローブ酒場)の戦いが発生。(8月18日)
北軍は鉄道の一部を確保したものの、補給線を寸断することはできず、ピータースバーグへの補給路は開かれたままでした。

9月及び10月には、グラントはまたもピータースバーグ南部の南軍に対して攻撃を開始。
ピーブルズ農場の戦いやポプラースプリングス教会の戦い、そしてボイドトン・ブランクロードの戦いなどのいくつかの戦いが行なわれましたが、いずれも南軍が北軍に自軍の損害の倍近くの損害を与えて撃退。

11月に入ると、冬が近くなったために双方とも自然と大規模な行軍も戦闘もなくなり、ある種の自然発生的休戦状態となります。

リンカーンが再選し、戦争がさらに続くことがわかると、リッチモンド及びピータースバーグの南軍にとって、冬はつらく厳しいものとなりました。
鉄道を使い巨大な兵站能力を駆使して、前線の兵士に対しても潤沢に食料物資が届けられる北軍に対し、南軍は兵士も住民もか細くなる一方の補給路に依存して、窮乏生活を余儀なくされていたのです。

食料や物資の徴発に出た南軍部隊が、いくらかの物資や食料を持ち帰ることもありましたが、そのようなものは焼け石に水であり、南軍兵士たちは飢え死にか戦死かを選ばなくてはならないほどの状況になってきていたのでした。

年が明け、1865年。
すでにサヴァンナは陥落し、1月にはフィッシャー砦が陥落。
2月に入ると、コロンビア、チャールストン、ウィルミントンと相次いで陥落した南部諸州同盟は、もはや最後の時を迎えます。

リーはここに至ってピータースバーグを脱出し、ジョンストンの軍勢と合流するという賭けに出ました。
このまま包囲下にいてもいずれは崩壊してしまいます。
それならば、最後に賭けに出るべきだと考えたのでした。

その39へ
  1. 2007/06/03(日) 20:27:21|
  2. アメリカ南北戦争概略
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ASL三連チャン

昨日の夜から今日にかけ、ありがたいことにASLを三連チャンでプレイする機会に恵まれました。

一戦目は、ネット対戦機能であるVASLを使って、今日も6ゾロ様にお手合わせいただきました。
シナリオはSK1のS1シナリオ。

やはりベテランプレイヤーである今日も6ゾロ様はさすがです。
的確な動きと的確な射撃。
私は独軍を担当しましたが、まさに溶けるように分隊が消えて行きました。(笑)
結局2ターン終了時で投了。
惨敗でした。

でも、面白かったですし、また勉強にもなりました。
今日も6ゾロ様にはこの場を借りてお礼を申し述べさせていただきます。

2戦目、3戦目は、いつものように先輩とプレイです。
同じくS1シナリオを攻守ところを変えて二回プレイ。

最初私が米軍を担当。
やはり米軍の圧倒的火力は有効ですね。
4ターン終了時で独軍がほぼ壊滅し投了となりました。

二回目は私が独軍担当。
一回目同様先輩はダイスが振るわず、独軍分隊を混乱させることができません。
逆にこちらはダイスがかなりついていて、米軍が次々と混乱。
これも4ターン終了時で投了。
今度は独軍の勝利でした。

ルール的にまだまだ先輩は不慣れなところがあるんですが、それ以上に今日はダイスもツキがなかったですね。
二連勝という形にはなりましたが、ダイス次第でどう転ぶかわからないのもASL。
また次回の再戦を約して終了しました。

今度はまたVASLで諸プレイヤー様方に揉んでいただかねば。

それではまた。
  1. 2007/06/02(土) 20:11:08|
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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