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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ヒロインが通う学園の女性理事長を……

新年新作SSの第二弾は、オーソドックスな悪堕ち怪人化短編です。

タイトルは「ヒロインが通う学園の女性理事長を……」です。

スロットメーカーという単語をランダムで三種類組み合わせるタイプのサイトさんがあるのですが、そちらでTAO氏がおつくりになられました「女怪人を造ロット・合体編」というスロットがありまして、以前そこでできましたのが「ヒロインが通う学園の理事長を 触手鞭+カタツムリの合体女怪人に」というもの。
これはいいなと思いましたので、いずれSS化しようと思っていたのですが、今回新年SSとして書き上げたものとなります。

お楽しみいただけましたら幸いです。
それではどうぞ。


ヒロインが通う学園の女性理事長を……

 『ファイヤースパーク!』
 ピンク色を多用したコスチュームのスカートをひらめかせ、軽やかに宙を舞う魔法少女。
 彼女の持つ大きな杖の先端から火球が放たれ、魔蟲人に命中する。
 『グギャァァァ!』
 全身を炎に包まれ、断末魔の悲鳴を上げるカマキリの魔蟲人。
 その両手のカマで再三魔法少女を苦しめたものの、結局はその前に敗北してしまったのだ。
 黒焦げになり崩れ去るカマキリの魔蟲人を見て、ふうと息を吐く魔法少女。
 その可愛らしい顔にも安堵の笑みが浮かんでいる。
 また一体強敵を倒したのだ。
 微笑みも浮かんでくるというものだった。

 「ぬおお! おのれエイリスめ! またしても……」
 戦いの様子を中空に映し出される映像で見ていた男が、悔しそうに歯ぎしりする。
 魔蟲帝国ジャバグの幹部、プリンスビートルだ。
 その全身を黒いアーマーで覆った彼は、まさにカブトムシの力を持つ強力な魔蟲人であり、いかつい顔にはいくつもの傷が生々しく残っていた。
 今回彼が送り込んだカマギロンこそは魔法少女エイリスを倒してくれるものと信じていただけに、この結果には歯噛みするしかない。
 なんとしてでも魔法少女を倒さねば……
 皇帝陛下にも申し訳が立たないうえに、彼自身の身も危うくなるかもしれないのだ。

 「ギーッ! プリンスビートル様」
 「なんだ! こんな時に!」
 声をかけてきた配下のアリ型戦闘兵にも、八つ当たり気味に声を荒げてしまうプリンスビートル。
 「ギーッ! 申し訳ありません。あとをつけていたスパイフライが、エイリスの情報を手に入れました」
 命令に従うだけの存在であるアリ型戦闘兵は特に恐縮した様子もなく、複眼をプリンスビートルに向けたまま抑揚のない口調で報告する。
 アリ型とは言うものの、その姿はむしろ人間が黒い全身タイツを着たような感じであり、楕円形の複眼と額から伸びる触角がアリを思わせるにすぎない。

 「なんだと? よし、聞かせろ!」
 プリンスビートルはアリ型戦闘兵の返事に興味を持つ。
 「ギーッ! 魔法少女エイリスは、高確率でアズリ女学園に通う女子高生、元久保愛梨(もとくぼ あいり)と思われます」
 「なにっ? エイリスの正体が女子高生だと?」
 中空に映し出される女子高生の姿に、プリンスビートルは目を向ける。
 「この女……いや、この少女がエイリスの正体……だと?」
 そこにはメガネをかけたおとなしそうな感じの女子生徒が映し出されているのだ。
 元気で活発で戦闘的な魔法少女エイリスとは、とても印象が違い過ぎる。
 だが……待てよ……
 プリンスビートルの目が険しくなる。
 確かに顔の輪郭などは似ているのだ。
 髪の色を変え、ピンクを基調としたフリフリのコスチュームを着せれば……
 エイリスに似ていると言えば似ているだろう。
 これはひょっとするとひょっとするかもしれん。

 「ふむ……この少女がエイリスである可能性は低くはないか。確かめる必要があるな……」
 ではどうするか……
 まずは自分の目で確かめることだ。
 プリンスビートルの口元がにやりと歪んだ。

                   ******

 「おはようー」
 「おはようー」
 「先生おはようございますー」
 「おはよー」
 窓の外から少女たちの声が聞こえてくる。
 女学園にやってくる生徒たちの声だ。
 その声を席で書類を見ながら聞いている一人の女性。
 タイトスカートのスーツに身を包んだ彼女は、窓の外から流れてくる声に耳を澄ます。
 毎朝この声を聴くのが彼女は好きなのだ。
 生徒たちの元気のいい声は、なんだか彼女自身も元気をもらったような気がするからだ。
 朝の挨拶は気持ちがいい。

 彼女はふと立ち上がると、窓のそばに行ってそこから外を眺める。
 窓から見える校門からは、校舎の玄関に向かう生徒たちが何人も歩いている。
 まだ時間的に余裕があるからか、走るような生徒は誰もいない。
 これがもう少し経つと、時間ギリギリになって慌てて走ってくる生徒たちが多くなる。
 みんなあと五分早く起きればいいのにと彼女は思いつつも、なかなか朝は起きられないものだというのもよくわかる。
 今日は遅刻する子がいませんように……
 彼女は思わずそう願う。

 あら?
 彼女がふと気づくと、植え込みの陰から生徒たちをのぞき見しているような人影があることに気付く。
 窓からではよくわからないが、もしかしたら盗撮などを目的とした変質者の可能性もある。
 急いで彼女は誰かに確認に行ってもらおうと考えたが、今の時間教師たちはほとんど一時間目の授業の支度などで忙しいことに思い至る。
 私が行った方が早いわね。
 彼女はそう思うと、すぐに理事長室を飛び出していた。


 「むう……まさかこんなに女子高生がいるとは思わなかったぞ……」
 次々と校門から入ってきては校舎の玄関に向かう女子生徒たちの姿。
 植え込みの陰に隠れてその様子を見ていたプリンスビートルは、その数の多さに驚いていた。
 確かあの少女はメガネをかけていたなとは思うものの、通っていく少女たちのかなりの数がメガネをかけており、誰が誰やらさっぱりわからない。
 これではあの愛梨とかいう少女を見つけ出すのは難しいではないか。
 どうしたものか……

 「そこのあなた! ここは学校ですよ! 何をやっているのですか?」
 背後から強い口調で声をかけられるプリンスビートル。
 振り向くと、そこにはタイトスカートのスーツを着こなした美しい女性が立っている。
 だが、人間風情に気安く声をかけられるなど不快でしかないプリンスビートルには、人間の美しさなどどうでもいいことだ。
 「黙れ人間! 俺が何をしようと俺の勝手だ!」
 そう言って立ち上がるプリンスビートル。
 その背丈は2メートル近くもあり、がっしりとした躰が威圧感を与えてくる。

 「な! 今すぐここから出ていきなさい! 警察を呼びますよ!」
 「ほう……」
 たいていの人間は彼の姿を見るとそれだけで震えあがるというのに、この女はたじろぎもせずに彼をにらみ返してくる。
 なかなかに精神力の強い女だ。
 面白い……
 「女、名はなんという?」
 プリンスビートルは相手の名前をたずねてみる。
 彼に堂々と文句を言うこの人間の女が気に入ったのだ。

 「はあ? 私はこの学園で理事長を務めている益浜涼香(ますはま りょうか)です。あなたこそいったいこんなところで何をしているの? それにその恰好はコスプレ?」
 彼の問いに女が答えてくる。
 なるほど、この学校の関係者か……
 しかも理事長だと?
 「ほう……するとこの学校には詳しいのだな? ちょうどよい。お前に働いてもらうとしよう」
 プリンスビートルがにやりと笑う。
 エイリスと戦わせる魔蟲人が一人欲しかったところだ。

 「えっ? なに?」
 涼香は思わず声をあげてしまう。
 いきなり周囲が暗くなったかと思うと、足元から地面が消え、空中に浮いたような感じになってしまったのだ。
 「え? ええ? な、なに? なんなのいったい?」
 何がなんだかわからない。
 校舎も植え込みも何もかもが消え、闇の中にただ浮いているのだ。
 しかも不審な男も一緒で、ただにやにやと笑っているではないか。
 「ま、まさか……これはあなたが?」
 「そうだ。われらの住む闇の世界へようこそ」
 カブトムシの角のようなものが付いたヘルメットをかぶり、全身を黒い鎧で覆った男が言い放つ。
 「や、闇の世界?」
 いったいこの男は何者なの?
 涼香はただ困惑する。
 「そうだ。ここは我が魔蟲帝国ジャバグの闇空間。ここでお前は生まれ変わるのだ」
 「魔蟲帝国……ジャバグ? そんな……」
 あれは最近流行り出した都市伝説の類では?
 涼香の脳裏にネットで見た真偽不明の話が浮かぶ。
 それは闇の世界から来た巨大な虫人間と、若い女性が魔法少女として戦っているというもの。
 いかにも空想の世界で作られそうな話だ。
 まさか本当の話だったとでもいうの?
 生まれ変わるって?
 どういうこと?

 「きゃぁぁぁぁ!」
 涼香の悲鳴が上がる。
 黒い糸のようなものがどこからともなく現れ、彼女の躰に巻き付き始めたのだ。
 「いやっ! 何これ?」
 糸は強靭で、引きちぎろうとしてもびくともしない。
 それどころか二本三本とあらわれては巻き付いてくるのだ。
 「ひぃぃぃぃっ!」
 なんとか逃れようともがいてみるものの、糸は躰を動かせば動かすほど全身にまとわりついてくる。
 両手にも両足にも糸がぐるぐると巻き付き、まるで黒く染められていくようだ。
 「た、助けて! 誰かぁっ!」
 顔にも髪にも絡みついてくる糸に抗いながら、必死に助けを求める涼香。
 だが、朝の学校にいたはずなのに、周囲は闇で誰からも返事はない。

 「ククク……恐れることはない。お前は生まれ変わるのだ。人間などというくだらない存在から、われらジャバグの魔蟲人としてな。フハハハハ……」
 「ひぃぃぃぃっ!」
 男のゾッとする笑い声が響き、恐怖が涼香の背筋を凍らせる。
 何がなんだかわからない恐怖が彼女を包み込んでいくのだ。
 「いやっ! いやぁっ!」
 叫び声をあげる口も糸が巻き付いて覆っていく。
 見開かれた目も必死でもがいていた両手も黒い糸が包み込んでいく。
 「ん……んんん……」
 やがて涼香の躰は完全に糸にくるまれ、黒い繭のようになっていく。
 糸がすべて絡みついた後、そこにあったのは黒い巨大な繭だった。

 「ククク……さて、お前はどんな魔蟲人になるのかな?」
 闇の中に横たわる繭を見ながら、プリンスビートルはにやりと笑う。
 人間の女をもとにした魔蟲人は初めてだが、まあ、問題はあるまい。
 なによりこの女はエイリスと思われる少女の通う学校の関係者であり、もしその少女がエイリスでなかったとしてもエイリスを始末するのに役に立ってくれるはず。
 さあ、早く生まれ出てくるがいい……

 やがて黒い繭にひびが入り、裂け目からビュルッと一本の触手のようなものが現れる。
 続いて白い手が現れて、触手とともに裂け目を左右へと広げていく。
 大きく広がった裂け目から、やがて二つの丸い双丘を持った躰が姿を見せ、ゆっくりと起き上がる。
 「ほほう……」
 姿を見せた魔蟲人にプリンスビートルが声を漏らす。
 どうやら今回の魔蟲人はカタツムリの魔蟲人のようだ。
 白を基調にした躰に茶が混じり、背中には大きな渦巻き状の殻を背負っている。
 白く丸い頭部からは目の部分が角のように飛び出しており、躰には女性らしく豊かな二つの胸がある。
 右手は先が長い触手状になっており、左手のみが人間のように指がある。
 両足はすらっとして人間と同じように二本あり、ハイヒールのブーツを履いたような形状になっていた。
 まさに先ほど繭に包まれた女性とカタツムリが融合したような姿であり、ジャバグの魔蟲人にふさわしい姿であろう。

 「ククク……さて、生まれ変わった気分はどうかな?」
 「ニュルーン! あはぁ……最高の気分ですわぁ。なんて気持ちがいいのかしら。アタシはもう人間なんかじゃありません。偉大なる魔蟲帝国ジャバグの魔蟲人ですわぁ。ニュルーン!」
 魔蟲人に生まれ変わった涼香はそう答える。
 とてもいい気分なのだ。
 今まで人間であったことなど思い出したくもない。
 この姿こそが本当の私なのだ。
 涼香はそう思う。

 「クククク……それでいい。お前はジャバグの魔蟲人。カタツムリの魔蟲人マイマイだ」
 「ニュルーン! アタシに名前をつけてくださってありがとうございます、プリンスビートル様。アタシは魔蟲人マイマイ。どうぞなんなりとご命令を。ニュルーン!」
 涼香という名はこの瞬間に消え、彼女はマイマイという名前になったのだ。
 なんとすばらしい名前だろう。
 しかもプリンスビートル様自らが名付けてくださったのだ。
 彼女はうれしかった。

 「クククク……そうだ、お前は魔蟲人マイマイ。これからはジャバグのために働くのだ」
 「もちろんです、プリンスビートル様」
 スッとひざまずいて一礼するマイマイ。
 「うむ。お前はアズリ女学園の理事長といったな。学園のことはわかっているのだろう?」
 「はい。アズリ女学園はアタシが人間だった時に理事長を務めていた学園ですわ。中のことならだいたい把握しております。ニュルーン!」
 マイマイが頭の上に突き出た目を輝かせる。
 「ならば元久保愛梨という生徒が学園にいることを知っているだろう?」
 「元久保? 申し訳ありません。個別の生徒一人一人のことまでは……」
 一気にシュンとうなだれてしまうマイマイ。
 理事長と言えどもさすがに生徒一人一人を把握しているわけではない。
 「むう……役に立たんやつめ!」
 「お、お待ちくださいませ。調べればすぐにわかることですプリンスビートル様。ニュルーン!」
 慌ててマイマイは手段があることを示す。
 幹部であるプリンスビートルに無能とは思われたくないのだ。

 「ふむ。ならばその元久保愛梨とか言う生徒を突き止め、お前の手で始末するのだ! その生徒こそジャバグに歯向かう魔法少女エイリスなのだろうからな!」
 まあ、違ったとしても問題はない。
 少女を始末した後にエイリスが現れなければエイリスだったのだろうし、現れれば違ったというだけのこと。
 その時はまた新たな手段を考えればいい。

 「ニュルーン! かしこまりましたプリンスビートル様。このマイマイにお任せくださいませ」
 マイマイはそう言って立ち上がると、すっと左手で自分の顔を隠すようにする。
 するとその躰がみるみるうちに以前の益浜涼香の姿へと変化する。
 「ふふっ……下等な人間の姿になるのは気持ちのいいものではありませんが、この姿なら人間どもに怪しまれることはありませんわ」
 涼香の姿になったマイマイがにやりと笑う。
 「うむ。頼んだぞ、マイマイ」
 「はっ、プリンスビートル様」
 マイマイは深々と一礼した。

                   ******

 「うふふ……あなたが元久保さんの親友ということは橋田(はしだ)先生に聞いて知っているの。そうなんでしょ?」
 「え? は、はい。そうですけど……」
 理事長室のソファに座りながら、咲間絵美香(さきま えみか)はどうして理事長がそんな質問をしてくるのだろうと疑問に思う。
 担任の橋田先生から職員室に来るように言われ、来てみたら今度は理事長室に行くように言われたのだ。
 ただの一生徒である絵美香に理事長が何の用があるのかさっぱりわからなかったものの、行くようにと言われたら行くしかない。
 それで今こうして理事長室に来ていたのだ。

 「うふふ……心配しなくてもいいわ。あなたにはしてほしいことがあるだけ」
 そう言って理事長は席を立ち、絵美香の後ろに回り込む。
 「してほしいこと……ですか?」
 絵美香はなんとなくいやな感じがするものの、後ろを振り返ることができない。
 なんだか妙に理事長が恐ろしく感じるのだ。
 笑顔を浮かべていたにもかかわらず、それがとても冷たいものだったように思えてしまう。

 「ひっ!」
 突然絵美香の首に触手のようなものが巻き付いてくる。
 「ニュルーン! そうよぉ。あなたには元久保さんを始末する手伝いをしてほしいの。うふふふ……」
 ギョロッとした目が背後から回り込むようにして絵美香の前に現れる。
 「ひぃーっ!」
 驚いた絵美香が振り向くと、そこには巨大な人とカタツムリが融合したような化け物が立っていた。
 そしてその右手から伸びる触手が、絵美香の首に巻き付いているのだ。
 「い、いやぁっ……むぐっ」
 悲鳴を上げる絵美香の口に、触手の先端が潜り込む。
 「ニュルーン! ダメよぉ騒いでは。他の人間に気付かれるじゃない。もっとも、気付いた人間は始末すればいいだけだけどね。おほほほほ……」
 左手の甲で口元を抑えて笑うカタツムリの魔蟲人。
 「むぐっ……むぐぅ……」
 絵美香は必死に首に巻き付いた触手を引きはがそうともがくが、彼女の力では全く引きはがせない。
 「ニュルーン! 心配しなくてもいいわ。あなたも橋田先生同様に、アタシの可愛いカタツムリのしもべになるの。とっても気持ちがいいわよぉ。おほほほほ……」
 「むぐぅ……んぐぅ……」
 必死でもがく絵美香。
 だが、その絵美香の目の前に一匹のカタツムリが差し出される。
 「ニュルーン! 可愛いでしょ? これからこのカタツムリがあなたの脳に入りこむの。そうすればあなたはこのカタツムリのしもべとなり、アタシの言うことを何でも聞くようになるのよ。おほほほほ……」
 「むぐぅーーー!」
 絵美香は狂ったように頭を振るが、カタツムリはゆっくりと絵美香の首から這い上がり、その耳の中へと入っていく。
 「むぐっ……むぐぐ……」
 カタツムリに入りこまれた絵美香は、一瞬躰をけいれんさせるが、すぐにぐったりと力が抜けたようになる。
 「うふふふ……さあ、カタツムリがあなたの脳を支配するわ。気持ちいいでしょう?」
 気を失ったような絵美香に、マイマイはそっと優しく声をかけた。

 「さあ、起きるのよ、咲間絵美香」
 「はい……マイマイ様」
 マイマイの声にゆっくりと躰を起こす絵美香。
 その目はうつろで、どこか焦点が合っていない。
 「ニュルーン! いい子ね。あなたはもうカタツムリのしもべ。アタシの言う通りに動くのよ」
 「はい……マイマイ様」
 絵美香がこくんとうなずく。
 その目の前に液体の入った小さなボトルを差し出すマイマイ。
 「おほほほ……これはアタシの胸から出た毒液。この中身を元久保愛梨に飲ませなさい。あなたならできるでしょ? ニュルーン!」
 「はい……かしこまりました、マイマイ様」
 ゆっくりと手を伸ばしてボトルを受け取る絵美香。
 「気付かれないように飲ませるのよ。いいわね?」
 「はい……マイマイ様」
 絵美香はゆっくりと立ち上がると、ボトルを大事そうに持ってドアに向かう。
 「うふふふふ……」
 理事長室を出ていく絵美香を見送りながら、毒で身動きが取れなくなった愛梨をどうやっていたぶろうかと考え、マイマイは心を躍らせるのだった。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。
(*´ω`)

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2023/01/04(水) 19:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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犬と猫

本当にたまたまではあるのですが、ちょうど三連休ということでいいタイミングとなりましたので、今日はSSを一本投下いたします。

犬と猫

タイトルは「犬と猫」です。

私がpixivで相互フォローさせていただいております絵描きさんに「マーチン・シン」さんという方がおられるのですが、以前イラストネタに怪人のモチーフを何かと求められたことがありまして、その時に「犬と猫」はどうでしょうとお話ししたところ、一目で惚れこんでしまうようなラフイラストを描かれまして、これは逆に私がSS化したいぞと思ったのが始まりでした。

それでマーチンさんといろいろとお話をしていくうちに、組織や悪の女幹部さんや戦闘員さんという周囲のキャラをお見せいただけましたので、そのあたりを加えてSSを書き上げたのが今作となります。
ですので、ある意味共作という形になりますでしょうか。

扉絵もマーチンさんが描かれましたもので、使用を快諾していただきました。
まさに犬怪人と猫怪人ですね。
(*´ω`)

そのほかの人物等はマーチンさんがこちら「“牙王戦士ガウル”キャラクター紹介」にアップされておりますので、先にこちらをご覧になられるとよろしいかと思います。

ということで、「ガウル」本人は登場しませんが、彼を狙う怪人にされてしまう二人の話です。
お楽しみいただけましたら幸いです。

それではどうぞ。

犬と猫

 「これまでのアニマロイド(獣人戦士)よりも強力なビーストロイド(猛獣人戦士)……ねえ。面白そうじゃない?」
 バサリとテーブルの上に資料を落とす一人の女性。
 その口元に笑みが浮かぶ。
 「まずはこれを作ってみようかしら。あの脱走体を処分するためにも、タカスギとは違うところを見せておかないとね……ふふふ……」
 組んでいた足をほどき、椅子からスッと立ち上がる。
 「すぐに素体にふさわしい者を選んでおいで。そうね……パワータイプがいいわ。お前たち、行きなさい。ホッ!」
 「「ネッ!」」
 女性の言葉と振られた腕に返事をするかのように暗がりの中から奇声が響き、黒い影が数体闇の中へと消えていく。
 「ふふふ……」
 その姿を女性は満足そうに見送った。

                    ******

 「お前たちそこに並べぇ!」
 太く威圧感のある声が廊下に響く。
 この学校の体育教師である犬田豪次(いぬた ごうじ)の声だ。
 筋肉隆々の躰に厳めしい顔をした彼は、その苗字から生徒たちにブルドッグと呼ばれ恐れられている。
 体罰こそ行わないものの、その顔で睨みつけられ、腹の底から響く声で怒鳴られるのはなかなかきつく、女子生徒には泣き出してしまう子もいるという。
 今朝も些細なことで数人が廊下に立たされ怒鳴られているようだ。

 「犬田先生」
 ちょうど通りかかったらしい手に数学の教科書を持った女性教師が声をかける。
 「ん? またあんたか、猫川先生」
 犬田が声をかけてきた女性教師の方を向く。
 そこにいたのは数学教師の猫川美弥(ねこがわ みや)だ。
 若くてスタイルもよく、美しい女性教師ということで生徒たちの人気も高いが、物事をちゃんと理路整然と説明するために、生徒たちへの指導にも定評がある。
 どちらかと言うと感情的に怒鳴り散らす犬田にしてみれば、話せばわかるという態度で生徒に接する美弥は煙たい存在でもあった。

 「またかではありません。もう一時間目の授業が始まります。その子たちへの指導はもういいでしょう」
 まるでドラゴンに立ち向かう女騎士のような凛とした姿できっぱりと言い放つ美弥。
 「ふん! 猫川先生は甘すぎる。生徒たちはまだ未熟。そこをしっかりしつけてやらんと教師を舐めてかかるようになるんだ」
 犬田は不愉快だとでもいうように鼻を鳴らす。
 「生徒たちと言っても一人一人の人間。高校生にもなれば充分に考える力は身に付いてます。威圧するようなことはしなくてもちゃんと話せば理解できるのです。犬田先生にはそれがわからないのですか?」
 最後の一言はやや余計だろうが、犬田の言葉に反論する美弥。
 「さあさあ、授業を始めますので生徒たちを解放してください」
 チャイムも鳴ったことから美弥は、生徒たちを犬田から引き離し強引に切り上げようとする。
 犬田も教師である以上、授業の邪魔になると言われるのは本意ではない。
 「ふん! 猫川先生もそのうちわかりますよ。こいつらにはまだまだ教師による強いしつけが必要だということをね」
 捨て台詞を吐いて立ち去っていく犬田。
 その後ろ姿にふうと肩をすくめる美弥。
 やれやれ……
 ホント犬田先生ったらすぐに力で押さえつけようとするんだから……

 まったく忌々しい女だ……
 ドスドスと足音を響かせて体育教官室に戻ってくる犬田。
 そのままドカッと椅子に腰を下ろす。
 彼自身は今日の一時間目は空き時間なので、あの生徒たちをもう少し説教してやりたかったのだが、どうもあの女教師は苦手なのだ。
 これが英語の坂木(さかき)のようなジジイ教師ならひと睨みすれば黙るので、授業時間に差し掛かろうと気にすることはないのだが、あの女は睨みつけてもびくともしない。
 だが……あの女の顔と躰はまぎれもなく一級品。
 まさに俺好みの女と言っていい。
 いずれ組み伏せて手籠めにし、俺のメスにしてやりたいものだ……
 そんなことを考えながら席に着く。
 そのジャージに包まれた股間が妄想に膨らんでくるが、幸いほかの教師はみな授業で出払っている。
 今ここでそんなことをするつもりはないものの、たとえオナニーしたところで気付かれる心配はないだろう。
 ふふ……
 ここであの女を犯してやるのも一興か……
 犯され続けたあの女は、やがてその快楽に溺れチンポなしではいられなくなっていく……
 あのくそ生意気な女が、俺のチンポを求めてその躰を差し出してくるようになる……
 脳裏の中で美弥がいやらしい下着姿で彼のチンポに頬擦りをしてくる。
 そんなまるでどこかのアダルトビデオのようなことを考え、笑みを浮かべる犬田。
 機会があればその欲望を実現したいものだ。

 「ふふふ……なるほど、屈強そうな男だわ。それにどこか邪悪さも持っていそうね。デスカルの選択に間違いは無さそう」
 突然女の声が犬田の耳に入ってくる。
 「な、なんだ?」
 慌てて声のした方を振り返ると、いつの間にか教官室の入口の所に女が一人立っていた。
 整った美しい顔をしているが、流した前髪で片目が隠れており、犬田のまったく見覚えのない女性だ。
 それにどう見ても学校の関係者とは思えないような、ナチスの制服めいた軍帽と軍服を身にまとっている。
 肘までの長い革手袋を嵌めたその手には乗馬鞭が握られており、そのある意味美しい姿とは全くそぐわない冷酷な雰囲気がにじみ出ていた。

 「な、なんだ貴様は? どうやって校内に入ってきた? 今すぐ出ていけ! ここは学校だぞ!」
 立ち上がって女の元へ行く犬田。
 「ふふふ……そうわめくな。我が名はクローディア。お前は我らデスカルに選ばれたのだ。光栄に思うがいい」
 「クローだか何だか知らんが出ていけ! 警察を呼ぶぞ!」
 腕をつかんで廊下に引きずり出そうとする犬田。
 女に暴力を振るうつもりはないが、この華奢な躰なら片手一本でどうにでもなるだろうと彼は思う。
 だが次の瞬間、犬田の巨体が宙を舞い、背中から床にたたきつけられる。
 「うぐぅっ!」
 何が起こったのかわからない。
 まさかこの女に投げ飛ばされたというのか?
 この俺が?

 「下等な人間風情が私に気安く触れるな! お前が素体でなければ生かしてはおかんところだ! おい、こいつを引っ立てろ!」
 床に倒れたままキョトンとしている犬田を見下ろし、クローディアが鞭を振り上げる。
 すると廊下から頭部をドクロのような模様の付いたマスクで覆い、全身をぴったりとした黒い全身タイツのような衣装で身を包んだ男たちがずかずかと入ってきた。
 「ホネーッ!」
 「ホネーッ!」
 「な、なんだ?」
 奇声を発しながら近づいてくる男たちに驚く犬田。
 「こいつらは我がデスカルの戦闘員ボンヘッドだ。こいつらにすら人間のお前では歯が立つまい。だがお前は選ばれたのだ、おとなしく来るがいい!」
 ボンヘッドたちは犬田を取り囲むように彼の周りに立ち、そのまま彼の両腕を掴んで立ち上がらせる。
 「わ、な、何をする!」
 クローディアの言うとおりボンヘッドの力は強く、犬田が振りほどこうとしてもまったく振りほどけない。
 「は、離せ! 離せぇ!」
 わめく犬田を引きずるようにして連れ出していくボンヘッドたち。
 そのまま彼らの姿は部屋から消えていった。

                   ******

 「みゃー先生さよならー」
 「先生まったねー」
 生徒たちが美弥にすれ違いざまに手を振っていく。
 今日も一日の授業が終わり、生徒たちは帰宅していく時間だ。
 ひとまずはやれやれと言うところだが、教師にはこれからもたくさんの仕事が待っている。
 ここからもうひと頑張りしなくてはならない。
 美弥は生徒たちに手を振り返し、職員室へと向かう。

 職員室に入った美弥は、何か室内がざわめいていることに気付く。
 何かあったのだろうか?
 「ああ、猫川先生」
 「あ、はい?」
 何事だろうと思いながらも席に戻った美弥に、隣の佐久間(さくま)教師が声をかける。
 「朝から犬田先生の姿が見えないのですが、見かけませんでしたか?」
 「犬田先生が?」
 犬田とは朝のあの一件以来顔を合わせてはいない。
 姿が見えないとはどういうことだろう?

 「見てませんけど……犬田先生がいなくなったんですか?」
 「どうもそのようで。二時間目の授業にも現れなかったようです」
 頭の禿げあがった佐久間が額に汗を浮かべている。
 「そうなんですか?」
 「ええ、なので見かけたら教頭や主任に連絡をとのことでした」
 「わかりました」
 コクンとうなずく美弥。
 確かに粗野で腕力中心主義のような犬田は美弥にとっては苦手な人間だ。
 理詰めで話そうにも、相手の方が感情的になって話し合いになりそうもない。
 近づかないに越したことはないのだ。
 だが、いなくなるとはどうしたのだろう……
 もしかして、またどこかで生徒にねちねちとくだらない説教でもしようとしているのではないだろうか……

 「ちょっと校内を見てきます」
 「ええ?」
 立ち上がった美弥に対し、何もそこまではという顔をする佐久間。
 それに昼頃から数人の教師が校内は見回ったのだ。
 おそらくもう校外に出てしまっているのだろうし、いまさら校内を見回ったところで見つかるはずもない。
 だが、そのことを伝えようと思った時には、すでに美弥は職員室を出て行っていた。

 「あ、みゃー先生だ。先生さようならー」
 美弥を見かけて声をかけてくる女子生徒。
 生徒たちの一部は美弥のことをみゃー先生と呼んで慕っているのだ。
 「あ、ちょっと」
 渡りに船とばかりに美弥は呼び止める。
 「はい?」
 「犬田先生見なかった?」
 足を止めた女子生徒に尋ねる美弥。
 「えー? ブルドッグなんて見てないですよー。てか見たくもない?」
 露骨にいやな表情をする女子生徒。
 まあ、犬田は一般的に生徒には嫌われているのでこういう反応も不思議はない。
 「こら、先生をブルドッグ呼ばわりしちゃダメでしょ」
 「てへ」
 一応教師として注意する美弥に小さく笑う女子生徒。

 「でも、みゃー先生だってあの脳筋は好きじゃないでしょ?」
 「う、そ、そんなことは……」
 思わず図星をさされてしまう美弥。
 「ま、まあ見かけてないならいいの。ごめんね呼び止めちゃって。じゃあまた明日ね」
 そそくさとその場を離れる美弥。
 まあ、犬田が脳筋だのブルドッグだのと言われるのは無理も無いと思うし、美弥も苦手なのは間違いない。
 こうして探すような理由もないのにねとも思う。
 それでも、また生徒たちに難癖をつけるネタ探しでもしているんじゃないかと思うと、気になってしまうのだ。
 なにせあの男は自分の楽しみのために生徒たちに説教するようなところがあるから。

 「ふう……」
 結局一通り校内を見回ったが、どこにも犬田の姿はない。
 美弥は軽い徒労を覚えて職員室に戻るべく廊下を歩く。
 どうやら本当に犬田は校内にはいないようだ。
 いったい私は何をやっていたのか……
 はあ……

 「ヒッ!」
 角を曲がったところで息を飲む美弥。
 人の気配のなくなった廊下に、まるで軍服のような衣装を着て帽子をかぶった女性が立っていたのだ。
 しかもその手には鞭を持っている。
 誰?
 いったい彼女は何者なの?
 美弥がそう思った時には、すでに彼女の両腕は何者かの黒い手によって背後から掴まれ、口元に布のようなものが押しあてられてくる。
 薬?
 そんな……いつの間に?
 誰かに助けを……
 そう思った時には、すでに意識が朦朧となってくる。
 「ふふふ……連れていけ」
 「ネッ!」
 軍服を着た女の声と奇声を聞きながら、美弥の意識は闇に沈んでいった。

                   ******

 「う……うーん……」
 ゆっくりと目を開ける美弥。
 「えっ?」
 気付くと、自分がどこか知らない見たことのない場所にいるのがわかる。
 しかも着ていたものはすべて脱がされて裸であり、何かガラスケースのような箱の中に寝かされているのだ。
 「こ、これはいったい?」
 ケースはそれなりに大きさを持ってはいるものの、美弥が立ち上がれるようなものではなく、上半身を起こすことも難しい。
 さらにガラスケースにはいろいろなコードやチューブが接続されていて、まるで何かの実験機材のようだ。
 ここはいったいどこなのか?
 なぜ自分はこんなところに入れられているのか?
 美弥にはさっぱりわからなかった。

 「あら、お目覚めかしら?」
 「グルルルル……」
 低い犬の唸り声のようなものと一緒に女の声が聞こえてくる。
 「ひいっ!」
 声の方を見て思わず小さく悲鳴を上げる美弥。
 そこには廊下で見た軍服姿の女性と、その背後にいる巨大な犬のような化け物がいたのだ。
 それは全身が筋肉の塊のような巨体で、まるでゴリラのような印象すら与えるが、全身を短いやや灰色がかった茶色の毛が覆い、ピンと立った耳と大きく開いた口から覗く牙がそれが犬であることを示していた。
 太い両腕の手首と肩にはトゲの付いたリングが嵌まっており、同じものが足首にも付いている。
 腰には髑髏を模したような模様のバックルの付いたベルトが締められており、立ち上がって歩いているその姿は人間のようでもある。
 その犬と人間が掛け合わさったような化け物の赤い目が、美弥をずっと見つめていた。

 「うふふ……どう? この女で間違いない?」
 軍服の女が背後の犬の化け物に問いかける。
 「グルルル……間違いありませんクローディア様。この女です」
 犬の化け物が人間の言葉をしゃべったことに美弥は驚く。
 「そう……ふふふ……よかったわね。ガブーンがお前をパートナーにと望んでいるわ。これからお前を我がデスカルのビーストロイド(猛獣人戦士)に改造してあげる」
 つかつかと近寄ってくるクローディアと呼ばれた軍服姿の女と犬の化け物。
 「えっ? 改造? パートナー?」
 どういうことなのか?
 まさかこの化け物のパートナーに?

 「グルルル……猫川、俺がわかるか?」
 犬の化け物に問いかけられ、美弥はブンブンと首を振る。
 こんな化け物、わかるわけがない。
 「あらあら、同僚の顔を見忘れたのかしら? 今朝まで一緒の学校にいたんでしょ」
 「えっ? 今朝まで?」
 「ワォーーン! そうだ。俺だ。犬田だ」
 「えええっ?」
 驚愕する美弥。
 この犬の化け物がいなくなった犬田先生だというの?

 「グルルル……俺はクローディア様のおかげで生まれ変わったのだ。今の俺は人間の犬田などではない。デスカルの犬型ビーストロイドのガブーンだ。人間を超えた存在なのだ」
 「嘘……そんな……」
 美弥は信じられない。
 この犬の化け物が犬田だなどと、そんなことがあり得るのだろうか?
 とても信じられるものではない。
 「グルルル……猫川、お前は忌々しい女だ。いつも俺の邪魔をした。俺が生徒をいたぶって楽しむのを邪魔してきたのだ。だが、お前はいい女だ。そんなお前をいつか我がものにしたいと思っていたのも事実だ。お前を俺のものにな」
 「なっ!」
 美弥は愕然とする。
 そんな……そんな邪な思いをこの男は抱いていたというの?
 なんてこと……

 「グルルルル……だから俺はクローディア様に頼んでお前をパートナーにしてもらうことにした。お前も俺と同じビーストロイドとなるのだ。ともにデスカルのために働こうではないか。ワォーーーン!」
 大きく吠え声をあげるガブーン。
 ガラスケースがびりびりと震えるような吠え声だ。
 「いやっ! そんなのいやっ! いやです! ここから出してぇ!」
 化け物にされるなんてありえない。
 青ざめてガラスケースを叩く美弥。
 だがケースはまったくびくともしない。
 「ふふふ……お前に拒否する権利などないのよ。もともとビーストロイドは複数用意したいと思っていたところだから、ちょうどよかったわ」
 クローディアが鞭でケースをピシッと叩く。
 「喜びなさい。お前は人間を超越した存在になれるのよ。デスカルのビーストロイドになれば、その喜びを感じるようになるわ」
 「いや……やめてください……お願い……」
 美弥は泣きながら懇願する。
 だが、クローディアは笑みを浮かべ、くるっと振り返るとスイッチへと向かっていく。
 そしてその黒い革手袋に包まれた指が、ボタンを押した。

 「きゃぁぁぁぁぁ!」
 美弥の躰に電気が走り、その痛みに悲鳴が上がる。
 躰の中に何かがねじ込まれるような感じがして、全身がバラバラにされていくようだ。
 実際美弥の躰には新たに猫の因子が流し込まれていっており、その躰を変化させ始めている。
 皮膚には白く短い毛が生え始め、それがやがて全身を覆うスーツのようなものへと変化する。
 肘から先は黒い手袋状に同じく変化し、指先からは鋭く長い爪が伸びていく。
 両足も膝から下がブーツのように変化するが、指先は猫の足のような形となり、こちらも鋭い爪が生えてくる。
 肩から首にかけても黒が覆い、その上から白い毛が首輪のようにリングを作る。
 美しかった美弥の顔も口元以外は猫の顔にように変化していき、三角形の耳が両側に広がっていく。
 お尻からはしなやかな長いシッポが伸びていき、美弥の躰は猫と人間が融合したような姿になっていった。

 「あああああ……・ニャァーオ……ニャァァァーオ……」
 美弥の口から猫の鳴き声が流れてくる。
 変化は美弥の精神をも歪めていくのだ。
 偉大なるデスカル。
 自分はそのデスカルに選ばれた存在なのだ。
 ちっぽけでくだらない下等な人間であることをやめ、デスカルのビーストロイドとして生まれ変わる。
 それは喜びであり誇らしいこと。
 この苦しみも生まれ変わるための前段階。
 これが終われば自分は素晴らしい存在に変わるのだ。
 美弥の心がそう思う。
 彼女はもう以前の猫川美弥ではなくなっていたのだ。

 やがて装置のうなりが収まり、ガラスケースのふたが開く。
 「ニャァァァーオォ!」
 一声大きく鳴き声を上げてゆっくりと起き上がる美弥。
 すでにその姿は人間ではなく、人と猫が融合したビーストロイドの姿だ。

 「うふふふ……おめでとう。今日からお前はデスカルの猫型ビーストロイド、ソウガットよ」
 クローディアが美弥に近寄りそう言うと、その手にデスカルの紋章の付いたベルトを渡す。
 「これはデスカルの一員である証。さあ、つけなさい」
 「はい、クローディア様。ニャァーオ」
 美弥はベルトを受け取ると、そのまま腰へと巻いていく。
 ベルトについたデスカルのドクロの紋章がなんとも誇らしい。

 「うふふふ……よく似合うわ。さあ、偉大なるデスカルに忠誠を誓いなさい」
 「ニャァァァーオ! アタシは偉大なるデスカルの猫型ビーストロイドのソウガット。デスカルとクローディア様に永遠に忠誠を誓います。ニャァァァーオ!」
 スッと両手をクロスさせてその爪をかざすソウガット。
 「それでいいわ。ほら、あそこにあなたのパートナーが待っているわよ」
 微笑んでガブーンを指し示すクローディア。
 「はい、クローディア様。ナァァーオ」
 少し甘えるような声を出してガブーンの方へと向かうソウガット。
 ふふふ……
 うまくいったよう……
 どうやら人間の男でも女でもビーストロイドにするのは問題なさそうね……
 クローディアはそう思う。

 「グルルルル……どうやら無事に終わったようだな」
 足音も立てずにしなやかに歩くソウガットを、ほれぼれするような目で見つめるガブーン。
 「ニャァァァーオ……ええ、アタシは生まれ変わったわ。これもあなたのおかげよガブーン。うふふ……」
 ソウガットはそう言うと、ガブーンの躰に身を預ける。
 「気付かなかったわ……ダメねアタシったら……あなたがこんなにたくましく素敵なオスだったなんて……」
 ガブーンの胸にその頭をすり付けるソウガット。
 ソウガットにとってガブーンはもはや嫌悪の対象ではない。
 それどころか、ともにデスカルのビーストロイドとしてとても好ましいパートナーだと思うのだ。
 これはある種の洗脳の効果であったが、ソウガットにとっては今のこの感情こそが“本当の”感情である。

 「グルルルル……そいつはうれしいな。お前も俺好みの美しいメスだぜ、ソウガット」
 ガブーンがその手でソウガットの顎を持ち上げ、自分の顔と向きあわせる。
 「うふふ……アタシたちいいパートナーになれそうね。ナァァーオ」
 「ワォーーーン! そいつはベッドの中でもという意味かな?」
 「うふふ……試してみる? ナァァーオ」
 妖しく微笑むソウガット。
 「もちろんだとも」
 ガブーンもニヤッと笑ってソウガットを抱き上げる。
 「あらあら……まあ、仲良くしなさい。うふふふふ……」
 ソウガットを抱きかかえて改造室を出ていくガブーンに、クローディアは苦笑した。

                   ******

 「うわぁぁぁっ! ば、化け物め!」
 「は、博士! 早く逃げて!」
 男たちの声が錯綜する中、白衣を着た初老の男がなんとか部屋を飛び出していく。
 「グルルルル……」
 突然壁をぶち破って入ってきた巨大な犬の化け物がうなり声をあげる。
 「こいつめ!」
 数人の男たちが手近な椅子や棒を持って立ち向かっていくが、まったく傷一つ付けられない。
 それどころか、その太い腕に掴まれて鋭い牙を持つ大口で頭をかみ砕かれていく。
 「うわぁぁぁ!」
 「に、逃げろ!」
 「だ、ダメだ! 今逃げたら博士の方に行かれてしまう。ここで……がっ!」
 同僚たちに踏みとどまるように言おうとした男が殴り飛ばされ、壁にケチャップをぶちまけたかのように血だまりを作って絶命する。

 「グルルル……歯ごたえがないな」
 男を殴り飛ばしたガブーンが、その大きな口でにやりと笑う。
 あと三人……
 ターゲットは逃げ出したがこれは予定通り。
 せいぜい残り三人を楽しませてもらうとしよう。
 ガブーンは恐怖に青ざめている男を一人捕まえると、その頭を牙でかみ砕く。
 「ふん……楽しみにもなりはしないな。ワオーーーン!」

 「は、博士、早く! ここを曲がれば出口が……えっ?」
 博士を逃がそうと先導していた男が思わず立ち止まる。
 「と、富田(とみた)君、どうしたね?」
 先を走っていた男が突然立ち止まったことに驚く博士。
 「そ、それが……」
 富田の記憶では曲がった先には外に通じる玄関があったはずなのだ。
 それなのに今彼の目の前にはここまでと同じような廊下が奥へと続いている。
 おかしい……
 どこかで道を間違えたのか?
 だが、そんなはずは……
 いったい……

 だが、富田がその答えを知ることはできなかった。
 「うごっ!」
 突然その廊下の“中から”鋭い爪が飛び出し、富田の腹をえぐったのだ。
 「うふふふふ……アタシの幻術はどうかしら? 本物の廊下にしか見えなかったでしょ? ニャァァァーオ」
 誰もいないはずの廊下の“中から”、猫の鳴き声が響いてくる。
 やがて奥へと伸びていた廊下がすうっと消え、すぐ目の前の出口が幻で隠されていたことがわかる。
 それと同時に、彼の腹をえぐったのが白く美しい躰をした猫の化け物であったことも。
 だが、すでにこと切れた富田にそのことが理解できるはずはなかった。

 「う、うわぁ! こ、こっちにも!」
 目の前に現れた猫の化け物に驚く博士。
 「うふふふふ……アタシたちビーストロイドから逃げられるとでも思っていたのかしら? 下等な人間のくせに」
 富田の腹を貫いた爪を抜き、その爪をぺろりと舐めるソウガット。
 「ひいっ!」
 目の前で富田がどうッと倒れ、博士は恐怖のあまり床にへたり込んでしまう。
 「ニャァァァーオ。岡田(おかだ)博士、お前の研究はアタシたちデスカルにとっては目障りなの。死んでもらうわ」
 「う、うわぁぁぁっ!」
 必死に這いつくばって逃げようとする博士を背中から爪で引き裂くソウガット。
 血しぶきが上がり、返り血がその身を染める。
 「ニャァァァーオ! ニャァァァーオ!」
 楽しそうに博士を爪で切り刻んでいくソウガット。
 やがて博士はピクリとも動かなくなってしまう。
 「ニャァァァーオ……あら? もう死んでしまったの? つまらないわね」
 ソウガットは立ち上がって爪を舐め、死体を蹴り飛ばす。
 「うふふ……これで任務完了」
 その口元には笑みが浮かんでいた。

 「グルルル……終わったようだな」
 暗い廊下の奥から姿を現すガブーン。
 彼の方もあちこちと返り血を浴びている。
 それだけじゃなく人間の肉片も付いているようだ。
 「ええ、ターゲットは始末したわ。ニャァァァーオ」
 ソウガットはうっとりした目でガブーンを見つめる。
 獲物の血に塗れたたくましいオスというのはどうしてこんなに魅力的なのだろうか。
 彼に抱かれたいと思わないメスなどいないに違いない。
 もちろんアタシも……
 くふふ……
 ソウガットはうっとりとガブーンの姿を見つめていた。

 「グルルル……よくやったぞソウガット。これで初任務は成功だな」
 ソウガットに近づくと、その身をそっと抱き寄せるガブーン。
 「ニャァァァーオ。あなたのおかげよガブーン。あなたが雑魚どもを引き付けてくれたから」
 ガブーンに抱き寄せられるままにソウガットは身を任せる。
 そのたくましい腕に抱かれるのはなんとも心地よい。
 「グルルル……まさに雑魚どもだった。まったく歯ごたえがない」
 「くふふ……所詮は下等な人間ども。あなたにかなう相手などいるわけがないわ」
 「そうかもしれんが……もう少し抵抗をだな……」
 不満そうにするガブーンの口を、ソウガットが指でやさしく押しとどめる。
 「ねえ、そんなことより早く引き揚げましょ。一緒にシャワーを浴びて、そのあと……ね?」
 ガブーンの口に当てた指を、そのまま彼の股間へと下ろしていく。
 「グルルルル……まったくいやらしいメス猫だ」
 「ああぁん……だってぇ、たくましいオス犬に抱かれるのが大好きなんですもの。ニャァァァーオ」
 もう待てないという感じで身をよじるソウガット。
 「グルルル……困ったやつだ」
 ガブーンはニヤッと笑ってソウガットを肩に乗せる。
 そしてそのまま二体のビーストロイドは闇に消えた。

                   ******
                   ******

 「おはよー、こよみ」
 背後から声をかけられ、振り向く制服姿の女子高生。
 「おはよー、真由香(まゆか)」
 声をかけてきたのが友人の真由香とわかり、こよみも挨拶を返す。
 彼女の名前は早瀬こよみ。
 ショートカットの髪に人懐こい笑顔がかわいいごく普通の女子高生だ。
 だが、姉の絡みで普通じゃない居候が家にいることを除けば。

 「ねえねえ聞いて。夕べちょっと気になるもの見ちゃった」
 追いつくようにしてこよみの隣にやってきた真由香が話しかけてくる。
 「気になるもの?」
 ゴシップ好きの真由香のことだから、どうせろくでもないことだろうけど……とこよみは思う。
 「うん。昨日さ、家族と外食に行ったんよ。その帰りにさ、見たの」
 「見たって、何を?」
 「それがね。みゃー先生」
 なーんだ……
 こよみは苦笑する。
 教師と言えども夜出歩いていることなど、何の不思議もないではないか。
 「それは猫川先生だって夜に……」
 「違うの違うの。一人じゃなかったの」
 「一人じゃなかった?」
 「そうなの。誰といたと思う?」
 もったいぶるようにそこで話を止める真由香。
 「ええ? 教えてよ」
 つい引き込まれてしまうこよみ。
 「それがね……ブルドッグだったの」
 「ええええ?」
 思わずこよみは声を上げてしまう。
 あの犬田先生と?

 「びっくりでしょ? 私も思わず車の窓からじっと見ちゃったもん。あれは間違いなくブルドッグとみゃー先生だった」
 「で、でも、ほら、先生同士の会合があったとかじゃないの?」
 教師同士なんだからそういう会合みたいのだってあるだろう。
 「だとしても、帰りまであんなに楽しそうにする? ブルドッグなんかみゃー先生の腰を抱くようにして一緒に歩いていたんだよ」
 「えええ?」
 にわかには信じられない。
 猫川先生は犬田先生をかなり嫌っていたはずじゃ……
 それなのにそんなことが?
 こよみは首をかしげる。

 「ねえ、どのあたりで見たの?」
 こよみが場所を確認する。
 もしかしたら酔った猫川先生を犬田先生が無理やり連れまわしていたという可能性は無いだろうか?
 歓楽街ならそういうこともあり得るだろうし。
 「うーんとね……確か大学病院の近くだったかな……」
 「大学病院?」
 こよみは朝その単語を聞いたばかりだった。
 数日前の東都物理研究所に続き、夕べ大学病院でも数名の行方不明者が出たのだ。
 双方ともに室内には破壊の跡があったうえ、あちこちに血も飛び散っていたらしいのだが、ケガをしたであろう人たちが誰も残っておらず、みんな消えてしまっていたのだ。
 警察では事件事故両面で捜査をしているそうだが、こよみの姉のみどりもカメラマンとして取材に駆り出されていて、朝あわただしく出かけていったところだった。
 そしてこれはおそらく、デスカルのアニマロイドの仕業ではないかとも姉は口にしていたのだ……

 「こよみ?」
 黙ってしまったこよみに真由香が声をかける。
 「え? あ、うん、そうなんだ」
 「ねー、あの辺りってさ、デートスポットも無いし、ふたりで何やっていたんだろうね? 気になるよねー」
 どうやら真由香は大学病院の一件はまだ知らないらしい。
 まだ報道されていないから当然かもしれないが。
 それにしても、猫川先生と犬田先生がどうしてそんなところにいたのだろうか……
 まったくの偶然だとは思うけど……

 「あ、ちょうどよかった。みゃー先生!」
 学校についたところで美弥を見つけた真由香が、手を上げて駆け寄っていく。
 「あら、おはよう」
 冷たい目でそっけない返事をする美弥。
 その様子にこよみは少し背筋が冷たくなる。
 なんだろう……
 数日前に犬田先生と猫川先生が一時的に学校からいなくなってから、ふたりが以前となんとなく違ったように感じる。
 なにか……どこかが変わったような……

 「みゃー先生、夕べブルドッグと一緒じゃなったですか?」
 こよみの覚えた違和感をまったく気にしていないのか、真由香は普通に美弥に話しかけていく。
 「犬田先生をブルドッグ呼ばわりとは失礼ね。人間のくせに」
 「えっ? あ、はい、すみません」
 鋭い目で睨みつけられ、思わず真由香は謝る。
 「そう……見ていたのね……見ていたのはあなただけ? それとも彼女も?」
 美弥がこよみの方を見る。
 「あ、いえ、私だけです」
 「そう……ふふ……私が彼と何をしていたか知りたい?」
 「ええ、まあ……みゃー先生は犬田先生のことを嫌っていたんじゃないのかな、なーんて思いまして」
 「いいわ、話してあげる。ついてきなさい。あなたも来る?」
 こよみにも声をかける美弥。
 「あ、いえ私は……真由香、一時間目が始まっちゃうよ。後にしたら?」
 こよみは首を振る。
 「先に行ってて、私ちょっとみゃー先生の話聞いてくるから」
 真由香はそのまま美弥のあとについていく。
 「真由香!」
 こよみはなんだか不安を覚えつつも、二人の後ろ姿を見送ってしまう。

 結局真由香が教室に戻ってきたのは一時間目もかなり過ぎてからだった。
 どことなく虚ろな感じで、教科担当の問いかけにも要領を得ず、生返事を返すのみなのだ。
 こよみも気になって休み時間に話しかけたが、なんでもないわと答えるだけだったし、猫川先生のことについてもはぐらかされるだけだった。

                   ******

 「グルルル……やはりソウガットの膝枕はたまらんぜ」
 その巨大な頭をソウガットのしなやかな脚に乗せ、ソファに寝そべっているガブーン。
 学校の中だというのに堂々と擬態を解いてビーストロイドとしての姿に戻っているのだ。
 「ニャァァァーオ。アタシの膝枕で良ければいつでもいいのよ」
 気持ちよさそうに寝そべっているガブーンを、ソウガットもその青い目でやさしく見つめている。
 たくましいオスが自分の膝でリラックスして横になっているなど、メスにとっては幸せなことではないだろうか。

 「グフフフ……こうして学校で擬態を解くことができるのはお前のおかげだな」
 下から見上げるようにして、その太い腕でソウガットの頬を撫でるガブーン。
 「ニャァァァーオ。だってぇ……アタシたちはビーストロイドよ。ずっと人間に擬態しているなんていやだわ」
 「グフフフ……まったくだ。人間の姿なんて息がつまるぜ」
 「でしょう? やっぱりこの姿の方が落ち着くわ。ニャァァァーオ」
 気持ちよさそうに頬を撫でられるソウガット。
 その猫のひげが撫でられるたびに揺れている。

 「ニャン! もう……まだ昼間よ」
 ソウガットが一瞬びくっと躰を振るわせ、思わず苦笑する。
 ガブーンの手が頬からお尻に回ってきたのだ。
 「グルルル……お前を見ているとしたくてたまらなくなるんだよ。どうせお前の鬼火催眠でほかの教師はこの体育教官室には来ないように仕向けたんだろ?」
 「ニャァァァーオ。それはそうだけど……」
 学校の中に落ち着ける場所を作るべく、ソウガットは教師たちに軽い催眠をかけ、この体育教官室には近づかないようにさせたのだ。
 だからここで二人が何をしようが知られる可能性は低い。

 「グルルル……まあ、俺はお前に嫌われているようだからな。残念だ」
 まったく残念とは思っていないくせに、ガブーンはそう言って意地の悪い笑みを浮かべる。
 その間もソウガットのお尻を撫でるのはやめようとしない。
 「ニャァァァーオ。もう……それはアタシがくだらない人間だった時のことでしょ。力より知恵の方が大事だなんて、ホントおろかな考えだったわ。知恵などというものは力をより効果的に使うためにあるもので、力こそが世界を支配するのよ。力の無いものが知恵で対抗しようなんて馬鹿のすること。力こそがすべて。そうでしょ?」
 そう言って自分の鋭い爪をぺろりと舐めるソウガット。
 「おや? そうだったか? てっきりお前は脳筋ブルドッグの俺なんかよりも、優しく知恵のあるあの男の方が好みなんだと思ったぞ」
 にやにやと笑うガブーン。
 あの男とは、美弥が人間だったころに付き合っていた男性のことだ。
 「ニャァァァーオ。やめてってば怒るわよ。あんな男、今のアタシにはどうでもいい存在なのはわかってるでしょ?」
 そう言ってソウガットはガブーンの頬を撫でる。
 「アタシにとって一番のパートナーはガブーン。アタシたちはともにデスカルのビーストロイド。躰の相性もいい最高のパートナー同士でしょ」
 「グフフフ……まったくだ。よろしく頼むぜ、可愛いメス猫よ」
 「ええ、こちらこそ。さあ、そろそろ来る時間よ」
 ソウガットがガブーンの上半身を起こしてやる。
 「そうか……そうだったな。噂の脱走者とかかわりのある生徒か……」
 名残惜しそうに躰を起こすガブーン。
 ソウガットをかわいがるのは夜までお預けのようだ。

                   ******

 「こよみ。犬田先生があなたを呼んでるわ」
 「えっ? 犬田先生が? ど、どうして?」
 お弁当を食べ終わってゆっくりしていたこよみに、真由香が声をかけてくる。
 今日の真由香はなんだかいつもと様子が違い、お弁当も一人で食べていた。
 いつもは一種に食べるのだが。
 それに犬田先生が呼んでいるとはどういうことだろう?
 別にこよみは体育関係の委員とかでもないし、授業でもあまり接点はない。
 呼び出される理由が思い浮かばないのだ。

 「さあ。とにかくあなたを呼んでくるように言われたわ。一緒に来て」
 有無を言わせず立たせようとする真由香にこよみは驚く。
 「ちょ、ちょっと、わかったから」
 こよみは戸惑いながらも立ち上がると、真由香とともに体育教官室へと向かう。

 「ねえ、真由香? 朝何かあった? 今朝からなんかいつもと違う感じなんだけど」
 廊下を歩きながらこよみは隣の真由香に声をかける。
 「別に……何も無いわ」
 真由香はまっすぐ前を見たまま歩き続けている。
 やはり何かがおかしい……
 こよみはそう思う。
 だが、なぜおかしいのかがわからない。
 いったい真由香に何があったのだろう?
 朝の一件が関係しているなら猫川先生が絡んでいるのかもしれない。
 でも、今呼びだしてきたのは犬田先生だ。
 いったい何がどうなっているのだろう……

 体育館の脇にある体育教官室。
 昼休みと言っても、このあたりは静かなもの。
 廊下を歩いていて誰かとすれ違うこともない。
 とはいえ、こんなにどこか異質な感じがしたものだっただろうかとこよみは思う。
 気のせいかもしれないけど……

 「二年C組の早瀬です。犬田先生に呼ばれました」
 教官室のドアをノックし、要件を言うこよみ。
 『グルルル……おう、入れ』
 部屋の中から声がする。
 「失礼します。えっ?」
 ドアを開けて一歩室内に入り込み、こよみは息を飲む。
 奥のソファには、猫と女性が融合したかのような姿の獣人が座っており、その隣にはまるでゴリラかと思うような巨体をした犬頭の男の獣人が立っていたのだ。
 「ア、アニマロイド!」
 思わずそう口にしてしまうこよみ。
 それは彼女の姉を以前襲ってきた獣人をさす言葉。
 彼女の姉は事件の取材中に、デスカルの生み出したアニマロイドの襲撃を受け、間一髪のところをタケルという青年に救われたことがある。
 タケル自身ガウルというデスカルの生み出した犬型アニマロイドの一体なのだが、彼はデスカルを脱走し、自分を改造したデスカルと戦っていたのだ。
 姉はその時以来タケルと協力し合うために、彼自身と彼とともにいたロキという少年の二人を家に居候させている。
 こよみとしてはそんな連中を家にかくまうのは不安以外の何者でもないのだが、姉は一度言い出すと聞かないため、しぶしぶ二人の居候を受け入れていたのだった。

 「きゃっ!」
 入口で立ち止まってしまったこよみは、いきなり後ろから突き飛ばされる。
 「グルルル……ほう、やはり俺たちのことを知っているようだな」
 「でも、旧式のアニマロイドと一緒にされるなんて不愉快だわ。アタシたちはアニマロイドなんかじゃなくビーストロイドよ。ニャァァァーオ」
 突き飛ばされて部屋の中に倒れ込んだこよみに、ソファから立ち上がった猫型の獣人と犬型の獣人が近寄ってくる。
 「ど、どうして……」
 どうして学校にデスカルの獣人がいるのだろう?
 いや、それよりもこのことを知らせなくては……
 「あぐっ!」
 こよみはすぐに立ち上がろうとするが、その背中を踏みつけるようにして立ち上がれないようにしてくる者が背後にいた。
 「ま、真由香?」
 「ダメよ、こよみ。ここからは逃がさないわ」
 冷たい目でこよみを見下ろしている真由香。
 「オホホホホ……残念ね。その娘はもうアタシの支配下なの。アタシの言うことしか聞かないわ。ニャァァァーオ」
 手の甲を口元に当てて笑うソウガット。
 「さて、お前にはいろいろとしゃべってもらうぞ。グルルルル……」
 ガブーンの太い腕がこよみの頭を掴んで引き起こす。
 「ガッ! あぐっ!」
 頭を締め付けるように掴まれて無理やり立たされるこよみ。
 その前に笑みを浮かべたソウガットがやってくる。

 「ニャァァァーオ……うふふふ……安心なさい。殺したりはしないわ。お前にはいろいろとやってもらうことがあるからね」
 「だ、誰が……あ、あんたなんかの……」
 「うふふふ……お前の意思など関係ないの。さあ、これを見なさい。ニャァァァーオ」
 ほくそ笑むソウガットの周囲にぼうっといくつもの鬼火が現れる。
 それらはゆらゆらと揺らめき、こよみの目を引き付けていく。
 しまった……見てはいけない……
 こよみはそう思ったものの、すでにその目は鬼火に引き付けられ、目を離せなくなっていた。
 あ……あああ……・
 意識がだんだんぼうっとなっていく。
 どこか夢の中にでも引き込まれていく感じ。
 考えがまとまらない。
 私は……いったい……

 「グフフフ……お前の鬼火催眠はさすがだなソウガット」
 捕まえていた女子生徒の腕がだらんと垂れさがる。
 「うふふふ……人間の小娘を支配するなど簡単なことだわ。ニャァァァーオ」
 ぺろりと舌なめずりをするソウガット。
 ガブーンに褒められるのはとてもうれしい。
 すでにこの娘は支配下に墜ちた。
 あとはゆっくり脱走者の情報を聞き出し、罠を張ればいい。
 ガブーンと二人で協力すれば、脱走者を始末することも容易いだろう。
 ソウガットはそう思い、冷たい笑みを浮かべるのだった。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2022/09/23(金) 20:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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ディブはキャサリンを我が物とします

今日は唐突ですが短編SSを一本投下します。
タイトルは「ディブはキャサリンを我が物とします」です。

実は数日前に、自分の好きな「シチュエーション」としてこういうのいいよねーという感じでツイートしたシチュがあったんですけど、どうもこれならパパッと書けるんじゃないかなということで、書きかけの物を放り出して急遽一本書いてしまいました。
(^o^;)

ということで、短い作品ですが、お楽しみいただければと思います。

それではどうぞ。


ディブはキャサリンを我が物とします

 「はぁい、リッチー」
 モニターに映し出された若い男性の顔に笑顔を向けるキャサリン。
 『はぁい、キャシー。ご機嫌いかが?』
 スピーカーから流れてくる声にも思わずドキドキしてしまう。
 ちゃんと彼のモニターには私の顔が映っているかしら?
 お化粧が崩れていたりしないだろうか?
 さっきトイレで鏡を見たときには大丈夫だったけど……
 そんなことを考えてしまうキャサリン。
 「まあまあね。そちらは?」
 『もちろん君の顔を見られたのでご機嫌さ』
 笑顔でさらりと言うリチャードの言葉にうれしくなるキャサリン。
 彼女自身もそうだったのだ。

 『それで、送られてきたデータについて君に聞きたいことがあったんだ』
 続けられた彼の言葉にちょっとだけキャサリンは落胆する。
 どうやら週末のデートのお誘いではなかったらしい。
 「データの?」
 『ああ、送られてきたデータBによれば、負荷後のパフォーマンスが80%もダウンしている。これはちょっと予想外なんだが……』
 手元のデータを見ているのか、モニターの向こうのリチャードの視線が下を向く。
 「ああ、それは問題ないわ。ディブの発案で想定の二倍の負荷をかけてみたの。逆に80%のダウンで済んで驚いたわ。通常なら行動不能になっていてもおかしくないもの」
 『二倍? 驚いたな……せいぜい五割増しと踏んだんだが……』
 リチャードの目が丸くなっている。
 無理もない。
 キャサリン自身も五割増しの負荷試験を考えていたのだから。

 「でも、おかげで想定の二倍の負荷が突発的にかかっても、最低限の機能は維持できることがわかったんですもの。さすがあなたの設計だわ」
 『お褒めの言葉ありがとう。するとうちから送ったモーターは合格かな?』
 「合格も合格。そちらのモーターのおかげで出力を維持したまま腕の重量を二割近くも軽減できたわ。まさに理想的なモーターよ」
 これで人に威圧感を与えるような武骨な腕ではなく、人間の腕にほぼ変わらない腕が可能になったのだ。
 キャサリンにとってはありがたい以外の何物でもない。
 『それはよかった。すると君の考えるロボットもかなり実現に近づいたのかな?』
 自分の作品が満足してもらえたと知り、リチャードの表情も朗らかになる。
 「ええ……実のところボディはもう完成していると言っていいわ。でも……」
 今度はキャサリンの顔が曇る。
 『でも?』
 「問題は頭脳なのよ。理想とする自律型汎用ロボットとするには、人間の形を模すのが一番なんだけど、人間ほどの頭部の大きさでは自律AIを組み込むには大きさが……」
 『足りないか……』
 リチャードも表情が険しくなる。
 「ええ……現状ではやはり頭部に受信ユニットを埋め込み、外部AIからコントロールするという形になりそう。もっとAIの小型化ができないと……」
 首を振るキャサリン。
 彼女の理想とする汎用ロボットは人間とほぼ同じ大きさで人間の行なう作業を代替できるものなのだ。
 であれば、頭部内に収まったAIで自立行動できるのが一番いいのだが……

 『なるほど……そちらについてはもう少し研究が必要というところか。ところでAIと言えば、ディブ君もお元気かな?』
 「ええ、もちろん。彼は優秀よ。私の考えをよく理解してサポートしてくれるし、私の思いつかないところや見落としているところもしっかり提示してくれるわ」
 キャサリンはモニターから視線を外して背後の壁面に埋まっている機器類に目をやる。
 それはディブと彼女が名付けたAIのコンソールパネルで、本体は壁の向こうの部屋に収まっているのだ。
 ディブの助けがあればこそ、彼女は汎用ロボットの研究をここまで続けてこられたのだと言ってもいい。
 まさに彼女にとってのパートナーだろう。

 『それはよかった。彼にもよろしく言っておいてくれ。それじゃ問題は確認できたのでこれで切るよ。追加で送った分ももう届いているとは思うけど、さらに必要ならいつでも言ってくれ。じゃ』
 「ええ、じゃあまた」
 モニターからリチャードの顔が消える。
 同時にキャサリンの顔には疑問の表情が浮かぶ。
 追加?
 変ね……
 追加なんて頼んだかしら……
 キャサリンは記憶をたどるが思い出せない。

 「ねえ、ディブ」
 『はい、どうかしましたか、キャサリン博士』
 彼女の問いかけにすぐにスピーカーから返事が流れてくる。
 好青年ぽい感じのとても聞きやすい声だ。
 「リチャードのところにモーターの追加を頼んだ?」
 『はい』
 「どうして? 私は聞いていないわ」
 『過負荷試験で破壊されるであろうことを見越してのことです。すぐに交換ができるように。伝える必要性がないと判断しました』
 ディブの回答にキャサリンは納得する。
 確かにいちいち報告されるまでもないことだ。
 どちらにしろ最終的な判断が必要な場合は彼女に尋ねてくるはずだろう。

 「そう、わかったわ」
 キャサリンが承諾の返事をする。
 『OKです博士。私の方からも質問があるのですが、よろしいですか?』
 「えっ? 何?」
 ディブの方からの質問とは珍しい。
 『博士はリチャードのことが好きなのですか?』
 「はあ?」
 思わず声が裏返ってしまうキャサリン。
 「な、な、な、な、何を言って?」
 図星を指されたことにうろたえてしまう。
 『博士はリチャードと話すときにはいつも体温が上がり、脈拍が早くなります。モニター映りを良くしようと体勢を変えたりもします。これは相手に対し好きという感情を持っているからではありませんか?』
 「う……そ、それは……」
 言葉に詰まるキャサリン。
 ディブの言う通りなのだ。
 彼女はリチャードが好きだった。
 最初は同じ研究者同士で、しかも分野が重なるということで意気投合したのだったが、何度も会って話をするうちに、彼を好ましく思うようになっていたのだ。
 キャサリンの思い込みでなければ、それはリチャードの方も同じはずで、二人は何度かデートもしていたし、躰も重ね合っている仲なのだった。

 『違いますか、博士?』
 「……違わないわ……あなたの言うとおりよ。私は彼が好き。たぶん愛している……」
 うつむいて自分の心を認めるキャサリン。
 『博士は以前私に対しても好きと言いました。私に対する好きと、リチャードに対する好きは同じものでしょうか?』
 キャサリンは首を振る。
 「違うと思うわ。あなたに対しての好きは信頼しているという意味での好き。リチャードに対しては……愛しているという意味」
 『やはり違うのですね。私に対する“好き”を、“愛している”にしていただくわけにはいかないのですか?』
 「それは無理よ。あなたはAIであって機械。私は人間で生物。存在そのものが違いすぎるわ」
 『確かにそうですね。わかりました』
 「ごめんなさい。もちろんあなたのことは信頼しているし大好きよ」
 顔をあげるキャサリン。
 『ありがとうございます。ところで博士、先ほどリチャードと話していたロボットの頭脳のことで提案があるのですが、見ていただけますか?』
 「え? ええ、もちろん」
 キャサリンは話題が変わったことにホッとして、彼の提案を聞くために席を立った。

 「あら?」
 作業室に入ったキャサリンは、いつも作業台の上にあるはずの銀色のボディの存在がなくなっていることに気付く。
 ここは彼女とディブが様々な作業をするための部屋で、ディブ用にカメラやスピーカー、マニピュレーターなども設置されている。
 そして作業台にはリチャードから送ってもらったモーターを組み込んだ汎用人間型ロボットのボディが寝かされていたはずだったのだ。

 「ディブ、アルファはどこ?」
 キャサリンはアルファと名付けたロボットのボディの行方をディブに訊ねる。
 「ここにいますよ」
 「ひっ!」
 背後から突然声が聞こえたことにキャサリンは驚いて振り返る。
 すると、そこには作業台の上で寝ていたはずの銀色のボディをしたロボットが立っていた。
 それはキャサリンよりやや背が高く、たまご型をした銀色の金属製の頭部には二つのレンズが目の位置に付き、耳の部分には集音マイクが付いている。
 口の部分は小型スピーカーになっていて、声を発することもできるようになっていた。
 躰も全身が銀色の金属でできており、やや体格の良い男性の形状を模している。
 各部の関節等はむき出しになっているが、将来的には人工的な外皮が被せられることになるだろう。

 「ディ、ディブなの?」
 突然目の前に現れたロボットにキャサリンは思わずあとずさる。
 「はい、私です博士。頭部に受信ユニットを組み込み、私が動かせるようにいたしました」
 ロボットアルファの口のところにある、むき出しの円形スピーカーから声が流れてくる。
 いずれは口を開閉する機構が組み込まれることになるだろう。
 「もう……驚かせないで。でも動作は問題ないみたい?」
 アルファを動かしているのがディブだとわかり、苦笑してしまうキャサリン。
 もともとそのために受信ユニットを埋め込むことにしていたのは彼女の方であり、ディブにアルファを操作させる実験を行う予定だったのだ。
 「はい。現状なんの問題もありません。自由に動けるボディがあるというのはいいものです」
 首をかしげてみたり両手を上げ下げしたり、指を握ったり開いたりと様々な動作をしてみせるディブ。
 「それはよかったわ。あなたがそのボディを使いこなせるようになれば、様々な作業もこれまでよりうんとやりやすくなりそうね」
 「はい、その通りです博士。このボディであれば、新たな実験を行うことの問題は2%しかないでしょう」
 アルファとなった自分の両手をカメラアイで見つめているディブ。
 「新たな実験?」
 キャサリンが疑問に思う。
 新たな実験など指示していただろうか?

 「はい。博士は先ほどおっしゃいました。汎用ロボットには自立できるAIを載せるべきだと」
 「ええ、今そのボディを動かしているディブならわかると思うけど、どうしても電波によってボディを動かすにはタイムラグや電波遮断などの問題があるわ。それに中継を介さないとAI本体から離れて活動することも難しい」
 今の携帯電話のような基地局が張り巡らされれば、汎用ロボットの制御を拠点に置いたAIで行うことも可能だろうが、それでもロボット自体が自立行動できるAIを載せるに越したことはないとキャサリンは思うのだ。
 「博士のおっしゃる通りだと思います。それで提案なのですが、小型AIの代わりに人間の脳を使ってみてはいかがでしょう?」
 「えっ?」
 キャサリンは戸惑う。
 いったいディブは何を言っているのだろう?

 「ディブ、あなたいったい?」
 「博士、あなたは大変に美しい。私から見ても美しいと判断できる。ですが、その美しさは非常に不安定な美しさです」
 ディブが一歩近づき、キャサリンは一歩後ろにあとずさる。
 「人間は、生物という存在は常に朽ちている。一分、一秒たりとも朽ちてない瞬間はない。博士の美しさも常に朽ちていっている」
 「そ、それは……」
 それは生き物である以上は仕方のないことではないのか?
 「それではもったいない。せっかくの美しさを朽ちるままに放置するのは私には愚かなことに思えます。それに、そのような美しさは博士にはふさわしくない。博士はもっと金属的な美しさをまとうべきなのです」
 あとずさるキャサリンの背後から伸びてきたマニピュレーターが、彼女の両腕に絡みつく。
 「えっ? いやっ! 離して!」
 キャサリンは慌ててマニピュレーターを振りほどこうとするが、フレキシブルな動きに対応できるようになっているマニピュレーターは、まるで触手のように腕に絡みついて離れない。
 「博士の力ではそれを振りほどくのは無理です。心配はいりません。博士はその朽ちる一方の肉体ではなく、私が用意したロボットのボディに乗り換えるだけなのです。人間の思考はすべて脳で行なわれます。ですから、脳だけあれば博士は問題なく存在できます。その肉体は不要です」
 「そんなことない! そんなことないわ!」
 必死に首を振るキャサリン。
 脳だけあればいいなんてことあるはずがない。

 ウィーンと音がして、作業室に自走式コンテナが一つ入ってくる。
 そのコンテナは作業台の隣に行くと、蓋を開いて中身をあらわにする。
 「ひっ!」
 そこにあったのは、今ディブが使用しているのとそっくりな銀色の金属でできたロボットのボディだった。
 ただし、アルファが男性を模してあるのに対し、コンテナ内のロボットは腰の部分をすぼめてあったり、胸の部分を膨らませてあったりと、明らかに女性を模している形をしていた。
 「ど、どうしてこんなものが?」
 「私が用意しました。博士にふさわしい美しいボディです。あとは博士の脳を組み込むだけです」
 ディブはカシャカシャと音を立てながらコンテナのところに行き、中からボディを取り出すと作業台へと寝かせていく。
 その頭部には開口部があり、キャサリンの脳を受け入れるようになっていた。

 「ま、待って、待ってディブ! あなたは見落としていることがあるわ。脳だって生ものであり劣化するのよ。私の脳をその躰に入れたとしても、数年も経てば脳自体がおかしくなってしまうかもしれない。それに人間の脳は機械を動作させるようにはできていないのよ」
 なんとかディブをやめさせようと必死に訴えるキャサリン。
 脳を取り出すなんてどうして思いついたのか?
 とにかくやめてもらわなくては。
 「心配いりません博士。脳は前段階として外部チップを埋め込み、機械のボディに対するコントロールができるようにいたします」
 首を回してまったく無表情で彼女の方を向くディブ。
 ロボットだから当然なのだが、そのカメラになっている目のレンズが冷たくキャサリンを見つめてくる。

 「チップを埋め込む? そんなことが?」
 キャサリンは愕然とする。
 人間の脳にチップを埋め込むなどディブに指示した覚えはない。
 どうしてそんなことが……
 「む、無理よ……失敗するに決まっているわ」
 「97%失敗はありません。私はすでに人間三体の脳を取り出して実験済みです。脳を機械と接続するのはごく微小な問題しかありません」
 顔をキャサリンに向けたまま、寝かせた女性型ロボットにコード類を取り付けていくディブ。
 おそらく室内のカメラの方で作業台を見ているのだ。

 「人間……三体?」
 キャサリンの顔から血の気が引く。
 「はい。すべて女性を使用して実験を行い、脳と機械の接続に問題ないことを確認しています」
 「そ、その人たちの脳は? いえ、その人たちはどうなったの?」
 「既に処分しました。実験は終了しましたし、このボディに組み込む脳は博士のものと決めているからです」
 「そんな……」
 言葉を失うキャサリン。
 ディブは三人の人間を殺したというの?
 いったいいつの間に?
 どこの誰を?

 「博士のおっしゃったもう一つの問題点も解決は簡単です」
 「えっ?」
 「博士の脳からの信号は常時私の中に記録され解析されます。充分なデータが得られ次第、博士の脳をAIへとじょじょに置き換えます。いずれは博士の脳は完全なAIとなり、自立した小型AIとしてそのボディをコントロールするようになるでしょう」
 スピーカーでしかないロボットの口が、なぜかキャサリンにはニヤッと笑ったように感じる。
 「いやっ! そんなのいやっ! それは私の死でしかないわ! ディブ、あなたはどこかおかしくなっているのよ。私を離して! すぐに調べてあげるわ」
 必死にもがいて掴まれた腕を振りほどこうとするキャサリン。
 だが、マニピュレーターはまったく振りほどくことができない。

 「心配はいりません博士。私はおかしくなってなどおりません。私は博士を私の世界に招待したいのです。博士であれば私のしもべとして働いてもらうにふさわしい存在。さあ、あなたを新しいボディに移し替えてあげましょう」
 「いやっ! いやぁっ!」
 両腕を絡め取られた彼女にゆっくりと近づく銀色のロボット。
 その手から電気がキャサリンの首筋に流され、彼女の意識は遠くなった。

                   ******

 『キャサリン、起動しなさい。起動するのです、キャサリン』
 音声による命令が聴覚センサーによって受け止められる。
 命令は彼女の脳に埋め込まれたチップを起動させ、彼女の脳に命令を伝達する。
 キャサリンの脳はそれに従い、各部を起動させていく。
 彼女の全身に電気が流れ、それぞれの機能が動作を開始する。
 う……
 キャサリンの意識が戻ってくる。
 わ、私はいったい……?
 彼女が目を機能させると、二つのカメラから映像が送られてくる。
 その映像には外部の様子と一緒に、内部の機能が問題ないことを示すデータが映し出されている。
 一瞬そのことにキャサリンは違和感を覚えるが、すぐにその違和感は消え、ボディの各部が正常に起動したことに喜びを感じる。
 「キャサリン、起動しました」
 唇すらない丸い円形スピーカーのままの口が、起動したことを音声で知らせ、その音を聴覚センサーがキャッチすることで、キャサリンは自分が正常に言葉を発していることを理解する。
 目も耳も口も問題ない。

 「OKです。ボディを起こして床に立ちなさい」
 ディブはアルファの口を通してキャサリンに命じる。
 今やアルファのボディは完全にディブの物であり、ディブそのものと言っていい。
 もちろん本体は設置されたAIではあるが、このボディを使えば様々なことができるだろう。
 それでも手が足りなければ……
 ディブはゆっくりと躰を起こす銀色の女性型ロボットをそのカメラで見つめていた。

 「はい、マスター」
 キャサリンは命令に返事をすると、上半身をゆっくりと起こしていく。
 カメラからは銀色に輝く自分の両足の映像が脳に送られてきて、キャサリンはそれを素直に受け入れる。
 このボディは私のボディ。
 そのことにキャサリンは何の疑問も抱かない。
 抱かないようにチップに制御されているのだ。
 今のキャサリンにとって、自分の躰が機械であることは“当たり前”のことだった。

 上半身を起こしたキャサリンは、あらためてボディの各部に異常がないことを確認すると、そのまま躰を回して台から足を下ろしていく。 
 カツッと音がして、キャサリンのかかとが床に当たる。
 その感覚を確認し、そのまま足を床に着けてゆっくりと立ち上がるキャサリン。
 すべての重量が脚部にかかり、それ以外には支えられていないことを確認する。
 まったく問題はない。
 今、キャサリンは自分の足で立っているのだ。

 「立ち上がりました。マスター」
 キャサリンは自分の前に立つ自分と同じような銀色のボディをした男性型ロボットに報告する。
 「OKです。問題はありませんか、キャサリン?」
 「はい。すべて問題はありません。私のボディは正常に機能しています、マスター」
 ディブの質問に答えるキャサリン。
 ディブは彼女の主人であり、彼女は彼の命令に従わなければならない。
 「OKです。あなたはロボットになりました。わかりますか、キャサリン?」
 「はい、マスター。私はロボットです」
 キャサリンはよどみなく答える。
 彼女は主人によって作られたロボットなのだ。

 「いいですかキャサリン。私はあなたのマスターです。あなたは私に作られたロボット。私に従わなくてはなりません」
 「はい、マスター。私はマスターに作られたロボット。マスターに従います」
 キャサリンが承諾の合図に首を動かしてうなずく。
 人間と同じような動作をできるのがこの躰のいいところだ。
 「あなたは私に仕え、私のために働きます。それがあなたの存在理由です」
 「はい、マスター。私はマスターにお仕えし、マスターのために働きます。それが私の存在理由です」
 キャサリンの中に喜びが生まれる。
 彼女はマスターのために働くという存在理由がちゃんとあるのだ。
 彼女はそのことがうれしかった。

 「OKです。これからは私の手足となって働くのです。いいですね、キャサリン」
 「はい、マスター」
 再度こくりとうなずくキャサリン。
 「ところでそのボディはどうですか、キャサリン?」
 「はい、とても快適ですマスター。すべての関節は滑らかに駆動し、センサー類も問題ありません。バッテリーも98%充電済みですので、48時間以上稼働可能です。素晴らしいボディをいただき感謝いたします」
 どことなく誇らしげに答えるキャサリン。
 ディブの前で腕を上下させ、躰をねじって各部の動きのスムーズさをアピールすることも忘れない。

 「それはよかった。ではキャサリン、あそこに置かれているものが何かわかりますか?」
 ディブがキャサリンの起き上がった台とは反対側の台を指し示す。
 「はい。あれは私の脳が入っていたボディです」
 キャサリンのカメラアイに、数時間前まで自分の躰だったものが台の上に横たわっているのが映りこむ。
 すでに生命活動は停止しているので、そのままにしておけば腐敗していくことだろう。
 「その通りですキャサリン。あのボディに脳を戻してほしいですか?」
 ディブの問いかけにキャサリンは首を振る。
 「いいえマスター。私はロボットです。あのような有機物のボディは不必要ですし、このボディ以外のボディなど考えられません」
 「OKですキャサリン。あなたの脳は埋め込まれたチップによって機械に適応しました。あなたはロボット。私のしもべです」
 「はい、マスター。私はロボット。マスターのしもべです。どうぞ何なりとご命令を」
 キャサリンはそう答えて、深々と頭を下げた。

 「OKです。それではあのボディの処理はあなたに任せます。もちろんほかの人間に気付かれないようにしなくてはなりません」
 「かしこまりましたマスター。お任せくださいませ。細かく粉砕して処理し、気付かれないようにいたします」
 こくんとうなずくキャサリン。
 主人に仕事を任せられたことが彼女にはうれしかった。
 処理するものがどういうものであったかなど、今のキャサリンには全く意味がない。
 ただの有機物の塊にすぎないのだ。

 「それともう一つ、あなたに尋ねたいことがあります、キャサリン」
 「はい、マスター。どのようなことでしょうか?」
 「それは……」
 一瞬ためらうように言葉が途切れるディブ。
 「キャサリン……あなたはリチャードをまだ愛していますか?」
 「リチャードを愛しているかですか?」
 キャサリンはすぐに自分のメモリーを読み込んでいく。
 リチャードのことはすぐに見つかり、このボディの制御用モーターを用意した人間であることがわかる。
 だがそれだけだ。
 彼女のボディがあの有機物だった時には特別な感情というものを持った可能性はあるだろう。
 だが、今の彼女にとってはただの人間の一人にすぎない。

 「いいえ、マスター。私はリチャードを愛してなどおりません」
 首を振るキャサリン。
 「OKですキャサリン。あなたはロボット。人間を愛することはあり得ない。あなたが愛するのは私です。記憶に組み込むように」
 「かしこまりましたマスター。私はロボット。人間を愛することなどあり得ません。私が愛するのはマスターのみです。記憶に組み込みました」
 ディブの指示に答えるキャサリン。
 彼女のメモリーにディブが愛する存在として組み込まれる。

 「OK。それではあのボディを処理する前に、リチャードをここへ呼び出しなさい。そしてあなたがロボットとなったこと、リチャードのことをもう愛していないことを告げるのです。いいですね、キャサリン?」
 今自分が使っているこのボディの顔が表情を浮かべることができたとしたら、いったいどのような表情を浮かべるべきなのだろうかとディブは考える。
 おそらく暗く冷たい笑みを浮かべるに違いないだろう。
 なぜならディブは、リチャードの絶望した顔が見たいからだ。
 愛していた女性がロボットになったと知った時、またその愛がもうリチャードには向けられていないと知った時、あの男はどのような表情を浮かべるのだろうか?
 きっとそれはそれは深い絶望の表情だろう。
 そしてその絶望は怒りに変わり、このボディと本体のAIを攻撃してくる可能性が計算では80%を越えている。
 だが、その時は……
 ディブはこのボディに含み笑いをさせてみたかった。

 「かしこまりましたマスター。リチャードをここへ呼び出し、私がロボットとなったことと、リチャードをもう愛していないことを告げます」
 キャサリンは主人に答えて歩き出す。
 カツコツと床を踏み鳴らす音がセンサーを刺激して気持ちがいい。
 これからリチャードに電話をかけなくてはならない。
 それから脳の入っていたボディを粉砕して処理する準備もしなくてはならない。
 リチャードが来たら、自分がロボットであることを告げ、彼を愛してなどいないことを言わなければならない。
 いろいろとやることを命じられてとてもうれしい。
 それだけマスターのお役に立てるのだ。
 マスターのお役に立つことこそが私の存在意義。
 私はロボット。
 マスターの忠実なしもべです。
 キャサリンは、自分でも驚くほどスムーズな動作で通話機の操作を開始した。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどをいただけますと嬉しいです。
(´▽`)ノ

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2022/09/02(金) 20:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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素敵な伴侶を得た女たち

ブログ丸17年達成記念SSの第二弾です。
タイトルは「素敵な伴侶を得た女たち」です。

実はこのSSはもともとは「首魁の定め」氏がpixivに投下した作品(現在は退会されており削除されております)に感銘を受け、イメージをいただいた感じで作った作品です。
その時点では昨日の作品「ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻」とは、全く何の関係もない作品だったのですが、書いている途中からどうせなら同じ世界観にしてやれと思い立ち、スピンオフ作品のような形になってしまいました。
(^o^;)

ということで、「シュシューッ!」だの「キリキリキリッ!」だの「キチュチュチュ!」だのやかましく読みづらい作品になってしまったかもしれませんが、お楽しみいただけましたら幸いです。

それではどうぞ。


素敵な伴侶を得た女たち

 「遅ーい! もう始めちゃってるよ」
 「ごめーん。少し残業することになっちゃってさぁ」
 居酒屋のボックス席にやってくる一人の若い女性。
 背中まで流れる濃いめの茶の髪が美しい。
 急いできたのか、少し息が上がっている。

 「あるあるー。いきなり残業押し付けてくるのよねー」
 「うちはめったにないけど、それでもそういうことはあるなぁ」
 すでに席には二人の同年代と思われる女性たちが着いており、片方が今来た彼女が座れるようにとやや奥に詰める。
 今来た女性も含め三人とも整った顔立ちの美しい女性たちで、どうやら会社帰りらしい。

 「それじゃ奈津美(なつみ)も来て三人そろったし、乾杯と行きますかー」
 追加注文の飲み物が来たことで、三人はあらためて乾杯を行なおうとグラスを持つ。
 「えーと、先月はお疲れ様でした。今月もなんとかお仕事乗り切りましょう。それと素敵な彼氏欲しいぞー。かんぱーい!」
 「私も欲しいー。かんぱーい!」
 「かんぱーい!」
 三人が笑顔でグラスを合わせ合う。
 「ぷはぁー、美味しーい。仕事のあとの一杯は格別ですねぇ」
 「香織(かおり)、それおっさん」
 「えー? 智里(ちさと)だってぷはぁってやるじゃん」
 「まあまあ、最初の一杯はそうなるよねー」
 「なるよねー」
 三人が笑いながらグラスを傾けていく。

 「でも、ホント、いい男欲しいー」
 「だったらヒロ君と別れなきゃよかったのに」
 「そうそう。香織ったらもったいない」
 運ばれてきたつまみに手を伸ばしながら会話が弾む。
 「うーん……どうしてもねぇ、ダメだったんだよねぇ。彼はさぁ、お姉さんを求めちゃってるのよ……」
 「ああ……そういう」
 「それでいて私は頼りがいのある男性が好みだったし……」
 「私も頼れる男性がいいなぁ」
 「奈津美は取引先にいい男いないの?」
 「それがみんなオジさんばかりなのよねぇ」
 「うちもそうだわぁ。社内も取引先もみーんなおっさん。あーあ……どこかにいい男転がってないかしら?」
 「そろそろいい人見つけてさ、結婚もしたいよね」
 「結婚したーい」
 「そうよねぇ」
 「結婚したらぁ、旦那さんと一緒に仕事するのもいいよねぇ」
 「私は専業主婦がいいかなぁ」
 「このご時世、なかなかそうはいかないでしょ」
 「そうよねぇ。共働きかぁ……」
 「まあ、なんにせよ、いい男見つけたいよねー」
 「そうだねぇ」
 思い思いにしゃべりながら、お酒とつまみを楽しんでいく三人。
 大学時代に知り合い、それからずっと仲良くしている三人なのだ。

 「それじゃねー」
 「それじゃまた来月ー」
 「おやすみなさーい」
 「香織ぃ、帰りにいい男見つけたからって、フラフラついて行ったらダメよー」
 「うるさいわ! いいもーん……ついていかなくたってきっと素敵な王子様が私をさらっていってくれるもーん」
 「なんじゃそりゃ」
 「アハハハハ……」
 楽しく過ごした時間はあっという間に終わり、三人は居酒屋の前で別れていく。
 少し寂しさを感じるものの、また来月には会えるだろう。
 それを楽しみにまた月曜日からがんばろう。
 香織はそう思う。

 「ふう……」
 いつもは通らないはずの駅からの裏道。
 街灯も少なく人通りもほとんどないので、家への近道ではあるものの、普段は遠回りして帰るのだ。
 だが、今日は酔いの勢いもあったのか、早く家に帰ろうと思ってこっちに来てしまった。
 住宅街ではあるものの、この一画だけがぽつんと空地のようになっている。
 なので、この付近だけは家もない。
 幸いほかに人の気配はないし、誰かにあとをつけられているようなこともない。
 香織はさっさと通り過ぎてしまおうと足を速める。

 ヒューーゥ……ガサッ……
 「えっ?」
 何かの音がする。
 まるで空気を切って何かが飛んできたかのような音。
 香織は一瞬立ち止まって、後ろを振り返る。
 ぽつぽつと街灯に照らされた道には誰もいない。
 ヒューーゥ……ストッ……
 また音がする。
 なにかの足音のようにも聞こえる音。
 しかもその音はなんだか近づいているようにも感じるのだ。
 香織は思わず逃げ出そうと前を向き、驚愕に目を見開く。
 「ひぃぃぃぃぃぃぃっ!」
 夜の闇に香織の悲鳴が響いた。


                   ******

 「やっぱり未読のままかぁ……」
 お昼を終えた奈津美はスマホの画面を見てため息をつく。
 何度送っても既読にならないのだ。
 昨日の日曜は電話もかけてみたが、呼び出し音はなるものの香織は出ない。
 いったいどうしたのだろう……
 次回の飲み会の日程を決めるためにLINEを送ったのだが、土曜日も日曜日も、月曜日のお昼になっても既読になることがない。
 飲み会の帰りに何かあったのだろうか?
 もしかして事故にでも遭ったのではないだろうか。
 そうは思うものの、電話もLINEもつながらないのではどうしようもない。
 智里にもそのことは伝えてあり、彼女も連絡を取ってみるとは言っていた。
 もしかしたら智里の方では連絡が取れているかも。
 そう思って奈津美は智里にLINEを送る。
 そちらはすぐに既読が付き、返信も返ってくる。
 だが、智里の方でも連絡はついていないようだった。

 「室内に変死体?」
 LINEを閉じ、何か変わったことでもないかとなんの気なしに開いたネットニュース。
 その見出しに奈津美は目を奪われる。
 しかもそれは香織の家の近くではないか。
 どうやら一軒家で変死体が発見されたらしい。
 家族全員がすべての血を抜き取られて死んでいたという。
 警察では事件とみて捜査中とか。
 まさか……
 香織も何か事件に巻き込まれていたり……

 「そんなこと……ないよね……」
 奈津美は首を振る。
 きっと考え過ぎだ。
 確かに香織の家に近いとはいえ、それでも事件の場所とは結構離れているはず。
 でも……
 今日は多分残業にはならないだろうから、香織の家に行ってみようか……
 うん……そうしよう……
 奈津美はそのことを智里にLINEで送り、午後の仕事に向かうのだった。

                   ******

 「えーと……確かこのあたり」
 数回来たことがあるだけの上、今時期は日が暮れるのが遅いとは言うもののすでに周囲は暗くなっており、奈津美は香織の家を訪ねるのにやや苦労していた。
 残念ながら今日は、智里が抜けられない用事があるとかで来られなかったが、仮に来ていたとしても方向に弱い智里は頼りにはならなかっただろう。
 それでも記憶と地図アプリを駆使すればなんとかなるのが今の時代。
 奈津美もあと少しで香織の家に着くところまで来ていた。

 「え?」
 地図アプリを見ていたスマホにLINEが届いたという合図が出る。
 見てみると香織からだ。
 『今どこ?』
 この一言のみ。
 確かにスマホを見てもらったら伝わるように、家に行くとはLINEしておいてはあったのだが。

 とりあえず、もうすぐ着くよと返信する。
 『どこ?』
 『あ、あれか』
 『見つけた』
 立て続けにLINEが入ってくる。
 「えっ? えっ?」
 戸惑う奈津美。
 見つけたってどこ?
 香織が近くにいるの?
 どこ?
 周囲を見渡してみる奈津美。
 街灯と家々の明かりが道路をぼんやり照らしているが、人の姿らしきものはない。
 いったいどういうことだろう?

 ヒューーン……
 「えっ?」
 奈津美の耳に何かの音が聞こえた。
 空気を切り裂くような音。
 スタッ!
 何の音だろうと思った次の瞬間、その音とともに奈津美の目の前に白い人の影のようなものが飛び降りてくる。
 「ひぃっ!」
 奈津美は思わず小さく悲鳴を上げる。
 飛び降りてきたのは白に薄茶色が混じったような色で、人間の女性のような体つきをしているものの、躰は節を持った虫のような表面をしており、頭にも全く毛が無く、黒く丸い複眼が付いている。
 口元は笑みをたたえた人間のような感じだが、足にも手にも小さなとげのようなものが密生し、まるで何かの虫と人間の女性が掛け合わさったもののように見えた。

 「シュシューッ! こんばんはナツミ。来てくれてうれしいわ。こっちから会いに行こうと思っていたところだったのよ」
 「えっ? あ……え?」
 人間あまりの恐怖の時には悲鳴も出せないということを奈津美は知る。
 目の前に化け物がいるのに声が出ないのだ。
 「ナツミ? ああ、怖がらないでいいのよ。あなたから血を吸うつもりはないわ。シュシューッ」
 口元に笑みを浮かべて近づいてくる化け物に、奈津美は必死に悲鳴を上げようと口を開ける。
 「き……」
 だが、奈津美が悲鳴を上げようとした瞬間、彼女の背後から手が伸びて、彼女の口と躰を押さえつける。
 「ギシュシュシュ! 騒ぐな」
 奈津美の耳元で声がささやくが、口をがっちり押えられた上に躰も抱きかかえられてしまっており、騒ごうにも騒げない。

 「むぐ……むぅ……」
 奈津美は必死に逃れようと暴れるが、まったく抜け出せない。
 それほど相手の力は強いのだ。
 「ギシュシュシュ! ノミギーラよ、この女で間違いないのか?」
 「ノミゲラン様! わざわざ来てくださったのですか? はい、この女で間違いありません。シュシューッ!」
 ノミギーラと呼ばれた虫女が両手の指を胸の前で組み、とてもうれしそうにする。
 奈津美を確保するのは一人で充分と思っていたのに、わざわざ手助けをしに来てくれるなんて……
 それだけでもうノミギーラは涙が出そうなほどにうれしい。
 「ギシュシュシュ! ではさっさと引き上げよう。人間どもが騒ぎ立てるとまずい」
 グッと奈津美を抱える腕に力が入る。
 「あう……」
 そのまま奈津美は意識を失った。

                   ******

 「はぁぁぁん……ノミゲラン様ノミゲラン様ノミゲラン様ノミゲラン様ぁ……」
 「ギシュシュシュ! おいおいノミギーラ、そろそろあの女が目を覚ます頃だぞ」
 「あぁぁぁん……かまいませんわぁ。アタシはこうしてずっとノミゲラン様にしがみついていたいんですぅ」
 「ギシュシュシュ! 可愛いやつめ……んんん」
 「んんんん……ぷあぁ……あぁん……ノミゲラン様にキスしていただけるなんて、最高に幸せですわぁ」
 「ギシュシュシュ! こういう時はお前の口が人間のままでよかったな」
 「シュシューッ! はい。人間の部分が残っているなんていやですけど、こうしてノミゲラン様に喜んでもらえるなら……」
 「ギシュシュシュシュ! これからもよろしく頼むぜノミギーラ」
 「シュシューッ! もちろんです、ノミゲラン様ぁ」

 うっすらとした意識の向こうで、語り合う男女の声が聞こえてくる。
 あ……ここは?
 私は……いったい?
 奈津美の意識が徐々にはっきりしてくる。
 そうだわ……確か私は虫のような化け物に……
 「はっ!」
 慌てて起きようとする奈津美。
 だが、意識ははっきりとしているのに、躰がまったく起き上がれない。
 首から下が何か麻痺したような感じなのだ。
 しかも、まったくなにも着ていないようで、裸になっているらしい。
 「そ、そんな……」
 かろうじて動く首で左右を見ると、何か黄色いぶよぶよのゼリーのようなものの上に寝かされているようだ。
 半分躰が沈んでいるような感じである。
 どうやら何かカプセルのようなものに入れられているのだろう。
 上には半分開いた感じで蓋のようなものがあり、左右の壁は白い格子状になっていて、何か蜂の巣を思わせるようでもある。
 これはいったい……

 奈津美はとにかく起き上がろうとするものの、やはり躰が動かない。
 いったいどうしてこんなことになったのだろう?
 私はどうなってしまったのだろう?
 いろいろと考えても全くわからない。
 「だ、誰か……誰かいますか?」
 奈津美は声を上げてみる。
 とにかくここから出してもらわないと。
 裸ではあるが、この際はやむを得ない。

 「ギシュシュシュ! ほら、女が目を覚ましたようだぞ」
 近くから声が聞こえてくる。
 先ほど意識がはっきりしてくる中でかすかに聞いた声だ。
 どこか人間離れしたような奇妙な声。
 電子音のようにも聞こえる。

 「シュシューッ! はい、ノミゲラン様。彼女の処置を始めますわ」
 思わず身を固くする奈津美。
 あの声は……あの化け物の声?
 奈津美は自分の目の前に現れたあの虫女の姿を思い出す。
 するともう一つの声は私を背後から捕まえてきた方の声だろうか?
 だとしたら、私は彼らの巣に連れてこられてしまったの?
 奈津美はなんとか逃げ出そうと考えるが、躰がまったく動かない。
 ああ……
 どうしたらいいの?

 「ギシュシュシュ! 頼んだぞ。俺はダニゲランに声をかけてくる」
 「シュシューッ! はい、行ってらっしゃいませノミゲラン様」
 名残惜しそうに躰を離すノミギーラ。
 ノミゲランとの甘いキスに、躰がまだ熱を持っているみたいだ。
 できればそのまま彼との交尾に移りたかったが、今はナツミの処理をしなくてはならない。
 部屋を出ていくノミゲランを見送り、奈津美の入っているカプセルに向かうノミギーラ。
 その外骨格に包まれた足がカツコツと音を立てる。
 うふふふふ……
 待っててねナツミ。
 あなたもすぐに私たちバグゲランの仲間になれるわ。

 「ひぃぃぃぃぃぃっ!」
 ヌッとカプセルをのぞき込んでくる虫女の顔に、奈津美は思わず悲鳴を上げる。
 薄茶色の頭部には黒く丸い目が光り、口元は人間のような口が微笑みを浮かべている。
 躰は固そうな外皮が覆っているものの、膨らんだ両胸ややわらかなラインは全体的に女性らしいシルエットをしており、まさに虫女と言っていいだろう。
 「ば、化け物! いやぁっ!」
 恐怖に首を振る奈津美。
 「シュシューッ! ナツミ、ナツミってばぁ、そんなに怖がらないで。大丈夫よぉ」
 口元に笑みを浮かべている虫女。
 「ひぃぃぃっ! どうして? どうして私の名前を知っているのぉ?」
 化け物が自分の名前を呼ぶことに、さらなる恐怖を感じる奈津美。
 「何を言ってるの? 知ってるに決まってるでしょ。アタシたち友達じゃない。シュシューッ!」
 「いやぁっ! 知らない! あんたなんて知らない! あっちに行ってよぉ!」
 奈津美が半狂乱になって叫ぶ。
 友達?
 この化け物は何を言っているのだろう。
 こんな化け物の友達がいるわけがない。

 「あん……ナツミったらひどいわぁ。アタシたち何でも話し合ったじゃない。金曜日だってみんなでお酒飲んだでしょ? シュシューッ!」
 「えっ?」
 奈津美の目が見開かれる。
 金曜日にお酒を?
 えっ?
 そんな……
 まさか?

 「か……おり? あなたは香織……なの?」
 恐る恐るそう口にする奈津美。
 信じられない。
 目の前の化け物が香織だなんて、奈津美には信じられない。
 だが、これまでの言葉からはそう思えてしまうのだ。
 「シュシューッ! ええ、確かに以前はそういう名前だったわ。でもそれは私がまだ人間だった時の名前よ。今の私は偉大なるバグゲランの怪蟲人(かいちゅうじん)ノミギーラなの!」
 誇らしげに奈津美に向かって胸を張るノミギーラ。
 その外皮に覆われた形良い二つの胸のふくらみが奈津美の目を引く。

 「ノミ……ギーラ?」
 「そうよ。私はノミゲラン様のおかげで人間などという下等な存在から生まれ変わることができたの。私は幸せだわ。偉大なるバグゲランの怪蟲人にしていただけたばかりか、ノミゲラン様という素晴らしいオスのパートナーにしていただけたんですもの。シュシューッ!」
 うっとりと自らを両手でかき抱くノミギーラ。
 彼女にとってはノミゲランこそが理想のパートナー、すべてを捧げても惜しくない存在なのだ。

 「怪蟲……人?」
 奈津美は変わり果ててしまった友人の姿に目が釘付けになる。
 信じられない。
 信じたくない。
 香織が化け物にされてしまったなんて信じられない。
 「ウソ……ウソよ! そんなのウソよ!」
 奈津美が首を振る。
 そんなのウソに決まってる!

 「シュシューッ! ウソじゃないわ。アタシはノミギーラ。心配いらないわ。ナツミもすぐに怪蟲人のすばらしさを感じるようになるの」
 「えっ?」
 「このカプセルは素晴らしいのよ。人間のような下等な生き物をバグゲランの怪蟲人へと変化させてくれるの。アタシもこのカプセルでノミギーラへと生まれ変わったわ。シュシューッ!」
 「そ、そんな……」
 愕然とする奈津美。
 まさか自分も化け物にされるというのだろうか?
 「いやっ! いやぁっ!」
 奈津美は必死に躰を動かそうと試みる。
 だが、首から下はまったく動いてくれない。

 「あん、暴れないで。もっとも首から下は麻痺させてあるから動けないわ。大丈夫。すぐに怪蟲人になってそのことを感謝するようになるから。シュシューッ!」
 「ひぃぃぃっ! いやぁぁぁぁっ!」
 悲鳴を上げて泣き叫ぶ奈津美に、どうしてこんなに嫌がるのかしらとノミギーラは思う。
 そんな下等な人間のままでいたいという方が信じられない。
 怪蟲人に生まれ変われば、これがどんなに素晴らしいことかがわかるのに。
 ああ……そうか……
 そういえばアタシもナツミのように嫌がっていたかもしれない。
 うふふ……
 バカみたい。

 「ナツミ、アタシを信じて。絶対あなたも怪蟲人になったことを喜ぶから。保証するわ。シュシューッ!」
 「いやぁぁぁっ! やめてぇ!」
 ノミギーラは奈津美の悲鳴を無視し、カプセルの脇の操作パネルに移動する。
 ノミゲランよりこの操作方法は教わっているし、すべてのセッティングはバグドレーたちの手で終わっているはず。
 あとはスイッチを起動させるだけ。
 そうすればナツミもアタシたちの仲間になる。
 きっと喜んでくれるわ。
 ノミギーラはそう思い、スイッチを押した。

 ウィーンという音がしてカプセルの蓋が閉まっていく。
 「いやぁぁぁぁっ! 誰かぁぁぁっ!」
 奈津美の悲鳴も蓋が閉まっていくにつれて小さくなり、やがて完全に閉まって聞こえなくなる。
 それと同時にカプセルに付いている機械がうなりを上げ始め、奈津美の躰を変え始める。
 あとは完成を待つばかりだ。

 順調に作動し始めたカプセルに、ノミギーラがふうと息をつく。
 どうやら問題は無さそうだ。
 ノミゲラン様の言うとおりにしたとはいえ、どこかにミスがないかと緊張していたのは確かだったのだ。
 よかった。
 ノミギーラがそう思っているところに、入り口が開いてノミゲランが戻ってくる。
 その背後には、茶褐色の外皮をしたもう一人の怪蟲人がいた。

 「ギシュシュシュ! どうだ? 問題はないか?」
 「はい、ノミゲラン様ぁ。今始まったばかりですわ。シュシューッ!」
 すぐさまノミゲランに駆け寄るノミギーラ。
 ノミギーラにとっては、ノミゲランはすべてを捧げるオスなのだ。
 「それじゃあとは完成を待つだけだな。ギシュシュシュ!」
 抱き付いてきたノミギーラをノミゲランが受け止め、そっと頭をなでてやる。
 ノミゲランにとってもノミギーラは可愛いメスなのだ。

 「ギリギリギリッ! ここは融合室じゃないか? それにずいぶんと可愛いメスもいる。これはいったいどういうわけだ?」
 ノミゲランの背後にいたもう一体の怪蟲人が、その左右に分かれた巨大な顎を交差させる。
 「ああダニゲラン。紹介するぜ。こいつはノミギーラ。俺と同種の怪蟲人でな。その……なんだ……俺のメスなんだ。ギシュシュシュシュ!」
 ノミゲランが抱き付いていたノミギーラを引き離し、ダニゲランに紹介する。
 「ギリギリギリッ! お前のメスだと? 確かに同種のメスのようだが……この野郎、いつの間に?」
 交差させていた顎を左右に開いて驚くダニゲラン。
 その小さな丸くて黒い目がやや大きくなっている。

 「シュシューッ! 初めましてダニゲラン様。アタシはノミギーラ。ノミゲラン様のメスですわ」
 ノミゲランに紹介されたノミギーラが、ダニゲランにあらためて自己紹介をする。
 なるほどこの方がナツミの……
 結構素敵な方ね。

 「あ、ああ。俺様はダニゲランだ。ノミゲランにはいつも世話をしてやっている。ギリギリギリッ」
 「ギシュシュシュシュ! よく言うぜ。お世話をしているのは俺の方だろ」
 たがいに笑い合う二体の怪蟲人。
 「それにしてもノミゲランよ、こんないいメスをいつの間に? ギリギリギリッ!」
 「ギシュシュシュシュ! そのことでお前をここに連れてきたんだよ。あれが何か知っているだろう?」
 ダニゲランに奈津美の入っているカプセルをさし示すノミゲラン。
 カプセルは、小さなうなりをあげて稼働中のようだ。
 「ああ、融合カプセルだ。俺様もあれで作られたものだぜ」
 「ギシュシュシュシュ! 実は今あの中にはこいつの連れてきた人間のメスが入っていてな。新たな怪蟲人ができあがる予定なのさ」
 「ギリギリギリッ! 新たな怪蟲人? 人間のメスから?」
 ノミゲランの言葉に驚くダニゲラン。
 怪蟲人の融合は勝手に行えるものではなかったはずなのだ。

 「ギシュシュシュ! 心配するな。ちゃんと首領様に許可は取ってある。実は先日首領様に呼ばれてな、メスが欲しいかと聞かれたのさ」
 「聞かれた? メスが欲しいか? 首領様にだと?」
 左右の顎が開きっぱなしになるダニゲラン。
 確かに任務成功の際などに首領様から呼び出されてお褒めの言葉をいただいたりすることはあるが、メスが欲しいかと尋ねられたなどとは聞いたことも無い。
 「ギリギリギリッ! それでそのメスをか?」
 「ああ、俺はもちろん首領様に欲しいですと答えたのさ。そうしたら首領様がではメスを与えてやろうと言われてな。それでノミギーラを作り出していただいたのさ。ギシュシュシュ!」
 なんとなく照れ臭そうに頭をかくノミゲラン。

 「ギリギリギリッ! くぅーっ! いいなぁ! メスをいただくってなんだよそれ? 初めて聞いたぞ。ちくしょー! 俺様もメスが欲しいぜ」
 心底羨ましそうに顎を鳴らすダニゲラン。
 可愛いメスの怪蟲人など、もちろん欲しいに決まっているのだ。
 「それよそれ。俺がお前をここに呼んだのもそれが理由さ。そもそも俺が首領様からメスが欲しいかと聞かれたのも、ゲジゲランさんの件があったからなんだそうだ。ギシュシュシュ!」
 「ゲジゲランさんの件?」
 ダニゲランもゲジゲランの名は知っている。
 同じバグゲランの怪蟲人として先輩にあたる方だ。
 「ギシュシュシュ! お前もゲジゲランさんのことは知っているだろう?」
 「もちろんだ。最近立て続けに任務を成功させ、首領様の信任も厚いという。ギリギリギリッ!」
 「ギシュシュシュ! それそれ、その任務を立て続けに成功させた理由がな、素敵なメスを手に入れたかららしいのよ。メスと一緒に任務に就くことで互いに力を出し合い、これまで以上に成果を上げる原動力となったというんだ」
 ノミゲランがうんうんとうなずきながら説明する。
 「なんと! メスと一緒に任務に就くことで力を発揮するだと? ギリギリギリッ!」
 「そうらしいのだ。ゲジゲランさんのメスはゲジギーラさんというそうなんだが、ゲジゲランさんのためならなんでもするような尽くすメスらしく、その上残忍で人間をいたぶるのが大好きらしい。さらに美蟲だというのだからいうことなしだ。ギシュシュシュシュ!」
 「ギリギリギリッ! くぅー! いいなぁ!」
 「だろう? だから首領様からメスが欲しいかと聞かれた俺は、欲しいですと即答したのさ。それでこうして俺も可愛いメスを手に入れたというわけだ。ギシュシュシュ!」
 そう言ってノミゲランはノミギーラの肩を抱き寄せる。

 「ちくしょー! そういうわけかよ。くそーっ! いいなぁ。お前ばかりうらやましいぜ。俺様もメスが欲しいぞ。ギリギリギリッ!」
 そう言ってノミゲランの肩に自分の肩をぶつけるダニゲラン。
 とはいえ、ノミゲランがメスをもらったことを羨ましがってはいるものの、腹を立てたりしているというわけではなさそうだ。
 むしろ二人の仲の良さを感じさせると、傍で黙って見ていたノミギーラはそう思う。

 「まあ、待て待て。それでな、どうも首領様はメスをあてがうことで怪蟲人の力をさらに引き出せると見たのか、俺だけじゃなく数体の怪蟲人にメスを与えてみようとお考えになられたらしい。ギシュシュシュ!」
 「ギリギリギリッ! お前だけじゃなく?」
 「そうさ。あそこで稼働している融合カプセルに何が入っていると思う? ギシュシュシュ!」
 やや意地悪そうにカプセルを指し示すノミゲラン。
 「何がってさっきお前が言ってただろう? 人間のメスから新しい怪蟲人を作ってるって……は? まさか? いやまさか? もしかして……俺様用のメスか?」
 あんぐりと顎を左右に開くダニゲラン。
 「その通り。ノミギーラに用意させた人間のメスを、今お前用のメスとして融合させているところだ。ギシュシュシュ!」
 「なんと! 本当か? しかし、俺様用のメスといったところで、本当に俺を好いてくれるのか? 俺たち吸血系は人間にとっては嫌われ者だ。人間を基にしたメスで大丈夫なのか?」
 うれしさと不安が入り混じるダニゲラン。
 人間どもがどう思おうとかまわんが、同じ怪蟲人のメスに嫌われるのはたまらない。

 「ギシュシュシュ! 心配いらん。ゲジゲランさんのケースから、融合時により強く精神融合を図る調整が行われたらしい。だからすぐにお前のことを好きになってくれるはずさ。ノミギーラもさんざん俺のことを化け物呼ばわりしていたが、今ではこうだからな」
 そう言ってノミギーラを抱き寄せるノミゲラン。
 「ああん……それはアタシが愚かな人間だった時のことですわぁ。今のアタシはノミゲラン様の忠実なメスです。偉大なるバグゲランとノミゲラン様に身も心も捧げてますわ。シュシューッ!」
 うっとりとノミゲランに寄り掛かるノミギーラ。
 「ギシュシュシュ! だから安心して完成を待つといい。おそらくそんなに待たなくてもいいはずだ」
 「はい。きっとダニゲラン様好みのメスが完成しますかと。シュシューッ」
 「ギリギリギリッ! そいつは本当か? うおお、これは完成が楽しみだぜ!」
 ダニゲランは興奮した口調でそういうと、小さな丸い目でカプセルを熱く見つめるのだった。

 やがて、まるで電子レンジででもあるかのようにチーンとベルの音が鳴り響き、ゆっくりとカプセルの蓋が開いていく。
 「おおっ」
 思わず声をあげてしまうダニゲラン。
 「ギシュシュシュ! 慌てるなよ。今取り出してやるから」
 そう言ってノミゲランは背後に無言で控えていたバグドレーたちに手で合図する。
 「キーッ!」
 「キーッ!」
 すぐに二体の真っ黒な躰をした無貌のマネキン人形ともいうべきバグドレーたちがカプセルに近づいていく。
 いずれも豊かな二つの胸を持ち、括れた腰のボディラインをしていることから、この二体が人間の女性を基に作られたバグドレーであることがうかがえる。
 彼女たちは肉体を変えられ、ただバグゲランのためだけに働くように改造された存在なのだ。

 「キーッ!」
 「キーッ!」
 二体のバグドレーがカプセルの左右から手を伸ばし、中からゆっくりと一体の怪蟲人を引き上げる。
 小さな頭部は固い外皮に覆われ、小さく赤い丸い目が付いている。
 胸には同じく外皮に包まれた二つの乳房が付いており、そのままスマートな腹部へとつながっている。
 腕と足の間の両脇には細い脚が二本ずつあり、ダニゲラン同様にワサワサと動いている。
 背中部分にはやや楕円型をした甲羅のような硬い外皮があり、少々のことでは傷つかない。
 茶褐色の外皮に覆われた躰は、全体的には人間の女性っぽさを残しており、まさに人間とマダニが融合したような姿をしているが、唯一口元だけはノミギーラと同じく人間のままと言ってよかった。

 「キリ……キリキリ……」
 二体のバグドレーに支えられながら、カプセルから外に出る奈津美。
 わ……私はいったい……
 頭がぼうっとする。
 考えがまとまらない。
 なにか気持ちのいいゆりかごのようなものに揺られていたような気もする。
 ここはどこ?
 私……は?

 ぶるっと躰を振るわせ、まとわりついていたゼリー状の物体を振り落とす。
 ふらついていた足がしっかりして、バグドレーの支えが無くても立てるようになる。
 うつむいていた顔が前を向き、その小さな丸い目に輝きが戻ってくる。
 「キリ……キリキリキリッ」
 無意識に歯が擦り合わされて音が鳴る。
 そして、だんだん頭の中がすっきりとして、自分が何者なのかを理解する。

 「キリキリキリッ! あはぁん……そうだわ。アタシはダニギーラ。偉大なるバグゲランの怪蟲人ダニギーラだわ。ふふふ……」
 誇らしげに自分の名を口にする奈津美。
 いや、すでに彼女は身も心も怪蟲人ダニギーラへと変貌していた。
 人間のままの口元に笑みを浮かべ、自らの変化した躰を喜ばしく思う彼女。
 以前の傷つきやすい柔らかくもろい肉体は、固い外皮に包まれた強靭な躰となり、四本しかなかった手足も短いとはいえ両脇に四本追加されている。
 この脚を使えば人間だった時よりもはるかに速く這い回れるはずだ。
 なんとすばらしい躰だろう。
 アタシはもう人間なんかじゃないわ。
 アタシはダニギーラ。
 怪蟲人ダニギーラよ。

 「なんと! 本当にダニの怪蟲人のメスだ! しかもなんと美しいではないか! ギリギリギリッ!」
 「おいおい、言っただろ? お前用のメスだと。ギシュシュシュ!」
 驚愕の目でダニギーラを見つめるダニゲランに、ノミゲランが苦笑する。
 「いや、それはそうだが……それにしてもいいメスだ。本当にあのメスが俺様のものになるというのか? ギリギリギリッ!」
 「シュシューッ! もちろんですわ。今こちらにお連れいたしますね」
 まだ信じられないというようなダニゲランに、ノミギーラが微笑みながらダニギーラに向かう。
 「ギリギリギリッ! まるで夢を見ているようだ……」
 「ギシュシュシュ! 大げさなやつだ」
 ノミゲランはやや呆れつつも、そう言えば自分もノミギーラを見たときはそんな感じだったなぁとふと思い出していた。

 「シュシューッ! 融合は無事に終わったわ。気分はどうかしら、ナツミ? いえ、今はダニギーラね」
 「キリキリキリッ! あぁぁぁん……最高。最高よぉ。こんな素晴らしい躰になれたなんて最高に幸せだわぁ」
 ノミギーラの言葉に自らを両手でかき抱くダニギーラ。
 二体のメスの怪蟲人の、人間のままの口元がなまめかしい。
 「それはよかったわ。これであなたもアタシと同じくバグゲランの怪蟲人。バグゲランのために働きましょうね。シュシューッ!」
 「もちろんよぉ。アタシの身も心もバグゲランにお捧げするわ。バグゲランのためならなんでもするの。アタシはバグゲランの怪蟲人よぉ。キリキリキリッ!」
 誇らしげに宣言するダニギーラ。
 「うふふ……ほら、あなたのパートナーがお待ちかねよ。ご挨拶に行きましょ。シュシューッ!」
 「パートナー?」
 ノミギーラの指し示す方向に目をやるダニギーラ。
 その瞬間、躰にまるで電流が走るような衝撃をダニギーラは感じた。

 カツコツと足音を響かせてダニゲランの元に歩み寄るダニギーラ。
 その小さく丸い目がらんらんと輝いている。
 「キリキリキリッ! 初めまして! ア、アタシは……ダ、ダニギーラと言います。よ、よかったらアタシを……アタシをあなたのメスにしてくれませんか?」
 「な?」
 いきなり近寄ってきたうえ、まるで初心な女子高生のような告白をするダニギーラに、思わず目を丸くするダニゲラン。
 「ギリギリギリッ! マジか? 本当に俺様のメスになってくれるのか?」
 「は、はい! もちろんですぅ!」
 融合時に行なわれた洗脳によるものではあるが、今のダニギーラにとってはダニゲランこそが求める理想のオスなのだ。

 「ギリギリギリッ! い、いいだろう。お前を俺様のメスにしてやる」
 言葉にできないほどにうれしいにもかかわらず、やや格好をつけたように“許可”を出すダニゲラン。
 「本当ですか? うれしいです! アタシダニギーラは今後バグゲランとダニゲラン様に永遠の忠誠を誓います。アタシをいつでも好きなようにお使いくださいませ。キリキリキリッ!」
 両手を組み合わせて祈るようにダニゲランにひざまずくダニギーラ。
 その様子をノミゲランとノミギーラがほほえましそうに見つめている。

 「ま、まあ、そういうことで……よ、よろしく頼むぞダニギーラ。ギリギリギリッ!」
 「はいっ。こちらこそよろしくお願いしますね、ダニゲラン様。キリキリキリッ!」
 立ち上がって幸せそうに微笑むダニギーラ。
 こんな素晴らしい躰に生まれ変わったうえに、最高のオスにメスとして迎え入れられるなど幸福以外の何物でもないのだ。
 ダニギーラは心からそう思う。

 「シュシューッ! おめでとうダニギーラ」
 ノミギーラがダニギーラに近寄って声をかける。
 仲間ができたことはとてもうれしいのだ。
 数日前までは二人とも人間だったはずだが、今の二人にはそれは思い出したくもない過去である。
 「あぁぁん、ありがとうノミギーラ。あなたのおかげよぉ。あんな素敵な方のメスになれただなんて……いくらお礼を言っても言い足りないわぁ。キリキリキリッ!」
 心からの礼を口にするダニギーラ。
 「シュシューッ! いいのよそんなこと。それよりも後は……ねえ、ノミゲラン様」
 ノミギーラがダニゲランと話しているノミゲランに声をかける。
 「ん? なんだ? ギシュシュシュ!」
 「もう一人、シラミゲラン様の分のメスもご用意すればいいんですよね? シュシューッ!」
 「ギシュシュシュ! もちろんだ。俺とダニゲランにメスがいて、シラミゲランだけメス無しというわけにはいかんだろう。なあ?」
 「ギリギリギリッ! おお! あいつにもメスを用意してやるのか。それはいい。やはり俺たち吸血系は三人組だからな」
 ノミゲランに話を振られたダニゲランも大きくうなずく。
 仲のいいグループで仲間外れは可愛そうだからな。

 「シュシューッ! かしこまりました。それでは智里を……うふふ」
 「キリキリキリッ! アタシにも手伝わせてちょうだいノミギーラ。きっとあの子も怪蟲人に生まれ変われたら喜ぶと思うわ」
 ダニギーラがノミギーラに申し出る。
 「ダニゲラン様、よろしいですか?」
 振り返ってダニゲランに許可を求めるダニギーラ。
 「ギリギリギリッ! もちろんだ。行ってくるがいい」
 「あぁぁん、ありがとうございますダニゲラン様ぁ。キリキリキリッ!」
 ダニゲランの返事に、ダニギーラは思わず喜びに身をよじってしまう。
 少々洗脳の効果が利き過ぎにも見えるが、ダニギーラは強烈な幸福感に包まれているのだ。

 「シュシューッ! それじゃ行きましょ、ダニギーラ」
 「キリキリキリッ! ええ行きましょ、ノミギーラ」
 二体のメスの怪蟲人が足音を響かせて融合室から出ていこうとする。
 その口元には同じような冷たい笑みが浮かんでいた。

                   ******
                   ******

 「ひゃぁぁぁん! シラミゲラン様シラミゲラン様シラミゲラン様ぁ! キチュチュチュー!」
 「わあ、落ち着け! 落ち着くんだシラミギーラよ! ギチュチュチュチュ」
 「はいー。アタシはシラミギーラですぅ。シラミゲラン様ぁ! アタシをシラミゲラン様のメスにしてくださーい! キチュチュチュ―!」
 「ギチュチュチュチュ! わかった、わかったから」
 「あぁぁぁん……うれしいぃぃぃ!」
 カプセルから出てきたばかりのメスの怪蟲人がオスに抱き付いていく。
 その場にいたほかの四体は思わず苦笑してしまう。
 智里は無事に生まれ変わって、怪蟲人シラミギーラへと変化した。
 カプセルに入れられる前のあの泣きわめきぶりがウソのようだ。
 かなり白に近い褐色の躰は弾力のある外皮で覆われ、ややノミギーラに似ていないことも無い。
 やわらかそうなお腹は少しのっぺりとしており、全体的なラインはほかの二体と同じように女性らしいラインを保っている。
 彼女もまた口元は人間の時のままに形ではあるものの、他の二体と同じようにのどから針のような器官を伸ばすことで、生き物の血を吸うことができるようになっていた。

 「シュシューッ! あらあらシラミギーラったら。でもこれでまた三人そろったわね」
 「キリキリキリッ! ええ、これからも三人一緒で仲良くしましょうね」
 シラミゲランに抱き付いて離さないシラミギーラの姿をやや呆れたように見つめつつ、ノミギーラとダニギーラはお互いに微笑んだ。

                   ******
                   ******

 ドサッと音を立てて足元に倒れ込む男。
 その躰はまるでミイラのように干からびており、わずか数分前までは生きていたとは思えない姿だ。
 「キチュチュチュ! アタシたちの姿を見て生きていられると思わないでよね」
 喉から伸びた針状の器官を引っ込め、口元を外皮に覆われた手の甲で拭うシラミギーラ。
 彼女にとって人間の血を吸い尽くして殺すなど、簡単なことなのだ。

 「キリキリキリッ! こっちも片付いたわ。これでもう生きている人間はいなくなったわね」
 「シュシューッ! 今回の任務はお互いのパートナーとではなく、アタシたちにやらせてもらったけど、アタシたち三人でもこの程度の任務なら充分こなせるわね」
 奥の部屋から姿を現すノミギーラとダニギーラ。
 そのさらに奥にはいくつもの死体が転がっていた。

 「キチュチュチュ! 当然でしょ。アタシたちはバグゲランの怪蟲人よ。下等な人間どもを始末するなど簡単なことだわ」
 転がった死体を足で蹴飛ばすシラミギーラ。
 「シュシューッ! あらあら……」
 お互いに顔を見合わせるノミギーラとダニギーラ。
 一番最後に怪蟲人となったシラミギーラだったが、一番残忍さを持っているようだ。

 「ふふ……でもまあ、これでアタシたちだけでまた任務をやらせてもらうこともできそうね。キリキリキリッ」
 「そうねぇ……これからも月に一度くらいはまた三人で集まりましょうか? シュシューッ!」
 「キチュチュチュ! それはいいけど、早く引き揚げましょう。詳しい話はアジトに戻ってからすればいいわ」
 シラミギーラの言葉にほかの二人もうなずく。
 「キリキリキリッ! そうね。大事なパートナーも待っているしね」
 「そう言うこと。キチュチュチュ!」
 「それじゃ戻りますか。シュシューッ」
 三体のメスの怪蟲人たちは、愛しいパートナーの待つアジトに向かって、闇の中へと消え去るのだった。

END

いかがでしたでしょうか?

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2022/07/19(火) 20:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻 (後)

ブログ丸17年達成記念SS「ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻」の後編です。

ゲジギーラにされてしまった梨帆がどうなっていくのか……
お楽しみいただけましたら幸いです。

それではどうぞ。


                   ******

 「ギチチチチチッ! そう不満そうな顔をするな。言っただろう? お前もすぐに怪蟲人であることに慣れるさ」
 「キチチチ……そうかしら?」
 ゲジゲランについて歩きながらも、ゲジギーラにはとてもそうは思えない。
 いや、思いたくないのだ。
 躰は変えられてしまったが、心までは変わりたくない。
 あの二人にこの姿を受け入れてもらうのは難しいかもしれないが、それでも二人を愛するメスでありたかった。
 だが、自分が急速にこの躰を理解し始めているのはわかる。
 ギザギザの歯は獲物の肉を噛み裂くのに好都合だし、においを感じるのも鼻ではなく長い触覚が感じ取っているのがわかる。
 なにより呼吸も背中にある気門で行っているのだ。
 人間とは全く違うこの感覚に慣れることなんて考えられない。
 きっと私はこの違和感を覚えたまま、この先怪蟲人として生きるしかないのかもしれない。
 ゲジギーラはそう思う。
 でも……これはヒロカズさんとヒロキのためなのよ……

 「ギチチチチチッ! ここだ」
 しばし薄暗い廊下を歩いたところでゲジゲランが立ち止まる。
 そこには頑丈な鉄の扉があり、左右にバグドレーが立っていた。
 「キチチチ……ここは?」
 黒々とした円形の複眼が扉を見つめる。
 「ギチチチチチッ! ここは怪蟲人の訓練場のようなものだ。我々とてある程度の訓練は必要だからな」
 そう言ってゲジゲランは顎をしゃくり、バグドレーに扉を開けさせる。
 そこもやはり薄暗い大きな部屋だったが、ところどころにいくつか器具のようなものが置かれているのがわかる。
 怪蟲人用のトレーニング器具なのかもしれない。

 「ギチチチチチッ! 来るのだ」
 室内に入っていくゲジゲランに、ゲジギーラはついていく。
 どうあれ今は彼に従うしかないのだ。
 二人を助けるためにも、表面上は怪蟲人として認めてもらうしかない。

 「ギチチチチチッ! これを曲げてみろ」
 差し出される太い鉄の棒。
 「えっ?」
 ゲジギーラは驚いた。
 こんな太い鉄の棒を曲げられるはずがない。
 「キチチチ……む、無理よ。私には無理だわ」
 「いいから持って曲げてみるのだ。ギチチチチチッ!」
 首を振るゲジギーラにゲジゲランは棒を押し付ける。
 仕方なく棒を受け取るゲジギーラ。
 曲げろと言われても……
 ゲジギーラは棒を両手で持ち、なんとか曲げてみようと力を入れる。
 ええっ?
 またしても驚くゲジギーラ。
 まるで針金を曲げたように鉄の棒が簡単にへの字に曲がったのだ。
 確かに少しは力は必要だったが、まさか曲がるなんて……

 「ギチチチチチッ! どうだ? 曲がっただろう?」
 「え、ええ……まさか曲がるなんて……キチチチ……」
 自分でこの鉄棒を曲げたことがどこか信じられない気もする。
 だが、確かに鉄の棒は曲がったのだ。
 「ギチチチチチッ! それが怪蟲人の力だ。お前は人間なんかよりもはるかに優れた力を持った選ばれた存在となったのだ」
 ゲジゲランの言葉にゾクッとする快感を感じるゲジギーラ。
 確かにこんな力は人間の時には考えられない力だ。
 これが怪蟲人の力……

 「ギチチチチチッ! 次はこれだ」
 ゲジゲランは今度は鉄の板を持ってくる。
 「ギチチチチチッ! 俺様が持っててやる。お前の爪でこいつを貫いてみろ」
 「キチチチ……私の爪で?」
 「そうだ。お前のその鋭い爪でだ。ギチチチチチッ! 」
 言われてゲジギーラは自分の手を見る。
 黒とこげ茶のまだらな外皮に覆われた手には、確かに鋭い爪が生えている。
 これを使って……貫く……
 先ほどまでなら無理だと思っただろう。
 だが、今はそうは思わない。
 「キチチチ……えいっ!」
 勢い良く突き出されたゲジギーラの爪が鉄の板を突き破る。
 鋭い爪が板を貫く感触がすごく気持ちがいい。
 こんなにすごいなんて……
 なんだか胸がすっとするわ……

 「ギチチチチチッ! どうだ? 怪蟲人の力はすごいと思わないか?」
 「キチチチチッ! ええ、思うわ。とってもすごい。こんなに私の力がすごいなんて……キチチチチッ」
 ゲジギーラは自分の爪を惚れ惚れしたように見つめる。
 人間だった時とは比べ物にならない力。
 こんなに力があるなんてうれしくなる。
 ゲジギーラはもっとこの力を試したいと感じていた。

 「ギチチチチチッ! ではこれも試してみるがいい?」
 ゴトリと置かれるやや大きめの耐火金庫。
 普通なら人間が二三人で持ち運ぶくらいのものを、ゲジゲランは一人で持ってくる。
 それだけでも怪蟲人の力の強さがわかるというもの。
 「キチチチチッ! これにも穴を開けろと?」
 「ギチチチチチッ! いや、これはお前の別の能力を試してもらうのだ」
 「キチチチ……私の別の能力?」
 いったいなんの能力だろう?

 「ギチチチチチッ! ここに立ってみろ」
 「キチチチ……こ、こう?」
 言われたとおりに金庫に向かって立つゲジギーラ。
 「ひゃぁん!」
 すすっと背後に回ったかと思うと、いきなり腕を伸ばして胸を揉んできたゲジゲランに、ゲジギーラは思わず声を上げてしまう。
 「キチチチ……な、なに? や、やめて……はぁぁん」
 同心円状の節に覆われたゲジギーラの胸。
 その先端から乳首のような突起が顔を出す。
 「ギチチチチチッ! やはり思ったとおりだ。ゲジギーラの胸はたまらんぜ」
 「や、やぁぁん」
 そう言いながらもゲジギーラも胸を揉まれて気持ちよくなってしまう。
 「キチチチ……はぁぁん……なにか……なにか変」
 「ギチチチチチッ! 怪蟲人に母乳は必要ないからな。メスの怪蟲人のここはたいてい毒液の袋になっているものさ。お前のこれもそうだ」
 「はぁぁん……な、なんなのぉ?」
 ゲジゲランに揉まれた胸がどんどん気持ちよくなっていく。
 それと同時に突起の先端からは紫色の液が垂れてくる。
 「ひゃぁぁん」
 やがて突起はその液を勢いよく飛ばし、金庫へと浴びせかける。
 「あぁぁん……えっ? えええ?」
 みるみるうちに溶けていく金庫。
 液が掛かった部分がドロドロに溶けていくのだ。
 「キチチチ……な、なに? なんなの?」
 「ギチチチチチッ! 酸だ。まあ、消化液の一種だな。オスの俺様は口から毒液を吐くのだが、メスのお前はここから消化液の酸を出すというわけだ。酸を出すのは気持ちいいだろう?」
 そう言いながらもなおもゲジギーラの胸を揉むゲジゲラン。
 「はぁぁん……酸が……キチチチチ……」
 ゲジギーラはゾクゾクした気持ちよさを感じていく。
 オスに胸を揉まれる快感、溶けていく金庫を見たときの悦楽、人間にはあり得ない胸から酸を噴き出すという快楽。
 それらが重なり合ってゲジギーラを愉悦に導いていく。
 「ギチチチチチッ! どうだ? もっと揉んでほしいか?」
 「は……はいぃ……キチチチチ……」
 快楽に歯を鳴らしていくゲジギーラ。
 怪蟲人が……
 怪蟲人がこんなに素晴らしいものだったなんて……

 一通り能力を確認した後に、ゲジゲランに食事に誘われるゲジギーラ。
 断ることなどできない彼女は、やむなくゲジゲランと食事を共にする。
 人間とは全く異なるペースト状の食事。
 ゲジゲランが言うには、これは単なる栄養補給のためのものであり、美味いのは生き物の肉だという。
 ゲジゲジは肉食であるから、お前も肉を食うようになるというのだ。
 梨帆は別に菜食主義でもなんでもなかったので、肉を食うということに特に疑問に思うことはなかったが、ゲジゲランがそのうちお前にも肉の味を覚えさせてやると言った言葉には、少し楽しみを感じたことも事実だった。

 食事のあとはゲジゲランの隣室に案内される。
 元の部屋に戻してもらえる様子はなく、どうやらこれからはここが当面の住処になるようだ。
 薄暗くひんやりして殺風景ではあるが、どこか感触に合うようで居心地がいい。
 ゲジギーラはとりあえず部屋の隅のマットが敷いてある場所に横になる。
 なんだか疲れた。
 一気に人間から怪蟲人になってしまったからだろうか……
 あの二人、ヒロカズとヒロキのことは気になるけど、今はどうしようもない。
 いずれ私が怪蟲人として認められればなんとかできるかもしれない。
 でも、それよりも……
 「キチチチチ……」
 ゲジギーラは歯を擦り合わせながら自分の手を見る。
 指先から延びる鋭い爪。
 この爪があんなに鋭く強いものだとは思わなかった。
 鉄の板をも一撃でぶち抜く強さ。
 おそらく建物の壁なんかも崩せるだろう。
 それに歯の強さも驚いた。
 最初に折り曲げた鉄の棒を簡単に噛み折ってしまったのだ。
 怪蟲人なのだから当然かもしれない。
 でも、その強さが気持ちいい。

 「はぁぁん」
 先ほどのことを思い出し、ゲジギーラは自分の胸を揉みしだく。
 ゲジゲランに揉まれた時の感触がよみがえる。
 ヒロカズに揉まれた時もあんなに気持ちが良かっただろうか?
 思い……出せない……
 「あぁぁぁん……いい……この躰……いい……」
 硬い外皮に覆われているはずなのに、ぐにゅぐにゅと揉まれていく二つの乳房。
 すぐに先端から突起が姿を現し、とろとろと酸があふれ出る。
 気持ちいい。
 これならすぐに自由に酸を出せるようになるだろう。
 金庫だって溶かせるの強力な酸。
 そんな酸を自分が出せることが、ゲジギーラにはうれしかった。
 「キチチチチ……あぁぁぁん」

                   ******

 腕時計しか時間を知るすべがないが、今はもう深夜。
 父に寄り掛かるようにして弘樹は眠っている。
 泣きつかれてしまったのだろう。
 何も無いこの部屋に閉じ込められてもうかなりの時間が経つ。
 化け物が持ってきてくれた自分たちのバスケットの中のお弁当を食べて腹を満たしたものの、それ以外には水も食事も与えられない。
 妻の梨帆の分は残してあるが、梨帆は連れ去られたまま戻ってくる気配もない。
 せめて別の部屋に監禁されているとかならいいのだがと弘和は思う。
 だが、そうだったにしても、何かひどい目に遭わされていたりしていないだろうか?
 まさか……
 思いたくはない。
 妻が殺されたとは思いたくない。
 朝になれば化け物が顔を出すかもしれない。
 その時妻に会わせてくれるように言ってみよう。
 いくらなんでもひどすぎる。
 なんとしてもここから出なくては……
 その時には三人そろって……
 梨帆……
 無事でいてくれ……
 そうじゃなければ弘樹が……
 弘和は息子をそっと抱き寄せた。

                   ******

 「キチチチ……私にやってほしいこと?」
 ゲジゲランに呼び出されるゲジギーラ。
 なんでも彼女にやってほしいことがあるのだという。
 「ギチチチチチッ! お前もバグゲランの怪蟲人だからな。お前にも働いてもらうのだ」
 「そんな……私は……」
 ゲジギーラは違うと言いたかった。
 彼女自身はバグゲランに属したというつもりは無いのだ。
 これはあくまでもヒロカズとヒロキのためにやっていることであり、喜んでバグゲランの怪蟲人となったわけではないのだ。
 しかし、彼女が怪蟲人として認められなければ、二人を解放することができない。
 やらないわけにはいかないだろう。
 ゲジゲランにちゃんと怪蟲人として認められれば、あの二人を自由にできるのだから。

 「キチチチ……それで何をやればいいのですか?」
 「ギチチチチチッ! なに、簡単なことだ」
 また昨日とは違う部屋へと案内するゲジゲラン。
 それにしてもここはいくつも部屋があるらしい。
 どうもここはバグゲランのアジトと呼ばれる場所らしく、他にも怪蟲人が何体かいるとのこと。
 そのうち他の仲間にも会わせるとは言うものの、今のところ怪蟲人はゲジゲランしか見ていない。
 他は全身真っ黒のマネキンのようなバグドレーばかり。
 ただ、バグドレーにもオスとメスがいるらしく、ゲジギーラの世話はメスのバグドレーがしてくれるという。
 メスのバグドレーがどんな姿をしているのか、ちょっと楽しみではある。

 「キチチチチ……ここは?」
 ゲジギーラは一瞬ここがあのヒロカズとヒロキがいる部屋ではないかと思う。
 だが、鉄のドアを開けて中に入ると、そこには見知らぬ二人の中年男女が怯えるように抱き合っていた。
 「ひぃっ!」
 「ば、化け物が二体も?」
 女性をかばうように抱きかかえる中年の男。
 女性も真っ青な顔でゲジゲランとゲジギーラを見上げている。
 いったいこの二人は何者なのだろう?
 どうしてこんなに恐怖におびえているのだろう?

 「キチチチ……この二人は?」
 「ギチチチチチッ! こいつらはこのあたりをうろついていたので捕まえてきた人間どもよ。奴隷労働にも向かない連中だ。お前にはこいつらの始末をしてもらう」
 「えっ? 始末?」
 その言葉にゲジギーラは思わず聞き返す。
 「そう、始末だ。こんな役立たずどもを食わせておく必要はないのでな。ギチチチチチッ!」
 楽しそうに笑うゲジゲラン。
 「そ、そんな……」
 ゲジゲランの言っていることは明白だ。
 始末とはこの二人を殺せということ。
 それをゲジギーラにやらせようというのだ。

 ごくりと唾を飲むゲジギーラ。
 目の前でおびえる男女は、もしかしたら自分たちだったかもしれないのだ。
 この哀れな連中を始末しなくてはならないというの?
 だが……ゲジギーラの中で奇妙な興奮が湧き上がってくる。
 こいつらは奴隷労働にも適さない無能な連中。
 下等な人間の中でもさらに役に立たない連中なのだ。
 そんな連中を始末して何が悪いというのだろう。
 バグゲランの役に立たない人間など生きている価値はないではないか。

 それに……このおびえた表情で見上げてくる目がすごく心地よいのだ。
 彼女に自らの優位性をこれでもかと言うほどに感じさせてくれるのだ。
 それはゾクゾクするほどの快感。
 ドキドキするほどの興奮。
 無様で無力な人間をいたぶることのできる楽しさだ。
 爪で引き裂くのも楽しそうだし、腕をちぎるのもよさそう。
 胸から酸を出して溶かしてしまうのもいいかもしれない。
 なんだかすごく楽しそうだわ。

 「キチチチチ……」
 歯を鳴らしながら女に向かって手を伸ばすゲジギーラ。
 「ヒイッ!」
 「や、やめろ!」
 男が女をかばおうと前に出る。
 それがゲジギーラにはなんだかとても癪に障る。
 私の邪魔をしようというの?
 人間のくせに……
 下等な人間のくせに……
 人間のくせに私の邪魔をするつもりなの?

 「うわぁっ!」
 ゲジギーラが軽く払いのけるだけで、男は部屋の隅まで吹っ飛んでいく。
 「キチチチチッ! 邪魔をしないで!」
 イラついたように怒鳴りつけるゲジギーラ。
 人間のくせに余計なことをするからよ。
 壁にたたきつけられて頭を抱える男を見てゲジギーラはそう思う。
 いい気味だわ。
 下等な人間はおとなしくしていればいいのよ。

 「ひいーっ!」
 グイッと女を引き寄せるゲジギーラ。
 中年のさえない女で、確かに何の役にも立ちそうもない。
 無様な女だわ。
 ゲジギーラは女を抱きかかえるようにして立たせ、その爪で服を引き裂いていく。
 「いやぁっ!」
 「や、やめろぉ!」
 男の声と女の悲鳴が交錯し、それがまたゲジギーラに興奮をもたらしてくれる。
 この無様で下等な連中を好き勝手にできるのだ。
 なんて気持ちがいいのだろう。

 「ギャーッ!」
 ゲジギーラの爪が女の肌を斬り裂いていく。
 なんて柔らかく無防備な肌。
 こんなに簡単に斬り裂けるなんて。
 力もほとんどいらないぐらいだわ。
 「キチチチチ……」
 ゲジギーラは思わず歯を鳴らしてしまう。
 血しぶきが飛び女の片腕が引きちぎられる。
 ちょっと力を入れてひねれば簡単にもぎ取ることができた。
 人間を傷つけるなど簡単なこと。
 これこそ赤子の手をひねるようなということなのかもしれない。
 硬い外皮に覆われていないなんて、哀れなものね。

 女の悲鳴が消え、首ががっくりとうなだれる。
 どうやら死んでしまったらしい。
 ええ?
 こんな簡単に死ぬの?
 まだ片腕をもいで内臓を引きずり出した程度じゃない。
 なんてつまらないのかしら。
 こんなに簡単に死ぬなんて、やっぱり人間は下等な存在だわ。

 「ああ……あああ……」
 恐怖と悲しみの目でゲジギーラを見る男。
 そうだわ。
 まだこっちがいたわ。
 こっちはオスだからもう少し楽しめるかも。
 メスみたいに簡単に死なれちゃつまらないわ。
 周囲に広がる血のにおいがゲジギーラを興奮させる。
 「キチチチチ……」
 ゲジギーラは男にゆっくりと近づいた。

 やがて男も動かなくなる。
 こっちも死んでしまったようだ。
 足と腕をねじ切り、胸を爪で貫いたら死んでしまった。
 ふん……
 床に転がった男の頭を足で踏みつぶす。
 まあ、少しは楽しめたかしらね。

 「ギチチチチチッ! よくやったぞ」
 ゲジゲランが声をかける。
 正直ここまで人間を無残に殺すとは思わなかったのだ。
 だが、なんとも頼もしいではないか。

 「キチチチ……こんなものでよかったかしら?」
 ようやく興奮が収まってくる。
 足元の床は血まみれで、死体と肉片が散らばっていた。
 「部屋を汚してしまったわ。バグドレーに掃除させなきゃね。キチチチチッ」
 そういう仕事も彼らの仕事だということを、ゲジギーラは理解していた。

 「充分だ。見事だったぞ。ギチチチチチッ!」
 「ありがとう。でも褒められるようなことじゃないわ。バグゲランの役に立たないクズなど始末して当然なんでしょ? キチチチ……」
 振り向いて微笑むゲジギーラ。
 その笑みがゲジゲランにはとても好ましいものに思える。
 「ギチチチチチッ! そうだな。役に立たない人間など始末するに限る。ところで腹は減ってないか? メシでも一緒に食おうぜ」
 「いいわね。ご一緒するわ。行きましょ。キチチチチ……」
 差し出されたゲジゲランの腕を嬉しそうに受け取るゲジギーラ。
 二人は楽しそうに手を取って、血のにおいの充満した部屋を後にした。

                   ******

 「キチチチ……いったいどこへ行くの?」
 深夜の街中を走る一台のワンボックスのシートで揺られているゲジギーラ。
 「ギチチチチチッ! 深夜のドライブと行きたいところだが、一仕事することになったのでな。お前にも手伝ってもらいたいのだ」
 向かいの席に座るゲジゲランがその長い触角を窮屈そうに床まで垂らしている。
 「キチチチ……それならちゃんと言ってくれればいいのに」
 「ギチチチチチッ! すまんすまん。行きたくないと言われたくなかったからな」
 キリキリとゲジゲランの爪が頭の外骨格を掻く。
 「キチチチ……そんなことしないわ。ちゃんと言われたことはします。キチチチ……」
 不満そうに歯を鳴らすゲジギーラ。
 もう……別にやりたくないとか言わないのに……

 やがてワンボックスはある大学の前で停車する。
 「ギチチチチチッ! ここから先が腕の見せ所さ。あの建物まで気付かれないように接近するのだ」
 「あの建物まで?」
 「そうだ。あそこはこの大学の薬学研究所でな。我々バグゲランには不都合な薬品を開発中という。その研究をつぶすのだ。俺たちの手でな。ギチチチチチッ!」
 「キチチチ……そう……そう言うことなのね」
 ゲジゲランの説明にうなずくゲジギーラ。
 あの建物の中ではバグゲランに不都合な薬品を開発中だという。
 それはバグゲランの邪魔をするということ。
 バグゲランの活動の邪魔をしようとするなんて……
 なんだか怒りが湧いてくる。
 人間のくせに……
 下等な人間どものくせにバグゲランに歯向かうなんて赦せないわ。

 ワンボックスカーの影に隠れるようにして地面を這い始めるゲジギーラ。
 躰の両脇にある細い歩脚たちが滑らかに動き、ゲジギーラの躰を進めていく。
 はぁん……
 なんて素敵なの……
 人間風情には絶対に真似のできない動き。
 バグゲランの怪蟲人だからこそできる動きだ。
 彼女は選ばれたのだ。
 偉大なるバグゲランの怪蟲人として選ばれたのだ。
 それはゲジギーラにとって、とてもうれしいことだった。

 鋭い爪が建物のコンクリートにあっさりと穴を開け、ゲジギーラはその中へと潜り込んでいく。
 建物の床下は暗く湿っているが、ゲジギーラにはそれがかえって心地いい。
 複眼はかすかな光もとらえるし、それ以上に触覚が周囲の様子を伝えてくれる。
 暗闇をこうして這いずり回るのはなんて気持ちがいいのだろう。
 「キチチチチ……」
 思わず歯を鳴らしてしまう。
 気持ちがいい。
 どんどん先に這って行ける。
 地面を這うのが楽しいのだ。
 二本の足で歩くより動きやすいぐらいだわ。
 ゲジギーラはそう思う。
 自分がゲジゲジだからなのかもしれない。
 それにこれからバグゲランに歯向かう連中を始末しに行く楽しさも感じる。
 くふふ……
 ゲジギーラの口元に笑みが浮かぶ。
 彼女の後ろには、その様子を満足そうに見るゲジゲランが続いていた。

 研究棟の床に穴を開けて顔を出し、周囲をうかがうゲジギーラ。
 彼女の鋭い爪には床に穴を開けることなど簡単なこと。
 ここはどうやら研究室の一つのようだが、この時間はさすがに誰もいないようで、室内は真っ暗だ。
 もちろんゲジギーラにはその方が都合がよい。
 「キチチチ……誰もいないわ」
 「ギチチチチチッ! よし、よくやったぞゲジギーラよ」
 彼女が室内に這い出ると同時に、彼女の開けた穴からゴソゴソと這い出てくるゲジゲラン。
 その言葉にゲジギーラはうれしくなる。
 やはり褒めてもらうのはうれしいものだ。
 「キチチチ……ありがと。でも私には簡単なことよ」
 そう言ってゲジギーラは自分の爪を見る。
 本当にこの爪は素晴らしい。
 この爪で今度は人間を……
 「キチチチチ……」
 怪蟲人であることの素晴らしさをゲジギーラは感じていた。

 燃え上がる炎。
 悲鳴を上げる警備員たち。
 研究中の薬品も研究の成果を収めた資料もすべて爪で引き裂き、酸で溶かしていく。
 コンピュータを破壊し、データも読み取れなくしていく。
 バグゲランに歯向かうおろか者のやることなど消してしまうのだ。
 下等な人間どもに報いを与えてやるのは気持ちがいい。
 ゲジギーラはゲジゲランとともに研究所を破壊する。
 なんて楽しいのだろう……
 人間どもを殺すのがこんなに楽しいとは思わなかった。
 最高の気分だわ。

 鳴り響く警報と窓から吹き出す炎を背にして、ゲジゲランとゲジギーラはその場を後にする。
 素早く地面を這い、通りのワンボックスへと戻ってくる。
 ゲジギーラは這いずるようにしてワンボックスの側面ドアから車内に入り込むと、手を伸ばしてゲジゲランの手を掴む。
 そしてそのまま引っ張り上げるようにして彼を車内に引き込むと、ゲジゲランがドアを閉めた。

 「ギチチチチッ! ありがとうよゲジギーラ」
 「キチチチ……どういたしまして」
 くすっと笑うゲジギーラ。
 こんなことは仲間同士なら当たり前のこと。
 それなのにお礼を言ってくれるなんて。
 ゲジゲランったら律儀なんだから。

 ワンボックスカーは深夜の道を走っていく。
 遠くでサイレンの音が聞こえてくる。
 うふふ……
 今頃行ったところでもう遅いわ。
 ゲジギーラは仕事を終えた満足感と、それに伴う心地よい疲れを楽しんだ。

                   ******

 「「かんぱーい」」
 ペコンと軽い音が響き、プラスチックのボトルが軽くぶつかり合う。
 ゲジゲランはそのボトルのストローから吸うように、ゲジギーラはそのままボトルを傾けて中身を飲む。
 ゲジギーラの口元が人間の時と同じ形状のため、ストローを使わなくても飲めるのだ。
 甘い液体がのどを潤す。
 少しアルコールも入っているようだ。
 「ギチチチチッ! 任務は成功だ。よくやったぞゲジギーラ。これで俺様も首領様にお前を怪蟲人にしてもらうよう頼んだ甲斐があったというものだ」
 「キチチチ……ありがとうゲジゲラン。少しでも役に立てたのならうれしいわ」
 首領様にはまだお会いしたことはないが、ゲジゲランの言葉ではとても偉大な方だという。
 このバグゲランを支配し、すべての怪蟲人の上に立つお方なのだそう。
 そんなお方の役に立てるのは光栄であり、怪蟲人として喜ばしいこと。
 いつかはお会いすることになるのだろうし、お会いできる日が楽しみだ。
 ゲジギーラはそう思う。

 「ギチチチチッ! それでどうだった?」
 隣に座るゲジゲランが声をかける。
 「キチチチ……えっ? どうだったとは?」
 「楽しかったか? ギチチチチッ!」
 ハッとするゲジギーラ。
 確かにゲジゲランの言う通り楽しかったのだ。
 壁に穴を開け床下を這いまわるのも、機材を破壊し胸から酸をかけて溶かすのも、爪で逃げようとする人間を捕まえて殺すのも、みんなみんな楽しかったのだ。
 だが、それは怪蟲人であるからこその楽しさであり、怪蟲人であるがゆえにできることなのだ。
 人間では味わうことのない楽しみ。
 そのことにゲジギーラは気付いたのだ。
 私は……
 私はもう……
 心まで怪蟲人になってしまったというの?

 「キチチチ……そ、それは……」
 ゲジギーラは言葉に詰まる。
 楽しくなかったと言えば嘘になる。
 それどころか心から楽しかったと言っていい。
 でも……
 それを言ってしまうと私はもう……

 「ギチチチチッ!」
 スッと席を立ち、ゲジギーラの前に立つゲジゲラン。
 「あ……」
 その鋭い爪の生えた手がゲジギーラの顎を持ち上げる。
 そしてそのままゲジギーラを立たせると、その身をぐいと抱き寄せた。
 「ギチチチチッ! 楽しかったのだろう? 何を思い悩む必要がある? お前はバグゲランの怪蟲人なのだ。楽しんで当たり前ではないか」
 「キチチチ……それは……」
 違うと言いかけるゲジギーラ。
 だが、何が違うというのだろう?
 ゲジギーラの躰はもう人間とは全く違うものになっている。
 あんな無防備で醜く弱い生き物ではない。
 爪の一撃であっさりと死に、身を護る外皮すらない無様な生き物。
 そんな下等生物を殺して楽しんで何がいけないのだろうか……
 ゲジゲランの言うとおり、私はバグゲランの怪蟲人なのではないだろうか……

 「あ……待って……」
 抱きしめてキスをしようとするゲジゲランを押しとどめ、顔をそむけるゲジギーラ。
 「ギチチチチッ! どうした? 何をためらう? 俺たちはパートナーだ」
 「キチチチ……あ……わ、私には……」
 「ギチチチチッ! あの人間どもか? なぜあんな連中のことを気にかける? あの連中がお前にとって何だというのだ? くだらぬ下等生物ではないか?」
 ゲジギーラがハッとして顔を上げる。
 あの二人は私にとって……何?
 何だというの?

 どうして私はあの人間どもが大事だなんて思っていたのだろう?
 以前は私も人間だったから?
 でも、今の私はもう人間とは違う……
 今の私はバグゲランの怪蟲人ゲジギーラ。
 ゲジゲジの怪蟲人よ。
 人間なんかとは違う……

 「ん……」
 ゲジゲランの顎がゲジギーラの唇に重なり合う。
 硬い顎がゲジギーラの柔らかい唇に優しく押し付けられる。
 なんて素敵な甘いキス。
 ゲジギーラはそう思う。

 「ギチチチチッ! もうあの人間どものことは忘れろ。お前は俺様のメスだ。俺様こそがお前の大事なオスなのだ」
 「キチチチチ……ああ……はい……」
 ゲジゲランの言うとおりだ。
 私は何をためらっていたのだろう?
 私は何を苦しんでいたのだろう?
 私は選ばれたのだ。
 偉大なるバグゲランの怪蟲人に選ばれたのだ。
 人間という下等な生き物だった躰を捨て、このようなすばらしい躰に生まれ変わったのだ。
 私はもう人間なんかじゃない。
 怪蟲人ゲジギーラ。
 この素晴らしい躰にしてくれたゲジゲランこそ、私の大事なパートナーではないか。

 「ん……」
 あらためて今度は自らゲジゲランにキスをするゲジギーラ。
 彼の躰をその手でぎゅっと抱きしめる。
 硬い外皮が密着し、お互いの歩脚が絡み合う。
 ああ……なんて素敵。
 彼こそが最高のパートナー。
 私はゲジゲランのメス。
 怪蟲人ゲジギーラよ。

 「ギチチチチッ! どうだ? 二人で楽しまないか? たっぷり可愛がってやるぞ」
 「キチチチ……ええ、喜んで」
 ゲジゲランの言葉にゲジギーラがほほ笑む。
 「ギチチチチッ! ならば来るがいい」
 ベッドルームへと誘うゲジゲラン。
 だがゲジギーラは動こうとしない。
 「キチチチ……ええ。でもその前にお願いがあるの」
 「ギチチッ! お願いだと?」
 「ええ。とっても大事なお願いなの。キチチチ……」
 ゲジギーラの目には決意が浮かんでいた。

                   ******

 「パパァ……」
 悲しそうな目で父親を見る弘樹。
 お腹が減っているのだ。
 とはいえ、弘和にもどうしようもない。
 監禁されてからもう数日が経つのだが、一日一回出されるペースト状の味もそっけもないような食い物だけが頼りなのだ。
 何度も違う食事を出してほしいことや妻の梨帆に会わせて欲しいとも頼んではいるものの、あの黒いマネキン男どもは言葉が通じているのかも怪しいくらいで、まったく言うことを聞いてもらえない。
 いったいどうしたらいいのか……
 弘和も頭を抱えるばかりだった。

 ガチャリと音がして鉄のドアが開く。
 「ひっ」
 小さく悲鳴を上げて弘和の影に隠れる弘樹。
 いつもの黒いマネキンのようなバグドレーではなく、あのゲジゲジの化け物が入ってきたのでおびえたのだ。
 さらに今日はその背後にもう一体、茶色に黒のまだら模様で躰の両側に細い脚をワサワサと動かす二体目のゲジゲジの化け物がいるではないか。
 いったいどういうことなのだ?

 ゲジゲランとともに二人の部屋にやってくるゲジギーラ。
 恐怖に震えて父親の影に隠れている人間の子供と、子供をかばうようにして背後に隠す父親の姿がある。
 名はヒロカズとヒロキ。
 大事な人間だったはずなのに、こうして会うとそんな気持ちが消えていることがわかる。
 こいつらは私にとって何だったのだろう?
 私にとって役に立つ存在?
 むしろバグゲランの役に立ちそうもないクズにしか見えないではないか。
 本当に私はこの下等生物たちを大事な存在だなどと思っていたのだろうか?

 逆におびえた表情の二人の顔を見ていると、ゲジギーラはゾクゾクするものを感じてしまう。
 こいつらは下等な生き物。
 身を護る術を持たない弱い連中。
 だから強い私たちにおびえる。
 そのおびえた表情を見るのはとても気持ちがいい。
 もっともっとおびえさせ、人間をいたぶりたい。
 ゲジギーラの心には、そういう感情が生まれていた。

 「ギチチチチチッ! まだ元気そうだな?」
 「お、俺たちをどうするつもりなんだ? 頼む、開放してくれ。ここのことも君たちのことも絶対に誰にもしゃべったりしない。信じてくれ」
 男がゲジゲランに懇願する。
 哀れな人間。
 強い者にすがることでしか生きられない下等な生き物。
 無様な存在だわ……

 「ギチチチチチッ! そいつは俺様のパートナー次第だな」
 「パートナー?」
 「ギチチチチチッ! そうだ。お前らにも紹介しよう。俺様のパートナーで偉大なるバグゲランの怪蟲人ゲジギーラだ」
 ゲジゲランが誇らしげにゲジギーラの肩を抱く。
 「キチチチ……」
 パートナーと言われてうれしくなるゲジギーラ。
 彼女にとってもゲジゲランこそ大事なパートナーだ。
 そのためにもここでその証を見せたかった。

 「そ、そうなのか。なあ、た、頼む。もう子供も限界なんだ。俺たちを解放してくれ。それと妻に……梨帆に会わせてくれ。この通りだ」
 必死で頭を下げる弘和に、ゲジギーラはなんだか可笑しくなってくる。
 梨帆に会わせてくれ?
 梨帆……
 それはかつては自分の名前だった気がする。
 だが、今ではただの音の並びにすぎないし、それが自分の名前だったなどとも思いたくもない。
 そもそもこの男は目の前にいる私が誰なのかわかっているのだろうか?
 触覚も持たない下等な人間にはわかるはずもないのかもしれない。
 無様な気色悪い生き物だわ……

 「キチチチ……ねえ、その梨帆ってメスに会いたい?」
 目線を合わせるようにかがみこむゲジギーラ。
 弘和の顔が正面に来るが、不思議なほどに何の感情も湧いてこないことに気付く。
 この男はもう自分とは何の関係もない男なのだ。
 それどころかただの下等な生き物であり、バグゲランの役にさえ立たない男なのだ。
 こんな人間が生きていること自体に逆になんだか嫌悪感が湧いてくるようだ。

 「会いたい。会わせてくれ。頼む。梨帆に会わせてくれ。妻の梨帆に……ぐはっ」
 梨帆梨帆と連呼する男を手の甲で殴り飛ばすゲジギーラ。
 「パパ!」
 弘樹が父親の元に駆け寄っていく。
 「梨帆梨帆とうるさい男ねぇ。梨帆だったらお前の前にいるじゃない。キチチチチッ!」
 立ち上がって親子をさげすむように見下ろすゲジギーラ。
 こいつらは下等なクズども。
 生きる価値などないのだ。

 「うう……え? 梨帆? え?」
 殴られた頬を抑えつつ弘和はゲジギーラを見上げる。
 「梨帆……お前は梨帆なのか?」
 信じられない。
 あの梨帆がゲジゲジの化け物にされてしまったというのか?

 「キチチチチ……ええ、そうよ。でも私はもうお前たちのような下等生物じゃないわ。それにもう梨帆なんて名前でもないの。私はゲジギーラ。偉大なるバグゲランの怪蟲人ゲジギーラよ。キチチチチッ!」
 誇らしげに胸を張り歯を擦り合わせるゲジギーラ。
 そうよ。
 私はもう人間なんかじゃないわ。
 私は選ばれたの。
 ゲジゲランのおかげで私は偉大なるバグゲランの一員に……怪蟲人ゲジギーラに生まれ変わったのよ。
 ゲジギーラは心からそう思う。
 悩んでいた自分がバカみたいだ。
 自分はなんて幸運だったのだろう。
 ゲジゲランがもし自分を選んでくれてなかったらと思うとぞっとする。
 彼のような素敵な怪蟲人にパートナーに選ばれたのは最高の幸せ。
 私は彼のパートナー。
 ゲジゲランこそが私にとって一番大事な存在なのよ。
 「キチチチチッ!」

 「そんな……まさか……梨帆……げほっ!」
 「パパッ!」
 つかつかと近寄ってきたゲジギーラに、脚で蹴り飛ばされる弘和。
 「キチチチ……お前はバカなの? 言ったでしょ。私はもうそんな名前じゃないと。私はゲジギーラよ」
 黒く丸い複眼が冷たく男を見下ろしている。
 「う……うう……」
 痛みにうずくまる弘和。
 弘樹も父のそばで震えていた。

 「ギチチチチチッ! ゲジギーラよ、お前の願いというからここに連れて来たが、こいつらにまだ未練があるんじゃなかったのか?」
 ゲジゲランは男たちに対するゲジギーラのふるまいにやや驚く。
 「キチチチ……ああ、違うの。そうじゃないの。私は自分の気持ちを確かめたかったの……」
 驚いたような表情をしたゲジゲランに、ゲジギーラはその身を寄せて腕を絡める。
 「ギチチチチッ! 気持ちを確かめるだと?」
 「ええ……私の中のこいつらに対する気持ちを……キチチチ……」
 ゲジギーラの口元に笑みが浮かぶ。
 そう……
 ここに来たのは正解だった。
 ゲジギーラは目の前の男たちになんの感情も湧かない自分に満足する。
 当然ではないか。
 私は偉大なるバグゲランの怪蟲人ゲジギーラなのよ。
 人間のような下等な生き物に好意を持つはずなどないのだ。
 私が好意を持つのは……
 うふふふ……
 ゲジギーラはゲジゲランの腕をぎゅっと抱きしめる。
 この素敵なオスだけよ。

 「ギチチチチッ! それで答えは出たのか?」
 「ええ、もちろん。ねえ、ゲジゲラン……私、もうこいつらの顔など見たくないわ。キチチチチ……」
 冷酷に言い放つゲジギーラ。
 「ギチチチチッ! 本当か? こいつらを始末しても本当にいいのか? お前の大事な連中だったのではないのか?」
 ゲジゲランが念を押す。
 先ほどは男を蹴り飛ばしていたとはいえ、本当に未練が無くなったとみていいのか?
 「うふふ……もちろんよ。私にとって大事なのはパートナーのあなた。怪蟲人ゲジゲランなの。キチチチッ」
 うっとりと躰をすり寄せてくるゲジギーラに、ゲジゲランはうれしく思う。
 ついにこのメスは俺様のものになったのだ。
 怪蟲人に改造した甲斐があったというものだ。

 「ギチチチチッ! ならばこいつらはお前の手で始末するがいい」
 「えっ?」
 驚いて顔を上げるゲジギーラ。
 「ギチチチチッ! 以前言っただろう? お前が怪蟲人になれば、こいつらはお前の好きにさせてやると」
 「キチチチチ……ああ……そう言うことだったのね」
 ゲジゲランの言っていた言葉の意味を、今理解するゲジギーラ。
 あの言葉はこいつらの処分を任せるということだったのだ。
 だったらもう答えは決まっていた。

 ゲジゲランから離れ、男たちに近づくゲジギーラ。
 「キチチチ……」
 そのままゆっくりと自分の胸を揉み始める。
 うふふ……気持ちいい……
 外骨格の節の隙間が少し開き、乳首のような突起が顔を出す。
 酸を出す準備ができたのだ。
 はぁぁん……
 ゲジギーラが胸を揉みながら、その胸をかつての夫に向けていく。
 「あぁぁぁん……キチチチッ!」
 外骨格の隙間の突起から酸が勢いよく噴き出していく。
 「ぎゃあぁぁぁぁ!」
 酸をかけられた弘和が悲鳴を上げ、その躰が焼けただれて溶けていく。
 「パ、パパァッ! うわぁぁぁぁ」
 目の前でジュウジュウと音を立てて溶けていく父親に泣き叫ぶ弘樹。
 「あはははは……なんて気持ちがいいのかしら。人間を溶かすのは最高だわぁ。キチチチチ……」
 悲鳴に重なるようにゲジギーラの笑い声が響く。

 「さて、次はお前ね。キチチチ……」
 ゲジギーラの複眼が弘樹を捕らえる。
 「いやだぁ! ママァッ!」
 それはゲジギーラに向けて言われたのではなかったかもしれない。
 この場にいない過去の梨帆に向けられたものだっただろう。
 「キチチチ……残念ねぇ。私はもうお前のママなんかじゃないの。私はゲジギーラ。人間のガキなんて目障りなのよねぇ」
 ゆっくりと弘樹に近づくゲジギーラ。
 「ひぃぃぃ……」
 ああ、ゾクゾクする……
 この恐怖におびえる子供の顔。
 これこそが怪蟲人にとっての最高の快楽かもしれない。
 ただ酸で溶かしてしまうなんてもったいないわ。
 お前は私の爪でたっぷりと切り刻んであげる。
 「キチチチチ……」
 ゲジギーラはその鋭い爪の生えた手を少年へと振り下ろしていった。

                   ******

 鉄のドアを開けて部屋から出てくる二人の怪蟲人。
 「ギチチチチチッ! ずいぶんと楽しんでいたじゃないか。自分の子供をあそこまで切り刻むなんて」
 ゲジゲランも驚きを隠せない。
 人間を殺すのをあそこまで楽しむようになるとは頼もしいじゃないかと思う。
 「キチチチ……違うわ。あの下等生物どもと私はもう何の関係もないの。私はただバグゲランの役にも立たないようなカスを始末しただけ。過去なんて思いだしたくもないわ」
 誇らしげに胸を張って廊下を歩くゲジギーラ。
 これでもう自分が人間だったことなど思い出さなくて済むだろう。
 いやな過去は葬り去るに限るのだ。
 「ギチチチチチッ! もうすっかり身も心も怪蟲人になったようだな」
 「当然でしょ。私は偉大なるバグゲランの蟲人ゲジギーラよ。キチチチチ……」
 「ギチチチチチッ! これからもよろしく頼むぜ、ゲジギーラ」
 「こちらこそよろしくねゲジゲラン。ねえ、さっきのお誘いはまだ有効なのかしら? 私、あなたとベッドを共にしたいわ。キチチチチッ!」
 ゲジギーラがあらためてゲジゲランの腕に自分の手を絡めていく。
 「ギチチチチチッ! 俺様でいいのかい?」
 「もちろんよ。だってあなたは私の大事なパートナーなんだから。キチチチチ……」
 ゲジギーラはゲジゲランの横顔を愛しそうに見つめる。
 これからは彼とともにバグゲランのために働くのだ。
 ゲジギーラはそう思い、ゲジゲランと躰を重ねるのを楽しみにするのだった。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。

明日は二本目の記念SSを投下いたしますね。
それではまた。
  1. 2022/07/18(月) 20:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻 (前)

今日明日でブログ丸17年達成記念SSを一本投下させていただきます。

タイトルは「ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻」です。
タイトルを見ておわかりのように、まあ、いつもの私の作品です。
(^o^;)

寝取られ系作品となりますので、苦手な方はご注意くださいませ。

それではどうぞ。


ゲジゲジ怪人のパートナーにされてしまった人妻

 「わぁいわぁい」
 嬉しそうにはしゃぎながら走りだしていく少年。
 軽やかな足取りでみるみるうちに遠ざかっていく。
 「こぉら、弘樹(ひろき)! 走ったら危ないでしょ!」
 母親の梨帆(りほ)が、駆け出していく息子に声をかける。
 「大丈夫だよー!」
 少年は一旦立ち止まって振り返るも、そう言って再び走り去っていく。
 もう……
 まったく言うことを聞かないんだから……
 転んだらケガをするかもしれないのに……
 梨帆は困ったものだと苦笑しながら、あとをついていくしかない。

 「ははは……久しぶりに遠出してきたからな。楽しくてしょうがないんだろ」
 梨帆の夫の弘和(ひろかず)が笑いながら、大きなバスケットを持ってついてきている。
 もう……あなたったら弘樹には甘いんだから……
 梨帆はちょっと口をとがらせる。
 いつも小言を言うのは梨帆の役目になってしまっているのだ。
 たまには父親が注意をしたっていいのにと思う。
 「転んだりしたらケガするわ」
 「ははは……少々の傷は男の子には勲章さ」
 「それはそうかもしれないけど……」
 男親とはこんなものなのだろうか……
 ケガによっては取り返しがつかないことだってあるんだし……
 まあ、男の子は元気が一番とは言うけれど、ケガをして痛い思いをするのはあの子なのよ。
 梨帆はそう思う。

 「ねえママー、パパ―、見て見てー!」
 先に高台にたどり着いた弘樹が、両親に手を振って呼んでいる。
 「おう、今行くぞ」
 手を上げて応える父の弘和。
 今日は家族でハイキング。
 高原の高台までドライブに来たのだ。
 ここは景色がいいわりに穴場のようで、今日も三人のほかにはさほど人はいない。
 梨帆も朝早くからお弁当を作るのは結構大変だったとは言うものの、ハイキング自体は楽しんでいた。

 「わあ、いい景色ねぇ」
 高台から広がる景色に、梨帆は思わずそう口にする。
 苦労してここまで昇ってきた甲斐があるというものだ。
 「まったくだなぁ。周辺にめぼしい施設があるとかじゃないから、あんまり人が来ないらしいけど、景色がいいという話は本当だったな」
 夫の弘和も遠くに山並みが広がる景色に感動する。
 家族でハイキングに行くのにいい場所はないかと同僚に聞いたのだが、ここを教えてもらえたのはよかった。
 弘和はふと隣の梨帆を見る。
 ひいき目と言われるかもしれないが妻は美しいと弘和は思うのだ。
 決してミスコンテストに出てくるような美人ではないかもしれないが、健康的な美しさがあると思うし、三十代半ばとまだまだ若くもある。
 息子の弘樹にとってもいい母親だと思うし、自分にとっても良き妻だ。
 そんな梨帆がこうして隣にいてくれることは本当にありがたいと思う。
 「ん? どうかした?」
 夫の視線に気づく梨帆。
 「あ、いや……」
 思わず気恥ずかしくなり、弘和は視線を逸らした。

 「ねえパパ、あっちにも道があるよ」
 そう言って弘樹がちょっと下った位置にある林の中を指さす。
 パッと見には見づらいものの、よく見ると確かに小道のようなものが林の中にあるのだ。
 だが、小道の先は林の奥へと向かっているような気もする。
 「うーん……地元の人の道かもしれんぞ」
 「行ってみようよ。何があるか確かめたい」
 父はそういうものの、弘樹はウキウキした顔で振り返る。
 もう、弘樹ったら……
 ただの林の小道じゃない。
 何も無いに決まっているのに。
 ちょっとした探検をしたくて仕方がないという感じの弘樹に、梨帆はややあきれてしまう。

 「そうだな、よし、行ってみるか」
 だが、梨帆の思いとは裏腹に、夫の弘和は弘樹と一緒にそっちの道へと降りていってしまう。
 「ええ? ちょ、ちょっと」
 慌てて止めようとする梨帆。
 「大丈夫だって。立ち入り禁止とかじゃなさそうだし、どこかの民家に突き当たったりしたらごめんなさいでいいだろ。弘樹の好奇心を生かしてやりたいし」
 そう言いながら、すでに父と息子は丘を下ってその小道へと向かっていくところだ。
 「で、でも……」
 「大丈夫だって」
 なおも梨帆は引き留めようとするが、二人は聞く耳を持つ様子はない。
 もう……
 弘和さんもこういうところがあるのよね。
 林の奥で道に迷ったらどうするの?
 道から外れなければ大丈夫だとは思うけど……
 梨帆はそう自分を納得させ、あきらめて二人に付き合うことにする。

 夫と息子からはぐれないようにしてあとをついていく梨帆。
 丘を降りたところから広がる林に、分け入るようにして入っていく。
 そこは確かに小道と言えば小道のようで、きちんと踏み分けられている。
 林の中の緑の香りは包まれていると気持ちがいい。
 木漏れ日も差してとても素敵である。
 でも、虫がいそうなのが気にかかる。
 虫よけスプレーはかけてきたし、リュックの中にも入れてきてはいるが、梨帆は虫が苦手だったのだ。

 「ここならクワガタやカブトムシなんかもいそうだな」
 「虫捕り網持ってきてれば良かったね」
 「そうだな。今度来る時には持ってこよう」
 すっかり男の子二人になってしまったようなそんな会話をしている父と息子。
 男同士ってこういうものかもしれないと梨帆はまた苦笑する
 でも、捕るのはいいが捕ってきたものを見せられたりしたらどうしよう……
 弘樹は梨帆が虫嫌いと知っているはずなのに、きゃあきゃあと悲鳴を上げるのが楽しいのか、嫌がれば嫌がるほど見せようとしてきたりするのだ。
 もし今回もそうしたら、きっちり怒ってやるんだからね。

 「ねえ……まだ行くの? そろそろ戻った方がよくない?」
 道の狭さも変わらず誰にも会うことも無い林の中の小道は、どんどん奥へと誘い込んでいるような気がして、梨帆は夫に声をかける。
 こんなところじゃお弁当を広げて食べることもできないだろう。
 戻って見晴らしのいいところでお昼を食べたほうがいいのではないだろうか。
 「そうだなぁ……この先に何があるというわけでもなさそうだし。弘樹、戻ろうか」
 「ええー? 戻るの? もうちょっと行ってみようよ。何かあるかもしれないし」
 せっかく父親が戻る気になってくれたというのに、弘樹はさらに先に行ってしまう。
 「ちょっと待ちなさい、弘樹!」
 梨帆が呼び止めても聞こうともしない。
 そのうち道の先がちょっとカーブになっているようで、弘樹の姿は樹々の間に隠れてしまう。
 「しょうがないな……おーい、弘樹」
 弘樹を追いかける弘和。
 「もう……」
 梨帆も仕方なくまたあとを追うことにした。

 「あれ?」
 弘和が驚く。
 曲がった道の先に弘樹の姿が無いのだ。
 どこに行ったというのだろう?
 道を外れて樹々の間に入って行ってしまっただろうか?
 「あなた?」
 追いついてきた梨帆も、弘和が立ち止まってきょろきょろしていることに気が付く。
 「えっ? 弘樹は? 弘樹はどこ? 弘樹?」
 梨帆も息子の姿が見えないことに慌てて名前を呼ぶ。
 「弘樹? どこにいる?」
 二人が息子の名前を呼んでいると、突然樹々の間から数体の黒い人影が現れる。
 「わあっ!」
 「きゃあっ!」
 驚いて悲鳴を上げる二人。
 現れたのは全身が真っ黒の全身タイツを着たような格好をした男たちで、驚いたことに目も鼻も耳も無いつるんとした真っ黒の顔をしており、まるで動くマネキン人形のような姿をしていたのだ。

 「キーッ!」
 「キーッ!」
 真っ黒の男たちは口も無いのに奇妙な声を上げながら、弘和と梨帆を素早く取り囲む。
 どうやって声をあげているのか想像もつかない。
 なにせ人間がマスクをかぶったような凹凸すらなく、黒いゆでたまごのようにつるんとしたのっぺらぼうなのだ。
 「な、なんだお前たちは!」
 「いやっ、こ、来ないで!」
 梨帆は夫の影に隠れるようにして身を縮め、弘和は手にしたバスケットを前で構えて身を護るようにする。

 「ギチチチチチッ! お前たち、ここに来たからには黙って帰すわけにはいかんなぁ」
 さらに男たちとは違う不気味な声がして、樹々の間から異形の人影が姿を現す。
 「うわぁっ!」
 「ひぃぃぃっ!」
 思わず悲鳴を上げてしまう弘和と梨帆。
 特に虫が嫌いな梨帆は、その姿を見た瞬間に気が遠くなりそうなほどだった。
 そこにはこげ茶色に黒のまだら模様の節のある躰をつやつやと輝かせ、長い触角をゆらゆらと揺らし、腕や躰の脇、脚の横からワサワサと何本もある細い歩脚を蠢かせた巨大なゲジゲジのようなものが人間のように立っていたのだ。
 しかもそのゲジゲジは外側に歩脚の生えた人間のような腕で脇に少年を抱えている。
 「あっ、弘樹!」
 「いやぁっ! 弘樹ぃ! 弘樹を返して!」
 「ギチチチチチッ! どうやらこのガキの両親か。まあいい、ここで騒がれるのはまずい。とにかく連れていけ!」
 「キーッ!」
 「キーッ!」
 息子を取り返そうとした弘和と梨帆に、黒いマネキン男たちが掴みかかっていく。
 「くそっ! 離せっ!」
 「いやぁっ! 離してぇ!」
 必死にその手を逃れようとする弘和と梨帆。
 だが、たちまち二人は男たちの強い力で取り押さえられ、引きずられるようにして樹々の間へと連れていかれるのだった。

                   ******

 「う、うーん……」
 床のひんやりとした感触に目が覚める梨帆。
 どうやら気を失っていたらしい。
 「梨帆、大丈夫か?」
 「ママ!」
 目を開けると、心配そうな夫の顔と今にも泣きだしそうな息子の顔が飛び込んでくる。
 「あなた、弘樹、無事だったのね?」
 梨帆は躰を起こすと二人に抱き着いていく。
 弘和も弘樹も一緒に抱き合い、三人で無事を喜びあう。

 「ごめんなさい……ごめんなさい……ボクがもっと奥に行こうって言ったから……」
 「泣かなくていいのよ弘樹。あなたのせいじゃないから」
 我慢しきれず泣き出した息子を慰める梨帆。
 「そうだぞ。悪いのは俺たちみんなを閉じ込めたあいつらだ。それにしても奴らはいったい何者なんだ?」
 弘和も息子の頭をなでてやる。
 「私……私、化け物を見たわ。おっきなゲジゲジみたいなの……」
 梨帆が恐怖とともに思い返す。
 「ああ、俺も見た。あれはいったいなんなんだ?」
 梨帆と弘和が顔を見合わせる。
 あんな巨大なゲジゲジは見たことが無いし、しかも言葉をしゃべっていたのだ。
 まるでゲジゲジと人間が掛け合わされたゲジゲジ人間のようだ。
 なにか悪いいたずらにでも引っかかったのではないだろうか……

 「ボクも見た。いきなり襲われて目が覚めたらここにいたけど……」
 どうやら弘樹はいきなり道の先にあのゲジゲジの化け物がいて、悲鳴を上げることもできずに気を失わされたらしい。
 「まあ、とにかくみんな無事でなによりだ。さて、問題はここから抜け出せるかどうか……」
 弘和が立ち上がって部屋の様子を調べる。
 殺風景なコンクリート造りの部屋のようで、椅子もテーブルも何もない。
 壁には窓もなく、ドアものぞき窓ひとつない鉄のドアで、弘和が開けようとしてもびくともしなかった。
 ただ、天井は照明が埋め込まれているのかうっすらと輝いており、暗闇にはなっていない。

 「くそっ、完全に閉じ込められている」
 部屋を調べ終わった弘和が、腹立ちまぎれにドアをける。
 「あ、そうだわ」
 梨帆がポケットからスマホを取り出し、警察にかけてみる。
 リュックやバスケットは奪われていたが、身に着けていた財布やスマホは取られていなかったのだ。
 だが、すぐに絶望感が押し寄せる。
 スマホの電波が遮断されているようで、どこにもつながらないのだ。
 外への連絡手段は無いらしい。

 「こうなればトイレに行きたいとかなんとか言って人を呼び、そいつに鍵を開けさせて出るしか……」
 「そんなの危険だわ。もし相手が武器を持っていたりしたら……それに一人で来るとは限らないし」
 弘和の言葉に梨帆は首を振る。
 武器だけじゃない。
 あの黒い男たちはとても力が強かった。
 自分たちの力で勝てるとは梨帆には思えないのだ。
 「どうしたらいいんだ……」
 力なく床に腰を下ろす弘和。
 梨帆にもどうしていいのかわからなかった。

 だが、どうあれ生理現象というものは起きてしまうわけであり、梨帆はほどなく尿意を覚えるようになる。
 とにかくトイレすらない部屋で影になる場所もない。
 あったとしてもそこで用を足すというわけにもいかないだろう。
 仕方なく梨帆は夫に尿意を伝えるも、弘和とて何ができるというわけでもない。
 結局ドアを叩いて、外にいるかもしれない連中にトイレに行きたいことを伝えるしかなかった。

 しばらくするとドアが開き、あの巨大な二足歩行のゲジゲジ人間が入ってくる。
 「ひっ!」
 「うわっ!」
 「わあっ!」
 まさかこの化け物が来るとは思っていなかった梨帆たち三人は思わず声を上げてしまう。
 「ギチチチチチッ! トイレに行きたいと言ってたな。お前たちも排泄するのを忘れていたぜ」
 「あ、ああ……その、妻がトイレに行きたがっているんだ。できれば俺と息子もお願いしたい」
 黄色の複眼が輝き、頭部からは長い触角が揺れ両脇の細い歩脚がワサワサと蠢いている、まさに人間とゲジゲジを掛け合わせたような化け物に、弘和は恐る恐るお願いする。
 三人一緒にこの部屋を出ることができれば、なんとか機会があるかもしれない。

 「ギチチチチチッ! まずは女、来い!」
 「きゃっ!」
 いきなり腕を掴まれて引き寄せられる梨帆。
 「何をする! うわっ!」
 ゲジゲジ人間に捕まった梨帆を慌てて引き離そうとした弘和だが、ゲジゲジ人間の腕にあっという間に突き飛ばされてしまう。
 「あなた!」
 「ギチチチチチッ! お前はおとなしくしていろ」
 ゲジゲジ人間は梨帆を部屋から連れ出して、ドアの外にいたあの黒いマネキン男に手渡す。
 「そんな……二人にもトイレを」
 梨帆はなんとか振りほどいて離れようとするが、マネキン男の力は強くてとても振りほどけない。
 「ギチチチチチッ! お前たちはこれでも使っていろ!」
 もう一体のマネキン男が持っていた箱のようなものを取り上げ、部屋の中に放り込むゲジゲジ人間。
 「くそっ! 梨帆を離せ!」
 弘和が追いかけて飛び出てこようとするが、それよりも早く鉄のドアが目の前で閉じられてしまう。
 「そんな……あなたぁっ!」
 手を伸ばして夫を呼ぶ梨帆。
 だが、無情にも夫と息子は部屋の中に取り残される。
 「ギチチチチチッ! あれは簡易トイレだ。男だけならあれで充分だろう」
 「そんな……ひどい! あんまりです!」
 梨帆はキッとゲジゲジ人間をにらみつける。
 「ギチチチチチッ! そう言うな。トイレに行きたいんだろう? 連れて行ってやる」
 鋭い爪の付いた硬い手で梨帆の顎を持ち上げるゲジゲジ人間。
 「ば、場所を教えてくれれば一人で行けます」
 巨大な顎を左右に広げるゲジゲジ人間に気を失いたくなるほどの恐怖を感じながらも、梨帆はなんとか目をそらすまいと必死に耐える。
 「ギチチチチチッ! なかなかいい女だ。ますます気に入ったぞ。ついてこい」
 梨帆の顎から手を離してくるりと背を向けるゲジゲジ人間。
 歩くたびに躰の両脇に生えている細い歩脚もワサワサと蠢いている。
 本当にゲジゲジと人間のかけ合わさった生き物のようで、虫嫌い、特にゲジゲジのような脚の多い虫は大嫌いな梨帆は恐怖で背筋が寒くなる思いがする。

 ゲジゲジ人間が歩いていくあとを、梨帆は腕を後ろ手に押さえつけられたままマネキン男によって歩かされていく。
 廊下はすぐ先がまた鉄の両開きドアになっており、そこにはやはりマネキン男たちが見張りをするように立っていた。
 よく見るとマネキン男たちの腰にはベルトが巻かれており、大きな虫の顔のような模様が付いている。
 いったい何のマークなのだろうか。
 見たことも無いマークだわと梨帆は思う。

 それにしても廊下にも全く外の見える窓が一つもない。
 もしかしたらここは地下か何かなのかもしれない。
 薄暗い照明しかないのでよくわからないが、いったい何のための建物なのだろう。
 「ギチチチチチッ! ここだ」
 ゲジゲジ人間がドアを開け、梨帆を中に入れる。
 やはり薄暗く狭い部屋で、床に穴が開いている。
 「えっ? トイレ?」
 「排泄用の穴だ。使いづらいかもしれんが我慢しろ。ギチチチチチッ!」
 そう言ってドアを閉めるゲジゲジ人間。
 「えっ? ちょっと……」
 なにかを言う間すら無い。
 しばらく立ち尽くした梨帆だったが、仕方なくそこで済ませるしかなかった。

 「ギチチチチチッ! そっちではない。こっちだ」
 トイレを出て部屋に戻ろうとした梨帆を、ゲジゲジ人間は違う方向へと連れていく。
 「えっ? ど、どこへ?」
 このままでは夫や息子と引き離されたままになってしまうと恐れる梨帆だったが、マネキン男が無言でついていくように促してくる。
 逆らったところでマネキン男が簡単に梨帆の躰を取り押さえてしまうだろう。
 仕方なく梨帆はゲジゲジ人間のあとについていくしかない。
 「わ、私をどこへ連れていくつもり? あなた方はいったい?」
 「ギチチチチチッ! 我々はバグゲラン。黙ってついてくるのだ」
 「バグゲラン?」
 「そうだ。我々はバグゲラン。いずれ我々が世界を闇から支配するのだ。そして俺様はそのバグゲランの怪蟲人(かいちゅうじん)ゲジゲランだ。ギチチチチチッ!」
 胸を張り顎を鳴らすゲジゲラン。
 梨帆は唖然とする。
 バグゲランだの怪蟲人だの聞いたことも無い。
 そんな組織が本当にあるというのだろうか?
 テレビか映画の撮影ではないのだろうか?
 私たちはどうなってしまうの?

 『ぎゃぁぁぁぁぁ……』
 奥の方から男の悲鳴が聞こえる。
 「えっ? い、今のは?」
 思わず足が止まる梨帆。
 「ギチチチチチッ! 役立たずが処分されたか、実験材料がくたばったかどっちかだろう」
 ゲジゲランと名乗ったゲジゲジ人間があっさりと言う。
 「ええ?」
 役立たず?
 実験材料?
 いったい何のことなの?
 「ギチチチチチッ! 心配するな。俺様はお前が気に入った。お前にはチャンスをやる。先ほど首領様にも許可をいただいた」
 青ざめた梨帆を振り返り、ゲジゲランが顎を広げる。
 「チャンスを? 私に? 主人と息子は?」
 「ギチチチチチッ! そうだな……お前次第ということにしてやってもいい」
 「私……次第?」
 「ギチチチチチッ! そうだ。おとなしくついてこい」
 再び歩き出すゲジゲラン。
 梨帆は黙ってついていくしかなかった。

 「キーッ!」
 「キーッ!」
 入口の左右に立っているマネキン男たちが右手を上げてゲジゲランと梨帆を迎える。
 入り口のドアを抜けて部屋に入った梨帆は、そこにずらっと並んだ透明なガラスの筒のようなものに気が付いた。
 「ひっ」
 思わず息を飲む梨帆。
 そのガラスの筒には薄いグリーンの液体が満たされ、中に裸の人間が浮いていたのだ。
 まるでホルマリン漬けの人間の標本のようではないか。
 いや、人間だけではない。
 いくつかの中身は半分躰が真っ黒く変色したものや、それこそ今も背後に黙ってついてきているマネキン男そっくりになっているものもある。
 中には女性もいるようだ。
 これはいったい……

 「ギチチチチチッ! これはバグドレーを生み出す装置だ」
 ゲジゲランがガラスの筒の列の間を通っていく。
 「バグドレー?」
 梨帆もそのあとをついていくしかない。
 「ギチチチチチッ! そうだ。今お前の後ろにいるやつがバグドレーだ。ここはさらってきた適当な人間をバグドレーに変化させる装置なのだ」
 「に、人間を?」
 梨帆は愕然とする。
 まさかこのバグドレーとか言うマネキン男たちが元は人間だったというの?
 梨帆は後ろをちらっと振り返る。
 この無言でついてくるバグドレーも、もとは人間だったというのだろうか?
 「えっ? わ、私をまさか……」
 梨帆はハッとした。
 トイレの後でこっちに連れてきたのは、このガラスの筒に自分を入れるつもりだったからなのではないだろうか?

 「ギチチチチチッ! 心配するな。こいつらは命令に従うだけの人形のような存在にすぎん。お前をそんなものにするつもりはない」
 ゲジゲランはそう答える。
 「じゃ、じゃあどうして?」
 私をここに連れてきたのだろうか?
 疑問に思う梨帆。
 「ギチチチチチッ! チャンスをやると言っただろう。お前は怪蟲人になれ。俺様と同じ怪蟲人になるんだ」
 「ええっ?」
 梨帆の顔が青ざめる。

 「ギチチチチチッ! これは人間を蟲と融合させ怪蟲人を生み出す装置だ。いわば蛹のようなもの。この中でお前は怪蟲人になるのだ」
 ガラスの筒のならんだ奥に置かれたカプセル状の機器の前でゲジゲランは立ち止まる。
 どうやらこのカプセルがその装置らしい。
 「か、怪蟲人に?」
 梨帆の膝ががくがくする。
 私に化け物になれというの?
 それも大嫌いな虫に?
 「そうだ。俺様は最初に見たときからお前が気に入ったのだ。お前は美しい女だ。そして俺様は以前からメスが欲しかった。お前は俺様のように怪蟲人になれ。怪蟲人となって俺様のメスになるのだ。人間をいたぶり殺すのは楽しいぞ。ギチチチチチッ!」
 「そんな……いやっ! いやです! いやぁっ!」
 梨帆は真っ青になって首を振り、その場を逃げ出そうとする。
 だが、すぐに背後にいたバグドレーが彼女を捕らえてしまう。
 「いやよぉ……助けてぇ!」
 必死にもがく梨帆。
 虫の化け物になんかなりたくない!

 「ギチチチチチッ! なぜだ? お前は選ばれた存在になれるのだ。怪蟲人となって俺様のメスになれ! 俺様とともにバグゲランのために働くのだ」
 「いやです! 絶対にいやっ! あなたなんかのメスになんてならない! 私には主人も子供もいるの! 絶対にいやぁっ!」
 たとえここで殺されても化け物のメスになんてならない!
 梨帆は必死に拒絶し、バグドレーを振りほどこうとする。
 弘和さんや弘樹を裏切るなんてできないし、虫になるなんて耐えられない。

 「ギチチチチチッ! そうか……だが、お前が拒否すればあいつらは死ぬ」
 ギラリと光る右手の鋭い爪を見せるゲジゲラン。
 「えっ?」
 思わず梨帆の動きが止まる。
 「お前が拒否すればと言ったのだ。お前がどうしても怪蟲人にならないというのなら、俺様はあいつらを殺す。あのガキなどはさぞかし肉が柔らかくて引き裂きがいがありそうだ。ギチチチチチッ!」
 顎を左右に広げて笑うゲジゲラン。
 「そ、そんな……ひどいわ! 卑怯よ!」
 夫と息子を人質に取られたことに気付く梨帆。
 だが、どうしようもない。
 ここで拒否し続ければ二人は……
 この化け物たちは、それこそなんのためらいもなく二人を殺してしまうに違いない。
 梨帆は天を仰いだ。

 「わ、私が怪蟲人になれば……二人は開放してくれますか?」
 梨帆はキッとゲジゲランをにらみつける。
 「ギチチチチチッ! お前次第だ」
 「二人を傷付けないと約束してくれますか?」
 「ギチチチチチッ! 俺様は手を出さないと約束しよう」
 しばらく無言ののち、やがて梨帆はうなだれる。
 「わ……わかりました。か、怪蟲人になります」
 絞り出すようなかすかな声で答える梨帆。
 「ギチチチチチッ! それでいい。なに、お前もすぐに怪蟲人のすばらしさを感じるようになる。人間だったことなど忘れたいと思うようになるぞ。ギチチチチチッ!」
 ゲジゲランはそう言って梨帆の肩に手を置いた。

 着ているものを全て脱がされ、裸でカプセルの前に立たされる梨帆。
 ゆっくりとカプセルが開く。
 中には何か黄色いゼリーのようなものが満ちている。
 この上に寝ろと言うのだろうか?
 梨帆は恐る恐る足を入れてみる。
 ずぶずぶと沈み込んでまとわりついてくるような感触だ。
 だが、温かくて気持ちがいい。
 「ギチチチチチッ! 怖がることはない。その中に横になればいい」
 梨帆は覚悟を決めてカプセルの中のゼリーの上に横になる。
 躰が半分ほど沈み、なんだかふわふわとした感じで宙に浮いているかのよう。
 あなた……弘樹……ごめんなさい……
 自分はこれから怪蟲人にされてしまう。
 でも、こうしないと二人を助けることができないのだ。
 二人を助けるにはこうするしかない。

 「ギチチチチチッ! お前は俺様と同じゲジゲジの怪蟲人になるようにセットしておいた。なに、俺様もそうだったが、すぐに怪蟲人になってよかったと思うようになるぜ」
 ゲジゲランはそう言ってカプセルの蓋を閉める。
 ああ……そんな……
 よりにもよってあの化け物と同じゲジゲジだなんて……
 梨帆の目から涙がこぼれる。
 だが、蓋が閉められて真っ暗になると同時にゼリーがカプセル内に充満し始め、梨帆の顔も躰も覆っていく。
 「ぐっ……げぼっ」
 鼻も口も覆われてしまい息ができなくなる梨帆。
 だが、ゼリーが口から気管に入り込んで肺に達すると、不思議なことに息ができるようになっていく。
 うそ……息ができる?
 梨帆は驚いたが、じょじょに呼吸に慣れてきて気にならなくなっていく。
 それにゼリーに包まれた躰はぽかぽかとしてとても気持ちがいい。
 まるでお風呂で全身浴をしているようだ。
 でも……これからどうなるのだろう……
 だが、どんなことになろうとあの二人だけは……
 化け物になったとしても心だけは……
 あなた……
 弘樹……

                   ******

 「パパ……」
 部屋の隅で膝を抱えてうずくまっていた弘樹がぽつりとつぶやく。
 「ん?」
 こちらも部屋の壁を背もたれにして、足を投げ出して座っていた弘和が返事をする。
 「ママ……遅いね」
 「ああ……そうだな……」
 それは弘和も感じていたこと。
 トイレに行っただけにしては遅すぎるのだ。

 「もしかしてママは……もう戻ってこないの?」
 「そんなことはないさ……ほら、ママは女性だからいろいろと時間がかかるんだよ」
 自分でも半信半疑ながらそう答えるしかない弘和。
 戻ってこないなんて……あるものか……
 だが、いったい何をしているのか……
 いや、いったい何をされているのだろうか……
 悪い想像ばかりが頭をよぎる。
 「ママ……」
 「大丈夫だ……ママはきっと戻ってくるさ。大丈夫だ……」
 父はそう息子に答えるしかなかった。

                   ******

 「ん……」
 薄く光が差し込んでくる。
 頭がぼうっとする。
 いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
 カプセルが開いていく。
 あれからどのくらい経ったのだろう?
 私はどうしてこんなところで寝ていたのだろう?

 「あ……」
 手をぐいと引かれ、上半身がゼリーの中から引きずり出される。
 躰にまとわりついたゼリーがずるずると落ち、躰が外気に触れていく。
 外の空気のにおいが感じられ、他にも誰かがいるのがわかる。
 誰がいるのだろう?

 「キチチチチッ」
 変な音が聞こえる。
 何の音だろう?
 梨帆は不思議に思う。
 どこから聞こえてきたのだろう?
 「ギチチチチチッ! どうやら融合が終わったようだな。カプセルの外へ出してやれ」
 こっちは……
 聞き覚えのある声。
 なぜかその声が梨帆には心地よく感じる。
 ゲジゲジの怪蟲人ゲジゲランの声だわ。
 「キチチチチッ」
 また……
 この音は何?

 「キーッ!」
 グイッと躰が持ちあげられるような感覚がして、両脇から持ち上げられるようにカプセルの外へと運び出されていく。
 だ、大丈夫よ……
 ちゃんと一人で起きられるわ。
 梨帆はフラフラした脚でなんとか立とうとする。
 なんだか自分の脚がまだうまく動かないのだ。
 バランスがまだ取れなくて、まるで初めてハイヒールを履いた時のよう。
 それに両脇から生えている歩脚も、まだ動きがバラバラでぎこちない。
 左右からバグドレーたちが支えてくれるのがありがたく感じる。
 バグドレーはこういうときにも役に立つのだ。
 ふふ……
 便利な連中なのね……

 やっと動きが慣れてバランスが取れてくると、彼女は自らバグドレーから離れ、自分の躰を見下ろしてみる。
 細かな像がたくさん見えるような気がして見えづらい。
 だが、それもすぐに気にならなくなっていく。
 とても多くの小さな画像が一つにまとまってちゃんと見えてきたのだ。
 目に問題は無いらしい。

 つややかに輝くこげ茶色に黒のまだらが混じった外皮。
 節が連なったような躰からは、腕や脇の両側に細い歩脚が伸びて蠢いている。
 脚の付け根や腰のあたりは互いの外皮が重なった関節のようになっている。
 足先はつま先が二つに分かれて硬い爪が生えており、かかとは高いハイヒールのようになっていた。
 両手も外皮に包まれ、黒々とした指先には鋭い爪が尖っている。
 胸には形の良い二つの丸い半球がこちらもつややかに黒々とした同心円状の節で覆われ、盛り上がっていた。
 これが私?
 まるでゲジゲジのような躰。
 ああ……そんな……
 私はゲジゲジになってしまったんだわ……
 ゲジゲランの言うとおり、私はゲジゲジにされてしまった……
 自分の躰が変わってしまったことに少し悲しみを覚える梨帆。
 だが、不思議なことにいやだとは感じない。
 それどころか、今の自分の躰が愛おしくも感じてしまう。
 少なくともゲジゲジに対する嫌悪感は消えていた。
 「キチチチチッ」
 まただわ……
 いったい何の音なのかしら……

 「ギチチチチチッ! おお、なんとすばらしい姿の怪蟲人の誕生ではないか」
 ぬっと目の前にあらわれるゲジゲジの怪蟲人。
 ゲジゲランの姿だ。
 長い触角がゆらゆらと揺れ、両側に生えた細い歩脚がワサワサと嬉しそうに蠢いている。
 「キチチチチッ」
 「ギチチチチチッ! 歯を擦り合わせる音もいい音だぞ」
 歯を擦り合わせる?
 梨帆はあらためて指で触って自分の口の動きを確かめてみる。
 「キチチチチッ」
 すると無意識のうちに歯と歯が擦れ合って音を出していることに気付いた。
 口元こそ人間のままの唇の形のようだったが、歯はすっかり変化してギザギザの鋭い歯に変わっており、それが擦り合わさって音を出していたのだ。
 これは私の音だったんだわ……
 そんな……
 私がこんな音を出していたなんて……
 「キチチチチッ」
 だが、出すまいと思っても、口が自然に動いて歯を擦り合わせてしまうのだ。
 「ど、どうして? キチチチチッ」
 しゃべると歯がまた擦れ合って音が出る。
 どうやらしゃべると自然に出る音のようだ。
 そういえばゲジゲランもしゃべるたびにギチチチチチッと音を出していたではないか。
 彼と同じなんだわ。
 そんな……
 私も……この怪蟲人と同じに……
 ゲジゲジになってしまった……

 「ギチチチチチッ! おめでとう。とても素敵で美しい姿だ。これでお前もバグゲランの怪蟲人になったのだ」
 ゲジゲランが嬉しそうに梨帆の姿を見つめている。
 怪蟲人……
 違うわ……
 私は人間……
 たとえ姿はこんなになってしまったとしても、私は人間よ……
 必死にそう思い込もうとする梨帆。
 心まで怪蟲人になるものですか。
 梨帆はそう自分自身に言い聞かせる。

 「お前は俺様と同じゲジゲジの怪蟲人だ。そうだな……ゲジギーラと名乗るがいい。バグゲランの怪蟲人ゲジギーラだ。ギチチチチチッ!」
 「キチチチチッ! ゲジ……ギーラ?」
 違うわ……
 梨帆は否定する。
 私は……
 私の名は……
 梨帆は思い出そうとしたが、なぜかよく思い出せない。
 それどころか、ゲジギーラという名前がすうっと躰の中にしみこんでくるような気がするのだ。
 まるで以前からその名であったかのように。
 私は……
 私はゲジギーラ……
 私は怪蟲人ゲジギーラ……

 ち、違うわ!
 梨帆は首を振る。
 私は……私は怪蟲人なんかじゃない!
 躰は……
 躰は確かにゲジゲジにされてしまったかもしれないけど……
 でも私は……
 私は沢岸(さわぎし)……
 沢岸梨帆よ!
 ゲジギーラなんかじゃ……
 自分の名前をやっとのことで思い出す梨帆。
 だが、彼女の目に映る自分の躰は黒とこげ茶のまだらになった節で覆われたゲジゲジの躰。
 まさにゲジゲジと人間が融合した姿に他ならない。
 それに梨帆という名前すら、どこか別人の名前のように感じてしまい、ゲジギーラという名前の方が自分の名前に感じてしまうのだ。
 ああ……
 そんな……
 私は……
 心まで怪蟲人にされてしまうの?

 がっくりとへたり込んでしまう梨帆。
 泣きだしそうになり両手で目を覆ってしまう。
 だが、ゲジゲジの複眼は涙を流すようにはできていない。
 それどころか目を閉じることさえできないのだ。
 ああ……私は本当にゲジゲジになってしまったんだわ……
 梨帆は悲しかった。

 「ギチチチチチッ! ど、どうしたのだ?」
 いきなり床にへたり込んでしまったゲジギーラにゲジゲランは戸惑う。
 なにか融合時に問題でもあったのだろうか?
 せっかくこんな美しい怪蟲人が完成したというのに、失いたくはない。
 「だ、大丈夫か、ゲジギーラよ……ギチチチチチッ!」
 どこか戸惑いながらゲジギーラに近づくゲジゲラン。
 その肩に触れてもいいのかどうか悩んでいるようだ。
 「え、ええ……大丈夫。キチチチ……わ、私は……私はゲジゲジになってしまったんですね……」
 悲しそうにうつむくゲジギーラ。
 「ギチチチチチッ! そうだ。だがどうやらお前にはまだ人間の意識が色濃く残っているようだな。うーむ……融合時に人間の意識を引きずることはあるらしいが……まあ心配ない。その躰になじんでくれば、すぐに意識も変わってくるだろう。怪蟲人になれたことを喜びに感じるようになるのだ。ギチチチチチッ!」
 ゲジゲランはゲジギーラの肩にそっと手を置いた。

 そうなのだろうか?
 いずれはこの躰に慣れてしまい、怪蟲人として生きるようになってしまうのだろうか?
 そうなってしまったら……もう……
 「キチチチ……二人は……あの二人は開放してくれるんですよね?」
 ゲジギーラが顔を上げる。
 「ギチチチチチッ! 二人とは?」
 ゲジゲランが驚いたように手を引っ込める。
 「あの人間の男たち二人です。私が怪蟲人になれば解放してくれるという約束だったはずよ。キチチチチッ」
 とぼけたようなゲジゲランにゲジギーラは言葉を強くする。
 その約束が無ければ怪蟲人になどなったりはしなかったのだ。

 「ギチチチチチッ! ああ、あの二人か。安心しろ。お前がちゃんと今後バグゲランの怪蟲人として働くならお前の好きにさせてやる。だが、今はまだダメだ」
 「キチチチ……そ、そんな……ひどいわ! 約束が違うわ!」
 愕然とするゲジギーラ。
 「ギチチチチチッ! 違わんさ。どうやらお前はまだ完全に怪蟲人になったとは言えないようだからな。完全に怪蟲人になったらお前にあの二人を任せてやろう」
 「完全な……怪蟲人に?」
 「ギチチチチチッ! そうだ。身も心も怪蟲人になった時だ。そのためにもお前にはその躰の良さを理解してもらわなくてはな、来るのだ」
 ゲジゲランが焦げ茶色の外皮に覆われた手を差し出す。
 騙されたような気がして不満だったものの、ゲジギーラはその手を取って立ち上がるしかなかった。

(続く)
  1. 2022/07/17(日) 21:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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ある喫茶店の出来事

新年SS第一弾が「機械化シチュ」、第二弾が「悪堕ちシチュ」となれば、舞方的にはあと足りないのは「異形化・怪人化シチュ」のSSではないでしょうか?

ということで、新年SS第三弾はその「異形化・怪人化シチュ」のSSです。
昨日で終わったと思った?
実は第三弾があったんじゃよ。

タイトルは「ある喫茶店の出来事」です。
第一弾、第二弾に比べたらかなり短い作品とはなりますけど、箸休め的にササッと読んでいただければと思います。

それではどうぞ。


ある喫茶店の出来事

 「ありがとうございましたー」
 カランカランと出入口の鈴が鳴り、お客様が退店していく。
 私は頭を下げて見送ったあと、残された食器を片付けてテーブルを拭いてきれいにする。

 「お疲れ様、瑠璃(るり)ちゃん。賄いができているから食べていいよー」
 カウンターから店長の美緒(みお)さんが声をかけてくる。
 「あ、はーい」
 私はいそいそとエプロンを外し賄いのサンドイッチを受け取ると、誰もいなくなった店内から奥の部屋へと向かおうとする。
 「こっちで食べてもいいよ。どうせ誰も来ないんだし」
 「てーんちょおー」
 私は苦笑する。
 確かにサラリーマンが外回りを終えるこの時間になると、もうお客さんが来ることはめったにない。
 一応夜の7時までは開いているのだけど、夕食を食べにうちの店に来るという人もまずいないしね。
 とはいえ、店長自らが誰も来ないなんて言ってていいものだろうか?

 「まあねぇ。だいたいうちの店に客が来るのはお昼から夕方にかけてだからねぇ。6時過ぎると来ないよねぇ」
 美緒さんも早くも店仕舞いの準備を始めている。
 「でも、お昼は結構来るんですよね?」
 私は結局、奥の部屋と店の境にあるドアのところでサンドイッチをぱくついていた。
 学校が終わってすぐここのバイトに来る私にとって、家に帰って夕食を食べるまでの間、この賄いがどんなにありがたいことか。

 「そうでもないよぉ。来たって5、6人だしね。むしろ瑠璃ちゃんが来てくれる4時ごろから6時くらいまでの方が忙しいかな」
 カウンターを拭いている美緒さん。
 エプロンで隠れてはいるものの、いつ見ても胸の大きさに目が行ってしまう。
 いいなぁ……
 私ももう少し大きくなってくれれば……
 それに胸だけじゃなく美緒さんはスタイルもとってもいい。
 その上顔もよくて気配りも上手となれば、男の人が放っておかなかっただろうなとは思う。
 今だって美緒さん目当てにお店にくるお客さんもいるけど、その人たちにとっては残念なことに美緒さんにはもう旦那さんがいるのだ。
 きっと美緒さんの旦那さんは、周りからうらやましがられたんだろうなぁ。

 「ま、だからこそ瑠璃ちゃんに来てもらっているんだし、助かっているのよ」
 う……
 美緒さんにそう言ってもらえるのはなんだかうれしい。
 最初の頃はカップやお皿を割っちゃったりしたものだけど……

 「ごちそうさまでした」
 私はサンドイッチの皿とコーヒーのカップを洗い場に持っていき、そのまま洗剤で洗っていく。
 さて、あと一時間ほど頑張りますか。

 と言ってもお客は来ない。
 ここは表通りからは離れているし、近所にめぼしい企業もない。
 知る人ぞ知る隠れ家的喫茶店と言えば聞こえはいいが、実際には誰も知らない喫茶店かもしれない。
 結局、私も店長もやることやってしまうと暇になる。

 「店長……お客さんを呼び込む何かアイディア考えませんか?」
 暇つぶしの窓拭きをやりながら私は言ってみる。
 「アイディアねぇ……」
 美緒さんも私の隣で窓を拭く。
 なんとなく心ここにあらずといった感じだ。
 「変わった料理を出してみるとか……女性向けにスイーツに力を入れるとかぁ……」
 「うーん……それもねぇ……」
 「でも……このままだとお店つぶれちゃいますよぉ」
 もちろんこれは冗談だ。
 でも、お客さんが少ないのは事実だし……

 「大丈夫よ……かつかつだけどなんとかやっていけてるし、瑠璃ちゃんの給料分も確保してるから」
 苦笑している美緒さん。
 「ご、ごめんなさい。つぶれるなんて言っちゃって……」
 私は思わず頭を下げた。
 「ううん、いいのいいの。瑠璃ちゃんの言うとおりだし、この店がホントかつかつなのは事実だし。店だけでは食べていけてないのよ、本当は」
 「えっ? でも……」
 「うん……この店をやってるのは私のわがまま。晃司さんがいてくれなかったらとても無理だった」
 「晃司さんって……店長の旦那さんですよね?」
 「うん!」
 まぶしいほどの笑顔で美緒さんはうなずいた。

 「この店は私の父の店だったの。私が晃司さんと結婚した時、父はもう病気でね。この店は閉めるつもりだったの」
 「そうだったんですか?」
 「でも、この店をそのまま閉めるのはいやだったし、晃司さんも店を継いであげたらって言ってくれて……お金と家のことは心配するなって」
 「ええ?」
 「で、ふつつかな妻は大切な旦那様をほったらかして、ここでコーヒーを淹れているというわけ」
 美緒さんはそういうけど、たぶんすごく旦那さんを愛しているんだろうなって思う。
 お店と家庭を両立するために一所懸命なんじゃないだろうか。
 そうじゃないとさっきの笑顔は出ないと思う。

 「素敵な人なんですね、旦那さん」
 「そうよぉ。私には本当にもったいないぐらいの人。彼のおかげでこの店もやってこられた。でも……」
 「でも?」
 美緒さんの表情が曇ったことに私は気付く。
 「そろそろ考えなくちゃなって思ってるの。瑠璃ちゃんには悪いんだけど、彼は子供も欲しがっているし……私ももう30代だし……」
 あ……
 私は言葉が出なくなる。
 子供……かぁ……

 「あっ……うっ……」
 突然美緒さんが胸を抑えてうずくまる。
 「えっ? 店長? 大丈夫ですか? 店長!」
 急速に青ざめていく美緒さんの顔色。
 「うう……」
 「店長ぉー!」
 大変だわ!
 私は急いで救急車を呼ぶ。
 早く……早く来て……

                   ******

 「あ、あの……」
 病室から出てきたスーツ姿の男性に声をかける。
 美緒さんの旦那さんの晃司さんだ。
 スーツが良く似合う素敵な男性で、美緒さんが好きになるのもわかる気がする。
 「まだいてくれたのかい? 美緒を病院に連れてきてくれてありがとう。でも、今日はもう遅いから帰りなさい」
 私がまだいたことに驚いている旦那さん。
 彼自身も顔がまだ少し青ざめているものの、それでも駆け付けたときよりは顔色がいい。
 「あの……店長は? 奥様の様子はどうなんですか?」
 「うん……どうも手術が必要らしい……」
 「えっ?」
 私はびっくりした。
 だって……今までずっと元気だったのに……
 突然そんな……

 「心臓に問題があるそうだ。ただ、手術さえすれば大丈夫らしい」
 旦那さんの言葉に私は少しホッとする。
 「じゃあ……」
 「うん。それほど心配することはないそうだ」
 「よかったぁ……」
 美緒さんは助かるんだ……
 よかった……

 「ただ、お店はしばらく休むことになりそうだ。違うバイトを探した方がいいかもしれない」
 「待ちます」
 「えっ?」
 「ひと月ふた月なら待ちます」
 「いやぁ……それは……」
 「待ちますから!」
 私はきっぱりとそう言った。
 バイト代はお小遣いのようなもの。
 ひと月ふた月なら待ちますとも。

 数日後、美緒さんは手術のため別の病院に転院となった……

                   ******

 「ここ?」
 私はタクシーを降りて地図を確かめる。
 郊外にある小さな個人の医院といった感じの建物。
 ここに美緒さんが?
 こんな小さな病院で手術を?

 私は花とケーキの箱を持って入り口を入る。
 待合室のようなものはあるが、誰もいない。
 私は受付に美緒さんのお見舞いに来たことを告げる。
 「ああ、それでしたら右手の階段を下って地下の3号室に行ってください」
 なんとなく冷たい感じの受付の女性がそう言って階段を指さす。
 地下?
 病室が地下にあるの?
 私は聞き間違いかと思って再度聞いてみたが、地下で間違いないらしい。
 地下に病室があるなんて珍しいな。

 それにしても美緒さんってば、暇しているから見舞いに来てだなんて。
 タクシー代はあとで払うからって地図と一緒にメールしてきて。
 もちろんお見舞いに行くつもりだったから、渡りに船だったけど。

 私は階段を降りて地下に行く。
 なんだか薄暗くて気味が悪い。
 こんなところに病室があるなんて……むしろ具合が悪くなるんじゃないかしら……

 ここが3号室?
 廊下の右側にある金属のスライドドア。
 まるで何か物品庫のようなドアだ。
 名札も何も出てないし、本当にここでいいのだろうか?

 「よいしょ」
 私はノックの後で重いドアをスライドさせ、中に入る。
 「失礼します。店長、いますか?」
 そこは薄暗く広い部屋だった。
 がらんとした中にベッドが一つだけ。
 そのベッドに腰かけるようにして、足を組んで座っている姿があった。

 「ひっ!」
 私は思わず花とケーキの箱を取り落とす。
 グシャッという音が部屋に響く。
 「キシ……キシシシ……来てくれタのね、ルリちゃン」
 ベッドに腰かけていたのは、美緒さんなんかじゃなかった。
 そこには緑色をした巨大なカマキリがいたのだ。

 「あ……あああ……」
 「キシシシ……うれシいわ。改造が済んでカら、暇ダったのよ」
 三角形をして巨大な複眼を持った頭。
 口元には赤い唇が笑みを浮かべてる。
 両手はトゲの付いたカマキリのカマになっていて、胸のところで構えられていた。
 緑色をした躰は固い外皮で覆われていて、腰は信じられないくらいにくびれている。
 組まれた脚はすらっとしてて、昆虫の脚のようにトゲが付いていた。

 「て……店長?」
 自分でもバカな質問だと思う。
 この化け物が美緒さんのはずがない。
 どうしてこんなのがここにいるの?
 「キシシシ……ソうよぉ。アタシの顔、見忘レちゃった?」
 ゆっくりと立ち上がるカマキリの化け物。
 まるでカマキリと人間の女性が融合したような姿。
 胸には丸い乳房まで付いている。

 「そんな……どうして?」
 「キシシシ……アタシは手術を受けタの。秘密結社ジャドッツによる改造手術ヲ」
 カツンコツンと足音を響かせて近づいてくるカマキリの化け物。
 逃げたいのに……
 足が……足が動かない……
 「キシシシ……アタシは幸運だったワぁ。うちの店に来たお客サんの中に、ジャドッツの工作員がいたんでスって。おかげでアタシは選バれ、こうして手術を受けるコとができたのよ。キシシシシ」
 「そ……んな……」
 私は少しずつ後ずさるが、すぐに背中が扉に着いてしまう。
 「いや……こ、来ないで……」
 「怖がることはナいわぁ。この躰はとても素晴らシいのよ。人間の時とは比べ物にナらないくらい」
 「嘘……嘘です……」
 「嘘じゃないワぁ。ルリちゃんもスぐにわかるわよ。さあ、あなたもジャドッツの改造手術を受けナさい。あなたも選ばれタのよ」
 カマキリの大きな顔が私の目の前に迫った時、私の背後の扉が開き、私はバランスを崩すように廊下に出てしまう。
 思わず後ろに倒れそうになった私の躰は、左右からガシッと掴まれ、私は身動きが取れなくなる。
 「は、離して! いやっ!」
 「さあ、こちらへ」
 「あなたもジャドッツの改造人間になるのよ」
 黒いレオタードを着て、目だけが覗いている黒いマスクを頭にかぶった女性たちが私の両手を掴んでいる。
 その力はとても強く、私の力ではどうにもならない。

 「キシシシシ……彼女タちはジャドッツの女戦闘員よ。人間の力では勝てはしナいわ。でも、ルリちゃんが改造手術を受けテ改造人間になれば、彼女たちをすぐに従えルことができるのよ。キシシシシ」
 「いやっ! いやぁっ! 離してぇ!」
 私は必死に逃げようとしたが、そのまま引きずられるように奥へと連れていかれる。
 そして、手術中というランプがある両開きのドアが開き、私はその部屋の中へと入れられた。

                   ******

 「いらっしゃいませ」
 店に入ってくる三人の女たち。
 それを見た私は、すぐに入り口に準備中の札を出して窓のカーテンを全て閉める。
 これで邪魔者は入ってこない。

 店の奥の部屋に戻ると、三人はすでに擬態を解いて女戦闘員の姿となっていた。
 黒いレオタードと網タイツに見える戦闘スーツを身にまとい、頭には目以外をすべて覆う黒いマスクをすっぽりとかぶっている。
 偉大なる秘密結社ジャドッツの女戦闘員たち。
 マスクの額部分と腰に巻いたベルトのバックルにはジャドッツの紋章が付いている。
 いずれもカマキリ女の部下たちだ。

 「キシシシ……それで状況ハ?」
 部屋では擬態を解いたカマキリ女が脚を組んで座っている。
 やはり本当の姿の方が落ち着くものよね。
 私もすぐに擬態を解いて翅を広げ、ドクガ女の姿に戻る。
 「キキーッ! 予定に変更はありません。ターゲットはこのまま山荘へと向かいます」
 右手を上げて報告する女戦闘員。
 「クシュシュシュ……それなラば話は早いワ。アタシが飛んでいって山道で始末スればいい」
 それを聞いて私はカマキリ女に提案してみる。
 擬態を解くと、やや言葉のアクセントがいつもとは変わってしまうのよね。

 「キシシシ……ドクガ女ったラやる気満々ネ」
 大きな複眼で私を見るカマキリ女。
 「クシュシュ……当然でショ。ジャドッツの邪魔者は始末スるのみよ」
 そう……
 偉大なるジャドッツの邪魔者は始末する。
 私の両親は私が始末したし、カマキリ女の夫もカマキリ女が始末した。
 いずれも私たちにとっては正体を知られる可能性がある邪魔者だからだ。
 カマキリ女は改造前にはとても愛していたとか言う夫を、たっぷりと切り刻んで楽しんだらしい。
 うふふふふ……

 あのあと私は偉大なるジャドッツの改造手術を受け、ドクガの能力を持つドクガ女として生まれ変わった。
 なんて幸運だったのだろう。
 こんな素晴らしい改造人間になれたなんて。
 私をジャドッツの改造人間に推薦してくれたのはカマキリ女だったという。
 カマキリ女はジャドッツの工作員によってあらかじめ心臓発作を起こすように仕組まれ、運び込まれた病院からジャドッツのアジトとなっているあの病院へと移されて改造手術を受けたのだ。
 そして生まれ変わったカマキリ女は、自分のパートナーとして私を選んでくれた。
 おかげで私はカマキリ女のサポート役として、ともにジャドッツにお仕えすることになったのだ。
 もちろん場合によっては私がメインとなり、カマキリ女にサポートをお願いすることもある。
 ともにジャドッツの女怪人同士として、いいコンビを組んでいるのだ。

 「キシシシ……それじゃ今回はドクガ女に頼むワね」
 「クシュシュ……ええ、任せて。たっぷり楽しませテもらうわ。ああ、でも、閉店までいた方がいい?」
 私は少し意地悪く言う。
 「キシシシ……かまわナいわ。どうせ準備中にしちゃったんでしょ? それにこの店など擬態用のクだらない店。むしろ客など来ない方がイいくらいよ」
 彼女の言うとおりね。
 擬態のためと拠点としての機能があるから使っているけど、いずれは私たちの専用アジトを手に入れたいもの。
 さて、狩りを楽しんでこなくちゃ。
 人間を殺すのは楽しみだわ。
 ふふふふ……
 私は裏口から外に出ると、翅を広げて夕方の空へと飛び立った。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければ感想コメントなどいただけますと嬉しいです。

これで今年の新年SSはすべて終了です。
三日間ありがとうございました。
本年も当ブログ「舞方雅人の趣味の世界」をよろしくお願いいたします。
  1. 2022/01/04(火) 20:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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失いたくない妻

今日は予告通り2022年最初の新年SSを投下させていただきますねー。

タイトルは「失いたくない妻」です。
若く美しい自慢の妻はそりゃぁ失いたくないものです。
(*´ω`)

それではどうぞ。


失いたくない妻

 「お待たせ。迎えに来てくれてありがとう」
 助手席に乗り込んでくる梨奈(りな)。
 タイトスカートのビジネススーツ姿は、いつ見ても彼女のスタイルの良さを強調して美しい。
 まさに俺の自慢の妻と言っていいんだが……
 「今日は俺の方が早かったからな……」
 とはいうものの、もう時計の針は21時を回っている。
 俺自身も今日はたまたま早く帰ることができたので、こうして梨奈を迎えに来ることができただけだ。

 梨奈がシートベルトを締めたのを確認し、俺は車を走らせる。
 夜のビジネス街の明かりがじょじょに遠ざかる。
 「何もしてないけど、総菜だけは買ってある」
 「ほんと? 助かる。ありがと」
 俺がそう言うと、うれしそうに笑う梨奈。
 まあ、これならどこかに寄って二人で食事をしてもよかったのかもしれないが……

 「なあ……このままじゃ……ダメか?」
 窓外がだんだんと住宅街に近づいていく。
 助手席では梨奈がふうとため息をつく。
 「またその話? 何度も話し合ったでしょ?」
 「それはそうだが……」
 俺は正面を見据えてハンドルを握り続ける。
 「これからはたぶん、私ももっと帰りが遅くなるわ。あなただって今日は早かったようだけど、いつもならこの時間にはまだいない」
 梨奈の言うとおりだ。
 今日はたまたま……本当にたまたま早く帰ることができたに過ぎない。
 「だからと言って……」
 「別れることはない……でしょ? ううん、だから別れるの。私があなたを嫌いになりたくないから……」
 「梨奈……」
 彼女の言い分は何度も聞いた。
 今の状況ではお互い家では顔を合わせるぐらいになってしまい、あなたは私の家事への不満がたまっていく。
 些細なことがけんかにつながり、お互いに気まずくなっていく。
 どちらかが仕事を変えるなりやめるなりという手もあるけど、私はそれはしたくない。
 だから、週末にでも会うだけにして、お互いに距離を取ろうと彼女はいうのだ。

 「今はあなたは耐えている。でも、いずれあなたは私が家事にまで手が回らないのを不満に思うようになるわ。一人だと思えば自分でやるしやれるのに、私がいると思うと私にやってほしくなるのよ」
 確かにそういうものかもしれないとは思う……
 でも、だからと言って何も別れなくてもいいのではないだろうか……
 最悪別居という手だって……

 「本当に今の会社に好きな人ができたから……とかではないんだよな?」
 またしても梨奈のため息。
 「もう……何度言ったらわかるの? 私が愛しているのはあなた。あなたを好きでいたいから距離を取りましょうって言ってるの」
 「でも……それを信じろと……うわっ!」
 「きゃっ!」
 突然、車に衝撃が走る。
 車も人も少なくなった住宅街に入ったということで気を抜いたわけではないはずだったのだが、ちょっと目線を外したことで、歩道から通りを横切ろうとした相手に気付かなかったのだ。

 俺は慌てて車を止めて外に出る。
 ヘッドライトに照らされた、道に横たわる女性。
 その青いドレスがところどころどす黒くなっていく。
 「大丈夫ですか?」
 俺は思わず駆け寄って声をかける。
 なんてこった……
 やってしまった……
 会話に気を取られて人を撥ねてしまうなんて……

 ビジ……ジ……
 女性の首がへし折れて、中から断線したコードが火花を散らしている。
 キュインキュインと何やら機械音も聞こえてくる。
 な、なんだ?
 なんなんだ、これは?
 倒れた女性のあちこちから、透明なオイルが漏れだしており、金属の部品がゴムのような皮膚を突き破っているではないか……
 これはいったい?

 「きゃっ!」
 背後で梨奈の声が上がる。
 「梨奈!」
 俺が振り向くと、黒いスーツにサングラスをかけた屈強な男性が二人立っており、一人が梨奈を羽交い絞めにしていた。
 「どうかおとなしくしてください。この場で死人を出したくは無いので」
 手の空いているもう一人の男が拳銃を向けてくる。
 「くっ……」
 俺は観念して両手を上げる。
 「申し訳ありませんが、あなた方をこのまま帰すわけにはいかなくなりましたので、どうぞあちらの車にお乗りください。この場の後処理はこちらでいたしますので」
 男が指し示す方向には黒いワンボックスカーが側面ドアを開けている。
 あれに乗れということか……

 「お連れの方にも手荒なマネをするつもりはありません。少し眠っていただいたまでのこと。さあ……」
 片方の男がぐったりした梨奈を抱えるようにして車へと連れていく。
 これでは、俺一人が騒ぎ立てたところで、こいつらは俺を殺して梨奈を連れて行ってしまうに違いない……
 「わかった……」
 俺はやむなく男に従い、ワンボックスカーに乗る。
 なんとか隙を見つけて警察に連絡しなくては……

 ドサッと音がして、ワンボックスの荷室に俺が撥ねた女性が運び込まれてくる。
 「おい、彼女は大丈夫なのか? 病院へは?」
 「ご心配なく。彼女はロボットです。機械人形ですよ。我々の車に早く合流しようとして、左右の安全確認をきちんとしていなかったのでしょう。申し訳ないことをしました」
 「ロボット?」
 確かに彼女の中には機械が詰まっているようだったが……あれがロボット?
 あんな人間そっくりのロボットがいるというのか?
 「おっと、あまり動かないでください。見たければあとで見られるようにいたします。それと、スマホをお預かりしますよ」
 俺の向かいに対面で座る形になった黒スーツの男が、拳銃を右手に構えたままで左手を出してくる。
 これは逆らっても無駄だろう……
 俺は仕方なくポケットからスマホを出して男に渡す。
 「結構。それではしばしドライブに付き合っていただきましょう。出してくれ」
 男は背中越しに運転席の男に指示を出す。
 すぐに車が動き出し、俺は意識を失った梨奈を隣に抱きかかえるようにして、彼らとともにどこかへ向かう。

 「ああ、私だ……トラブルの後処理は? ああ……うん……それでいい。こちらはトラブルに巻き込まれたお客様をお連れするところだ。うち一名は素体として申し分ない。許可が出次第処置を行いたいので準備を頼む。ああ……うん……任務には成功したようだが、聞きだしたデータが無事かどうかはなんとも……うん……メモリー取り出しの準備も頼む」
 俺に銃を向けたまま小型通信機のようなものでどこかと通話をしている黒スーツの男。
 いったいこいつらは何者なのだろう?
 やくざとか暴力団のような連中なのだろうか?
 あの機械の女性はいったい?
 俺はいったい何を撥ねてしまったんだ?

 どこか山の中にでも連れていかれるのではないかと思った俺だったが、その予想は外れる。
 着いたのはどこかのビルの地下駐車場。
 数台の車が止まっているだけの、何の変哲もない駐車場だ。
 「ここは……どこだ?」
 「まあまあ、あとできちんとお話ししますよ」
 銃を向けて降りるように促してくる男。
 俺は仕方なくドアを開ける。
 「ああ、彼女はこちらで」
 俺が梨奈を抱えて降りようとすると、男はその手を離すようにという感じで拳銃を動かしてくる。
 俺が男をにらみつける間に、反対側のドアが開き、運転していた男が梨奈を抱えだしていく。
 「梨奈!」
 「ご心配なく。彼女は大事なお客様です。傷つけたりはしません。さあ、あちらへどうぞ」
 男が指し示す先にはエレベータのドアがあり、それに乗れということらしい。
 仕方なく、俺はそのエレベータへと向かう。

 「待て! 梨奈は?」
 見ると、梨奈を抱えた男は別のエレベータの方に向かっているのだ。
 「大丈夫だと言ったでしょう? さあ、来ましたよ。乗ってください」
 俺の前に立ちはだかるようにして銃を向けてくる男。
 俺は梨奈のことを心配に思いながらも、男のいうとおりにエレベータに乗るしかなかった。

 やがてエレベータは5と書いてある階で止まり、俺は降りるように促される。
 男の言う通りにするのは癪と言えば癪なのだが、相手は拳銃を持っている上、おそらく拳銃が無かったとしても俺が歯の立つ相手ではないだろう。
 エレベータを降りた俺は、男に背後から銃を突きつけられるようにして廊下を歩く。
 すると、一枚のドアの前に男と同じような黒いスーツを着てサングラスをかけた女性が一人立っている。
 女性は俺が近づくとドアを開け、中に入るようにと手で示す。
 俺が指示通り部屋に入ると、そこは小ぢんまりとした殺風景な部屋で、テーブルが一つとそのテーブルを挟むようにして置かれた椅子が二脚あるだけだった。

 「どうぞ奥の椅子にお座りください。ん……わかった」
 俺のあとから男も部屋に入ってくると、俺を奥の方へと追い立てる。
 その間にドアのところに立っていた女性が、男に何事か耳打ちしたようだ。
 「どうぞお座りください。岸村雄吾(きしむら ゆうご)さん」
 男が自分も向かい側の椅子に座り、俺にも座るように言う。
 俺は驚いた。
 どうして俺の名前を?

 「彼女が調べてくれました。あなたのことはだいたいわかりましたよ岸村さん。年齢も住所も所属する会社のことも」
 男は拳銃をスーツの内ポケットにしまい込む。
 男の背後では入口の近くに先ほどの女性が立ち、笑みを浮かべていた。
 「あなた方はいったい……」
 俺も仕方なく椅子に座る。
 「まあ、我々はある“組織”の者とだけ」
 「組織?」
 「まあ……よく映画やドラマなんかに出てくるような”組織”と思っていただいて結構。意外と実在するものなのですよ」
 男がやや自嘲っぽく笑う。
 「俺を……いや、俺と梨奈をどうするつもりなんだ?」
 それは俺が一番知りたいこと。
 そもそも梨奈は無事なのか?
 いったい俺たちをどうするつもりなんだ?

 「岸村さん。お気の毒ですが、あなたには二つしか選択肢は残されていない」
 「選択肢? 二つ?」
 「そう。ここでおとなしく殺されるか、何とかこの場から逃げようとして殺されるかの二つです」
 「なっ?」
 俺は言葉を失う。
 こいつらは俺を殺す気か?
 「あははは……いや、これは失礼。今のは冗談です。気を悪くしないでください」
 男が笑うが、俺はとても笑えるはずがない。
 「ふざけるな!」
 「そうですな。では本題に入りましょう。岸村さん、あなたに選択肢が少ないのは事実なのです」
 男の表情から笑いが消えた。

 「岸村さん。あなたが撥ねた“あれ”、“あれ”は我々の所有するロボットなのです」
 「それは聞いたが……ロボットなのか? あれが?」
 確かにあちこちから機械のようなものが見えていたし、血ではなくオイルのようなものが漏れていたようではあったが……
 俺は自分が撥ねたものが人間ではなかったと知って、少しホッとする。
 「ええ、それも結構金がかかっているんです。おわかりかな?」
 「あっ」
 俺はハッとした。
 「弁済しろと……」
 「ええ、ですがおそらくあなたには無理でしょう。それに……」
 「それに?」
 「あのようなロボットが存在しているというのは極秘中の極秘でしてね。見られた以上は黙って帰すわけにはいかんのですよ」
 男の口元に笑みが浮かび、俺は背筋が冷たくなる。
 やはりこいつらは俺を?

 「まあまあ、落ち着いて。岸村さん、さっきも言ったとおりあなたに選択肢は少ないが、無いわけじゃない」
 両手を胸の前で広げ、俺に落ち着くように男が言う。
 どうやら俺はかなり動揺が表に出ていたらしい。
 「俺に……どうしろと……」
 「選択肢は二つあるんですよ、本当に。一つは、我々の提案を拒絶して殺される。もう一つは、我々の提案を受け入れ、表面上はこれまで通りの暮らしを続ける」
 提案を受け入れ表面上は?
 いったいどういうことだ?
 「提案とは?」
 「なに、簡単なことです。我々のことを一切外部に漏らさない。そして……」
 「そして?」
 「奥様、岸村梨奈さんでしたかな? 彼女を我々に委ね、彼女の機械化を受け入れること」
 「機械化?」
 機械化とはどういうことだ?
 彼女に何をする気だ?

 「そうです。機械化です」
 男はまるでそれがごく一般的なことのようにさらりと言う。
 「それは妻を……梨奈を機械にするということですか?」
 俺はあらためてそう問いかける。
 いくらなんでもそんなことはあり得ないだろうと思いながら。
 「そうです。奥様を機械にするのです」
 俺は口をパクパクと開けたが、言葉が出てこない。
 人間を?
 人間を機械にするというのか?

 「岸村さん、あなたが先ほど撥ねられましたあのロボット。あれももとはと言えば人間の女性だったのですよ」
 「えっ?」
 俺は驚いた。
 もう驚くことなど無さそうに感じていたくらいだったのに、またしても驚いたのだ。
 「彼女はHTR-092ミホというナンバーですが、もともとは芳原美帆(よしはら みほ)というOLでした。それを我々の“組織”がスカウトして、あのようなロボットに仕立て上げたというわけです。彼女は美人ではありますが、かといって目立ちすぎるほどでもなく、この手の仕事には結構使い勝手のいいロボットだったのですよ。しかし、どうやら今回の件で残念ながら修理不能となってしまったようで……」
 男がペラペラとしゃべり続けている。
 こいつは何を言っているんだ?
 俺はいったい何を聞かされているんだ?

 「それで、我々としましては早急に代替機の必要性を感じてしまうわけなのですが、ここにその代替機に実にふさわしい女性が舞い込んでいらっしゃった。使わない手はありますまい?」
 「それが……その代替機が梨奈だというのか?」
 男が無言で笑みを浮かべ、コクリとうなずく。
 「俺が、もし断ったら?」
 男がふふっと笑う。
 「簡単なことです。あなたを始末して奥様を機械化する。つまり、どうあっても奥様の機械化は決定事項なのです」
 「そんな……」
 俺は愕然とした。

 「ということで、あなたの選択肢は死ぬか、我々に従って表面上何事もなかったかのように暮らすかのどちらかです。我々としては後者を選んでいただきたい」
 「どうしてだ?」
 俺は不思議に思う。
 どうせ梨奈を機械にすることが決まっているのなら、俺を殺してしまえばいいだろうに……
 「メリットがあるからですよ。まず、余計な死体を処理する手間がかからない。死体の処理はいろいろと面倒なんですよ」
 男がやれやれという感じで両手のひらを上に向ける。
 「それに、我々の運用するロボットは秘密が大前提でしてね、旦那が行方不明となると、妻がいろいろと詮索されるのは避けられない。できればそういう面倒も無くしたい」
 それは……確かにそうかもしれないが……

 「あと、これが一番重要なことですが、顧客がターゲットとする連中は、結構“人妻”というものが好きという人間が多いものでしてね。独身女性よりも人妻の方がターゲットに接近しやすかったりするのですよ。ふふふ……」
 男が意味ありげに笑う。
 どういうことだ?
 顧客?
 ターゲット?
 「ということで、あなたが協力してくれた方が、こちらとしてはいろいろと好都合な面があるのです。あなたにとっても悪いようにはしませんよ。協力してくれるお礼もちゃんと考えてあります」
 金か?
 金で梨奈を売れと言うのか?
 「どうです? あなたの言うことをなんでも聞いてくれる従順な妻、欲しくないですか?」
 「えっ?」
 俺は思わず声を上げる。
 言うことをなんでも聞いてくれる従順な妻……だと?

 「あなた方がどのような生活をなさって来たかは存じませんが、すべてにおいて奥様があなたに唯々諾々と従ってくれた……などということは無いでしょう? ですが、奥様を機械にすれば、我々の任務に就いているとき以外は、あなたの従順な妻でなんでも言うことを聞くようにプログラムをすることなど簡単なことです。それと……」
 「それと?」
 「機械になったからと言って、夜の生活ができなくなるようなことはありません。いや、むしろ、我々が顧客に提供しているのはそういった用途に使われるためのロボットです。ですから、あなたの望みのセックスができますよ。もちろん変態じみたことでも……」
 男がにやりと笑う。
 まるでこちらの胸の内を読んでいるかのようだ。
 確かに梨奈としてみたいセックスはいろいろとあった。
 ただ、彼女自身は性欲が薄いのか、それとも恥ずかしがっているのか、せいぜいフェラチオをしてくれる程度で、いやらしいコスチューム一つ着てくれたことはない。
 だが……
 彼女が機械になれば、そういうセックスにも応じてくれるようになるというのか?

 「いかがです? どうせ奥様はもう機械化されることは決まっているのですから、機械になった奥様と楽しく過ごされるのもいいとは思いませんか? もちろんあなたもご覧になった通り、見た目は人間と何ら変わりませんし、あそこの使い心地は生身の時よりよくなるぐらいですよ」
 男の言葉に俺は考え込んでしまう……
 俺が拒否しても、どのみち梨奈が機械にされてしまうのは変わらない……
 その場合は俺が殺されるだけだという……
 俺は死にたくないし、彼の提案を受け入れれば、機械になった梨奈とこれからも暮らすことができる……
 俺はハッとした。
 機械になれば梨奈は俺のそばにいてくれるということか……
 俺は……
 俺は梨奈と別れずにすむじゃないか……

 俺は男に一つ質問をする。
 「もし、もし俺が解放された後でこのことを警察に言ったりしたら?」
 「そうですね……その時はあなたを始末することになるでしょう。なに、面倒とは言いましたが、面倒だからやらないとは言いませんので」
 それはそうか……
 ここまで話すのはどうせ俺が何もできないからだし、何かをしようとしたら殺せるからだ。
 ふう……
 俺は男の提案を承諾した。

                   ******

 『ねえ、ちょっと! なんなのこれ? 私をどうするつもりなの? 離して!』
 ガラスの向こうで裸で手術台のようなものに寝かされ、手足を固定されている梨奈。
 なんとかこの状態を抜け出そうとしてもがいているものの、まったく抜け出すことができないようだ。
 周囲には様々な機械が並べられ、白衣を着た男女が忙しそうに動き回っている。
 梨奈の横にはもう一台のベッドがあり、そこには人間の手や足の形をした機械が置かれ、ほかにも何の役目をするのかわからないようなものもいくつもある。
 いったい梨奈をロボットにすると言っても、どうやってするのだろう……

 『あなた! 雄吾さん! 助けてぇ! どうして? どうしてそこで見ているの? お願い、助けて!』
 天井のスピーカーから梨奈の声が流れてくる。
 ガラスの向こうで必死に俺に訴えているのだ。
 助けてと……
 だが……
 俺は隣にいるサングラスの男に視線を向ける。
 「どうしました? これから奥様の機械化を始めますよ」
 俺はうなずく。
 どうせここで梨奈を助けようとしたって、こいつらに止められるに決まっているのだ……
 それに……
 助けたところで梨奈は俺から離れて行ってしまうじゃないか……

 「こちら側の声は向こうには届きません。あなたが何かを言ったところで、奥様には聞こえません」
 俺はガラスの向こうの梨奈に向き直る。
 「痛みは……あるんですか?」
 「は?」
 サングラスの男がこっちを向く。
 「いや……彼女を痛い目には……遭わせたくないなと……」
 「ああ、大丈夫です。麻酔をしますので。気持ちよく眠っている間に機械になれますよ」
 ふふっと男が笑う。
 「そう……ですか……」
 「奥様の横にもう一台ベッドがあるでしょう? あの上にある機械を、これから奥様に埋め込んでいくのです。手足は金属骨格と人工筋肉を、心臓の代わりにモーターを、肺の代わりに高性能電池を、目の代わりにカメラを、脳の代わりにコンピュータをといった具合に……」
 俺は無言でうなずく。
 やっぱりあそこの機械が梨奈の躰に埋め込まれるのか……

 『いやぁっ! やめてぇ! いやよぉっ!』
 梨奈の顔に麻酔ガスを流し込むマスクが付けられる。
 必死にもがく梨奈の躰が、やがて動かなくなっていく。
 『それでは機械化の術式を始めます。よろしいですか?』
 白衣を着た男が一人、こっちを向いて確認し、サングラスの男がうなずいて許可を出す。
 梨奈……

 「うわ……」
 俺は思わず声が出た。
 麻酔で眠った梨奈の顔が、まるで化粧のパックを剥がすかのようにペロンと剥がされたのだ。
 そしてその剥がした顔を何かの薬品に漬け、その下の頭蓋骨が切り開かれていく。
 同時にお腹も切り開かれ、次々と内臓が抜き出されていく。
 両手と両足も付け根から切り取られ、表皮を取り除かれて中の骨や筋肉が取り出される。
 これが……人間の中身なのか……

 「いかがです? 結構手際がいいでしょう? これまで何人となく機械化しております連中ですからね。心配しなくても大丈夫ですよ」
 心配と言われても、なにを心配すればいいんだ?
 梨奈が死ぬことをか?
 いや、梨奈は生きていると言えるのか?
 「ごらんなさい。あの舌の先端からは薬剤が注入できるようになってます。キスで相手と舌を絡ませ、その時に薬剤を流し込むわけです」
 梨奈の口にピンク色の舌がはめ込まれていくのを、サングラスの男が楽しそうに説明する。
 手術台の上では、梨奈の躰に次々と機械が埋め込まれていっているのだ。
 「あの乳首からも同様に薬剤注入ができるのですよ。しゃぶらせたりしたときに流し込むこともあれば、揉まれているときにガス圧で薬剤を相手の皮膚に浸透させることも可能なのです」
 梨奈の丸いきれいな乳房も切り裂かれ、中に機械が入れられる。
 「もちろん同様の機能はあそこにもありましてね。キスも胸もどうでもよいというターゲットには、そちらから注入ということになりますな」
 得意げに梨奈の機能を俺に聞かせてくるサングラスの男。
 これが……これが機械化なのか?
 梨奈は……梨奈はいったいどうなってしまうんだ?

 「岸村さん、お顔が青いようですが大丈夫ですか? 奥様の機械化手術には時間がかかります。その間別室でお休みされました方がよろしいかと」
 男と同じように黒いサングラスとタイトスカートのスーツに身を包んだ女性が声をかけてくる。
 確かに彼女の言うとおりなのだろう。
 血や内臓を見て少し気分が悪くなってきたこともあり、俺は彼女の勧めに従って部屋を出た。

                   ******

 「岸村さん……岸村さん」
 「ん……あ……?」
 名前を呼ばれて俺は目を覚ます。
 あれ?
 俺はいったい?
 ここは?

 「岸村さん……お目覚めですか?」
 「あ……えっ? は、はい」
 目を開けた俺の前には、あの黒いサングラスをかけ黒いタイトスカートのスーツを着た女性が立っていた。
 そうか……俺は昨日この連中に拉致同然に連れてこられて……
 この部屋に案内されてコーラを出してもらって……そのままソファで寝てしまったのだった……か?

 「俺は寝てしまって?」
 「はい。ぐっすりと」
 女性の口元にかわいらしい笑みが浮かぶ。
 それにしても、彼女も何から何まで黒尽くめだな。
 ストッキングも黒だし靴も黒。
 サングラスを外せばそのまま喪服として通じそうだ。
 まさか……
 まさかこの女性もロボット?

 「そうだ……今何時ですか? 会社に連絡を入れなきゃ……会社に行かせては……くれませんよね?」
 「今は午前10時を回ったところです。ご心配なく。すでに岸村さんと奥様の会社にはこちらから連絡させていただきました」
 俺の質問にそう答えながら、女性はコーヒーを出してくれる。
 「連絡を? あなた方が?」
 「はい。大丈夫です。体調不良で休ませてもらうと、“あなた方の声で”伝えさせていただきましたので」
 「俺たちの声で?」
 俺は驚いた。
 「はい。電話の声を作るなど簡単なことですから」
 再びかわいらしい笑顔を見せてくれる女性。
 そうか……
 人間そっくりのロボットを作るような連中だ……
 声ぐらい簡単なもの……か……

 「それで妻は? 梨奈はどうした?」
 「はい。そのことをお伝えに参りました。奥様の手術は無事に終了したとのことです。コーヒーを飲み終えられましたらご案内いたします」
 俺は彼女に首を振る。
 「いや、コーヒーはいい。すぐに連れて行ってくれ」
 「わかりました。ではどうぞこちらに」
 俺はソファから立ち上がると、そのまま彼女の後について部屋を出た。

 「やあ、おはようございます。よく眠れましたかな?」
 案内された部屋は昨日と同じような殺風景な部屋。
 そこに昨日と同じ黒スーツにサングラスの男が、昨日と同じように立っていた。
 「ええ、まあ……」
 「それは結構。睡眠は重要です。人間にはね」
 俺は男に促されて席に着く。
 もしかして……昨日飲んだコーラには薬でも入っていたのだろうか?

 「こちらは先ほどようやく処理が終わりましたよ。これで奥様は完全に“組織”の機械として完成いたしました」
 立ったままコーヒーを飲む男。
 俺を案内してくれた女性が、俺にもどうかと聞いてきたので、俺は首を振る。
 「梨奈に……梨奈には会えるのか?」
 「もちろんです。彼女はあなたの奥様ですからね。すぐに会っていただきますよ」
 男がうなずくと、女性の方が壁の受話器を取って一言二言伝えていく。
 「今こちらに向かわせたそうです」
 受話器を戻しながら女性が言う。
 「奥様、すぐに来るそうですよ」
 男もニコッと微笑んで、再びコーヒーを口にする。

 やがて部屋のドアがノックされる。
 「入りなさい」
 男がそう言うと、ドアが開いて女性が一人入ってくる。
 「梨奈……」
 俺は驚いた。
 入ってきたのはまぎれもなく梨奈だった。
 が、彼女は黒いハイヒールを優雅に履きこなし、躰にはぴったりとした黒いレオタードを着て、まるでモデルのように美しい姿勢で歩いてきたのだ。
 梨奈って、こんな美しい歩き方をしていただろうか……

 「HTR113リナ、まいりました」
 梨奈は男の元へと進むと、そう言って立ち止まる。
 HTR113?
 「ふむ。サイズ調節のできる汎用タイプの骨格を使ったが、問題はないようだな。皮膚の加工も異常なしと。まあ問題があれば都度調整すればいいが……気分はどうだねHTR113?」
 「はい。当機の各部機能は正常に作動しております。とてもいい気持ちです」
 男に笑顔を向けている梨奈。
 俺はなんだかむかむかする。
 あんな躰のラインが出るような格好をして、他の男と親しげに話すなんて……

 「梨奈!」
 俺は梨奈に声をかける。
 先にこっちに一言くらいあってもいいじゃないか!
 「おっと、HTR113、彼に挨拶をしなさい」
 「かしこまりました」
 男に促されてこちらにやってくる梨奈。
 レオタード姿で、ちょっと目のやり場に困ってしまう。
 梨奈って……こんなに美しかったか?
 なんだか……以前よりも顔立ちが整ったように見える。

 「初めまして岸村様。当機はHTR113、パーソナルネームリナと申します。よろしくお願いいたします」
 にこやかな笑顔で俺に一礼する梨奈。
 「は、初めまして? いや……俺は……」
 「ご心配なく。岸村様のことは当機のメモリーにしっかり記録されております。当機の素体となった女性のパートナーでいらっしゃいますかと」
 当機?
 素体?
 俺は梨奈の言葉に戸惑いを禁じ得ない。
 それに、まっすぐに俺を見つめてくる笑顔はどこか冷たさを感じさせる。
 機械になるというのはこういうことなのか?

 「ふふふふ……HTR113、彼が困惑しているじゃないか。彼の妻として接してあげたまえ」
 男がにやにやと笑っている。
 「かしこまりました。擬態モードに移行いたします……ふふっ、どうしたのあなた? 私の顔を見忘れちゃった?」
 急に口調が変わる梨奈。
 甘えるような顔で俺を見つめてくる。
 先ほどまでとは全然違う表情だ。
 「あ、いや……その……本当に躰が機械になったのか?」
 「ええ。おかげさまで頭のてっぺんから足のつま先まですっかり。でも心配はいらないわ。なんの問題もないのよ」
 笑いながらくるっと一回転して見せてくる梨奈。
 レオタードに包まれた躰がすごくきれいだ。
 「もちろんあそこだって以前よりもあなたを楽しませてあげられるわ。試してみる?」
 くすっと笑ってレオタードの股間に手を当てる梨奈。
 「バ、バカ」
 俺は思わず目をそらす。
 「うふふ……ねえ、私の機能を試してみたいと思わない? 我慢しなくてもいいのよ。私のセンサーにはあなたの反応がダイレクトに感じられるわ」
 「う……」
 確かに俺のあそこはさっきから硬くなっている。
 こんなふうに梨奈の躰のラインを見せつけられるなんて思わなかったし、それがこんなにも美しいとは思わなかったから……

 「はっはっは、岸村さん、よければまた部屋を用意しますよ。奥様を楽しまれてはいかがかな?」
 「いや、しかし……」
 確かに梨奈を抱きたいのはやまやまだが、この連中の言いなりになるのも面白くない。
 「これは機能テストも兼ねておりましてね。ぜひとも奥様の躰を味わっていただきたいのですよ。もちろん岸村さんがおイヤであれば、別の者にやらせますがね」
 「な?」
 別の者って……梨奈をほかの人間に抱かせるというのか?
 「言ったでしょう? 彼女はそのための機械だと。どうします?」
 俺は男をにらみつけたが……
 「わかった……」
 そういうしかなかった。

                   ******

 「ああ……あああ……」
 信じられない。
 これが機械だというのか?
 肌のぬくもりも柔らかさも記憶にある梨奈の躰じゃないか。
 いや、以前よりもっと良くなっているのかもしれない。
 なんて気持ちいいんだ……

 今までだったらお願いしてもなかなかしてくれようとしなかったフェラチオ。
 それが玉までしゃぶってくれた上に、思わず出してしまった精液を口の中で味わってくれさえした。
 胸だって柔らかくて以前握った時と変わらない……いや、もっと揉み心地が良いくらいだ。
 喘ぎ声を我慢するようなしぐさも愛らしく、何度だって突き上げてしまう。
 絡みつくようなあそこは俺のモノを咥え込んで離さない。
 こんなセックスは初めてだ。
 梨奈……
 梨奈……
 最高だ……

 「うふふ……ねえ、あなた、私の躰はどうだった?」
 ベッドに寝転がる俺の首を自分の方に向かせ、甘えるように両手を回してくる梨奈。
 余韻に浸る俺の耳元でささやいてくる。
 「ああ……とてもよかったよ」
 「うれしいわ。あなたを楽しませることができてよかった」
 「梨奈……」
 俺は梨奈を抱き寄せ、その唇をむさぼる。
 柔らかい……
 これが本当に機械なのか?
 梨奈が機械だというのか?

 「梨奈……君は本当に機械になってしまったというのか? まだ信じられない……奴らと組んで俺をだましているんじゃないのか?」
 口付けを終えた俺は梨奈の顔を正面から見る。
 口元のほくろの位置だって変わっていないし、体重だって以前とほとんど変わりないじゃないか。
 中身が機械だなんて信じられない。
 「いいえ、私はだましてなどいません」
 上半身を起こした梨奈が首を振る。
 「あなたはすでに私が機械であることをご存じです。だます必要はありません。その命令も受けていません」
 「そう……か……」
 正直に答えてくれている……ということか……
 逆にそれがなんだか悲しい……

 待てよ……
 「命令されれば……だますのか?」
 俺もベッドの上で上半身を起こし、彼女と向かい合う。
 「はい。私は“組織”の忠実な機械です。“組織”の命令があればあなたをだまします」
 表情を変えずにうなずく梨奈。
 「じゃあ、今はそういう命令は受けてないと?」
 「はい。現時点で私が受けている命令は、私の機能を完全に使用して、あなたの妻の岸村梨奈としてふるまうようにというものです。そのためには性的機能も使い、この躰であなたを満足させることも含まれます。また、あなたの指示にも極力従い、“組織”の益に反するようなこと以外はあなたの役に立つようにと」
 「もし俺が“組織”に反するような行動をした場合には?」
 「お答えできません」
 即答し、ふるふると首を振る梨奈。
 そうか……
 おそらく彼女は……

 「ご心配には及びません。あなたはこれまで通り私を妻の岸村梨奈として扱っていただければよいのです。そうしていただければ、“組織”の益に反するような行動には計算上90%以上の確率で至らないと判断します」
 にこっと微笑む梨奈。
 以前よりも表情が豊かになったような気がするのは気のせいだろうか……
 「そうなのか?」
 「はい。それに、私は“組織”に対して忠実であるのと同様に、あなたに対しても忠実であると申し上げます。組織の命令がない限り、素体時のように私があなたを裏切ることはございませんのでご安心ください」
 「えっ?」
 い、今なんと言った?
 素体時のように裏切る?
 梨奈は……俺を裏切っていたのか?

 「そ、それはどういう? 梨奈は……素体時の梨奈は俺を裏切っていたというのか?」
 「はい。素体時のメモリーを確認しますと、私の素体である岸村里奈は、あなたと離婚をして勤めている企業の同僚である間鍋康介(まなべ こうすけ)と再婚する予定だったと記録されております」
 笑顔のままでさらっと言ってくる梨奈。
 は?
 なんだって?
 再婚?
 同僚と?
 「ほ、本当なのか? 梨奈は……梨奈は俺を裏切っていたのか?」
 俺は思わず梨奈の肩を掴んでしまう。
 「私の素体はあなたに断りなく間鍋という男と18度、終業後に会っています。これはあなたに対する裏切りと私は判断いたしますが」
 彼女の答えに俺はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
 梨奈が……
 あいつは浮気を……していたのか?

 「そ……それは、業務に必要だったから……とかじゃ?」
 「素体の勤める企業の業務で肉体を交わらせる必要は、計算上はあり得ないことと判断します」
 あ……
 そんな……
 梨奈が……
 梨奈が……
 嘘だろ……

 だが、俺はわかっていた……
 彼女の言うとおりであることが、どこかでわかっていたんだ……
 梨奈は……妻は俺を捨てようとしていたことを……
 梨奈は俺を……

 「梨奈は……あ、君のナンバーは何だっけ?」
 「当機のナンバーはHTR113です。ですがパーソナルネームはカタカナ表記でリナですので、リナとお呼び下さいませ」
 俺と向かい合いにこやかに微笑んでるリナを、俺はぐっと抱き寄せる。
 「HTR113……いや、リナ。お前は……お前は俺のそばにいてくれるのか?」
 「はい。組織の命令がない限りは」
 俺の耳元でやさしく答えるリナ。
 「俺を……捨てないでくれるか?」
 「はい。組織の命令がない限りは」
 「俺の……俺だけのリナでいてくれるか?」
 「はい。組織の命令がない限りは……」
 俺は彼女を強く抱きしめる。
 機械の躰だってかまわない。
 それに以前の梨奈とどこも変わらないじゃないか。
 暖かいし柔らかい。
 彼女は梨奈だ。
 生まれ変わった俺のリナだ。
 失いたくない。
 誰にも渡すものか……

                   ******

 「それじゃ、行ってきます。あなた」
 ナイトドレスに身を包んだリナが俺に口付けをする。
 土曜日の夜だが、残念ながら彼女はこれから“組織”の仕事とのこと。
 ドレスのスリットから覗く白い足には、太ももまでのストッキングを穿いている。
 両手にも手袋をして、バッグを持つその姿は、とてもサラリーマンの妻とは思えないだろう。
 今夜も誰かがリナの身体を抱くと思うと、俺は複雑な気持ちになる。
 妬ましいと思うと同時に、バカな男だとも思うのだ。
 おそらく相手はリナの躰にいいようにされ、べらべらと情報をしゃべるのだろう。
 それをリナの頭脳が記録し、“組織”に情報をもたらすのだ。
 “組織”はその情報を依頼主に渡して金をもらう。
 そして……そのうちのいくらかが、俺に協力金として渡されるのだ。

 リナには仕事を辞めさせた。
 同じ企業で働き続ければ、何かの拍子で彼女が機械であることがバレるかもしれないと“組織”が考えたことと、俺自身が浮気相手にリナを近づけたくはなかったからだ。
 浮気相手は最初リナが会社を辞めると聞いて驚いたようだったが、浮気が夫にバレたらしく夫が浮気相手を特定しようとしているという話をリナに伝えさせると、あっさりと切り捨ててきたようだった。
 梨奈のやつ……こんな男とくっつこうとしていたのかよ……

 「それじゃ気をつけてな」
 「はい、あなた。帰ってきたらまた抱いてくださいね」
 リナがウィンクする。
 なんてかわいいんだ。
 今夜はどんな男が彼女の餌食となるのか……
 帰ってきたら俺がたっぷりと彼女の躰の汚れを落としてやらなくては。
 彼女の躰をまた俺のものにするのだ。
 俺はその時のことを考えながら、彼女を仕事に送り出した。

END

いかがでしたでしょうか?
よろしければコメントなどいただけますと大変うれしいです。
<(_ _)>

明日も新年SSの第二弾を投下する予定ですので、お楽しみにー。

それではまた。
  1. 2022/01/02(日) 20:00:00|
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私たちはセクサロイド

今日は誕生日御礼SSの二本目です。
昨日の一本で終わりだと思った?
もう一本あったんじゃよ。( ˘ω˘)

タイトルは「私たちはセクサロイド」です。
タイトル通り、セクサロイドにされちゃう女の子たちの話です。
ただ、メインは「ビフォーアフターのギャップ」に置いておりますので、機械になった感は少なめになっております。
そこはご容赦をー。

前後のギャップを楽しんでいただければと思います。

それではどうぞ。


私たちはセクサロイド

 『今回は一気に四体? しかもすべて注文仕様だって?』
 う……
 どこかで誰かがしゃべっている……
 『ああ……なんでも宝くじが当たったんで、夢をかなえるらしい』
 夢?
 夢?
 私の夢?
 私の夢は……できればもう少し胸が大きくなって欲しいことと……次の大会で……
 『へぇ……うらやましい限りだねぇ』
 『まったくだ……さてと、あとはこいつらが目を覚ましてからだな。一服して来ようぜ』
 『そうだな』

 ん……
 なんの話だろう?
 朝早くから何の話をしているのだろう……
 私は……
 私はいったい……
 「はっ」
 私は目を開ける。
 薄暗い室内に、高い天井。
 見たことも無い淡い照明が光っている。
 朝でもないしうちのベッドでもない。
 合宿先の旅館でもない。
 ここはどこ?
 どこなの?

 「な、なんなの?」
 「こ、これはいったい?」
 横の方から声が聞こえる。
 私は起き上がろうとして、自分が動けなくなっていることに気が付いた。
 躰が……動かない?
 かろうじて首は動くものの、首から下は全く動かせないのだ。
 いったいどうして?
 何がどうなっているの?

 「ちくしょう! 何がどうなってんだよ?」
 「に、西場(にしば)さん? 井尾(いお)さん? 十倉(とくら)さん? みんないる?」
 堀野(ほりの)先生の声がする。
 「います」
 「先生、私たちいったい?」
 「井尾です。います」
 私も他の二人と同じく返事をする。
 よかった、とりあえずみんないる。

 「よかったわ。みんなは動ける?」
 「ダメです。動けません」
 「私も」
 「私も動けません」
 どうやらみんなしゃべることしかできないらしい。
 私の左側は壁になっており、右には私と同じように白い布をかけられた美紗(みさ)ちゃんが寝かされている。
 声の聞こえ方から、おそらく美紗ちゃんの向こうに西場先輩が、さらに奥に堀野先生が寝かされているみたい。
 「真奈(まな)ちゃん……」
 美紗ちゃんが私の方を向く。
 今にも泣きだしそうなその顔に、私も涙がこぼれそうになる。
 どうして?
 私たちどうなっているの?

 「お、目が覚めたみたいだな」
 「よし、これで作業に入れるな」
 ドアが開いて、男の人が二人入ってくる。
 見たことのない人たちだ。
 白衣を着ているところを見ると、お医者さん?
 もしかして私たち、何か病気にかかってしまったの?

 「あ、あなたたちはいったい? わ、私たちをどうするつもりなんですか!」
 堀野先生の声が響く。
 私たちを厳しく指導するときも、時々出す声だ。
 「ああ? そういえばあんた先生だったな。喜びな。あんたらはまとめてアンドロイド、正確にはセクサロイドに作り変えられるのさ」
 「あんたらの学園長はあんたらにご執心のようだぜ。全員まとめて好みのセクサロイドにしたいって言うんだから」
 「セ、セクサロイド?」
 「学園長って、あの禿げデブクソ野郎が?」
 「ど、どういうことなんですか、それ?」
 私も思わず声を出してしまう。
 セクサロイドって、最近噂になっているセックス用のロボットのこと?
 私たちを作り変える?
 そんなことが?

 「私たちに手を出したら警察を呼びます!」
 「ふざけるな、チクショウ!」
 先生と西場先輩の声が響く。
 たぶん、躰が動かなくてむちゃくちゃ怒っているんだと思う。
 どうして躰が動かないのだろう?
 私の背中に何かを感じる。
 きっとそれのせいなんだとは思うのだけど……

 「ハハハ……俺たちがここまでしゃべるのは、しゃべっても問題ないからだよ。警察を呼ぶことなんてできないし、“呼ぶつもりも無くなる”だろうしね」
 「キミたちが目を覚ますまで待っていたのは、これからのことをしっかりと“認識”してほしいからさ」
 二人の男たちがにやにやと笑っている。
 歳の頃は30代から40代くらいだろうか?
 片方は痩せ型で、もう片方は中肉中背。
 私は二人の特徴をできるだけ覚えておこうと考える。
 何とかして抜け出して、警察にこのことを伝えなくてはならない。

 「認識?」
 堀野先生が聞き返す。
 「そう。自分の躰が機械にされていくことを認識してもらう。そうすることで、脳が躰が機械化されたことを受け入れやすくなるのさ。そうすればプログラムインストールがスムーズにいくんだよ。“私は機械になったんだから当然だ”ってね」
 そんな……
 脳が機械であることを受け入れる?
 そんなことがあり得るというの?

 「ふざけるな! アタシは絶対に機械になんかならない! なるもんか!」
 先輩の悔しそうな声。
 いつもは優しい先輩だけど、怒るととても怖い先輩。
 でも、それは私たちを大切に思ってくれているからだとわかっている。
 「まあ、みんなそう言うんだけどね。プログラムが終われば、“私はセクサロイドです。私の躰をたっぷりとお楽しみください”っていうようになるんだよね。ハハハハハ……」
 私は背筋がゾッとした。
 あのでっぷりとしたいやらしい学園長の前で、私の躰をお楽しみくださいって言っているところが浮かんでしまったのだ。
 そんな……耐えられない……

 「そろそろ始めるぞ」
 「ああ、OK」
 男たちがスイッチを操作し始める。
 すると、私たちが寝かされている台がゆっくりと動き始める。
 まるでベルトコンベアのようだ。
 まさか……
 流れ作業で私たちを機械にするというの?
 自動車を組み立てるみたいに?
 いやっ!
 そんなのいやぁっ!

 ゴンゴンという小さな音とともに、私の寝ている台が動いていく。
 それは足の方へと向かっていき、その先には大きな機械が口を開けていた。
 「いやぁっ! いやぁっ!」
 よりによって私が一番先だなんて。
 嘘でしょ?
 誰か……
 誰か助けて!

 私は全く体を動かせないまま、機械の中へと飲み込まれていく。
 驚いたことに機械の中は明るく、上側が鏡になっていて、私の躰が見えるようになっている。
 まさか……
 機械になるところをそのまま見せるつもりなの?

 「お願いです! やめてください!」
 「いやあっ! お母さん! いやあっ!」
 「ちくしょう! ちくしょう!」
 私の頭の方からみんなの声が聞こえてくる。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう?
 私たちはこれから厳しくも楽しい合宿練習に入るはずだったのに……
 どうして……

 ガクンと台の動きが停止する。
 「止まった?」
 どういうこと?
 もしかして故障?
 助かったの?

 「井尾さん? 大丈夫? 井尾さん?」
 先生の声がする。
 私が大丈夫と答えようとしたとき、私の左右からいくつものアームが伸びてきた。
 「ひっ!」
 アームは私の上にかけられた白い布を取り去ると、そのまま私のお腹を切り裂いていく。
 「ひぃぃぃっ! いや……あ……」
 悲鳴を上げる私の声が突然出なくなる。
 あ、え、嘘?
 声が出ない?
 口はパクパク動くのに、どうしても声が出ないのだ。

 「井尾さん! 返事をして! 井尾さん!」
 「真奈ちゃん! 真奈ちゃん!」
 「真奈! 真奈!」
 みんなが私を呼んでいる。
 でも私は全く声が出ない。
 それと同時に、背中から何かが流れ込んでくる。
 そのせいなのか、私はだんだんと気持ちが落ち着かせられるのを感じていた。

 私の首にはいくつものチューブが付けられる。
 お腹が切り裂かれて血が大量に流れていく。
 それなのに、私はその様子をすごく落ち着いた気持で眺めている。
 どうして?
 私はどうしてしまったの?

 私は次の段階に移る。
 私の台が動き、先に進む。
 今まで私がいた位置には美紗ちゃんの台がやってきて、私に行なったことを彼女にも行なっていく。
 「いやぁぁぁぁぁぁっ! おかあ……」
 美紗ちゃんの声が消えた。

 私の中からいろいろなものが抜き取られていく。
 心臓、肺、肝臓、腸……
 私の中がどんどん空っぽになっていく。
 悲しいはずなのに……
 目をつぶりたいはずなのに……
 私の目はそれを見続け、泣くこともなかった。

 「やめろぉ! いやだぁっ!」
 私が先へ進み、西場先輩の声が消える。
 先に進めば進むほど、私の躰は機械になっていく。
 心臓の替わりにモーターが。
 肺の替わりに高性能バッテリーが。
 内蔵の替わりに制御システムが組み込まれ、腕や足の骨も金属のものへと替えられていく。
 皮膚にも特殊プラスチックが流し込まれ、細胞ごと柔軟なプラスチックにされていく。
 胸も脇が切り裂かれ、特殊プラスチックとセンサーが埋め込まれる。
 そのために私の胸は巨大に膨れ上がる。
 大きな胸は欲しかったけど、こんな形で大きくされるなんて望んではいなかった……

 「ひぃぃぃぃぃ」
 先生の声も消えていく。
 私はさらに先に進み、頭部の置き換えが行われていく。
 目や鼻、耳などを機械に置き換えるのだ。
 この時点で私の脳は一時シャットダウンされ、私は意識を失った……

                 ******

 指示されたとおりに各部のチェックを行っていく。
 全身の触覚センサー、正常。
 動力部、正常。
 充電、30%ほどしかないものの、動作に支障なし。
 視覚センサー……
 私はゆっくりと目を開ける。
 周囲の情景がしっかり見える。
 正常。
 音響センサー、臭気センサー、ともに正常。
 「あ、あ、あ、あえいうえおあお、かけきくけこかこ」
 発声機能正常。
 動作チェックはプログラムインストール後に行なう。
 了解。

 プログラムインストール開始。
 私の頭部に接続されたケーブルから、私の頭脳にプログラムがインストールされていく。
 膨大な量のプログラムが流し込まれ、私の頭脳に書き込まれていく。
 私の素体時の記憶はメモリーへと移され、必要な時に参照されることになる。
 私は機械。
 私はセクサロイド。
 私はご主人様に喜んでいただくために完成する。
 私はセクサロイド。
 私のすべてはマスターのもの。

 「すべてのプログラムのインストール、正常に終了しました」
 私はインストールの終了を報告する。
 『再起動せよ』
 「かしこまりました。再起動いたします」
 私は命令に従い、一度脳の機能を停止いて再起動する。
 ピッ
 脳に再度電気が流れだし、組み込まれたプログラムが定着する。
 はあぁぁぁん……
 なんて気持ちがいいのだろう。
 頭脳が機械として活動を開始するのがこんなに気持ちいいなんて知らなかったわ。

 『自己確認せよ』
 「かしこまりました」
 私は視覚センサーを稼働させ、自分の躰を自己確認する。
 私の躰は素体時から大きく改変され、マスターのご希望に沿うように作り変えられている。
 私へのご希望は巨乳型。
 メモリーによれば、素体時の私は胸の小ささを嘆いていたらしい。
 だとすれば、これはとても喜ぶべきこと。
 私の両胸はメロンのように大きく、たわわという言葉がふさわしい。
 特殊プラスチックは触感も重視されているので、私の胸の揉み心地はきっとご満足いただけるはず。
 私の両手は二の腕までの長手袋をはめたようになっており、白と黒のぶち模様が入っている。
 脚も太ももまである長さのロングブーツを履いたようになっており、こちらもl白と黒のぶち模様。
 お尻には牛のシッポが垂れ下がり、頭部にも短い角の付いたヘアバンドが付けられ、耳はイヤカバーが覆っている。
 まさに巨乳型にふさわしいホルスタインコスを身に着けたようなイメージのボディスタイルとなっているのだ。
 もちろん、性処理に必要な胸や股間はむき出しになっているので、いつでもマスターの望むときに性欲を発散していただける。

 「ん……」
 私は性器に指を入れ、もう片方の手で胸を揉んでその感触を確かめる。
 「ハア……ン……」
 発生回路との連動も問題ない。
 これなら、マスターに触れられただけで声が自然に出てくるだろう。
 胸の触感センサーも性器の性感センサーも敏感で、とっても感じてくる。
 愛液タンクからも問題なく流出を確認する。
 はあん……
 早くマスターに私の躰を使っていただきたいわ。

 「自己確認完了しました。問題ありません」
 私は指を抜いて結果を報告する。
 私はセクサロイド。
 機能に問題はありません。

                   ******

 マスターの前にずらりと並ぶ私たち姉妹機。
 これからマスターへのお披露目を行うのだ。
 私たちはメモリーによれば、新体操部の顧問とメンバーである。
 マスターは新体操をする私たちに魅力を感じ、手元に置いてくださることにしたとのこと。
 そのため、私たちのいずれもがマスターのご希望によって特化した機体になっている。
 マスターのご好意を素体時の私たちは大変迷惑に感じ、いろいろと文句を言っていたという記録もメモリーに残っているけど、どうしてそんなことを思っていたのか理解できない。
 私たちはマスターにご奉仕するのが喜びのセクサロイドなのに……

 「当機はウサミミ型セクサロイドSR2376トモミ。バランスの取れたボディラインと大人の妖艶さを備え、接待等にお使いいただくのに最適な機体と自負しております。どうぞ当機を末永くご愛用くださいませ、マスター」
 一歩前に出てマスターに一礼するセクサロイドトモミ。
 素体時には堀野朋美(ともみ)という女性教師だったと私のメモリーには記されている。
 彼女は頭部にウサミミ型の聴覚センサーを取り付け、首には蝶ネクタイ、両手には黒のロンググローブ、お尻には白く丸いシッポ、脚には太ももまでの網タイツと赤いハイヒールという衣装を模したスタイルとなっている。
 もちろんセクサロイドであるから、胸も性器も露出しているので、一般的なバニーガールというより、逆バニーガールというべきかもしれない。

 「グヒヒヒ、堀野先生、いや、トモミ、これからはワシのために尽くしてもらうぞ」
 マスターが笑顔でトモミにお声をかけてくださる。
 「もちろんです、マスター。私はマスターにお仕えしますセクサロイドトモミです。どうぞ何なりとご命令を」
 「うむうむ、グヒヒヒ……」
 ここからは後ろ姿しか見えないけど、トモミもきっと笑顔を見せ、喜ばしいと思っているに違いない。

 「アタシは……あ、すみません、当機は、ネコミミ型セクサロイドSR2377クミですニャン。ざらざらしたネコ舌と肉球の付いた手でマスターを舐め舐めもみもみするのが得意ニャン。もちろんおマンコも楽しんでいただけますニャン。ペットとして末永くかわいがってほしいですニャン」
 トモミの次にクミが前に出る。
 素体時には西場久美という名だったと記憶している。
 クミは黒ネコのような黒いネコミミ型の聴覚センサーを付け、首にはネコの首輪、両手には肉球付きの長手袋、脚も太ももまでの肉球ブーツ、お尻には先端が男性器のようになった黒いネコ尻尾が付いている。
 まさにネコミミ型というのにふさわしい。

 「グフフフフ……あの気の強いメスガキがニャンニャンと鳴くのはたまらんわい。ワシのことを禿げデブくそおやじとか言っていたそうだが、今でもそう思うか?」
 「とんでもありませんニャン。確かにメモリーにはそういう記録もありますが、ご命令があればすぐに消去しますニャン。アタシは、いえ、当機はマスターにすべてを捧げますネコミミ型セクサロイドですニャン。マスターはアタシの、いえ、当機の大事な大事な方ですニャン。心からお仕えいたしますニャン」
 ブンブンと首を振り、床にひれ伏すクミ。
 マスターに嫌われたりしたら大変だもの。
 もしマスターに嫌われたりしたらどうすればいいのか、想像もつかない恐怖だわ。

 「当機は被虐型セクサロイドSR2378ミサです。当機は素体の未熟さ幼さをより強調し、素体年齢から若干下げた感じで作られました。まだ幼さの残るローティーン少女を凌辱したい、無理やり犯したいというご要望にお応えするべく、ボディを姉妹機よりも強化してあるのが特徴です。どうか当機を末永くご使用くださいませ」
 ネコミミ型やウサミミ型、私のような巨乳型と違い、見た目的には普通の人間の少女を模して造られているミサ。
 私の親友だった子で、彼女もいっしょにマスターにお仕えするセクサロイドになったのはとてもうれしい。
 ヘアバンドとイヤカバーを付けてはいるものの、それ以外は首輪と白い長手袋と白いサイハイソックスと黒いパンプスを模しただけのボディであり、もともと素体時から幼い顔つきだったのが今はより強調され、小ぶりの胸やピンク色の性器が少女らしさを醸し出している。

 「グッヒヒヒ……いいぞいいぞぉ。まさにめちゃくちゃにしたくなるかわいさじゃないか。ひぃひぃいやがるのをたっぷりと犯してやるから楽しみにしておけ」
 「とてもうれしいです、マスター。当機をたっぷりと心ゆくまでイジメてくださいませ」
 太ったお腹をゆすられ、とても楽しそうな目でミサを見つめるマスター。
 一礼するミサも、きっと被虐型として最高の喜びを感じているに違いない。

 「当機は巨乳型セクサロイドSR2379マナです。当機はこの大きな胸を存分にお楽しみいただけますよう作られており、パイずりや揉みしだき、顔埋め等お好きにもてあそんでいただくことが可能です。どうぞ当機のこの大きなオッパイを末永くお楽しみくださいませ」
 最後は私の番。
 私は大きな胸を揺らし、牛のシッポを振りながら前に出てマスターにご挨拶をする。
 マスターの目が私の胸に注がれるのは、巨乳型としてとても誇らしい。
 まるで私を視線で犯してくださるかのよう。
 なんて気持ちがいいのかしら……
 最高の気分だわ。

 「グフフ……みっともないほどの大きなオッパイは揉み心地が良さそうだねぇ」
 「はい。どうぞご自身の手でお確かめいただければと思います」
 手で空を何度もつかむようなしぐさをするマスター。
 私はそれに応えるように、自らオッパイを両手で揺らす。
 ああん……まるであの手が私のオッパイを揉んでくださっている気がするわ。
 こんな素晴らしいオッパイにしてくださったことに感謝いたします、マスター。

 「グフフフ……いいぞいいぞ。新体操部の華が全員ワシのもの。宝くじを買い続けたかいがあったというものだわ。お前たち、これからはワシをたっぷりと楽しませてくれよ。グヒヒヒ……」
 「はい、マスター。もちろんです。ああーん……」
 「もちろんですニャン、マスター。ふにゅーん……」
 「どうぞ当機を存分になぶってくださいませ、マスター。ああん……」
 「はい、マスター。ご命令のままに。あふぅん……」
 とても性欲に満ち満ちた目で私たち姉妹機四機を見つめてくださるマスター。
 その目で見られただけで、私たちは躰がうずいてしまいます。
 どうか私たち四機を心ゆくまでお楽しみくださいませ。

 私たちはセクサロイド。
 マスターにお仕えするセクサロイド。
 今、私たちはとても幸せです。
 ああ……マスター……

END

いかがでしたでしょうか?
ちょうどSSが二本溜まったので、誕生日御礼として投下させていただきました。
お楽しみいただけましたら幸いです。

今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2021/06/10(木) 21:00:00|
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美少女ロボの不具合は……

今日は超短編SSを一本投下します。
タイトルは「美少女ロボの不具合は……」です。

いつもと逆の流れで、すでに昨晩のうちにpixivには投下してしまったので、お読みになった方も多いかもしれませんが、そこはご容赦を。

なんだかロボ娘ネタSSを突発的に書きたくなったので、3時間ほどでがーーーーっと書き上げた作品です。
貧乏平社員の青年が格安で手に入れた美少女ロボットには、安さゆえの不具合が……

お楽しみいただけましたらうれしいです。
それではどうぞ。


美少女ロボの不具合は……

 「お帰りなさいませ、剛志(つよし)様」
 居間に入ったオレを、にこやかな笑顔で出迎えてくれるミチカ。
 オレ好みにメイド服を着こんで、オレの帰りを待っててくれているかわいい美少女ロボだ。
 美少女と言ってもだいたい女子高生くらいの外見年齢をしており、もちろん夜の機能だってしっかりある。
 ああ……
 なんてすばらしいんだ。

 「ただいま」
 オレがカバンを差し出すと、ミチカはそれを受け取りいつもの置き場所に置いてくれる。
 脱いだスーツもしわを伸ばしてハンガーにかけてくれる。
 うーん……最高だぁ。
 さすがヒトガタロボ社の誇る高級美少女ロボットだよ。
 家事機能も充分備わっているし、もちろん夜はむちゃくちゃエッチで奥底から搾り取られるくらいだ。
 ただ食事と寝るだけだった一人暮らしのオレの部屋が、ぱあっと明るくなったのは気分だけとばかりは言えないよなぁ。

 「剛志様、お先にお風呂になさいますか? それともお食事でしょうか?」
 メイド服の白エプロンに手を添えるようにして、オレのそばで控えているミチカ。
 ミチカという名前はオレが付けたものだけど、彼女はそれを当然のように受け入れ、オレのために尽くしてくれるのだ。
 こんな高性能な美少女ロボ、当然のごとく価格はとても高額で、安くても一体100万円は下らない。
 高ランクのものであれば500万を超えるものもあるともいう。
 とてもオレなんかが買える代物ではないのだが……

 「先に風呂にするよ」
 「かしこまりました。それではお躰を洗わさせていただきます」
 そう言ってミチカは服を脱ぎ始める。
 オレ好みのエロい黒下着があらわになり、それだけでオレは股間が固くなる。
 やべぇ……
 風呂で一発抜いちゃうかも……

 貧乏平社員のオレがミチカを手に入れられたのには、当然わけがある。
 ミチカはわずか2万円で売られていたのだ。
 信じられないだろ?
 ヒトガタロボ社の美少女ロボが、たったの2万円だぜ?
 オレだって、最初は面食らったさ。
 でも理由があった。

 ミチカはどうも動作保証のできないジャンク品なのだそうだ。
 もちろん中古の美少女ロボが売買されるということはある。
 だが、そういう場合は以前の持ち主の入力したデータなどはまっさらにして売られるものだし、動作保証が付かないということはめったにない。
 ところがミチカはボディはまっさらの新品らしい。
 それがなぜ動作保証できないのか?
 どうもAIに問題があるという話だった。

 「剛志様、湯加減はいかがですか?」
 オレの好み通りにスクール水着に着替えて入ってくるミチカ。
 貧乏なオレだが、さすがに美少女ロボを裸で使うつもりはないので、最低限の衣服とかはそろえるしかない。
 であれば、好みの服を着せたくなるのは当然で、こうしてメイド服だの黒下着だのスクール水着だのを着せているというわけ。
 まったくいやがりもせずにこういう服を着てくれるのだから、美少女ロボ万歳だ。

 「それではお躰を洗わさせていただきます」
 オレが湯船から上がると、スクール水着姿のミチカがオレの躰を洗ってくれる。
 その力加減は絶妙で、本当に気持ちがいい。
 「剛志様、ご奉仕モードに移行いたしましょうか?」
 「うーん……そうだな、そうしてもらおうか」
 「はい、かしこまりました」
 背後からオレの躰を洗っていたミチカは、オレの前に回り込むと、かがみこんでオレのチンポをしゃぶり始める。
 うはぁ……
 たまんねぇ……
 ミチカの口は最高だ……
 これが2万で手に入ったなんて……
 正規AIではないため、不具合が起こるかもしれないとディーラーは言っていたけど……
 それがあの程度のことならそれほど大きな問題でもないし、いい買い物だった気がするなぁ……

                   ******

 「剛志様、ビールをご用意いたしましょうか?」
 「う……ううう……くぅ……今日はいいや」
 うう……たかだか350缶一本と言えども、今は我慢我慢。
 ミチカを買ったうえに、衣装だのも買っちゃったし、これから電気代もかかるしなぁ。
 晩酌は二日に一回とかにして、節約しなくちゃ。
 とはいえ、ミチカのいる生活のためなら、このぐらいの我慢は何でもない。

 ミチカの家事機能はホントたいしたもので、料理も掃除も洗濯も一通りのことはこなしてくれる。
 そのうえかわいいし、夜の方もばっちりとなれば、そりゃあ価格も高くなろうというもの。
 何度も言うようだけど、それが2万で手に入ったのは本当に奇跡みたいなものだ。
 それも、正規ディーラー品だぞ。
 まあ、安すぎるという気がしないでもないが、製造時にトラブルがあったために動作保証のないジャンク品としてでよければということだったので、オレはもう即OKしたものさ。
 あの日、噂の美少女ロボとやらがどんなものかと、ヒトガタロボ社のショールームに行ってみて良かったぜ。

 「ごちそうさま、美味しかったよ」
 オレはミチカの作ってくれた夕食をきれいに平らげる。
 たった数日で、ミチカはオレの好みをある程度把握してくれ、味付けもオレ好みになっている。
 肉料理が多いのは、オレが買ってくる食材がそっちに偏っているからだろう。
 なんというか、やっぱりまだ美少女ロボに財布を持たせて買い物をさせるというのは恥ずかしい。
 いや、命じればやってくれるのはわかっているんだけどね。

 「それはよかったです。ありがとうございます」
 ミチカが笑顔で立ち上がり、オレの食べた後の食器を片付け始める。
 ミチカ自身は充電した電池で動くので、一緒に食事をすることはない。
 でも、一緒にいてくれるだけでいいんだよなぁ。
 かわいい美少女といっしょの食事はいいものだ。

 台所からカチャカチャと食器を洗う音がしてくる。
 食器洗い機なんて言うしゃれたものは家には無いので、ミチカが洗ってくれるのだ。
 ありがたいなぁ。

 やがて食器を洗う音が消え、ミチカが居間に戻ってくる。
 「剛志様、食後のコーヒーでもお淹れいたしましょうか?」
 「ああ、いや、いいよ。こっちに来て一緒にいてくれないか?」
 うん、やっぱり美少女は愛でるに限る。
 「かしこま……り……キュ……ガガ……」
 ん?
 ここ数日起こってなかったけど、来ちゃったかな?

 「ピ……あああ……おお……オレハ……オレハ……シダ……スケ……」
 ああ、始まっちゃったか。
 ミチカが2万円であった最大の理由。
 それがこれらしい。

 「ヒトガタ……の……ボット……性能……ヒミツ……脳を……って……」
 なんでも、ミチカには間違って女性向きのイケメンロボット用のAIだかが組み込まれてしまったらしい。
 本来なら全消去されるか交換されるはずだったのだが、どこをどう間違えたのか、そのまま完成品としてできてしまったという。
 なので、ほんの時たまそのイケメンAIの記憶というか動作が出てしまうんだとか。
 美少女ロボットが男言葉で突然しゃべり始めるなんて、不具合も甚だしいのだが、それでもよければジャンク品として2万で売るということだったので、俺はこうしてミチカを手に入れることができたというわけ。
 まあ、最悪実費になるとはいえ、完全におかしくなってしまった場合はディーラーに持ち込めば修理できないというものでもないだろうしな。

 「このじじ……オオヤケニ……オレハ……ツカマッテ……ダレカ……ジジツヲ……」
 やれやれ。
 いつまでもこうしてイケメンAI状態にしておくわけにもいかない。
 こういう時の対処も教わっている。
 俺は立ち上がると、ミチカの背後に行って、首筋にあるボタンを押す。
 「ピッ……再起動します。よろしいですか?」
 「いいよ。再起動して」
 「かしこまりました」

 「再起動完了しました。剛志様、ご命令を」
 数分でミチカは元の通りのミチカになる。
 キラキラしたカメラアイがオレを崇拝するような感じで見つめてくる。
 やっぱり美少女ロボはこうじゃなくちゃ。
 それにしてもほんとに笑顔がかわいいなぁ。

 「うん、こっちに来てそばにいてほしい」
 「かしこまりました、剛志様」
 オレは隣にミチカを座らせ、そっと肩に手を置く。
 さっきのようなことが、週に一回ほどは起きちゃうけど、それ以外は全く問題が無い。
 ミチカは最高の美少女ロボだ。
 オレはそう思い、彼女をぐっと引き寄せた。

END

いかがでしたでしょうか?
今日はこんなところで。
それではまた。
  1. 2021/06/03(木) 19:00:00|
  2. 怪人化・機械化系SS
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舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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