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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ローカストの最期(4)

160万ヒット記念SS「ローカストの最期」も今日が最終日です。
本当はゴールデンウィークの四日間にあわせるつもりだったんですが、一日ずれてしまいましたね。
さてさて雪美ちゃんと聡里ちゃんはどうなるのか。

それではどうぞ。


(4)
私はもう抵抗する力もなくなっていた。
愛子先生も志織さんもザームによって改造人間にされてしまった。
そして次は私の番なのだ。
ゆっくりとクモ女になってしまった志織さんが私の牢にやってくる。
その口元にはいつもと同じように笑みが浮かんでいるけど、とても冷たい笑みだった。

「志織さん・・・」
「うふふふ・・・そんな人間のときの名前で呼ばないでくれるかしら? 私はもう沢城(さわしろ)志織などという人間ではないわ。今の私はザームの改造人間クモ女」
笑みを浮かべたままいきなり私のあごをつかんで引き寄せる志織さん。
五つの単眼が私を無機質に見つめていた。
「これから改造を受けて私たちの仲間になるというから殺しはしないけど、そうじゃなかったらお前など殺しているわ。だから気をつけることね。おほほほほ・・・」
突き飛ばすように私を放す志織さん。
「さあ、その女を手術台に載せるのよ」
「い、いやぁっ!!」
私の両腕を抑えた女戦闘員にできるだけ抵抗するものの、私の力では振りほどくことなどできはしない。
私はなすすべもなく手術台に寝かされ、両手両脚を押さえつけられてしまうのだった。

手術台の周囲からいくつものチューブがのびてくる。
もう恐怖はなくなっていた。
ただただ悲しかった。
私はもう人間じゃなくなってしまうんだ。
それがただどうしようもなく悲しかった。
「お父さん・・・お母さん・・・」
両親の顔が思い浮かぶ。
両腕、両脚、肩口などにチューブが突き立てられた痛みが走る。
何かが躰の中に流れ込んでくる。
「美穂ちゃん・・・恵美ちゃん・・・」
楽しかった学校生活が思い浮かぶ。
授業はいやなこともあったけど、友達と過ごす時間はとても好きだった。

躰が熱い。
全身が燃え上がるように熱くて痛い。
細胞の一つ一つが作り変えられていっているみたい。
熱くて痛くて私は身をよじる。
でも、固定されているのでちょっとしか動けない。
「聡里ちゃん・・・」
最後に思い浮かんだのは、ここ数ヶ月のうちに友人になった彼女のことだった。
改造されてもなお人として生きる聡里ちゃん。
きっと人に言えない苦しみがあったと思う。
「聡里ちゃん・・・ごめんね・・・私・・・改造されちゃう・・・」
私は自分の躰がじょじょに変わり始めるのを感じながら、思わずそうつぶやいていた。

                     ******

「うふふ・・・」
思わず笑いがこみ上げる。
なんて気持ちがいいんだろう。
手足を留めていた枷がはずされ、私はゆっくりと躰を起こす。
私の躰は赤茶色の外骨格に覆われている。
胸もお腹も両手も両脚も節々で形作られ、柔らかなラインを描いている。
額には触角が震え、大きな単眼とともに周囲の様子を余すところなく伝えてくれる。
両脇と両手両脚の外側には小さな脚が蠢き、鋭い爪を輝かせている。
なんてすばらしいんだろう。
私はもう人間などという下等な生き物じゃないんだ。
私はザームによって改造された改造人間なのだ。
自分の躰を見回して、私はうれしくて飛び跳ねたいぐらいだった。

『ふふふ・・・改造が終わったようね。気分はどうかしら、ムカデ女?』
私はもう胸がいっぱいになった。
女王様が私に声をかけてくださったのだ。
うれしいよぉ。
私はすぐに女王様に向き直る。
「はい、最高の気分です。こんなすばらしい躰にしていただき、御礼の言葉もございません」
『おほほほ・・・これでお前も我がしもべ。ザームのために働くのです』
「もちろんです。私はザームの改造人間ムカデ女。ザームと女王様のために全てを捧げます」
私は女王様に一礼する。
そう、私はザームのムカデ女。
ザームのためなら何でもするわ。

「うふふ・・・おめでとうムカデ女」
「これであなたも私たちの仲間ね」
サソリ女とクモ女が私を迎えてくれる。
ザームの改造人間である二人はとても素敵。
「ありがとうサソリ女、クモ女」
私はあらためてザームの改造人間であることがうれしかった。

『ほほほほ・・・これで出来損ないの周りの女どもは全てザームのしもべ。そなたたちに命じます。我の邪魔をする出来損ないのイナゴ女を始末してきなさい。いいですね』
私が二人と話していると、女王様の命が下る。
「かしこまりました、女王様」
「私たちにお任せくださいませ」
「出来損ないのイナゴ女は、私たちが必ず始末いたします」
私たちは女王様の前に整列して命令を承る。
ザームを抜け出したイナゴ女。
精神改造を受けなかった出来損ない。
下等な人間のままの精神でザームに歯向かう愚か者。
どうして私はあんな存在を許容できていたのだろう。
女王様に逆らう者は容赦しない。
イナゴ女は私たちで始末しなくちゃ。
私は二人と一緒に女王様の前をあとにした。

                      ******

翌朝、私は擬態した姿でクモ女のいる喫茶店「アモーレ」へと向かう。
人間に擬態するなどあまり気乗りしないけど、人間どもに騒がれないようにするには仕方がない。
おろかな人間どもには、私がザームの改造人間であるなどとは思いもしないだろう。
まったくバカな連中だわ。
早く女王様の支配する世界になればいいのに。
そんなことを考えながらも、私は朝から気分がいい。
夕べ夜に人間のときの住処へ戻ったとき、父親と母親などというおぞましい存在を嬲り殺してやったのだ。
私が人間だったことなど考えたくもない。
あのような下等な生き物とつながっているという過去を消すことができて、ホッとしたわ。

それに今朝はあの出来損ないのイナゴ女を始末できる。
何も知らないイナゴ女は、今朝ものこのこと「アモーレ」に姿を見せるはず。
そこが罠だとも知らずにね。
そして待ち受けたクモ女とサソリ女、それに私によって始末される。
あのような出来損ないは始末されなくてはならないの。
ザームのすばらしさをわからずに女王様に逆らう出来損ないなど生きていてはだめなのよ。
私はイナゴ女の最後を脳裏に思い描き、思わず笑みが浮かぶのだった。

                      ******
                      ******

朝の多少の眠さをこらえて私はバイクを走らせる。
結局夕べもザームの動きはなかった。
それ自体は喜ぶべきことなんだけど、奴らが陰で何をたくらんでいるのかと思うと、喜んでばかりもいられない。
今日は南区のほうを回ってみよう。
奴らが何をたくらもうと、絶対に成功なんかさせないわ。
と、その前にバイトバイト。
考え事をしている間に私のバイクは「アモーレ」の前に着く。
私はすみのほうにバイクを立てると、ヘルメットを脱いで小脇に抱え、店の入り口に向かった。

「おはようございます」
「アモーレ」の入り口を入ると、コーヒーのいい香りが漂ってくる。
「おはよう、聡里ちゃん」
「おはよう」
いつもの優しい志織さんの声に重なり、もう一人の声が私にかけられた。
「あ、おはようございます、愛子さん。今日はどうしたんですか?」
見ると、矢木沢医院の愛子さんがテーブルでコーヒーを飲んでいた。
まだ開店前だというのに珍しいこともあるものだわ。
「ふふふ・・・ちょっとここに用事があってね」
「そうだったんですか」
なんだかいつもの愛子さんらしくない冷たい笑み。
私はちょっと気になったけど、すぐに奥で着替えを始める。

「聡里ちゃん、ちょっと」
いつものエプロン姿でテーブルを拭き始めた私を、志織さんが呼び寄せる。
「はい、なんですか?」
私はカウンターへ行き、志織さんの向かいに立つ。
「今日は少し開店を遅らせるわ。彼女が何か話があるようなの。そこに座ってこれでも飲んで一緒に聞いてくれるかしら」
目で愛子さんを指し示す志織さんの手には、おいしそうなコーヒーが用意されていた。
「あ、はい。いいんですか?」
私はコーヒーを受け取ると、カウンター席に腰を下ろした。
「うん、少しショックな話かもしれないから、これを飲んで落ち着いて欲しいの」
何かいつもと違う志織さん。
いったい何があったのだろう。
まさかザームのことで何かあったのだろうか・・・
私はふとそんなことを考えながら、志織さんの淹れてくれたコーヒーを一口飲んだ。

「!!」
私は自分の舌を疑った。
うかつにも一口飲んでしまったけど、まさか毒が入れられているとは思ってもみなかった。
「し、志織さん?」
信じられない。
いったい何がどうなっているというの?
「あらあら、改造された舌は伊達じゃないってことかしら。サソリ女の毒は無味無臭のはずなんだけどね」
志織さんが冷たく笑っている。
どうして?
どうして志織さんが?

「私の毒が見破られるなんて癪だわぁ。でも、さすがに私たちに毒を入れられるとは思っていなかったようね。一口目はちゃんと飲んでくれたようだし」
愛子さんも笑みを浮かべて私を見ている。
その目はまるで獲物をしとめようとするかのようだ。
「うふふふ・・・サソリ女の毒は改造人間にも効くのよ。しばらくすれば躰が動かなくなってくるわ」
ゆっくりとカウンターを回ってフロアに出てくる志織さん。
「あ、愛子さん・・・志織さん・・・」
私はじわじわと躰に毒が回り始めたことを感じていた。
躰がしびれてくるのだ。
このままでは・・・

「うふふふ・・・そんな志織なんて人間のときの名前で呼んで欲しく無いわ。私はザームによって改造されたのよ。今の私はザームの改造人間クモ女」
「うふふふ・・・私も同じくザームの改造人間サソリ女なの。出来損ないのイナゴ女、覚悟しなさい」
「そ、そんな・・・」
目の前で姿を変えていく志織さんに愛子さん。
なんてこと・・・
二人ともザームによって・・・
ザームによって改造人間にされてしまったんだ・・・

私はしびれる躰を何とか支え、気力で二人の改造人間に向き合う。
もう二人を元に戻すことはできない。
精神改造をされてしまった今、彼女たちは敵なのだ。
私はどうしようもない悲しみを感じながら、この場を切り抜けることを考えていた。

「おはようございます」
ああ・・・なんてこと・・・
私はあまりのタイミングの悪さに唇を噛む。
こんなときに雪美ちゃんが来てしまうなんて・・・
「雪美ちゃん、来ちゃだめ! 逃げて!!」
「えっ? きゃぁっ!!」
背後から雪美ちゃんの悲鳴が聞こえ、私にしがみついてくるのがわかる。
当然だわ・・・
目の前にザームの改造人間が現れたんだもの、逃げるに逃げられなくなっちゃったんだ。
仕方ないわ。
何とか雪美ちゃんを連れて脱出しなくちゃ・・・

「雪美ちゃん、いい、私が二人の相手をするわ。その間に店を出て逃げるのよ」
「逃げる?」
「ええ、何とかこの場を切り抜けて逃げて欲しいの。私のことなら心配いらないから」
私は背後の雪美ちゃんをかばうように、二人と向かいあった。

「逃げる必要なんか無いわ」
「えっ?」
雪美ちゃんの言葉に私は驚いた。
「だって、出来損ないのイナゴ女を始末するのが私たちの任務なんですもん」
いきなり私の首筋に激痛が走る。
「あぐぅっ」
しがみついてきた雪美ちゃんを突き飛ばすようにして私は床に転がった。
「ゆ、雪美ちゃん?」
「違うわ。私はもう古木葉雪美なんかじゃないの。私はザームの改造人間ムカデ女なのよ」
雪美ちゃんの姿が変わっていく。
私はもう、言葉も出なかった。

「うふふふ・・・サソリ女の毒と私の毒、二種類の毒が混じったお前に助かるすべは無いわ」
「うふふ・・・ついでに私の糸もお見舞いしてあげる」
志織さんだったクモ女の糸がお尻からつむぎだされ、私の手足に絡みつく。
「う・・・あ・・・」
首筋から入った毒が急速に私の躰から熱を奪っていく。
動くことも擬態を解除することもできないとは・・・
「ふふふふ・・・残念ね。きちんと精神改造を受けていれば、こんな目にあわずにすんだのに」
「さ、三人とも、お願いだから目を覚まして・・・あなたたちはザームに・・・」
私は必死で訴える。
お願い・・・
人間の心を取り戻して・・・

「違うわ。私たちは自らの意思でザームと女王様にお仕えしているの。お前のような出来損ないとは違うのよ」
「グホッ」
ムカデ女になってしまった雪美ちゃんのケリが私の腹部に入る。
ああ・・・
もう三人に私の言葉は通じない・・・
もう彼女たちは身も心もザームの改造人間になってしまったのだ・・・

「うふふふふ・・・さあ、とどめを刺してあげるわ」
冷たい声が響く。
今のは誰の声だろう・・・
もう何もわからない・・・
意識も朦朧としてきた。
ごめんね・・・
私、ザームを倒せなかったよ・・・
鋭い爪の一撃が私の胸を貫いて、私の意識はそこで途切れた・・・

END


いかがでしたでしょうか。
最後だけちょっと視点を聡里ちゃんに変えてみました。
聡里ちゃんの絶望が伝われば成功かなと思います。

四日間お付き合いいただきありがとうございました。
  1. 2009/05/07(木) 21:31:21|
  2. ローカストの最期
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ローカストの最期(3)

「ローカストの最期」の三回目です。

それではどうぞ。


(3)
私たちが矢木沢医院に着いたのは、夜8時近かった。
住宅街にある矢木沢医院はなんとなくひっそりとした感じがする。
私たちは裏口から中に入り、愛子先生に会いに行った。

「愛子ー。来たわよー」
待合室に入る私と志織さん。
すでに診察時間も終わっているため誰もいない。
看護婦の渡代(わたしろ)さんたちももう帰っちゃったみたい。

『診察室にいるから来てくれるかしら』
奥の診察室から声がする。
私たちは診察室のドアを開け、中に入った。

「来たわよ、愛子。それで話って何なの? 雪美ちゃんは明日学校だから早く帰してあげないと」
「すぐに終わるわ。適当に座りなさい」
なんだかいつもと雰囲気が違う愛子先生。
椅子を回転させて私たちに向き直り、脚を組んで座っている。
ふと気がつくと、いつもはしていないマニキュアをして、口紅やアイシャドウをしているみたいだった。

いつもと違う雰囲気の愛子先生に戸惑いながら、私たちは適当に腰を下ろす。
「あの娘は来ていないわね?」
「ええ、今日は西区を回るって言ってたから、まっすぐ帰ると思うわ」
「そう。それでいいわ」
薄く微笑む愛子先生。
「話というのは、お前たちがあの娘にだまされているということよ」
「えっ? だまされている?」
「えっ?」
私は驚いた。
愛子先生は、私たちが聡里ちゃんにだまされていると言うの?

「そうよ。お前たちはザームが悪魔のような邪悪な組織と思っているのでしょう? 違うわ。ザームはそう、神の組織なのよ」
「どういうこと? ザームが神の組織ですって?」
志織さんが信じられないという顔をしている。
もちろん私だって信じられない。
「ザームはこの世界を救うことができるのよ。人間にこの世界を任せていたのでは世界は滅びるだけだわ。人間はザームに支配され、女王様に従うことによってのみ生き延びることができるのよ」
「何を言っているの、愛子? ザームが何をしようとしているかわかっているでしょ? 奴らは人間を改造して改造人間にしてしまうのよ」
「ええ、そうよ。女王様に選ばれた人間のみが改造を受けて、人間という下等な存在でなくなることができるのよ。改造人間こそ至高の存在であり、人間を支配するものなのよ」
クスッと笑う愛子先生。
どうしちゃったんだろう。
こんな愛子先生は見たことない。

「信じられない。いったいどうしちゃったの愛子? あなたは人間を異質な存在にしてしまうザームをあれほど憎んでいたじゃない! 医者として絶対に赦せないって」
志織さんが首を振る。
先ほどからの愛子先生の言葉が信じられないのだ。
「うふふ・・・それは下等な人間の考えよ。改造人間のすばらしさがわからないんだわ」
「愛子・・・」
「愛子先生・・・」
「うふふ・・・やはりお前たちのような下等な人間には、ザームのすばらしさがわからないようね」
冷たい目で私たちを見つめてくる愛子先生。
違う・・・
いつもの愛子先生じゃない。
いったい愛子先生はどうしちゃったの・・・

「愛子! あなたふざけているんでしょ? いい加減にして!」
「さっきから愛子愛子とうるさいわね。もう私をそんな名前で呼ばないで欲しいわ」
スッと立ち上がる愛子先生。
そしてゆっくりとメガネをはずし、白衣を脱ぎ捨てる。
「な、何を?」
私も志織さんも思わず目をそらす。
愛子先生は驚いたことに白衣の下は裸だったのだ。
「うふふふ・・・私はもう矢木沢愛子などという人間では無いわ。私はザームによって改造を受けたの。今の私はザームの改造人間サソリ女!」

「ええっ?」
私と志織さんの目の前で、愛子先生の姿がみるみるうちに変わっていく。
つややかな髪の毛が赤茶けた外骨格に変わり、ヘルメットのように頭部を覆う。
躰にも赤茶色の外骨格が鎧のように覆っていき、スタイルのよい愛子先生そのままの柔らかいラインで包み込んでいく。
背中からはお尻を伝ってするすると長い尻尾が伸びていき、その先には毒針を持つサソリの尾が形成される。
両手は鋭い爪を持つ硬い外皮に覆われ、脚にはハイヒールのブーツ状に外皮が覆っていく。
数秒も経たないうちに、愛子先生の姿は人間とサソリが融合したような異形の姿に変わっていた。

「あ・・・ああ・・・愛子・・・」
「愛子・・・先生・・・」
私も志織さんも言葉が出ない。
あの優しく素敵な愛子先生が、こんな化け物になってしまうなんて・・・
「おほほほほ・・・どうかしらこの姿。素敵でしょ? 最高だわ。あはははは・・・」
口元に手を当てて高笑いする愛子先生。
その口元だけは人間のままで変わらない。

「ゆ、雪美ちゃん、逃げるのよ。愛子は・・・愛子はもう・・・」
志織さんが唇を噛み締めている。
親友といっていい愛子先生のあまりの変貌に悔しくて仕方ないのだろう。
「は、はい」
私はすぐにきびすを返す。
聡里ちゃんに連絡を取るのだ。
愛子先生のことを聡里ちゃんに知らせなければ・・・

でも、診察室のドアを開けたとたん、私たちの足は止まってしまう。
入り口にはあの黒い女戦闘員が二人立っていたのだ。
そして私たちを部屋の中に押し戻すように入ってくる。
「あ・・・ああ・・・」
私も志織さんも思わず言葉を失った。

「おほほほほ・・・逃げられるとでも思っていたのかしら? おろかな人間どもね」
サソリ女と化した愛子先生が笑っている。
あの愛子先生がこんな姿になってしまうなんて・・・
私と志織さんは逃げ場を失い、立ち尽くしたところを女戦闘員に取り押さえられてしまった。
「うふふ・・・こいつらはここで看護師をやっていた連中なの。いやだいやだって泣き叫んでいたけれど、今ではこうしてザームの忠実なしもべへと生まれ変わったわ」
「そ、そんな・・・渡代さんと高仲さんなの?」
志織さんが私たちを捕らえている二人の黒い女たちを驚きの目で見た。
「そんな名前だったかしらね。でも、そのような名前などもう意味は無いわ。こいつらはもうザームの女戦闘員。人間なんかじゃないのよ」
「ああ・・・ひどい・・・」
私は腕を後ろ手にねじられて身動きができないまま、目を伏せてしまった。
「愛子、お願い、目を覚まして! あなたはザームに操られているのよ!」
「お黙りなさい。私は自らの意思でザームに仕えているわ。身も心も女王様に捧げているのよ」
誇らしげに胸を張る愛子先生。
外骨格に覆われた形のよい胸がつんと上を向いていた。

「わ、私たちをどうするつもりなんですか?」
私はようやくそれだけを言う。
何とか逃げ出したかったけど、両手をねじられてそれもできない。
「殺すつもり・・・なんですか?」
「うふふ・・・心配はいらないわ。殺すつもりならとっくに殺しているわ。あんな会話などしないでね」
「えっ?」
「喜びなさい。女王様はお前たちを生かして連れてくるようにご命じになられたわ。女王様にお会いできるのよ。さあ、二人を連れて行きなさい」
「「キキーッ」」
女戦闘員が私の腕を引っ張り始める。
「あっ、いやあっ!」
私と志織さんは無理やり引きずられるようにして矢木沢医院を後にした。

                       ******

「雪美ちゃん・・・雪美ちゃん・・・」
どこかで私を呼ぶ声がする。
「雪美ちゃん・・・雪美ちゃん・・・」
「ん・・・」
意識がじょじょにはっきりしてきて、私はゆっくりと目を開けた。
「雪美ちゃん? よかった。目が覚めたのね」
私の顔を覗き込んでいる志織さん。
「あ・・・志織さん」
優しそうな志織さんの顔。
私はホッとした。
ん・・・あれ?
志織さんの豊満な胸が揺れている。
「えっ? ええっ?」
私は飛び起きた。

「し、志織さん?」
見ると、志織さんは上から下まで何も着ておらず、裸で私のとなりに座っていたのだった。
「あ・・・あんまり見ないで。恥ずかしくなっちゃうわ・・・」
思い出したように胸を抱きしめて隠す志織さん。
でも私はそれどころじゃない。
私自身も何も着ていなかったのだ。
「え、えええっ?」
私は急いで志織さんに背を向ける。
うう・・・恥ずかしいよぉ・・・

「どうやら意識を失わされているうちに衣服を脱がされてしまったみたいね」
背中から志織さんの声がする。
「そ、そうみたいですね・・・」
私はそれだけいうのが精いっぱい。
ただ、周りだけは確認してみる。
どうやら三方を壁に囲まれた部屋で、残り一面に鉄格子が嵌まっていた。
「典型的な牢屋ですね」
「そのようね。おそらくザームのアジトなんだわ」
私の言葉を志織さんも肯定する。
鉄格子の向こうは薄暗く、何があるのかよくわからない。
私は心細さに躰が震えるのを感じていた。

「私たち、これからどうなるのでしょうか・・・まさか、私たちも・・・」
私はその先の言葉がいえなかった。
愛子先生や矢木沢医院の看護師さんたちのように、私たちも改造されてしまうのかとは、とても言えなかったのだ。
「それは・・・わからないわ・・・考えたくもない。せめて聡里ちゃんに連絡ができれば・・・」
志織さんも苦悩の表情を浮かべる。
そう、聡里ちゃんが助けに来てくれれば・・・

「うふふふふ・・・」
薄暗がりの中から笑い声が響く。
「だ、誰?」
「キャッ」
誰何する志織さんとは裏腹に、私は思わず身を硬くしてしまう。
「目が覚めたようね。二人とも」
ゆっくりと牢に近づいてくるサソリ女と化した愛子先生。
黒く丸い単眼が輝き、人間のままの口元には冷酷そうな冷たい笑みを浮かべていた。
「愛・・・子・・・」
志織さんが辛そうにつぶやく。
「女王様が先ほどからお待ちかねよ。お言葉を聞けることを光栄に思うことね」
愛子先生がそう言うと、奥の暗がりがぼうっと赤く光り始める。
そして、奇妙なうずまきのような形のレリーフが浮かび上がった。

『サソリ女よ』
レリーフから重々しい女性の声が響く。
「ハハッ」
すぐに私たちに背を向けて、サソリ女と呼ばれた愛子先生がひざまずいた。
『ご苦労でした。上手く捕らえてきたようですね』
「お褒めのお言葉ありがとうございます女王様。下等な人間どもなので簡単に捕らえることができました」
悔しい・・・
こんなふうに言われちゃうほど簡単につかまってしまうなんて・・・
私は唇を噛み締める。

『早速その者たちの改造を始めなさい。我がしもべへと生まれ変わらせるのです』
「かしこまりました女王様。すぐに改造を始めます」
愛子先生が女王の言葉にうなずく。
「そ、そんな・・・」
私は恐怖に身震いし、言葉を失った。
ザームは私たちを改造してしまうつもりなんだ。
ああ・・・そんなのはいやだよぅ・・・
聡里ちゃん・・・
早く助けに来て・・・
私は聡里ちゃんが来てくれることを天に祈った。

「うふふふ・・・まずはお前からよ」
私たちに向き直った愛子先生が志織さんを指差す。
「い、いやぁっ!! 改造なんていやぁっ!!」
真っ青な顔で悲鳴を上げる志織さん。
両手で自らを抱きしめるようにして床に座り込んでしまう。
「黙りなさい! 改造を受ければすぐにいやではなくなるわ。さあ、連れ出すのよ」
愛子先生の指示で牢の入り口が開けられ、あの黒い女戦闘員たちが入ってくる。
「いやぁっ! 助けてぇ! お願い助けてぇ!」
「し、志織さん! きゃぁっ!」
私は志織さんを助けようと女戦闘員にしがみついたけど、すぐにサソリ女となった愛子先生に強い力で引き剥がされてしまう。
「おとなしくあの女が改造されるところを見ていなさい。次はお前なのだから」
私を押さえつけて耳元でささやくサソリ女の愛子先生。
その声はあの優しかったかつての愛子先生そのままだった。
「お願いです。私たちを助けて。も、もうザームには逆らいません。聡里ちゃんとも付き合いませんから・・・」
聡里ちゃん、ごめんなさい・・・私、改造なんてされたくないよ・・・
「うふふ・・・そんなに嫌がるものではないわ。改造人間はすばらしいものよ。下等な人間だったことが思い出したくもなくなるわ」
「いや・・・いやぁ・・・」
私の目から涙がこぼれる。
身動きできない私の前で、志織さんは牢から引きずり出されていった。

「いやぁ・・・お願いよぉ・・・赦してぇ・・・もうあの娘には関わらないわ・・・だから赦してぇ・・・」
せり上がってきた台座に寝かされる志織さん。
両手と両足に枷を嵌められ、身動きができなくされる。
私にはどうすることもできない。
ただ、志織さんが改造されるのを見ているだけ・・・
聡里ちゃん・・・
どうして助けに来てくれないの?
聡里ちゃん・・・

「ひやぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
志織さんが悲鳴を上げる。
いくつものチューブがのびて、志織さんの躰に突き立てられたのだ。
黒や緑の液体がどくどくと流れ込み、赤い血が抜き取られていく。
「ああ・・・あああ・・・」
躰をがくがくと震わせ、苦悶の表情を浮かべる志織さん。
私は思わず目をそらす。
「うふふふ・・・これで彼女は生まれ変わるわ。お前も楽しみにしてなさい」
私を放り出すように解放するサソリ女の愛子先生。
私は床に倒れこむと、そのままそこでただ涙を流すだけだった。

「あ・・・あああ・・・」
志織さんの躰に変化が生じ始める。
白くて綺麗だった肌が、ぼこぼこと波打ち始め、どす黒く変色し始めたのだ。
やがて、志織さんの肌には剛毛が生え始め、見る間に全身に広がっていく。
剛毛は黒と黄色のまだらとなり、志織さんの両腕と両脚に縞模様を描いていく。
腰が浮いてお尻が大きく膨らんでいき、そこにも黒と黄色の剛毛が生えていく。
両手の爪は鋭く伸び、両脚のかかとが尖って、まるでハイヒールのようへと変化する。
両目は黒い単眼となり、額にも三つの単眼が作られる。
最後に両脇から二本ずつの蜘蛛脚が伸びてきて、志織さんに突き立てられていたチューブがはずされた。

「志織さん・・・」
私は変わってしまった志織さんに、思わず呼びかける。
「う・・・うう・・・」
ゆっくりと身じろぎをする志織さん。
やがてその首が少し持ち上がり、自分の姿を見下ろした。
「あ・・・あああ・・・い、いやぁっ!!」
固定された両手両脚をばたばたさせ、狂ったように悲鳴を上げる志織さん。
「いやぁっ!! こんな躰はいやよぉっ!! 戻してぇっ!! 元に戻してぇっ!!」
「志織さん・・・」
「ああ・・・見ないでぇっ!! お願いだから見ないでぇっ!! こんな躰はいやぁっ!!」
一瞬私を見て、すぐに顔をそらす志織さん。
すっかり変わってしまった自分の姿を見られたくないのだ。
私は唇を噛んでうつむいた。

「おほほほほ・・・何を嘆いているの? そんなすばらしい躰になれたんじゃない。安心しなさい。すぐに精神改造が始まるわ。それがすめばすぐにその躰が誇らしく思うようになるわ」
いつの間にか志織さんのそばにサソリ女と化した愛子先生が立ち、口元に手を当てて笑っている。
「いやぁ・・・いやよぉ・・・ひどい・・・泣くこともできないなんて・・・お願い・・・お願いだから元に戻してぇ」
「お黙りなさい。さあ、精神改造の始まりよ」
「いやぁっ!!」
首筋から上も黒い剛毛に覆われた志織さんの頭部に、リング状の物体が嵌められる。
そして、そのリング状の物体からの光が志織さんに浴びせられていく。
「ああ・・・あああ・・・」
苦しそうに口元をゆがめる志織さん。
でも、やがて緊張がほぐれていくかのように硬くなっていた躰が弛緩し、口元に浮かんでいた苦悶は薄い笑みへと変わっていく。

「志織さん・・・」
しばらくして志織さんに浴びせられていた光が止まる。
頭に嵌められていたリング状の物体がはずされ、両手両脚の枷がはずされる。
やがて、ゆっくりと躰を起こす志織さん。
その姿はまさに蜘蛛と志織さんが融合したかのような姿だ。

「うふ・・・うふふふ・・・」
「志織さん?」
異形となった志織さんの口から笑みが漏れる。
「うふふふふ・・・なんてすばらしいのかしら。これが私の躰。なんて美しくて素敵なのかしら。最高だわ」
異形となった自分の手や姿を見下ろして笑う志織さん。
私は目を閉じた。
志織さんは変わってしまったんだ。
あの優しかった志織さんは・・・もういない・・・

『改造が終了したようね。気分はどうかしら、クモ女?』
レリーフから声がする。
「はい。最高の気分です女王様。私はザームの改造人間クモ女。このようなすばらしい躰に改造していただき、とても感謝しております」
レリーフに向かって一礼するクモ女と化した志織さん。
『ほほほほほ・・・それでいい。これからは我がザームのために尽くすのです。いいですね?』
「もちろんでございます。私は身も心もザームと女王様のものでございます。どうぞ何なりとご命令くださいませ」
『いいでしょう。それでは早速そなたに命じます。残ったあの少女も我がしもべに改造してしまいなさい』
「かしこまりました。女王様」
クモ女と化した志織さんの口元には邪悪な笑みが浮かんでいた。
  1. 2009/05/06(水) 21:17:21|
  2. ローカストの最期
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ローカストの最期(2)

160万ヒット記念SS「ローカストの最期」の二回目です。
つかの間の日常というところでしょうか。

それではどうぞ。


(2)
「ザームの女戦闘員ども、その人たちに手を出すんじゃないわよ!」
「えっ?」
私は驚いた。
「い、池住さんなの?」
私は彼女が倒れていたところに眼をやった。
すると、倒れていた彼女がゆっくりと起き上がる。
着ていた衣服はドロドロに溶け、池住さん自体も躰の表面が溶け出している。
「い、池住さん・・・」
何で?
何でそんな姿なのに立てるの?

「キキー・・・ワタシタチノサンガキカナイトイウノ?」
黒い女たちは三人とも私や志織さんではなく池住さんに向き直る。
「効いたわよ。あなたたちの酸を食らうのは初めてだったからね。おかげで表面がぼろぼろじゃない。擬態するのって結構疲れるのよ」
池住さんはそういうと、躰を一瞬震わせた。

「えっ?」
私は一瞬何が起こったのかわからなかった。
池住さんの姿が一瞬にして変わってしまったのだ。
さっきまでの溶けかかった躰ではなく、なんていうかまるで大きな昆虫のような姿。
頭には髪の毛があったところが緑色のヘルメットのようなものに覆われ、額には二本の触角が伸びて、丸い大きな複眼のような目が二つ付いている。
躰も緑色の硬そうな外皮に覆われ、胸は同心円状の節でできた昆虫のお尻のようなものが二つ双丘をなしている。
腕と脚にはトゲトゲの突起が一列に並び、硬そうな手袋とブーツを履いたようになっていた。
唯一人間らしいのが口元だけで、柔らかそうな唇が覗いていた。

「い、池住さん。その姿はいったい・・・」
「話は後よ。下がってなさい」
「は、はい」
私は手にしたポリ容器を抱きかかえるようにしてあとずさる。
「雪美ちゃん、こっちよ」
志織さんもゆっくりとあとずさり、私たちは黒い女からできるだけ離れるようにする。
「キキー・・・ざーむノウラギリモノ、イナゴオンナ」
「残念ね。私はザームの一員になった覚えはないの。それどころか、こんな躰にされた恨みがあるだけよ!!」
奇妙な姿になった池住さんはそういうと、三人の黒い女たちに跳びかかっていった。

戦いは一瞬にしか感じなかった。
三人の黒い女たちは、いずれも池住さんのパンチやキックに吹き飛ばされ、あっという間に動かなくなってしまったのだ。
そして驚いたことに、倒された黒い女たちはみるみる液状になって溶けてしまうと、すぐに跡形もなく消え去ってしまった。

「池住さん・・・」
私は奇妙な姿をしている彼女に声をかける。
「・・・・・・二人とも大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫です」
自分の躰を確かめて私はうなずく。
「ええ、私も大丈夫よ。でも・・・いったい何がどうなっているのか・・・」
私も志織さんも今ここで起こったことが信じられない。
いったい、彼女は何者なんだろう。
「ふう・・・巻き込んじゃってごめんなさい。今のはザームの女戦闘員。簡易型の改造人間よ」
「女戦闘員? 改造人間?」
「とりあえず上に羽織るものをくれないかしら、説明はその後でするわ」
池住さんの口元に苦笑とも取れる笑みが浮かぶ。
志織さんが上着を貸すと、池住さんはその上着を羽織り、みるみるうちに以前の姿に戻っていった。
「とりあえず、移動しましょう。追っ手を潰したから、しばらくは大丈夫だと思う」
池住さんの言葉に私たちはうなずくと、とりあえずはここから近い愛子先生のところへ向かうことにした。

                      ******

池住さんを探しにでていた愛子先生と合流し、矢木沢医院に戻ったときには、すでに夜九時を過ぎていた。
私はすぐに両親に電話して、もうちょっと遅くなる旨を告げる。
遅くなることに心配する両親に、志織さんからも説明してもらって何とか納得してもらうと、愛子先生と志織さん、それに私とで池住さんから事情を聞いた。

池住さんから聞かされた話しはとても信じられないようなものだった。
あのような黒い女の人たちに遭っていなければ、たぶん頭がおかしい人なんだと思ったに違いない。

池住さんは、ザームという組織によって躰を改造されてしまった改造人間ならしい。
ザームとは、とても信じられないけど世界征服をたくらむ秘密結社とのこと。
あの緑色の硬そうな姿こそ池住さんの真の姿であり、今こうして人間の姿をとっているのは人間社会に溶け込むための擬態能力を使っているという。
池住さんは私と同じ高校二年生で、部活で体操をやっていたために身体能力を見込まれて、ザームに誘拐されたらしい。
ザームのアジトに連れて行かれた彼女は、そこでイナゴの能力を移植され改造人間にされてしまったのだ。
肉体の改造が終わると、今度は精神の改造が行なわれるという。
それを行なわれてしまうと、ザームへの忠誠心を植えつけられてしまい、ザームこそが全てとなってしまうというのだ。
幸い、彼女は精神改造の前に何らかの不都合があり、アジトを抜け出すことができたらしい。
そのため、ザームは彼女を出来損ないとして処分しようとしているとのこと。
池住さんはザームの追っ手を逃れるために、あの女戦闘員と戦ったものの、変化した肉体のコントロールになれていなかったせいもあって急速に消耗してしまい、そこに私が通りかかったのだそうだ。

池住さんは、これ以上の迷惑は掛けられないと言って出て行こうとしたんだけど、愛子先生も志織さんもそれを許しはしなかった。
だって、これからどうするのか聞いたら、自分を改造したザームは赦せないしこれからも狙ってくるだろうから戦うって言うんだもん。
そんな危険なことに黙って出て行かせるなんてできないって愛子先生が反対し、志織さんも同意する。
おそらく彼女の実家は見張られているだろうし、しばらくこの街で身を隠したほうがいいというのだ。
愛子先生は何とか彼女の躰を元に戻せないか研究してみるというし、志織さんは近くのアパートを手配するのでそこで暮らすようにと勧めた。
池住さんは驚いた顔をして、何度もここにいてもいいのかと聞いてきたけど、そんなのいいに決まっているよね。
ザームのような恐ろしい組織があるなら、きっと何とかしなきゃいけないんだ。
どうしたらいいのかはよくわからないけど、みんなで力を合わせればきっと何とかできるよね。

                       ******

「おはようございまーす」
もう午後だけど、私はいつもそう言って喫茶店「アモーレ」の扉を開ける。
職場での挨拶はいつでもおはようございますなのだ。
「遅いよ雪美ちゃん。さては居残りさせられたのかな?」
ニヤニヤと笑いながら意地悪そうに私を見る聡里ちゃん。
くりくりした目がなんだか輝いているのは気のせいかな?
「ち、違います。今日は掃除当番が長引いたんです」
私はお客さんがいないのを見て取ると、着替えるために奥へ行く。
さすがに制服のままで接客するわけには行かないしね。

「志織さん、それじゃ私は・・・」
「はい、お疲れ様聡里ちゃん」
私が着替えてエプロンをつけてお店に出ると、入れ替わりに聡里ちゃんがエプロンをはずして着替えに行く。
しばらくすると、革つなぎにヘルメットを手にした聡里ちゃんが出てきて、そのままカウンターに座った。

「志織さん、コーヒーお願い」
「はい。今日はどうするの?」
志織さんがコーヒーの準備をする。
私はお客さんに備えてテーブルなどを拭いたりする。
「西区のほうを回ってみるよ。そろそろ奴らもまた動き出しそうだしね」
「そうね。前回の事件からそろそろ三週間。ザームが動き始めてもおかしく無いわね」
いつものブレンドコーヒーを聡里ちゃんの前に置き、志織さんはそう言った。

あれから愛子先生と志織さん、そして私の三人は、ザームという組織の恐ろしさを改めて知ることになった。
最初はこのことを警察やお役所に訴えてみたのだけれど、どこもそんなザームなんて組織のことは知っておらず、かえってこちらが変な人間だと思われる始末だった。
愛子先生も志織さんも、公的機関に頼るのは早々にあきらめ、自分たちのできる範囲で聡里ちゃんに協力しようということにし、聡里ちゃんがザームと戦うのを陰ながら手伝っている。

私はというと・・・
愛子さんからも志織さんからも、これが一番大事なことだからしっかり心して励んで欲しいといわれた重要任務を託された。
すなわち、聡里ちゃんの友人としてごく普通に付き合うこと。
これこそが私が任された大事な任務だった。

「それじゃ後は雪美ちゃんに任せるね。行ってきます」
コーヒーを飲み終えて、ヘルメットを片手に喫茶店を出て行く聡里ちゃん。
スタイルがいいから、革のつなぎがとてもよく似合っている。
程なくバイクのエンジン音がして、聡里ちゃんのバイクが走り去って行くのがわかった。

聡里ちゃんは改造人間だ。
邪悪な組織ザームにつかまって、無理やり改造されちゃったのだ。
でも、精神までは改造されなかった。
だから彼女はザームを憎んでいる。
自分を改造し、世界を征服しようとしているザームを憎んでいる。

ザームは女王を頂点とする女系社会らしい。
どういう基準かわからないけど、素質があると認めた女性を誘拐して、改造人間に改造してしまう。
改造人間には男性は選ばれないらしく、ザームを構成するのは女性の改造人間ばかりらしい。
何らかの生き物の力を移植した改造人間を作り出し、あの黒い女戦闘員を配下にして世界征服の計画を実行する。
聡里ちゃんもイナゴの能力を移植され、そのまま精神改造されてしまえば、今頃はザームのために活動していたのかもしれない・・・
人間を改造してその心までゆがめてしまう・・・
私はそんなザームが恐ろしいと同時に、絶対に赦してはいけないと思った。

私たちと聡里ちゃんが出会ってから数ヶ月。
愛子先生は患者の診療を行ないながら、つてを頼って大学病院に聡里ちゃんの細胞を分析してもらったり、独自に調べたりして、何とか聡里ちゃんを元の躰に戻せないか研究している。

志織さんは喫茶店をやりながら、新聞やテレビのニュースなどからザームの活動らしきものを抜き出して、聡里ちゃんに知らせている。
最初は的外れのものばかりだったけど、最近は馴れてきたこともあって、ザームの仕業に違いないものを見事に当てたりしているのだ。

ザームのことは誰も知らないけど、奴らが確実にこの日本に手を伸ばしてきているのは間違いない。
何の変哲もない殺人事件なんかでも、実は裏でザームが動いているなんてことも多くなっている。
油断はできないのだ。

「西区に何かあったんですか?」
私はテーブルの砂糖を補充したりしながら、志織さんに聞いてみた。
「ううん、今のところは特に。通常のパトロールってところね」
志織さんもいつものにこやかな笑顔で答えてくれる。

いつザームに狙われるかわからないということで、聡里ちゃんは学校へは行ってない。
なので、午前中から午後にかけては聡里ちゃんは「アモーレ」でアルバイトをしている。
午後になって私が顔を出すと、入れ替わりで街の調査やパトロールに出かけるのだ。
聡里ちゃんのおかげで、お昼の時間も手が足りるので助かると志織さんは喜んでいた。

「ふう・・・」
「どうしたんですか? 志織さん」
ため息をついた志織さんが、私は思わず気になった。
「聡里ちゃん・・・今日も無事に終わってくれるといいけど・・・」
私はドキッとした。
そう、聡里ちゃんは戦っているのだ。
ザームの魔の手からみんなを守るために。
そしてこれ以上の不幸な改造人間を増やさないように。
残念ながら、今はまだその願いは届いてないけれど、いつかきっとザームを滅ぼして聡里ちゃんが人間に戻れる日が来ますように・・・

「大丈夫ですよ。なんたって聡里ちゃんは正義のヒロイン“ローカスト”なんですから。ザームなんかに負けませんよ」
ローカストっていうのは、私たちの間で改造後の姿を現した聡里ちゃんのこと。
いくらなんでも“イナゴ女”なんていう呼び方はあんまりだという理由から。
ザームを倒すために戦っている聡里ちゃんは、正義の変身ヒロインローカストなのだ。

「そうよね。聡里ちゃんは大丈夫よね」
笑顔を作る志織さん。
でも、やっぱり多少の心配はぬぐえない。
このところザームの改造人間も手ごわくなっている。
元となる素体にもさまざまな女の人が使われているようだ。
先日のタガメ女のときは、スイミングクラブの一グループがまるまる改造され、女性コーチはタガメ女に、女子生徒たちは女戦闘員へと改造されてしまったらしい。
ローカストに全員倒されてはしまったものの、集団失踪事件として新聞をにぎわしたっけ・・・
他にもカマキリ女やハチ女、ゴキブリ女などザームによって改造されてしまった人が大勢いる。
日本全国で行方が知れなくなっている人たちの中には、ザームに改造されちゃった人も多いんだろうな。

そういった改造されてしまった人々を元に戻すために、愛子先生は研究しているんだよね。
愛子先生の研究がうまく行けば、ローカストだってただザームの改造人間を倒すだけじゃなく、元に戻すことができるかもしれない。
愛子先生の研究がうまく行きますように・・・

「さて、そろそろまたお客さんが来はじめる時間よ。気合入れてがんばりましょう」
「はい、志織さん」
私はそう返事して、仕事を再開するのだった。

                       ******

「ありがとうございましたー」
カランカランと入り口の鐘が鳴り、最後のお客さんが帰っていく。
「ふう・・・終わったぁ」
志織さんがうんと伸びをする。
「夕方から結構込みましたね。忙しかったぁ」
私もつい首を回して力を抜く。
「お疲れ様、雪美ちゃん」
「志織さんこそお疲れ様です」
なんとなく顔を見合わせてしまう私たち。
思わず笑顔が出てしまう。

と、電話のベルが鳴る。
「はいはーい」
すぐに受話器を取る志織さん。
「はい、喫茶アモーレです・・・あら、愛子?」
私は後片付けをしながら、聞くともなしに志織さんの声を聞く。
「えっ? 今から? ううん・・・それはかまわないけど・・・えっ? 思い違い? ザームのこと?」
えっ?
ザームのこと?
私の手が思わず止まった。
「わかったわ。すぐにいく。ええ、雪美ちゃんも一緒にね」
そう言って受話器を置く志織さん。
「雪美ちゃん、帰り家まで送るから一緒に来てくれる? 愛子がなんだか私たちに話があるって」
「あ、そうなんですか?」
「ええ。何でも私たちはザームに関して思い違いをしているとか・・・詳しくは矢木沢医院で話したいって」
志織さんはエプロンのまま車のキーを取りに行く。
「わかりました。聡里ちゃんには連絡しなくていいんですか?」
「うん、なんだか彼女にはまだ聞かせられないとか。とりあえず私たちだけにってことらしいわ」
車のキーを取ってきた後、玄関先の看板を中に入れてCLOSEの札を下げる志織さん。
私はすぐに着替えを済ませ、志織さんの車で矢木沢医院へ向かうことにした。
  1. 2009/05/05(火) 20:51:55|
  2. ローカストの最期
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ローカストの最期(1)

お待たせいたしました。
160万ヒット記念SS「ローカストの最期」を、今日から四日間連続で投下いたします。

今回の作品は、いわゆる改造モノです。
異形化の範疇になるものだと思います。

私、舞方は、昭和の初代仮面ライダーで育ちました。
仮面ライダーに出てくる改造人間たちは善も悪もあこがれでした。
今回のSSは、その昭和ライダーへのオマージュとなります。
そして、私がお世話になった方々、Beef様やmaledict様の作品へのオマージュでもあります。
作中、どこかで見たようなシーンや、どこかで聞いたようなセリフが出てくると思いますが、あえて引用したものも多くあります。

そんなオマージュに満ちた作品ですが、楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ。


(1)
「う・・・うう・・・」

えっ?
私は驚いた。
誰かのうめき声?
いったいなんなの?
私は思わず足を止める。
カバンとケーキの入った箱を持ちながら、私は周囲を見渡した。

街灯がぽつんとあるだけの寂しい通り。
普段なら足早に通り過ぎるところだ。
まわりは新興住宅街の近くにある雑木林。
この時間だと暗くて気味が悪くさえ感じる。

「うう・・・」
「誰? 誰か居るの?」
私は恐る恐る呼びかけてみる。
変質者だったらどうしようとか、林の中で待ち伏せされたとかは思わなかった。
だって、あまりにも苦しそうなうめき声。
きっと怪我かなんかで苦しんでいるに違いない。
「誰? どこにいるの?」
私はもう一度声をかけた。

                      ******

「で、痛々しさに見てられなくてここへつれて来たってわけね?」
診察室のとなりにある待合室で、私は愛子(あいこ)先生にそう言われ肩をすくめる。
愛子先生は白衣を着てきりっとメガネをかけた美人女医さんだ。
私がアルバイトしている喫茶店の店主である志織(しおり)さんの親友と言ってもいい人で、時折お店に来てくれる常連さんでもある。
私も時たま風邪を引いたときなどにはお世話になっていて、近所でも評判のいいお医者さまなのだ。
「だって・・・怪我しているようだったし、とりあえず愛子先生のところへ行かなきゃって思ったんです」
「うちは内科なんだけどねぇ」
苦笑する愛子先生。
そういえばそうだ。
私ったら動転したのかそんなことすら思い浮かばなかったのだ。
とにかく早くお医者さんにって思ったら、愛子先生のところへ来ていたのだ。

「そ、それで怪我のほうは?」
「怪我はたいしたことないみたい。というか、結構直りかけなんだよね。それよりも極端に疲労しているみたいだわ」
愛子先生が私の向かい側の椅子に座る。
「疲労ですか?」
「そうなのよ。なんだか極端に体力を消耗しちゃっているみたいなの。いったいどこの娘であんな雑木林で何をしていたのかしらね」
腕組みをする愛子先生。
「とりあえずは休ませたから雪美(ゆきみ)ちゃんは帰ってもいいわよ。あとは引き受けるわ」
「はい、そうします。あ、これ、彼女が目を覚ましたら食べさせてあげてください」
私は持っていたケーキの箱を差し出した。
喫茶店のもらいものだが、甘いものは疲労回復にもいいだろう。
「わかったわ。彼女が目を覚ましたら渡すわね」
「あの・・・」
私は愛子先生にケーキを渡し、気になることを聞いてみた。
「警察に届けるんですか?」
「それは彼女が目を覚まして事情を聞いてからね。もしかしたら乱暴されたのかもしれないし」
それは私も思ったこと。
裸であちこちにうっすらと傷があって雑木林で倒れていた少女なんて、誰だって乱暴されたんじゃないかって真っ先に考える。
それもあって愛子先生のところにつれてきたってのもあるんだけどね。
「でも、どうやらその様子は無いわね。あったとしても未遂だったと思うわ」
「未遂・・・ですか」
私はホッとした。
でも、きっと怖い目にあったに違いない。
私とたぶん同年代ぐらいだから、他人事とは思えない。
私は彼女を愛子先生に預け、矢木沢(やぎさわ)医院を後にした。

                      ******

翌朝早く矢木沢医院に駆け込んだ私は、病室のベッドの上で朝食もそこそこにショートケーキをもくもくと食べている彼女に会った。
「あ、彼女があなたをうちに運んできてくれたのよ。古木葉(ふるきば)雪美ちゃん」
愛子先生が私を紹介してくれる。
すると彼女はなんだか不安そうに目をそらす。
「彼女は池住聡里(いけずみ さとり)ちゃんと言うんですって。それだけは教えてくれたわ。ほかは何にもしゃべってくれないの」
肩をすくめる愛子先生。
医者としてもいろいろ訊きたいことはあるんだろうけど、お手上げって言う感じ。
「古木葉です。よろしく」
私はぺこりと頭を下げる。
すると彼女もおずおずとだけど頭を下げてくれた。
茶色のショートの髪にくりくりした目が可愛い感じの人。
でも、なんだか少し怖い感じもする。
まるで人を寄せ付けないかのような・・・
「そのケーキは彼女があなたにって置いていったものよ。お礼言っておいてね」
愛子先生はそう言って病室を出てしまう。
もしかしたら話しやすいように気を使ってくれたのかも・・・

「あの・・・そのケーキはバイト先からもらったものなので、お礼とか気にしないでくださいね」
私はもしかして言わなくてもいい事を言ったかも・・・
「私にはかまわないで。一休みして体力が回復したらここも出て行くから」
私、何か拒絶されている?
「あ、でも無理しないほうが・・・」
「私がここにいると迷惑をかけてしまう。それに・・・私はもう普通じゃない・・・」
なんだかすごく落ち込んでいるみたい。
あ、もしかして夕べ乱暴されかかったから?
私で力になれることはないかな・・・
「迷惑なんて、愛子先生はそんなこと思わないですよ。それに夕べのことはすごくショックだったと思うけど、未遂だったって言うし・・・」
気休めにもならないだろうけど私はそう言った。
もしかしたら彼女は自分が穢されちゃったと思っているかもしれないし。
「あなたに何がわかるの!!」
いきなり声を荒げられて私はびっくりした。
「ご、ごめんなさい」
そうだよね。
未遂でも何でもショックだったよね。
私ったらそんなことも・・・
「ごめんなさい。一人にしてくれるかしら」
「は、はい。私学校に行ってきます」
うつむいている聡里さんを置いて、愛子先生に学校に行くことを告げた。

                      ******

「はい、古木葉です」
バイトの終了直後、私の携帯が鳴る。
『あ、雪美ちゃん? 大変なの。池住さんが病室を抜け出しちゃったの』
「ええっ?」
携帯の向こうから聞こえてきた愛子先生の言葉に私は驚いた。
確かに朝はひと休みしたら出て行くって言っていたし、躰の傷もたいしたことないようだったけど・・・
抜け出すなんてよくないよ。
まだ体力だって戻ってないだろうし。
『とりあえず私は手近を探してみるから、雪美ちゃんも探してみてくれるかしら』
「わかりました。バイトが終わったんですぐに行きます」
私は愛子先生にそう伝えると携帯を閉じた。

「何かあったの? 車だしましょうか?」
カウンターを拭いていた志織さんが心配そうに私を見る。
志織さんはこの喫茶店「アモーレ」のオーナー兼店長さん。
私のいわば雇用主さんなのだ。
「今朝お話した愛子先生のところにお連れした女の人がいなくなっちゃったんだそうです。それで愛子先生が私にも探してみて欲しいって」
「そうなの? それじゃ車のほうが広い範囲を探せるわね。待ってて」
エプロン姿のまま上着を羽織る志織さん。
後ろで束ねた髪が凛々しく見える。
「すみません。お願いします」
私はエプロンをはずし、着替えもそこそこに志織さんの車に乗る。
まずは昨日彼女に会った雑木林に行ってみよう。
もしかしたらいるかもしれない気がするの。
私は志織さんに雑木林に向かってもらうようにお願いした。

                     ******

暗闇を切り裂くヘッドライト。
黒々とした樹木が不気味この上ない。
そんな中、私は池住さんがいないかと目を凝らしていた。
「普通もし誰かに襲われていたりしたら、病院とかどこかに保護されていたいと思うわよね・・・」
志織さんも池住さんがなぜ抜け出したのかわからないみたい。
もしかしたら治療費を心配したりしたのかもしれないけど、愛子先生なら相談にだって乗ってくれるだろうし、せめて一言ぐらい言ってくれればいいのにと思う。

それは突然だった。
ダンッと音がして、人影が突然道路に転がってきたのだ。
「ひあっ」
思わず急ブレーキを踏む志織さん。
たぶん寸前で止まったとは思うんだけど、あまりのことに私も志織さんも車の外に飛び出した。

「大丈夫ですか・・・えっ?」
車の前に転がった人影に声をかけた志織さんが凍りつく。
私もヘッドライトに照らされたその人影を見て息を飲んだ。
「な、なんなの、これ・・・」
志織さんの声が震える。
私たちの目の前でゆっくり立ち上がるその人影は、ヘッドライトに照らされているにもかかわらず真っ黒な姿をしていたのだ。

「危ない!! 逃げて!!」
突然声がする。
私がその声が誰のものか確かめる前に、立ち上がった黒い人影が私たちの方を向いた。
それは不気味な姿。
女の人が真っ黒な躰にぴったりしたゴム状の服を身にまとったような姿。
腰はくびれ、お尻のところはややふくらみ、そして形のよい胸が二つの双丘を成している。
たぶんとてもスタイルのいい女性なんだろうけど、そのゴムスーツを着たような姿は異様だった。
しかも顔全体までゴム状のマスクで覆われていて、目も鼻も口もない。
ううん、鼻の盛り上がりや眼窩のくぼみなど顔らしくは見えるんだけど、全てがマスクで覆われているのだ。
どうやって外を見ているのかわからない。
そしてその黒い女性は、自分の乳房を持ち上げるように手を添えた。

「キャッ!」
いきなり志織さんが突き飛ばされる。
それとほぼ同時に黒い女の胸から液体が飛び出し、志織さんのいた場所を通って車に降りかかった。
「ヒッ!」
私は息を飲んだ。
液体のかかったところの車のボディがみるみる溶けていく。
な、何なのこれは?
志織さんは大丈夫なの?
私はあまりのことに口元を押さえながら志織さんの突き飛ばされたほうに眼をやった。

「あ・・・」
志織さんの前に一人の少女が立っている。
しかもそれは私たちが探していた相手。
「池住さん・・・」
私は思わず彼女の名を呼んでいた。
「何でこんなところに来たの! 早く逃げなさい!」
池住さんは志織さんをかばうようにして立ち、黒い女たちに身構えている。
気が付かなかったけど、黒い女たちは三人もいる。
いずれもスタイルがいい女性の姿をしているけど、目も鼻も口もない真っ黒なゴム状のマスクに覆われていて、誰が誰なのかさっぱりわからない。

「に、逃げろって・・・私たちはあなたを探しに・・・愛子先生のところを抜け出したって言うから・・・」
私はひざががくがく震えるのを感じながらも、何とかそう言った。
いったいこれは何なの?
ここで何が起こっているの?
池住さんとこの黒い女の人は何か関係があるの?
私にはさっぱりわからない。

「仕方ないでしょ。痕跡を残してしまったらしかったから、あのままあの病院にいるわけにはいかなかったのよ。そんなことより早く逃げなさい!」
池住さんは、背後の志織さんが立ち上がるのを待っている。
志織さんは黒い女の人に車を溶かされたのと突き飛ばされたのがショックなのか、ようやく立ち上がるところだった。
「志織さん、こっちへ」
半分溶かされた車の陰から私は志織さんを呼ぶ。
志織さんはそれに気が付いたのか、私のほうへと向かい始めた。

「あ、危ない!!」
私は思わず叫んでしまう。
志織さんが歩き始めたのに気を取られたのか、池住さんの目が志織さんを向いたとき、黒い女たちがいっせいに胸を持ち上げる。
液体が池住さん目がけて放たれ、それに気が付いた彼女はかわそうとしたものの、間に合わずに液体をかぶってしまったのだ。

「キャーッ!!」
「いやあっ!!」
私も志織さんも悲鳴を上げる。
車を溶かしてしまう液体をかぶったら、無事ですむはずがない。
ジュワッという音がして、鼻を突くような刺激臭が漂ってくる。
「池住さん・・・」
あまりのことに立ち尽くす私の横で、志織さんは車のトランクを開けていた。
「雪美ちゃん、これ!!」
志織さんはトランクからウィンドウォッシャーを取り出すと、そのポリ容器を手渡してくる。
「えっ?」
「早く中和するの!! 水がないからせめてそれで!!」
そういう志織さんももう一個のポリ容器を持っていた。
「は、はい」
私はポリ容器のふたを開け、倒れている池住さんに駆け寄ろうと走り出した。

愛子先生から渡されたのだろう赤いジャージを着ていた池住さん。
その赤いジャージは見る影もなくドロドロに溶けている。
池住さん自体がどうなっているのかは想像も付かない。
でも、このウィンドウォッシャーをかければ、少しでも中和されて助かるかもしれない。
私は必死で池住さんに向かっていこうとした。
でも、私の足は止まってしまった。

「あ・・・あああ・・・」
私の前に立ちはだかる三人の黒い女たち。
ポリ容器を抱えたまま私は恐怖に立ち尽くす。
志織さんも私の背後で同じように動けなくなっていた。
「あ、あなたたちはいったい・・・」
「キキー・・・ワタシタチノスガタヲミタモノハ、イカシテハオカナイワ」
「キキー・・・オマエタチモシヌノヨ」
黒い女たちの抑揚のない声が響く。
そして、彼女たちはゆっくりと二つの胸を持ち上げた。
  1. 2009/05/04(月) 22:14:15|
  2. ローカストの最期
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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