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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

鬼母、鬼姉、そして・・・

今日は2月3日の節分ですねー。
ということで、久しぶりに超短編SSを一本書きました。
ネット復活記念としてはたいしたものじゃないですけど、楽しんでいただければ幸いです。


鬼母、鬼姉、そして・・・


「ただいまぁ」
玄関で声が聞こえる。
父さんが帰ってきたな。
今日は結構早いんだな。
ぼくはスマホでゲームをやりながら、リビングに入ってきた父さんに目をやった。

「お帰りなさい。今日は早かったのね」
台所から母さんが出てくる。
「ああ、このところ仕事も少ないからな。そういえば今日は節分なんだな。駅で豆を売るコーナーがあったよ」
「そうよ。うふふ、ちゃんと恵方巻き買ってあるわよ」
母さんが笑顔を浮かべてる。
そうか。
それで今日は夕食の支度をしている様子がなかったんだ。
「お、いいね。それじゃ風呂入ったら一杯やりながらつまむとするかな? どうせもう豆まきなどはせんだろう?」
「でしょうね。詩織(しおり)も智樹(ともき)ももういい大人だし、やらないでしょ?」
父さんと母さんがぼくと姉ちゃんのほうを見る。
当然豆まきなんてやる気はない。
ぼくは首を振ったし、姉ちゃんはパスというだけでスマホから顔を上げようともしなかった。
「ハハ・・・子供のころは喜んで豆を撒いていたものだがなぁ」
「うふふ・・・仕方ないわよ。いつまでも子供じゃないから」
ちょっと寂しそうにする父さんと母さん。
やれやれ。
いつまでも仲がいい感じで結構だけど、見ているこっちが恥ずかしくなるよ。
ぼくはスマホのゲームに目を移した。

「お、うまそうだ」
テーブルに並べられる恵方巻き。
美味しそうな海鮮太巻きが四本だ。
「楽でいいわぁ。切らなくてもいいしね。恵方巻き様様よ」
母さんが笑いながらそういう。
まあ、たまには主婦が楽する日があってもいいよね。
「あー、お腹空いたぁ」
姉ちゃんもスマホを置いてテーブルに着く。
ぼくもゲームをやめてテーブルに向かう。
珍しく四人そろっての夕食だね。
父さんは早速冷蔵庫からビールを出して注いでいる。
サラリーマンの楽しみだそうだけど、この程度の楽しみってのはいやだなぁ。
ぼくも就職したらそうなるのかなぁ・・・

「?」
なんだ?
今玄関ですごい音がしたな?
ぼくが玄関のほうを見ると同時に、みんなも一斉に玄関を見る。
ぼくが何が起こったのか確かめようと腰を浮かせた時、リビングにそいつらは入ってきた。
「うわっ!」
「な、なんだお前ら!」
思わず声が出る。
リビングに入ってきたのは、まさしく鬼だったのだ。

「グフフフフフ・・・思ったとおりだ。この家は豆撒きをやっていない」
「ギヒヒヒヒヒ・・・小さい子供がいない家は豆撒きをやらないというのは本当だったな」
「しかもだ。なかなかいい女も二人もいやがるぜ」
筋肉質の大柄な体格をした三人の男たち。
そのいずれもが額から一本、もしくは二本の角を生やしている。
躰は赤や青の色をしており、腰には虎縞のパンツを穿いているのだ。
どこからどう見ても鬼だ。
まるで子供の絵本から抜け出てきたような鬼たちに、ぼくはあっけに取られるだけだった。

「な、なんだお前たち! 出て行け! 出て行かないと警察を呼ぶぞ!」
少し震える声で父さんが鬼たちに出て行くように言う。
だめだ・・・
そんなんじゃ、こいつらは出て行かないよ・・・
ぼくはそう思ってしまう。
こいつらはコスプレなんかじゃない。
本物だ。
本物の鬼がなぜか突然現れたんだ。
ぼくはそう感じていた。
だって、こいつらには人間なんかはるかに超えるようなとてつもない威圧感があったのだ。

「グフフフフフ・・・何か言ったか?」
「で、出て行かないと警察を・・・グハッ」
「と、父さん!」
精一杯鬼を出て行かせようとした父さんを、赤鬼が殴り飛ばす。
「きゃーっ!」
「あ、あなた!」
姉ちゃんが悲鳴を上げ、母さんが殴り飛ばされた父さんのところに駆け寄る。
くそっ!
よくもよくも・・・
でも、だめだ・・・
足が動かない。
父さんや母さんを何とかして守りたいのに、恐怖でまったく躰が動かない。
ど、どうしたらいいんだ・・・

「ギヒヒヒヒヒ・・・お前はこっちだ」
「あ、いやっ! 何を!」
父さんのそばに駆け寄った母さんを、青鬼の腕がつかみ寄せる。
「お前もだ」
「いやぁっ! 離して!」
「ね、姉ちゃん!」
壁際で震えていた姉ちゃんも、緑色の鬼がグフグフ笑いながら近づいてつかみ寄せてしまう。
くそっ!
足よ動け!
動いてくれ・・・
情けないことにぼくの足はガタガタ震え、まるで床に張り付いてしまったかのようだ。
父さんは殴られたせいか床でぐったりしているし、母さんと姉ちゃんは鬼に腕をつかまれて動けない。
「か、母さんと姉ちゃんを放せ!」
ぼくは必死にそう叫ぶ。
「グフフフフフ・・・ガキはおとなしくしていろ!」
赤鬼がぎろりとぼくをにらんでくる。
それだけでもうぼくは何も声が出せなくなってしまった。
立っているのが精一杯だ。
母さん・・・姉ちゃん・・・

「ギヒヒヒヒヒ・・・こいつはなかなかいい女だぜ」
「ゲヘヘヘヘへ・・・こっちの若いのもなかなかだぜ」
「いやぁっ! 助けてぇ!」
「離してぇ!」
必死にもがく母さんの首をべろりと舌で舐める青鬼。
緑の鬼も姉ちゃんの頬を舐めている。
「グフフフフフ・・・俺たちには女が少ないからな。こいつらをいただくとしよう」
「そうだな、ギヒヒヒヒヒ・・・」
三人の鬼たちがいやらしい笑みを浮かべている。
「な・・・なにを・・・」
ぼくはかろうじてそれだけを口にする。
「ガキはおとなしくしろと言ったろう!」
「ひっ!」
ぼくの全身を恐怖が走る。
だめだ・・・とても逆らえない・・・
誰か・・・
誰か助けて・・・

「グフフフフフ・・・まずはお前だ」
「い、いやっ! 何をするの?」
青鬼に腕をつかまれて身動きできなくされている母さんに赤鬼が近づいていく。
赤鬼は穿いている虎縞のパンツの中から何かを取り出すと、それを母さんの額に突き立てた。
「ひぃっ!」
それは彼らと同じ鬼の角だった。
母さんは額に鬼の角を付けられてしまったのだ。
「か、母さん!」
「ひぃっ! な、何これ? いやぁっ! 頭に・・・頭に何かがぁっ!」
「グフフフフフ・・・お前はメスの鬼になるのだ」
なんだって?
母さんが鬼に?
メスの鬼になってしまうというのか?
「ああ・・・いやぁ・・・アガッ・・・アガガガ・・・」
母さんの目が赤く染まっていく。
筋肉が盛り上がり、着ている服が内側から破れていく。
「アガガ・・・い、いやぁ・・・アグゥ・・・」
めきめきと音を立てて母さんの耳が尖っていき、口からは牙が生えてくる。
「そ、そんな・・・か、母さん」
「う、うそでしょ・・・」
緑の鬼に腕をつかまれている姉ちゃんもあまりのことに声が出ないようだ。
母さんの胸は大きくなり、指には尖った爪が伸びてくる。
肌の色は青くなり、母さんを捕まえている青鬼の肌の色とほとんど同じになっていく。
「ギヒヒヒヒヒ・・・どうやら青鬼になるようだな。うれしいぜ」
「ちっ、まあいいさ。メス鬼はみんなのものだぜ」
「ギヒヒヒヒヒ・・・わかっているって」
鬼たちがニヤニヤと母さんが変わっていくのを楽しんでいる。
母さん・・・
母さんが鬼になってしまうなんて・・・

「ア・・・グゥ・・・」
ぐったりとなる母さん。
着ているものはぼろぼろとなって腰の周りに巻きついているだけになり、その躰は青く額からは一本の角が伸びている。
「ブフ・・・ブフフフフフ・・・」
不気味な笑い声を出して母さんが顔を上げる。
「うわぁ」
「きゃーっ!」
ぼくも姉ちゃんも思わず悲鳴を上げる。
母さんはにたぁっと牙の生えた口をゆがめて笑みを浮かべ、真っ赤な眼をらんらんと輝かせていたのだ。
「グァァァァァァァァッ! なんだか力がみなぎってくるわぁ! 気持ちいいぃ!」
「グフフフフフフ・・・メス鬼になった気分はどうだ?」
「最高! 最高よぉ! ブフフフフフ・・・鬼は最高だわぁ」
べろりと舌なめずりをする母さん。
いや、メスの青鬼だ。
母さんはもうメスの青鬼になってしまったんだ・・・

「ゲヘヘヘヘへ・・・こっちも早く頼むぜ」
姉ちゃんを押さえつけている緑の鬼が催促する。
「おう、待ってな」
赤鬼は再びパンツの中から角を取り出す。
今度は母さんのより小さめだが、二本だ。
「いやっ! いやぁっ! いやぁぁぁぁぁ!」
「ね・・・姉ちゃん・・・」
ぼくにはもうどうしようもない。
ただ見ているしかない・・・
「きゃーーー!」
姉ちゃんの額に二本の角が突き立てられた・・・

                   ******

「ブフフフフフ・・・」
「ヒヒャヒャヒャヒャヒャ・・・」
ぼくの目の前で繰り広げられる惨劇。
さっきまで母さんだったメスの青鬼と、姉ちゃんだったメスの黄色の鬼が、父さんの死体を貪り食っているのだ。
それもとても美味しそうに。
「ブフフフフフ・・・美味しいわぁ」
「ヒヒャヒャヒャヒャヒャ・・・ホント、恵方巻きなんかよりずっと美味しいわ。どうして今まで人間の肉を食べなかったのかしら」
くちゃくちゃと音を立てて肉を租借する姉ちゃん。
母さんも父さんの腕にかぶりついている。
「ギヒヒヒヒヒ・・・そろそろいいだろう?」
青鬼がじれったそうに声を掛ける。
「ブフフフフフ・・・わかってますわぁ。腹ごしらえがすんだら気持ちいいことしましょ。ブフフフフフ・・・」
べろりと舌なめずりをする母さんだったメス青鬼。
その真っ赤な眼は欲望に潤んでいる。
「ヒヒャヒャヒャヒャヒャ・・・アタシもアタシもー。ふっといおチンポほしいわぁ。ヒヒャヒャヒャヒャヒャ・・・」
黄色鬼になってしまった姉ちゃんも爪で歯をほじりながら緑鬼のほうを見ている。
「ゲヘヘヘヘへ・・・楽しもうぜぇ」
黄色鬼の腰に手を回し、緑鬼も舌なめずりをする。

「グフフフフフ・・・あの二人はもう完全なメスの鬼になったのさ。これから俺たちはあのメスたちとたっぷり楽しむつもりだ。お前はどうする? 鬼になりたいのなら、この角を付けてやってもいいんだぜ」
ぼくの肩をぽんと叩く赤鬼。
ぼくは・・・
ぼくは・・・
ぼくは・・・

                   ******

「ゲヒヒヒヒヒ・・・君の母さんもすっかりメスの鬼になったようだね」
ぼくは角を付けられてメスの緑鬼になった女を彼女に見せ付ける。
彼女はぼくのクラスメートだ。
クラスの中でもかわいくてぼくは前から気になっていた。
だから角を付けてぼくのメスにしちゃうのだ。
「そんな・・・お母さん・・・どうして? 高谷(たかや)君ひどいよ」
ぼくに腕をつかまれて身動きができなくなっている彼女。
名前はなんていったっけ?
もう思い出せないけどどうでもいいや。
鬼になれば名前なんて必要なくなるんだから。
「ゲヒヒヒヒヒ・・・君も鬼になるんだよ」
「いやっ! いやぁっ!」
ぼくは彼女の頬をべろりと舐める。
かわいいなぁ。
この娘が鬼になったらもっとかわいくなるに違いない。
ぼくはパンツの中から赤鬼にもらった角を取り出すと、彼女の額に無理やりねじ込んだ。

エンド
  1. 2017/02/03(金) 19:11:42|
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四月馬鹿の連鎖

きょうから四月です。
四月となればあの方が・・・
と言うことで今年もお楽しみいただければと思います。


四月馬鹿の連鎖

「うーん・・・」
私は伸びをして朝の空気を胸いっぱいに吸い込む。
「はあー」
そして吸い込んだ空気をゆっくりと吐く。
気持ちいい。
今日から四月。
桜も咲いて朝の空気もやわらかく感じる。
もう少ししたら新学期も始まるし、今年から一年生の担当だわ。
いろいろと大変だとは思うけど、きっとかわいいだろうなぁ・・・

さてさてこうしちゃいられない。
学校は春休み中とはいえ、教師はいろいろと忙しい。
早く学校へ行かなくては。
今年もまた一年が始まるわ。
私は暖かな春の風を感じながら、学校と言う職場へと歩き出すのだった。

                   ******

「おはようございます」
職員室のドアを開けて中へ入る。
「おはよう」
「おはよう」
すでに出勤していた教頭先生と白川先生が挨拶を返してくれる。
まだ朝早いせいで、ほかの先生たちは来ていないみたい。
ちょっと早く来すぎたかしら。

「富村(とみむら)先生」
私が自分の席に着くと、教頭先生が呼んでくる。
「あ、はい」
私は席から立ち上がると、教頭先生のところへ行く。
「なんでしょう?」
「校長が富村先生が来たら呼んでくれと。何か用事があるようですよ」
「は、はい・・・」
校長先生が私を呼んでいる?
いったい何かしら・・・
私はすぐに校長室へと向かった。

「富村です」
『お入りなさい』
校長室のドアをノックすると、すぐに中から返事がある。
私はドアを開けて中に入り、校長先生に一礼した。
「おはようございます。お呼びとお聞きしましたので」
「富村先生」
「は、はい」
私の言葉をさえぎるように校長が私の名を呼ぶ。
いつになく厳しい表情が私を見据えている。
いったいどういうこと?

「富村先生、あなた、生徒のご両親から訴えられましたわよ」
校長先生がとんでもないことを言ってきた。
「え? 私がですか?」
私は思わず聞き返す。
いったい何のことなのか・・・
「訴え? 本当ですか?」
苦情ぐらいは何度か受けたことはあるけど、訴えるなんてそんな・・・
「ここに裁判所からの書状があります」
そういって机の上に封書を置く校長先生。
普段はやさしい母親のようだと評判の校長先生が、なんだかまったく見知らぬ人のような感じがする。
「何か心当たりは?」
「い、いいえ」
私はぶんぶんと首を振った。
先日卒業生を送ったばかりだけど、問題のある子はいなかったし、何もトラブルはなかったはず。
心当たりなんていわれても・・・

「あ、あの・・・校長先生」
「なんですか?」
「し、失礼ですけど・・・エイプリルフール・・・なんてことは・・・?」
私は恐る恐る聞いてみる。
今日は四月一日だもの。
きっとエイプリルフールに違いないわ・・・
だって・・・
まるっきり心当たりなんて・・・

「富村先生・・・」
校長がそういって私をにらみつけてくる。
無言でふざけるなと言っているのだ。
そんなこと言われても・・・
「本当に心当たりはないのですか? 本当に?」
私は必死になって考える。
訴えられるようなトラブルがあっただろうか・・・
もしかして忘れ物を何度も注意したこと?
それとも、誰かに対するいじめを見逃していた?
それとも・・・
それとも・・・
思い返せばすべてが怪しく感じてしまう。
もしかしたら西岡君と上本君のじゃれあいはいじめだったのかもしれない。
梅野さんと岡崎さんも言い争いをしていたし、高山君と横田さんを先日のテストで褒めたのはえこひいきに思われたかもしれないわ。
ああ・・・
考えれば考えるほどどれもが心当たりのようで、どれもが違うような・・・
一体私の何が悪かったの?

「あの・・・校長先生、私はいったい何を訴えられたのでしょう?」
「本当に心当たりはないのね?」
「はい」
私はこくんとうなずく。
本当に心当たりなどないのだ。
「そう・・・それはよかったわ」
校長は突然にっこり微笑むと、机の上の封書を手に取り、真っ二つに引き裂いた。
「えっ? 校長先生何を! それは裁判所からの書状では?」
私は思わず近寄っていく。

「うふ・・・うふふふ・・・うふふふふ・・・」
校長先生がニヤニヤと笑っている。
いつもとは違うなんだか不気味な笑み。
なんなの?
いったい校長先生はどうしちゃったの?

「おほほほほ・・・だまされたでしょう?」
「えっ?」
「最初は信じてなかったでしょ? でも、途中からもしかしたらと思い始めた。そして、この封筒が裁判所からの書状と信じ込んだ。違うかしら?」
た、確かにそれはそうだけど・・・
校長先生がそう言ったんだもの、信じてしまうに決まっている。
「おほほほほ・・・訴えそのものは半信半疑でも、この封書が裁判所からのものということは信じた。あなたは信じてしまったわ。おほほほほほ・・・」
「えっ?」
笑い続ける校長先生の姿が奇妙にゆがんでくる。
何?
何なの?
校長先生の頭からはずんずんと大きなねじくれた角が伸び、顔は細長く伸びて馬のようになっていく。
ええ?
「こ、校長先生?」
「おほほほほ・・・これがアタシの正体なのよぉ。アタシは去年四月馬鹿(しがつうましか)様にだまされ、雌の馬鹿(うましか)にされてしまったのぉ」
校長先生の手はひづめのようになり、黒髪も茶色のたてがみのように変化する。
まさに馬と鹿が掛け合わさったような生き物だ。
「ひぃぃぃ!」
私は目の前で校長先生が化け物に変化していくのを見て悲鳴を上げる。
でも、なぜか逃げ出したいのに足が動かない。
恐怖ですくんでしまったというよりも、なぜか足を動かせなくなっているのだ。
ど、どうして?
私は自分の足元を見る。
「えっ? ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
私は先ほどよりもさらに大きな悲鳴を上げていた。
私の足が、私の足が何か奇妙なひづめのように変わっていくのだ。
ど、どうして?
どうして私まで?
変わっていくのは足だけじゃない。
悲鳴を上げとっさに口元に当てた両手もひづめのように変わっていく。
いったいどうして?

「おほほほほ・・・あなたも馬鹿になるのよ。アタシにだまされたことであなたも雌の馬鹿になるの。おほほほほ・・・」
鹿の角が生えた馬の顔をした校長先生が笑っている。
そんな・・・
私も校長先生のようになってしまうというの?
そんなのいやぁ!

頭を押さえて首を振る私だったが、その両手にずんずんと当たってくるものがある。
え?
ま、まさか・・・
私にも角が?
「いやぁっ! いやぁっ!」
私は必死に伸びてくる角を押さえ込もうとするが、ひづめのようになった手ではうまく押さえ込めない。
そうしている間にも、角はどんどんと伸びていく。
「おほほほほ・・・無駄よ。あなたはもう馬鹿になるしかないの。安心なさい。変化が進めば、気にならなくなるわ。むしろ馬鹿になれたことを喜びに感じるようになるわよぉ」
腕組みをして私の変化を眺めている校長先生。
その姿はすっかり雌の馬鹿と化していた。

「ああ・・・いやぁ・・・助けて・・・」
私の顔がじょじょに長く馬面になっていく。
手や足に茶色い毛が生え、全身へと広がっていく。
「ああ・・・あああ・・・」
私は絶望に打ちひしがれる。
もう私は人間じゃなくなってしまうんだわ・・・
このまま私は馬鹿になって、四月馬鹿様の命令で人間どもをたぶらかしていくのね・・・
なんてことなの・・・
あら?
でも・・・なんだかそれって・・・
楽しそうじゃない?

私は思わず笑みを浮かべる。
歯がむき出しになり、思わずいななきたくなるぐらい。
アタシは何を恐れていたのだろう・・・
馬鹿であることはとても楽しいことなのに・・・
バカな人間たちをだまし、自分たち人間がいかにおろかな存在であるか見せ付けてやるの。
なんて楽しいことかしら。
早く人間たちをだましてみたいわぁ・・・

「おほほほほ・・・どうやらあなたも身も心も馬鹿に変化したみたいね?」
「はい。おかげさまでアタシも雌の馬鹿に生まれ変わることができましたわぁ」
アタシは生まれ変わった自分の姿を先輩に見てもらう。
「おほほほほ・・・やったわぁ。これでアタシも四月馬鹿様のように仲間を増やせるのね」
先輩が喜んでいるわ。
なんだかアタシもうれしくなるわね。

「ほう・・・去年は仲間を増やさなかったのか?」
「え? 四月馬鹿様・・・」
先輩が驚いた顔をしている。
私も思わず振り向くと、いつのまに入ってきたのか、立派な体格の雄の馬鹿が立っていた。
「四月馬鹿様・・・」
アタシにもすぐにわかる。
このお方こそが私たち馬鹿の王である四月馬鹿様なんだわ。
アタシはすぐにひざまずいた。
「は、はい・・・去年はタイミングが悪く、アタシが馬鹿になってすぐに日付が変わってしまったもので・・・」
先輩も偉大な王にひざまずき、うつむいて返事をしている。
「ククククク・・・そうか。それはめでたいな。お前もこれで立派な馬鹿だ」
「ありがとうございます、四月馬鹿様」
かつて校長先生だった先輩馬鹿がお声をかけてもらっている。
アタシも早くお声をかけてもらえるようになりたいな。

「ククククク・・・お前も今日一日で仲間を増やすがいい」
え?
四月馬鹿様がアタシにもお声を掛けてくださったの?
うれしい。
「はい、四月馬鹿様。がんばります」
アタシは心をこめて返事をする。
そうよ。
今日一日はまだ始まったばかり。
子供たちにたっぷりとうそを教え込み、馬鹿をいっぱい増やしてみせますわぁ。
アタシは胸を弾ませながら、四月馬鹿様に誓うのだった。

END
  1. 2016/04/01(金) 21:01:12|
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遠吠え (後)

昨日に引き続きまして10年記念&400万ヒット記念オリジナルSS「遠吠え」の後編をお送りします。

お楽しみいただけましたら幸いです。

それではどうぞ。


「ん?」
一歩その家の中に入って感じたのは、においだった。
農場だから家畜を飼っているのは当たり前かもしれないが、なんというか獣臭いにおいを感じたのだ。
見るとディブも感じているらしく、鼻に手をやっている。
強烈なものではなく、微かといってもいいぐらいなのだが、なんとも獣臭かったのだ。
「エランドさん。いるなら出てきなさい。保安官だ」
ディブが奥に向かって声をかける。
玄関から奥に向かっていくと、リビングがあった。
小奇麗で片付いてはいるものの、さっきよりも獣臭さが強く感じる。
大型犬でも室内で飼っているのか?

「いったいなんですか? いきなり」
部屋の奥の扉が開き、男が一人現れる。
やつだ。
夕べ妻をさらっていった男だ。
「失礼、郡保安官だ。トニー・エランドだな? 聞きたいことがあったので入らせてもらった」
ディブがライフルを肩に担ぐ。
「ああ、こんにちは保安官。今日はいったい何の用です?」
ふてぶてしくも落ち着いた表情の男。
こいつ、保安官といっしょに俺がいるのに、なんとも思わないのか?
「彼を知っているだろう? 町の雑貨商のオスカーだ」
「ああ・・・知ってる。何回か買い物をした。もっとも、あんたに言われてからは行ってないがね」
チラッとこっちに一瞥をくれる男。
歳は俺とそう変わらない若さのようだが、体格はがっしりしている。
だが、雰囲気は優男そうに感じないこともない。

「それで、どうも彼が言うには、君が・・・」
『アオーーーーン』
な、何だ?
犬の遠吠え?
やはりここは犬を飼っているのか?
「今のは?」
ディブも驚いてきょろきょろしている。
それにしても大きな吠え声だ。
「ふふふ・・・新たな仲間が興奮して吠えたようで」
男はニヤニヤしながら奥に通じる扉のほうを見る。
「そ、そうなのか・・・それで」
「あら、あなた・・・来てたの?」
ディブが話を続けようとしたとき、奥から現れたのはサリーナだった。
「サリーナ・・・お前・・・無事で・・・」
俺は妻の無事を喜ぼうとしたが、何かが変に感じる。
どうにも目の前の妻に違和感を感じて仕方がなかったのだ。
いったいどうしたというのだ?
着ているのはブラウスとジーンズという姿だし、どこも変わったところなどないはずなのに・・・

「サリーナ、旦那さんが迎えに来たようだよ」
何?
こいつは今妻のことを名前で呼んだのか?
「うふふふ・・・そうみたいですわね」
なんだかねっとりした視線を俺に向け、ぺろりと唇をなめるサリーナ。
そのしぐさは妙にエロティックでいやらしい。
「サリーナさん、無事でよかった。彼に連れ去られたというので心配で来てみたところだ。ご主人もいるし帰りましょう」
ディブが手を差し伸べる。
だが、サリーナは驚いたことに、やつの元へ行き、その躰にしなだれかかったのだ。
「うふふ・・・ありがとうラウエルさん。でも私はもう戻るつもりはないの。あなたもわかって頂戴。私はもう彼のメスになったのよ」
「な?」
俺は耳を疑った。
サリーナは今何を言ったのだ?
なぜサリーナはあの男に恋人のように寄り添っているのだ?
いったい何があったのだ?

「ねえ、トニー。私、生まれ変わったばかりでお腹が空いたわ。肉が食べたい」
先ほどよりもいっそう舌を出して唇を舐めるサリーナ。
何だ?
彼女は以前の彼女じゃない。
いったい・・・
「ふふふ・・・それならちょうど目の前にいるじゃないか」
「ああん・・・でも、彼を食べるのはまだ気がすすまないわぁ。それにイザベラさんが狙っているみたいだし」
「そうなのか? それじゃ、そっちのほうにするか」
二人の視線がディブに向く。
いったい・・・
二人はいったい何を言っているんだ?
俺は躰が震えていることに気がついた。
何だ?
こいつらはいったい何なんだ?

妖艶な笑みを浮かべているサリーナ。
普段の・・・今までのサリーナでは絶対に浮かべないような笑みだ。
美しさを通り過ぎ、不気味ささえ感じさせる笑みだ。
「うふふふ・・・ねえ、ラウエルさん・・・あなたとても魅力的ね。おいしそうだわぁ」
ゆっくりとディブに近づくサリーナ。
いったい何をするつもりだ?
俺は恐怖を感じる。
なぜだ?
なぜ俺は妻に恐怖を感じなくてはならないんだ?

「奥さん、いったい?」
ディブも戸惑っている。
いつも笑顔でおいしいドーナツを作ってくれた女性だ。
その彼女が妙な笑みを浮かべて近づいてくる。
戸惑うのが当たり前だ。
「うふふ・・・いただきます」
ディブの首に両手を回すサリーナ。
まさかキスでもするつもりなのか?
だが俺のそんな考えは一瞬で裏切られた。

「ギャッ!」
小さな悲鳴とともに、血しぶきが上がる。
「うわぁーーーーーーー!」
気がつくと俺も悲鳴を上げていた。
妻が、サリーナがディブの首筋に噛み付いたのだ。
そして肉をえぐるように噛み千切り、むしゃむしゃと食っているではないか。
「うわぁーーーーーーー!」
悲鳴が止まらない。
口から血を滴らせた妻が俺に笑みを向けたのだ。
その瞬間俺は入り口に向かって駆け出していた。
違う!
違う違う!
あれは俺の妻じゃない!
何か別の存在だ!
俺の妻はあんなことはするはずがない!

あと少しで玄関だというところで、目の前に人影が現れる。
いや、人じゃない!
犬?
いや、狼だ?
巨大な人ほどの大きさのある狼が玄関先にいて、俺をにらんでいるのだ。
何なんだ?
いったいなんでこんなところに狼なんかがいるんだ?
俺は追い払おうと拳銃を抜く。
威嚇して追い払うつもりだった。
だが、だめだった。
拳銃を抜いたとたん、狼は一直線に俺に飛びかかってきたのだ。
俺は拳銃を発射したが、狼は俺に体当たりをかけて押し倒す。
床に倒れた衝撃で俺は頭を打ち、そのまま意識を失った。

                   ******

ん・・・んちゅ・・・ぴちゃ・・・ちゅぷ・・・
何の音だ?
俺はゆっくりと目を覚ます。
あたたた・・・
頭が痛い。
そうだ・・・
俺は狼に押し倒され、頭を床に・・・
俺ははっとした。
ここは?
俺はいったい?

「う・・・」
目を覚ますと、そこは薄暗い部屋だった。
見ると俺はイスに座らされ、両手を後ろ手に縛られている。
しかも下半身はむき出しにされ、股間のものを一人の女性が舐めていた。
「うわっ」
俺は驚いて思わず声を出す。
「フフ・・・目が覚めたみたいね」
上目遣いで俺を見上げる女性。
この女性はいったい?
さらに奥ではベッドをギシギシと鳴らしながら、一組の男女がセックスをしているではないか。
いったい何なんだ?

「あはぁ・・・いいわぁ・・・最高・・・最高よぉ・・・」
聞きなれた知っている声が聞こえてくる。
そんな・・・
ベッドの上で男にまたがって腰を振っているのは、紛れもなく妻だ。
いやらしい姿で腰を振り、いやらしい声で男に媚びている。
そんな妻を見る羽目になるなんて・・・
「あはぁ・・・あなたぁ、目が覚めたのね? 見てぇ・・・私・・・彼のメスになっちゃったのぉ」
口元に指を当て、潤んだ目で俺を見るサリーナ。
その間も腰の動きは止まらない。
「気持ちいいのぉ・・・獣のセックスは最高なのぉ・・・はぁん」
「ふふふふふ・・・どうだ? 彼に生まれ変わった姿を見せてやったら」
男がサリーナを下から突き上げる。
そのたびにベッドがギシギシと揺れている。
「ええ、そうしますわぁ・・・あなた、見てね・・・私の生まれ変わった姿。彼のメスになった姿を・・・ワオ・・・ワオーーーーーーン」
俺は目を疑った。
サリーナが・・・彼女の躰がみるみるこげ茶色の毛に覆われていき、鼻が突き出し、耳も尖って伸びていくのだ。
それはそう、まるで人間が狼になっていくような姿。
サリーナの口からは尖った牙がのぞき、両手の指からは鋭いつめが伸びていく。
「ワオーーーーン!」
誇らしげな遠吠えが彼女の口から放たれ、その姿こそが本当の姿だと訴えているようだ。
「アオーーーーン!」
彼女の下にいた男も、彼女同様に姿が狼に変わっていく。
やがて二人は、二頭の狼の姿となり、更なるセックスを楽しんでいく。

「うふふふ・・・驚いた? すっかり元気がなくなっちゃったみたいね」
さっきから俺の股間に顔をうずめていた女性が顔を上げる。
「うふふふ・・・私たちは狼人間なの。兄が彼女を気に入ったのよ。彼女はもう狼人間の仲間。兄のメスとして生まれ変わったの」
「狼・・・人間・・・」
俺は何が真実なのかもうわからない。
目の前で起こっていることは本当なのか?
妻は・・・サリーナはもう人間じゃなくなったというのか?
「うふふふ・・・彼女を取り戻しにきたのは立派よ。でももうあきらめたほうがいいわ。彼女はもう兄のメスとしての気持ちしかないの。あなたのことはもうどうでもよくなっているわ」
「そんな・・・」
「でも心配しないで。今度は私があなたのメスになってあげる。あなたのこと気に入ったわ。私といっしょになりましょう」
「えっ?」
俺が彼女が何を言ったのか理解する前に、彼女は再び俺のものを口にする。
うわ・・・
さっきまでは気づいていなかったが、なんて気持ちがいいんだ。
こんなフェラチオは今まで経験がない。
たまらない。
俺の股間はこんな状況にもかかわらず反応し、むくむくと屹立する。
「うふふ・・・これでよし」
彼女は下着を脱ぎ捨てると、イスに座る俺の上からまたがるように座ってくる。
そして俺のそそり立ったものを彼女の中へと導いた。
ああ・・・
なんてこった・・・
妻の・・・サリーナの目の前で、俺も別の女性とセックスしているではないか・・・
だがなんという快感・・・
気持ちいい・・・
なんだか力がみなぎってくる感じだ・・・
ああ・・・
世界が・・・
世界が変わっていく・・・

                   ******

「いらっしゃいませ、こんばんは。うふふふふ・・・」
店に入ってきたのがトニーだとわかると、すぐに彼女の表情がうっとりとしたものになる。
「ああん・・・トニー・・・待ってたわぁ・・・」
いそいそと彼の元へ行くと、彼に腕と片足を絡め、濃厚なキスを味わっていく。
サリーナは彼のメスだ。
いずれ彼の子を孕み、産むことになるのだろう。
少し複雑な気持ちだが、そうなってしまったものは仕方がない。
「ふふふふ、彼と浮気していたんじゃないか?」
「ああん、そんなことないに決まっているでしょ。彼はイザベラのものですもの。それに、私はもう身も心もあなたのものよ、トニー」
「そうかい? じゃあ、食事にでも行こうか。この町の郊外にはまだまだ獲物がいっぱいいる」
「狩りに行くのね。うれしいわ」
目を輝かせているサリーナ。
以前の弱弱しさは姿を潜め、野性味あふれる生気に満ちている。

「ハイ、オスカー」
トニーといっしょにやってくるイザベラ。
俺は彼女を抱き寄せると、その口にキスをする。
かわいい俺のメス狼。
猛々しさを持つその姿は彼女にふさわしい。
「私たちも食事に行きましょう」
そういって俺に腕を絡めてくるイザベラ。
失ったものもあったが得たものもあった。
そして、俺は今とても気分がいい。
外は満月。
俺たちの世界だ。
俺はイザベラとともに店の外に出ると、夜空に向かって思い切り吠え声を上げるのだった。

END
  1. 2015/07/18(土) 21:11:53|
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遠吠え (前)

今日明日で10年更新達成記念&400万ヒット記念SS第一弾ということで、短編オリジナルSSを一本投下します。

タイトルは「遠吠え」

悪堕ちという面ではちょっと物足りないかもしれませんがお楽しみいただければと思います。
あと寝取られ注意です。

それではどうぞ。


遠吠え

「あなた・・・」
妻のサリーナが青ざめた顔をして俺を呼ぶ。
店の表に止まったピックアップトラックに、俺はなぜ妻が青い顔をしているのかがすぐにわかった。
俺は妻に店の奥に行っているように言う。
妻が店の奥に入るのとほぼ同時に、ピックアップトラックから降りてきた男が店の入り口を開けて入ってきた。

「いらっしゃい」
俺は努めてにこやかに出迎える。
一応客は客だ。
うちのような小さな雑貨屋では、来てくれる客は大事にするしかない。
もっとも、こいつ一人来なくなってもかまわないと言えばかまわないんだが・・・

男はカウンターに俺しかいないのを見て舌打ちをする。
そして店の奥の部屋に通じるドアを忌々しげに見つめていた。
がっしりした体格の男で、いかにも農場での力仕事をやっているという感じの男だ。
穿き古されたジーンズと色あせたシャツがその肉体を覆っている。

「今日は何をお求めで?」
「ん・・・ああ・・・」
俺には興味がないように一瞥をくれてくるだけ。
残念だったな。
あいにくお前の目的のモノは先ほど店の奥に仕舞ったばかりだ。
お前が帰るまで再び出すつもりはないよ。

男は少しの間何かを探すふりをして店の中をうろつき、妻が出てくるのを待っている。
だが、表に新たな車が止まった音が聞こえ、それが保安官事務所のパトロールカーだとわかると、棚から適当に二つ三つ商品を持って来た。
「1ドル45セントになります」
「・・・・・・」
男は無言で金を置く。
それと同時に、店に制服姿の保安官補が入ってきた。
少し恰幅のよい赤ら顔に広いつばが全周に広がったキャンペーンハットを被っている。
「よぉ!」
「いらっしゃい、ディブ」
にこやかに俺に手を上げてくる保安官補に、俺も思わず笑顔になる。
それと入れ替わるように、男は俺が紙袋に入れた商品をひったくるようにして受け取り、さっさとドアを開けて店の外へと出て行った。
ふう・・・やれやれだ。
ディブが来てくれて助かったよ。

「助かったよ、ディブ」
「ん? なんかあったのか?」
お目当ての商品を物色しながら俺のほうを向きもしないが、ディブはちゃんと俺の言葉を聞いている。
彼はこのあたりの郡保安官事務所の保安官補であり、この村の担当だ。
いつもお昼ごろにはうちに来て、妻の手作りのドーナツを買っていってくれるのだ。
「いや、さっきの客なんだがね」
「ああ、あんまり見かけん顔だな」
「二ヶ月ほど前に村外れの農場に越してきた連中の一人らしいんだが・・・」
「ああ、あそこの。それで奴がどうかしたのか?」
商品を棚から手に取り、抱えるようにして振り向くディブ。
おいおい、お菓子ばかりじゃないか?
「実は、うちの妻に色目を使うんで困っているんだ。いやらしそうな目つきで見つめてくるらしくて、妻が怖がってしまって・・・」
まるで舌なめずりでもするような表情で見てくるらしい。
俺が仕入れなどで外出していると、いつ襲われるかと恐怖さえ感じると言うのだ。
それでここ数日は妻には奴が来たときには店に出ないようにさせているんだが・・・
「なんだって? 奥さんにか? そいつはけしからんな」
ディブの表情が険しくなる。
「ああ・・・」
「よしわかった。今度巡回に行ったときに俺がそれとなく言っておいてやろう。ところで」
ディブの目がカウンターに釘付けになっている。
「俺が楽しみにしていたドーナツが無いのも、奴のせいなのか?」
「ああ、こりゃすまない。おーい、サリーナ。ディブにドーナツを」
俺は店の奥に声をかける。
今日は午前中に客が多かったせいで、ドーナツは予定の数が出てしまったんだ。
もちろんディブの分はちゃんと妻が取っておいてあるはずだが。

「いらっしゃい、ラウエルさん。はい、ドーナツ。揚げたてよ」
店の奥から妻が湯気の立つドーナツを持ってくる。
「いやぁ奥さん、ありがとう。この店のこいつを食べないと昼を食った気がしないんでね」
ディブがにこやかにドーナツの包みを受け取る。
俺は会計を済ませると、店から出て行くディブを見送った。
彼が今回のことを気にしてくれるのであれば、何とか問題は済みそうだ。
俺は妻にそのことを言って、安心するように言ってやった。

                   ******

ディブがあの男に何か言ってくれたおかげなのか、あれから男は店に姿を見せなくなった。
売り上げ的にはほんのほんのちょっとだけ落ちたが、もとより気にするほどのことではない。
むしろあの男が来なくなったことで、妻も気が楽になったらしく、にこやかに接客をしてくれている。
ディブは毎日のようにドーナツを買いに来てくれ、妻も作る張り合いがあるらしい。
ありがたいことである。

                   ******

ん?
何だ?
俺はふと夜中に目が覚めた。
何か、物音か気配のようなものを感じたのだ。
いったい・・・

「ゴフッ!」
ベッドから躰を起こしたところいきなり頭に衝撃を受ける。
「うっ、ううっ・・・」
必死に遠くなりそうな意識を引き戻し、何事が起きたのかを確認しようとする。
「あっ、いやっ! 何を! やめてっ!」
サリーナの声だ!
くそっ、何がどうなっている?
暗くてよくわからん・・・
俺は窓のカーテンを乱暴に開く。
月明かりが煌々と差し込んできて、室内が少し明るくなる。
「あっ、お、お前は!」
見ると、隣のベッドから妻を抱えあげた男が立っていた。
しばらく店に顔を見せなかったあの男だ。
「貴様! 妻に何をする!」
俺は男に怒鳴りつける。
くそっ、後頭部がずきずきして躰が思うように動かない。
男は妻の気を失わせたのか、ぐったりとした妻を抱きかかえながら、俺のほうを見て笑みを浮かべる。
「この女、気に入った。俺のものにする」
「なんだ・・・と」
何を言ってるんだ、こいつ!
「ふざけるな! 妻を置いて出て行け! さもないと・・・」
俺はベッド脇のチェストに目をやる。
あそこには拳銃があるのだ。
拳銃さえ取り出せれば・・・

「ふっ」
男は俺に一瞥をくれると、もはや眼中にないとでも言うのか、妻を抱えたまま後ろを向く。
そのままこの部屋を出ようというのだろう。
そうはさせるか!
俺はチェストに飛びつき、拳銃を取り出そうとした。
「うがっ!」
引き出しを開けようとしたその瞬間、俺は再び背中に強烈な痛みを受ける。
「な・・・」
床に崩れ落ち、急速に意識が遠くなる中で、俺は何が起こったのかを確認する。
「兄さん、こいつ殺さなくていいの?」
「かまわん。この女を奪い返しに来ることもあるまい。行くぞ、イザベラ」
「OK」
閉ざされていく視界の中で部屋を出て行く男女。
まさかもう一人いたとは・・・
まったく気がつかなかった・・・
サリーナ・・・
すぐ・・・助けに・・・行く・・・

                   ******

「う・・・」
頭がずきずきする。
起き上がるとふらふらする。
もう朝・・・いや、昼近いじゃないか。
なんてこった。
サリーナを・・・サリーナを助けに行かなきゃ・・・
俺はふらつく脚をなだめながら、店に出る。
ちきしょう!
サリーナに手を出したら撃ち殺してやる。
と、いかんいかん。
拳銃を忘れるところだった。
俺は部屋に戻ると、チェストから拳銃を取り出し、予備の弾もポケットに入れる。
六連発の回転弾倉式拳銃なので、予備の弾はそう使うことはないだろうが、用心に越したことはない。

俺は家を出ると、車のエンジンをかける。
やつは確か郊外の農場だったな。
待ってろサリーナ。
俺は車に乗り込むとアクセルを踏む。
いつものように調子よく走り出す車。
20世紀の偉大な発明品だ。
馬なんかよりもはるかに早い。

農場に向かって車を走らせていると、向かい側から一台の車が土ぼこりを立てながら走ってくる。
ありがたい。
あれはディブのパトロールカーだ。
昼近くなったので、俺の店に来るつもりなんだ。

俺は窓から手と顔を出してディブの車を呼び止める。
ディブもすぐに気づいてくれたようで、車を止めてくれた。
「よう、オスカー。急いでいるようだがどこへ行くんだ」
「ディブ、いいところに来てくれた。大変なんだ。いっしょに来てくれ」
俺は窓から顔を出したディブに、いっしょに来てくれるように頼み込む。
妻を取り戻すのに、これ以上はない援軍だ。
あいつら、誘拐犯としてディブに突き出してやる。

「どうした? 何があったんだ?」
俺の切羽詰った表情に、ディブも気がついてくれたのか、彼の表情も真剣みを帯びる。
「あいつが、あいつが妻を連れ去ったんだ。妻があいつに連れて行かれた!」
「何? 奥さんがどうしたって?」
「農場のやつだ。あの男が昨晩俺の家に押し入って、妻を連れて行ったんだよ!」
「何だって? 本当か?」
保安官というものは何でも疑わないと気がすまないのか?
こんなときに嘘を言ってどうなるというんだ。
「嘘じゃない! 本当だ! 早くしないと妻が!」
「わかった。連れて行ったのは農場のやつで間違いないんだな?」
「間違いない。顔もしっかり見た。妹だかもいっしょにいた」
「よし、ついて来い」
ディブはパトロールカーをUターンさせると、そのまま俺の車の前を走って先導する。
ありがたい。
俺はすぐに車をディブのパトロールカーの後ろにつけて走らせた。

農場は寂れた感じで静かだった。
ディブと俺はパトロールカーと車を適当に止め、外に出る。
ディブはパトロールカーからライフルを取り出した。
俺も拳銃をズボンのベルトに刺し、ディブのあとについていく。
「まあ、まずは俺が話をして、奥さんがいるかどうか確かめる。君は落ち着いて何もするな。いいな」
ディブが俺にそういうのを、俺は素直にうなずく。
とにかく妻さえ無事なら、あとはディブに任せればいい。
誘拐だろうが住居侵入だろうが悪いようにはされないだろう。
ここのやつらも出て行くに違いない。

「エランドさん、トニー・エランドさん」
農場の一角にある住宅の入り口をたたくディブ。
「いないんですか? エランドさん」
何度かドアをノックするも返事がない。
ガレージには店に来るときに乗ってくるピックアップトラックがあるので、いるとは思うのだが・・・
「エランドさん! 保安官だ! 聞きたいことがあるんだ! いないのか?」
返答がないことにディブもだんだんといらだってきたようだ。
「くそっ」
そういってドアノブをまわすディブ。
「ん?」
すると、ドアは何の抵抗もなく開いた。
「開いている?」
思わずディブは俺のほうを向き、二人で顔を見合わせる。
「こうなったらとにかく入ってみよう。何かあったのかも知れん」
ディブはそういってドアをさらに開け、中に入る。
俺もそのあとに続き、家の中に入ることにした。

(続く)
  1. 2015/07/17(金) 21:22:38|
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四月馬鹿の勝負

今日は四月一日、エイプリルフールですね。
となりますと、またまたあの方の登場です。
今年は誰がだまされるのでしょうか?

それではどうぞ。


四月馬鹿の勝負

「それじゃ、また。来週は必ず空けておいてね」
「ええ、もちろん。あなたのご両親に会うんでしょ? 楽しみだわ」
私は精一杯の媚を売る。
「君なら大丈夫だよ。両親もきっと君を気に入ってくれるよ」
「そうだといいけど・・・」
「大丈夫さ。それじゃ」
私は別れ際に甘いキスを交わし、名残惜しそうな目で彼を見送る。
彼の乗る車が角を曲がって見えなくなったところで、私は思わず吹き出した。

「アッハハハハ・・・」
バーカ。
何が両親に会ってくれよ。
何がプロポーズよ。
あなたはただの金づる。
いろいろと貢いでくれちゃってまあ・・・
でもそろそろ見切ろうかと思っていたしいい頃合ね。
携帯のメルアドと番号を変更して連絡取れないようにしなきゃ。
それにしても男ってバカよねぇ。
ちょっとかわいこぶって甘い声で誘いをかければ、すぐに鼻の下伸ばしてだまされてくれるんだから。
親の手術?
弟の事故?
ホントこっちの嘘にすぐ引っかかっていくらでも金を出してくれるんだもの。
男をだますのって止められないわぁ。

まあ、見た目と頭の回転の良さではそう引けは取らないつもりだけど、こうも男どもがコロコロとだまされてくれると才能があるんじゃないかと思えちゃうわぁ。
詐欺師には向いているのかもね。
今の職場、そろそろ飽きたし身バレしたらヤバイしで転職するつもりだけど、職が見つからなかったら詐欺師をやるというのもいいかも。
たぶん、今の私ならあの噂に聞く四月馬鹿だってだませるんじゃないかしらね。

「ククククク・・・はたしてそうかな?」
えっ?
いきなり背後から声をかけられて私は驚いた。
足を止めて振り向くと、もう春だと言うのに黒いコートをしっかりと着込み、帽子を目深にかぶった男が立っていた。
「な、なんですか? 何か用ですか?」
私は少し驚いた。
歩いていた私の背後にいつの間にこんな近くに男が来ていたのだろう?
それに、私は考えを口にしていないはずなのに・・・

「おや? 用があるのはそちらではないのか? 四月馬鹿だってだませるんだろう?」
「あ、あれは言葉の綾で・・・って、ど、どうしてそのことを?」
「ふふふふ・・・わかるさ。なんてったって、俺がその四月馬鹿なんだからな」
男はそう言って帽子を取る。
「ひっ!」
思わず私は息を飲んだ。
だって、帽子の下からは、どう見ても動物の馬の顔とその上に生えている鹿の角が現れたのだから。
「あ・・・ああ・・・」
私は思わず後ずさる。
「ヒヒヒヒ・・・どうした? 四月馬鹿をだましてみせるんじゃなかったのか?」
「嘘・・・嘘よ・・・四月馬鹿なんて都市伝説のはず・・・実在するはずが・・・」
「おいおい、俺はまぎれもなく四月馬鹿さ。実在の妖怪だよ」
ニタァッと笑ってくる四月馬鹿。
その頭部はどう見ても作り物とは思えない。
で、でも・・・
「嘘・・・嘘よ・・・だ、だまされるもんですか。私をだまそうったってそうは行かないわ」
私は首を振って頭をはっきりさせる。
四月馬鹿なんているものですか!

「クックック・・・最初にだまそうとしたのはそちらだぜ。まあいい、今はお前をだますつもりはないよ」
「えっ?」
だますつもりはない?
どういうこと?
四月馬鹿は人をだまして仲間にしてしまうんじゃなかったかしら?
「だますつもりはないって・・・?」
「ああ、お前は人をだますのが得意そうだからな。俺がだまそうと思ってもなかなか引っかからないだろう?」
「まあ、そうね。ちょっとやそっとではだまされない自信はあるわ」
私は少しいい気分になる。
もしこの目の前のが本当の四月馬鹿なのだとしたら、褒められるのは悪くないわ。

「そこでだ」
四月馬鹿が歯をむき出す。
「ちょうど日付も変わったばかり。今日は四月一日だ。一年で一番人をだましやすく、だましづらい日でもある。そこで今晩23時までにどちらがどれだけ人をだましたか勝負しようではないか」
「勝負?」
「そうだ。人を何人だませるか数を競う。そうだな・・・相手からお金をだまし取れるぐらいだませたら成功ということにしよう」
ふーん・・・
結構面白そうじゃない。
男からお金をだまし取るのは得意だし、乗ってみてもいいかな。
「受けて立ってもいいけど、勝負に乗ったらだまされたなってのは無しよ」
「そんなことはしないさ。これでも四月馬鹿、そんな引っ掛けはたまにしかやらん」
「たまにはやるのね」
私は思わず苦笑する。
なんだかこの妖怪、嫌いじゃないわ。

                    ******

「ありがとう。このお礼は必ず・・・ううっ・・・」
「いいって、早く弟さんのところに・・・」
「ううっ・・・本当にありがとう・・・」
私はそう言って涙をぬぐいながら男の元をあとにする。
あはははは・・・
ホント男ってチョロイわぁ。
これで五人目っと。
お金も十万にはなったかしらね。

時間はもうすぐ23時。
エイプリルフールの一日をあちこち駆けずり回るなんてなにやってんだか。
でもまあ、面白かったし、結構私って人をだます才能みたいなのがあるってのを再認識できたからいいか。

「お待たせ」
私は待ち合わせ場所にやってくる。
四月馬鹿は黒いコートに帽子をかぶった姿でおとなしく待っていたみたい。
さーて、あっちは何人だましてきたのかしらね。

「ふむ。時間通りだな」
帽子の影から鋭い眼光が覗いている。
「遅刻するのは好きじゃないの」
「ふむ。いい心がけだ」
「そんなことどうでもいいわ。それよりも、そっちは何人だましてきたの?」
私は少しドキドキする。
考えてみればあっちは妖怪。
しかもだますのが仕事みたいなもの。
なんか勝負に乗っちゃったけど、失敗だったかも。

「五人だ」
四月馬鹿の言葉に私はホッとした。
五人か・・・
ならば同点だわ。
よかった・・・負けなくて。
「ふふふ・・・私も五人よ。この勝負は引き分けね」
うん、引き分けという結果は悪くないわ。

「クク・・・クククク・・・ククククク・・・」
えっ?
四月馬鹿が笑っている?
「な、何がおかしいの?」
「クックックック・・・引き分けだと? 本当にそう思っているのか?」
「えっ? どういうこと?」
引き分けじゃないの?

「よく見てみろ、お前が手にした金を」
「えっ?」
私はハンドバッグから財布を取り出してみる。
そこには今日男たちからだまし取ったお金が入っている。
ざっとみて十万ほど。
これが何か・・・
えっ?
これ・・・これって?
私は驚いた。
一万円札の中に、肖像画が馬の顔をしたものがあるのだ。
それも鹿の角が生えて・・・
これって・・・
「ひーっひっひっひ! そうさ。今日お前がだましたと思っていた男の中に俺が混じっていたのさ」
「そ、そんな・・・それって?」
「つまりお前がだましたと思った相手はだまされたふりをしていただけだったと言うわけさ。この俺様がな」
なんてこと・・・
なんて・・・

「ちょっと待って!」
私は四月馬鹿を怒鳴りつける。
「そんなの納得行かない! だまされたふりって、ふりだろうがなんだろうがお金をちゃんともらってきたじゃない。ふりだろうがなんだろうがだまして奪ったことには違いないはずよ!」
「ほう。おとなしく引き下がるかと思ったがそうきたか。じゃあ、だまされたと言うことにしてやってもよい」
えっ?
意外と簡単に引き下がる四月馬鹿。
ちょっと拍子抜けだけど、認めてくれるならいいわ。

「それじゃ五人対五人で引き分けでいいわね?」
「ひーっひっひっひっひ・・・」
再び笑い始める四月馬鹿。
今度はなんなのよ。
「お前、本当に引き分けだと思っているのか?」
「えっ?」
「あのなぁ。俺は四月馬鹿だ。人をだますのが商売の妖怪だ。なぜその俺が正しい人数を言うと思っているんだ?」
「あ・・・」
「残念だったなぁ。俺は六人だましてきていたのさ。ひーっひっひっひ」
「そ、そんな・・・」
「お前は俺の言った人数を信じた。つまりお前は俺にだまされたのさ。クックックック・・・」
「あ・・・あああ・・・そんなぁ・・・」
私の躰が変わり始める。
手がひづめに変化して行き、服が裂けて肌が茶色い毛に覆われていく。
鼻面が伸び、頭のてっぺんからは角も生えてくる。
そんなぁ・・・
私は・・・私は馬鹿になっちゃうのぉ?

「こわがることはない。お前はなかなかだますことに長けたメスだ。馬鹿のメスとなってもっともっと人間をたぶらかすがいい」
こわがることはない?
ああ・・・
おっしゃるとおりだわぁ・・・
私は何を恐れていたのかしら・・・
四月馬鹿様の手で私は馬鹿に生まれ変わるのよ。
これからはたくさん人間をだますことができるわ。
きっと楽しくてたまらないでしょう。
四月馬鹿様とともに、人間どもをたぶらかすのよ。
楽しみだわぁ・・・

私は完全に生まれ変わった躰に満足し、四月馬鹿様にひざまずく。
これからは四月馬鹿様に従い、馬鹿として生きるのよ。
なんてすばらしいのかしら。
私は興奮に思わずいななきを上げるのだった。

END
  1. 2015/04/01(水) 21:04:36|
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退魔少女の母親をかぼちゃ頭にするだけの簡単なお仕事

今日はハロウィンですね。
と言うわけでハロウィンにちなんだ(?) 超短編SSを一本投下しますー。
お楽しみいただけましたら幸いです。


退魔少女の母親をかぼちゃ頭にするだけの簡単なお仕事

「ターッ!」
少女が奇妙な杖を振り上げる。
やや「く」の字に折れ曲がった杖は少女の背丈ほどもあり、その一番上に付いている青く輝く玉から稲妻のようなものが発射される。
それは狙いたがわず少女が相対している虎のようなものに向かって伸びていき、その虎を轟音とともに燃え上がらせた。
「ウギャァァァァァ!」
少女との戦いで疲れ果てていた虎はもはやなすすべはなく、全身が燃え上がったことで止めを刺されたのか、断末魔の叫びを上げて倒れていく。
やがて虎は燃え尽き、あとにはわずかなカスのような物だけが残るだけだった。

「ふう・・・」
少女は一息つくと杖を振って変身を解く。
白を基調にしたミニスカート型コスチュームから、普通の服へと戻っていく。
バイザー付きヘルメットのようなものに覆われていた頭部も、ごく普通のあどけない少女の顔へと戻っていた。
少女は最後に持っていた杖を一振りして光の粒子に戻すと、何事もなかったかのように去っていく。
たった今までそこで死闘が繰り広げられていたなどとは、誰も夢にも思わないに違いない。

だが、その少女と虎のようなものとの戦いを見ていたものは確かにいた。
『妖虎がやられたようだな・・・』
『クククク・・・奴は我らの中では小者・・・などと言っていいものではないぞ』
『ああ・・・あの少女、ますます強くなっている・・・』
『どうする? 妖虎ですら歯が立たぬとなると、そうそう手出しはできなくなる。正面から向かっても返り討ちにされるのが落ちだ』
『ぬう・・・退魔少女、恐るべし・・・』
『むう・・・』
『ククククク・・・』
『貴様・・・何がおかしい?』
『ククククク・・・いや、なに、ちょっとしたアイディアを思いついたのだ。あの少女のことは俺に任せてくれないか?』
『ほう・・・自信がありそうだな』
『お前のその頭で何ができるというのだ?』
『まあ、待て。やらせてみようではないか』
『うむ、あの少女のことはお前に任せる。好きにするがいい、ジャック』
『ククククク・・・心得た』
そこで複数の者たちが行っていた会話は途切れ、一つの気配が消えていった。

                   ******

「ただいまぁ」
少女が玄関を開けて入ってくる。
「おかえりなさい」
奥の部屋から母親が顔を出す。
にこやかな笑顔が美しい女性だ。
「ただいま、お母さん」
少女は先ほどまでの死闘のことなどおくびにも出さず、まるで友達の家ででも遊んできたかのような表情だ。
「おかえりなさい、恵美(めぐみ)。帰ってきてくれてちょうどよかったわ。料理酒の買い置きを切らしてしまっていたのを忘れていたの。ちょっと買いに行ってくるからお留守番お願いね」
エプロン姿でいそいそと財布と買い物袋を手に取る母。
「ハーイ、いってらっしゃーい」
少女はちょっと苦笑すると、入れ替わりに玄関を出て行く母を見送る。
なんていうことはないありふれた日常の光景だ。
このありふれた光景こそ少女が守りたいと思うものだった。

「はぁ・・・全くいつもながらドジだわぁ・・・買い置きを切らしちゃっているなんて・・・」
ため息をつきながら近所のスーパーへと急ぐ。
せっかく今日は美味しい肉じゃがを作ろうと思っていたのに・・・
そのための準備はしっかりしていたはずなのだ。
牛肉、ジャガイモ、にんじん、タマネギ、鞘インゲン・・・
いっけない!
白滝を買うのを忘れていたわぁ!
はあ・・・
どうして私っていつもこうなのかしら・・・
ドジってばかりであの人も恵美も私に愛想を尽かしちゃう・・・
ドジを治すにはどうしたらいいのかしら・・・
そんなことを考えながら足早にスーパーに向かう少女の母。

「あら?」
ふと見ると、通りに沿った塀の上になにやら大きなオレンジ色の丸い物体がごろんと置いてある。
形から言ってどうやら巨大なかぼちゃのようだが、奇妙なことに、そのかぼちゃには大きな丸い目玉のような穴が二つに、ぎざぎざだが両端がつり上がって笑っているように見える口とがくり抜かれている。
なんとなく雪ダルマの頭の部分のようだと言えないこともない。
「ああ、そういえばもうすぐハロウィンだったわね。かぼちゃのランタンだわ。この家の方が作ったのかしら」
巨大なかぼちゃのランタンにほほえましさを感じる彼女。
最近流行ってきたと言っていい西洋の行事だが、そのおかげでこのかぼちゃのランタンもよく見かけるようになってきたものだ。
とはいえ、こんなふうに通りに沿った塀の上に一個だけごろんと置いてあると言うのも変かもしれない。
なんとなく気になった彼女は、そのままそのかぼちゃランタンのところへと近づいていく。

「変だわ・・・あのかぼちゃランタン・・・」
気が付くと、そのかぼちゃランタンは常に彼女のほうを見ているのだ。
遠くから歩いてきたときも、こうやって近くに寄ってきたときも、常にその丸い目は彼女のほうを向いている。
塀の上に置かれただけのかぼちゃランタンにそんなことができるだろうか?
まるで・・・
まるで自分をじっとみているかのようではないか。
そう思いながらも彼女は近づくのをやめない。
まるでそのかぼちゃランタンの目に吸い寄せられているかのようだ。
じょじょに近づいた彼女は、ついにかぼちゃランタンの前に立つ。
スーパーに急いでいたはずなのに、彼女の足はそこで止まる。
そして、正面からかぼちゃランタンと向き合うと、おもむろに手にとって持ち上げた。
「結構重いのね。見たところ普通のかぼちゃのよう。でも大きいわ。すっぽりと被れる感じね」
ずっしりとした重さがあるかぼちゃランタンは、下側に丸く穴が開けられ、そこから中身がくり抜かれている。
その穴がなんとなく頭に被れるような感じに見えたのだ。

「被れ・・・る・・・」
ふと彼女の目と手に持ったかぼちゃランタンの目が合う。
単にくり抜かれただけの丸い穴だが、なぜか彼女はその穴から目が離せなくなった。
やがて、彼女はゆっくりと手にしたかぼちゃランタンの向きを変える。
そして両手でささげ持つようにかぼちゃランタンを高く掲げると、ゆっくりと自分の頭に被っていった。
「は・・・はああ・・・」
かぼちゃランタンはまるであつらえたかのように彼女の頭にすっぽりと被さると、その口から彼女の声が漏れてくる。
「ああ・・・あああああ・・・」
両手をだらんとぶら下げて小刻みに躰を震わせる彼女。
「あああ・・・いやぁ・・・ゃぁ・・・」
がっくりとひざを着いてしまう彼女。
その彼女の躰が、じょじょに黒い雲のようなものに覆われていく。
その黒い雲は彼女の躰にまとわりつくと、まるで液状化したかのように張り付いて、彼女の躰にぴったりとした全身タイツのような衣装へと変貌する。
セーターにスカートを身に着け、その上からエプロンをしていた彼女の躰が、ボディラインも露わな黒い全身タイツのような衣装へと変ったのだ。
そして、雲の一部は彼女の背中に張り付き、長いマントへと変わっていく。
やがて彼女の首から下は、黒い全身タイツに背中からマントを羽織った姿に変化した。

ゆっくりと立ち上がる彼女。
頭部のかぼちゃランタンのくり抜かれた目の奥に赤い光が灯る。
先ほどまで丸かった目は、やや上部が欠けて、意地悪そうな笑みへと変る。
「うふ・・・うふふふふ・・・」
その口から笑い声が漏れてくる。
先ほどまでとはうって変わった冷酷な笑い声だ。
「うふふふふ・・・なんだかお腹が空いたわ。狩りに行かなくちゃ・・・」
彼女はマントの前を閉じると、全身から黒い雲を湧き立たせ、その中へと消えていく。
やがて黒雲が晴れると、通りには彼女の持っていた買い物袋だけが落ちていた。

                    ******

夕暮れの中、家路を急ぐ一人の女性。
会社帰りのOLなのか、タイトスカートのビジネススーツにショルダーバックを下げ、いつもどおりにやや空腹を抱えながら慣れた自宅への道を歩いていた。
『うふふふふ・・・』
どこからともなく女性の笑い声が聞こえてくる。
「えっ?」
OLはふと足を止めて周囲を見るが、人気のないさびしい道には誰もいない。
立ち並ぶ家々からの声でもなさそうだ。
気のせいかと思って再び歩き始めたOLの前に、突然黒雲が湧き起こる。
「えっ?」
「うふふふふ・・・見つけたわ。美味しそうな生きのいい魂を・・・」
OLの目の前で黒雲が晴れていくと、そこにはマントを羽織って黒い全身タイツに身を包み、頭には笑みを浮かべたようにくり抜かれた巨大なかぼちゃを載せた女性が立っていた。
「ひっ?」
突然現れた不気味な人影にOLは思わず声を上げる。
「うふふふふ・・・お前の魂をお寄こし!」
かぼちゃ頭の女性は両手に死神の持つような長い柄のカマを出現させると、それをOLめがけて振り下ろす。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
OLの悲鳴が上がり、カマはOLの躰を一閃する。
すると、OLの躰は見た目には全く何の傷もつかなかったように見えたが、淡いオレンジ色の光の玉のようなものがOLの胸から現れ、ふわふわとOLを離れてかぼちゃ頭の女性の手に渡る。
「うふふふふ・・・美味しそうな魂。いただきます」
かぼちゃ頭の女性はその淡いオレンジ色の光の玉を、くり抜かれた口のところから吸い込むと、満足そうに手の甲で口をぬぐった。
「うふふふふ・・・美味しい。やはり生きのいい魂は格別の味だわ」
かぼちゃ頭の女性がそういうと、OLの躰がどさりと倒れた。
「ご馳走様。美味しかったわよ。うふふふふ・・・」
かぼちゃ頭の女性は、その内部で赤く燃える目で倒れたOLを見下ろすと、現れたときと同様に黒雲を湧き起こしてその中に消えていく。
あとにはカッと目を見開いたOLの死体だけが残されていた。

『ククククク・・・』
その様子を見ていたものがいる。
先ほど姿を現したかぼちゃ頭の女性と同じように、頭にかぼちゃのランタンを載せ、どこかみすぼらしい姿をした男だ。
彼のことを人々は「ジャック・オー・ランタン」と呼ぶ。
『ククククク・・・これでいい。これであの女は人間の魂を口にした。もはや身も心も魔物と化し、わがしもべとなっただろう』
くり抜かれた口に笑みが浮かんでいる。
『ククククク・・・さあ、退魔少女よ、今度は自らの母親が相手だ。うまく戦えるかな? ククククク・・・』
ジャックは今頃何食わぬ顔で自宅に戻ったであろう退魔少女の母親のことを思い浮かべる。
そしてこれから苦悩することになるであろう退魔少女を、新しいしもべとともにどうやっていたぶるかを想像し、楽しみに思うのだった。

END
  1. 2014/10/31(金) 21:02:12|
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四月馬鹿の復活

日付が変わった。
今日は四月一日。
一年で一番私が輝ける日。
生まれ変わって初めての四月一日。
さあ、おろかな人間たちをたっぷりと馬鹿にしてやりましょうか。

私はつばの広い帽子を目深にかぶり、すその長いコートを着て夜の街へと繰り出す。
もしかしたら・・・
もしかしたら・・・
もしかしたらあの方にお会いできるかもしれない・・・
あの方が復活してくださるかもしれない・・・
そのためにも・・・
そのためにも楽しまなくちゃね。

                   ******

うふふふふ・・・
思わず笑いがこみ上げる。
男ってみんなバカばかり。
単純だからすぐだまされるのよね。
今日は大漁。
私にだまされた男たちが次々に馬鹿になってさらに仲間を増やしに町に散っていったわ。
うふふふふ・・・
あの方の復活のためにももっともっと馬鹿を増やさなきゃ・・・

「さて、次の獲物は・・・と」
私は帽子のつばの下からそっと周囲を探ってみる。
うららかな日差しの昼下がり。
昼食を終えたサラリーマンは仕事に戻り、春休み中の子供たちはまた遊びに出かけていく。
私に気を留める人などいやしないか・・・
ならば・・・
適当な家に入り込んでそこの人間をだますのも面白そうね。

そういえば、午前中にだました男の中に妻子持ちがいたいたわよね。
携帯の待ち受けを奥さんと娘の写真にしているような男だったけど、私が具合が悪くなったふりをしたらあっさりと引っかかって近くの病院に連れて行ってくれようとさえしたおろかな人間。
今度は彼の奥さんでもだましてみようかしらね。
たぶんこの近くに住んでいるはずだから・・・
私はあの男から得た知識を使って家を探しに行くことにした。

「ここのようね・・・」
私の前には一件の家。
どうやらあの男はそれなりの稼ぎだったらしい。
建て売りとはいえ一軒家に住んでいるようだ。
そういえば去年までの私もこんな家に住んでいた気がするわ。

私は帽子を目深にかぶり、コートの襟を立てて正体を知られないようにする。
もっとも、私たち馬鹿は相手の思考にある程度干渉できるので、こっちを人間と思わせるぐらいはたやすいこと。
今回はそれをちょっと強めに働かせ、素直そうな奥さんをだましてやるわ。

                   ******

「ただいまぁ」
私は無造作に玄関を開けて家に入り込む。
鍵がかかっているかと思ったけど、思った通りかかってはいなかった。
たぶんあの男の娘がもうすぐ帰ってくるからだろう。
馬鹿になってからそのあたりのことはなんとなくわかるようになっていた。
これも妖怪としての能力の一つなんだろう。
私たちはこういう能力を駆使して人間をだましていく。
そしてだまされた人間は馬鹿になっていくのだ。

「おかえりなさーい。おやつがあるから手を洗ってらっしゃい」
美人というよりもかわいいといったほうがいいような女性が私を出迎える。
私はすぐに帽子のつばの下から見上げるように女を見つめ、目と目を合わせた。
女は玄関にいる私を見て、一瞬怪訝そうな顔をしたが、目と目が合うとすぐに微笑を浮かべて私を家に招きいれた。
うふふふふ・・・
成功成功。
彼女は私を娘と思ったに違いないわ。
まったくだまされているとも知らないで・・・

私は彼女が用意してくれたお菓子を食べながら娘が帰ってくるのを待つ。
娘が帰ってくれば、きっとあの女はだまされたことに気が付くだろう。
そのときがとても楽しみ。
嘘でだますのも楽しいけど、こうして感覚をだますというのも面白いものね。

やがて玄関が開く音がする。
「ただいまぁ」
元気な女の子の声がする。
“本当の”娘が帰ってきたのだろう。
台所仕事をしていたらしい母親が首をかしげながら玄関に向かう。
うふふふ・・・
どんな顔して娘を迎えているのかしら。

「えっ? あっ? えっ?」
素っ頓狂な声を上げる母親。
不思議そうな顔をして娘とともにリビングに入ってきて、私がそこにいることに気が付いたのだ。
「あ、あの・・・あなたはいったい・・・?」
「ええっ? いやねぇ、お母さん。娘の顔を見忘れたの?」
私は帽子で顔を隠したまま意地悪く言ってやる。
「な、何を言ってるんですか! うちの娘はこの子です。あなたはいったい誰なの? 何をしに家に入ってきたの?」
「うふふふふ・・・何をしにって、あなたが私を娘だと思って家に招きいれたんじゃない」
「えっ?」
「あなたが私を何の疑念も抱かずに娘と思って家に入れたのよ」
はい、大事なことなので二度言いました。

「そ、そんな・・・わ、私は・・・」
うふふふ、うろたえてるうろたえてる。
「ママ、お客様?」
母親の隣できょとんとしている娘さん。
うふふふ・・・
結構かわいいじゃない。
「こんにちは。私はこの家の娘よ。あなたは?」
「う、嘘言わないでください! うちの娘はこの子です! 嘘言わないで!」
うふふふ、自分がだまされたことに気が付いて逆切れって所かしら。

「はい、嘘でした」
「えっ?」
母も娘も一瞬ぽかんとする。
まさかあっさり認められるとは思わなかったのかしら。
「私がこの家の娘と言うのは嘘。真っ赤な嘘。でもね」
私はニヤリと笑みを浮かべる。
「あなたは引っかかったのよ。私が娘だという嘘に見事に引っかかったわけ」
「えっ? あ・・・」
「自分の娘の顔もわからないのかしら? こんな嘘にだまされるなんてバカじゃないの?」
「な、なんですって!」
「あははははは・・・バーカバーカ! あんたはだまされたのよ、この私馬鹿にね。バーカ!」
私は帽子を脱いで顔を見せる。
「ひっ」
「きゃぁー!」
母と娘が悲鳴を上げる。

「ば、化け物!」
思わずしゃがみこんで娘を抱きかかえている母親。
「あら、失礼ね。私は化け物なんかじゃないわよ。私は妖怪馬鹿。よろしくね」
「う、馬鹿?」
「そう。そして私に見事にだまされたあなたも・・・馬鹿になるの」
「えっ?」
私の見ている前で彼女の手が変わり始める。
「えっ? な、何これ?」
茶色の毛が生えて先がひづめのように変わっていく彼女の手。
「マ、ママ?」
娘も驚いているみたい。
当然ね。
目の前で母親が変身していくんだもの。

「ああ・・・あああ・・・」
母親の顔がだんだんと変わっていく。
鼻が伸びて馬のような顔になり、頭からは鹿の角が生えていく。
着ている服はぼろぼろになって、下から茶色の毛に覆われた躰が現れる。
スリッパを履いた足もひづめのように変わっていく。
「ママ・・・ママァ・・・いやぁぁぁぁぁ!」
少女が母親の変化に目を見開いて叫び声をあげる。

「アハ・・・アハハハハ・・・」
全身を茶色の毛に覆われ馬面になった彼女が笑い始める。
「アハハハハ・・・なんて気持ちいいのかしら。最高よぉ。アハハハハ」
「マ、ママ?」
すっかり変化してしまった母親を不安そうに見ている少女。
無駄無駄。
もうあなたのお母さんは妖怪馬鹿になっちゃったのよ。

「うふふふ・・・あなたはもう妖怪馬鹿になったのよ。気分はどうかしら?」
私は新たに生まれた仲間に声をかける。
「ええ、とってもいい気分ですわぁ。早く誰かをだましたいですぅ」
まるで馬が鼻を鳴らすかのように笑う馬鹿となった彼女。
「マ、ママ・・・」
変わってしまった母親に恐る恐る少女が声をかける。
「あらぁ? ガキがいるわぁ。だましやすそうなガキねぇ。どんな嘘でだまそうかしらぁ」
まるで獲物を見つけたかのように目を細める彼女。
そこにはわが子への思慕の情などありはしない。
うふふふふ・・・
すっかり身も心も馬鹿になったようね。

「その娘はあなたに任せるわ。好きにしなさい」
「ハーイ。うふふふふ・・・」
ぺろりと舌なめずりをする彼女。
私は少女の泣き声を背にしてこの家をあとにした。

                   ******

「アハハハハ、あの娘これからどうなっちゃうのかしらね。パパもママも馬鹿になっちゃって。アハハハハ、面白かったー。次は誰をだまそうかしら」
「ククククク・・・面白いやりかただったじゃないか。他の馬鹿には思いつかないやり方だ」
背後から声がした・・・
聞き覚えの・・・ある声・・・
まさか・・・
まさか・・・
もしかして・・・
「四月馬鹿様?」
私は振り向いた。
そこには・・・
そこにはコートを着て帽子を目深にかぶった・・・
四月馬鹿様ぁ!!

「よぉ。一年ぶりだな」
「四月馬鹿様! 復活なされたんですね!」
「ククククク・・・四月馬鹿は滅びぬさ。エイプリルフールがある限り何度でもよみがえる」
にやっと笑う四月馬鹿様。
ああ・・・
四月馬鹿様・・・
お帰りなさいませ。

私は偉大なる主にひざまずいて改めて忠誠を誓う。
昨年はきちんと忠誠を誓う暇もなかった。
今年は目の前に四月馬鹿様がいらっしゃる。
私はそのことに大いなる喜びを感じていた。

END
  1. 2014/04/01(火) 21:25:07|
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学園の吸血鬼(2)

昨日の続きです。
矢浜先生の運命やいかに・・・


「ここに・・・ここにあったはず・・・」
放課後になって保健室に戻ってきた私は、机の中を引っ掻き回す。
確か生徒がイタリア旅行のお土産といってくれたのがあったはず・・・
その時はさして気にも留めなかったけど、今こうなってみると、見つからないことがいらだってくる。

結局他の先生方に久鬼先生のことを伝えるのはあきらめざるを得なかった。
しゃべろうとしても、何かに書いて渡そうとしても、躰が言うことを聞かなくなり、勝手に違う言葉を発したり、違う文字を書いてしまうのだ。
これはもう久鬼先生に何かされたとしか思えない。
久鬼先生は間違いなく吸血鬼なのだ。
そして学園長もすでに久鬼先生のしもべにされてしまったのだ。
このままでは私も久鬼先生のしもべにされてしまう・・・

「あった」
私は机の引き出しの奥にあった十字架を取り出した。
生徒からもらったものだけど、確か吸血鬼は十字架に弱いはず。
血を吸われそうになったときにこれを突きつけてやれば・・・
久鬼先生だってひるむに違いない。
その隙を突いて逃げ出すことができれば血を吸われずにすむわ。
私は手の中の小さな十字架が私を救ってくれる魔法のアイテムのように思えた。

日の暮れた校舎。
私は帰り支度を済ませたにもかかわらず、保健室にたたずんでいる。
本当は一刻も早く帰りたいはずなのに、足が玄関へ向かわない。
それどころか、心のどこかで久鬼先生が来るのを今か今かと待ちわびているのだ。
久鬼先生は吸血鬼。
彼が来たら私は血を吸われてしまうかもしれない。
でも・・・
心の片隅でそれを望んでいる自分がいることに気がついていた。

いけない。
私はぐっと手の中にある物を握り締める。
手の中に納まるほどの小さな十字架。
でも、これさえあれば・・・
久鬼先生を追い払って学園を正常な状態に戻せるに違いない。
屈してはだめ。
気をしっかり持つのよ、矢浜皐月(さつき)。

「待たせたかな?」
外からの月明かりが差し込む暗闇の保健室。
扉が開いて人影が入ってきた。
ドクン・・・
その姿を見ただけで心臓が跳ねる。
たった一回血を吸われただけなのに、なんだか目の前の人物にひれ伏したくなりそうな思いがよぎる。
私は再度手の中の十字架に集中する。
これを突きつければいくらなんでも無事ではすまないはず。
小説でも映画でも吸血鬼は十字架に弱いもの。
久鬼先生だってきっと・・・

「矢浜先生?」
「はい・・・」
私は久鬼先生に応えるように一歩前に出る。
久鬼先生がにやっと笑い、唇から牙がのぞく。
あの牙が私ののどに突き立てられたんだわ。
私は身震いを必死で隠し、従順な振りをして久鬼先生が近寄るのを待つ。

「ククククク・・・」
ゆっくりと近寄ってきた久鬼先生がぴたっと立ち止まり、含み笑いを漏らす。
「何かたくらんでいますね?」
私は息をのんだ。
私がやろうとしていたことは見透かされていたの?
「まだ一度しか吸っていないのに、あんまり従順に振舞われても疑念を抱くだけですよ、矢浜先生」
「そ、そんな・・・」
やむをえない。
まだ位置は遠いけどこれを見せれば。
「えーい!」
私は意を決して十字架を久鬼先生に突きつけた。

「ククッ・・・クククク・・・なるほど」
「えっ?」
私は唖然とした。
久鬼先生は十字架を見ても平然としているのだ。
なぜ?
どうして?
私は何がなんだかわからない。

「ククククク・・・だめですよ、矢浜先生。自分で入信してもいない宗教のシンボルを見せられても、私は痛くもかゆくもありません」
ニヤニヤと笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる久鬼先生。
「そ、そんな・・・」
私は十字架を突き出したまま動くことができない。
「日本はいい国です。あの宗教がほとんど入信されてない。十字架に効果をもたせることのできる人間がほとんどいないのですからねぇ」
「な・・・なんてこと・・・」
まさか十字架に信心が必要だなんて思ってもみなかった・・・
ど、どうしたらいいの・・・

「いけない娘だ。さあ、こちらに来なさい」
久鬼先生の目が赤く輝く。
いけない・・・
あの目を見てしまっては・・・
でも私の足は私の意に反して歩き出す。
私は握っていた十字架をその場に落とし、ふらふらと久鬼先生のほうへ歩いていく。
だめ・・・だめなのに・・・
そう思うけど躰は言うことを聞かない。
やがて久鬼先生は私の躰をゆっくりと抱きしめると・・・

                   ******

「はっ」
私はベッドで飛び起きる。
昨日と同じ。
あれが夢でないことは躰のだるさが物語っている。
軽いめまい。
冷んやりする躰。
血が・・・
血が足りなくなっているのかもしれない・・・

ゆっくりと起き上がり、姿見を見る。
首筋のところの呪われた赤い二つの穴。
吸血鬼の噛み痕。
私は二回目を吸われてしまった・・・
確か三度吸われれば・・・私は吸血鬼になって久鬼先生の言いなりになるらしい。
そんなことになりはしない。
吸血鬼になんてなってたまるものか。
でも・・・
でもどうしたらいいのか・・・

「おはようございます」
いつもと同じく学校に出勤する。
朝起きたときには今日は学校を休もうかとも思っていたはずなのに、いつの間にか身支度を整えて学校に向かっていた。
それどころか、この職員室に入るまで久鬼先生のことを誰かに相談しようとかすら考えていなかったことに愕然とする。
もしかして、私の思考はすでに侵され、吸血鬼としての思考になり始めているんじゃないだろうか。
どうしたら・・・
どうしたらいいのだろう・・・

「おはようございます、矢浜先生」
突然声をかけられ、私は息をのむ。
「どうしました、矢浜先生? 顔色が悪いですよ?」
「小野寺・・・先生」
私は思わずホッとした。
「大丈夫です。今朝は少し貧血気味で・・・」
「それはいけませんな。お大事に」
「ありがとうございます」
私は小野寺先生に頭を下げる。
こうして心配してくれるのはありがたいこと。
「最近は生徒の中にも貧血の娘が多いみたいですねぇ」
「そうなんですよ。今の娘は朝食をとらない娘が多いみたいですからね」
小野寺先生に数学の石沢先生がうんうんとうなずいている。
そうじゃない・・・
貧血の娘が多いのは違う理由だわ。
以前は私も朝食を食べないからだと思っていた。
でも今は違う。
貧血の娘は久鬼先生に血を吸われたか、彼に吸血鬼にされた娘に吸われたかに違いないのよ。

「おはようございます、皆さん」
職員室に久鬼先生が入ってくる。
それだけで何か違う空気が職員室に広がったような気がする。
何とかしなければ・・・
久鬼先生を何とかしなければ・・・
私は手をぎゅっと握り締めた。

                   ******

「先生」
友人に肩を貸しながら体操服姿の女子生徒が保健室に入ってくる。
「どうしたの?」
見ると彼女に肩を借りた女子生徒のひざが赤くなっている。
「体育の授業でひざをすりむいちゃって・・・」
「それは災難だったわね。そこに座って。すぐに手当してあげる」
私は怪我した女子生徒を椅子に座らせると、薬棚から消毒液と傷薬、包帯を取り出した。

「痛たた」
彼女のひざからは血がにじんでいる。
激しく出血しているわけではないが、少しずつ流れて白い靴下に届きそうだ。
少し暗い赤い血。
ひざからにじみ出ているわ。
止血しなくちゃ・・・
オイシソウダシ・・・

「せ、先生?」
口に広がる甘い血の味。
なんて美味しいのかしら・・・
「先生?」
「えっ? あっ?」
私の目の前には血がにじんだ女子生徒のひざ。
私は・・・
私はいったい?
私は彼女のひざの血を舐めてしまったというの?

「先生・・・」
彼女も付き添いの娘も変な表情で私を見る。
そりゃあひざの血を舐められたりしたら驚くのも当然だわ。
「あ・・・その・・・こうすると血が早く止まるのよ・・・」
嘘だわ・・・
そんなの誰も信じるはずがない・・・
「あ、あの・・・ごめんね。あとはお願いしてもいいかしら。ちょっと気分が悪くなって・・・」
「は、はい・・・」
付き添いの娘に包帯を手渡すと、私はいたたまれなくなって保健室を飛び出した。

もうだめだ・・・
このままではだめだ。
私自身がおかしくなってしまう。
久鬼先生を・・・
久鬼先生を何とかしなくては・・・

私は工作室に飛び込むと、工作材料の丸棒を手に取る。
そして準備室にある工作道具の中から木工用のナイフを取り出すと、丸棒を適当な長さにして先を尖らせる。
いったい自分が何をやっているのかもうわからないけど、久鬼先生をこれ以上野放しにはできない。
吸血鬼は胸に杭をさすと滅びるはず。
十字架がだめでも杭ならば・・・
杭ならば・・・
杭ならばきっと・・・

                   ******

「ふふふふ・・・今晩はあなたのほうから来ましたか」
「はい・・・ご主人様」
私は静かにそう応える。
なんだか不思議・・・
心と躰がふわふわする感じ。
久鬼先生を見ているだけでとても幸せな気分になってしまう。
これが久鬼先生の魔力なの?
でも、そんなのもうどうでもいい。

私はゆっくりと久鬼先生に近づいていく。
外から差し込む月明かりが、真っ暗な教室の中を照らしこむ。
私は背中に隠した丸棒の杭を、久鬼先生に気付かれないように気をつける。
この杭を久鬼先生の胸に突き立てれば・・・

「ククククク・・・今日は何を用意したのですか? 矢浜先生」
「えっ?」
「ふふ・・・あなたの目は死んでない。いまだしっかりと意思ある者の目だ。きっと私に何か仕掛けるつもりでしょう? たとえば・・・木で作った杭とか・・・」
私は思わずひざから崩れ落ちそうになった。
見破られている・・・
私のやろうとしたことはすべて久鬼先生には筒抜けだった・・・
私が杭を用意したことも知っていたんだわ・・・

「そ、そんなことありませんわ、ご主人様」
私は必死で冷静さを保ち、久鬼先生にそう言う。
今は少しでも久鬼先生を信用させ、杭を突き立てるチャンスを・・・
「無駄ですよ、矢浜先生。私に何かしようとしても無駄なこと。あなたはもう私のものだ。だから私に何かしようとしても、私には伝わってしまうんです」
「そ、そんな・・・」
そんなことって・・・

「さあ、来なさい。今日であなたは三回目。すべての血を吸い尽くして私のしもべにしてあげましょう。明日からは心から私のことをご主人様と呼ぶようになりますよ」
「う・・・あ・・・」
いけない・・・
彼の目を見ては・・・
私はすぐに彼から目をそらそうとした。
でもだめだった。
私の目はしっかり彼の目を見つめ、彼の声を甘美な音楽のように聞きほれている。
もう彼の言いなりになっていたのだ。

「さあ、背後に隠したものを捨てなさい。そして私の胸に抱かれるのです」
「はい・・・」
私は隠し持っていた杭を捨て、ゆっくりと久鬼先生のもとに歩み寄る。
にやっと笑った久鬼先生の口持ちの鋭い牙が月明かりに輝いている。
あの牙がもうすぐ私ののどに突きたてられるのだ。
そうすれば・・・
私はもう何も考えることもなく久鬼先生のしもべとなる。
久鬼先生の言うことに従い、久鬼先生のために尽くす。
ああ・・・
先ほどまではそれが恐ろしいことだったはずなのに・・・
今ではそれを私は待ち望んでいるわ。
ご主人様・・・
早く私の血を飲み干してくださいませ・・・

ご主人様の胸に寄り添う。
まるでキスを受けるように私のあごが持ち上げられ、端整な久鬼先生の顔が私に覆いかぶさってくる。
つと首筋に痛みが走り、躰の熱がそこからじょじょに吸われていく。
手足が急激に冷えていき、とても寒くなってくる。
少しでも温めたくてご主人様の首に手を回そうとするけど、どうにも躰がだるくなって力が入らない。
仕方がないから白衣のポケットに入れて手を温める。

「グフッ!」
ズシッとした重い手ごたえが響いてくる。
冷たくなっていた手に熱いものが降りかかってくる。
「な・・・何・・・を」
首筋に突き立てられていた牙は離れ、その口から驚愕したような言葉が漏れてくる。
私は自分のやったことに驚きながらも、握ったナイフをさらに久鬼先生の躰に押し付けた。

白衣のポケットの中にあった木工用のナイフ。
ポケットの中に入れていたのをすっかり忘れていたわ。
そのナイフの感触に気がついたとき、私はそれが何かを思い出し、ポケットの中で鞘をはずして親指を傷付けたのだ。
その痛みが私を正気に戻し、私はナイフを取り出して久鬼先生に突き刺したのだ。

「矢浜・・・先生・・・いけませんな・・・そんなものを隠し持っていては」
私を突き飛ばすようにして自らに刺さったナイフを抜く久鬼先生。
ナイフが刺さったわき腹からは、血がシャワーのように飛び散って、私の頭から降りかかる。
私は床に尻餅をつき、返り血で白衣を濡らしながらも、ナイフを久鬼先生に突きつける。
「来ないで・・・来ないでください。この学校から出て行って!」
「クク・・・ククククク・・・」
「えっ?」
いったい何がおかしいのか?
わき腹を刺されて痛みを感じていないのか?
私は戸惑い、立ち上がることを忘れていた。

「ククククク・・・まさか本気でそんなもので私を倒せると思っていたわけじゃないでしょうね?」
「えっ?」
ど、どういうこと?
「やれやれ・・・スーツが台無しじゃないですか。私のしもべになった暁には弁償してもらいますよ」
「ま、まさか・・・」
私は驚いた。
ナイフで切り裂かれた服の下からはもう流血が止まっている。
それどころか傷さえ塞がりかけているのだ。
「そんな・・・」
「今のでだいぶ血が流れてしまったな。あなたの血で補充してもらわなくては。もっとも・・・あなたの血ももう少ししか残っていないでしょうけど・・・ククククク・・・」
ゆっくりとこっちに向かってくる久鬼先生。
「いや、来ないで!」
私はもう一度ナイフをかざす。
だが、すぐに久鬼先生に払いのけられてしまう。
「いけない娘だ・・・しもべにしてたっぷりと可愛がってあげるとしよう・・・」
「いやっ! いやぁぁぁぁぁ!!」

じわじわと近寄ってくる久鬼先生。
ナイフの傷はもう全く無くなっている。
「いやっ! 来ないで!」
必死に床を後ずさる私。
だが、すぐに教室の壁に追い詰められてしまう。
「ククククク・・・逃げ場はありませんよ。矢浜先生」
「ああ・・・」
どうしたら・・・
どうしたらいいの?

そのとき私の目の片隅に何かがチラッと見えた。
何?
私が目だけでそっちを見ると、そこには私がさっき放り投げた丸棒の杭が落ちている。
あれだ!
あれならば・・・
ナイフがだめでもあれならば・・・

私を迎え入れるかのように両手を広げて近づいてくる久鬼先生。
私は一か八か杭に向かって飛び込んだ。
「無駄だ! 逃がしはせん!」
私を捕まえようと久鬼先生も飛び掛ってくる。
お願い・・・
届いて!

ぐっと白衣の襟首をつかまれる。
思わず後ろにのけぞる形になる私。
だが、一瞬早く私の手は丸棒の杭をつかんでいた。
「ええーい!」
私は久鬼先生に引き寄せられるまま、しっかりと握り締めた杭を持ち、躰をねじって思いっきり杭を突き出してやった。

                   ******

「おはようございまーす」
「おはようございまーす、先生」
廊下を歩いている私に教室へ向かう生徒たちが挨拶をしていく。
うふふ・・・
みんなかわいらしい子達ばかり。
今すれ違った子なんてとても美味しそうな首筋をしていたわぁ・・・
うふふふふ・・・
なんだかキスしたくなっちゃうわね。

「おはようございます」
私は職員室に他の先生方に挨拶すると、そのまま学園長室へと向かう。
そしてノックをしてドアを開け、奥の机に座っているお方に笑みを向けた。
「おはようございます。ご主人様」

「おはよう、矢浜先生。気分はどうかな?」
学園長の椅子に座っていらっしゃるご主人様。
「はい。とてもいい気分です。本当に生まれ変わったような気持ちです。ここに来るまで生徒たちの首筋に噛み付きたい衝動をこらえるのに必死でしたわ」
これは本当のこと。
昨晩ご主人様に血を最後の一滴まで吸い尽くしてもらったことで、私はご主人様のしもべとなることができたわ。
もうすごく気持ちよくて、思わず夜の街を歩き回っちゃったぐらい。
夜の静けさと心地よさをどうして今まで気がつかなかったのか。
生徒たちの血がとても美味しそうなのにどうして今まで飲もうと思わなかったのか。
昨日までの私が信じられないぐらい。

「ふふふふ・・・それはよかった。昨日は本当に肝を冷やしましたよ。あなたに杭を打ち込まれるんじゃないかと思いました」
「まあ、矢浜先生がご主人様に対してそんなことを?」
ご主人様の脇に座ってうっとりとご主人様を見上げていた学園長がキッと私をにらみつけてくる。
それも当然のこと。
昨日のことは私自身とんでもないことをしたと思っているのだから。
「申し訳ありませんでしたご主人様。あの時はまだご主人様のしもべとなることがどれほどすばらしいことかを知らなかったものですから」
私はひざまずいて頭を下げる。
どうして私はご主人様に逆らうようなマネをしていたのだろう。
許しがたい愚か者だったわ。

「ふふふふ・・・今はどうなのです? 私に心から従いますか?」
「もちろんです。ご主人様のしもべとしてご主人様のためなら何でもいたします。どうぞ何なりとご命令くださいませ」
そうよ。
私はご主人様の忠実なるしもべ。
ご主人様に従い、ご主人様に尽くすのが私の使命。
ご主人様、どうぞ私にお言葉を・・・

「では、その証を見せなさい」
スッと自らの足を差し出すご主人様。
私はご主人様の前に歩み寄ると、そのままご主人様の靴に舌を這わせていく。
ああ・・・ご主人様の靴をお舐めするなんて・・・
なんて素敵で気持ちがいいのかしら・・・
ご主人様・・・
永遠にお慕い申し上げます・・・
ご主人様・・・

                   ******

「ああ・・・ああん・・・」
「うふふふふ・・・気持ちいいでしょ? 血を吸われる快感は格別のはず」
保健室のベッドに座り、女子生徒を着ている黒マントでやさしく包み込んで、その首筋から甘い血をたっぷりと吸う。
これでこの娘はもう二度目。
あと一回で私の忠実なしもべになるわ。
そうすれば三人目のしもべが完成する。
こうしてどんどんしもべが増えれば、学園はご主人様の思いのまま。
もちろん家畜も飼っておかなくちゃね。
すべての女子生徒がしもべになれるわけじゃない。
ご主人様好みの選ばれた女子生徒だけがしもべになれるのよ。
教師では学園長と私、それに遠野朱音(とおの あかね)先生が夕べ二回目の吸血をされたはず。
遠野先生も明日にはご主人様のしもべに仲間入りね。
仲良くしなくちゃ。
うふふふふ・・・

私は血を吸われてぐったりした女子生徒をベッドに寝かせると口元の血をぬぐう。
なんて美味しいのかしら。
血の味は最高。
これもご主人様のおかげ。
私は永遠にご主人様にお仕えするの。
なんてすばらしいことかしら。

私はベッドから立ち上がってお気に入りの黒いマントを整えると、血を吸って火照った躰をかき抱き、幸せに身を震わせるのだった。

END


いかがでしたでしょうか?
拍手、感想などいただけますとうれしいです。
それではまた。
  1. 2014/01/09(木) 21:00:00|
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学園の吸血鬼(1)

先日投下いたしました「午年の初夢」に続きます、新年SS第二弾「学園の吸血鬼」を今日明日の二回に分けて投下させていただきます。

本来なら松の内に投下したかったのですが、最後の詰めをなかなか書けないうちに今日まで来てしまいました。
数週間かけてこのレベルのSSというのもお恥ずかしい限りですが、どうかお楽しみいただければ幸いです。

それではどうぞ。


「学園の吸血鬼」

「吸血鬼?」
私は思わず聞き返す。
普通はそんな単語は会話の中では出てこない。
「吸血鬼なんて、映画か小説の中のお話でしょ?」
思わず私は苦笑した。
「でも先生、最近貧血の子が多いし、夜出歩いている久鬼(くき)先生を見たって言う人もいるし・・・」
「ねぇー」
二人の女子生徒が顔を見合わせている。
「そりゃあ久鬼先生だって夜に出歩くぐらいはするでしょう? コンビニにでも行ったのかもしれないし。それに貧血が多いのはみんな朝御飯をちゃんと食べないからなのよ」
私はしっかりと釘をさす。
本当に最近の子はダイエットとかで朝食を食べない子が多いのだ。
栄養をしっかり取らなくては、貧血になるのもあたりまえ。

「だいたい、久鬼という苗字が吸血鬼に通じる感じだからそんな噂が出たんじゃないの?」
おそらくそんなところじゃないかと私は思う。
今年度から学園に赴任してきた久鬼先生は、外国人とのハーフとのことで英語はペラペラだし見た目も素敵だから生徒たちに人気がある。
女の子同士の嫉妬とは怖いもので、余計なライバルを増やさないためにあえて吸血鬼の噂を流し、久鬼先生に近づく女子を減らそうという魂胆なのだろう。

「まあ、夜遅く出歩くのは感心しないから、吸血鬼に襲われたくなかったら、夜は部屋で勉強したほうがいいわよ」
「えー」
「そんなぁ」
二人がいっせいに不満の声を漏らす。
「さ、おしゃべりはここまで。そろそろ帰る時間よ」
私は二人を促す。
委員会の後もここでおしゃべりしていたのだが、そろそろ切り上げないとね。
「はぁーい。それじゃ失礼します」
「先生さよならー」
「はい、さようなら」
私が手を振ると、二人はかばんを手に立ち上がり、手を振って保健室を出て行った。

「さてと、私もそろそろ職員室に行かなくちゃ・・・」
二人を送り出したあとで私も席を立つ。
そろそろ職員会議の時間だ。
養護教諭である私も出席しなくてはならない。

「あら?」
職員室に向かう途中、私は背の高いハンサムな男性教師を見かける。
先ほど噂に出ていた久鬼先生だ。
女子生徒の肩に手を回しているみたい。
確かにあのような態度はよくないと思うけど・・・

「またあとで来るがいい」
「はい・・・久鬼先生・・・」
私が一言言おうと近づくと、女子生徒は久鬼先生に一礼して去って行った。
「あ・・・」
私が言葉を失ってしまったところに、久鬼先生がにっこりと振り返る。
「おや、矢浜(やはま)先生。いらっしゃったんですか」
「え、ええ、その・・・久鬼先生、生徒とあまり親しげなのは・・・」
私はなんとなく毒気を失ってしまったものの、一応言うべきことは言っておこう。
「親しげ?」
「生徒の肩を抱くようなことはしないほうがいいと思います」
「ああ、これは失敬。生徒にはフレンドリーに接しようとつい。今後は気をつけますよ」
薄く笑みを浮かべる久鬼先生。
ハーフであるからかドキッとするようなハンサムなのに、なぜかその笑みが冷たく感じられる。
もしかして反省していない?

「さ、職員会議が始まりますよ」
くるりと背を向けて歩き出す久鬼先生。
私は何も言えずに黙ってそのあとに従うのだった。

                   ******

「さてと・・・そろそろ帰ろうかしら」
一日の仕事を終え、私は後片付けをする。
そんな時、つい言葉に出してしまうのはもう歳のせいなのかしら。
いやだなぁ。
まだ26なんだし中年なんかじゃないわよね。
早いとこいい人見つけて結婚もしたいし・・・なんてね。

私は保健室の戸締りをして職員室に鍵を返すと、職員玄関へ向かって歩き出す。
「あら?」
ふと目の片隅に、何かが映る。
私は思わず気になって脚を止めた。
とっぷり日も暮れて真っ暗な教室の中。
廊下に面したドアの窓からちょっと見えた影。
いったい何かしら?
私は窓から中を覗く。

「あっ」
私は思わず声を上げた。
真っ暗な教室の中、一組の男女のシルエットがキスをしていたのだ。
そして口からそのまま女性のうなじにもキスをする。
そのシルエットが教師と生徒であることは間違いない。
女子高である学園に、男性は教師以外ありえないからだ。
だとしたら、これは見て見ぬ振りなどできることではない。

「そこで何をしているの?」
私はドアを開けて教室内に入り込む。
その声に男がゆっくりと顔を上げる。
外の明かりに照らされて見える顔。
「久鬼先生・・・あなた・・・いったい・・・」
私は顔を上げた久鬼先生の口から赤黒いものが垂れていることに気がついた。
「おや、やはりあなたでしたか矢浜先生」
くいっと手の甲で口元をぬぐう久鬼先生。
先ほどまでしなだれかかっていた女子生徒は、今はグッタリと力が抜けているようだ。
久鬼先生はその子をそっと床に寝せる。
「久鬼先生・・・今何を? あなたは本当に・・・吸・・・」
私はその先が続けられなかった。
吸血鬼なんてありえない。
ここにいるのはただのアブナイ男性教諭に過ぎないはず・・・

「ふふふっ」
意味ありげに笑う久鬼先生。
「久鬼先生! あなた、生徒に何を!」
その笑いに少々私は腹が立った。
こんな時間に生徒と二人きりで何をするつもりだったのか!
「ふふふふ・・・見られちゃったみたいですね。まあ、先生には見られてもいいとは思っていたんですが。ええ、おっしゃるとおり、私は吸血鬼です」
「な! ふざけないでください!」
ニヤニヤと笑っている久鬼先生。
きっと私をからかっているに違いない。
だからわざと吸血鬼だなどと・・・
そこで私はハッと気がついた。

「ちょ、ちょっとあなた、大丈夫?」
私は床に寝かされた女の子のところへ駆け寄った。
久鬼先生に気を取られていたとはいえ、養護教諭としてあるまじきことだわ。
なんてこと・・・

「ふふふふ・・・心配は要りませんよ。彼女はこれで三回目。すべての血を吸い尽くしました。あとはわが眷属としてよみがえるだけ」
三回目?
眷属?
いったい何のこと?
私はわけわからずに倒れていた女の子を抱き起こす。
軽い・・・
まるで羽のように躰が軽い。
そして恐ろしいほどに冷え切っているわ。

「と、とにかく保健室へ」
「その必要は無いと言ったでしょう。さあ、起きなさい」
久鬼先生がそういうと、私が抱き起こしていた女の子が突然目を覚ます。
そしてゆっくりと立ち上がると久鬼先生のほうに向き直る。
「えっ?」
私は何がなんだかわからない。
いったいどうなっているの?

「ふふふふ・・・わが眷属に生まれ変わった気分はどうかな?」
「はい・・・とてもいい気持ちです。ご主人様」
久鬼先生の下に歩み寄ってそう答える彼女。
にやっと笑みを浮かべたその口元から、長く伸びた犬歯がのぞいている。
「クククク・・・いい娘だ。さあ、行くがいい。友人たちの血は美味しいぞ」
「はい。まずは茉里(まり)ちゃんの血を・・・うふふふ・・・」
ぺろりと舌なめずりをして教室を出て行く彼女。
私はあまりのことに声も出ない。

「久、久鬼先生・・・あなたは本当に・・・」
やっとの思いで私はそう口にする。
「ええ・・・言ったでしょ? 私は吸血鬼だと」
にやりと笑う久鬼先生。
その笑みは私の背筋を凍らせるには充分だった。

「ふふふふふ・・・そんなに青い顔をして。あなたの方がよほど吸血鬼のようですよ矢浜先生」
ゆっくりと私のほうに近づいてくる久鬼先生。
私は思わず後ずさる。
「ふふふふ・・・何も恐れることはない。あなたもすぐに私の眷属となり、私の忠実なしもべとなるのだから」
「な、何を言って・・・そんな・・・」
私は必死にその場を逃げようと考える。
だが、いつの間にか私は教室の隅に追いやられるような形になっていて、入り口は久鬼先生の背中側になっていたのだ。
「こ、来ないで・・・」
私は何とか逃げようと久鬼先生の隙をうかがう。
だが、久鬼先生には隙らしいものは見当たらない。
どうしたらいいの・・・

「さあ、来るのです。我が下に」
久鬼先生がそう言って私を見つめる。
なんだかその目が赤く輝いたような・・・
私はその目を見つめ、彼のところへと歩いていく。
なんだろう・・・
何かが変・・・
でも、何が変なのかわからない・・・
私はただ久鬼先生の赤い目に引き寄せられていくよう・・・
私はここを出て行くつもりじゃなかったの?
でも・・・
なんだか今はそんなことどうでもいい気がするわ・・・
ああ・・・
久鬼先生・・・

                   ******

「はっ」
私はベッドから飛び起きる。
今のは?
今のは夢?
いつの間に私は家に帰ってきていたの?
夕べ学校から帰ってきた記憶がない。
いったい・・・いったい何が起こったの?

私は昨日のことを思い出す。
仕事が終わって家に帰ろうとして・・・
教室の中に久鬼先生と女子生徒がいて・・・
私ははっとした。
そうだ。
久鬼先生は吸血鬼だったのだ。
私はそのことを知って逃げ出そうとして・・・
それから・・・
それからどうしたんだったかしら・・・
確か・・・
久鬼先生の目が赤く・・・
そして首筋に・・・

私は姿見のところに行って首筋を映して見る。
首筋のところにある二つの傷。
ピンを刺したような傷あとに私は背筋が冷たくなる。
吸血鬼の噛みあとだ。
久鬼先生は本当に吸血鬼なんだわ。
私も・・・私も彼の眷属にされてしまうと言うのだろうか・・・
あの少女のように・・・

私は首を振る。
私は久鬼先生に対する恐怖感も嫌悪感も持っている。
彼女のように久鬼先生を崇拝するような気持ちはない。
私はまだ吸血鬼にはなってないわ。
だって、血が吸いたくなんかないもの。

こうしてはいられない。
早く学園に行って学園長に知らせなくては。
久鬼先生を早く学園から追い出してもらわねば、生徒たちが吸血鬼にされてしまう。
私は身支度を急いで整えると、学園に向かった。

「おはようございます」
学園に着くと私は足早に職員室に入る。
「おはようございます」
「矢浜先生おはようございます」
すでに学園に来ていた先生方が朝の挨拶を返してくれる。
よかった・・・
どうやら久鬼先生はまだ来ていないらしい。
吸血鬼だから朝は弱いのかしら?
などと一瞬思ったものの、こんなことはしていられない。
私はすぐに学園長のいる学園長室に向かう。
この時間なら学園長はもう来ているはずだ。
一刻も早く学園の危機を知らせなくては・・・

「失礼します」
私はノックもそこそこに学園長室の扉をあける。
「朝早く失礼します学園長。お話したいことが・・・」
私はその先を続けることができず、室内の光景に息を呑んだ。

わが学園の学園長は先代から引き継いだという女性で、まだ三十代の若さだ。
見た目も美しい人で、学園の広告塔としても活躍なされているが、学園の改革にも熱心で、古い旧弊を打ち払い、新しい学園を作ることにも尽力されている。
旦那さんは別の仕事をお持ちだそうで学園のことにはタッチしておらず、学園長が学園のいっさいを取り仕切る形になっている。
優しい旦那様とのことで、小学生の娘さんもいるらしい。
そんな彼女が、今自分の机のところで白崎(しらさき)先生の首筋に牙を立てていたのだ。
私はただ驚くことしかできなかった。

「が、学園長・・・」
「あら、おはよう矢浜先生。いきなり入ってくるのは失礼ですわよ」
にやっと笑みを浮かべて白崎先生の白い首筋から口を離す学園長。
「が、学園長。あなたいったい・・・何を・・・」
「ウフフフフ・・・今、白崎先生の血を飲んでいたところですわ。白崎先生の血は若い女性だけにとっても美味しいの。血は最高のご馳走よ。そうですよね、ご主人様」
私はハッとして部屋の脇をみる。
そこには腕組みをして薄く笑みを浮かべた久鬼先生が立っていた。
「ふふふふ・・・そうですね、学園長」
「ああ・・・美味しいわぁ。何で今まで血を飲まなかったのかしら。こんな美味しいものは他に無いというのに。これもご主人様に私の血を吸っていただいたからですわぁ」
そういって再び白崎先生の首筋に牙をつきたてる学園長。
そののどが動き、血を吸っているのが私にはわかった。

「あ・・・あああ・・・」
私は言葉が出なかった。
学園長はすでに久鬼先生のしもべにされている。
喜んで他の人の血を吸う吸血鬼になってしまったんだわ。

「矢浜先生」
「ひっ」
久鬼先生に声をかけられ、私は思わず小さな悲鳴をあげてしまう。
「ふふふふ・・・怖がることはないと言ったでしょう。どうです? 彼女の姿。幸せそうだとは思いませんか?」
私は首を振る。
白崎先生の血を吸っている学園長は確かに見ようによっては幸せそうなのかもしれない。
でも、そんな幸せはこの世にあってはならないものだわ。

「なに、あなたもすぐにそう思うようになりますよ。それよりも・・・いけませんねぇ」
ゆっくりと近づいてくる久鬼先生。
私は部屋から逃げ出したかったものの、どうにも躰が動かない。
「学園長に私のことを言うつもりでしたね? いけませんねぇ」
「いえ、私は・・・」
「口止めしておかないとなりませんね」
目をそらしていた私のあごを持ち上げて自分の顔のほうに向ける久鬼先生。
その目が赤く輝いて・・・
「あ・・・」
彼の目を見た瞬間、私は脳をかき回されるような感じがしてめまいがした。
彼が何か言ったようだけど、よくわからない。
あの目を見てはだめだったんだわ・・・

                   ******

「矢浜先生、矢浜先生」
「あ、えっ?」
いつの間にか私の前には三年生の学年主任の小野寺(おのでら)先生がいる。
「小野寺・・・先生?」
「どうしたんです? 学園長の部屋から出てきたと思ったら、ずっとぼうっとしたような感じで・・・」
「えっ? あれ?」
ふと見回すと、いつの間にか私は職員室にいた。
そんな・・・
先ほどまで私は確かに学園長の部屋にいたはず。
学園長が白崎先生の首筋から血を吸ってて、久鬼先生がそこにいて・・・
「そ、そうよ! 小野寺先生、聞いてください」
「な、なんですか? いいですよ」
いきなりのことに驚いた表情の小野寺先生。
初老の人のいいおじさんという感じだが、生徒指導には定評がある方だ。

「小野寺先生、大変なことが起こっているんです。この学園で」
「学園で大変なこと?」
一瞬怪訝そうな顔をした小野寺先生だが、私の顔を見てしっかり話を聞こうとしてくれている。
「はい、実は久鬼先生が・・・」
「久鬼先生が?」
「とてもハンサムで素敵な方なんです!」
私は思い切ってそう言った。
「えっ?」
「えっ?」
小野寺先生と私は思わず顔を見合わせる。
わ、私はいったい何を?
言いたいのはそんなことじゃなかったはず。
久鬼先生が吸血鬼だということを言わなくちゃならないのに・・・

「わははは、そりゃ確かに大変ですなぁ」
「あははは」
職員室の一画に笑いが起こる。
「久鬼先生は確かにハンサムですからなぁ。生徒たちもきゃーきゃー言いますからねぇ」
「私もあんなふうに生まれたかったですよ。わははは」
数人の男性教師が笑っている。
私が言いたかったのはそんなことじゃないのに。
でも、なぜか口に出せなくなっている。
久鬼先生が吸血鬼といいたいのに、なぜか口が動かない。
そうだわ・・・
さっき久鬼先生が私に命令したんだった・・・
赤い目を見つめているときに誰にも伝えてはならないと言われて・・・
それで言えなくなっているんだわ。

だとしたら・・・
私は近くにあったメモ用紙に久鬼先生のことを書こうとする。
だめだ・・・
何度書こうとしても手が止まってしまうのだ。
久鬼先生が吸血鬼と書こうとさえしなければ、なんてことなく手が動くのに・・・

私はいつの間にか自分の席に着いていた久鬼先生をにらみつける。
久鬼先生はにやっと笑って私の方へとやってくる。
「久鬼先生・・・」
今この場で大声で彼が恐ろしい吸血鬼であることを訴えたい。
なのに・・・
「無駄ですよ、矢浜先生」
私の耳元で囁く久鬼先生。
他の先生方はもうそれぞれの授業が始まるので出て行くところだ。
彼の言葉は私にしか聞こえていないだろう。
「今晩、保健室で待っていなさい。いいね」
「はい・・・」
私は自分の返事にびっくりした。
どうしてこんな返事を?
私・・・いったい・・・
私が驚いている間に久鬼先生は去っていく。
私は愕然としてその場に立ち尽くすだけだった。
  1. 2014/01/08(水) 21:00:00|
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四月馬鹿の最期?

今日は4月1日、エイプリルフールですねー。

というわけで、わがブログにもあのお方が四年連続で登場です。
それではお楽しみくださいませー。




「だまされた・・・」
心の底からそう思う。
お母さんも塾の講師も学校の先生も、みんなみんな嘘つきだ。
みんなして私をだまし続けたんだ。

志望校合格疑いなしですって?
絶対合格間違いなしですって?
100パーセント合格するよですって?
嘘・・・
みんな嘘。
落ちたじゃない!
試験に合格しなかったじゃない!!

私はだまされた。
みんなで私をだましてきたんだ。
赦せない。
絶対に絶対に赦さない!

「彩華(あやか)、こんな時間にどこへ行くの?」
「・・・」
私は無言で家を出る。
あんな家になど居たくもない。
お母さんだって、今まで私をだましてきたことを知られたからおどおどしているんだ。
今までは私がだまされているのを見て笑っていたに違いない。
みんなみんな大っ嫌い。

もう夜か・・・
三月も今日で終わり。
明日からは四月。
本当なら憧れの高校の入学式を指折り数えて待っているはずだったのに・・・
悔しい・・・
悔しい・・・
試験なんて無ければいい。
それ以上に、無責任に合格間違いなしなんて嘘をついてきた連中が赦せない。
そんなこと言われなければ、もっとしっかりがんばったかもしれないのに・・・

わかってる・・・
自分が一番悪いのなんてわかってる・・・
でも・・・
でも・・・
悔しいよぉ・・・

                   ******

「あれ?」
あてども無くふらふらと歩いていた私。
気が付くとあたりはもう人通りも途絶えている。
時計を見るともう深夜。
日付も変わって4月1日になってしまっている。
いつの間にこんなに時間が経ってしまったんだろう・・・
あたりをぶらついて、ファストフードショップで食事して・・・
もやもやしながらうろついていたんだっけ・・・

ここは?
どこだろう・・・
広い公園。
うちの近くにこんな公園あったっけ?
それとも予想以上に私がふらふらと歩き回っていたということなのかな?

街灯が照らし出す人気(ひとけ)の無い公園。
木々の陰が真っ暗で不気味この上ない。
一陣の風に私は思わず身震いする。
春とはいえ、まだ夜は寒い。
帰りたくは無いけど、そろそろ家に帰らなきゃ・・・

「ん?」
なんだろう・・・
話し声が聞こえる。
それもなんだか女性の声のような・・・
なんだろう・・・
なんだか気になって、私はその声のほうに近づいた。

「本当なんですよね? あの言葉に嘘はないんですよね?」
街灯に照らされたベンチのあたりに二人の人影が見える。
一人はスプリングコートを羽織った中年の女性。
どこかで見たことがあるような気が・・・
もう一人は黒いコートにつば広の帽子を目深にすっぽりかぶっている人。
おそらくは男性。
もしかしてなにか揉め事かな?
聞いちゃいけないかな?

そんなことを考えて立ち去ろうとした私は、その女性のことをふと思い出す。
あ・・・
小学校のとき担任だった矢坂(やさか)先生だ。
いい先生ではあったけど、ちょっとヒステリックなところがあって私は苦手だったっけ・・・
お元気そうで何よりってことなのかしらね。
私は矢坂先生に間違いないか確かめようと、物陰から再度その女の人の様子を伺った。

「俺の言葉を信じたんだろ? 信じたからこそこんなところまでのこのこ付いてきたんだろう?」
「そ、それはそうですけど・・・」
うつむいている矢坂先生。
あの横顔は間違いないと思う。
「ひ・・・ひ・・・ひひゃははははは・・・バーーーカ! どこの世界にお前のような女を抱いて出世させてやるような偉いさんがいるんだよ!」
黒コートの男が突然笑い出す。
「な? 嘘だったんですか?」
驚いたように目を見開いている矢坂先生。
「嘘に決まっているじゃないか! あんな酒の席で教頭になりたい教頭になりたいって言ってるからからかったのさ」
「ひどい! 私はもうずっと教頭になりたいのになれなくて・・・だから・・・だからあなたの言葉を信じたのに!」
大声で相手を怒鳴りつける矢坂先生。
あー・・・
矢坂先生は出世思考だったもんね。
昔から校長になって自分の考える教育をしたいって言ってたもんね。

「ひーっひっひ・・・そうさ、お前は信じてしまったのさ、俺の言葉をな。四月一日だというのにな」
「し、四月一日? そんな・・・ふざけないで! バカにして、訴えてやる!」
ヒステリックに叫んでいる矢坂先生。
あれさえなければ見た目結構美人なのにな。
私はなんとなくおかしくなる。
必死に教頭になりたがった矢坂先生が、見事にあの男の人にだまされたということらしい。
それがなんだか滑稽に見えたのだ。

「ひーっひっひ・・・バーカ! もう遅いんだよ」
「もう遅い? どういうこ・・・うっ」
「えっ?」
私は驚いた。
突然矢坂先生が躰を硬直させたのだ。
そして、頭から角のようなものがにょきにょきと生えてきたのだ。
「えっ? な、何? 何なの?」
矢坂先生が戸惑っている。
でも、その間にも矢坂先生はだんだん変なものに変わっていく。
着ているものが裂け、顔が細長く伸びて馬のようになっていく。
手も指がなくなってひづめのような形になる。
肌にも茶色の毛が生えてくる。
いったい・・・いったい何なの?
先生に何が起こったの?

「ああ・・・ああ・・・私が・・・私は・・・」
「クックック・・・お前は馬鹿(うましか)になるのさ。人間どもをだまして喜ぶ妖怪馬鹿。俺様のしもべになるんだ」
黒コートの男がそういって帽子を取る。
そこには大きな鹿の角を生やした馬の顔があった。
そしてその帽子を取った手も先が馬のひづめのようになっていたのだ。
そんな・・・
化け物だったなんて・・・

「あは・・・あははは・・・」
なぜか矢坂先生が笑い始める。
その姿はもう以前の矢坂先生の姿とは大違い。
黒コートの化け物と同じような鹿の角を生やした馬面に、ひづめの生えた手足をして、茶色の毛に覆われた躰になってしまったのだ。
「すごい・・・気持ちいい・・・なんて素敵なのかしら・・・あはははは」
化け物になってしまった矢坂先生がくるくると回っている。
なんだかすごくうれしそうだわ。
「クックック・・・どうだ、妖怪馬鹿に生まれ変わった気分は?」
「はい、最高ですわぁ。私はもう人間なんかじゃありません。四月馬鹿様にお仕えする馬鹿のメスですわ。どうぞ何なりとご命令を」
とてもうれしそうに黒コートの化け物にひざまずく矢坂先生。
ううん・・・
矢坂先生はもう黒コートの化け物と同じ化け物になってしまったんだ。
確か妖怪馬鹿って言ってたっけ・・・

「クックック・・・それでいい。お前は妖怪馬鹿。人間どもをだまして社会を混乱させてやるのだ」
「はい、もちろんですわ。愚かな人間たちをたっぷりとだましてやりますわ。おほほほほ」
化け物になってしまった矢坂先生はそういって高笑いをすると、いそいそと楽しそうにどこかへ行ってしまう。
私はただあっけにとられてその後姿を見送った。

                   ******

「ケッケッケ・・・あのメスはなかなか活躍してくれそうだ。さて、次のバカを探しにいくか・・・」
「待って!」
立ち去ろうとした黒コートの化け物を私は思わず呼び止める。
そして、その行動自体を私自身が驚いた。
なぜ?
どうして?
どうして私は呼び止めたの?

「ん? ああ、さっきからのぞいていた小娘か。どうせ誰かに俺様のことを言ったところで信じてもらえないだろうからと放置しておいたんだが、なにか用か?」
ぎろりと私をにらみつけてくる黒コートの化け物。
「あなた・・・何者なの? 先生を・・・あの女の人をどうしちゃったの?」
私も負けずににらみ返しながらそうたずねる。
そんなことを聞きたいんじゃない気もするけど・・・
「先生? あの女は知り合いか? クックック・・・あの女はな、俺様の言葉をまともに信じた愚か者さ。だから、俺様の魔力で妖怪馬鹿にしてやったのさ。この俺様のしもべにな」
「妖怪馬鹿?」
「そうだ。俺たちの姿を見た人間どもは、勝手に俺たちのことを馬なのか鹿なのかと区別しようとして混乱し、簡単にだまされてしまうのさ。まさに人間をバカにしてやるわけだ。クックック・・・」
馬がいななくような奇妙な笑い声を上げる黒コートの化け物。
いや、妖怪馬鹿だったっけ。
その姿がなんとなく面白い。

ああ・・・そうか・・・
私が彼を呼び止めたのは、そのまま消え去って欲しくなかったからだ・・・
親にも先生にも塾の講師にもだまされてきた私。
だから・・・
だから今度は私がだましてやりたい。
そのために・・・

「だったら・・・」
「あん?」
「だったら私も・・・私も馬鹿にしてください」
私は勇気を出してお願いする。
「何? 馬鹿になりたいだぁ?」
目を丸くして驚いている馬鹿。
「はい。私は今まで散々だまされてきました。だから今度は私が人々をだましたい。だまされる人たちを見てあざ笑ってやりたい!」
「お前・・・自分で何を言っているのかわかっているのか?」
「たぶん・・・」
私はこくんとうなずく。
矢坂先生を馬鹿にしたのなら、私も馬鹿にできるはず。
「馬鹿になってしまったら、もう人間には戻れないんだぞ。一生俺様のしもべとして仕えることになるんだぞ」
「はい。覚悟してます。馬鹿の王よ」
私は多少芝居がかったしぐさでスッとひざまずく。
これからは彼に従うのだ。
彼を馬鹿の王として崇めるのだ。

「クハッ、こいつは面白い。長年生きてきたが、自ら馬鹿になりたいなんて言ってきたやつは初めてだ。うひゃはははは・・・」
大声で笑い始める馬鹿の王。
「えっ? えっ?」
腹を抱えて笑われていることに私は戸惑う。
そんなに笑わなくても・・・
「ひぃーっひっひっひ・・・いいだろう。お前を馬鹿にしてやるよ」
「本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「ありがとうございます」
うれしくなって私は思わず頭を下げる。
馬鹿の王様、ありがとうございます。

「それじゃいくぞ。深呼吸して馬鹿になりたいと念じるんだ」
「はい」
私は言われたとおりに深呼吸をして、馬鹿になりたいと心の中で念じる。
馬鹿になりたい・・・馬鹿になりたい・・・馬鹿になりたい・・・

「あ・・・れ?」
私・・・変わったのかな?
でも服もそのままだし、手も指先がひづめに変わった様子もないし・・・
全然変わった気がしないよ・・・

「うひっ・・・うひひひ・・・ひーっひっひっひっひ・・・」
またしてもけたたましく笑い始める馬鹿の王。
「ど、どういうこと? 馬鹿になってないんですけど・・・」
「ひーっひっひっひっひ・・・バーーーカ! 馬鹿になれるわけなんかないだろ」
意地悪そうに歯をむき出して笑っている。
「そ、そんな・・・嘘、嘘でしょ?」
「ひーっひっひっひ・・・ああ、嘘だよ。お前はだまされたのさ。この四月馬鹿様にな。ひーっひっひっひ」
「だまされた? 私、まただまされたの?」
私は呆然としてしまう。
まただまされたというの?

「ひーっひっひっひ・・・誰がお前のような小娘の願いなんか聞いてやるかっての。お前なんか俺様のしもべになれるわけが無いだろ。ひーっひっひっひ・・・ひ?」
私を見て笑っていた馬鹿の王の笑いが止まる。
「えっ?」
私は驚いた。
私の両手がみるみると茶色の毛が生えて馬のひづめのように変わってきたのだ。
これって?
私・・・馬鹿に変わってきている?

「バ、バカな! 俺様はこいつを馬鹿にするつもりなどないぞ! なのになぜお前は馬鹿に変わっていくんだ?」
馬鹿の王の驚きをよそに、私の躰はどんどん馬鹿に変わっていく。
服がぼろぼろと崩れ、肌には短い茶色の毛が生えてきて、鼻面が伸びて馬のような顔になっていく。
頭の両脇からは鹿のような大きな角が生え、足にもひづめが生えてくる。
こっちは先が二つに割れた鹿のひづめだ。
まさに私の躰は馬と鹿の融合した馬鹿になっていくのだ。

「し、しまったぁ・・・俺様は・・・俺様はなんてことをしてしまったんだ・・・俺様はこいつに馬鹿にしてやるという嘘をついた。それを信じたこいつは俺にだまされた。俺にだまされたことでこいつは馬鹿になってしまうのだ」
両手のひづめで頭を抱えている四月馬鹿様。
そうか・・・そういうことだったのね。
私がだまされたことで、私は馬鹿に変わるんだわ。
なんてうれしいのかしら。
最高の気分だわ。

「こいつが馬鹿になる・・・すると俺様はどうなる? 俺様は本当のことを言ってしまったことになる。嘘で人間をだまし馬鹿にしていく俺が本当のことを言ってしまったことになる・・・」
「四月馬鹿様。ありがとうございます。おかげで私は馬鹿のメスになることができました」
私は生まれ変わった自分の姿に満足し、思わずくるくると回ってしまう。
なんだかとっても気持ちがいいわぁ。
「うああ・・・やめろ、やめろぉ」
あれ?
どうしたのだろう?
四月馬鹿様が愕然としている。
生まれ変わった私を見て震えている?

「俺様としたことが・・・俺様としたことがぁ・・・本当のことを・・・本当のことを言ってしまった。俺様の存在意義が・・・存在理由がぁ・・・うああ・・・」
「四月馬鹿様?」
私の目の前で姿が消えていく四月馬鹿様。
「消える・・・俺様が消える・・・俺様が嘘じゃないことを言ってしまったからだ・・・うああ・・・」
「四月馬鹿様!」
頭を抱えながら姿が薄れていく四月馬鹿様。
そんな・・・
せっかく馬鹿のメスに生まれ変わってお仕えするつもりだったのに・・・
「うああ・・・」
「四月馬鹿さまぁ!」
私の叫びもむなしく四月馬鹿様は消えてしまう。
あとには何も残ってはいなかった・・・

                    ******

「ねえ、あなた。彼女が本当に風邪で寝ているだなんて思っているの?」
帽子をかぶってコートを着た私の突然の言葉にぎょっとする男性。
「はぁ? そ、そりゃそうに決まっているだろ」
「うふふふ・・・本当かしら? 今頃は別の男を部屋に引き込んでいると思うわよ。嘘だと思うなら見に行ってきたら」
「えっ? そ、そんな・・・」
私の言葉に男はいそいそと彼女の家へと向かっていく。
あはははは・・・
バーカ!
こんな他愛もない嘘にだまされちゃって。
彼女の家に行ったらだまされたことに気が付くでしょうね。
それにしても人間なんてもろいもの。
ほんのちょっとしたことで疑心暗鬼を生じちゃう。
なんて楽しいのかしら。
人間をだますのは最高。
馬鹿に生まれ変わって本当に良かったわぁ。
これも四月馬鹿様のおかげね。
私は来年の四月一日にまた四月馬鹿様が復活されることを夢見て、人間どもをたっぷりとだましまくろうと心に決めたのだった。

END
  1. 2013/04/01(月) 21:00:00|
  2. 異形・魔物化系SS
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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