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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

快楽による支配

今年最後の更新はホーリードールをお送りします。

自分の中で話を上手く組み立てられなくて、しばらく間を空けてしまいました。
再構成して上手くまとめていきたいと思います。

よろしければお付き合い下さいませ。

17、
「は、はふぅ・・・ひぁぁ・・・」
恐怖と屈辱と官能の混じった声が漏れる。
上にのしかかっているのは化け物。
飛び出した目をギョロつかせ、彼女の両手を床に押さえつけているのだ。

目が覚めたときには何が起こっているのかわからなかった。
美しい肢体を黒い皮膜に包んだ女。
そして、彼女の脇で立っていた気味の悪い化け物。
全身が緑色のうろこで覆われ、お尻からは長い尻尾が伸びていた。
腰の括れや胸の膨らみが女らしさを醸し出しているが、それがまさかいつも小言を言ってくるオーナーであるとは思いもしない。
「ゲ・・・ゲゲ・・・」
気がついたときには彼女はその化け物にのしかかられてしまっていた。
「い、いやーっ!!」
彼女は声を限りに叫ぶ。
化け物は彼女の両手を押さえつけ、涎をたらしながら長い舌を伸ばしていた。
「ひ、ひあっ・・・」
化け物の舌が彼女の顔を舐めていく。
べっとりとした唾液が気持ち悪い。
「あ、あああ・・・」
じわっと下腹部に温かいものが広がって行く。
あまりの恐怖に声も出ない。
「お、お願い・・・助けて・・・」
一縷の望みをかけて彼女はレディアルファに助けを請う。
「うふふ・・・残念ねぇ。カメレオンビースト、存分に楽しみなさい」
冷たい笑みを浮かべたレディアルファはあっさりと言い放つ。
それは彼女にとっては死刑を言い渡されたごとくに聞こえたのだった。

「ああ・・・はふぅ・・・」
切ない吐息が混じる。
カメレオンビーストの長い舌は襟元から中に入り込み、両手を押さえられた彼女の胸をグニグニと愛撫しているのだ。
「ど・・・どうして・・・あ・・・」
舌は器用に動き、彼女の胸を柔らかく刺激する。
その刺激は彼女の中に官能の火をつけ、ピンと立った乳首がブラジャーを押し上げていた。
「うふふふ・・・どうやらカメレオンビーストはあなたと楽しみたいようね。光栄に思いなさい」
そんな・・・
お願い・・・助けて・・・
「ゲゲ・・・ゲ・・・」
カメレオンビーストの舌はそのままおなかの上を滑り降りて行く。
「ヒッ」
これから何が起こるか・・・そのことに思い至った時、彼女は真っ青に青ざめた。
ニュル・・・
ショーツのゴムを持ち上げるようにして中へ滑り込む。
「ひああ・・・」
ぬめぬめした触手のようなビーストの舌が彼女の秘裂を探り当て、優しく撫でるようにひだを愛撫する。
「はうあ・・・」
躰がびくんと跳ね上がる。
漏らしてべちゃべちゃになったショーツが今度は唾液で濡れていく。
「いや・・・だ・・・」
涙が流れてくる。
こんな化け物に舌で犯され、感じ始めていることが悔しかった。
ツプ・・・
秘裂をかき分けるようにして舌がもぐりこんでくる。
ぬめるような生暖かい舌が下腹部を刺激する。
「ああ・・・」
どうして?
どうして気持ちよくなっちゃうの?
信じられない・・・
私の躰はどうしちゃったの?
「ふうーん・・・カメレオンビーストってば、そこが好きなんだ。おいしそうに舐めてるじゃない」
薄笑いを浮かべながらレディアルファが眺めている。
「ゲゲ・・・」
ギョロギョロとあちこちに目をやりながら嬉しそうにするカメレオンビースト。
その舌が小刻みに動いていき、組し抱いた女性に快楽を与えて行く。
「ああ・・・あ・・・い・・・いい・・・」
躰を駆け巡る快楽に、彼女の心はもろくも砕ける。
「ああ・・・いい・・・いいのぉ・・・」
彼女の腰が浮き、より深く舌を入れてもらおうと躰が開く。
べちゃべちゃと水音が聞こえてくるような激しい濡れ方に、彼女は今までにない快感を感じていた。
「あ・・・ああ・・・い・・・イ・・・く・・・」
躰が震え、頭が真っ白になる。
何も考えられない。
彼女は宙を飛ぶような感覚に浸りながら、ただなすがままになっていた。

今日の給食はチンジャオロースとフルーツ白玉。
目の前に置かれた給食のメニューを前に、紗希の頬は緩みっぱなしだった。
「いっただっきまーす!」
一日で一番楽しみの時間の一つだろう。
紗希は楽しそうに微笑みながら、給食を口に運んで行く。
その様子は明日美にとってはすごく気持ちのいいものだ。
「うーん、美味しーい」
紗希の弾んだ声が響く。
「美味しいですわね。紗希ちゃん」
明日美も美味しい給食に幸せな気持ちになる。
「あれ?」
箸を口に咥えたまま、紗希がふと雪菜の方を向く。
雪菜は美味しい給食だというのに口をつけていなかったのだ。
「雪菜ちゃん、どうしたの? あ、もしかしてほっぺについてる?」
「雪菜ちゃん?」
明日美もその様子に気が付いた。
いつも楽しそうに食事をする雪菜が、今日に限ってただ箸でつついているだけなのだ。
しかも紗希の顔をじっと見ている。
「え? あ、なんでもないよ」
黙って紗希を見ていた雪菜ははっとしたように給食を食べ始める。
「うん、美味しいねー」
いつもどおりの雪菜の笑顔。
その笑顔に紗希も明日美もホッとする。
そうして楽しい給食の時間はあっという間に過ぎて行く。
紗希も明日美も、雪菜の表情に隠されたものをうかがい知ることはできなかった。

「いらっしゃいませ」
入ってきた若い女性たちに対して、ブティックの店員は妖しい笑みを浮かべる。
その目には黒いアイシャドウが引かれ、口紅もどす黒いものをつけている。
ブティックの店員とは思えない化粧かもしれない。
入ってきたのは近くの会社に勤めるOLらしい。
たまに来てくれるお得意様だ。
ならば・・・
店員の口元が笑いに歪む。
「こんにちは、お客様」
「こんにちは。今日は店長はいらっしゃらないの?」
二人の女性がにこやかに店内を見回す。
色とりどりの洋服が並び、彼女たちの心を浮き立たせる。
「うふふ・・・今日はお客様に店長からプレゼントしていただきますわ」
「えっ? 何かあるんですか?」
二人が顔を見合わせる。
別にセール中ともバーゲンとも張り出してはいない。
店長のプレゼントとは一体?
「うふふふ・・・こういうことですわ」
店員の笑いが不気味に響く。
二人は異様なものを感じ、店を出ようと思ったが、それはかなわなかった。
「ゲゲ・・・ゲ・・・イラッシャイ・・・マセ」
いきなり彼女たちの背後から声が響く。
「ひっ?」
振り向いた彼女たちの目には何も見えない。
だが、何も無い空間に徐々に緑色のうろこに覆われた人影が現れてくる。
「ヒイッ!」
「キャァーッ!」
彼女たちは悲鳴を上げる。
「うふふふ・・・あなたたちの主となられるカメレオンビースト様よ。おとなしくその身をゆだねなさい」
店員の妖しい微笑みが彼女たちを絶望のふちに追い込んだ。
  1. 2006/12/31(日) 19:14:53|
  2. ホーリードール
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ブティックの中

ついにプレーオフの相手が決まりましたね。

先手を取られながらも逆転で二勝を手にしたソフトバンク。
勢いはありそうです。

日本ハムがんばれー。

さて、今日はホーリードールを少し投下します。
着々と増え始めるビースト。
紗希ちゃんと明日美ちゃんはどうなるのか・・・

16、
「はう~・・・お腹空いたよう」
休み時間にはお決まりの紗希のセリフだ。
「紗希ちゃんは相変わらずですわね」
明日美がニコニコと微笑んでいる。
「う~・・・朝しっかり食べているのになぁ」
紗希は机に突っ伏してでろーんと伸びている。
「紗希ちゃんは食べ盛りだもんね」
雪菜がそばにやってくる。
それにつれてクラスメイトも紗希の机の回りにやってきた。
「いっつも元気だもんね、紗希ちゃんは」
「そういえば昨日の事故すごかったよねー」
「そうそう、すごかったよねー」
「おかげで見たいドラマが潰れちゃったよー」
四人の少女たちが口々にしゃべり始める。
「バス事故にガス漏れ。ひどいことになったよね」
「そういえばさ・・・」
雪菜がにこっと微笑む。
「紗希ちゃんと明日美ちゃんって・・・バス事故の現場に居なかった?」
「え?」
紗希が顔を上げる。
「私、あのバス事故の現場に居たの。その時紗希ちゃんと明日美ちゃんを見たような気がするんだけど」
意味ありげに妖しく微笑む雪菜。
「え?」
「うそ?」
「大丈夫だったの?」
クラスメイトたちも驚き思わず口に手を当てている。
「私・・・たち?」
紗希と明日美は顔を見合わせた。
「私は大丈夫だったわ。うふふ・・・紗希ちゃんと明日美ちゃんはどうだったの?」
「えーと・・・私たちは本屋に居たよ」
「ええ。その通りですわ」
紗希も明日美も不思議そうな顔をする。
バス事故は街の中心部だ。
そんなところに行くわけがない。
「そっかー、私の見間違いかな・・・」
雪菜は首をかしげた。
もとより彼女にも確信があるわけではない。
だが、あの現場に現れた光の手駒はこの二人に似過ぎていた。
せっかく作り上げたドーベルビーストを葬り去った光の手駒。
八つ裂きにしたいぐらいに憎たらしい。
クス・・・
二人を替わりに引き裂いても面白いかもね・・・
もしかしたら、光の手駒は二人を基に作られたのかもしれない。
それならば二人が知らないのも無理は無い。
少しの間様子を見よう。
もし、紗希ちゃんと明日美ちゃんが光の手駒なら・・・
真っ先に切り裂いてあげる・・・
くすくす・・・
雪菜はその瞬間を想像して笑みを浮かべていた。

「いらっしゃいませー」
一軒のブティックに若い女性が入ってくる。
パステルグリーンのスーツを着こなした美しい女性だ。
茶色の長い髪がつややかで同色の瞳が印象的だ。
彼女にはどういった服が似合うかしら・・・
すぐに店のオーナーは脳裏でシミュレーションを開始する。
最近はブティックを訪れる客も少なくなってしまった。
彼女の店も経営は苦しい。
だからこそ的確なアドバイスと非凡なセンスをアピールすることで、顧客を掴んでいかなくてはならないのだ。
パートで雇った若い娘がお客のほうへすぐに行く。
でも、このお客に対しては彼女では役者不足だわ。
オーナーはそう判断すると、すぐに彼女にこう言った。
「智ちゃん、私がお相手するわ」
「あ、はい。オーナー」
若いパートを下がらせて、彼女はお客のそばへ行く。
「いらっしゃいませ。これからの季節のお召し物でしたら、こちらなどはいかがでしょう」
早速彼女は売り込みを開始する。
センスのよい価格の張るものをさりげなく薦めて行くのだ。
もちろんお客の自尊心をくすぐることも忘れない。
「お客様は素敵なセンスをお持ちのようですから、こちらならお客様のお目にもかなうかと」
「うふふ・・・そうね」
うんうん・・・
掴みは悪くない。
若いようだけど、最近の娘はカードで買ってくれるから、少々値が張っても大丈夫。
月当たりにするとこの程度ですよと言えばいいのだ。
「あっちの方が好みだけど、あなたも悪くないわね」
「えっ?」
彼女は何を言っているの?
あっちって・・・智ちゃん?
どういうこと?
「うふふ・・・あなたの闇はどんなのかしら? わたしの可愛いビーストになってくれるかしらね?」
オーナーの顔を覗き込んでくるスーツの女性。
「あ、あの・・・お客様?」
「うふふ・・・少しおとなしくしててね」
オーナーの肩を掴む女性。
「えっ?」
軽くつかまれた感じだったのだが、まったく身動きできなくなる。
「お、オーナー」
店員の若い女性が思わず声を上げる。
「うふふ・・・あなたも少しおとなしくしていなさい」
パステルグリーンのスーツの女性がすっと左手を彼女に向ける。
すると彼女はそのまま意識を失ってしまうのだった。
「あ、智ちゃん・・・」
「うふふ・・・私はレディアルファ。闇の女なの。うふふふ・・・」
パステルグリーンのスーツの女性はオーナーの肩をつかんだまま妖艶に笑っている。
その足元からオーラのように漆黒の闇が立ち昇り、彼女の躰を包んで行く。
やがて・・・
闇が晴れると、そこには漆黒の全身を覆うボディスーツに身を包んだ美しい女性の姿が現れた。
「あ・・・あなたは一体・・・」
「ふふ・・・言ったでしょ。私はレディアルファ。闇に仕える闇の女」
「レディ・・・アルファ・・・」
両肩をつかまれたオーナーはまったく身動きができない。
目の前の女性の黒く塗られた唇の艶めかしさだけが目に入る。
「ああ・・・」
「うふふ・・・さあ、あなたの闇を解放しなさい。この世界を闇に包むのよ」
柔らかな感触が彼女の唇に押し付けられる。
それがこのレディアルファという女の唇であることに気がついたときには、彼女の口の中には甘い液体が流れてきていたのだった。

「あ・・・ああ・・・あ・・・」
のどの奥へ流れ落ちる液体。
とても甘い・・・
躰が痺れる・・・
力が抜ける・・・
彼女は何か夢を見るような気分だった。
34年間の人生。
それが今無意味なものになっていく。
躰が熱い・・・
胸が焼けるようだ・・・
声がでない・・・
助けて・・・
誰か助けて・・・
怖い・・・
怖い怖い怖い・・・
私は・・・
私は・・・
誰?
あれは誰?
ああ、そうだわ・・・
私が最初に勤めた服飾店の店長だわ・・・
センスの無いけばけばしいだけの女・・・
宝石と洋服を身につけるに値しない女・・・
色の取り合わせを無視したセンスには反吐が出る・・・
なぜ?
なぜ私があなたに合わせなけりゃならないの?
なぜ私がセンスの無い服装をしなくちゃいけないの?
引き立て役?
私が引き立て役?
あなたのために?
あなたなんかのために?
いやよ・・・
そんなのはいや・・・
色が欲しい・・・
とりどりの色が欲しい・・・
さまざまな色を身につけて輝きたい・・・
色が・・・いろいろな色が・・・

オーナーの躰がガクガクと震える。
ビキビキと皮膚が変化する音が聞こえる。
開けた口から舌が飛び出ている。
「あ・・・あああ・・・」
眼球が飛び出し、メガネを押し上げて行く。
顔色がじょじょに緑色になり、皮膚がうろこ状に硬くなっていく。
「あがああああっ」
叫び声を上げて着ている服を引き裂いていく。
素肌は全て緑色に染まり、スカートからは太い尻尾が現れてくる。
額からは二本の角が突き出してきて、メガネは突き出した眼球に押されて床に落ちた。
「ゲゲ・・・ゲ・・・」
左右に広がった口からは牙が覗き、飛び出していた舌は床まで届く長さとなる。
わずらわしそうにスカートを引き裂いた彼女はその変化した肉体をあらわにした。
「くすくす・・・あなたはカメレオンなのね? カメレオンビーストってわけか」
少し下がって彼女の変化の様子を見ていたレディアルファの前で、今、かつてこの店のオーナーだった女性は醜いカメレオンへと変化し終わった。
「ゲゲ・・・ゲ・・・」
両手を掲げて鋭い爪をかざすカメレオンビースト。
「うふふ・・・可愛い娘。さあ、暴れなさい。飢えを満たしなさい。街に恐怖を振りまきなさい」
緑色のうろこ状の皮膚をそっと優しく撫でるレディアルファ。
「ゲゲ・・・カシコマリ・・・マシタ・・・」
長い舌をシュルルルと出し入れしながら左右の目をきょろきょろと動かしている。
その目が床に倒れている若い女に注がれた。
「ゲゲ・・・ゲ・・・」
「うふふ・・・いいわよ。たっぷりと飢えを満たしなさい、カメレオンビースト」
レディアルファの冷たい笑みが店の鏡に映っていた。
  1. 2006/10/09(月) 22:14:39|
  2. ホーリードール
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バットビースト

お久し振りのホーリードールです。

どうもノリが悪くて短いですが、楽しんでいただければと思います。
前回の最後を一部分重ねていますがわかりやすくしたためですので。

それではー

15、
「ふふふ・・・ねえ、お母さん」
ミルクのカップを置いた少女がゆっくりと立ち上がる。
浮かんだ表情は妖しく、まさに闇の女に相応しい。
「お母さんの闇って何なのかなぁ。楽しみだよね」
少女、レディベータは自分の母親にそっと近づく。
「うふふ・・・精神支配しちゃったから何も考えられないか・・・えいっ」
ぱちんと指を鳴らすレディベータ。
すると千鳥の目が二三回瞬きし、意識が戻ってくる。
「え? あ、ええっ?」
一瞬状況判断に戸惑ったものの、やがて記憶が整理されていく。
「あ、ああ・・・ゆ、雪菜・・・その姿は一体?」
口元に手を当てて驚きを隠しきれない千鳥。
いつの間にか夜は明け、娘の姿が異様な衣装を纏っているのだから無理も無い。
「うふふ・・・私はレディベータ。もう小鳥遊雪菜なんかじゃないの」
「レ、レディベータ?」
思わず一歩あとずさる。
いつもなら娘の軽口にもノリで答えられるほどの仲の良さだったが、今の目の前の少女には異質な恐怖を抱いてしまうのだ。
「じょ、冗談はやめなさい、雪菜。お母さんを困らせないで」
「うふふ・・・あなたはもう私のお母さんではなくなるわ。これから私があなたの闇を引き出してあげる。あなたはビーストになるのよ」
一歩一歩ゆっくりと近づいてくるレディベータ。
「ビ、ビースト?」
千鳥もじりじりと下がらざるを得ない。
「そう。闇の魔獣ビースト。素敵なビーストになるといいな」
やがてリビングの壁が千鳥の背中を押し付ける。
「ヒッ、い、いやぁ」
「おとなしくなさい」
壁に背中を付けた千鳥は精いっぱい身をそらせて、一センチでも遠ざかろうとする。
だが、レディベータの右手が千鳥のブラウスを掴み、異常なほどの力で千鳥の胸を引き寄せた。
「うふふ・・・さよなら。お母さん」
「ん、んむぅぅぅぅぅぅ・・・」
グイッと引き寄せられた千鳥の顔にレディベータは自らの顔を寄せる。
やがて、レディベータの唇が千鳥の唇に重ねられた。
「んん・・・むぐぐ・・・」
閉じた口をこじ開けるかのように侵入してくる柔らかい舌。
口の中に流れ込んでくるどろっとした甘い液体。
それらが口の中で撹拌され、のどの奥に押し込まれるように流れ込む。
「むぐぅぅぅ・・・」
逃れようとしても躰はがっちりと引き寄せられていて逃げられない。
千鳥は何もできないままに、その液体がのどを通るのを黙って甘受するしかなかった。

あああああ・・・
千鳥の躰から力が抜ける。
のどが熱い。
胃が焼ける。
目の前が暗くなる。
これは・・・何?
千鳥はガクッと膝をつく。
「ふふふふふ・・・」
目の前で笑みを浮かべている雪菜が信じられない。
「ゆ・・・ゆ・・・き・・・」
千鳥の口から発せられた言葉が途切れる。
冷たい闇が躰の芯を冷やしていく。
寒い・・・
寒い・・・
寒い・・・
千鳥は両手をつくが、前のめりに倒れこむ。
躰が痙攣して言うことを聞かない。
助けて・・・
誰か・・・助けて・・・
あな・・・た・・・
床の上で小刻みに震えている躰。
寒い・・・
寒い寒い・・・
吸われる・・・
熱が吸い取られる・・・
躰の熱が吸い取られていく・・・
ああ・・・
吸わなきゃ・・・
熱を吸わなきゃ・・・
吸われるものは吸い返さなくちゃ・・・
温かいものが欲しい・・・
熱いものが欲しい・・・
そうよ・・・
私は・・・
私はいつも吸い取られてきた・・・
自由も・・・
時間も・・・
若さも・・・
命さえも・・・
得たものは何?
子供?
夫?
足りない・・・
それだけじゃ足りない・・・
若さ・・・
吸い取られた若さを奪い返す・・・
そうよ・・・
吸い取られたものは吸い返せばいい・・・
ククク・・・
そうよ・・・吸い尽くすのよ・・・
クククク・・・

変わって行く。
千鳥の肉体が変化を遂げて行く。
耳が尖り、歯が剥き出されていく。
服が引き裂かれすべすべした肌がこげ茶色の毛に覆われて行く。
両手の指の付け根が切れ込んで行き、腕から肩口まで裂けて行く。
両脚もこげ茶の短い毛に覆われ、指先からは鋭い爪が伸びて行く。
裂けた腕には膜が張り、飛膜が形成されていく。
やがて、千鳥の肉体はコウモリと人間が融合したような姿に変貌していった。

「ギギ・・・ギ・・・」
ゆっくりと起き上がるビースト化した千鳥。
柔らかなラインは美しい女性のラインを保持したまま。
全身を短いこげ茶の毛が覆い、脇から両手の先にかけて裂けた指の間に膜が張っている。
尖った耳は音波を拾うのに都合が良く、鋭い歯は牙となって獲物に噛み付くのに都合が良くなっていた。
「ふふふ・・・お母さんはコウモリなんだね」
妖しく微笑むレディベータ。
「ギギ・・・ワタ・・・シ・・・ハ・・・ビースト・・・」
「そうよ。お前はビースト。バットビーストってところかしらね」
「ギギ・・・ギ・・・」
バットビーストと化した千鳥はいきなりジャンプをする。
「わっ」
一瞬驚くレディベータ。
バットビーストは両足の鉤爪を天井の板に食い込ませると、さかさまにぶら下がって両手を閉じる。
「ギギ・・・ワタシハバットビースト。レディベータサマノチュウジツナシモベ」
歯をむき出して笑みを浮かべるバットビースト。
「へえ、結構使えそうじゃない。あとでたっぷり暴れてもらうわ」
「ギギ・・・オマ・・・カセヲ」
さかさまのまま一礼するバットビースト。
レディベータは満足そうに微笑んでいた。

学校が近づくにつれて子供たちの笑い声も響いてくる。
「おはよー」
「おはよー」
「おはよーございまーす」
さまざまな朝の挨拶が飛び交っている。
そんな中、いつもと同じように仲良く登校してくる紗希と明日美。
いつものように青をベースの紗希と赤をベースの明日美は、見た目からもいいコンビネーションだ。
「おはよー! 紗希ちゃん、明日美ちゃん」
「よう、荒蒔と浅葉はいっつも一緒だよな」
「・・・・・・」
女生徒の挨拶も男子生徒のからかうような声にも二人は反応しない。
「あら?」
「あれ?」
声をかけた子達も一瞬不思議そうな顔をする。
だが、何も言わずに手をつないで歩いていく二人にそれ以上声を掛けることもできず、黙って見送り他の友人たちのところへ行ってしまうのだった。

無言で歩いている二人。
その表情は虚ろで頬が上気している。
いつもならもう少し遅い時間に二人で走ってきたりすることが多いのだが、今日は手をつないでゆっくりと歩いているのだ。
「サキちゃん・・・」
明日美が口を開く。
「何? アスミちゃん」
無表情のまま答える紗希。
「もうすぐ学校に着きますわ」
「うん、そうだね」
やはり無表情のまま会話が進む。
だが、かすかに二人の表情には快楽を帯びているのがうかがえた。
「残念ですわ。もっとゆっくりサキちゃんと二人だけで居たかったですわ」
「うん。私もだよ、アスミちゃん」
握られた手が二人の気持ちを代弁しているかのようだ。
「今朝はとても気分がいいですわ」
まっすぐ正面を見据えている明日美。
その目は何も捉えていないかのよう。
「うん、とっても気持ちいいよ・・・私はドール・・・光のドール・・・サキ」
「ええ、私も同じですわ、サキちゃん。ドールであることはとても気持ちがいい・・・」
無表情のまま空いているほうの手で胸を押さえる。
「校門まであと少しですわ。サキちゃん」
「うん、そうだね」
そういった瞬間、二人の胸のペンダントが光る。
それと同時に二人の表情に精気がよみがえった。
「え? あれ?」
「あら? いつの間にか学校ですわ」
思わず手をつないだまま立ち尽くす二人。
校門の前で泊まってしまった二人を、他の生徒たちはきょとんとして見ているだけだ。
「おはよう、紗希ちゃん、明日美ちゃん」
そんな中声をかけてくる一人の少女。
白いブラウスにデニムのスカート、それに肩までの黒髪にカチューシャをつけている。
にこやかに微笑んでいる少女は小鳥遊雪菜だった。
「「雪菜ちゃん」」
思わず二人の声がハーモニーを奏でる。
「そんなところで立ち止まってどうしたの? 早く行こ」
雪菜は紗希の背中を押して校門をくぐらせる。
明日美も思わず微笑んで、その後を付き従った。
  1. 2006/08/24(木) 22:31:10|
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一周年記念その二

一周年記念二本立てのその二ですー。

少しだけで申し訳ありませんが、ホーリードールを投下いたしますねー。
こちらも少しずつ進めて行きますので、応援よろしくお願いいたします。

それではどうぞー。

14、
「おはようございます。おばさま」
玄関先にたたずむ明日美。
いつものように紗希を迎えに来てくれたのだ。
「いらっしゃい明日美ちゃん。上がって待っててね」
これもいつものように迎え入れる留理香。
なんら変わらぬ普段の光景だ。
「はい、失礼いたします」
靴を脱ぎ、きちんと揃えて上がる明日美。
このあたりは良家のお嬢様のしつけのよさを感じさせる。
紗希もこの辺りを気をつけてくれればね。
留理香は少し苦笑した。
母親一人で育てたからか、しつけは少し甘かったかもしれない。
元気で活発なのはいいことだけど、少しおしとやかさが足りないのだ。
紗希を闇の世界に導いたあとは、この娘を紗希のしもべにしてあげてもいいかもね。
留理香はそう思った。
「?」
黙って奥のリビングに入って行く明日美。
留理香はその行動に違和感を感じる。
普段の明日美ならば、留理香が移動するまでは入ってこない。
それが今日は留理香のほうを見もせずにすたすたと歩いていくのだ。
何か・・・
留理香は変に思ったものの、とりあえずは朝食の支度をするためにキッチンへ向かっていった。

「おはよう。お母さん」
階段を静かに下りてくる紗希。
留理香は思わず時計を見上げる。
デジタル時計の数字は7:45をさしていた。
今日はいつもより早いわね・・・
留理香はココアに牛乳を入れて温める。
甘さ控えめのあったかココアは、明日美ちゃんも喜んでくれるのだ。
「おはよう、紗希。今日は早かったのね」
「はい、夕べはぐっすり眠れましたから・・・」
紗希?
普段の紗希とは何かが違う・・・
紗希の返事に違和感を感じる留理香。
キッチンから顔を出すと、紗希はすでに洗面所で顔を洗っているところだった。
いつもなら慌てて顔を洗うところなのに・・・
留理香は奇妙な違和感を抱えたままカップにココアを注ぎ込む。
「はい、どうぞ」
留理香はココアのカップをリビングで待っている明日美に手渡した。
「ありがとうございます・・・おばさま」
表情をまったく変えずにカップを受け取る明日美。
そのまま両手でココアを口に運んで行く。
「お母さん、私にもちょうだい」
顔を洗い終えた紗希が入ってくる。
いつものようなその笑顔は変わらない。
「ちょっと待ってね。トーストももうすぐ焼けるから」
「はい」
紗希はうなずくとちょこんと明日美の向かい側の椅子に腰掛ける。
そして、そのままじっと待ち始めていた。
「お待たせ、早く食べないと・・・って、今日は大丈夫そうね」
皿を紗希の前に置きながら時計を見る。
いつもならこの時点で八時はゆうに越えているのだ。
「うん、大丈夫だよ。お母さん」
身じろぎもせずに待っていた紗希は、皿が並べられると黙々と食事を取り始める。
「紗希・・・何かあった? 躰の調子でも悪い?」
「そんなこと無いよ。大丈夫」
「そう? ならいいけど・・・」
釈然としないものを感じながら、留理香はキッチンへ行き自分の分の朝食を作り始めた。

「おはよう、お母さん」
リビングに入ってくる一人の少女。
その身には漆黒のレオタードを纏い、室内だというのに黒い手袋とロングブーツを履いている。
肩までのつややかな黒髪にはカチューシャが嵌まり、黒く塗られたアイシャドウと唇が妖艶さをかもし出していた。
「おはようございます」
無表情で入ってきた少女に挨拶をする一人の女性。
若々しい姿は一児の母とは思えない。
三十代半ばになるが、美しい容色は衰えていないのだ。
「朝食はできている?」
「はい、ご用意いたしました」
何も映していないような瞳がキッチンを向く。
こんがり焼かれたトーストと卵。
それに温められたミルクがそこには用意されていた。
「いいわ、持って来て」
「はい」
漆黒の少女はテーブルにつき、女性が食事を運んでくる。
無表情でテーブルに食事を並べて行く様はある種の不気味さすら感じさせた。
「それでいいわ。あとはおとなしくしていなさい」
「はい」
言われたとおりに無表情で立ち尽くす女性。
「うふふ・・・食事が終わったらお母さんもビーストにしてあげるね」
少女はパンを口に運びながら女性を見上げる。
その目にはいたずらっぽい表情が浮かんでいた。

小鳥遊 千鳥(たかなし ちどり)。
それがこの女性の名前である。
夫の新太(しんた)は会社員であり、今は北海道の釧路支所に単身赴任だ。
副所長という肩書きだから、小鳥遊家はそれなりには裕福な家であり、妻の千鳥は専業主婦として娘の雪菜と仲良く二人暮しをしているのだった。
いつもは夕食前には帰ってくる雪菜だったが、昨日は図書館に行くと言ったきり遅くまで帰ってこなかった。
心配して心当たりに電話をかけ、またあのバス事故に巻き込まれたのではないかと警察にまで電話をかけてみたのだが、どこにも雪菜はいなかった。
心配で心配でいても立ってもいられなかった千鳥の元に、雪菜は何事もなかったように帰ってきた。
当然千鳥は雪菜を問い詰めた。
こんなに遅くなったのは何か理由があるからに違いない。
その理由さえきちんとしたものなら、注意だけにとどめておくつもりだったのだ。
だが、雪菜はまるで軽蔑したようなまなざしを千鳥に向けたかと思うと、たった一言こういったのだ。
『うるさい』
千鳥は愕然とすると同時に怒りがこみ上げた。
こんなに心配していたのにうるさいとはなんということなの。
千鳥は脇をすり抜けて部屋へ行こうとする雪菜の肩を掴み、無理やり自分の方へ向けさせた。
きちんと理由を言わせなければならない。
そうじゃないと雪菜は手の届かないところに行ってしまう。
そう思った千鳥はひざを折り、目線を合わせて雪菜を見つめた。
『うるさい! 今はお前のことなど知ったことでは無い!』
千鳥が覚えているのはそこまでだった。

「ふふふ・・・ねえ、お母さん」
ミルクのカップを置いた少女がゆっくりと立ち上がる。
浮かんだ表情は妖しく、まさに闇の女に相応しい。
「お母さんの闇って何なのかなぁ。楽しみだよね」
少女、レディベータは自分の母親にそっと近づく。
「うふふ・・・精神支配しちゃったから何も考えられないか・・・えいっ」
ぱちんと指を鳴らすレディベータ。
すると千鳥の目が二三回瞬きし、意識が戻ってくる。
「え? あ、ええっ?」
一瞬状況判断に戸惑ったものの、やがて記憶が整理されていく。
「あ、ああ・・・ゆ、雪菜・・・その姿は一体?」
口元に手を当てて驚きを隠しきれない千鳥。
いつの間にか夜は明け、娘の姿が異様な衣装を纏っているのだから無理も無い。
「うふふ・・・私はレディベータ。もう小鳥遊雪菜なんかじゃないの」
「レ、レディベータ?」
思わず一歩あとずさる。
いつもなら娘の軽口にもノリで答えられるほどの仲の良さだったが、今の目の前の少女には異質な恐怖を抱いてしまうのだ。
「じょ、冗談はやめなさい、雪菜。お母さんを困らせないで」
「うふふ・・・あなたはもう私のお母さんではなくなるわ。これから私があなたの闇を引き出してあげる。あなたはビーストになるのよ」
一歩一歩ゆっくりと近づいてくるレディベータ。
「ビ、ビースト?」
千鳥もじりじりと下がらざるを得ない。
「そう。闇の魔獣ビースト。素敵なビーストになるといいな」
やがてリビングの壁が千鳥の背中を押し付ける。
「ヒッ、い、いやぁ」
「おとなしくなさい」
壁に背中を付けた千鳥は精いっぱい身をそらせて、一センチでも遠ざかろうとする。
だが、レディベータの右手が千鳥のブラウスを掴み、異常なほどの力で千鳥の胸を引き寄せた。
「うふふ・・・さよなら。お母さん」
「ん、んむぅぅぅぅぅぅ・・・」
グイッと引き寄せられた千鳥の顔にレディベータは自らの顔を寄せる。
やがて、レディベータの唇が千鳥の唇に重ねられた。
「んん・・・むぐぐ・・・」
閉じた口をこじ開けるかのように侵入してくる柔らかい舌。
口の中に流れ込んでくるどろっとした甘い液体。
それらが口の中で撹拌され、のどの奥に押し込まれるように流れ込む。
「むぐぅぅぅ・・・」
逃れようとしても躰はがっちりと引き寄せられていて逃げられない。
千鳥は何もできないままに、その液体がのどを通るのを黙って甘受するしかなかった。

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  1. 2006/07/16(日) 21:50:33|
  2. ホーリードール
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夢を見ることすら・・・

ホーリードール第十三回目ですー。
そろそろ落としどころに向けて行かないとなりませんね。

それはそうと、いまさらながら舞方はこのSSにでてくる紗希、明日美、雪菜(レディベータ)の三人が可愛くて仕方ないっす。(笑)
幼女舞方と言われても仕方ないのかー?

それではドゾー。

13、
「逃げたか・・・」
黒の少女はその身長よりも長い柄の大鎌を一振りする。
とどめをさせなかったのは悔しいが、いずれチャンスはあるだろう。
「レディベータ・・・」
そう声をかけられて思わず振り返るレディベータ。
夜の公園にひときわ黒いコスチュームに身を包んだ女性が立っていた。
漆黒の全身タイツにハイヒールのブーツと長手袋。
アイシャドウと黒い口紅が彩る表情はなまめかしい。
衣装もシンプルでありながら妖艶さをかもし出している。
「アルファお姉様」
突然現れたレディアルファにレディベータは驚いた。
もう自宅でくつろいでいられたはずなのに・・・
「無事でよかったわ・・・光の波動を感じたから様子見に来たんだけど・・・」
ほっと胸をなでおろしているレディアルファ。
目の前にいるこの黒レオタードの少女は可愛い可愛い闇の妹。
光の波動とレディベータの波動が同所で感じられたので不安を覚えてやってきたのだ。
「わかっていたんですか?」
レディベータの問いに無言でうなずくレディアルファ。
光の手駒があれほど派手に能力を発揮すれば、いやでも感じることはできる。
問題は場所の特定に時間がかかったこと。
光側とてバカではない。
光の波動の場所を特定されないようにある程度のジャミングをかけてくるのだ。
結局、レディアルファが駆けつけたのは戦闘が終結してからになった。
充分にジャミングの効力があったということになるのだ。
「間に合わなくてごめんなさい。デスルリカ様も心配して、私に様子を見てくるようにおっしゃったわ」
「デスルリカ様も? ごめんなさい・・・アルファお姉様」
うつむくレディベータ。
「? どうしたの? どうして謝るの?」
レディアルファがそっと近寄る。
「私・・・光の手駒を倒せなかった・・・ビーストをただ消されちゃった・・・」
悔しさと悲しさがつのる。
最初に作ったにしてはあのビーストは上出来だった。
犬型ということもあり忠実で可愛いビーストだった。
それをただ消されてしまった・・・
悔しい・・・
悔しいよ・・・
レディベータは唇を噛み締める。
「そんなこと・・・あなたが無事でよかった・・・」
ふわりと温かい腕が彼女を抱きしめる。
優しく温かい抱擁。
柔らかな胸がレディベータの頭をそっと包み込む。
「あ・・・」
足元で音がする。
手を離れたブラディサイズが地面に落ちた音。
漆黒の柄と赤黒い血の色の刃。
大事な大事な専用の魔導武器。
でも、今は両手でしっかりとレディアルファに抱きつきたかった。
温かく優しい胸に抱かれてレディベータは幸せだった。

「ふう・・・」
熱いシャワーを浴びたあとは心地よい。
バスタオルで長い髪の毛を拭いていく。
どうやら光の手駒は立ち去ったよう。
二人の闇の女も無傷。
まずは上々。
留理香は笑みを浮かべると、バスローブを羽織って風呂場を出る。
長い髪にタオルを巻きつけ、冷蔵庫から牛乳を取り出してカップに注ぐ。
ふふ・・・
闇の女ともあろうものがシャワーのあとに牛乳か・・・
冷えたワインでも傾ければかっこいいんでしょうけどね・・・
苦笑しながらも留理香は牛乳を飲み干して、パックを冷蔵庫に戻した。
レディアルファとレディベータは予想以上に仲良くなってくれた。
二人とも可愛い私のしもべたち。
あとは折を見て“大いなる闇”に紗希を引き合わせる。
“大いなる闇”によって紗希は私の片腕となり、闇の世界に君臨するの・・・
きっとあの子は喜ぶわ・・・
そのときが楽しみね・・・

留理香は居間に戻ってソファにくつろぐ。
時刻は21時を過ぎたばかり。
もうそろそろ宿題を終えて降りてくるかな。
留理香は二階の紗希を思う。
かわいそう・・・
くだらない人間どものせいで宿題などを押し付けられて・・・
もう少し我慢してね。
世界を破滅させたら宿題などはなくなるから。
でも今はだめ。
今はまだ光の出方が読みきれない。
世界を破滅に導くには光の干渉を排除しなくてはならない。
その光の出かたがわからない以上、うかつに紗希は巻き込めないわ。
かわいそうだけど、もう少し待っていてね。
留理香はリモコンを取ると、テレビのスイッチを入れた。

「ふふ・・・」
玉座のような豪華な椅子に座って脚を組み、肘掛けに肘を付いて頬杖を付いているゼーラ。
美しい切れ長の目に光を湛え、口元には心なしか笑みが浮かんでいるようだ。
目の前には立ち尽くしている二体のドールがいた。
戦闘によるダメージはその衣服の乱れや素肌についた傷跡からも用意に察することが出来る。
ブラディサイズによるすっぱり切られた傷口からはまだ血が滴り、ビーストによって付けられた噛み傷とてそのままだ。
だが、目の前の二人はそれをまったく気にしていない。
いや、気にすることを禁じられているのだ。
今の二人は何も感じてはいない。
その目には何もうつしておらず、その心は空っぽ。
何も考えずに彼女の言いなりに行動するまったくの人形。
それはそれでゼーラの趣味に合うものではある。
だが、光の使徒として闇を打ち払わせるには、ある程度の自律行動が必要。
この娘たちはまさに拾いモノ・・・
仕上がれば究極の天使として“大いなる闇”との戦いを有利に進められるだろう・・・
そのためには心の形も変えなくてはならない・・・
この娘たちから不要な感情を取り除き、光に忠実な自律人形としなくてはならない・・・
だけど・・・
急激な変化はこの娘たちを破壊してしまう。
心が破壊され、それと同時に肉体にも損傷が出てしまう。
そんなことになればせっかくの原石をみすみす失ってしまうことになるのだ。
とりあえずの変化には耐えられたわ・・・
更なる変化が必要・・・
今のままでは“大いなる闇”が繰り出してくる『ビースト』とやらに対抗するだけ。
きちんと仕上げて行かなければ・・・
ゼーラの口の両端が吊りあがる。
にやりと言う形容が相応しい笑いを浮かべ、ゼーラは右手を差し出した。

「いらっしゃい」
呼んでいる・・・
「さあ、いらっしゃい」
誰?
誰が私を呼んでいるの?
紗希の目の前に手招きをする手が現れる。
白く繊細な指が妖しく動いて紗希を誘っている。
あ・・・
行かなくちゃ・・・
私は行かなくちゃ・・・
紗希はそのまま歩き出す。
ゆっくりと。
ゆっくりと歩き始める紗希。
その目に映るのは白い手だけ。
他には何も見えない。
ただその手にしたがって前に行く。
やがてその手は左右の腕となり、紗希の躰を抱きしめる。
あっ・・・
紗希の心がビクッと跳ねる。
触れてはいけないものに触れられたような感じ。
躰ではなく心が跳ねて逃げ出そうとしている。
あ・・・
だめだ・・・
逃げなくちゃだめだ・・・
これに触れてはいけない・・・
ここに居てはいけない・・・
でも・・・
でも躰が・・・
躰が動かないよぉ・・・
紗希の体はまるで糸で絡め取られたかのごとく動かない。
怖い・・・
怖いよぉ・・・
お母さん・・・
助けて・・・
助けてお母さん・・・

「うふふ・・・」
ホーリードールサキの躰を抱きしめるゼーラ。
その躰が硬くなっている。
まだまだ心が生きているのだ。
だが、無表情に見上げてくる少女の顔はゼーラを捉えて離さない。
「うふふ・・・可愛いわ」
ゼーラは優しくホーリードールサキの傷に手を当てる。
優しい光が散って、傷口をふさいで行く。
撫でるように傷に沿って手を這わせるゼーラ。
その後にはすべすべした肌が傷など無かったかのように現れるのだ。
「傷はいくらでも修復が可能・・・でも、心が破壊されれば修復は不可能」
だからこそ・・・
壊れる前に形を変える。
光の使徒としての心の形に作り変えるのだ。
「可愛がってあげる・・・」
そっとホーリードールサキに口付けをするゼーラ。
柔らかな唇。
みずみずしいさくらんぼのようだ。
ゼーラはそっと唇を離し、そのまま手でまぶたを閉じさせる。
「力を抜きなさい。ホーリードールサキ」
その言葉にホーリードールサキの躰の緊張が解ける。
もたれかかるようにゼーラの腕の中に身を任せるホーリードールサキ。
「そう・・・いい娘ね」
ゼーラが再び手をかざすと、ホーリードールサキの衣服は光の中に溶け去り、まだあどけない少女の裸体があらわになる。
「可愛い・・・」
ゼーラは再びホーリードールサキの頬にキスをすると、その躰を抱きかかえて立ち上がる。
そのまま光の中に白いベッドを形作ると、そっとホーリードールサキの躰を横たえた。
「さあ、次はあなたよ。ホーリードールアスミ」

『それでは次のニュースです。本日午後四時過ぎ、○○市の駅前で多数の死傷者がでる大変痛ましい事故が起こりました』
クス・・・
ソファーにくつろぎながら夜のニュースを眺めている留理香。
夕方のことが報道されていることに、思わず笑みがこぼれる。
『路線バスを含む十数台の玉突き事故により、少なくとも死者35人。重軽傷者10人の大惨事となりました。現場からの中継です』
『こちら現場です。この時間になりましても周囲は立ち入りが制限されております』
レポーターの後ろに夜の闇を切り裂く赤色回転灯の群れが映し出されている。
『被害を大きくしたのは、事故に路線バスが含まれていたことと、直後に漏れ出した都市ガス、及び事故に巻き込まれて横転したタンクローリーから漏れ出した化学薬品による混合気が強い毒性を発揮してしまったためとのことが消防よりの発表で明らかになっております』
くすくす・・・
事実を隠蔽するわけね・・・
それがいつまで続くのかしら・・・
おろかな人間ども・・・
『また、その混合気を吸った方々には強い幻覚症状が現れたのも特徴で、奇怪な生物とか、二人の少女が現れたなどと意味不明な言動をする方々が相次ぎ、現在病院で検査を受けているところです。現場からは以上です』
『岸原さん、これは事故ということで間違いないんでしょうか?』
『はい。今のところ警察も消防も人為的に引き起こされたものとの見方は否定しております。信号無視による交差点での接触事故が、こういった大惨事を引き起こしてしまったものと見られております』
『わかりました。何かありましたらまた伝えてください。以上現場から・・・えーと、今入りましたニュースです。事故の影響か夜八時ごろ○○市市街地に程近い住宅地で大規模なガス漏れが発生。現在周囲が立ち入り禁止になっており、住民が避難されているとのことです。詳しい情報が入り次第お伝えいたします。それではスポーツ』
なるほど・・・
レディベータの放ったビーストの件か・・・
留理香は笑う。
人間どもの愚かしさには笑いが出てしまう。
それほどまでして日常にしがみついていたいのか・・・
でもそれは儚い希望。
明日からはもっと絶望に打ちひしがれることになるわ。
そのときを楽しみにしていなさい。
狂った日常をたっぷりと味わわせてあげる。
うふふふ・・・
その時には・・・
留理香は二階を見上げる。
紗希は私のもの・・・

それにしても遅いわね・・・
時計に目をやる留理香。
デジタルの数字が22:46と表示されている。
クスッ・・・
宿題やりながら寝ちゃったかな・・・
留理香は微笑む。
時々紗希は机に向かったまま寝てしまうことがあるのだ。
きちんとまじめにやれば宿題だって授業だって問題ないくらいに理解力はあるのだが、躰を動かすことが好きな紗希は体力の消耗に躰がついて行けず、ついつい宿題の途中で寝てしまう。
「困った娘ね」
ちっとも困ってはいないような笑みを浮かべて、留理香は立ち上がった。
『きゃあぁぁぁぁぁ』
二階の部屋から悲鳴が聞こえる。
「紗希!」
留理香は青ざめる。
何も考えることなく躰が反応する。
二階への階段を駆け上がる留理香。

「紗希っ!」
まるで蹴破るかのようにドアを開けて部屋に飛び込む留理香。
「あ・・・お母さん・・・」
机から顔を上げ、寝ぼけたような表情を見せている紗希。
机の上には宿題の教科書とノートが広げられ、どうやらやはりその上で寝ていたらしい。
「紗希・・・大丈夫なの?」
思わず駆け寄って紗希の躰を抱きしめる留理香。
「お母さん・・・」
紗希の表情も和らぎ、躰に回されている留理香の腕を抱き取った。
「ごめんね、お母さん。居眠りして怖い夢を見ちゃったみたい」
「もう・・・困った娘ね。でも、なんともなくてよかったわ」
留理香はしばらく抱きしめていたが、やがてそっと手を離した。
「ごめんなさい」
ばつが悪そうにぺろっと舌を出す紗希。
居眠りは時々やってしまうが、悲鳴を上げるなんて初めてだ。
でも・・・
何で悲鳴なんか上げたんだろ・・・
紗希はちょっと考え込む。
だが、思い出せるはずも無い。
夢は目が覚めると忘れてしまうと明日美ちゃんも言っていた。
だったら思い出せないのも当たり前なんだろう。
「もういいわ。それで宿題は済んだの?」
「え? あ・・・ヤバ・・・」
紗希がうつむいてしまう。
まだ半分ぐらいしか終わっていなかったのだ。
「もう・・・仕方の無い娘ね。今日はもう遅いからお休みなさい。明日、先生に怒られるのよ」
にこやかにそう言って笑う留理香。
でも、宿題の一つや二つやらなかったからと言って、文句を言うような教師なら殺してやるわ・・・
留理香はひそかにそう思っている。
だいたい、紗希はいずれは下衆どもの上に君臨するようになるのだ。
それがわからぬようなら始末してしまえばいい。
「さあ、歯を磨いてお休みなさい」
「ハーイ」
紗希も覚悟を決める。
しょっちゅうというほどではないが、時たま忘れるのはいつものこと。
怒られるのはいやだけど、居眠りしちゃったのだから仕方が無い。
それに・・・
いざとなれば明日美ちゃんがいてくれる。
それは何より心強いことだ。
ちゃんとわけを言ってお願いすれば、きっと教えてくれるよね。
紗希はそう思いながら洗面所へ向かった。

「お父様、お母様、お休みなさい」
可愛らしいピンク色のパジャマに身を包んだ明日美が頭を下げる。
「ああ、お休み」
「お休みなさい、明日美」
にこやかに笑顔を返してくる明日美の両親。
口ひげを蓄えたスマートなダンディという感じの父親と、有能な秘書といった趣を漂わせている母親。
浅葉グループ傍流といえども一つの企業群を任されている父親は、やはりその片腕として明日美の母親を重役の一人として重用している。
だが、娘との時間を極力重視する意向も持っており、母親には午前中だけ会社にいてもらい、午後からは自宅でネットワークを使っての仕事をしてもらっているのだった。
明日美はそんな両親がとても好きだったし、誇りでもある。
もちろんだからと言って鼻に掛けるようなことはしない。
かえって母親一人で娘を育てている紗希の母親はすごく立派だとも思い尊敬しているのだ。
明日美は、いつもならお休み前にはふかふかベッドに入るのが幸せに感じて嬉しいのだが、今日はなぜか気が進まない。
「あの・・・お母様」
おずおずと前に進み出る明日美。
「?」
顔を見合わせる明日美の両親。
「どうしたの明日美?」
にこやかな笑顔を向ける明日美の母。
「あの・・・抱っこしてもらってもいいですか」
赤くなりながらも不安を隠しきれない明日美。
せめて抱いてもらうことで不安から逃れたかったのだ。
「ははは、明日美は甘えん坊だな」
「本当ね。しようのない娘」
そう言って笑いながらも明日美を抱きしめてくれる母。
抱きしめてもらいながらも、明日美は眠ることに不安を拭いきれなかった。

水色のパジャマ。
明日美ちゃんとおそろいのデザインのパジャマ。
お母さんがデザインして作ってくれたのだ。
先月明日美ちゃんがお泊りしに来たときに、お母さんが一緒に用意してくれたのだった。
歯を磨いてパジャマに着替えた紗希はベッドに向かう。
そしてベッドの端に腰を下ろしたところで、首から提げているペンダントを取り出した。
ペンダントを見つめる紗希。
やがてその瞳から光が消えていく。
虚ろな表情でペンダントを掲げる紗希。
ペンダントから青い光があふれ出し、ペンダントは徐々に形を変えていく。
光はそのまま細いツタが何本も伸びたようになり、ペンダントの周囲に絡まって形を成していく。
『ふふふ・・・可愛い可愛いドールたち。さあ、あなた方の心の形を変えましょう。よりいっそう光に染まるように・・・よりいっそう聖なるドールに相応しいように』
どこからかゼーラの声がする。
「は・・・い・・・」
意思の無い、何も映していない紗希の目がペンダントに注がれている。
その手にあるのは青く輝くヘルメット。
ペンダントに光のツタが絡み合って形を変えたものだ。
まるで光のレースで作られたようなそのヘルメットを紗希は捧げ持っていた。
『さあ、そのヘルメットを被るのです』
「はい・・・」
ゆっくりと紗希はそのヘルメットを頭に被る。

『さあ、そのヘルメットを被るのです』
「は・・・い・・・」
明日美も、意思を奪われてガラスのように何も映していない目を宙に向け、ゆっくりと光のレースでできたヘルメットを被っていく。
『それでいいわ・・・さあ、ゆっくりとお休みなさい。ホーリードールアスミ』
「はい、ゼーラ様・・・」
明日美はそのままベッドに入り目を閉じる。
二つの場所でほぼ同時に、二人の少女は光によって夢を見る楽しみを奪われていったのだった。

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  1. 2006/06/14(水) 20:46:36|
  2. ホーリードール
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ビーストの浄化

ホーリードールの12回目です。

戦闘シーンは難しい。
上手く戦っているように感じていただければ幸いです。

12、
「グルルル・・・」
脇腹に負った傷は浅くはない。
だが相手も一方は手負い。
私の牙でとどめを刺してやる。
私はビースト。
闇の力を得たビースト。
光なんかに負けはしない。
「グルルル・・・」
再びうなり声を上げ、ビーストは飛び掛った。

ビーストが飛び掛ってくる。
その鋭い牙は彼女たちをたやすく切り刻む。
だが、相手は一体に過ぎない。
闇の少女は手を出してこない。
なぜかはわからないが好都合。
であれば、一体が牙に捕らえられているときはもう一体は自由に動けることになる。
動きが鈍いのはどちら?
ホーリードールサキはレイピアを構えてジャンプする。
敵の狙いはホーリードールアスミ。
であれば、ホーリードールアスミが牙に捕らえられたときこそがチャンス。
飛び上がったホーリードールサキは空中で一回転すると、何のためらいもなくレイピアをホーリードールアスミに向かって突き出した。

飛び掛ってくるビースト。
無表情にそれを眺めているホーリードールアスミ。
彼女の脇ではホーリードールサキがジャンプして戦闘体勢に入って行く。
彼女の狙いはただ一つ。
ビーストを浄化すること。
そのためにはビーストの動きを止めなくてはならない。
動きを止める。
簡単なこと。
動かなければそれでいい。
彼女はただまっすぐに立ち尽くして、次の瞬間を待った。

目の前で光の少女が立ち尽くす。
それは先ほどの狩りの時と同じ光景。
抵抗のすべを持たない人間どもは、あまりの恐怖に立ち尽くす。
子供を抱えた母親も、タバコを吸っていた男性も、バッグを持って帰路を急ぐOLも、みんな私の前では立ち尽くす。
目を見開いて恐怖におびえ、叫び声を上げることすらできないままにのど笛を噛み切られる。
それは一瞬の出来事。
口の中に広がる温かい甘さ。
金属の味が食欲をそそる。
血しぶきが飛び散り、ひゅうと空気の漏れる音がして肺の中の空気が出て行く。
あとは倒れるのみ。
心臓が数回鼓動を行なうが、それで終わる。
美味い心臓にありつける。
そんな先ほどの光景が脳裏をよぎる。
たったそれだけ。
たったそれだけが致命的だった。
ビーストの目は赤いコスチュームから覗く白い首筋だけに注がれる。
うっすらと浮き出る血管すら見えるようだ。
白磁のような白い肌。
そこ目掛けて飛び掛る。

ザシュッ!!
黒い液体が周囲に飛び散る。
重たい衝撃がのどを貫く。
さっきまで目の前にあった白い首筋は今も目の前。
躰が止まっている。
獲物を押さえつけようとした前足は光の少女の肩に食い込んでいる。
だが食いつけない。
躰が前に行かない。
イタイ・・・
イタイイタイ・・・
イタイイタイイタイ・・・
のどが焼け付く。
何が起こったの?
私に一体何が起こったの?

「ビースト!」
それは一瞬の出来事。
わずかの間に形勢は変わる。
ビーストが食いつくはずだった光の手駒は立ち尽くし、ビーストは上空からのどを地面に串刺しにされていた。
地面に叩きつけられるビースト。
その背中に乗り、のどを貫くレイピアをさらに押し込む青の少女。
「ビースト!」
レディベータはただ叫ぶ。
自分の作り出したビーストが今まさに敗れた瞬間。
もはやあのビーストの命は長くない。
死ぬ。
消滅する。
跡形もなくなってしまうのだ。
「ビースト!」
また叫ぶ。
叫べばあのビーストが立ち上がるかのように。
事実それは立ち上がる。
四つん這いで背中の少女を振り落とすように。
実際は少女の方が降りたに過ぎない。
青いレイピアを抜き去り、次の獲物を狙っている。
なんだろう・・・
レディベータの頬に何かが流れる。
なんだろう・・・
手駒同士の戦いでこちらが手駒を失ったに過ぎないのに・・・
「グルルル・・・」
よたよたとよろめくようにビーストは彼女の方に向かってくる。
その目はじっと彼女を見つめている。
「ビースト!」
ぽたぽたと足元が濡れる。
目が霞んでよく見えない。
どうしてだろう・・・
どうしてこんなに胸が苦しいんだろう・・・

「コロナ!」
ホーリードールアスミのかざした手から白いオーラが舞う。
「ぐぎゃぁぁぁぁぁぁ」
黒い大型犬のようなビーストの足元から炎が吹き上がり、彼女の全身を焼き尽くす。
火柱が消え去った時、そこには炭化した女性の死体が転がっているだけだった。
「浄化完了」
「残るは彼女」
二人は無表情でうなずく。
ホーリードールサキはレイピアを再び構え、ホーリードールアスミは転がっていた杖を手にする。
「つっ・・・」
思わず肩を押さえるホーリードールアスミ。
肩の傷は深かった。

目の前で風に吹き散らされていくビーストだったものの灰。
そこにはもう何もない。
彼女が作り出したビーストは消えてしまった。
光の手駒に消されてしまった。
赦せない・・・
赦せないよ・・・
この二人・・・殺す!
殺してやる!
レディベータが両手を高く上げる。
その頭上に闇が渦を巻き始め、その中から巨大な長柄の鎌が現れる。
しっかりと両手でその鎌を受け取るレディベータ。
「行くよ、“ブラディサイズ”」
レディベータは大鎌を構えた。

「死ねぇぇぇぇぇ!」
大鎌を振りかぶり突進するレディベータ。
「かわす」
「ええ」
飛び上がって初撃をかわす二人のホーリードールたち。
レディベータの大鎌はうなりを上げて空を切る。
まるで空間すら切り取られたかのように、触れてもいない街灯がすっぱりと断ち切られる。
「!」
あまりの威力に目を見張る二人。
轟音を立てて倒れる街灯が土煙を上げた。
「うふふ・・・どう? 私のブラディサイズ。いい切れ味でしょ」
こともなげに大鎌を構え直すレディベータ。
黒いレオタードを纏った少女には似つかわしくない大きさだ。
「うりゃぁぁぁぁぁぁ!」
素早く駆け出し、二撃目を繰り出すレディベータ。
「ハアッ!」
ホーリードールサキの青いレイピアが斬撃を受け流そうと鎌の刃に挑むが、もとより受けきれるものではない。
乾いた金属音を発して宙に舞う青いレイピア。
「ドールサキ!」
すぐさま援護すべくホーリードールアスミより呪文が放たれる。
白いオーラが先ほどと同じようにレディベータに纏わりつく。
「やあっ!」
しかし、レディベータが大鎌を一旋すると白いオーラはかき消され、呪文は効力を失った。
「そんな、まさか・・・」
「甘いわよ! 私はデスルリカ様より漆黒の闇を賜った女。あなた方とは出来が違う!」
駆け込みながら大鎌を振り回すレディベータ。
その鋭い切り込みにホーリードールアスミも思わず後ろへジャンプする。
「ドールアスミ!」
「大丈夫ですわ。それにしても手強い・・・」
お腹を押さえて膝をつくホーリードールアスミ。
大鎌によって切り裂かれた空間がまたしても傷口を作っていた。
「でも浄化しなければならない。闇は駆逐する。ゼーラ様のために」
ホーリードールアスミがすっと立ち上がる。
「うん。闇は駆逐する。ゼーラ様のために」
ホーリードールサキは弾かれたレイピアを拾い、素早く天にかざす。
「大いなる光よ。我に力を・・・」
パチパチと音がして、周囲の街灯の電球がはじけ飛ぶ。
その放電が電気の球となり、ホーリードールサキのレイピアの上で巨大な塊となる。
「雷爆!」
そのままレイピアをレディベータに向かって振り下ろすホーリードールサキ。
巨大な電気の塊はそのままうなりを上げてレディベータに襲い掛かった。

「闇の抱擁!」
だが、レディベータの左手が彼女の前で円を描くと、漆黒の闇が広がって球電を飲み込んでいく。
「そんな?」
闇に吸い込まれた電気の塊はなんら意味を持たずに消え去ってしまう。
「それではこれを!」
ホーリードールアスミの杖が空間に円を書き、魔法陣が作り出される。
「フリーズクラッシュ!」
魔法陣の中央から強烈な冷気が噴出し、レディベータを襲う。
近くにあるものを凍らせて進む冷気の固まり。
一瞬にして進路上の地面もベンチも樹木も凍りつき、レディベータそのものすら凍りつかせる。
「やった」
次の瞬間には凍ったもの全てが粉砕されるはず。
いかに闇の少女といえどもこれにはかなわないだろう。
「やあっ!」
だが、そんな思いはこの一言で消し飛んでしまう。
ベンチも樹木も細かく粉砕されたのに、レディベータの足元にはただ細かい氷のかけらだけ。
大鎌を構えた少女はまったくの無傷だった。

「今度はこっちが行くわ! ブラディサイズ!」
大鎌を振り上げてホーリードールサキに向かうレディベータ。
雷爆もフリーズクラッシュも効かない相手では不利はまぬがれない。
レイピアを構えてあとずさるが、それよりも速く大鎌の切っ先がホーリードールサキのコスチュームを真横に薙いだ。
「うああっ!」
赤い血が飛び散り、ホーリードールサキががくりと膝をつく。
「ドールサキ!」
思わず駆け寄ろうとするホーリードールアスミ。
だが、返す刀で横薙ぎにされる大鎌の一撃がホーリードールアスミをも切り裂いていく。
「キャアッ!」
躰をかばった右腕にすっぱりと裂け目ができ、血がしぶく。
「あははははは・・・死ね死ねぇっ!」
とどめとばかりに大鎌を振り上げるレディベータ。

『限界のようね。お下がりなさい』
二人の頭の中に声が響く。
「ゼ、ゼーラ様?」
「ゼーラ様?」
二人は思わず口にする。
『今のあなたたちでは勝てない相手。ここは下がるのです』
「ハイ、ゼーラ様・・・」
「仰せのままに・・・」
二人の体が光に包まれる。
「う・・・何・・・」
まばゆい光に一瞬幻惑されるレディベータ。
光は巨大な球となり、やがてハレーションを起こして周囲を白く染めて行く。
「く・・・」
やむを得ずに目を閉じ、光が収まるのを待つレディベータ。
やがて光が収束し、あたりは再び夜のしじまに覆われる。
だが、二人の光の少女の姿はどこにもいなかった・・・
[ビーストの浄化]の続きを読む
  1. 2006/06/07(水) 21:55:20|
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ゼーラ様のために

久し振りのホリドルですー。
SSはブログのネタ考えなくていいから楽だなぁ。

ということでよければお楽しみ下さいませ。

11、
「ググ・・・グルルル」
低いうなり声を発しながら肉を咀嚼するビースト。
黒い短い毛を全身に生やしたその姿はまさにドーベルマンだったが、女性らしい柔らかなラインは崩していない。
しなやかで美しいメス犬のビーストだ。
先ほどまで悲鳴を上げていたOLもすでに足元で事切れている。
内臓を美味そうに咀嚼するビーストを楽しそうにベンチに座って見ている黒い少女。
黒いレオタードと手袋にブーツを身に着けていて大人びているが、その表情はあどけない。
公園の中にはあちこちに血だまりができている。
通りには赤色回転灯が静かに回っているミニパトカー。
そのフロントウィンドウには血がべっとりと付いていた。
近くの家からは開け放たれた扉や窓から楽しそうなテレビの音が聞こえ、血の匂いが漂っている。
寒々とした街灯の明かりだけが他に誰もいなくなった公園内を照らしていた。
「マダ・・・タリナイ・・・」
口から血を滴らせながらうめくようにつぶやくビースト。
強烈な空腹感が彼女を突き動かしている。
食われる恐怖は食う楽しさへと変わり、獲物を引き裂くことが楽しくて仕方が無い。
わずか三十分の間に彼女が食い殺した獲物は二十人を下るまい。
じっくりと腰を落ち着けて食うつもりなどない。
獲物は一番美味いところだけ食えばいい。
それは心臓。
脳も美味い。
獲物が何を食べたかによって味が変わるのが内臓。
胃や腸は当たり外れがあるのだ。
だから襲う。
美味い心臓と逃げ惑う獲物を狩る楽しさ。
二つが両立することをなぜ知らなかったのだろう。
笑い出したいくらいに気持ちがいい。
あの黒い少女のおかげ。
ベンチに座ってこっちを見ている黒い少女のおかげ。
だから従う。
あの少女の言葉には従う。
でも制止はされてない。
だから襲う。
人間を襲ってやる。
ビーストはまた走り出した。

「昼間の奴よりは動きが良さそう・・・」
一軒の屋根の上に現れる青い光。
それは形を整えると青を基調としたミニスカート型のコスチュームを身に纏った少女となる。
額には青い宝石の嵌まったサークレットが輝き、その目は冷たく何の感情も浮かんではいない。
「ぶざまですわ。食い殺すしか能がないなんて」
向かいの家の屋根に現れる赤い光。
やはり赤を基調としたミニスカート型のコスチュームを纏った少女となる。
色違いのおそろいのいでたちをした少女もやはり無表情でビーストを見下ろしている。
その目はガラスのようでただ物事を映し出しているに過ぎないかのようだった。
「さっさとやっちゃおうよドールアスミ」
「ええ、このような闇の存在を赦しては置けませんですわ。ドールサキ」
二人は躊躇うことなく、ビーストの前に飛び降りた。

「あれは?」
立ち上がったレディベータの表情がゆがむ。
忘れもしない。
光の手駒。
私を見捨てた光の手駒だ。
突然現れた二人の光の手駒に戸惑っているビースト。
今までのようにたやすく襲える相手ではないとその感覚が教えているのだろう。
「ビースト! 食い殺せ!!」
レディベータは憎しみを込めて言い放った。

飛び掛るビースト。
その素早さは並ではない。
人間なら避けることなどできない速度だ。
鋭い牙がアスミに向かってうなりを上げる。
「・・・・・・」
無言で杖を構えるアスミ。
動きを読んでいたのか、その杖ががきっと音を立ててビーストの牙を止める。
「やあっ!」
青いレイピアが街灯の明かりに輝いてビーストの脇腹に向かう。
しかし、逆にビーストの後ろ足がサキの脇腹にめり込み、彼女を吹き飛ばした。
「ぐあっ!」
もんどりうって倒れるサキ。
「ハッ!」
アスミは杖に食い込んだ牙をそのままに右手の平をビーストに向ける。
光が集中して火球を作り出すが、すぐさまビーストは飛び退って態勢を整える。
「やるな・・・」
「戦闘力はかなりのものですわ」
起き上がったサキのカバーに駆け寄るアスミ。
「グルルル・・・」
牙をむき出して二人の少女と対峙するビースト。
その目はらんらんと輝いている。
「闇の女は後回し。今はあのビーストを片付けましょう」
「うん。ゼーラ様の邪魔をする奴らは赦さない!」
すっとレイピアを構え直すサキ。
「ええ、ゼーラ様に逆らうものは消去する」
無表情に杖を構えるアスミ。
その杖の先がビーストに向き、氷の刃がいくつも飛び出して行く。

「ガアッ!」
ジャンプするビースト。
その足元にいくつもの氷の刃が突き刺さる。
「甘いわよ。ビーストの運動能力を舐めないでね」
レディベータが笑みを浮かべる。
だが、ビーストの回避した先には青いレイピアを持ったサキが突進していた。
「やあっ!」
青い光が一閃する。
どす黒い液体が飛び散った。

「グルルル・・・」
脇腹から血が滴る。
だが致命傷には程遠い。
痛みさえ無視すれば動きに支障はない。
よくも・・・
よくも私を・・・
死ねっ!
ビーストは飛び掛った。

「あうっ」
「ドールアスミ!」
杖が弾き飛ばされる。
可愛い顔が地面に叩きつけられた。
「あぐっ!」
ビーストの爪がコスチュームを切り裂き、まだ膨らみきらない胸をあらわにする。
「ドールアスミ!」
サキのレイピアがビーストの背中を襲う。
しかし、一瞬早くビーストは飛び退ってサキをにらみつけていた。
「ドールアスミ!」
「大丈夫ですわ。戦闘行動に支障はありません。ですが、呪文への集中力が・・・」
アスミがふらつきながら立ち上がる。
「くそっ!」
サキはビーストとアスミの間に割り込んでアスミをカバーする。

「あははは・・・私が手を出すまでもないわね。さっさとビーストに食われちゃいなさい」
手の甲を口元に当てて笑うレディベータ。
「デスルリカ様に気をつけなさいって言われていたけど、光の手駒を倒すなら早いほうがいいわよね」
光の手駒といえど、この程度なら恐れることはない。
ビーストに始末させればデスルリカ様もお喜びになるに違いないわ。
レディベータの赤く染まった瞳が月明かりに輝いていた。

「ガアアッ!」
飛び掛るビースト。
その鋭い牙を避け、サキはレイピアを叩き込む。
もともとの紗希の運動神経のよさからか、ホーリードールサキの敏捷性も並ではない。
爪と牙をぎりぎりでかわして、レイピアの切っ先を突きこんだのだ。
びしゃっと音がして地面に再び血が撒き散らされる。
「グルル・・・」
「ビースト!」
レディベータの驚愕の声。
回避するというより自ら飛び込むような形で剣を使ってくるとは・・・
「これを!」
胸の前で両手を交差させ、呪文を唱えるホーリードールアスミ。
その手を頭上に掲げて振り下ろす。
巨大な火球がビーストに襲い掛かり、その身を焼かんとする。
「ガアッ」
だが、ビーストは先ほどのサキと同じようにアスミに飛び掛って行くことで火球を避け、同時にアスミの肩口に食らいついた。

「きゃあぁぁぁぁぁ」
「ドールアスミ!」
血しぶきが上がる。
肩口を押さえて倒れこむホーリードールアスミ。
その頭をビーストが押さえ込む。
「あうっ」
爪が髪の毛に食い込み、血が滲む。
「ドールアスミを離せっ!」
青いレイピアがなぎ払う。
ビーストはしなやかに飛び退って態勢を整えた。
「ドールアスミ!」
「クッ・・・ごめんなさいドールサキ。戦闘力を著しく低下させてしまいました」
肩を押さえながらも立ち上がるホーリードールアスミ。
「戦えないの?」
「いえ、まだ大丈夫です」
「そう・・・なら戦って。ゼーラ様のために」
冷たく言い放つホーリードールサキ。
ホーリードールアスミは黙ってうなづいた。
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  1. 2006/06/02(金) 21:22:27|
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今日はホーリードールの10話目です。

相変わらずちょっとずつですが、楽しんでいただければ幸いです。

10、
「あ・・・ああ・・・」
沁み込んでくる闇。
怖い怖い怖い・・・
自分が自分でなくなっていく恐怖。
沁み込んでくる闇は彼女の心も躰も作り変えて行く。
いやよいやよいやよ・・・
助けて助けて助けて・・・
「あぐぐぅ・・・」
ビキビキと躰が音を立てて行く。
その苦痛は凄まじい。
「ぐぎぃぃぃぃ・・・」
あまりの苦痛に悲鳴を上げてしまう。
普通ならその声を聞けば誰かがそばへ来そうなものだったが、今ここには誰も来ない。
いるのはただ一人。
彼女のその苦痛を与えた本人だ。
「ああ・・・あああ・・・」
「ふふふ・・・」
邪気の無い笑顔。
漆黒と言っていい髪の毛にまがまがしいカチューシャを嵌め、同じく漆黒のレオタードを着た少女。
その笑みは目の前で苦痛に苛まれているものに向けられたものだ。
「どう? 気持ちいいでしょ? やがてはその苦痛があなたを生まれ変わらせてくれるのよ」
「あががが・・・」
宙を仰ぎ目を見開いている女性警官。
その苦痛のため躰はピンとしなり、口は開かれたままとなる。
誰も通らない夜の通りで、それは異様な光景だった。

闇が心に沁み込んで行く。
それは彼女の心の傷と合流する。
あれはいつのことだったろうか・・・
大きな犬がにらんでいる。
今ならわかる。
あれはドーベルマン。
凶暴な大犬だ。
私はただ震えている。
逃げたくても逃げられない。
お父さんもお母さんも近くにはいない。
誰も助けてはくれない。
犬は私をにらんでいる。
牙をむき出しにして涎を垂らしている。
食べられる。
私は食べられる・・・
怖い怖い怖い・・・
助けて助けて助けて・・・
でも・・・
誰も助けてはくれなかった・・・
私はあの犬に食べられたんだ・・・
今でも残る右腕の傷・・・
泣いていた私のところへ誰かが来て犬を引き離してくれた・・・
それからどうなったのか私は知らない。
でも、私は食べられた。
私は食べられた・・・
もう食べられるのはいやだ・・・
食べられるなんて絶対にいやだ。
食べられるぐらいなら食べてやる・・・
食べてやる・・・
食べて・・・やる・・・
タベテ・・・ヤル・・・

指先の爪が伸びていく。
鼻が前方に突き出し、口元が引き裂けていく。
筋肉が膨らみ、表皮には毛が生えてくる。
ストッキングも制服も引き裂き、肉体をあらわにしていく女性警官。
その柔らかなラインがしなやかさの中にも強靭さを兼ね備えていく。
「ググ・・・グルルルル・・・」
人間とは思えないうなり声が上がる。
人間にはありえない尻尾をぴんと立てて四つん這いになる女性警官。
「うふふふ・・・あなたの闇は犬なんだ・・・あははは」
高らかに笑うレディベータ。
「グルルル・・・食ラウ・・・食ラウ・・・」
犬のビーストと化した女性警官は飢えを満たすべく獲物を探す。
「ふふ・・・そうよ。全て食べちゃいなさい!」
「アオ~~~ン」
レディベータの命に高らかに雄たけびを上げて走り出すビースト。
その先に待つものが殺戮であることにレディベータは満足を覚えていた。

食事を終えて自室で宿題を解いている明日美。
その胸に赤い石の嵌まったペンダントが輝いている。
それは不思議なペンダントで、どこで手に入れたのかまったく思い出せない上に、いつから提げているのかも思い出すことができなかった。
「先ほどお母様にお訊きした時も、見覚えが無いって言っていらしたわ。いつの間に私はこれを提げていたのでしょう・・・」
宿題を解く手を休め、ペンダントを手に取る明日美。
それを見ていると奇妙な感情がよぎる。
不気味なものを見るときのような恐れとも思える感情と、大切なものを手に取ったときの何となくせつないような暖かい感情が混じるのだ。
「紗希ちゃんも提げていましたわ。お揃いで手に入れたということはどこかへ一緒に出かけたときのことだと思うのですが・・・」
だとしたらきっとわいわい言いながら選んだに決まっているのだ・・・
そんな楽しい思い出ならば忘れているはずが無い・・・
忘れてしまうなんてそれこそ紗希ちゃんに失礼だ・・・
「それにしても不思議ですわ・・・」
楽しく二人で選んだ物のはずなのに、この見ていると背筋が凍るような気持ちはどうしてなのか・・・
「まるで・・・」
まるで何か持っていてはいけない物のよう・・・
「えっ?」
突然ペンダントが光り始める。
いけない!
明日美はとっさにそう思う。
このペンダントが輝く時、よくないことが起こる・・・
だが、明日美の目はその輝きから目をそらすことはできなかった。

「はあ・・・満足ぅ」
美味しいオムレツを食べ終えて、紗希は自室のベットに寝転んだ。
満腹の紗希は幸せこの上ない笑顔を見せている。
だが・・・
「はう~・・・そういえば宿題があったんだぁ」
天国から地獄へ突き落とされたような悲しげな声。
上半身を起こして机に向かおうとした紗希の胸でペンダントが揺れる。
「あ・・・」
思わずペンダントを手に取る紗希。
青い石が嵌まっているペンダント。
明日美ちゃんとお揃いのペンダント。
それは二人の友情の証。
いつ買ったのか、それとも明日美ちゃんからお誕生日にもらった物だったろうか・・・
忘れちゃって思い出せないけど、大事なのは明日美ちゃんとお揃いであるということ。
このペンダントがある限り、明日美ちゃんはそばにいてくれる。
無くしたら大変。
紗希はすでに着替えたパジャマの内側にペンダントを入れようとした。
「えっ?」
ペンダントは突然光り始める。
「な、何々?」
青い冷たい光が部屋中に広がった。
「あ、ああ・・・だめぇっ!」
紗希は言い知れない恐怖を感じていた。

「ああ・・・あああ・・・」
ぺたんと床に座り込む若い女性。
ちょっとした買い物から帰ってきた時、その異変に遭遇したのだ。
くちゃくちゃと何かを咀嚼する音。
ぽたぽたと滴り落ちる赤い液体。
それが何であるか彼女は知らない。
いや、知りたくはない。
彼女の疑問は、なぜこんな所に巨大な獣がいるのだろうかということと、何を食べているのだろうということ、それと先ほどまでテレビを見ていた夫とベビーベッドで寝ていた赤ちゃんがなぜいなくなっているのかということだけだった。
室内は赤かった。
どうしてか知らないが赤く塗られていた。
ペンキをぶちまけたようにところどころだけ赤い室内。
誰がこんなことをしたのだろう・・・
夫が帰ってきたら怒られちゃうわ・・・
きっとこんなに赤かったら、いくら赤ちゃんって言っても気持ち悪がるだろうな・・・
綺麗な赤じゃないんだもの・・・
何かどす黒いような・・・
ぎろりと獣の目が彼女をにらむ。
「あは・・・」
へたり込んだ彼女の足元から湯気が上がる。
ヒュッと風が動き、室内に新たな赤い色が撒き散らかされた。
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  1. 2006/04/04(火) 19:44:27|
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美味しいオムレツ

今日は久し振りにホーリードールの投下をしますね。

久々なので、ちょっとだけですが、楽しんでいただければ幸いです。

9、
「あれ?」
自宅へ帰ってきた紗希は、七時近いにもかかわらず明かりがついていないことに気が付いた。
「お母さん、まだ帰ってきていないんだ・・・」
ちょっと心配になる紗希。
留理香はいつも六時半ぐらいには自宅に着いている。
会社の残業などはほとんど無かったのだ。
「どうしたのかな・・・まあ、遅くなったことを怒られなくてよかったけど」
ペロッと舌を出し、いたずらっぽく笑う紗希。
そのまま玄関へ行き鍵を開ける。
「ただいまぁ」
そう言って靴を脱ぎ、居間に入って行く。
室内はしーんとしており、ちょっと寂しい。
いつものことだけど、今日は暗くなってしまっているので、余計に寂しく感じるのかもしれない。
「えへへ、ちょっと寂しいよね」
紗希は灯りをつけて、テレビをつける。
すぐに景気のいいCMの音が室内にあふれてきた。
これで少しは寂しさがまぎれると言うもの。
紗希は二階へ上がって自分の部屋に鞄を置くと、再び下へ降りてくる。
今日はおやつを食べていないので、ちょっとお腹が空いている。
「う~・・・今何か食べちゃったら、晩御飯入らなくなっちゃうよね・・・」
冷蔵庫の前で立ち止まり、逡巡してしまう紗希。
「う~・・・我慢我慢」
首を振って流し台に向かう紗希。
「洗い物は残っていないし・・・メモも無いか・・・」
留理香は基本的に出かける前に家事を済ませて行く。
何かしておいて欲しいことがある時にはメモを残してあるはずなのだ。
「今晩は何をするつもりなのかなぁ・・・」
結局冷蔵庫を開けて中を覗きこむ紗希。
幾つもの食材が整然と並べられて、留理香の几帳面さがうかがえた。
「うーん・・・わかんないや」
冷蔵庫を閉めて居間に戻る紗希。
ソファに座ってテレビを見る。
テレビでは夕方に起こった奇妙な生き物によるバス襲撃事件が放映されていた。

ファッションビルの入り口から現われる三人の女。
その姿は生まれ変わる以前の姿となんら変わることは無い。
シックなブラウンのスーツに身を包んだ荒蒔留理香と、パステルグリーンのスーツの上坂美野里、それに白のブラウスとチェックのスカートを身につけた小鳥遊雪菜の三人である。
「うふふふ・・・いいわね、レディベータ。次はあなたの力を見せて御覧なさい」
「はい、デスルリカ様。お任せ下さいませ」
にこやかに微笑む雪菜。
だがその笑みは昼に紗希や明日美に見せた笑顔ではなかった。
「うふふ・・・期待しているわよ、ベータ」
「ありがとうございます、アルファ様」
美野里が雪菜の躰をそっと抱く。
雪菜は甘えるように躰を寄せた。
「レディアルファ、あなたは確か一人暮らしね? 次の指示があるまで普段通りにしていなさい」
「はい、デスルリカ様」
美野里がうなずく。
「いいこと、二人とも。光の手駒が現れたからにはそれの排除が必要だわ。くれぐれも単独で狙われないようにね。もっとも、あなたたちの闇の力は強力ですから、心配はいらないと思うけど、気をつけるに越したことはないわ」
「わかりました、デスルリカ様」
「ご心配にはおよびません」
二人の可愛いしもべたちを見て留理香も微笑む。
この娘達ならば充分に闇の力を発揮してくれるだろう・・・
あとは・・・
「うふふ・・・さて、帰りましょうか」
「「はい、デスルリカ様」」
三人は笑みを浮かべ、それぞれの方向へ帰っていった。

スーパーの買い物袋を提げて帰ってくる留理香。
「遅くなったわ。きっと紗希はお腹空かせているわね」
紗希のことを考えるとつい笑みがこぼれるのは仕方が無い。
我が娘ながら夫の影響を受けたのか、運動神経はかなりいいほうだろう。
もっとも、その分燃費が悪いのか、紗希はご飯をよく食べる。
育ち盛りの子供だから当然だし、美味しく食事をしてくれる紗希は料理の作り甲斐もある。
今日はどんな笑顔で食べてくれるかと思うと、自然と顔がほころぶのだ。
「ただいま」
玄関をくぐる留理香。
「お帰りなさーい」
すぐに居間から紗希が顔を出してくる。
「遅くなってごめんね。ちょっと新しい仕事ができたものだから」
そう・・・世界を闇に染めるという大事な仕事が・・・
「ううん、大丈夫だよ。でも、お腹空いちゃったよー」
「うふふふ、待っててね。すぐに用意するから」
留理香は靴を脱ぐと、肌色のストッキングに包まれた綺麗な足を台所へ運んで行く。
「お母さん、手伝うよ。今日はなに作るの?」
「ありがとう・・・そうね・・・ハンバーグとも思ったんだけど、オムレツなんかどう?」
買い物袋からひき肉と卵を取り出す留理香。
「あ、オムレツいいな。そうしようよ、お母さん」
紗希もにこやかな笑みでたまねぎを取り出し、水洗いを始める。
二人はいつものように仲良く晩御飯の準備を始めるのだった。

夜の闇が心地よい。
街のネオンの明かりが邪魔だったが、それもいずれは駆逐されるだろう。
「はあ・・・」
雪菜は胸に手を当てる。
闇の力を得て生まれ変わった自分。
それはなんて素晴らしいことなのだろう・・・
「デスルリカ様のおかげ・・・」
妖しい笑みが浮かぶ。
「ちょっと、そこのあなた」
呼びかけられた雪菜の顔が一瞬にして曇る。
せっかく気分よく歩いていると言うのに、どうしてこの下等な生き物どもは無粋なのだろう・・・
「やっぱり私たちが支配するべきなのよね」
「えっ?」
振り向いた雪菜の目に近づいてきた女性警察官が映る。
「もう八時近いのよ。こんなところで一人で何をしているの? 塾の帰り?」
にこやかに目線を合わせるべくしゃがみこむ女性警察官。
明るい栗色の髪の優しそうな女性警察官だ。
「ふうーん・・・うふふ・・・優しそうな人。あなたはどんな闇を持っているのかしらね」
「闇? 何を言っているのあなた?」
ちょっといぶかしげにする女性警官。
その不思議そうな表情をよそに、雪菜は妖しい笑みを浮かべる。
「うふふふ・・・」
突然雪菜の周りに闇がわだかまり始める。
「えっ? 何?」
驚く女性警官。
見る見るうちに闇は雪菜の躰を覆い、やがてその中から漆黒の衣装を纏った少女が現れる。
「え、ええっ?」
思わずあとずさる女性警官。
闇の中から現れたのは肩までの黒髪にカチューシャを嵌め、柔らかなボディラインをあらわにした黒いレオタードを着た少女だったのだ。
大人びた黒い手袋にロングブーツを履いていて、先ほどの少女とはまるで別人である。
「あ、あああ・・・」
思わずその発する気配に気圧される女性警官。
ぺたんと尻餅をついてしまい、スカートの中の下着とパンストのセンターシームが見えてしまう。
「うふふふ・・・あなたの中の闇を見せてもらうわ」
ゆっくりと近づくレディベータ。
「あ、あなたは一体?」
後ずさりながら青ざめた顔でレディベータの顔を見つめている。
「ふふ・・・私は闇の女レディベータ」
「レディベータ?」
「そう。私はレディベータ。あなたの闇を引き出してあげるわ」
レディベータはそう言って女性警官の頭を両手でガシッと押さえ込む。
「ヒッ! い、いやぁっ! 助けて松川さーん!」
必死で同僚の名を呼ぶ女性警官。
だが、近くのミニパトで待機している同僚は来てくれる様子がない。
「くすくす・・・無駄よ。私がすでに結界を張ったの。ここには誰も近寄れないわ」
「あ、あああ・・・」
恐怖の表情でレディベータを見上げる女性警官に、そっと口づけをするレディベータ。
「む、むぐ・・・」
レディベータの舌が女性警官の舌に絡まり、甘い液体が流れ込んでくる。
「あ、あぐ・・・」
「うふふふふ・・・」
唇を離すレディベータ。
どろっとした黒い液体がつと糸を引いた。

「美味しーい」
出来たてのオムレツを頬張る紗希。
その表情は幸せそのものだ。
ひき肉とみじん切りの野菜の甘さが卵に包まれて美味しいハーモニーを奏でている。
紗希は本気で母親の料理は世界一だと思う。
こんな美味しい料理は他には無い。
もっとも、この点については明日美とは意見を異にしてしまう。
明日美に言わせると世界一の料理は明日美のお母さんだそうなのだ。
そりゃあ、明日美ちゃんのお母さんのお料理は美味しいけど・・・
うちのお母さんの方が一番だよね・・・
紗希は思わず笑みが浮かぶ。
その様子を見ている留理香にも笑みが浮かんだ。
たっぷり食べなさい、紗希・・・
もうすぐこの世界は闇に閉ざされるわ・・・
その時にはあなたは私のそばで闇の女として生まれ変わるのよ・・・
私があなたを飛び切りの闇の女にしてあげるわ・・・
一緒にご主人様にお仕えしましょうね・・・
留理香はパクパクと食べている紗希の顔を見つめている。
「ん? お母さん、見つめられるとなんか食べづらいよ」
紗希が少し赤くなる。
思わず照れてしまったのだ。
「うふふ・・・ごめんなさい。紗希が闇の女になるのが楽しみだから・・・」
「えっ? 何のこと?」
「あ、なんでもないわ。気にしなくていいのよ」
留理香は自分の分を台所に取りに行く。
そういえば・・・
レディベータが光の手駒は紗希と明日美ちゃんに似ているって言っていたわね・・・
まさか・・・ね・・・
留理香は考えを振り払った。

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  1. 2006/03/21(火) 21:22:31|
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レディベータ

TVで戦国自衛隊のドラマをやっていますねぇ。
74式やUH-1Jといった戦車やヘリが活躍しています。

でも、弾がすぐに無くなっちゃいそうですね。

さて、ホーリードールの続きです。
ちょっとしか書けませんでしたが、お許し下さいませ。

8、
ああ・・・
気持ちいい・・・
雪菜はふわふわした気分に包まれていた。
暖かい・・・
ただ抱かれているだけなのにこんなに気持ちがいいなんて・・・
雪菜の目には何も映ってはいない。
「うふふ・・・そうよ・・・闇にその身をゆだねなさい」
デスルリカ様の声が聞こえる。
雪菜はその言葉のままに躰の力を抜く。
気持ちいい・・・
水の中に漂うような浮遊感と開放感。
「あなたは生まれ変わるのよ・・・脆弱な人間を捨てるの・・・」
「は・・・い・・・」
すごく安心する・・・
全てをゆだねてその声にのみ従う・・・
それだけで雪菜はこの上ない幸福感に包まれる。
人間を捨てる・・・
そんなものにこだわりはなかった。
この心地よい闇にただ浸っていたかった。
唇に柔らかなものが触れる。
それがキスだと気が付いた時、雪菜は至福の喜びに包まれた。

「雪菜。光とは何?」
虚ろな目をして宙を見つめている雪菜を抱きしめながら、デスルリカはそう問う。
「はい・・・光はすべての醜さを暴き出します・・・光は・・・憎むべき存在・・・」
雪菜は幸せそうに笑みを浮かべながらそうつぶやく。
「うふふ・・・いい娘ね。では人間はどうするべきかしら?」
「人間は・・・支配されるべき生き物です・・・」
雪菜の笑みは冷たい。
「そう。そして、それを支配するのがあなた。あなたは闇の女となるのよ」
「私は・・・闇の・・・女・・・」
嬉しそうにデスルリカに微笑む雪菜。
「ふふふ・・・そう・・・あなたは闇の女、レディベータ」
デスルリカがそう言うとともに漆黒の闇が雪菜の躰を包み込んで行く。
「ふあ・・・あは・・・気持ちいい・・・」
まるで繭に包み込んで行くかのように雪菜の躰は闇に覆われて見えなくなる。
「気持ちいいよぉ・・・」
雪菜の幸せそうな声だけが闇の中から流れていた。

無言で歩いている二人。
紗希も明日美も言葉を発しない。
二人で手を握り合いながらうつむいて歩いている。
それほど戦いは二人にとってはショックだった。
どうしよう・・・
紗希は戸惑う。
いつもなら紗希を励ましてくれるはずの明日美が落ち込んでしまっているのだ。
普段バカやって落ち込む紗希を助けてくれるのが明日美であり、明日美を慰めることなどほとんどなかったのだ。
「明日美ちゃん・・・」
心配そうに親友を見やる紗希。
明日美はさっきからうつむいたままで何も言ってくれない。
「お、お腹すいたね・・・お母さん、今日は何を作ってくれるかなぁ・・・あ、あはは・・・明日美ちゃんも食べて行くでしょ?」
「・・・・・・」
「え、と・・・そ、そういえばね、うちの隣の貴志川さんの猫が子猫を生んだんだよ。それがもうめちゃくちゃ可愛くて・・・今度一緒に見に行こうよ・・・」
「・・・・・・」
「あ、あうー・・・明日美ちゃん・・・」
途方に暮れる紗希。
「紗希ちゃん・・・」
「明日美ちゃん」
ハッとして明日美を見る紗希。
「ごめんなさい・・・今は何も答えられませんですわ・・・」
うつむいたままの明日美。
「う、うん。そうだよね」
紗希はやむを得ず頷く。

『ふう・・・予想通りとはいえ、これほどとは・・・仕方ないわね』
突然頭の中に響いてきた言葉に二人はハッとして身を硬くする。
「あいつだ!」
紗希はその声に聞き覚えがあった。
もちろん間違いようもなくゼーラのものである。
「いやぁっ!」
思わず明日美は耳を押さえてしゃがみこんでしまった。
「くそぉっ! 私たちをどうするつもりなの!」
『今回のショックを調整します。まったく・・・ドールへの調整に時間が掛かるとは思っていたけどこれほどとはね』
無慈悲に頭の中にゼーラの声が響く。
耳をふさいでいても関係ない。
「や、やめてぇ! 私たちに構わないで!」
「やめてくださいぃっ! もう私たちをいじらないでぇ!」
しゃがみこんで頭を振っている明日美。
『おろかな・・・お前たちはホーリードール。それを忘れないことね。調整を始めるわ』
「いやぁっ!」
「いやだぁっ!」
明日美も紗希も耳をふさいで叫び声をあげる。
しかし、二人の願いもむなしく、二人の首にかかっていたペンダントが光を発する。
「ああ・・・」
「いやぁっ!」
赤と青の光が二人を包み込み、二人の姿はかき消されていった。

「紗希ちゃん。紗希ちゃん」
大好きな少女漫画に熱中していた紗希は明日美に肩をゆすられて我に返った。
「あれ? もうこんな時間? ヤバ・・・早く帰らなきゃ・・・」
時計を見るとすでに18時を過ぎている。
いつの間にこんなに時間が経ったのだろう。
それにいつ本屋さんへ来たのだろう。
まったく覚えていないけど、マンガに夢中になっていて忘れちゃったのかな・・・
「ええ、いつの間にかずいぶん時間が経ってしまいましたわ。これでは家にお呼びするわけには行きませんですわね」
にこやかだが、ちょっと残念そうに明日美が店内の時計を見上げる。
「あう~・・・ごめんね。せっかくのアップルパイが・・・」
紗希も残念そうにうつむいてしまう。
「大丈夫ですわ。明日学校でお渡しできますわ」
「うん。ありがとう」
「さあ、帰りましょう」
明日美が差し出した手をがっちりと握る紗希。
二人は何事もなかったように本屋をあとにした。

闇が晴れて行く。
まるで煙が吹き散らされるように闇が薄れて行く。
その中から現れる一人の少女。
肩までの髪に漆黒のカチューシャ。
先ほどまでのあどけない表情は一変し、妖艶と言っていいような笑みを浮かべている。
ぬめるようにつややかな黒く塗られた唇を赤い舌がぺろりと舐める。
着ている物も一変し、白いブラウスは影も形もなくなってつややかな漆黒のレオタードを身に纏っていた。
両手には黒エナメルの長手袋を嵌め、両足には同じくロングブーツを履いている。
生まれ変わった雪菜がそこには立っていた。
「うふふふ・・・可愛い闇の少女の誕生ね。いらっしゃい。レディベータ」
「はい、デスルリカ様」
ゆっくりとデスルリカに近づくレディベータ。
その笑みはぞっとするほど冷たく、それでいて可愛い。
「私は闇の女レディベータ。デスルリカ様、これよりは何なりとご命令を」
微笑みながらデスルリカに寄り添うレディベータ。
「うふふ・・・可愛い妹ができたようだわ」
レディアルファがいとしそうにレディベータをそっと抱きしめる。
「ありがとうございます、レディアルファ様」
「アルファでいいわ」
「それでは私のこともベータとお呼び下さい」
にこやかにレディアルファを見上げるレディベータ。
「そうするわ。可愛いベータ」
「嬉しいです。アルファ様」
二人は抱き合い、その新たな絆を確かめ合う。
「うふふ・・・レディベータ。あなたもたっぷりと楽しみなさい」
「はい、デスルリカ様。楽しみです。うふふふ・・・」
冷たい笑みを浮かべるレディベータ。
「さて、今日は遅いわ。また明日楽しみましょう」
「「はい、デスルリカ様」」
デスルリカが立ち上がり、そのあとを二人の闇の女たちが続く。
あとにはすでに社員たちのいなくなった事務所に静寂だけが残った。

[レディベータ]の続きを読む
  1. 2006/01/31(火) 22:40:50|
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舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

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