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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

アメリカ南北戦争概略その27

ミシシッピ川の制水権喪失と各港湾の封鎖は、南部諸州同盟にとって大きな痛手となってしまいます。

しかし、封鎖を突破して密貿易を図るブロッケードランナーも、同盟政府より私掠船免状を渡された私掠船も、優勢な北部連合海軍によってじょじょに数を減らされてしまいます。
封鎖を解除するには北軍の軍艦をどうにかしなくてはなりませんでした。

南部諸州同盟が使い始めたのは機雷でした。
機雷とは、接触したら爆発するように仕掛けられた水上の地雷とも言うべきもので、一度設置したら敵味方お構い無しではありましたが、上手く接触しさえすれば、大型の船舶でも大穴を開けられて沈没してしまう威力を持っておりました。
南部海軍はこの機雷を上手く設置して北部海軍の軍艦を沈めようとしたのです。

封鎖のために一定航路を遊弋していた北軍軍艦はこの機雷によって結構な損失をこうむることになりました。
爆発力が強大な機雷は、砲弾と違って水面下で爆発するために、開いた穴から水がドッと入り込むので沈みやすいのです。
しかも、新鋭の装甲艦でも水線下は装甲していないのが普通であり、被害を防ぐこともできないのでした。
そのため、北部海軍の喪失艦のうち砲撃で沈んだもの9隻に対して、機雷による喪失は27隻と三倍にもなっております。

北軍艦艇に一定の戦果をあげることができた機雷でしたが、機雷は純然たる防御兵器であり、敵艦が触れてくれなくては爆発しないものでした。
北軍艦艇が機雷に注意を払い、掃海(機雷など航行の邪魔ものを取り除くこと)を行なうようになれば、機雷は威力が減殺されてしまいます。
敵艦艇に対しては攻撃して沈めることが必要でした。

しかし、時代は装甲艦の時代になってしまいました。
装甲艦に対しては従来の大砲では損害を与えることが難しくなってしまったのは、「ハンプトンローズの戦い」での「モニター」対「ヴァージニア(メリマック)」の例を見ればわかります。

そこで登場したのが桿装水雷でした。
これは、外装水雷とも刺突水雷とも呼ばれるもので、長い銛(もり)状の円材の先端に爆薬を取り付け、それを敵艦の横腹喫水線下に刺して、逃げる時に爆発させるというものでした。

威力は絶大でしたが、敵艦に接近するのが難しく、接近中に撃たれたり、突き刺した桿装水雷の爆発に巻き込まれたりと危険極まりない代物でした。

それでも南軍はこの桿装水雷を使うしかなく、この桿装水雷によって北軍艦艇は少なからず打撃を受けたものの、危険度に見合う戦果とはなりませんでした。

水上からの接近が容易でないのであれば、水中からではどうか?
この考えによって、南部海軍は潜水艇を開発します。

最初に作られたのは半潜水艇でした。
水中に船体を沈めたものの、エンジンで動くために、煙突や吸気口は水上に出したままでした。
しかし、この半潜水艇で南軍は1863年10月、北軍装甲艦「アイアンサイズ」に損傷を与えることに成功します。

半潜水艇ではやはり水上から発見されやすい。
そう考えた南部海軍はついに潜水艇を実戦投入いたします。
円筒形のボイラーを外殻に使い、両端を閉じた上でクランクで手回しするスクリューを船尾に取り付けたこの潜水艇は、出資者の一人H・L・ハンリーの名を取って「H・L・ハンリー」と名付けられました。
ただし、ハンリー自身はこの潜水艇の訓練中の事故で死亡しております。

「H・L・ハンリー」は、1864年2月に、チャールストン港を封鎖中の北軍蒸気スループ「フサトニック」に対し、桿装水雷で攻撃。
ついにこの「フサトニック」を撃沈します。
これが史上初めての潜水艦(艇)による戦争中の敵艦撃沈第一号となりました。

残念なことに、「フサトニック」を撃沈した「H・L・ハンリー」でしたが、爆発に巻き込まれたか何かで自身も沈没。
乗組員は運命をともにしました。
2000年に引き揚げられた「H・L・ハンリー」は、今博物館で静かにその姿を訪れる方たちに見せております。

潜水艇という画期的な兵器が戦争の推移を左右するには、まだまだ時間が必要でした。
南部諸州同盟はそこまで命脈を保つことができませんでした。

半潜水艇も潜水艇も優勢な北部海軍には蟷螂の斧でした。
封鎖はついに解除されることはなかったのです。

南部諸州同盟がフランスに発注した通商破壊艦の一隻に装甲艦「ストーンウォール」というのがありました。
完成したのは1865年1月。
フランスを出港しキューバに着いた時には南北戦争は終結しておりました。
「ストーンウォール」は合衆国海軍に編入され、その後、時の江戸幕府によって購入されることになります。

しかし、これもまた日本へ到着した時には幕府が崩壊。
新政府と旧幕府勢力の双方でこの船の引渡しをアメリカに求めます。
アメリカは戊辰戦争には中立の立場でしたが、新政府側の旗色がよくなったのを見て「ストーンウォール」を新政府に引き渡します。

その後「ストーンウォール」は新政府海軍の一員として活躍。
明治の帝国海軍となった後も「東」と名付けられ、艦隊の一翼を担いました。
数奇な運命をたどった船といえるでしょう。

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  1. 2007/04/19(木) 21:57:29|
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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