パウダーモンキー
まあ、直訳すれば粉の猿・・・になるんでしょうか?
何の事だかわからない方が多いと思うんですが、英国海軍の木造帆走戦列艦や木造フリゲートに乗り組んで、船倉の火薬庫から、砲列甲板まで発砲用の火薬を運ぶ任務についていた少年水兵をこう呼びました。
彼らは10歳から12歳ぐらいの少年で、いわば将来の海軍軍人になるための見習い水兵として乗り組んでいるのです。(士官候補生とは違う)
小柄ですばしこい彼らは、砲撃戦の最中に下甲板と砲列甲板の間を、猿の用に飛び回るようにして発射薬を運んだことからパウダー(火薬)モンキーと呼ばれるようになったんですね。
火薬はもちろん火がつきやすい物質ですから、大砲をたくさん積んだ軍艦といえども、そこらに積んで置くわけには行きません。
当然大砲を並べた砲列甲板にも必要最小限の火薬しか置く事はありませんでした。
弾丸そのものは鉄の塊や、鉄球を束ねたもの(ぶどう弾)だったりするので、爆発したりする危険はなく、大砲のそばに一回の砲撃戦の分ぐらいは置いてあったのですが、発射薬はそうはいきません。
そこで砲撃戦が始まる直前には、掌砲長が発射薬の入った筒(弾薬筒)を扱う管理室へ入り、弾薬庫から運ばれてきた火薬を一つずつの弾薬筒に詰めていったのです。
パウダーモンキーの少年たちは、火の粉が入らない用に湿らせたカーテンの隙間から渡される弾薬筒を受け取り、砲列甲板へ走ります。
これは当然大砲の門数の多い戦列艦などでは手が足りなくなるために、場合によっては乗っていた女性がパウダーモンキーと一緒に弾薬筒を運んだりした事もあったそうです。
(なぜ女性が乗っていたんでしょうね? (笑))
戦闘時以外には、彼らは水兵の雑用を言いつけられるのが主でした。
そうして艦内のさまざまなことを覚え、ベテランの海軍水兵に育っていったのです。
幼い彼らがパウダーモンキーとなるにはさまざまな理由があったようですが、海軍は給料がよく、貧しい人々がたくさんの子を抱えてしまった時に口減らしの一環として送り込まれるとか、浮浪児を集めて海軍に入れたりというのがあったようです。
当時の英国海軍は花形の職業で、海軍出身者は社会的にも認知度が高く、地位や職や金を得やすかったので、親としては子を海軍に入れたかったというのはあったようですね。
当時の実際に帆船に乗り組んでいる人間にしてみれば、ロマンもへったくれも無いでしょうけど、こうやって想像の世界で帆船の乗組員たちを思い浮かべる時、ロマンを感じてしまうのは私だけでしょうか。
それではまたー。
- 2006/09/02(土) 19:28:57|
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