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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

殿中でござる

元禄十四年(1701年)三月十四日。
江戸城において、とんでもない事件が起きました。

江戸幕府が送った年始祝賀の答礼として朝廷より勅使ならびに院使が派遣されてきていた江戸城内において、勅使馳走役の浅野内匠頭長矩(あさのたくみのかみながのり)が、高家吉良上野介義央(きらこうずけのすけよしひさ)に切りつける刃傷事件が起きたのです。

場所は江戸城松の廊下。

その日、たまたま大奥の御台所から勅使に対して渡される品物と口上を述べる役目を承った人物が、打ち合わせのために松の廊下を歩いていました。

梶川与惣兵衛頼照(かじかわよそべえよりてる)。
江戸城詰の幕府旗本で、700石の所領を与えられておりました。

打ち合わせの当人である吉良上野介は老中と話中だったため、先に浅野内匠頭との打ち合わせを済ませた梶川与惣兵衛は、白書院の間から吉良上野介が出てきたので、彼のもとに行きます。

吉良上野介との会話をしていると、突然怒鳴り声が上がりました。

「この間の遺恨、覚えたるか!」

その声に吉良上野介が振り向いた時、浅野内匠頭の短刀が振り下ろされ、吉良上野介は眉間を切られました。

さらに逃げようとした吉良上野介を浅野内匠頭が背中から切りつけたのを見た梶川与惣兵衛は、必死になって浅野内匠頭の背中から取り押さえようとします。

「浅野殿、殿中でござる、殿中でござるぞ!」
そう言って浅野内匠頭にしがみついた梶川与惣兵衛に対し、浅野内匠頭は武士の情けを訴えます。

しかし、浅野内匠頭は取り押さえられ、吉良上野介を討ち果たすことはできませんでした。

浅野内匠頭は即日切腹。
吉良上野介にはお咎めなし。

この一方的な沙汰が後に再び事件を呼び起こすのですが、梶川与惣兵衛は浅野内匠頭を取り押さえた功により五百石の加増となりました。

後の討ち入り以後、浅野内匠頭同情論に押され、すっかり嫌われてしまったそうですが、あの場に立ち合わせたら誰もが止めちゃいますよね。

しかし、あの場に立ち合わせたことで、こうやって三百年後にも名前が伝わるというのはすごいことです。
本人はどう思っているのでしょうね。

それではまた。
  1. 2006/10/30(月) 22:48:51|
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Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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