美香の災難最終話です。
例のごとくぶっつりと切ったという感じですので、姉との絡みはありません。
それについては、いずれまた別の機会にでもと思います。
それでは、お楽しみいただければ幸いです。
3、
「ひゃん」
ゲルダの指が私の顎に触れた。
それだけなのに私の躰にはまるで電気が走ったようにびくんと震える。
「んふふ・・・気持ちよくなって来たでしょ?」
「そんなこと・・・ない・・・」
うそだ・・・
気持ちいいよぉ・・・
躰がポカポカする・・・
ふわふわ浮いている感じがすごく気持ちいい・・・
はあん・・・
気持ちいいよぉ・・・
どうにかなっちゃいそうだよぉ・・・
「強がり言っちゃって。そういう娘はお姉さん大好き」
ゲルダの唇が私の口に触れる。
暖かくて柔らかい・・・
とても気持ちいい・・・
舌が口の中に入ってくる。
私の舌を探している。
はあん・・・
「んちゅ・・・んちゅ」
気がつくと私の舌はゲルダの舌に絡んでいた。
どうして?
憎いのに・・・
理生ちゃんを奪った相手なのに・・・
でも・・・
気持ちいいよぉ・・・
「んふふ・・・そろそろ心も躰も蕩けてきたみたいね。それじゃ始めるわよ」
始める?
何を始めるのだろう?
ああ・・・
なんか頭がぼうっとする・・・
何も考えずに、ただこのふわふわの中に漂っていたい。
私の上に被さるようにしたゲルダは、私の躰に息を吹きかけるような仕草をした。
すると、私の服が全て塵になっていく。
あ・・・
恥ずかしい・・・
私は躰を隠そうとした。
でも・・・
すぐに恥ずかしさは消え去った。
それどころか、裸でふわふわ浮いているととても気持ちがいい。
別に・・・いいや。
私は漂うままに身を任せることにする。
ゲルダはやっぱり口からどろっとした液体をたらしてくる。
リオちゃんの上にたらしたような真っ黒な奴じゃない。
リオちゃん?
リオちゃんって・・・誰だったかな・・・
思い出せない・・・
頭がぼうっとして・・・
いいや・・・
そのうち思い出すよね・・・
「んふふ・・・」
どこかで誰かが笑っている・・・
ふわふわして本当に気持ちがいい。
たらされたのは赤茶色の液体。
私の両脚にかけられて、つま先から太ももが赤茶色になっていく。
あ・・・
誰かの指が私の脚を触っている。
はあん・・・
気持ちいいよぉ・・・
つま先をクニクニっていじって、それから踵を引っ張っている。
何をしているのかな?
私はそっと足先を見る。
あれ?
私の足の指が無くなってる?
ピンととがって靴を履いているみたい。
踵も引っ張られてハイヒールみたいになっているよ。
あれ?
私の足・・・
私の足・・・って・・・
最初からそうだったっけ?
思い出せない・・・
思い出せないけど・・・
いいか・・・
「んふふ・・・次は両手よ」
私はその声にすっと両手を前に差し出す。
目の前の人が・・・えーと・・・
「気にすることはないわ。何も考えなくていいのよ。ただ気持ちよくなっていればいいの」
「はい」
私はうなずいた。
だって、考えるのはめんどくさいし、気持ちいいんだもん。
私の両腕には、やっぱり赤茶けた液体がたらされて、グニグニといじられていく。
うふふ・・・
粘土細工みたい。
私の腕グニャグニャになっちゃうよ。
でもちっとも痛くないし、むしろ気持ちいいよ。
「んふふ・・・お姉さん上手でしょ? 粘土細工は得意なの」
そうなんだ・・・
それじゃ私は安心だね。
すごく気持ちいいよ。
私の両手は二の腕から先が赤茶色に染まり、指先には鋭い爪が作られる。
ガントレットとか言う硬い手袋を嵌めたような私の腕。
何でも引き裂けそうな爪。
鋭くてかっこいい。
「ひゃ」
思わず私の口から声が漏れちゃった。
だってひんやりした液が私のお腹にかけられたんだもん。
あはあ・・・
私は感じるままに息を吐き、続いて訪れる快感を待つ。
指が、手のひらが、液体を私の体に塗り広げ、そして形を変えていく。
私のお腹と胸は赤茶色の硬いコルセットのような外骨格に覆われる。
股間もお尻もしっかりと覆って脆弱な部分を無くしていく。
あはは・・・
私の躰・・・カチカチになっちゃったよ。
「んふふ・・・さてさてお楽しみの部分にかかりますよー」
あはは・・・
とっても楽しそう。
私は液体をかけられるのを待つ。
えっ?
私はくるんと裏返しにされた。
上も下も右も左もないようなところに浮いているのだから、別に気にはならないんだけど、どうするつもりなんだろう・・・
あん・・・
お尻にとろっとしたものがたらされる。
硬くなっているお尻だけど、感触を感じることはまったく変わらない。
すごいことだわ。
指と手のひらがくにくにと私のお尻をこね回す。
ああん・・・
気持ちいいよぉ・・・
だんだんお尻が引き伸ばされているんだわ。
どうなるんだろう・・・
見たいなぁ・・・
でもその願いはすぐに叶った。
私のお尻からは太い赤茶色の塊が伸びていく。
それは私の躰の前側にも届く長さになり、クニクニといじられながら形を整えていく。
そして、先端に作られたこぶのような塊が、先がとがった二つの塊に分けられる。
ああ・・・そうか・・・
これはハサミ。
カニみたいな大きなハサミなんだ。
うふふ・・・
「キャッ、こら! まだ動かさないの!」
えへへ・・・怒られちゃった。
でも、動かしてみたいよね。
だからちょっとだけ動かしてみたの。
ちゃんとカシカシと動くよ。
なんでも挟んじゃいそうだよ。
私は大きなハサミになったお尻がすぐに好きになっていた。
「あとは頭ね」
私の頭に赤茶色の液体がかけられる。
目をつぶって身を任している私の頭を、クニクニとこねていく彼女の指。
髪の毛が硬く固まってヘルメットのような外骨格となっていく。
私が目を開けたときには、私の躰は作り変えられてしまっていた。
「かんせーい! うんうん、こんなものかな」
目の前の女性は腰に手を当てて私を上から下まで眺めている。
「あ、心配しなくていいわよ。ちょっとした目的があるから顔はそのままにしたし、人間っぽい部分もあちこちあるけど、柔らかさはともかく強靭さは他の部分以上だから、ちょっとやそっとじゃ傷付かないわよ」
そうなんだ・・・
ちょっと安心。
「それじゃ最後の仕上げね」
え?
完成じゃ・・・?
「わぷっ」
私の口はまたしても彼女の唇にふさがれる。
とろとろと流し込まれる液体を、私は舌を絡めながらむさぼるように飲み込んだ。
ああ・・・
躰に何か真っ黒いものが染み渡っていく・・・
素敵・・・
私は・・・
私は生まれ変わるんだ・・・
「んふふ・・・気分はどうかしら? モンスターアニソラヴィス」
「はい、最高の気分です。ゲルダ様」
私はあらためて自分の姿を見下ろした。
赤茶けた外骨格に覆われた私の躰。
お尻から伸びたハサミはハサミムシの名に相応しく鋭く強力。
鋼鉄の柱だってへし折ってやれるわ。
ああ、早く暴れたい。
フューラーとゲルダ様の御為に人間どもを根絶やしにするのよ。
あははは・・・
笑いが止まらないわ。
「うふふ・・・暴れたくてたまらないって顔ね」
「はい、ゲルダ様。はやく・・・その・・・ご命令を」
私はわくわくしながら命令を待つ。
「うふふ・・・いい娘ね。でも油断しちゃだめよ。MEチームがあなたを倒しに来るわ。もっとも・・・そのときが楽しみなんだけど・・・うふふ」
「あ、MEチーム・・・MEチームは敵です。お任せ下さいゲルダ様。私・・・私必ずMEチームを葬り去ってご覧に入れますから」
私は爪で引き裂くように宙を裂く。
MEチーム。
お前たちに私の爪とハサミの味を味あわせてやるんだから。
待っていなさい!
私はMEチームとの戦いに心を躍らせた。
- 2007/04/27(金) 20:15:11|
- 美香の災難
-
| トラックバック:0
-
| コメント:5
昨日に続きまして二回目です。
お楽しみいただければ幸いです。
2、
躰がふわふわする・・・
ここはどこ?
周りは暗い。
まるで水の中に浮かんでいるみたい。
上も下も感じない。
ここはどこなの?
「う・・・はあ・・・ん・・・ふあ・・・」
え?
今の声は?
「うふふふ・・・どう? 気持ちいいでしょ?」
「は・・・はい・・・気持ち・・・いいですぅ・・・」
理生ちゃん?
理生ちゃんの声なの?
「ふふふ・・・見てごらんなさい。あそこにいるのは誰?」
「ああ・・・美香ちゃんですぅ」
理生ちゃん?
どこにいるの?
私はきょろきょろとあたりを見回すけど、暗闇に包まれて何も見えない。
「うふふ・・・さあ、あなたの姿を見てもらいなさい」
「ひゃ、ひゃい・・・ゲルダさまぁ」
えっ?
ゲルダ様?
一体何が起こっているの?
私が困惑していると、闇の中の一画がぼうっと明るくなってくる。
すると、光に包まれた繭のようなものの中に、二人の姿が見えてくる。
でも・・・
アレは何?
理生ちゃんの躰が・・・
理生ちゃんの躰が真っ黒だよ・・・
「あはあ・・・美香ちゃん見てぇ。私・・・ゲルダ様にとろとろの液体をかけていただいちゃった・・・」
今まで見たことのない妖艶な笑みを浮かべた理生ちゃんが私の方を向く。
その躰はべたべたした黒い粘液で覆われている。
そして・・・その粘液に包まれながら、理生ちゃんは自分で胸をもてあそんでいた。
「理生ちゃん!」
私は駆け寄ろうとした。
でも、躰が上手く動かせない。
とらえどころがないのだ。
足を動かしても手を動かしても、ただ宙をもがくだけ。
ちっとも近づくことができないのだ。
「うふふ・・・無駄よ。そこは空間の牢獄。動いたところで消耗するだけ。おとなしく彼女の変態を見ていてあげなさい」
ゲルダの声が耳に届く。
くう・・・
理生ちゃんが変な目にあっているのに・・・
お姉ちゃん・・・助けて。
MEチームはどこにいるの?
誰でもいいから助けて。
「はあぁん・・・」
耳をふさぎたくなる理生ちゃんの艶のある声。
べたべたしていた黒い粘液は、じょじょに艶のあるものになってきている。
固まってきている?
一体理生ちゃんをどうするつもりなの?
もうやめて。
私は叫びだしたかった。
「うふふ・・・ほら理生、固まってきたのがわかるでしょ?」
「ふぁい・・・私の躰・・・固くなってます・・・」
「さあ、仕上げよ。たっぷりと受け取りなさい」
私の目の前で、理生ちゃんの顔にゲルダの口からどろっとした黒い粘液がかけられる。
思わず吐き気を催す私と違い、理生ちゃんはうっとりとしてその液体を受け止めた。
タールのような液体が理生ちゃんの顔を覆いつくしていく。
息ができないんじゃないかと思うけど、理生ちゃんは苦しみはしていない。
鼻の盛り上がりや目の周りのくぼみなど基本的な凹凸だけが見えている理生ちゃんの顔。
それはまるで真っ黒なマネキン人形のようだった。
「うふふふ・・・」
ゲルダの指が理生ちゃんの顔をなぞる。
「ヒッ?」
私は息を飲んだ。
ゲルダの指が理生ちゃんの頭にめり込んだのだ。
「いやぁぁぁぁぁ!」
私は叫んだ。
理生ちゃんが・・・
理生ちゃんが死んじゃう!
「あらあら、大丈夫よ。私、こう見えても手先は器用なんだから」
牙の覗く口元に笑みを浮かべて、ゲルダは私に向かって微笑みかける。
ぐちゃぐちゃと理生ちゃんの頭をこね回すゲルダ。
まるで粘土のように形を変えていく理生ちゃんの頭。
細長く伸ばされたり、また丸くまとめられたり・・・どうなっているの?
そして、ゲルダは理生ちゃんの頭を作り変えていく。
目のあたりには巨大な丸いレンズ状のもの。
口は上下ではなく左右に開く顎になる。
額からは短い角のようなものが作られる。
あれは触角?
するとあの目は複眼?
どんどん理生ちゃんが理生ちゃんでなくなっていく。
テレビや新聞で見慣れた形・・・
モンスターの手先、スレイブアントだ・・・
理生ちゃんがスレイブアントになっちゃった・・・
「うふふふふ・・・さあ、起きなさい。スレイブアント」
「キィッ!」
理生ちゃんは一声鳴いてゆっくりと起き上がる。
全身が黒い外骨格に覆われた蟻型の戦闘員。
スレイブアントがなぜ女性っぽい姿をしているのか、私はこの時わかった。
スレイブアントは人間の女性から作られるんだ・・・
理生ちゃん・・・
私は涙を流すしかできなかった。
「うふふ・・・気分はどうかしら? お前は何者か言ってごらん」
「キィッ! サイコウノキブンデス。ワタシハすれいぶあんと。ふゅーらートげるだサマにチュウセイヲチカウモノデス」
抑揚のない声で理生ちゃんが答える。
「うふふ・・・いい娘ねぇ。さあ、仲間のところへお行きなさい。命令があるまで待機するのよ」
「キィッ!」
映画で見たドイツ兵のように右手を上げて敬礼する理生ちゃん。
その姿がすうっと闇の中に消えていく。
あ・・・
私は思った。
これが理生ちゃんとの別れなんだ。
もう・・・理生ちゃんには会えないんだ・・・
悔しい・・・
悔しいよ・・・
どうして・・・
どうしてお姉ちゃんは来てくれなかったの?
「うふふ・・・お待たせ。次はあなたの番よ」
ゲルダの姿がすっと近づいてくる。
「悪魔・・・あなたは悪魔よ! 理生ちゃんを返して! 元に戻して返してよ!」
私は精いっぱいゲルダをにらみつける。
死んだって構わない。
絶対赦さないんだから。
「あら、そんなの無理に決まっているじゃない」
あっさりとゲルダが言う。
「割れたお皿は元には戻らないわ。あなただってわかっているんでしょ?」
悔しい・・・
悔しい・・・
わかっているよ。
理生ちゃんが元に戻ることはないんでしょ。
もう、理生ちゃんはいなくなってしまったのよ・・・
「それにね、彼女はもう何も悩んだり苦しんだりすることはないのよ。自我など無くなった彼女は無我の境地なの。命令に従うだけでとても幸せなのよ」
「そんなの幸せなんかじゃない!」
私は首を振った。
そんなの幸せなんかじゃないよ!
悔しいよぉ・・・
この女が憎いよぉ・・・
「んふふ・・・いいわねぇ、そのどす黒い感情。お姉さんそういう感情は大好きよ」
ゲルダが私の頬を伝う涙をペロッと舐める。
「やめて! 私はあなたを赦さないんだから! あなたなんかお姉ちゃんに倒されちゃえばいいのよ!」
私は思いっきりゲルダの顔をひっぱたこうとした。
でも、私の振った腕は簡単にゲルダの手に止められちゃう。
悔しい、悔しいよぉ・・・
こんな奴なんか、こんな奴なんかぁ・・・
「うふふ・・・さあて、それはどうかしらね? もしそんな目に遭いそうならきっとあなたが助けてくれると思うけど」
いたずらっぽく笑うゲルダ。
「ふざけないで! 誰があなたなん・・・ぷわっ」
ゲルダの唇がいきなり私の口をふさぐ。
な、何を?
私が離れようともがくと、いきなり私の口の中にどろっとしたものが流し込まれる。
!
私は理生ちゃんの顔にかけられたものを思い出して、必死に飲み込むのを止めようとする。
でも無理だった。
どろっとしたものは、まるで意思を持つかのように私ののどを滑り落ちていく。
「ぷはっ」
口を離され、私は息を吸い込む。
その様子をゲルダはニコニコと楽しそうに覗き込んでいた。
「な、何? 今のは何?」
私はぞっとした。
私も・・・私も理生ちゃんみたいになっちゃうの?
「今のはあなたの躰を変えるための前段階のお薬よ。すぐに躰が火照っていい気持ちになってくるわ」
「躰を変える?」
「そう。心配しなくてもいいわ。あなたの自我は奪わない。あなたにはスレイブアントではなくモンスターになってもらうわ」
「モンスターに?」
そんな・・・
私をモンスターにって?
モンスターも人間だったというの?
だから人間ぽい姿をしていたというの?
そんなのって・・・
- 2007/04/26(木) 19:32:18|
- 美香の災難
-
| トラックバック:0
-
| コメント:3
今日から三日間で短編一本投下いたします。
ホントは一気に投下したほうがいいんでしょうけど、ちょっとばかり余裕も欲しいかなと。(笑)
楽しんでいただけたら幸いです。
1、
ピピピピ・・・ピピピピ・・・
電子音がお姉ちゃんの腕時計型の通信機から鳴り響く。
「はい、嶋鳥(しまとり)です」
すぐにお姉ちゃんは私に隠すようにして通信機に返事をした。
「はい・・・はい・・・わかりました、埠頭ですね? すぐ行きます」
ぱちんとカバーを閉じて通信機を袖の中に隠すと、お姉ちゃんはふうとため息をついた。
「ごめんね、美香(みか)。お姉ちゃん行かなくちゃ」
「また・・・モンスター?」
私は静かにそう訊いた。
返事はわかりきっているのに・・・
「ええ、埠頭に出現して暴れているらしいわ。すぐに行かなくちゃ」
お姉ちゃんはそう言いながら皮つなぎに着替えると、ヘルメットを手に玄関へ向かう。
「気を付けて・・・」
私は祈るようにそう言うしかない。
モンスターと戦うお姉ちゃんが怪我をしないように、傷付かないように祈るしかない。
「大丈夫。何かあったらすぐにベースに知らせてね。一応この近辺はガードされているはずだけど・・・」
慌ただしくブーツを履いて手袋を嵌めるお姉ちゃん。
「由香(ゆか)? 出かけるの?」
キッチンから母が出てくる。
洗い物をしていたのだろう、手をエプロンで拭いていた。
「ええ、行って来るわ。お母さん」
そう言って玄関の扉を開けて出て行くお姉ちゃん。
すぐにオートバイのエンジン音が響き、遠ざかって行く。
「お姉ちゃん・・・」
私はお姉ちゃんの無事を祈らずにはいられなかった。
いつの頃からか姿を現した異形の存在モンスター。
動物と人間を掛け合わせたようなその姿は、まるで一昔・・・ううん二昔前の特撮番組を思い起こさせるものだった。
黒尽くめの蟻のような兵士たち(スレイブアントというらしい)を操り、人々を殺傷し建物を破壊する。
警察も自衛隊も歯が立たない存在に、日本中はパニックとなった。
都市機能は麻痺し、経済も混乱した。
高校生の私にはよくわからないことだったけど、雑誌もお菓子も手に入りにくくなったことは確かだった。
父は警察官として精いっぱい市民の安全を守った。
でも・・・父は帰ってこなかった。
モンスターに殺されたのだ。
姉も私もわんわん泣いた。
どうしてこんな目に遭うんだろうって思った。
政府は米軍に出動を依頼したらしい。
でも、米軍も歯が立たなかった。
戦闘員を一人倒すのに、米軍兵士や民間人が十人以上も死んでいく。
あまりのことに米軍は首都圏に核を落とすことまで考えたとか。
幸いそれは回避されたけど・・・
結局この危機に対応できたのは、ある研究施設だった。
そう、モンスターが特撮番組ならば、対応する機関も特撮番組だった。
新澤(あらさわ)研究所。
何を研究していたのかはよくわからない。
でも、ここが提示した強化スーツがモンスター対策の切り札となったのだ。
政府は首都圏を激甚災害指定するとともに、最優先で新澤研究所の強化スーツに予算を回して完成させた。
そして、素質(何の素質なのかはよくわからない)のある人間を選抜し、強化スーツを着てモンスターと戦うチームを作り上げたのだ。
モンスター・エクスタミネーター。
通称ME。
このMEチームに、私のお姉ちゃんは所属していた。
私たちから父を奪ったモンスターを、お姉ちゃんは許せなかった。
父の後を継いで警察官になると言っていたお姉ちゃんにとって、父は尊敬する存在であり、先輩だったのだ。
だから、お姉ちゃんがどうしてかMEチームに入ったことも私は理解しているつもりだし、応援もしている。
でも・・・
もし・・・
もしお姉ちゃんまでが居なくなったら・・・
私には耐えられないよ・・・
ポーズ画面のまま止まっている対戦ゲーム。
いつもモンスターと戦っているくせに、対戦ゲームだといい勝負になるのは、手加減してくれているのだろうか・・・
私はスイッチを切って、画面を消す。
静かになった部屋が何か寂しさを感じさせる。
『美香ー! そろそろ寝なさい!』
母の声が聞こえてくる。
「ハーイ」
私はそう返事をして、寝る支度をするために部屋をでた。
『昨晩現れたモンスターは、MEチームの前に敗退。幸い死傷者もなく、政府はMEチームを高く評価するとともに・・・』
「行ってきまーす」
テレビから流れるニュースの声を聞き流して、私は玄関をでる。
お姉ちゃんはまだ帰ってきてはいない。
きっとスーツの点検やら身体検査やらで足止めされているのだろう。
まだまだ強化スーツは新しい技術なのだ。
データはいくらあっても足りないぐらい。
戦い一つ一つがデータ収集も兼ねている。
お姉ちゃんはモルモットなのだ。
安全かどうかすらわからないスーツ。
そんなのを着て戦うお姉ちゃん。
何もかもがひどすぎる。
モンスターなんて全部いなくなればいいのに・・・
「おはよー」
私はいつもの街角で声をかけられる。
一緒の学校へ行く狩田理生(かりた りお)ちゃんだ。
小柄な理生ちゃんはセーラー服がよく似合う。
くりくりした目が特徴的な娘で、何となく愛らしい小動物を思わせる。
私は彼女とは馬が合って、今では親友だと思っている。
「おはよー」
私は手を上げて理生ちゃんを迎えた。
「ねえねえ、テレビ見た? MEチームがモンスターを倒したって言ってたよ」
理生ちゃんが目を輝かせている。
彼女はMEチームのファンなのだ。
米軍も歯が立たなかったモンスターに対し、政府は切り札を持っているということを国民に知らせなくてはならなかった日本政府は、MEチームを秘匿することはできなかった。
そのため、そのスーツを着ている人間こそ明かされていないものの、MEチームそのものは公に存在が認められている。
マスコミもさすがにその正体を探るようなことは、報道各局の申し合わせで行なってはいないものの、モンスターとの戦いはテレビで報道されたりもするのだ。
そうなれば、特撮ドラマと変わらない。
ファンクラブができたり、2chの掲示板に『MEチームの正体はダルダ?』なんていうスレが立ったりもする。
うんざりだわ・・・
「そ、そう・・・よかったね」
私は当たり障りのない返事をするしかない。
身内がMEチームだと知られるわけにはいかないし、何よりMEチームをアイドルみたいに考えるのは間違っているよ。
「かっこいいよねーMEチーム。やっぱり私はMEピンクとMEホワイトが好きだなぁ」
「そ、そうかな」
五人いるMEチームは色でスーツが分かれている。
MEレッド、MEブルー、MEグリーンが男性で、MEホワイトとMEピンクが女性。
お姉ちゃんはそのどちらかなんだけど、それはさすがに教えてくれない。
でも、たぶんホワイトなんだと思う。
テレビに映る仕草がピンクよりホワイトの方がお姉ちゃんらしいのだ。
私はそんなことを考えながら、理生ちゃんと歩き始めた。
「あれ?」
朝だというのに周りを歩いているのは誰もいない。
車も先ほどから通らない。
「ねえ、理生ちゃん・・・変じゃない?」
「うん、私もそう思う。怖いよ、美香ちゃん」
私の腕をぎゅっと掴む理生ちゃん。
『うふふふふ・・・』
「えっ?」
どこからともなく聞こえてきた笑い声に私と理生ちゃんは顔を見合わせた。
「怖い」
「理生ちゃん、逃げよう」
私はとにかくここから逃げようと思う。
どこへ行けばいいのかわからないけど、ここにいては危険だ。
走り出そうとした私たちの前の地面に、黒い影がいくつも現れる。
「えっ?」
影はそのまま真っ黒い人型になって起き上がる。
「スレイブアント!」
私は思わずそう叫んでいた。
黒い人型はモンスターの手先となる蟻型戦闘員スレイブアントだ。
「いやあっ!」
理生ちゃんが悲鳴を上げる。
私は理生ちゃんの手を引いて、何とか逃げようと振り向いた。
「逃げようとしても無駄よ」
振り向いた私たちの前に一人の女性が立ちはだかる。
女性?
私は目の前の相手をにらみつけた。
その姿は紛れもなく女性。
でも、黒いコルセットのような衣装と、ひざまでのブーツ、それに肘までの手袋をはめ、背中には大きく広がった黒い翼が生えている。
さらに頭の両脇には角が生え、お尻から垂れ下がっているのは尻尾のよう。
マンガの中から抜け出してきた女悪魔の姿だわ。
「うふふふ・・・この状況で私をにらみつけるなんて。さすがはあのMEホワイトの妹といったところかしら」
「えっ?」
私は驚いた。
どうして知っているの?
「私はゲルダ。フューラーより軍団の指揮を任されているわ」
軍団?
彼女がモンスターを操っているの?
私は逃げ道を探したけど、すでに囲まれてしまっていて、逃げるのは難しそうだった。
「私たちをどうするの? 殺すの?」
「心配は要らないわ。あなたには利用価値がある。ふふ・・・そっちの娘も利用してあげるわ」
牙の生えた口元に笑みを浮かべるゲルダ。
美しい顔をしているのに、なんて冷たい笑みなんだろう。
「理生ちゃん・・・走れる?」
私は小さな声でそっと理生ちゃんに聞いてみる。
でも理生ちゃんは首を振った。
がたがた震えている理生ちゃんはとても走れる状態じゃない。
私は覚悟を決めた。
「彼女に用はないでしょ? MEホワイトの妹である私だけを連れて行けばいいわ。彼女は解放して」
私はそっと理生ちゃんを私の背後に回す。
何とか彼女だけでも逃がさなきゃ。
お姉ちゃん・・・助けて・・・
「あら? その娘が死んでもいいのかしら? 私は私の姿を見た者を黙って帰しはしないわよ。一緒に来たほうがその娘の未来も明るいと思うけど?」
ペロッと舌なめずりをするゲルダ。
私は唇を噛んだ。
「連れて行きなさい。二人ともよ」
「キィッ」
スレイブアントたちが私と理生ちゃんの腕を掴む。
そして、世界が暗転した。
- 2007/04/25(水) 20:41:30|
- 美香の災難
-
| トラックバック:0
-
| コメント:5