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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

クイーン・ビー(2)

今日も早めに更新。

丸五年連続更新達成&230万ヒット達成記念SS第二段の「クイーン・ビー」の後半です。
お楽しみいただければ幸いです。

それではどうぞ。


2、
「ふうん・・・なるほどね。大陸系の馬先生だから何を使うのかなって思っていたけど・・・針だったんだ」
私は驚いた。
あの薬を飲んで目を覚ますとは。
ベッドの上で少女はそのくりくりした目を私のほうへ向けていたのだ。
「あっ、これは・・・少しでもあなたが楽になるようにと・・・」
我ながら苦しい言い訳。
こんなの誰も信じるはずがない。
「うふふ・・・その針で私から犯罪教授のことを聞きだそうとしたんでしょ? そのためにぐっすり眠れるように薬も飲ませて」
薬のこともバレている?
この娘、何者?
まさか犯罪教授につながっている?

「あなた、そこまで知って保健室に?」
「ええ、馬先生が犯罪教授のことを探っているらしいというのを知ったのでね」
躰を起こしてベッドに座る少女。
確か案西さんだったかしら。
「そう・・・そこまで知っているの。薬が効かなかったのは、それに対処する手段をとっていたということかしら」
どうやら相手が動いてきたってことね。
「ええ、スコーピオンガールに中和剤を用意させたわ。おそらく先生は漢方でくると思ったので」
口元に小さく笑いを浮かべている案西さん。
彼女はいったい・・・
「そう・・・それなら話が早いわ。あなたは犯罪教授のことを知っているんでしょ? 犯罪教授はどこにいるの?」
「犯罪教授に会いたいの? 会ってどうするつもり? 仕事でも依頼するの?」
「あなたには関係ないわ。私は犯罪教授に接触を図りたいの。私の目的は犯罪教授本人に話します」
「・・・ふうん・・・」
射るような少女の視線。
なぜか私はその視線に恐ろしさを感じた。
この娘はただの女子高生じゃない。
何か別のものだわ。

「まあ、いいわ。そんなに会いたいなら会わせてあげる」
「えっ?」
私は思わず聞き返す。
「犯罪教授に会わせてあげる。今夜9時に体育館に来なさい」
「体育館? この学校の?」
「そう。できれば一人でね」
案西さんがニヤッと笑う。
できれば・・・ということは、私が一人では来られないかもしれないのを知っている?
「ありがと、たまに保健室のベッドもいいものね」
そう言って保健室をあとにする案西さん。
私は無言でその後ろ姿を見送った。

                   ******

『それは間違いないのかね?』
電話の向こうで劉(リュー)氏の声がする。
私に仕事を依頼したあの男の声。
「おそらく間違いないと思うわ。向こうのほうから接触してきたようなところがあるし」
『ふむ・・・ならば可能性は高そうだが・・・それでどこで会うことに?』
「この学校の体育館よ。一人で来いとのことだから、私一人に任せてもらえないかしら」
私は先に一人で行く旨を持ち出した。
少しでも一人で行ける可能性があるのであれば、そうしたほうがいいと思ったのだ。
二人三人いれば、相手も警戒して会うのを拒否するかもしれないのだから。
『ふむ・・・いいだろう。体育館には一人で行きたまえ。その代わり、必ず犯罪教授を引き込むか始末するのだ。いいな』
「わかっているわ。これが終わったら芙美を帰して。そしてもう私たちには関わらないで」
望み薄なことだとはわかっているが、それでも私は言わずにはいられない。
『約束しよう。首尾よく行くことを祈っているよ。馬女士』
私は携帯電話を切る。
あの男となどこれ以上話したくはない。
こんな仕事、さっさと終えてしまいたい。
でも・・・
久しぶりに来た学校という場所は、懐かしく楽しかったな。

                   ******

夜、私は細かい仕事が残っているということで校舎に居残りさせてもらった。
高校ともなると、夜の9時ぐらいではまだ誰か彼かいたりする。
そんな中で会おうというのか。
案西さんは間違いなく夜の9時と言っていた。
今は8時45分。
そろそろ体育館に行ってみようか。
私は保健室をあとにすると、暗くなった廊下を体育館へと向かって行った。

体育館は真っ暗。
とはいえ、窓から外の明かりが差し込んでくるので闇ではない。
明かりがついていないとはいえ、うっすらと様子はうかがえるし、行動するにもそれほど不自由はしないだろう。
何より私はこういう明るさでの行動には慣れている。
少し腕が鈍っているのは心配だけど、そう引けを取ることはないはずだ。

私は入り口の扉を開けて中に入る。
しんと静まり返った体育館。
私はゆっくりとその中央まで歩いていく。
一人であることを見せつけるのだ。
さあ、でていらっしゃい、犯罪教授。

私は腕時計に目を落とす。
時刻はちょうど9時。
でも・・・
誰も現れない?

いや・・・
体育館の入り口が開く。
スカート姿の少女が一人。
私はその少女が昼間に保健室に来た案西響子であることを見て取った。
セーラー服に身を包んだまだ幼さの残る少女。
くりくりした瞳が印象的な少女。
なぜ見誤っていたのだろう。
この少女は犯罪教授の使いではない。
おそらくこの少女こそが犯罪教授に違いないわ。

「こんばんは、馬先生。約束どおり、一人で来てくださったんですね」
体育館の中央にまでやってきて、私と向かい合う案西響子。
その口元にはほほ笑みが浮かんでいる。
とても優しそうな少女にしか見えないが、おそらくそれは作られた表情なのだろう。
「一人で来てほしいということだったから」
「ありがと。まあ、外の男達は数に入れないでおきましょう」
ああ・・・やはり・・・
あの男が手配したのだろう。
私が失敗したときに備えてのこと。
これは私でもそうする。
でも、バレバレだったということね。

「それで? 馬先生は犯罪教授に会ってどうするつもりなの?」
にこやかに聞いてくる案西さん。
一応確認しておこう。
「その前に教えて欲しいの。案西さん、あなたが犯罪教授なのね?」
案西さんの笑みが一瞬消える。
だが、すぐに彼女の口元には再び笑みが戻った。
「さすがは馬先生。ご名答です。でも、たいていは私が犯罪教授だというと、信じてもらえないんですけどね」
それはそうだろう。
こんな少女が大それた計画を立てられるとは思わない。
むしろ背後にいる犯罪教授の広報担当と思うほうが自然だ。
事実私自身が彼女を犯罪教授と認識したのはここにいたってから。
昼間はそんなことまったく思わなかったのだから。

「もちろん私もいまだ半信半疑なのは否めないわ。まさかあなたが本当に犯罪教授だなんて・・・」
「証明しろって言われても難しいけど、私が犯罪教授なのは本当よ」
「わからないはずだわ。昼間とぜんぜん雰囲気が違う・・・」
「昼間は結構猫かぶっていますからね。それも五枚や十枚ぐらい」
くすっと笑う案西さん。
見る者が見ればそれはとっても魅力的な笑みだろう。
「それじゃ見抜けないのも無理はないというところかしら」
私も思わず笑ってしまう。
「でも、猫をかぶっているのは私だけじゃないでしょ? 馬先生も一枚や二枚はかぶっているみたい。先生は何が目的なんですか?」
一瞬にして眼光が鋭くなる案西さん。
やはり只者ではない。
「単刀直入に言うわ。あなたはもう自由でいることは許されない。ある組織のために働いてもらいたいの。拒否すればあなたの命は無いわ」
私の言葉にきょとんとした表情を見せる彼女。
それはそうだろう。
理解しがたいことに違いないのだから。

「うふ・・・うふふふ・・・」
突然クスクスと笑い始める彼女。
「何が可笑しいの? わかっているの? あなたは組織を敵に回しているのよ」
自分でもこんなことを言うのはおかしいと思っている。
でも、できれば彼女を殺したくはない。
彼女が逆らえば、私は彼女を殺さなくてはならないのだから。
お願い・・・
うんと言ってちょうだい。

「なーんだ。そんなことか。もっと変わったことを依頼されるのかって少しだけ期待していたのに・・・」
少しだけ悲しげな表情になる彼女。
変わったことを期待していた?
「組織のために働け? まったくそのまんまじゃない。大陸系の人が組織のために働けなんていうのは予想外の部分が何もないでしょ」
「それは・・・期待はずれですまなかったわ。でも、組織に属している私が組織のために働けって言うのは当然じゃない」
「当然なの?」
私はドキッとした。
・・・・・・違う・・・
私は彼女に組織のためになんか働いて欲しくない。
彼女は彼女のままでいるべきだわ。
でも・・・
でも私は・・・

「ねえ、馬先生。正直に言ってみて。悪いようにはしないわ。先生は組織に属してなんかいない。先生はいやいや私に会っている。そして、私をいやいや殺そうとしている。そうでしょ?」
「あなた・・・」
「どうして奴らに従っているの? 先生は奴らとは違う。空気がまるで違うわ」
「それは・・・」
なんだろう・・・
いったいこの娘は何者なの?
どうして私は彼女に何もかも打ち明けたくなっているの?
「もしかして金? 金のために殺しを請け負うようには見えないけど・・・あとは人質かしら」
「うっ・・・」
「そう・・・やっぱり人質なんだ。お子さんって所かしら」
言葉に詰まった私の表情から全てを察したのだろう。
案西さんの表情からも笑みが消えた。

「ふう・・・仕方ないか・・・」
案西さんがため息をつく。
「仕方ないって・・・組織のために働いてくれるの?」
「そんなことはしないわ。私はどこの組織にも属さない。私は私の欲望のままに生きるの。私の邪魔をするものは何者も赦さないわ」
不適に笑う彼女。
だが、その笑みがどうにもふさわしく見えてしまう。
困ったものだわ。
「そう・・・そうすると私はあなたを・・・」
「ええ、殺すしかないでしょうね」
私をにらむように見据える彼女。
私は懐から彼女のための針を取り出す。
殺したくはないけど・・・やむを得ないわ。
「ごめんなさい。あなたを殺したくはないけど、こうするしかないの」
「そう簡単に殺されるわけには行かないわ。それに、私を殺しても人質は戻ってこないわよ」
「くっ・・・」
私は息を飲む。
それはずっと私も考えていたこと。
私が彼女を殺したとしても、あの組織が芙美を帰すとは限らない。
でも・・・
「それは・・・それはわかっているわ。でも、あなたを殺さなければ芙美は確実に殺される。あの組織とはそういう連中」
「でしょうね。芙美ってことは娘さんなんだ。きっと可愛いんだろうな。馬先生に似ていれば、将来は美人間違いなしね」
「ふふ・・・ありがとう」
私は苦笑した。
芙美にもう一度会いたい。
私はどうしたらいいの?

「仕方ないわね。連中を相手にしますか」
「えっ?」
「私がさっき仕方ないって言ったのはそういう意味。連中を相手になんてしたくないけど、素敵な手駒が増えそうだからいいか」
案西さんが笑っている。
仕方ないといいながらも、その表情は楽しそうだ。
彼女はこの状況を楽しんでいるんだわ。

「コックローチレディ、聞こえる?」
いきなり携帯を取り出して電話をかける案西さん。
コックローチレディ?
ゴ、ゴキブリってこと?
私は台所の隅を走り回るあの気味悪い虫を思い出してぞっとする。
「私よ。いい、すぐに馬先生の背後で蠢いている連中の動きを探りなさい。奴らは少女を人質にしているわ。それがどこにいるかを突き止めるの。大至急よ」
「スコーピオンガール、聞こえる? マンティスウーマンとともに周囲を片付けなさい。一人も生かして返さないように。いいわね」
「ミス・スパイダー? 用意しておいた物を持ってきて。ここでやっちゃうわ。早くね」
矢継ぎ早に切ってはかけなおしを繰り返す彼女。
いったい何をしているの?
どういうことなの?

「ふう・・・これでとりあえずはいいわ。さて、馬先生」
「えっ? あなたいったい何を・・・」
私はいつの間にか毒気を抜かれたように彼女を見ていたことに気がついた。
「先生にはこれから私に仕える女怪人の一人になってもらうわ。私の手駒の一人にね」
「手駒にですって?」
私は驚いた。
彼女もまた私を利用しようというのか?
「うふふ・・・安心して。別に人質を取って無理やりなんて考えてないから。先生は心から私に仕えたいって思うようになるだけよ」
「何をするつもり? 私を思い通りにしようとしても・・・」
彼女が手のひらを突き出して私の言葉をさえぎる。
「これからよろしくね。馬先生」
「はい。響子様」
私は思わず敬愛する響子様に膝を折った。

                     ******

郊外へ向かって走る一台の車。
私は助手席に座ってタバコを燻らせる。
美味しい・・・
タバコがこんなに美味しいなんて知らなかったわ。
これもすべて響子様のおかげ。
私は響子様に選ばれた一人。
五人目の女怪人“クイーン・ビー”。
白衣を羽織った下には、響子様よりいただいたオレンジ色のレオタードを着込んでいる。
胸のところには黒く蜂の模様が染め抜かれ、背中には薄い翅もついている。
脚には太ももまでの黒いブーツを履き、手には黒いロンググローブを嵌めている。
すべては響子様よりいただいたもの。
最高の衣装だわ。
私にとってこれ以上の衣装はない。
今は脱いでいるけど、あとは太ももの上においてあるマスクをかぶれば私はクイーン・ビーとして完成する。
ブーツとグローブに仕込んだ針を使えば、どんな相手だって始末できる。
そうよ。
響子様に命令されれば誰だって始末するわ。
うふふふふ・・・

一軒の別荘。
車を止めたミス・スパイダーに続いて、私も助手席を下りる。
ここは犯罪教授のアジト。
響子様が私を待っていらっしゃる。
無事に仕事を終えたことを報告しなきゃ。

地下に下りると、タバコの煙が漂ってくる。
いい香り。
以前の私なら嫌っていた香りだわ。
どうしてタバコがいやだったのかしら。
こんなに美味しいのに。

「お母さん!」
芙美が駆け寄ってくる。
「芙美!」
私も思わず駆け寄って娘を抱きしめた。
「よかった・・・無事だったのね」
「お母さん・・・」
泣き出してしまう娘を抱きしめる私に、他の仲間達の視線が集まった。

「よかったわね、クイーン・ビー」
中央でタバコを吸っている響子様。
私の全てをささげるお方。
「ありがとうございます。響子様」
私は膝をついて一礼する。
「コックローチレディがすぐに居場所を割り出してくれたおかげよ。相手の妨害もたいしたことなかったしね」
「ありがとう、コックローチレディ」
私はゴキブリの模様を染めた茶色のレオタード姿のコックローチレディにも礼を言う。
芙美を救ってもらったのだもの、礼だけでは足りないぐらい。
「何言ってるの。私たちは仲間じゃない」
「ありがとう」
なんてうれしい。
私は仲間なんだ。
響子様にお仕えする女怪人なんだわ。
ああ・・・最高の気分よ。

「それで首尾は?」
「はい。ミス・スパイダーの力を借りて屋上から侵入。ターゲットである老虎会の幹部連中を始末してまいりました。また響子様に関するデータも破壊しましたので、外部には漏れてないかと」
「ご苦労様。コックローチレディにも探らせたけど、外へ洩れた形跡はないみたいね。まあ、洩れても構わないといえば構わないんだけど・・・」
くすっと笑う響子様。
「これでもうあなたは私のもの。これからは私のために働くの。いいわね」
「はい、もちろんです。響子様」
私は芙美を脇にどけ、改めて響子様に忠誠を誓う。
見ると、芙美もいっしょになって響子様に一礼していた。
きっとこの娘も響子様のすばらしさがわかっているんだわ。
「あなたの背中の翅からは、精神に作用する音波が出るようになっているの。それを使ってしもべを増やしなさい。文字通りのクイーン・ビーとして私に仕えるの。いいわね」
「はい、響子様。お任せくださいませ。私はかつて暗殺士の教官を勤めたこともございます。私の力でたくさんの“働き蜂”どもをご用意させていただきますわ」
「期待しているわよ。クイーン・ビー」
「はい。響子様」
私は響子様の手駒となれたことに感謝し、身も心もすべて捧げることをあらためて誓うのだった。

END


いかがでしたでしょうか?
よろしければ拍手感想などいただけますとうれしいです。
また機会がありましたら、「響子様シリーズ」でお目にかかりましょう。
それではまた。
  1. 2010/08/18(水) 20:45:55|
  2. 犯罪教授響子様
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クイーン・ビー(1)

今日は早めに更新。

お待たせいたしました。
丸五年連続更新達成記念&230万ヒット達成記念第二段SSを、今日明日で投下させていただきます。

タイトルは「クイーン・ビー」
なんと約一年半ぶりに帰ってきました「犯罪教授響子様」シリーズとなります。
お楽しみいただけますとうれしいです。

それではどうぞ。


1、
「はい、おしまいです」
私は患者さんの肩に打ち込んだ針をはずしてそのあとを消毒する。
「いやぁ、肩がずいぶん軽くなったよ。さすが馬(マー)先生のは本場大陸の鍼ですな」
患者さんが治療の終わった肩をぐるぐると回し、にこやかに肩こりが解消したことを伝えてくれる。
「あら、私は日本で開業してますから、もちろん日本の資格を得てますのよ。ですからどちらかというと日本鍼だと思いますわ」
これは本当のこと。
確かに基礎は大陸で身につけたものだけど、こうして日本で暮らすにあたって、日本で本格的に学んだことも多いのだ。
「本当ですか? いやぁ、でもそこらの鍼師とは違いますよ。実際先生にやってもらえば肩こりが一発で治りますからな」
太ったお腹を揺らして豪快に笑う患者さん。
どこぞの会社の社長さんって言う話だけど、こうして話している分には気のいいおじさんと変わらない。
「ありがとうございます。でも、鍼は気持ちの問題も大きいんですよ。お客様が私を信頼してくださっているからこそ、効果も大きいんですわ」
私はシャツを着ている患者さんにワイシャツを渡して着替えを促す。
おしゃべりもいいんだけど、次の患者さんが待っているのだ。
「そうなんですかねぇ。や、どうもありがとうございました。また寄らせてもらいますね」
「はい、ありがとうございます。」
私はにこやかに患者さんを送り出すと、次の患者さんを呼び込んだ。

「ふう・・・」
ようやく最後の患者さんを送り出したらもう八時。
遅くなってしまったわ。
芙美(フーメイ)が待っている。
早く帰らなくちゃ。
私は治療院の入り口を締めると、裏にある家に帰る。
この距離の近さだけは救いだわ。
でも、このぐらいの時間までやらないと患者さんは来てくれない。
会社帰りの方や、場合によっては残業を抜け出して来てくれる方もいる。
本当はもう少し早く閉めたいけれど、それでは食べて行くことができない。
「ふう・・・」
先ほどとは違う意味のため息が出てしまう。
日本で暮らすのは大変だわ・・・

「お帰りなさい、お母さん」
「ただいま芙美、いつも遅くなってごめんね」
玄関まで出迎えてくれた娘を私は抱きしめる。
まだ小学校3年生の娘を一人で留守番させておくのはとても忍びない。
でも、芙美は気にする様子もなくお手伝いもしてくれる。
なんてありがたいことだろう。
「待っててね、すぐにご飯の支度するからね」
「うん、芙美も手伝う」
「ありがとう。じゃ、さっさとやっちゃいましょう」
私は芙美をつれて家の中へと入っていく。
今日も一日が無事に終わった。

「はい、次の方どうぞ」
いつものように治療を終え、次の患者さんを呼ぶ。
すると、二人のグレーのスーツ姿の男性が入ってきた。
その胸に何か重そうなものが入っているのが一目でわかる。
「くっ」
私はとっさに腰を浮かすが、二人は黙って身振りで座るように促した。
「馬女士(ニュシー:女性に対する尊称)ですな。今日の診察は終わりです。われわれといっしょに来ていただきましょう」
「まさかここまで・・・お願い・・・どうか見逃して」
「そうはいきません。あなたはわれわれの一員ですからな。おとなしく来てください」
二人は鋭い眼光で私をにらみつける。
仕事に命を賭けている男達だ。
二人を相手にするのは容易ではない。
でも・・・
私はそっと針に手を伸ばす。
「おっと・・・下手な真似はしないほうが身のためですよ。お嬢さんがどうなってもいいのですか?」
私は全身に冷水を浴びた思いがした。
まさか芙美が・・・
まだ学校では?
「われわれの仲間が見張っています。いつでもお嬢さんは拉致することができますよ」
「くっ・・・」
私は唇を噛んだ。
こんな場所でひっそりと暮らしていれば見つからないと思っていたのに・・・
そこまでして私を・・・
「では、来ていただけますな? 馬女士」
「わかりました・・・」
私は従うしかなかった。

                   ******

車に乗せられた私が連れてこられたのは、とある高級マンションだった。
街中の一等地にあるセキュリティ完備のすばらしいマンション。
あこがれる人も多いかもしれないが、今の私には無理やり連れてこられた牢獄に過ぎない。
エレベーターに乗せられた私は上層階の一つで下ろされる。
そしてそのうちの一室に連れて行かれた。

コンコンとノックの音が響く。
「馬女士をお連れしました」
インターホンに向かってつぶやくように言う灰色のスーツの男。
もう一人はピッタリと私の背後に立っている。
いつでも私を撃てる態勢にいるのだろう。
『入れ』
インターホンから声がして、男がドアを開ける。
「入れ」
促されるようにして私はその室内に入り込む。
床には絨毯が敷かれ、日本だというのに靴を脱ぐようにはなっていない。
そのまま入れということなのだ。
私は仕方なく足を踏み入れる。
芙美が人質となっている以上、私に選択の余地はない。

「ニイハオ、ようこそ同志馬美華(マー メイファ)」
奥の部屋、壁際に設えたデスクの向こうに座っている男が顔を上げる。
背後にはこちらをにらみつけてくる虎の旗。
男は多少やせ気味の躰をビジネススーツに収め、口元には柔和な笑みを浮かべるものの、射るような眼差しで私を見ていた。
「こんにちは。馬美華です。何か私に御用でしょうか? あいにく出張治療はおこなっていないのですが」
私はわざとに名前を日本語読みして、皮肉っぽく言ってやる。
この程度のことはしてもいいだろう。
「ふむ・・・それほど捨てたきた国は嫌いかね? 君の故郷だろう」
「私には思い入れのない故郷ですので」
机にふんぞり返って私を見上げる男に、私は嫌悪感しか抱けない。

「おい、この方は・・・」
私の背後にいた男達の一人が口を挟む。
「いい、いい、この女は私が何者かぐらいは知っているよ。なあ、馬女士」
当然ここへ私を連れてくるぐらいだもの、この男が組織の一員であることは疑いないし、背後の旗から見て老虎(ラオフー)会の幹部であることは一目瞭然。
「それで、私に何の用なのですか?」
私は彼らの会話を無視して用件を聞く。
どうせろくでもないことに決まっているけど、今の私は聞かざるを得ない。
ふう・・・
もう一度身を隠すにはどうしたらいいかしら・・・

「馬女士、君は“犯罪教授”と呼ばれる人物を知っているかね?」
「犯罪教授?」
なにかしら、そのふざけた名前は。
まるでフィクションから出てきたような名前みたい。
「そう・・・犯罪教授だ。最近あちこちで名前を聞くことが多くなっているのだが、知らないかな?」
「いいえ、聞いたことありません」
私は素直に首を振った。
犯罪教授など聞いたことがない。
「ふむ・・・最近ネットなどでは結構名が知れているのだがね。新聞にもちらほら名前が出ているようだが」
上目遣いに私を見上げてくる男。
いやらしい目つきだわ。
「あいにくネットはやりませんので」
家にパソコンはあるけど、ネットはほとんどやっていない。
治療院の会計などに使っているだけ。
たまに芙美と一緒に見ることもあるけど、犯罪がらみなど見たりしないし・・・

「まあ、いい・・・最近その犯罪教授に教えを請おうというけしからん連中が、本国内にも出始めたのだ」
「教え?」
「そう。犯罪教授は自分では何もしない。せいぜい部下を使って強盗や殺人をやるぐらいだ。むしろ奴はその知能を持って犯罪の教唆をおこなう。だからこそ犯罪教授と呼ばれるのだ」
苦々しい口調で男が言う。
どうやらその対応に苦慮しているというところか。
だが、どうして?
「奴は最近本国の富裕層からの依頼を結構受けている。他人を蹴落として這い上がってきた奴らだ。犯罪すれすれのことをやるぐらいはどうってことないのだろう。だが、それによってわれわれのビジネスに問題が起こるのはまずい」
「ビジネスに?」
「そうだ。奴らは今までわれわれが築き上げたバランスを崩しかけている。それはわれわれにとっては面白いものではない」
なるほど・・・
今まではそれぞれの組織を通して行っていたことを、犯罪教授の力を借りることで、彼らは自前で行い始めたということか・・・
組織に流れ込むはずの金が流れてこなくなるのは、組織にとっては死活問題。
何とかその影響を食い止めようというのだろう。

「そこでだ・・・君には犯罪教授と直接接触をしてもらいたい」
「直接接触?」
どういうことだろう・・・
「そうだ。犯罪教授の知能は並みじゃない。できればわれわれで確保したいが、それが無理な場合は・・・」
「無理な場合は?」
「抹殺しろ」
私はため息をついた。
私が呼び出された以上、そう言われることはわかりきっていたのに・・・
「なぜ私なのですか? 私は組織を捨てた身です。他にも暗殺を専門とする人間はたくさん・・・」
「数人送り込んださ。接触のために君以前にもな。だが・・・」
「だが?」
「誰一人帰ってこなかったよ。いずれもが行方不明だ。おそらく返り討ちに遭ったのだろう」
「まさか・・・組織のその手の人間を?」
私は驚いた。
だが、目の前の男の表情を見れば、それが嘘ではないことが理解できた。

「犯罪教授がどこの誰かはわかっているのですか?」
ターゲットがわからなくては話にならない。
だが、男は首を振る。
「確証を得るまでには至っていない。だが、少なくとも、ここにいることだけはわかった」
一枚の写真が私の前に放られる。
「女子高?」
「そうだ。君には組織の伝手を使って臨時職員として赴任してもらおう。そこにいる誰が犯罪教授なのかを確認して接触するんだ。そして場合によっては始末しろ」
私はもう一度ため息をついた。
拒否することなどできはしない。
芙美のためにも、私はここへ行くしかないのだった。

                   ******

「おはようございます、馬先生」
「おはようございます」
「おはよう、ちゃんと朝食は食べてきた? 朝食抜きはだめよ」
私は苦笑しつつ、廊下ですれ違う生徒達と朝の挨拶を交わす。
国では先生とは男の人に対する尊称であり、女性に対しては使わない。
だが、ここは日本。
どこをどう操作したのかわからないが、私はこの学校の臨時養護教諭ということで赴任した。
以前勤めていた本当の養護教諭がどうなったかは私は知らない。
あんまり知りたいとも思わない。

「いっけない、遅刻遅刻ぅ」
「廊下を走っちゃだめよ。転んで怪我しないでね」
あわてて廊下を走っていく生徒に私は注意する。
以前叩き込まれた組織の特務としての習性が、私を養護教諭として違和感無く見せてくれている。
ふう・・・
それにしても・・・
本当にこの学校に“犯罪教授”とやらはいるのだろうか。
ここにいるのは600名ほどの女子生徒たちと、60名近い教職員。
その中に犯罪教授がいるとして、それは一体誰なのか。
接触しようと探った私の前任者達は、ここにいるらしいことまで突き止めたあとで全員が行方不明になっている。
ということは、逆に考えればここにいる可能性は高いということになる。

ふう・・・
私は保健室に入り込んで扉を閉める。
養護教諭のいいところは、普段は授業などを受け持ったりしないところ。
その代わり、いろいろな細かい仕事は多いんだけど、それでも保健室で一人になれるというのはありがたい。
私はとりあえず職員名簿と生徒達の名簿に目を通す。
こんなものを見ても意味はないけど、まあ、見ないよりはマシでしょう。
それにしても・・・
芙美さえ取り戻すことができれば・・・
こんな気の進まないことをする必要もないのだけど・・・

コンコンとノックの音が響く。
「どうぞ」
私は入り口に向かってそう言った。
「失礼します」
少し青い顔をしたセーラー服の少女が入ってくる。
またも私は苦笑した。
ここは女子高。
いつもの治療院ではないのだ。
セーラー服の少女が入ってくるのは当たり前ではないか。
「どうしたの?」
「すみません。朝からちょっと具合が悪くて・・・」
私はそう言う少女を椅子に座らせて額に手を当てる。
「熱はないようね。貧血気味とかある?」
「少し・・・」
「そう・・・だったらベッドで少し寝ていきなさい。一時間目はお休みしちゃいなさい」
私は多少強引に少女を寝かせることにする。
さっさと仕事を終えて芙美を取り戻すのだ。

「これを飲むと少しは楽になると思うわ」
私は薬棚から薬ビンを一本取り出す。
そこからシロップ状の液をスプーンにとって少女に渡す。
「これは?」
「漢方薬を液状にしたものなの。貧血には効くわよ」
私はできるだけさりげなくそう言った。
幸い私が大陸系の人間であることは紹介のときに言われたので、漢方に詳しいと思われてもいるはずだ。
「ん・・・」
少女は一息でスプーンの液を飲み干す。
ごめんね。
それは貧血に効く薬ではないの。
これから私が仕事をする上で、あなたに眠ってもらいたいためのお薬なのよ。

「すう・・・すう・・・」
薬を与えて十分。
少女は深い眠りについている。
私は机のところから立ち上がると、カバンから針を取り出した。
そして眠っている少女のところへ行き、少し着ているものを緩めさせた上で数ヶ所に針を打つ。
これこそが私の仕事。
尋問と暗殺を教え込まれた私の仕事なのだ。

「ん・・・」
少女の寝息が少し乱れる。
「聞こえますか? 聞こえたら返事をしなさい」
「は・・・い・・・」
少女は眠りながらそう答える。
問題はない。
「よろしい。あなたの名前は?」
先ほど保健室の利用者名簿に名前を記入してもらったけど、これで嘘かどうかが判別できる。
私の鍼で嘘をつける人間はいない。
「の・・・野川由美香(のがわ ゆみか)です・・・」
名簿と違わない。
偽名は使っていないということ。
まあ、普通の女子高生が偽名を使うわけもないけど。
「では、由美香さん、私の質問に答えなさい」
「はい・・・」
「犯罪教授というものを知ってますか?」
「はい・・・」
「どこで知りましたか?」
「テレビで知りました・・・」
もし誰か見ていたら、普通に私たちが会話していると思うだろう。
でも、少女は眠りの中。
起きたときには記憶はない。

「その犯罪教授がこの学校にいるということは知っていましたか?」
「いいえ・・・知りません」
「あなたから見て、もしかしたら犯罪教授かもしれないと思われる人はこの学校におりますか?」
「いいえ・・・おりません」
即答か・・・
怪しい人物らしき影は見えないということか。
まあ、当然でしょうけどね。
私はその後も二三質問したあとで彼女から針をはずす。
この娘は何も知らない。
でも、これをいくつか繰り返せば、犯罪教授の影を掴むことができるかもしれない。
だが、それ以上に、犯罪教授そのものが探られていることを感じて動き出す可能性が高いだろう。
それこそが狙い。
だから、多少怪しい行動だと思われても構わない。
動いてくれたほうが対処もしやすいのだから。

「ん・・・」
少女が目を開ける。
「あら、起きた? よく寝ていたようだけど調子はどう? もうすぐ一時間目が終わるけど、戻っても平気?」
「えっ? あ、は、はい。大丈夫です。なんだかすごくすっきりしました。ありがとうございます」
気分のいい目覚めだったのだろう。
彼女はとてもいい表情をしている。
まあ、尋問後に少し針でツボを刺激してあげたのが効いたんでしょうけどね。
私は頭をペコリと下げて保健室を出て行く少女を見送った。

                   ******

「ふう・・・」
またしても私はため息をつく。
手がかりなし・・・
あれから一週間にもなるというのに、犯罪教授の影さえ見ることができない。
すでに針を使って尋問した人数は20人近い。
教職員も生徒もおこなっているが、そのいずれもがニュースやネットで犯罪教授を知っているに過ぎなかった。
それはある意味予想通りだったけど、犯罪教授側からの動きもないのだ。
もちろん私が針を使って尋問しているなどということは、そうはわからないだろう。
でも、臨時の養護教諭が何か怪しげな行動をしているというのは掴んでいるはずだ。
そうでなければ犯罪教授などとご大層な名前を名乗るには役者不足というものだろう。

できれば早く動いて欲しい。
いつまでもここで養護教諭の真似事をしているわけにはいかないわ。
芙美を早く迎えに行きたい。
毎日電話で話してはいるものの、芙美に会うことは許されない。
奴らの手の内に隔離されているのだ。
聞きわけがいいあの娘は今のところおとなしくしてくれているけど、そろそろいつもの学校に行きたいのは間違いないだろう。
一刻も早くこの仕事を終えて、芙美を迎えに行ってやらなければ・・・

「失礼します」
一人の生徒が保健室に入ってくる。
「あら、どうしたの?」
私は椅子を回して入り口のほうを向く。
入ってきたのは肩口までの茶色の髪にくりくりとした瞳の可愛らしい少女だった。
「なんだか朝から調子が悪くて・・・少し休ませてもらえませんか?」
「そう・・・顔色はそう悪くないようだけど、熱はありそう?」
私は立ち上がって女生徒のところに行く。
無言で首を振る女生徒の額に私は手を当ててみた。
「確かに熱はなさそうね。いいわ、少しベッドで寝ていきなさい」
私はいつものようにベッドを勧め、薬ビンからスプーンに薬を取った。
「これを飲むといいわ。漢方薬だけど楽になるわよ」
どうせたいした情報はつかめないだろうけど、情報収集は欠かせない。
彼女は黙って薬を飲むと、利用ノートに名前を書いてベッドに入る。
二年D組の案西響子さんか・・・
犯罪教授について何か知っているかしら・・・

すうすうと気持ち良さそうな寝息が聞こえてくる。
私は仕事をこなしながらベッドにチラッと目をやった。
あどけない寝顔。
まだまだ彼女達女子高生は幼さが残っている。
可愛いものだわ。
そろそろいいかしらね。
私はカバンから針を取り出すと、静かにベッドに近づいた。
  1. 2010/08/17(火) 20:34:15|
  2. 犯罪教授響子様
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スコーピオンガール(2)

昨日に引き続き150万ヒット記念SS「スコーピオンガール」の二回目です。

このシリーズ、結構反響があってうれしい限りです。
それではどうぞ。


2、
「ん・・・んあ・・・」
意識が次第にはっきりしてくる。
あれ?
ここはどこだろう・・・
確か玄関先に車が来てて、中に入ったとたんになにか吹きかけられて・・・
私は飛び起きた。
バサッと音を立てて掛けられていた毛布がずり落ちる。
どうやらベッドに寝かされていたらしい。
フリースのルームウェアのままだけど、脱がされたりとかはしてないみたいだわ。

「目が覚めたみたいね」
「ひあっ」
突然の声に私は飛び上がるほど驚いた。
だって、誰かいるなんて思いもしなかったもの。
見ると部屋の隅に椅子があって、そこにあのコックローチレディが腰掛けていたのだ。
「コックローチレディ・・・」
「ごめんね。あなたを信じないわけじゃなかったんだけど、眠っていてもらうのが一番だったの」
意外・・・
ごめんねなんて謝られるなんて思わなかったわ。
すると、ここが犯罪教授の拠点なのだろうか・・・
「気分はどう? あのガスは頭痛とかは残らないはずだけど・・・」
「あ、それは大丈夫ですけど・・・」
「そう、よかった」
コックローチレディはそういうと立ち上がり、壁のインターコムのスイッチを押した。
「ミス・スパイダー、彼女が目を覚ましたわよ」
『了解。すぐ行くわ』
インターコムからもう一人の声が聞こえる。
ミス・スパイダー?
犯罪教授のしもべの一人に確かそんなのがいた気がするけど・・・

それよりも、今の私には大事なことがある。
「ねえ、私に会わせたい人って?」
「おとなしく待ちなさい。響子様のお計らいで、あなたの会いたい人に会わせてあげるんだから」
き、響子様?
響子様って・・・もしかして案西さんのこと?
確か彼女も響子さんって言ったような・・・

ガチャリとドアが開いて二人の異形の人たちが入ってくる。
やっぱり二人ともレオタードにブーツ姿で、プロポーションがうらやましくなるぐらいに素敵。
一人は黒のレオタードに、胸のところに蜘蛛のマークが白く入っている。
顔には蜘蛛の模様をあしらったマスクをつけ、赤い唇の周りしか覗いてない。
腰のベルトにいくつかのスイッチが付いているようだけど、コックローチレディのように腕に機械をつけている様子はない。
彼女がおそらくミス・スパイダーなのだろう。

もう一人は濃緑色のレオタードにブーツ。
こちらは胸のところにカマキリの模様がある。
顔には同じように口元だけが見えるマスクをつけているけど、こちらは両脇にカマキリのような複眼が付いている。
そして何より凶悪なのが両手の鋭いカマとも言うべき刃。
さしずめ彼女はカマキリの化身ってわけね。

「あら、マンティスウーマンも来たのね。物珍しかったかしら?」
コックローチレディがそう言ったので、私はカマキリの化身がマンティスウーマンということがわかった。
「そうじゃないわ、彼女とは知らない間柄じゃないのよ」
そう言ってマンティスウーマンが私を見る。
どういうこと?
知らない間柄じゃない?
私には何がなんだかわからなかった。

「うふふ・・・元気そうね、智鶴」
ミス・スパイダーの突然の呼びかけに私は驚いた。
まさか・・・
そんな・・・
そんなことって・・・
「お姉ちゃん? その声はお姉ちゃんなの?」
私は搾り出すようにそう言った。
だって・・・
そんなの信じられるわけないよ。
目の前の異形の女性がお姉ちゃんだなんて・・・

「うふふ・・・ええ、そうよ。久しぶりね、智鶴」
そう言ってミス・スパイダーは頭にかぶったマスクを取った。
「お姉ちゃん・・・」
見間違えるはずがない。
薄暗い中だけど、私がお姉ちゃんの顔を見間違えるはずがない。
「ど、どうして・・・」
私はそれだけしか言えなかった。

「ちょっと、ミス・スパイダー、私のことも教えてあげてよ」
「うふふ・・・そうだったわねマンティスウーマン。智鶴、覚えている? 私の友人の志岐野梨花」
えっ?
志岐野さんもまさか・・・
「こんばんは智鶴ちゃん。お久しぶり」
そう言ってマスクを取ったマンティスウーマンは、確かにお姉ちゃんのお友達の志岐野さんだった。
「し、志岐野さんまで・・・どうして・・・いったいどうして?」
私には何がなんだかわからない。
ここにいる三人はみんな犯罪教授の手下たちと呼ばれている人たちだ。
新聞でも大雑把な犯人像として、レオタード姿の女性ということは報道されている。
でも・・・
でも、お姉ちゃんは警察官のはずじゃない。
志岐野さんだって、有名なお医者さんじゃない。
どうしてそんな格好してこんなところにいるのよ。

「うふふ・・・驚いた? この姿は私たちの本当の姿なの。私はミス・スパイダー。彼女はマンティスウーマンよ。これからはそう呼んでね」
まるで普段と何も変わりがないかのように言うお姉ちゃん。
それどころかいつまでも素顔を晒すのはいやだとでも言うのか、二人ともすぐにマスクをかぶってしまう。
私には今見た素顔が本当にお姉ちゃんなのかわからなくなってしまった。

「どうして? どうしてそんな格好しているの? ミス・スパイダーだなんてどういうことなの? お姉ちゃん警察官じゃない! どうして犯罪者の仲間になんてなっているの?」
私はもう止まらなかった。
とにかく言いたいことを言ってしまわないと気がすまない。
あんなに心配したのに。
お父さんもお母さんもすごく心配してたのに。
いったいどうしてこんなことになったの?

「どうしてって・・・これが私の仕事着であり普段着だもの、これを着るのは当たり前でしょ? 私はミス・スパイダーなのよ。これ以外の服なんて着られないわ」
「だからどうしてミス・スパイダーだなんてやってるの? ミス・スパイダーって強盗や殺人を犯した犯罪者だよ! お姉ちゃんがそんなことしたって言うの?」
「何を言っているの? 響子様が欲しがるものを奪ったり、響子様の邪魔をするものを殺したりするのは当たり前じゃない。それに殺しならマンティスウーマンのほうが得意なのよ」
ミス・スパイダーの口元に私の言葉が理解できないと言いたげな表情が浮かぶ。
違う・・・
違う違う・・・
お姉ちゃんじゃない!
こんなのお姉ちゃんじゃないよ!
私は思わず首を振る。

「智鶴・・・きっと混乱しているのね。無理もないわ。いきなり連れてこられたもんね」
近づいてきて私の肩を抱こうとするミス・スパイダー。
でも、私は彼女を押し戻す。
「こないでよ! お姉ちゃんじゃない! あんたなんかお姉ちゃんじゃない!」
「智鶴・・・どうしたの? どうしてそんなことを言うの? 私は私よ。智鶴のお姉ちゃんよ」
「違う違う! 私のお姉ちゃんは伊家原奈緒美。ミス・スパイダーなんて名前じゃない!」
私は駄々っ子のように首を振る。
いつしか涙がこぼれていることに私は気が付いた。
「智鶴・・・」
ミス・スパイダーが私の名を呼ぶのが、私には耐えられなかった。

「やっぱり素直に受け入れるのは無理のようね」
いつの間にか入り口にもう一人の人影が立っていた。
「響子様」
「響子様」
「響子様、すみません。これからこの娘も選ばれたことを伝えようとしたのですが・・・」
三人がいっせいにひざまずく。
すごい。
完全に支配されちゃっているんだわ。

「こんばんは、伊家原智鶴さん」
姿を現したのは、やはりあの案西響子さんだった。
肩口までの茶色の髪をなびかせ、くりくりした瞳で私の方を見つめている。
「あなたはいったい・・・」
私はにらみつけるように彼女を見る。
「二年D組の案西響子。昼に会ったわね。朝はバスの中でも」
そう言った彼女は、昼に会ったときと雰囲気が一変していた。
学校の制服じゃなく、黒いドレスを着ているせいもあるのだろうけど、なんだかすごく妖艶な感じがする。
手には長いシガレットホルダーを持ち、先には火の付いたタバコが付いている。
その煙が私のほうに流れてきて、私は思わず手で払った。
「うふふ・・・あなたもタバコは嫌いなんだ。お姉さんもそうだったわね」
そう言ってミス・スパイダーにシガレットホルダーを渡す案西さん。
「でも今は好きなのよね?」
「はい、ありがとうございます。響子様」
ミス・スパイダーはゆっくりとシガレットホルダーに口をつけ、美味しそうに煙を吸う。
お姉ちゃんはタバコなんて吸わなかったはずなのに・・・
「ふう・・・美味しい。タバコ大好き」
私は唇を噛み締めた。

「お姉ちゃんに何をしたの? 犯罪教授とあなたはどんな関係なの?」
「んふふ・・・まだわからないの? 私が犯罪教授なのよ」
笑みを浮かべる案西さん。
まるでいたずらがうまくいったとでも言うような笑み。
「あなたが犯罪教授? 嘘でしょ? 犯罪教授は男なんじゃ?」
「そう思われているらしいし、そう思わせてもいるわ。でも本当のことよ。私が犯罪教授なの。コンサルタント料は結構高いわよ。うふふふふ・・・」
「信じられない・・・あなたが犯罪教授だったなんて・・・」
これは何かの間違いなんじゃないだろうかとすら思う。
目の前の彼女は、それほど犯罪教授という言葉がイメージさせるものとは違っていたのだ。

「あなたがミス・スパイダーの妹だったとはね。伊家原なんていう苗字は珍しいから気が付いても良かったはずだけど、見落としていたわ」
「お姉ちゃんに何をしたの? どうしてお姉ちゃんがミス・スパイダーなんかになっちゃったの?」
ゆっくりと近づいてくる案西さんに私は問いかける。
お姉ちゃんが何の理由もなしにここまで変わるなんてありえない。
「思考をいじったの。考えを変えてやったのよ」
「考えを変える?」
まさか・・・そんなことができるというの?
「そう。私はね、人の思考をいじることができるの。あなたのお姉さんには犯罪が大好きな女になってもらったわ」
「そんな・・・」
私は息を飲む。
「まあ、彼女たちのような手駒を作るにはそれなりのパワーが必要なんだけど、ちょっとしたことなら簡単なものよ」
「ちょっとしたこと?」
「そう。あなた今日知らないうちに中庭にいたでしょ? あれは私が仕向けたの。そこで適性を見させてもらったわ。私の手駒にふさわしいかどうか。それにここへ来ることもそれほど疑問に思わなかったでしょ?」
なんてこと・・・
ここへ来ることも彼女に仕向けられたことだったというの?
「手駒って・・・私も犯罪教授の手伝いをする女にしようというの?」
「そういうこと。あなた、実は結構毒物に詳しいでしょ」
案西さんがにやりと笑った。

私の志望は医科大を出て薬剤師になること。
薬というものが人間に及ぼす効果というものが、私にはとても興味深かった。
そこで薬に関していろいろと調べていくうちに、薬と毒は切っても切れないものだと理解した。
たいていの薬は使用を間違えれば毒になる。
また、一般的に毒物とされるものでも、使用法さえ間違わなければ薬になるものもある。
そこに私は面白さを感じたのだ。
だから・・・
私は多少の毒物の知識なら持っている。

「いやっ! いやよ! 思考をいじられるなんて真っ平だわ!」
私は逃げ出した。
お姉ちゃんに会えると思ってこんなところに来てしまったけど、来るんじゃなかった。
ううん・・・そう思わせられていたんだ。
何とかここから逃げ出して、警察をつれてこなくちゃ。
そしてお姉ちゃんも何とかしなくちゃ。
私は案西さんの横をすり抜けて、入り口に向かって走っていった。

「えっ?」
右足が引っ張られ、私は思わず転んでしまう。
「痛っ、何?」
転がった私は、右足が何に引っかかったのかを確認する。
「えっ? ワイヤー?」
見ると私に右足にはワイヤーが絡まっていた。
そしてそのワイヤーの先は・・・
「クスッ・・・だめよ智鶴。逃がしはしないわ」
「お姉ちゃん・・・」
ワイヤーを絡めてきたのはお姉ちゃん・・・ううん、ミス・スパイダーだった。
「よくやったわ、ミス・スパイダー。さすがのワイヤー捌きね」
「ありがとうございます響子様。お褒めの言葉とてもうれしいです」
口元に笑みを浮かべ、まるで主人に褒められた仔犬のように喜んでいる。
お姉ちゃん・・・

「そんなに怯えないでよ。別に殺したりするわけじゃないんだから」
ゆっくりと近づいてくる案西さん。
「いやぁっ! こないで! こないでぇっ!」
私は足に絡まったワイヤーをはずそうとするが、焦るのとぐるぐると絡まっているのとで取れやしない。
「うふふ・・・心配しないで。すぐに恐れはなくなるから」
「いやぁっ! こないでってばぁっ!」
私はもうただ両手を突き出して案西さんを遠ざけようとするだけだった。
「いやだ! いやだぁっ!」
案西さんがスッと手を伸ばしてきたので、私は思わず目をつぶる。
いやだよぉ・・・

「終わったわよ」
「えっ?」
私は思わず顔を上げる。
すると、響子様がとても優しい笑みで私を見下ろしていることに気が付いた。
「えっ? あれ? 私・・・」
「気分はどう?」
響子様が私を気遣ってくれている。
「あ・・・あわわわ・・・は、はい。気分は大丈夫です」
私はあわててそう答え、立ち上がって気を付けをした。
「うふふ・・・そう固くなることないわ。これからはあなたも私の仲間。私の指示に従えばいいの」
「はい、もちろんです。私は響子様のしもべです。ご指示に従います」
私はすぐにそう答えた。
うん、響子様のご命令は絶対だもの。

「ミス・スパイダー。彼女の装備を取ってきて」
「はい、響子様」
ミス・スパイダーがしなやかな足取りで部屋を出て行く。
その後姿はとても素敵。
「すぐに用意できるから、そこのベッドにでも腰掛けていて、スコーピオンガール」
スコーピオンガール?
それが私の名前なの?
「スコーピオンガールとは私のことですか? 響子様」
「そうよ。毒使いがあなたにはふさわしいでしょ? と、サソリは嫌い?」
うっ・・・
私、脚が四本以上は苦手です。
「サソリはちょっと・・・」
「そう・・・それじゃ」
響子様が再び私に手をかざす。
何をなさっているのかな?
「もう一度聞くわ。サソリは嫌い?」
えっ?
とんでもないわ。
あのつややかな外骨格に覆われた姿といい、猛毒を持つしっぽの強力さといい、サソリほど素敵な生き物はそういない。
「いいえ、サソリは大好きです。頬擦りしたいぐらいだし、ペットにして飼えたらいいなぁって思います」
「そう・・・よかったわ」
響子様はにっこりと微笑んでくれた。

「お待たせいたしました」
ミス・スパイダーがトランクケースを持ってくる。
「そのケースの中のものを身に着けなさい、スコーピオンガール」
「はい、響子様」
私は命じられたとおりにトランクケースを開け、中に入っていたものを取り出した。
「うわぁ・・・」
そこにはミス・スパイダーやマンティスウーマンたちと同じようなレオタードやブーツ、それに手袋などが入っていた。
もちろん私はスコーピオンガールだから、色は赤褐色だし、レオタードの胸にはサソリのマークが入っているし、猛毒の毒針が付いたしっぽ付きのベルトなんかも入っている。
私はすぐに着ていたものを脱ぎ捨てると、生まれたままの姿になってこれらの衣装を身につけた。
そしてハサミ状になっている左手の手袋を嵌め、腰からお尻にかけて伸びているしっぽ付きベルトを締め、最後に赤褐色の口元だけが覗くマスクをかぶると、私は完全にスコーピオンガールとして完成する。
それはとてもうれしいことで、私は思わずくるくると回ってみたり、躰をよじって自分の姿を確かめたりしてみたりした。

「素敵よスコーピオンガール。このアジトのことについては後でミス・スパイダーに教えてもらいなさい。タバコもね」
そう言ってタバコを吸う響子様。
ああ・・・
なんてすばらしいんだろう。
響子様にお仕えできるなんて幸せだわ。
タバコもとても美味しそう。
「かしこまりました響子様。よろしくね、ミス・スパイダー」
私は仲間であるミス・スパイダーに会釈する。
「こちらこそよろしくね、スコーピオンガール」
ミス・スパイダーが手を振って挨拶を返してくれる。
マンティスウーマンもコックローチレディもみんな響子様の忠実なしもべ。
私もその一員なんだわ。
うれしいなぁ・・・

                     ******

『ろれつが回らぬ記者会見 野党が大臣の罷免を求める』
『薬を飲みすぎたと釈明 与党苦しい国会運営』
一面のトップにでかでかと載っている記事。
思わず私は笑みがこぼれる。
そして片隅に小さく報じられている大臣の秘書官の急死。
まさか私とコックローチレディの仕業とは思わないだろうし、結び付けて考える人はいないだろう。
あの薬を飲めばろれつが回らなくなるのは当然のこと。
でもその程度で済んでよかったと思うことね。
猛毒を仕込むことぐらい簡単なんだから・・・

でも、これで響子様・・・ううん、犯罪教授様の評価はまた上がる。
政府の要人の生殺与奪だって思いのまま。
国の内外からもいろいろな依頼が舞い込んでくるはず。
そうなれば・・・
うふふふ・・・
楽しみだわ・・・
もっともっと響子様のために働かなくちゃね。

「おはよー、智鶴」
「おはよう、知世ちゃん」
込み合うバスの中で私は知世ちゃんと挨拶する。
響子様のご命令で、普段の私は今までどおり学校に通っている。
スコーピオンガールの衣装を普段着られないのはとても残念だけど、常に毒針の付いたベルトだけは身につけているから、いざというときはスカートの下からしっぽで攻撃することも可能なの。
うふふ・・・
これでいつでも響子様をお護りできる。
他の仲間には悪いけど、これってある意味特権よね。
私は入り口付近で立っている響子様に注意を払い、いつでもガードできるように準備を忘れない。

「今朝のニュース見た? 笑っちゃうよね」
「例の記者会見? ホントだよね。なにやっているんだろうって感じ」
知世ちゃんに話を合わせる私。
残念なことに彼女に適性はない。
だから彼女を仲間に迎えることはできないのだ。
ちょっと寂しいけれど仕方がない。
でも安心してね。
今度薬の実験に使ってあげる。
うまく行けば私の手駒に使えるはず。
うふふふ・・・
楽しみだわぁ・・・
私は笑みを浮かべて、知世ちゃんを見上げていた。

END


いかがでしたでしょうか?

また機会があれば響子様にはこの場においでいただくことにいたしましょう。
それではまたー。
  1. 2009/02/26(木) 21:48:54|
  2. 犯罪教授響子様
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スコーピオンガール(1)

皆様あらためまして150万ヒットありがとうございます。
いつも訪問していただきましてうれしい限りです。

そこで皆様に感謝の気持ちを込めまして、今日明日で150万ヒット記念SSを一本投下させていただきます。

タイトルは「スコーピオンガール」
あの「犯罪教授シリーズ」の一作となります。

いつもそれほど長い作品ではないのですが、今回はつらつらと書いていたらちょっと長めになってしまいました。
そこで、今日明日と分割で投下させていただきます。
楽しんでいただければ幸いです。

それではどうぞ。


「スコーピオンガール」

1、
「智鶴(ちづる)、早くしないと遅刻するわよ!」
「はーい」
私はお母さんにそう返事すると、今まで見ていた新聞を折りたたみ、トーストをコーヒーで流し込む。
手がかり・・・なしか・・・
私はいつものように多少の落胆を感じてしまう。

『銀行の顧客データ大量流出』
『背後に犯罪教授が介在か?』
『またしてもコックローチレディ? 証拠残さぬ手口に警察お手上げ』
新聞にはまた発生した犯罪教授がらみと思われる事件の記事が載っている。
くっ・・・
私は唇を噛み締める。
どうして・・・
どうして犯罪教授なんて奴がいるのだろう・・・
こんなのがいなければ・・・
こんなのに関わりさえしなければ・・・
お姉ちゃん・・・
どこに行ってしまったの?

「智鶴? 遅れるわよ」
私は少しぼうっとしていたらしい。
お母さんが台所から顔を出す。
「あ、うん、今行く」
私はサラダのミニトマトを口に放り込むと、すぐにカバンを取りに行く。
鏡で身だしなみを確認し、お弁当をカバンに入れて玄関へ向かう。
「気をつけてね」
「はーい。行ってきます」
背後のお母さんの声に返事して、私は靴を履くと外へ出た。

バスに揺られて学校へ向かう。
いつものように参考書を開くけど、頭にちっとも入らない。
こんなことじゃいけないとは思うけど・・・
どうしてもお姉ちゃんのことが気にかかる。
それに志岐野さんもいなくなってしまった・・・
二人とも行方不明。
手がかりは何もない・・・
ただ一つ言えることは、お姉ちゃんはあの犯罪教授を捜査していたということ。
それはお姉ちゃんの同僚の人が教えてくれた。
お姉ちゃんは犯罪教授の何かを掴んだらしい。
そしてお姉ちゃんは姿を消した・・・
お姉ちゃんのお友達だった志岐野さんも姿を消した・・・

二人はどうしてしまったのだろう・・・
二人の失踪が無関係とは思えない。
きっとお姉ちゃんと志岐野さんの失踪は絡んでいる。
それも、おそらく犯罪教授に絡んでいる・・・
犯罪教授・・・
いったい何者なのだろう・・・

ふう・・・
私はあきらめて参考書を閉じる。
どうせもう少しで学校だわ。
学校に着いたらまた読めばいい。
私はそう思って、参考書をカバンに入れた。

ふとカバンから顔を上げる。
ぎっしりと立ち尽くすセーラー服の群れ。
始点に近い場所から乗る私は、いつもだいたい席に座ることができる。
この路線は朝は私たちの学校の生徒が多い。
だからバスの中はほとんどセーラー服ばかり。
そんな中、私はつり革につかまり立っている一人の女子生徒がなんとなく気になった。

綺麗な栗色の髪。
肩口までのショートだけど、つやつやしてる。
目はくりくりしてなんていうか可愛い感じ。
全体的に大人の女性と幼い少女が一体化したようなアンバランスさを感じるけど、私たちの年頃ならそれは当たり前かもしれない。
でも、私が気になったのは、そんなアンバランスさではなかった。

口元に浮かぶ笑み。
それがとても妖艶で、かつぞっとするほどの冷たさを持っていたからだった。
あの笑みは何なんだろう?
普通浮かべるような笑みじゃない。
夕べ見たテレビを思い出し笑いしているような笑みでは決してない。
たとえるなら・・・
そう・・・
何か悪いことを思いついて・・・それがうまく行きそうだと確信したような笑み。
普通の人間は思いつかないようなことを思いついたような笑み。
そんな笑みを浮かべてるなんて・・・
私はその笑みを浮かべた女子生徒の横顔に見入っていた。

「!」
私がつい見入ってしまったことに気が付いたのか、突然彼女がこちらを見る。
私はびっくりして思わず目をそらしてしまった。
何をしているのか・・・
ぶしつけにじろじろ見ていたのはこちらなのに・・・
でも・・・
あの笑みは気になった・・・

「おはよ、智鶴」
人ごみを掻き分けてやってくる知世(ともよ)ちゃん。
そっか、彼女の乗るバス停まで来たんだ。
「おはよ」
私はちょっと手を上げて挨拶する。
「ぼうっとしてたけど、何かあった? やっぱりお姉さんのこと?」
私の脇に来て立つ知世ちゃん。
彼女は私の大事な友人。
もちろんお姉ちゃんがいなくなったことも知っている。
「ううん・・・ちょっとね。ねえ、あそこの入り口近くに立っている人知ってる?」
私は笑みが気になった彼女のことをそっと聞いてみる。
彼女ももうこっちを向いてはいない。
「ん? 彼女? うーん・・・確かD組で見たとは思うんだけど・・・名前までは」
「そっか・・・」
「何? 彼女がどうかした?」
なぜそんなことを聞くのかという顔をしている知世ちゃん。
そりゃそうよね。
「ううん、なんとなく誰なのかなーって思っただけ」
まさか笑みが気になったなんて言えないよね。
でも・・・
なんとなく気になるよ・・・

「ふう・・・いきなり小テストとはやってくれるじゃない」
午前中の最後である四時間目に数学があるというのもつらいけど、さらに小テストとは・・・
あ~、お腹空いたよぅ・・・
「智鶴ぅ、どうだったぁ?」
知世ちゃんがヘロヘローという感じでやってくる。
あまりいいできではなかったらしい。
「まあまあってところかしらね」
私はとりあえずはだいたいわかったって感じかな。
「うう・・・うらやましいにゃぁ。智鶴は医科大志望だから勉強できてうらやましいにゃぁ」
「そんなことないよ。私だって結構苦手な教科とかあるんだよ」
「うう・・・私は苦手ばかりだにゃ」
へなっとうなだれる知世ちゃん。
あまり・・・ではなく相当にできがよくなかったのね?
「どうしたら智鶴みたいに勉強ができるようになるかにゃぁ・・・やっぱり好きなものがあると違うかにゃぁ・・・」
「うーん・・・どうなのかなぁ」
苦笑するしかない私。
「智鶴は薬剤師目指しているんだっけ? いいにゃぁ目的がちゃんと決まってて・・・私なんか将来の夢は“お嫁さん”だからにゃぁ」
「そ、それだって立派な夢だよ。雅人君に美味しいもの食べさせてあげるんだってがんばっているじゃない」
「まーねー。料理“だけ”は何とかなるんだけどねー」
それでいいじゃないか。
お料理できるのはかなりポイント高いと思うよ。

「あ、そうだそうだ。こんな話をしに来たんじゃなかった。今朝の娘わかったよ」
「えっ?」
そういえば私自身はすっかり忘れていたのに・・・
「D組の案西さんだって。案西響子さん。さっきの休み時間にD組行って確認してきた」
「ええっ? わざわざ?」
「うにゃ? 数学の教科書を借りてきただけだよー。そのついで」
あ~、また教科書家に忘れてきたのね?
知世ちゃんらしい・・・
「なんかね、一人で孤独な少女らしいよ。さっき行ったときも一人で窓の外眺めてたわ」
「そうなんだ・・・」
友達・・・いないのかな?
なんだろう・・・
思い出したら、やっぱりなんだか気になるよ・・・

「う~・・・」
ゆらりという感じで背を向ける知世ちゃん。
「どこ行くの?」
「購買。飲み物買ってくる。智鶴も何かいる?」
「あ、それならウーロン茶お願い」
「りょーかーい」
ひらひらと手を振って了解の合図をする知世ちゃん。
廊下に出て行くその後姿を見送り、私はカバンからお弁当を取り出した。

あれ?
私・・・いつの間に?
昼休み、私は気が付くと校舎の中庭にいた。
確か、知世ちゃんと一緒にお弁当を食べて・・・
ふと廊下を見たとき、案西さんの姿を見かけたような気がして・・・
そして彼女が、なぜか私を見て笑みを浮かべたような気がして・・・
だめだ・・・
そこからよくわからない・・・
何で私はこんなところにいるのだろう・・・

あ・・・
校舎に入ろうとしている後姿。
肩口までの茶色がかった髪。
あれは案西さん?
あ・・・
思わず私は駆け出していた。

「待って! ちょっと待って!」
案西さんの足が止まる。
校舎の入り口で立ち止まり、私のほうに振り返る。
くりくりした目が不思議そうに私を見る。
「何か用ですか?」
「えっ? あっ・・・」
なんてこと・・・
私は何で声をかけたのだろう?
何か用があるわけじゃないのに・・・
「あ・・・その・・・」
言葉に詰まってしまう。
思ったより小柄な彼女は、私を見つめている。
あ・・・れ?
「クスッ・・・待ってなさい。あとで迎えを差し向けるわ。それまでおとなしく待ってなさい」
「えっ?」
今のは何?
待ってなさいって?
私が戸惑っていると、彼女はくるりと背を向けて校舎の中に入っていく。
あ・・・
私はなぜか立ち尽くしたまま、彼女の後姿を見送った。

あれはなんだったんだろう・・・
特に部活動をしているでもない私は、放課後知世ちゃんとウィンドショッピングを楽しんだあと、自宅に戻っていた。
夕食を食べて後片付けを手伝い、そのあと自室でくつろいでいると、お昼の案西さんの言葉が思い返される。
『あとで迎えを差し向けるわ』
あれはどういうことなのだろう・・・
言葉どおりだと、案西さんからの迎えが来るということだと思う。
でも、どうして?
私は案西さんとは今日会ったばかりと言っていい。
そりゃあ、学校内で何度かすれ違ったりはしているだろうけど、お互いに相手を認識していない以上そんなのは会ったうちには入らない。
お互いに?
もしかして、案西さんは私のことを知っていたのかしら・・・
でも、だとしても迎えにってのはどういうことなのだろう・・・

あれ?
ふと気が付くと家の中が静かになっている。
お父さんも帰ってきたはずなのに、リビングから声もテレビの音も聞こえない。
お風呂にでも入っているのかな?
でも、それにしては静か過ぎる気がするよ・・・

私は何かあったのかと思い立ち上がる。
ドアを開けたところで私は驚いた。
リビングの電気が消えている。
どういうこと?
まだ9時だよ。
寝るには早いよ。
それに・・・
何か変だよ・・・

私はなんだか薄気味悪くなって、そっとリビングを覗きにいく。
廊下を静かに歩き、リビングのドアの曇りガラスから中を覗いてみる。
う~・・・
やっぱり無理よね。
中が暗いし、曇りガラスじゃ見えるわけない。
仕方がないので、私はできるだけ音を立てないようにリビングのドアをそっと開けた。

中は暗い。
カーテンを閉めてあるので、外の光も入ってこない。
それでも闇に目が慣れてくると、うっすらと中の様子がわかってくる。
テレビの前のソファにぐったりともたれかかっている人影がある。
お父さんだわ。
それにお父さんの足元の床にはお母さんが倒れている。
「お父さん! お母さん!」
私はもうびっくりして、すぐにリビングに飛び込んだ。

「心配ないわ。眠っているだけよ」
突然部屋の脇から声がする。
「だ、誰?」
私は思わず声のする方に振り返る。
闇の中にスッと立っている人影。
裸の女の人?
そう思うほどにそのシルエットは柔らかいラインをそのまま見せていた。
違う・・・
裸なんかじゃない。
それどころかなんだか奇妙な格好をしている。
だ、誰なのいったい・・・
「こんばんは、伊家原(いけはら)智鶴さん」
人影が一歩前に出る。
カーテンの隙間から差し込む外の明かりが、その人影をうっすらと照らし出す。
「ひっ」
私は息を飲んだ。

そこにいたのは女の人だった。
ううん・・・女の人だと思う。
柔らかく美しいプロポーションをレオタードみたいな服で包み込み、すらっとした長い脚にはハイヒールのブーツを履いている。
土足で人の家に入り込んでいるんだけど、そんなことはどうでもいい。
そこまでの姿は確かに女の人だと思う。
でも、頭を覆うヘルメットのようなものからはふるふると震える触角のような二本の線が延び、背中には昆虫の翅のようなものが背負われている。
まるでなんだかゴキブリのような・・・
私はハッとした。
まさか・・・
「コックローチレディ?」
思わず私はそうつぶやいた。

「あら、私のことを知っているのね? なんだかうれしいわ」
口元に笑みを浮かべるコックローチレディ。
とても冷たい笑み。
私は思わずぞっとする。
「どうして家になんか・・・何しに来たの!」
「うふふ・・・あなたを迎えに来たのよ。犯罪教授様がお待ちかねよ」
犯罪教授が?
私を迎えに?
どういうこと?
迎えにって言えば案西さんのあの言葉・・・
まさか案西さんは犯罪教授とつながりがあるというの?
「さあ、おとなしく来なさい。会いたい人にも会わせてあげる」
えっ?
会いたい人?
それってまさか・・・

「行くわ」
私は覚悟を決める。
犯罪教授に会えば、お姉ちゃんの手がかりがつかめるかもしれない。
それに会いたい人とはお姉ちゃんのことかもしれない。
たぶんお姉ちゃんは犯罪教授に捕まっているんだ。
だったら、助けに行かなくちゃ。
私も捕まることになるのかもしれないけど、二人でだったら何とか脱出できるかもしれない。
だから・・・行かなくちゃ・・・
「ふふふ・・・いい娘ね。それじゃ行きましょ」
私は促されるままに家を出た。
  1. 2009/02/25(水) 21:13:32|
  2. 犯罪教授響子様
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コックローチレディ

130万ヒット記念SSを投下いたします。

犯罪教授案西響子シリーズの三作目です。(笑)
奇しくもこのシリーズ(笑)の第一作「ミス・スパイダー」が110万ヒット記念作品でした。

今回三作目が130万ヒット記念ということで、妙なつながりになったものだと思っております。

いわば蛇足の蛇足になる三作目ですが、多少なりとも楽しんでもらえれば幸いです。


「コックローチレディ」

『政財界の癒着にメス! 疑惑の中心人物逮捕へ! 史上最大の汚職事件に発展か?』
ネットのニュース欄に大きく映し出される見出し文字。
私は思わず笑みが浮かぶ。
これでまた巨悪の一角が暴かれるのだ。
不正をする者を赦してはおけない。
しっかりと罪を償ってもらわなきゃ・・・

私はテーブルの上のグラスを取り、一人乾杯をしてからグラスを傾ける。
自分の書いた記事が元で、こうして悪事が暴かれるのは気持ちがいいもの。
社会の暗部を鋭く切り込むフリーライター佐登倉志穂(さとくら しほ)のお手柄ってわけ。
今回の汚職事件も、私の書いた記事が警察や検察を動かしてのこと。
これでまた私の株も上がるってものね。

「まただわ・・・」
ふと、目に留めたモニターに映し出される最新のニュース。
そこにはこう書かれていた。
『宝石店に強盗! またしても犯罪教授の関与か? 急がれる犯罪教授の正体の解明』

最近ことあるごとに名前がささやかれる犯罪教授。
警察は躍起になってその正体を解明し逮捕しようとしているが、なかなか尻尾をつかめない。
いろいろな手段で犯罪の教唆を行い、自らは手を染めることなく犯罪を起こさせる卑劣な人物。
噂では黒や緑のレオタードの女を配下に使い、彼女らに殺人や強盗をさせているとも言われている。
まるで漫画かアニメだわ。
本人はおそらく知的な四十代ぐらいの学者タイプの男性ではないかといわれ、巨大掲示板では“犯罪教授板”なんてのまで作られ、いろいろなスレで活発な議論が繰り返されている。

【男?】犯罪教授の正体を語れ52スレ目【女?】
【大好き】犯罪教授に抱かれたい人集合28スレ目【イッちゃう】
犯罪教授の配下の女性の写真をうPするスレ14
【ぜひぜひ】犯罪教授に教えを請うスレ37【お教えを】
次回のターゲットはこれだ! 11個目
さまざまなスレのタイトルに思わず苦笑してしまう。

いったい何者なんだろう・・・
この情報化社会でこれほどあからさまに存在を示していながら、その実態を掴まれていないなんてことがありえるというのだろうか。

私はグラスを傾けて、琥珀色の液体を胃の中に流し込む。
決めたわ。
次のターゲットはこれ。
犯罪教授。
その正体を私の手で暴いてやるわ。

                     ******

ふう・・・
一杯のコーヒーが頭をすっきりさせてくれる。
ポーチからタバコを取り出し、一本つける。
ニコチンとカフェイン。
この二つがないと生きていけないわぁ。
苦笑しながらそんなことを考える。
長生きできそうにないわね。

朝からネット内での情報収集。
といっても手に入る情報なんて知れたもの。
一般的に流布している以上の情報など手に入るわけがない。

巨大掲示板における自称“犯罪教授”からの書き込みなど、ほぼ百パーセントが騙りもの。
本人が書き込むことなどまず考えられない。
つまりネットで犯罪教授を追うなんてことはほぼ無理。
通常の手段ではね。

じゃあ、どうするのか。
通常じゃない手段を使う。
むふふ・・・
蛇の道は蛇ってこと。

午後、私はある喫茶店にいた。
美味しいブレンドコーヒーを飲みながら相手を待つ。
望む情報を持っていてくれるといいんだけど・・・

一服してしばらく待っていた私の前に一人の男がやってくる。
まだ若い男だが、ぼさぼさの頭に着古したジーパンとシャツという姿で決して見栄えがするものじゃない。
「コーヒー」
男は無造作にウェイトレスにそういうと、私のほうへ向き直る。
「いきなり呼び出して“犯罪教授”がらみとはきついなぁ」
「少なくても情報屋として名を売っているんだから、ネタぐらいは持っているでしょ?」
私は彼にもタバコを勧める。
彼は一本受け取り、ひとくち吸って煙を吐く。
「そりゃあ、ちょっとはありますよ。裏世界でも名の通っている犯罪教授ですからね。でも、ブンヤさんの欲しがるようなネタじゃない」
「私は新聞記者じゃないって何度言わせるの? フリーのライターよ。記事になるならどんなネタでもいいの。できれば犯罪教授自身に会ってインタビューでもできれば最高ね」
私はぬるくなったコーヒーを流し込む。
「おいおい、あんたの目的は犯罪教授を白日の下に晒すことだろ? お勧めできないよ。殺されるぜ」
「緑のレオタードのお姉さんにかしらね」
私は鼻で笑う。
危険は承知のことよ。
これまでだって麻薬を扱う組織を敵に回したり、ヤクザ屋さんとも渡り合ったりしたものよ。
命が危険だからってやめられるものですか。

「まあ、マジな話あんまりネタはないんだよ。ただ言えるのは、近いうちに羽斗口(はとぐち)代議士が死ぬか行方不明になりますよ」
「えっ?」
私は思わず声を出す。
羽斗口代議士ったら今回の汚職事件で関わりがあると疑われている人物じゃない。
それが死ぬって?
もしかして殺される?
「犯罪教授に依頼が行ったようです。“彼”が何をたくらんでいるのか知りませんが、最近の犯罪教授は犯罪の教唆だけじゃなく依頼も受けますからね」
「つまり羽斗口代議士を張り込めば、犯罪教授の部下が出てくるってわけね」
なるほど。
殺人の実行する場面を掴めば、犯罪教授をいぶりだすことも可能か・・・

私はコーヒー代と情報量の入った封筒を置いて喫茶店を出る。
それ以上の話は聞けないだろう。
彼がどこからそれを知ったのかとか、殺害を依頼したのは誰なのかなどと聞くのは野暮なこと。
絶対に言いはしないだろう。
あとはこちらがこの情報を元に動くだけ。
さて、羽斗口代議士を張り込みますか。

                   ******

大きな庭のある日本家屋。
さすがにいろいろと噂のある代議士の邸宅だわ。
まさか昼日中から襲われはしないとは思うけど・・・
私はヘルメットを脱いで髪を整える。
動きやすいように革のライダースーツを着てきたけど、まだこの季節はちょっと暑いわね。

さて、いつ動きがあるか・・・
それがわからないというのもつらいものね。
ま、数日張り込んでみますか。

私は適当なところにバイクを止め、もたれかかって張り込みを始める。
自動車のほうがいいんだろうけど、犯罪教授の手下はトリッキーな動きをするって言うし、バイクのほうが機動性があって動きやすいと判断したのだ。

「ふわぁ・・・」
思わずあくびが出る。
取りあえず何もなし。
日中からずっと張り込んでいたけど、一人で見張るのは大変。
そろそろ日付も変わるし、今日は何も起きないかな・・・

「えっ?」
躰をほぐすために伸びをした私の目に、邸宅の屋根にいる人影が映る。
「屋根の上に誰かいる?」
暗闇の中にうっすらとしたシルエット。
気が付くのが遅かったら見逃していたかも。
きっと犯罪教授の手下だわ。
殺人を止めなきゃ!

私はバイクを踏み台にして塀をよじ登る。
ふふん。
昔からこういうのって好きだったのよね。
取りあえず本当に殺人を犯されたんじゃたまらない。
寸前で写真を撮って追い返さなきゃ。
不法侵入で悪いけど、赦してよね。

私は中庭から邸宅に忍び寄る。
犯罪教授の手下はどこへ行ったかな?
まったく・・・
警報装置ぐらいあるんじゃないの?
私が侵入しているのに気が付かないの?

どうやら警報装置は全部潰されているみたい。
嘘でしょ。
どうやったのよ、いったい。
私が母屋の窓を開けても警報一つならないのだ。
警備システムは潰されていると思って間違いない。

私は代議士の部屋と思われるところ・・・なんてわかるわけないから片っ端からドアを開けて行く。
う~、われながら無茶しているなぁ。
でも代議士殺されたらたまらないもんね。

「そこまでよ!」
私はすぐさまデジカメのシャッターを切る。
ストロボが暗い部屋にまばゆい光を放ち、一瞬目がくらむ。
ドアを開けたそこには、今まさに鋭いナイフを振り下ろそうとしていた女の姿があったのだ。

「くっ! 見られた?」
マスクに覆われた顔を隠すように手をかざし、すぐに部屋を飛び出して行く女。
驚いたことに黒のレオタードにマスクをかぶった、まさに噂どおりの姿をしていたのだ。

私は取りあえず代議士が殺されていないことを確認すると、逃げ出した女を追う。
このまま跡をつければ、何らかの犯罪教授の手がかりがつかめるに違いない。
逃がすもんですか。

「うそ・・・」
黒いレオタードの女は、なんと腰の辺りから伸ばしたワイヤーを樹に絡め、まるでターザンみたいに次の樹へと飛び移って行く。
これは確かにトリッキーだわ。
私は裏口から外へ出ると、急いでヘルメットをかぶりバイクを走らせる。
やっぱりバイクにして正解だったわ。
車じゃ見失っちゃうもんね。

夜空にくっきりと映るシルエット。
うふふ・・・あれじゃ丸見えだわ。
いくら黒いレオタードだって、背景に星空があれば溶け込めないわよ。
私はワイヤーを操って樹から樹へ、ビルからビルへと飛び移る曲芸のような動きを追う。
どうやら郊外へ向かっているようだけど、逃がすもんですか。

「確かこの辺に来たはずだけど・・・」
私は雑木林のはずれにバイクを止め、ヘルメットをかぶったまま林に向かう。
何かあったときのためにもヘルメットがあったほうがいいわよね。
それにしても彼女は何なの?
人間とは思えないわ。
まるでマンガに出てきたスパイダーマン
あ、女性だからスパイダーウーマンか・・・
さて、どこへ行ったかしらね・・・

雑木林を進んで行くと、一軒の廃屋にたどり着いた。
こんな時間にこんなところへ来ると不気味さもいっそう増すというもの。
思わず私はつばを飲み込んだ。
「怖くない怖くない。一番怖いのは人間よ」
私はそういいながら廃屋に近づいていく。
窓ガラスは割れ、中は真っ暗。
林の中だから星明りも届かないみたいね。
でも、きっとあの蜘蛛女さんはここに来たはず。
顔ぐらい拝んでおかないと・・・
と思った瞬間、私は首筋にチクッとしたものを感じ、意識が闇に飲み込まれた。

                     ******

「う・・・あ・・・」
ゆっくりと意識が戻ってくる。
やれやれ、どうやら捕まっちゃったかな。
どうやら跡をつけていたのを知っていたみたいね。
私は取りあえず自分の身に怪我がないか確認する。
どこにも痛みはないし、ライダースーツもそのまま。
どうやら躰には危害は加えられてないみたい。

私はゆっくりと周りを見る。
どこかの地下みたいな殺風景な部屋。
明かりが私の周囲を照らしているおかげで周りが闇に沈んでいる。
ふう・・・
誰もいないみたいね。
でも、私はどうやら椅子か何かに縛り付けられているみたい。
両脚と両腕が固定されて動かせない。
立ち上がることも無理みたいね。
やれやれだわ・・・

まあ、でもこれはチャンスよね。
うまく行けば犯罪教授とご対面。
どんな男なのか興味がないといえば嘘になる。
まずは相手の出方待ちね。
私はゆっくりと目を閉じる。
感覚を研ぎ澄まして周囲の気配を探る・・・つもりだったけど、まだ麻酔が覚めていないせいか眠くなっちゃうわ。
誰か来るなら早く来てよ。

カチャリと鍵の開く音がする。
誰か来たみたいだわ。
私は耳をそばだて、物音に集中する。

近づいてくる足音。
その数は複数。
ハイヒールでも履いているかのような硬質な音。
どうやら部下の女も一緒のようね。

部屋に入ってきたのは三人だった。
私はその取り合わせの奇妙さに思わず口を開けてしまう。
白の蜘蛛の模様の入った黒いレオタードとマスクの女と、白いカマキリの模様の入った暗緑色のレオタードとマスクの女。
この二人は噂に聞く犯罪教授のしもべたちだろう。
しかし、その二人に挟まれて立っている少女。
しかも着ているのは有名私立女子高のセーラー服という少女はいったい何者なの?

「響子様、お言いつけのとおりおびき出して捕獲いたしました」
「羽斗口の方は先ほど始末を終えました」
うなずく少女に一礼して後ろに下がるレオタード姿の女たち。
まさか・・・
いや、そんなまさか・・・
確かに犯罪教授の正体は不明だけど、まさか・・・

「おはよう佐登倉さん。一本吸う?」
セーラー服の少女がポケットからタバコを差し出してくる。
よくあるメンソール系ではなく、外国産のタバコだわ。
そういえばしばらく吸ってなかったからタバコがもらえるのは素直にうれしい。
私がうなずくと、少女は火をつけたタバコを一本くわえさせてくれた。

「もう少ししたら学校へ行かなきゃならないから、あんまり時間はかけられないの。でもまあ、30分ぐらいはあるから大丈夫」
何が大丈夫なのか知らないけれど、高校生のくせにタバコ吸っちゃダメよお嬢ちゃん。
もっとも私も吸ってたか・・・
「私のことは調べたのかしら? だったらフリーライターってこともご存知よね?」
両手が使えない状態でタバコ吸うのは大変だわぁ。
「ええ、今回羽斗口代議士を襲うことを情報屋から聞いたこともね」
あのやろう・・・
こっちにも情報売ったのか・・・
「だったら話が早いわ。犯罪教授に独占インタビューさせてもらえないかしらね。もしかして犯罪教授はあなたのお父様なのかしら」
私はタバコをくわえたままで笑みを浮かべる。
これでも笑顔にはちょっとばかり自信があるんだけどな・・・
いやらしいおっさん相手ならだけど・・・

「うふふふ・・・」
笑いながら私の口からタバコを取って灰皿に押し付ける少女。
「あとでゆっくり吸わせてあげる」
「それはどうも。一緒にコーヒーももらえるとありがたいわ」
私は苦笑する。
こんなときに何を言っているんだか。
「それでインタビューって何を訊きたいの?」
「それはご本人に会ったときに言うわ」
なぜこんなことするのかとかも訊いてみたいけど、どんな人物なのかが一番よね。
「本人が目の前にいるのに」
あー・・・
やっぱりなんだ・・・
まさかとは思ったけどこの娘が犯罪教授ってわけ?
もちろん真の黒幕は他にいるんでしょうけどね。

「そう、あなたが犯罪教授ってわけ・・・どこの誰に使われているのかわからないけど、さっさとやめたほうがいいよ、こんなこと」
「ふふ・・・やっぱりあなたも私の背後に誰かいると思うのね。悲しいなぁ。私がもっと大人だったらそんなふうには思わないのかな」
ふと寂しそうな表情を浮かべる少女。
どういうこと?
「まあ、いいわ。とやかく言うよりも手っ取り早い方法があるし。ねえ、佐登倉さん、あなた私の手伝いをする気ない?」
「手伝い? どういうこと?」
「情報収集力の長けた女怪人が一人欲しいのよ。あなたなら適任だわ。運動能力も高いしね」
情報収集力に長けた女怪人?
なによそれ?
「どういうつもりか知らないけれど、私が犯罪に加担すると思うのなら大間違いよ。私はフリーのライターとして世の中の暗部をさらけ出してやるのが仕事なんだから」
「ふうーん。犯罪同然のこともやって記事を書いているくせに?」
「そりゃ、ネタを手に入れるためには犯罪すれすれのことだってやることはあるわ。でもそれは悪事を暴くためよ! 楽しんでやっているわけじゃないわ!」
私は自らを犯罪教授とアピールする少女をにらみつける。
冗談じゃないわ。
一緒にしないで。

「ねえ、佐登倉さん。あなた彼女たちをどう思う?」
少女が背後の闇に控える女たちを指し示す。
どうって・・・
「どうって言われても、恥ずかしい格好した犯罪を犯す女たちとしか・・・」
「でしょうね。でも、彼女たちも元はあなたと同じ犯罪を嫌う普通の女だったのよ」
「そりゃあ、いろいろと理由はあるんだろうけど・・・」
「違うの」
えっ?
違う?
私は少女のくりくりした瞳に眼をやった。
「私がそう仕向けたの。犯罪が好きな女怪人に洗脳してやったのよ」
いたずらっぽく笑う少女。
洗脳って?
いったいこの娘はなんなの?

「薬でも催眠術でもないわ。思考を改変してやったの。私に忠実な犯罪者になるようにね」
「思考を改変?」
「そう。すぐにわかるわ。あなたの思考もこれから変えてあげるから」
少女の笑みがまるで悪魔の笑みに見えてくる。
やばい。
この少女はやばいよ。
どこか狂ってしまっているんだわ。

私は何とか縛られた躰を自由にしようともがいてみる。
でも、固く縛られた手足はとてもほどけそうにない。
「心配はいらないわよ。すぐ終わるから」
少女が私の額に向かって手をかざす。
「やだやだ! やめて、やめてぇ!」
私は必死に響子様にお願いする。
「うふふ・・・もう終わったわよ」
笑顔を見せる響子様。
その笑顔はまるで天使のよう。
「本当ですか?」
響子様が手をかざしたのはほんの数秒。
思考を変えるって言っていたけど、私の思考が変わったというのだろうか・・・

「マンティスウーマン、彼女の縄を切ってあげて。ミス・スパイダー、彼女の装備を出してあげて」
「「はい、響子様」」
響子様の指示に従ってすぐに私の縄は切られ、私の足元にトランクが一個置かれる。
「響子様、これは?」
私は縛られていた手をさすって血行を取り戻しながら、響子様に尋ねてみた。
「あなたの装備よ。コックローチレディ」
響子様は笑顔で私のことをそうお呼び下さった。

                     ******

「クスッ」
思わず笑いがこみ上げる。
真上にいるというのに、警備員は気が付きもしないのだ。
人間は足元や前後は見ても、天井はまず見上げない。
天井に張り付いている私に気が付かないのだ。
やがて警備員が行ってしまい、私は再び天井を這って行く。

長い触覚型のセンサーがふるふると震え、この先の警報装置を感知する。
無駄なこと。
響子様の装置があれば、警報装置などすべて無効化できるのよ。
私は背中に広がる翅を広げ、センサーを一つずつ無効化する。
すべてのセンサーが死んだところで私は床に降り立った。
うふふふ・・・
このコックローチレディに侵入できないところなどないのよ。
どんな情報だって盗み出してみせるわ。

私はすばやく床をすべるように這い、机の下にもぐりこむ。
ふう・・・
こういう狭いところって落ち着くわぁ・・・
なんたって私はコックローチレディなんですもの。
茶色のレオタードには可愛いゴキブリの模様が胸のところに染め抜かれ、背中にはセンサーを無効化したり情報処理をするための装置が平べったい翅のような形で背負われている。
この装置を使って私は情報を手に入れるのよ。

私は触角の先のコネクターをコンピュータにつなぎ、右手に仕込まれたキーボードを操作する。
複眼状のバイザーにコンピュータのデータが映し出され、私はそれを奪い取って行く。
これでいいわ。
この企業のすべてのデータは私のもの。
そして私のものは響子様のもの。
愛する犯罪教授の響子様のため、私はこの身を捧げるわ。
私は女怪人コックローチレディなの。

END


以上です。
よければ拍手・コメントなどいただければと思います。

それではまた。
  1. 2008/09/30(火) 21:10:14|
  2. 犯罪教授響子様
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マンティスウーマン

「ミス・スパイダー」に続く犯罪教授:案西響子ネタ第二段を書いちゃいました。
楽しんでいただければ幸いです。


「マンティスウーマン」

「術式終了」
私は大きく息を吐く。
緊張がほぐれる瞬間だ。
期せずして手術室内には拍手が湧き起こり、二階の窓から見下ろしている病院長や医局長も感嘆の表情を浮かべている。
「まさに神業」
「さすが志岐野(しぎの)先生」
口々に私を褒め称えるスタッフたち。
うふふふ・・・
悪くないわよね。
今回の手術は結構難しいものだった。
おそらくこの病院でこの手術ができたのは私だけ。
また一人私を命を救うことができた。
この充実感こそ、私が医者になってよかったって思う瞬間だわ。

「いやぁ・・・いつもながら見事な腕前でしたな。志岐野先生」
後を託して白衣に着替えた私を病院長が出迎える。
白髪の混じる初老の人で、人当たりのよさが評判の人だ。
「うふふ、褒めても何も出ませんわよ、病院長」
私は病院長の賛辞をありがたく受け止める。
褒められて悪い気はしないものね。
「先生の手術はまさに神業ですな。先生の評判のおかげで、この病院の知名度もうなぎのぼり。感謝しておりますぞ」
「ありがとうございます、病院長」
「今度一杯皆でやりましょう。お誘いしますからね」
病院長がグラスを傾ける仕草をする。
この人は何かと言うと飲むお誘いをするのだ。
「ええ、そのときは喜んで」
おごりで飲めるのは悪くない。
「病院長、志岐野先生は手術を終えてお疲れですぞ。休ませてあげないと」
あとからやって来た医局長が気を使ってくれる。
正直ありがたいわ。
今はゆっくりと休みたいものね。
「おお、これはすみませんでしたな志岐野先生。どうかごゆっくり」
「ありがとうございます。それでは失礼いたします」
私は病院長と医局長の二人に頭を下げ、その場をあとにした。

                   ******

「ふう・・・」
結局、自宅に戻ってきたのは夜10時。
手術が約8時間もかかったんだから仕方ないけどね。
それにしても今日は疲れたわぁ・・・
シャワー浴びてワインでも飲んで、今日はさっさと寝ちゃおうっと。
私はマンションのロックを解除してエレベーターに乗り込む。
病院からも近いこのマンションの14階が私の部屋。
夜景が結構素敵なのよねぇ。
夜景を見ながらワインを飲む。
うふふ・・・
楽しみだわぁ・・・

玄関の扉を開けて中に入る。
すると、いきなりひんやりした風が私の頬を撫でていった。
えっ?
窓が開いてた?
リビングに入ると、ベランダに通じる窓が開いていて、カーテンが風に揺れている。
閉めて出たはずなのに・・・
明かりを点けようと手を伸ばした私はドキッとして動きを止める。
「誰? そこにいるのは誰なの?」
気がつくと部屋の中央にあるソファに誰かが座っている。
暗い室内でさらに黒い服を着ているようで一瞬気がつかなかったのだ。
脚を組んで座っているその姿はボディラインがあらわになっており、女性であることが見て取れた。
私はすぐに警察を呼ぼうと、ポケットの中の携帯電話に手を伸ばす。

何が起こったのかわからなかった。
いきなり私の躰は硬直したように身動きが取れなくなったのだ。
何かが私の躰に絡まった?
すごく細い糸のようなもの。
でもものすごく強くてまったく切れない。
それどころか無理に切ろうとしたら、こちらの皮膚が裂けてしまいそうだわ。

「うふふふふ・・・無理に動かないほうがいいわよ。私の糸はちょっとやそっとじゃ切れないわ」
ソファに座った謎の女の声がする。
「誰? 誰なのあなた?」
「うふふふふ・・・こんばんは、梨花(りか)。久しぶりね」
女性が立ち上がって明かりを点けにいく。
ひどい。
ハイヒールのブーツのまま入り込んだんだわ。
フローリングの床が傷だらけになるじゃない。
カチッと言う音がして部屋に明かりが点された。
そこに立つ女の異様な風体に私は思わず息を飲む。
女は闇かと思うばかりの漆黒のレオタードに身を包み、ひじまでの手袋とひざ上までのロングブーツを履いている。
頭からはすっぽりとマスクをかぶり、口元だけが赤い唇を除かせている。
そして、そのマスクの額のところと、レオタードの胸の部分に白く蜘蛛の模様が染め抜かれていた。
「あ・・・あなたは・・・」
そう・・・
最近新聞で見たことある姿だわ。
高額な宝石や金塊なんかを奪うと言う・・・
「うふふふ・・・私はミス・スパイダー」
やっぱり・・・
彼女が警察も血眼になって追っていると言う女怪人ミス・スパイダー。

「そのミス・スパイダーが私に何の用? 残念だけどここには宝石も金塊もありはしないわよ」
私は何とかして戒めを解き、警察に連絡しようと躰を動かす。
だけど、ピッと言う音がして着ている上着の肩口が切れ、皮膚が裂けて血がにじむ。
「バカねぇ。だから言ったでしょ。動かないでって」
カツコツと足音を響かせて私のそばに来るミス・スパイダー。
「ひあっ」
驚いたことに彼女の舌が傷ついた私の肩を舐めあげる。
「ふふっ・・・これが梨花の味なのね」
彼女の口元に笑みが浮かんでいる。
「な、なぜ私の名を? あなたはいったい?」
「うふふふふ・・・それはね」
そういうとミス・スパイダーはかぶっていたマスクを取った。

私は目を疑った。
マスクの下から現れた顔。
それは私のよく知る顔だったのだ。
「奈緒美? 奈緒美なの?」
私は思わずそう叫ぶ。
声を聞いていたときからまさかとは思っていたけど・・・
警察官になった奈緒美が犯罪者のミス・スパイダーだなんて信じられるはずがない。
「うふふふ・・・ええ、以前の私は伊家原奈緒美。でも、今の私は犯罪教授様の忠実なしもべミス・スパイダー」
再びマスクをかぶりなおす奈緒美。
口元の赤い唇が妙になまめかしく見える。
「どうして? どうしてあなたがミス・スパイダーだなんて」
「どうして? これが本当の私だからに決まっているじゃない」
奈緒美は私のところに椅子を用意し、私をそっと座らせる。
そして自分はソファに座りなおしてポーチからタバコを取り出すと火をつけた。
「た、タバコはやめて。部屋ににおいがついちゃうわ」
こんなときに何を言っているのと自分でも思うけど、私はどうしてもタバコが好きになれない。
あの煙のにおいを感じるだけでも気分が悪くなる。
だいたい躰によくないものをどうして吸うのかしら。
「ふふふ・・・心配要らないわ。すぐにあなた自身がタバコを吸うようになるもの。ふうー」
見せ付けるかのようにタバコの煙を吐き出す奈緒美。
いったいどうしちゃったの?
何が彼女にあったと言うの?

「奈緒美、いったい何があったというの? あなたは犯罪を憎む警察官だったじゃない! 犯罪者を一人でも減らすんだってがんばっていたじゃない! タバコだって吸う人じゃなかったわ。高校生の喫煙をいっつも注意してたじゃない」
私は思わず声を荒げてしまう。
私の知ってる奈緒美はこんな人じゃない。
大学のときから知っているけどこんなの奈緒美じゃない。
「ふうー。そうだったかしら・・・だとしたらおろかだったのね。人は欲望のままに生きるのが正しいこと。欲しいものは奪い取らなくちゃね。タバコだってこんなに美味しいのに、吸うのをやめさせるなんてバカみたい」
「奈緒美・・・」
私は言葉を失った。
「さて、そろそろ行きましょう。響子様がお待ちかねよ」
「えっ?」
「私はあなたを迎えに来たの。響子様があなたを所望されているわ。よかったわね」
立ち上がって私のところにやってくる奈緒美。
「少しの間、おとなしくしててね」
ちくりと首筋に何かが刺される。
「あ・・・」
私の意識は急激に薄れていき、闇の中に沈みこんだ。

                      ******

「う・・・ん・・・」
ゆっくりと意識が戻ってくる。
「ん・・・」
私はゆっくりと目を開けた。
麻酔薬の影響か頭ががんがんする。
強力な麻酔薬のようだけど、使い方には気をつけて欲しいものだわ。

私は自分のおかれた状況を確認する。
どうやらがっしりとした椅子に座らせられ、手足を拘束されているようだ。
身じろぎぐらいはできるものの、立ち上がったりはおろか両手を前に持ってくることさえできはしない。
部屋は少なくとも私の部屋じゃない。
どうやって意識を失った私を連れ出したのかしら。
私のところだけスポットライトのように明かりで照らされ、周囲は闇に沈んでいる。
人の気配も感じるけど、奈緒美なのかどうかはわからない。
奈緒美・・・
どうして奈緒美はあんなに変わってしまったのだろう。
以前の奈緒美とは考え方がまるで違う。
最近は忙しくて連絡取ってなかったけど、たった数ヶ月であんなに人間が変わるものなの?

「目が覚めたようね」
声と同時にタバコの煙が漂ってくる。
「んん・・・こほん」
思わず咳払いをしてしまう私。
やってきたのは奈緒美だった。
ミス・スパイダーの衣装のまま。
スタイルのいいボディラインをそのままさらけ出している。
何を考えてこんな衣装を着ているのかしら。
「うふふ・・・タバコの煙が気に入らないようね。こんなに美味しいのに。ふう・・・」
奈緒美はわざと私のタバコの煙を吹きかけてくる。
私は顔をしかめて息を止め、極力煙を吸い込まないようにした。
「奈緒美、いい加減にして! 私をどうするつもりなの?」
煙が消えたところで私は声を上げる。
「うふふ・・・言ったでしょ。響子様があなたを所望なの。あなたも響子様のしもべになるのよ」
「響子様? 響子様って誰よ」
「こんにちは、志岐野梨花さん」
闇の奥のほうから声がする。
私がそちらに眼をやると、セーラー服姿の少女が一人、こちらに向かってくるところだった。

「お帰りなさいませ、響子様」
奈緒美がすっとひざまずいて一礼する。
私は驚いた。
このセーラー服の少女が奈緒美の言う響子様なの?
「ちょうど私が学校から帰ってくるあたりで目が覚めたのね。計算どおりだわ」
少女は奈緒美のほうに手を差し出す。
奈緒美はすぐに新しいタバコに火をつけて少女に手渡した。
「ふうー・・・初めまして志岐野梨花さん。私は案西響子。俗に犯罪教授と呼ばれているわ」
「うそでしょ? あなたが犯罪教授?」
またしても私は驚かされる。
犯罪教授と言えば、最近ネットの巨大掲示板などで話題になっている犯罪のやり方を教える先生とか。
教えを請いたいって人がいっぱいいるって聞いたわ。
「正真正銘の本物よ。といっても信じられないでしょうけどね。最近は語りや成りすましもいるし・・・ふうー」
流れてくるタバコの煙に顔を背ける私。
それを見た少女の口元に笑みが浮かぶ。
「あなたもタバコが嫌いなんだ。いいわ。大好きにしてあげるから」
「大好きにって? ま、まさかあなたが奈緒美をこんなふうに?」
恭しくひざまずいている奈緒美の姿を私は見る。
いったいこの娘はどういう娘なの?
「ええ、そうよ。思考を変えてやったの。正義を愛する警察官じゃなく、犯罪を愛する犯罪者にね」
「バカな。そんなことができるわけ・・・」
「できるのよ。私にはできるの。人間の思考を変えるのなんて簡単なんだから。ふうー」
私は目の前の少女をただ見つめるだけだった。
信じたくはないけれど、奈緒美のあの変わりようが、この少女の言葉を裏付けているからだ。

「私をどうするつもり?」
奈緒美はこの少女が私を望んでいると言ったわ。
いったい私に何をさせるつもりなの?
私の思考も変えるつもりなの?
「うふふ・・・あなた外科医なんでしょ? 手術の名人なんですってね。新聞にも名前が出てたわ」
「それはどうも」
「さぞかし人間を切り刻むのが好きなんでしょ」
「なっ」
私は少女をにらみつける。
「何をバカなことを! そんなこと・・・」
「あるわけない? うふふふふ・・・ふうー」
灰皿でタバコをもみ消す少女。
決して躰にはよくないのに・・・
「ねえ、あなた人殺しは好き?」
「ええっ?」
「人殺しよ。さぞかしたくさん殺してきたんでしょ?」
私は怒りで沸騰した。
「ふざけないで! 私は医者よ! 一人でも多くの人の命を救うのが仕事なのよ!」
「あははは、怒らなくていいわよ。そんなのわかっているわ。でも、あなたは人殺しが好きなのよ」
何をバカなことを。
「いい加減にして! 人殺しが好きだなんて絶対にありえない! 私をバカにしないで!」
私がそう怒鳴りつけると、少女の手が私の額に伸びてきた。
そして、そのまま手を開き、手のひらを私の額にかざしつける。
何をするつもり?
まさか私の思考を変える?
そんなことができるはずが・・・
だいたい私は響子様があんまり変なことを言うから・・・

「うふふふ・・・」
にこやかに笑みを浮かべて私の手足の拘束をはずしてくれる響子様。
私は手首をさすって血の巡りを回復させる。
「どう?」
響子様がタバコを一本差し出してくれる。
「あ、ありがとうございます」
私は響子様自らが差し出してくれたことにうれしさを感じた。
受け取った一本を口にくわえると奈緒美がすっと火をつけてくれる。
ああ・・・ごめんなさい。
奈緒美なんて言っちゃいけないわね。
ミス・スパイダーですものね。
「ふう・・・ゲホッゴホ」
「だめよ、ゆっくり吸わないと」
「す、すみません。響子様」
せっかくいただいたタバコをむせてしまうなんてだめな私。
でもタバコっておいしいわぁ。
こんな美味しいものを今まで吸わなかったなんてバカみたい。

「はい、これに着替えて」
響子様が奥のほうから紙袋を持ってくる。
「ふうー・・・あ、はい」
むせないようにゆっくりとタバコを楽しんでいた私は、すぐに言いつけどおりに着替えにかかる。
響子様が持っていらっしゃった紙袋には、なんかいろいろと入っていた。
「これは・・・レオタードですか? 響子様」
私は取り出した濃緑色の布を広げてみる。
すべすべつるつるの手触りのよさ。
これは着たら気持ちいいだろうな。
「強化レオタードよ。防刃になっているから少々のダメージは防いでくれるわ」
「ありがとうございます。早速着てみますね」
私は今まで来ていたものをすべて脱ぎ捨て、生まれたままの姿になってこのレオタードを着用する。
肌に密着する布の感触が気持ちいい。
うふふ・・・
これって胸のところに小さく白抜きでカマキリの模様が入ってるわ。
カマキリだから濃緑色なのね。

次に私は同じ濃緑色のひざ上までのロングブーツを履く。
脇のファスナーを止めるとヒールが高いから背が高くなったような気がするわ。
そして同じく濃緑色のロンググローブ。
これもしっかり手に嵌める。
最後は頭にかぶる濃緑色のマスク。
これには左右に昆虫の複眼のようなものがついている。
私は髪の毛をまとめてマスクをかぶる。
ミス・スパイダーと同じく口元だけがさらされるんだわ。
見づらいかと思ったけど、そんなことないのね。
これで完成。
私はうきうきしながら鏡を見た。
濃緑色に包まれた私。
マスクについた頭の左右の昆虫の複眼のようなものが、まさにカマキリっぽい外見を見せる。
でも・・・
何かが物足りないわ。

「あとはこれよ」
そう言って響子様が差し出したのは、鋭い刃のついた手鉤のようなもの。
私はすぐに受け取ると、両の手首に装着する。
手首に固定された鋭い刃が手の甲の上を通り、指先から三十センチほど先まで伸びている。
あは・・・
まさしくこれはカマキリの鎌だわ。
これなら何でも切り刻めそう。
私は思わず銀色に輝く鋭い刃を舌でぺろりと舐めていた。

「うふふ・・・これで今日からあなたはマンティスウーマン。人殺しが大好きな邪悪な女怪人よ。思う存分人間を切り刻むといいわ」
「ありがとうございます響子様。私はマンティスウーマン。人間を切り刻むのが大好きですわ。ああ、誰でもいいから早く人を切り刻みたい」
響子様のお言葉が私の心に染み渡る。
ああ・・・そうよ・・・私はマンティスウーマンなんだわ。
「その左右の複眼は暗視ゴーグルになっているわ。夜間行動のときは使うといいわよ」
「そうなんですか? ありがとうございます」
私は本当にうれしかった。
もう早く人を殺したくてうずうずする。
どうしよう・・・
私こんなにも人殺しが大好きなんだわ。
響子様ぁ・・・遊びに行ってきてもいいですか?

                      ******

どさっと音を立てて男が一人倒れこむ。
肉の切れる感触が心地いい。
もうそれだけで私はイッちゃいそうになる。
「な、何だ、お前は?」
護衛役とも言うべき秘書を倒され、がたがたと震えて腰を抜かす中年男。
一流上場企業の重役だけど、見苦しいったらありゃしない。
「うふふふ・・・私はマンティスウーマン。以後お見知り置きを」
私はそう言って刃に付いた血を舐める。
美味し。
人を切り刻むのは格別。
こんな中年の脂ぎった男を切り刻むのじゃなきゃもっと楽しいんだけどね。
「ま、マンティスウーマン?」
「ええ、そうよ。でも覚える必要はないわ。あなたはここで死ぬんですもの」
私は両手の刃を振り下ろす。
「ギャーッ!」
ざっくりと刃が通る瞬間、私は最高のエクスタシーを感じてしまう。
ああ・・・
なんて気持ちがいいのかしら。
これもすべて響子様のおかげ。
犯罪教授として名の通った響子様の下には、いろいろな依頼も舞い込んでくる。
その中で私は暗殺を担当し、こうして楽しませていただいているの。
そろそろ警察も動き始めるころだわ。
私は絶命した男を少しだけ切り刻み、遊んでからその場をあとにする。
命を救うなんてバカらしい。
命は切り刻んでこそ。
私は口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

以上です。
ついついこういった蛇足を書いちゃいました。
反響があるとやっちゃうんですよねー。(笑)

よろしければ拍手やコメントをいただけるとうれしいです。
すごく励みになります。
よろしくお願いいたします。

それではまた。
  1. 2008/05/24(土) 20:12:49|
  2. 犯罪教授響子様
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ミス・スパイダー

110万ヒット記念SSを投下いたします。
今回はちょっと毛色の変わったシチュエーション短編です。
突っ込みどころも満載かとは思いますが、楽しんでいただけるとうれしいです。


「ミス・スパイダー」

「本当なの? それは」
私は目の前の少女の言葉に耳を疑った。
あの犯罪教授の居場所にこの娘がいたというの?
本当だとしたらこれはチャンスだわ。
「場所、わかるわね?」
「あまりはっきりとは・・・でも、近くに行けばわかると思います」
少女は私の顔を見つめてはっきりと答えた。
肩口までのちょっと茶色の髪にくりくりした瞳がとても愛らしい。
有名女子高のセーラー服もとても似合っているわ。
うう・・・私も着たかったのよね、これ。
公立行けって言われちゃったけど・・・

「課長、私彼女を送ってきます。ご両親が心配していらっしゃると思いますので」
「わかった、しっかり送ってくるんだぞ、伊家原(いけはら)」
ちょっとだけこちらを見、めんどくさそうに手を振る課長。
しょうがないわよね。
管内で立て続けに起きている連続強盗犯の足取りがつかめたんだもの。
今署内はてんやわんやの状態なのだ。
課長の周囲には刑事たちの人垣ができ、ホワイトボードを前にあーでもないこーでもないと打ち合わせを続けている。
こんな状況であの犯罪教授の手がかりを見つけたなんて言っても聞き流されるのがオチだわ。
たまたま事件に巻き込まれた家出少女が犯罪教授の居場所を知っているなんて誰も思わないものね。
何か確実な証拠でもあれば話は別でしょうけど・・・
私はとりあえず、この少女を連れて教授の潜伏場所を探しに行こうと決めた。
「行きましょ」
私の目の前の少女はこくんとうなずいた。

「そういえばまだ私のほうが自己紹介していなかったわね」
少女を助手席に乗せ、私は車を走らせる。
「私は西北署の伊家原奈緒美(いけはら なおみ)。よろしくね、案西さん」
助手席の少女が微笑んだ。
こうしてみるとこの案西響子(あんざい きょうこ)という娘はどこにでもいる普通の少女だわ。
どうして家出なんかしていたのかしら・・・
深い事情があるのかもしれないわね・・・

「あなたが保護されたのはこの店なんだけど、ここへは教授のところからまっすぐ来たの?」
私は響子ちゃんがコンビニ強盗に巻き込まれたコンビニエンスストアにつれてくる。
本当はさっさと彼女の家に連れて行かなくてはならないのだけど、あの犯罪教授がかかわっているとなると確認しなくてはね。
犯罪教授・・・
本名も正体も不明。
最近警察や犯罪界で噂になっている人物。
犯罪者同士のネットワークを築き上げるべく暗躍し、数々の情報や資料を駆使して一番効率よく犯罪を犯せるようにアドバイスをするという謎の人物。
自身では手を下さないものの、彼のアドバイスによって行われた犯罪はすでに数十件にも達している。
ネットも使っているようだが一向に手がかりがつかめず、警察も血眼になって捜しているのだ。
もし、響子ちゃんの言ったことが本当なら、彼女は犯罪教授に会ったことになる。
確かに、自ら犯罪教授と名乗り、その上で響子ちゃんを逃がしてしまうような人物が犯罪教授とは信じられないところでもあるけれど、何らかのつながりはあるかもしれないし、それに自分に関してはそういうポカをやってしまうという人物なのかもしれないしね。

「あっちよ」
響子ちゃんが郊外へ向かう道路を指差す。
「わかったわ、乗って」
私は再び車に乗り込むと、響子ちゃんが抜け出してきたという犯罪教授の居場所に向かって車を走らせた。

「ねえ、聞かせて欲しいんだけど・・・犯罪教授ってどんな人だった?」
車を走らせながら私は響子ちゃんに訊いてみる。
いったいどんな人物なのか・・・
もちろん別人であることは充分に考えられる。
でも、わざわざ犯罪教授などと名乗る人物だ。
まともな人とは思えない。
「白髪のおじいちゃんでした。背は高いほうだと思います。結構素敵な人でした」
「素敵な人・・・ねぇ・・・」
白髪の老人とはちょっと驚き。
警察内部でのイメージは中年の学者タイプと思われていたのだ。
待て待て・・・
決め付けるのは早いわ。
犯罪教授とは限らないのだから。

「このあたり・・・あ、あそこ」
郊外の別荘地の一角まで来た私は車を止める。
響子ちゃんの指差したところには雑木林に囲まれた別荘があった。
「あそこ? 何の変哲もない別荘の一つのようね・・・」
「何を期待しているんですか? 特撮にでてくる悪のアジトでも?」
響子ちゃんが私に振り向く。
うっ、いかんいかん。
そんなつもりはなかったのだけど、ついつい何かの研究所っぽい建物を意識していたのかも。
「そ、そんなわけないじゃない」
私はそう言ったものの、響子ちゃんの苦笑を見るとごまかしきれてはいないようね・・・
「と、とりあえず様子を探ってくるわ。響子ちゃんはここにいて」
「あ、待って」
車から出ようとした私を響子ちゃんが呼び止めた。
「え? なに?」
振り向いた私の顔面に何かが吹きかけられる。
な・・・しまった・・・
急激に遠くなる意識。
「うふふ・・・わたしのアジトにようこそ。伊家原刑事さん」
そんな中で私は響子ちゃんがそう言ったのをはっきりと聞いていた・・・

                      ******

「ハッ!」
急激に意識が戻る。
目を開けた私は、自分ががっしりとした重厚な椅子に両手両脚を固定され座らされていることに気がついた。
「な、これは・・・」
思わずそう口走るが、私は必死に心を落ち着ける。
こうなったからには焦っても仕方がない。
それにしてもいったいどうして・・・

「お目覚めのようね、伊家原刑事さん」
先ほどまで助手席で笑顔を見せていた少女の声がする。
私の周囲が明るく照らされているせいで、周囲は薄暗くよく見えない。
「ようこそ私のアジトへ。歓迎するわ」
薄暗い室内の奥から姿を現す案西響子。
驚いたことに彼女は先ほどまでのセーラー服ではなく、漆黒のロングドレスを纏っていた。
「あなたはいったい・・・」
私は彼女の変わりように驚いた。
清純そうな少女の面影は影を潜め、妖艶さを漂わせている。
長い吸い口で先がちょっと広がったシガレットホルダーでタバコを吸い煙を吐き出すその姿は、幼さの残る顔とのギャップがかえって魅力的にすら見える。
「ふう・・・初めまして。自己紹介させてもらうわ。私があなたたち警察が犯罪教授と呼んでいる人物よ。よろしくね」
「な?」
私は驚いた。
まさか犯罪教授が女性、しかも女子高生だったなんて。
「じょ、冗談でしょ?」
にわかには信じられない。
「そう思うのも無理はないわね。私自身こうやって大人びた振りしても限界があるわ。小娘が犯罪教授なんて大それた人物のはずがない。そう言いたいんでしょ?」
再びタバコを吸う響子。
「ふう・・・でもね、私は紛れも無く犯罪教授よ。別に私が言い出したわけじゃないんだけどね。どこかのバカが私の名前を聞き間違えたらしいの。案西響子を犯罪教授ってね。まあ、結構気に入っているんだけど」
タバコの煙が漂い私は気分が悪くなる。
もっとも、タバコのせいばかりじゃないだろう。
子供のくせにタバコを吸うなんて・・・
タバコなんか大嫌いよ。
「あなたが犯罪教授だとして、さまざまな手口はあなたが考え出したというの? それとも別に共犯者がいるというの?」
「ふう・・・さすがね。この状況でも動揺せずに情報収集? できるだけ私の情報を手に入れるつもりなんでしょ?」
私はドキッとした。
見抜かれてる。
この娘いったい?
「いいわ。あなたには教えてあげる。あなたは私の片腕になる人だから」
「片腕? どういうこと?」
私の質問に笑みを浮かべる響子。
いったい私をどうするつもりなの?

「私の父親はどうしようもない男だったわ。借金にまみれ酒におぼれ私の母に手を上げるというろくでなしの典型ね。あるとき私は殴られそうになった母をかばって父に殴られた。そして頭を強く打ち付けたのよ」
「な・・・」
そんなことが・・・
「目から火花が散るって言うけど、あれは本当のこと。私は強い衝撃でしばらく動けなかったわ。でもね、そのとき私は目覚めたの。能力によ。いいえ、脳力かしらね」
くすっと笑ってタバコを吸う響子。
「ふう・・・一瞬にして世界が180度変わったわ。悩みなんか全部吹き飛んだ。すごくすっきりした気分になったのを覚えているわ」
「ど、どういうこと?」
「人間の脳は三割程度しか使われていないってのは知っているわよね? 私の脳は今八割が使用可能状態なの。そこらのコンピュータは及びもつかないわ。犯罪計画なんてたやすいものよ」
八割?
まさか・・・
信じられないわ。
「それと同時に特殊能力も身につけたわ。私の脳波は相手の思考を変えることができるのよ」
「思考を変える?」
「そう。赤い色が好きな人を赤が見るのもいやなぐらいにするなんてのは朝飯前。根本的な思考改変を行えるのよ私は。いわば洗脳ね」
ぞっとするような笑みを浮かべる響子。
洗脳って・・・
まさか私を?
「くすくす・・・ご名答。これからあなたの思考を変えてあげるわ。私に忠実で言うことをよく聞き犯罪が大好きな邪悪な女にしてあげる。もちろんあなたはそれを感謝するようになるわ。あはははは・・・」
「く、狂ってる。あなたは狂っているわ。正気じゃない!」
私は必死に手足の戒めを解こうとする。
だが、がっちりと固定された手足はまったくはずれようとはしてくれない。
どうしたらいいの?

「そうかもね。私は狂っている。でも狂って何が悪いの? ルールにがんじがらめになって生きる人形のような生よりもずっと健全だわ。欲しいものは奪い気に入らないものは殺す。弱ければ殺されたって文句は言えない。それが正しい世界じゃないの? ふう・・・」
タバコの煙を吹きかけてくる響子。
思わず私はむせかえる。
「そっか、あなたタバコ嫌いなんだ。こんなに美味しいのにね。いいわ。タバコも大好きにしてあげる。それと脳の活動も少しアップさせてあげるね」
「ふざけないで。何様のつもり? だいたいどうして私を連れてきたの?」
「あなたが優秀な刑事だからよ。前から目をつけていたの。正義感にあふれる若い女性刑事。闇に落とすのにこれほどふさわしい人はいないんじゃなくて?」
響子はくすくすと含み笑いをもらす。
そんなバカな話が・・・
「おしゃべりはここまで。これからいくらでもおしゃべりできるわ。あなたは私の片腕になるんだもの。運動神経抜群のあなたなら、私の作った道具もいろいろと役立ててくれるでしょうしね」
「いやっ、いやよ! 洗脳なんて真っ平だわ! 私の頭をいじらないで!」
私は必死で首を振る。
私が変わってしまうなんて絶対にやだ。
そんなことになるぐらいなら死んでやるぅ・・・

黒い長手袋に包まれた響子の手が私の額にかざされる。
私は思わず身を固くして襲い来る衝撃に耐えようとした。
でも・・・
何も感じない?
痛みも衝撃も何も感じないわ。
いったいどういうこと?
洗脳なんてうそだったのかしら?

「ふふふ・・・これでいいわ」
手を下ろされる響子様。
おいしそうにタバコを吸う姿が美しい。
一本欲しいな。
高校のときいたずらで吸ったけど、あれは美味しかったな。
どうして最近は吸ってなかったのかしら。
「響子様。私はいったい?」
「ああ、もうすんだわ。待ってて、今はずすから」
響子様は奥へ行ってスイッチを切る。
すぐに私の手足の戒めは解かれた。
私は立ち上がると手首をさすって痛みを和らげた。
「響子様、私はいったいどうしたんでしょう? 何か悪い夢を見ていたような気もしますけど」
「そうね。悪夢に浸っていたようなものね」
いたずらっぽく笑う響子様。
なんだかその笑顔はすごく貴重なものに思えるわ。
「タバコはどう?」
一本差し出される響子様。
「いただけるのですか? ありがとうございます」
私はひざまずいてタバコを受け取ると、響子様が差し出してくださったライターで火をつける。
「ゲフォ、ゴホ・・・」
なんてこと。
久しぶりだからむせちゃうなんて。
だらしないにもほどがあるわ。
「も、申し訳ありません響子様。せっかくいただいたタバコなのに」
「くすくす・・・すぐに慣れるわよ。美味しいでしょ?」
「はい、とっても。タバコ大好きですわ」
私はむせないように慎重にタバコを吸う。
肺の奥まで煙が流れ込みえもいわれぬ美味しさが広がる。
「ふう・・・美味しい」
「あそこの戸棚にあるから好きなだけ吸いなさい。それと、その野暮ったいスーツは脱ぎなさい」
「えっ? か、かしこまりました。直ちに」
私はタバコをいったん灰皿に置くと、すぐにスーツを脱ぎ始める。
おっしゃるとおりだわ。
こんなスーツを着ているなんて変だわ。
脱ぎ捨てなきゃ。
私は着ているものを脱ぎ捨てると、下着姿で響子様に向き直った。

「さあさあ下着も脱いで脱いで」
微笑みながら奥から紙袋を持ってくる響子様。
あう~・・・
下着も脱ぐなんて恥ずかしいな。
でも響子様の言いつけだわ。
従わなくちゃ。
私は覚悟を決めるとエイヤッとばかりにブラもショーツも脱ぎ捨てる。
生まれたままの姿になるのはいくらお言いつけでも恥ずかしい。
「ぬ、脱ぎました。これでいいでしょうか響子様?」
私はどうにか両手で胸と秘部を隠してひざまずく。
は、恥ずかしい・・・
「これを着なさい。これからのあなたにはふさわしい衣装だわ」
響子様が持ってきた紙袋を私に差し出す。
「これを・・・ですか?」
私は渡された紙袋の中を覗いてみる。
紙袋の中にはたたまれた衣装とブーツなどが入っていた。
私はそれを取り出して広げてみる。
「これは・・・」
私はびっくりした。
響子様より渡されたのはレオタード。
漆黒のレオタードだったのだ。
しかも胸のところには八本の脚を広げた蜘蛛の図案が白く染め抜かれている。
どうして蜘蛛なんか・・・
私は蜘蛛が苦手なのに・・・

「あら、蜘蛛は苦手だった? じゃあ、私の目を見なさい」
えっ?
私は言われるままに響子様の目を見つめる。
茶色の瞳が私を映し出していてとても綺麗。
「この衣装はあなたにふさわしいものよ。邪悪な女怪人“ミス・スパイダー”にね」
邪悪な女怪人ミス・スパイダー?
私はふと手にした漆黒のレオタードに目を落とす。
白く染め抜かれた蜘蛛がとても素敵。
そうよ・・・
そうだわ。
これこそが私が着るにふさわしい衣装よ。
この私、女怪人ミス・スパイダーがね。

私は早速レオタードを身につけると、黒い太ももまであるロングブーツを履き、ひじまでの長手袋に手を通す。
ぎゅっぎゅっと握ったり開いたりして手になじませると、まさに黒い蜘蛛になったようでいい気分。
蜘蛛って本当に素敵な生き物よね。
大好きだわ。
私の胸はそれほど大きいものではないけど、それでも白い蜘蛛の図案が私の胸に押し上げられてまるで私の胸を愛撫しているかのよう。
最高だわ。
そして私は最後に残った漆黒のマスクをかぶる。
このマスクの額には胸と同じく白い蜘蛛の図案が染め抜かれ、口元だけが覗く形。
これで私の顔は誰にも見られない。
まさに女怪人にはふさわしいわ。

「ふふふふふ・・・これであなたは邪悪な女怪人ミス・スパイダー」
響子様の言葉が私の心に染み込んで行く。
私は邪悪な女怪人ミス・スパイダー。
響子様のご命令ならどんなことでもいたしますわ。
それとも犯罪教授様とお呼びすべきなのかしら・・・

                    ******

警報機の音が闇に鳴り響く。
でも、もう遅い。
私は響子様お手製の伸縮式ワイヤーでビルの間を飛び渡る。
その姿はまるで蜘蛛が糸を使って別の場所に移る様を彷彿とさせるだろう。
それこそが私の得意技。
この私、ミス・スパイダーと呼ばれる所以だわ。
パトカーのサイレンの音が鳴り響く。
赤色回転灯の赤い光が瞬いている。
おろかな警察ども。
今頃来てもお前たちが目にするものは警備員の死体だけ。
価値ある宝石はすべて頂いたわ。
せいぜい何も残ってない痕跡を探ることね。
お前たちは響子様はおろか、私の足元にも及ばない連中。
悪あがきをして悔やむがいいわ。
それじゃあね。
私は敬愛する美しき響子様の元へ戻るべく、次のビルへ飛び移るのだった。

END

よければ拍手や感想くださいませー。
  1. 2008/05/04(日) 19:34:02|
  2. 犯罪教授響子様
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  4. | コメント:8

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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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