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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

私の望んだベージュ色の躰

とてもうれしく、またありがたいことに、このところ拙作「クリムゾン」や、その番外編であります「ナイロン獣になって」の、イラストや二次創作SSなどをほかの作家様方に書いていただけたりしております。

拙作を楽しんでいただいた上に、そういった作品まで作っていただけるというのは、本当に作者冥利に尽きるというもので、最高にうれしいものです。
おかげで、こうなりますと、私自身も何か「クリムゾン」の世界で一本書いてみようかなという気になりましたので、短編を一本仕上げてみました。

タイトルは「私の望んだベージュ色の躰」です。
まあ、タイトルでもろバレなんですが、自ら堕ちていく話です。
楽しんでいただけましたら幸いです。

それではどうぞ。


私の望んだベージュ色の躰

 「中咲(なかさき)さん、これからみんなでカラオケ行くんだけど、一緒にどう?」
 「あ、ごめんなさい。今日はこのあといろいろとあって……」
 嘘だ……
 用事なんて何もない……
 「ん、わかった。じゃあ、また来週ね」
 誘った方だって私が来るだなんて思ってもいない。
 同僚だからお義理で誘っただけ。
 きっと会社を出た途端に、私のことなどは忘れられる。

 それでいい……
 どうせ私は一人……
 誰かと一緒に楽しくなんて思わない……

 週末の夜。
 会社を出た私は、スーパーで出来合いのお惣菜と、甘めのカクテル系のお酒を買って家路につく。
 たった一つの楽しみのために……
 そう……
 私のたった一つの楽しみ……

 「ただいまぁ……」
 誰が返事をするわけでもない、一人暮らしのアパートの部屋。
 たいして家具類があるわけでもない殺風景な部屋。
 まるで私の心の中みたい・・・

 「ふう……」
 シャワーを浴びた私は、お惣菜をつまみにお酒の缶を開ける。
 何か面白いものでもやっているかしら……
 私はテレビを点ける。
 ちょうどニュースをやっている時間。
 明日はお休みだから、天気予報を聞く必要もないし、ほかに何か……
 ドキン……
 リモコンを持った私の手が止まる。
 これって……

 それは視聴者が撮影したという動画。
 炎の中を動く人影。
 警察が遠巻きに見守る中、その人影たちは何かをしている。
 アナウンサーが犠牲者が何人とか言っているけど、全然耳に入ってこない。
 ああ……
 今日現れたんだわ……
 ナイローンが……
 ナイローンが現れたんだわ。

 ドキドキする……
 胸が苦しくなる……
 なんて素敵……
 なんて美しい……
 なんて気持ちよさそう……

 まるで裸で踊っているみたい。
 目も鼻も口もない、全身タイツを着た女性たち。
 動画ではよく見えないけど、ベージュ色の女たちが闇と炎の中で蠢いている。
 ああ……
 素敵……
 恐ろしいはずなのに……
 人類の敵なのに……
 私もあんな姿になりたい……

 あの日から私の中で何かが変わってしまった気がする……
 そう、以前ニュースで彼女たちを見たときから、私は彼女たちの虜になってしまっていた……
 ベージュ色の躰で闇の中で蠢く女たち。
 物を壊し、人々を殺す恐ろしい女たち。
 なのに、とても美しい。
 その顔には目も鼻も口も無い。
 顔がマスクに覆われているから見えないのではない。
 無いのだ。
 彼女たちの頭はショーウィンドウに飾られた顔のないマネキンのようにのっぺりとしている。
 それでいて、両の胸はしっかりと双丘を作り、腰は見事にくびれている。
 それが全身タイツのようなものに包まれ、まるで裸のようなボディラインを惜しげもなくさらしているのだ。
 何より私を引き付けたのは、彼女たちが時折自分の顔や体を撫で、とても気持ちよさそうにしているところ。
 それがすごく魅力的で、私も彼女たちのようになりたいと強く感じてしまったのだった。

 彼女たちは暗黒帝国ナイローンだという。
 いつの間にか現れたテロリスト集団。
 男も女もみな全身タイツ姿という奇妙な格好で暗躍する、真面目なのか不真面目なのかわからない連中。
 でも、その活動は恐ろしく、社会インフラの破壊や人物の暗殺など様々に及ぶという。
 警察も防衛隊も歯が立たず、頼みの綱はAN(アン)ファイターと呼ばれる特撮番組から抜け出してきたような戦士たちだけ。

 ばかげた話だけど、これが今の日本で起きていること。
 日本のあちこちでナイローンが活動し、ANファイターと戦っているという話。
 人々はいつナイローンの襲撃に巻き込まれるかと恐れながらも、朝になれば満員電車に乗って会社に行く。
 そして前日と同じような仕事をして、疲れた体を引きずって家に帰る。
 そんな日常。

 ハア……
 息を飲む美しさ。
 ナイローンは恐ろしい組織。
 でも、それが何だというのだろう……
 社会が崩壊する?
 大勢が死ぬ?
 そんなの私にはどうでもいい。
 どうせ私は独りぼっち。
 会社で重宝されるような有能な人間じゃないし、彼氏だっているわけじゃない。
 社会が崩壊しようが知ったことじゃない。
 私はすでに次の話題に切り替わってしまったニュースを消し、缶のカクテルをのどに流し込んだ。

                   ******

 「ああ……ん……んん……ああん……」
 ベッドの上で躰をこすりまわす。
 私のたった一つの楽しみ。
 全身タイツを着てオナニーをすること。
 気持ちいい……
 ナイロンのすべすべとした肌触りが気持ちいい……
 全身タイツを着ることがこんなに気持ちいいことだったなんて……
 あのベージュ色の女たちが、時々自分の躰を撫でる理由がよくわかる。
 「は……はい……なります……仲間になりますぅ……」
 私は妄想する。
 今、私はナイローンのベージュ色の女たちに囲まれているところ。
 みんなが私も見降ろし、私がオナニーするところを見ているのだ。
 全身タイツに包まれ、気持ちよさそうにオナニーする私を。
 「ああ……いい……気持ちいいです……ナイローンの仲間になれて幸せですぅ……」
 全身タイツに包まれた私は、じょじょにベージュ色の女へと変わっていく。
 『お前も私たちの仲間になるのよ』
 『ベージュ色の女になるのよ』
 周囲から声が聞こえるのだ。
 私も見下ろすベージュ色の女たち。
 私がその仲間になるのを喜んで迎えてくれているのだ。
 ああ……
 なんてうれしい……
 「あ……ああん……イく……イっても……イってもいいですか?」
 『イキなさい』
 『イって、身も心も私たちのようになるのよ』
 「なります。仲間になります。ああん……イ、イくぅぅぅぅぅ」
 私は全身タイツの上から股間に指を這わせ、絶頂へと達していった。

 「ハア……ハア……」
 イってしまった……
 気持ちいい……
 これが……
 これが本当のことだったら……
 あのベージュ色の女性たちの仲間に本当になれたのだったら……
 どんなにいいことか……

 私は手でそっと顔をなぞっていく。
 鼻の盛り上がりや眼窩のくぼみを感じてがっかりする。
 わかってはいたけど……やっぱりナイローンのベージュ色の女にはなっていない。
 彼女たちの顔はのっぺりと凹凸が無い。
 眼窩のくぼみも鼻の盛り上がりもまったく無く、まるでゆで卵のようにつるんとしている。
 だから、きっとナイローンの女たちは人間ではないのだろう。
 私がいくら望んでも、あのベージュ色の女にはなれないのだ……

 私は汗と愛液で濡れた全身タイツを脱ぐ。
 この全身タイツを着たところで、彼女たちのようにはなれない。
 でも、近づくことはできる。
 全身を覆うことで、人間ではなくなるような気分を味わえる。
 なにより、ナイロンの肌触りは気持ちがいい。
 だから、私は全身タイツがとても好きになった。

 私はシャワーを浴びに浴室に行く。
 着ていた全身タイツを洗濯機に入れ、シャワーを浴びる。
 明日は洗濯しなくちゃ……
 シャワーを浴びた後は丁寧に躰を拭き、クロゼットからもう一着の全身タイツを出す。
 先ほどまで着ていたのが赤。
 これは青。
 これを着ると、布越しに世界が青く染まるのだ。

 あのナイローンのベージュ色の女たちを見たとき、私はとても衝撃を受けた。
 全身タイツなんてテレビなどで見たことはあったのに、裸とも思えるような彼女たちの姿を見たら、興奮してしまったのだ。
 私はすぐに全身タイツを注文した。
 本当は彼女たちと同じベージュ色のが欲しかったけど、このご時世、ベージュ色の全身タイツは売っていない。
 ナイローンのベージュ色の女に間違われるかもしれないし、彼女たちに成りすまして悪いことをする人間がいないとも限らないからなのだろう。
 全身タイツそのものの取り扱いをやめたところも多いらしい。
 仕方なく、私は赤と青の二着を買った。
 全身タイツに包まれるのはとても気持ちがいい。
 明日は休みだし、今日はこれを着て寝ることにする。
 ……
 朝起きたらナイローンの一員になっていたりしないかな……

                   ******

 「ふう……」
 すし詰めのバスの車内。
 身動きも取れない。
 仕事を終えて会社から帰るというのに、いつも乗るはずの電車が部分運休になってしまい、振り替え輸送のバスに乗るしかなくなってしまったのだ。
 テロなのか事故なのかわからないが、路線の付近で何かが崩れたらしい。
 おかげで一部区間が不通となり、バスに乗る羽目に……
 週明けの月曜日だというのに、やれやれだわ……

 周りから押されるように窓際に押し付けられる。
 苦しいけれどもどうしようもない。
 早くうちの近くの駅までたどり着いてほしい……
 窓の外では反対方向へ向かう緊急車輌が何台も。
 よくわからないけど、またナイローンが出たのかしら……

 「えっ?」
 私は目を疑った。
 あれは?
 もしかして?

 たまたまバスの揺れで後ろから押され、私の視線は上に向いた。
 その時、建物と建物の間の空間を何かが飛んだのだ。
 あれって……
 ナイローン?

 「お、降ります!」
 気付くと私はそう言っていた。
 バスが停留所で停車すると、とにかく無理やりに人を押し分けるようにして降りていく。
 やっと外へ出て新鮮な空気を吸うと、私は空を見る。
 いた……

 たぶん、普通は気が付かない。
 人は空を見ながら歩くようにはできていない。
 夜の街で暗い夜空を背景に、何かを見つけるのは偶然以外では難しい。
 ビルの上の黒い人影。
 私はその影に向かって走り出す。

 なんでこんなことをしているんだろう?
 どうして追いかけているんだろう?
 見つかったら……殺されてしまうかもしれないのに……
 話なんて……通じないかもしれないのに……

 きれいな姿……
 ビルからビルへと飛び移る黒い女の影……
 とてもきれい……
 裸としか思えないそのシルエット……
 でも、裸なんかじゃなく、ちゃんと包まれている……
 全身タイツに包まれているんだわ……

 包まれたい……
 彼女たちが着ている全身タイツを着てみたい……
 彼女たちのように目も鼻も口も無くなりたい……
 私も……
 私もナイローンになりたい……

 「ハア……ハア……ハア……」
 ビルから飛び降りた人影が暗闇の中へと消えていく。
 そこは誰もいないはずの場所。
 驚いた。
 ここはうちのすぐ近くにある廃工場だわ。
 今のところ更地にすることもできていなくて、立ち入り禁止になっていたはず。
 まさかここが?
 ここがナイローンの隠れ家なの?

 引き返すのなら今だ……
 今なら引き返せる……
 そんな言葉が思い浮かぶ。
 でも……
 私はそのまま進んでいく。
 立ち入り禁止の張り紙も、不法侵入は罰せられますという言葉も私を止めることはない。
 こんなことしていいのかという気はしないでもないけど……今を逃したらもう二度とチャンスはないかもしれないわ……

 幸い、外側の塀には一か所崩れかけているところがある。
 ここからならなんとか……
 私はスーツ姿なのも構わずに、その崩れかけた塀を乗り越える。
 足を引っかけてしまってストッキングが伝線してしまったけど、どうでもいいわ。

 私は構わず奥に行く。
 この廃工場……確かガス爆発があったって言ってた気がするけど……
 確かにあちこち壊れているし、壁なんかも崩れているわ……
 本当にここがナイローンの隠れ家なのかしら……

 「!」
 中へ入り込んだ私は、思わず声を出しそうになる。
 床に巨大な穴が開いていたのだ。
 ええ?
 何これ?
 地下室?
 こんなところに?
 どうやら天井となっていたここの床が崩れたものらしい。
 下の方は瓦礫が……

 『はあ……ん……』
 えっ?
 今……下から声がした?
 私は恐る恐る穴の淵から身を乗り出してのぞき込む。
 誰か……いる?

 私は思わずまた声を出しそうになり、必死に両手で口を抑える。
 あれは……ナイローン!
 私が見下ろした先には、数体の人影がいたのだ。
 暗くてよくは見えないものの、そのシルエットはまさに裸の男女が絡み合っているというもの。
 よく見ると、真ん中の一人が男のようで、他の三人は女性らしい。
 うっすらとそれがシマウマのような白黒の模様をした男と、ベージュ色の女たちであることがわかる。
 間違いないわ……
 ここはナイローンの隠れ家なんだ……

 『はあん……あん……ゼブラ様ぁ……』
 『ゼブラ様ぁ……私にも……』
 『ああ……ゼブラ様ぁ……とても気持ちいいですわぁ……ナイローン! ナイローン!』
 かすかに漏れ聞こえてくる声。
 女が気持ちよさにあえいでいるような声。
 シマウマ柄の男がベージュ色の女たちを撫でるたびに、女たちは声をあげていく。

 怖い……
 あそこにいる者たちからは邪悪な感じが漂ってきて、恐怖を感じてしまう。
 でも……
 でも、それ以上に、私は彼女たちがうらやましい。
 私も……
 私もあそこに混ざって、あんなように愛撫されたい。

 いつしか私の手は股間に伸びていた。
 あん……
 濡れている……
 感じているんだわ……
 ああ……
 なんて気持ち良さそうなの……

 「ヒッ」
 私は息を飲んだ。
 シマウマ柄の男の顔がこちらを向いたのだ。
 つるんとしたのっぺりとした顔で、目のくぼみも鼻の盛り上がりも何もない。
 でも、確かにその目が私を見たような気がしたのだ。
 私は急いで立ち上がると、その場を逃げ出す。
 怖い……
 怖い怖い怖い……
 やはりナイローンは恐ろしい存在なのだ。
 見つかったら殺されてしまうかもしれない。
 私は何とか必死に逃げ出し、転がるようにして廃工場から外へと出る。
 しばらく走って、通りの明るさが戻ってくるまで、私は後ろを振り返ることができなかった。

                   ******

 「ふう……」
 キーボードから手を放し、パソコンから顔をあげる。
 あのあとどうやって家まで帰ってきたのか、よく覚えていない。
 家に帰った私は、シャワーを浴びることもなく布団に潜り込んで震えていた。
 でも……
 落ち着くにしたがって、私はあそこで見たことが鮮明に思い浮かぶことに気が付いていた。
 『ああん……ゼブラ様ぁ……』
 『とても気持ちいいですわぁ……』
 ベージュ色の女たちの声が耳に残っている。
 なんて気持ちよさそうだったのだろうか……
 まるで布と布がすり合う音すら聞こえてくるぐらい……
 あのシマウマ柄の男……ゼブラ様とか言う男に触られるのが、そんなに気持ちいいのだろうか……
 触られてみたい……
 私も触られてみたい……

 「中咲さん?」
 「あっ、は、はい?」
 「書類できた?」
 「あ、いえ、もう少し」
 いけない……
 仕事中だった。
 忘れなきゃ……
 もうあそこに行ってはいけないわ……
 忘れなきゃ……

 そう思ったはずなのに……
 私は何をしているのだろう?
 私はどうしてここにいるのだろう?
 恐ろしいのに……
 殺されるかもしれないのに……
 どうして……

 会社から帰ってきた私は、またこの廃工場に来ていた。
 暗闇の中、そっと昨日の場所に行く。
 その手前、ちょっとした影になっている部分。
 私はそこに身を潜め、着ているものを脱いでいく。
 上着もスカートもストッキングも……
 下着もすべて脱ぎ、生まれたままの姿になる。
 そしてカバンから取り出したものを広げる。
 家で着ている赤い全身タイツ。
 これを着込んでいくのだ。
 脚を通して腰まで引き上げ、袖に手を通して背中のファスナーを上げていく。
 マスク部分を頭にかぶり、後頭部のファスナーを閉めれば、私の躰は全身タイツに包まれる。
 ハア……
 私は思わず顔を撫でる。
 全身タイツは本当に気持ちがいい。
 これで……

 私はそっと静かに昨日の場所へと近寄っていく。
 暗いうえに視界が全身タイツで遮られているので、慎重にゆっくりと。
 足元に気を付けながら進んでいく。
 思った以上に全身タイツのマスクを被ってしまうと、暗すぎて何も見えないわ。
 今度はマスク部分はたどり着いてからかぶるように……
 そこまで考えて私はおかしくなる。
 今度?
 今日死ぬかもしれないのに?
 見つかったらきっと殺されるというのに?
 ふふっ……おかしいわ。

 昨日の場所までくると、私はそっと下を覗き込む。
 あれ?
 今日は一人?
 シマウマ柄の男……ゼブラ……様だけ?
 ベージュの女たちはいないのかしら?

 下にはシマウマ柄のゼブラ様とか言う男が一人だけ。
 崩れた瓦礫の上に腰かけている。
 いったい何をしているのだろう?
 特に何かしているようには見えないけど……
 休息でもしているのだろうか?

 それにしても……
 見れば見るほどシマウマ柄の全身タイツを着ただけの男性に見える。
 たくましい躰つきが全身タイツによって強調されている感じ。
 これはこれで美しいと思う。
 ただ、本当に顔はのっぺりとして何の凹凸も無いところは、何かマネキンのような無機質さを感じ、それが恐怖を呼び起こすのかもしれない。

 私が息を潜めて見降ろしていると、優雅に腰を揺らすような歩き方で、三人の女たちが現れる。
 ベージュ色の女たちだわ。
 彼女たちもニュースなどで見たとおり、全身タイツを身に着けた女性たちのよう。
 こちらも顔の凹凸は一切無く、全身タイツが躰に張り付いているかのように躰にフィットしている。
 どんなにオーダーメイドで全身タイツを作ったとしても、ここまで胸の形をそのまま浮き出させはしないだろう。
 普通は周囲の布が引っ張って、胸を平たくさせてしまうから。
 だから、やっぱり彼女たちは全身タイツを着ているかのように見えるだけなんだと思う。

 『ベージュたちよ、こっちへ来るのだ』
 『はい、ゼブラ様。ナイローン』
 シマウマ側の男が手招きして、ベージュの女たちがそばに寄っていく。
 彼女たちを足元に座らせ、その躰を撫でていくシマウマ柄の男。
 『ああん……』
 『はぁ……ん……ゼブラ様ぁ……』
 そのたびに女たちは気持ちよさそうに声を上げる。
 口などまったくないのに、声を上げるのだ。
 それはもう気持ちよさそうに……

 私はその場に仰向けになり、目を閉じて自らの躰を撫でていく。
 「ああ……ん……」
 あのシマウマ柄の男、ゼブラ様に撫でてもらっていることを夢想し、自分の躰を撫でるのだ。
 「ああ……ゼブラ様……ゼブラ様ぁ……」
 できるだけ小声で、気付かれないようにしながら、私はベージュの女たちになった気分を味わうのだ。
 『お前もナイローンの一員になるのだ』
 妄想の中でゼブラ様が私に語りかけてくる。
 「なります。ナイローンの一員になります。ナイローン! ナイローン!」
 私は自分の躰を抱きしめるようにして忠誠を誓う。
 ああ……
 これが本当のことなら……

 「ふふふ……」
 「ふふふふ……」
 えっ?
 すぐそばで声が聞こえる。
 「ヒッ!」
 私が目を開けると、私のそばに三人のベージュの女が立っていた。
 い、いつの間に?
 そんな……

 「うふふふ……そんな恰好でのぞき見?」
 「悪くない姿ね。さあ、立ちなさい。ゼブラ様がお呼びよ」
 のっぺりとした顔には表情など存在しない。
 でも、私を見下ろしているのはわかる。
 私は先ほどまでの気持ちよさなど吹き飛び、ガクガクと震えながらも、立ち上がるしかなかった。

 「さあ、来るのよ」
 私が立ち上がると、三人のうちの一人が私を引き寄せる。
 あ……
 すべすべしたナイロン同士がこすれ合うような感触。
 やっぱり彼女たちも全身タイツのようなものを着ているというのだろうか?
 「ひぃっ!」
 私がそう思ったのもつかの間、私は穴の中へと突き飛ばされる。
 死ぬ……
 私はそう思ったが、私の躰は落ちた先でがっちりと受け止められた。
 えっ?
 見ると、私のすぐ目の前にシマウマ柄の男の顔がある。
 な?
 突き落とされた私の躰は彼が受け止め、お姫様抱っこのような形になっていたのだ。
 「あ……そ……」
 な、なにを言っていいのか?
 助けて?
 それとも、はじめまして?

 「あ、ありがとうございます」
 私は受け止めてもらったことに礼を言う。
 「ゼブラ様、ご命令通りにいたしました」
 三人のベージュ色の女たちは、まったく問題無いように上から飛び降りてくる。
 すごい……
 人間なら怪我をしてしまう高さなのに……

 「ふむ……赤か」
 私はそっと下ろされ、立たされる。
 そしてゼブラ様は私の姿を眺め、そうつぶやかれた。
 「クリムゾン様のような暗い赤でも、レッドのような赤でもない。少し明るめの赤だな。女、なぜそんな恰好をしてここにいる?」
 「あ……そ、その……」
 私は答えに詰まってしまう。
 その……皆さんを見てオナニーしたかったなんて……言えるはずが……

 「ふん……ANT(アント:Anti Nyloon Team アンチナイローンチーム)のスパイではなさそうだな。その恰好で我々の目をごまかそうとするような連中とも思えん。答えろ。何をしに来た?」
 腕組みをして私をにらみつけてくるゼブラ様。
 私の周りにはいつの間にかベージュの女たちが囲むように立っていて、とても逃げ出せる状況じゃない。
 どうしよう……

 「私……その……笑わないで欲しいんですけど、皆さんを見て、すごく素敵だって思ったんです……だから……」
 私はもう正直に話し始める。
 ナイローンの映像を見て衝撃を受けたこと。
 全身タイツを着たようなベージュの女たちがとても素敵だったこと。
 自分もそんな恰好をしてみたいと思い、全身タイツを手に入れたこと。
 偶然ここを見つけ、ゼブラ様とベージュの女たちがとても気持ちよさそうに躰を撫で合わせていたのが気持ちよさそうだったこと。
 あまりのことに、自分も撫でてもらっている気持になりたくて、この格好で……オナニーしようとしていたことを。

 「ひあっ!」
 言い終えた私をゼブラ様はしばし無言で見つめていたが、いきなり私の顎に手をかけて持ち上げる。
 「ベージュになりたいか?」
 「えっ?」
 「ベージュになりたいかと聞いているのだ。この女たちのように」
 ベージュに?
 なれる……の?
 人間が……?
 なれるの?
 「な……りたい……です」
 私は顎を掴まれながらも、コクンとうなずく。
 ベージュに……なれるの?

 「ふふ……いいだろう。コマンダーパープル様より、ベージュを増やす許可はいただいてある。おい、ベージュのナイローンスキンを持ってこい」
 「かしこまりました、ゼブラ様」
 ベージュの女たちの中でも一番小柄な女性が瓦礫の奥へと消えていく。
 「自分からベージュになりたいとは面白い女だ。お前を俺の四番目のベージュにしてやろう」
 「本当ですか? ありがとうございます」
 私はお礼を言う。
 本当にベージュにしてもらえるなんて……

 やがて闇の中から、先ほどの小柄なベージュ色の女性が戻ってくる。
 その手には折りたたまれた布のようなものが。
 「ゼブラ様、どうぞ」
 「ご苦労」
 差し出された布を受け取り、ベージュ色の女性の頬を撫でるゼブラ様。
 それだけでベージュ色の女性は最高の快楽を感じているようだ。

 「これはベージュのナイローンスキンだ。裸になってこれに着替えろ」
 手渡されるベージュ色の布。
 「ナイローンスキン?」
 「そうだ。我々ナイローンの躰を覆うナイローンスキン。これを着ることによって、お前は人間からナイローンの女戦闘員ベージュとなる」
 「ナイローンの女戦闘員……ベージュ……」
 私の手の中にあるベージュ色のナイローンスキン。
 これを着れば……私はベージュになるの?
 「ちょっと待って……これを着ればって……もしかしてこのベージュさんたちも、元は……」
 元は人間だというの?
 「そうだ。こいつとこいつなどは元は母と娘ですらある」
 先ほどこのナイローンスキンを持ってきた小柄な女性と、もう一人妖艶な色気を持つ女性をゼブラ様は指し示す。
 「ああん、ゼブラ様、それはもう過去の話でございます」
 「私たちは二人ともゼブラ様にお仕えするベージュ同士です。母だの娘だのという関係など存在しません」
 「ええ、私たちは仲間。ベージュ同士」
 そう言って二人は抱き合ってお互いの躰を撫でていく。
 それはぞくっとするほどなまめかしい。
 ベージュ同士……
 なんて素敵なのだろう……

 私は背中のファスナーを下ろし、全身タイツを脱いでいく。
 今まで私を包んでいた全身タイツを脱ぎ捨て、渡されたベージュ色のナイローンスキンを着るのだ。
 ナイローンスキンは本当に今脱ぎ捨てた全身タイツとそっくりな代物。
 手触りもナイロンの生地そっくり。
 これを着るだけでベージュになるなんて信じられない。
 私は騙されているのではという気さえする。
 でも……
 でも……
 着たい……
 着たくてたまらない。
 なんて素敵。
 なんてすばらしい。
 これがナイローンスキン。
 私を包み込んでくれるナイローンの皮膚なのね。

 ハア……ン……
 想像以上……
 タイツ部分に足を差し入れただけで、全身を快感が走る。
 気持ちいい……
 気持ちいいよぉ……
 私はいつも着る全身タイツと同じように、両足から穿いていく。
 ハアン……
 たまらない……
 最高……
 最高よ……

 穿いただけで、腰から下にきゅッと張り付くようなフィット感。
 よじれたりずり下がったりすることなどあり得ないのがよくわかる。
 着ているのに着ていない。
 皮膚なのに衣装。
 これがナイローンスキンなのね。

 袖に両手を通し、肩までスキンをあげていく。
 背中部分の切れ込みがすうっと閉じて、私の躰と一つになる。
 胸もその形そのままを覆うように張り付き、おへそのくぼみさえもうっすらと浮き出てくる。
 マスク部分を前からかぶるような感じでかぶれば、髪の毛まで包み込んで後ろ側で閉じられる。
 ファスナーも何もない。
 もう脱ぐことさえできはしない。
 ううん……
 脱げたって脱ぎたくなんかないわ。

 頭がくらくらする……
 めまいが起きているような感じ……
 でもふわふわして気持ちがいい……
 躰がナイローンスキンに包まれ、すごく快適。
 なんだか生まれ変わっていくみたい・・・
 私は……
 私は……
 私は暗黒帝国ナイローンのベージュ。
 ナイローンにこの身を捧げ、ナイローンのためなら何でもします。
 ナイローン……
 ナイローン……
 私はナイローンのベージュですぅ……

 気が付くと、私は地面に横たわっていた。
 いけない……気を失っていたのかもしれない……
 「ナイローン!」
 私は急いで立ち上がり、ゼブラ様に右手を上げて敬礼する。
 ゼブラ様は私のご主人様。
 本来私たちベージュは特定のナイロン獣様に属することはないけれど、私たち四人はゼブラ様に属するベージュなのよ。
 だから私のすべてはゼブラ様のもの。

 「ふふ……終わったようだな。ベージュになった気分はどうだ?」
 「はい。とても気持ちがいいです。ベージュであることがこんなに素晴らしいなんて思いませんでした。私はナイローンのベージュ。ナイローンとゼブラ様のためなら何でもします。ナイローン!」
 ああん……
 こうしてゼブラ様にご挨拶するだけでも気持ちがいい。
 これでゼブラ様に触られたりしたら……
 気持ちよくて何も考えられなくなりそうです……

 「ふふふ……それでいい。お前はベージュ。自分の顔を触ってみるがいい」
 「顔を……ですか?」
 ゼブラ様のお言葉に私は戸惑う。
 顔などと……私たちベージュには意味のない言葉ではないだろうか……
 とはいえ、ゼブラ様のお言葉に異を挟むなんてありえるはずもない。
 私は自分の頭部の正面を手で撫でまわす。
 あん……
 気持ちいい……
 ナイローンスキン同士が触れ合って気持ちいいわ。
 自分の手でさえこうなのだから、ベージュ同士で触れ合ったらもっと気持ちよさそう……

 「ふふ……どうだ?」
 「はい。すべすべで気持ちがいいです」
 私は正直に答える。
 のっぺりとした頭の表面を触るのはとても気持ちがいい。
 「目や鼻はあったか?」
 「ゼブラ様、私はナイローンのベージュです。目や鼻など存在するはずがありません」
 下等な人間じゃあるまいし、私たちベージュにそのようなものが無いことはご存じのはずでは……
 「そうだ。お前はもう人間ではない。ナイローンのベージュだ。それを忘れるな」
 「ナイローン! はい、ゼブラ様!」
 そういうことなのですね。
 ゼブラ様は私が人間ではなくなったことを忘れるなと。
 ナイローンのベージュであることを喜びに思えと。
 もちろんです。
 もちろんです、ゼブラ様。

 「うふふふ・・・」
 「うふふ・・・」
 「うふふふ・・・」
 それまで黙ってやり取りを見つめていた三人のベージュが私のそばにやってくる。
 「私たちはベージュ。新しいベージュを歓迎するわ」
 「これからはベージュ同士、ともにゼブラ様にお仕えするのよ」
 「私たちはベージュ。それ以外の何者でもないわ」
 それぞれが私の頬を撫で、躰を触れてくる。
 ああ……
 気持ちいい。
 お互いのナイローンスキンがこすれ合ってとても気持ちがいい。
 「ええ。私たちはベージュ。私もベージュの仲間よ」
 私は、自らも彼女たちの躰に触れていく。
 私たちはベージュ。
 みんな一つの存在なんだわ。

                   ******

 「ハア……ン……」
 全身から力が抜けてしまいそう。
 ゼブラ様に頬を撫でてもらうことが、こんなに気持ちがいいことだなんて……
 ナイローンスキン同士の触れ合いが、これほど素晴らしいことだったなんて……
 「ふふふ……よくやったぞ」
 「は、はい……ありがとうございます、ゼブラ様ぁ……」
 私はゼブラ様の言葉にそう答えるのが精いっぱい。
 躰が溶けてしまいそうです……

 ゼブラ様のご命令で、私は他のベージュたちとともに人間たちを襲ってきた。
 今の私には下等な人間を殺すのなど造作もないこと。
 ANファイターのような連中さえいなければ、ゼブラ様のお手を煩わせるまでもなく、私たちだけで充分だ。
 私は存分に殺戮を楽しみ、その気持ちよさを味わってきたけど、殺戮の快楽などゼブラ様に撫でていただくこの気持ちよさには比べるべくもない。
 ああ……私は幸せです……ゼブラ様ぁ……

 ゼブラ様のそばには、私のほかに三人のベージュたちがいる。
 いずれもうっとりとして、ゼブラ様の愛撫をいただいているのだ。
 私たちにとっての最高のご褒美。
 全身を包む快楽に身をゆだね、ベージュであることの幸福を噛みしめる。
 私はナイローンのベージュ。
 ベージュ色のナイローンスキンに包まれた女たち。
 全員がつるんとした目も鼻も口もないゆで卵のような頭部。
 顔などという無意味なものなど存在しない。
 これこそが、私が望んだ最高のベージュ色の躰なんだわ。
 私はゼブラ様の愛撫を身に受けながら、ベージュに生まれ変わった幸せを存分に味わっていた。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。

ということで今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2021/01/24(日) 21:00:00|
  2. クリムゾン
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ナイロン獣になって

今日は日本ハムファイターズの優勝パレードがありましたね。
札幌市中心部はたくさんの人手だったようです。
TVも道内各局が中継しておりました。

で、私はそれを見ながらちまちまとSSを書いておりまして・・・
何とか完成しましたので投下いたします。

タイトルは「ナイロン獣になって」
あの「クリムゾン」の外伝的SSとなります。
どちらかというと後日談というよりは前日譚寄りな話です。
お楽しみいただければ幸いです。


ナイロン獣になって

「あいたたたた・・・」
俺は痛む背中をさすりながら立ち上がる。
何が起こったんだいったい?
俺は周囲を見渡してみる。
暗い地下室のようだ。
上を見ると、穴がぽっかりと開いている。
ハハァ、どうやら俺はあの穴から落ちたらしいな。
やれやれ、ツキがない時というものはとことんツキがないものらしい。
それにしてもずいぶん分厚いコンクリートの天井らしいのに、あんな穴が開いているなんてなぁ。
天井の瓦礫が床に落ちていたおかげで、それほど落下せずにすんだということらしいが、よくも背中を打ったぐらいですんだものだ。

それにしても・・・
ここから出ることはできるのか?
あの天井の穴には瓦礫に上がってもちょっと手が届きそうもないし・・・
ほかに出口がなければこんなところで朽ち果てることにもなりかねない・・・

まあ・・・それもいいか。
職場をクビになった上、運の悪いことに住んでいた家がナイローンだかなんだかの破壊工作で破壊され、住む場所も家財道具一式も失った俺だ。
どこか潜り込めるところはないかとこの廃工場に来たのが運の尽きって訳か。
数ヵ月後、骨になった俺を誰かが見つけるというのも悪くはない。
はあ・・・

それにしても背中も痛いが腹が減った。
朝から何も食ってないしなぁ。
まさにホームレスじゃん俺。
とにかく出口を探してみるか。
俺はうす暗がりの中をゆっくりとうろついてみる。
幸い屋根が抜けているせいか、うっすらとだが太陽の光が入ってくる。
おかげでそれほど動くのに苦労はしなくてすむ。
ここは意外と結構広い地下室らしい。
何があったのかは知らないが、結構いろいろな機器類の残骸のようなものが転がっている。
もしかして何かここで爆発みたいなことでもあったのかな?
だから天井にも穴が開いていたのかも・・・

おかしいぞ。
壁伝いに一周してみたが、どこにも出口らしいものがない。
この場所を使っていた連中はどうやって出入りしていたんだ?
もしかして隠し扉みたいなものがあるというのか?
そもそも工場に地下室というのもおかしな話かもしれない。

もしかして瓦礫の陰に入り口が?
俺はそう思い、壁際の瓦礫をいくつか動かしてみる。
とはいえ、人一人の力で動かせる瓦礫などたかが知れている。
壁に入り口らしいものがないかどうか見えればいい。
なかったらそこはあきらめて・・・
ああ・・・やっぱり・・・
ドアらしきものが瓦礫の陰に埋もれている。
これじゃ俺の力では動かすのは無理そうだ。
困ったなぁ・・・
ほかに出口は・・・
ん?
なんか落ちてる?
俺は瓦礫と壁の隙間に何か布のようなものが挟まっていることに気が付いた。
コンクリートと機械だけと思っていたので、何かその布が妙に新鮮に感じる。
それに、その布が白と黒の縞模様だったこともこの場にはそぐわないような気がしたのだ。

「よっ・・・ん・・・」
俺は瓦礫の隙間に手を差し入れて、何とかその布切れを引っ張り出そうとする。
かろうじて指先に触れたその布は、すべすべした手触りで、なんだかナイロンのタイツみたいだ。
何でそんなものがこんなところに?

俺は何とかその布を指で挟んで手繰り寄せ、ぐっと握って引っ張り出す。
どうやらどこにも引っかかってなかったらしく、布はあっさりと俺の手元にやってきた。
「なんだぁ?」
俺は思わず声を上げた。
布は結構な大きさのもので、白と黒の縞模様の柄になっている。
しかも頭や手足の付いた形をしていたのだ。
もしかしてこれは全身タイツ?
TVなんかでお笑い芸人が着たりするやつか?
それが何でこんなところに?

俺はハッとした。
全身タイツと言えば、最近噂になっている連中がいるじゃないか。
ナイローンとかいう連中だ。
実際に見たことはないが、全員全身タイツを着た特撮に出てくるような連中で、力も強く銃弾も跳ね返すらしい。
そんな連中があちこちで暴れまわり、大きな被害が出ているという。
実のところ俺がここでこんな目にあったのだって、家がナイローンの破壊工作で壊されてしまったからだし、会社をクビになったのだってやつらのせいで取引先が倒産したからという側面もあるのだ。
畜生!

いや、待て待て待て。
この縞模様の全身タイツがナイローンと関係あるかどうかなんてわからないじゃないか。
縞模様というか、これは動物のシマウマ模様というべきか。
ナイローンの連中はベージュ色一色だというじゃないか。
きっとここで人目を隠れて全身タイツを着て楽しんでいたやつが、何かのきっかけであわてて隠していったものに違いないんじゃ?

それにしても手触りがいいなぁ。
これを着たら気持ちよさそうだなぁ。
すごくすべすべで触っているだけでも気持ちいいもんなぁ。
俺は床にシマウマ柄の全身タイツを広げ、眺めてみる。
背中に切込みがあって、ここから躰を入れるらしい。
ファスナーじゃないんだな。
マジックテープみたいな感じもしないし、どうやって止めるのかな。
着てみたいなぁ。
気持ちよさそうだなぁ。
少しだけならいいかな?
どうせ取りに来るなんてしないだろうし・・・
見つけたからには俺が着たっていいよな・・・

だめだ!
もう我慢できない!
着る!
俺は意を決してシマウマ柄の全身タイツを着ることにした。
こんな気持ちよさそうなの着ないでいるなんてできないよ。
俺は上着もズボンも脱いで下着だけの姿になる。
そして俺は一瞬ためらったものの、下着も脱いで素っ裸になると、シマウマ柄の全身タイツを手に取って、背中の切れ目から脚を入れてみた。

「うひゃぁ!」
俺は思わず声を出してしまった。
それだけ脚に密着してきた全身タイツの吸い付き具合が気持ちよかったのだ。
これが全身に広がると思うと、俺はどうなってしまうのだろう。
だがもう止められない。
いや、止めるつもりなんてさらさらない。
俺は両脚を差し込むと、腰の上までたくし上げ、そのまま躰に密着させるようにして袖に腕を通す。
そして肩まで袖を通すと、手袋状になっている指先をなじませる。
この時点で俺はもうこの全身タイツの虜になっていた。
この世の中にこんなに気持ちいいものがあったのか。
俺の躰にピッタリフィットし、適度な締め付けが運動不足の躰を押さえつけてくれる。
なんだか力もみなぎってくるみたいだ。
股間のチンポのふくらみもくっきりと力強く見えてしまう。
俺は思わず苦笑すると、そのまま頭にマスク部分をかぶっていく。
こちらもまるで肌に吸い付くように密着し、頭をすっぽりと覆ってくれる。
視界が閉ざされて外が見えづらくなるが、そんなことはどうでもいい。
呼吸だって息苦しいのは最初だけで、呼吸そのものが気にならなくなる。
背中の開口部はいつの間にか閉じたようで、俺は完全に全身をタイツに覆われた。

ああ・・・あああ・・・
なんてこった・・・なんてこった・・・
これはただの全身タイツなんかじゃない。
これこそが・・・これこそがナイローンのナイローンスキンなんだ・・・
すべてがわかった・・・俺はナイローンスキンを身につけたんだ。
うおお!
うおおお!
すばらしい!
すばらしい!
これがナイローンスキン。
俺はナイローンスキンを身に着けたんだ!
最高だ!
最高だ!
もう俺の全身はナイローンスキンに覆われた。
俺はもうナイローンスキンに包まれたんだ。
なんてすばらしいんだ。
ナイローン!
ナイローン!

ナイローンスキンが密着する。
もう俺の躰から離れることはない。
俺の皮膚がナイローンスキンになったのだ。
グフフフフ・・・
グフフフフフ・・・
力がみなぎってくる。
俺はもうナイローンの一員だ。
ナイロン獣ゼブラだ。
俺はナイロン獣のゼブラとなったのだ。
グフフフフフフ・・・

俺は両足先と両手をひづめ状に変化させる。
ナイロン獣となった俺には自分の躰を一部変化させるなどたやすいこと。
俺は瓦礫の一部をひづめとなった手で殴りつける。
先ほどまではびくともしなかった瓦礫がいとも簡単にぶち抜ける。
グフフフフフ・・・
最高じゃないか。
地上にうろつく下等な人間どもをこのひづめでつぶしていく。
考えただけで興奮する。
それにだ。
ベージュがほしい。
俺の手足となって働き、俺と躰をすり合わせるベージュが必要だ。
ナイロン獣の性欲発散はベージュと躰をすり合わせることで行われる。
下等な人間のように性器を重ねるようなやり方ではなく、躰をすり合わせてその快感に身をゆだねるのだ。
見れば俺の股間ももう先ほどのようなふくらみは消え、のっぺりとしたものになっている。
必要なくなって吸収されたのだ。
当然だ。
俺はもう人間などではないのだから。
俺はナイロン獣ゼブラとなったのだ。

                   ******

グフフフフ・・・
俺の目の前に人間の女が横たわっている。
先ほどまで俺は天井の穴から抜け出し、暴れまわってきたのだ。
人間のときはとても手が届きそうもなかった天井の穴。
今の俺はちょっとジャンプしただけで通り抜けることができる。
戻る時だってあのときのように無様に転げ落ちることはない。
俺の両脚がしっかりと躰を支えてくれるのだ。
だからこうしてこの女を抱きかかえていても飛び降りることができた。

下等な人間の女。
何人か人間どもをぶち殺した俺は、目の前で腰を抜かしていたこの女を連れてきた。
必死に抵抗し、この女と一緒にいた男も俺に立ち向かってきたが無駄なことだ。
俺は男の脳天をひづめで叩き割り、脳を撒き散らしてやった。
それを見た女は気を失ったので、そのまま連れてきたのだ。
この女をどうするのか。
決まっている。
ナイローンスキンを着せるのだ。
俺にはわかる。
ここにはナイローンスキンがまだ三つある。
そのいずれもが着てもらうことを待っているのだ。
中身を用意してやればナイローンスキンは目覚め、中身をナイローンスキンと同化する。
新たなナイローンの仲間が出来上がるのだ。
この女もすぐにナイローンスキンと一体になる喜びを知ることになるだろう。

俺は瓦礫をひっくり返すと、下敷きになっていた一枚の布を取り上げる。
もちろんそれはベージュ色をした全身タイツだ。
今まで瓦礫の下で眠っていたものだ。
俺はそれを手に女のところへと戻っていく。

ここはどうやら偉大なる暗黒帝国ナイローンの拠点だったのだろう。
それをあの連中、ANファイターだとか言う連中が破壊したのだ。
そのときかろうじてこのゼブラのナイローンスキンと三枚のベージュのナイローンスキンだけが瓦礫の下敷きになって残ったのだ。
グフフフフ・・・
いいではないか。
ならば三体のベージュを作れる。
俺の部下としてかわいがってやろう。
ほかのナイローンの仲間たちがどうなったのかはわからんが、いずれ会うこともあるだろう。
それまで三体のベージュとともに人間どもをぶち殺して楽しめばいい。
それこそが偉大なるナイローンに貢献することにもなるはずだ。

「う・・・」
女の目蓋がピクリと震える。
どうやら眼を覚ますらしい。
ちょうどいい。
ナイローンのベージュとしての喜びを感じてもらうことにしよう。

                   ******

「ナイローン! ナイローン! あああ・・・」
俺に躰をこすり付けて快感をむさぼるベージュ色の女。
先ほどまで必死に嫌がっていたのに、ナイローンスキンを着せられたとたんに身も心も完全にベージュになってしまったようだ。
ナイローンの女戦闘員であるベージュ。
ショーウィンドウで見かける無貌のマネキンのように目も鼻も口も消え去ったのっぺらぼうの女だ。
先ほどまでは下等な人間の女だったが、こうしてベージュとなった今は俺にとってもかわいいメス。
おかげでこうして俺も性欲を吐き出すことができるというもの。
俺はベージュの躰を愛しむように撫でさする。
お互いのナイローンスキンが擦れあってとても気持ちがいい。
ナイロン獣にはベージュが不可欠な理由がここにあるのだ。

「どうだ? ナイローンのベージュになった気分は?」
「はい・・・とても気持ちがいいです。私はもう人間なんかじゃありません。ナイローンの一員ベージュです。ナイロン獣ゼブラ様のしもべですぅ」
快楽にあえぎながら答えるベージュ。
その顔はつるっとしてまったく凹凸のない卵のようだ。
鏡を見たわけではないが、もちろんナイロン獣である俺も同じだろう。
だが、だからこそ俺たちは全身で周囲のことを感じることができる。
以前の下等な人間だったころのように眼や耳や口のような不便な器官に頼る必要はない。
その気になれば俺たちは指先で音を聞くことだってできるのだ。

「ナイローン! ナイローン!」
気持ちよさに声を上げ続けているベージュ。
お互いにさすりあうことで俺も気持ちがいい。
あと二人、ベージュを作って楽しむとしよう。
グフフフフフ・・・

                   ******

「グフフフフ・・・よくやったぞ」
俺はひと暴れしたあとでそばに戻ってきたベージュの頭をなでてやる。
「ナイローン! ゼブラ様のご命令どおりに人間どもを殺してまいりました」
右手を挙げてナイローンの敬礼をしようとしたものの、俺に頭をなでられたことでそのまましなだれかかってくるベージュ。
俺もそうだが、こいつももう人間どもを殺すのは何のためらいもない。
もっとも俺はそのうえに楽しさを感じているのだがな。
「もう一人二人ベージュを増やすぞ。付いて来い」
「ナイローン! ゼブラ様のご命令のままに」
俺はベージュを連れて歩き出す。
夜ともなれば人通りも少ない。
誰かに出会えば始末してしまえばいい。
警察だろうが防衛隊だろうが俺たちにかなうはずがない。
唯一の気がかりはANファイターとやらだが、まあ、そのときはそのときだ。

「ここだ・・・」
俺は一軒の家の前で立ち止まる。
グフフフフフ・・・
あの女をベージュにしてやるのだ・・・
俺はベージュを従えてその家の玄関に向かう。
ここは以前俺が人間だったときの上司の家だ。
いけ好かない奴で、上には媚びへつらい、下には無理難題を押し付けるような奴だった。
だが、そんな男なのになぜか奥さんは美人で優しそうで素敵だった。
俺は何かのときに奥さんを見て、どうしてこの人があんな奴の奥さんなのかと思ったものだ。
グフフフフフ・・・
やつから奥さんを奪ってやるのも面白い。

家には明かりが点いている。
さすがに夜の11時ともなれば、残業が多いあの会社でも帰宅しているだろう。
もっとも、仕事を部下に押し付けて帰ってきたのかもしれないがな。
俺のほかにも何人かクビになったようだから、押し付ける部下も少なくなっただろうが・・・

俺は右手をひづめに変化させると、そのままドアを打ち破る。
ドアノブのところを破壊したので、俺はそのままドアを開けて入り込む。
ご立派な一軒家を建てたようだが、俺たちナイロン獣には鍵など無意味でしかない。
俺はそのままズカズカと上がりこむ。
もちろん背後にはベージュが付き従っている。
かわいいやつだ。

「何か音がしたな・・・」
奴の声だ。
どうやらこっちへくるらしいな。
グフフフフフ・・・
俺はリビングのドアを開けて玄関のほうに顔を出してきた奴をそのまま殴り飛ばす。
もちろん軽くだ。
俺が本気で殴れば下等な人間などあっという間に肉塊になってしまうからな。

「きゃあぁぁぁぁ!」
「ひぃぃぃぃ!」
ドターンと奴がリビング内に倒れこんだ音と二つの悲鳴が上がる。
ん?
悲鳴が二つだと?
俺はゆっくりとリビングに入る。
するとそこには、床にだらしなくひっくり返った奴と、あまりのことに眼を丸くしている二人の女がいた。
なるほど。
そりゃあ、奥さんがいれば娘だっていておかしくはないな。
年のころは中学生か高校生ぐらいか。
奥さんに似て美人の部類かもしれないが、俺たちナイローンにとって顔の造作などは意味がない。
まあ、この二人をベージュにするのも悪くはないな。

「な、なんなんですか、あなたたちは? い、今すぐ出て行かないと警察を・・・」
突然現れた俺たちを見て震えながら奥さんがそういう。
名前はなんと言ったかな・・・
まあ、名前などどうでもいいか。
どうせベージュになってしまえば名前など意味はなくなる。
「う・・・うう・・・」
床に倒れたままうめき声を出す男。
こいつの名前も思い出せんな。
それもどうでもいいか。
下等な人間の名前など知ったことではない。
「あ、あなた・・・あなた!」
「パパ! パパ大丈夫?」
二人が男のそばに寄る。
パパ・・・パパか・・・
グフフフフフ・・・
こんなだらしない下等な奴の娘だったことなどすぐに忘れさせてやるさ。
さて・・・

俺は背後にいるベージュに命じて娘を捕らえさせる。
「ひっ、いやっ! こないで!」
「む、娘には手を出さないで!」
娘をかばおうとする奥さんを、俺はたやすく捕まえる。
人間の動きを封じるなど簡単なことだ。
さて、二人にはナイローンスキンを着せてやろう。

                   ******

「はあ・・・ん・・・ナ・・・ナイ・・・ナイローン・・・ナイローン!」
両手で全身を愛撫していくベージュ色の女。
グフフフフ・・・
どうやらもう一体も完成したようだな。
「さあ、起きるのだ」
「はい・・・」
俺の命令に従いゆっくりと起き上がるベージュ。
先ほどまでマスクの下で盛り上がっていた鼻や耳、少しくぼんでいた目の部分、そういったものがすっかり消え去り、頭部がまっさらな卵形に変化している。
完全にナイローンの女戦闘員ベージュに変貌した証しだ。
「お前は何物だ?」
「ナイローン! 私は偉大なるナイローンのベージュです。どうぞ何なりとご命令を。ナイローン!」
形よく膨らんだ胸の双丘を誇らしげに張り、右手を挙げて敬礼をするベージュ。
グフフフフ・・・
それでいい。

「ナイローン! うふふ・・・これでママも私たちベージュの仲間ね」
一足先にベージュとなった娘がうれしそうに母親の変貌を見つめている。
「ナイローン! ママって何のことかしら? アタシはあなたのママなんかじゃないわよ。私たちはベージュ同士。親子じゃなく仲間でしょ?」
「うふふ・・・そうね。私たちはナイローンのベージュ同士。仲間よね。ナイローン!」
「もちろんよぉ。アタシたちは仲間。仲良くしましょうねぇ。ナイローン!」
今までの親子という意識は失せ、ベージュ同士としてしか認識していないということか。
グフフフフ・・・
かわいい奴らだ。
俺は新たなベージュ二人を抱き寄せ、その躰を撫でさすってやった。
「ああ・・・気持ちいい!」
「ナイローン! ナイローン! ゼブラ様ぁ・・・ゼブラ様ぁ・・・」
躰をくねらせて快感に震える二人のベージュ。
おっと、もう一人もかわいがってやらなくてはな。
俺は黙って付き従っていたもう一人も抱き寄せ、かわいがってやるのだった。

「う・・・うう・・・」
グフフフ・・・
女どもにナイローンスキンを着せようとしたとき、眼を覚まして暴れだしたので、再び伸してやった奴がまた眼を覚ましたか。
「ほら、お前の夫が眼を覚ました様だぞ」
俺はベージュの顔を男のほうに向けてやる。
「ああん・・・何のことですか、ゼブラ様? あの下等な人間が私と何か関係が?」
意味がわからないという感じで男を見るベージュ。
グフフフフ・・・
もうこいつは身も心も完全なるベージュだからな。
目の前の奴が愛した夫だなどとはもう感じないのだ。
「うう・・・幸香(さちか)・・・美緒(みお)・・・」
男がようやく躰を起こそうとしている。
さっきの一撃はホントに軽くやったのだがな。
人間というのはもろいものだ。

「男が何かわめいているようだ。お前たちで黙らせて来い」
「「ナイローン! かしこまりました、ゼブラ様」」
俺に促されて新たなベージュたちが立ち上がる。
熟れた肉付きのいいベージュと、ちょっと小柄でかわいらしいベージュの二人。
ベージュは作りようによってはまったく完全にスタイルから何から統一することもできるようだが、今回俺は元の躰のラインを生かすように作ってみたのだ。
こうして並んだ姿を見ると、俺の選択は間違ってなかったと思う。
グフフフフ・・・

「幸香・・・美緒・・・グフッ!」
そばにやってきたベージュたちを見上げた男だったが、いきなりその腹に蹴りが入れられる。
「お黙り、下等な人間」
「ゼブラ様がお前のことをうるさいって言っているの。二度と口を聞けなくしてあげる」
「や・・・やめ・・・ガハッ」
まったくためらいを見せずに男を蹴り飛ばす小柄なベージュ。
グフフフフ・・・
もと娘に蹴飛ばされる気分はどんなものかな。
「た、助けて・・・」
「お黙り! 死になさい」
二人のベージュが男を押さえつけて首をねじ切る。
血を撒き散らして男が倒れるのを見て、二人は俺のところに戻ってきた。
「「ナイローン! ゼブラ様、ご命令通りに男を始末いたしました」」
「グフフフフ・・・よくやった。もうここに用はない。引き上げるぞ」
「「「かしこまりました。ナイローン!」」」

『ふむ・・・新たなゼブラが出来上がったということか』
あの部屋に戻って三人をかわいがってやろうと思った俺の頭に声が響く。
この声は?
俺は瞬時に理解した。
この声こそ俺が従うべき存在。
偉大なる紫の存在。
コマンダーパープル様。

『ゼブラよ。聞こえるか?』
「コ、コマンダーパープル様! はい、聞こえます」
俺は聞こえてきたお声に返事する。
『ナイロン獣ゼブラよ。新たな誕生おめでとう。ベージュも作り出したようではないか』
「はい。ナイローンスキンが残っておりましたので、それを使い三体ほど作りました」
『見事だ。ベージュたちを連れて我が元に来るがいい』
「かしこまりました、コマンダーパープル様」
俺は中空に一礼し、三人のベージュを抱き寄せる。
「コマンダーパープル様がお呼びだ。あの方の元へ行くぞ」
「「「ナイローン! かしこまりました。お供いたします、ゼブラ様」」」
声を合わせていっせいに右手を上げるベージュたち。
俺は三人のかわいいベージュたちを抱き、そのまま闇の空間へと身を投じる。
コマンダーパープル様が道を開いてくださったのだ。
グフフフフ・・・
これから俺はコマンダーパープル様の下で働くのだ。
ナイロン獣としてなんと光栄なことだろう。
俺は自分をナイロン獣にしてくれたナイローンスキンに心から感謝するのだった。

END
  1. 2016/11/20(日) 21:07:47|
  2. クリムゾン
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クリムゾン(3)

6周年記念SS「クリムゾン」も今日が最終回です。

楽しんでいただけますと幸いです。

それではどうぞ。


3、
「クククク・・・これでいい」
夕子に向けてかざしていた手を下ろすコマンダーパープル。
「ああ・・・いやっ! いやぁっ! 脱がせて! 脱がせてぇ!」
とたんに躰の自由が戻り、夕子はすぐさま着せられた全身タイツを脱ごうとする。
だが、躰に吸い付くように密着した全身タイツは、指でつまむことすらできない。
「無駄だ。そのナイローンスキンはもはやお前の皮膚となったのだ。脱ぐことなどできん。それに・・・すぐに脱ごうとも思わなくなる」
「いやぁ! そんなのいやよぉ!」
必死に躰をよじって何とか全身タイツを脱ごうとする夕子。
だが、全身に密着して脱ぐことができない。
閉じられた背中にはファスナーのようなものもなく、そこが開いていたことすらわからない。
自分の皮膚を脱ごうとして切れ目を探そうとしても無駄なように、夕子が着せられた全身タイツはもう夕子の皮膚そのものになりつつあるのだった。

「脱げない・・・脱げないわぁ・・・」
必死になってどこかから脱ぐことができないかと躰中を探って行く夕子。
しかし、その指先はなめらかなナイロンのすべすべした表面を撫でるだけだ。
それどころか、その彼女の指先の動きが全身に伝わってだんだん気持ちよくなってくるのだ。
そ、そんな・・・どうして・・・
夕子自身そのことに驚いたが、脱ごうとして全身をまさぐればまさぐるほど、心地よさを感じるようになってくる。
「ああ・・・だめ・・・だめなのに・・・」
最初は着せられた全身タイツを脱ごうとして躰をまさぐっていた夕子だったが、じょじょにその感覚を楽しむようになっていく。
「ああ・・・あああ・・・」
だめ・・・この感覚に捕らわれてはだめ・・・
頭では必死になってそう思うものの、指先は全身を愛撫するのをやめられない。
すべすべしたナイロンの気持ちよさが全身に広がって、なんともいえない快感を感じさせるのだ。
「ああ・・・ああ・・・」
いつしか夕子は全身タイツを脱ごうとすることをやめ、ただただ全身を自分で愛撫するようになっていた。

「あ・・・」
床にぺたんと尻を付き全身をまさぐる夕子に対し、コマンダーパープルが近づいてそのあごを持ち上げる。
夕子の頭部はすでにすっぽりとナイローンスキンに覆われているものの、その表面にはまだ鼻の出っ張りや目の眼窩の部分のくぼみなどが凹凸を作り、なんとなく人間の顔らしさをとどめていたが、コマンダーパープルはその顔を自分に向けさせた。
「ククククク・・・どうだ? 気持ちいいだろう?」
「そ・・・そんなこと・・・無い・・・」
力なく首を振る夕子。
暗い赤のナイローンスキンに包まれた姿が美しい。
「いまお前の躰はナイローンスキンによって作り変えられているのだ。すぐにお前の身も心もナイローンの一員へと変化するだろう」
コマンダーパープルの手があごから離れ、その頬を優しく撫でる。
「ひゃぁん・・・そんなの・・・いやぁ・・・」
口ではそういうものの、夕子はコマンダーパープルの愛撫をとても気持ちよく感じていた。
そして自分の手も自分の躰をまさぐるのをやめることができなかった。

「クククク・・・そうだ。それでいい。その快感を味わえばいいのだ。お前はもう人間ではない。ナイローンの女クリムゾンとなるのだ。さあ、『私はクリムゾン』と言ってみろ」
自ら全身を愛撫している夕子の耳元でささやくコマンダーパープル。
その手は夕子の頬を撫でている。
「ああ・・・違う・・・私は・・・私は・・・」
必死に自我を保とうとする夕子。
だが、その声はか細くなっていた。
「『私はクリムゾン』だ」
自らしゃがみこんで夕子の耳元でささやくコマンダーパープル。
その言葉がまるで砂地に水が染み込むように夕子の脳裏に染み込んでいく。
「わ・・・私は・・・私は・・・クリムゾン・・・」
夕子がか細い声でそう答えたとたん、夕子の中から“紅澤夕子”という自我が急速に薄れ、新たに“クリムゾン”としての自我が上書きされていく。
「ああ・・・そうよ・・・私はクリムゾン・・・私はクリムゾン・・・」
そう言いながら全身を愛撫し続ける夕子。
人間だった過去は忌まわしく思い出したくも無い記憶へと書き換えられ、ナイローンの一員となったことを喜ばしく誇りに思うようになっていく。
ナイローンこそがすべてであり、それ以外のものは意味を持たなくなっていく。
眼窩のくぼみや鼻の部分の出っ張りなど凹凸のあった頭部も、スーッと凹凸が消えて完全なつるんとしたタマゴ形になっていく。
それと同時に全身のナイローンスキンが周囲の情報を伝え始めるのが感覚として捉えられる。
目で見たり耳で聞いたり鼻で嗅いだりすることなく、全身のナイローンスキンで感じることができるのだ。
一つの感覚器官で一種類ずつの情報を得ていたとは何と下等生物だったのだろう。
目があるから目が見えなくなったり、耳があるから耳が聞こえなくなったりするのだ。
ナイローンのようにすべての情報を全身で捉えることができれば、見えなくなったり聞こえなくなったりすることなどありえないというのに。
夕子はそのことがうれしかった。
下等な人間などではなくなった喜び。
偉大なるナイローンの一員となったことの喜び。
もはや夕子は紅澤夕子などではなく、ナイローンの女クリムゾンへと生まれ変わったのだ。

「ああ・・・うれしい・・・なんてすばらしいのかしら」
喜びを表現するかのように立ち上がって両手を広げくるくると回ってみせるクリムゾン。
暗い赤のナイローンスキンに覆われた躰は、きゅっと引き締まっててとても美しい。
「私はクリムゾン。もう私は下等な人間なんかじゃないわ。私はナイローンのクリムゾンよ」
あらためて全身のナイローンスキンを撫で回し、その感触を味わっていく。
指先の一つ一つの動きがナイローンスキンから伝わってきてとても気持ちがいい。
どうしてあんな下等な人間なんかでいることができたのだろう。
もっと早くナイローンに生まれ変わりたかったわ。
クリムゾンは心からそう思った。

「ククククク・・・そうだ。それでいい。お前はナイローンのクリムゾンだ」
うれしそうなクリムゾンを見つめていたコマンダーパープルが、立ち上がってクリムゾンを抱き寄せる。
「ああ・・・はい・・・私はクリムゾンです。ナイローンに忠誠を誓うクリムゾンです。コマンダーパープル様」
うっとりと抱き寄せられるクリムゾン。
彼女にとってコマンダーパープルはもはや嫌悪すべき存在ではなく、敬愛するナイローンの司令官だった。
「ククククク・・・そうだ。お前はクリムゾン。これからは俺の女となるがいい。ずっと可愛がってやろう」
「ああ・・・うれしいです。ありがとうございます、コマンダーパープル様」
クリムゾンはコマンダーパープルのたくましい胸に頭を寄せる。
ナイローンの司令官の女になれるなんて何と光栄なことだろう。
「私は・・・クリムゾンはコマンダーパープル様の女ですわ。これからはコマンダーパープル様とナイローンのために身も心もささげます。ナイローン!」
誇らしげに宣言するクリムゾン。
「ククククク・・・それでいい。可愛いぞ、クリムゾン」
「コマンダーパープル様・・・」
コマンダーパープルに力強く抱きしめられていることが、クリムゾンにはとてもうれしかった。

                   ******

「まさかそんな・・・どうしてここが?」
突然周囲に現れたナイローンの女戦闘員ベージュたちに身構える、ANオレンジこと沓木橙実(くつき とうみ)。
まだ20歳という若さでANファイターの女性戦士として幾度もナイローンと戦ってきた彼女だが、まさに不意打ちとも言うべき自宅付近での襲撃にその表情は固い。

それもそのはず、橙実がANファイターであることは重要機密事項であり、彼女の両親ですら知らない事実なのだ。
本部のごく少数の人間が知るだけの事項であり、ANオレンジに本部の指示を伝えるオペレーターたちでさえ、彼女が誰でどこに住んでいるかなど知りえない。
唯一の懸念はこのことを知っている立場にある紅澤司令がここ数日行方不明になっているということだが、紅澤司令に関する情報も当然機密になっている以上、ナイローンに狙われたということは考えづらい。
おそらく何らかの事件に巻き込まれた可能性はあるものの、それがナイローンによる可能性は低いと考えられていたし、それに紅澤司令が万一ナイローンの手に落ちたとしても、そう簡単に機密情報を漏らすとは思えない。
とにかく紅澤司令の行方を捜すことが最重要ということで、ANファイターにも最優先で紅澤司令の行方を捜すように指示が下っており、橙実も深夜となったこの時間まで捜索活動に就いていたのだった。

「ククククク・・・まさかこのような一般住宅地にANオレンジが住んでいたとはな」
ベージュたちの背後から姿を現す紫色の全身タイツと黒いマントを身にまとった偉丈夫。
「コマンダーパープル!」
橙実は驚いた。
ナイロン獣ではなくナイローンの司令官自らが姿を現すとは・・・

「クッ!」
ベージュたちとコマンダーパープルに正対するように身構え、右手首のブレスレットに声をかけようとする橙実。
このブレスレットは通信機であると同時に、彼女の位置を本部に伝え、本部からANスーツを電送するためのターミナルとなっている。
そのため、このブレスレットに声をかけるだけで、橙実はANファイターへと変身できるのだ。

「AN・・・」
橙実がオレンジと続けようとしたそのとき手刀が振り下ろされ、彼女の右手首に衝撃が走る。
「あうっ!」
ブレスレットが破壊され、思わず手首を押さえてしゃがみこんでしまう橙実。
「うふふふふ・・・」
しゃがみこんだ橙実の脇から笑い声がする。
「だ、誰?」
「うふふふふ・・・だめよ橙実。変身なんかさせないわ」
振り返った橙実の前に立っていたのは、暗い赤の全身タイツに身を包んだスタイルのいい女性だった。
つるんとしたタマゴのような頭部に適度の大きさの形よい胸、引き締まった腰と流れるようなラインでつながった長い脚。
まさに女性の目から見ても美しいスタイルだ。

「あ、あなたは?」
「うふふふふ・・・私はナイローンのクリムゾン。お前たちにとっては敵というところかしら」
目も鼻も耳も口も無い頭部なのに、その視線は橙実をじっと見下ろしているように感じる。
「クリムゾン・・・」
新たな敵の出現に橙実は衝撃を受ける。
その様子からおそらく目の前のナイローンの女は、ベージュなんかとは比べ物にならない力を持っているだろう。
一対一ではANファイターといえども苦戦するに違いない。

「ククククク・・・よくやったぞクリムゾン。そのブレスレットを壊してしまえば、ANファイターなど恐れるに足りんいうことだな」
「はい、コマンダーパープル様。ANファイターはANスーツあってこそのあのパワー。ANスーツがなければただの下等な虫けらに過ぎませんわ。うふふふふ」
冷たく笑うクリムゾン。
「ど、どうしてそれを・・・」
「ククククク・・・どうしてそれを我らが知っているのか、か? 簡単なことだ。お前たちの司令官紅澤夕子が教えてくれたのだ」
「そんなバカな・・・紅澤司令がそう簡単に・・・」
ショックを受けている橙実にコマンダーパープルがゆっくりと近づいていく。
「ククククク・・・そうだったな、夕子よ。お前が俺に教えてくれたんだったな」
コマンダーパープルがクリムゾンの肩をそっと抱く。
「あん・・・コマンダーパープル様、私をそんな名で呼ぶのはおやめくださいませ。私はナイローンのクリムゾンです。紅澤夕子などという名は私が下等な人間だったときの名。そのような名は思い出したくもありませんわ」
愛しい人に擦り寄る恋人のようにクリムゾンがコマンダーパープルに身を寄せる。

「そんな・・・この女が紅澤司令だというの?」
「ククククク・・・そういうことだ。もっともいまはもうナイローンのクリムゾンとして俺の可愛い女といったところだがな」
愕然とした橙実に見せ付けるようにクリムゾンを抱き寄せるコマンダーパープル。
「ああん・・・はい、私はコマンダーパープル様の女ですわぁ」
うっとりとクリムゾンはコマンダーパープルに抱きついている。
「そんな・・・どうやって・・・」
「うふふふふ・・・それはすぐにあなたにもわかるわ。あなたにもナイローンスキンを着せてあげる。私たちの可愛いペットにしてあげるわ。うふふふふ・・・」
「この女を連れて行け」
「「ナイローン!!」」
コマンダーパープルの命に周囲に控えていたベージュたちがいっせいに橙実を押さえつける。
「いやっ! 離して! いやぁっ!」
ベージュたちに無理やり引き立てられる橙実。
「うふふふふ・・・心配しなくてもすぐにあなたもナイローンのすばらしさがわかるようになるわ。あなたにはオレンジ色のナイローンスキンを用意してあげるわね」
「いやぁっ! そんなのいやぁっ!」
必死に逃げようともがく橙実。
だが、彼女もろともすべてを闇が飲み込んでいき、それが晴れたあとには誰も残ってはいなかった。

                    ******

全身を自らの手で撫で回しているオレンジ色の全身タイツの女。
スベスベのナイローンスキンが全身を覆い、その感触を指先で味わっているのだ。
頭部にはもはや鼻や眼窩の凹凸はなく、タマゴのようにつるんとして何の表情も浮かんではいない。
だが、彼女が気持ちよさを味わっていることは間違いないだろう。
「うふふふふ・・・ナイローンスキンに全身を覆われた気分はどうかしら、沓木橙実さん? いえ、いまはナイローンのオレンジだったわねぇ。うふふふふ・・・」
うっとりと全身を撫で回しているオレンジ色の女に近づく暗赤色の女。
「ああ・・・はい、クリムゾン様。最高の気分です。なんて素敵なの・・・私はもう人間なんかじゃないわ。ナイローンのオレンジですぅ」
甘い声で返事をするオレンジ。
あのあと橙実は躰の動きを封じられ、無理やりナイローンスキンを着せられて身も心もナイローンの女へと変化させられてしまったのだ。

「うふふふ・・・本当かしら? あんなにナイローンスキンを身に着けるのを嫌がっていたくせに」
クリムゾンが笑いながら意地悪を言う。
さっきまで橙実は必死に抵抗していたのだ。
「ああ・・・クリムゾン様ぁ、意地悪を言わないで下さい。あの時は私はまだ人間という下等な存在だったため、ナイローンスキンのすばらしさを知らなかったんです。今の私はもう身も心もナイローンの女ですわ。ナイローンにすべてをささげます」
立ち上がって忠誠の証に右手を上げるオレンジ。
その手をそっと取って下げさせると、クリムゾンはオレンジを抱きしめる。
「うふふふ・・・それでいいのよ。可愛いわ、オレンジ。今日からあなたは私とコマンダーパープル様のペットになるの。いいわね」
「はい、クリムゾン様。オレンジは喜んでクリムゾン様とコマンダーパープル様のペットになります。どうか可愛がってくださいませ」
クリムゾンに抱きしめられ喜びに打ち震えるオレンジ。
「もちろんよ。あなたは永遠に私たちの可愛いペット。私と一緒にコマンダーパープル様の下で人間どもを駆逐いたしましょう」
「はい、クリムゾン様。ナイローン!」
「ナイローン!」
二人の全身タイツの女たちが声をあげ、お互いの躰を撫で回す。
ナイローンの女たちは二人で抱き合い、自らを生まれ変わらせてくれたナイローンスキンの心地よさに時を忘れて酔いしれるのだった。

終わり


いかがでしたでしょうか?
今回は舞方の趣味がモロに出まくりだったかもしれませんね。(笑)
よろしければ拍手感想などいただけますとうれしいです。

それでは次回作でまたお会いいたしましょう。
ではまた。
  1. 2011/07/19(火) 21:15:04|
  2. クリムゾン
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クリムゾン(2)

6周年記念SS「クリムゾン」の二回目です。

楽しんでいただけますとうれしいです。

それではどうぞ。


2、
「だが、お前のことを調べるうちに、俺は奇妙な感情を持つようになってしまった。お前が人間であることに困惑し、残念でならなくなってしまったのだ」
「残念?」
「そうだ。紅澤夕子よ、なぜお前ほどの能力を持った者が人間のような下等な存在でいるのだ? お前のような女はナイローンにこそふさわしいではないか」
「そんな・・・」
夕子は困惑する。
まさか敵であるコマンダーパープルから、自分の能力を認められるとは思わなかったのだ。
「いや、そしてそれ以上に俺はお前に魅力を感じていたのだ。その美しい姿。見事なプロポーション。ナイローンの女たちにもお前ほどのスタイルを持ったものはそうはいない」
「そ、それは・・・ありがとうというべきなのかしら・・・」
両腕を掴まれ、裸という屈辱的な状態に置かれながら、敵に褒めてもらうという奇妙な状況に夕子は戸惑っていた。
だが、褒めてもらって悪い気はしないのも事実だったのだ。

「紅澤夕子。お前の唯一の欠点はお前が人間であるということだ。目、鼻、耳、口などという器官を持ち、そのようなものに頼って外部情報を得なくてはならない下等な生物の人間であるということだけがお前の欠点なのだ」
「そんなことを言われても・・・」
思わず苦笑する夕子。
人間であることは彼女にはどうしようもないし、今まで人間であったことに疑問を感じたこともない。
「クククク・・・紅澤夕子よ、俺はいつしかお前を俺のそばに置きたくなっていた。俺のそばで俺に可愛がられ俺に尽くす女・・・そう、お前を俺の女にして俺のそばに置いておきたくなっていたのだ」
「ええっ?」
思わず声をあげてしまう夕子。
今までいろいろと褒め言葉を並べてきていたのは、自分の女にしようと考えていたからだというの?

「じょ、冗談じゃないわ。誰があなたの女になどなるものですか!」
身をよじって何とかベージュの女たちの手を振り解こうとする夕子。
だが、女たちにぎゅっと力を入れられてしまうと、やはり振りほどくことはできない。
「離して! 私は死んだってあなたの女になんかならないわ!」
もがきながらもキッと夕子はコマンダーパープルをにらみつける。
「だいたい私は人間よ! あなたたちのようなナイローンじゃないわ。下等な人間なんかを自分の女にしたりしたら気分が悪くなるんじゃないかしら」
夕子はあえて下等な人間と言ってみる。
敵の女として慰み者になるぐらいなら、死んだほうがマシなぐらいだ。

「ククククク・・・そうだな。確かに人間のお前を我が物にするつもりは無い」
「だったらさっさと殺したらどう?」
夕子は自分の思惑に相手が嵌まったと思い笑みを浮かべる。
これで敵の女になどならずにすむというものだ。
「ククククク・・・そう言うな。いいものを見せてやろう」
コマンダーパープルが指を鳴らす。
「いいもの?」
夕子の顔から笑みが消える。
いったい何を見せられるというのか?
夕子はこれから何が起こるかわからぬままコマンダーパープルを見上げていた。

『いやっ、はな・・・離して! いやぁっ!』
夕子の耳に聞きなれた声が聞こえてくる。
「えっ?」
ANファイターたちが絶賛する甘い声。
その声が悲鳴を上げているのだ。
「か、神原さん?」
思わず夕子も声をあげる。
すると暗闇の中に一糸まとわぬ姿の神原倫子が姿を現した。
「神原さん」
「あ・・・司令。助けて! 助けてください紅澤司令!」
必死に夕子に助けを求める倫子だが、その両腕はやはり夕子と同じくベージュの女どもに押さえられ身動きが取れないようになっていた。

「クッ・・・コマンダーパープル、彼女を放してあげて。私は・・・私はどうなってもいいわ。だから彼女を助けてあげて。彼女はただのオペレータよ。単なるオペレーター一人ぐらいどうってことないでしょ」
夕子も両腕をはずそうともがきながら、コマンダーパープルに訴える。
自分が狙われたことで巻き添えにしてしまったのだ。
何とか彼女を助けたかった。
「クククク・・・そうはいかん。そこでおとなしく見ているがいい」
コマンダーパープルが倫子に向かって手をかざすと、必死にもがいていた彼女の動きが止まってしまう。
「えっ? いやぁっ! 何で? 何で私がこんな目に遭うの? あなたたちの狙いは紅澤司令なんでしょ? だったら司令だけを狙えばいいじゃない! どうして私が司令のために巻き添えにならなきゃいけないのぉ!」
躰の動きを止められたことでパニックになったのだろう。
もう自分が何を言っているのかもわかっていないかもしれない。
だが、これが彼女の本音なのだろう。
もしかしたら彼女にとってはANT本部のオペレーターという仕事は、単に給料がよく見栄えがいいという程度の思いだったのかもしれない。
「神原さん・・・えっ? あれは?」
夕子は倫子の言葉に自分の無力感を感じながらも彼女を見つめていたが、倫子に別のベージュの女が近づいてきたことに気がついた。
そしてそのベージュの女がその手に同じベージュ色のものを持っていることにも気がついていた。

「コマンダーパープル! 彼女に何をするつもり? やめさせて!」
「おとなしく見ているのだ、夕子よ」
コマンダーパープルは夕子を一瞥し、そのまま倫子に手をかざし続ける。
おそらくこれで倫子の動きを封じているのだ。
「いや! いやぁっ! 何それぇ!」
倫子の前に立つベージュの女が手にしたベージュ色のものを広げる。
それは夕子や倫子の両腕を押さえているベージュの女たちが身に着けているベージュ色の全身タイツだった。
「ベージュの・・・全身タイツ?」
「クククク・・・そういうことだ。我らはナイローンスキンと呼んでいるがな」
夕子の疑問に笑いながら答えるコマンダーパープル。

「いやぁっ! やめてぇっ! いやぁっ」
狂ったように泣き喚く倫子。
だが、コマンダーパープルのせいで躰はまったく動かない。
もがくことさえできないのだ。
そんな倫子にベージュの女たちが群がり、彼女にベージュの全身タイツを着せていく。
「いやぁっ! 私何にもしてないのにぃ! いやぁっ!」
動けない倫子は、まるで着せ替え人形が衣装を着せられるかのように全身タイツを着せられていく。
両足から腰、そして両腕を通され、頭からはすっぽりとマスク部分が覆いかぶさる。
そして背中の開いた部分が閉じられると、倫子の躰はすっぽりとベージュ色の全身タイツに包まれる。
それを夕子はただ黙って見ているしかなかった。

「クククク・・・これでいい」
コマンダーパープルがかざしていた手を下に下げる。
すると倫子の躰が自由に動くようになったと見え、倫子は必死になってもがき始めた。
「ああ・・・いや・・・脱がして・・・脱がしてぇ・・・」
全身タイツを着せられた倫子からベージュの女たちが離れていく。
その場に放り出された倫子は、必死になって着せられた全身タイツを脱ごうと躰のあちこちをまさぐるが、どうにも脱ぐことができないらしい。
「ああ・・・あああ・・・ああ・・・ん・・・」
「神原さん! えっ?」
見ていることしかできない夕子は、せめて声だけでもと思い彼女を呼ぶが、そのときじょじょに倫子の様子が変わってきたことに気がつく。
先ほどまで必死に脱ごうとしていたはずなのに、彼女はいつしか全身タイツに覆われた自分の躰を愛撫し始めていたのだ。
「ん・・・んん・・・はあん・・・何これぇ・・・気持ちいい・・・気持ちいいわぁ・・・」
両手で全身を撫で回しうっとりとした声をあげる倫子。
ベージュ色の全身タイツに包まれたまま寝そべるように横になると、そのまま両手で躰を撫でていく。
それと同時にうめき声も上げなくなり、夕子の左右にいるベージュの女たちのように無言になっていったのだ。
「神原さん・・・あなた・・・」
夕子は目の前で起こっていることに愕然とした。
ナイローンの多数を占めるベージュの女たちは、得体の知れない存在などではなく、こうして人間から作られたというのか?

やがて無言でゆっくりと立ち上がる倫子。
その姿はもはや周囲にいるベージュの女たちとなんら変わらない。
先ほどまでマスクをかぶせられたように顔の凹凸があったものが、今はすっかりなくなってまるでタマゴのようにつるんとした頭部になっている。
おそらくちょっと位置が入れ代わっただけで、もう彼女を見分けることはできないだろう。

立ち上がった倫子は、今まで彼女を押さえていたベージュの女たちと一緒にコマンダーパープルのところにやってくる。
そして全員がいっせいに右手をスッと上げ、ナイローンの敬礼をした。

「クククク・・・それでいい」
敬礼したベージュの倫子のあごを持ち上げるコマンダーパープル。
「お前はもう我らナイローンのベージュの一員。これからはナイローンにその身をささげるのだ。いいな」
「ナイローン!」
誇らしげに声をあげる倫子。
いや、もう彼女は神原倫子ではない。
目も鼻も耳も口もなく、顔の凹凸すらなくなったタマゴ形の頭部を持つベージュ色の女。
ナイローンの女戦闘員ベージュになってしまったのだ。

「そうやって・・・そうやってベージュの女たちを増やしていたというの? まさか・・・まさかナイローン全員が、元は人間だと?」
「そうではないが、我らの仲間を増やす手段の一つではある」
ベージュとなった倫子のあごから手を放し、夕子に向き直るコマンダーパープル。
倫子を含むベージュたちは、手を下ろし、そのまま彼の背後に直立した。

「私をあなたの女にするって言ってたけど、私も神原さんと同じようにベージュにするつもり?」
「む? クックックック・・・」
夕子の質問に笑い出すコマンダーパープル。
「お前をベージュにだと? そんなことをするものか」
「えっ?」
「ベージュは盲目的に命令に従ういわば人形のようなもの。そのようなものにお前を変えたとて面白くもなんともない。お前にはしっかりとした自我を持ち、その上で俺の女になってもらわねばならんからな」
「そんな・・・」
夕子は青ざめた。
自らの意思でこの男にひざまずくようになるというのか?
そんなことはありえないと思うものの、コマンダーパープルの背後に忠実に立っているベージュの一人になってしまった倫子のことを考えれば、自分もそうなってしまうことは充分に考えられる。
だが、敵の司令官の女になるなんて死んでもいやだ。
でも、今の状況ではおそらく死ぬこともできそうに無い。
舌を噛み切ったって人間は死ねるものではないのだ。
どうしたらいいの・・・

ぱちんと指を鳴らすコマンダーパープル。
それに合わせてベージュの一人が新たにたたまれた布を持ってくる。
コマンダーパープルはそれを受け取ると、夕子の前で広げて見せた。
「赤い・・・全身タイツ・・・」
それは血の色にも似た少し暗めの赤の全身タイツだった。
「ククククク・・・そうだ。お前のために特別に用意したナイローンスキン。クリムゾンのナイローンスキンだ」
「それを私に・・・」
「そうだ。お前はこれを着て俺の可愛いクリムゾンになるのだ」
「ああ・・・いやっ、そんなのいやっ! いっそ殺して! 殺しなさいよ!」
夕子は死に物狂いで暴れ始める。
何とか両腕を振りほどき、この場を逃げ出すのだ。
背後から撃たれようが斬られようがかまわない。
むしろ殺してもらいたいぐらいなのだ。
そのためにもとにかく両腕を押さえているベージュから逃れなければ・・・

「ククククク・・・無駄なことだ」
クリムゾンのナイローンスキンを傍らのベージュに手渡すと、コマンダーパープルが暴れる夕子に向かってスッと手をかざす。
「ああ・・・」
たちまち躰が動かなくなる夕子。
全身がまるで何かに固められたかのようにピクリとも動かせなくなったのだ。
口までも動かせなくなってしまい、死ねないまでも抵抗の意味で舌を噛み切ることすらできはしない。
「あ・・・ああ・・・」
「クククク・・・お前の場合には口も動かせなくしたほうがよかろう。いままで何人もの人間の女どもにナイローンスキンを着せてきたのだ。中には舌を噛もうとした奴もいたが、そんなことをしても苦しいだけだぞ。どうせナイローンの一員になれば口など消滅してしまうのだ。舌を噛み切ったところで意味は無い」
ああ・・・そんな・・・
身動きもできずコマンダーパープルの言葉を聴くしかない夕子は絶望に打ちひしがれる。
夕子が失踪したことは今頃ANT本部でも騒ぎになっているだろうが、おそらく居場所がわかっていないであろう現状では、ANファイターたちが助けに来てくれるとは思えない。
夕子の胸に絶望が募り、目から涙が一筋零れ落ちた。

「ククククク・・・心配するな」
コマンダーパープルが右手をかざしたままで、左手の指で夕子の涙をぬぐう。
「このようなものを流す必要ももうなくなる。すぐにお前の心もナイローンにふさわしいものとなるのだ。お前の顔は嫌いではないが、やはりお前には目も鼻も口も耳も無いほうが美しい」
「う・・・うう・・・」
「さあ、ナイローンスキンを着せてやれ」
あごでベージュたちに命じるコマンダーパープル。
「「「ナイローン!」」」
すぐにベージュたちが夕子に群がり、動かせない手足を勝手に動かして暗い赤色の全身タイツを着せ始める。
この中には先ほどまで人間だった倫子も混じっているのだろう。
着せられてしまえば自分もナイローンにされてしまうのだ。
「ああ・・・あああ・・・」
口も動かせないのでいやだと叫ぶこともできない。
どうすることもできない無力さに、夕子は打ちひしがれていた。

ベージュたちは夕子の片足ずつを持ち上げて足を通し、たくし上げるようにして全身タイツを腰まで持ち上げると、今度は片腕ずつそでに通していく。
自分の躰が得体の知れないものに包まれていくことに、夕子はおぞましさを禁じえない。
だが、自分の躰なのに自分の力では動かせないのだ。
「うう・・・ううう・・・」
夕子はただうめくことしかできなかった。

両手両足が覆われると、必然的に首から下がほとんど全身タイツに覆われることになる。
着せるための入り口である背中はまだ開いたままだが、前はもう暗い赤色に覆われてしまっていた。
やがてベージュの一人が、夕子の首のところに溜まっていた頭部のマスク部分を持ち上げて、夕子の頭にかぶせていく。
「うう・・・あああ・・・」
夕子は何とか抵抗しようとするものの、身動きができない状況ではどうしようもない。
夕子の頭にマスク部分がかぶせられ、目の前が暗い赤に染まっていく。
呼吸も若干息苦しくなり、マスク越しに息をするしかない。
そして最後に背中が閉じられ、夕子の全身は暗い赤色の全身タイツに覆われた。
  1. 2011/07/18(月) 21:10:38|
  2. クリムゾン
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クリムゾン(1)

今日より三日間で、6年連続更新達成記念SSを一本投下させていただきます。

タイトルは「クリムゾン」です。

舞方の趣味全開の短編ですが、楽しんでいただけますとうれしいです。

それではどうぞ。


1、
201X年、日本は恐るべき危機を迎えていた。
「暗黒帝国ナイローン」と名乗る軍団が、突如侵略を始めたのだ。
どこからともなく現れる異形の軍団。
それはまるで人間がナイロンのベージュ色の全身タイツを身に着けたような、スベスベした体表を持つ目も鼻も耳も口も無い姿の連中だった。
しかも、そのベージュの全身タイツの連中はいずれもがスタイルのいい女性形をしており、男性形と思われるのはわずかに彼女らの指揮を取る「コマンダーパープル」と呼ばれる紫色の全身タイツに黒いマントを羽織った男と、「ナイロン獣」と呼ばれる動物の模様の付いたカラフルな全身タイツを着た者の一部だけだった。

彼らナイローンの攻撃に日本は窮地に陥った。
ベージュの全身タイツを着た女たちは集団で破壊活動を行い、それに対抗すべき警察も防衛隊も歯が立たなかったのである。
拳銃や機関銃の弾はその全身タイツを撃ち抜けず、大砲やミサイルは周囲に与える被害が甚大すぎて見合わない。
ベージュの女を一人倒すのにビルを一つ壊すわけにはいかないのだ。

さらに彼女たちを上回るのがナイロン獣だった。
シマウマ柄や豹柄、うろこなどの模様の付いた全身タイツを身に着けた男女だが、ベージュの女たちの数倍はパワーがあり、戦車の装甲すら拳や爪で引き裂いていく。
彼らもまた目も鼻も口も無い全身タイツ姿だが、動物の模様があったり尻尾や耳が付いていたりすることから識別は簡単である。
色もブルーやグリーンなどベージュの女たちとは違う色だった。

そう、まさに彼らはまるで古い特撮番組のごとく、幹部、怪人、戦闘員といったヒエラルキーを持っており、過去の特撮の悪の組織がそうであったように、手始めにまず日本を征服するという行動にでたのである。

当初たちの悪い冗談としか考えられなかった日本政府も、実際にベージュの女たちを率いるナイロン獣の破壊活動を目の当たりにすると、対策に乗り出さざるを得なくなった。
とはいえ警察も防衛隊も歯が立たない以上、政府に打てる手はほとんど無いに等しかった。
そんな中、ナイローン対策の切り札として設立されたのが、「Anti Nyloon Team(アンチナイローンチーム):略称ANT(アント)」であった。

ANTは日本の各種企業が協力して開発した特殊パワードスーツ「Anti Nyloon Suit(アンチナイローンスーツ):略称ANスーツ(アンスーツ)」を着て戦う五人の男女を中核としたチームで、彼ら五人は「Anti Nyloon Fighter(アンチナイローンファイター):略称ANファイター(アンファイター)」と呼ばれて、ナイローンとの熾烈な戦いを繰り広げることになったのだった。

彼らANファイターの活躍で、ナイローンの侵略活動は大いに阻害されていった。
ナイロン獣はANファイターには歯が立たず、五人のANファイターの繰り出す必殺技に次々と倒されていく。
ナイローンはコマンダーパープルの指揮の下、幾度となくANファイター抹殺を図ったものの、そのつど逆にナイロン獣やベージュの女たちを失う羽目に陥っていたのだった。

                   ******

「お疲れ様でした」
「お疲れ様でした、司令」
夜も更けてきたあたり、カラオケ店の入り口から数人の女性たちが姿を見せる。
いずれも紺のスーツ姿で、仕事帰りのOLたちが数曲歌って楽しんでいたように見えるに違いない。
だが、そのうちの一人の口にした言葉に、声をかけられた女性の表情が引き締まる。
「伊井田(いいだ)さん、本部の外では私のことは・・・」
「あっ、す、すみません」
自分の犯したミスに気がつき、伊井田と呼ばれた女性が頭を下げる。
「くすっ、まあいいわ。本部の外でこうしてあなたたちと一緒にいることなんてあまり無いものね。それに誰にも気付かれなかったようだし・・・」
苦笑しながらも周囲に対する警戒を怠らないその女性が言葉を続ける。
「でも、どこでどうナイローンに情報が洩れるかわからないわ。あなたたちも充分に気をつけてちょうだい」
「「「はい、紅澤・・・さん」」」
背筋をピンと伸ばして返事する女性たち。
その様子は普通のOLとはちょっと言いがたい。
「ほら、そういうところ気をつけないと。今のは誰が見ても変に思うわよ」
「あ、いけない・・・」
顔を見合わせて自分たちも苦笑する女性たち。
今は紺のスーツ姿だが、彼女たちは五人のANファイターたちを陰で支えるANT本部のオペレーターたちなのだ。
そして、彼女たちに注意を与えた中央の女性こそ、これまでANファイターたちに的確な指示を下してナイローンの侵略を食い止めてきたANTの司令官紅澤夕子(べにさわ ゆうこ)である。

「それじゃみんな気をつけてね。明日当直の人は遅れないように。いいわね」
「「はい。お休みなさい」」
三々五々と女性たちが散っていき、夕子も最寄り駅に向かって歩き始める。
ANファイターのおかげでナイローンの襲撃を撃退したばかりなので、今までの経験から言ってここ数日は動きがないはずだ。
この機会に少しみんなで気晴らしをしようということで、今回司令部オペレーターの女性たちとカラオケを楽しんだのだった。

「あ、紅澤・・・さんもこっちなんですか?」
先を歩いていたオペレーターの一人神原倫子(かんばら みちこ)が振り返る。
司令部に配属されて間もない若い女性でくりくりした瞳がかわいらしいが、能力は折り紙付きでその甘い声とも相まってANファイターたちからの人気は高い。
普段は紅澤司令と夕子のことを呼んでいるので、どうにも紅澤さんとは呼びづらそうだ。

「ええ、神原さんもこっちなの?」
夕子は呼び慣れなさそうにしている倫子に苦笑しながらそう答える。
いつも紅澤司令と呼び慣れているのだ。
いきなり紅澤さんと呼ぼうとしてもぎこちなくなってしまうのは仕方が無いだろう。
紅澤先輩とでも呼ばせたほうがいいのかしらと夕子は思った。

聞くと倫子は地下鉄で二駅ぐらいのところに住んでいるらしい。
そう言われればオペレーターとしての身上書に住所が記載されていたことを思い出す。
地下鉄で言えばここから三駅ほどの位置に住む夕子は、意外と近くに部下が住んでいたんだなとあらためて思い、他愛無い話をしながら駅への道を歩いていた。

すっとあたりが暗くなる。
停電になったわけではない。
むしろ闇に覆われたといったほうがいいだろう。
夕子も倫子も突然のことに驚いたが、すぐに周囲を警戒する。
もしかしたらナイローンの奴らが動き出したのかもしれない。
だが、いつもなら少し時間を空けるはず。
先日撃退されたばかりでもう動き出したというの?
夕子は自分たちがパターン慣れしてしまっていたことを後悔した。

「ククククク・・・」
闇の中から人影が現れる。
「誰?」
夕子が鋭い声で人影に向かって誰何する。
「ククククク・・・ようやく会えたようだな、紅澤夕子」
「えっ?」
相手が自分の名を呼んだことに驚く夕子。
闇の中から姿を現したのは、紫色の全身タイツに身を包み肩から黒いマントを羽織った筋肉たくましい偉丈夫と、ベージュの全身タイツに身を包んだ女性たちだった。
「あなたはナイローンのコマンダーパープル!」
夕子は愕然とする。
まさかこんな場所でナイローンの指揮官と出会うなど想像もしていない。

「ククククク・・・会いたかったぞ、夕子」
くぐもった笑い声がコマンダーパープルの顔あたりから発せられる。
そこにはまったく目も鼻も口も無いにもかかわらず、ものを見ることも声を出すことも可能なようで、つるんとしたタマゴ状の頭部のどこにそんな機能があるのか夕子には不思議に思えた。
だが、相手は人間ではないのだ。
人間が全身タイツを着ているような姿をしているからと言って、人間と同じように考えてはならないだろう。

「私の名前を知っている・・・ということは・・・私が何者かも知っているということかしら・・・」
夕子は恐怖に怯える倫子を背後に隠し、コマンダーパープルと向き合った。
それと同時にコマンダーパープルの背後にいたベージュの女たちが散開し、二人を取り囲むように回り込む。
逃げ場は無いということね・・・
夕子の額に汗が浮かぶ。
どの道ベージュの女たちの囲みを破ったところで、この闇の中はおそらく異空間化しているはず。
夕子にここから出る手段は無いのだ。

「もちろんだ。お前は紅澤夕子。我らナイローンの憎き敵ANファイターどもの司令官を勤めている女だ」
「クッ・・・」
やはりそのことも知られていたのね・・・
夕子が歯噛みする。
どこからどう情報が漏れたのかはわからないが、相手のことを探るのが戦略の基本である以上、こちらのことを全力で調べてきたに違いない。
知られるのは時間の問題だったということか・・・
そのことに思い至らず、敵の行動のパターン化に慣れてうかうかと遊びに出た自分がうかつすぎた。
夕子はそう自責の念に駆られる。

「私たちをどうするつもり」
おそらく答えは決まりきっているのだろうが、夕子はそう尋ねずにはいられない。
何とか時間を稼いで仲間がこの事態に気が付いてくれるのを祈るしかないのだ。
「クククク・・・心配するな。お前たちを殺したりはしない」
「えっ?」
夕子は驚いた。
彼らナイローンにとって、ANファイターは目の上のこぶ。
当然その司令官たる夕子はすぐにでも抹殺せずにはいられない憎い敵のはず。
それなのに殺さないというの?

「紅澤夕子。俺はお前に会いたかったのだ。お前を殺すことなど考えてもいない。だから一緒に来るのだ」
夕子の驚きをよそに、両手を差し伸べてくるコマンダーパープル。
周囲のベージュの女たちもじりっと迫ってくる。

「あ・・・あの・・・お願いです」
夕子の背後で震えるようなか細い声を出す倫子。
その顔は青ざめて恐怖におののいている。
「神原さん?」
夕子は背後の倫子に振り返る。
いったい何を言う気なの?

「あの・・・お願いです。私はただのオペレーターなんです。紅澤司令とは違って、ただ仕事だからやっていただけなんです。ANファイターの詳しいことなど何も知らないし知らされてもいません。だからどうか・・・見逃してください」
両手を胸のところで組んで必死に懇願する倫子。
その姿に夕子は哀れさすら感じる。
何を無駄なことを・・・
彼らが私たちを見逃すはずが無いではないか・・・
見逃すつもりなら最初から私だけを確保しているはず・・・
夕子はそう思い無言で首を振った。

「ククククク・・・見逃すことはできんな」
「な、なぜ? どうしてですか? もうナイローンには逆らいません。オペレーターも辞めます。あなたたちの邪魔はしませんから・・・」
半分泣きながら必死に訴える倫子。
ナイローンの恐怖が彼女の冷静さを失わせているのだ。

「クククク・・・たまたま一緒に捕獲してしまったが、お前はいい素体になりそうだからな。さあ、二人とも来てもらおう」
コマンダーパープルがあごでベージュの女たちに指示を出す。
すぐにベージュの女たちが二人に駆け寄り、その腕を両側から拘束する。
「いやっ、いやぁぁぁ!!」
倫子の叫び声が響き必死に逃れようとするが、つかまれた腕はまったく振り解けない。
夕子も無駄だとわかっているので抵抗こそしないものの、その目は射るようにコマンダーパープルをにらみつけていた。
「クククク・・・飼いならされていない野生の目つきか・・・すぐにそんな目など不要にしてやるぞ」
コマンダーパープルが夕子に近づき、あごを持って顔を上向かせる。
「たとえ目をつぶされてもあなたのことをにらみ続けてやるわ」
「それはどうかな・・・ククククク・・・」
コマンダーパープルの手がスッとかざされると、夕子の意識はふっと遠くなってしまう。
「しばし眠るがいい、紅澤夕子よ。ククククク・・・」
コマンダーパープルの含み笑いがあたりに響いた。

                   ******

「う・・・こ、ここは・・・」
冷んやりした空気が肌を撫でるのを感じて目を覚ます夕子。
周囲は相変わらずの闇。
なので周りのことはよくわからない。
「ん・・・」
躰を動かそうとして、夕子は自分が両腕を支えられて立たされていることに気が付いた。
しかも下着すら着けていない裸である。
「えっ? いやっ! 離して!」
羞恥から夕子は両手で胸と股間を隠そうとした。
だが、彼女の左右にはベージュの全身タイツを着た女性たちがいて、夕子の腕をがっちりとつかんでいる。
夕子は必死に腕を振り解こうとしたが、とても彼女の力では振りほどくことができなかった。

「目が覚めたようだな」
カツカツという足音が響き、夕子の前に紫色の全身タイツの男がやってくる。
「コマンダーパープル・・・」
「無駄なことはするな。人間の力でベージュを振り切ることは不可能だ」
「クッ・・・」
夕子は裸を晒している恥ずかしさに顔を赤くしながらも、そのことを認めざるを得ない。
もともと屈強な兵士たちだって、このベージュの女たちには歯が立たないのだ。
彼女の力で振り切るのは不可能だろう。

「な・・・」
夕子が驚いたことに、コマンダーパープルの手が伸びてきて彼女のあごをつかみあげる。
「思ったとおり美しい女だ。人間にしておくのはもったいない」
「な、何を・・・」
夕子は思わず手を振り切って顔を背ける。
「実にもったいない。特にその顔についている余分なものが邪魔だ。目、鼻、耳、口などお前にはまったくふさわしくない」
「な、ふざけないで。人間にとって目、鼻、耳、口は大事なものよ。邪魔だなんてとんでもないわ」
「ふ、そのようなものに頼るから人間は下等なのだ。我らナイローンは全身で感じることができる。そのような特定の器官に頼るようなことは無い」
全身でというのはおそらく事実なのだろう。
夕子の目の前にいるコマンダーパープルもナイロン獣もベージュの女たちも、いずれもが頭部はつるんとしたタマゴ形をしており目、鼻、耳、口は存在しない。
だが、まったく行動に不自由はしていないのだ。
むしろ人間よりはるかに動きがいい。
ANファイターもANスーツがあって初めて互角以上の勝負ができる。
生身の人間ではとても立ち向かえるものではないのだ。

「それにしても会えてよかったぞ、紅澤夕子よ。これで我が望みも叶うというものだ。ククククク・・・」
コマンダーパープルが不気味に笑う。
「それはどうも。私は会いたくなどなかったわ」
視線をはずしたまま吐き捨てるように言う夕子。
「クククク・・・そういうな。俺にとっては待ち望んでいた瞬間なのだ」
「待ち望んでいた?」
「クククク・・・そうだ。待ち望んでいた」
コマンダーパープルの言葉に戸惑う夕子。
自分を殺す瞬間を待ち望んでいたのだろうか?
だが、どうもそうは思えないことが夕子を戸惑わせている。

「紅澤夕子。お前は我がナイローンの憎むべき敵ANファイターの司令官だ。ANファイターはお前の指示のもと我がナイローンの行動を的確に読んで妨害してくれた。おかげでナイローンの日本侵略は大幅に予定を狂わされることになったのだ」
「当然の結果ね。あなたたちにこの日本を自由にさせてたまるものですか」
「クククク・・・だから俺は何とかお前を排除しようとお前のことを調査した。どうすればお前をANファイターから引き離すことができるかを考えたのだ。お前さえいなくなれば、ANファイターどもなどすぐに統率が取れなくなるだろう」
「クッ・・・」
コマンダーパープルの言葉は夕子が危惧していたことでもある。
もともとANファイターの五人はANスーツの適合者ということで選ばれたに過ぎない。
そのためチームワークという面ではいまだに難があることは事実だったのだ。
  1. 2011/07/17(日) 21:10:07|
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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