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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ネズミとネコ(3)

三日間連続の四周年記念SS「ネズミとネコ」も、今回が最終回です。
楽しんでいただければ幸いです。

それではどうぞ。


3、
「それにしても美しい女子(おなご)じゃ。見ろ、青城(あおき)、久しく勃たなかったわしの股間が見事に勃ったわい」
「まことに。男なら誰もがそそられる姿かと。御前」
思わず私は今自分がどんな姿をしているのかに思い至って恥ずかしくなる。
グレーのレオタード姿で両手足を拘束されて座っているのだ。
男どもが喜ぶのも無理はない。
「もうすぐこれがわしのものになるのだな?」
「はい、御前」
えっ?
わしのもの?
どういうこと?

「私をどうするつもりなの?」
私は老人をにらみつける。
こんなやつの慰み者になるぐらいなら死んだってかまわない。
でも・・・
どうにかしてもう一度美亜に会いたい・・・

「何、心配はいらん。君には最初の予定通り、わしのために働く女になってもらう。わしのためならなんでもする女にな」
老人の下卑た笑みに私はぞっとした。
「冗談じゃないわ! 誰があなたのためになど」
「ふっふっふ・・・君の意志など問題ではないのだよ。そうだろう、青城?」
「はい、御前」
老人の脇に控えていた男が、ゆっくりと私に近寄ってくる。
私の本能がこの男は危険だと告げているが、今はどうにもできはしない。
「これは日本の製薬会社とCIAが共同開発したものでね。たまたまできあがったものなんだが、洗脳にはちょうどいい代物なのだ」
男が内ポケットからケースを取り出し、その中の注射器を見せ付ける。
「せ、洗脳?」
私の意識を変えるということ?
「い、いやっ! やめてぇ」
私は大声で叫んでいた。

「これを注射し、後は適度な暗示と視覚効果を繰り返すことで、君の心はわしのものになるというわけだ。青城、始めろ」
老人にうなずき、男が注射器を持って私に迫る。
「ひっ!」
「暴れるなよ。針が折れる」
袖がまくられ、私の腕に注射器が突きたてられる。
薬剤が注入され、私はあまりのことに声もでなかった。
「これでいい。しばらくすれば気持ちよくなる」
「い、い、いやぁ・・・いやよぉ・・・」
私は駄々っ子のように首を振る。
「心配はいらんて。すぐに気持ちよくなるそうだ。そうしたら何も考えられなくなる。気持ちよさだけを感じていればいいのだよ」
「それに麻薬のように習慣性があるわけでもない。安心しろ」
男の口元がにやりと笑う。
安心しろなどと言われたって安心できるはずがないじゃない。
ああ・・・助けて・・・
あなたぁ・・・美亜ぁ・・・

ああ・・・
頭がぼうっとする・・・
なんだか躰がふわふわするわ・・・
ここはどこ?
私はいったいどうなっているの?
ぐらぐらする頭をしっかり支えようとするけれど、どうしてもぐらぐらしてしまう。
目の前に置かれたテレビモニター。
ちらちらと赤や黄色や緑が瞬いている。
なんだかとても綺麗・・・
目が離せない・・・
ああ・・・
なんだかとっても気持ちがいいわぁ・・・

                      ******

あれからどのくらい経ったのだろう・・・
私は椅子に座りっぱなし・・・
ずっと目の前のモニターの明滅する光を見てるだけ。
なのにとても楽しい。
おトイレにも行かず、時々手足をはずされてバケツのようなものにさせられる。
周りに人がいるのに全然気にならない・・・
むしろ、私の中から汚いものが出て行くようでとても気持ちいい・・・
ああ・・・
なんだか幸せな気分・・・
何も考えないで過ごすのは気持ちいいわぁ・・・

青城って人の声がする・・・
はい・・・私の名前は素襖美香子です・・・
はい・・・私は怪盗マウスです・・・
私はちゃんとお答えする。

あの老人の顔がモニターに映される・・・
老人は・・・御前・・・
御前様・・・
私の全てを捧げる人・・・
私がお仕えするお方・・・
御前様・・・
御前様・・・
御前様・・・

私は御前様のもの・・・
御前様のために働くのが私の生きがい・・・
御前様が私の全て・・・

御前様・・・
御前様の声が聞きたい・・・
御前様のお顔を見たい・・・
御前様のお姿が愛しい・・・

青城が言う。
御前様のために働くのだと。
当然だわ。
私は御前様のために生きる女。
御前様のためなら何でもするわ。

青城が言う。
御前様のためなら人だって殺せるかと。
もちろんよ。
御前様がお命じになるのなら、どんな人でも殺してやるわ。

青城が言う。
御前様に抱かれたいかと。
ええ、当たり前でしょ。
御前様に抱かれるのは女として最高の栄誉だわ。
私はこの肉体の全てで御前様に満足してもらいたいわ。

青城が言う。
お前はマウスではなくキャットだと。
ええ、そうよ。
私はマウスなんかじゃない。
私は身軽なキャットよ。
御前様に可愛がってもらうためなら、どんなところへも入り込むわ。

御前様・・・
御前様・・・
御前様・・・

                     ******

「おい、起きろ」
青城の声で私は目を覚ます。
なんだかとっても気持ちがいい。
生まれ変わったようなってこういう気分のことかしら。
私はベッドの上で躰を起こすと、シーツで胸を隠すのだった。
「悪いけど、そう簡単に裸を見せるつもりは無いわ」
青城が苦笑する。
「気分はどうだ?」
「頭がなんとなくぼうっとするけど、悪くは無いわ。むしろいい気分かしら」
私は薄く笑みを浮かべた。
こういう笑みに男は油断するもの。
青城にしたって悪い気分はしないはず。
「着替えを用意してある。着替えたら御前の元へ行け」
「了解。すぐに行きますとお伝えを」
私は追い立てるようにして青城を部屋から出すと、シーツをはずしてロッカーの扉を開けた。

「うふふ・・・素敵」
そこには私好みの黒いレザーでできた衣装がかけられていた。
黒いエナメルレザーのキャットスーツ。
首からつま先までを覆うぴったりした全身タイツ状になっているけど、胸のカップは取り外すことができ、股間もファスナーで開くようになっている。
私にはとてもふさわしい衣装だわぁ。
私はうれしくなってすぐにそれを身に付ける。
もちろん下着なんてものは着けはしない。
肌に吸い付くように密着するエナメルレザーの心地よさに、私は思わずゾクゾクした。

足元にはひざ上までのニーハイブーツが置いてある。
もちろんこれも黒のエナメルレザーでできており、ピンヒールタイプのものだ。
サイドのジッパーを下ろし、脚を通して履いていく。
ヒールのおかげで背筋がピンとなるので気持ちがいい。

あとは黒エナメルの長手袋。
指先にちょっとした金属製の爪が付いている。
うふふ・・・
これで引っかかれたら痛いじゃすまされないかもね。
私は腕を通して眺めてみる。
爪の金属質の輝きがとても綺麗。
私は思わず爪に舌を這わせ、その冷たい感触を味わった。

最後は頭にかぶるマスク。
同じ黒いエナメルレザーで、頭をすっぽりと覆ってくれる。
でも、口元と目だけは覗いているので、見たりしゃべったりするのに不都合はない。
頭の上には両側に尖った三角耳が付いていて、私が何者かを示している。

「ニャーオ」
私は手首をちょっと曲げ、甘えたように鳴いてみる。
うふふふ・・・
とっても気持ちいいわぁ。
猫って最高。
そう、私はキャット。
御前様の飼い猫なの。

「お待たせいたしました、御前様」
御前様のいらっしゃる部屋に入り、私はスッと片膝を折る。
御前様の目が私に注がれ、私はそれだけでとてもうれしかった。
「おお、来たな。うむ、よく似合うぞ。とても美しい黒猫だ」
「ありがとうございます、御前様。ニャオーン」
御前様のお言葉がうれしくて、思わず私は鳴いちゃった。
「うむうむ、可愛いキャットよ、こちらへおいで」
「はい、御前様」
私はすぐに御前様の足元にひざまずき、甘えるように顔を上げた。
「いい子だ。今日からお前は私の飼い猫。私のために働くのだぞ」
「はい、御前様。私はキャット。御前様の忠実な飼い猫です。ニャオ」
私は御前様にその忠誠心を見せるべく頭をこすり付ける。
ああ・・・なんて幸せなのかしら。
御前様に触れていられるなんて最高だわぁ。

「キャットよ、この写真を見るのだ」
「はい、御前様」
私は御前様が差し出した一枚の写真を見る。
そこにはマンションの玄関を出る父親と、それを見送っている女の子と母親の姿が写っていた。
一瞬何か懐かしい感じがしたものの、どうってことない写真に過ぎない。
「これがどうかなされたのでしょうか? 御前様」
私は写真を御前様に返し、その意図を尋ねてみた。
「ん? お前はこの写真を見てどう思った?」
「特に・・・何も。平凡そうなつまらない感じの男と、くだらない笑顔を見せている私と娘としか・・・娘は多少は可愛いようですけど、それだけですわ」
あの写真にいったい何の意味があるのだろう。
そこに写っている私は私ではない。
あれは過去のくだらない私だ。
思い出す意味すらないわ。

「ククククク・・・そうかそうか。これでお前は完全に私のものとなったわけだな」
御前様がうれしそうに笑っている。
「はい、御前様。キャットは身も心も御前様のものです。どうかこれからはずっと可愛がってくださいませ。ニャーオ」
私もうれしくなって鳴いてしまう。
「いいとも、たっぷり可愛がってやるぞ。熟れたお前の躰は味わい深そうだからな」
「ああん、御前様ぁ」
私はメス猫らしく腰を振る。
御前様のおチンポが欲しくてたまらない。
私は舌なめずりをして御前様の股間に眼をやった。

「だがその前に、やってもらわねばならないことがある」
「ああ・・・はい、何なりとご命令を、御前様」
私は欲情を抑えて命令を待つ。
御前様にお仕えするキャットとして、命令は絶対なのだ。
「これを見ろ」
先ほどとは違う写真を見せてくる御前様。
そこには以前テレビで見た政治家が写っていた。
「野党の幹事長だ。こいつがどうにも小うるさくてな。スキャンダルなネタでもあれば少しはおとなしくもなろう。キャットよ、こいつのスキャンダルネタを探って来い。屋敷に忍び込めば何かあるだろうて」
「かしこまりました御前様」
私はすぐに立ち上がる。
ここからはメス猫キャットではなく怪盗キャットの時間。
楽しい潜入活動が待っているわ。
うふふふ・・・
楽しみぃ・・・

「屋敷の様子などは青城がある程度は探ってくれておる。後はお前の腕次第だ」
「お任せくださいませ御前様。このキャットが必ずや御前様のご満足いただけるような情報を手に入れてまいりますわ。ニャーオ」
私は爪をペロッと舐め、ワクワクする心を楽しんだ。
「クククク、帰って来たらたっぷり可愛がってやるぞ。しくじるなよ」
「ああん、楽しみですわぁ。それでは行ってまいります、御前様。ニャーオォ」
私は一声高く鳴き声を上げると、御前様の部屋をあとにするのだった。

END
  1. 2009/07/18(土) 20:58:58|
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ネズミとネコ(2)

「ネズミとネコ」の二回目です。
それではどうぞ。


2、
「ただいま・・・」
「パパお帰りー」
「お帰りなさい」
玄関先で声が弾む。
だが、入ってきた夫は浮かない顔だった。
「何かあったの?」
「パパ、大丈夫?」
私も美亜も心配する。
疲れているだけじゃなさそうなのだ。
「ん? あ、ああ、大丈夫だよ。ちょっと疲れたかな?」
すぐに笑顔を見せる夫。
私たちが、特に美亜が心配そうにしていることに気が付いたのだろう。
私はその気遣いに感謝して、カバンを受け取り夫をリビングへと連れて行った。

「はい、コーヒー」
「あ、ありがとう」
美亜が寝たあとで、私は夫にコーヒーを淹れる。
ついでに私の分も淹れ、二人で仲良くコーヒータイム。
「今日ね、美亜ったら幼稚園の近くで野良猫見かけちゃって。うちで飼いたいって言うのをなだめるのに大変だったわ」
「ああ、このマンションはペット禁止だし、それに君は猫が苦手だったっけ」
「ええ、ちょっとね・・・小さいころいきなり引っかかれてから、どうもだめなの」
私は苦笑する。
怪盗マウスだからってわけじゃないけど、猫はどうも苦手なのよね。

「それで? 何があったの?」
他愛も無い話のあとに私は本題を切り出した。
「ん? いや、たいしたことは・・・」
「嘘。あんな表情していたんだもの。たいしたことないなんて嘘でしょ」
夫は嘘がつけない人だ。
その正直なところも魅力の一つなんだけどね。
「・・・・・・実は、マウスのせいでうちの社がピンチなんだ」
私はドキッとした。
マウスのせいで?
一体どういう?
「ど、どういうことなの? マウスのせいって?」
「マウスが手に入れてきた資料を基に、うちの記者が裏づけを取ろうとしたらしいんだけど、どうもそれが明るみにでちゃったらしいんだ」
「明るみに?」
「ああ、それで政治家側と企業から、うちがでっち上げのスクープを捏造するつもりだということで、うちの社を訴えるって話になりかけているらしい」
「何それ? だって証拠があるんでしょ?」
「あの証拠だけじゃ不十分らしい。圧力をかけられて握りつぶされればおしまいなんだそうだ。もっと決定的な証拠があればって編集部では騒いでたよ」
「決定的な証拠・・・」
私は思いをめぐらせる。
だったらその決定的な証拠を盗ってくればいいんだわ。

                      ******

夫も美亜も寝静まった真夜中。
私はこっそり起きだすと、そっと寝室を抜け出した。
夫は寝つきがいい人だから、少々のことでは起きてこない。
暗闇の中でタンスから衣装を取り出すと、私はマウスの衣装に着替えていった。
肌の露出を抑えるためにすべすべの肌色のストッキングを穿き、同じくすべすべのグレーのハイネックのレオタードを着て背中のファスナーを閉じる。
こうしてナイロンの衣装に包まれるとなんだかとっても気持ちがいい。
私は少しの間すべすべの感触を楽しんだあとでグレーの長手袋を嵌め、口元と目だけが出る丸い耳付きのマスクをかぶって髪を中に入れてしまう。
腰にベルトポーチをつけたら玄関に行き、グレーのひざ上までのブーツを履く。
こうしてマウスの衣装に身を包んだ私は、静かに夜の街に飛び出した。

引っ掛け鍵やワイヤーを使って、私は屋根の上を飛び回る。
下手に地上を動くより、このほうが距離も時間も稼げるのだ。
むかしのニンジャはいろいろと考えていたのよね。

夜のひんやりした空気がナイロンから熱を奪って心地よい。
動きが阻害されない肌に密着したこの衣装。
アニメやマンガだってかまわない。
だって、こんなに気持ちいいんだもん。

程なく私は目的の場所に着く。
都心の真ん中に邸宅を構えている大物の自宅。
おそらくここには何らかの証拠があるはず。
二、三日昼間にいろいろと調べてみて、私はそれを確信していた。
夜だというのに玄関先にはガードマンもいる。
ご苦労様だわ。

私は塀伝いに歩き母屋の屋根に飛び移る。
ハイヒールのかかとが屋根瓦にこつんとあたるが、それ以外に音はしない。
くノ一はどんな服装でも活動できなくてはならないとの教えから、私はドレスやハイヒールでの訓練を常時受けてきた。
そのせいか、足元はハイヒールのほうがかえって動きやすいのよね。
レオタード姿にハイヒールのブーツなんて我ながら盗みには不向きだと思うけど、これが一番しっくり来るのだから仕方がないわ。

こういう日本家屋はどこからでも侵入できる。
特に屋根裏は無防備なことが多い。
いくつかのセンサーを付けてはいるようだけど、そんなの私には意味がない。
私はベルトのポーチから携帯電話を取り出すと、デジタルカメラを起動させる。
携帯のデジカメ程度でも赤外線は見えるのだ。
私は難なく赤外線センサーを避け、屋根裏に忍び込む。
目的の場所は屋敷の中心部。
人間、何か隠したかったり守りたかったりするものは、中央部に置くことが多いのよ。

誰もいない静かな書斎。
私の勘がここに何かあることを告げている。
私は周囲を確認し、そっと室内に飛び降りた。

いくつもの本棚が置かれ、結構な量の蔵書がある。
でも、それらはあまり手を付けられた様子がない。
きっと格好付けというか見せるためだけの蔵書なんだろう。
あきれちゃうわね。
さてと・・・
私は室内を見渡した。

「見~つけた」
壁にかけられている小さな絵。
書斎には不釣合いな感じの絵に私はピンときた。
私はセンサー類や警報機がないか確認し、そっと額縁を取り外す。
「ビンゴ」
そこには壁に取り外せるふたがあり、外すことで金庫の扉が現れたのだ。
少なくともこうして隠してある以上、表ざたにはしたくないものが入っているに違いない。
私はマスクから覗く唇を舌で舐めながら、金庫のダイヤルに手を伸ばす。
そしてマスク越しに耳を付け、そっとダイヤルを回していった。

ダイヤルキーは簡単に合わせられ、口の中で針金に気を込めて曲げたもので鍵も簡単に開けられた。
隠すことに熱心だと、意外と鍵そのものには気を使わないもの。
見つけられないと思っているからなんでしょうね。
私はレバーを回して金庫を開ける。
これで証拠はいただきだわ。

『ご苦労様』
私は息を飲んだ。
金庫の中にはこう書かれた紙切れが一枚あっただけ。
これはいったい?

私はこれが罠だったことに気が付いた。
急いで逃げなければ。
そう思った私の前に男たちが現れる。
「罠にかかったようだな。ネズミめ」
いっせいに拳銃を構える男たち。
私は悔しさに唇を噛む。
「少しの間おとなしくしてもらおう」
中央の男がそういうと、拳銃から何かが発射される。
腹部に痛みを感じた私は、反射的にお腹に手を当てそこを見る。
これは、ます・・・い・・・?
そこには小さなダーツの矢のようなものが刺さっていて、私は急速に意識を失った。

                     ******

「ん・・・」
徐々に意識が戻ってくる。
私はいったい・・・
ハッとして目を開ける。
ここは?
私は自分の状況を確認した。
どうやら椅子に座らせられているらしい。
ご丁寧に両手と両脚は椅子に固定されている。
囚われの身ってことね。
幸い服は脱がされておらず、レオタードもストッキングもそのまま。
陵辱などがされた気配は無い。
まずいのはマスクが取り去られているということ。
素顔が晒されてしまっている。
どうしよう・・・
マウスの正体が私だと世間に知れたら・・・
夫も美亜も大変なことになっちゃうわ。

「目が覚めたようだね。素襖(すおう)美香子君」
えっ?
どうして私の名前を?
素顔が知られたからってこんなに早く?
私は驚いた。
まさか名前まで知られているとは思わなかったのだ。

「ようこそ我が家へ、素襖美香子君。いや、怪盗マウスというべきかな?」
現れたのは車椅子に座った老人。
やせこけてはいるものの、鋭い眼光は私を射抜くように見つめてくる。
確か・・・この屋敷の大物の父親だわ。
なるほど、息子のバックにはこいつがいるということなのね。

「無言かね、怪盗マウス? それともここから逃げる算段でもしているのかな?」
私は黙って老人をにらみつける。
どこにチャンスがあるかわからないのだ。
そのチャンスを掴むためにも今は逃げることだけを考えたほうがいい。
「まあいい、バカ息子が不用意なことをしたおかげで、こうして君を手に入れることができたのだ。あいつには感謝せんとならんな」
老人の背後には二人の男が立っている。
いずれも屈強そうで、懐には拳銃を忍ばせているのは間違いない。
暗がりだというのにご丁寧にサングラスをかけているとはね。

「君を探すのには苦労したよ。甚左衛門(じんざえもん)はわしに黙って君を解放してしまったのだから」
えっ?
どうしてここでお爺様の名前が?
「甚左衛門は君がモノにならなかったと言っていた。だが、こうして君を見ると、奴は立派に君を仕込んでくれたようだな」
「私を仕込んだ?」
私はつい黙っていられなくなってしまった。
「そうだ。奴をバックアップし、くノ一を育てさせたのはこのわしだ。この国の政界で権力を維持するためには、優秀なスパイが必要じゃでな」
「そういうことだったの・・・」
私は納得した。
時代錯誤なくノ一として育てられたのにはそういうわけがあったんだわ。

「世間を騒がす怪盗マウスが女性らしいと知ったとき、わしはすぐに甚左衛門の仕込んだくノ一のことを考えたよ。そこでいろいろと調べさせ、あのときの娘が素襖美香子という名で暮らしていることを知ったのだ」
なんてこと・・・
調べられていたなんて・・・
私は後悔した。
マウスなんてやるんじゃなかったのだ。
「そして今回、バカ息子の件を利用して、こうして罠を仕掛けたというわけなのだ。いや、苦労させられたものよ」
老人が笑っている。
七つ道具の入っているベルトポーチも奪われている今、私は悔しさに歯噛みするしかなかった。
  1. 2009/07/17(金) 21:38:16|
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ネズミとネコ(1)

170万ヒット記念として、昨日まで八日間連続で「ホーリードール」&「グァスの嵐」を投下させていただきましたが、今日からは丸四年連続更新達成記念SSを三日間連続で投下させていただきます。

タイトルは「ネズミとネコ」
今日はその一回目です。

それではどうぞ。


「ネズミとネコ」

1、
カチッと音がして、ダイヤルが合う。
あとは・・・
私は手袋を嵌めた手で腰のポーチから少し太目の針金を取り出すと、先っぽをちょっと曲げて鍵穴に差し込んだ。
ふむふむ・・・
中はこういう形になっているわけね・・・
針金を通じて鍵の形状が私に伝わってくる。
私はその形を脳裏に刻み込み、針金をどう曲げればいいかを考えた。
鍵の形状を探り終えた私は、針金を引き抜くと、それを口の中に放り込む。
そして気を込めながら舌と歯で針金を曲げるのだ。
口の中から取り出した針金は、一見するとただの捻じ曲がった針金に過ぎない。
だがそれを鍵穴に差し込んでねじれば、またしてもカチッと音がする。
OKOK。
私に開けられない金庫などないのよ。
私はちょっとした優越感を味わいながら金庫を開けた。

うふふふ・・・
やっぱり溜め込んであるわねぇ。
目の前にあるのは現金の束。
それと各種隠し書類。
私はそっと書類を取り出すと、腰のポーチから小型カメラを出して撮影する。
無論本物はそのまま金庫の中に戻し、現金だけを多少いただく。
どうせやばいお金なんだし、現金としておいてある以上は表ざたにするつもりのない金だ。
奪われても被害届けなんか出せるはずがない。
庶民から巻き上げた金をささやかながらでも取り返すってわけ。
あとは・・・
巡回がこないうちに引き揚げなくちゃ。
私はマスクの下半分から露出した唇をぺろりと舐める。
そして入ってきた通風ダクトに再び入り込み、その場をあとにするのだった。

                     ******

「もうそろそろパパが帰ってくる時間だね」
「だねー」
娘の美亜(みあ)が私のマネをする。
んーーー可愛い。
私は思わず抱き寄せてほお擦りしてしまう。
「今日は美亜の大好きな甘ーいカレーライスだよ。パパのは辛くしてあるけどね」
「わーい! 美亜、カレーライス大好き」
美亜が両手でバンザイをする。
美亜の笑顔は天使そのもの。
もうね、世界で一番可愛いの。
美亜のためなら、ママはなんだってしちゃうぞー。
あら?
どうしたのかな?
美亜がじっと私を見てる。
「どうしたの、美亜?」
「あのね、ママ」
「なーに」
私はしゃがみこんで美亜と目を合わせた。
「美亜、カレーライスも大好きだけど、ママはもっと大好き」
・・・・・・
うきゃーーーー!!
な、なんてうれしいのぉ!!
私は美亜をぎゅっと抱きしめた。
「美亜、ママも美亜が大好きよー」
「う~・・・ママ苦しい」
「あ、ごめんねー」
思わず力が入っちゃったみたい。
私は美亜を離し、頭を撫でた。
あーん・・・幸せだよぉ・・・

「ただいまー」
玄関先で声がする。
「おっ、パパが帰ってきたよ」
「うん」
美亜がニコニコして玄関に向かう。
さっきママ大好きって言ったのに、どうやらパパも大好きらしい。
美亜、ママだってパパが大好きなんだからね。
弘斗(ひろと)さんは簡単には渡さないんだからね。
娘に変な対抗心を感じてしまったことに苦笑しながらも、私も玄関に向かうのだった。

「ただいま、美亜。幼稚園は楽しかったか?」
「パパお帰りー。うん、楽しかったよー」
「そうかー」
私が行くと、美亜は夫に抱き上げられているところだった。
「んー、日に日に大きくなるなー」
「お帰りなさいパパ」
私は夫のカバンを受け取り、一緒に部屋に戻ってくる。
夫は美亜を抱いたまま部屋に入り、リビングのソファに座らせた。
「今日はカレーか。いいにおいだぁ」
キッチンから漂うスパイシーな香り。
この香りには誰もがお腹がなっちゃうよね。
「もう食べる? それとも先にお風呂入る?」
「うーん・・・腹減ってるけど、先に風呂にするか・・・」
とそこまで言って美亜を見る夫。
「美亜はもう食べたのか?」
ふるふると首を振る美亜。
今日はパパと食べると言って、まだ食べてなかったのだ。
「おっ、そうか。ようし、じゃパパと一緒に食べような。美香子(みかこ)、風呂は後だ、先に食事にしよう」
夫の言葉に、私は笑顔でキッチンに向かうのだった。

「ん・・・美亜はもう寝たか?」
「ええ、もうぐっすり」
風呂上りの夫がソファに腰を下ろす。
「久しぶりに一緒にご飯食べられたなぁ。でも、明日からまた忙しくなりそうだよ」
「そうなの?」
私は後片付けを終え、コーヒーを淹れて差し出した。
「うん。またあの怪盗マウスが現れたんだ。今回は与党の大物に裏金を渡していた企業の隠し書類が送られてきたんだよ」
「えっ? 怪盗マウスってあの?」
「うん。世間じゃ義賊ってもてはやされているよな。実際今回も政治家の癒着の証拠をうちに送ってきたし、山手区には金がばら撒かれたって言うぞ」
何事かを考えるようにコーヒーを飲む夫。
私はちょっと複雑な気持ちになる。
その証拠を盗んできたのは私だからだ。
でも、悪人をのさばらせることはできないわ。
あの証拠があれば、おそらく捜査の手が伸びるはずよね。
「おかげでその裏を取るためにうちの記者たちはてんてこ舞いさ。俺は裏方でよかったよ」
「うふふ・・・そうね」
「でも、怪盗マウスって何者なんだろうな。警察でもよくわかってないらしいし・・・」
「悪の証拠を掴んでくるんでしょ? 悪い人じゃないわよ」
私は自己弁護込みでそう言った。
そりゃ・・・
盗みは悪いことだとは思うけど・・・
相手のほうがよほどあくどいわ。

「それに女だって話もある・・・」
私は思わず飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
見られてた?
いつ?
どこで?
私は以前のことを思い出す。
「何でもボディスーツだかレオタードみたいのを着た女だって話がある。ブーツと手袋を嵌めてたらしい」
う・・・
やばい・・・
どこかで完全に見られたんだ。
でも、あらためて言われると恥ずかしいよぉ・・・
だってぇ、動きを重視したら躰にピッタリのほうがいいと思ったんだもん。
「あは・・・あはは・・・それって何かマンガかアニメじゃないの?」
「だよなぁ。いくらなんでもレオタード姿の女怪盗なんてアニメかマンガだよな」
う・・・
い、いいじゃない・・・
レオタード着た女怪盗でいいじゃない。
「そうよねぇ。アニメかマンガよねぇ」
私は苦笑するしかなかった。

                      ******

「ふう・・・」
弘斗さんと美亜を送り出し、掃除と洗濯を終えたらもうお昼。
私は冷蔵庫から飲み物を出して一息つく。
そうそう。
マウスの衣装を手入れしておかなくちゃね。
私は洋服ダンスの奥に隠したケースを取り出した。

そこに入っているのは衣装と小物。
グレーのレオタードにロンググローブ、いくつもの道具の入ったベルトポーチ。
そして目と口元だけが覗くようになっているグレーのマスク。
これはマウスの名にふさわしく、ちゃんと丸い耳も付いている。
さすがにグレーのブーツはここには入れて置けないから、靴箱に入っているけど、それ以外は全部このケースに入っている。
そう、最近世間を騒がせている怪盗マウスとは私のこと。
江戸時代の盗賊ねずみ小僧にあやかった名前なの。
幼い頃から鍛えられたくノ一としての技術を、私は盗みに使っていた。

幼い頃にお爺様に拾われた私は、この現代には時代錯誤なくノ一として育てられたのだ。
お爺様が言うにはそれなりの技量を習得したらしかったけど、一人前になる前にお爺様は亡くなり、私はまた一人になった。
お爺様は私に何かさせるためにくノ一に育てたようだったけど、それがなんだったのかは今ではもうわからない。
ただ、一人で暮らすには問題ないように戸籍なども作っておいてくれたため、こうして一人の主婦として暮らしている。
夫の弘斗は週刊誌を出版する出版社の事務担当。
たまたま私がアルバイトしていた喫茶店で知り合い、いつしか惹かれあって結婚していた。

私がマウスになったのはほんのちょっとしたきっかけから。
夫が世の中には巨悪がいるのに警察もマスコミもなかなか手が出せないと嘆いていたこと。
美亜が大きくなるまでに、悪人がいなくなればいいねなんて話していて、だったら証拠を掴めばいいんじゃないかなって思ったから。
最初はどきどきだったけど、やってみたら意外と簡単だった。
私に仕込まれたくノ一の技量が侵入をたやすくしてくれる。
手に入れた証拠で、政治家と暴力団とのつながりが明るみにでたとき、何だか本当にうれしかった。
ついでにくすねてきたお金を近所にお裾分けしたら、義賊扱いされちゃったのよね。
それ以来、悪の退治とスリルを求め、時々マウスが出没するってわけ。
あの盗みのときのドキドキ・・・
たまらないのよねぇ。
  1. 2009/07/16(木) 21:52:15|
  2. ネズミとネコ
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舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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