五号戦車パンター。
ドイツ軍の数ある戦車の中でも人気の高い戦車の一つでしょう。
T-34に対抗できる戦車としてドイツ全軍の期待を一身に集めて登場したパンターでした。
しかし、開発の時間が足りなかったために、さまざまな初期不良に悩まされることになり、最終量産型であるG型に至っても全てを解決できませんでした。
1941年6月、ドイツ軍はソ連侵攻作戦「バルバロッサ」を発動します。
事前に得ていた情報によれば、ソ連軍は数こそ多いもののそれほど強力な戦車を有してはおらず、ドイツ軍の主力戦車たる三号戦車と、それを支援する四号戦車で充分対抗可能という結論を得ていました。
ところが驚いたことにソ連軍にはまったく新しい戦車を前線に投入してきたのです。
傾斜装甲を持ち機動性の高いバランスの取れた傑作戦車。
それがT-34でした。
最初のうちこそ数も少なく、またソ連戦車兵の技量も低かったために、ベテラン戦車兵の多かったドイツ軍はその不利を補い勝つことができました。
しかし、T-34の前には主力たる三号戦車ではもはや対抗できないことが明らかになったことは、ドイツ軍の心胆を寒からしめました。
そこで次期主力戦車として開発中の戦車の開発を早め、T-34に対抗できる戦車として送り出すことにしたのです。
実は最初はT-34のあまりの完成度の高さに、そのままコピーしようという話すら持ち上がったのですが、ドイツ技術陣の誇りが許さなかったのと、より大きな理由としてエンジンをコピー生産できないことが判明したため、コピー生産は見送られました。
結局ドイツ軍は新型の重戦車と中戦車を開発して戦場に送り出しました。
それが六号重戦車ティーガーと五号中戦車パンターです。
ティーガーはご存知の通りドイツ軍の今までの戦車の延長上の戦車であり、最後の純正ドイツ戦車と言ってもいいでしょう。
ところがパンターはT-34の良いところ取りをして作り上げようとしたために、今までとは違う形状の戦車となりました。
しかもより早く生産を始めようとしてしまったために、実物大模型すら作らなかったのです。
コンピュータでシミュレーションをすることができれば問題ないでしょうが、当時そのようなものはありません。
結果として図面だけで作り上げた試作車はお粗末なものでした。
操縦手と無線手のハッチが砲塔の端っこに干渉して砲塔が回らないという体たらくだったのです。
結局、これは砲塔の角を削り取るという荒療治でこの問題を切り抜けます。
また、エンジンルームはエンジンが巨大なものになってしまったために余裕が無く、充分な冷却気を送ることができず、ちょっとしたことですぐオーバーヒートを起こしてしまうことがわかりました。
それに対し、解決策としてとられたのはエンジンに送られる混合気のガソリンの比率を高め、燃え残ったガソリンの気化熱によってエンジンを冷却するというとんでもないものでした。
結果、ただでさえ悪い燃費が異常なまでに悪くなり、パンターが活躍しづらかった原因の一つとなりました。
攻撃力、防御力、機動力が高いレベルで結実させた優秀な戦車には違いないのですが、開発時間のあまりの少なさが災いして、生産途中にいくつもの改良を泥縄的に行なわざるをえなくなってしまったんですね。
そのおかげで故障が多く、稼働率が低い戦車となってしまったのは残念です。
好きな戦車なんですけどね。
それではまた。
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- 2006/01/11(水) 23:16:21|
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