12周年記念SS「紋章からの声」も今日が最終回です。
お楽しみいただければ幸いです。
「ククク・・・まずは一人目というわけだな。 それで?」
相沢狭霧を部屋に帰した後、私は再び司令部を抜け出し、ビルの屋上で三葉虫男様と会う。
今日は擬態を解き、巨大な三葉虫の姿を私に見せてくださっている。
「はい。彼女には自室で一人になったときには必ずボーハッツの女戦闘員の姿になるように命令し、さらなる自己暗示をかけるようにいたしました。今頃は自室でも女戦闘員としての自分を脳に刻み込んでいるかと・・・クフフフフ・・・」
思わず私の口から笑いが漏れる。
楽しい・・・
人間を洗脳して手駒にすることがこんなに楽しい事だったなんて。
最高の気分だわ。
「うむ。よくやったぞ、ムカデ女。このままテラズファイター司令部の占領作戦を実行せよ」
「はい。ご命令のままに」
三葉虫男様の前にひざまずいた私はそのまま一礼する。
この作戦はボーハッツにとって重要な作戦と言われ、私は光栄であると同時に任務の重要さに身が引き締まる。
絶対に失敗するわけにはいかない。
「これは追加のスーツとドリンクだ。持っていくがいい」
「かしこまりました」
私は新たな女戦闘員のコスチュームと強化薬のドリンクを受け取り、一礼してその場を後にする。
次の獲物を誰にするかを考えながら・・・
******
「おはよう」
「おはようございます、司令」
「おはようございます」
いつもの朝のオペレーションセンター。
いつもと変りない交代の時間。
クフフフフ・・・
愚かな人間たち・・・
でも、すぐにお前たちも偉大なるボーハッツの一員にしてあげるわ・・・
「おはよう。特に変わりはない?」
「おはようございます。昨晩は特に何も」
町原好美が司令官席を明け渡してくる。
この娘もいずれは・・・
「そう。それは何より。ゆっくり休んでちょうだい」
「ハッ、それでは司令部をお渡しします」
「引き継ぎます」
いつものように司令部を引き継ぐ私。
オペレーターたちも順次交代が行われる。
相沢狭霧も問題なく出てきたようね。
少し表情が変わったかしら・・・
クフフフフ・・・
さて、今日は誰にしようかしら・・・
******
「ひっ! ど、どうして? 司令がどうして?」
「クフフフフ・・・私はもうテラズファイターの司令官なんかじゃないの。私はムカデ女。偉大なるボーハッツの女怪人なのよ」
呼び出されて私の部屋にのこのことやってきた風元聡美を私は追いつめる。
今日の獲物はこの娘。
お前もボーハッツの女戦闘員になるのよ。
「そ、そんな・・・」
慌てて逃げ出そうとする彼女を私は押さえつける。
「い、いやぁっ! 離してぇ!」
「クフフフフ・・・さあ、私の洗脳波を浴びなさい」
私は触覚と歩肢、それと単眼から洗脳波を浴びせていく。
「あ・・・」
途端に目付きがとろんとなる風元聡美。
クフフフ・・・
かわいい娘。
これからはボーハッツの女戦闘員として働くのよ。
いいわね。
「キキーッ!」
「キキーッ!」
右手を挙げて服従声を発する二人の女戦闘員。
女戦闘員サギリと女戦闘員サトミだ。
二人とも眼だけが覗く黒い全身タイツに身を包み、腰にはボーハッツの紋章の付いたベルトを締めている。
これで二人。
着々と作戦は進行するわ。
******
「おはようございます」
「おはよう。今日もよろしくね。異常は?」
いつものように町原副司令に交代の挨拶をする私。
「特に何も。このところボーハッツもおとなしいですね」
「そうね。昼間も夜間も動きがないわね」
クフフフ・・・
外ではね・・・
「それじゃあとは引き継ぐわ」
「お願いします。あら?」
怪訝そうな顔になる町原好美。
「どうかした?」
「昼間チームの娘たち、いつもあんなに荷物が多かったですか?」
夜間チームと入れ替わる昼間チームのオペレーターたち。
そのいずれもがトートバッグのようなものを持ち込んでいる。
クフフフ・・・
みんなもう昼間チームは仲間だけと知り、我慢できなくなったようね。
「終わった後みんなで何かするためとかじゃない?」
私は適当にごまかす。
まだ夜間チームに知られるわけにはいかない。
知られずに仲間を増やしていくのだ。
「そうですか? なんだか最近昼間チームの娘たちがちょっと変な感じに見えて・・・」
「変?」
「はい。時々廊下ですれ違う時に右手をスッと上げようとしたりとか、自室にこもりきりとか、表情もなんだか冷たく感じて・・・」
「そう? 特にそんな感じはしないけど」
「それならいいのですが・・・」
釈然としない表情の町原好美。
やはりこの女はなかなか鋭い。
放っておくわけにはいかないわね。
「わかったわ。私も気を付けてみる」
「お願いします。それではあとはよろしくお願いします」
「ご苦労様」
私はテラズファイターの敬礼をして町原好美を見送る。
確かについ右手を上げるボーハッツの敬礼をしてしまいそうになるわね。
でも・・・
クフフフフ・・・
町原副司令が出て行き、オペレーションセンター内が昼間チームだけになる。
「ふふふ・・・」
「うふふふ・・・」
「ふふふ・・・」
五人のオペレーターたちからひそかな笑い声が漏れ始める。
「クフフフ・・・お前たち、もう我慢できないんでしょ? いいわよ。着替えなさい」
「キキーッ!」
「キキーッ!」
「キキーッ!」
私の許可にいっせいに席を立って制服を脱ぎ始める彼女たち。
皆下着まで脱ぎ捨て、持ってきたバッグの中から戦闘員のコスチュームを取り出していく。
偉大なるボーハッツの女戦闘員のコスチューム。
眼だけが開いている黒い全身タイツ状のスーツだ。
もうこれが着たくてたまらないのだろう。
やがて彼女たちは全員がボーハッツの女戦闘員の姿になる。
私もムカデ女のスーツを持ってきておけばよかったわ。
クフフフフ・・・
「「「キキーッ!」」」
整列して右手を上げ、服従声を発する女戦闘員たち。
昼間チームはすでに全員が女戦闘員。
自室でもこの姿で過ごし、いつでもボーハッツに身をささげることを考えるようになっている。
偉大なるボーハッツの尖兵だ。
「クフフフフ・・・その姿こそがお前たちの本当の姿。お前たちは偉大なるボーハッツの女戦闘員。そうよね?」
「「「キキーッ! はい、私たちは偉大なるボーハッツの忠実な女戦闘員。ボーハッツに忠誠を誓い、何でも命令に従います!」」」
その言葉にためらいも何もない。
彼女たちは完全に洗脳され、ボーハッツのしもべとなった。
なんてすばらしい事だろう。
クフフフフ・・・
******
「失礼します。司令、お呼びですか?」
夜、夜間チームに引き継いだ後、私は町原好美を司令官控え室へと呼びつけた。
クフフフ・・・
彼女にもボーハッツの素晴らしさを教えてあげないと。
「「「キキーッ!」」」
彼女が部屋に入ってくると同時に、左右から女戦闘員たちが彼女を確保する。
「えっ? な、なに?」
司令官に呼ばれて部屋に入ったところを取り押さえられるなど、彼女は予想もしてなかっただろう。
「ま、まさかボーハッツ? どうして?」
「クフフフフ・・・」
自室から衣装を持ち込んで着替えていた私は、彼女の前に姿を現した。
「さ、坂木司令? そ、その格好は?」
私は彼女の前でゆっくりとヘルメットをかぶる。
触覚や単眼からの情報が脳につながり、私はムカデ女として完成する。
「クフフフフ・・・どう、この姿は? 私はもう坂木真梨香などではないの。私は偉大なる暴発軍団ボーハッツの怪人ムカデ女。すでにこの娘たちは私の洗脳波でボーハッツの女戦闘員へと生まれ変わったのよ」
「ま、まさか・・・そんな・・・本部が・・・」
驚愕に言葉が出ないみたい。
クフフフ・・・
無理もないわね。
あなたが信頼していた司令官などもうどこにもいないのだから。
「くっ!」
なんとか身をよじって逃げようとする彼女。
「無駄よ。彼女たちは肉体強化をされているわ。もう普通の人間など素手で首をねじ切るくらい簡単にできるわよ」
「くっ・・・誰かぁ! 誰かぁ!」
「それも無駄。ここはオペレーションセンターからは離れているし、そもそもオペレーションセンターは丈夫な壁とドアで守られているから、音など通さないわ。一般職員もこのあたりには来ないし。万が一来たとしても外には女戦闘員が二人。クフフフフ・・・」
こうやっていたぶって彼女の絶望する顔を見るのも楽しいわね。
でも・・・
「心配はいらないわ。お前にもボーハッツの偉大さ、ボーハッツに従う喜びを感じさせてあげる」
「や、やめて! いやぁっ!」
「さあ、町原好美、お前も女戦闘員になりなさい」
「いやぁ・・・あ・・・」
私の洗脳波を浴び、すぐにその目がとろんとなる。
クフフフ・・・
たっぷりと心の底から洗脳してあげるわ。
やがて町原好美の洗脳が終わる。
「キキーッ!」
右手を挙げて服従声をあげる女戦闘員。
眼だけが覗く黒い全身タイツに身を包み、長手袋とハイヒールのブーツを履いている。
腰にはもちろん偉大なるボーハッツの紋章が付いたベルトを締めており、そのドクロの目が赤く輝いている。
着用者に自らが何者かを刻み込んでいるのだ。
「クフフフ・・・さあ、言いなさい。お前は何者?」
「キキーッ! 私は偉大なる暴発軍団ボーハッツの忠実なる女戦闘員。ボーハッツに身も心もささげ、忠誠を誓います。キキーッ!」
そこにはもはやテラズファイターの副司令官だった町原好美などはいない。
彼女はボーハッツの女戦闘員として生まれ変わったのだ。
私はそのことに満足する。
「それでいいわ。これからはその姿が本当のお前。自室で一人になったときにはその姿に戻り、自分がボーハッツの女戦闘員であることを脳に刻み込みなさい」
「キキーッ! もちろんです、ムカデ女様。この姿こそ本当の私。偉大なるボーハッツの女戦闘員になれて光栄です。キキーッ!」
クフフフフ・・・
これでいいわ。
残るはあと夜間チームのみ。
それもすぐに私の洗脳波で・・・
クフフフフ・・・
******
「キキーッ!」
「キキーッ!」
「キャー!」
「そ、そんな! 司令部にボーハッツが現れるなんて!」
女戦闘員たちに取り押さえられる二人のオペレーターたち。
今週の夜間チームの蜷田弘佳(になた ひろか)と、足利真尋(あしかが まひろ)の二人だ。
クフフフフ・・・
驚くのも無理はないわ。
いきなり本部内でボーハッツの女戦闘員たちに囲まれて取り押さえられたのだから。
「キキーッ! お前たちもムカデ女様に洗脳していただき、偉大なるボーハッツの女戦闘員に生まれ変わるのよ」
二人の前に立つ一人の女戦闘員。
「えっ?」
「まさかその声? 副司令では?」
「キキーッ! 町原好美などという女はもういないわ。私はムカデ女様に洗脳していただき、偉大なるボーハッツの女戦闘員として生まれ変わったの。この姿は私の本当の姿。私はボーハッツの女戦闘員ヨシミ。偉大なるボーハッツに栄光あれ! キキーッ!」
その豊かなバストを見せつけるように胸を張る女戦闘員ヨシミ。
その誇らしげな姿はテラズファイターの副司令官だった時と似ていたが、今の彼女にはボーハッツこそがすべてなのだ。
「クフフフフ・・・」
二人を洗脳するために私はゆっくりと姿を見せる。
残ったのはこの二人。
この二人が終わればオペレーターたちはすべてボーハッツの女戦闘員となる。
偉大なるボーハッツがまた一歩、地球支配を進めるのだ。
その手助けができるのはなんと気持ちがいい事か。
「ひぃっ!」
「きゃぁっ! ボー、ボーハッツの怪人!」
私の姿を見て悲鳴を上げる二人。
「お黙り! 私は偉大なるボーハッツのムカデ女。お前たちもボーハッツの女戦闘員になるのよ」
「そ、そんな・・・その声は司令? 司令まで?」
「いや! いやぁぁぁぁぁ!」
青ざめ泣きわめく二人に対し、私は触覚と歩肢、そして単眼から洗脳波を浴びせていく。
クフフフフ・・・
この瞬間がたまらない。
人間の思考を思い通りにするのは気持ちがいいわぁ。
「キキーッ!」
「キキーッ!」
洗脳が終わり、渡された衣装を身に着けた二人が右手を上げて服従の声を上げる。
黒の全身タイツをまとい、女戦闘員の姿で私の前に立つ二人。
女戦闘員ヒロカと女戦闘員マヒロ。
先ほどまでとはうって変わり、その目はボーハッツへの忠誠に輝いている。
これでオペレーターはすべて偉大なるボーハッツの女戦闘員。
オペレーションセンターはボーハッツの支配下よ。
******
『キキーッ! ムカデ女様、準備が整いました』
インターコムからヨシミの声が流れてくる。
自然の流れで、彼女が女戦闘員たちの指揮を執っているのだ。
頼もしい私の右腕となってくれている。
クフフフフ・・・
女戦闘員ってかわいいわ。
「すぐ行くわ」
私はインターコムに返事をすると、オペレーションセンターへ向かうことにする。
今日はこの司令部の新たなる出発の日。
すでに私はもうムカデ女の姿でしか過ごさなくなっている。
もし、ボーハッツの一員以外のものと会えば殺せばいいのだ。
司令部内のことをもみ消すのもたやすいこと。
すでに五人ほど殺しているが、人間を殺すのはとても気持ちがいい。
「それじゃ行ってくるわね、クズ夫さん」
私はかつて夫だった男の写真に話しかける。
偉大なるボーハッツに歯向かい命を落とした愚かな男。
こんな男が以前は私の夫だったなどとは思いだしたくもない。
でも、人間の愚かさを楽しむために、私はあえて写真を残していた。
そう・・・
偉大なるボーハッツの一員となり、この身をボーハッツにささげたかつての妻の姿を見せつけるためにも・・・
クフフフフ・・・
今の私は身も心もボーハッツのものなのよ。
あなたは今どんな気持ちかしらね。
クフフフフ・・・
「キキーッ!」
「キキーッ!」
「キキーッ!」
オペレーションセンターに入った私をいっせいに服従声で出迎える女戦闘員たち。
今日は昼間チームも夜間チームもなく、全員がこのオペレーションセンターに集まっている。
黒い全身タイツに身を包んだ美しい女たち。
全員が偉大なるボーハッツに忠誠を誓い、その身をささげるのだ。
なんと素晴らしい事だろう。
「キキーッ! ムカデ女様、すべて整っております。あとはご命令くだされば・・・」
右手を上げて敬礼する女戦闘員ヨシノ。
スタイルのいい彼女には、女戦闘員のコスチュームがとてもよく似合う。
もちろんほかの女戦闘員たちも負けてはいない。
美しく強い女たち。
ボーハッツの強力な戦力になるだろう。
「つなぎなさい」
「キキーッ!」
私の命令に通信機を作動させる女戦闘員サギリ。
正面の巨大モニターの上にはボーハッツのドクロの紋章が掲げられている。
これから世界の支配者となる組織だ。
『首尾はうまくいったようだな、ムカデ女よ』
大幹部三葉虫男様のお姿が巨大モニターに現れる。
巨大な三葉虫のお姿はとても素敵。
この方にお仕えできるのはなんて幸せなのだろう。
「はい。テラズファイター司令部のオペレーターたちはすべて女戦闘員に洗脳し、私の支配下となりました。もはやオペレーションセンターはボーハッツのものです」
『よくやった。これからは偽情報でテラズファイターをほんろうし、始末してやるのだ。わかっているな?』
「キキーッ! もちろんです。偉大なるボーハッツに歯向かう愚か者ども。この手で縊り殺してやりたいですわ」
『うむ。だが油断はするな。奴らはまだ強力だ』
「もちろんです」
三葉虫男様のお言葉に私は心が引き締まる。
そう、油断してはならないわ。
奴らの息の根を止めるまで。
『では、次の指示があるまで、そこの支配をより完璧にするのだ。良いな!』
「キキーッ! かしこまりました」
私は右手を上げて服従声で了解したことを示す。
「お前たち、聞いた通りよ。今日からここは偉大なるボーハッツの前進基地になるの。働いている男どもは役に立つものは奴隷にし、役に立たないものは始末しなさい。女は素養があるものは女戦闘員に、ないものはやはり奴隷にするのよ。足りない分は女を補充し、できれば有能な奴を集めて女戦闘員にするわ。いいわね」
「「「「キキーッ!」」」」
モニターから三葉虫男様の姿が消えると、私は女戦闘員たちに命令する。
さあ、忙しくなるわ。
世界はボーハッツのもの。
私たちはボーハッツの忠実なしもべなの。
クフフフフ・・・
アハハハハハハ・・・
END
いかがでしたでしょうか?
四日間にわたりお読みいただきまして本当にありがとうございました。
明日からは短編をいくつか投下していこうと思います。
明日はとても短いお話ですが、ものすごくダークで救いのないお話です。
そういうのはお好きじゃないという方もいらっしゃるとは思いますが、どうかご容赦を。
それではまた。
- 2017/07/20(木) 20:13:09|
- 紋章からの声
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| コメント:12
「紋章からの声」も今日で3回目です。
後半に入りました。
お楽しみいただければ嬉しいです。
目覚ましのアラームが鳴る。
もう朝だわ。
起きなくちゃ。
私は上半身を起こして躰を伸ばす。
うーん・・・
気持ちいい・・・
なんだかすがすがしい気分だわ。
最高。
ひくひくと触角が動く。
両脇の歩肢がざわざわと蠢いている。
そうか・・・
昨晩はこのまま眠ってしまったんだわ。
私は布団をはねのけて起き上がる。
フローリングの床に私のかかとが当たって音がする。
なんだかいい音。
私の外皮の硬さを感じさせてくれる音だわ。
私は立ち上がって姿見のところへ行く。
鏡の中からムカデ女の私が見つめ返してくる。
黒く丸い単眼。
額から伸びる太めの触角。
両顎に挟まれたような私の口元は真っ赤な唇がいやらしい笑みを浮かべている。
両脇に連なる歩肢。
茶褐色の外骨格。
黒いアンダースーツに覆われた躰。
全てが私。
ムカデ女の私。
偉大なるボーハッツの怪人ムカデ女。
それが私。
「キキーッ!」
私は右手を斜めに上げて服従声をあげる。
ボーハッツのしもべであることの宣誓の声。
服従声をあげることで、心の中により深くボーハッツの一員である誇りと喜びが広がってくる。
「私はムカデ女。偉大なるボーハッツの忠実なるしもべです。いかなる命令にも従います」
誰に聞かせるでもなく、私はそう口にする。
でも、ベルトのバックルがちゃんと私の言葉を聞いてくれている。
そんな気がした。
はい・・・
ご命令のままに・・・
私はボーハッツより与えられた命令を思い出す。
テラズファイターの司令官に擬態し、その司令部を支配すること。
それこそが私の使命。
ご命令に従います。
「キキーッ!」
私は自分の外皮を外し、ヘルメットを脱ぐ。
テラズファイターの司令官である女の顔が鏡に映る。
これは誰?
これは私?
そうだわ・・・私はこの女に擬態しなくてはならない・・・
この女に擬態し、テラズファイターの司令官としてふるまうのだ・・・
私はアンダースーツを脱ぐ。
白く柔らかい無防備な人間の肌・・・
自分が自分でなくなってしまったような喪失感・・・
ご命令でなければこんな姿をするなんて考えたくもない・・・
でも・・・ご命令には従わねば・・・
私はテラズファイターの司令官の制服に着替え、身支度を整える。
この姿で活動し、すべての情報を手にしなくてはならない。
そしてこの司令部を掌握し、偉大なるボーハッツの前線拠点とする。
そのために働くのだ。
私は冷蔵庫に入れておいたドリンクを出して飲み干すと、姿見に自分の姿を映し出す。
テラズファイターの司令官の制服に身を包んだ私。
うまく擬態できているようだ。
おそらく気付かれることはないだろう。
「キキーッ!」
私は右手を斜めに上げて服従声を発する。
はい・・・
これより使命を果たします・・・
私はペンダントを制服の下に隠すと、部屋を後にした。
「おはようございます、坂木司令」
「おはようございます」
「おはようございます」
オペレーションセンターに入ると、いつものように夜間チームが挨拶をしてくれる。
「おはよう。異常はない?」
私はいつものように司令官席の町原副司令に挨拶する。
「はい、とりあえずは。ただ・・・」
「ただ?」
いつもは歯切れのいい彼女が珍しく言葉を濁したのが私は気になった。
「はい。深夜に壁を這うおかしな人影を見たという報告が一件入ってますが、報告者が酒に酔っていたとのことで、おそらくは何かの見間違えかと」
彼女の言葉に私はうなずく。
なるほどそういうことか・・・
もしかしたら昨晩の私の姿を誰かに見られたのかもしれない・・・
気を付けなくては・・・
「ほかには?」
「特に何も。昨日機動部隊一つを撃破しておりますし、ボーハッツも戦力の補充に努めているかと」
「そうかもね。でも油断は禁物よ」
「はい。わかっております」
表情を引き締める町原副司令。
彼女の能力は高く、ボーハッツの支配下となればいい働きが期待できるはず。
この女を支配し、私の手駒とすることで、この司令部の支配もしやすくなるに違いない。
まずはこの女からにするべきか?
だが、優秀なだけに気を付けなくてはならない。
一度指示を仰ぐべきかも。
気付かれてはならないのだ。
「それでは司令部を引き継ぎます。町原好美、待機に入ります」
「ご苦労様。ゆっくり休んで」
私はそのまま彼女を見送る。
ほかのメンバーも順次引き継がれ、司令部は昼間体制に移行した。
「あの・・・坂木司令」
しばらくいつものように司令官としての仕事をこなしていた私に、オペレーターの一人が話しかけてくる。
メガネをかけ、髪をショートにした娘で、相沢狭霧(あいざわ さぎり)という娘だ。
主に通信のオペレーターをやっている。
「どうしたの?」
私はいつもの通り返事をする。
「実は・・・昨晩からのデータをチェックしていたところ、この本部内から微弱な電波が発信されているようなのです」
「微弱な電波が発信?」
どういうことだろう?
「はい。それも昨晩だけではなく、三日ぐらい前からなんです」
真剣な表情の相沢狭霧。
三日ぐらい前から?
もしかして・・・
「相沢さん、そのことは誰かに話した?」
「いえ、まずは司令に報告しなきゃと思いまして」
「そう。これは大変なことの可能性があるから、今はまだ誰にも言わないで。いいわね?」
「は、はい」
「場合によっては情報漏洩の可能性もあるわ。副司令とも相談して対応するので、対応が決まり次第あなたにも教えるわね」
「わかりました」
敬礼して席に戻っていく相沢狭霧。
何とかごまかせたみたいだけど、これは対応を確認しないと。
「ちょっと席を外すわ。あとはお願い」
私はそう言って席を立った。
控室に入ってカギをかける。
これでここには誰も来ない。
私はペンダントを制服の内側から外へ出し、そのまま洗面台の鏡に向かう。
やがてペンダントの紋章の目が赤く光り・・・
「はい」
「はい。この通信が気付かれた可能性があるかと」
「はい。それではまずあの娘から?」
「はい。かしこまりました」
「はい。私にお任せくださいませ」
私は命令を受け取る。
まずはあの娘の口を封じなくてはならない。
あの娘の口を・・・
「相沢さん」
「は、はい」
オペレーションセンターに戻った私は、相沢狭霧を呼ぶ。
「お呼びでしょうか?」
「先ほどの件、誰にも話してはいないわね?」
「もちろんです」
私の念押しに力強くうなずく彼女。
これなら大丈夫だろう。
「今晩その件で副司令と話し合うわ。あなたにも同席してほしいの。いいわね」
「あ、はい。了解です」
「それではちょっと遅くて悪いんだけど、2130に私の自室に来てほしいの。場所はわかるわね?」
「2130ですね? 了解です。場所はわかります。何かデータをまとめたほうがよろしいですか?」
「必要ないわ。あなたの証言がほしいの」
「了解しました」
引き締まった表情で敬礼する相沢狭霧。
司令官に自分が必要とされていると感じているのだろう。
これでいい・・・
******
一日の任務を終え、夜間チームに引き継ぎを終えた私は、自室に戻って着替えをする。
これから来る獲物を待ち受けるために・・・
偉大なるボーハッツのために・・・
ピンポンと呼び鈴が鳴る。
2130ちょうど。
時間に正確なのは好ましいわ。
「どうぞ」
私はインターコムにそう告げる。
さあ、いらっしゃい。
最初の獲物はあなたになるのよ。
私はなんだかゾクゾクするものを感じている。
ボーハッツのために働けるのだ。
偉大なるボーハッツのために・・・
「失礼します。えっ?」
室内に入ってきた相沢狭霧が驚いている。
それも当然だろう。
人間は暗闇では目が見えない。
明かりを消してある室内に戸惑ったに違いない。
クフフフ・・・
こんな闇など私にはどうってことないのにね。
「司令? 坂木司令?」
玄関わきのスイッチを探す相沢狭霧。
気配を消して天井に潜む私には、その様子が手に取るように見える。
もっとも、この部屋は一般隊員の部屋とそれほど造りに違いはないから、すぐにもスイッチは見つかるだろう。
だがそれまでに数秒はかかる。
それでいい。
私は天井から這い降りると、すぐに玄関の鍵をかける。
「えっ? 何?」
カチャッという音が彼女にも聞こえたのだろう。
「誰? 司令? 坂木司令ですか?」
目が慣れ、うっすらと室内の様子が見えているはず。
私は入口の所に立ち、彼女を逃がさないようにする。
「こんばんは、相沢さん」
「司令? どうして部屋の明かりを?」
彼女が探り当てたスイッチを押す。
室内に明かりがつき、私たちの姿があらわになる。
「えっ? ひっ?」
すぐ近くに私が立っていることに驚いたのだろう。
悲鳴をあげようとした彼女の口をふさぎ、私は彼女を押し倒す。
「む、むぐっ!」
必死で抵抗する彼女。
でも、私の力にはかなわない。
クフフフ・・・
気持ちいい・・・
人間ってこんなに弱い生き物だったんだわ。
クフフフフ・・・
「おとなしくしなさい、相沢狭霧。死にたくはないでしょ?」
彼女の目が驚愕に見開かれる。
おそらく私の声に気が付いたのだろう。
突然襲われて押さえつけられた相手が、まさか司令官だったとは思わなかったに違いない。
「さあ、私の音をお聞きなさい」
私は彼女の目を見つめながら、触覚と歩肢を震わせて洗脳波を出す。
クフフフフ・・・
これで彼女は私のもの・・・
「む・・・ぐ・・・」
彼女の目がとろんとなる。
洗脳波が効き始めたようだ。
もう手を放しても大丈夫だろう。
私はそっと彼女の口から手を離す。
「あ・・・」
口が自由になったにもかかわらず、叫び声をあげたりする様子はない。
いい感じだわ。
「さあ、起きなさい。相沢狭霧」
私は彼女の上からよけ、彼女を自由にする。
ぼうっとした表情でゆっくりと立ち上がる彼女。
「私のほうを見るのよ」
「・・・・・・はい」
彼女がうつろな目で私のほうに向きなおる。
「お前はもう私の虜。私の命令にはなんでも従うしもべ」
「・・・・・・はい。従います」
「これが何かわかる?」
私は腰にはめたベルトのバックルを指さす。
偉大なるボーハッツの紋章。
私のすべてをささげる紋章。
「・・・はい。暴発軍団ボーハッツのマークです」
「そう。今日からこの紋章があなたの支配者。あなたはこの紋章に忠誠を誓うのよ」
「・・・はい。忠誠を誓います」
「テラズファイターはボーハッツの敵。それを脳に刻み込みなさい」
「・・・はい。刻みます」
「では、右手をこう斜め上に上げ、キキーッと服従の声をあげなさい」
「・・・はい。キキーッ!」
彼女が右手を上げ服従声をあげたところで、私は洗脳波を最大にする。
「あ・・・」
彼女の心にボーハッツへの服従心とそれに伴う心地よさが刻み込まれたはず。
これでこの女はボーハッツのしもべ。
クフフフフ・・・
私は部屋から紙袋を持ってきて、中から女戦闘員のコスチュームを取り出す。
全身を覆う全身タイツになっていて、着ることで強靭な防具となり、肉体を保護してくれるものだ。
「さあ、着ているものをすべて脱いでこれに着替えなさい」
「・・・はい。司令」
私は苦笑する。
「私はテラズファイターの司令官などではないわ。この姿の時はムカデ女様と呼びなさい」
「・・・はい。ムカデ女様」
着ているものを脱ぎ全裸になる相沢狭霧。
そして差し出された全身タイツを着こんでいく。
オペレーターとはいえ、それなりに引き締まった肉体が女らしいボディラインを見せている。
クフフフ・・・
人間たちは基本的に男が戦うもの。
こうして見るからに女と分かるボディラインであれば、戦いにも一瞬の躊躇が生まれるはず。
それこそが女戦闘員の大きなメリット。
さすがは偉大なるボーハッツ。
長手袋をつけ、ハイヒール状のブーツを履き、最後に私と同じボーハッツの紋章の付いたバックルのベルトを付ける。
これで彼女は眼だけを除き、すべてが黒に包まれた。
ボーハッツの女戦闘員としてふさわしい姿。
ボディラインも露骨に表れ、男たちが見れば思わず息をのむだろう。
クフフフフ・・・
バカな人間たち。
偉大なるボーハッツの恐ろしさを知るといいわ。
「さあ、こっちへ来なさい」
私は女戦闘員を姿見のところへと連れて行く。
全身を映す姿見に、その姿を映し出させ、女戦闘員となったその姿を脳裏に刻み込ませるのだ。
「さあ、ごらんなさい」
「・・・はい」
全身黒一色となった彼女が姿見を見つめる。
「これが本当のお前の姿よ。お前は偉大なる暴発軍団ボーハッツの女戦闘員。ボーハッツの命には絶対服従し、ボーハッツにすべてをささげるのがお前の喜び。脳にしっかり刻み込みなさい」
「・・・はい。私は偉大なるボーハッツの女戦闘員。ボーハッツにすべてをささげ、命令に従います」
「それでいいわ。さあ、服従声を。キキーッ!」
「キキーッ!」
私は女戦闘員となった彼女と二人で右手を挙げて服従声を出す。
気持ちいい・・・
偉大なるボーハッツに栄光あれ・・・
******
(続く)
- 2017/07/19(水) 20:12:05|
- 紋章からの声
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昨日から始まりました「紋章からの声」の二回目です。
お楽しみいただけたら幸いです。
それではどうぞ。
「うーん・・・」
もう朝なのぉ?
なんだかちっとも寝た気がしないわぁ。
もっと寝ていたい。
あーあ・・・
私は意を決して起き上がる。
仕事に行かなくちゃならないものね。
やれやれ・・・
もっとゆっくり寝ていたいわぁ。
あら?
ふと見ると、大きなトランクケースが置いてある。
キャスター付きのトランクケースなんて持っていたかしら・・・
そもそもどうしてこんな部屋の真ん中にあるの?
中に何が?
私は不審に思いながらトランクケースを開けてみる。
えっ?
これは何?
何なの?
私はトランクケースの中身を出してみる。
黒い全身タイツのようなアンダースーツ。
首から下をすべて覆うようになっていて、指先からつま先まで一体になっている。
おそらく着れば躰のラインがすっかりあらわになるに違いない。
それに牙をむき出した昆虫のような顔をしたヘルメット。
黒い丸い単眼がまるで私をにらみつけているかのよう。
額からは二本の触角がのびていて、顎が左右に開いたようなデザインになっている。
これをかぶったら、おそらくは口元部分は覆われずにそのまま露出するみたいね。
さらにヘルメットと同じ茶褐色で小さな脚が脇にいくつもついているボディスーツ。
水着かレオタードのような形をしているけど、少し厚手で表面は固い。
たぶん少々の攻撃ならはじいてしまいそうだわ。
ほかには鋭い爪の付いた長手袋と、かかとがハイヒール状になっているロングブーツ。
どちらもボディスーツと同じように硬い素材でできているようで、外側に向かってとげとげが付いている。
こんなとげとげで引っかかれたらただでは済まないだろうし、それ以上にこの爪で引き裂かれたらひとたまりもないに違いないわ。
最後は腰につける大きなバックルの付いたベルト。
バックルにはあのペンダントと同じドクロの紋章が付いている。
美しくて見惚れてしまうほどの素敵な紋章だけど、この紋章が付いているということは・・・
私は思わず胸のペンダントを手に取る。
このペンダントは・・・
このペンダントは・・・
ドクロの目が赤く光って・・・
・・・・・・
私は広げた衣装を丁寧にトランクケースに入れ直す。
これは大事な衣装・・・
誰にも気づかれないようにしまっておかなくては・・・
私の大事な衣装・・・
私にふさわしい衣装・・・
これを着た私こそが本当の私・・・
偉大なるボーハッツの女怪人ムカデ女の衣装・・・
はい・・・
心に刻みます・・・
私はボーハッツの忠実なしもべムカデ女・・・
ボーハッツに忠誠を誓います・・・
・・・・・・
いけない。
気が付いたらもうこんな時間だわ。
私は身支度を整え、部屋を出る。
もちろん出がけに夫に挨拶することは忘れないし、トランクケースから出しておいたドリンクを飲むことも忘れない。
真っ黒で苦みがあるドリンクだけど、躰を強化してくれるものなの。
飲み続けることで私にふさわしい躰になるのよ。
それこそ生身の人間の首をねじ切ることができるぐらいに・・・
「みんなおはよう」
私は好美ちゃんから引き継ぎ、任務に就く。
「おはようございます、司令」
「おはようございます」
昼間チームのオペレーターたち五人が挨拶を交わしながら席に着き、それと入れ替わるように夜間チームの五人が部屋を出る。
この司令部は二交代制。
夜間チームと昼間チームがあり、時々メンバーが入れ替わる。
12時間勤務という過酷さだけど、その分途中休憩が多めに取られていて、ボーハッツが出現でもしない限りは全員がここにいることは少ない。
来週は私が夜間の番だわ。
予算の配分、人員の新たな配置、ボーハッツの被害に関する報告書、処理しなくてはならないことは多岐にわたる。
どうしたのだろう・・・
今日はいつもよりもイライラする・・・
どれもこれもなんだかイライラする・・・
なんだか思い切り暴れたい・・・
鋭い爪で引き裂き、ヒール状のかかとなんかで蹴り飛ばしたりしたらすっきりしそう・・・
ああ・・・なぜこんなにいらいらするのかしら・・・
「司令! 坂木司令! ボーハッツです! ボーハッツ出現!」
ドクン・・・
心臓が跳ね上がる。
ボーハッツ・・・
地球を支配する組織・・・
偉大なる組織・・・
えっ?
私は・・・
今私は何を考えて・・・
「司令! 司令!」
「あ・・・し、出現位置は?」
私は城崎(しろさき)さんの声に我に返る。
とにかく出現位置を特定し、テラズファイターに出動を命令しなくては。
「C-17地区です。怪人が一体と戦闘員が数体。典型的な機動部隊です」
「テラズファイターに出動を命じて! それと近隣の警察及び消防にも出動要請を!」
「了解!」
オペレーターたちが次々と私の命令を伝えていく。
とても有能な彼女たち。
彼女たちなら・・・・・・のしもべとして、きっと優秀な・・・・・・として働いてくれるはず・・・
私はぺろりと唇を舐める。
地球は・・・・・・のもの・・・
スクリーンに映し出される戦いの現場。
轟く爆発音。
私たちはただその光景を見守るしかできない。
残すはボーハッツの怪人のみ。
体格のいい男性が着ぐるみを着たようなボーハッツの怪人。
どうやらゴキブリをモチーフにしているのか、黒いスーツの上に茶褐色のボディスーツをまとっている。
背中にはつややかな翅があり、額には長い触角が揺れている。
なんだか素敵・・・
人間とゴキブリが融合したみたいでとても素敵・・・
城崎さんもほかのみんなもその姿に悲鳴を上げているけど、どうしてこんなに素敵なのに悲鳴を上げるのかしら?
ボーハッツの怪人はこんなに素晴らしいのに・・・
ボーハッツの怪人であることはとても喜ばしいことなのに・・・
テラズファイヤーの直撃がゴキブリ怪人に突き刺さる。
断末魔の悲鳴を上げ、ゴキブリ怪人が爆発する。
ドクン・・・
胸が痛い・・・
ボーハッツの怪人が死んだ・・・
悔しい・・・
悲しい・・・
許せない・・・
どうして?
私はテラズファイターの司令官なのに・・・
この悔しさと苦しみは何なの?
「ボーハッツの機動部隊の殲滅を確認。周囲に異常なし」
「了解。直ちにテラズファイターを引き上げさせて。ゆっくり休ませてあげて」
ふう・・・
私は席に腰を下ろす。
そう・・・
ゆっくり彼らを休ませてあげたい・・・
ゆっくりと・・・
「お疲れ様でした、司令」
司令官席にコーヒーを持ってきてくれる風元聡美(かざもと さとみ)ちゃん。
「あ、ありがとう」
私は礼を言ってコーヒーを受け取る。
「怖い顔をしてましたけど、何か?」
「えっ? ええ、何でもないんだけど、今回も手ごわい相手だったなって。でも・・・」
「でも?」
「ううん、何でもないわ。コーヒーありがとう。ちょっと早いけど休憩に入るわ。何かあったら控室にいるから」
私は湯気の立つマグカップを手に立ち上がる。
「了解しました」
風元さんもほかのみんなも敬礼で私を見送る。
私はなぜかムッとして、答礼もせずにセンターを出た。
ふう・・・
オペレーションセンターの近くにある司令官控え室。
勤務中の休憩は主にここで行う。
食事なども食堂で取るよりここで取るほうが多い。
上司がいたら美味しい物も美味しくなくなっちゃうかもしれないものね。
ふう・・・
コーヒーを飲み終えると、水滴がテーブルに落ちる。
あれ?
何?
これは涙?
私は泣いているの?
急激にゴキブリ怪人の死の悲しみが襲ってくる。
今まで必死にこらえてきたけど、一人になったらもう止められない。
私は唇をかみしめて嗚咽を漏らす。
なぜ?
なぜこんなに悲しいの?
敵なのに・・・
ゴキブリ怪人は敵なのに・・・
悔しくて悲しくて涙が止まらない・・・
どうして?
私はペンダントを取り出す。
ここは私一人。
監視カメラなどもない。
誰にも見られる心配はない。
私はペンダントのドクロの紋章を見つめる。
偉大なるボーハッツ・・・
地球を支配するのにふさわしい組織ボーハッツ・・・
ボーハッツ・・・
・・・・・・
はい・・・
悲しくて悔しくて・・・
ゴキブリ怪人・・・ゴキブリ男の無念は私が・・・
はい・・・
この司令部を私の支配下に・・・
はい・・・
かしこまりました・・・
はい・・・
私はボーハッツの忠実なるしもべ・・・
心に刻み込みます・・・
私はボーハッツのムカデ女・・・
坂木真梨香(まりか)は仮の姿・・・
はい・・・
私の身も心もボーハッツにささげます・・・
はい・・・
ご命令のままに・・・
・・・・・・
いけない。
なんだかうとうとしちゃったんだわ。
しっかり寝ているはずなのに・・・
疲れがたまっているのかしら・・・
早くセンターに戻らないと。
私は化粧を直してセンターに戻る。
どうやら特に問題はなかったようだ。
もっとも、ボーハッツは一度機動部隊を撃破されれば、数日は動かないことが多いので、二三日はだいじょうぶかもしれない。
******
ふう・・・
昼間の事件を報告し、好美ちゃんに後を引き継いだ私は自室に戻ってきた。
今日も一日終わったわぁ・・・
疲れたぁ・・・
今日はボーハッツの襲撃があったからなおさらね・・・
さて、着替えなきゃ・・・
私はソファから立ち上がり、着替えるために自室に入る。
そしてクロゼットからハンガーを取り出して脱いだ制服をかける。
ネクタイを外してシャツを脱ぎ・・・
チャラッ・・・
ペンダントの鎖が鳴る。
そういえばこれをしていたんだったわ。
私はペンダントヘッドを手にとって・・・
・・・・・・
はい・・・
着替えます・・・
本当の私に着替えます・・・
私は奥においてあったトランクケースを取り出してふたを開け、中の物を取り出していく。
黒い全身タイツのようなアンダースーツ。
牙をむき出した昆虫のような顔をしたヘルメット。
小さな脚が脇にいくつもついているボディスーツ。
鋭い爪の付いた長手袋。
かかとがハイヒール状になっているロングブーツ。
腰につける大きなバックルの付いたベルト。
バックルにはペンダントと同じドクロの紋章が付いていた。
すべてを取り出して並べ終えると、私は着ているものを脱いでいく。
シャツも、スカートも、下着もすべて脱いでいく。
そうやって生まれたままの姿になると、今度は並べられたものを身に着ける。
まずは黒い全身タイツのようなアンダースーツ。
首から背中にかけて開口部があり、そこから躰を通していく。
脚を差し入れて腰までたくし上げ、さらに袖に腕を通していく。
首から下が覆われると、背中の開口部が勝手に閉じたので、私は腕や足を動かしてアンダースーツを躰に密着させ、一体化させる。
私は次に茶褐色のボディスーツを着る。
形としては水着かレオタードのような感じで、股間から胸の部分を覆ってくれるやや厚いもの。
表面は硬いのに、着ると柔軟性がある。
左右には小さな脚がいくつも生えている。
着ることでボディスーツがアンダースーツと密着し、この脚たちがもぞもぞと動き始める。
この脚も私の躰の一部となるのだ。
さらに私はボディスーツと同じ茶褐色のブーツを履く。
脛や膝までカバーされ、防御力は高い。
かかと部分がハイヒールのようになっているのに、ちっとも履きづらくない。
むしろこの足の形こそが本当の私・・・
そして私は両手に鋭い爪の付いた手袋をはめる。
二の腕部分までの長手袋になっていて、ブーツと同じく硬い殻に覆われている。
表面にはこれもブーツ同様にとげとげが付いていて、触れたものを傷つけるようになっている。
爪も鋭く尖っていて、獲物を切り裂くのにふさわしい。
腰には大きなバックルの付いたベルトを着ける。
バックルにはペンダントと同じボーハッツのドクロの紋章。
私が何者かを教えてくれる大事な紋章・・・
最後に私はムカデの頭を模したヘルメットを頭にかぶる。
一瞬視界が遮られるが、すぐにヘルメットについた黒い単眼からの映像が私の脳に映し出される。
同時に触角からも周囲の状況が流れ込み、私はめまいを起こしてしまう。
でも、すぐに私の脳が調整され、外部情報を認識する。
全てを着終わった私は、姿見の前に立つ。
ムカデと私が融合したような姿。
はい・・・
これこそが私の本当の姿・・・
脳に刻み込むべき私の姿・・・
私はムカデ女・・・
私はスッと右手を上げる。
「キキーッ!」
服従の声。
偉大なるものへの忠誠のあかし。
ボーハッツは私のすべて・・・
ベルトのバックルの目が光る。
ペンダントと同じく赤い光。
「はい」
私は返事をする。
「はい。私は偉大なるボーハッツのムカデ女です」
「はい。何でもご命令に従います」
「はい。この姿こそが本当の私です」
「はい。偉大なるボーハッツこそ地球を支配するのにふさわしい組織」
「はい。私はそのために働きます」
「はい。すべてはボーハッツのために」
「はい。まずはこの司令部を私の支配下に」
「はい。お任せくださいませ」
「はい。ご命令のままに」
「キキーッ!」
私は再び右手を上げてボーハッツに忠誠を誓う。
とても・・・
とても気持ちがいい・・・
天井を這っている私。
これは夢?
これはいったい?
私はセンサー類をよけながら出口へ向かう。
天井にセンサーは少ない。
天井を這いまわるものなどいないから。
カメラも下を向いている。
たまに廊下を通る人間も、上を見上げたりなどしない。
私は人の出入りに合わせてゲートを出る。
行かなくては・・・
この姿を見ていただかなくては・・・
私はムカデ女・・・
偉大なるボーハッツの女怪人・・・
私は壁の壁面を伝い、目的の場所へ移動する。
夜の闇が私の姿を隠してくれる。
躰の両脇の脚たちが私の躰を支えてくれ、両手の爪で壁を手繰り寄せて這って行く。
気持ちいい・・・
なんて気持ちがいいのかしら・・・
こんなにいい気分なのは初めてだわ・・・
フェンスを乗り越えてビルの屋上に立つ。
夜風が涼しくて気持ちがいい。
唯一肌が露出している口元を風が通り過ぎていくわ。
「ほう・・・ここにも問題なく来たようだな。上出来だ」
私はその声に振り向き、スッとひざまずく。
以前お会いした体格のいい男性。
偉大なるボーハッツの大幹部三葉虫男様の擬態したお姿。
私のお仕えするお方。
「ククク・・・今一度問おう。お前は何者だ?」
「はい。私は偉大なるボーハッツの忠実なるしもべ、ムカデ女でございます」
私の口からすらすらと出てくる言葉。
ああ・・・
そうよ・・・
私はムカデ女。
それ以外の何者でもないわ。
目の前のお方が満足そうにうなずく。
「うむ。それでいい。お前はもうテラズファイターの司令官ではない。われら暴発軍団ボーハッツの一員。それを心に刻み込むのだ」
「はい。もちろんです」
そう・・・
私は偉大なるボーハッツの一員。
テラズファイターの司令官なんかじゃないわ。
「いいか、お前は再び司令本部に戻り、司令官に擬態して部下たちを油断させるのだ」
「かしこまりました」
「お前の歩肢と単眼、それに触角にはペンダント同様洗脳波を出す装置が組み込まれている。それを使い、部下たちを洗脳して手先にするのだ。わかるな?」
「はい。もちろんです」
私の歩肢や触覚にそのような能力があるなんて・・・
素晴らしいわ。
「これを持っていくがいい」
私は大きめの紙袋を受け取る。
デパートなどで使われる手提げタイプの大きな紙袋だ。
「これが何かお尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。これはお前が飲んでいるのと同じ肉体強化薬と、女戦闘員のコスチュームだ」
「女戦闘員?」
「そうだ。お前の部下たちはボーハッツの手先となるにふさわしかろう」
私はこくりとうなずく。
私の洗脳波で女たちを洗脳し、ボーハッツの女戦闘員にするのだ。
クフフフフ・・・
「では行け。くれぐれも気付かれるなよ。いいな」
「かしこまりました。ご命令のままに」
私は一礼し、大幹部様の前から下がって、再びビルの壁へとその身を躍らせた。
******
(続く)
- 2017/07/18(火) 20:08:01|
- 紋章からの声
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本日からブログ12周年記念としまして、中編SSを四日間で公開したいと思います。
タイトルは「紋章からの声」です。
どこかで読んだような話とは思われるでしょうが、お楽しみいただければと思います。
それではどうぞ。
紋章からの声
「うーん・・・」
私はゆっくりと目を開ける。
電灯が煌々と点いている。
どうやら照明を消さずに眠ってしまったらしい。
いや・・・
そもそもどうして私はベッドで寝ているのか?
昨夜帰ってきた記憶が全くないんだけど・・・
確か本部を出てショッピングをしたところまでは覚えているけど・・・
駐車場で車に乗ろうとして・・・
誰か男の人に声をかけられたような・・・
うーん・・・
思い出せないわ。
でもまあ・・・
自分の部屋のベッドで寝ていたわけだし、ちゃんと帰ってきたのだろう。
それにしてもパジャマにも着替えずに寝ていたとは・・・
お酒でも飲んで帰ってきたかしら。
本来ならこういう記憶の欠如とかは、ボーハッツの仕業の可能性があるから必ず報告しなければならないけど・・・
まあ、問題ないわよね、うん。
私はベッドから降りて躰を伸ばす。
うーん・・・
躰がなまっているかしらねぇ。
デスクワークばかりだし、躰を動かさないとだめねぇ。
今度訓練室ででも運動しなきゃ。
ふと胸に違和感を感じる。
あら?
これは何?
私、いつの間にこんなペンダントを?
気が付くと私は首からペンダントを下げていた。
黒い金属でできている丸いペンダント。
表面には牙の生えたドクロが浮き出ている。
これは確かボーハッツの紋章では?
どうしてこんなものが私の首に?
私が記憶を探ろうとしたとき、ドクロの目が赤く輝く。
・・・はい・・・
私はこのペンダントのことが好きになります・・・
この紋章に従いたくなります・・・
はい・・・
誰にも気が付かれないようにします・・・
はい・・・
・・・・・・
あら?
なんか一瞬気が遠くなった?
うーん・・・
まだ寝ぼけているのかしら。
それにしてもよく見るとすごく素敵な紋章だわ。
別にボーハッツの紋章だからって気にする必要もないわよね。
うん、結構いいペンダントだわ。
私はペンダントをそのまま下げたままにして、仕事の支度を始める。
いけないいけない。
急がないと遅刻しちゃう。
司令官ともあろうものが遅刻するわけにはいかないわよね。
私はいつものように洗顔して化粧をし、クリーニングされている制服に着替えていく。
首から下がったペンダントの重さが心地いい。
こんな素敵なペンダント、もう手放せないわ。
でも、こんな目立つものをさらしておくわけにはいかないわよね。
私は制服のシャツの下にペンダントを押し込むと、ネクタイを締めて上着を着る。
この司令官の制服は軍服のようでいかめしいのだけれども、これを着ると気分が引き締まるのよね。
ボーハッツには負けないわという気持ちが湧いてくる気がするわ。
うん、これで良し。
私は脱いだ制服をクリーニングのかごに入れ、姿見で自分の格好をチェックすると、隣に立てかけてある夫の写真にウィンクする。
行ってくるわね、あなた。
今日も私と地球を守ってね。
私は自室を出てオペレーションセンターへ向かう。
無機質な白い廊下にカツコツと靴音が響く。
ここは地球を守るテラズファイターの本部。
私は女ながらにここの司令官というわけ。
今日も地球を狙うボーハッツとの戦いが始まるわ。
気を引き締めなくちゃね。
暴発軍団ボーハッツ。
まさに名前の通り地球上で暴発し始めた謎の組織。
地球征服を堂々と公言し、不気味な怪人や黒づくめの戦闘員を繰り出してくるなど、まるで特撮番組の悪の組織。
でも、その力は侮りがたく、各国の軍隊では相手にならなかった。
私の夫も、そのボーハッツとの戦いで命を落とした一人。
だからこの戦いは、私にとっては仇討ちという意味合いもあるの。
結局軍の力ではどうにもならないボーハッツに対し、日本が生み出したのが特殊スーツによる人間の強化。
これにより、ボーハッツの怪人とも互角に戦えるようになったのだ。
そして、それによって新たに編成されたのが地球を守るテラズファイター。
特殊スーツに身を包んだ五人の男女が、これまた特撮番組のヒーローのようにボーハッツと戦っているのだ。
もちろん彼ら五人だけでは戦いに勝てるものではない。
バックアップ体制がしっかりしなくてはならないのだ。
そのためにこの司令本部があり、スーツの整備や情報の収集、戦術の指示など様々な任務に就く人たちが働いている。
そのトップの司令官職を私が勤めているというわけ。
なので、私自身が一応は司令官ということで重要人物として保護される対象ということもあり、普段はこの本部内の居住区に暮らしている。
夫と暮らしていた家は思い出がありすぎるし、子供のいない私は独り身だから、もう一時的な居住というよりすっかりここが家になってしまっているけどね。
まあ、何かあればすぐに司令部に顔を出せるから、好都合と言えば好都合。
「おはようございます。坂木(さかき)司令」
ドアを開けて司令本部に入った私を、副司令の町原好美(まちはら よしみ)が出迎える。
スタイルのいい彼女は、いつ見てもこの緑色の制服がよく似合っていて、思わず見惚れてしまうぐらい。
表情にやや冷たさを感じさせるところはあるけど、それが逆に知的さを見せていて魅力的にも思える。
相当な美人には間違いないから、きっと男が放っておかないと思うのだけど、彼女に近づきがたいものを感じるのか、彼氏はいないらしい。
副司令とはいっても、私がいない間は彼女がこの本部の責任者であるのだから、実質的には司令官二人体制と言えるかもしれないわね。
「おはよう。今日もよろしくね。異常はない?」
「はい。現状ボーハッツの兆候は見られません」
「了解。それじゃあとは引き継ぐわ。休んでちょうだい」
「はい。それでは本部を引き継ぎます」
敬礼して私に引き継ぎをすます好美ちゃん。
それほど離れているわけではないんだけど、彼女のほうが年下ということもあって、ついつい好美ちゃんって言っちゃうのよね。
私も答礼を返して司令官席に着く。
ほかのオペレーターたちもそれぞれに交代を済ませ、テラズファイター本部は昼間体制へと移行する。
ここにいる女性たちが、日本中からボーハッツの情報を受け取り状況を把握するオペレーターたち。
皆美人ぞろいなのは、採用する側に何らかの意図があるのかもしれないけど、そんなことはどうでもいい。
彼女たちは押しなべて優秀で、今やボーハッツとの戦いには欠かせないメンバーだ。
私の指揮も彼女たちがいてこそなのよね。
さて、今日も頑張りますか。
私は司令官席に着き、改めて状況を確認する。
次々寄せられる報告が、今のところボーハッツの動きはないと知らせてくる。
でも油断はならない。
奴らはいつ現れるか予測がつかないのだ。
気を抜いてはいけないのよ。
私はそっと服の上から胸のペンダントに手を当てる。
その重みがなんだか私を落ち着かせてくれるような気がするわ。
******
ふう・・・
今日の仕事は終了。
とりあえず今日はボーハッツの襲撃がなかったことで、事務処理がそれなりに進んだわね。
処理しなきゃならないことって結構多くて、気が付くとすぐに溜まっているわ。
いやになっちゃう。
さてと・・・
私はやってきた好美ちゃんに後を引き継いでもらう。
オペレーターたちもそれぞれが夜間チームに引き継いでいる。
私も部屋でゆっくりさせてもらうとしましょうか。
ふう・・・
疲れたぁ・・・
私は部屋に戻ってくるなり、制服のままソファに横になる。
結構司令官というのも神経使って疲れるのよね。
最近は歳のせいか、疲れが抜けなくて困るわぁ。
私は乱雑に上着を脱ぎ捨て、ネクタイを外してブラウスを脱ぐ。
はあ・・・
制服は嫌いじゃないけど脱ぐとホッとするわぁ。
チャラ・・・
ペンダントの鎖が音を出す。
そういえばペンダントをしていたんだった。
私・・・いつの間にペンダントなんかするようになったっけ?
それにしてもこのペンダント・・・
見れば見るほどドクロなんて言う不気味な紋章なのに・・・
まるで引き込まれそうになるように見惚れてしまう・・・
なぜか好きなのよね。
確かボーハッツもこんな紋章を使っていたと思うけど・・・
ボーハッツもいいセンスしているのかもしれないわね。
私はペンダントヘッド部分を手に取り、目の前にかざしてみる。
牙の生えた恐ろしいドクロが私をにらんでいる。
その目がまた赤く輝いて・・・
・・・・・・
はい・・・
ボーハッツは偉大な組織です・・・
ボーハッツこそ地球を支配するのにふさわしい組織です・・・
ボーハッツに歯向かうものは死です・・・
ボーハッツに従うことこそ喜び・・・
私はボーハッツに従います・・・
ボーハッツの命令に従うことは私の喜びです・・・
私はボーハッツのしもべです・・・
・・・・・・
あれ?
なんだかうとうとしてしまったかしら。
うーん・・・今日は読書はやめて早めに寝ようかしら。
明日もまた気が抜けないでしょうし。
うん、そうしましょう。
私は脱ぎ捨てた制服を整えてハンガーにかけ、パジャマに着替えて寝ることにする。
もちろん挨拶も忘れない。
おやすみなさい、あなた。
******
「うーん」
今日はいい目覚め。
すっきりして気分がいい。
なんだか夢を見たような気もするけど、昨夜はぐっすり眠れたものね。
あーあ・・・
でもやっぱりお仕事なのよねー。
早くお休みの日にならないかしら。
もっとも、休みの前日はぶっ通しの勤務になっちゃうんだけど・・・
司令と副司令しかいないから、どうしてもそうなるのよねー。
好美ちゃんと一緒に今度上層部に掛け合ってみなくちゃ。
さてと、遅れたら好美ちゃんに迷惑がかかるわね。
支度して出かけなきゃ。
私はパジャマを脱いで起き上がると、そのまま姿見の前に行く。
ベージュの下着姿のまま姿見の前に立つと、胸から下がっている黒いペンダントがよく目立つ。
これからは下着は黒にした方がいいかも・・・
その方がこのペンダントに合う気がするわ。
私は夢で教わった通りにスッと右手を斜めに上げ、キキーッと声を出す。
なんとなくドクロの紋章がそれに答えてくれたような気がするわ。
気持ちいい・・・
なんだか気分がすっきりするわ。
こうして声を発するのってすごく気持ちがいいのね。
最高だわ。
あれ?
私はいつからこんなことをしていたかしら・・・
なんだか今まではしていなかったような・・・
まあ、いいわ。
こんなに気分がいいんだもん。
した方がいいに決まってるわ。
えっ?
またドクロの目が赤く?
・・・・・・
はい・・・
かしこまりました・・・
受け取って本部に持ち帰ります・・・
はい・・・
気付かれぬようにします・・・
はい・・・
ご命令のままに・・・
・・・・・・
いけない。
遅刻しちゃう。
なんだって朝の忙しい時に姿見なんか見ていたのかしら。
私はあわてて身支度を整え、制服を着こんで部屋を出た。
行ってきます、あなた。
******
結局今日もボーハッツの動きはなし。
平和なのはいいことだけど、何かよからぬことを企んでいるのではないかと気になるわ。
奴らにこの地球を渡すものですか。
地球を支配するのは・・・・・・に決まっているのに・・・
え?
何・・・
私は何を?
「司令、交代します」
私がちょっとした違和感を感じていると、好美ちゃんがやってくる。
これで、今日も終了だわ。
「今のところ異常なしよ。あとはお願いね」
「了解しました。本部を引き継ぎます」
「お願いします」
私は右手をスッと斜めに・・・
「えっ?」
慌てて敬礼し直す私。
何?
今のは?
私はいったい?
私は何か違和感を感じながらも本部を出る。
なんだか最近ちょっと変だわ。
疲れているのかしら。
今日も早めに寝たほうがいいわね。
充分睡眠をとらなくちゃ。
部屋に戻った私は、遅くなった夕食を済ませ、シャワーを浴びてベッドに入る。
いつもより早いけど、今朝からなんだか変な感じだし、少しでも寝て休息した方がよさそうだわ。
おやすみなさい。
ふと私は目を覚ます。
行かなくちゃ。
私はベッドを抜け出すと、普段着に着替えてから本部を出て、車に乗り込み発進させる。
行かなくちゃ・・・
行かなくちゃ・・・
どこへ行くかよくわからないけど、行かなくちゃ・・・
「ふむ。ちゃんと来たようだな。どうやらうまくいっているようだ」
体格のいい男性が私の目の前にいる。
この方は誰?
うまくいっているって何のこと?
「これを渡そう。気付かれぬように持ち帰るがいい」
「・・・かしこまりました」
私はなぜかそういって大きなトランクケースを受け取った。
旅行の時に使うようなキャスター付きのトランクケースだ。
中に何が入っているのかはわからない。
本当なら、外部から何かを本部に持ち込むときは、ゲートでチェックを受けるのだけど、そんなことはどうでもいい・・・
「持って帰って一人になったらペンダントを見ろ。誰にも気づかれないようにな」
「はい。ご命令のままに」
私はこくんとうなずく。
この方の命令に従うのは気持ちがいい。
私はこの方に従うのが当然のこと。
「では行け。怪しまれるな」
「はい」
私はトランクケースを手に回れ右をする。
そのまま車に戻って本部へ戻る。
なんだかよくわからない。
でも、命令には従わなくちゃ・・・
「お帰りなさい、坂木司令」
本部ゲートで警備主任が出迎えてくれる。
ごく普通のビジネスビルの地下駐車場。
その奥にある隠し通路から入ることができるこの本部。
さらにここでチェックを受けなくてはいけない。
それだけ厳重に守られているのだ。
「こんな時間にお出かけでしたか? いつものように荷物チェックをさせていただきます」
私が車から大きなトランクケースを取り出すと、警備主任と警備員たちがやってくる。
「ごめんなさい。上層部からの命令で、この中身は私以外の者には見せてはならないとされているの。私の責任で通過させてもらうわ」
私はそんな言葉をつらつらという自分に驚く。
私はいったい何を言っているのだろう・・・
「そうですか。了解しました」
警備員たちが敬礼で私を通してくれる。
これでいいんだわ。
何も問題はない。
私は指紋、網膜、暗証番号のチェックを行いゲートを通る。
ガラガラとトランクケースのキャスターの音が廊下に響く。
早く部屋に持ち込まなければ。
誰かに見られると厄介だわ。
あれ?
どうして厄介なのかしら・・・
とにかく厄介なのよ。
「ふう・・・」
誰にも会わずに部屋に戻れたことにホッとする私。
夜間チームはみんな勤務中だし、昼間チームはこの時間ならそれぞれ自室で休んでいる時間だもの、当然と言えば当然だけど・・・
私は持ってきたトランクケースを見る。
どうしてこんなものを持ってきたのだろう?
私はいったい何をやっているのだろう?
何かが変。
何かが変なはずなのに・・・
これでいいと思っている私がいる。
そう・・・
これでいい・・・
この部屋は私一人。
監視カメラなどというものもここにはない。
個人のプライベートは保たれているのだ。
誰もここでのことは気付かない・・・
・・・・・・
私は服の下からペンダントを取り出す。
牙の生えたドクロが私を見つめてくる。
偉大なる組織の素敵な紋章。
見ているだけで心が吸い込まれそうになる。
・・・・・・
はい・・・
誰にも気づかれていません。
はい・・・
ここには私一人です。
はい・・・
かしこまりました・・・
・・・・・・
鏡の中に映る異形の姿。
これは何?
まるで虫が大きくなって人間の形になったみたい・・・
黒く丸い目が鏡の中から私を見つめている。
これは誰?
これは私?
私は虫になったの?
口元だけが覗くヘルメット。
赤い唇が女性らしいことを示している。
私は恐る恐る唇を舐めてみる。
鏡の中でも唇を舐めている。
いったい何がどうなっているの?
触角が生え、ギザギザのとげの付いたヘルメット。
茶褐色の躰には左右に小さな脚がいくつもついて蠢いている。
手も足も茶褐色でギザギザが付いている。
手には鋭い爪もついているわ。
そして腰には大きなバックルの付いたベルトが巻かれている。
バックルには見たことのあるドクロの紋章。
ボーハッツの紋章だわ。
すると、これはボーハッツの怪人なの?
どうしてそんなものがここにいるの?
私はいったい?
これは私の姿なの?
・・・・・・
はい・・・
着替え終わりました・・・
はい・・・
これが私の本当の姿です・・・
はい・・・
私はボーハッツの女怪人・・・
ムカデ女です・・・
はい・・・
心に刻み込みます・・・
私はムカデ女・・・
この姿こそが私の本当の姿・・・
・・・・・・
******
(続く)
- 2017/07/17(月) 20:34:56|
- 紋章からの声
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