今年最初の更新は、「ホーリードール」の37回目です。
戦い済んで少しばかりの休息です。
37、
白い空間。
雲のような白いモヤが足元にたなびき、ゼーラが歩みを進めるごとに撒き上がる。
同じように白い台。
台というよりもふかふかのベッドのようだ。
寝かせられているのは赤と青の少女たち。
眠っているように目を瞑り、桜色の唇を閉じている。
ゼーラはそっと傍に行って胸をなでおろす。
損傷の度合いは軽くはない。
だが、充分に修復が可能なレベルだ。
せっかくのドールを廃棄する必要がないことに、ゼーラは心から安堵した。
白いドレスのまま片足をベッドの上に乗せる。
そしてそのまま覆いかぶさるように赤の少女の上に躰を移動させ、その可愛らしい顔を眺めている。
身じろぎもしない赤の少女。
最後の力を振り絞ってホーリードールサキを回収してくれた。
二人の闇の女を相手によく粘ってくれた。
左腕の損傷はすぐに直してあげる。
私の可愛いホーリード-ルアスミ。
ゼーラはそっと赤の少女の左腕を持ち上げる。
赤い手袋に覆われた華奢な細い腕。
その手の甲にそっと口付けをして、ゼーラは魔力を送り込む。
すぐに白い光がホーリード-ルアスミの左腕を覆い、損傷箇所を修復していく。
この程度の損傷ならば、一日もあれば問題はなくなるだろう。
ゼーラは笑みを浮かべてホーリード-ルアスミの髪を手で梳いた。
『一瞬にして校舎が倒壊するという信じられない事故が起きました。ごらんください。いまや子供たちの楽しい学び舎であった小学校は、完全に瓦礫の山と化しております』
画面の中で赤色回転灯が瞬いている。
多くの人間たちが右往左往するなか、レポーターだけが声を張り上げている。
『いったい何があったのか想像も付きません。倒壊する瞬間を見た者すらおりません。言える事は、学校が倒壊したという事実だけです』
先ほどまで自分たちがいた場所だ。
結界を解いた瞬間、倒壊した学校があらわになったのだ。
すぐに消防と警察が呼ばれ、あたりは大混乱に陥った。
今では近隣の駐屯地から自衛隊も呼ばれ、必死に救助活動が行なわれている。
瓦礫の中から一人でも生存者がいないかと懸命に行なわれているのだ。
「どれだけ生き残ったやら・・・」
TVに向かってポツリとつぶやくレディベータ。
生存者は少ないだろう。
ブラックパンサービーストが食い散らかしたうえ、どこかに隠れていたとしても、あの校舎の倒壊に巻き込まれたであろうから。
可能性があるとすれば、校舎の外に出た子達ぐらいか。
おそらくほんのわずかに過ぎないだろう。
何があったのかもわからないに違いない。
「倒壊か・・・光もやることが派手だわね」
スッとホットミルクのマグをレディベータの前に置くレディアルファ。
「あ、ありがとうございます、アルファお姉さま」
漆黒の手袋に包まれた手で温かいカップを取るレディベータ。
そのにこやかな表情に思わずレディアルファも笑みが浮かぶ。
『次々と子供たちの遺体が運び出されます。なんという光景でしょう・・・涙が止まりません。なぜこんなことになってしまったのでしょう・・・』
女性レポーターも嗚咽を漏らす。
自衛隊員が毛布をかけた担架を運び出していく。
周囲では両親たちが泣き崩れていた。
「アルファお姉さま・・・」
「なに?」
「デスルリカ様は?」
先ほどから姿が見えないことにレディベータは気になっていた。
またしても自分が勝手なことをしてしまったから・・・
前回といい、今回といい、どうして私は勝手なことばかりしてしまったのだろう。
デスルリカ様はきっと怒っているのではないだろうか。
だから顔を見せてくれないのではないだろうか。
レディベータはそれが気になっていたのだった。
「大いなる闇にお会いしているわ」
「えっ? 大いなる闇に?」
どういうことだろう。
この世界を闇に覆うことに関しては、デスルリカ様が行なわれることのはず。
その手足となって動くのが私たち闇の女の使命。
まさか・・・
「まさか・・・私のことで?」
「フッ、まさか。違うでしょ」
心配そうに顔を上げるレディベータに、レディアルファは鼻で笑い飛ばした。
おそらく光の手駒に対してのことだと思うのだ。
大いなる闇はいちいちレデイベータのことなど気にもしないだろう。
「心配しなくていいわよ。ベータは気にすることなどないの。今回だって光の手駒に充分ダメージを与えられたわ。デスルリカ様だってそう思っていらっしゃるわよ」
椅子の背後からレディベータを抱きしめるレディアルファ。
その温かさがレディベータはうれしかった。
躰の位置を入れ替える。
ホーリード-ルアスミに関してはこれでいい。
あとは青の少女、ホーリードールサキを修復しなくては。
内部損傷がやや激しい。
おそらく、いくつかの臓器は作り直さねばならないだろう。
だが・・・
ゼーラの顔には笑みが浮かぶ。
作り変えるのだ。
もともとの肉体から作り変えることで、ドールはどんどん彼女のものになる。
気に入ったドールは長く手元においておきたいもの。
今回はいい素材が手に入った。
どんどん好みに作り変えるのだ。
精神も肉体も彼女のものになるのだ。
今回はよかった。
間一髪で闇に触れられなかったのだ。
闇に触れられたドールなど汚らわしい。
それだけで興味がなくなる。
大事にしていればいるほど、闇に触れられたら嫌いになる。
闇の手駒になど触れられてたまるものか。
静かに横たわるホーリードールサキ。
その上半身をそっと抱き上げる。
可愛らしい少女。
その柔らかい唇に、ゼーラはそっと口付けをした。
- 2010/01/01(金) 21:10:40|
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今年の締めは「ホーリードール」です。
こちらも亀の歩みですが、楽しんでいただければうれしいです。
なんだかずるずると同じような展開になっているのが問題かも。
それではどうぞ。
36、
動かない左腕に魔力を込める。
痛みは遮断してあるから感じない。
だが、左腕は鉛のように重い。
持ち上げることができるだろうか・・・
ホーリード-ルアスミの左手がゆっくりと上がる。
その手の先には強い魔力が集中して来ている。
おそらくその魔力をぶつけてくる気であろう。
だが、それはおそらく牽制。
本命は右手の杖だろう。
でなければわざわざ損傷している左腕を使うはずがない。
左手の魔力を目くらましに発して、右手の杖で攻撃してくるに違いない。
でも・・・
その手は使い古されているわよ、明日美ちゃん。
デスルリカの口元に笑みが浮かぶ。
牽制の一撃をかわすのではなくあえて弾き、続く杖の一撃をかわしてやる。
そしてホーリード-ルアスミが次の行動に移る前に前後から挟撃する。
レディアルファには私の意図は伝わるはず。
ここでホーリード-ルアスミの動きを封じれば、光の手駒を二人とも手に入れることが可能になる。
デスルリカはそう考えていた。
「えっ?」
思わずデスルリカの声が洩れる。
ホーリード-ルアスミの左手からの魔力は、正面にいる彼女に向けられたものではなかったのだ。
グッと突き出されたホーリード-ルアスミの左手は、突然その指先が下に向けられると、そこから下に向けて魔力が放出されたのだ。
校舎に向かう青白い魔力の球。
「しまった! ベータ!」
デスルリカが校舎の屋上にいる闇の少女に声をかける。
すぐさまレディアルファが放たれた魔力に向けてヘルアクスを投げつける。
突然の呼びかけに差し伸べていた手が止まる。
声のほうを向いたレディベータに青白い魔力の球が迫る。
「クッ」
すぐに障壁を張ろうとするが、一瞬間に合わない。
だが、魔力球の激突する寸前に、レディアルファの投じたヘルアクスが魔力を切り裂いていく。
「きゃあぁぁぁぁっ!」
暴発した魔力が爆風のように広がり、レディベータの髪をなびかせる。
だが、直撃をまぬがれたことで、ダメージを受けることはなかった。
「ベータ!」
爆散する魔力が薄らいでいき、無事そうなレディベータと倒れたままのホーリードールサキの姿にホッとするデスルリカ。
まさかホーリード-ルアスミが自らの魔力をあちらに向けるとは・・・
だが、うかつはそれだけに終わらない。
魔力の爆散が収まりつつあるなか、そちらに気を取られたデスルリカとレディアルファの目の前で、ホーリード-ルアスミの杖が校舎の屋上に突き刺さる。
「えっ?」
魔力の爆散に目潰しをされていたレディベータの足元にひびが入っていく。
ホーリード-ルアスミの杖からすごい勢いで放射状にひびが広がっていくのだ。
ガラガラと轟音を立てて崩れ始める校舎の屋上。
すぐにレディベータの足元も崩れていく。
「アアッ」
突然のことにバランスを崩すレディベータ。
「ベータ!」
屋上の崩壊に巻き込まれそうになるレディベータに、たまらず飛び込んでいくデスルリカとレディアルファ。
屋上の崩壊は連鎖的に建物全体の崩壊につながっていき、ホーリードールサキの倒れている場所も崩れていく。
ホーリード-ルアスミは二人の闇の女の注意がそれたことを利用して、すぐにホーリードールサキの確保に向かう。
「デスルリカ様!」
崩壊する屋上からレディベータを助け上げたレディアルファが、ホーリードールサキを抱え込むホーリード-ルアスミを指し示す。
「クッ・・・紗希・・・」
一瞬で紗希を取り戻すチャンスを失ってしまったことにデスルリカは歯噛みする。
かと言って、レディベータをレディアルファだけに任せて、自分は紗希の元へということができなかったのも事実だった。
ホーリードールサキを右手で抱えあげ、そのまま光の中に消えていくホーリード-ルアスミ。
ホーリードールサキを確保した今、闇の女と対峙する必要はない。
完全に焼き尽くすことはできなかったものの、校舎と校舎内を浄化することは完了した。
いずれ闇の女とは闘わなくてはならないものの、今はホーリードールサキの回復が先。
ホーリード-ルアスミはそう判断したのだった。
「逃げられた・・・か・・・」
ふうと息を吐くデスルリカ。
せっかくのチャンスだったが致し方ない。
レディベータが無事だっただけでよしとしよう。
紗希を取り戻すチャンスはこれからもある。
光の手駒なんかにしておけないわ。
「デスルリカ様・・・」
「デスルリカ様・・・」
二人の闇の女がデスルリカを見ている。
その目は彼女に対する崇拝で満ちている。
二人は大事な仲間。
この二人が無事でよかった。
「二人が無事でよかったわ。さあ、引き揚げましょう。こんなところに長居は無用よ」
「「はい、デスルリカ様」」
二人はうれしそうに口をそろえて返事をするのだった。
これで今年の更新はおしまいです。
また来年よろしくお願いいたします。
- 2009/12/31(木) 20:08:16|
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昨日に引き続き「ホーリードール」の35回目です。
やっぱりこれは書いてて楽しい。
少しだけですが、それではどうぞ。
35、
「ドールサキ!」
すぐさま後を追おうとするホーリード-ルアスミ。
だが、その前にスッと躰を持っていくデスルリカ。
進路を阻まれたホーリード-ルアスミは宙で立ち止まるしかない。
「邪魔をするのですね?」
「ええ、当然でしょ。あの娘は私の大事な娘。光の手駒にしておくわけにはいかないわ」
すり抜けようとするホーリード-ルアスミの進路を阻むように身を動かしていくデスルリカ。
背後からはヘルアクスを構えたレディアルファがいつでも跳びかかれるように身構える。
それを承知しつつ、ホーリード-ルアスミは目の前の闇の女王を見据えていた。
ホーリード-ルアスミの魔力の庇護を失いその腕から滑り落ちたホーリードールサキ。
その躰はそのまま校舎の屋上に叩きつけられる。
「がふっ」
激しい衝撃がもろに伝わり、ホーリードールサキの口から血がたれた。
「えっ?」
少し離れた位置に落ちてきた青い光の手駒。
上空では駆けつけてくれたデスルリカとレディアルファが赤いほうの手駒を牽制している。
今ならば・・・
今ならばこの憎い光の手駒を除去できる。
今ならばこの手で・・・
ギュッとブラディサイズを握り締めるレディベータ。
その脚はゆっくりとホーリードールサキの倒れている場所に向けられた。
青ざめてぴくりとも動かないホーリードールサキ。
上空でのにらみ合いをよそに、レディベータはそのそばに歩み寄る。
口元からは血が一筋たれており、内部損傷が激しいことが見て取れた。
ギリ・・・
思わず歯を噛み締める。
目の前に転がっているのは光の手駒。
ブラックパンサービーストもドーベルマンビーストもこの光の手駒たちに消し去られた。
かつてこの娘が荒蒔紗希と言う名の友人であったことなどどうでもいい。
光の手駒のくせにデスルリカ様の心を独り占めしているのが赦せない。
憎い・・・
憎い憎い憎い・・・
デスルリカ様の寵愛を得るのは私とアルファお姉さまのはず。
どうして光の手駒がデスルリカ様に愛されなくてはならないのか?
そんなの赦せるはずがない。
振上げられるブラディサイズ。
漆黒の大鎌がきらりと光る。
これで終わり。
光の手駒に止めを刺す。
気持ちのいい闇の世界が広がるのだ。
光よ滅べ!
「可愛いベータ」
振り下ろされようとしたブラディサイズがぴたっと止まる。
思わずレディベータは顔を上げた。
「私の可愛いベータ。よくお聞きなさい」
視線をホーリード-ルアスミに据えたまま、デスルリカはレディベータに語りかける。
「デスルリカ様・・・」
振上げられたブラディサイズがゆっくりと降りる。
レディベータはただ次の言葉を待っていた。
「あなたの気持ちは私には痛いほど伝わってるわ。これが終わったらお話をしましょう。だから・・・だから今はその娘を傷つけないで。お願い」
「デスルリカ様・・・」
しばしうつむいてしまうレディベータ。
だが、彼女にはデスルリカの“お願い”を拒絶することはできなかった。
「・・・わかりました。デスルリカ様」
レディベータは顔を上げた。
「ありがとう、レディベータ。紗希のことをお願いね」
心よりの笑みを見せるデスルリカ。
彼女にとってもレディベータの気持ちはうれしいものなのだ。
だからできるだけいい方向に結び付けたかったのだ。
デスルリカの笑みにレディアルファもホッとする。
妹とも思うレディベータの思いがデスルリカに伝わったのだ。
それが何よりうれしかった。
レディベータにとってもデスルリカの笑みは格別のものだ。
屋上のこの位置からでははっきりとは見えないものの、それでもデスルリカが笑顔を見せてくれたことはわかっていた。
ならばそれでいいと思う。
デスルリカ様が自分たちに笑ってくれるなら、それでいいのだ。
光の手駒のことを考えるのは今はやめよう。
今はただ、デスルリカ様の言うとおりにこの青い少女を確保するのだ。
レディベータはブラディサイズを消滅させ、そっとホーリードールサキのそばにかがみこんだ。
動けなかった。
左腕の痛みは遮断した。
杖を振るには問題あるが、どのみち杖は右手で振る。
左腕が使えない程度は戦闘力の20%減にも満たないだろう。
だが、ホーリード-ルアスミは動けなかった。
正面にいる闇の女王が動きを封じているのだ。
視線をはずしてホーリードールサキの状況を確認することさえ困難だった。
このまま対峙しているわけには行かないが、かといって動きを見せれば対応される。
まして背後にはもう一体の闇の女がいる。
ホーリード-ルアスミは動くことができなかった。
そっと手を伸ばすレディベータ。
黒いエナメルのロンググローブを嵌めた手がホーリードールサキの躰を抱き起こそうと近づいていく。
先ほどまで憎んでいた少女だが、なぜだか今はそれほどの憎しみは感じない。
このまま屋上に寝かせておくのはよくないだろう。
確保をかねて抱きかかえてやろうとレディベータは思っていた。
「触るな!」
地に響くような重々しい声が白い空間に広がっていく。
肘掛を掴んだ指が震えている。
組んだ脚を解き、腰を浮かせて宙をにらむ。
それはまさに彼女にとってはあってはならないことだった。
「触るな!!」
再び叫ぶゼーラ。
できることなら今すぐにでも飛び出していきたい。
そして大事なドールを奪い返すのだ。
だが、それはできない。
ここから出ることはできない。
この白い空間で、彼女はただ叫ぶしかできないのだ。
闇の女の手が伸びる。
動けないままの青いドール。
内部損傷のせいか呼び戻すこともできない。
綺麗な綺麗な青いドール。
赤と青の一セット。
大事に大事に育ててきたのに。
闇に触られるなんて考えただけでもおぞましい。
「触るな! それは私のものだ。私のドールだ。誰のものでもない私のドールだ。闇なんかが触るなーーーー!!」
ゼーラは気も狂わんばかりに絶叫した。
- 2009/09/12(土) 21:52:49|
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180万ヒット記念というにはおこがましいのですが、「ホーリードール」を少しだけ書きましたので投下します。
短いですけどお楽しみいただければと思います。
34、
すさまじい冷気が吹きすさぶ。
周囲のあらゆる物を凍らせる強力な冷気だ。
とはいえ魔力同士のぶつけ合いなら引けは取らない。
レディベータは闇の抱擁を展開し、向かってくるホーリード-ルアスミの魔力を受け止める。
だが、魔力と魔力のぶつかり合いが一瞬視界をさえぎり、レディベータの目をくらませた。
「しまっ」
思わず口にするレディベータ。
本来なら吸収されてしまう光の魔力だが、ホーリード-ルアスミはレディベータが闇の抱擁を使うのを見越して、手前で魔力を広げたのだ。
それに伴い闇の抱擁も光の魔力を吸収しようと広がったため、一時的にレディベータの前に闇が広がってしまったのだ。
闇の女であるレディベータに取り、自ら広げた魔力の闇など視界をさえぎったりはしないのだが、光の魔力が広がり、それを覆うように闇が広がったことで闇と光が重なり合ってしまった。
そのためレディベータの視界が奪われたのだった。
それは一瞬のことだったろう。
光の魔力の広がりに反応した闇の抱擁が、光の魔力を食い尽くすのにそんなに時間はかからない。
だからレディベータの視界をさえぎったのはほんの一瞬に過ぎなかったはずだった。
だが、その一瞬をホーリード-ルアスミは狙っていた。
闇の女といえども、目を通して認識していたものを見失えば、五感をフル活用して気配を探るまでにはタイムラグが生じる。
その一瞬があればホーリード-ルアスミには充分だった。
見失った相手を探すには人間はまず首を左右に振る。
自分と同じ高さで視界外を探すのだ。
それはそうだろう。
相手の高さが変わっているとは普通考えない。
確かにこういった校舎の屋上なら左右ともしかしたら下を見るかもしれない。
だが、上を見ることはおそらく最後になるだろう。
ホーリード-ルアスミは高くジャンプしていた。
動けなくなったホーリードールサキを左手で抱え、校舎の上空にジャンプしていたのだ。
レディベータの視界を奪った一瞬。
その一瞬だけで充分だった。
スッと右手の杖が下を向く。
校舎の屋上に向けられる。
無表情の顔は、ただ次につむぐべき言葉をつぶやくだけ。
それで今回は終わりになる。
闇が広がった建物を焼き尽くし浄化する。
闇の女は倒せないかもしれないが、それは今後のこと。
今は動かなくなってしまったホーリードールサキをゼーラ様の元へ届けなくてはならない。
ホーリード-ルアスミは呪文を唱えるためにさくらんぼのような唇をそっと開いた。
「コロ・・・えっ?」
最後までつむげなかった言葉。
杖から魔力が放たれることはなく、一瞬ホーリード-ルアスミは何が起こったのかわからなかった。
こんと軽くはじかれた杖。
校舎を向いていた先端が宙を向く。
はじきあげたのは槍。
いや、槍の側面に小さな斧が付いている。
西洋の長柄武器ハルバード。
なぜそんなものがここにあるのか?
ホーリード-ルアスミはその持ち主に目をやった。
「おば・・・さま?」
無表情だったホーリード-ルアスミの目に光が戻る。
ホーリード-ルアスミの前に浮かんでいたのは、漆黒の衣装をまとった荒蒔留理香だったのだ。
「やっぱり明日美ちゃんも・・・」
デスルリカの表情が曇る。
わかってはいたことなのに、目の前で現実を見せ付けられると心が痛む。
紗希の友人として、いや、紗希の姉妹同様に感じていて、いずれは大いなる闇の元へといざなうつもりだった少女。
だが、その少女は光の赤いコスチュームを身にまとっていた。
「明日美ちゃん・・・私と来て。悪いようにはしないわ」
デスハルバードを左手で持ち、スッと右手を差し伸べるデスルリカ。
一縷の望みではあったが、デスルリカはそうしないではいられなかったのだ。
だが、突然デスルリカが現れたことで驚愕の表情を浮かべていたホーリード-ルアスミの表情がすぐに失われていく。
「明日美ちゃん・・・」
デスルリカは残念そうに目を閉じた。
「闇は浄化しなければ・・・」
無表情で杖を持ち上げるホーリード-ルアスミ。
その先端がデスルリカに向いたとき、デスルリカは目を開けた。
「レディアルファ!」
デスルリカの声とともに空気が切り裂かれる。
背後からの重たい一撃に、思わず身をよじってかわすホーリード-ルアスミ。
巨大な斧が脇をかすめていく。
レディアルファのヘルアクスが宙を薙いだのだ。
かろうじてその刃先をかわしたホーリード-ルアスミは、デスルリカに対する警戒がおろそかになる。
デスルリカはそのときを見逃さなかった。
「えっ?」
ホーリード-ルアスミの左腕に鈍い痛みが走る。
デスルリカの持つデスハルバードの穂先がホーリード-ルアスミの左腕に突き刺さったのだ。
腕の痛みが筋肉の力を失わせてしまう。
左腕で抱えていたホーリードールサキの躰がするりと抜けていく。
「ドールサキ!」
ホーリード-ルアスミの叫びもむなしく、ホーリードールサキは校舎の屋上に落ちていった。
- 2009/09/11(金) 21:44:49|
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「ホーリードール」の33回目です。
それではどうぞ。
33、
『ドールサキ! 答えて!』
んあ?
あれ?
なんだろ・・・
お腹が痛いよ・・・
悪いものでも食べたかな・・・
私また食べ過ぎちゃったかな・・・
でも、目が開かないよ・・・
明日美ちゃんの声が聞こえるのに・・・
明日美ちゃんの顔が見えないよ・・・
「ドールサキ! 損傷度を明示してください。ドールサキ!」
動かなくなってしまったホーリードールサキに呼びかけるホーリード-ルアスミ。
無論、戦闘中であるために視線は闇の女からはずさない。
だが、ホーリードールサキからの答えが無いのだ。
外見からの損傷度はせいぜいがCランク。
ならば戦闘にそれほど差し支えるはずが無い。
内部損傷が激しいのかもしれない。
だとしたらホーリードールサキは一時的損傷ではなく、この戦闘中の回復は見込めないかもしれない。
ホーリード-ルアスミはホーリードールサキへの呼びかけをやめ、闇の女との戦いに集中することにした。
手ごたえは確実にあった。
ブラックパンサービーストが命を賭けて掴んだ光の手駒の一瞬の隙。
その隙にレディベータは思い切り破壊の魔力を叩き込んだのだ。
死んだってかまわない。
ううん・・・
むしろ死んでほしい。
こいつさえいなければ・・・
残念ながら願いは叶わなかったようだ。
でも、どうやら動けなくなったらしい。
好都合だわ。
後はもう一体の光の手駒を除去すれば・・・
レディベータは立ち上がり、ブラディサイズを構えなおした。
「だめだわ・・・どうやっても結界がはずれない・・・」
何度目かの切り込みを行なった後で、再度ビルの屋上に舞い戻る。
肩で息をするレディアルファ。
何度も魔力を集中してヘルアクスを振ったため、魔力の消耗が激しいのだ。
このままでは上手く結界を抜けられても、戦闘の役に立てないかもしれない。
「こうしている間にもベータが・・・」
レディアルファは唇を噛んだ。
「レディアルファ」
ストッと言う足音がして、レディアルファの脇に黒い人影が降り立った。
「デスルリカ様」
降り立った人影がデスルリカであることを確認し、思わず表情がほころぶレディアルファ。
「結界はまだ破れないの? そんなに強力なの?」
心配そうにレディアルファの様子をうかがうデスルリカ。
黒エナメルのボンデージレオタードを身にまとい、太ももまでのロングブーツと二の腕までの長さのロンググローブを身につけ、背中には黒マントがなびいている。
ねじれた角のサークレットを頭に嵌めたその姿は、まさに闇の女王と言ってもよい姿だ。
「はい・・・それがまだ・・・」
首を振るレディアルファ。
ビルの屋上にいる二人の前には、小学校が何事も無いように眼下に広がっている。
そこで光と闇の戦闘が行なわれているとは思えない。
強力な結界が、外部と内部を遮断しているのだ。
だが、それほどまでに強力な結界を光が張れるとは・・・
「わかったわ。私がやってみます」
デスルリカはすっと右手を上げ、デスハルバードを呼び出した。
一つの柄に槍の穂先と斧の刃がついている実用的な武器。
漆黒に輝くそれはまさに闇の武器にふさわしい。
デスルリカは、漆黒のハルバードをスッと構え、そのままジャンプして切り込んだ。
「チッ」
舌打ちするゼーラ。
闇の女も案外諦めが早いわね。
早々に大いなる闇の代理を呼び寄せるとは・・・
「まずいじゃないの・・・」
頬杖をやめ、左手の親指の爪を噛む。
サキは損傷を受けて動けなくなっているし、アスミ一人では荷が重い。
負けるとは思わないが、ここで二体のドールと引き換えにするには割が合わない。
せっかくベストに調整したドールだ。
まだまだ役に立ってもらわねば・・・
それに・・・
ゼーラは腕を一振りして結界をはずす。
彼女自身が結界を張ったと闇の代理に知られるわけにはいかない。
「いまいましいわね。せめてあの場を焼き尽くさないと・・・」
腹の虫が収まらない。
「まあ・・・いいわ」
闇に触れた人間どもが全て浄化される。
大人も子供も闇に触れたものは聖なる炎で焼かれるのだ。
そいつらの悲鳴を聞けば、少しは心が落ち着くだろう。
「えっ?」
空中でどうにかバランスを取り、そのまま校庭に着地する。
強力な結界ということで、デスハルバードに充分すぎるほどの魔力を込めて振り下ろしたのだ。
だが、デスハルバードは何も切り裂くことはなかった。
デスハルバードが結界に勝ったのではない。
そこには何もなかったのだ。
あったのはレディベータが張り巡らした結界。
これは闇の女であるデスルリカやレディアルファを押し留めるものではない。
なので、デスルリカはそのまま小学校の敷地内に入れたのだ。
「結界を・・・消した?」
スッと立ち上がるデスルリカ。
すぐさまその脇にレディアルファが舞い降りる。
「嘘・・・あんなに強力だった結界が・・・」
彼女にも結界がいきなり消えたのがわかったのだ。
だが、その理由がわからない。
光にとって結界の意味がなくなった?
そこまで考えてデスルリカとレディアルファが息を飲む。
それはすなわち、レディベータの敗北を意味するのではないだろうか。
「レディベータ!」
「ベータ!」
デスルリカとレディアルファは、急いで校舎に向かうのだった。
この場を浄化する。
それがゼーラ様よりの指示。
ホーリード-ルアスミはホーリードールサキを確保するべく闇の女と対峙する。
動作不能となっているホーリードールサキをこの場より遠ざけ、ここを浄化しなくてはならない。
そのためには・・・
「フリーズクラッシュ!」
ホーリード-ルアスミの杖が魔法陣を描き、強烈な冷気が噴き出した。
- 2009/07/15(水) 21:21:51|
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「ホーリードール」も五日連続更新となりました。
今日は32回目です。
それではどうぞ。
32、
青白い光に赤い稲妻が走る。
漆黒の刃が青い細身の剣と触れ合い、干渉しあった影響だ。
鎌と剣を引き、跳び退ってにらみ合うレディベータとホーリードールサキ。
「邪魔なのよ・・・」
ブラディサイズを振り上げる。
巨大な鎌なのに、その重さを少しも感じさせてない。
「あんたは邪魔なのよ!!」
そのままホーリードールサキに向かって飛び掛る。
黒と青の軌跡が交差し、火花を散らす。
決着は容易にはつきそうにない。
「ガアッ!!」
うなりを上げて飛び込むブラックパンサービースト。
だが、またしてもほんのちょっとの差でかわされる。
これでもう何度目の跳躍だろう。
今度こそと思うたびに、鋭い牙が宙を噛む。
おかしい・・・
おかしいおかしいおかしい・・・
何かがおかしい。
どうしても噛み付けない。
噛み付くことさえできれば・・・
噛み付くことさえできれば、あんな小娘などは一撃なのに・・・
廊下を逃げ回った子供たち。
恐怖の表情でこっちを見ていた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになりながら、必死に逃げ回っていく。
だが、無駄なこと。
追い詰めて引き裂いて噛み殺す。
まさに最高の瞬間だった。
これこそが求めていたもの。
なんてすばらしい世界。
なのに・・・
なのになぜ?
なぜこの赤い小娘には噛み付けぬ?
いったいなぜ?
焦り。
苛立ち。
いまいましさ。
憎しみ。
手に取るように伝わってくる。
ビーストの内なる感情が漏れ出しているのだ。
無様ですわ・・・
ホーリード-ルアスミはそう思う。
むき出しの感情など無意味なもの。
そのようなものを撒き散らしたとしても、結果が変わるわけではない。
むしろ、相手に読まれることで行動の選択肢を狭めてしまう。
現に今のビーストには行動の余裕がすでにない。
隙をうかがうとか、背後に回るとか、そういうことすらできはしない。
とにかくこちらに噛み付くことのみ。
それしか考えられなくなっているのだ。
「まったく・・・無様ですわ」
ホーリード-ルアスミは可愛らしいピンク色の唇を動かし、そうつぶやいた。
白い光が飛び散る。
どろりとした感触が腕に伝わってくる。
まるで固まりかけのゼリーでも切ったかのよう・・・
しかも、切った先からより厚く固まってしまう。
これほどまでの魔力をヘルアクスに注ぎ込んでも切り裂けないとは。
光の結界を甘く見ていたのかもしれない。
光の手駒をおびき寄せて捕らえるつもりが・・・
罠にかかったのはもしかしたらこちらなのかも・・・
その思いにレディアルファの背筋が凍りつく。
一刻も早くレディベータに合流しなくては・・・
レディアルファの焦りをよそに、時間だけが過ぎていく。
「うふふふふ・・・」
白いドレスのすそから覗くすらりとした白い脚。
その脚を挑発的に組み、肘掛にひじをついて頬杖をする女。
その顔には酷薄そうな笑みが浮かび、自らの行いに満足する。
「悪いわね。その結界はお前ごときでは破れないわ。私自らが張ったものですもの。闇の女ごときに破れるものですか」
彼女の視線の先には何もない。
だが、彼女はしっかりと事の成り行きを見つめていた。
これは違反行為。
行なってはいけないこと。
だがかまうものではない。
闇を滅するのだ。
可愛いドールたちに少々手助けしたとして、いったい何が悪いという。
「ばれなきゃいいのよ・・・」
ゼーラの赤く塗られた唇がそうつぶやいた。
何度目かの火花を散らして跳び退る。
この闇の女は強い。
大鎌を振り回すだけじゃなく、的確なところで魔法を撃ち込んでくる。
そのたびに体勢を合わせてはじき返し、逆にいくつかの魔力をこちらも撃ち込んだ。
だが、かわされる。
強い。
ビーストなど比べ物にならない。
だが、倒す。
闇は駆逐する。
光は闇を打ち払う。
レイピアを構えなおし、ホーリードールサキは一回呼吸を整えた。
ようやくですわね・・・
スッと杖の先を床に向ける。
力を抜いて緊張をほぐす。
次の動きに備えるのだ。
向こうの動きに対応するため、ぎりぎりまで動きを止める。
いらついたビーストがこの時を逃すことはありえない。
そのために何度となくかわして挑発したのだ。
「来てもいいですわ」
ホーリード-ルアスミは小さく微笑んだ。
標的の動きが止まる。
小刻みに動き回っていた標的がようやく止まった。
闇の女の指示も来た。
逃さない。
このチャンスは逃さない。
お前の命もここまでよ!
全身をバネのようにはじけさせ、ブラックパンサービーストは跳びかかった。
正面から跳び込んでくるビースト。
予想通りの軌跡を描く。
これで終わり。
ホーリード-ルアスミは杖を持ち上げて空中に円を書く。
円が魔法陣になれば、ビーストは浄化される。
「ライトニング!!」
空中に浮かんだ魔法陣から、青白い稲妻が放たれた。
「もらった!!」
再度ブラディサイズを振り下ろすレディベータ。
もとより当たることは期待しない。
これは牽制。
次に魔法をぶつけ合うのもわかっているはず。
でもね。
あっちの戦い自体をダミーにしちゃったことには気付いてないでしょ。
ビーストは単純。
だからこそ御しやすい。
激しい戦いの中でも、主人の命令を無視するようにはできていないのよ。
「えっ?」
予測がずれた。
ビーストを直撃するはずの稲妻がフェンスを直撃する。
しなやかな躰を思い切り伸ばしたビーストが頭の上を飛び越える。
その行き先は・・・
「ドールサキ!」
ホーリード-ルアスミは警告の叫びを発していた。
大鎌の刃をレイピアで受け流す。
そしてそのまま左手に魔力を込め、相手の出方を待ち受ける。
何度も繰り返される動き。
だが、今回は違っていた。
背後から急速に迫る闇の気配。
思わず反射的に左手の魔力を撃ち放つ。
青い光が漆黒の獣を直撃し、その勢いを押し殺す。
だが、漆黒の獣は止まらない。
片目をつぶされ、鼻を砕かれても止まらない。
ホーリードールサキはレイピアを構えなおす。
しかし、それこそが闇の狙いだった。
ズシンという衝撃。
腹部に熱いものが走る。
「ぐ・・・」
何?
今のは何?
損傷損傷損傷。
破損破損破損。
ダメージダメージダメージ。
頭の中で警告が走り回る。
あ・・・れ?
ここは・・・どこ?
私は・・・何を?
どさっと言う音と衝撃が響いてくる。
あれ?
私・・・倒れちゃった?
なんでだろう・・・
何か・・・変だよ・・・
「ライトニング!!」
ホーリード-ルアスミの杖が空中に魔法陣を描き出し、稲妻が走り出す。
「グギャァッ!」
頭にダメージを受けたブラックパンサービーストに、その稲妻を避ける力はもうなかった。
断末魔の叫び声を上げ、電撃に焼かれるブラックパンサービースト。
そのまま倒れて動かなくなる。
「ブラックパンサービースト!」
ホーリードールサキの一瞬の隙をつき、闇の牙を叩き込んだレディベータが思わずビーストに駆け寄る。
相手の隙を作ってくれた大事な手駒だ。
最後までおとりの仕事は果たしてくれたのだ。
レディベータは半ば焼け焦げた女性教師の遺体にしゃがみこみ、見開いたその目をそっと閉じさせた。
- 2009/07/12(日) 22:19:55|
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「ホーリードール」の31回目です。
楽しんでいただければ幸いです。
それではどうぞ。
31、
まるで爆発でもしたかのように、鉄の扉が吹き飛んだ。
紙切れのように宙を舞う鉄の扉。
「グアウッ!」
そのすぐあとから黒い影がうなり声を上げて飛び出してくる。
「ビースト!」
「動きが速いですわ。対応を間違えないで」
「言われなくても!」
青い少女がレイピアを持って黒い影に飛び掛る。
すぐさま赤い少女は杖で空中になぞり、その残像で魔法陣を形作る。
「フリーズクラッシュ!!」
空中に現れた魔法陣から強烈な冷気が噴出し、一直線に全てのものを凍らせる。
ビーストの軌跡が重なり合えば、動きを止めるには充分だ。
もし重ならなくても、それはそれで進路を制限し、ホーリードールサキのレイピアが命中しやすくなる。
ホーリード-ルアスミはそこまで読んで放ったのだった。
「闇の抱擁!」
叫び声と同時に漆黒の闇の塊がフリーズクラッシュの進路を阻み、冷気を全て吸収する。
闇による魔力の吸収だ。
「闇の女!」
扉の吹き飛んだ階段室に目をやるホーリード-ルアスミ。
“闇の抱擁”を使えるのは、闇の女をおいて他にはいないはず。
ビーストよりもまず対処するべき相手だった。
はたして階段室の入り口には、漆黒のレオタードとロンググローブを身につけ、それにニーハイブーツを履いて手には巨大な鎌を持つ闇の女が立っていた。
「やはりあなたですか。闇をまといし闇の女よ、聖なる光で浄化して差し上げます」
スッと杖を構えるホーリード-ルアスミ。
「うふふ・・・それはどうかしらね光の手駒さん。私たちは簡単に消されるほど弱い闇では無いわよ」
こちらもブラディサイズを構えるレディベータ。
おそらくブラックパンサービーストはもう一人の手駒を充分に引き付けてくれるはず。
魔法を主体とするこの女なら、それほど恐れることはない。
「闇は光の前に消え去るのみ。コロナ!」
ホーリード-ルアスミの杖が動き、レディベータの足元から火柱が立ち昇る。
だが、その動きは見切られており、レディベータの姿はすでにそこにない。
「甘いわ! 今度はこっちよ! ブラディサイズ!」
火柱を避けるための跳躍をそのままホーリード-ルアスミに向けての攻撃に転化するレディベータ。
漆黒の刃がホーリード-ルアスミの胸目がけて振り下ろされる。
「シールド!」
青白い光がホーリード-ルアスミの前に展開し、ブラディサイズを受け止める。
漆黒の刃がシールドと干渉して火花を散らし、その衝撃でレディベータは跳び退った。
「くっ」
再びブラディサイズを構えなおすその瞬間。
レディベータはまたしても床に転がって回避する。
肩口までの髪が風に舞い、その一部が切り取られた。
「ドールサキ」
「闇の女を確認。ビーストより優先浄化する」
レディベータの髪を一筋切り裂いたレイピアが青く輝く。
ブラックパンサービーストとの戦いを一時回避してホーリード-ルアスミの元へ駆けつけたのだ。
「やって・・・くれる・・・」
すばやく立ち上がり、ギリと唇を噛み締めるレディベータ。
その目は怒りに燃えている。
「気に入らないのよ、光の手駒。どうしてあんたがデスルリカ様の娘なわけ? どうして光の手駒なんかやっているわけ?」
隙をうかがっているブラックパンサービーストを背後に回らせ、自らは正面から光の手駒をにらみつける。
その目は赤い少女には向けられていない。
自分の全てを捧げる人の娘である青い少女に向けられていた。
「ドールアスミ、援護を。正面の闇の女は私が浄化する」
「わかりましたわドールサキ。存分に」
すいっと一歩下がるホーリード-ルアスミ。
力と力のぶつかり合いなら、ホーリードールサキのほうが適している。
それにしても・・・
あの闇の女は何を言っているのだろう・・・
「でぇぇぇぇぇーい!!」
大鎌を振上げて突進するレディベータ。
呼応するかのようにホーリードールサキもレイピアをかざして飛び掛る。
キンという甲高い音が響き、細身のレイピアが巨大な鎌の刃をはじく。
だが、それはレディベータの読んでいたこと。
ブラディサイズを受け流されるままにして、左手に魔力を込めて撃ち放つ。
「きゃんっ」
腹部に衝撃を受け、思わず声を上げてしまうホーリードールサキ。
そのまま返す刃を首筋目がけて叩き込む。
しかし、今度もホーリードールサキのレイピアが刃を受け止め、反動を使って後ろに跳び退る。
一瞬正面からにらみ合う二人の少女。
わずか数日前まで仲のよかった二人の姿はそこにはない。
「グアゥッ!!」
赤い少女に飛び掛るブラックパンサービースト。
その持てる全ての力でこの少女を屠るのだ。
それが命じられたこと。
闇の命令は絶対。
先ほどまでの昂揚感を維持したまま、目の前の赤い少女を食い殺すことだけが彼女の使命だった。
援護をしなくてはなりませんのに・・・邪魔ですわ・・・
ホーリード-ルアスミはわずらわしそうに跳びかかってくるビーストに眼をやった。
肉食獣を元にしたビーストの動きはすごく俊敏。
おそらくこれまで浄化したビーストのいずれよりも動きは速い。
だけど・・・
所詮はビースト。
闇の女との戦いに比べればたやすいもの。
ホーリード-ルアスミは跳びかかってきたビーストをわずかな動きでかわしてみせる。
ビーストは単純。
闇によって心の闇を引き出された人間に過ぎない。
その思考力も極端に落ち、ほぼ本能に突き動かされているだけの文字通りの獣だ。
ならば・・・
こうして挑発するような動きを見せれば、ビーストは頭に血を上らせる。
より無駄のない動きでこちらを襲ってくるだろう。
それは非常に読みやすい動き。
ホーリード-ルアスミはそれを待っていた。
「そ、そんな・・・」
予想しなかった事態にその端麗な顔が苦悩に歪む。
滑らかな薄い膜をまとったかのような、全身を漆黒のタイツで覆った女性が、小学校近くのビルの屋上に降り立った。
ピンヒールと言ってもよいほどのハイヒールのブーツがかつんと音を立てる。
本来ならこんなところに降り立つはずではなかった。
レディベータをカバーするために、小学校の屋上に降り立つはずだったのだ。
だが、それは叶わない。
結界によってはじかれたのだ。
小学校を覆う結界はレディベータが張ったもの。
闇が張った結界を闇が通り抜けることに何も問題は無い。
光の手駒たちは無理やり力ずくで結界を切り裂いたようだけど、レディアルファが入るのにはそんなことをする必要はないのだ。
なのに結界は彼女をはじいた。
考えられる理由はただ一つ。
「光も結界を張ったのか・・・」
レディアルファは唇を噛んだ。
「ヘルアクス」
闇が渦巻いて彼女の手元に巨大な斧が現れる。
「デスルリカ様。レディベータが光の結界に捕らわれました。すぐに取り返しに行きます」
ヘルアクスを構え、小学校を覆う光の結界を破りに行くのだ。
『レディアルファ、待ちなさい! 私もすぐに行き・・・』
「ベータ、今行くわ。待っててね。てぇーーーい!!」
レディアルファは小学校目がけてジャンプした。
- 2009/07/11(土) 21:50:02|
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三日連続となります「ホーリードール」の30回目をお送りします。
それではどうぞ。
30、
床に点々と血の跡をつけながら、次々と子供たちを襲うブラックパンサービースト。
黒い影が通った後には、真っ赤な地獄が広がっている。
食うためではない。
楽しいのだ。
恐怖に逃げ惑う獲物をいたぶるのが楽しいのだ。
興奮は肉体を極限まで駆り立てる。
それに応えてくれる強靭な肉体。
こんな楽しいことはほかにない。
ブラックパンサービーストは歓喜のうなりを上げて走り回っていた。
「あーあ・・・はしゃいじゃって。楽しそうだこと。でも、これで光の手駒がここへ来るのは間違い無いわね」
血に濡れた床をブーツで踏みしめるレディベータ。
すでにこの学校には結界を張ってある。
どんなに悲鳴が上がろうと、外に漏れる気配はない。
『あらあら、ベータったら。ちょっとやりすぎじゃないの?』
「アルファお姉さま?」
脳裏に響いてきた声にベータは思わず声を出す。
「だって、荒蒔紗希も浅葉明日美も学校に来てなかったんです。どうせおびき寄せなくちゃならないんなら、早い方がいいと思って・・・」
ちょっと口を尖らせて言い訳じみたことを言ってしまう。
『勘違いしないで、ベータ。とがめているんじゃないの。暴れまわることに夢中で警戒がおろそかになっているということなの』
「えっ?」
驚くレディベータ。
結界にはまだ何の反応も・・・
ズシンとした感触が躰を走る。
来た・・・
結界の一部が破損したのだ。
そのことはすぐにレディベータには感じられた。
どうやら光の手駒は、力任せに結界をこじ開けたらしい。
「来ました。奴らが来ました、アルファお姉さま」
『こちらでも確認したわ。すぐに行きます。油断しないで』
「はい、大丈夫です。アルファお姉さま」
そう言って両手を前にかざすレディベータ。
すぐに闇が渦を巻き、大きな長柄の鎌が現れる。
それをしっかり握り締めると、レディベータはぺろりと唇をひと舐めした。
午前中の小学校の校門前。
何人かの人々がふと足を止める。
どこからか現れた二人の少女が立っていたのだ。
おそらくその小学校に通っているであろうぐらいの少女たち。
一人はショートカットの髪をして青いミニスカート型のコスチュームを身にまとい、手には鋭い細身の剣が握られている。
もう一人は背中に達する長い髪に赤いミニスカート型のコスチュームを着て、手には杖のようなものを持っている。
その二人の姿があまりにも学校の校門前という状況に似つかわしくなくて、人々は思わず足を止めたのだった。
「行くよドールアスミ」
「ええ、闇が広がりつつあります。浄化しなければ」
二人は顔を見合わせ、うなずきあう。
そしていきなり青いコスチュームの少女が校門前を切り裂いた。
それは妙な光景だった。
青い少女はいきなり何もない空間を切り裂いた。
だが、X字に切られた空間は、確かに切れ目を生じたのだ。
そしてその切れ目を二人の少女は通り抜け、かき消すように消えてしまう。
何もない空間に消えてしまったのだ。
驚いた数人が駆け寄ったが、そこには何もなく、ただ静かに小学校へ通じる道があるだけだった。
小さく聞こえてくる悲鳴。
かすかに漂ってくる血の匂い。
結界に入ったとたん、二人はそれを感じ取った。
「まだ生き残りが大勢いるようですわね」
「うん。闇と接触してないといいけど・・・」
「無駄ですわドールサキ。すでにここは汚染されました。焼き尽くすのが賢明かと」
「そうだね。闇に触れたものは浄化するしかない」
ゆっくりと校舎に近づいていく二人のホーリードール。
彼女たちが気にかけているのは、生存者が少なくなってしまうことではない。
闇の攻撃を受けて戦闘不能になり、結果的に闇の侵食を食い止められなくなることなのだ。
だから、神経を張り巡らして接近する。
いつどこで攻撃を受けるかわからない。
闇は狡猾だ。
あの悲鳴も血の匂いもおとりで無いとは言い切れない。
「うるさい悲鳴ですわね。いっそ誰もいなくなってくれるといいんですけど・・・」
「でも、悲鳴のところにビーストがいると思う。一気に突入しようか」
今にも飛び出しそうな青い少女に赤い少女は首を振る。
「危険ですわ。この結界はビーストごときに張れるものではありません。闇の女が一人いるはずです」
「闇の女!」
グッとレイピアを握り締めるホーリードールサキ。
前回の戦いを思い出したのだ。
今度は逃がさない。
闇は浄化しなくては・・・
「闇の女の所在を確認するのが先です。ビーストごときはいつでも浄化できます。それにおあつらえ向きに闇がここに結界を張っていますから、ここから闇が漏れることもありません」
「そうだね、ドールアスミ。ビーストはたやすい」
「屋上へ上がりましょう。そこから闇の女を・・・」
「OK。それじゃ行くよ」
タンと地面を蹴る二人。
そのまま校舎の屋上までジャンプする。
普段は危険防止のために立ち入り禁止になっている屋上。
そのフェンスに囲まれている屋上に少女たちは降り立った。
「屋上か・・・」
思わず天井を見上げるレディベータ。
すでに廊下に動く影はない。
一階はほぼ全滅したのだ。
百人ほどいたはずの人間が、今はもう一人もいない。
悲鳴の中心はいまや二階に移っている。
玄関や窓から外に出ることができた子も少しはいるだろう。
だが、そんなのはどうでもいい。
ブラックパンサービーストは光の手駒をおびき寄せるという使命をちゃんと果たしたのだから。
あとは・・・
レディベータはブラディサイズをぎゅっと握り締める。
「ブラックパンサービースト! 屋上へ行きなさい! お楽しみはそこまでよ!」
「グアウッ!」
二階でうなり声が上がったのを、レディベータの耳は聞き取った。
屋上にある階段室の入り口。
そこを開ければ階段があって下に下りることができる。
でも、普段はかたく施錠され、屋上への出入りはできはしない。
扉自体も頑丈な鉄の扉だ。
だが、その鉄の扉の向こうからじんわりと闇が漏れてくる。
闇が近づいてきている証拠だ。
どうやら向こうから来てくれるらしい。
二人のホーリードールは無言で左右に展開する。
ただ闇を駆逐する。
その目的のためだけに・・・
- 2009/07/10(金) 21:56:04|
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夕べに引き続き「ホーリードール」の29回目です。
お楽しみいただければ幸いです。
29、
甘い液体が喉の奥に滑り込む。
あ・・・
その瞬間、百合子の躰に震えが走った。
決して悪寒ではない。
それどころかとても甘美な震えだ。
ああ・・・
全身の力が抜けていく。
とろりと甘く、それでいてさわやかな液体。
もっと・・・
無意識に求めてしまう。
百合子はいつの間にかレディベータの舌に自らの舌を絡めているのだった。
ドクン・・・
心臓が跳ね上がる。
あ・・・
百合子の目から光が消える。
ドクン・・・
スーッと心が冷え込んでいく。
ドクン・・・
あ・・・ら?
私・・・いったい?
百合子は何がなんだかわからない。
まるで周りには何もなくなってしまったかのようだ。
あれは・・・?
百合子の目の前に黒いものが現れる。
あれは何?
黒いものは百合子の前で突然金色に輝く目を開く。
ひっ!
息を飲む百合子。
だが、なぜかその金色の二つの目から目をそらすことができない。
それどころか、その目にまるで吸い込まれそうに感じていることに気が付いていた。
あの目・・・どこかで・・・
心の奥底がえぐられる。
彼女自身も忘れていた心の奥底。
それが今じわりと広がっていた。
ああ・・・そうだわ・・・
あれはいつだったろう・・・
両親に連れられて行った動物園。
檻の向こう側にいた美しい獣。
真っ黒の毛皮を身にまとい、金色の目で周囲をにらみつけていた。
しなやかな躰で隙のない動きをして獲物を選り分けるかのように人間を見下していた。
本来なら檻の中で身を守るべきは人間のほう。
なのになぜあの獣は檻の中で人間をにらみつけているのだろう・・・
檻の中の獣と目が合った。
そうだわ・・・
この目だった・・・
金色の輝くこの目。
すごく美しかった。
しなやかで・・・
それでいて獰猛で・・・
黒い毛皮がとても美しかった・・・
そうよ・・・
私もあんなしなやかで強靭な躰が欲しかった・・・
美しい黒い毛皮が欲しかった・・・
獲物を選り好みして引き裂く強さが欲しかったのよ・・・
私は欲しかったの!
ドクン・・・
「あ・・・が・・・」
百合子の背筋がピンと伸びる。
かけていたメガネが床に落ちる。
口が裂け、犬歯がめきめきと音と立てて尖っていく。
瞳は縦に細くなり、金色に輝き始める。
耳も尖り、鼻はちょんと突き出てふるふると震えるひげが伸びていく。
両手の爪も鋭い鉤爪へと変化し、着ているものを引き裂いていく。
「あ・・・ぐ・・・ぐる・・・ぐるる・・・」
うなり声を上げながら、百合子の躰は変わっていく。
女性のラインを残しながら、黒い毛皮に覆われたしなやかな肉食獣へと変わっていくのだ。
「ふーん・・・先生の闇は黒猫なんだ。いや、ちょっと違うわね。もしかして黒豹かしら」
見た目は悪くないものの、さえない女性教師とばかり思っていた縁根先生にこんな闇があるとは驚きだった。
だが、ドーベルビースト同様、しなやかな肉食獣のビーストは悪くない。
レディベータは目の前で変化していく百合子を笑みを浮かべて見つめていた。
「グル・・・グルルル・・・」
四つんばいになりうなり声を上げるビースト。
金色の目がらんらんと輝き、お尻から伸びた尻尾がゆらゆらと揺れている。
鋭い爪と牙が獲物を引き裂きたくてうずうずしているようだ。
もはや縁根百合子はそこにいない。
いるのは闇に心を犯され、肉体までも変えられてしまった邪悪なビーストがいるだけだった。
「うふふ・・・さしずめブラックパンサービーストってところかしら」
レディベータが近寄り、ビーストの喉を撫でてやる。
「グルルル・・・」
「うふふ・・・可愛いビーストになったじゃない。気に入ったわ。餌にするのはもったいないけど、さあ、光の手駒をおびき寄せるのよ。存分に暴れなさい!」
躰をすり寄せ喉を鳴らすビーストに、レディベータは命令する。
「グアゥ!」
ブラックパンサービーストは一声うなると、体育用具室の扉を開け、学校内に飛び出した。
「うふふふ・・・これでここは血の海ね」
レディベータの口元が笑いに歪んだ。
「きゃあー」
「いやぁー」
「うわーん」
さまざまな声が交錯する。
授業中に突然教室に入ってきた巨大な黒い獣が、いきなり教師に飛び掛ったのだ。
喉を噛み切られた教師はその場で絶命し、血しぶきを撒き散らす。
生徒たちはあまりのことに悲鳴を上げて逃げ惑う。
それを黒い獣は次々と爪と牙で切り裂いていった。
「グルルル・・・タノシイ・・・タノシイワァ・・・」
返り血で血まみれになりながら、ブラックパンサービーストは興奮を隠しきれない。
逃げ惑うガキどもを殺していく。
それがこんなに楽しいことだったなんて。
鉤爪で引き裂き牙で食いちぎる。
躰はとてもしなやかで強靭。
自分がこんなにすばらしい存在になれたなんて・・・
最高。
最高だわぁ。
生まれ変わった百合子はその肉体のすばらしさを存分に味わっていた。
「目が覚めた?」
直立不動で立ち尽くす青い少女。
その目はじっと目の前にいる白いドレスの女性に注がれている。
「はい、ゼーラ様」
さくらんぼのような可愛い唇が言葉をつむぐ。
ゼーラは仕上がりに満足した。
「それでいいわ。さあ、アスミもいらっしゃい」
優雅な仕草が赤い少女を差し招いた。
「はい、ゼーラ様」
脇にじっと控えていた少女がスッと青い少女の隣に立つ。
その様子はさながら一幅の絵画のようだ。
「んーん、いい感じだこと。さあ、お行きなさい。また闇が広がりを見せているわ。聖なる戦士の力で闇を浄化するの。いいわね」
目の前に少女たちに惚れ惚れするゼーラ。
この娘たちはこれまでのドールとはわけが違う。
じっくり念入りに調整した一級品。
闇の脅威に充分対処できるはず。
大いなる闇め・・・
この娘達の力を見るがいいわ。
「「かしこまりましたゼーラ様」」
口をそろえて一礼する二人のドール。
白い光の空間から姿を消す二人に、ゼーラは笑みが浮かぶのを止められなかった。
- 2009/07/09(木) 21:58:27|
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すみませんでした。
本当にお待たせしてしまいすみませんでした。
気が付いたら、前回掲載からなんと一年も経ってしまっておりました。
本当に本当にすみませんでした。
「ホーリードール」の第28回目をお届けします。
お楽しみいただけましたら幸いです。
28、
「それじゃ行ってらっしゃい。私はこのあたりで時間をつぶしているから、何かあったらいつでも呼んでくれてかまわないわ」
紺のスーツ姿で雪菜を見送る美野里。
その様子は、出勤前に妹を見送っている姉の姿そのものだ。
「ありがとうアルファお姉さま。それじゃ行ってきます」
にこやかな笑顔を見せる雪菜。
だが、すぐにペロッと舌を出した。
「いけない、この姿のときは美野里お姉さんだったっけ」
「そうよぉ。誰にも聞かれなかったと思うけど、私たちが闇の女であることはまだ知られるわけにはいかないわ。まあ、人間どもの中にわかる奴がいるとも思えないけどね」
困ったものだというように苦笑する美野里。
彼女自身黒いレオタード姿のレディベータを見慣れているせいで、目の前の少女の姿に違和感を感じているのだから仕方がない。
「とにかく、光の手駒には充分注意して。奴らは闇に触れたものを容赦しないわ。徹底的に浄化してくるわよ」
「わかってる。紗希ちゃんが光の手駒だなんて信じたくなかったけど、彼女はもう憎むべき敵・・・」
そう言いながらも雪菜の言葉には力が感じられない。
「ふう・・・留理香様のご命令とは言え、光の手駒を生かして捕らえなければならないとは・・・ね」
美野里も肩をすくめてしまう。
デスルリカ様の大事な娘である荒蒔紗希。
光に捕らわれ光の手駒になっている彼女を、どうにかして確保しなくてはならないのだ。
それは容易なことではない。
「ねえ、アルファお姉さま・・・」
「えっ?」
美野里は一瞬とがめることを忘れてしまう。
それだけ彼女を見上げる雪菜の眼差しは真剣だったのだ。
「私たちではだめなんですか?」
「えっ?」
「私たちではだめなんですか? 私たちでは荒蒔紗希の代わりにはならないんですか?」
「ちょっ・・・雪・・・いえ、ベータ・・・」
真剣に問いかけてくる雪菜を、美野里はそっと物陰に連れて行く。
「アルファお姉さま・・・私たちではデスルリカ様の娘になれないんですか? 私はもう身も心も闇の女です。大いなる闇とデスルリカ様の忠実なしもべです。荒蒔紗希なんか必要ないって言ってくれないんですか?」
「ベータ・・・」
そっと雪菜を抱きしめる美野里。
レディベータのデスルリカ様への気持ちが痛いほど伝わってくる。
それは自分にとっても同じ思いがあるからだった。
「ベータ・・・」
「はい、アルファお姉さま」
ゆっくりと雪菜を放す美野里。
「あなたの気持ちはよくわかるわ。光の手駒などにされてしまった人間の娘など、私にとっても面白くない存在。でもね・・・」
美野里は自分にも言い聞かせるように言葉を区切る。
「決めるのはデスルリカ様なの。私たちはデスルリカ様の命令にただ従うのみ。それがデスルリカ様に闇の女にしていただいた私たちの使命なのよ。わかるわね」
雪菜はゆっくりとうなずいた。
「わかりました、アルファお姉さま。つまらないことを言いました。忘れてください」
美野里は黙って首を振る。
「つまらなく無いわ。私も同じ気持ちだもの。でも、これは二人だけのことにしておきましょうね」
美野里のウインクに、雪菜は思わず顔がほころんだ。
「おはよー」
「おはよー」
「おはよう、小鳥遊さん」
教室に入った雪菜をクラスメートが出迎える。
みんなにこやかな笑顔で、雪菜がどんな存在なのか気にもしていない。
以前の雪菜であれば楽しかったであろうこの世界も、今の雪菜にはわずらわしくくだらないだけの世界だ。
「おはよう。あれ? 紗希ちゃんと明日美ちゃんは?」
雪菜は二人の席が空いていることに気が付いた。
「知らなーい。来てないよ。お休みじゃない?」
「そう・・・」
クラスメートの返事にちょっと気がそがれる雪菜。
これから光の手駒と対峙しなくてはならないと考えていただけに、拍子抜けは仕方がない。
雪菜は空いた二つの席を横目に見ながら席に着いた。
結局、始業時間までに紗希も明日美も姿を見せはしなかった。
担任の縁根先生も、連絡がないことを気にしているようだった。
おそらく闇と接触したことで、手駒の動きを制限したのかもしれない。
だとすると、もう学校には来ない可能性がある。
探りを入れるべきね・・・
雪菜は教室を見渡し、手ごろな餌を探すのだった。
「ん・・・」
身じろぎするホーリードールサキ。
青いミニスカート型のコスチュームを身に着け、青いブーツと手袋を嵌めて空中に横たわっている。
その頭部には青くうっすらと光を放つヘルメットが目元まで隠すように覆い、ホーリードールサキを完成へと導いていく。
白い空間には他には何もなく、ただ、少し離れた一段高くなったところに椅子がしつらえられてあり、そこに白いゆったりとしたドレスをまとった女性が座っていた。
女性は物憂げな表情で浮かんでいるホーリードールサキを見つめ、その口元に笑みを浮かべている。
そして、誰に聞かせるでもなくこうつぶやくのだった。
「ようやく完成。これでこの世界は光のもの・・・」
「はい・・・電話では風邪をひいたのでお休みさせるとのことでした・・・」
うつろな表情で雪菜に答える縁根百合子。
そろそろ中年と言ってもいい年齢だが、メガネをかけた顔は知的美人と言ってもよく、生徒の人気も高かった。
「まあ、そんなところよね。いいわ。どうせカモフラージュしているでしょうし、光の拠点となっているでしょうから行ってみても無駄でしょうし・・・」
パチンと指を鳴らして百合子を解放する雪菜。
浅葉家に電話をさせてみたのだが、マニュアルのような回答しか得られなかったというわけだ。
「えっ? あら? 小鳥遊さん? 私はいったい?」
突然のことにきょろきょろとしてしまう百合子。
今まで雪菜の支配下に置かれていたことなどわかっていない。
「餌はやっぱり暴れさせるのが一番よね」
冷たく笑みを浮かべる雪菜。
「えっ? 暴れる?」
「ねえ、先生」
目の前の少女がささやくように語り掛けてくる。
いつも教室で見ている小鳥遊雪菜の雰囲気とはとても似つかわしくない妖艶な笑みが浮かんでいる。
百合子は背筋がぞっとした。
この娘は何か違う。
本能が恐怖と危険を伝えてくる。
思わずあとずさる百合子だったが、すぐに壁に阻まれる。
「えっ? ここは?」
「体育用具室よ。結界を張ったから誰も入ってこられないわ」
笑みを浮かべながら近づいてくる雪菜に、百合子は思わず悲鳴を上げる。
「うふふ・・・いいわよ、その恐怖の表情。でもすぐに気持ちよくなるわ。ビーストに生まれ変わればね」
「いやぁっ!! こないで、こないでぇ!! 誰かぁ!!」
脇をすり抜けるようにして入り口へ向かう百合子。
雪菜はそれを邪魔する様子もなかったが、扉がかたく閉ざされていることを知って百合子は絶望した。
「開けてぇ!! 誰かぁ!! ここから出してぇ!!」
「無駄だって言ったでしょ。先生の声は誰にも聞こえないわ。うふふふ・・・先生の闇はどんなものかしらね」
雪菜の周囲に闇が湧き起こる。
そして闇が雪菜の躰を覆いつくし、やがて闇は晴れていく。
そこにはつややかな漆黒のレオタードを身にまとい、黒い長手袋と同じく黒いニーハイブーツを履き、肩口までの髪を漆黒のカチューシャで留めた少女が立っていた。
そして、ぬめるような漆黒に塗られた唇を、真っ赤な舌がペロッと舐めまわす。
「あ、あ、あなたはいったい・・・」
入り口を背にして恐怖におびえながら少女を見つめる百合子。
「うふふふ・・・私はレディベータ。大いなる闇にお仕えする闇の女。さあ、あなたの闇を広げてあげる」
百合子の頭を両手で掴み、グッと引き寄せるレディベータ。
そのまま百合子の唇に自らの唇を重ねていった。
- 2009/07/08(水) 21:54:45|
- ホーリードール
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