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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

アメリカ南北戦争概略その25

「チカモーガの戦い」により、戦場を追い払われたローズクランズ率いる北軍部隊は、チャタヌーガという町に立て篭もります。
ブラクストン・ブラッグ将軍麾下の南軍が今しもチャタヌーガに殺到してくるのではないかと、ローズクランズは戦々恐々としておりました。

このテネシー川流域の要衝を保持するべく、リンカーンはこの方面のてこ入れを行ないます。
“ファイティングジョー”フッカーをこの方面へ送るとともに、本来ポトマック軍の指揮を取らせようとしていたユリシーズ・グラントに、この方面の指揮をゆだねたのです。

グラントは西部方面(何度も言うようですが、あくまでワシントンから見た西部であり、西部劇の西部ではありません。位置的には現在のアメリカ中東部です)総司令官に任じられ、チカモーガでの敗戦後精彩を欠いていたローズクランズを解任してトマスに指揮を任せます。
トマスは、チャタヌーガの防備を固めますが、やがてやってきた南軍部隊に町は半包囲されてしまいます。
町の背後はテネシー川であり、半包囲と言っても実態は包囲そのものでした。

補給が途絶え、食料にもこと欠くようになったチャタヌーガの北軍は、このまま補給が途絶えていれば来るべき冬は越せない状況であり、グラントはなんとしてでも南軍の包囲を打ち破る必要に迫られます。

幸いにしてトマス及び彼の幕僚スミス准将の機転により、テネシー川の一角に船橋を築くことができた北軍は、細々ながら補給が通じるようになります。
後は南軍を追い散らすだけでした。

補給が通じたとはいえ、チャタヌーガの北軍は態勢を立て直すには時間が必要でした。
一方外から南軍を攻撃するはずの援軍も、まだ集結には時間が必要でした。
北軍は全てにおいて時間というものが切実に必要だったのです。

その時間は南軍は提供してくれました。
南軍指揮官ブラクストン・ブラッグはチカモーガの戦い以後まったくと言っていいほどチャンスをものにできませんでした。
麾下の部隊の動きは鈍く、チャタヌーガの北軍に対して包囲すること以上の事を行なうことができませんでした。

ブラッグはとにかく全てのことを自分が計画しないと気がすまなかったのかもしれません。
彼は自分の見たい物だけを見、聞きたいことだけを聞いて一方的に命令を出すのが常だったようです。
そのため下級指揮官との折り合いが悪く、部隊行動に重大な影響を与えました。
下級指揮官は何においてもお伺いをたてねばならなかったのです。

この性癖はブラッグとロングストリートの衝突へと発展しました。
ロングストリートは誰はばかることなくブラッグを非難したために、現場の険悪さを解消しようと南部諸州同盟大統領ジェファーソン・デイビスがわざわざテネシーまで足を運ぶという事態にすらなったのです。

結果としてデイビスの訪問は状況を南部同盟にとって悪い方へと押しやってしまいます。
良かれと思ってしたことが裏目に出る。
これも戦争には付きまとうことの一つでしょう。

デイビスは角突き合せている両将軍を引き離したほうがよいと考えました。
そのため、せっかく集結していたブラッグの軍勢から一万五千をロングストリートに預け、ノックスヴィルという町方面への略奪行に向かわせることにしたのです。
チャタヌーガの包囲陣は、北軍が何もしないうちに有能な将軍と兵力を失うこととなりました。

デイビスはチャタヌーガに篭もる北軍に対して今後どうするべきかの会議を主催します。
南軍には二つの案がありました。
一つはテネシー川を渡河し、完全に町を包囲してしまう案。
もう一つは北軍の補給拠点であるブリッジポートの町を攻略する案。
どちらもチャタヌーガの補給を再度失わせるのが目的であり、成功すればチャタヌーガの北軍は降伏せざるを得ず、南部同盟始まって以来の大勝利となることが確実でした。
そうなればゲティスバーグやヴィックスバーグで失った主導権をある程度取り戻せたかもしれません。

しかし、この会議の結論を出さないまま、デイビスはリッチモンドへ帰ってしまいます。
下級指揮官たちの不満の種であるブラッグを解任することも、断固とした攻撃命令も出さないままでした。

ブラッグはやれやれといった感じで何もしませんでした。
彼が腰を上げようとしたときには、グラントが部隊を集結させ、チャタヌーガの北軍は危機を脱していたのです。

グラントの手元には親友ウィリアム・テカムセ・シャーマンの軍勢と、フッカーの軍勢、それにトマス率いるチャタヌーガの軍勢合わせて七万を数えるまでになりました。
一方のブラッグはロングストリート隊が抜けたために四万に減っておりました。

両軍は包囲陣の一角ミショナリーリッジという丘で激突します。
北軍兵士は包囲されていた鬱憤を晴らすかのように攻めまくり、士官たちが止めるのも無視して丘に攻め登りました。
南軍はまったく支えることができずに後退。
ブラッグの司令部も一時は攻撃に晒されるほどでした。
チャタヌーガの包囲は崩されたのです。

この1863年11月25日の「ミショナリーリッジの戦い」を含む「チャタヌーガの戦い」は、損害こそ北軍五千八百に対し南軍六千七百と大規模な戦いではありませんでしたが、南軍はチャタヌーガを失っただけではなく、戦争そのものも失ったと言って過言ではありませんでした。
もはや南軍の手に主導権が戻ることはなくなったのです。

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  1. 2007/04/16(月) 20:40:25|
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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