今日はホーリードールの10話目です。
相変わらずちょっとずつですが、楽しんでいただければ幸いです。
10、
「あ・・・ああ・・・」
沁み込んでくる闇。
怖い怖い怖い・・・
自分が自分でなくなっていく恐怖。
沁み込んでくる闇は彼女の心も躰も作り変えて行く。
いやよいやよいやよ・・・
助けて助けて助けて・・・
「あぐぐぅ・・・」
ビキビキと躰が音を立てて行く。
その苦痛は凄まじい。
「ぐぎぃぃぃぃ・・・」
あまりの苦痛に悲鳴を上げてしまう。
普通ならその声を聞けば誰かがそばへ来そうなものだったが、今ここには誰も来ない。
いるのはただ一人。
彼女のその苦痛を与えた本人だ。
「ああ・・・あああ・・・」
「ふふふ・・・」
邪気の無い笑顔。
漆黒と言っていい髪の毛にまがまがしいカチューシャを嵌め、同じく漆黒のレオタードを着た少女。
その笑みは目の前で苦痛に苛まれているものに向けられたものだ。
「どう? 気持ちいいでしょ? やがてはその苦痛があなたを生まれ変わらせてくれるのよ」
「あががが・・・」
宙を仰ぎ目を見開いている女性警官。
その苦痛のため躰はピンとしなり、口は開かれたままとなる。
誰も通らない夜の通りで、それは異様な光景だった。
闇が心に沁み込んで行く。
それは彼女の心の傷と合流する。
あれはいつのことだったろうか・・・
大きな犬がにらんでいる。
今ならわかる。
あれはドーベルマン。
凶暴な大犬だ。
私はただ震えている。
逃げたくても逃げられない。
お父さんもお母さんも近くにはいない。
誰も助けてはくれない。
犬は私をにらんでいる。
牙をむき出しにして涎を垂らしている。
食べられる。
私は食べられる・・・
怖い怖い怖い・・・
助けて助けて助けて・・・
でも・・・
誰も助けてはくれなかった・・・
私はあの犬に食べられたんだ・・・
今でも残る右腕の傷・・・
泣いていた私のところへ誰かが来て犬を引き離してくれた・・・
それからどうなったのか私は知らない。
でも、私は食べられた。
私は食べられた・・・
もう食べられるのはいやだ・・・
食べられるなんて絶対にいやだ。
食べられるぐらいなら食べてやる・・・
食べてやる・・・
食べて・・・やる・・・
タベテ・・・ヤル・・・
指先の爪が伸びていく。
鼻が前方に突き出し、口元が引き裂けていく。
筋肉が膨らみ、表皮には毛が生えてくる。
ストッキングも制服も引き裂き、肉体をあらわにしていく女性警官。
その柔らかなラインがしなやかさの中にも強靭さを兼ね備えていく。
「ググ・・・グルルルル・・・」
人間とは思えないうなり声が上がる。
人間にはありえない尻尾をぴんと立てて四つん這いになる女性警官。
「うふふふ・・・あなたの闇は犬なんだ・・・あははは」
高らかに笑うレディベータ。
「グルルル・・・食ラウ・・・食ラウ・・・」
犬のビーストと化した女性警官は飢えを満たすべく獲物を探す。
「ふふ・・・そうよ。全て食べちゃいなさい!」
「アオ~~~ン」
レディベータの命に高らかに雄たけびを上げて走り出すビースト。
その先に待つものが殺戮であることにレディベータは満足を覚えていた。
食事を終えて自室で宿題を解いている明日美。
その胸に赤い石の嵌まったペンダントが輝いている。
それは不思議なペンダントで、どこで手に入れたのかまったく思い出せない上に、いつから提げているのかも思い出すことができなかった。
「先ほどお母様にお訊きした時も、見覚えが無いって言っていらしたわ。いつの間に私はこれを提げていたのでしょう・・・」
宿題を解く手を休め、ペンダントを手に取る明日美。
それを見ていると奇妙な感情がよぎる。
不気味なものを見るときのような恐れとも思える感情と、大切なものを手に取ったときの何となくせつないような暖かい感情が混じるのだ。
「紗希ちゃんも提げていましたわ。お揃いで手に入れたということはどこかへ一緒に出かけたときのことだと思うのですが・・・」
だとしたらきっとわいわい言いながら選んだに決まっているのだ・・・
そんな楽しい思い出ならば忘れているはずが無い・・・
忘れてしまうなんてそれこそ紗希ちゃんに失礼だ・・・
「それにしても不思議ですわ・・・」
楽しく二人で選んだ物のはずなのに、この見ていると背筋が凍るような気持ちはどうしてなのか・・・
「まるで・・・」
まるで何か持っていてはいけない物のよう・・・
「えっ?」
突然ペンダントが光り始める。
いけない!
明日美はとっさにそう思う。
このペンダントが輝く時、よくないことが起こる・・・
だが、明日美の目はその輝きから目をそらすことはできなかった。
「はあ・・・満足ぅ」
美味しいオムレツを食べ終えて、紗希は自室のベットに寝転んだ。
満腹の紗希は幸せこの上ない笑顔を見せている。
だが・・・
「はう~・・・そういえば宿題があったんだぁ」
天国から地獄へ突き落とされたような悲しげな声。
上半身を起こして机に向かおうとした紗希の胸でペンダントが揺れる。
「あ・・・」
思わずペンダントを手に取る紗希。
青い石が嵌まっているペンダント。
明日美ちゃんとお揃いのペンダント。
それは二人の友情の証。
いつ買ったのか、それとも明日美ちゃんからお誕生日にもらった物だったろうか・・・
忘れちゃって思い出せないけど、大事なのは明日美ちゃんとお揃いであるということ。
このペンダントがある限り、明日美ちゃんはそばにいてくれる。
無くしたら大変。
紗希はすでに着替えたパジャマの内側にペンダントを入れようとした。
「えっ?」
ペンダントは突然光り始める。
「な、何々?」
青い冷たい光が部屋中に広がった。
「あ、ああ・・・だめぇっ!」
紗希は言い知れない恐怖を感じていた。
「ああ・・・あああ・・・」
ぺたんと床に座り込む若い女性。
ちょっとした買い物から帰ってきた時、その異変に遭遇したのだ。
くちゃくちゃと何かを咀嚼する音。
ぽたぽたと滴り落ちる赤い液体。
それが何であるか彼女は知らない。
いや、知りたくはない。
彼女の疑問は、なぜこんな所に巨大な獣がいるのだろうかということと、何を食べているのだろうということ、それと先ほどまでテレビを見ていた夫とベビーベッドで寝ていた赤ちゃんがなぜいなくなっているのかということだけだった。
室内は赤かった。
どうしてか知らないが赤く塗られていた。
ペンキをぶちまけたようにところどころだけ赤い室内。
誰がこんなことをしたのだろう・・・
夫が帰ってきたら怒られちゃうわ・・・
きっとこんなに赤かったら、いくら赤ちゃんって言っても気持ち悪がるだろうな・・・
綺麗な赤じゃないんだもの・・・
何かどす黒いような・・・
ぎろりと獣の目が彼女をにらむ。
「あは・・・」
へたり込んだ彼女の足元から湯気が上がる。
ヒュッと風が動き、室内に新たな赤い色が撒き散らかされた。
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- 2006/04/04(火) 19:44:27|
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