ブログ丸15年達成記念SS、「ゴキブリの棲む家」も今回で最終回です。
長いことお付き合いいただきましてありがとうございました。
最後は土曜日、そしてそれ以後です。
結花と良樹の晴れ姿をお楽しみくださいませ。
ご注意:今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分にご注意していただければと思います。
土曜日
「ギチッ・・・ギチチッ」
ベッドの下から這い出していく。
ベッドの外は明るくていやになるが、そろそろ動き出さなくてはならないだろう。
「ギチチッ」
結花は立ち上がろうとするものの、どうにもうまく立ち上がれない。
両手も両脚もなんだか自分のものではないような感じがする。
「ギチチ?」
アタシ・・・どうしたのかしら?
結花は自分の手を見る。
パジャマの袖口から伸びた茶褐色の手。
手の甲はつややかな茶褐色の硬い外皮に覆われ、指も硬く先に鋭い黒い爪が付いている。
ヒトの手のようでもあり、ゴキブリの脚のようでもある手。
特におかしなところはない。
「ギチチチッ」
結花はパジャマの袖を噛みちぎる。
おそらくこの服が動きを邪魔しているのだ。
こんなものを着ているなんて変だ。
早く脱いでしまわねば。
結花は床の上で転げまわりながらパジャマを引き裂いていく。
鋭い爪が役に立ち、パジャマの布を破いていく。
ズボンも同様に脚のトゲや爪で破り捨てていく。
パジャマが引き裂かれ、結花の躰があらわになるにしたがって、その茶褐色の躰と背中の黒褐色の翅が広がっていく。
「ギチチチチッ」
それはまるで羽化のよう。
ヒトという躰から、ゴキブリの躰へと生まれ変わった結花の羽化なのだ。
やっとの思いですべての布切れをそぎ落とす結花。
「キチチチチッ」
自由になった喜びが思わず声になる。
その声にベッドの上の博文が一度目を開けたものの、特に何の反応も示すことなく、再び目を閉じる。
「キチチチ・・・」
そのことを床に転がっていた結花も感じ取っていたが、それが額から延びた二本の長い触角のおかげであることなど気にも留めない。
ゴキブリとなった結花にとって、それは当たり前のことなのだ。
結花はそのまま立ち上がることなく、床を腹這いの状態で這い進み、扉をこじ開けると、そのまま廊下を進んで階段を這ったまま降りていく。
リビングを抜けキッチンにやってくる結花。
ふと使い古されたキッチンの汚れが、隅の方は落とし切れていないことに気が付く。
美味しそう・・・
結花の長い触角がゆらゆらと揺れる。
舐めればきっといい味がすることだろう。
「キチチチチッ」
結花は少しうれしくなる。
この家は古いため、油汚れなんかも落ち切れていなかったりするので、みんなで舐めるにはちょうどいい。
キッチンに入ってきたのが結花だと判ったからなのか、キッチンのあちこちからゴキブリたちが現れる。
皆つややかな黒褐色の躰を輝かせ、その魅力的な姿を見せてくれている。
「キチチ・・・キチッ」
(おはようございます、皆さん)
結花は素敵な仲間たちに挨拶をする。
なんてすばらしい仲間たち。
この家を巣にして、一緒に暮らす仲間たちだ。
自分も彼らの仲間であることが誇らしい。
キチキチキチ・・・
キチチキチチ・・・
彼らが言葉を返してくる。
(我らのメスよ、具合はどうか?)
具合・・・ですか?
とてもいい気分ですわ。
「キチチキチ」
今朝の目覚めは確かにそれほど良いとは言えなかったけど、それはあんな布切れを躰にまとっていたから。
布切れをはぎ取った今は、すこぶる気分がいい。
まるで生まれ変わったような気分。
それに、仲間と一緒であることがとても喜ばしいのだ。
キチキチキチ・・・
(我らのメスよ。お前は完成した。自分の姿を見てみるがいい)
自分の姿をですか?
結花は自分の姿を見てみる。
床に這っているせいでやや見づらいが、茶褐色の蛇腹状の二つの胸がぴくぴくと蠢き、両脇の脚もしっかり躰を支えてくれている。
膝立ちで躰を起こすと、両脇の脚はお腹を覆うように折りたたまれ、その下には蛇腹状のお腹が股間のあたりまで広がっている。
股間にはむき出しの性器がオスを欲しそうにひくひくしており、そこからは粘液とともに役目を終えたゴキブリたちがポトポトと床に落ちて仲間の元へと戻っていく。
あん・・・
それがまるで卵を産むような感じを結花に与え、結花は気持ちよかった。
早く・・・早く本当の皆さんの卵を産みたいわぁ。
ぺろりと舌なめずりをする結花。
額から伸びる二本の触角もゆらゆらと揺れていた。
「キチキチキチ・・・」
この躰、どこかおかしいですか?
結花は首をかしげる。
どこも変だという感じはしないのだ。
むしろこれこそが自分のあるべき姿ではないのだろうか?
キチチチ・・・キチチ・・・
(我らのメスよ。それでいい。お前は完全なメスゴキブリになったのだ)
はい。
アタシはメスゴキブリ。
メスゴキブリのユカですわ。
「キチチチチッ」
ユカはうれしくなる。
自分はメスゴキブリなのだ。
彼らの仲間なのだ。
******
「う・・・はあ・・・」
躰が熱い。
交尾がしたい・・・
交尾をしてザーメンをどくどくと流し込みたい・・・
ううう・・・
ママ・・・
「はあ・・・はあ・・・」
目を覚ます良樹。
いつも起きる時間はとっくに過ぎている。
だが、今日は土曜日だ。
学校に行く必要はない。
今日はずっとママと一緒にいられるのだ。
ママと・・・
「はあ・・・はあ・・・」
躰が熱くて焼けそうだ。
出したい・・・
ザーメンを出したい・・・
メスの中にたっぷりと出したい・・・
良樹は布団をはねのける。
パジャマのズボンもパンツも脱げてて、黒々としたゴキブリ化したチンポがそそり立っている。
これを・・・
これをメスに入れて・・・
メスの中に・・・
「はあ・・・はあ・・・」
ふらふらと起き出す良樹。
メスを・・・
メスを探さなきゃ・・・
チンポを入れるメスを・・・
そのままベッドを下り、チンポをむき出しにしたまま部屋を出る。
階下からはいいにおいが漂ってくる。
メスのにおいだ。
メスがフェロモンを出している。
行かなくちゃ・・・
メスのところに行かなくちゃ・・・
ふらふらと階段を下りていく。
なんだか頭がぼうっとする。
なにがなんだかわからない。
でも行かなくちゃ・・・
メスが呼んでいる・・・
メスがボクを呼んでいる・・・
においでボクを呼んでいるんだ・・・
メスのところに行かなくちゃ・・・
リビングには父がいた。
いつものように新聞を読んでいる。
どうでもいい・・・
パパのことはどうでもいい・・・
ママは?
ママはどこ?
キッチンにやってくる良樹。
そこには無数のゴキブリたちと、一匹の大きな大きなゴキブリがいた。
小さなゴキブリたちはキッチン内を所狭しとばかりに動き回り、大きなゴキブリの躰の上まで這いまわっている。
大きなゴキブリはまるで小さなゴキブリたちと戯れるかのように、自分も床を這い回っていた。
いいにおい・・・
あの大きなゴキブリからだ・・・
あの大きなゴキブリはメスだ。
メスゴキブリなのだ。
それにしても大きい。
おそらく自分よりも大きいと良樹は思う。
ママがゴキブリになったら、多分あのくらいの大きさだろう。
つややかな黒褐色の頭部から流れるように背中の翅へとつながるラインが美しい。
黒々とした背中の翅もつやつやと光って複雑な模様を浮かび上がらせている。
翅の下から伸びる脚はママの脚のようにスラッとして細長く、それでいてトゲトゲが付いてて美しい。
それにしても、どうしてこんな大きなゴキブリがいるのだろう。
とても美しくて、見ているだけでチンポを入れたくなっちゃう。
ああ・・・
交尾したい・・・
交尾したいよぉ・・・
せっかくみんなと気持ちよく戯れていたのに、小さなヒトが入ってきた。
あの大きなヒトの片割れともいうべきやつ。
この家を維持するためとはいえ、ヒトがいるのは面白くない。
さっさと出ていってほしいわ。
「キチキチキチ」
何か用?
食べるものなら適当に持っていっていいわよ。
だが、ユカの言葉に小さなヒトは何の反応もない。
そうだったわ・・・
ヒトにはヒトの言葉を使わないといけないのだった・・・
めんどくさいわねぇ・・・
確か・・・こうやって・・・
「ナニ? ナニカ用? 用ガナイナラアッチニ行ッテ」
ユカはなんとか口を動かし、ヒトの言葉を発音する。
「えっ? あれ? えっ?」
キョトンとしている小さなヒト。
だが、その股間には立派な大きさのチンポがそそり立っている。
「キチチ・・・ナアニ? モシカシテ、アタシト交尾シタイノ?」
ユカは舌なめずりをする。
あのチンポはたくましくていい感じだ。
あれなら気持ちよくなれるだろう。
あのチンポの卵を産んでもいいかもしれない。
「うん・・・交尾・・・したい」
良樹はうなずく。
目の前の大きなゴキブリがたまらなく魅力的で素敵だ。
つやつやした黒光りする翅。
ゆらゆら揺れている二本の長い触角。
茶褐色の外皮に覆われた手足。
やわらかなラインを残している躰。
どれもが美しい。
ママがゴキブリになったらこんな感じかもしれない。
たまらない。
「キチチチチッ・・・イイワヨォ、交尾シマショウ。アンタノソレモ充分役目ヲ果タセルヨウニナッタミタイダシ、アタシヲ楽シマセテクレソウダワァ」
小さなヒトがうなずくのを見てユカはニヤッと笑みを浮かべる。
彼の股間にそそり立つものは、さっきからユカの目をくぎ付けにしているのだ。
交尾したい・・・
それはユカも同じこと。
彼女の股間からは、とろとろと愛液があふれている。
彼と交尾し、ゴキブリザーメンをたっぷり流し込んでもらうのだ。
そうすればいっぱい卵を産めるだろう。
かわいいゴキブリたちの卵を。
ユカはごろりと転がってあおむけになると、躰を器用に回転させて下半身の方を良樹に向ける。
そして左手で股間のスリットを開き、彼に見せつける。
「キチチチチッ・・・サア、ドウゾ」
右手の人差し指を唇に当て、精いっぱい甘えた表情をしてみせる。
それはオスに媚びるメスの顔。
ユカにとって彼はザーメンを流し込んでくれるオスにすぎないのだ。
キチチ・・・早く来てぇ・・・
良樹はもうたまらなかった。
目の前でメスゴキブリが腹を見せ、股間を開いて待っている。
それだけでもう彼のおチンポは硬くたぎり、ザーメンをほとばしらせようと熱くなる。
「ああ・・・あああ・・・」
良樹はゴキブリと化した母の前に躰を寄せ、その上にのしかかる。
「キチチチチッ・・・ホラ、ココヨ」
母の手に導かれ、彼のチンポが母の中へと入り込む。
「ああ・・・」
思わず声が出てしまう。
温かいメスの内膣。
それがねっとりと彼のチンポに絡みついてくるようだ。
これが交尾?
なんて気持ちがいいんだろう・・・
小さなオスが躰の上で動いていく。
そのたびにオスのチンポが彼女の躰を貫いていく。
これまでのヒトの躰でのセックスとは明らかに違うセックス。
ゴキブリの交尾だ。
ユカはとてもうれしい。
これこそがアタシにふさわしい交尾。
卵を産むための交尾なんだわ。
ユカはそう思う。
みんなのために卵を産む。
アタシはメスゴキブリなのよ。
キチチチチチチ・・・
「はあはあはあ・・・」
力が抜ける。
全部の力を放出したみたいだ。
なんて気持ちがいいんだろう。
これがメスゴキブリとの交尾。
最高だ。
たっぷりとそそぎこまれたザーメン。
漏れ落ちてくる液体を指ですくって口に運ぶ。
美味しい・・・
オスゴキブリのザーメンの味。
姿こそ小さなヒトの姿だが、チンポはすっかりゴキブリだ。
出てくるものもゴキブリザーメン。
これならば卵を受精させるのに申し分ない。
たっぷり卵を産めるだろう。
キチチチチ・・・
スッと頭を撫でられる。
「キチチチチッ・・・ヨカッタワヨ」
間近で見るメスゴキブリの顔。
丸く黒い二つの目。
その周囲を茶褐色の外皮が覆っている。
だが、口元は見慣れた母のもの。
母の唇が笑みを浮かべているのだ。
「えへへ」
やっぱりそうだ。
このメスゴキブリはママなのだ。
ママに撫でられた。
それにこうしてママの上に乗っかり、抱かれているような状態は悪い気はしない。
「ママ・・・」
良樹は蛇腹状になった母の腹部に手を這わせ、その胸に顔をうずめる。
「キチチチチッ、エエ? アタシハモウアンタノママナンカジャナイワヨォ」
「えっ?」
良樹は驚いて顔をあげる。
ママじゃないって・・・どういうこと?
「キチチチッ、ヨク見ナサイ。アタシハゴキブリヨ。メスゴキブリノユカナノ。アンタノヨウナヒトジャナイワ」
キチチチと笑うユカ。
ゴキブリがヒトのママなんかであるわけがない。
アタシはゴキブリ。
ママなんかじゃないのよ。
「そんなぁ・・・」
愕然とした表情をする小さなオス。
それがまた何となくユカの心をくすぐってくる。
「キチチ・・・大丈夫ヨ。アンタノチンポハ気ニ入ッタワ。コレカラモアタシノ専用チンポトシテカワイガッテア・ゲ・ル。キチチチチ・・・」
ニタッと笑うユカ。
このオスはもう彼女のモノだ。
彼女のためにザーメンを出し、卵を受精させるのだ。
大きなオスともども、この巣で飼ってやるのだ。
ママじゃない・・・
母の言葉に良樹は肩を落とす。
でも、目の前の巨大なメスゴキブリがママなのはわかっている。
声も、躰つきもママのものだ。
昨日半分ゴキブリになっていたママ。
今朝は完全なゴキブリになったんだ。
だからママじゃなくてゴキブリだって言う。
ううん・・・
そんなことない。
ママはママだ。
ボクのママだ。
小さなオスが首を振る。
「違うよ・・・ママはママだよ。ボクのママだよ」
そう言って抱き着いてくる小さなオス。
へえ・・・
この子はアタシをまだママと呼ぶのね。
悪くないわ。
ママと呼ばれながら交尾するのも悪くない。
いいわ・・・
このままママと呼ばせておきましょう・・・
キチチチチ・・・
******
******
「ただいまー、ママ」
玄関を開けて家に飛び込むボク。
ああ・・・ママ・・・
ママのにおいがする。
いいにおい。
ボクのゴキブリチンポが勃ってくる。
ああ・・・
早くママを抱きたい・・・
リビングにはたくさんのゴキブリたちがうろついている。
普段見るゴキブリたちよりも大きくて立派。
ボクの弟たちだ。
ママの卵から生まれたボクのかわいい弟たち。
「きち・・・きちち・・・ただいま」
ボクは弟たちに挨拶する。
でも、うまく言えないんだ。
ボクはヒトだから、ゴキブリの言葉はうまくしゃべれない。
でも、ボクやパパがヒトでいるのは意味があるんだって。
ボクやパパはオスだからゴキブリにはなれないって。
その代わり、ヒトとしてママや弟たちのためにこの家を守らなくちゃいけないんだ。
ヒトの社会ではヒトが必要だから、ヒトじゃなきゃできないことをするためなんだって。
そして、ボクにはもう一つ大事な役割がある。
それはママにゴキブリザーメンを流し込むこと。
そうすればママは卵を産むことができる。
ボクの弟たちをたくさん生み出すことができるんだ。
だから・・・
「キチチチチ・・・オカエリ」
キッチンからママが出てくる。
とても大きな黒いゴキブリ。
メスゴキブリのママ。
長い触角を揺らし、つやつやの躰がとてもきれい。
最高のママ。
お腹には大きな卵の鞘を付けている。
もうすぐ生まれるみたい。
また弟たちが増えるんだ。
嬉しいな。
「キチチチチ・・・オヤツガサキ? ソレトモ、ママトシタイ?」
小さなオスにアタシは問いかける。
あの日以来、このオスと交尾をして卵を産むのがアタシたちの楽しみとなった。
小さなオスのおかげで、アタシは卵を産み、仲間を増やすことができるのだ。
今の卵たちはもうすぐ孵る。
次を仕込んでもいいだろう。
まだ早かったとしても・・・この小さなオスは交尾したがるに違いないし。
キチチチチ・・・
見ればすぐにわかる。
ズボンの股間を膨らませ、期待に満ちた目でアタシを見ているのだ。
いいわよ。
たっぷり楽しみましょう。
キチチチチ・・・
「キチ・・・キチチチ・・・」
「ああ・・・ああ・・・ママ・・・」
ベッドがギシギシと音を立てる。
アタシの上で小さなオスが腰を振る。
彼のゴキブリチンポがアタシの中で暴れまわり、アタシは全身を快楽に包まれる。
いいわぁ・・・
なんて気持ちいいの・・・
最高の交尾。
ゴキブリの交尾は最高だわ。
ママの中にゴキブリザーメンを出す。
今回はまだ卵を産むには早いかもしれない。
でもいいのだ。
これはボクとママの楽しみなのだから。
ボクたちはこうして交尾しあう。
ゴキブリの交尾。
ボクはヒトだけど、チンポはゴキブリだからこうしてママと交尾ができるのだ。
ゴキブリのママは最高のママ。
ボクだけのママだ。
ずっとずっとボクだけのママだ。
******
******
******
「ここが先輩の・・・家?」
何となく思っていたイメージとの違いに彼女は困惑する。
まだ幼さの抜けきっていない少女らしさの残る女子高生。
憧れの先輩の家は、もう少し違うイメージを持っていたのだ。
古びた一軒家。
小さな庭は、手入れがされていないようで雑草が生い茂っている。
外壁に面した窓にはすべてカーテンが閉じられ、どこか訪れるものを拒絶するような感じだ。
まるで人が住んでいないのではないかとすら錯覚する。
「ここが俺んちだよ。入って入って」
にこやかに彼女を玄関へと導く制服姿の男子高生。
彼女の先輩である茅場良樹だ。
その笑顔が彼女を引き寄せる。
最初は全く見知らぬ人だった。
一年上の先輩となど、部活動などでもなければそうそう知り合うものでもない。
ある日、たまたま帰りに廊下ですれ違った。
その時に嗅いだ彼のにおい。
それが彼女をつかんだのだ。
気が付くと、彼女はそのにおいの虜になっていた。
彼のにおいを追い求め、彼のそばにいたいと思うようになっていた。
その彼が先輩の茅場良樹という人物だと突き止め、彼を見かけるたびに挨拶をするようになる。
いつしか放課後に会って話をしたりするようになり、ハンバーガーショップなどに一緒に行ったりするようにもなっていた。
そして今日、彼女は彼の家に誘われたのだった。
男の家に誘われるということがどういうことかは、彼女はわかっているつもりだった。
そのための覚悟もしているつもりだ。
何より、先輩と一つになれるかもしれない・・・その思いが彼女の胸をときめかせている。
だから、先輩の家がイメージとずれがあったことが引っかかったのかもしれない。
「ほら、どうした? 入れよ」
「あ、はい・・・」
どこか入り口で躊躇するような紗江香(さえか)を、俺は半ば強引に家に引っ張り込む。
まさかここまで来て逃げ出したくなったんじゃないだろうな。
逃がしはしないよ。
どうせ彼女だって、俺とやりたいのはわかっている。
そうじゃなきゃ、のこのこと男の家に付いてきたりはしないだろう。
クキキキキ・・・
家に入ったとたんにちょっと顔をしかめる紗江香。
そりゃそうだろう。
なにせこの家はゴキブリのフェロモンで一杯なのだから。
でも、お前だって俺のフェロモンに惹きつけられたくせに。
俺は思わずそう思う。
これまでたっぷりと嗅がせて、俺に惹かれるようにしてきたんだからな。
まあ、すぐに慣れるさ。
お前もこれからフェロモンを出すメスゴキブリになるんだから。
クキキキキキ・・・
「ママー、連れてきたよ」
俺はさりげなく紗江香の背後に回って逃げ道をふさぐ。
まあ、ママの姿を見たら悲鳴を上げるだろうけど、悲鳴ぐらいはどうってことはない。
この家の周囲にはもうヒトはいない。
みんな追い出してやったのだ。
だから、彼女も逃げ出させなければいいだけだ。
「ヒッ! む、むぐっ!」
リビングに入るなり悲鳴を上げようとした紗江香を、俺はすぐに背後から押さえて口をふさぐ。
困るなぁ。
どうってことはないけど、悲鳴を上げさせてもいいというものでもない。
俺の弟たちがいっぱい遊んでいるだけじゃないか。
「キチチチチ・・・オカエリ、ヨシキ」
キッチンからママが姿を現す。
長い触角を揺らし、黒いつややかな翅が美しい。
もちろん弟たちもカサカサと俺を出迎えにたくさん出てくる。
「ただいまママ。彼女を連れてきたよ」
俺は必死に逃げようともがいている紗江香を、背後からどんと床に突き飛ばす。
「ヒッ、ヒィィィィィッ!」
すぐに彼女に弟たちが群がっていく。
「い、いやっ! 助けて! 助けてぇ!」
弟たちを払いのけようとする紗江香に、ママも上から覆いかぶさるように抑え込む。
「キチチチチ・・・怖ガルコトハナイワ。セッカクヨシキガ連レテキタ彼女サンデスモノ。タップリトモテナシテアゲナイトネ」
紗江香の両手をつかみ、躰ごと圧し掛かるようにして彼女を抑え込むママ。
「いやっ! いやぁっ! むぐっ!」
ママの口が紗江香の口を覆い、ママの唾液を流し込む。
それだけじゃなく、紗江香の躰にちょっとした傷をつけ、そこから体液を流し込むのだ。
クキキキキ・・・
これで紗江香もメスゴキブリになれるよ。
素敵なかわいいメスゴキブリに。
ゴキブリは増える必要がある。
そのためにはママだけでは足りないんだ。
あれから俺もママも少し成長し、どうやればいいのかわかってきた。
メスだ。
やっぱりメスゴキブリが必要なのだ。
ママと同じように卵をいっぱい産むメスが・・・
******
「キチチチチ・・・コノ子ッタラ、高校生ニモナッテイマダニまま、ままッテ、アタシニベッタリナノヨ」
「ええっ? そうなんですか、先輩? うふふ・・・」
床に這いつくばってママとおしゃべりをしている紗江香。
一緒に床にぶちまけられたコーラを舌で舐めている。
さっきまでおびえて悲鳴を上げていたのがウソのようだ。
もうママの姿にも恐怖を感じたりしないし、弟たちが躰を這い回って自分の制服が汚れるのも気にならないようだ。
もっとも、制服にはすでにあちこち弟たちのザーメンが染みついているようだけど。
弟たちにも彼女がメスゴキブリになることがわかるらしい。
「ああ? ママが俺をこんな風にしたんじゃないか」
ママと交尾せずにはいられなくしたのはママのくせに・・・
俺は苦笑しながら、床に寝転がって弟たちと戯れる。
わさわさと俺の躰を這い回るのが気持ちいい。
「キチチチチ・・・コレカラハ、アナタモヨシキト交尾ヲスルノヨ」
「はい、お母さま。キチチチチ」
歯をこすり合わせるようにして笑う紗江香。
「マア、モウアタシタチノ笑イ方ヲマスターシタノ?」
「だってぇ、一日も早くお母さまみたいなメスゴキブリになりたいんですもん。ああ・・・素敵」
紗江香の目はうっとりとママを見ている。
ママの体液を流し込まれたことによって、紗江香の躰はゴキブリになり始めたのだ。
数日もすればママみたいな完全なメスゴキブリになるだろう。
よかった・・・
今回は成功したらしい。
今までの三人と違って、彼女は素養があったのだ。
メスゴキブリとなる素養が。
そして、俺のザーメンで彼女も卵を・・・
「キチチチチ・・・帰ッタラ、アナタモ自分ノ巣ヲ作リナサイ」
「はい。そうします」
にやっと笑みを浮かべる紗江香。
もう彼女は心もゴキブリへと変わってきている。
「ソシテ卵ヲタップリト・・・」
「はい。たっぷりと・・・」
「キチチチチ・・・」
「キチチチチ・・・」
二人のメスが笑いあう。
やがてまた巣が一つ増えるのだ。
それは俺たちゴキブリにとっても喜ぶべきことだった。
END
以上です。
最後までお読みいただきましてありがとうございました。
もしよろしければ、コメント等をいただけますと大変うれしいです。
それではまた。
- 2020/07/23(木) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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ブログ丸15年達成記念SS、「ゴキブリの棲む家」も今回を含めてあと二回となりました。
今日は金曜の一日分です。
母親の結花だけではなく、息子の良樹まで利用していくゴキブリたち。
二人はどうなってしまうのか?
ご注意:今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分にご注意していただければと思います。
金曜日
「ん・・・」
ゆっくりと目を開ける結花。
うっすらと明るくなっている室内。
もう朝のようだ。
起きなくてはと思うものの、なんだか目が変な気がする。
ぼんやりと焦点が合わないような、物がぶれて見えるような・・・
目をこすろうと思って気が付く。
そういえばゴーグルをつけていたんだったわ・・・
ゴーグルを外して目をこする。
だが、少しはよくなったものの、物がダブって見えるのは変わらない。
どうしてしまったのだろう・・・
とにかく起きなくては・・・
そういえば昨晩は目覚ましをセットせずに寝たのだった。
結花は時計の針を確認する。
大丈夫。
まだ時間はある。
ベッドの上で寝ているヒトを送り出すには問題ない。
食事を食べさせて送り出せばいいのだ。
あとは・・・
もう一人のヒトも送り出さなくてはならない。
いつも通りに過ごさせるのだ。
いつも通りに・・・
キチチチチッ・・・
なんだか躰がだるい。
自分の躰が自分でうまく動かせない気がする。
なんだろう・・・
結花は少しふらつきながら、部屋を出る。
物が二重にも三重にも見え、自分がまっすぐ歩いているのかもわからない。
キチキチキチ・・・
近くから仲間たちの声がする。
仲間たちが近くで見守っててくれているのだ。
(目を閉じろ。まだ変化が完全ではないようだ)
目を閉じる?
結花は言われたとおりに目を閉じる。
すると、両手や両脚、お尻のあたりから周囲の空気を感じられるような気がした。
(変化にはもう少し時間が必要だ。とりあえず這ってついてくるがいい)
はい。
ついていきます。
結花は目を閉じたまま腹這いになると、そのまま這って彼らのあとをついていく。
目で見なくても彼らのにおいが感じられるのだ。
そのにおいについていけばいい。
彼らの言うとおりにすればいいんだわ・・・
結花がゴキブリたちに従ってキッチンに行き、二人の人間のためにぎこちなくパンとコーヒーの朝食を用意していると、起き出してきた博文が無言で洗面所に入っていく。
顔を洗ってリビングに戻ると、玄関から取ってきたおいた新聞を読み、出された朝食を何も言わずに食べていく。
その周りには数匹のゴキブリがうろつき、触角を揺らしながら博文を見つめている。
この大きなヒトはすでに支配下。
もうこの場所には何の関心も持たないようにしてある。
メスのことも、小さなヒトのこともどうでもよくしてあるのだ。
だから、あのメスが我々のような姿になっても気にならないだろう。
我々がこうしてテーブルの上にいても気にならないように。
それでいい・・・
「うーん・・・ふわぁぁぁぁ」
大きく欠伸をする良樹。
今朝も起こされずに目が覚めたみたいだ。
幸いいつも起きる時間と変わらない。
これなら慌てる必要もないだろう。
良樹はベッドから抜け出そうと布団をはねのける。
「えっ?」
思わず声を出して目を丸くする良樹。
いつの間にかパジャマのズボンもパンツも脱げていたらしく、下半身が丸出しになっていたのだ。
しかも、おちんちんが普段よりも大きくなっているようだし、色もどす黒く変色している。
「え? ええ?」
ボクのおちんちんが・・・
おちんちんの変化に恐怖を感じる良樹。
どうしよう・・・
何か病気かなんかじゃないのだろうか?
良樹は慌てて飛び起きる。
とりあえずママかパパに相談してみよう。
病気とかじゃないといいけど・・・
そう思い、とりあえず足元にずり下がっていたパンツとズボンを穿き直そうとする。
「あっ」
手を伸ばした先に数匹のゴキブリがいるのに気が付く良樹。
「ゴキブリ!」
思わず追い払おうと手を伸ばそうとするが、その手が途中で止まってしまう。
良樹の目はゴキブリたちの揺らす触覚にくぎ付けになってしまったのだ。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
ゴキブリたちの触角が波のように揺れ動く。
それは良樹の目を惹きつけ、ゴキブリたちの声まで聞こえてくるようだ。
(落ち着くのだ)
あ・・・れ?
(落ち着くのだ)
「あ・・・はい・・・落ち着きます・・・」
良樹は手を引っ込め、ゴキブリをただ見つめる。
(お前のおちんちんは問題ない)
「ボクのおちんちんは問題ない・・・」
(お前のおちんちんは我々のおちんちんの代わりとなった)
「ボクのおちんちんは・・・皆さんのおちんちんの代わり・・・」
(そうだ。お前のおちんちんは我々ゴキブリのチンポの代わり)
「ボクのおちんちんはゴキブリのチンポの代わり・・・」
(我々に代わってゴキブリのザーメンをお前の母に注ぎ込むのだ)
「皆さんに代わってゴキブリのザーメンをボクのママに流し込みます・・・」
良樹の思考が変えられていく。
(お前はあのメスと交尾をし、ゴキブリザーメンを流し込む)
「ボクはママと交尾し、ゴキブリザーメンを流し込みます・・・」
(お前のチンポはそのためのチンポ)
「ボクのチンポはそのためのチンポ・・・」
(そのゴキブリチンポを使い、メスと交尾するのだ)
「ボクはゴキブリチンポを使って、メスと交尾します・・・」
立ち上がってパンツとズボンを穿き直す良樹。
そのまま部屋を出て、階下へと向かう。
ベッドの上では、ゴキブリたちがその様子を見守っていた。
あ・・・れ?
いつの間にボクは部屋を出たのだろう?
まあ、いいか。
急がないと学校に遅れちゃう。
バタバタと階段を下りる良樹。
リビングでは、新聞を読みながら朝食を食べる父の姿と、キッチンの方から母の何かをしている音が聞こえる。
「おはようパパ」
だが返事はない。
新聞から顔も上げない父。
まるで良樹の声が聞こえていないかのようだ。
父のテーブルの皿の周りには数匹のゴキブリがうろついている。
パンくずのおこぼれを狙っているのだろう。
パパったら、なんだか人形みたい・・・
もくもくと朝食を食べるところが何となくそんな感じだ。
「おはようママ」
良樹はキッチンを覗き込む。
「キチチチチッ・・・おハよう。サっさと顔ヲ洗って来ナさい」
昨日と同じ格好の母。
ただ、今日はあのゴーグルを嵌めてはいない。
触角に似せた針金の付いたスイミングキャップもかぶっていない。
躰にぴったりとした濃い茶色の衣装と、背中の黒い翅だけだ。
ゴキブリらしさが薄くなってちょっと残念。
でも、それを抜きにしても、ママは美しさを感じさせる。
茶色に覆われたメスの躰が美しいのだ。
交尾・・・
交尾したい・・・
ボクはママと交尾したい・・・
ボクのゴキブリチンポでママにザーメンを流し込みたい・・・
良樹のおちんちんがむくむくと大きくなる。
あのメスと交尾し、ザーメンを流し込むのだ。
「ママ・・・」
ボクと交尾して・・・
そう言おうと思ったが、先に母にさえぎられてしまう。
「キチチッ、早くしナいと学校ニ遅れるわヨ」
「あ・・・うん」
そうだ・・・今は学校に行かなくちゃ・・・
今は学校に・・・
「キチチチチッ」
いいにおいがした・・・
オスのにおい・・・
メスを求めるオスのにおい・・・
ああは言ったものの、思わず躰が熱くなる。
自然と股間に手が伸びる。
ああ・・・欲しい・・・
オスが欲しい・・・
オスが欲しいわぁ・・・
床にぺたんと腰を下ろし、股間を指でなぞる結花。
ああ・・・
来て・・・
アタシの中に早く来てぇ・・・
リビングで音がしてハッと気が付く。
いけない・・・
今はまだヒトがいるのだ。
大きなヒトも小さなヒトも追い出してしまわねばならない。
この家を維持するためにはヒトが必要。
だからこそヒトには普段の活動をさせなくてはならないのだ。
結花は立ち上がると、食パンを皿に載せ、牛乳をレンジで温める。
そろそろ食料が無くなる。
どうしたらいいだろう・・・
外には出たくない・・・
家にいたい・・・
どうしたら・・・
「行ってきます」
キッチンに向かって声をかける。
母はもう見送りには出てこない。
父は無言で会社に出かけ、なんだか本当に人形のようだ。
「キチチチチ・・・行っテらっシャい」
靴を履いていると母の声がする。
それだけでもう良樹の胸は高鳴ってしまう。
ママの声だ・・・
もっと聞いていたい・・・
もっともっとそばにいたい・・・
ママのそばにいて交尾をしたい・・・
ボクのゴキブリチンポで交尾したい・・・
そう思うと、またしてもむくむくとチンポが大きくなってくる。
いけないいけない。
今は学校へ行く時間だ。
早く行って早く帰ってこよう。
早く帰ってママと交尾するんだ。
早く帰ってママと・・・
良樹はそう思いながら家を出た。
******
「キチチチ・・・チチ」
ようやく二人が出かけたことにホッとする結花。
ヒトがうろつくのはどうにも落ち着かない。
ここはアタシたちの場所なのに・・・
でも、ヒトがいなくなったあとはくつろぎの時間。
みんなとたっぷり戯れることができる。
まずは食事をしなくては。
結花は戸棚や冷蔵庫から適当に缶詰やタマゴなどを出して床にぶちまける。
そして足でかき混ぜ、腹這いになって食べていく。
すぐに結花の周りにはゴキブリたちがひしめき、一緒に食べるものたちもいれば、彼女の足にも群がってタイツに浸み込んだ食べ物を食べていくものたちもいた。
「キチチチチッ」
思わず声が出てしまう。
足に群がったゴキブリたちがくすぐったい。
でも、それがとてもうれしい。
みんなが自分を仲間に入れてくれているんだと思えるのだ。
彼らのメスゴキブリとして。
床に残った汁も舐め尽くしていく。
今までこんな食べ方はしていなかったのだと言われたとしても、もう思い出すことも難しい。
それほど今の結花にとっては、これが当たり前の食べ方なのだ。
「キチチチチッ」
躰を起こして口の周りを手の甲で拭う。
手の甲についた汚れは改めて舌で舐め取る。
ざらざらの舌がなぜかちょっと引っかかることに結花は違和感を覚えた。
なにかしら?
何が引っかかったのかしら?
見ると、手首のあたりが茶色く変色し、硬くなっていることに気が付いた。
これは?
キチキチキチ・・・
(お前の躰が変わってきているのだ)
ゴキブリたちが結花を見上げている。
「キチチキチキチ」
アタシの躰がですか?
(そうだ。着ているものを脱いで裸になってみるがいい)
はい。
結花は立ち上がり、言われたとおりに着ているものを脱いでいく。
背中の翅を外し、レオタードを脱ぐ。
「ギチチッ」
結花は驚いた。
自分の胸とお腹が明らかに以前とは変わっていたのだ。
二つの胸はまるで同心円のリングが積み重なったような蛇腹状の双丘となっており、お腹の部分も虫の腹のように蛇腹状にになっていたのだ。
しかも肌の色も焦げ茶色に変色しており、明らかに人の皮膚とは違って硬くなっていた。
これは・・・ゴキブリのお腹ですか?
(そうだ。お前の躰はじょじょにゴキブリとなっていくのだ)
ああ・・・ありがとうございます。
思わず自分のお腹をさする結花。
ゴキブリのお腹と化した自分のお腹が愛おしい。
二つの胸もまるでゴキブリのお腹のようにぴくぴくと蠢いているかのようだ。
うれしい・・・
アタシはゴキブリになるんだわ・・・
続いてタイツも脱ぐ結花。
ごそっと何かがタイツにくっついて抜け落ちる。
結花の性器の周りから陰毛がすべて抜け落ちたのだ。
ゴキブリには陰毛など存在しない。
不必要なものは捨てられたのだろう。
むき出しになった性器はお腹の蛇腹と一体となってゴキブリの性器となっている。
今はそこから数匹のゴキブリたちが顔を出したり引っ込めたりしていた。
みんなで結花の躰を変えてくれているのだ。
キチチチチッ
脚も太もものあたりが茶色く変色し、表面が硬くなっていた。
どうやら外骨格が作られているのだろう。
そういえば、さっき舌が引っかかったのも、手首のあたりにトゲ状の外皮が形成されつつあったからのようだ。
自分の躰がどんどんゴキブリになる。
それが結花にはとてもうれしい。
もっともっとゴキブリになりたい。
そしてみんなの仲間となり、みんなの卵を産むのだ。
なんて素敵なことなのだろう・・・
「キチチ・・・」
指が自然と性器をまさぐる。
欲しい・・・
オスが欲しい・・・
無性にオスが欲しい・・・
指の動きに合わせ、結花の体内のゴキブリたちも動き出す。
それにつられたかのように、結花の周囲のゴキブリたちも彼女の足を登っていく。
みるみるうちに結花の躰はゴキブリに覆い尽くされ、まるでゴキブリが人の女性の形を形作っているかのようにすら見える。
やがて結花はゆっくりと腰を下ろし、大勢のゴキブリたちを性器の中へと迎え入れながら絶頂に達していくのだった。
******
「はあはあ・・・」
家に向かって走る良樹。
股間が熱い。
まるでやけどしそうだ。
早く帰らなくては。
早く帰ってママに・・・
今日はお昼休みにトイレでおちんちんをこすってしまった。
ママのことを思い出しただけで頭がぼうっとして、おちんちんをいじりたくなってしまう。
おちんちんをこすると気持ちいい。
なんだかボクがボクじゃないみたいだ。
おちんちんをこするとザーメンが出てくる。
その出すときが気持ちいい。
思わず声が出そうになって、慌てて口を閉じちゃった。
「ただいまー!」
鍵を開けて玄関に入る良樹。
靴を脱ぐのももどかしい。
かすかに漂ってくる母のにおい。
それを嗅いだだけで良樹のおちんちんはまた一段と大きくなる。
たまらない・・・
ママに・・・
ママに何とかしてもらわなくちゃ・・・
ママに・・・
「ただいまー! ママ!」
バタバタとリビングに入ってくる良樹。
「キチチチチッ、オ帰りナさい。早かったノネ」
キッチンから顔を出す母。
あ・・・れ?
良樹はちょっとがっかりする。
今朝のような、いや、昨日のようなゴキブリの格好じゃないのだ。
いつものというか、シャツにズボンという普通の格好をしている。
どうしてなんだろう・・・
昨日のゴキブリの格好はすごくママらしくて似合っていたのに・・・
「キチチ・・・ナに? どうかシた?」
母が声をかけてくる。
「えっ? う、うん・・・あの・・・」
「ギチチッ、ナァに? 言イたいことがアるならはっキり言えバ」
やや口調が荒くなる母。
その目が良樹をにらんでくる。
あれ?
その目が普段と違うことに良樹は気が付いた。
白目がないのだ。
目の全体が真っ黒で、瞳も白目も無くなっている。
「ママ、目が変だけどなんともない?」
「キチキチ・・・目ぇ? 確カに朝はチょっと変ダったけド、今ハ何ともナいワ。アタシの目がドコか変?」
歯をこすり合わせるような以前の母とは違う声。
虫が鳴いているような音にも聞こえてくる。
でも、むしろこっちの方がママには似合っているような気も・・・
「うん・・・白い部分が無くなっている・・・」
「えエ? ホントぉ?」
何となくギクシャクした動きで洗面所へ行ってしまう母。
あ・・・
格好のこと言いそびれちゃった。
洗面所で鏡を見る結花。
確かにあの子の言う通り、白目の部分がなく目全体が黒く染まっているし、網目がかっているようにも見える。
朝、なんだか周囲が見づらく感じたのはこのせいだったのかもしれない。
昼過ぎに来た宅配の業者がなんだか驚いていたのもそのせいだったのだろうか。
不審がられると思って、服装をヒトの時に着ていたものにしたはずだったのに。
食料品とかを宅配してもらって便利だと思ったが、気を付けないといけないのかもしれない。
鏡を見つめる結花。
それと同じように鏡の中の結花も彼女を見つめてくる。
その目は黒々として素敵。
変なんかじゃないわ・・・
これはゴキブリの目。
ゴキブリの目なのよ。
アタシの目がゴキブリの目になったんだわ。
白目のあるようなヒトの目なんかじゃない。
鏡の中から黒々としたゴキブリの複眼が彼女を見返している。
なんて素敵なのだろう。
これこそがアタシの目。
キチチチチ・・・
やがて洗面所から戻ってくる母。
「ナぁにぃ、どこも変なンかじゃないワよぉ」
「えっ? でも、白目が・・・」
改めて見直しても母の目には白目がなく真っ黒だ。
「白目ぇ? もうそンナものは必要なイのよ。アタシの目はもうヒトの目とは違うノ」
「人の目とは違う?」
どういうことなのだろう?
ママはいったい?
「そうヨぉ。アタシの目はヒトの目とハ違うの。アタシの目はネ」
ずいっと顔を寄せてくる母。
いやでもその真っ黒な目が良樹の目に入ってくる。
「ゴ・キ・ブ・リの目ナの」
一語ずつ区切るようにして言う母。
「ゴ、ゴキブリの?」
良樹はびっくりする。
ママの目がゴキブリの目?
それってどういうこと?
あのゴキブリの格好と関係があるの?
「そ、それって昨日の格好と関係あるの?」
戸惑っている子供の様子に結花は意地悪く笑みを浮かべている。
「えエ? 昨日の格好?」
昨日の格好とは?
「うん、ほら、昨日はママ茶色の水着みたいなの着て、背中に黒い翅を付けていたでしょ? 今朝もそうだったじゃない」
「ああ・・・アの服のコト・・・あレはもうイイの」
そう・・・あれはもういい・・・
あんなものを着なくても・・・
アタシの躰はもう・・・
キチチチチッ・・・
結花の口から笑いが漏れる。
「もういいって?」
それはもうあの格好をしてくれないということなのだろうか?
そんな・・・
あの格好のママはとても素敵で美しくて・・・
交尾したくてたまらなくなるのに・・・
「ええ・・・アれはもういイの。あんなのを着ナくてもアタシはモうすぐ・・・・キチチチチッ」
奇妙な笑い声をあげる母。
「そんなぁ・・・あの格好のママが見られると思って急いで帰ってきたのに・・・」
「なアにぃ? あんたアタシがゴキブリの格好をシていると嬉しいワけ?」
「う・・・うん・・・」
昨日の母の格好を思い出すだけでもおちんちんが大きくなってきてしまう。
「キチチチチッ・・・フーン、やっぱり器ダからなのかシらね。いいワ、それジャいいことしてアげるからおいで。キチチチチッ」
くるりと背を向けて洗面所の方へ向かう母。
「いいこと?」
いいことって何だろう?
良樹はよくわからなかったものの、とりあえず母の後を追った。
「お風呂?」
思わず良樹が声をあげる。
母のあとに付いていったら、母はお風呂場で湯船にお湯を張り始めたのだ。
「キチチチチッ、あんた学校で汗かいてキたんデしょ? 一緒にオ風呂に入ってあゲるわ」
ニタッと笑っている母。
「え? えええ? い、いいよ」
良樹がブンブンと首を振る。
ママと一緒にお風呂だなんて恥ずかしいよ。
「キチチチチッ、恥ずかしがルことはナいわ。あんたアタシと交尾シたいんでしょ?」
母が青紫色の舌でねっとりと唇を舐めている。
「そ、それは・・・」
顔から火が出そうになる良樹。
言われるまでもない。
交尾したい・・・
ママと交尾したい・・・
でも・・・
「キチチッ、あんたのチンポを舐め舐めしてアげるわよぉ。なんダッたらパイ擦りしてあげてモいいわ」
パイ擦り?
パイ擦りって何だろう?
よくわからないが、いやらしいことのような気はする。
でも・・・
舐め舐めはうれしいけど、やっぱりあのゴキブリコスを着てほしいなぁ。
「ギチチッ! ほラほら、さっさと脱ぎなサい」
結花は少し威圧的に言う。
なんだかオドオドしている感じの子供が、いい感じで嗜虐心をくすぐるのだ。
キチチチチ・・・
ヒトって案外だらしがないわねぇ。
もっともっといじめたくなっちゃうわ。
この小さなオスが自分と交尾したがっているのは見え見えなのだ。
つまり主導権はこちらにある。
焦らすなり威圧するなりして思い通りにすればいい。
「う・・・うん」
観念したように服を脱ぎ始める小さなオス。
上着とズボンを脱ぎ、靴下を脱ぎ捨て、下着のシャツも脱いでいく。
「ギチチッ! ほラ、パンツもよ」
腕組みをしてにらみつける結花。
なんだか楽しい。
「そ、それは・・・いいよ、やっぱり」
真っ赤になって首を振る小さなオス。
「ダメよ! 脱ぎなサい! ギチチチッ」
結花は良樹のそばに行くと、しゃがみ込んで無理やりパンツを下ろす。
「わあっ!」
慌てて良樹は股間を手で隠そうとするが、結花はその手を払いのける。
「ギチチチッ、いいじゃなイ、見せタって減るものじゃナし」
あらわになった良樹のチンポを見つめる結花。
黒褐色に変化し、昆虫の節を思わせるような形になったチンポがそこにはあった。
「キチチチッ、なかなかいイ形をしテいるわネぇ。でも、アタシと交尾するにはまだ早いかシら?」
まだ変化の途中なのだ。
もう少し変化すれば、自分のゴキブリオマンコにぴったりとなるだろう。
その時が楽しみだわ。
「キチチチチ・・・それにだらんとシちゃってるワね。アタシがヒトの格好していルから勃たないのかしラ?」
スッと立ち上がり、上着を脱ぎ始める母。
母の言うとおりだ。
交尾したいという気持ちはあるのに、無理やりパンツを脱がされたからというのもあるし、それにあのゴキブリコス姿でないと、どうにも奮い立ってこない。
「ギチチチッ、だったらいいものを見せテあげルわ。これを見たラ、あんたのチンポもバッキバキかもよ」
上着とズボンを脱ぎ捨て、下着姿になる母。
「えっ?」
その姿に思わず良樹の目が釘付けになる。
それは異形だった。
母の躰は太もものあたりから上が茶褐色に染まり、昆虫の腹部のように変化していた。
両脇からは一対の昆虫の脚のような物が生え、お腹のあたりで交差している。
蛇腹のようなお腹は胸のあたりまで広がり、母がブラジャーを外すと、両胸はゴキブリのお尻のような形をしてピクピクと蠢いている。
まるで良樹に見せつけるかのようにショーツを脱いだ後は、右手の指で股間の割れ目を開いて見せた。
「キチチチチ・・・どウかしら? アタシの躰は?」
母の問いかけに言葉が出ない良樹。
だが、その股間のものは明らかに猛り狂ってそそり立っていた。
「す・・・ごい」
小さなオスの絞り出すような小さな声。
だが、その目が自分にくぎ付けになっていることと、先ほどまでとは打って変わったゴキブリチンポの勃ち具合が、この小さなオスが興奮していることを如実に表している。
キチチチチ・・・
気持ちいいわぁ。
オスの羨望のまなざしを浴びるのって最高ね。
結花の口元に笑みが浮かぶ。
だが、まだ早い。
あのオスのチンポはまだ器になり切れていない。
だから交尾はもう少し待たなくてはならないだろう。
おそらく明日か明後日ぐらいには・・・
キチチチチ・・・
ゴキブリだ・・・
ママはゴキブリなんだ・・・
形は人間のままだけど、躰はゴキブリになっているんだ。
心臓がどきどきする。
熱が出てきたみたいに躰が熱い。
叫び出したいくらいなのに声が出てこない。
ママ・・・
ママ・・・
大好きなママ・・・
ママがゴキブリになるなんて最高だー!
「キチチチチ・・・オいで」
誘われるままに母についていく良樹。
お風呂場に二人で入る。
湯気がこもってて温かい。
「キチチチ・・・一緒に入りマしょ」
「うん・・・ママ」
湯船に浸かる。
さすがに二人だと狭いので、自然と母の躰と密着する。
ごわごわと硬くなった母の躰。
でも、それが良樹を興奮させる。
したい・・・
交尾したい・・・
ママと思い切り交尾したい・・・
ボクのチンポでママにザーメンを流し込みたい・・・
「まあ、甘エん坊ネ。キチチチチ」
「だってぇ・・・」
母に抱き着き、その乳房に吸い付く良樹。
まるで赤ん坊に戻ったかのよう。
ピクピクと脈動する母のゴキブリおっぱい。
なんて素敵で美味しいんだろうか。
今にもおっぱいが出てきそうな気がする。
飲みたいなぁ・・・
温まって湯船から出る二人。
「キチチチチ・・・今度はアタシの番ヨ」
そう言って椅子に腰かけた良樹の前に屈み込み、そのチンポをくわえる母。
「あ・・・」
チュプチュプとわざと音を立てるかのように良樹のチンポがしゃぶられる。
背筋に走る快感に思わず声が出てしまう。
「ママ・・・」
無言でチンポをしゃぶり前後する母の頭を、良樹は両手で軽く抱く。
「う・・・あっ・・・」
気持ちよさに、あっという間に出してしまう良樹。
「ん・・・んぐ・・・もう出シたの? 早いワよ」
「ご、ごめんなさい」
「キチチチッ、イいのよ。気持ちヨかったんでショ?」
青紫色の舌で舌なめずりをする母。
「う、うん」
「じゃあ、今度はパイ擦りをしてあゲる。もう一回ぐらいデきるでしょ?」
両手でゴキブリおっぱいを持ち上げる母。
良樹にできないなどと言うつもりは微塵もなかった。
******
火照った躰でベッドに横になる良樹。
「ふう・・・」
思い出してもまたおちんちんが大きくなりそうだ。
ママと一緒にお風呂に入ってしまった・・・
もう五年生だというのに・・・
もし友人たちに知られたらなんと言われるか・・・
でも・・・気持ちよかった。
パイ擦りってああいうことを言うのか。
おっぱいで挟んでしごいてもらうなんて考えもしなかった。
ごわごわして硬いのに、それがおちんちんを刺激してくれる。
それとお口でしてもらうのも気持ちいい。
ママの口の中は温かくてぬるぬるしてて舌がボクのおちんちんをぺろぺろと舐めて・・・
そしてママの口の中に出すんだ。
ボクのザーメンをママが飲み込むときの顔がすごくいい。
なんていうか綺麗。
はあ・・・
ママ・・・
ママ・・・
「キチチチチ・・・」
ぺろりと舌なめずりをする。
まだ何となく口の中にあの小さなオスのザーメンの味が残っているかのよう。
美味しい・・・
あの子のザーメンもほかのみんなのザーメンと同じような味になってきた気がするわ。
もうすぐ交尾もできそうね。
キチチチチ・・・
キチキチキチ・・・
お風呂から出て服を着替えた結花のもとに、ゴキブリたちが集まってくる。
(器の味はどうだ?)
「キチキチキチ・・・」
はい、もうすぐ皆様と同じザーメンを出せるようになるかと・・・
髪をタオルで拭きながら答える結花。
(それでいい。おそらく明日にはあの小さなオスの性器は我々の器となる。そしてお前の躰も、明日には・・・)
それは本当ですか?
思わずゴキブリたちを見下ろす結花。
いよいよ人ではなくメスゴキブリになれるのだ。
(うむ。今夜一晩使ってお前の躰を完全にする。お前は我々のメスとなる)
嬉しいです。
はい・・・アタシは皆様のメス。
メスゴキブリのユカですわ。
「キチチチチ・・・」
結花の笑い声が洗面所に響いた。
******
夜。
いつものように結花はベッドの下に潜り込む。
もうベッドの上で寝ていたことなど遠い昔のことのよう。
博文のことも彼女の心からは抜け落ちてしまった。
この家を維持するために使役するヒトのオスにすぎない。
博文の方も結花のことは心から抜け落ちてしまった。
彼にとって大事なのはこの家を維持するために働くこと。
なぜかはわからないが、それだけを考えるようになってしまっていた。
隣の部屋では良樹がベッドで眠っている。
彼も今の状況を異常とは思わなくなってしまっていた。
ゴキブリ化していく母に興奮し、交尾をしたいと思うことが当然となっていた。
部屋の中にゴキブリが出ても気にすることもなくなった。
それどころか食卓の上にゴキブリがいても、皿の上を動いていてもなんとも思わなくされていた。
この家の三人にとり、ゴキブリと暮らすことはごく普通のことになっていたのだった。
「ん・・・んん・・・」
身をよじる結花。
躰が熱い。
彼女の躰には無数のゴキブリがよじ登っていた。
彼らはパジャマの首元や袖口、ズボンのすそなどから入り込み、結花の躰に自分たちの躰をこすり付けていく。
すでに結花の胴体は半分以上がゴキブリと化し、無意識のうちに両脇の脚も動いている。
額からは二本の触角が伸び始め、美しかった髪の毛も抜け落ちて、ゴキブリたちがワシワシと食べつくしていく。
髪の毛が抜け落ちた後には硬い外皮が形成され、つややかな外骨格へと転じていく。
両手もゴキブリたちが躰をこすり付け、そのたびに茶褐色の硬い外皮へと変わっていく。
形こそ人間の手の形をしているものの、黒い爪やトゲが生え、節が形成されていく。
もうすぐだ・・・
もうすぐ終わる。
もうすぐでこのメスは完全なるゴキブリのメスとなる。
我らのメスが完成するのだ。
ゴキブリたちは夜が明けるまで結花の躰に自分たちの躰をこすりつけていた。
「ん・・・うーん・・・」
変化は良樹の方にももたらされる。
寝ている良樹の耳元では数匹のゴキブリたちが触角を揺らし、かすかな音を送り出す。
またほかのゴキブリたちは布団に潜り込み、パジャマのズボンの裾から入り込んでパンツの隙間から良樹の性器にたどり着く。
そして彼の性器に躰をこすりつけ、さらには引っかいたり噛み付いたりして彼らの分泌物を注入していく。
中には尿道に潜り込み、中から分泌物を塗りたくるものまでいた。
良樹の性器は少年には似つかわしくないほど巨大化し、異形化していく。
どす黒く変色し、節を形成していた良樹の性器は、さらに硬く強靭になりつややかになっていく。
変化は睾丸の方にも及び、包んでいる皮も硬くなり、ゴキブリの精子を作り出すように変えられていく。
良樹はもうヒトの女性との間に子を作ることはできなくなり、ゴキブリを増やすオスとなったのだ。
(続く)
- 2020/07/22(水) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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ブログ丸15年達成記念SS、「ゴキブリの棲む家」も今日で五回目。
木曜日の後半部分です。
家に帰ってきたらゴキブリのコスプレをしている母の姿。
そりゃあ、良樹もびっくりですよね。
はたしてこれからどうなってしまうのか。
ご注意:今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分にご注意していただければと思います。
「キチチチチッ・・・」
良樹が二階の自分の部屋に行ったことで少しホッとする結花。
だが、このゴキブリ姿を怪しまれてしまったらしい。
以前の服装に戻せばいいのだろうが、せっかくこうしてみんなと一緒になれた気がするのに、脱いでしまうというのも残念な気がする。
もう・・・
こんなに早く帰ってくるなんて・・・
気が利かないガキだわ・・・
良樹にとってはごくいつも通りの帰宅時間なのだが、今の結花には邪魔者としか思えないのだ。
キチキチキチ・・・
(どうした?)
キッチンに戻った結花のもとに一匹のゴキブリが近寄ってくる。
「ギチッ・・・ギチギチ・・・」
良樹を何とか二階の自分の部屋に追い払ったこと、自分の今のこの格好を不審に思われてしまったことを話す結花。
キチチキチ・・・
(案ずるな。そのことなら問題ない)
えっ?
問題ない?
(そうだ。すでに手は打ってある。器も必要だからな)
手は打ってある?
器?
どういうことだろう?
(お前は心配せずにいればいい。自分の躰のことだけを考えるのだ)
「ギチチ・・・ギチ」
はい。
仰せの通りにいたします。
心配するなというのだから心配ないのだろう。
あの子のことなどどうでもいい。
私は私のことだけを考えればいい・・・
キチキチキチ・・・
(這いつくばって口を開けよ)
えっ、は、はい・・・
結花は言われたとおりに床に這いつくばって口を開ける。
(もう少し我らと話せるようにしてやろう。今はまだ不明瞭だ)
「あ、あいあとおあいあふ」
ありがとうございますと言ったつもりだが、口を開けたままなのでうまく言えない。
やがて数匹のゴキブリたちが隙間から現れ、結花の躰を伝って登ってくる。
そしてそのまま結花の口の中へと入り込み、何やら動き回っていく。
くすぐったいような痛いような微妙な感覚。
舌の上を這い回るため、彼らの味が口いっぱいに広がっていく。
んふふ・・・美味しい・・・
思わず舌を動かしたくなるが、今はやめた方がよさそうだ。
それに、なんだかしびれるような感じもする。
我慢してしばらくそのままでいると、やがてゴキブリたちが口の中から出ていってしまう。
あ・・・
なんだか口の中が寂しく感じ、舌で口の中を舐めまわす。
すると、舌が今までより、よりいっそう自由に動かせるような感じがする。
さらに歯も先がギザギザのように変わっており、よりこすり合わせて音を出しやすくなったような気がするのだ。
「キチキチキチ・・・」
試しに音を出してみると、これまでよりスムーズに音が出る。
うれしい・・・
これなら今まで以上にみんなと話せそう。
結花は立ち上がって洗面所に行き、鏡の前で口を開けて確認する。
ピンク色のヒトだった口の中が、今では焦げ茶色になっている。
舌も青紫の色に変化しており、やや長くなったようだ。
歯もギザギザになり、より噛み付きやすくなっている。
これなら何でも噛みちぎれそうだわ。
キチチチキチ・・・
(お前の口はヒトと我らゴキブリとを合わせたものにした)
いつの間にか洗面台の上にゴキブリがいて、結花に語り掛けてくる。
ヒトとゴキブリを?
(そうだ。お前はヒトの要素を持ったメスゴキブリとなるのだ)
ヒトの要素を持ったメスゴキブリ・・・
(そうだ。お前は新しいメスゴキブリとなるのだ)
はい。
私は新しいメスゴキブリになります。
新しいメスゴキブリに。
なんだかとてもうれしい・・・
「キチチチチチ・・・」
結花の口に笑みが浮かんだ。
******
カバンを放り出してベッドに横たわる。
ママはいったいどうしてしまったんだろう・・・
変な格好しているし、しゃべり方も少し変だったし、なんだか怒っているようだし・・・
今朝もボクを起こしてくれなかったし、タマゴは生のままだったし・・・
いったいどうしちゃったんだろう・・・
何かの病気なんだろうか・・・
もしかしたら玄関で寝ていた時にすでに病気だったのかもしれない・・・
だとしたらお医者さんに診てもらった方がいいのだろうか・・・
どうしたら・・・
パパが帰ってきたら相談してみよう・・・
パパが帰ってきたら・・・
「わっ!」
思わず声をあげてしまう良樹。
ベッドの端にゴキブリがいたのだ。
長い触角をゆらゆらと揺らし、彼をじっと見つめてくる。
「こいつめ!」
良樹はとっさに叩き潰そうと手を振り上げる。
だが、その手が途中で止まってしまう。
あ・・・れ?
どうしたのだろう・・・
躰が動かない・・・
目がゴキブリから離せない・・・
どうしちゃったんだろう・・・
やがて部屋のあちこちからゴキブリが現れる。
ベッドで上半身を起こしたまま、動きが止まってしまった良樹の周囲に集まってくる。
ゴ・・・ゴキブリがこんなに?
一匹二匹ではない。
少なくとも十数匹はいるのだ。
そいつらが良樹の周囲に集まってきて、いっせいに触角を揺らしている。
な、なんだ?
なにがいった・・・い・・・
あ・・・れ・・・?
急激に意識が遠くなっていく。
やがて良樹はゆっくりと手を下ろし、再びベッドに横たわった。
キチキチキチ・・・
ゴキブリたちが触角を揺らす。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
そのかすかな空気の揺れが良樹の躰を包んでいく。
器
この小さなヒトを器にするのだ。
この小さなヒトを器にし、彼を使って新たなメスに精子を送り込む。
この小さなヒトを我々の器にするのだ。
「あ・・・れ?」
目を開ける良樹。
どうやら少し居眠りをしていたらしい。
時計を見るとそろそろ五時。
一時間近くも眠ってしまっただろうか。
今日は学校で体育があったから疲れてしまったのかもしれない。
そういえば宿題があったからやらなくちゃ。
良樹はベッドから起きると机に向かう。
カバンから宿題を取り出し、取り掛かる良樹。
そのすぐそばには触角を揺らしているゴキブリたちがいたが、良樹の目にはまったく映っていないかのようだった。
******
お腹の中でゴキブリたちが動いている。
キチチチ・・・
結花はそれがなんだかうれしい。
彼らは自分をメスゴキブリにしてくれているのだ。
ああ・・・ん・・・
躰が熱い。
節々が少し痛む。
これも変化なのだろうか?
早く・・・
早くなりたい・・・
早くメスゴキブリになりたいわ・・・
こんなコスプレじゃない完全なるメスゴキブリに・・・
床に座ってお腹をさすっていた結花のところに、ゴキブリたちが寄ってくる。
キチキチチチチ・・・
(これでいい)
ゴキブリたちが触角を揺らして話しかけてくる。
えっ?
何がいいのですか?
(あの小さなヒトの処置は終わった。もう心配はない)
処置?
あの子に何かしたのですか?
(器としての処置だ。お前は気にする必要はない)
器としての処置・・・
いったい何のことなのだろう・・・
よくわからないが、気にする必要はないと言われたので、気にすることはないのだろう。
気が付くと、もう時刻は夕方の6時を回っている。
そろそろ男たちに食事を用意してやらなくてはならない。
みんなと食べる食事ならともかく、あの連中に食事を作らなくてはならないというのはやや苦痛だが、ヒトを生かしておくためには必要なことなのだ。
ヒトを利用してこの家を維持する。
それがみんなの要望であり、彼女の果たす役割でもある。
結花はそう思うと立ち上がり、冷蔵庫から残った食材を出して適当に調理を始める。
今朝は過熱しなかったことで不審に思われた。
今度は過熱を忘れないようにしなくては。
火を使うのは少々勇気がいるように感じるが仕方がない。
ええ・・・
もちろんみんなで食べる分には、火を通すなんてことはしませんわ。
キチチチチ・・・
「終わった」
良樹はそう言ってノートを閉じる。
宿題がどうやら終わったのだ。
気が付くともう夕食の時間。
お腹も空いている。
今日の晩御飯はなんだろう。
教科書とノートをカバンに入れ、席を立つ良樹。
部屋を出ると下からは美味しそうないい香りが昇ってくる。
楽しみだ。
リビングでは今まさにテーブルに夕食の準備がなされている最中だった。
茶碗や箸を並べている母の姿。
帰ってきたときに見たあの衣装のままだ。
頭にはぴったりした水泳用の帽子をかぶり、そこから二本の触角のようなのが伸びている。
目には水泳用のゴーグルをかけていて、まるで昆虫の目のようだ。
躰は濃い茶色のぴったりした衣装とタイツを身に着けていて、背中には黒い翅のようなものが付いている。
あれ?
これはもしかしてゴキブリなのではないだろうか?
ママはゴキブリの姿をしているのではないだろうか?
でも・・・
良樹はごくりと唾をのむ。
心臓がドキドキと早鐘を打つ。
なんて美しいんだろう・・・
ママがこんなに素敵だなんて思わなかった。
あの衣装を着たママはとっても美しい。
ママの躰のラインがこれでもかというほどに迫ってくるようだ。
以前ママを見た友達は、茅場のママは綺麗でいいなって言ってくれたけど、お世辞だと思っていた。
でも、そうじゃない。
ママは綺麗なんだ。
それもゴキブリの姿のママだから綺麗なんだ。
ゴキブリのママだから・・・
適当に噛みちぎって適当に火を加えたら案外いい感じになるのが野菜炒めのいいところだろうか。
みんなにはもちろん火を加えないものを用意するけど、私にはまだヒトの部分が色濃く残っているとのことなので、適度に加熱したほうが良さそうだ。
あとは皿に盛りつけ、ご飯を用意すればいい。
あの男どもにはこの程度を食わせておけばいいだろう。
キチチチチ・・・
結花は歯をこすり合わせて笑う。
彼女にとって大事なものはゴキブリのみんなであり、男たちはそのための道具でしかない。
テーブルに食事の用意をしていた結花は、自室から降りてきた良樹に気が付く。
どうやら夕食を嗅ぎつけてきたらしい。
さっさと食わせて二階に追い払った方がいいだろう。
そういえばさっき、もうこの子のことは心配ないと言われたけど、どういうことなのだろうか?
ヒトがキッチンや洗面所の周りをうろつくのは好ましくないわ。
ここは私と彼らのための場所なのに・・・
忌々しく思いながら野菜炒めを盛った皿を取りに行く。
これを食べさせてさっさと追い払うのだ。
二階に行けばゲームをしようがマンガを見ようがどうでもいい。
私たちの邪魔さえしなければそれでいいのだ。
そう思い、皿を持ってきた結花は、リビングの入り口でまだぼうっと立っている良樹に目を留める。
その目はじっと結花を見つめているようだ。
いったいどうしたの言うのだろう?
とりあえずテーブルに皿を置く。
やはり良樹はその様子をじっと見ているだけで動きはない。
「ギチチ・・・どうカした?」
「えっ? あっ・・・」
声をかけられてハッとする良樹。
「ズッとこっちを見てイルようだけど、何かアッた? ギチチチ・・・」
「あ・・・うん・・・いや・・・」
母がゴーグルをかけた目で見つめてくる。
まさかママのことを見つめていましたなんて言えるはずもない・・・
思わず目をそらす良樹。
「ギチチ・・・変な子ネ・・・」
そう言われても、どうして見惚れてしまったのか良樹にもよくわからないのだ。
ただただ、ゴキブリのようなママが美しかったのだ。
ママの躰に見惚れていたのだ。
それに・・・
なんだかおちんちんも大きくなってしまっている。
「ホら、さっさト座って食べちゃイナさい」
ご飯とみそ汁を用意し、キッチンに戻ろうとする結花。
「あ・・・マ、ママ」
その背中に良樹が声をかける。
「ナに?」
めんどくさそうに振り向く結花。
いったいなんだというのだろう。
「あ・・・その・・・」
なんだかもじもじしている良樹。
結花は良樹の方に向き直り、腰に手を当てる。
「ギチチチ・・・なんナの? こっちハ忙シいんだけど」
「その・・・もう少しママを見てていい?」
「はア?」
思わず変な声が出てしまう結花。
もう少し私を見ていたい?
どういうこと?
「なにソれ? アタシを見たいってことナノ? ギチチチチッ」
思わず結花はいら立ちの音を出してしまう。
「う・・・うん・・・」
少し顔を赤くしながら、ちらちらと視線を向けてくる良樹。
見たいんだけど、直視するのは恥ずかしいといった感じだ。
「アタシはあんたナんかにかまっテいる暇はないんダケど。みんなモお腹を空かしテイるし・・・ギチチッ」
そんなこと言ったって・・・
良樹はそう思う。
だって・・・
だって・・・
「だって・・・ママが・・・」
「アタシが?」
「ママが・・・綺麗だから・・・」
思わず目をそらしてしまう良樹。
「はア? アタシがきレい?」
キョトンとしてしまう結花。
まさかヒトに綺麗だなどと言われるとは思いもしなかったのだ。
いったいこの子は何を言っているのだろう・・・
「うん・・・綺麗・・・ママがすごく綺麗・・・」
「キチチチッ・・・なにソれ? やめてヨ、変なことヲ言うノは」
結花もそうは言うものの少し頬を赤らめてしまう。
綺麗だなどと言われたのはいつ以来だろうか・・・
そんなことを考えてしまう。
「嘘じゃないよ。本当にママがきれいだから・・・その・・・」
うつむく良樹。
さっきからおちんちんが大きくなってて止まらない。
交尾・・・
ママと交尾したい・・・
そんなことも脳裏に浮かんでくる。
ママと交尾したい・・・
交尾ってなんだろう・・・
でも、ボクはママと交尾したい・・・
「キチチッ・・・ありガと・・・そう言わレルと悪い気はしナいわネ」
ほほ笑む結花。
綺麗と言われて悪い気がするメスはいない。
「ねえ、ママ・・・その恰好って、もしかして・・・ゴキブリ?」
「キチチチッ・・・そうヨぉ。よくわカったわネぇ。コれはゴキブリ。ママはメスゴキブリなのヨぉ」
子供にわかってもらえたことでうれしくなり、思わずくるりと一回転して見せる結花。
背中の黒い翅がふわりと揺れる。
「わぁ、やっぱりそうなんだ。すごく素敵」
「キチチチチ・・・ありガと。うれシいわ」
キラキラした目で見つめてくる良樹に、結花は自分まで興奮してくるのを感じる。
この子は私を求めている。
そう本能が告げている。
この子はオスとしてアタシを求めているんだわ。
「キチチチチ・・・」
思わず含み笑いが出てしまう。
みんなとする交尾もいいけど、この子との交尾も面白そう。
誘ってみるのもいいかもしれないわね・・・
「でもママ・・・ママはゴキブリが嫌いじゃなかったの?」
「ええ? アタシが? 冗談はヤめてくれナい? ゴキブリは大好きヨぉ。今のアタシはゴキブリ無しではいラれないワぁ。キチチチチ・・・」
何を馬鹿なことを言い出すのだろうか?
ゴキブリを嫌うなんてありえない。
ゴキブリこそがすべて。
彼らの一員として彼らと一つになり、そして彼らの卵を産むの。
「そうなんだ。なんだか前はゴキブリが嫌いだったような気がしてた」
「キチチチチ・・・いヤねぇ。それはあんたの勘違いデショ。それヨりも・・・」
良樹に近づいていく結花。
「食事なんかヨり、こっちの方ガ大変なんじゃナいのぉ」
良樹のズボンの上から股間をさする結花。
勃起したおちんちんが結花の手にはっきりとわかる。
「え? ええ?」
良樹は真っ赤になってしまう。
おちんちんが大きくなっていたのをママは知っていたのだ。
「キチチチチッ。いいのヨぉ。オスがメスを欲しがるのは当然ダわぁ」
「オスが・・・メスを?」
「そうヨぉ。あんたアタシと交尾しタいと思っていたんじゃナいの? そんな気配がプンプンしてるんダけどぉ・・・」
ニタァッと笑みを浮かべる結花。
それを見た良樹は心臓が破裂しそうにドキドキする。
なんていうかたまらなく魅力的なのだ。
これが大人の女性の色気なんだろうか・・・
無言でうなずく良樹。
ママと交尾したい。
それは彼の欲望。
今までそんなことは思いもしなかったのに、なぜか突然湧いてきた欲望。
でも・・・
親子でそんなことをしてもいいのだろうか?
なんだかいけないような気もする・・・
でも・・・
オスがメスを求めるのは当然なんだってママも言ってた・・・
オスがメスを・・・
ボクがオスでママはメス。
オスとメスが交尾をするのは当然なんだ・・・
「キチキチキチ・・・ママがいいことしてアげるわ」
そう言って結花は良樹のズボンを下ろしていく。
「わっ、マ、ママ・・・」
いきなりズボンを下ろされた上に、パンツまで下ろされてしまう良樹。
「キチチチチッ・・・やっぱり大きくしテたわネ」
上を向いてしまっているおちんちんがさらされてしまう。
「・・・・・・」
言葉が出ない良樹。
恥ずかしさで死にたいぐらいだ。
でも、ママに見られていると思うと、なんだかもっと大きくなってしまう感じがする。
ボクはどうなってしまったんだろう・・・
怖いよ・・・ママ・・・
「んむっ」
「わっ」
良樹は驚く。
母がいきなりおちんちんを咥えたのだ。
おしっこをするものなのに、それを口に入れるだなんて。
「き、汚いよ、ママ」
「んむ・・・んちゅ・・・んん・・・」
良樹の言葉など耳を貸さないかのように舐め続ける母。
それがなんとも気持ちがいい。
「マ・・・ママ・・・」
思わず母の頭に両手をあてる良樹。
そのうち母は舐めるだけじゃなく、頭を前後に揺らしておちんちんを吸うようにしごいていく。
「う・・・うわ・・・」
「んちゅ・・・んちゅ・・・」
ピストンのように前後する母の頭。
それが良樹のおちんちんを刺激し、何かがせりあがってくるような感触を与えてくる。
「お、おしっこ・・・おしっこ出ちゃう・・・」
何かがおちんちんから出ようとしている。
腰が浮くような感じがして、思わず母の動きに合わせて振ってしまう。
「あ・・・あああ・・・」
何かがおちんちんからほとばしる。
「出・・・出ちゃった・・・」
少し躰から力が抜け、なんだか泣きそうになってしまう良樹。
「んあ・・・」
母がおちんちんから口を離し、大きく開けて中身を見せてくる。
いつもとは違う青紫色の舌の上に、白い液体が乗っていた。
「ん・・・」
なんだろうと思う間もなく、母は口を閉じ、喉が動いてその白いものを飲み干したことがわかる。
「キチチチチ・・・これはまだヒトの味ネぇ。でもまあ、わりと美味しいじゃナい・・・キチチチチッ」
奇妙な笑い声をあげる母。
おしっこ飲んで美味しいだなんて・・・
「ママ・・・おしっこ飲んだの?」
「ええ? そンなわけナいでしょ。ナに? あんたこれがハジめてダったわけ?」
「えっ?」
初めてって何がだろう?
「キチチチチ・・・そうイうことナの・・・あんたハジめてだったのネ・・・あんたガ今出したノはおしっこじゃナくて、ザーメンと言って子作りをするものヨ」
「ザーメン? 子作り?」
良樹は驚いた。
ボクのおちんちんから子作りするためのものが出てきたの?
確かにおしっことは違ってすぐに出終わった気がしたし、すごく気持ちよかったけど・・・
あの白いのがザーメンというもので、ボクのおちんちんから出てきたの?
そりゃパパとママが二人で子供を作るのは知っていたけど、どうやって作るかまではなんとなくしか知らなかった。
するとボクにもママとの子供が作れるのだろうか・・・
あっ・・・
それが交尾なのかな・・・
だからおちんちんが大きくなったりしたし、交尾したいって思ったんだ・・・
「ママ、今のが交尾なの?」
「キチチチチッ、違うわヨ。今のやつはフェラチオって言っテ、お口であんたのザーメンを出してあげたダけ。あんた・・・ホントにアタシと交尾シたいの?」
「うん・・・したい」
よくわからないけど、なんだかとってもママと交尾がしたいんだ・・・
とっても交尾がしたい・・・
「キチキチキチ・・・やっぱりそうなンだ・・・あんたがアタシと交尾ネぇ・・・考えておいてアげる」
またしてもいやらしそうにニタッと笑みを浮かべる結花。
「ホント?」
「考えるだけヨ。ほら、一発抜いてアげたんだから、さっさとそれヲしまってご飯食べナサい。キチチチチッ」
「あっ」
良樹はいそいそとパンツとズボンを上げて席に着く。
そして時々母の姿を目で追いながら、再びむくむくと大きくなるおちんちんを気にしつつ、ご飯を口に運ぶのだった。
******
「キチキチキチ・・・」
思わず笑いが出てしまう。
ちらちらとこちらを気にしながらご飯を食べる様子が面白く、ついつい用事もないのにリビングとキッチンを往復してみたり、わざと胸や翅越しのお尻を見せつけるように屈んでみたりしてみせる。
そのたびに子供の目が泳ぎ、視線をそらそうとしたりそれでも見ようとしたりとあたふたする。
なんとも楽しい。
あの子はアタシを欲しがっている。
そう思うと躰が熱くなる。
もっともっと欲しがらせてやりたくなる。
時々ヒトのザーメンを味わうのも悪くないかもしれないわ。
キチキチチチ・・・
(楽しそうだな)
「エっ?」
そそくさと逃げ去るように二階に上がっていった子供を見届け、食べ終わった食器などを片付けていた結花の足元に数匹のゴキブリたちが現れる。
「キチチチチ・・・キチ」
見ていらっしゃったのですか?
恥ずかしいですわ・・・
思わず顔を赤らめてしまう結花。
ヒトの子のザーメンを味わっていたのを見られていたなんて・・・
でもご安心ください。
アタシは皆さんのものですわ。
あれはただのお遊び。
あの子がアタシを欲しがっていたから、からかってやったまでですわ。
キチチキチチ・・・
(それでいい。そのままあの小さなヒトを誘惑するのだ)
えっ?
あの子を誘惑?
どういうことですか?
アタシはゴキブリのメスですわ。
ヒトの子供などもうどうでもいい存在です。
(そうではない。あれは器なのだ)
器?
前にもおっしゃってましたが、器とはいったい?
(あれは器なのだ。あの小さなヒトは我々の器として、お前に精を注ぐ存在)
精を注ぐ?
(そうだ。今、お前の躰は中から我々のメスへと変わっていく。だが、我々とは大きさが違いすぎ、我々の精をうまく受け止めるのは難しい)
そんな・・・
それでは皆さんの卵を産むのが・・・
(だから器を用意するのだ。あの小さなヒトの性器を我々のものに作り変え、あの小さなヒトを通じてお前に精を注ぎ込む)
あの子を通じて?
(そうだ。あの小さなヒトは性器だけ我々のものとなり、お前と交尾して我々の精を注ぎ込むようになるのだ)
そんなことが・・・
だからあの子はアタシを欲しがっていたのだろうか?
みんなの精をアタシに注ぎ込むために?
キチチチチ・・・
そういうことでしたか。
では、もっと誘惑してもよろしいのですね?
(そうだ。お前の躰同様、あの小さなヒトの性器もやがてゴキブリの性器となる。そうなれば存分に交尾して精を受け取るのだ)
かしこまりました。
仰せのままにいたします。
キチチチチ・・・
「はあ・・・」
頭がぼうっとする。
晩御飯の味なんてよくわからなかった。
それにしてもママがあんなに素敵だったなんて・・・
ベッドに腰掛け、母の姿を思い浮かべる良樹。
それだけで彼のおちんちんは大きくなる。
ママ・・・
ママと交尾したい・・・
ボクのザーメンをママに飲んでもらって・・・そして・・・
そしてどうするのだろう?
交尾ってどうやればいいのだろう?
きっとママが教えてくれるに違いない。
ボクのおちんちんを舐めてザーメンを飲んでくれたママ。
その感触が思い出される。
良樹はズボンを脱ぎ捨て、パンツを下ろしてベッドに横たわる。
そして大きく反り返った自分のおちんちんを握り締め、上下にしごき始める。
「あ・・・う・・・」
今まで感じたことのない感覚。
気持ちいいというかなんというか・・・
でも止まらない。
手を動かすをのやめられない。
ママ・・・
ママ・・・
ゴキブリの格好をした母の姿が思い浮かぶ。
あれがもっとゴキブリのようだったら・・・
もっとゴキブリになったママだったら・・・
あっ・・・あっ・・・
出る・・・
出ちゃう・・・
あ・・・あああああっ・・・
おちんちんの先端からびゅくびゅくと飛び出す白い液体。
それが手にかかって生温かい。
これがザーメン・・・
ふう・・・
ママ・・・
******
家族が寝静まった深夜。
「ん・・・ア・・・」
ベッドの下に潜り込み、躰を丸くして横たわる結花。
その口から時々小さな声が漏れる。
躰が熱い。
節々が痛い。
まるで風邪で熱でも出したときのようだ。
それはある種の産みの苦しみ。
結花の中でゴキブリたちが蠢く。
このメスをゴキブリにするのだ。
完全なるメスゴキブリに。
我々のメスに。
「ん・・・ふう・・・」
良樹の口からも同じように声が漏れている。
彼の布団の中では大勢のゴキブリたちが蠢いていた。
それらは良樹のパジャマの中に入り込み、パンツの中へと潜り込んでいく。
そして良樹のおちんちんに群がり、口でそっと噛み付いていた。
かすかな傷をつけ、そこに彼らの体液を流し込むのだ。
何匹も何匹も良樹のおちんちんに噛み付いては体液を流し込む。
そのむず痒いような感触に、良樹のおちんちんは大きくなる。
そしてじょじょに黒褐色へと変わっていった。
(続く)
- 2020/07/21(火) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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ブログ丸15年更新達成記念SS、「ゴキブリの棲む家」も、今回で四回目。
奥様見まして?
なんと「木曜 前半」ですってよ?
木曜分が結構長くなってしまったので、今回はその前半部分となります。
これでやっと半分を超える感じです。
かつての「
ホワイトリリィ」や「
七日目」なんかとは比べるべくもないですが、結構長くなりましたね。
はたして茅場一家はどうなるのか?
楽しんでいただければと思います。
ご注意:今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分にご注意していただければと思います。
木曜日
「ん・・・」
目を開ける良樹。
あれ?
もう朝?
机の上に置いてある時計の表示が目に入る。
えっ?
嘘でしょ?
もうこんな時間?
どうして?
慌てて飛び起きる良樹。
いつもなら10分前に起きている時間だ。
どうしてママは起こしてくれなかったのだろう?
バタバタと階下に降りてくる良樹。
「おはよう、パパ、ママ」
リビングに入ると、いつものように食卓に付いている父がいる。
おそらく母はキッチンだろう。
「おはよう、ママ」
キッチンの入り口から挨拶する良樹。
「ダメ! 来ないで!」
「えっ?」
いきなり母が強い口調で睨みつけてくる。
困惑する良樹。
別に中に入ろうと思っていたわけではないのだ。
ただ、母に挨拶したかっただけなのに。
「あっちへ行って!」
まるで邪魔者を見るかのような母の目。
「ど、どうして?」
「いいから!」
「う、うん・・・」
仕方なくキッチンを離れてリビングに戻る。
いったい何がどうなっているのかわからない。
「パパ・・・」
母が何か怒っているような理由を知っているかもしれないと、良樹は父を見る。
だが、父は無言で新聞を読みながら朝食を食べていて、良樹の方を見ようともしない。
「パパ?」
どうしたのだろう?
なんだか二人とも今日はいつもと様子が違う。
不安に思う良樹。
そもそもいつもなら起こしてくれるはずの母が、今日は起こしてくれなかった・・・
いったいどうしてしまったのだろう?
なんだか怖いよ・・・
危なかった・・・
意識から抜け落ちていた。
あの子がいたんだったわ。
みんなが足音に気付いてすぐに隠れてくれたからよかったけど・・・
あの子に見られていたら、また殺虫剤だなんだと言い出したかもしれない。
それに・・・
ここは私とみんなの場所。
ヒトになど、入って欲しくはないわ・・・
さっさと学校にでも行かせてしまわないと・・・
「ほら、早く顔を洗ってご飯食べなさい。学校に遅れるわよ」
キッチンから母の声がする。
あ、いけない。
顔を洗ってしまわないと。
良樹は急いで洗面所に行って顔を洗う。
いつもならその間に朝食が用意され、戻ってきたときには食べられるようになっているのだ。
えっ?
戻ってきてテーブルに着いた良樹は驚いた。
母の用意してくれた朝食が予想とは全く違ったものだったのだ。
焼かれていない生の食パンと牛乳、それに皿に割られた生タマゴ。
これはいったい?
「ママ」
キッチンに戻ろうとしていた母を良樹は呼び止める。
「何? さっさと食べて学校へ行きなさい」
キッと睨むように振り返る母に良樹は驚く。
「う、うん・・・でも、目玉焼きになってない・・・」
「えっ?」
皿に盛られた生タマゴに目をやる母。
「ああ・・・そうだったわね。忘れていたわ」
何かハッとしたような顔をしている。
「忘れて?」
タマゴを焼くのを忘れるなんてことがあるだろうか。
「変だよママ。今朝はボクのことも起こしてくれなかったし・・・」
「うるさいわね。忘れたって言っているでしょ。いやなら食べなくてもいいわ。みんなにあげるから」
「えっ? みんなって?」
「いちいちうるさい子ね。なんだっていいでしょ! みんなはみんなよ。ヒトには関係ないわ」
言い捨てるようにしてキッチンに行ってしまう母。
ええ?
今日のママは変だよ・・・
いったいどうしてしまったのだろう・・・
「それじゃ行ってくる」
父が席を立ちあがる。
そして無言で玄関へと向かう。
「パパ」
何か言ってほしい良樹。
何でもいい。
この朝の変な雰囲気を元通りにしてほしい。
だが、父は無言でカバンを持つと出かけていった。
「パパ! パパ!」
良樹が何度呼び掛けても、返事をしてくれはしなかった。
「パパ・・・」
「行って・・・きます・・・」
玄関から消え入りそうな声がする。
どうやらあの子も学校へ行ったらしい。
半分泣いているような感じだったが、そんなことはもう結花にはどうでもよかった。
大事なのはここからヒトがいなくなったこと。
ここにはもう私たちしかいない。
夕方まではくつろげる時間になるだろう。
うふふ・・・
結花の口元に笑みがこぼれる。
すぐにキッチンのあちこちから黒い扁平な虫たちが現れる。
皆、ヒトがいなくなるのを待っていたのだ。
ヒトのうちの大きな方は、すでに支配下にできた。
もうあのヒトはここから出かけてカネというものを稼ぐだけしか考えないだろう。
カネというものがあればこの場所を維持できる。
それがヒトの生み出したシステムだからだ。
だからカネを稼ぐヒトは必要だ。
ならば、そのことだけを考えるようにしてやればいい。
小さなヒトをどうするかは仲間内でも悩みどころだった。
追い出すのは簡単だが、追い出すことでこのメスに影響が出る可能性もある。
このメスにはまだあの小さなヒトへの思いが残っているかもしれない。
この数日でだいぶ我々のメスとしての意識へと変化させてきたし、昨晩はその肉体にも我々を受け入れさせたが、まだ油断はできない。
ふとしたことで、まだヒトのメスとしての意識が出てくるかもしれないのだ。
もっともっと変えなくてはならない。
このメスの身も心も我らのものへと変えるのだ。
完全なる我々のメスに。
「全然食べなかったのね・・・」
夫と息子が出かけた後の食器を片付けようとして、リビングにやってきた結花がそうつぶやく。
夫の方は特に何も文句も言わずに食べていたようだったが、息子の方はタマゴが生だと文句を言っていた。
確かに皿には火を通していない生タマゴが割られただけの状態で載っており、目玉焼きにはなっていない。
どうやら加熱することを失念していたらしい。
ヒトは過熱したものを食べる。
そんなことも今朝は意識から消えていたのだ。
火で加熱して食べる・・・
小さく震える結花。
火を通すなんて・・・
食器を持ってキッチンに戻った結花は、そのまま良樹の食べかけのパンを床に落とし、その上からさらに残された生タマゴをぶちまける。
そして食器をシンクに放り込むと、足でタマゴとパンを踏みにじる。
ぐちゅぐちゅにつぶした後で、みんなと一緒に食べるのだ。
うふふふ・・・
今朝もみんなと一緒の食事。
みんなと一緒に食べましょう。
そうだ。
昨日あの男が買ってきたケーキがあるんだったわ。
それもみんなでいただきましょう。
結花は足跡で床が汚れるのも構わずに、冷蔵庫に入れておいたケーキを取りに行く。
どうせみんなと一緒に食べるのだ。
少しぐらい床に食べ物が広がったってかまわない。
それに、床があんまりきれいなのも落ち着かなく感じるのだ。
取り出したケーキを先ほどのぐちゃぐちゃにしたパンとタマゴの上に落とし、崩れたところを再び足で踏みにじる。
ひんやりとしたクリームのぬめぬめ感が気持ちいい。
両足でたっぷりとぐちゃぐちゃにした後で、結花は床に腹這いになり、ぐちゃぐちゃになった食べ物を食べ始める。
すぐにゴキブリたちもやってきて、結花の周りで食べ始め、一部は結花の足へと群がっていく。
足をゴキブリたちに舐められながら食べる食事は最高に美味しい。
結花はみんなと同じように自分でも床を舐めるようにして食べていく。
まるで自分もゴキブリになったかのようだ。
このみんなと一緒になったような感じがなんとも言えずたまらない。
うふふ・・・
美味しい・・・
結花は床がきれいになるまで、ゴキブリたちと一緒に舐め尽くすのだった。
******
みんなとの楽しい食事を終え、結花は汚れた衣服を洗濯機に放り込んで洗濯をする。
今はまだヒトのメスとしての活動もしなくてはならないらしい。
みんなの仲間として迎え入れられるには、まだもう少しかかる。
早くみんなと仲間になりたい。
いつしか結花はそんなことを考えるようになっていた。
なぜそんなことを思うのかわからない。
ただ、みんなと同じゴキブリになりたい。
ゴキブリのメスになりたいという思いが募る。
ゴキブリのメスとしてみんなと一緒に暮らすのだ。
ゴキブリのメスになって・・・
そうなればこんな明るい昼間から動き回る必要もなくなるかもしれない。
洗面所の鏡に映る自分の姿。
服を脱いで下着だけになったので、自分のヒトとしての躰がよくわかる。
彼らとは似ても似つかないヒトの躰。
それが結花にはとても悲しい。
ゴキブリに・・・ゴキブリになりたい・・・
彼らと同じゴキブリのメスに・・・
ゴキブリのメスになりたい・・・
玄関の呼び鈴がなる。
「はーい」
結花はそのまま玄関に行く。
おそらく品物が届いたのだ。
注文しておいたものが。
結花の心が弾む。
待ってたわ。
「はい、どちら様?」
『宅配便です』
ドアの向こうでそう声がする。
「はーい」
ドアを開ける結花。
一瞬宅配業者の男性が驚いたような顔をする。
ああ・・・
忘れていたわ・・・
下着姿のままだったわね。
でもそんなことはどうでもいい。
こんな躰、見たければいくらでも見せてやる。
ヒトの躰などどうでもいいわ・・・
「ありがとうございました」
一礼して引き上げていく宅配業者。
結花は荷物を家の中に入れると、玄関の鍵をかける。
これであとは誰が来ても居留守でいい。
受け取った段ボールをいそいそとリビングに運び込む結花。
そして箱を開け、中身を取り出していく。
それは彼女が昨日注文したもの。
急がせたとはいえ、翌日配達とは有り難い。
取り出したものは焦げ茶色のレオタードとタイツと手袋。
それに黒い厚めのビニールのレジャーシート。
それと頭にかぶる黒いスイミングキャップとスイミング用のゴーグル。
一通りそろっているのを確認すると、結花はこれからの工作に必要なものを用意する。
ハサミにノリにひもに黒の布テープ。
これらを使って工作をするのだ。
一通り用意が終わったあたりで洗濯も終わる。
すぐさま工作に入ろうと思っていたところだったが、洗濯物を干さなくてはならない。
結花はやむを得ず一枚上に羽織って洗濯物を取り出し、ベランダの物干しに干していく。
そういえば、洗濯のほかに掃除もしなくてはいけないような気もするが、どうにもやる気にならない。
多少の汚れが何だというのだろうか・・・
むしろ少々汚れていた方がみんなも居心地がいいのではないだろうか。
それよりも早く工作にとりかかりたかった。
洗濯物を干し終えた結花はリビングへと戻って工作を開始する。
まずビニールのレジャーシートをひもを挟むようにして二つ折りにし、楕円が重なるような感じに切り取っていく。
次にスイミングキャップには二本の細い針金を黒い布テープで張り付ける。
たったこれだけのことだが、結花には楽しい作業だ。
これができ上がれば・・・
うふふふふ・・・
そんな作業をしていた結花の周りには、常に数匹のゴキブリがうろつきまわり、隙あれば結花と戯れようと這い上がってくる。
そんなゴキブリたちを愛しく思いながら、結花は時々彼らを摘み上げてはそっとキスしたり、時には口の中に入れて舌の上で転がして味わったりする。
「ん・・・んふふ」
待っててね。
これが終わったら着替えてみんなのところに行くからね。
「できた」
結花はゴキブリたちをそっと引き離すと、椅子から立ち上がる。
そしていそいそと羽織っているものを脱ぎ捨てると、ショーツもブラも外して裸になる。
さよならするのだ。
このヒトの躰と。
そして見た目だけでも、少しでもみんなと一緒になるのだ。
結花は用意した濃い茶色のタイツを穿く。
脚が滑らかなナイロンに覆われ、茶色く染まっていく。
足の指もつま先の補強部に隠され、一つになってしまったかのように見える。
タイツを穿いたら次はレオタード。
これも同系の焦げ茶色のもの。
長袖で、ハイネックの首元まで覆うやつを選んだのだ。
背中のファスナーを下げ、足を通して腰まで引き上げていく。
それからゆっくりと袖を通し、首元まで引き上げてから背中のファスナーを閉じる。
余裕を見て少し大きめのサイズを買ったつもりだったが、どうやらちょうどよかったようだ。
ぴったりしているわりにきつくもない。
これで首から下は焦げ茶色に覆われる。
これだけでも、なんだかいつもの自分とは変わった感じがして気持ちがいい。
次はさっき作った楕円形に切ったレジャーシート。
これに挟み込んだひもを首元で締めて背中に垂らす。
ちょうどお尻のあたりまで隠れるようにしたかったのだが、どうやらうまくいったようだ。
ここまで終わったところで、結花は残りのスイミングキャップと手袋、それにスイミングゴーグルを手に確認のために二階の寝室に行く。
やはり姿見で見ないとわからないだろう。
姿見に映し出される自分の姿。
焦げ茶色に染まった女の躰。
それがくっきりと浮き出ている。
振り向けば、背中には楕円形に切った黒いレジャーシートがお尻のあたりまでを覆っている。
やや強引だが、ゴキブリの翅に見えないこともないだろう。
そう・・・
結花はゴキブリのコスプレをしようとしていたのだ。
ヒトである彼女の躰は好ましくない。
ならばせめてコスプレで、外見を少しでも彼らと同じにしたかったのだ。
頭にスイミングキャップをかぶる結花。
黒一色のゴム製のスイミングキャップは結花の頭をすっぽりと覆う。
額のあたりには黒の布テープで根元を貼られた二本の針金。
それが少し揺れて、予想通りに触角ぽく見える。
あとはスイミングゴーグル。
目はヒトとゴキブリとでは大きく違うものの一つだ。
この目はヒトの目。
こんな目はいや。
ゴキブリのような目が欲しい。
だからせめてゴーグルで隠してしまおう。
結花は針金の触角に触れないように気を付けてゴーグルを頭に通し、目に嵌める。
グレーのスモークが入っているものなので、やや外が暗く見えるが、おかげで彼女の目が外から見えることもない。
ゴーグルが彼女の目をギョロッとしたもののように見せ、無理すればゴキブリの複眼のように見えないこともなさそうだ。
最後に焦げ茶色の手袋をはめる結花。
これで顔以外に肌色の部分はなくなった。
結花は姿見で、あらためて自分の姿を確認する。
額から延びる針金の触角。
髪の毛のないのっぺりとした頭。
ギョロッとしたゴーグルの目。
首から下はレオタードとタイツで焦げ茶色に覆われ、背中には黒いレジャーシートの翅がお尻のあたりまでを覆っている。
本物のゴキブリには程遠いものの、ヒトの姿よりははるかにマシだ。
これで少しでも彼らに近づけたような気がして、結花はうれしかった。
ゴキブリの姿になった結花は階下へと降りていく。
この姿をみんなにも見てもらいたい。
うふふ・・・
みんな驚いてくれるかしら。
我らのメスが来たって喜んでくれるかしら。
喜んでくれたらいいな・・・
結花はさっそく洗面所に行く。
昨晩はここでみんなと楽しく交わったのだ。
思い出すだけでもジュンとあそこが濡れてしまいそうになる。
脳裏に浮かぶ彼らの感触。
ああ・・・
私はみんなのメスなんだわ。
ゴキブリのメスなんだわ。
洗面所にはすでに多くのゴキブリたちが蠢いていた。
ヒトが出かけてしまえば、ここは彼らの家なのだ。
本来夜行性の彼らだったが、洗面所には窓があるわけでもなく昼間でも暗いため、彼らにとっては活動しやすい。
それにここは適度の湿り気もあるので、居心地がいいのだ。
その中にいつものと違う格好の結花が入ってきたことで、彼らがざわつく。
皆いっせいに動きを止め、触角を揺らして結花の方を見つめてくる。
彼らの視線が集中したことに結花は一瞬戸惑ったが、そのまま彼らの前でくるりと一回転して、その姿をみせる。
「お騒がせしてすみませーん。メスゴキブリの結花でーす。よろしくー。なんちゃって」
おどけたようにペロッと舌を出す結花。
それを見て、またゴキブリたちがざわめいていく。
だが、それは先ほどのような戸惑いではなく、むしろ新たなメスを歓迎するかのようなざわめきに感じられ、それが結花にはうれしかった。
「いかがですか、この格好? 少しでも皆さんと同じになりたくてこんな格好してきちゃいました」
結花は床に正座をすると、三つ指をついて頭を下げる。
「新参者ですが、どうかメスゴキブリの結花をよろしくお願いいたします」
その言葉に弾かれたかのようにゴキブリたちがわっと結花の躰に群がってくる。
「キャッ、あん・・・」
思わず艶めいた声が出る。
足から腕からとにかく床に触れているところすべてから、結花の躰に這い上がってくるのだ。
それはみんなが彼女を受け入れてくれたことの証に思え、結花はうれしかった。
やがて数匹が結花の首元まで登ってくる。
そして触角を揺らしながら、キチキチとかすかな音を立ててくる。
えっ?
よく似合っている?
そう言ってくれたの?
よくわからない。
どうしてそう思ったのか。
だが、ゴキブリたちの立てる音が、結花には言葉のように聞こえてきたのだ。
彼らの言葉を感じ取れる。
それはなんてすばらしいことだろう。
(試してみよ)
彼らがそういう。
「試す? 何をですか?」
(我らの言葉を試してみよ、我らのメスよ)
「皆様の言葉を?」
(そうだ)
彼らの言葉をしゃべる?
私にできるのだろうか・・・
でも、試してみろと言われたのだし、試してみなくては・・・
「キ・・・キチュ・・・チチチチ・・・キチチ・・・」
結花は舌を動かし歯をこすり合わせて音を出してみる。
わた・・・しは・・・メスゴ・・・キブリの・・・ユカ・・・です・・・
必死に歯と舌で音を出していく結花。
本当にこれで通じるのだろうか?
キチキチ・・・キチキチチ・・・
ゴキブリたちの声が聞こえてくる。
(そうだ)
(それでいい)
(お前はメスゴキブリのユカ)
(我らのメスだ)
はっきりと感じる。
彼らはそう言ってくれているのだ。
はい・・・私は・・・メスゴキブリのユカです・・・
「キチチ・・・キチチチキチ・・・キチキチ・・・」
結花はそう返事をする。
そうよ。
私はメスゴキブリのユカ。
みんなのメスですわ。
結花の躰を這い回るゴキブリたち。
その動きが結花に快感を与えてくる。
結花は昨夜と同じように床にあおむけに寝そべると、彼らを受け入れようとする。
「キチ・・・キチチチ・・・キチキチチ」
どうぞ・・・メスゴキブリのユカの躰を・・・味わってください・・・
少しづつ彼らの言葉がなじんでくる。
言いたいことが言えるようになってくる。
ヒトの言葉などいらない。
彼らの言葉があればいい。
結花の中に潜り込もうとするゴキブリたち。
最初はタイツを食い破られるのではないかと思ったが、どうやらそこは配慮してもらえるらしい。
あるものは袖から、あるものは首元から、またあるものはレオタードとタイツの境目から器用に中へと潜り込んでいく。
そしてその足のとげで適度に結花の肌を刺激し、下腹部の方へと這っていくのだ。
昨夜と同じように結花に快楽を与え、そしてザーメンをたっぷりと注いでくれるのだろう。
結花はそれがたまらなくうれしい。
「キチチチチ・・・キチキチ・・・キチキキキ」
どうか私の中にたっぷり出してくださいね。
私、皆さんの卵をたくさん産みますから。
「キチチチチ・・・」
結花の口から洩れる笑みも、彼らと同じになっている。
キチキチキチ・・・キチチ・・・
「えっ?」
それは無理?
結花は思わず快楽に閉じていた目を開ける。
「キチチ・・・キチ・・・」
どういうことですか、とたずねる結花。
キチチキチ・・・キチキチ・・・
数匹のゴキブリが耳元で答える。
(ダメなのだ)
ダメ?
何がダメなのですか?
結花は自分でも気付かないうちに、普通に彼らと会話をしている。
ヒトならぬ言葉が結花とゴキブリたちとの間で交わされているのだ。
(今はっきりした)
はっきりした?
(そうだ・・・今のままではお前には我々の卵は産めない)
えっ? 産めない?
結花は驚いた。
皆さんの卵が産めないというの?
そんな・・・
キチキチキチ・・・
(今のままでは無理だ・・・お前に卵を孕むことはできない)
孕むことはできない・・・
そのことが、ずしんと衝撃が圧し掛かってきたように結花は感じた。
キチチチ・・・キチチ・・・
(その恰好は我々を模したものか?)
はい・・・少しでも皆様と同じになりたくて・・・メスゴキブリになりたくて・・・
(よく似合っている・・・確かに我々ぽい)
ありがとうございます・・・
(だが、それではダメだ・・・お前はまだヒトだ)
・・・・・・はい・・・
聞きたくない言葉。
お前はまだヒト。
いやだ・・・
ヒトなんていや・・・
いやよ・・・
キチキチ・・・キキキチチ・・・
(嘆くことはない)
えっ?
(これから我々がさらにお前を変えていく)
変える?
(そうだ・・・お前はだいぶ我らに近づいた・・・これからもっと躰も心も我々が変える・・・お前は完全なるメスゴキブリになるのだ)
本当ですか?
(本当だ・・・これからお前の躰の中に入り込み、そこでお前を変えていく)
ああ・・・ありがとうございます・・・うれしいです・・・
結花の目から涙があふれる。
うれしい・・・
私は変われる・・・
私はメスゴキブリになれる・・・
メスゴキブリになれるんだわ・・・
ゴキブリたちが器用にタイツの下へと潜り込んでいく。
レオタードの下で蠢いていたゴキブリたちも、いっせいにタイツの下へと入っていく。
そして結花の秘部にたどり着くと、そこから中へと入っていく。
「あ・・・ん・・・」
気持ちいい・・・
ゴキブリたちが与えてくれる快楽。
それはヒトでは味わえないものだ。
あの男のものとでは比べ物にならない。
キチキチキチチ・・・
(しばらくその中に巣を作らせてもらう)
ここに・・・ですか?
(そうだ・・・そこからお前の躰の中を変えていく)
ここから・・・
自分の下腹部に手をやる結花。
この中に今ゴキブリたちが入っている。
(お前の躰が完全にゴキブリになるには時間が必要だ)
はい・・・
(それに・・・それだけではまだダメだ)
えっ?
どういうことだろう・・・
(お前の躰に我々のザーメンを注ぎ込む器がいる)
器?
(そうだ・・・お前のサイズに合わせてザーメンを注ぎ込める器が必要なのだ)
それはどのような?
(いずれわかる・・・今は我々に身を委ね、我々の仲間になることのみを考えるのだ)
はい・・・私は皆様の仲間になります・・・
私をどうかメスゴキブリにしてください・・・
ああ・・・ん・・・
気持ち・・・いい・・・
「キチチチチ・・・」
笑みを浮かべながらお腹をさする結花。
なんだかじんわりと温かい。
きっと中ではみんなが一所懸命に彼女の躰をゴキブリにしようとしてくれているのだろう。
うれしい・・・
私はゴキブリになれる・・・
メスゴキブリになれるんだわ・・・
なんて幸せなのだろう・・・
結花の躰のあちこちを動き回るゴキブリたち。
中にはレオタードの中に潜り込むものもいて、レオタードの生地がゴキブリの形に浮き出たまま動き回っている。
彼らと一緒に過ごすことがこんなに幸せだなんて以前は考えもしなかった。
どうしてヒトといることが幸せだなどと思っていたのだろう。
それはきっと自分もヒトだったからなのだ。
でもそれももうすぐ変わる。
私は生まれ変わるんだわ。
長い触角を揺らし、結花の首筋にしがみつく一匹のゴキブリ。
この女はだいぶ我々のメスとなった。
以前の二人はうまくいかなかった。
ゴキブリになる前に壊れてしまった。
だからこの家から追い出すしかなかったのだ。
この女は違う。
この女にはまず心を我々に引き寄せることにした。
我々への親近感と好意を植え付け、ゴキブリと一つになることを望むようにさせた。
このまま続けていけば、いずれ完全なる我々のメスとなるだろう。
だが、焦ってはいけない。
そのことは昨晩の結果に表れている。
やはりヒトの躰のままで卵を孕ませることはできなかった。
我々とはサイズも違う。
この女に卵を孕ませるには、もっともっとこの女を完全なるゴキブリのメスにしなくてはならないようだ。
それにこのメスに精子を送り込む器も必要だ。
大きな方は完成されすぎていて難しいだろう。
だが、小さい方なら・・・
小さい方を器にしてこのメスと交尾を行わせ、我々の精子を送り込む。
そのための準備をしなくてはならない。
ゴキブリは触角を揺らめかせ、結花からそっと降りていった。
******
「キチ・・・キチチッ」
床にぶちまけたビールを皆で舐め取っていく。
冷蔵庫から一本取り出して、まるごと床に撒いたのだ。
床に這いつくばってビールを舐めるのは楽しい。
グラスや缶のまま飲むよりも、床の味も混じってよほど美味しい気がする。
それにみんなも美味しそうに飲んでいるわ。
「キチチチチッ」
もうヒトだった時にどうやって笑っていたのか思い出せない。
ずっとこうやって笑っていたような気がする。
どうでもいいわ。
だって私はもうヒトじゃなくなるもの。
ああ・・・早く私の躰がみんなと同じになりますように・・・
「キチチチチッ・・・」
玄関の方でガチャガチャと音がする。
「ただいま」
子供の声がする。
いっせいに散らばって逃げ出していくゴキブリたち。
あの子が帰ってきたんだわ・・・
もうそんな時間だったの?
「ギチッ・・・ギチチチッ」
思わず歯がきしむような音を出してしまう。
せっかくみんなと酒盛りを楽しんでいたのに・・・
みんな去って行ってしまったじゃない・・・
あの子のせいで台無しだわ・・・
「ギチチチチチ」
「ふう・・・」
リビングに入ってきてカバンを下ろす良樹。
玄関には鍵がかかっていたので、ママは買い物にでも行っているのだろう。
今朝はなんだか様子がおかしかったような気がしたけど、きっと気のせいだったんだ。
ママはいつものママに決まっている。
良樹はそう思う。
うん、そうさ。
ママはいつものママに決まってる。
「ギチチチチッ! モウかえ・・・ってきた・・・の? ギチチッ!」
「わあっ!」
良樹は思わず大声をあげてしまう。
キッチンから茶色の宇宙人のようなのが現れたのだ。
グレーの楕円形の目をして、頭は全く髪の毛がなく、銀色の触角のようなものが生えている。
躰は焦げ茶色で、おっぱいがあって腰がくびれて女の人のような躰のラインだ。
背中の方にはなんか黒い翅のようなものがあるように見える。
い、いったいこれは?
「なアに? ヒメイなんか上げて・・・ギチチッ」
その声に聞き覚えがある良樹。
発音がややいつもとは違う感じだけど、母の声だ。
「えっ? えっ? ママ? ママなの?」
「ギチチッ・・・えっ? そウね・・・ママね・・・今はマだ・・・」
ニタッと笑う母。
びっくりしたぁ・・・
ママだったんだ・・・
それにしても、どうしたのだろう?
いつもと声が違う。
なんだか歯をこすり合わせるような声だ。
風邪でも引いたのだろうか?
いや、それよりもいったいどうしてそんな恰好をしているんだろう?
なんだか・・・躰の線が出過ぎてて、目のやり場に困ってしまう・・・
「マ、ママ・・・その恰好は?」
少し目をそらしながら問う良樹。
「えっ? あ・・・アア・・・そう言えバこの格好をしていたんダッタわ・・・キチチチ」
言われて、自分の躰を見下ろしている母。
よく見ると、頭には水泳用のゴムの帽子をかぶっているようで、髪の毛がその中に収められているようだ。
「何か・・・の仮装?」
「えっ? ソウね・・・仮装・・・そンなものよ」
仮装・・・なのか・・・
でもいったいなんで仮装なんて?
「何かのイベント?」
「ギチチッ! いちイチうるさいわネ! さっさと自分ノ部屋で宿題でもシタラどうなの? アタシがどんな格好をしようト勝手デショ!」
「マ、ママ・・・」
いきなり怒鳴りつけられて困惑する良樹。
やっぱり今日は、朝からいつものママとは違う。
どうしちゃったんだろう・・・
「ママ・・・」
「うるさいッテ言ってルでしょ! サッさトあっちへ行きなサい! ギチチチチッ!」
水泳のゴーグルをつけた目が良樹をにらみつけてくる。
良樹はカバンを持つとリビングを出て、急いで階段を駆け上がった。
(続く)
- 2020/07/20(月) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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ブログ丸15年更新達成記念SS、「ゴキブリの棲む家」の三回目となります。
「水曜日」になり、結花の行動が少しずつ異様になっていくのを楽しんでいただければと思います。
ご注意:今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分にご注意していただければと思います。
水曜日
ん・・・
薄暗がりの中で目が覚める。
今・・・何時?
時間を確認しようと時計に手を伸ばす結花。
だがいつも手を伸ばすとあったはずの目覚まし時計がない。
あれ?
時計はどこ?
手探りで時計を探すうちに、結花は気が付く。
私・・・ベッドの下で寝ていたんだった・・・
腹這いでごそごそとベッドの下から這い出すと、枕もとの時計を確認する。
どうやら今朝も、目覚ましが鳴る前に目が覚めたようだ。
とはいえ、あと5分もすれば鳴り出す時間。
このまま起きるしかないだろう。
「ふわぁ・・・もう朝なのぉ」
うんと伸びをする結花。
朝の空気が気持ちいい。
ただ、ベッドの下から出てきたせいか、その明るさがややつらい。
朝の光って、こんなにいやな感じだったかしら・・・
結花はふとそう思う。
ギシッと音がして、夫がベッドの上で寝がえりをうつ。
いけないいけない。
もう少し寝かせておいてあげなくては。
結花は着替えを用意して部屋を出る。
さて、今日も忙しい朝の始まりだ。
洗面所に行き、手早く着替えを済ませる結花。
寝ている夫を起こさないように、いつも寝室を出てから着替えるのは、前の家からの習慣だ。
新しい家になって部屋も増えたことだし、そろそろ別々の部屋に寝てもいいのかもしれない。
以前は良樹に弟か妹をとも思っていたが、結花はその気持ちが急速に薄れていくのを感じていた。
子供は一人でもいいのではないだろうか・・・
それに、子供を作るなら・・・の卵を・・・
卵を・・・
着替えが終わり、脱いだパジャマを洗濯籠に入れる。
「あん・・・」
パジャマから覚えのあるにおいがする。
あのにおい。
昨日嗅いだにおいだ。
臭いような、それでいて嗅がずにはいられないようないいにおい。
結花は籠からパジャマの上着を取り出し、においを嗅ぐ。
「はあ・・・」
なんだか脳がとろけそうなほどの気持ちよさだ。
ジュンとあそこが感じてしまう。
思わず股間に手を伸ばし、スカートをまくり上げていく。
そして穿いたばかりのパンストをずり下げ、ショーツの中へと指を差し入れていく。
ああん・・・
したい・・・
セックスがしたい・・・
オスのあれが欲しい・・・
ああ・・・たまらなくなっちゃう・・・
結花はぺたんと腰を下ろし、そのまま床に寝そべっていく。
そして気持ちよくなろうとさらに指を動かそうとしたとき、彼女のそばに黒い小さな生き物がカサカサと寄ってきた。
「あら?」
結花はすぐにその生き物がゴキブリだと気が付く。
長い触角を揺らめかせ、まるで油でも塗ったかのようなつややかな翅を持つかわいい虫。
見ているだけで愛しくさえ感じてしまう。
「もう・・・いつも急に出てくるのね。驚かせないでってこの前も言ったでしょ・・・」
くすっと笑う結花。
ゴキブリは結花のそばに近寄ってくると、その長い触角をゆらゆらと揺らせてくる。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
その動きが結花の目を捕らえ、結花は目が離せなくなってくる。
それはなんだかゴキブリが触角を使って何かを話しかけているような感じ。
音声でも視覚でもなく、そう、彼女の脳に直接響いてくるような・・・
あ・・・
はい・・・
結花はこくりとうなずく。
朝の支度をいたします・・・
あのヒトどもを早く追い払います・・・
交尾はその後でゆっくりと・・・
はい・・・
わかりました・・・
そういたします・・・
無言でゆっくりと立ち上がり、服を直す結花。
ショーツを穿き直し、ストッキングをたくし上げてスカートを直していく。
そして手にしたパジャマを洗濯籠の下の方に押し込むと、そのまま朝の支度をするために洗面所を出てキッチンに向かう。
その顔にはかすかな笑みが浮かんでいた。
******
「それじゃ行ってくるよ」
玄関で博文が声をかける。
「あ、はーい。ほら、良樹、さっさと食べちゃいなさい」
「今食べるよー」
相変わらず朝はにぎやかだ。
良樹も学校が遠くなった分、早く出なくちゃならないのだから大変だ。
慣れるまではまだまだこのにぎやかさは続くのだろうと博文は思う。
「あなた、行ってらっしゃい。気を付けてね」
靴を履き終えて立ち上がった博文の背に、妻の優しい声がかけられる。
忙しいだろうに、わざわざ玄関まで出てきてくれる妻の心遣いがうれしい。
このほんのちょっとしたことが、今日も頑張ろうという気分にさせてくれるのだ。
「ん?」
ちょっとした違和感を覚える博文。
なんだ?
におい・・・か?
妻のにおいが・・・なんというか今までとは違うような気がするのだ。
なんというか・・・ちょっぴり臭いような・・・
「どうかした?」
彼が見つめていることに気が付いたのか、妻が首をかしげている。
「あ、いや、最近化粧水か何か変えたかい?」
「えっ? 別に」
「そうか・・・いや、なんかいつもと違うにおいだなと・・・」
「えっ? やだ、何? 臭い?」
慌てて服の袖のにおいを嗅ぐ妻に、博文は首を振る。
「いやいや、そうじゃないよ。家が変わったからかもな。部屋のにおいも以前とは違う感じだし」
「ああ、そうかもしれないわね。あっ、遅れるわよ」
「おっ、いけない、そうだった」
妻に促され、慌てて玄関を出る博文。
今日も仕事を頑張らねば。
夫を送り出しリビングに戻ってくる結花。
良樹はがっつくように朝食を食べている。
もうすぐ学校に行く時間なのだ。
前の家にいたときはあと10分余裕があったので、どうしてもまだそっちの意識が抜けないのだろう。
「落ち着いてゆっくり食べなさい」
もう・・・ぎりぎりまで寝ているからよ・・・
苦笑しながら結花はキッチンに行く。
良樹と一緒に私も朝食を食べてしまおう。
バナナも残っているから、それと食パンにコーヒーで手軽に済ませてしまえばいいわね。
結花が冷蔵庫を開けようと手を伸ばすと、取っ手のところにゴキブリがいることに気付く。
「あっ・・・もう、そんなところにいると危ないわよ」
つい、ゴキブリに言い聞かせるように言葉が出てしまう結花。
いつしか結花はゴキブリを見ても何も思わなくなっていた。
それどころか、ゴキブリを見ると、奇妙な親近感のようなものを感じるのだ。
結花は、そのゴキブリを傷つけたりしてしまわないように、いったん手を引っ込める。
ゴキブリは逃げもせず、そのまま取っ手のところでまたゆらゆらと触角を揺らし始める。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
その触角の動きに結花が目を奪われていく。
良樹と一緒に食べようと思っていた気持ちが、急速に変わっていく。
食事はみんなと・・・
みんなとしなくては・・・
みんなと一緒に・・・
やがてゴキブリは触角をするのをやめ、冷蔵庫の下へと降りていく。
それを見ていた結花も冷蔵庫から離れ、そのままリビングへと戻るのだった。
「あれ? ママはご飯は?」
一緒に食べるのかと思ったが、その手に何も持っていないことに気付いた良樹が、母にたずねる。
「あとで食べるわ。今はいいの」
そう言って向かい側の椅子に座り、彼の方を向く母。
一瞬母ににらまれているのかと思ったものの、むしろその視線は良樹ではなく、どこか遠くを見ているような母の目だ。
「ママ、どうかした?」
「べつに・・・なにも・・・」
無表情のまま答える母。
いつもと違う母の雰囲気に良樹はちょっと戸惑ったが、今は急いで朝食を食べてしまわなくてはいけない。
そうしないと学校に遅れてしまう。
そのため、それ以上気にすることなく、良樹は食べることに専念するのだった。
「行ってきまーす」
「えっ?」
良樹の声に結花はハッとする。
いつの間にか良樹は朝食を終えていたらしい。
すでに玄関を出るところのようだ。
慌てて見送りに行くと、良樹が駆け出すようにして玄関を飛び出していく。
サンダルを履いて外に出ると、躓いたのか一瞬転びそうになっている良樹の姿が目に入る。
「もう、そんなに急ぐぐらいなら、あと五分早く起きなさい!」
必死に態勢を整えている息子に、思わずそう言ってしまう結花。
「わかってるよ、うるさいなぁ」
そう言いながらも手を振って走っていく良樹。
「行ってらっしゃい。車に気を付けてねー!」
結花も手を振り返して見送る。
今日もやっと朝の忙しい時間は終わった。
「さてと・・・」
結花は男達が食べたあとの食器をキッチンへと持っていく。
なんだか今朝も奇妙な感じだった。
特に問題はなかったものの、時々頭がぼんやりするような気がしたのだ。
あれはいったい何だったのだろう・・・
ついさっきも、気が付くと良樹の前に座ってぼんやりとしていたのだ。
なにか・・・やはりどこか躰の調子でもよくないのだろうか・・・
結花がそんなことを考えていると、すでにキッチンには男たちがいなくなったことを嗅ぎつけたのか、小さな生き物たちがワサワサカサカサと姿を現していた。
黒くつややかな翅でカサカサと動き回るゴキブリたち。
あらあら・・・もう大勢で出てきたのね・・・
そんなことを思ってしまう結花。
なんだか素敵でかわいらしい生き物たち。
その長い触角がゆらゆらと動き、結花の目を惹きつける。
おそらくみんな食事を待ちかねていたのだろう。
コソコソカサカサと動き回るゴキブリたち。
なんだかはしゃぎまわっているみたいで見ていて楽しくなってくる。
うふふふ・・・
その様子に思わず結花は笑顔が浮かぶ。
「はいはい。今用意するからね。ちょっと待ってね」
皿に残ったパンくずやサラダの野菜くずなどを床にこぼしていく。
すぐにゴキブリたちは長い触角をゆらゆらとさせながら、パンくずや野菜くずへと群がっていく。
「うふふ・・・美味しい?」
彼らを見ていると、自分もお腹が空いてくる。
そういえば、今日はまだ朝食を食べていない。
良樹と一緒に食べようと思っていたはずなのに、気が付くとぼうっとしてて食べるのを忘れていたのだ。
だったら・・・
だったらみんなと・・・
みんなと・・・一緒に食事をすればいい・・・
結花はそう思う。
みんなと一緒にご飯を食べるのだ。
一緒にご飯を・・・
なんて素敵なのだろうか・・・
結花は手にしていた食器をシンクに入れると、冷蔵庫を開けて野菜室からバナナを取り出す。
あとは食パンも用意して・・・と。
ふと、結花は手にしたパンとバナナに目を落とす。
なぜか、このまま食べることに強く違和感を覚えたのだ。
みんなと一緒に食べるのに、これでいいのだろうか・・・
これではヒトが食べるものであって、みんなで食べるものではないのではないだろうか・・・
もっと形を崩してみんなが食べやすいように・・・
どうしたらいいだろう・・・
結花は食パンを一枚床に落とし、その上に皮を剥いたバナナを置いて、自分の足で踏みつける。
うふふっ・・・
こうすればいいんだわ。
グチャッと音がして、ストッキングを穿いた足の裏でバナナとパンがつぶれていく。
つぶれるバナナの冷たい感触がなんだか気持ちいい。
結花はさらに足で踏みにじるようにしてパンとバナナをぐちゃぐちゃにしていく。
なぜかわからないが、こうすることによってヒトが食べる食べ物ではなくなり、むしろみんなで食べるための食べ物になったような気がするのだ。
このぐちゃぐちゃこそが、彼らと一緒に食べるご飯としてふさわしい。
「いただきます」
結花は床に腹這いになると、踏み潰してぐちゃぐちゃになったパンとバナナの混じったものを口に入れる。
バナナの果肉と糖分でべたべたになったパンがとても美味しい。
結花はわざとに手を使わず、舌で舐め取るようにして食べていく。
彼らと似たような恰好で食べれば、より一層彼らと近しくなれるような気がするのだ。
すぐに彼女の周りにもゴキブリたちが集まって、彼女の踏みにじってつぶしたパンとバナナの混じりあったものを食べ始めていく。
うふふふ・・・
なんだか楽しい・・・
みんなと一緒に食事ができるなんて幸せ。
結花はそう思う。
この家は彼らのもの。
そして彼女は彼らとともに暮らす仲間なのだ。
それが彼女には心地よかった。
「ひゃっ!」
足の裏が急にむずむずする。
寝そべったまま振り返ると、ゴキブリたちが結花のストッキングのつま先や足の裏についたパンとバナナを食べに集まっていたのだ。
「ええ? 私の足に付いたものなんかでいいの? 汚いわよ?」
だが、ゴキブリたちは床に散らばったものよりも、むしろ彼女のつま先や足の裏を好むかのように這いあがってくる。
「ああん・・・うれしい。私の足、たっぷり味わってぇ」
結花は態勢を直していったん躰を起こすと、今度は足を投げ出すようにして床に寝そべる。
バナナやパンで汚れた足を、ゴキブリたちが争うように舐め取ってくれている。
なんだかすごく気持ちがいいしうれしい。
しかも彼らはオスたちだ。
オスに足を舐めてもらえるなんて、メスとしては冥利に尽きると言ってもいいのではないだろうか?
「うふふふ・・・たっぷりと召し上がれ」
結花は足に群がるゴキブリたちを幸せそうに見守った。
******
「あ・・・うふぅ・・・」
パジャマのにおいがまるで脳をとろかすようだ。
食べ物で汚れたストッキングを穿き替え、キッチンの床掃除などの後片付けを終えて洗濯をしようとした結花は、今日もパジャマの発するにおいにたまらなくなってしまったのだ。
昨日も感じたこのにおい。
臭いと言っていいようなにおいなのに、どうしても嗅がずにはいられない。
そういえば朝もこのにおいを嗅いでいたような気がするが、どうだっただろう・・・
その時もこのにおいにドキドキしていたような気もする。
ああ・・・
なんていいにおいなの・・・
あふぅ・・・
なんだかエッチな気分になってきちゃう・・・
結花の股間からはとろとろと愛液があふれてくる。
ああん・・・
欲しい・・・
欲しいわぁ・・・
オスが欲しい・・・
オスの精がたっぷりと欲しいの・・・
パジャマを片手ににおいを嗅ぎながら、もう片方の手は股間をまさぐっていく。
指先がパンストとショーツを超えて秘部に入り込み、くちゅくちゅと音を立てる。
においと快感が彼女を高みへと昇らせていく。
「あ・・・あああ・・・あああああ・・・」
躰が弓なりにしなり、つま先がピーンと伸びていく。
やがて結花はゴキブリたちの擦り付けたにおいに導かれ、絶頂に達していた。
「はあ・・・ん・・・」
ぐったりと床に寝転がる結花。
その周りにゴキブリたちが寄ってくる。
「あ・・・うふ・・・」
わさわさと動き回るゴキブリたち。
なんだか彼女にもっと近寄りたいが、近寄ってもいいのだろうかと逡巡しているようにも見える。
「うふふ・・・いいのよ。もっとこっちにいらして」
優しくゴキブリたちに声をかける結花。
まるでその言葉が引き金になったかのようにゴキブリたちが彼女の躰に群がってくる。
「キャッ、もう・・・甘えん坊さんね」
彼女の躰を這い回るゴキブリたち。
それがとても愛おしい。
どうしてこれまで彼らを毛嫌いしていたのか、もう結花には思い出せない。
彼ら無しではもういられない。
彼らとともにずっと暮らしたい。
彼らの仲間として。
彼らのメスとして。
そんな結花の思いをかなえるかのように、ゴキブリたちは優しく彼女の躰を這い回るのだった。
******
リビングの床をちょろちょろと這いまわる黒い虫たち。
長い触角を揺らし、周囲を確認しながら動き回っている。
それを見ても、結花はもう悲鳴を上げたりはしない。
ゴキブリたちがいるのは当たり前のこと。
ここはゴキブリたちの棲み家。
彼らが自由に動き回っても当然なのだ。
彼らが動き回っているのを見ていると、結花はなんだか引き込まれそうな気持になる。
彼らと一緒にいたいのだ。
できれば一緒に床を這い回りたいという気持ちさえ湧き起こる。
彼らと一緒にいたい。
ずっとずっと一緒にいたい。
夫や良樹ともずっと一緒にいたいと思っていたけど、今はそれ以上に彼らと一緒にいたかった。
一緒に・・・
彼らの仲間になって、一緒に・・・
仲間になるということは、彼らと同じになることだ。
彼らと同じに・・・
ゴキブリになりたい・・・
みんなの仲間になりたい・・・
みんなと一つになって、一緒に這い回りたい・・・
私もゴキブリになって、一緒に這い回りたい・・・
結花は自分の躰を見る。
大きなヒトのメスの躰。
小さなゴキブリとは全然違う。
結花は悲しくなる。
どうしてそんなふうに思うのかはわからない。
どうしてゴキブリになりたいなんて思うのかわからない。
でも・・・
みんなと一緒に・・・
みんなと同じになりたい・・・
ふと結花は思いつく。
せめてみんなと同じような格好をしたらどうだろう・・・
せめてみんなと同じに・・・
結花の顔がややほころぶ。
みんなと同じ格好を・・・
パソコンに注文を打ち込んでいく。
「うふふふ・・・」
届くのが待ち遠しい。
届いたらあれをこうして・・・こうすれば・・・
ああ・・・早く届かないかしら・・・
カサカサとストッキングのふくらはぎのあたりをゴキブリが這い上がってくる。
ストッキングを通してゴキブリの脚のトゲが結花の肌を刺激する。
スカートの上まで登ってくるのもいる。
椅子から背中を回って胸のところにまで来る大胆なやつもいる。
待っててね・・・
届いたらみんなにも見せるからね。
みんなの仲間に入れてくださいね。
「うふふふふ」
結花は胸のところに来た大胆なゴキブリを指でつまみ上げる。
そしてその頭にそっとキスをする。
かわいくて愛しい存在。
彼らとこうして過ごすのこそ、今の彼女にとっては大事なことだった。
「ただいまー」
玄関で声がする。
「あっ」
途端に結花の周囲から蜘蛛の子を散らすように逃げ散っていくゴキブリたち。
それぞれが思い思いの隙間に潜り込み、その姿を隠してしまう。
あっという間にリビングからはゴキブリの姿が見えなくなる。
それが結花には一人取り残されたような気がして、強烈な喪失感を感じさせた。
「ただいま、ママー」
バタバタとリビングに入ってくる良樹。
思わず結花は険しい表情になる。
せっかくみんなと楽しい時間を過ごしていたのに・・・
こんなに早く帰ってくるなんて・・・
「ママ?」
「何? 早く手を洗ってうがいしてきなさい」
パソコンを閉じて冷たく言い放つ。
今は顔も見たくない。
どうしてみんなとの時間を邪魔されなくてはならないのか。
ここはみんなと私の家なのに・・・
「はーい・・・」
なんだか怒っているような感じの母の声に戸惑う良樹。
どうしたのかな?
ボク何かやったっけ?
思い当たる節はない。
そもそも学校から帰ってきたばかりなのだから、何かしでかそうにもその時間はなかったはずだ。
部屋が散らかっていただろうか?
まあ、本当に怒っているのだとすれば、その理由を言ってくれるだろう。
いつもママはちゃんと怒る理由を教えてくれる。
なぜ怒られているかを理解させ、繰り返さないようにするためだ。
少なくとも今まではそうだったのだから。
良樹はそう思い、カバンを置いて手洗いうがいをするために洗面所に行く。
「あっ!」
足元を小さな生き物が動いていく。
黒光りする楕円の形した胴体に、ワサワサと動く六本の脚。
ゴキブリだ。
良樹はとっさに何か退治できるものはないかと周囲を見渡す。
残念ながら洗面所には適当なものが見当たらない。
歯磨き用のコップや歯ブラシをぶつけるわけにもいかないし、タオルをかぶせるというわけにもいかないだろう。
何かないかと探しているうちに、ゴキブリは奥の隙間へと逃げ込んでしまう。
「あっ、くそっ!」
残念。
逃げられてしまった。
でも、放っておくわけにはいかない。
ゴキブリが増えちゃったら大変だ。
ママが大嫌いなゴキブリ。
何とかしなくちゃ。
そういえばパパが殺虫剤を買ってきたんじゃなかったっけ?
「ふう・・・」
思わずため息が出てしまう。
さっきは良樹に悪いことをしてしまった。
お帰りも言わずに冷たく突き放すような物言いをしてしまったわ。
どうかしている。
どうして苛ついてしまったのか・・・
あの子がこのくらいの時間に帰ってくるのは当たり前なのに・・・
みんなとはまた夜にでも会えばいい・・・
みんなとは・・・
そう考えながら、結花は良樹のおやつを用意する。
これを食べてもらって、少しでも機嫌を直してもらいましょう。
「ママー!」
テーブルにおやつを用意していると、良樹が洗面所から戻ってくる。
「手は洗った? おやつが・・・」
「殺虫剤どこ?」
結花が言い終わる前に良樹が殺虫剤の場所を訊いてくる。
「えっ? 殺虫剤?」
その言葉を聞いただけで、結花の心はざわついてしまう。
殺虫剤など何をするというのだろう?
「うん。またゴキブリが出たんだ。だから」
「えっ? まさかゴキブリに?」
ゴキブリに殺虫剤をかけるというの?
ゴキブリに?
「うん」
「いやぁっ! やめてぇーー!」
蒼白になり思わず悲鳴を上げてしまう結花。
「ママ?」
「あ・・・わ、私・・・」
愕然として自分に驚く結花。
どうして悲鳴を上げてしまったのかよくわからない。
だが、ゴキブリに殺虫剤をかけられると思っただけで、彼女はまるで心臓をつかまれたかのような言いようのない恐怖のようなものを感じてしまったのだ。
「だ、大丈夫だよ。ゴキブリはもう逃げちゃったんだ。だから二度と出てこられないように殺虫剤を・・・」
母の悲鳴に驚く良樹。
慌ててもういなくなったことを強調する。
いけない・・・ママは本当にゴキブリが苦手だったんだ。
まさかボクがゴキブリって言うだけで悲鳴を上げちゃうなんて。
「い、いいから」
「えっ?」
「いいから・・・あとはママがやっておくわ・・・いいのよ」
青ざめた顔をしてふらふらと洗面所に行ってしまう母。
良樹は何が何だかわからない。
ママが自分で何とかするということなのだろうか?
洗面所にはいろいろと物があるから、殺虫剤を下手にスプレーしないほうがいいということかもしれないけど・・・
なんだか今日のママはいつもと違うみたいだ・・・
洗面所の鏡に映る自分の顔。
私は・・・
私はいったいどうしたのだろう?
どうして青ざめているのだろう?
結花は自問自答する。
息子に感じた苛つき。
殺虫剤という言葉に反応してしまったこと。
よくわからない。
何か自分が変になっているのだろうか?
どうしたのだろう・・・
なんだか脚がくすぐったい。
見ると、一匹のゴキブリがストッキングの上を這い上ってくる。
結花はそのゴキブリを人差し指に移すようにして拾い上げ、目の前まで持ってくる。
ゆらゆらと揺らめく長い触角。
ジッと彼女を見つめてくる黒い複眼。
見ているとだんだん心が覚めて落ち着いてくる。
特に触角を見ていると気持ちがいい。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
まるで身も心も溶かされていきそうな感じ。
ああ・・・
なんて素敵なのかしら・・・
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
揺れる触角。
結花の目がそれをじっと見つめている。
はい・・・
普段通りに・・・
男たちに怪しまれないように・・・
私はあなたたちのもの・・・
それを気付かれてはならない・・・
気を付けなくては・・・
結花の表情が落ち着いていく。
私ったら何を動揺していたのかしら・・・
落ち着いて普段通りにしていればいいんだわ。
この空間はあなたたちのもの。
あなたたちが認めたものしかここにいることは許されない。
あなたたちが認める存在に私は・・・
私はならなければいけない・・・
結花は洗面台の上にそっとゴキブリを置く。
ふう・・・
気を付けてね。
もうあの子に見つかったらダメよ。
見つかったとしても、あの子に殺虫剤なんか使わせないから安心してね。
そうよ・・・
あの子に殺虫剤なんか使わせるものですか。
あなたたちを死ぬような目には絶対に遭わせたりしないわ・・・
触角をゆらゆらさせていたゴキブリは、やがて洗面台の下へと降りていき、隙間に潜り込んでいく。
その様子を見て結花は安心する。
どうやら無事に隠れ家に行ったようだ。
あんまりヒトの男たちがいる時は出てきちゃダメよ。
結花は心の中でそう言うと、おやつを食べているであろう息子の元へと向かう。
みんなのことはうまくごまかしておかないと。
普段通りにふるまわねば・・・
普段通りに・・・
うふふ・・・
「ごちそうさまー」
良樹はおやつを終えて部屋に戻る。
キッチンから戻ってきたママはニコニコしていた。
でも、まだ片付けものとかいろいろあって危ないから、あんまりキッチンには近づかないでって。
変なの。
昨日までは特に何も言ってなかったのに。
それにキッチンはもうきれいに片付いていたと思うけど。
殺虫剤もあとで自分でやるからいいって言ってたけど、大丈夫なのかなぁ。
結局パパにやらせるんじゃないのかなぁ。
ボクがやってもいいのに・・・
まあ、ボクがそんなことを考えていてもしょうがないか。
パパとママが話し合ってうまくやるのだろう。
良樹はゲーム機を取り出すと、夕食までゲームをして過ごすことにする。
宿題は夕食の後でいいや。
今日のおかずは何かなー。
******
「ただいま」
良樹の夕食が終わったころに博文が帰宅する。
「お帰りなさい」
玄関まで出迎える結花。
「はい、お土産」
その手にケーキの箱が握られている。
「まあ、珍しい。どうしたの?」
ケーキの箱を受け取りながら苦笑する結花。
こんなことはめったにない。
「ん? 会社の女の子たちがケーキの話をしててさ。そういえばしばらく食べていなかったなぁと思ってね。美味しいお店という話だったので、帰りに寄って買ってみた」
靴を脱いで家に上がる博文。
そのままカバンを手に二階へ上がっていく。
一度スーツを着替えに行ったのだ。
結花はケーキの箱を持ってリビングに戻る。
早速良樹が目ざとく見つけてくる。
「あっ、なにそれ?」
「ケーキですって。賞味期限は明日まで持つみたいだから明日のおやつにしましょ」
結花はそのまま冷蔵庫に入れようとする。
「えええー! 今食べようよー」
「今ご飯食べたばかりじゃない」
良樹の訴えに結花は驚く。
ご飯おかわりまでしたのに、まだ入るというのだろうか?
「大丈夫だよ食べようよ」
確かにママの言う通りお腹はほぼいっぱいだけど、ケーキと知ったら食べたいに決まっているよ。
明日のおやつになんて待ってられない。
良樹はそう思う。
それに、先にどれを食べるか選びたいしね。
とにかくどんなケーキか見てからにしなきゃ。
「お、なんだ?」
楽な衣装に着替えた博文がリビングに降りてくる。
「良樹がケーキを食べたいって・・・さっき晩御飯食べたばかりなのよ」
困ったような顔の妻。
どうやらまた良樹がママを困らせているらしい。
「ハハハ・・・まあ、いいじゃないか。せっかく買ってきたんだし」
「もう・・・あなたまで」
「俺も食べたいしな。みんなで食べよう。おっと、その前に俺は風呂に入ってこなきゃ」
「わぁい、みんなで食べよう」
「もう・・・二人とも」
やれやれという感じで妻が肩をすくめている。
まあ、たまにだからいいじゃないか。
「まあ、いいじゃないか。良樹はちゃんと寝る前に歯をしっかり磨けよ」
「もちろん」
「私はいいわ。ご飯もあるし・・・それに甘いものならみんなと食べたいもの・・・」
「えっ? だからみんなで食べるんだろ?」
「えっ? あ、ううん・・・何でもないわ、気にしないで。私はいいの」
なんだかハッとしたような表情をする妻。
みんなで一緒に食べるんじゃないのか?
「パパ、早くお風呂入ってきてよ」
「あ、ああ・・・」
博文は一瞬妻の言動が気になったものの、良樹に促され風呂に向かう。
まあ、ちょっとした言い間違いだったのだろう。
なんだかんだと風呂だの夕食だのを済ませ、終わってみればもうすぐに寝る時間。
「さて、そろそろ寝るとするか・・・」
リビングで読書をしていた博文は、読んでいた本を閉じて立ち上がる。
できればこんなビジネス書ではなく、好きな歴史本でも読みたいところだったが、上司の勧めでは断るわけにもいかない。
さっさと読み終えて適当な感想の一つも言わなくてはならないだろう。
やれやれだ。
結花はまだキッチンで何かやっているらしい。
今日の晩御飯も美味しかった。
彼女の料理の腕は確かで、結婚を決めたのもそこが結構大きい。
良樹のこともきちんと育ててくれているし、ありがたいものだ。
「おーい、先に寝るよ」
「えっ? あ、はーい」
慌てたようにリビングにやってくる結花。
なんだかあせったような顔をしている。
「どうしたんだい?」
「あ、いえ・・・別に」
なんだ?
どうかしたのかな?
「まだかかりそうなのかい?」
「え、ええ・・・もう少し」
結花がちらっとキッチンを振り返る。
どうやらまだ何かすることが残っているみたいだ。
朝食の準備だのなんだのとやることがあるのだろう。
「何か手伝おうか?」
「ううん、大丈夫よ。さ、明日も早いんでしょ? 寝て寝て」
起きるのが早いのは彼女の方なのにな。
博文はそう思いながらも、彼女の言葉に甘えることにする。
「それじゃ先に寝るよ。あんまり遅くならないようにね」
「ええ、そうするわ」
妻の笑顔に癒される博文。
さて、歯を磨いて寝るとしよう。
ホッとした表情を浮かべてキッチンに戻ってくる結花。
どうやら夫にここを覗かれずに済んだようだ。
夫が来る前に、急いでリビングに行ったのが良かったらしい。
結花の足元には数十匹のゴキブリたちがいる。
みんなで美味しそうにビールを舐めているのだ。
夫の飲み干した缶の底にわずかに残ったものを集めて床に垂らしてやったところ、みんな喜んで舐めに出てきたところだったのだ。
うふふ・・・
美味しそう・・・
ビールって美味しいのよね。
なんだか私も飲みたくなっちゃうわ。
今度みんなで一緒に飲みましょうか。
それがいいわ。
あのヒトにだけ飲ませておくなんて理由もないものね。
あとケーキもあるのよ。
あのヒトが買ってきたの。
さっきはついみんなと食べるなんて口にしてしまったけど、これも気付かれずに済んだみたい。
うふふふふ・・・
******
パジャマに着替えベッドに向かう博文。
広いダブルベッドは一人で入るにはちょっと寂しい。
できれば妻と一緒に入りたいものだ。
最近は仕事の疲れや、妻が寝るのが遅かったりで、気が付くと妻がベッドに入る前に寝てしまっていることが多い。
おかげであっちの方もご無沙汰だ。
良樹ももう大きくなってしまったが、弟か妹がいてもいいのではないだろうか。
家も買ったし、もう一人ぐらい増えても何とかなるのではないだろうかとも思う。
仕事も何とか順調だし、また二人で夜を楽しむのもいいかもしれない。
そんなことも考える。
「ん?」
見るとベッド脇に黒光りする虫がいることに気が付く博文。
「あっ」
ゴキブリだ。
こんなのを見たら結花が悲鳴を上げてしまう。
急いで何かで叩き潰そうとするが、適当なものが見当たらない。
これがリビングだったら新聞だの雑誌だのあるのだが、ここにはおいていない。
そういえば殺虫剤はどこへやった?
あれがあれば一発なのに。
などと逡巡しているうちに、いつもなら逃げられてしまったりするものなのだが、今日はこちらに気が付いていないのか逃げずにじっとしている。
こうなればティッシュでつかんでつぶすしかないだろうと、ティッシュを三枚ほどつかみ出す博文。
そしてそっとゴキブリに近寄っていく。
だが、ゴキブリは逃げるどころか、動かずにじっとしている。
まるで彼のことをにらみつけているかのようだ。
いつものゴキブリとは違う反応に博文は違和感を覚える。
なんだこいつは?
いったい?
ゴキブリは触角を揺らしている。
長い触角をゆらゆらと。
なぜかそれに目が引き寄せられていく。
目が離せなくなってしまうのだ。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
なんだ・・・
急に眠気が・・・
あ・・・
なんだか急に眠気を感じ、そのまま床に倒れ込んでしまう博文。
彼の意識は闇の中へと沈んでいった。
ゴキブリたちへの供応の後片付けをし、寝る支度を終えた結花は寝室へとやってきて驚いた。
夫がベッドではなく床に寝そべって寝ていたのだ。
「えっ? どうしたの?」
思わず揺り起こそうと近寄るが、彼の耳元に一匹のゴキブリがいることに気が付く。
「えっ?」
そのゴキブリはまるで子守唄でも歌っているかのように、夫の耳元で触角を揺らしているのだ。
「いったい・・・何を?」
結花が困惑していると、どこからともなくわらわらとゴキブリたちが現れる。
そして結花の周りに集まり始め、長い触角を揺らしていく。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
それは結花に彼らが語り掛けているかのよう。
結花から困惑の表情が消え、口元が少しほころんでくる。。
「はい・・・今行きます」
結花はそう言うと、床の夫には目もくれずに寝室を出る。
そのまま階段を降り、洗面所へと向かうのだった。
******
ひんやりとした洗面所の床。
結花が寝そべると、そこはもう一杯となる。
先ほどから、結花はもう胸がときめいて仕方がない。
まるで初夜を迎えた花嫁のようだ。
ああ・・・
なんだかとてもうれしい・・・
今夜、彼らは彼女の躰を求めたのだ・・・
恥じらうようにシャツの前を開けていく。
ブラはシャワー後に外していたため、形よい胸がむき出しになる。
ああ・・・
早く来て・・・
なんだか恥ずかしい・・・
乙女のような気持ちが結花の頬を染める。
その周囲には、床を埋め尽くすかのように無数の黒光りする扁平な虫たちが蠢いていた。
皆その長い触角をゆらゆらと揺らし、結花の周りを取り囲む。
彼らの眼の一つ一つが結花を見つめているようだ。
腰をちょっと持ち上げてスカートと一緒にショーツをずり下げ、足で蹴って脱ぎ捨てる。
最近ちょっとお手入れをさぼっていた叢があらわになる。
ああ・・・
恥ずかしい・・・
見られている・・・
みんなに見られているわ・・・
恥ずかしい・・・
でも・・・
うれしい・・・
叢をかき分けて二本の指が秘部をこじ開ける。
こうして彼らが入りやすくしてあげるのだ。
自分の中に彼らが入り込んでくる。
そう考えただけで躰が熱くなる。
「ああ・・・お願い・・・来て・・・」
結花のその言葉が引き金になったかのように、ゴキブリたちがいっせいに結花の躰に這い上がる。
あるものは脚に。
あるものは腕に。
あるものは頭に。
あるものは胸に。
そしてまたあるものは直接彼女の秘部へと潜り込む。
それは彼らの中の力関係なのか?
それとも彼らの好む場所の違いなのか?
ともかく結花の躰はゴキブリで埋め尽くされ、結花はその快感に打ち震えていく。
大きな一匹のメスゴキブリと、大勢のオスゴキブリのセックスの始まりなのだ。
カサカサと這い回る無数の脚。
そのトゲが結花の肌をくすぐっていく。
それはまるでゴキブリたちの愛撫のよう。
乳首に群がる無数の口。
ピンと立った乳首を甘噛みする彼ら。
その刺激が結花の躰を震わせる。
髪に埋もれる無数の胴体。
黒い海を泳ぎ渡る黒褐色のつややかな翅たち。
その動きさえ今の結花には快感だ。
そして、秘部に出入りする多くのゴキブリたち。
彼らの出入りによって、まるで力強いピストンをされているかのように、結花の躰はもてあそばれていく。
「ああ・・・ああん・・・」
思わず喘ぎ声を出してしまう結花。
気持ちいい・・・
こんな気持ちいいセックスは初めて・・・
あのヒトとのセックスなんて問題にならないわ・・・
結花は快楽に身を委ねながらそう思う。
やがて彼女の口の中に一匹のゴキブリが入り込む。
「ん・・・んちゅ」
結花は口の中で動き回るゴキブリを飲み込まないように気を付けながら、舌を動かしてゴキブリを味わっていく。
おいしい・・・
彼らの出す分泌物の味だろうか?
ゴキブリは結花の中で動き回り、その躰を舌に絡みつかせてくる。
まるでそれはゴキブリとのディープキス。
結花とゴキブリたちとの味の交わりなのだ。
「んん・・・んちゅ」
舌の上でゴキブリを転がしていく結花。
彼らとのキスがこんなにも素晴らしいものだったなんて・・・
ああ・・・なんて幸せなのかしら・・・
もっと・・・
もっと私を味わって・・・
ああ・・・
ああん・・・
イく・・・
イく・・・
イっちゃうぅぅぅぅぅぅ・・・
ゴキブリを口に含みながら、全身を震わせて盛大に絶頂に達してしまう結花。
その躰はゴキブリで真っ黒に埋め尽くされていた。
(続く)
- 2020/07/19(日) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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ブログ丸15年更新達成記念SS、「ゴキブリの棲む家」の二回目です。
今日は「火曜日」分のみですので、やや短め。
じわじわと浸食が始まっていきますです。
ご注意:今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分にご注意していただければと思います。
火曜日
朝、目が覚める。
薄暗いベッドの下。
遮光カーテンを通してわずかながらに入ってくる外の光も、さすがにベッドの下にはほんのわずかしか届かない。
結花は一瞬なぜこんなところに寝ていたのかと疑問に思ったものの、すぐにその思いは消え去り、ここがとても心地よい場所だと気がつく。
薄暗くて狭いところにいるのは気持ちがいい。
今までベッドの上なんかで寝ていたことが不思議に感じる。
ベッドの下はこんなに心地いいのに・・・
ベッドの下のような隙間で眠るのこそ、私たちにはふさわしい・・・
私たち?
私たちとはいったい?
一瞬変な気がしてしまう結花。
私たちとはいったい誰のことだろう?
だが、そんな思いも、彼女の耳元で蠢く黒い虫たちの立てるかすかな音によって消えていってしまう。
もうすぐ男が起きる。
そうなれば、男にベッドの下で寝ていたことを気付かれてしまうかもしれない。
今はまだその時ではない。
気付かれてはいけない。
起きて活動を始めるのだ・・・
結花は、もぞもぞとベッドの下から腹這いで這い出てくる。
ふと、なんだかめまいのようなものを感じてしまう。
ベッドの下の狭いところから、広い室内に出てきたからだ。
広い空間が落ち着かなく感じる。
だが、今はまだこの空間で暮らさなくてはいけない。
今はまだ・・・
うーんと両手を上に上げて伸びをする。
ぼんやりしていた頭も、だんだんはっきりとしてくる。
時計を見ると、そろそろ目覚まし時計が鳴る時間。
どうやら今朝は目覚ましが鳴る前に目が覚めてしまったらしい。
結花は目覚ましのスイッチを切り、鳴らないようにしてしまう。
ベッドの上で気持ちよさそうに寝ている夫を、そのまま寝かせておいてあげようと思ったのだ。
彼を起こすのはもう少し後でもいいだろう。
さて、いろいろと支度をはじめなきゃ。
躰が少しぎくしゃくする。
なんだか躰がこわばっているみたい・・・
起きたばかりだからかしら・・・
寝違えたわけでもなさそうだけど・・・
そう思って寝ていたはずのベッドを見る。
まあ・・・
一人でベッドを占領するかのように、大胆に躰を広げて寝ている夫。
うふふ・・・
博文さんったらずいぶんベッドを広く使っているのね。
これじゃ私が寝るスペースがなかったじゃない。
あら?
それじゃ・・・私はいったいどこで寝ていたのかしら・・・
一緒に寝ていたと思ったけど・・・
私は・・・いったいどこで?
結花が不思議に思っていると、足に何かが触れてくる。
「えっ?」
見ると、足元に一匹のゴキブリがいて、その長い触角を揺らしていた。
「ひゃっ!」
思わず小さく悲鳴を上げるが、ゴキブリは逃げようともせずにその場で触角を揺らし続ける。
あ・・・
すうっと結花の目がゴキブリに吸い寄せられていく。
ゆらゆらと揺れる長い触角。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
結花の中から疑念が消えていく。
どこで寝ていたかなど、まったく気にならなくなっていく。
そんなことはどうでもいいこと・・・
もうこんなヒトと寝る必要はないのだから・・・
結花はなぜかそう思い、引き出しから着替えを用意すると寝室を後にした。
******
朝は相変わらず戦争だ。
今までよりも早い時間帯で行動するのだから無理もない。
寝ていた男二人を起こし、食事をとらせて、会社や学校へと送り出す。
「それじゃ行ってくるよ」
「行ってきまーす」
「行ってらっしゃい。気を付けてねー」
いつもの挨拶。
いつもの笑顔。
いつもの玄関先。
なにも変わりはない。
「さてと・・・」
キッチンに行き、朝食の後片付けを始める結花。
その足元にわさわさとゴキブリたちが寄ってくる。
「キャッ!」
突然現れたゴキブリたちに驚く結花。
だが、彼らのゆらゆらと揺れる長い触角が、またも結花の目をくぎ付けにする。
「あ・・・」
いつもなら感じていたはずの恐怖も嫌悪感も、すぐに全く感じなくなる。
それどころか、彼らのことがなんだか親しく感じてくる。
彼らに親近感が湧いてくるのだ。
「もう・・・驚かせないでって言ったでしょ? いつも突然現れるんだから・・・」
驚かせられたことについ文句を言ってしまうものの、思わず笑みも浮かんでくる。
「おはよう。もしかして私を待っていたの?」
結花が親し気に声をかけると、ゴキブリたちの触角がゆらゆらと揺れ動く。
なんだか返事をしてくれたようでうれしくなる。
「うふふ・・・なんだか会話をしているみたい。そうだわ、ちょっと待ってね」
昨日のようにトーストのパンくずを皿に集め、それを床に撒き散らす。
すぐにゴキブリたちがカサカサとパンくずを食べに動き出し、なんだか見ていて楽しくなる。
そういえば、昨日もこんなことをしていたような気がする・・・
カサカサと動き回るゴキブリたち。
彼らはとても素敵な生き物・・・
彼らと一緒にいるのは気持ちがいい・・・
結花はなんだかそう思う。
パンくずだけじゃ物足りなさそうなので、付け合わせで出した桃の缶詰の残ったシロップも、スプーンですくって床に垂らす。
フローリングに広がるシロップを、すぐにゴキブリたちが寄ってきて舐め始める。
「いっぱい食べてね」
結花はしゃがみ込んで彼らの食事を眺めていく。
それはとても心が安らぐ光景だった。
みんな美味しそうに食べるのねぇ・・・
私も欲しくなっちゃうじゃない。
結花は心からそう思う。
こんなことなら良樹と一緒に食事を取るんじゃなかった。
みんなと一緒に食べればよかったわ・・・
やがてシロップもパンくずも食べつくしたのか、ゴキブリたちが去っていく。
「うふふ・・・お粗末様でした」
ゴキブリたちを見送り、食器洗いを再び始める結花。
この家で彼らと一緒に過ごすのはとても楽しいことに感じる。
彼女と彼らはこの家の一員なのだから。
食事の後片付けが終われば洗濯である。
昨日さぼってしまった分、今日は洗濯物がたまっている。
さっさと洗濯してしまわねば。
結花は脱衣所に行って洗濯籠の洗濯物を仕分けていく。
肌着やタオルなどとズボンやジャージなどを選り分けるのだ。
あん・・・
何これ?
なんだか臭いようないいにおいのような・・・
何からかしら・・・
結花は鼻をくすぐるにおいに気が付く。
漂ってくる奇妙なにおい。
このにおいはどこから出ているのだろう?
結花が洗濯物をかき分けると、彼女の脱いだパジャマがそこにある。
においはそこから出ているのだ。
「私のパジャマ?」
どうしてパジャマからこんなにおいがするのだろう・・・
パジャマを取り上げ、くんくんと鼻を近づけてにおいを嗅ぐ。
ズキンと脳天に響くような強烈なにおい。
でも臭いというよりはいいにおいにも感じる。
くんくん・・・くんくん・・・くんくん・・・
止まらない。
においを嗅ぐをのやめられない。
まるで臭い靴下のにおいを嗅いでいるかのよう。
臭いのに嗅ぐをのやめられないようなそんなにおい。
くんくん・・・くんくん・・・くんくん・・・
だめ・・・
止まらない・・・
このにおい好き・・・
だーい好き・・・
なんだかじんわりと股間が濡れてくる。
急激に性の欲求が湧き起こってくる。
どうしたのかしら・・・
私・・・
ああ・・・
欲しい・・・
オスのあれが欲しい・・・
おマンコにオスのあれが欲しいわ・・・
パジャマのにおいを嗅ぎながら、結花の右手は股間に伸びていく。
穿いていたズボンを緩め、ショーツを下ろして性器に指を這わせていく。
あ・・・
いい・・・
気持ちいい・・・
におい好き・・・
においを嗅ぎながらオナニーするの好き・・・
指が止まらない。
くちゅくちゅと濡れた音が聞こえてくる。
ああん・・・
いい・・・
イく・・・
イッちゃう・・・
イッちゃうぅぅぅぅぅ
******
「ふう・・・」
洗い終えた洗濯物を干し終わる。
なんだか恥ずかしい。
あんなことは初めてだ。
まさか洗濯物のにおいを嗅ぎながらオナニーをしてイッてしまったなんて。
それもあんなに感じながら・・・
私ったらどうかしているわ・・・
どうしちゃったのかしら・・・
おそらくしばらくご無沙汰だったからだろう。
良樹が大きくなってきたこともあり、夫ともここのところしていない。
本当は良樹に弟か妹を作ろうという話はしていたのだが・・・
博文が仕事で帰りが遅かったり、なんだかんだとあったりで、ずるずると先延ばしになっていたのだ。
もしかしたら夫と妻という関係ではなく、良樹の父と母という関係になってしまったのかもしれない。
だから、久しぶりのオナニーで激しく感じてしまったのかもしれないわ・・・
洗濯をして掃除を済ませればもうお昼。
何か適当に食べて終わりにしてしまおう。
そう言えばそろそろ冷蔵庫の中も空になる。
午後からは買い物に出掛けよう。
そうすれば気分も変わるはず。
天気もいいしそうしよう。
昼食を軽く済ませ、食材の買い出しに出かける結花。
以前の家なら歩いていける距離に小型の食品スーパーがあったのだが、今の家からだと一番近くても郊外型の大型スーパーで、歩いていくにはちょっときつい。
夫がいれば車を出してもらうところなのだが、ペーパードライバーの結花は車を運転する気にはなれず、自転車で行くことにする。
そこそこ距離があるけど仕方ない。
まあ、運動にもなるだろう。
それにしても今日は天気がいい。
太陽がまぶしくてくらくらするぐらい。
どうしてこんなにまぶしいのだろう・・・
なんだか太陽は嫌い・・・
夜がいい・・・
暗い夜がいいわ・・・
******
「ただいまー」
良樹が学校から帰ってくる。
危ない危ない。
今日は思わず以前の家に帰るところだった。
途中で気が付いたからいいけれど、気が付かなければ前の家に行っちゃっていたかもしれない。
そんなことになったら、顔から火が出るほど恥ずかしかっただろうし、パパやママが知ったら笑われちゃったかも。
そうならなくてよかった。
「えっ?」
玄関を開けた良樹は、びっくりして思わず声が出てしまう。
玄関に母親の結花がぐったりと横たわっていたのだ。
そばには買い物に行ってきたのであろう中身の詰まったエコバッグやリュックが置かれている。
「ママ!」
思わず駆け寄って母親を揺さぶる良樹。
「う・・・うーん・・・」
「ママ!」
必死になって揺さぶる良樹。
すると、結花の目がゆっくりと開く。
「ママ!」
「あ・・・良樹? お帰りなさい」
目をこすりながら躰を起こす結花。
なんだか普通に寝て起きたときのようだ。
いったいどうしたのだろう?
なんでママは玄関先で寝ていたのだろう?
「ママ、よかった。びっくりさせないでよ!」
ホッとして胸をなでおろす良樹。
どうやら本当にママは眠っていただけのようだ。
もしかして病気か何かで倒れたのかと思ったのだ。
ママに何かあったのかと思って、心臓が破裂しそうだった。
とにかくなんともなさそうでよかった。
「ご、ごめんね、びっくりさせたみたいで。私どうしてこんなところで寝ていたのかしら・・・確か買い物に行って来て・・・あっ」
結花の目の前には買ってきたまま玄関先に放置されたリュックやエコバッグがあったのだ。
「いっけない!」
慌てて靴を脱ぎ捨て、リュックとエコバッグを手にキッチンへ向かう結花。
思わずその後を良樹も追う。
「あちゃー・・・溶けちゃったかぁ・・・」
エコバッグから取り出された冷凍肉が、いい感じに室温解凍されている。
これは今晩はこの肉を使って料理をするしかないだろう。
それと、カップのアイスクリームも半分溶けてしまっている。
幸い、この肉やアイスが熱を吸収してくれていたおかげか、ダメになったような食材はなさそうだ。
すぐに冷蔵庫に入れておけば問題はないだろう。
「良樹、これ食べちゃっていいわよ」
結花は食材を冷蔵庫に入れながら、半分溶けかかったアイスを一個良樹に渡す。
残りは冷凍庫に入れるしかないだろう。
再凍結で味は落ちるだろうが仕方がない。
溶かしてみんなと食べてもいいし・・・
「ママ、本当に大丈夫なの?」
アイスをもらったのはうれしいが、良樹は母親のことが心配だった。
なにせママが玄関先で寝ていたなんて初めてのことなのだ。
今は大丈夫そうだけど、本当に病気とかじゃないのだろうか?
「うん。大丈夫大丈夫。なんか寝不足だったのかもね」
結花は何でもないよと笑顔を見せる。
実際今は、躰に何の問題もないのだ。
いったいなぜ、玄関などで寝ていたのだろうか?
買い物に行ったところまでは覚えているのだが、太陽がずいぶんとまぶしくて、くらくらして・・・
そこから先の記憶があいまいなのだ。
こうして買い物は無事にしてきたようなのだが、玄関まで帰ってきて意識を失ったのだろうか?
もしかしたら、本当に病気か何かかしら・・・
もし続くようなら医者に行った方がいいのかもしれない。
結花はそう思いながら、残りの食材を冷蔵庫にしまうのだった。
******
「おっ? 今日は豪華だね」
仕事を終えて帰宅した博文が、風呂から上がってきてテーブルに並んだおかずを見て笑顔になる。
「うふふ・・・引っ越し祝いに少し豪華にね」
夫のためにビールを用意しながら、結花はごまかし笑いをする。
本当は後日用にと買ってきた冷凍肉を、玄関先で寝て解凍してしまったからなのだ。
まあ、本来今日食べる予定だったおかず用の食材は、明日に回しても問題はない。
「へぇ、それはそれは。あ、ありがとう」
博文は妻から缶ビールを受け取り、ふたを開けて一口飲む。
風呂上がりに缶ビールで一杯。
この瞬間にために生きていると言っても過言ではない。
「くはぁーっ! うまい!」
思わず言葉が出てしまう。
「ホントあなたってばビールが好きねぇ」
ややあきれたように結花が言う。
結花も酒は飲まないわけではないが、ビールはどちらかというと苦手な部類だ。
「そうだなぁ。日本酒もいいけどな」
博文は酒なら特にこだわらない。
ビールもいいし、日本酒もいい。
焼酎だってワインだって美味しく飲める。
もちろん本当に味がわかっているのかと言われれば、わかっていないのかもしれないが。
ごくごくとおいしそうに缶ビールを飲む夫を見ていると、いつもとは違った気持ちが湧いてくる。
それにいつもよりもビールの香りが強く感じられるような気がして、なんだか飲みたくなってしまう。
「ねえ、一口もらってもいい?」
あとは彼が晩酌を終えたらご飯を出すだけとなった結花が、夫の隣にやってくる。
「えっ? 珍しいな」
そう言いつつ缶ビールを渡してくる博文。
妻に一口ちょうだいなんて言われるのは久しぶりだ。
結花は缶を受け取って一口飲む。
喉を通り抜けるさわやかな味。
えっ?
ビールってこんなに美味しかったかしら?
すごく美味しいわ。
ビールの味に驚く結花。
もっと飲みたくなってしまったが、一口と言った手前、これ以上飲むのは夫に悪いだろう。
彼だって楽しみにしているビールなのだ。
結花はしぶしぶ缶を彼に返す。
「やっぱりビールは苦手か?」
「ううん、そんなことない。すごく美味しいわ。もっと飲みたい」
できるなら冷蔵庫から新たに一本出してきたいぐらい。
ビールをもっと飲みたいなんて思ったのは初めてだ。
どうして今までビールを苦手と思っていたのだろう。
「あ、パパこれからご飯?」
二階から降りてきた良樹が顔を出す。
「おう、良樹はもう食べたのか?」
「うん、ボクはもう食べた。今日はお肉いっぱいだよ」
宿題をしていたのかゲームをしていたのかは知らないが、そろそろ寝る時間なので寝る支度をしに降りてきたのだろう。
「そうだな。ママが引っ越し祝いだって奮発してくれたみたいだぞ」
「えっ? 違うよー。ママが玄関で寝ちゃってて、買ってきたものが出しっぱなしになってたから、お肉が溶けちゃったんだ」
「えっ? 玄関で?」
博文が驚いて結花を見る。
「あっ、う、うん、そうなの。なんだか寝ちゃっていたみたいで、冷凍のお肉が溶けちゃって・・・」
苦笑いをする結花。
もう・・・良樹ったら余計なことを言うんだから・・・
「玄関で寝てたって・・・大丈夫なのか?」
博文が心配する。
肉なんかよりも、妻の躰の方が心配だ。
玄関で寝るなんて普通じゃないじゃないか。
「ええ、別に何ともないわ。なんだか疲れちゃっていたのかしらね。引っ越しもあったし。なんか太陽がすごくまぶしくて、それがいやでいやで・・・うちに帰ってきてホッとしたから寝ちゃったのかも」
「熱中症とかじゃないのか? まだ暑いからな」
「大丈夫だと思うわ。今はもうほら、こんなに元気よ」
結花は大げさにガッツポーズを作ってみせる。
実際日が暮れてからは調子がいいのだ。
むしろ力が湧いてくるみたいな感じだ。
太陽が沈んで夜になったからかもしれない。
太陽は苦手だわ・・・
暗い方が好き・・・
「そうか、ならいいけど・・・具合が悪いようなら、ちゃんと病院に行くんだぞ」
「ええ、もちろん」
妻がにこやかにうなずく。
「無理しないようにな。さてと、そろそろご飯もらおうか」
博文は妻の元気そうな様子に安堵し、茶碗を差し出す。
きっと彼女の言う通り引っ越しとかあったので疲れたのだろう。
まあ、この様子なら大丈夫そうだ。
結花は夫の手から茶碗を受け取ると、ついでに空になったビールの缶もキッチンに持っていって分別ごみの箱に入れ、茶碗に夫のご飯を盛って戻っていく。
良樹はすでに歯を磨き終わり、二階に戻るところのようだ。
「おやすみなさーい」
「おう、おやすみ」
「おやすみなさい」
夫に茶碗を渡し、良樹におやすみを言う結花だった。
******
寝る支度を終えて寝室に戻ってくる結花。
夫はもうぐっすり寝ているし、自分も明日に備えて寝なくてはと思うのだが、眠気がそれほど襲ってこない。
むしろ明かりを消すと余計に目が冴えてくるような気さえする。
どうしたのだろう・・・
もしかして昼間に玄関で寝てしまったからだろうか?
だからあんまり眠くないのかもしれない。
でも、寝ないと明日も早いのだ。
また寝不足で昼間に寝てしまうようなことになっては困る。
無理にでも寝てしまわねば。
パジャマに着替えて腹這いになり、ベッドの下へと潜り込む結花。
えっ?
自分が無意識のうちにベッドの下に潜り込んだことに驚く。
わ、私、どうして?
だが、この暗く狭くひんやりした空間がなんとも言えず心地いい。
いまさら出る気にはとてもならない。
・・・ベッドの下で寝てもいいわよね。
なにもベッドの上で寝なくてはいけないというわけじゃないし。
何より、こうしていると気持ちがいい。
ああ・・・落ち着くわぁ・・・
どうして今までベッドの上で寝ていたのだろう・・・
もうベッドの上で眠るなんて考えられない。
こうして狭いところに潜り込んで寝るのが一番。
暗くてひんやりして最高。
とても気持ちがいいわぁ・・・
躰を丸くして眠りにつく結花。
規則正しい寝息が聞こえ始める。
やがてその周囲にカサカサという小さな音が響き始め、今夜もまた小さな生き物たちが蠢きだす。
触角をゆらゆらと揺らし、ゴソゴソカサカサと床を這い回っていくゴキブリたち。
つややかな翅をかすかな光に輝かせ、結花の周りを這い回る。
やがて動きを止めた彼らは、いっせいに結花の周りで触角を揺らし始める。
その触角の揺れが空気を震わせ、かすかな音を立てていく。
その音は結花の耳へと届いていく。
まるでゴキブリたちがその音を結花に聴かせているかのようだ。
結花はその小さな音に包まれ、気持ちよさそうに眠っていた。
しばらくして、触角を揺らしていたゴキブリのうちの一匹が、意を決したかのように結花の躰に這い上がる。
それをきっかけに、何匹ものゴキブリたちがいっせいに結花の躰へと群がっていく。
結花の薄い緑色のパジャマが、まるでアーモンドでも振りかけられたかのように黒い斑点に埋め尽くされていく。
だが、結花は目を覚ます様子はない。
ゴキブリたちはパジャマの上を這い回る。
そして自分たちの躰をこすりつけていく。
自分たちのにおいを付け、オスたちは精液をかけていく。
パジャマにじっくり染み込ませ、結花をにおいに酔わせるのだ。
だが、ゴキブリたちは直接結花の肌には触れないように気を付ける。
袖口や裾からは外に出ず、パジャマの上だけを這い回るのだ。
もちろん顔の上を這い回ったりもしない。
まだなのだ。
まだこの女はヒトなのだ。
だから気付かれてはならない。
もっと・・・
もっとこの女に音を聞かせてから。
もっとこの女が自分たちに染まってから。
もっとこの女が自分たちと同じくなってから。
作り変えるのだ。
この女をメスに。
作り変えるのだ。
この女を自分たちのメスに。
ゴキブリのメスに作り変えるのだ。
我らのメスに。
この女は我らのメスになるのだ。
焦ることはない。
じっくり作り変えればいい。
今日倒れたのは少し急ぎ過ぎたからかもしれない。
だが、明日になれば、この女はもっと自分たちと近くなる。
我らのメスへと近づくのだ。
(続く)
- 2020/07/18(土) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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今日から一週間ほどかけて、「ブログ丸15年達成記念」として、少し長めのSSを一本投下させていただきます。
タイトルは「ゴキブリの棲む家」です。
舞方がpixivで相互フォローさせていただいている方に、
ma2さんという方がいらっしゃいます。
そのma2さんが書かれました作品に、「
Chill阿久多」という作品がございまして、それがもう私のどツボに嵌まるむちゃくちゃ素敵な異形化作品でした。
(作品名クリックで作品に飛べます)
そのため、いつかこのような作品を自分でも書きたいと思い、厚かましくも似たようなシチュで書きあげましたのが今作です。
いわば、インスパイアされオマージュとして書かせていただいた作品ということになりますでしょうか。
ですので、似たようなシーンも作中には登場しますが、ma2さんからは快く掲載の許可をいただきましたので、今回記念作品として投下させていただこうと思います。
先に申し上げますが、今作品は「ゴキブリ」が大いに絡む作品となります。
苦手な方は充分ご注意していただければと思います。
それではどうぞ。
ゴキブリの棲む家
土曜日
引っ越し業者のトラックから荷物が次々と運び込まれていく。
やや築年数の経過した二階建ての一軒家。
塀で囲われた敷地には駐車スペースと小さな庭もある。
多少手入れは必要かもしれないが、家族三人の住む家としては申し分がない。
「どうだ? 今日からここが新しい我が家だぞぉ」
茅場博文(かやば ひろふみ)は誇らしげに胸を張る。
40歳になったばかりでマイホームを手に入れたとなれば、胸を張りたくなるのもわかろうというものだ。
端正でバランスの取れた躰つきをした男性だが、スポーツマンというほど筋肉質でもなく、どちらかというと研究者ぽいタイプである。
最近は仕事上デスクワークが多いため、お腹周りに贅肉が付き始めているのが困りもの。
運動しなきゃと言ってはいるが、なかなかそうはいかないものだ。
「あ、それはそこでいいですから。ええ、それはそっちで」
業者に荷物の置き場所を指示しつつ、リビングに入ってくる妻の茅場結花(かやば ゆか)。
38歳で一児の母とは思えぬスタイルの良い躰をしており、ショートカットの黒髪とジーンズにパーカーという服装とも相まって、活動的な女子大生とまではいかないまでも、かなり歳が若く見えるのは確かだ。
「それにしても、ホントにこの家が私たちのものになったのねぇ」
今までの狭いアパートに比べれば雲泥の差と言っていい。
二階に二部屋、一階にはリビングのほかに一部屋があり、独立したキッチンやお風呂場もあるのだ。
「そうだぞ。俺たちの家だ。ここがあんなに安く買えるとは思わなかったな」
結花の言葉に博文もうなずく。
確かに中古とはいえ庭付きの一軒家としては相場をかなり下回る価格だったろう。
だからこそ彼もここを買う気になったのだが。
「でも、ホント安かったけど・・・まさか事故物件とかじゃないわよね?」
買ってしまっていまさらとはいえ、結花は少し不安になる。
実は誰かが中で死んでいたことがありました・・・なんて家ならいやすぎるではないか。
「そりゃ大丈夫だろ。不動産屋もそういうのは告知義務があるっていうし、ネットで調べても何も出てこなかったしな。まあ、結構築年数が経っているから、それで安かったんだろ」
ハハハと笑い飛ばす博文。
彼としても破格の安さに気になったことは確かで、調べてはみたのだ。
だが、何も出てこなかったし、やはり古さのせいだろうと結論付けていた。
それに実のところこの場所は駅から少し離れているし、スーパーに買い物に行くにしても結構遠い。
そう言った意味ではやや不便な立地でもあるので、価格が安かったのかもしれないのだ。
「そう言えば良樹(よしき)はどうした?」
ふと息子の姿が見えないことに気が付く博文。
「もう二階に行ってあーだこーだとやっているわよ。机はこっち、ベッドはあっちって」
くすっと結花が笑う。
自分の部屋が持てたことがよほどうれしいのだろう。
引っ越しが決まった時から、室内をどうするか一所懸命考えていたらしいのだ。
そして今、晴れてその計画を実行しているということだろう。
「そうか。まあ、今までは自分の部屋というほどではなかったしな」
狭いアパートで家族三人がひしめき合って暮らしてきたこれまでとは違い、これからは一室まるごと自分で使えるのだ。
それはもううれしいに決まっている。
「でも、校区が同じでよかったわね。転校しないですむから、良樹も気楽だったみたい」
確かに転校ということになれば、良樹も新しい部屋のことと新しい学校への不安が相殺されて、今ほど楽しめてはいなかったかもしれない。
とはいえ、校区の端っこに近い位置なので、朝は今までよりも10分は早く家を出ないとならないだろう。
慣れるまでは朝は大変そうねと結花は思った。
その良樹は、結花の言った通り、自分の部屋のセッティングに忙しかった。
小学校に通う五年生男子。
勉強も運動もそこそここなすが、どっちも得意というほどでもない。
むしろマンガやゲームが彼の興味の中心である。
現代的な普通の男の子といったところか。
まずは業者さんに机の位置を指示したり、ベッドの位置を指示したりした後、段ボールの中の本やゲームなどを本棚などに片付けなければならない。
もちろん教科書なども取り出して、学校にも行けるようにもしておかないといけない。
やることはたくさんあるのだ。
でも・・・
自分の部屋を持てたことは、何より良樹はうれしかった。
******
「ふう・・・」
思わずため息が出てしまう結花。
バタバタしていたが、とりあえず新居で迎える初めての夜。
なんだかんだと床の物をすみに寄せて寝る場所を作り、テレビを見られるようにして、食器棚に食器を片付け始めたら、もう一日が終わり。
最初から決めていたことではあったが、夕食はお弁当を買ってきて済ませるだけだった。
明日の日曜でどこまで片付けられるかわからないが、残りは全部私がやることになるのだろう。
明後日からは夫も良樹も会社や学校に行かなくてはならないのだから。
「やれやれだわ」
そう思ってベッドに入る。
隣では夫の博文がすでに寝息を立てていた。
その横顔にもやや疲れが見える。
今日は一日彼もたくさん働いた。
「おやすみなさい、あなた」
小声でそういい、笑顔を向ける結花。
これからはこの家のローンが彼の肩にかかってくるのだ。
落ち着いたら私も働きに出なくてはいけないだろう。
良樹にさみしい思いをさせるかもしれないが、なに、彼ももう五年生だ。
留守番ぐらいはできるはず。
近いうちに仕事を探してみようかしら。
そう思いながら眠りにつく結花。
その様子を暗闇の中から、じっと見つめている複数の目があった・・・
日曜日
「やっぱり何かあるのかしら・・・」
「どうした?」
不安そうにリビングに戻ってくる結花に、博文は顔を上げる。
日曜ということで、近所に引っ越しあいさつに行ってきたはずなのだ。
「それが・・・うちの両隣ともに空き家なのよ」
「ええっ? 本当かい?」
それは初耳だ。
片方だけならともかく、両隣もとなると何か気になってしまう。
「お向かいさんに聞いたんだけど、一年ぐらい前に出ていったらしいわ。それ以来空き家なんですって。やっぱり何かあるのかしら・・・」
不安そうに家の中を見渡す結花。
築年数がやや古いとはいえ、この家は結構いい家だとは思うのだが。
「まあ、たまたま・・・だろ。お向かいさんは何か言ってたかい?」
「いいえ、特には。にこやかに挨拶してくれたし」
「何か隠しているような感じは?」
「別に・・・なかったわ」
先ほどの会話を考えてみても、向かいに住む老婦人が特に何かを隠しているという感じではなかったのだ。
「じゃあ、やっぱり何もないんじゃないか? まあ、たまたまだろう」
博文にしても、せっかく思い切って買った家である。
何かあるとは思いたくない。
一年ぐらい空き家になることなど、近頃はそう珍しいことでもないだろう。
「そうよねぇ・・・」
結花もそう思いたいし、そうあってほしい。
せっかく買っておいた引っ越しの挨拶用のお菓子が、両隣分余ってしまうことになったが、まあ、みんなで食べればいいだろう。
「とりあえずキッチン周りはセットしたよ。そろそろお昼だし何か頼むよ」
「そうね。昨日お弁当と一緒にベーコンとタマゴも買ってきたから、ベーコンエッグでも作るわね」
「おっ、いいね」
博文がそう返事をしている間に、結花はもう冷蔵庫からタマゴとベーコンを取り出しにキッチンに行っている。
「きゃあっ!」
「どうした?」
すぐあとにキッチンから悲鳴が聞こえ、博文は思わず立ち上がる。
慌ててキッチンに行ってみると、床にへたり込んでいる結花の姿があり、その足元にはタマゴが割れていた。
「結花、わっ!」
思わず妻に駆け寄ろうとした博文の足元を、何か黒いものが通っていく。
「いやぁっ!」
妻の悲鳴にそう言うことかと察する博文。
結花の大嫌いなやつが出たのだ。
黒くてつやつやと光る虫。
そう、ゴキブリだ。
結花はゴキブリが大嫌いであり、足元を這い回られて思わず腰を抜かしてしまったのだろう。
何か叩くものはと博文が考える一瞬の隙に、ゴキブリはそのままキッチンの隙間へと消えてしまう。
「ちっ」
逃げられてしまったことに舌打ちをするが、それよりも結花の方が心配だ。
「大丈夫か?」
「あ、あなたぁ」
屈み込んだ夫の首にしがみつく結花。
「いやよぉ! ここゴキブリ出るぅ! 安かったのはこれなんだわぁ!」
グスグスと半泣きになっている結花に、博文は背中を撫でてやりながらも苦笑する。
「そんなわけないだろ。住宅なんてみんな築年数が経てば安くなるし、ゴキブリも出てしまうものさ。まあ、あとで殺虫剤買っておくから。あんまりひどいようなら業者頼んでもいいし」
「お願いよ。ゴキブリ出ないようにしてぇ」
「わかったわかった。ほら、立てるか?」
よいしょっと妻を抱き上げるようにして立ち上がる博文。
「パパ、ママ、どうしたの?」
そこへ良樹がやってくる。
おそらく結花の悲鳴を聞いて、何事かとやってきたのだろう。
「ゴキブリが出たみたいでな。良樹、悪いが床をきれいにしてくれるか?」
自分は妻を落ち着かせることに専念し、床の片づけを息子に依頼する。
「あー、そうなんだ。ママはゴキブリ嫌いだもんね。うん、わかった」
博文の指図に従って割れたタマゴを片付け始める良樹。
「ご、ごめんね。もう大丈夫」
やっと落ち着いたのか、結花が博文から離れ、良樹と一緒に床を片付けはじめる。
それを見て、博文もホッとする。
なにせ結花はゴキブリが嫌いなのだ。
まさかこの家にゴキブリがいるとは・・・
殺虫剤を切らしていたのはうかつだった。
明日にでも買ってこなくてはならないな。
******
「ほんっとにゴキブリは苦手なんだからね」
「わかったわかったって。明日会社帰りにでもゴキブリ用の殺虫剤買ってくるから」
布団に潜り込んでまでしがみついてくる妻を、博文はやさしく抱きしめる。
こういうときの妻はなんだかかわいらしい。
結局ゴキブリはあれから一度も出てこなかったものの、結花は一日中ビクビクオドオドしっぱなしだったのだ。
キッチンに行くにも博文か良樹が付いていかないとならないほどだったし、よほどショックだったのだろう。
前に住んでいたアパートでもたまに出ることはあったが、その時にはここまでの怖がり方はしていなかった。
おそらく新居に来たことで、もう出ないだろうと思っていたのかもしれない。
まあ、ゴキブリは確かに見てて気持ちのいい虫じゃないから、怖がるのもわかるんだけどなと博文は思う。
「明日からは会社だし、もう寝るよ」
「うん」
明かりを消し眠りにつく二人。
結花もとにかくゴキブリのことは必死に頭から追い払い、目を固くつぶる。
どうしてあんなに恐怖を感じたのか、今となっては自分でも変だとは思う。
前のアパートにいたときだって何度かゴキブリは目にしている。
でも、その時にはただおぞましさを感じただけだった。
だが、昼間のあのゴキブリを見た瞬間、結花はおぞましさばかりではなく、言い知れない恐怖のようなものを感じたのだ。
普通のゴキブリとは何かが違う。
そう本能的に感じたのかもしれない。
でも、どこがどう違うのかなど、結花にはわかるはずもない。
ただ、恐怖だけがいつもとは違っていた。
頭がぼんやりする。
寝ていたはずなのに、いつの間にか結花は闇の中に立っていた。
ここはどこだろう・・・
真っ暗な闇の中・・・
どこだかさっぱりわからない。
いったいここはどこなのか・・・
隣には夫の博文がいる。
そして結花は息子の良樹と手をつないでいる。
どこかに遊びに来たのだろうか?
結花の不安をよそに、博文も良樹も笑顔を浮かべているようだ。
ここはどこ?
そう夫に尋ねようとするが、その前に良樹が手を振りほどいて走り出す。
まるでデパートのおもちゃ売り場にでも来た時のようだ。
ゲームに目がない良樹は、よくこういうことをしてしまう。
もう・・・
危ないわよ。
転んだらどうするの?
おねだりしたって何も買わないわよ。
もう・・・すぐに何でも欲しがるんだから・・・
もうすぐ誕生日なんだから、それまで待ちなさい。
結花が言ってる間にも良樹は闇の中にいなくなってしまう。
しょうがないわね。
あなた、良樹をお願いね。
ついていてあげて。
でも、甘い顔をしたらダメよ。
あの子ったらおねだりすればいいと・・・
そう言おうと振り返ると、隣にいたはずの夫もいない。
あら?
どこへ行ったの?
あなた?
あなた?
一人で取り残される結花。
周囲がだんだんと見え始めてくる。
どうやらここはキッチンらしい。
いつの間にかキッチンにいるのだ。
どうして?
しかも越してきたばかりのこの家だ。
私はいったい?
なんでこんなところにいるの?
結花の足元で何かが動く。
キャッ!
見ると、足元に昼間のゴキブリがいた。
黒褐色の翅をてらてらと光らせ、長い触角をゆらゆらと揺らしている。
ひぃーっ!
思わず結花は叫び声をあげようとする。
だが声が出ない。
悲鳴を上げようと口を開けるのに、なぜか声が出てこないのだ。
ゴキブリは逃げようともせずに足元をうろついている。
それどころか結花に迫ってくるかのようだ。
いやっ! いやぁっ!
結花は少しでもゴキブリから遠ざかろうと足を動かす。
すると、動かした足に何かが当たる。
えっ?
見ると、足に当たった黒いものが転がっている。
それはすぐに六本の足をわさわさと動かし始め、起き上がろうともがきだす。
ひぃぃぃぃぃぃ!
足に跳ね飛ばされた別のゴキブリが、裏返った状態から起き上がったのだ。
さらにその周囲にはほかのゴキブリたちもいる。
床に蠢く数十匹のゴキブリたち。
それらがわさわさと近寄ってくるのだ。
い、いやぁぁぁぁぁっ!
結花は逃げた。
とにかく逃げた。
周囲は闇一色。
どこがどこかもわからない。
とにかく逃げるしかないのだ。
だが、どこに逃げても足元にはゴキブリがいた。
踏みつけるようなことはなかったが、少しでも足が止まると、その足にしがみつこうと寄ってくる。
いや、いやぁぁぁ!
結花は走る。
だが、走っても走ってもその先にはゴキブリがうじゃうじゃと蠢いている。
前も後ろも右も左もゴキブリの山だ。
あ・・・あああ・・・
気が付くと結花は追い詰められ、壁に背中を付けていた。
足元にはゴキブリが群れを成している。
いやぁ、いやよぉ!
足元からぞろぞろとゴキブリが這い上がってくる。
ひぃぃぃぃぃぃ!
背筋が凍るほどの恐怖。
やがてゴキブリたちは結花の躰を這い上がり、首のあたりにまで達してくる。
いやぁぁぁぁ!
ゴキブリたちの足の感触がざわざわと肌に伝わってくる。
ムワッとするような妙なにおい。
ゴキブリたちが放っているにおいなのだろうか?
それが結花の鼻を突く。
これは夢よ・・・
夢に違いないわ・・・
早く目覚めたい・・・
お願い!
目が覚めて!
助けてぇぇぇぇぇ!
やがて顔一面にまでゴキブリたちは這いあがり、結花は何も見えなくなった。
******
「結花! 結花!」
躰を揺さぶられる。
ゆっくりと目を開ける結花。
目の焦点が合うと、心配そうにのぞき込んでいる夫の顔がある。
「あなた・・・」
「だいぶうなされていたぞ。大丈夫か?」
うなされていた?
私が?
「ええ・・・大丈夫・・・だと思う」
夢でも見ていただろうか?
だいぶ汗をかいているようだ。
でも思い出せない。
何か夢を見たような気もするが、よくわからない。
「そうか。ならいいが、怖い夢でも見たかな?」
ハハハと笑う博文。
いつも気持ちよさそうに寝ている妻が珍しくうなされていたので心配になったのだ。
「ごめんなさい。起こしてしまったわね」
申し訳なさそうにする妻。
「いいさ、気にするな。大丈夫ならそれでいい」
博文はそう言って布団をかけ直す。
声をかけられて安心したのか、再び結花は眠りにつく。
自分ももうひと眠りしたほうがよさそうだ。
明日も早い。
いや、すでにもう今日か・・・
目を閉じる博文。
二人の眠るベッドの足元には、ゆらゆらと長い触角を揺らしている黒いつややかな生き物がいた。
月曜日
キッチンで朝ご飯の支度をする結花。
なんだか躰がだるい。
疲れが抜けていないのかもしれない。
昨晩はよく眠れなかった気がする。
夫に起こされた時も、うなされていたとか。
なにか夢を見たようだけど、どんな内容だったか全く思い出せない。
なんだか頭もぼうっとするわ・・・
「おはよう」
あくびをしながら博文がキッチンに顔を出す。
「おはよう。もうすぐできるから待っててね」
にこやかに返事をする結花。
「あ、ああ」
そう言って左右を見渡し、やがて顔を洗いに洗面所に向かう博文。
もしかしたら、以前の家の感覚でキッチンに顔を洗いに来てしまったのかもしれない。
てっきり朝ごはんの様子を見に来たと思ったのだが、そう考えれば、入ってきて一瞬戸惑っていたのもうなずける。
結花は思わず微笑んだ。
いつもと変りない朝。
家族がいる場所だけがこれまでとは違う。
ここは新しい家。
私たちは新たなここの住民。
以前からここに棲んでいるものたちに認めてもらえるようにしなくては・・・
えっ?
結花は何か違和感を覚える。
認めてもらうって・・・誰に?
******
「行ってきまーす!」
慌てたように駆け出していく良樹の姿を結花は見送る。
「行ってらっしゃい。道を間違えないでね。車に気を付けるのよ」
以前よりも10分早く家を出てもらうのは戦争だ。
寝坊助の良樹をたたき起こし、朝ご飯を食べさせて送り出す。
それだけのことがなんと大変なことか。
とはいえ、やっと良樹も学校へ行ってくれた。
あとは食事の後片付けをして、土日でたまった洗濯物を洗ってしまわねば。
それに段ボール箱の中のものの片付けも。
結花は一日の段取りを思い、玄関からリビングに向かう。
さっきより少し頭もすっきりしたのか、気分もよくなってきた。
鼻歌交じりで朝食の食べ終わったテーブルの上の食器を、下げるために重ねていく。
食器洗いには本当は食洗器があれば便利なんだろうけど、この家も買ったことだし、まだまだ先の話になりそうね。
そんなことを考えながら、重ねた食器を持ってキッチンに入ってくる結花。
「キャッ!」
足元に何かが触れた気がして、思わず手にした食器を落としそうになる。
見ると、足元に一匹のゴキブリがいた。
「ひっ!」
結花は思わず息をのむ。
黒く、油でも塗ったかのようなつやつやとした翅をもつ六本足の虫。
その長い触角がゆらゆらと揺れている。
「ひぃぃぃぃっ! あっちへ! あっちへ行って!」
結花はおぞましさに身震いしながら、なんとかどこかへ行ってくれないかと大声を上げて追い払おうとする。
できることなら誰かを呼んで退治してほしいけれど、残念ながら今は夫の博文も良樹も家にいない。
かといって、自分ではとてもじゃないけど退治するどころか触れることだってできそうにない。
どうしてこんな時にゴキブリが出てくるの?
いやぁぁ・・・
助けてぇ・・・
結花が恐怖に固まっているのを見透かしたかのように、ゴキブリは全く動こうとはしない。
ただその触角をゆらゆらと揺らしている。
えっ?
その触角の動きが、なぜか結花の目を引き付ける。
なぜか目をそらせなくなってしまったのだ。
どうして?
ゴキブリなんて見たくないのに・・・
どうして?
ゆらゆらと揺れる長い触角。
そのリズミカルな動きが結花の目をとらえて離さない。
ゆらゆらゆらゆら・・・
なんだかまた頭がぼうっとしてくる。
結花の目が虚ろになっていく。
頭の中に白く靄がかかってくるような感じ。
今何をしていたのか、これから何をしようとしていたのかも思いだせなくなってくる。
あ・・・れ・・・
わ・・・たし・・・は・・・
ど・・・う・・・して・・・
虚ろな目でゴキブリを見つめている結花。
頭がぼんやりして考えがまとまらない。
まるでなにか考えることを無理やり止めさせられてしまったかのようだ。
立ち尽くす結花がゴキブリを見つめている。
先ほどまでがくがくと震えていた手も、今は食器を持って固まったまま。
まるで意思を無くした人形のように見える。
ただ、その目はじっとゴキブリの触角を見つめていた。
しばらくして、ゴキブリは触角を揺らすのをやめる。
それと同時に結花の目が触角から解放される。
スッと顔を上げ、何事もなかったかのように手にした食器をシンクに運ぶ結花。
食器を洗わなくてはならない。
食器を洗って片付けてしまわなければ。
結花はいつも通りに皿に残ったトーストのパンくずを捨てようと思い、皿を傾けて床に撒き散らす。
いつもならパンくずなど、シンクの三角コーナーに入れるか、そのまま洗剤をつけて洗い流してしまうのだが、なぜか今日は床に撒いてしまったのだ。
まるでそれが当たり前のことであるかのよう。
そして、そのことに気が付いていないかのように、結花は皿を元に戻す。
彼女の足元には、先ほどから一匹のゴキブリがいる。
その長い触角がゆらゆらと揺れていた。
結花はゴキブリを見ても何の反応もしない。
彼女の中からは恐怖も嫌悪感も消えていた。
皿のパンくずを床に撒くことも、なにもおかしなこととは思わない。
彼らに食事を供するのは彼女の務め。
彼らを怖がったり、嫌ったりすることもあり得ない。
彼らがここにいるのは当たり前。
彼らはこの家に棲むものたち。
先に棲んでいるものたちなのだ。
新しくこの家に住む彼女は、彼らに礼を尽くさなくてはならない。
彼らこそ、この家を支配するものたちなのだから。
「どうぞお召し上がりください」
結花は抑揚の無い声でそう言って、二枚目の皿、良樹の食べ終わったトーストの皿からも、残ったパンくずを床に撒いていく。
指で払い落とすようにして綺麗にパンくずを落していく結花。
その様子をまるで見ているかのようにゴキブリはじっと動かない。
「はい・・・私は・・・私はこの家に新しく越してきたメスです・・・どうぞ・・・よろしくお願いします」
まるでゴキブリに語り掛けているかのような結花の言葉。
彼らに挨拶するのだ。
彼らとともに暮らしていくのだから。
何も考えないままに食器を洗って後片付けをする。
その間に、床に散らばったパンくずの周りには数匹のゴキブリが集まってきていた。
パンくずを食べに集まってきたのだろう。
結花はその光景に表情を変えることもなく、無言で水気を拭いた食器を食器棚へと戻していく。
一通り食器洗いを終えた結花は、そのままキッチンで立ち尽くす。
まるでなにか次の命令を待つロボットのようだ。
何かをするという意識が働かない。
頭がぼうっとして何も考えられないのだ。
ただ、“次の命令”を待っているのだ。
パンくずを食べていたゴキブリたちが結花の足元にやってくる。
そして、いっせいに触角を揺らし始める。
ゆらゆらゆらゆらゆらゆら・・・
規則正しく同じ方向に揺れていくゴキブリたちの触角。
結花の目がそれを追う。
無言で立ち尽くし、彼らの触角を見つめているのだ。
その目は先ほどと同様に虚ろで光がなかった。
やがて結花はキッチンを出る。
そのままリビングも抜け、階段を上がって寝室に行く。
眠らなくては・・・
なぜかわからないが眠らなければならない。
より深く・・・
より深く受け入れるのだ・・・
彼らを・・・
彼らをより深く・・・
寝室に戻ってきた結花は、そのままベッドに寝転がる。
目をつぶって寝ようとしたが、このままでは明るすぎることに気が付く。
なぜそう思ったのかわからないが、明るすぎるのだ。
結花は一度起き上がり、カーテンを閉める。
「これでいかがでしょう?」
誰にたずねるでもない結花の言葉。
だが、遮光カーテンとはいえ、外の明るさを消すことはできない。
ベッドの上ではダメ・・・
まだ明るすぎるし、開放的すぎる・・・
もっといいところは・・・
結花は床に這いつくばると、そのままベッドの下へと躰を押し込んでいく。
本来なら収納ボックスなどを置いているスペースなのだが、引っ越してきたばかりで、まだ収納ボックスを置いていなかったのだ。
ここなら・・・
ベッドの下に潜り込んだ結花は、そこが暗くてひんやりとしてとても居心地がいいことに気が付いた。
入るのにやや苦労するが、一度中に入ってしまうと少し余裕があり、躰を収めるのにちょうどよい。
ここならゆっくり眠れる。
それに・・・
ここならよいと彼らも感じている。
結花はホッとして、ベッドの下で躰を丸め、眠りにつく。
その周囲には、いつの間にか長い触角を揺らしたゴキブリたちが集まっていた。
******
「えっ? あら?」
結花は驚いた。
目が覚めたら、なんとも狭苦しい場所にいたのだ。
薄暗く、目の前にすぐ天井のような板がある。
一瞬ここがどこなのかさっぱりわからなかったが、どうやらベッドの下で寝ていたらしい。
「ええ? ど、どうして?」
とにかく外に出ようとベッドの下から這い出す結花。
なぜこんなところに潜り込んだのか、まったく覚えがない。
「どうして? どうして私ベッドの下になんか入っていたの?」
這い出してからも思わずベッドを見返してしまう。
寝るならベッドの上で寝るのが普通のはずなのに、ベッドの下に潜り込んでいたなんて・・・
「なんのにおいかしら・・・」
鼻ににおいを感じる。
服から漂ってくる臭いような妙なにおい。
もしかしたら汚れのにおいかもしれない。
幸い引っ越ししてきてすぐなので、床にホコリがたまっているようなことはなかったものの、以前の家で今までも使っていたベッドだから、裏側の汚れが服に付いてしまっている。
これのにおいだろうか・・・
それにちょっと何かべたつく感じもする。
ベッドの下になど潜り込んだから、クモの巣のようなものでも付いたのかもしれない。
もしかしたら髪の毛あたりにも付いているかも・・・
とりあえずシャワーを浴びなくては。
結花はシャワーを浴びて汚れを洗い流す。
それにしても、どうしてあんなところで寝ていたのだろう。
何度考えてみても不思議だ。
ベッドの下で寝るなんてありえないのに・・・
寝室に行ったことすらさっぱり覚えていないなんて・・・
「ふう・・・」
シャワーを浴びてすっきりしたらもうお昼。
気付けば午前中は寝て過ごしてしまったことになる。
引っ越しでまだ片付いていないものもあるし、洗濯は明日に回すことにしよう。
お昼を手軽にカップ麺で済ませ、洋服の整理だの段ボールの中身を出したりなどとしていると、早くも良樹が帰ってくる時間となる。
ちゃんと前の家に間違えて行ったり、道に迷ったりせずに帰ってこられたらしい。
よかったと思わず顔がほころんでしまう。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
玄関に出て良樹を出迎える結花。
またいつもの平日の夕方が始まるのだった。
良樹におやつを出し、夕食の支度を終えるともう外は暗い。
先に良樹には晩御飯を済まさせ、結花は夫の帰りを待つ。
晩御飯が終わった良樹は早々に二階の自分の部屋に行ってしまう。
できれば勉強でもしてほしいところだけど、おそらくゲームでもやっていることだろう。
まあ、タイミングを見計らって言い聞かせればいいのかもしれない。
引っ越しには良樹も結構大変だっただろうから。
「ただいまぁ」
しばらくすると夫の博文が帰宅する。
「お帰りなさい」
結花は玄関まで出迎え、夫のカバンを受け取ろうとする。
そのカバンと一緒に差し出される、ドラッグストアのレジ袋。
「ゴキブリ用の殺虫剤、忘れずに買ってきたよ」
博文がにこやかに微笑んでいる。
だが、結花はその言葉に、まるで鈍器で殴られたかのような衝撃を感じてしまう。
ゴキブリ用の殺虫剤。
それがなんだかとても汚らわしく恐ろしいものに感じたのだ。
どうしてなのか結花にもわからない。
ただ、むかむかするほどの嫌悪感を感じてしまうのだ。
「結花?」
「えっ?」
「どうしたんだい、ぼうっとして? もしかしてまた出たのかい?」
「あっ、いえ・・・」
慌てて首を振る結花。
確かに今日はゴキブリを見かけた記憶はない・・・
朝の件は結花の記憶からは消えていた。
それになぜかわからないが、もしゴキブリが出たとしても、夫にそのことを知らせようとは思わなかった。
彼らを駆除させたくはないのだ。
「そうか、それならいいんだけど、なんだったら、今から撒くかいそれ?」
背筋がぞっとする。
もしこんなものを撒かれたりしたら・・・
「いやっ!」
思わず受け取ったカバンとレジ袋を突き返してしまう結花。
「えっ?」
「あ・・・い、いいわ。あとで私が撒くから。今はキッチンに晩御飯の用意がしてあるし・・・そうだ、先にお風呂にどうぞ」
自分のしたことにハッとする結花。
驚いている博文から慌ててまたカバンとレジ袋を引き寄せる。
私・・・どうして?
買ってきてと頼んだのは自分だったような気もする・・・
だが、手にしているレジ袋の中身のゴキブリ用殺虫剤が、どうしてもいやでいやでたまらない。
吐き気がしそうなぐらいなのだ。
どうしてこんなものを博文さんは買ってきたのだろう。
すぐにでもどこか目につかないところに隠してしまわなくては・・・
夫が風呂に入っている間に、結花はゴキブリ用殺虫剤を戸棚の奥にしまい込む。
こんなもの・・・こんなもの・・・こんなもの・・・
中の物をかき分けて奥に押し込み、手前にも物を置いて隠してしまう。
二度と見たくない・・・
どうしてそんなふうに思うのかさっぱりわからないが、とにかくいやなものはいやなのだ。
とりあえずこうしておけば、博文さんにも良樹にも見つからないだろう。
ほとぼりが冷めたころに処分してしまえばいい。
こんなものを撒かれたら大変なことになってしまうわ。
夫に食事を出し、自分も食事を済ませると、結花の心も落ち着いてくる。
さっきのはいったい何だったのだろう・・・
だが、殺虫剤のことなどもう思い出したくもない。
ゴキブリたちのことは博文さんには知らせないようにしよう・・・
そうじゃないと別な駆除剤まで買ってきてしまうかもしれない。
せっかくのこの家が住みづらくなってしまうわ・・・
住みづらく・・・
殺虫剤を撒くと・・・ゴキブリが住みづらくなってしまう・・・
殺虫剤は撒く必要はない・・・
彼らにもこの家に住んでもらわねばならない・・・
彼らにも・・・
彼らはこの家に棲んでいるのだ。
駆除することなど考えてはいけない。
むしろ彼らこそ、この家に先に棲んでいるものたちなのだから、自分たちの方が新参者として受け入れてもらわねばいけない・・・
食事の後片付けをしにキッチンに入る結花。
その足元を黒い小さな影がよぎる。
「キャッ!」
一瞬驚くが、それがゴキブリだと気が付くと、結花の心がスッと落ち着く。
あら?
私・・・ゴキブリが怖くなくなっている?
ゴキブリを見ても恐怖や嫌悪感を感じなくなっていることに気が付く結花。
それどころか、なんとなくホッとしたような気持ちすら感じてくるのだ。
不思議・・・私・・・いったい?
なぜ感じなくなったのだろうという気はするが、別におかしいとは思わない。
むしろ今まで彼らを毛嫌いしていたことの方がおかしいのかもしれない。
これからは彼らと一緒に暮らすのだから。
それに・・・
こうしてよく見れば、黒褐色でつややかな翅は見ようによっては美しいと言えないこともないし、長くゆらゆらと揺れている触角は、何かを結花に語り掛けようとしているかのようにも見える。
「うふふ・・・あんまり驚かさないでくださいね」
結花はゴキブリに語り掛けるようにいうと、食器をシンクに持っていく。
「なんだい? また出たのかー?」
リビングから聞こえてくる博文の声。
「いいえ、なにも出てはいないわ。ちょっとお皿を落としそうになっただけ」
結花は自然とそう答えていた。
後片付けだのなんだかんだとやっていると、あっという間に時間が過ぎる。
夫の博文はもう寝室に行ってしまった。
明日の朝食の確認をして、結花も寝室へと向かう。
寝室に入ると、ベッドの博文さんは、どうやらもう夢の中。
私も寝なきゃ・・・
結花もパジャマに着替え、ベッドに入ろうとする。
ふとベッドの下の隙間に目が行ってしまう結花。
あ・・・
結花の心に奇妙な欲求が沸き起こる。
あそこに入りたい・・・
ベッドの下に入りたい・・・
闇に包まれた狭い空間。
ひんやりとした優しい空間。
ベッドの上に横になるなんていや。
ベッドの下に入りたい。
ベッドの下で眠りたい。
その思いがどんどんと膨らんでいく。
結花は思い切って床に這いつくばると、もぞもぞとベッドの下へと潜り込む。
ああ・・・
なんて狭くて気持ちがいいのだろう・・・
とても落ち着く気がするわ・・・
ああ・・・
最高・・・
おやすみなさい・・・
ベッドの下で躰を丸めて眠る結花。
その周囲にごそごそかさかさと動くものが現れる。
黒褐色の翅をつややかに輝かせ、長い触角をゆらゆらと揺らしている六本足の生き物たち。
それが次第に数を増し、ざわざわと結花の周りを取り囲む。
やがてゴキブリたちは、結花が目を覚まさないように気を付けながら、結花のパジャマに這い上っていく。
彼女の肌に直接触れぬよう、パジャマの上だけを歩き回るゴキブリたち。
そしてそこかしこに躰をこすりつけ、パジャマに何かを塗りつけていく。
カサカサ・・・カサカサ・・・
ゴキブリたちはしばらく動き回って、結花のパジャマにたっぷりと自分たちの痕跡を残すと、静かに闇の中へと消えていった。
(続く)
- 2020/07/17(金) 21:00:00|
- ゴキブリの棲む家
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