「大本営発表! 帝国陸海軍は今八日未明、西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり!」
65年前の1941年12月8日、大日本帝国は対米交渉不調に至り、ついに真珠湾に停泊する米軍艦艇に対し攻撃を開始します。
現在の北方領土択捉島単冠(ひとかっぷ)湾を出発した連合艦隊は、赤城を初めとする空母六隻を主力とした一大機動艦隊でした。
開戦と同時に敵根拠地を襲撃し、その練度の高い艦載機群を持って米軍艦隊を撃破。
大損害を与えることで米軍の士気阻喪を図るという意図でした。
六隻の空母から発進した第一次攻撃隊は、零式艦戦43、99艦爆51、97艦攻89、合計183機の大編隊でした。
この大編隊は、当時真珠湾に配備されたばかりのレーダーにキャッチされます。
しかし、この情報は見過ごされました。
たまたま、米本土から増援としてB-17大型爆撃機が向かってくる時間だったのです。
レーダーがキャッチしたのは、B-17に“違いない”と判断されたのでした。
現地時間12月7日午前7時49分、日本時間12月8日午前3時19分。
真珠湾に日本軍機が殺到します。
たまたま、本当にたまたまアメリカの空母は真珠湾にはいませんでした。
エンタープライズは航空機輸送から帰投中、逆にレキシントンは航空機をミッドウェーに輸送中、サラトガは米本土西海岸で修理中、他の空母は大西洋でした。
真珠湾にいたのは米軍の主力戦艦八隻とその随伴艦だったのです。
その戦艦群に日本軍機は襲い掛かりました。
「トラ・トラ・トラ」(われ奇襲に成功せり)の電文が打たれたのは、日本時間午前3時22分。
戦艦オクラホマ:沈没
戦艦アリゾナ:沈没
戦艦カリフォルニア:沈没
戦艦ウェストバージニア:沈没
ほか補助艦艇二隻沈没
損傷艦艇にいたっては、戦艦四隻、巡洋艦二隻、駆逐艦三隻、補助艦艇二隻という状況で、真珠湾在泊艦艇はほぼ壊滅しました。
しかし、所在のわからぬ米軍空母の攻撃を恐れ、第二次攻撃隊までで攻撃を終了。
機動部隊は帰途に着きました。
まさに備えの無いところへの奇襲であり、米軍はほとんど対応することができませんでした。
しかし、この攻撃は宣戦布告文の手違いによる手交の遅れから、だまし討ちとしてアメリカには捉えられ、「リメンバー・パールハーバー」が合言葉となってしまいました。
アメリカ国民は奮起し、アメリカは戦争にその国力を投入することになります。
ルーズヴェルト大統領の陰謀とも言われますが、これでアメリカは大手を振って戦争に参加できることになりました。
この真珠湾奇襲と日本の対米英宣戦布告は、英首相チャーチルを大喜びさせたそうです。
これでアメリカが対独戦に参加する。
英国は救われた。
と、言うわけですね。
無謀であり、やってはいけない対米戦争ではありましたが、やる以上はこの作戦は必要だったのではないかと思っています。
もっとも、その後がいけなかったですけどね。
作戦指導におごりというか歪みが出てくるようになってしまいます。
どうしてだったんだろうなぁ。
今日はこれまで。
それではまた。
- 2006/12/08(金) 22:14:16|
- 趣味
-
| トラックバック:0
-
| コメント:5