今日はゆっくりできたので、少し長めにアップしますね。
楽しんでいただければ幸いです。
24、
「キャー! いやぁっ!」
声を出さないようにとは思っていたものの、そんな決心は目の前の光景にもろくも崩れ去ってしまう。
「弘子!」
汀はすぐに弘子の口を押さえようとするが、もはや手遅れであることは明白だった。
ガラリと言う音がして教室の扉が開く。
すらりとしたスレンダーな姿の女教師がそこには立っていた。
紺のスーツの上下にベージュのストッキング。
それがガーターベルトで止められているのが持ち上げられたスカートから見て取れる。
彼女は別に手でスカートを持ち上げているわけではない。
彼女の茂った叢から伸びている三本の触手が鎌首をもたげているためにスカートが持ち上がっているのだった。
「あ・・・あああ・・・み、宮野先生・・・」
弘子は変わり果てた歴史科教師に目を見張る。
魔物も退魔師も物語の世界ではよく聞く言葉だ。
だから汀が退魔師と名乗っても弘子はそれほど奇異には思わなかった。
小説が好きで空想が好きな少女の弘子にとっては存在しても不思議ない存在だったのだ。
だが、それはやはり物語の世界のことだ。
現実に目の前に魔物がいて、それが普段見慣れている先生だったとしたら・・・
弘子はどうしていいのかわからなかった。
彼女にできることはただ立ち尽くすだけだった。
「あら、いけない娘ねぇ。授業を抜け出したのかしら? それとも遅刻?」
くすりと妖しく美しい笑みを浮かべる宮野香代子(みやの かよこ)。
意思を失い、ただ吸い取られるためだけに存在する他の人間どもとは違い、目の前にいる人間は自由意志を持っているようだ。
ご主人様の張り巡らした結界の中でどうしてそのような存在が許されるのかわからなかったが、排除するに越したことは無い。
それにここの学生以外のこの女性は何か強力な力を感じる。
ご主人様に危害を加える存在かもしれない。
「そちらの方はどなたかしら? 今は授業中ですのよ。部外者は立ち入り禁止ですわ」
ゆっくりと右手の黒く染まった爪をかざす香代子。
「あら、それはどうも失礼したわね」
すっと弘子と女教師の間にその身を置く汀。
ツナギのポケットに右手を差し入れ、すぐにでも妖刀を構えられるように身構える。
「うふふ。無断で入り込んだ方にはお仕置きをしなくてはなりませんわね。あなたの精気をいただきますわ」
しゅるっと言うかすかな音がして香代子のスカートが揺らめく。
「ハッ!」
床を蹴り、廊下の幅いっぱいに跳躍して足元を狙った触手をかわす汀。
すぐに柄を取り出し気を込める。
陽炎のような揺らめく刀身が形作られて汀は妖刀を手にしていた。
「な、何者?」
目の前の俊敏な動きと彼女の持つまがまがしい剣に香代子は気圧される。
「まあ、冥土の土産に教えてあげようか。私は破妖汀。ちょっとは知られた退魔師なんだけどね」
くすりと笑みを浮かべる汀。
その姿に弘子は心強いものを感じる。
「退魔師? おのれ・・・」
香代子の目に憎しみが走る。
退魔師ということはご主人様に仇なすものだ。
その存在を許すわけには行かない。
「てえーい!」
右手の爪をかざしながら汀に駆け寄る香代子。
だが触手を植えつけられ人外のものとなったとはいえ、戦いの訓練を受けているわけではない。
動きの素早さだけでは汀を傷つけることはできないのだ。
「ふんっ!」
汀の右手が一閃し、香代子の右手が宙を舞う。
「ぎゃぁぁぁぁ」
「せ、先生・・・」
香代子の悲鳴が廊下に響き、弘子が思わず前に出ようとしてしまう。
「弘子!」
振り返りもせずに汀は弘子を制止した。
「あ・・・」
「しっかりしなさい! こいつはもう化け物なのよ! 助けるには浄化するしかないの」
「浄化?」
弘子は意味を図りかねた。
浄化とは一体?
「殺すことよ」
「こ、ころ・・・」
言葉を失う弘子。
甘かったのだ。
いまさらながらに自分の甘さを知らされたのだ。
退魔師という仕事も・・・
魔物という言葉の重さも・・・
今学園で起こっていることも・・・
何もかもが弘子の考えとは違ったのだ。
ここで行なわれるのは命のやり取り。
倒すか倒されるかでしかない。
私はそんなところにのこのこと来てしまったのだ。
弘子はそう思い、改めて自分の甘さを恥じ入った。
「おのれー!」
右腕を失い、ぼたぼたとどす黒い液体が流れ落ちる。
少々の傷ならばすぐに回復するはずの躰が傷口をふさげない。
香代子は改めて目の前に立つ女の恐ろしさに気が付いた。
だが、それよりも憎しみの方が遥かにまさってくる。
この女・・・人間のくせに・・・
香代子にはもう人間は獲物に過ぎない。
その人間に傷付けられるなど許されることではない。
「えやー!」
香代子は左手の爪で切りつけるように見せかけ、触手を差し向ける。
三本の触手が汀の両腕を押さえつけるのだ。
動きを止めたあとでゆっくりと心臓を抉り出してやる。
香代子は精気を啜ることなど考えもしなかった。
ただ目の前の女を殺すことのみだった。
目の前で知っている人間が傷付けられるのはさぞ辛いことだろう。
汀はそう思ったが、いまさらどうしようもない。
危険だというのについてきた弘子が自ら招いてしまったことだ。
それにこの女教師・・・魔物に取り付かれているというより、すでに融合されている。
妖魔の能力を使いこなし始めているのだ。
このまま時を過ごせば完全なる妖魔となり、手強くなるに違いない。
今ここで切り伏せるしかないのだ。
汀は背後の弘子をかばうように妖刀を構えなおす。
そのとき女教師が飛び掛ってきた。
汀は妖刀を一閃した。
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- 2005/08/30(火) 21:39:43|
- 退魔師
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