「ふたりはイヴィルシスターズ」も今回で最終回となります。
四日間のお付き合いありがとうございました。
邪悪と闇に染まった二人の晴れ姿をご覧くださいませ。
それではどうぞ。
「うにゅー・・・」
今朝もやっぱり机の上で突っ伏している茉莉。
いつもの時間よりも10分ほど早い時間だ。
「おはよー、茉莉。今朝はいつもより早いね。お腹は大丈夫?」
「お医者さん行ったの?」
登校してきた唯と希美が心配そうに茉莉のところにやってくる。
「あー・・・うん、平気」
気のない返事をする茉莉。
これまでなら二人と会話をするのは学校での楽しみだったのに、今は煩わしく感じてしまう。
「LINEも既読だったけど返事がなかったから心配したよ。入院しちゃうのかなとか」
「苦しくなかった? 今日はもう大丈夫なの?」
「大丈夫だから・・・もういいから」
うっとうしい・・・
なんでこの二人はそんなことをいつまでもうだうだと言ってるの?
人が苦しかろうが元気だろうがそんなことはどうでもいいことじゃない。
心配してやれば相手の苦しみが消えるとでもいうの?
相手の苦しみなど、見てあざ笑ってやればいいことじゃない。
ああ、いらいらする・・・
「茉莉、おはよ」
その声にホッとするものを感じる茉莉。
絵美が来てくれたのだ。
やっぱり彼女がいないと始まらない。
「おはよ、絵美」
にこやかな笑顔で絵美を見る茉莉。
「あ、ごめんなさい。棚本さん、与瀬場さん、茉莉に大事な話があるのでちょっと二人きりにしてもらっていい?」
鞄を置いて茉莉のところに近づいてくる絵美。
「えっ? 今私たちも話しているんだけど」
「二人きりにしてもらいたいんだけどいい?」
抗議する唯を冷たい目で一瞥する絵美。
その目にゾッとするものを感じ、唯と希美は思わずあとずさりして、茉莉から離れていく。
「ふう・・・ありがと絵美。なんかうっとうしかったんだ」
「ふふ・・・あの人たちはしょせん普通の人間ですもの。私たちとは違うわ。邪悪と闇の支配する世界なら生き残れないかもね。それにしても眠そうね?」
「だってぇ・・・絵美が朝早く学校に来てなんて言うから・・・ろくに寝てないんだってばぁ」
やっぱりぐてぇっと机に伸びてしまう茉莉。
「早くって言ったって10分ほどじゃない」
ぐたっとなっている茉莉に苦笑する絵美。
「朝の10分は一時間にも二時間にも感じるよぉ。私太陽嫌い。朝嫌い。夜のほうがいい。早く闇が世界を支配してくれればいいのに」
「そのためにも、デモンオー様の目障りなものを排除しなくちゃね。私、一つ排除したいものを見つけたの。どう? 一緒に」
「えっ? もちろんやるやる。いつやるの? お昼? 放課後?」
絵美の提案に一も二もなく乗ってくる茉莉。
なんだかまた破壊を楽しめるなんて嬉しくなってくる。
「まあ、茉莉ったらそんなに勉強がしたかったの? このあとくだらない授業をおとなしく受けるつもり?」
「えっ? あはは、そうだよねー。ということは今から?」
「もちろん。そのために朝10分早く来てもらったんだもん」
にこっと微笑む絵美。
「なんだぁ。それならそう言ってくれていればウキウキ気分で学校に来たのにさ」
茉莉も思わず笑顔になる。
「でも、どうするの? 私たちまだイヴィルシスターズじゃないよ」
「それは鷹紀先生のところに行ってみましょ。たぶん居場所を知っているはずよ、ワルピーの」
「そっか。そうだよね。由華先生もうあいつのしもべだもんね」
絵美の言うとおり、由華先生ならたぶんワルピーの居場所を知っているだろう。
「今の時間なら先生は職員室にいると思うの。行ってみましょ」
「うん」
さっきまでの眠気はどこへやらという感じで立ち上がる茉莉。
二人はそのまま友人たちの目をよそに始業前の教室を後にした。
「失礼します」
「失礼します」
二人が職員室にやってくる。
すでに教師たちは授業の準備を進めており、朝特有のあわただしさが職員室を包んでいた。
「鷹紀先生、よろしいですか?」
「あら、おはよう。二人ともどうしたの?」
こんな時間帯に二人の生徒がやってきたことにちょっと驚く由華。
「実はちょっとお願いがありまして。できれば三人でお話ししたいんですけど」
絵美が笑顔を見せながらも、鋭い視線を由華にむける。
「そう・・・それじゃちょっと出ましょうか」
由華は席を立って二人を連れて廊下に出る。
すでに朝のホームルームの時間が迫っており、廊下にはもう生徒たちの姿はない。
「いったい何の用なの?」
腕組みをして二人を見つめる由華。
「単刀直入に言います。ワルピーに会わせてください」
「ワルピー様に?」
絵美の言葉に驚く由華。
だが、二人はこくんとうなずく。
「いったいどうして? あなたたちの方からワルピー様に会いたいだなんて・・・」
「先生、私たちわかったんです。邪悪と闇に支配される世界の素晴らしさが。デモンオー様にお仕えする喜びが」
「デモンオー様の目障りなものを排除する楽しさが。イヴィルシスターズであることの嬉しさが」
絵美と茉莉がそれぞれ自分の思いを言葉にする。
「そう・・・そういうこと。ふふ・・・二人ともいい表情をしているわ。わかったわ、いらっしゃい。と、その前に・・・」
由華が職員室をのぞき込む。
「森川(もりかわ)先生、この二人が大事な話があるそうなので、すみませんが5組のホームルームをお願いできませんか?」
「あ、はい、いいですよー」
職員室で若い眼鏡の女性教師がOKする。
「これでいいわ。さ、行きましょ」
「「はい」」
女性教師と二人の女子生徒はそのまま連れ立って職員室を後にした。
「やっぱりここですか」
絵美たち三人の前には、校舎のはずれにある普段使われていない倉庫があった。
「ええ。たまたま私がこの中にしまってあったものを取りに来た時にワルピー様とお会いしたの。そして心を邪悪と闇に染めていただいたわ。おかげで生まれ変わったような気持ちになれたの。あなたたちもそうでしょ?」
「ええ」
「はい」
絵美と茉莉が顔を見合わせてうなずく。
もう迷いはない。
二人でデモンオー様のしもべとして生きるのだ。
デモンオー様のために。
倉庫の扉が重々しい音を立てて開かれる。
中は漆黒の闇。
外からの朝の光も差し込まない。
そのことで絵美はこの中が普通ではないことに気が付いたんだよね。
あの時のことを思い出す茉莉。
つい先日のことなのに、なんだか遠い昔のように感じる。
あの時はまだお互いただのクラスメイトというだけだった。
でも今は・・・
一番大事なパートナーだ。
おそらくそれは絵美も同じはず。
そのことを疑ってはいない。
倉庫の中に入っていく由華。
そのあとに続こうとする茉莉。
その手がすっと握られる。
「一緒に」
絵美が手を握ってくれたのだ。
「うん。一緒に」
茉莉もその手を握り返す。
二人はともに倉庫の闇の中へと入っていった。
闇・・・
漆黒の闇・・・
先に入った先生がどうなったのか見えもしない。
隣にいる絵美の姿もかすんで見える。
でも、そこにいることは握り合った手を通してわかる。
それが茉莉には嬉しい。
「ワルピー様・・・ワルピー様」
由華がワルピーを呼んでいる。
「ワルピー、いるんでしょ? 出てきて」
「ワルピー、お願い。出てきてちょうだい」
茉莉と絵美も同じようにワルピーを呼ぶ。
「むぅ・・・われを呼び出すとは何事だピー」
闇の中に黄色の目が現れ、続いて姿が見えてくる。
不思議なことだが、さっきまで見えなかったはずの由華の姿や、隣にいる絵美の姿も見えてくる。
どういうことなのかよくわからないが、そういうものなのだろう。
「おやすみのところ申し訳ありません、ワルピー様。二人がワルピー様にお会いしたいと申しまして」
すっと片膝をついて臣下の礼をとる由華。
彼女はもう身も心もワルピーのしもべなのだ。
「なんと、お前たちの方から来るとはどういうことだピー?」
「お願いがあるの、ワルピー」
「お願いだピー?」
絵美の言うお願いがどういうことなのか困惑するワルピー。
「私たちにイヴィルキーを貸してほしいの」
「な、なんだとピー?」
ワルピーの黄色い目が大きく見開かれる。
「そんなことができるものかピー! これはデモンオー様に預かった大事な鍵だピー」
「そんなこと言わずに貸して。お願いだから。必ず返すから」
「私たちを信じて。必ず返すから」
茉莉も絵美も心の底からお願いする。
「むう・・・イヴィルキーをどうするつもりだピー?」
「そんなの決まってる。イヴィルキーに私たちをイヴィルシスターズにしてもらうの」
「私たち、自分の意志でイヴィルシスターズになりたいの。あなたにしてもらうんじゃなく」
絵美も茉莉も自分自身でイヴィルシスターズになりたかったのだ。
「むう・・・由華はどう思うピー?」
「はい。私は二人が自らイヴィルシスターズになりたいというのは本心かと思います、ワルピー様」
片膝をついたまま由華が答える。
「由華がそういうなら渡してみるピー」
ワルピーがそういうと、絵美と茉莉の目の前に黒い鍵が現れる。
「イヴィルキーだピー。受け取るピー」
「ありがとうワルピー」
「ありがとう」
二人の顔がぱあっと明るくなり、礼を言って鍵を手にする。
途端に闇の力のようなものが手を通って伝わってくる。
「これが・・・」
「これがイヴィルキー・・・」
それはまさに邪悪と闇の鍵だった。
「素敵・・・なんだか持っているだけでデモンオー様と一緒にいるような気がする・・・」
「うん。なんだかとても力強い」
うっとりと黒い鍵を見つめる二人。
だが、茉莉がハッとしたように絵美を見る。
「ところでこれ、どうやって使うの? 自分の胸にさすの?」
「うふふ・・・こうしましょ」
絵美がほほ笑みながら茉莉の手に自分の鍵を渡し、茉莉の鍵をそっと受け取る。
そして茉莉の胸に鍵の先端を向けた。
「あ、なるほど」
茉莉もすぐに理解して、自分の受け取った鍵の先端を絵美の胸へと向ける。
すると、二人とも自分が口にするべき言葉が不意に浮かんできたことに気が付いた。
これもイヴィルキーの力なのかもしれない。
「「イヴィルキーよ! 私たちの心に邪悪と闇を注ぎ込みたまえ!」」
二人がそう口にした瞬間、それぞれの持つ鍵から黒い筋が相手の胸に伸び、そこに黒い鍵穴を作り出す。
それを見て二人はゆっくりと近づき、お互いの胸の鍵穴へ鍵を差し込んでいく。
「「オープンロック!」」
お互いの胸にさした鍵を回し心の錠を解除する。
カチッという音とともに二人の胸に黒く丸い穴が開く。
「「ダークネスイン!」」
足元から轟音とともに闇が湧き起こり、二人の胸に吸い込まれていく。
「あああ・・・闇が・・・闇が躰に満ちていく・・・」
「あああ・・・なんて気持ちいいの・・・」
やがて躰に入りきらない闇が二人の躰を覆いつくし、黒い球体を形作る。
そしてその闇の球体が消え去ると、二人の姿は赤と黒の魔女に変化していた。
「赤の邪悪! イヴィルマリィ!」
「黒の邪悪! イヴィルエミィ!」
「「ふたりはイヴィルシスターズ!!」」
「世界を邪悪と闇に染めるため!」
「デモンオー様の目障りなものは!」
「「私たちが排除します!!」」
イヴィルマリィが力強くポーズをとる。
イヴィルエミィはしなやかに柔らかくポーズをとる。
そして背中合わせになり、二人でファイティングポーズをとるまでがすべて組み込まれた動きになっている。
これもイヴィルキーの力なのだろう。
なので、ここまで終わってようやく二人は自由に動けるようになる。
「ああ・・・すごい・・・躰中に邪悪と闇が満ちている」
「うん。すごく気持ちいい」
自分の躰を抱きしめるようにかき抱くイヴィルエミィと、うっとりと自分の躰を見下ろしているイヴィルマリィ。
二人はあらためてイヴィルシスターズとしての力を感じていた。
「なんだか・・・これこそが本当の私っていう感じがする」
「ええ・・・嘘偽りのない邪悪で闇に満ち満ちた私」
「ふふふふふ・・・」
「うふふふふ・・・」
赤と黒の魔女たちが楽しそうに笑っていた。
「おお! 本当に自分たちだけでイヴィルシスターズに変身したピー!」
目の前に現れた二人の姿にワルピーも思わず驚く。
「これで二人もデモンオー様のしもべですわね」
由華も二人の変化を喜んでいた。
自分と同じ邪悪と闇のしもべが増えたのだ。
なんと素晴らしいことだろう。
「それで? 今日は何を排除するの?」
「うふふ・・・それはね」
イヴィルエミィがすっと手をかざす。
もう彼女は自分がどういう力を使えるかを理解していた。
それはすでに彼女がもう以前の彼女ではなくなってしまったことを意味していたが、むしろそのことが彼女には喜ばしかった。
イヴィルエミィが手をかざした先には外の空間が映し出されていた。
そこには一つの建物が映っている。
それはイヴィルマリィにはあんまり見覚えはなかったが、イヴィルエミィにとってはとてもよく見知った建物であった。
「これは?」
「この街の図書館よ」
「図書館? なんでぇ?」
少し拍子抜けするイヴィルマリィ。
きっと軍事基地とか政治庁舎とかそういうものかと思っていたのだ。
「本は人間にいろいろな知識を与えてくれるわ。そしてそれだけじゃなく、愛や勇気や感動といったものも与えてくれるの。でも、それってすべてデモンオー様の目障りなものばかりだと思わない?」
「あ・・・確かにそうだ」
普段はあまり本を読まないイヴィルマリィでも、イヴィルエミィの言葉には納得できるものがある。
「それにね・・・」
少し言葉を区切るイヴィルエミィ。
彼女の手が黒いボンデージ衣装に包まれた胸の上に置かれる。
「あそこは以前の私が・・・夢だの愛だのそういうくだらないものにうつつを抜かしていた愚かだったころの私がよく利用していたところなの。私は・・・そういう以前の愚かだった私を消し去りたい!」
キッと表情を引き締めるイヴィルエミィ。
「イヴィルエミィ・・・」
思わずその横顔に引き込まれてしまうイヴィルマリィ。
「だからね、排除したいの。手伝ってくれる?」
「もちろん。私たちはイヴィルシスターズ。二人で一つでしょ」
自分の方を向いてそう尋ねてくるイヴィルエミィに大きくうなずくイヴィルマリィ。
それに応えるように、イヴィルエミィもうなずいた。
「それじゃ行ってくるわ。イヴィルキーは戻ってきたらちゃんと返しますから」
「持ち逃げしたりしないから安心して」
「そんなことは心配してないピー! さっさとデモンオー様の目障りなものを排除してくるピー!」
振り向いて笑顔を見せてくる二人をそう言って送り出すワルピー。
すぐに二人の姿は闇の中から消えていった。
図書館上空に表れる黒い球体。
二人はもう闇を使っての空間移動ができるのだ。
手に手を取って球体から飛び出していく赤と黒の稲妻。
それが図書館めがけて襲い掛かる。
「あは・・・あは・・・あはははは」
「うふふふ・・・あははは」
楽しい。
気持ちいい。
殴るたび、蹴るたびに壁が崩れ建物が崩れていく。
瓦礫の下敷きになって悲鳴を上げる人たち。
それが心地よい音楽にすら聞こえてくる。
逃げ惑う人を鞭でからめとってたたきつける。
血しぶきが飛び散ってとてもきれい。
なんて楽しいんだろう。
二人は思う存分暴れまわる。
さほど時間を経ずに、図書館もまた崩れ去った。
「あははは・・・あーあ、楽しかったぁ」
「うふふふ・・・ほんと、すっきりした」
まるで何かのゲームでもしてきたかのような楽しそうな表情の二人が、闇の中に帰ってくる。
「むぅ・・・その様子だと充分楽しんできたようだなピー」
闇の中で黄色い目を輝かせ、二人を迎えるワルピー。
どうやら由華は校舎の方に戻したらしく、今はワルピー一人のようだ。
「うん。楽しかった」
「ええ、とっても。なんだかこれで心からイヴィルエミィになれたような気がするわ」
イヴィルエミィが先ほどと同じように胸に手を当てるが、その思いは全く違っているようだ。
「それはよかったピー」
二人の様子にワルピーも笑みが浮かぶ。
どうやら二人は完全に邪悪と闇に染まったようだ。
「そうそう。イヴィルキーを返さなくちゃね」
イヴィルエミィが自分の躰に吸い込まれていたイヴィルキーを取り出そうとする。
このイヴィルキーを取り外すことで、変身が解除されるのだ。
もっとも、もはやイヴィルキーを取り出して変身を解除したところで、染まってしまった彼女たちの心が元に戻ることはない。
もちろん戻ることを望みもしないだろう。
二人が変身を解除しようとしたとき、突然一陣の黒い風が吹く。
「えっ?」
「風?」
思わず驚く二人。
外の世界と隔絶しているはずのこの闇の中に風が吹くなんて・・・
どういうこと?
『その必要はない』
闇の中に重々しい声が響く。
「こ、この声はデモンオー様のお声だピー」
聞き覚えのある威厳に満ちた声にワルピーが恐れおののく。
「えっ?」
「デモンオー様の声?」
ハッとして顔を見合わせるイヴィルマリィとイヴィルエミィ。
すぐに二人は片膝をついて頭を下げ、臣下の礼をとる。
『イヴィルシスターズよ。そなたたちの誕生、喜ばしく思うぞ』
腹の底から響くような重い声が闇に伝わってくる。
聞く者が聞けば、それは恐ろしさを感じさせるものであったろう。
だが、二人にとってはそれは慈父の声を思わせるものであり、その声を聞くことができたことが心から嬉しかった。
「デモンオー様・・・」
「あ、ありがとうございます」
恐れ多くて顔を上げることもできない。
だが、二人の誕生を喜んでもらえたなんて、なんと嬉しいことなのだろう。
『イヴィルキーはそなたたち二人で持つがいい。いつでもイヴィルシスターズに変身し、余のために尽くすのだ』
「は、はい。喜んで」
「私たちはデモンオー様のためなら何でもします」
それは嘘偽りのない言葉。
デモンオー様のお声を聴いた瞬間から、二人はもうデモンオー様に心からお仕えすること以外は考えられなくなっていた。
デモンオー様の意に従い、デモンオー様のために、デモンオー様の望むことをする。
それこそが彼女たちの喜びとなっていたのだ。
『うむ。そなたたちの誕生に対し、余からのプレゼントをやろう。闇の力を受け取るのだ。さあ、立つが良い』
「「はい。デモンオー様」」
すっくと立ちあがる二人。
顔を上げると、闇の中に巨大な力の塊のようなものが見える。
あれがデモンオー様のお姿なのだろう。
私たちのためにそのお姿を見せてくれたのだと思うと、イヴィルマリィもイヴィルエミィも心が喜びに震えてくる。
『ふんっ!』
その力の塊から一筋の闇が飛び出し、二人に突き刺さる。
「きゃあああああ」
「ああああああ」
二人の全身を強烈な衝撃が襲い、二人は思わず悲鳴を上げてしまう。
はじかれるように飛ばされた二人は倒れこんでしまい、しばらく起き上がることができない。
「あう・・・」
「うう・・・」
ようやくその衝撃が薄れてくると、二人はなんとか立ち上がる。
「えっ?」
「ええっ?」
立ち上がった二人は、自分たちの衣装が変化していることに気が付いた。
以前とほぼ同じではあるものの、二人の躰を覆うつややかなエナメルボンデージには金属製の鋲がいくつか打ち込まれ、より凶悪さと力強さを見せている。
膝上までのロングブーツも編み上げタイプとなっており、さらにブーツとレオタードの股間との間の太ももも以前はむき出しだったものが、二人ともが黒い網タイツに覆われて、より淫靡さを増していた。
それと同時に二人は自分たちの中に強い力を感じていた。
より強い邪悪と闇の力。
それが自分たちに宿ったのだ。
『クククク・・・これでより一層わがしもべにふさわしい姿になった。お前たちの持つその力、余のために存分に振るうがいい』
「ハッ、デモンオー様」
「私たちに何なりとお命じください」
「「私たちイヴィルシスターズは、デモンオー様に心から永遠の忠誠をお誓いいたします!」」
再びすっと片膝をつき忠誠の言葉を述べる。
二人の邪悪と闇の魔女が完成した瞬間だった。
『うむ、二人とも期待しておるぞ。だが油断はならん。どうやらお前たちが邪悪と闇に染まったことで、“正しい心と力を持つ者”が新たに生み出された気配を感じる』
「えっ?」
「そんな・・・」
思わず顔を見合わせるイヴィルマリィとイヴィルエミィ。
デモンオー様に歯向かう存在が生まれたというの?
『いずれそのものは余の前に立ちはだかってくるはず。その前にできるだけ世界を邪悪と闇に染め、“正しい心と力を持つ者”を孤立させるのだ。よいな』
「はい。仰せのままに」
「私たちイヴィルシスターズにお任せください。“正しい心と力を持つ者”になど邪魔はさせません!」
力強く顔を上げる二人。
「私は赤の邪悪! イヴィルマリィ!」
「私は黒の邪悪! イヴィルエミィ!」
「「ふたりはイヴィルシスターズ! どうか私たちにお任せを!」」
『うむ、頼んだぞ』
すうっと強大な力の気配が消えていく。
だが、二人はしばらくその消え去った方を崇拝の目で見つめていた。
******
「ふあーー・・・眠ぅ・・・太陽の奴ー、忌々しい」
翌朝、今日も大きなあくびをしながら学校へ向かう茉莉。
あのあと少しワルピーや絵美と相談し、しばらくはこれまで通りの紅倉茉莉、黒坂絵美のふりをして日常を過ごし、じょじょにデモンオー様の目障りなものを排除して邪悪と闇を広げていこうということにしたのだ。
そのため、行きたくはないが学校へも行かなければならない。
突然学校に行かなくなれば、人目を引いたり怪しまれてしまうだろうからだ。
それでもやはり今の二人にとっては夜の方が躰に合うのは間違いなく、昨晩も二人は公園でおしゃべりを楽しんだ。
これから何を排除していこうか。
人々をどんなふうにいたぶっていったら面白いか。
そんなことを話していると楽しくて、明け方近くまで話し込んでしまったのだ。
朝、布団の中にいないと怪しまれると思い、仕方なく家に戻って布団にもぐりこんだものの、今朝は母親の機嫌が良かったのか悪かったのか、いつもと同じ時間にたたき起こされてしまったのだった。
「おはよう、茉莉」
絵美が茉莉を見かけて声をかけてくる。
あの日学校に行く途中でぶつかったこともあり、実は二人とも似たような時間に通学していたことに気づいて、途中で待ち合わせることにしたのである。
あれからもうかなりの時間が経ったように感じるが、実際には数日しか経っていない。
その数日の間に二人は今までとは全く違う存在に変わってしまった。
それが二人はとても嬉しい。
二人は選ばれたのだ。
偉大なる邪悪と闇の支配者デモンオー様に。
「今朝もだいぶ眠そうね」
「うん、眠い。でも、それ以上に太陽が憎い! それと今日はお母さんも憎い!」
「お母さんも?」
太陽とお母さんが同列とはと絵美が苦笑する。
「うん。いつもなら遅刻しようが構わずにほっとくくせに、今日はたたき起こされた」
口をとがらせて不満げにいう茉莉。
「あら? 茉莉はまだ家族を支配してないの?」
「えっ? 支配?」
「うん。私はもうママもパパも支配しちゃったから、二人とももう私の言いなりの奴隷よ」
さらっと奴隷などと言う言葉を口にする絵美。
「うそ? そんなの知らないよぉ? どうやってやるの?」
「ほらぁ、私たちも最初のころワルピーに支配されたじゃない。あの要領よ」
「えー? そんなこと言われても・・・わかんないよ。教えてぇ」
支配されたことははっきり覚えているものの、やり方などわかるはずもない。
絵美は頭もいいから、きっとすぐに邪悪と闇の力を使いこなしているんだろう。
「もう・・・じゃ、ちょっと見てて」
絵美が困ったものだという顔をしながらも、教えを請われてまんざらでもないようだ。
「あの、ちょっとすみません」
「はい?」
通りを歩く通勤途中のサラリーマンに絵美は声をかけ、サラリーマンが立ち止まる。
おそらく会社に行くのに集中して、普通なら声をかけたところで足を止めることもなかっただろうが、かわいらしい女子生徒に声をかけられたとなれば話は別なのだろう。
「うふふ・・・」
その瞬間、眼鏡の奥の絵美の目が赤く輝き、男の目と視線が合う。
「あ・・・」
男の目がうつろになり、どこか遠くを見るような表情になる。
「うふふ・・・お前はもう私の言いなり。さあ、周囲を見なさい。獲物がたっぷりとうろついているわ。お前は野獣。周りは全て獲物ばかり。行くのよ。男は殺し、女は犯す。さあ、楽しんでらっしゃい」
「う・・・う・・・うおーーー!」
「うわー!」
「きゃぁーっ!」
男は鞄を放り出して周囲の人たちに襲い掛かる。
人々の悲鳴が交錯し、あっという間に一帯は喧騒の渦に巻き込まれた。
「うふふ・・・どう? あんな感じよ。相手の目を見て念を送るの。慣れれば簡単になると思うわ」
喧騒をよそに茉莉を連れて再び学校へ向かう絵美。
「へー、すごい。絵美すごいよ」
絵美と一緒に歩きだしながら、茉莉は思わず感心してしまう。
慣れればということは、すでに絵美はもう何人かにかけているのだろう。
私も練習してみよう。
誰がいいかな・・・
まずはお兄ちゃんで練習かな?
お母さんは確実に支配して、いつでも私の好きなものを食べられるようにしなきゃ。
お父さんとお兄ちゃんはどうでもいいや。
とりあえず突然いなくなったら変に思われるから生かしておくけど、家の隅っこでおとなしくしているようにさせようか。
うふふ・・・楽しみぃ。
茉莉は家族を支配することを思い描く。
「ねえ、茉莉」
ふと絵美が足を止める。
「え、何?」
つられて茉莉も足を止める。
「ちょっといい?」
茉莉の顔を覗き込むようにする絵美に、茉莉はつい彼女の顔を見る。
絵美の眼鏡の奥の目と、茉莉の目がふと合った。
その瞬間、頭に何かが触ったような気がして思わず手で振り払う茉莉。
「えっ? 何?」
「ああ・・・やっぱりダメね。うふふ・・・」
絵美がちょっと残念そうに微笑む。
「えっ? ダメって何が?」
「ちょっと茉莉を支配してみようと思ったの。でもダメだった。たぶん私たちはもう普通の人間じゃないから、無意識で防御しちゃっているんだと思う」
「そうなんだ・・・って、絵美! あなた私を支配してどうするつもりだったの?」
絵美を説明を聞いて感心したものの、支配されるところだったことを思い出す茉莉。
「えっ? いやぁ、何でもない・・・」
「何でもないわけないでしょ! 何をするつもりだったのか言いなさい!」
「あ、わ、わかりました。言います言いますぅ。ちょっとこっちに来て」
茉莉の迫力に押されたのか、絵美が茉莉の袖を引っ張って物陰に誘い込む。
そしてあたりに人目がないのを確認すると、そっと茉莉の顔を引き寄せてキスをした。
「な・・・な、な、な、なーー!」
たちまち慌てふためく茉莉。
「もう・・・ほんとは茉莉を支配して、茉莉の方からキスしてもらうつもりだったのにぃ」
茉莉の唇の感触を確認するかのように唇に指をあてる絵美。
「え、絵美ぃ! あなたねぇ!」
「きゃー! ごめーーん!」
慌てて茉莉から逃げ出す絵美。
「待てぇーー!」
茉莉も逃げ出した絵美を追う。
二人の足の速さの違いかすぐに絵美は茉莉に追いつかれ、捕まえられてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「捕まえた。もう離さない」
絵美を背後からギュッと抱きしめる茉莉。
「茉莉・・・?」
「もう・・・絵美ったら・・・キスぐらい言ってくれたらいつでもするのに・・・」
「茉莉・・・」
「好きよ・・・絵美・・・大好き」
「私もよ、茉莉。大好き」
後ろから抱き着かれたまま、絵美も茉莉に応える。
「もう支配はやめてよね」
「うん。もうしないわ」
「さ、学校行こ」
茉莉が絵美を開放し、二人は手をつないで学校へと歩き出す。
「ねえ、茉莉」
「なぁに、絵美」
「この平和で穏やかな世界が、邪悪と闇に飲み込まれると思うと、わくわくしてこない」
冷たく邪悪な笑みを浮かべる絵美。
「うん。すごく楽しみでわくわくする」
同じように茉莉も冷たい笑みを浮かべる。
「さあ、始めましょう。私たちの宴を」
「うん、始めよう。デモンオー様のために」
「「私たちはイヴィルシスターズ」」
二人の邪悪と闇に染まった少女たちは、手をぎゅっと握りあってデモンオー様の支配するであろう未来へと歩いていく。
それを・・・じっと見つめる目があった・・・
END
茉莉と絵美の二人の物語はここでおしまいです。
最後までお付き合いいただきましてありがとうございました。
このあと二人は邪悪と闇の魔女として、これから現れるであろう“正しい心と力を持つ者”と死闘を繰り広げることになるのでしょうが、それはまた別の話。
この作品を書いている二週間ほどの間、本当に楽しく過ごすことができました。
毎日二人のことを書いてて、とてもいい時間を過ごすことができました。
作者としても作品に感謝感謝です。
ありがとうございました。
- 2018/11/18(日) 20:00:00|
- ふたりはイヴィルシスターズ
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| コメント:8
ふたりはイヴィルシスターズも今日で三日目です。
二人も順調に染まってきているようですが、まだもがいてきますので、そのあたりをお楽しみいただければと思います。
それではどうぞ。
「うああ・・・眠いー」
ぐったりと机に突っ伏する茉莉。
今日は遅刻せずに済んだものの、母にいつものように放っておかれていたらどうだったかわからない。
「おはよー。眠そうねー」
大きなあくびをしているところに唯がやってくる。
ポニーテールの髪型で明るい性格のいい娘だ。
「おはよー。眠いよー」
ぐてぇっと両手を伸ばして机に躰を預けながら顔だけで唯を見る茉莉。
「夜更かししたんでしょ?」
「うん・・・明け方まで起きてた。なんか夜になると目が冴えてさぁ・・・あーあ、太陽なんかなければいいのに・・・」
教室の外から差し込む朝の陽ざしについ恨みがましい目を向けてしまう。
デモンオー様の支配する邪悪と闇の世界ならこんな忌々しい朝日など存在しないのに・・・
デモンオー様の支配する邪悪と闇の世界なら・・・
「うんうん、わかるぅ。朝は一分でも長く寝ていたいよねー」
「おはよー、茉莉、唯」
二人の姿を見かけて希美も声をかけてくる。
こちらはショートボブの黒髪の優しい娘だ。
「おはよー」
やっぱり机の上で小さく手を振る茉莉。
その目が主のいない一つの席に止まる。
黒坂さん・・・今日は来てない・・・
まだ始業には少しあるとはいえ、いつもならとっくに来ている時間のはず。
明日学校で会おうと言って別れたのに・・・
何かあったのだろうか?
まさか・・・ワルピーが?
「お、おはようございます」
その時息を切らせて教室に絵美が入ってくる。
どうやら走ってきたらしい。
絵美が来たことでホッとする茉莉。
どうやらちょっと遅れただけだったようだ。
「おはよう黒坂さん」
「おはよう紅倉さん」
自分の席に向かう絵美に茉莉は声をかける。
はあはあと肩で息をしていたものの、昨日と全く同じような笑みを向けてくれたことに茉莉は嬉しくなった。
席に着いた絵美は鞄を脇にかけると茉莉と同じようにぐたーっと机に突っ伏する。
「黒坂さん」
いきなり突っ伏した絵美に驚く茉莉。
気が付くと茉莉は席を立っていた。
「えっ?」
「何?」
突然立ち上がった茉莉に唯と希美が困惑するのも構わずに、茉莉は絵美のところに行く。
「黒坂さん、どうしたの? 大丈夫?」
「あ、紅倉さん。ごめんなさい、大丈夫。あまりにも眠くて・・・ふあーー」
大きなあくびをする絵美に茉莉はホッとする。
何か具合でも悪くなったのかと思ったのだ。
「あはは・・・私も眠い」
「結局あれからほとんど寝ていなくて・・・」
絵美も眠そうな顔をしつつ笑顔を見せる。
「だよねぇ。なんか夜目が冴えちゃって」
「私も。今朝ほど太陽が憎いって思ったことはないわ」
「うん。デモンオー様の支配する邪悪と闇の世界なら太陽なんて存在しないのに・・・」
「ほんと、デモンオー様の支配する世界なら・・・」
二人は窓の外をにらみつける。
太陽なんてなくなってしまえ。
「あ、それはそうと、今日はできるだけ誰か別の人といるほうがいいわ。私たちが二人一緒にならない方がいいかも」
「そっか。いつあのワルピーが来るかわからないもんね。昨日も一昨日も学校でだったし」
絵美と別行動ということに茉莉はすごく残念に思ってしまうが、これも仕方がないかもしれない。
絵美も茉莉と別行動をしようと自分で言い出したものの、離れるのはつらく感じていた。
「とにかく、鷹紀先生とは一対一にならないようにしましょ」
「そうだね。まさか由華先生もだなんて・・・」
「何とか元に戻せるといいんだけど・・・」
「どうしたらいいんだろう・・・」
二人がどうしたものかと悩んでいると、チャイムが鳴り当の本人が教室に入ってくる。
「はい、席について。ホームルーム始めるわよ」
そういって由華は二人の方をちらっと見、微かに笑みを浮かべたのだった。
とりあえず午前中の授業は無事に済んだ。
うつらうつらしてしまって授業を聞いていなかった気もするが、まあ、何とかなるだろう。
試験の時はまた唯や希美と勉強会をすればいいと茉莉は思う。
そうだ・・・今度は黒坂さんも誘ってみよう。
黒坂さんは勉強得意そうだから、きっといろいろと教えてもらえるはず。
そんなことを思う茉莉。
休み時間もトイレに行ったり教室を出たりするなどして、何とか絵美と別々になるように行動した。
そのおかげかワルピーにも由華先生にも目を付けられずに済んでいるようだ。
あとは、お昼休みをどうするか。
お弁当は唯や希美と一緒に食べるとして、眠気マックスのこの状態を何とかしないと午後の授業は爆睡間違いなしである。
せめてどこかで仮眠をしたいけど・・・
そんなことを思いながら茉莉は鞄からお弁当を取り出して唯や希美のところに行く。
どこかいいところないかなぁ・・・
「あれ?」
見ると絵美がお弁当を持って教室を出ていくところだった。
どこか別のところで食べるのだろうか?
そういえばいつも彼女がどこでお弁当を食べているのか気にしたことはなかった。
今度は一緒に食べられるといいな・・・
デモンオー様が支配した世界なら一緒に食べられるかな・・・
早くそうなると・・・
そこまで考えてハッとする茉莉。
思わずぶんぶんと首を振る。
「茉莉?」
「どうかした?」
唯と希美が突然首を振った茉莉にきょとんとしている。
「あ、ううん。何でもない」
手を振ってごまかす茉莉。
私なんであんなことを・・・
そういえば朝も私・・・
・・・もしかして私・・・だんだん心が邪悪と闇に染まってきているのだろうか・・・
お弁当が味気ない。
私はなんでこんなところにいるのだろう・・・
私はなんでこの人たちと一緒にいるのだろう・・・
私はなんで紅倉さんと一緒にいないのだろう・・・
私はなんで・・・
いつもの図書館メンバーとのお昼。
今までならこんなに心がささくれ立つような気分になることはなかった。
三階の図書準備室に集まり、そこでお昼を食べながら本の話をする。
食べ終わったらそのまま隣の図書館で本を読む。
これがこれまでの絵美のお昼であり、楽しい時間のはずだった。
だけど、なぜか今日は心がささくれ立つ。
きゃいきゃいと囀りあう女子生徒たちの声がうるさくて仕方がない。
本なんて読んで何になるというのか・・・
本なんてしょせん空想の産物・・・
邪悪と闇の世界では何の役にも立たないもの・・・
デモンオー様の支配する邪悪と闇の世界ではなにも・・・
「ご馳走様」
お弁当を食べ終えた絵美はそそくさとその場を後にする。
何人かに声をかけられたような気もしたがどうでもいい。
どうせ彼女たちはただの人間。
デモンオー様の支配する邪悪と闇の世界では生き延びることすらできるかどうか怪しいもの。
デモンオー様の支配する世界・・・
デモンオー様・・・
「えっ?」
私は何を考えていたの?
絵美がふと今自分が何を考えていたのかを意識してぞっとする。
デモンオー様って・・・
私は今デモンオー様って・・・
私・・・
私・・・
教室に戻ってきて、鞄に空になった弁当箱をしまう。
見ると、茉莉が唯や希美たちと楽しそうにしている光景が目に入る。
あ・・・
なんだろう・・・
心がもやもやする。
あそこにいるのは私のはずなのに・・・
紅倉さんと一緒にいるのは私のはずなのに・・・
どうして私はあそこにいないのか?
どうして紅倉さんが他の女子たちと楽しそうにしているのか・・・
「また・・・」
自分の心に気が付いて愕然とする絵美。
私はどうしてしまったの?
いったい何がどうなって・・・
絵美は思わず教室を出る。
なんだか今日は自分が自分でないみたいだ。
きっと寝不足だからかもしれない。
さっきから眠気を我慢しているのがいけないんだ。
どこかで仮眠をとらなきゃ。
どこかで・・・
とはいえ、もともと勉学に励む施設である学校で気軽に仮眠をとれるところなどそうあるはずもない。
絵美はしばし校内をうろついた後で、屋上に抜けるための階段の踊り場に行く。
屋上は普段は施錠されているし、通じる階段も使用禁止になっているので、誰か来ることもそうないだろう。
使用禁止のところに入り込むということに少し抵抗を感じたものの、所詮は勝手に学校側が決めたルール。
こちらが律義に守ってやる必要などないと絵美は思う。
だから、いつもは高い壁のように感じた立ち入り禁止の柵も、今日は簡単に跨ぎ超えることができた。
ルールなんて意味がない。
守ろうとするかしないかだけなのだ。
昼休みの喧騒から逃れ、静かな踊り場に腰を下ろした絵美は、少しの間仮眠をとることにしてしばし壁にもたれかかってまどろんだ。
「茉莉・・・茉莉・・・茉莉ってば」
「ん・・・あ?」
ゆっくりと目を開ける茉莉。
そこには少し苦笑している唯の顔があった。
「唯?」
「唯じゃないわよ。もう午後の授業始まるよ。もうぐっすり寝ているんだもん。起こすのかわいそうになっちゃうぐらい」
どうやらお昼を食べた後で他愛もないおしゃべりをしていたはずが、いつのまにか寝てしまっていたらしい。
お昼食べた後でどこかで仮眠でもと思っていたので、これはこれでよかったのかもしれない。
「ん?」
茉莉を起こして自分の席に戻っていく唯に礼を言った後、ふと見るといつもの席に絵美がいない。
黒坂さんがいない?
もう授業が始まるというのにどこに行っているのだろう?
そういえば、一度お弁当箱を持って戻ってきたはずだけど、また出て行ったんだっけ・・・
するとそれから戻ってきてないのかな?
「静かにしろー。授業を始めるぞ」
午後の授業の歴史の教師が入ってくる。
絵美が戻ってくる気配はない。
もしかして・・・
心がざわつく。
不安が茉莉を襲う。
黒坂さん一人でいるところをワルピーに狙われたのではないだろうか?
黒坂さん一人でイヴィルシスターズにされようとしているのではないだろうか?
どきんと心臓が跳ね上がる。
そんなのは嫌だ・・・
黒坂さんと別々になるなんて絶対に嫌だ!
「先生!」
手を上げて立ち上がる茉莉。
突然のことに教室がざわめく。
「どうしたね?」
これから黒板に何か書き始めようと思っていた中年の男性教師が振り向いて茉莉を見る。
「お昼ごはんで食あたりを起こしました。トイレに行って保健室行きます」
茉莉は一息にそういうと、教師が何か言う間も与えずに教室を飛び出した。
黒坂さん・・・
黒坂さん・・・
黒坂さん!
茉莉はひたすら絵美のことを案じ、校内を探すのだった。
「う・・・ん・・・えっ?」
気が付くとあたりは真っ暗闇。
そんなに眠りこけてしまったのだろうか?
一瞬そんなことを思ったものの、周囲の闇が濃すぎることに絵美はすぐに気が付く。
「これは・・・」
すぐに立ち上がる絵美。
周囲は漆黒の闇。
屋上に通じる階段の踊り場にいたはずなのに、これはいったい・・・
考えられることはただ一つ。
「ワルピー! あなたなの?」
「ケケケケ・・・目が覚めたかピー?」
闇の中からワルピーの声がする。
「やっぱり・・・私をまたイヴィルエミィにするつもりなのね!」
なんとか鍵穴を作られないように手で胸を隠すようにする絵美。
もっとも、どこまで効果があるかは疑問だが。
「イヴィルシスターズが完全に心が邪悪と闇に染まるまでは何度でも繰り返すピー」
「私のことはもう放っておいて! 私なんかよりデモンオー様にふさわしい人はきっといるはずです。よりふさわしい人を選ぶべきよ!」
「ケケケケ・・・自分が助かるためなら他人を平気で犠牲に差し出そうとする。だんだんと心が邪悪と闇に染まってきたようだピー」
「あっ」
言われて愕然とする絵美。
確かに今のは誰かに役割を押し付けてしまえばいいという考えだ。
「そんな・・・」
自分はもう邪悪と闇に染まってきている・・・
それはもう感じざるを得ない。
「ここもいないかぁ・・・黒坂さんどこに行ったのかな? まさかワルピーに捕らえられちゃったんじゃ・・・」
闇の外から声が聞こえてくる。
それも自分を探す声だ。
「紅倉さん!」
彼女が自分を探しに来てくれた。
それは絵美にとってこの上ない喜びだった。
「ケケケケ・・・ちょうどいい具合にイヴィルマリィも来たピー」
「紅倉さんには手を出さないで! お願い!」
絵美はなんとか茉莉を助けようとワルピーにお願いする。
「そうはいかないピー。お前たちは二人そろってイヴィルシスターズなんだピー。茉莉も必要だピー」
「そんな・・・私はもうどうなってもいいから、紅倉さんだけは放っておいてあげて! お願い!」
「ダメだピー! 彼女も今連れてくるピー!」
闇の中のワルピーの気配が遠ざかろうとしている。
「ダメ! 紅倉さん! 逃げてぇ!」
必死で叫ぶ絵美。
「あれぇ? 黒坂さんの声? 黒坂さん、どこ?」
闇の向こうから茉莉の声が伝わってくる。
ワルピーがわざと流しているのか、それとももともと伝わるようになっているのかはわからないが、どうやらこちらの声も聞こえるらしい。
「ケケケケ・・・」
「あっ、ワルピー! やっぱりあんたが黒坂さんを?」
「ケケケケ・・・そうだピー。彼女はこの闇の中にいるピー」
「紅倉さん! 逃げてぇ! 私のことは放っておいていいから!」
声を限りに叫ぶ絵美。
「黒坂さん、待ってて、今行くから!」
ドクンと心臓が強く鼓動する。
来るつもりなのだ。
彼女は私のために来るつもりなのだ。
こんなことを思ったらいけないのかもしれないけど・・・
なんて嬉しいんだろう・・・
「ケケケケ・・・彼女に会いたいかピー?」
「会いたいさ! 会いたいにきまってる!」
「闇の中に入ることになってもかピー?」
「うん!」
「二人でまたイヴィルシスターズにされてしまうかもしれなくてもかピー?」
「それは・・・・・・黒坂さんと一緒ならそれでもいい!」
「よく言ったピー。くるといいピー」
「ええ!」
茉莉とワルピーの会話はそこで途切れる。
やがて闇の中から茉莉がゆっくりと姿を現した。
「紅倉さん!」
絵美は思わず駆け寄る。
「お待たせ、黒坂さん。休み時間が終わっても戻ってこないから心配したよ」
にこやかな笑顔の茉莉。
「バカ! バカよあなたは! 私のことなんか放っておけば・・・あなただけでも逃げてくれてよかったのに・・・」
絵美の目から涙が落ちる。
来てくれたのがうれしいのに、涙が出て仕方がないのだ。
「放っておけるわけないでしょ。大事な人なんだから」
「紅倉さん・・・バカ・・・大バカ・・・」
思わず茉莉の胸にすがって泣き崩れてしまう絵美。
「ひどいなぁ。そりゃ私はテストはいつも赤点寸前だけどさぁ」
そんな絵美を抱き寄せるようにして支える茉莉。
「今度・・・今度一緒に勉強しましょう」
少し落ち着いたのか、眼鏡をはずして涙をふく絵美。
「うん。ぜひ」
茉莉も大きくうなずいた。
「ケケケケ・・・二人そろったところでイヴィルシスターズに変身してもらうピー」
ワルピーが二本のイヴィルキーを取り出す。
「いい加減にして! 私たちのことはもう放っておいてよ! 黒坂さん泣いちゃったじゃない!」
茉莉が絵美を抱えたままワルピーの方を向いてにらみつける。
もうこんなことは終わりにしたいのだ。
「もうお願いだから私たちには構わないで!」
絵美も茉莉の胸に寄り添いながらワルピーにお願いする。
「うるさいんだピー! とっととイヴィルシスターズになるピー! イヴィルキーよ、二人を邪悪と闇に染めるんだピー!」
だが問答無用とばかりにワルピーが命じると、イヴィルキーの発する黒い筋が二人の胸の鍵穴を作り出す。
「ああっ!」
「いやぁっ!」
悲鳴を上げる二人の胸にイヴィルキーが差し込まれる。
「オープンロックだピー!」
イヴィルキーが回転し、カチッと音がして二人の胸に黒い円形の穴が開く。
「ダークネスインだピー!」
「いやぁぁぁぁ!」
「やめてぇぇぇぇ!」
二人の足元から闇が湧き起こり胸の穴へと吸い込まれ、同時に二人の躰を包んでいく。
やがて闇の中から、赤と黒の少女たちが現れた。
「赤の邪悪! イヴィルマリィ!」
「黒の邪悪! イヴィルエミィ!」
「「ふたりはイヴィルシスターズ!」」
「世界を邪悪に染めるため!」
「デモンオー様の目障りなものは!」
「「私たちが排除します!」」
いつものようにお互いのセリフを口にして、背中合わせにファイティングポーズをとる二人の魔女。
そしてやや自嘲気味に苦笑する。
「あーあ・・・やっぱりこうなっちゃったかぁ・・・」
ポーズをやめ、自分の姿を見下ろすイヴィルマリィ。
「そうね・・・でも、その恰好がとってもよく似合っているわよ、イヴィルマリィ」
イヴィルエミィがやさしく微笑む。
「ホント? ありがと。実は昨日も言ったけど結構気に入ってるの。お兄ちゃんの本で見てから、ボンデージってかっこいいなぁ、着てみたいなぁってずっと思っていたんだ」
あらためて足を動かしてブーツの確認をしたり、手をかざして長手袋の感触を確かめるイヴィルマリィ。
確かに結構気に入っているようだ。
「このヒールなんかでさ、今にも死にそうなやつとかを踏みつけてやったらさ、きっとヒィヒィ言って悲鳴を上げるよ。楽しそうだと思わない?」
「あっ、確かに。すっごく楽しそう」
思わずイヴィルエミィも自分のブーツのヒールを見てみる。
先端が細いピンヒール状になってて、踏まれたら確かに相当痛そうだ。
これは誰かを踏んでみなくてはと思う。
「で、ワルピー。今日は何をすればデモンオー様が喜んでくださるの?」
「ええ。早くデモンオー様の目障りなものを排除したいわ」
まるでこれからピクニックにでも出かけるような楽しそうな二人。
「それでいいピー。ついてくるピー」
二人はその言葉に従ってワルピーの後についていく。
ほどなくこの街の警察署の上空に黒い闇の球体が現れた。
「警察署?」
「ああ、確かに目障りだし、デモンオー様の支配する邪悪と闇の世界には必要ないよね」
イヴィルシスターズの二人の口元に邪悪な笑みが浮かぶ。
「デモンオー様の目障りなものは排除しなくちゃね」
「うん。デモンオー様の目障りなものは排除しなくちゃ」
「行きましょ、イヴィルマリィ」
「うん、行こう。イヴィルエミィ」
二人は手を取り合って闇の中から飛び出していく。
赤と黒の暴風が吹き荒れ、警察署は倒壊した。
******
二人が気が付いた時、そこは誰もいない放課後の教室だった。
おそらく担任の鷹紀由華が適当なことを言って二人が午後いなかったことをごまかしたのだろう。
「終わった・・・ね」
「うん・・・」
「帰ろうか・・・」
「うん・・・」
二人はそれ以上言葉を交わすこともなく、何となく黙り込んだまま帰り支度を始める。
茉莉のスマホには唯や希美からのLINEが着信していたが、今は返信をする気にもなれず、既読スルーである。
鞄を持った二人はそのまま無言で玄関を出る。
そのままトボトボといつもの帰り道を歩いていく二人。
遠くで消防車や救急車のサイレンが鳴っている。
それを聞いていると、余計に二人は何も話せない。
「黒坂・・・さん・・・」
「えっ? 何?」
まさか話しかけられるとは思わなかったのか、ちょっと驚いたような表情で絵美が茉莉を見る。
「ドーナツは・・・食べていかないよね、やっぱり・・・」
「・・・・・・うん・・・・・・」
一瞬立ち止まった二人だったが、やはり無言で歩き出す。
「それじゃ、私はこっちだから」
ついに家の近所まで来てしまい、茉莉は絵美との分かれ道に到達してしまう。
「うん・・・さよなら・・・」
何か目を合わせないようにして別れの挨拶をする絵美。
「さよなら・・・またね」
別れがたいものを感じてはいたが、茉莉はぐっと我慢して手を振る。
「うん・・・またね・・・」
絵美がまたねと言ってくれたことに、茉莉は心底ホッとした。
******
寝苦しい。
あれから結局ほとんど誰とも話していない。
唯や希美からのLINEもずっと既読スルーしているせいか、心配メッセージがてんこ盛りになっているが、それがかえって煩わしい。
晩御飯もあんまり食べなかったし、両親や兄とも話したくなくて避けるように自分の部屋にこもっていた。
怖かったのだ。
茉莉は怖かった。
自分がやってしまったことにではない。
それが心底から楽しかったからだ。
破壊が楽しく、人々が傷つくのが面白く、デモンオー様の目障りなものが消えていくのが嬉しかった。
それを自覚した時、茉莉は怖かったのだった。
黒坂さんはどうだったんだろう・・・
黒坂さんも楽しかったんだろうか・・・
黒坂さんもデモンオー様のために働けて嬉しかったんだろうか・・・
デモンオー様のために・・・
デモンオー様のために・・・
デモンオー様のために・・・
「ダメだぁ」
布団を蹴飛ばす茉莉。
目が冴えてどうしようもない。
夜眠るなんてどうかしている。
この闇の世界を楽しまなくてどうするのか。
茉莉は服を着替えてそっと外に出る。
両親に見つかると面倒だし、部屋に連れ戻されちゃうかもしれない。
そんなのはごめんだった。
そうだ・・・
昨夜の公園に行ってみよう。
今晩も黒坂さんが来ているかもしれない。
茉莉はそう思い、公園に向かって夜の道を歩いて行った。
絵美に会えるかもと思ってうきうきした気分で公園に来た茉莉だったが、残念ながら公園に絵美はいなかった。
「いない・・・そうか・・・こんな時間だもんね・・・」
がっかりしてブランコに腰を下ろす茉莉。
なんだか無性に絵美に会いたい。
でも、今隣に絵美はいない。
それがすごく悲しい。
「黒坂さん・・・会いたいよ・・・黒坂さん・・・」
会って何を話すというのでもない。
たぶんまた帰り道みたいに何も話せないかもしれない。
でも・・・
でも・・・
そばに彼女にいてほしい・・・
ずっとそばにいてほしい・・・
茉莉はそう思う。
「こんばんは」
突然聞き覚えのある声がして茉莉は驚いて顔を上げる。
そこには眼鏡をかけた顔に笑顔を浮かべた絵美が立っていた。
「黒坂さん・・・」
「隣・・・いい?」
「もちろん」
茉莉は大きくうなずく。
来てくれた。
絵美が来てくれたのだ。
それがすごく嬉しかった。
二人はしばらく無言でブランコを揺らす。
お互いに何か言いたいのだが、言葉が出てこない。
「また・・・やっちゃったね・・・」
さんざん何を言おうか迷った挙句、出てきた言葉はこれだった。
「うん・・・」
絵美もそれだけしか言わない。
「どうしたらいいのかなぁ・・・」
「うん・・・」
そこでまた会話が途切れてしまう。
「あ、あの・・・」
「あのさ・・・」
何か言おうとした瞬間に言葉がかぶってしまう二人。
「あ・・・」
「え・・・えーと・・・紅倉さんからどうぞ」
「あ、いや・・・黒坂さんから」
今度はお互いに譲り合ってしまう。
「うん・・・それじゃ・・・」
そう言ったものの、なかなか次の言葉が出てこない絵美。
茉莉もなんだか息を殺して絵美を見てしまう。
「あの・・・ね・・・」
「うん・・・」
「私・・・もうダメかもしれないの・・・」
「えっ?」
それは予想外の言葉だった。
ダメって?
ダメっていったい何がダメなんだろう・・・
「黒坂さん・・・」
「私ね・・・たぶんもうダメ。もう心が邪悪と闇に染まってしまったんだと思う・・・」
うつむいて話をつづける絵美。
その表情はなんだか自嘲とも吹っ切ったともいえるような笑みが浮かんでいる。
「黒坂さん・・・」
「私ね・・・今日すごく楽しかったの・・・」
「えっ?」
「すごく楽しかったの・・・警察署が壊れるのがすごく楽しかった。警察の人々が怪我したり瓦礫の下敷きになったりするのが見てて楽しかった。その人たちの悲鳴を聞くのが楽しかった。そしてね・・・」
「うん・・・」
「デモンオー様の目障りなものが消えてなくなることがとても嬉しかったの。デモンオー様のお役に立てたんだって思えてすごく・・・嬉しかった・・・」
「黒坂さん・・・」
茉莉はそれ以上の言葉が出なかった。
「だからね。私はもうダメなの。私はもうデモンオー様のことが頭から離れないの。デモンオー様はどんなお姿なんだろう。デモンオー様はどんなお声をしているんだろう。デモンオー様の前で跪いたらどんな気持ちになれるだろう。デモンオー様にイヴィルエミィって呼んでもらえたらどんなに嬉しいだろうって・・・そればかり考えているの」
「それって・・・」
「私はもうダメ・・・だから紅倉さん。私にはもうかかわらない方がいいと思うの。私はデモンオー様のしもべになるしかないと思う。でも、紅倉さんはなんとかイヴィルシスターズから外してもらえるようにお願いしてみるから・・・私だけで・・・」
うつむいて茉莉の方を見ようとしない絵美。
本当は一人は嫌だったのだ。
でも・・・大事な人だから巻き込みたくはない。
「黒坂さん・・・ダメだよ。それはダメだって」
茉莉が静かに首を振る。
「えっ?」
思わず顔を上げる絵美。
「私も・・・私ももうダメなんだもん。私も同じだよ。今日はすごく楽しかった。警察署を破壊してすごく楽しかったんだ。でも、それっていけないことだと思って何も言えなかった。帰り、ほとんど話をしなかったのは、それを黒坂さんに知られたくなかったから。ドーナツのことも最初から断られるのを承知で誘ったの」
「紅倉さん・・・あなたも?」
「でももういい。黒坂さんも私と同じだと知ったから。この世界のことなんてもうどうでもいい。二人なら何も怖くない!」
茉莉の表情が明るくなる。
同じだった。
絵美も同じだったのだ。
ならばもう二人でデモンオー様にお仕えしよう。
世界など作り変えてしまえばいい。
「ずっとこの世界が邪悪と闇に包まれるなんていけないことだって思っていた。でも、私たちがしなくても、いつか誰かがこの世界を壊しちゃうと思う。それならいっそ、デモンオー様にこの世界を支配してもらった方がいいと思わない?」
「ええ・・・そう思うわ。デモンオー様にこの世界を支配してもらうの。その方がずっといい」
「二人でこの世界をデモンオー様にささげるの。私たちなら・・・イヴィルシスターズならそれができると思う」
「ええ、私もそう思うわ、紅倉さん」
茉莉は苦笑する。
いったいいつまで私たちはお互いを名字で呼び合っているのだろう。
「それ、もうやめにしようよ。私のことは茉莉でいいよ」
「あっ・・・それじゃ私のことも絵美と」
「うん、絵美」
「ええ、茉莉」
お互いの名を呼び合う二人。
その目が自然と見つめ合う。
「二人でデモンオー様のために」
「ええ、デモンオー様のために」
「「この世界をデモンオー様のものに!」」
「あはははは」
「うふふふふ」
二人の少女の楽しそうな笑い声が深夜の公園に響き渡った。
******
- 2018/11/17(土) 20:00:00|
- ふたりはイヴィルシスターズ
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ふたりはイヴィルシスターズの二回目です。
ふたりがもがくありさまを楽しんでいただければと思います。
それではどうぞ。
「うああー! 遅刻するー!」
バタバタと教室に駆け込んでくる茉莉。
昨日絵美に待っているなどと言ったくせに、その本人が学校に来ていないのでは待っているも何もあったものではない。
これというのも、昨晩は妙に目がさえて明け方近くまで眠ることができなかったからである。
そして目が覚めた時にはとっくに起きていなくてはならない時間だったのだ。
「ふう・・・セーフ」
なんとかギリギリ始業前に駆け込むことができて、思わず安堵する茉莉。
見ると、いつもの席に絵美が座っている。
「よかった・・・黒坂さん、来てくれた」
自分の席に着き、後ろの方の絵美に向かって小さく手を振る。
すると、それに気が付いた絵美も笑顔で小さく手を振り返してくれた。
それだけでもう茉莉は嬉しかった。
「黒坂さん、親には言ってみたの?」
授業が終わった後の休み時間を待ちかね、茉莉はすぐに絵美のところへ行く。
「うん・・・」
絵美の表情が曇るのを見て、茉莉はすぐに昨日の警官と同じ反応だったのだろうと察した。
実際茉莉自身、昨晩兄に冗談めいて話してみたものの、バカにされるだけで終わったのだ。
なので、茉莉は両親には昨日のことは話していない。
おそらく信じてもらえないだろうから。
「ママには笑い飛ばされただけだった。パパは真面目に話を聞いてくれたんだけど・・・」
「うん」
「人間は災害の力には勝てない。だから、昔から人間は災害があると誰かが何か悪いことをしたからじゃないかと思った。いわゆる天罰というやつだな。その誰かを自分に置き換えてしまう人もいるんだ。自分が何か悪いことをしたから天罰が起こった。あまりの衝撃に絵美はそう思い込んでしまったんだろう。絵美は優しいし、何せあの教会はこの街では有名だったからね・・・だって・・・」
「ああ・・・なるほど」
茉莉はうなずきつつも、絵美が苦い表情をしていることに気が付いた。
「私・・・ちっとも優しくなんかないのに・・・」
絵美が吐き捨てるように言う。
親の見る自分と自分自身との差があるのだろう。
茉莉にもそれはよくわかる。
「紅倉さんは?」
「あー、私はお兄ちゃんにちょこっと話したけど、バカにされて終わった。だからお父さんにもお母さんにも話してない」
「そう・・・」
ふうとため息をつく絵美。
自分の家族は無理だったものの、茉莉の家族は茉莉の話を信じてくれたのではという淡い期待もあったのだ。
「ねえ、由華先生に相談してみようか」
「鷹紀先生に?」
茉莉の提案に驚いたように顔を上げる絵美。
「うん。ほかの大人はダメだったけど、由華先生なら・・・由華先生なら相談に乗ってくれないかな」
確かに鷹紀由華はまだ若いこともあり、お姉さん感覚で生徒たちに慕われているというのはある。
彼女であれば生徒の相談にも親身になって聞いてくれるかもしれない。
それに・・・
「そういえば・・・確か・・・先生が私たちにあの倉庫の片付けを指示してからあの事があったのよね。先生は何か知っているかも」
「うん。私もそう考えていた」
絵美の言葉に茉莉も大きくうなずいた。
「茉莉ー」
「昨日はごめーん。でもさぁ、あのあと大変だったんだよぉ」
棚本希美と与瀬場唯が茉莉を呼ぶ。
どうやら昨日の話を茉莉に聞かせたいようだ。
「あ、それじゃ黒坂さん、放課後先生に相談してみるってことで」
「ええ」
笑顔で応じる絵美。
その笑顔に茉莉はうなずき、二人の友人のところへ向かうのだった。
******
放課後。
二人は休み時間に話していた通り、担任の鷹紀由華のところへと向かう。
職員室にいる先生を見つけた二人は、すぐに彼女に声をかけた。
「あら、どうしたの、二人して。何か用?」
いつものように笑顔で二人を迎えてくれる先生。
「はい。実は先生に昨日のことで相談があって・・・」
「昨日のこと? ああ、倉庫の片付けのこと? あの事ならもういいのよ。しなくてもいいことになったから」
茉莉が昨日のことと言ったことから、由華は倉庫の片付けのことだろうと見当をつけたらしい。
「違うんです。倉庫のことじゃなくて・・・その・・・」
「あの・・・できれば他の先生方のいないところでお話はできませんか?」
茉莉が言いよどむと同時に絵美が場所の変更を申し出る。
茉莉にしてもこの職員室の中で昨日の話をするのは気が引けたので、絵美の申し出はありがたかった。
「そう・・・何かの悩み事なのね? いいわ。場所を変えましょう」
そう言って由華は鍵のケースのところへ行き、進路相談室の鍵を取る。
「進路相談室に行きましょう。あそこなら静かだわ」
「はい」
由華の後について二人は職員室を出て、進路相談室へと向かった。
三人だけの静かな進路相談室。
外からはグラウンドの運動部の部活の声が聞こえてくる。
「それで・・・その毛むくじゃらのワルピーとかいう魔物が、あなたたちを操ってあのようなことを起こさせた・・・というのね?」
二人の話を聞いた由華が腕組みをしながら確認をするように話の内容を繰り返す。
「はい、そうなんです」
「信じられないと思いますけど、本当のことなんです」
信じてほしいとばかりに由華の目をまっすぐに見つめてくる二人。
「あの教会が崩れたのは、竜巻のような突風と落雷によるものだと報道されているわ。でも、そうではないというのね?」
「はい。あれは・・・私たちがやってしまったことなんです」
「黒坂さんと私が、そのワルピーとかいうやつにイヴィルシスターズとかいうものにされて、思いっきり暴れてしまったんです。本当なんです!」
ぐっとこぶしを握り締める茉莉。
夢だったと思いたいことだったが、あの感触は今でも思い出せるのだ。
「そう・・・そうだったの・・・」
由華の言葉にちょっと驚く二人。
今まで警官にも両親にも兄にも信じられないとしか言われなかったのだ。
そうだったのと肯定してもらえたことが一瞬信じられなかったのだ。
「あれはあなたたちが・・・ねえ・・・」
「そうなんです。だから・・・その・・・どうやって償ったらいいのかと」
「警察に言っても信じてもらえなくて。先生に相談したら何かいい考えをもらえるかなと」
例えば由華と一緒に警察に行ってみるというのはどうだろう。
担任教師と一緒なら、警察も話を聞いてくれるかもしれないと茉莉は思う。
「ねえ・・・二人とも」
由華の口がニタリと笑みを浮かべる。
「はい」
「はい?」
「どうだった?」
「はいぃ?」
「えっ? どうだったとは?」
予想外の質問に戸惑う二人。
どうだったとはいったい?
「気分よ。あの教会を破壊した時、どんな気持ちだったの? 興奮した?」
由華は笑顔を見せているはずなのに、それがどことなく冷たさを感じさせる。
「えっ?」
「こ、興奮したって・・・」
茉莉も絵美もドキリとする。
それは二人ともお互いに言わないで来たことだったのだ。
気持ちよかった・・・
茉莉も絵美もそう思う。
あの教会を破壊していた時、確かに二人は気持ちよさと興奮とを感じていたのだ。
力を思うままに振るう気持ちよさ。
目の前のものが崩れていく興奮。
デモンオー様の目障りなものを排除できた喜び。
そういったすべてのことが、まざまざと思い浮かんでくる。
だが、それは感じてはいけないことのはずなのに・・・
「ねえ、どうだった? 気持ちよかったでしょ?」
「そんなこと・・・ない・・・」
絵美が絞り出すような小さな声で返事をする。
「えっ?」
茉莉は思わず絵美の方を見る。
「気持ちよくなんかありません!」
「黒坂さん」
突然大きな声できっぱりと否定する絵美に驚く茉莉。
絵美はわかっていた。
自分がとても気持ちよかったことを。
だが、それを認めてしまっては自分が邪悪と闇に染まってしまったことになってしまう。
だから否定するしかない。
「そうでしょ? 紅倉さんだって気持ちよくなんかなかったでしょ? お願い! そうだって言って!」
すがるような眼で茉莉を見つめる絵美。
それを見て茉莉はうなずく。
「ええ。気持ちよくなんてなかったです。絶対に気持ちいいはずがない!」
茉莉も力強くそう言い切るのを見て、絵美の顔に笑顔が浮かぶ。
そうだよ。
あんなことが気持ちいいはずなんてないんだ。
「あら残念。きっと二人とも気持ちよかったんじゃないかと思ったんだけど・・・でもよかったじゃない。デモンオー様の目障りなものを排除できたんだもの」
椅子を少しずらし、タイトスカートからすらっと伸びたストッキングに包まれた脚を組んで邪悪な笑みを浮かべる由華。
「えっ?」
「先生、今なんて?」
二人はワルピーのことは口にしたが、デモンオーのことは言ってなかったはずなのに。
「うふふふ・・・あなたたちはデモンオー様のお役に立てたのよ。喜びなさい」
「そんな・・・」
「先生? いったい?」
「あなたたちはもう“正しい心と力を持つ者”じゃなくなったの。二人は邪悪と闇の王であるデモンオー様のしもべとして選ばれたのよ。光栄に思いなさい」
「先生! 何を言ってるんですか!」
茉莉が机をバンと両手でたたくようにして立ち上がる。
今日の先生はいつもの由華先生じゃない!
「ケケケケ・・・その女はもうわれの忠実なしもべだピー。われの力で心を邪悪と闇に染めてやったんだピー」
聞き覚えのあるやや甲高い声が進路指導室に響く。
茉莉も絵美も聞きたくない声だ。
「その声は!」
「ワルピー!」
二人が声の出所を探すと、由華の肩のあたりに小さな黒い球体が現れ、その中から黒い毛むくじゃらの小悪魔が現れた。
その小悪魔を肩に乗せ、愛しむように手をのせる由華。
その表情はうっとりとしているようだ。
「先生! そいつが! そいつがさっき言ったワルピーです!」
「先生! 早くその悪魔から離れて!」
ワルピーの姿を見て、思わず絵美も椅子から立ち上がる。
「ええ、知っているわ。だって・・・私はもう身も心もワルピー様にささげたしもべなんですもの」
肩にちょこんと乗るワルピーをなでながら、由華は冷たい笑みを浮かべる。
「ケケケケ・・・いい娘だピー。お前をわれのしもべにして正解だったピー」
「ああ・・・ありがとうございます。ワルピー様」
ワルピーの言葉にうれしそうな由華。
もはや完全にワルピーに支配されてしまったのだ。
「そ・・・そんな・・・」
「先生が? 由華先生が心を邪悪と闇に染められちゃったなんて・・・」
愕然とする二人。
明るく優しく生徒たち思いだった女性教師はもういなくなってしまったというのか?
「ちょうどよかったピー。またデモンオー様の目障りになりそうなものを見つけたピー。お前たち、排除してくるんだピー」
ニタッと赤い口に笑みを浮かべ、矢じり型の先端をした尻尾に二本の黒い鍵を巻き付けて取り出すワルピー。
「い、いやっ! もうイヴィルシスターズになるのはいやぁっ!」
自分の躰をかき抱くようにして抱きしめ首を振る絵美。
「そんなことさせない!」
ガタッと椅子をはねのけ、ワルピーに飛び掛かっていく茉莉。
「うるさいピー! お前たちが完全なイヴィルシスターズになるまで、何度でも繰り返すんだピー!」
飛び掛かってきた茉莉の手をさっとかわし、またしても宙に浮いて二人を見下ろしてくるワルピー。
「卑怯者! 降りてこい!」
「お願い! やめてぇ!」
叫んでいる二人を無視してワルピーは黒い鍵をかざす。
「イヴィルキーよ、二人の心を邪悪と闇に染めるんだピー!」
再び二本の黒い鍵からそれぞれ一筋の黒い闇が伸び、二人の胸に黒い鍵穴を作り出す。
「いやぁぁぁぁっ!」
「やめろぉぉぉぉ!」
二人が必死で拒絶しようとしても、躰がまるで金縛りにでもあったように動かない。
そしてその鍵穴に、黒い鍵がすうっとはまり込んでいく。
「オープンロックだピー!」
ワルピーの声に呼応して黒い鍵が回転してカチッと音がし、二人の胸に丸い黒い穴が開く。
「ダークネスインだピー!」
「きゃぁぁぁぁぁ!」
「うあぁぁぁぁぁ!」
轟音が響いて二人の足元から闇が湧き起こり二人の胸の穴に吸い込まれていく。
そして入りきらない闇が二人の躰を包み込み、黒い球体を形作っていく。
やがて二人の躰は闇の中に見えなくなり・・・
赤と黒の衣装に身を包んだ少女たちが闇の中から現れた。
「赤の邪悪! イヴィルマリィ!」
ぐっとこぶしを握り締めて力強いポーズをとる赤の少女。
「黒の邪悪! イヴィルエミィ!」
すっと右手を胸に当てて握る黒の少女。
それぞれがそれぞれの色のつややかなエナメルチックのボンデージタイプのレオタードに身を包み、二の腕までの長手袋と、太ももまでの長さのロングブーツを身に着けている。
目元には黒いアイシャドウが引かれ、唇には真っ赤な口紅が塗られているのは共通だ。
そしてイヴィルマリィの燃え立つような赤いショートヘアには黒いカチューシャが、イヴィルエミィの漆黒のロングヘアには赤いカチューシャがはめられていた。
「「ふたりはイヴィルシスターズ!」」
二人の声がハーモニーを奏でる。
「世界を邪悪と闇に染めるため!」
「デモンオー様の目障りなものは!」
「「私たちが排除します!」」
背中合わせに立ってお互いにファイティングポーズを決めるイヴィルマリィとイヴィルエミィ。
それはまさに邪悪と闇の魔女たちだ。
「ああ・・・またこの姿に・・・」
変身が終わったことで自我が戻ったイヴィルエミィが両手で顔を覆ってしまう。
「ああ・・・また・・・」
イヴィルマリィも悔しそうに唇をかみしめる。
もう二度とこんな姿にはなりたくなかった姿なのに、またしても変身させられてしまったのだ。
だが・・・
二人とも気が付いていた。
昨日に比べ、この姿に違和感を感じなくなっていたことも。
それどころか、どこかこの姿に誇らしさすら感じていたことを。
「ケケケケ・・・やはり素晴らしい姿だピー。まさに邪悪と闇の魔女にふさわしい姿だピー」
「そ、そうですか?」
ふさわしいと言われ、あらためて自分の格好を見直すイヴィルエミィ。
つややかなボンデージレオタードが確かに見栄えがしているといえばいえる。
「SMの女王様みたいだけど、確かにかっこいいといえばかっこいいかも・・・」
イヴィルマリィも、自分の格好がどこか誇らしい。
それに褒められてうれしくないわけはないのだ。
「うんうん。とてもよく似合っているピー」
「ええ、本当に素敵ですわ。デモンオー様のしもべにふさわしい姿よ、二人とも」
二人の姿を冷たい笑みを浮かべて見ている由華にそう言われ、ハッとする二人。
そうなのだ。
この姿はデモンオー様のしもべとしての姿。
そんなものになるつもりは二人にはない。
「ケケケケ・・・さあ二人とも、デモンオー様の目障りなものを排除してくるんだピー!」
「それとこれとは話が別です!」
「そうだよ! この格好が気に入ったからって、私たちはデモンオー様に従う気なんてないんだからね!」
キッとワルピーをにらみつけるイヴィルマリィ。
「えっ? イヴィルマリィはこの衣装が気に入ったの?」
思わずイヴィルマリィを見るイヴィルエミィ。
「えっ? うん・・・まあ・・・かっこいいかなって。イヴィルエミィは?」
「うん・・・まあ、私も嫌いじゃないかも・・・」
漆黒のエナメルボンデージ姿を愛しむように胸に手を当てるイヴィルエミィ。
「でも、デモンオー様に従ったりはしません!」
「むぅ・・・まだ邪悪に染まり切っていないのかピー! ならば!」
ワルピーの目が輝く。
しかし、イヴィルエミィもイヴィルマリィも素早く目を閉じてワルピーのほうから顔をそらしてしまう。
「なっ、お前たちこっちを見るんだピー!」
「絶対見ません!」
「見るもんですか!」
固く目を閉じて首を振る二人。
「きゃあっ!」
その時由華の小さな悲鳴が響く。
「先生!」
「ワルピー! 由華先生に何を!」
担任の悲鳴に、思わずイヴィルマリィもイヴィルエミィも目を開けてしまう。
「あっ!」
「しまった!」
気が付いた時にはもう遅く、二人の目がワルピーの目をとらえてしまい、とろんとうつろになってしまう。
「ふう・・・うまくかかったピー。由華、よくやったピー」
「アン・・・ありがとうございます、ワルピー様」
お褒めの言葉をいただきうっとりとする由華。
「うふふふ・・・普段聞きなれた声が悲鳴を上げれば、誰でも何があったのかと気になってみてしまうものですわ」
由華の口元を冷酷な笑みがゆがめる。
「ケケケケ・・・すっかり心が邪悪に染まったようだなピー。教え子を罠にはめるのもためらわないとはピー」
すっと由華の肩に降りてくるワルピー。
「私はワルピー様の忠実なるしもべ。ワルピー様のためでしたら教え子をだますことなど造作もないことですわ」
目の前でうつろな目をして立ち尽くすイヴィルマリィとイヴィルエミィを見つめる由華の目には邪悪な輝きが光っていた。
「ケケケケ・・・いい娘だピー。あとでたっぷりとかわいがってやるピー」
ワルピーの矢じりのような先端をした尻尾がそっと由華の頬をなでる。
「ああ・・・ありがとうございます。ワルピー様ぁ」
思わず頬を染めてしまう由華。
「われは彼女たちを連れてデモンオー様の目障りなものを排除させるピー。二人がいなくなった後の学校のことはお前に任せるピー」
「はい、かしこまりました。ワルピー様」
由華がこくんとうなずくと、ワルピーは二人を連れ、自らが作り出した闇の球体の中へと消え去った。
街の中心部にある大きな音楽堂。
休日ともなれば、何らかのイベントやコンサートの類が開かれ、大勢の人間が利用する場所だ。
その音楽堂の上空に、黒い闇の球体が現れたことに、周囲の人々はざわめいていた。
「ふたりともあれを見るピー」
ワルピーの言葉に従いうつろな目で音楽堂を見るイヴィルシスターズの二人。
「あれは音楽とかいう音で人間どもに楽しさや喜びなどの感情を湧き起こさせるための施設だピー。そのようなものは邪悪と闇の世界には必要ないピー。デモンオー様の目障りなあの施設を排除してくるがいいピー」
「デモンオー様の目障りな施設・・・」
「私たちが排除・・・」
ワルピーの言葉に無表情にただ反応しているだけのように見える二人。
だが・・・
イヴィルマリィの舌がぺろりと唇を舐める。
その目が生気を取り戻していき、口元に邪悪な笑みが浮かんでいく。
「世界を邪悪と闇に染めるため・・・」
イヴィルマリィがそう口にすると、隣にいたイヴィルエミィの目にも生気が戻ってくる。
「デモンオー様の目障りなものは・・・」
イヴィルマリィに続いて言葉を紡いでいくイヴィルエミィ。
「「私たちが排除します!」」
そして二人は力強く声を合わせる。
「行こう、イヴィルエミィ! デモンオー様のために!」
「ええ、行きましょうイヴィルマリィ! デモンオー様のために!」
二人はガシッと手をつなぎ合うと、そのまま闇の球体を飛び出していく。
「ケケケケ・・・じょじょに心が邪悪な闇に染まってきたようだピー」
二人の後ろ姿を見送ったワルピーは、その様子に自らの思い描いた通りに事が進んでいることを感じていた。
「あはははは・・・ええーーーい!」
イヴィルエミィは楽しかった。
力を思うままに振るうことが。
建物がどんどん崩れていくところが。
人々が瓦礫の下敷きになっていくことが。
「うりゃあああ! あっはははは・・・」
イヴィルマリィは気持ちよかった。
誰にも邪魔されないことが。
建物の崩れていく轟音が。
人々の上げる悲鳴を聞くことが。
「レッドウィップ!」
「ブラックウィップ!」
二人は嬉しかった。
デモンオー様の目障りなものが消えていくことが。
世界を邪悪と闇に包むことができることが。
お互いの息がぴったりと合っていることが。
とてもとても嬉しかったのだ。
やがて音楽堂は跡形もなく瓦礫と化す。
人々の悲鳴やうめき声が周囲に満ちる。
その様子を二人は笑みを浮かべながら見て、黒い闇の球体の中へと戻っていった。
******
「ハッ」
教室の自分の席で目を覚ます絵美。
前のほうではやはり自分の席で茉莉が机に突っ伏している。
「あ・・・私・・・また」
言いようのない絶望感が押し寄せる。
またしてもイヴィルエミィとなって暴れてしまったのだ。
「・・・どうしたら・・・」
苦悩しつつも席を立って茉莉を起こしに行く。
「紅倉さん」
「ん・・・あ・・・」
ゆっくりと目を開ける茉莉。
その目が絵美をとらえると同時に、その表情が曇ってしまう。
「黒坂さん・・・私たちまた・・・」
「うん・・・やってしまったんだと思う・・・」
絵美はスマホを取り出してニュースサイトを確認する。
そこには速報で音楽堂の崩壊が取り上げられていた。
「これ・・・やっぱり・・・」
「うん・・・私たちね・・・」
がっくりと肩を落とす茉莉。
もうあんなことは二度とごめんだったはずなのに・・・
「どうする? 警察に行く?」
茉莉の言葉に絵美は首を振る。
「無駄でしょう。昨日と同じことになるだけだと思う・・・」
「そっか・・・そうだよね・・・」
茉莉もそのことは理解する。
どうせたわごとと切り捨てられるのが落ちなのだ。
「どうしたらいいんだろう・・・先生も・・・」
「うん・・・もう先生はワルピーに支配されちゃっているんだわ」
「それってヤバくない?」
「でも・・・でもどうしたらいいのか・・・」
絵美も茉莉もどうしたらいいのか全く分からないのだ。
大人は誰も助けになってくれないどころか、頼みの綱の先生までがあのワルピーのしもべになっちゃったのだ。
「何かできることはないのかな・・・」
「わからない・・・とにかく二人きりの時に先生に会ったりしない方がいいと思う。みんなのいるところでは、さすがにあのワルピーが出てくることはないんじゃないかしら」
確かに昨日も今日も二人だけの時にワルピーは現れた。
だとしたら、できるだけ他のクラスメイトたちと一緒にいるのがいいのかもしれない。
「それ以外今は思いつかないの。ごめんなさい」
「謝ることないよ。私なんか何も思いつかなくて・・・」
「ううん、そんなことない。紅倉さんがいてくれるだけでどんなに心強いか・・・」
「黒坂さん・・・」
「とにかくここにこうして二人きりでいたら、またワルピーに狙われてしまうかもしれないわ。早く学校を出ましょう」
「うん、そうだね」
二人はうなずき合い、とにかく学校を出ることにして教室を後にした。
******
「ふう・・・」
なんだか寝付けない。
絵美はベッドの中で何度も寝返りを打つ。
帰り道では特に何もなかった。
家に帰ってきても、今日はなんだか両親と話をする気にもなれなかった。
もちろんニュースは音楽堂の崩壊事件で一色だった。
昨日の教会に続き、今日は音楽堂が崩壊したことで、気象庁は大気が極端に不安定になっており、竜巻や落雷がいつ起こるかわからないためにここ数日は注意が必要との警報を発表していた。
その警報が当たるか外れるかは、ひとえに二人の少女にかかっているのだったが。
パパもママもまた自分が昨日と同じことを言いだすのではないかと案じているような感じだった。
どこか気を使っているようなよそよそしさを感じていたのだ。
それが何だか絵美には非常にむしゃくしゃする。
だから、さっさと自分の部屋に戻ってきて一人で本を読んでいたのだが、今日に限っては内容が全く頭に入ってこず、本すらも彼女をいらだたせる役にしか立たなかった。
結局早めにベッドに入るぐらいしかできなかったのだった。
「ふう・・・ダメだわ」
目が冴えてしまっている。
しばらく眠れそうもない。
絵美はベッドから起きると、枕元に置いた眼鏡をかける。
カーテンを開けると月明かりが差し込んでくる。
「きれい・・・」
なんだかすごく夜がきれいだ。
ちょっとドキドキする。
どうせ寝られないのなら夜のお散歩でもしてみようかしら。
絵美はそう思うと、パジャマを脱いで普段着に着替えていく。
そしてそっと部屋を出ると、玄関まで足音を忍ばせて歩いていく。
どうやら両親は起きてこないようだ。
全く気付いていないのだろう。
いい気なものだわ・・・
なんだかムカついてくる。
私がどんなに苦しんでいるかも知らずに眠りこけているなんて・・・
ふふっ・・・
突然笑みがこぼれてくる。
あなたたちなんて・・・デモンオー様がこの世界を支配した暁には・・・
ふふふっ・・・
そこまで考えてハッとする絵美。
わ、私は今何を?
何を考えていたというの?
慌てて靴を履いて外に出る絵美。
なんだか今の自分を他人には知られてはいけないような・・・そんな気がしたのだ。
「はあ・・・」
外に出たことで少しは落ち着いてくる。
さっきの私は何を考えていたというのか・・・
もしかして・・・
もしかして私はもう心を邪悪と闇に染められてしまっているのだろうか・・・
だが、そんな不安も満天の星空が拭い去ってくれる。
「きれい・・・」
星空なんて眺めるのはいつ以来だろう?
太陽のない世界はこんなにも素敵だったなんて・・・
気持ちいい・・・
夜のひんやりした空気が頬をなでていく。
まるで闇がやさしく抱いてくれているみたいだ。
夜がこんなに気持ちよかったなんて知らなかった。
「うふふ・・・」
夜の道を歩き始める絵美。
なんだろう。
自分がこんなに夜が好きだなんて思いもしなかった。
星空を眺めながら裏通りの方へと入っていく。
そっちの方がより暗闇を感じられそうだ。
表通りはこんな夜中でも照明で明るすぎる。
少しでも暗い方がよかった。
闇に沈んだ小さな公園。
ぽつんと街灯が一つあるだけの誰もいない深夜の公園。
昼間はこんな公園でも子供たちが結構遊んでいるところだったが、今は誰もいない。
絵美は公園に入り、ブランコに腰を下ろす。
街灯の明かりから少し陰になるので、足元はだいぶ暗い。
それがなんだかとても心地よかった。
ザリッと誰かの足音が聞こえた。
「えっ?」
絵美が顔を上げると、そこにはこの二日間でとても見慣れた少女の顔があった。
「紅倉さん? どうして?」
「黒坂さんこそ、こんな時間にどうして?」
茉莉もまさか絵美がこんな時間にここにいるとは思わなかったのだろう。
とても驚いた表情をしている。
「私は・・・なんだか眠れなかったから。それに、なんだか夜が気持ちよくて、歩いているうちにここへ」
「あ、私も眠れなかったんだ。ここ、うちの近くなんだよ」
茉莉はそう言って絵美の隣のブランコに腰掛ける。
「紅倉さんも眠れなかったの?」
「うん。なんだか目が冴えちゃってさ。はあ・・・気持ちいい・・・」
「えっ?」
「夜風が気持ちいいなぁって。夜こんなふうに出歩くことなんてなかったから、夜がこんなに気持ちいいなんて思わなかったわ」
少しずつブランコを揺らし始める茉莉。
それを見て、絵美も少しブランコを揺らす。
「私も。なんだかとっても気持ちいい」
「だね。ねえ、見て。星空がきれい」
「ほんと・・・きれい」
空には銀河が横たわって輝いていた。
「このまま朝なんて来なければいいのに・・・そうしたら学校に行かなくて済むでしょ?」
「うふふ・・・そうね」
「ああ、でもそうなると唯や希美と会えなくなっちゃうか・・・それはちょっと嫌かな」
ちょっと寂しそうな表情が浮かぶ茉莉。
確かに友人と会えなくなるのは寂しいかもと絵美も思う。
でも・・・
でも・・・
こうして隣に彼女がいてくれるなら・・・
紅倉さんと一緒なら・・・
「でも・・・黒坂さんがいてくれるならいいかな・・・」
「えっ?」
茉莉の言葉に驚く絵美。
「唯も希美も大事な友達だけど・・・なんだか黒坂さんとはとてもしっくりくる感じがするんだ。やっぱりイヴィルシスターズ同士のせいかな?」
視線は星空に向けたままの茉莉。
どことなく気恥しいのだろう。
でも、絵美は茉莉も同じ気持ちと知って嬉しかった。
「ねえ、紅倉さん」
「何?」
「今日のこと・・・ご両親には?」
「言ってない」
ふるふると首を振る茉莉。
「そう・・・」
「今日はなんだかお父さんともお母さんとも話したくなくてさ。だからさっさと部屋に引きこもりしちゃった」
「私も」
なんだか二人とも似たような状態なことに思わず笑みが浮かんでしまう。
「いい気なもんだよね。娘が教会や音楽堂を破壊しまくったっていうのにさ、のうのうと日常なんかしちゃってさ。デモンオー様がこの世界を支配したらあの人たちなんて・・・」
「えっ?」
「あっ、い、今のは忘れて。何でもない。何でもないから」
自分でも何を言ったのか気が付いて愕然とする茉莉。
なんてことを言ってしまったのか・・・
「でも・・・もうこのまま朝が来ないで、二人でここでずっとおしゃべりしていたいな・・・」
「そうね」
でもそうもいかないだろう。
明日も学校がある。
「黒坂さん」
「何?」
「今日は学校へ来てくれてありがと。もしかしたら来てくれないんじゃないかと思った」
朝、茉莉は本当にうれしかったのだ。
学校に絵美が来ていたことが。
「それを言うなら私こそ。紅倉さんが来てくれてよかった。ちょっと心配したんだから。あんまりにもギリギリに来るんだもん」
絵美にしても茉莉が教室に来た瞬間、とてもホッとしていたことを思い出す。
「明日も学校で会おうね」
「ええ。学校で」
それが別れの合図だった。
二人はブランコから立ち上がり、それぞれの家に向かう。
今からでも少しは寝ておかなくてはならないだろう。
でも、明日、時間的にはすでに今日だけど、学校に行けばまた会える。
そう思うだけで、二人はなんだか嬉しかった。
******
- 2018/11/16(金) 21:00:00|
- ふたりはイヴィルシスターズ
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昨日予告しました通り、今日からSSを投下いたします。
はい。
もうね、タイトルを一見しても本文を一読していただきましてもすぐにおわかりになります通り、先日来舞方がはまっておりますあの某黒と白のプリティでキュアキュアなお二人のお話に影響を受けて書いたSSです。
すでにリスペクトとかオマージュという域を超えてパロディになってしまっているかもしれません。
ですので、登場する二人のキャラ、紅倉茉莉(べにくら まり)と黒坂絵美(くろさか えみ)もどうしてもあの二人をイメージされてしまうと思いますし、作者自身そういう面がなきにしもであることは否定しませんが、あくまで別キャラと思っていただけましたら幸いです。
今日から四日間、この茉莉と絵美の二人が邪悪と闇に染まるまでの四日間をリアルでも四日間かけて投下しようと思います。
今日はその初日です。
長さとしては一番長くなりましたが、よろしければお楽しみいただければと思います。
それではどうぞ。
ふたりはイヴィルシスターズ
闇・・・
漆黒の闇・・・
何も見えず何も聞こえない。
目を開けているのか瞑っているのかもわからなくなるほどの闇。
だが・・・
「ウーム・・・ここがいい」
その奥から声が発せられる。
聞く者の腹に響き渡りそうな重々しい声。
そして、聞く者に何か恐怖心を感じさせるような声だ。
「ワルピー! ワルピーはおるか?」
その声が闇の中に声をかける。
すぐに闇の一部が動いたような気配がし、闇の中に一つの実体が現れる。
「ハッ、ここにおりますピー!」
ポフンという感じで実体化した闇は、黒くもこもこした小悪魔の姿をしていた。
毛むくじゃらの小型犬ぐらいの大きさをして、背中には蝙蝠のような羽をもち、尻尾の先が矢じりのようにとがっている。
「ワルピーよ。この世界が気に入った。余はこの世界が欲しい。この世界を手に入れてくるのだ」
闇の中にボウっと浮かび上がる青い球体。
それは宇宙空間から見た地球の姿。
闇の声はこの世界を手に入れよと命じているのだ。
「は、はっ! かしこまりましたピー。な、なれど、前の戦いで我らの手勢はすべて失われ、ご自身もほとんどのお力を失われたと。このワルピー一人ではいささか手に余りまするピー」
無理難題を押し付けられたかとやや困った声を出す小悪魔。
「案ずるな。これを授ける」
闇の声とともに、小悪魔の前に黒い鍵が現れる。
「これは?」
「この鍵はイヴィルキー。この鍵を使って忌々しい“正しい心と力を持つ者”の心をこじ開け、漆黒の闇を流し込むのだ。そうすれば、その者の心と力は邪悪と闇に染まり、わが忠実なる手駒となるであろう」
その言葉に応えるかのように、黒い鍵が鈍く輝く。
「このようなものが。これを使って闇のしもべを作り出し、そのしもべを使ってあの世界を支配するのですねピー?」
「その通りだ」
「かしこまりましたピー」
黒い鍵を尻尾で巻き付けて引き寄せる小悪魔。
心なしかその鍵を持つだけで力が湧いてくるような気がしてくる。
「それでは行ってまいりますピー」
「うむ。余も間もなく力を回復できよう。その祝いにあの世界を余に差し出すのだ」
「お任せくださいピー、デモンオー様」
鍵を手にした小悪魔は闇に向かって一礼すると、そのまま姿を闇の中へと消していった。
******
「うーん・・・今日もいい天気ー。学校行くのなんてもったいないなぁ・・・あーあ・・・」
学校への道を歩きながら、思わずため息をついてしまう少女。
焦げ茶色のショートヘアが春の風に揺れている。
気候のいい今時期、教室で授業を受けているなんてつらすぎると思うのだ。
せめて校庭の木陰ででも授業してくれれば・・・
そんなことを思いながら、少女は重い足取りで学校へと向かっていく。
周囲には彼女と同じように学校へ向かう生徒たち。
皆同じ制服を着て同じ方向を向いている。
また今日も一日学校生活が始まるのだ。
もちろん友人としゃべったり遊んだりするのは大好きなので、学校に行くのは嫌いではないのだが・・・
「あーあ、授業さえなければなぁ・・・」
と、どうしても思ってしまうのが、この少女だった。
「キャッ!」
「わっ!」
突然前につんのめりそうになる少女。
歩く先にしゃがんでいた女子生徒がいたことに気が付かなかったため、そのままぶつかるような形になってしまったのだ。
幸い彼女のほうは転ばずに済んだのだが、背後から押すようになってしまったため、しゃがんでいた女子生徒のほうは前に転んでしまう。
「ご、ごめんごめん。大丈夫?」
慌てて手を差し出し、転んだ女子生徒を助け起こす。
「あ、はい、大丈夫です。こちらこそスマホを取り出したときに財布が落ちちゃって、それを拾おうとしゃがんでいたから」
助け起こされた女子生徒がにこやかに笑顔を見せる。
栗色のやや長めの髪をして、くりくりしたかわいい目に眼鏡をかけている、どちらかというとおとなしそうな少女だ。
「あ、同じクラスの? 黒坂(くろさか)さんだっけ?」
少女は助け起こした女子生徒に見覚えがあることに気が付いた。
「はい。黒坂です。あなたは紅倉(べにくら)さんでしたよね?」
「うん。紅倉茉莉(まり)。ごめんねホント。今日も授業やだなーって考えて歩いていたものだから気が付かなくて」
思わず頭をかく茉莉。
焦げ茶色のショートの髪がスポーティな雰囲気を出している。
「あ、その気持ちわかります。こんないい天気じゃ授業なんてやってられないって感じですよね」
「でしょでしょ。やってらんないよね。あ、遅れちゃう。行こう行こう」
「はい」
始業時間に遅れそうになり、少し小走りで学校に向かう二人の少女。
それを校舎の屋上から眺めている姿があった。
「むぅ・・・ここからこの街の様子を確認しようと思ったけど、まさかこんな早々に“正しい心と力を持つ者”が見つかるとは。しかも二人とも女の子だピー。あんな少女が“正しい心と力を持つ者”とはピー」
黒い毛の塊のようなものに蝙蝠の羽と矢じりのような先端の尻尾を持つ小悪魔が、女性教師の肩に乗っている。
今しがた校舎に入っていった二人の少女たち。
その少女たちが“正しい心と力を持つ者”であることを、小悪魔ははっきりと感じ取ったのだ。
「あの娘たちはお前の知っている娘たちかピー?」
「はい・・・私のクラスの子たちです・・・」
やや生気のない声で返事をする女性教師。
若く美人だが、その目はぼんやりとうつろだった。
「それはちょうどよかったピー。あとはあの娘たちにこの鍵を使うだけだピー」
黄色い目を輝かせ、ニヤッと笑みを浮かべる小悪魔。
やがて小悪魔は姿を消し、うつろなまなざしの女性教師は校舎の中へと消えていった。
「起立! 礼!」
一日の授業が終わり、終業のホームルームも終えて、教室内にはホッとした空気が流れていく。
「終わったー」
思わずそう口にしてしまう茉莉。
やっと授業が終わり、これから楽しい放課後である。
すでに今日の予定は昼休みの間に決まっていた。
「唯(ゆい)、希美(のぞみ)、したくできたら行くよー」
「うん!」
「ええ!」
茉莉の声に二人の少女たちが返事をする。
これから三人でお茶をしに行くのだ。
そのあとは流れでカラオケというのもあるかもしれない。
そう思うと茉莉の心は浮き立ってくる。
「あ、言い忘れてたわ。黒坂絵美(えみ)さん、紅倉茉莉さん、二人とも放課後ちょっと残ってちょうだい。やってほしいことがあるから」
その時教室の扉が開き、ホームルームを終えて出て行ったはずの担任の鷹紀由華(たかのり ゆか)が戻ってきて声をかける。
「あ・・・は、はい」
鞄の中身を確認し帰り支度をしていた絵美が、驚いたように顔を上げる。
「え、ええええ?」
一方の茉莉は突然のことに思わずそう声を上げていた。
「あ、あの、先生。今日は私用事があって・・・明日とかじゃいけません?」
すでに予定を入れていた茉莉が、何とかならないかお願いしてみる。
「ダメです。あなたたち二人にやってほしいことがあるの。残りなさい。いいわね」
いつになくきつい声で言い放つ由華。
だが、その目はどこかうつろで遠くを見ているような感じもする。
「は、はぁい・・・とほほ・・・」
がっくりと机に突っ伏してしまう茉莉。
「あちゃー、災難だったね、茉莉」
「先に行って待っているから、終わったら来てね」
茉莉に声をかけられていた二人が、今度は逆に茉莉にそう声をかけて手を振って去っていく。
「うー、なんで私がぁ・・・」
手を振りながらうらやましそうに二人を目で追うが、残れと言われたものは仕方がない。
さっさと先生の用事とやらを済ませて帰るしかない。
「しょうがないなぁ・・・」
ぶつくさ言いながら席を立つ茉莉を見て、思わず絵美は顔がほころんでいた。
校舎のはずれにあるほとんど使われていない倉庫の前に二人は立っている。
「なんでぇ? なんでこんな使っていない倉庫の中の片付けを、私と黒坂さんの二人でやらないといけないのぉ? 私何か悪いことしたかなぁ? あっ、もしかして、今朝黒坂さんを突き飛ばしちゃったから?」
目の前にある重々しい倉庫の扉を前に、がっくりと肩を落とした茉莉が自分に何か落ち度があったのかと自問自答している。
「いや、それなら突き飛ばされた私も一緒というのはおかしいと思うから違うんじゃないかな?」
もうさっきからこの調子でぶつくさと文句を言っている茉莉が、絵美は面白く感じて仕方がない。
紅倉さんってこんなに表情豊かで面白い人だったんだ・・・
と、絵美は思う。
二年生になってクラス替えがあってまだ日が浅く、クラスの半分ぐらいの人とはまだよくわかりあえていない。
だから、普段元気いっぱいで活動的に見える茉莉が、こうしょげかえっているのは新鮮で、言葉は悪いが面白く感じていたのだ。
「そっかぁ・・・そうだよねぇ。でも今朝はホントごめんね」
「ううん、もういいですから。あれは私も突然しゃがみこんだのがいけなかったし。おかげでこうして紅倉さんとお話しできるようになったし」
笑顔を見せて茉莉を安心させる絵美。
「あ、そういえば私も黒坂さんとこうやってお話しするのは初めてだ。よろしくね」
同じクラスとは言えども、タイプの違う絵美に対しどことなく遠いものを感じていた茉莉だったが、今朝の一件でなんだか一気に距離が縮まったような感じがする。
「こちらこそよろしく、紅倉さん」
絵美もぺこりと頭を下げる。
お互いクラスメイトではあるものの、なんだか初対面同士の挨拶のようだ。
「と、とにかく早く済ませてしまいましょう。紅倉さんは棚本(たなもと)さんと与瀬場(よせば)さんを待たせているんでしょ?」
なんだか倉庫の前で頭を下げあっていることに気恥しくなった絵美が扉に向かう。
「あっ、そうだった。早くしなくちゃ」
茉莉もポケットから担任に預かった倉庫の鍵を取り出し、扉の鍵穴に差し込んで鍵を開ける。
重たい扉を二人でこじ開けて中に入ると、埃臭い空気のにおいが広がった。
二人が入り込んだ倉庫の中は真っ暗だった。
「暗いね、電気電気」
茉莉が扉の横にある照明のスイッチをオンにする。
だが、倉庫の中は闇のままだ。
「あれ? おかしいね。故障かな?」
茉莉が何回もスイッチを入り切りしてみるが、照明が灯る気配はない。
「ダメだぁ。電気点かないや」
「おかしいわ・・・」
つぶやくように言う絵美の言葉に茉莉が振り向く。
見ると、暗い中でもわかるぐらいに絵美の顔が青ざめていた。
「黒坂さん?」
「おかしいわ」
「うん。どっか故障しているんだと思う。この暗さじゃ片付けは無理だね」
「ううん・・・そうじゃないの。いくら倉庫の中でも、扉が開いているのに外からの光が全く入らないなんてことがあると思う?」
「えっ?」
茉莉も気が付く。
確かに倉庫の中は薄暗いどころか、漆黒の闇なのだ。
いくらなんでも確かにおかしい。
「いったん出よう」
「ええ」
状況のおかしさに気が付いた二人が入り口から出ようとした瞬間、倉庫の扉が音を立てて勢い良く閉まる。
「わぁっ!」
「きゃあっ!」
はじかれるようにして尻餅をついてしまう二人。
「あいたたた」
「だ、大丈夫?」
茉莉に声をかけつつ自分もお尻をさすりながら立ち上がる絵美。
「うん、大丈夫。それにしてもいったい?」
茉莉も立ち上がって、倉庫の扉を開けに行く。
「あ、あれ? 開かない」
「う・・・ほ、ほんと・・・開かない」
両開きの扉の逆側を開けようとする絵美。
だが、二人がどう力を込めても、倉庫の扉はびくともしない。
「だ、ダメだぁ、おーい! 誰かぁ! 開けてぇ!」
「どなたかいませんかぁ! 出られなくなっちゃったんですぅ!」
ドンドンと扉をたたいて声を上げる二人。
だが、もともと校舎のはずれにある倉庫なので、めったに人も通らない。
外から開けてもらえる様子はなかった。
「こうなったら・・・」
茉莉が持ってきていたスマホを取り出す。
「これで誰かに連絡を・・・って、電波来てない? ウソ・・・」
「私のもだわ」
絵美も自分のスマホを確認するが、電波が届いてないことがわかる。
「スマホもダメなんてどうしよう・・・」
がっくりと肩を落とす茉莉。
「誰かぁー! お願いです。ここから出してください。閉じ込められちゃったんですー」
絵美がもう一度扉をたたいて外に向かって呼びかけるが、外からの返事はなかった。
「無駄だピー。ここはすでに閉ざされたピー。もうお前たちは外には出られないピー」
倉庫の奥の闇の中から声がして、黄色く輝く二つの目が二人を見つめてくる。
「な、何?」
「な、何なの?」
二人が驚いていると、黄色い目が近づいてきて、闇の中だというのに姿が見えるようになってくる。
それは黒い毛でできた毛玉のようなものに、蝙蝠のような羽と先端が矢じりのようになった尻尾を持つもこもこした物体で、それが闇の中で浮いているのだった。
「ぬ、ぬいぐるみ? ぬいぐるみがしゃべっている?」
思わず茉莉がそう言ってしまうのも無理はなく、外見だけで言えばぬいぐるみに見えないこともない。
「ぬいぐるみじゃないピー。われは邪悪と闇の世界をつかさどるデモンオー様にお仕えする使い魔で、ワルピーという名があるピー!」
もこもこしたぬいぐるみのような小悪魔が自分の名を告げる。
「柿ピー?」
「ちょ、ちょっと」
茉莉の返しに思わず苦笑する絵美。
こんな状況なのによくそんな返しができるものだと思うのだが、おかげで恐怖心がいくらか和らいだのも事実だ。
「柿ピーじゃないピー! ワルピーだピー!」
どうやら名前を間違えられて怒っているようではあるが、外見がぬいぐるみのようなので、あんまり凄みは感じない。
「そ、そのワルピーさんが私たちを閉じ込めてどうしようというのですか?」
「わ、私たちなんか食べてもおいしくないんだからね!」
キッとワルピーをにらみつける茉莉。
食われるにしたってただで食われるつもりはないのは明らかだ。
「食べないピー! われはお前たちをデモンオー様のしもべにするべくこの世界に来たんだピー!」
「デモンオー様のしもべ?」
「デモンオー様のしもべに?」
思わず茉莉と絵美の言葉が重なる。
「な、何よそれ! デモンオーだか海賊王だか知らないけど、そんなののしもべになるなんて願い下げだわ!」
「私もです! 邪悪と闇の世界の王のしもべなんて冗談じゃないわ!」
茉莉も絵美も強い口調で否定し、首を振る。
邪悪と闇の王のしもべなんて、考えただけでもぞっとすると二人は思うのだ。
「やかましいピー! お前たちをそのままにしておくわけにはいかないんだピー! お前たちはあの忌々しい“正しい心と力を持つ者”なのだピー! いずれお前たちは覚醒し、その力でデモンオー様の目障りな存在になるんだピー!」
「“正しい心と力を持つ者”?」
「それが私たちだっていうの?」
思わず顔を見合わせる茉莉と絵美。
自分たちが“正しい心と力を持つ者”だなんて思ったこともなかったのだ。
「な、何か間違ってませんか? 私、別に“正しい心と力を持つ者”なんかじゃないと思いますけど」
「そ、そうだよ。私なんてお母さんにお手伝いしろって言われても、宿題があるからってごまかしてしなかったりとか、お兄ちゃんとしょっちゅうケンカしてはお母さんに怒られたりとかしてるし・・・」
「あ・・・そうなんだ」
茉莉が自分は違うという否定の根拠として上げたことに、なんだか笑いがこみあげてくる絵美。
知り合ったばかりといえるような状況だったが、何となく紅倉さんらしいと思ってしまう絵美だった。
「間違いじゃないピー! われにもお前たちの力を感じるピー。お前たちはそのまま放っておけば、きっと手ごわい相手になるピー。だから今のうちに心を邪悪と闇に染めてしまうんだピー!」
「心を邪悪と闇に?」
「そ、そんな・・・いやです! そんなのいや!」
「私だっていやだ! 冗談じゃない! ふざけるな!」
絵美は思い切り首を振り、茉莉はさらに強くワルピーをにらみつける。
「お前たちの意志など関係ないピー! それに心が邪悪と闇に染まれば、お前たちは喜んでデモンオー様のために働くようになるんだピー!」
もこもこの小悪魔が赤い口にニィッと笑みを浮かべる。
「ふっざけるなぁっ!」
「あっ、紅倉さん!」
絵美が止めようと呼びかけるのも構わず、ワルピーにつかみかかっていく茉莉。
おそらく家ではいつも兄と言い合いになったりしたときには、こうして手が出てしまうのだろう。
だが、その突進をひょいとかわして、茉莉の手の届かない高さに浮かび上がるワルピー。
「このぉ! 好き勝手なことばかり言って! 降りてきなさいよ!」
「いやだピー! 今からこれでお前たちの心を邪悪と闇に染めてやるんだピー!」
そう言ってワルピーは尻尾を使ってデモンオーにもらった黒い鍵を取り出す。
「えっ?」
「何? 鍵?」
突然現れた黒い鍵に戸惑う二人。
だが、ワルピーは構わず黒い鍵を宙に浮かせる。
「イヴィルキーよ! この二人の“正しい心と力を持つ者”の心をこじ開け、邪悪と闇を注ぎ込むんだピー!」
ワルピーの呼びかけに応えるように、黒い鍵から二筋の闇の筋が二人の胸へとのびていく。
「えっ?」
「きゃぁっ!」
闇の筋は二人の胸に届くと、そこに黒い鍵穴を作り出す。
「な、なんなの?」
「ええ?」
自分の胸に現れた黒い鍵穴に驚く二人。
そして、その鍵穴に呼応するかのように、黒い鍵も二つに分裂したかと思うと、そのまますうっと二人の胸の鍵穴にそれぞれがはまり込んだ。
「オープンロックだピー!」
ワルピーがそう叫ぶと、二人の胸に差し込まれた黒い鍵がくるりと回転する。
そしてカチッという音とともに、二人の胸に黒く丸い穴が開く。
「ダークネスインだピー!」
突然轟音とともに二人の足元から黒い闇が湧き起こり、胸の穴へと吸い込まれていく。
「うわああああ!」
「きゃああああ!」
闇が入り込んでくる衝撃に思わず悲鳴を上げてしまう茉莉と絵美。
それと同時に、穴に入りきらない闇が二人の躰を包み込み、黒い球体へと化していく。
「ケケケケ・・・さあ、闇に包まれて生まれ変わるのだピー」
二人の姿が闇に包まれて見えなくなったのを確認し、満足そうにそうつぶやくワルピー。
やがて闇の球体がしぼみ始め、二人の姿が現れる。
一人は赤い衣装を、そしてもう一人は黒い衣装を身に着けていた。
「赤の邪悪! イヴィルマリィ!」
「黒の邪悪! イヴィルエミィ!」
「「ふたりはイヴィルシスターズ!」」
「世界を邪悪と闇に染めるため!」
「デモンオー様の目障りなものは!」
「「私たちが排除します!」」
二人は声を合わせて名乗りを上げ、ぐっとこぶしを握り締めてファイティングポーズのような姿勢をとる。
それは先ほどまでとは全く違った茉莉と絵美の姿だった。
「えええええ? 何これ何これ? 私何を言ってるの?」
「きゃあああ、な、なんなんですか? なんで私こんな格好を?」
ふとわれに返り、思わず今の自分の姿に驚いてしまう二人。
それも無理はない。
今の二人は学校の制服姿ではない。
首から下はノースリーブタイプのエナメルのようなつややかなボンデージレオタードで包まれ、二の腕から先を長手袋で覆い、太ももから下は膝上まで覆うロングブーツを履いている。
二人とも同じデザインの衣装ではあるが、イヴィルマリィのほうは赤、イヴィルエミィのほうは黒だった。
そして髪の色もそれに合わせて変化しており、焦げ茶色だった茉莉の髪は燃え立つような赤いショートに、栗色だった絵美の髪はカラスの濡れ羽のような漆黒のロングに染まっている。
さらにその髪を押さえるようにカチューシャが付けられていて、こちらは衣装とは逆にイヴィルマリィが黒、イヴィルエミィが赤だった。
ふたりに共通なのは冷たさを持ちやや吊り上がった目に付けられた黒のアイシャドウと、唇に真っ赤に塗られた口紅のみ。
イヴィルエミィは絵美の時にはかけていた眼鏡も消えていた。
「これはとても素敵だピー。まさに邪悪と闇の魔女にふさわしい姿だピー。デモンオー様もきっとお喜びになるに違いないピー」
闇の中から現れた二人の魔女の姿にワルピーは満足する。
「そ、そうかなぁ? 魔女というよりもこれってSMの女王様みたいだよぉ」
「えすえむのじょおうさまって?」
自分の姿を見下ろしてついつぶやいてしまったイヴィルマリィに、イヴィルエミィが問いかける。
「あ、その・・・えと・・・男の人をいじめて喜ばせる職業の女性・・・かな?」
「ふーん・・・イヴィルマリィったらよく知ってるのね」
「え? あ・・・いや、お兄ちゃんだから。お兄ちゃんの持っていた本に出てただけだから。お兄ちゃんの本で知っただけだから!」
慌てて首をぶんぶんと振るイヴィルマリィ。
「うふふ・・・そんな慌てることないのに」
くすっと笑ってしまうイヴィルエミィ。
邪悪と闇の魔女の姿に変わったとはいえ、全体的な面影は茉莉と絵美そのものである。
そのため、その笑みは邪悪さよりもかわいらしさを感じさせるものだった。
「よし、それではこれからお前たちにデモンオー様のために働いてもらうピー」
二人のイヴィルシスターズを前に指示を下そうとするワルピー。
これからこの二人を使って、この世界を邪悪と闇に染めなくてはならないのだ。
「ふっざけるなぁ!」
「ピ?」
いきなりイヴィルマリィに怒鳴りつけられ、目を丸くするワルピー。
「誰がデモンオー様のためになんて働くか!」
「そうよ! いくらデモンオー様のためとはいえ、世界を邪悪と闇に染めるなんてできるわけないじゃない! そんなことより私たちを元に戻しなさい!」
イヴィルマリィだけじゃなく、イヴィルエミィもキッとワルピーをにらみつけてくる。
先ほどまでの二人とは違い、今の二人には凄みがあった。
「むむっ? これはどうしたことだピー? 二人とも邪悪と闇に心を染められたはずじゃなかったのかピー?」
心を邪悪と闇に染められたのであれば、デモンオー様に喜んでお仕えするはず。
だが、今の二人はそうではないようだ。
「私たちは邪悪と闇になんか染まってない!」
「私たちは私たち。私もイヴィルマリィも簡単に染められたりはしないわ!」
きっぱりと言い放つ二人。
「むぅ・・・自分たちのことをイヴィルマリィやイヴィルエミィというあたり、全く染まってないわけではないようだが・・・さすが“正しい心と力を持つ者”ということかピー。となれば、何度か繰り返して染めていくしかなさそうだピー」
何度か繰り返すことで二人の闇も広がっていくはず。
そうなれば、やがては心が邪悪と闇に染まり、完全なるイヴィルシスターズとして完成するだろう。
「ならばこうするまでだピー!」
ワルピーの黄色い目がギラッと輝く。
「あ・・・」
「え・・・」
とたんにワルピーをにらみつけていた二人の目から輝きが失われる。
「ケケケケ・・・これでいい。さあ、お前たち、われの命に従うんだピー」
「はい・・・」
「命令に従います・・・」
うつろな目でワルピーに返事をするイヴィルマリィとイヴィルエミィ。
ワルピーによって精神支配されてしまったのだ。
「さあ、こっちに来るんだピー」
「はい・・・」
「はい・・・」
ゆっくりとワルピーのもとへ向かう二人。
やがて二人はワルピーとともに闇の中へと姿を消した。
この街の郊外にある大きな教会。
礼拝堂には休日ともなれば多くの人がやってくる。
教会自身も西洋風の見栄えのする建築物で、観光でやってくる者も多い。
その教会の塔の上、その上空に黒い球体が現れる。
まだ夕暮れには時間があるため通りを通る人も多く、人々はいきなり現れた黒い球体に驚いていた。
「あれを見るピー」
黒い闇の球体の中、ワルピーが外の光景を映し出す。
そこには人々が驚きの表情で上空を見上げる中、大きな教会が映っていた。
「この世界における信仰心ある連中の集まる場所だピー。この近郊では一番大きなものだピー」
ワルピーの言葉をうつろな表情で聞いている赤と黒の二人の少女。
おそらく二人がいつもの状態であれば、その教会が学校の近くにあっていつも見慣れているものだったことに気が付いただろう。
「あれを壊すんだピー」
無言でこくりとうなずく二人。
「あのようなものはデモンオー様にとっては目障りだピー。世界で崇拝されるべきはデモンオー様お一人であるべきだピー。そのほかのものを信仰する場所など必要ないピー。わかるな?」
再び二人がこくんとうなずく。
「それじゃ行くんだピー! デモンオー様の目障りなものをお前たちで排除するんだピー!」
「デモンオー様の目障りなものは・・・」
「私たちが排除します・・・」
抑揚のない口調でそういうと、赤と黒の少女たちは闇から外へと飛び出した。
「ううううあああああああああああ!」
「えええええええええいいいいい!」
それは突然荒れ狂った赤と黒の稲妻だった。
人々のみている前で、黒い球体から突如現れた二筋の赤と黒の稲妻が、教会を直撃したのだ。
「あはぁ・・・あは・・・あははははは」
「はぁん・・・ああん・・・あん・・・」
頬を紅潮させて教会の建物を破壊していく二人の少女。
殴り、蹴るごとに教会は崩壊していく。
二人のまとった赤と黒の闇のオーラが、逃げ惑う人々の目にはまるで稲妻のように映っていたのだった。
「行くよ、イヴィルエミィ」
「ええ、イヴィルマリィ」
二人が顔を見合わせてうなずき合う。
「レッドウィップ!」
「ブラックウィップ!」
二人の右手に赤と黒の闇の鞭が現れ、二人はそれを振り回す。
まるで竜巻でも通ったかのように、二人の通った後には瓦礫の山ができていく。
「よし、もういいだろうピー。戻ってくるピー」
宙に浮いている黒い球体からワルピーの声が二人に届く。
「はい・・・ああ・・・」
「はい・・・あふぅ・・・」
二人は崩壊した教会の残骸を見て、頬を赤く染めながら黒い球体内へと戻っていく。
「ご苦労だったピー。これで一つデモンオー様の目障りなものが消え去ったピー」
「はい・・・デモンオー様の目障りなものは排除します・・・」
「はい・・・デモンオー様のため・・・」
ほうっと吐息を漏らす二人。
それはまるで今まで官能を味わっていたかのようですらある。
「どうだピー? 気持ちよかっただろうピー?」
「はい・・・気持ちよかったです・・・」
「とても気持ちよかったです・・・」
相変わらず表情はうつろだが、それでも気持ちよさそうな二人だった。
「またお前たちには働いてもらうピー。とりあえず元に戻るピー」
「はい・・・」
「はい・・・」
二人の胸から黒い鍵が現れてワルピーの元へと戻っていく。
それと同時にすうっと二人の姿が元の紅倉茉莉と黒坂絵美に変化する。
そしてそのままくたっと倒れこんだ。
「まだ躰が適応していないから消耗が激しいみたいだピー。だが、これを繰り返していけば、二人は身も心も完全なるイヴィルシスターズとなり、デモンオー様に自らお仕えするようになるんだピー」
先端が矢じりのようになった尻尾を二本の黒い鍵に巻き付け、ワルピーはにやりと笑みを浮かべていた。
******
「う・・・うーん・・・」
ゆっくりと目を開ける絵美。
気が付くと、かなり日が傾いた空が目に入る。
「あれ? 私・・・」
躰を起こすと、そこは片付けるように言われた倉庫の扉の前で、そばにもう一人倒れているのが分かった。
「べ、紅倉さん。紅倉さん」
倒れている茉莉を揺さぶってみる。
躰は温かく、命に別状はなさそうだ。
「紅倉さん!」
「う・・・うーん・・・お兄ちゃん・・・それは私のだってばぁ・・・」
絵美が少し声を大きくすると、茉莉が寝言のようなことを言う。
どうやら何かの取り合いをしているのかも知れない。
「紅倉さん、起きて!」
「ん・・・あ?」
絵美がまた少し強く揺さぶると、茉莉がゆっくりと目を開ける。
「あれ? 黒坂さん? なんでうちに?」
「うちじゃないです。まだ学校です」
「えっ?」
慌てて起きて周囲を見る茉莉。
確かにここは学校で、しかも片付けを言いつけられた倉庫の前だ。
なんでこんなところで寝ていたのだろう?
「私・・・なんでこんなところで寝てたんだろう?」
「わからない。なんだか悪い夢を見てたような気がする」
ゆっくりと首を振る絵美。
「うん・・・でも・・・でもなんだか気持ちよかった気もする」
「あ・・・うん・・・私も・・・」
二人は思わず顔を見合わせる。
もしかして二人とも同じ夢を見ていたのだろうか?
「あなたたち、何をしているの?」
「ひえっ」
「キャッ」
突然声をかけられて驚く二人。
見ると、校舎のほうから担任の鷹紀由華がやってくるところだった。
「鷹紀先生」
「す、すいません。ま、まだ何もやってなくて」
慌てて立ち上がり、頭を下げる茉莉。
自分たちが倉庫の片付けを言いつけられていたのを思い出したのだ。
「す、すみません」
絵美も茉莉と同じように頭を下げる。
それにしても、どうして二人して眠り込んでしまったりしたのだろうか・・・
「ああ、それはもういいわ。早く帰りなさい」
「えっ?」
「えっ?」
二人はきょとんとする。
だってまだ何もやっていないのだ。
倉庫の片づけはしなくていいのだろうか?
「で、でもまだ何も」
「いいのよ。もう用は済んだとの仰せなの」
無表情で二人を見る由華。
その目はどこかうつろだ。
「仰せ?」
「いいから帰りなさい」
やや強めの口調で言い放つ由華に、絵美も茉莉もおとなしく従うしかなくなってしまう。
「帰ろう、黒坂さん」
「え、ええ・・・」
まだ何か言いたげにしていた絵美の手を取り、茉莉は校舎のほうへ歩き出す。
やがて二人が校舎に消えると、由華の肩にワルピーが姿を現した。
「それでいいんだピー」
「はい・・・ワルピー様・・・」
小悪魔が肩に乗っているにもかかわらず、全く表情を変えない由華。
「あの二人もいずれデモンオー様の忠実なしもべとなるピー。お前がわれのしもべになったように」
「はい・・・ワルピー様」
「お前の心はもう一度くらいかわいがってやれば完全に闇に染まる。そうなれば、お前は自らわれに従うようになるピー。うれしいかピー?」
「はい・・・もちろんです、ワルピー様」
そう答える由華の目は、先ほどとは違って冷たい輝きを見せ始めているのだった。
「はあ・・・なんだったんだろうね、結局」
釈然としないものを感じはするものの、帰れというからにはとっとと帰ろうと思うのが茉莉である。
「何がどうなっているのかしら・・・」
絵美も茉莉同様にもやもやしたものを感じながら、学校の校門を出る。
「まあ、倉庫の片付けをしなくてよくなったからラッキーじゃない?」
「それはそうだけど・・・」
そういいながら、二人は通りへ通じる道を歩いていく。
通りに出たところで、二人の前をけたたましくサイレンを響かせながら、消防車や救急車が走り去っていく。
それも数台が続いており、何かあったらしい。
消防車や救急車だけではなく、パトカーも混じっている。
「何か、あったのかしら?」
絵美が消防車の向かった方向を見てみるが、現場が離れているのか、特に煙などが見える様子はない。
「さあ・・・」
茉莉も同じ方を見るが、やはり何もわからない。
とはいえ、消防車などが向かった方向は家へ向かう方角でもあるので、いずれ何か見えてくるかもしれない。
「あ、私家がこっちなんだけど、黒坂さんは?」
「あ、私もこっちよ」
「えっ、そうなんだ? 私7丁目なんだけど」
「私6丁目」
「あ、近いんだ」
「ホントね」
お互いの家の近さに驚く二人。
もしかしたらこれまでも気が付かなかっただけで、道ですれ違っていたりしていたのかもしれない。
「じゃあ、近くまで一緒に帰ろ」
「ええ、それはいいけど・・・紅倉さん、棚本さんと与瀬場さんと約束があったんじゃ?」
「あ!」
言われて気が付く茉莉。
そうだった。
希美と唯と遊ぶ約束していたのだ。
すっかり忘れていたことに青ざめる。
茉莉はすぐにスマホを取り出してLINEを送信する。
しばらくスマホとにらめっこしていた茉莉だったが、やがてその手が震えてくる。
「紅倉さん?」
何となくさよならを言いそびれてその場に残っていた絵美が、茉莉の様子にただならぬものを感じ、思わず声をかける。
「黒坂さん・・・」
「はい?」
わなわなと震えるように青ざめた顔をしている茉莉。
どう見てもただ事ではない。
「何かあったの?」
「来て!」
突然絵美の手をつかんで走り出す茉莉。
「キャッ! ど、どうしたの?」
絵美もそれに引っ張られるように一緒に走り出す。
「いいから来て!」
「う、うん」
何かただ事ではないと思いながら絵美は茉莉と一緒に走っていく。
その行先は、先ほど消防車や救急車が向かった方向だった。
「そ・・・んな・・・」
「う・・・そ・・・」
人だかりをかき分けて規制線のところまでたどり着いた二人は、目の前の光景に絶句する。
そこにはいつも見慣れていた観光名所ともなっていた教会が跡形もなく崩れ去り、瓦礫の山となっていたのだ。
「唯がLINEで言ってた通りだ。教会が崩れて大変なことになっているって・・・」
「な、何これ?」
絵美も目の前の光景に愕然としている。
規制線の中では大勢の警官や消防士たちが必死で救助作業に当たっている。
おそらく瓦礫の下にまだ多くの人が埋まっているのだろう。
「そんな・・・あれは夢じゃなかったの?」
「やっぱり・・・黒坂さんもこの教会を壊す夢を?」
「えっ? 紅倉さんもなの?」
二人はお互いの顔を見合わせる。
さっきまで妙な悪夢を見たように感じていたものが、夢ではなかったというのか?
「夢じゃ・・・なかったんだ・・・」
「そんな・・・これを・・・私たちが・・・?」
がっくりと膝から崩れ落ちる絵美。
赤色回転灯の光が時々彼女の眼鏡に反射していた。
「黒坂さん・・・」
支えるようにして彼女を立ち上がらせる茉莉。
彼女自身も相当にショックを受けていたが、それ以上にショックを受けたように見える絵美を放っておけないのだ。
「とりあえずこっちへ」
絵美に肩を貸して人ごみの中から連れ出す茉莉。
「ねえ・・・教えて・・・」
「えっ?」
「ねえ・・・教えて・・・あれは私たちがやったことなの?」
茉莉の肩に身を預けながら、絵美がポツリとそうつぶやく。
「あれは・・・私たちが・・・やったことなの?」
茉莉は違うと言いたかった。
だが、そういうにはあの夢はあまりにも生々しく記憶に残りすぎていた。
むしろ夢じゃなかったというほうが正しいのだろう。
「ねえ! 教えてよ! あれは私たちがやったことなの?」
思わず口調がきつくなる絵美。
わかっているのだ。
あれが夢ではなかったことが。
わかっているのだ。
あの惨劇は自分がやったことなのだと。
だが、認めたくはない。
「たぶん・・・そう・・・」
茉莉の言葉に息をのむ絵美。
それは聞きたくない言葉だったが、正しい言葉でもあった。
「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁ!」
絵美の悲鳴が響く。
「どうして? どうしてよ? 私たちがどうしてあんなことをしなくちゃならないの? 私たちが何か悪いことでもした? ねえ、どうして?」
絵美が泣きながら茉莉の肩をつかんで揺さぶる。
それははからずも倉庫の前で片付けを言いつけられた茉莉が言っていたのと同じセリフだ。
「どうしてって・・・」
そんなこと茉莉にもわかるはずもない。
わかっているのは、自分たちが何か得体のしれないものに操られてあの教会を破壊し、多くの人を傷つけてしまったということだけ。
「教えてよ、紅倉さん!」
泣きながら揺さぶってくる絵美に対し、茉莉は自分こそ泣きたいのだと言いたかった。
「・・・ごめんね」
茉莉を揺さぶるのをやめ、眼鏡をはずして涙をぬぐう絵美。
「ごめんね。紅倉さんだって私と同じように巻き込まれただけだもん、わかんないよね。ごめんね」
「黒坂さん・・・」
「あー、泣いたら少し落ち着いた。あれ、やっぱり私たちがやっちゃったんだよね」
少し笑顔を見せる絵美に茉莉は心を痛める。
相当に無理をしているのだろう。
それはたぶん自分もなのだ。
「悪いことしちゃったんだから、責任は取らないといけないよね・・・」
「責任?」
責任とはいったい?
「うん。私・・・警察に自首してくる」
「警察に?」
「うん。教会を壊したのは私ですって自首する。あっ、紅倉さんは付き合わなくていいよ。あくまで私一人でやったことにするから」
「えっ?」
茉莉は驚いた。
彼女は・・・黒坂さんはあの破壊を自分一人で背負い込むつもりなのだ。
そんな・・・
「黒坂さん・・・それはダメだよ」
茉莉はゆっくりと首を振る。
「紅倉さん・・・」
「それはダメだよ。あれは私たち二人がやったことだもの。責任は二人で取らないと・・・」
「で・・・でも・・・」
「あーあ・・・お父さんやお母さんに怒られちゃうなー。お兄ちゃんには何言われるか・・・」
努めて明るく振舞う茉莉。
そうしないと自分でもおかしくなってしまいそうだ。
「紅倉さん・・・」
「さ、行こう。黒坂さん」
絵美の手を取る茉莉。
「ええ。行きましょう」
絵美も茉莉のその手をぐっと握りしめた。
トボトボと肩を落として道を歩いていく二人の少女。
警察に行った結果は散々だった。
まともに取り合ってもらえなかったばかりか、子供のたわごととして追い払われてしまったのだ。
あの教会の倒壊は、竜巻のような局地的な暴風とそれに伴う落雷によるものであり、人為的なものとは思われていないらしい。
そのため、二人の訴えは全く取り上げられなかったのだ。
それはそうだろう。
台風や地震で大きな被害が出たとして、その台風や地震は私がやったものだから捕まえてくださいなどと言ったって信じてもらえるはずがない。
なおも詰め寄ろうとする絵美だったが、茉莉はそれを制し、結局二人は交番を後にするしかなかった。
「ダメ・・・だったね・・・」
ぽつりとつぶやく茉莉。
「うん・・・」
絵美も力ない声で返事をする。
「仕方ないよ・・・自分自身のことだからまだ信じられるけど・・・そうじゃなかったら私だって信じられないもん」
「でも・・・でも・・・あんなことになって大勢の人がけがをして・・・死んだ人もいるかもしれないのに・・・赦されることじゃないわ」
「そうだけど・・・」
自分の手を見る茉莉。
感触がまだ残っている。
教会の壁を殴り壊したときの感触。
赤い鞭をふるった感触。
全部思い出すことができる。
そして・・・
そして・・・
それがとても気持ちよかったことも・・・
でも・・・
そんなこと感じるなんてどうかしている・・・
「あ、あのさ・・・この近くにおいしいドーナツのお店があるの。食べに行かない?」
少し空気を変えたくて、茉莉は絵美を誘ってみる。
甘いものでも食べれば、少しは気分も変わるだろう。
結局今日は唯や希美と遊ぶことはできなかった。
あの騒ぎで二人も早々に切り上げて帰ったらしい。
巻き込まれなかったのはよかったと思うけど、二人の顔を見られなかったのは残念だ。
「ううん。今日は家に帰ります。ごめんなさい」
茉莉の誘いに絵美は首を振る。
今は何も食べたくないのだ。
「そう・・・」
ちょっとがっかりする茉莉。
「家に帰って、パパとママに相談してみます。どうなるかわからないけど・・・明日学校に行けないかもしれないけど・・・」
「そんな・・・来てよ、学校。待ってるから」
茉莉は同じ体験をした者として、彼女が学校に来なかったらと思うと心細くて仕方がないのだ。
「うん。ありがとう紅倉さん。それじゃ今日はここで。さようなら」
少し寂しげな笑みを見せて手を振る絵美。
「さよなら。明日、待ってるから。待ってるからねー!」
背を向けて去っていく絵美に向かって茉莉も手を振り声をかける。
「うん」
絵美が最後に振り向いて笑顔を見せてくれたことが、茉莉は何とも言えず嬉しかった。
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- 2018/11/15(木) 21:00:00|
- ふたりはイヴィルシスターズ
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