三年連続更新記念SS大会三日目は、お待たせしました「ホーリードール」です。
ここまで間があいてしまって申し訳ありません。
何とか完結まで続けていくつもりですので、応援よろしくお願いいたします。
27、
明日美ちゃん・・・
紗希は思い切って明日美を抱きしめる。
元に戻って欲しい。
いつもの明日美ちゃんに戻って欲しい。
ただその一心から紗希は明日美を抱きしめた。
違う明日美ちゃんなんていやだよ。
知らない明日美ちゃんになっちゃうなんていやだよ。
紗希の目から涙があふれる。
なぜ明日美ちゃんがこうなったのかはわからないけど、お願いだから元に戻って!
「なぜ泣いているのですか、サキちゃん?」
ぞっとするような冷たい明日美の声。
そこには何の感情も含まれてはいない。
「明日美・・・ちゃん・・・」
紗希は抱きしめていた明日美の両肩を持ち、両手を伸ばして引き離す。
冷たく平板な笑みを浮かべている明日美。
紗希を見つめているはずのその目には、何も映し出されてはいないようだ。
「お食事の用意ができていますわ。一緒に食べましょう」
「い・・・や・・・いや・・・だ・・・」
紗希はふるふると首を振る。
明日美ちゃんじゃない。
こんなの明日美ちゃんじゃないよ・・・
「いやだあぁぁぁぁぁ!!」
恐怖のあまり紗希は明日美を突き飛ばす。
こんなのはいやだ。
こんな明日美ちゃんはいやだぁっ!
思わずこの場を逃げ出そうとする紗希。
だが、部屋のドアをくぐったとき、いきなり廊下で誰かとぶつかってしまう。
「うあっ」
「あらあら大丈夫? サキちゃん」
しりもちをついてしまった紗希は思わずお尻をさすりながらも、声の主が明日美の母である麻美おばさんであることに気がついた。
「あ、だ、大丈夫です。それよりおばさん、明日美ちゃんが・・・」
紗希はそこまで言って言葉を失った。
見下ろしている麻美の目が明日美同様無表情であり、口元に浮かんだ笑みも冷たいものだったのだ。
「どうしたの? 何を怖がっているの? あなたは明日美のお友達でしょ?」
「う・・・あ・・・あ・・・」
思わず床に座り込んだまま紗希は後ずさりする。
「サキちゃん落ち着いて。あなたは今かりそめの意識に引きずられている」
紗希の背後にやってくる明日美。
「明日美ちゃん・・・」
紗希は振り返って明日美を見上げる。
「えっ?」
そこにはさっきまでの明日美はいなかった。
そこに立っていたのは赤いミニスカート型のコスチュームを纏い、赤の手袋とブーツを身に付け、長いつえを持った明日美だったのだ。
「明日美・・・ちゃん・・・」
「かりそめの意識を手放すの。サキちゃん、一緒に行きましょう」
手を差し伸べてくる明日美。
「私の目を見て」
「あ・・・あ・・・」
明日美の目を見た紗希の目からじょじょに光が失われ始める。
恐怖は消え、紗希の表情も明日美同様無機質なものになっていく。
「ドール覚醒開始。かりそめの意識の沈静化に成功」
すっと立ち上がる紗希。
その顔には無機質な笑みが浮かび、透明な目は何も映し出していないかのように澄んでいた。
「おはようございます。デスルリカ様」
リビングに入ってくる一人の少女。
漆黒のレオタードに黒の長手袋とロングブーツ。
禍々しいカチューシャにまとめられた肩までの髪。
大人びた黒く塗られた唇が笑みを浮かべる。
「おはようベータ。気分はどう?」
ソファーに腰掛けてコーヒーを飲んでいるデスルリカ。
脚を組んだその姿はまさに闇の魔女。
朝だというのに室内は暗く、闇が覆っている。
「はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」
ぺこっと頭を下げるレディベータ。
それを見てデスルリカの口元にも笑みが浮かぶ。
「よかったわ。これで一安心ね」
「ベータ、もう起きて大丈夫なの?」
キッチンから姿を現すレディアルファ。
全身を覆う漆黒の衣装に白いエプロンをつけている。
そのアンバランスさに思わずレディベータは微笑んだ。
「アルファお姉さま、ご心配をおかけしました。もう大丈夫です」
「よかったわ。本当によかった」
レディアルファは思わず駆け寄ってレディベータを抱きしめる。
それは妹を心配する姉の姿となんら変わるところはない。
「トーストが焼けているわ。食べるでしょ? それともどこかに狩りに行こうか?」
レディベータをテーブルに着かせ、キッチンに戻るレディアルファ。
レディベータの復活が本当にうれしそうだ。
「だめよ。今はまだだめ」
いつになくきつい調子のデスルリカに、レディアルファもレディベータも思わずそちらを見た。
「ベータ、あなた以前に光の手駒が紗希に似ていると言っていたわね」
「はい。言いました」
「そのとおりだったわ・・・」
ぎゅっとコーヒーカップを握り締めるデスルリカ。
「紗希は光によって犯された。光の手駒にされていたわ。おそらく明日美ちゃんも・・・」
「デスルリカ様・・・」
顔を見合わせるレディベータとレディアルファ。
「私は紗希を取り戻すわ。二人とも手伝ってくれるわね?」
「デスルリカ様」
「無論ですデスルリカ様」
二人の闇の女はすぐにうなずく。
レディベータにとっても紗希は大事な友人だ。
光に囚われているなら開放してやらなければと思う。
でも・・・
デスルリカ様の思いを独り占めしているようで、ちょっとだけ紗希のことがうらやましかった。
- 2008/07/18(金) 20:26:36|
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え~と、ごめんなさい。
すみません。
ほんのちょっとしか書けませんでした。
楽しみにしてくださった方には申し訳ありません。
1000日連続更新記念SS第五弾、SS連続更新七日目は「ホーリードール」です。
ほんの少しですけどもご賞味くださいませ。
26、
「デスルリカ様、今のは一体?」
光の波動を感じ急いで姿を現したレディアルファが駆け寄ってくる。
がっくりとひざをついたデスルリカの姿が痛々しい。
一体何があったのか?
消えた光の波動はなんだったのか?
レディアルファは周囲を確認し、デスルリカを連れ戻すことしかできなかった。
「ベータの様子はどう?」
紗希がいなくなった家に入り、リビングのソファに腰を下ろす。
「はい、安定しています。問題はありません」
「そう・・・良かった・・・」
ふうと息をつくデスルリカ。
その目がどこかうつろだった。
「デスルリカ様・・・一体何が?」
「紗希を奪われたわ」
苦々しげに吐き捨てるデスルリカ。
その表情が苦痛に満ちている。
「紗希? デスルリカ様のかりそめの世界での娘さんですね?」
「ええ、いずれはあなたたちと同じように闇の世界の一員となってもらうつもりだった。でも・・・」
「でも?」
「紗希は光に支配されていたわ。光の手駒となっていた」
レディアルファが息を呑む。
では、ベータを傷つけたのはデスルリカ様の娘?
なんてこと・・・
「取り戻すわ・・・」
デスルリカの目に輝きが戻る。
「なんとしても取り戻すわ。光などに紗希を奪われたままになどしておくものですか」
レディアルファはその様子に多少の戸惑いを禁じえなかった。
「あれ?」
いつものベッドでないことに紗希は戸惑う。
朝の日差しが今日はいい天気であることを告げている。
「明日美ちゃんのうちだ・・・」
いつも泊まりに来る明日美の家で目が覚めたのだ。
「夕べ明日美ちゃんのうちに泊まったっけ?」
記憶にない。
自宅で宿題をするあたりから・・・
ううん違う・・・
もっと前・・・
昨日の記憶があまりにも残っていないのだ。
「あれ?・・・えーと・・・えーい!」
とりあえず起き出す。
時間は朝の7時。
いつもと同じ時間。
学校へ行かなくちゃ。
あとは学校で考えよう。
紗希はいつも明日美ちゃんのところに置かせてもらっている服を取り出し、パジャマから着替えて行く。
「う~っ! カバンがないってことは学校帰りに寄ったんじゃないと思うけど・・・」
いつの間にお邪魔したのかわからないけど、とにかく一度うちへ帰らなきゃ・・・
「おはようございますサキちゃん」
ドアが開いて明日美が入ってくる。
いつものようににこやかな笑顔。
「おはよう、明日美ちゃん」
紗希も思わず笑顔になる。
「食事の用意ができてますわ。着替えたらお部屋に来てくださいね」
「あ、うん。あ、あのね、明日美ちゃん」
紗希は出て行こうとした明日美を呼び止めた。
「何ですか? サキちゃん」
「え~と、私今日学校の準備してきてない様子なんだよね。だからいったんうちへ帰らなきゃ・・・」
紗希がそういった途端に明日美の表情が変わる。
「無駄ですわサキちゃん」
「えっ?」
紗希は一瞬何がなんだかわからない。
「無駄ですわサキちゃん」
「ど、どういうこと。明日美ちゃん?」
「サキちゃんはまだ引きずられているのですね」
紗希は明日美に恐怖を感じた。
違う。
この明日美ちゃんは明日美ちゃんじゃない。
「サキちゃんの家は闇に支配されました。もう戻ることはできません」
「な、何なのさそれ。闇に支配って何なの? 明日美ちゃん一体どうしちゃったの?」
紗希は明日美の肩に手をかける。
温かい。
この温かさは明日美ちゃんに間違いない。
でも・・・
でも中身は違うよ。
「明日美ちゃん! 明日美ちゃん!!」
がくがくと明日美を揺さぶる紗希。
明日美の顔はその間もまったく表情を変えなかった。
PS:WEB拍手にお寄せいただいた質問にお答えします。
え~と、残念ながら私は同人誌関係はまったくといって疎いので、お勧めのものをご紹介することができないんですよー。
ごめんなさいです。
それではまた。
- 2008/04/16(水) 20:11:21|
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今日はバレンタインデーですね。
私はココロのボウルを捜してあげたら、ココロがチョコくれましたよ。

なんかうれしいですねー。
さて、100万ヒット記念第一弾として、本当に久しぶりですが「ホーリードール」をお送りします。
ほったらかしにしてすみません。
何とか結末まで持って行くつもりですので、応援よろしくお願いいたします。
25、
「とにかくこうしてはいられないわ」
麻美は明日美を病院に連れて行こうと決心する。
傷口は青あざのような感じだが、肉が盛り上がっていたり血がにじんでいたりするところもあり、このままにしておくことなどできはしない。
とにかく病院で診てもらわなくては・・・
麻美は戸棚から保険証を用意して身支度を整える。
そして車のキーを取り出して、明日美に病院に行くことを告げようとした。
「えっ?」
突然室内に光が走る。
「な、何?」
まばゆい光に麻美は手をかざして目を閉じる。
やがて、徐々に目蓋を通しても光を感じなくなるのがわかり、麻美はゆっくりと目を開く。
「ええっ?」
驚いたことに、そこに明日美の姿は無かった。
その代わりに赤いミニスカート型のコスチュームを身に着け、ブーツと手袋を嵌めた少女が立っていたのだ。
麻美にはその少女が明日美には思えなかった。
姿は同じでも、明日美とは違う。
麻美には違うとしか思えなかったのだ。
「あなたはいったい? 明日美は・・・明日美はどこなの?」
麻美は目の前の少女にゆっくりと近づいていく。
アニメに出てくるような少女のようだが、何か得体の知れないものを彼女は感じていたのだ。
「・・・・・・」
少女は無言で麻美を見上げている。
その目は冷たく、そしてガラス玉のように無機質だった。
まるで人形の目だわ・・・
麻美がそう思った瞬間、少女の手に細長い杖が現れ、その先端が向けられる。
「あっ!」
麻美の意識はそこで途切れた。
「ただいまぁ」
玄関を潜り抜ける一人の男性。
この家の主人である浅葉竜巳(あさば たつみ)だ
浅葉グループ傍流とはいえ、いくつかの企業群の会長をしているため、今日のように深夜帰宅ということも珍しくは無い。
「ふう・・・もうすぐ一時か・・・みんな寝ちゃったかな」
明日美の寝顔が見たいな・・・
そう思いながらリビングに向かう。
「おや?」
リビングからは明かりが漏れていた。
「麻美はまだ起きているのか?」
待っていてくれたのかなと、少しうれしい気分でリビングに入る竜巳。
だが、彼を出迎えたのは妻ばかりではなかった。
「明日美・・・まだ起きていたのか?」
リビングには赤いミニスカートの衣装に身を包み、室内だというのにブーツを履いて手袋をはめ、両手に余るような杖を持って立っている娘の姿があったのだ。
その後ろには彼の妻がぼうっとした表情で立っている。
「麻美、寝かせなきゃだめじゃないか。今何時だと・・・えっ?」
いきなり明日美の持つ杖の先端が竜巳に向けられる。
「明日美、何を? えっ?」
グニャリと世界が歪んで行く。
めまいがするような感覚に陥り、自分が立っているのか座っているのかさえわからなくなっていく。
「・・・はい、ゼーラ様。人間からの干渉を排除しました・・・」
意識を失う直前、竜巳は娘の抑揚の無い言葉を確かに聴いていた。
黒く塗られた柔らかそうな唇。
その唇にもう一つの漆黒の唇がそっと触れる。
抱きしめられた黒の少女ののどが動く。
口付けられた唇から流れ込む魔力が、少女ののどを潤し躰に力を与えていく。
苦しげだった表情に安らぎが浮かび、その様子にそばに立っていたレディアルファは胸をなでおろした。
「これでいいわ。後は少し休んでいれば大丈夫」
愛しい娘を抱きかかえるようにして、そっと寝かせるデスルリカ。
すでにレディベータは規則正しい寝息を立て、安らかな表情を浮かべて寝入っていた。
「ありがとうございます、デスルリカ様」
「気にすることは無いわ。あなたたち二人は私の可愛いしもべたち。助けるのは当然のことよ」
レディアルファの礼に微笑むデスルリカ。
そう・・・
可愛い二人を苦しめる者は赦さない。
闇の広がりを阻む者は赦さない。
光の手駒どもにはいずれ相応の報いを与えてやらなくてはね・・・
デスルリカはぎゅっとこぶしを握り締めた。
「さて・・・いつまでもここにはいられないわ。あなたはレディベータと一緒にここにいなさい。私はかりそめの世界に戻るとするわね」
「はい、デスルリカ様。お気をつけて」
レディアルファに微笑みで応え、デスルリカは闇の世界を後にする。
大いなる闇のしもべデスルリカである時間は終わった。
これからは退屈な荒蒔留理香に戻る時間。
本来ならこのような時間を過ごしたくは無い。
人間などに戻るのは耐え難いもの。
だが、留理香には一つの楽しみがある。
紗希とともに過ごすこと。
その楽しみがあるからこそ、人間の姿になることも耐えられるのだ。
今日はベータのことがあったので紗希をほったらかしにしてしまった。
もう夕食はとっくに食べ、お風呂も済ませて自室に行っちゃったころだろう。
宿題をやっているかどうか確かめて、やっているようならココアでも淹れてあげようかしら。
ココアに喜ぶ紗希の顔を思い浮かべ、留理香は闇の世界から自宅の玄関に姿を現した。
リビングには紗希の姿は無い。
留理香は階段を上り、紗希の部屋をノックする。
「紗希、入ってもいいかしら?」
娘の反応を待つ留理香。
だが、紗希の返事が無い。
「紗希? いるんでしょ? 遅くなって悪かったわ。ちょっとどうしても抜けられない用事があったのよ」
ノックを繰り返す留理香。
だが、紗希の返事は無い。
「紗希、開けるわよ」
何か心配になった留理香は紗希の返事を待たずにドアを開ける。
「紗希!」
紗希は部屋にいた。
風呂上りに着替えたのであろうパジャマ姿で机に向かっている。
だが、机の上には何も広げられてはいない。
それどころか、紗希は奇妙なものをかぶっていたのだ。
青く輝く光のレースで編まれたヘルメットのようなもの。
そんな奇妙なものを紗希はかぶって笑みを浮かべていたのだった。
青く淡い光。
ヘルメットが放つ温かみのある光。
だが、それは留理香に吐き気を催させるほどの嫌悪感を覚えさせる。
「光の・・・光のアイテム? 紗希、あなたいったい?」
留理香の中に驚愕と怒りとが綯い混ざる。
娘が光に犯されてしまったのだ。
「紗希! それを脱ぎなさい!」
紗希に駆け寄ろうとする留理香。
だが、一瞬早く紗希の躰が光に包まれる。
「くぅっ」
まばゆい光を手をかざして遮る留理香。
次の瞬間、留理香の目の前には、青いミニスカート型のコスチュームに身を包み、青い手袋とブーツを嵌めサークレットを飾った姿に変身した紗希の姿があった。
「光の・・・手駒・・・」
留理香は唇をかみ締める。
可愛いレディベータを傷つけた光の手駒が今目の前にいるのだ。
しかもそれは娘の紗希を光で犯して作り上げた代物だったのだ。
「人間の干渉を排除します」
すっと留理香に向けられる青い少女のレイピア。
そこから魔力を放出してくるのは明白だ。
「赦さない」
留理香は自らの姿を変貌させる。
闇の女デスルリカに変わるのだ。
留理香の周囲に闇が広がり、その闇の中から鋭い槍斧が突き出された。
「えっ?」
一瞬戸惑いを見せるホーリードールサキ。
留理香という人間の記憶を封じ、干渉をしないように仕向けるだけのはずだったのだ。
それがいきなり闇の手駒との戦いとなるとは予測していない。
このような狭い場所では戦闘にも不向き。
ホーリードールサキはそう判断すると、槍斧を避けるように後ろへジャンプし、背中で窓を破って外へ飛び出す。
「待ちなさい! 光の手駒!」
闇の中から姿を現したデスルリカが、その手に漆黒の槍斧デスハルバードを携えてホーリードールサキを追う。
近くの住宅の屋根に飛び移ったホーリードールサキは、デスルリカを迎え撃つためにレイピアを構えた。
「よくも紗希を光に染めてくれたわね。赦さない。紗希は闇こそがふさわしいのよ!」
ホーリードールサキと対峙するように屋根に降り立つデスルリカ。
その手のデスハルバードがかすかに震えている。
デスルリカの怒りによって震えているのだ。
「闇の広がりを食い止め浄化するのが私たちの使命。あなたも浄化する」
冷たい眼でデスルリカをにらみつけるホーリードールサキ。
それは母と娘の交わす視線ではない。
「黙れ! 紗希を返しなさい!」
踏み込みざまにデスハルバードが一閃する。
それをぎりぎりでかわし、後ろに跳び退るホーリードールサキ。
そして下がったところにあるビルの壁をとんと蹴り、レイピアをかざしてデスルリカに飛び掛る。
「くっ」
レイピアの切っ先を払いのけるデスルリカ。
だが、レイピアはおとりに過ぎず、ホーリードールサキの左手が魔力に輝く。
「させるか!」
すぐさまデスルリカも左手を翻し、闇を広げる。
ホーリードールサキの光の魔力とデスルリカの闇の魔力が交差してはじきあった。
はじかれた二人はお互いに再度距離をとって対峙する。
だが、ホーリードールサキの姿を青い光が包み込んだ。
「何?」
デスルリカが見ている前で光は収縮し、やがて消えてなくなった。
「逃げた・・・か・・・」
そう思ったデスルリカから力が抜ける。
手にしたデスハルバードが足元に落ちる。
「紗希・・・どうして・・・どうして光なんかに・・・」
デスルリカの胸には悲しみだけが残った。
- 2008/02/14(木) 19:59:14|
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新潟・長野を中心に、大きな地震がありました。
亡くなられた方も出てしまったということで、あらためて地震の恐ろしさを感じます。
被災なされた方々に、心よりお見舞い申し上げます。
さて、二周年記念として、「ホーリードール」を少しですがお送りします。
本来二周年記念として書いてきたSSもあったのですが、日程的に間に合わず、いずれ一気に掲載させていただこうと思います。
では、少しだけで申し訳ありませんが、「ホーリードール」お楽しみ下さい。
24、
「ん・・・」
人もうらやむような熱いキス。
夜の帳が下りた公園にはまだまだ人が多い。
家路を急ぐ人。
これから仕事に向かう人。
そして、二人だけの時間を楽しんでいるカップル。
彼女もそのカップルのうちの一人だ。
付き合って一年になる彰(あきら)はもったいないほどの彼。
今日はこれからホテルへ行ってたっぷりと楽しむのだ。
下着だって黒でまとめ、お手入れだってしっかりとした。
もうすぐ二人は一緒になる。
二ヵ月後には結婚式。
少し不安だけど、彰だったら私を守ってくれるよね。
「あれ?」
戸惑ったような彼の声。
「どうしたの?」
甘い口付けから引き離され、紀代美(きよみ)はちょっと不満を覚えた。
「いや・・・その、あたりが急に静かになったなと思って・・・」
紀代美を抱きしめた腕を緩め、周囲を見回す彰。
何となく背筋に冷たいものを感じて紀代美も周囲に目を配る。
「何? 何なの?」
「わからない。誰もいなくなっちまった・・・」
それは事実だった。
先ほどまで聞こえていても気にならなかった周囲の喧騒がまったく聞こえなくなっている。
人の姿も無く、噴水の近くのベンチに座る二人を、月と街灯だけが照らし続けている。
「彰・・・」
何となく恐ろしくなり、紀代美は彰にしがみつく。
「だ、大丈夫だよ。たまたまさ。そう、たまたまだよ」
自身の不安を隠すことができずにいながら、男はそう答えるしかない。
いったい何が起こっているのか?
二人にはまったく想像できなかった。
ふっと周囲の街灯が一斉に光を失う。
「きゃぁー」
悲鳴を上げる紀代美。
噴水を彩っていたさまざまな色彩のイルミネーションも消え去り、樹木が闇を増大させて不気味この上ない。
「て、停電だよ、停電」
彰は自分自身の恐怖も手伝って、紀代美をしっかりと抱きしめる。
カツコツと足音が響く。
「?」
静かな暗闇の中、人影が近づいてくるのだ。
シルエットになっているので顔はわからない。
だが、何か長い布・・・そう、マントのようなものを羽織っているような姿であることは見て取れた。
「こんばんは」
優しそうな声がする。
女の人だ。
落ち着いた大人の女性。
二人にはその声にホッとしたのと同時に、得体の知れない不気味なものをも同時に感じていた。
樹木の影が作った闇。
その影から姿を現した女性を月明かりが照らす。
「ヒッ」
月明かりが照らし出したその姿に息を飲む紀代美。
その女性は、まさに闇の中から現れた女性といっていいいでたちだった。
身に纏っているのは黒いエナメルのレオタードタイプのボンデージ。
銀色の鋲やチェーンをあしらったベルトが腰周りを飾り、肩には鋭いとげが付いたパッドが突き出している。
両手は肘から先を同じく黒エナメルの手袋が包み込む。
両脚は太ももまである黒いロングのハイヒールブーツが覆い、肩からは裏地の赤い黒マント。
そして額に嵌めたサークレットの両脇からはねじれた角が額の方へと伸びていた。
「な、なんだ、あんたは?」
彰は精いっぱいの虚勢を張る。
本当は一も二も無く逃げ出したいような恐怖を女からは感じていた。
しかし、ここで逃げたりしたら紀代美に軽蔑されてしまう。
ただそれだけのために彰はこの場にとどまっていたのだ。
「私はデスルリカ」
「デスルリカ?」
男の方には一瞥をくれるだけで、デスルリカの視線は紀代美に向けられていた。
得体の知れない恐怖にガタガタ震える彼女を、慈愛に満ちた笑みで見つめる闇の聖母。
まさにデスルリカの笑みはそう言って差し支えなかった。
「あなた。あなたには素敵な生命力が満ち溢れているわ。さあ、私にそれを差し出しなさい」
すっと誘うように右手を差し出すデスルリカ。
その目が一瞬赤く輝き、紀代美の瞳を射抜いていた。
「あ・・・」
ふらりと立ち上がる紀代美。
「き、紀代美?」
すっと自らの腕をすり抜けるようにして立ち上がった彼女に戸惑いを隠せない彰。
「紀代美!」
慌てて紀代美の腕を掴み取る彰。
おかげで紀代美の動きが止まる。
しかし、彼女の目はデスルリカに向けられ、腕を離されればすぐにでも彼女の元へ行ってしまうに違いない。
「てめぇ! 紀代美に何をした! 紀代美をどうするつもりだ!」
先ほどまでの恐怖は怒りに変わり、彰はデスルリカをにらみつける。
「お前には用は無い。死にたく無ければ邪魔をするな」
ウザったい虫けらでも見るような目でデスルリカは男をにらみつける。
くだらない人間。
黙って立ち去ればいいものを・・・
この女を確保しようとした時にどうしても結界に入れざるを得なかっただけの男。
わずらわしい・・・
「ふざけんなよコスプレババァ! 紀代美は俺の彼女だ! てめぇの好きになんかさせるかぁ!」
ピクッと躰を震わせるデスルリカと紀代美。
いずれもが彰の言葉に反応してのものだが、反応した言葉自体はまったく別物だ。
「邪魔するなだぁ! そっちこそさっさと失せな! 俺はこれでも剣道四段なんだぜ」
それは事実。
彰は高校時代は県大会で優勝したこともある実力の持ち主だった。
「紀代美、下がっていろ」
ぐいと紀代美を無理やり引き寄せ、ベンチに被さるように茂っていた木の枝を一本へし折る。
木刀としては心もとないし、使い勝手もまったくよくないのだが、このイカレタ女を相手に脅しには使えるだろう。
「そう・・・死にたいのね。その願い、かなえてあげるわ」
デスルリカの口元に冷たい笑みが広がる。
単に無視したかったから放っておいただけなのに・・・
わずらわしいから捨て置きたかっただけなのに・・・
でも・・・
邪魔するなら容赦はしない。
デスルリカはその手に漆黒のハルバードを呼び出した。
長さ三メートルほどもあろうかという漆黒の柄のハルバード。
先端には槍の穂先と斧の刃先が付いている。
突いてよし、切ってよしの実用的な武器。
もちろん魔力を帯びたそれは切れ味も並ではない。
男の顔色が変わる。
まさか武器を持ち出すとは思わなかったのだろう。
だがもう遅い。
ベータに必要な魔力を抽出する前に虫けらを一匹始末しよう。
ほんの一手間だけでいいのだ。
「クッ・・・」
男が逡巡する。
相手が持ち出したのは槍だ。
木の枝では勝負にならない。
だが・・・
だが・・・
「うわぁぁぁぁぁっ!」
男は木の枝を振りかぶって駆け出した。
「デスハルバード」
デスルリカはそう一言つぶやくと、笑みを浮かべながら無造作にデスハルバードを突き出した。
「グホッ」
男の声が響き、デスハルバードは男の胸を貫く。
そして、驚いたことにデスルリカは男の躰を突き刺したまま、デスハルバードを一閃して男の死体を遠くへ放り投げた。
すうっと実体を失うデスハルバード。
デスルリカの手にはすでに何もない。
呆けたように立ち尽くす紀代美のもとへ彼女は向かう。
「待たせたわね。さあ、あなたの生命力をちょうだい」
「は・・・い・・・デス・・・ルリカ様」
見つめられ、話しかけられるままに紀代美はうなずく。
その目はデスルリカから離れない。
「ふふ・・・」
デスルリカはそっと紀代美を抱き寄せると、静かに唇を重ねた。
「ん・・・んん・・・」
紀代美の躰が小さく震える。
そして、手の指先がぴんと伸ばされ、ガクガクと震えたかと思うと、すべすべして綺麗な肌が急速に萎び始めた。
「んんんー」
紀代美は目を見開いて恐怖に身を振りほどこうとしたものの、すでに躰の自由は利かなかった。
やがてミイラのように萎びてしまった紀代美の死体は崩れ落ち、笑みを浮かべたデスルリカだけが立っていた。
「まあまあね。さ、急いで戻らないと・・・ベータが待っているわ。それに紗希も。うふふふふ・・・」
黒く塗られた唇を舐め、妖しい笑みを浮かべたデスルリカは、優雅にその場を立ち去って行く。
結界が消え、ミイラのような紀代美の死体が見つかったのは、それから程なくのことだった。
- 2007/07/16(月) 20:14:29|
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今日はお久し振りのホリドルです。
先日某スレに話が出ていたのは嬉しかったですねー。
少しだけですが、楽しんでいただければ幸いです。
23、
痛みが薄らいで行く・・・
傷を付けられた腹部に温かみが戻ってくる。
「ん・・・あ・・・」
「しゃべらないで」
力強い制止の声。
それは安心感を彼女に与える声だ。
かつてその声は違う女から発せられていたはず・・・
しかし、今はこの声こそが彼女にとっての全てをゆだねる存在だった。
「デス・・・ルリカ・・・様・・・」
「いいから、おとなしくしていなさい」
あ・・・
すごくホッとする。
私・・・助かったんだ・・・
ゆっくりと目を開けるレディベータ。
濃密な闇の中、うっすらとデスルリカの姿が目に映る。
ねじれた角を生やしたサークレットが額に嵌まり、その下の目は軽くつぶられていた。
デスルリカ様・・・
それはまさに大いなる闇の片腕であり、彼女にとって全てを捧げつくす存在。
今、そのデスルリカの手がレディベータの腹部の傷を癒しているのだった。
つと、レディベータの目から涙がこぼれる。
「ベータ、大丈夫? 痛いの?」
今まで黙っていたレディアルファも声をかける。
痛々しい姿のレディベータ。
はらわたが煮えくり返るほどの怒り。
八つ裂きにしても足りないほどの光の手駒に対する憎しみ。
それらがレディアルファの中で入り混じる。
「ご、めんなさい・・・ごめんなさい・・・」
レディベータは思わず泣き出していた。
「ベータ・・・」
「ベータ!」
デスルリカとレディアルファは思わず顔を見合わせる。
レディベータの腹部の傷は思ったよりひどかった。
ホーリードールサキの放った青い閃光は、光の魔力を集めたものであり、レディベータの魔力障壁を越えてしまったのだ。
損傷した内蔵を再生し、肉体を治癒するにはそれなりの魔力を注ぎ込むしかない。
デスルリカはレディベータの腹部に手を当てて、魔力を送り込み治癒を行なっていたのだった。
「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・」
泣きながら謝り続けるレディベータ。
「ベータ。あなたが悪いんじゃないわ。悪いのは光の手駒。あいつらよ!」
レディアルファがレディベータの手を握り締める。
そう、憎むべきは奴ら。
赦さない!
「これでいいわ。ただ、魔力消耗が激しいわね。補充が必要か・・・」
ふうと息をつき、レディベータの腹部から手を離すデスルリカ。
額にうっすらと汗が滲んでいる。
治癒は彼女の魔力もそうだが、対象の魔力も消耗するのだ。
レディベータは魔力が枯渇していた。
肉体の維持と魔力障壁で大幅に減っていた上に、治癒で使われたことでほぼ枯渇していたのだ。
「デスルリカ様、私が手に入れて・・・」
「いいえ、あなたはここにいなさい。ベータをお願い」
にっこりと微笑むデスルリカ。
彼女にはレディアルファがこの可愛い闇の少女をすごく愛しんでいることを知っていたのだ。
「デスルリカ様・・・」
レディアルファはうなずいて、魔力を失いぐったりしている可愛い少女に目を移す。
「ア・・・ルファお姉・・・さま・・・」
先ほどまで泣いていたレディベータが、今度は無理やり笑顔を作っている。
「私のせいで・・・光の手駒を・・・ごめんなさい・・・私は・・・大丈夫・・・」
「ベータ・・・」
レディアルファはそっとレディベータを抱きしめた。
『ただいま』
闇の世界に声が響く。
いつもなら弾むような声なのに、今日はおとなしい。
「ふふ・・・娘が帰ってきたようね。あなたがたはここにしばらくいなさい。大丈夫。娘はまだ人間だから」
デスルリカが二人の闇の女にそう言う。
「はい。デスルリカ様」
「ありがとう・・・ございます。デスルリカ・・・様。グッ・・・」
上半身を起こして見送ろうとしたレディベータは、たちまち表情を歪ませた。
「バカ! おとなしくしてなさい!」
慌ててレディベータを抱きかかえるレディアルファ。
「ゆっくり休むのよ、レディベータ。今魔力を手に入れてくるわ」
「はい・・・」
悔しそうな表情のレディベータ。
デスルリカは、そんな二人を心配しながらも、闇の中に姿を消した。
「お帰りなさい、紗希。今日は遅かったのね」
今しもリビングから顔を出したかのように、にこやかに出迎える留理香。
シックなグレーのタイトスカートのスーツに身を包み、これからどこかへ出かけるといった感じだ。
引き締まった脚がナチュラルブラウンのパンストに包まれて美しい。
「ただいま、お母さん」
紗希は無表情のまま、留理香の方をチラッと見ただけでその脇を通り過ぎようとした。
えっ?
留理香は一瞬ゾクッとする。
娘の目がまるで無機質なガラス玉のように思えたのだ。
「紗希・・・」
「なあに、お母さん」
振り向いた紗希が笑いかけてくる。
気のせい?
いつもと同じ紗希の笑みにホッとする留理香。
きっと魔力を消耗しているからだわ・・・
だからちょっとおかしな感覚に捕らわれているのかも・・・
浮かんだ奇妙な考えを必死に振り払う留理香。
「今日は遅かったのね」
「アスミちゃんと遊んでいたの。遅くなってごめんなさい」
紗希の表情が翳り、しおらしく頭を下げる。
「そう・・・お母さんはちょっと出かけてくるから留守番をお願いね。ご飯はお鍋にカレーがあるから、よそって食べてちょうだい」
「はい、行ってらっしゃい」
うなずくとそのままリビングへ入っていく紗希。
留理香は釈然としないまま、玄関を出る。
そして、時々後を振り返りながら、家を後にした。
「お帰りなさい、明日美。遅かったのね」
「ごめんなさい、お母様」
玄関に入ってきた娘を出迎える明日美の母浅葉麻美(あさば あさみ)。
このところ帰りが遅いことを心配し、今日は少し言っておかなければと思ってはいたものの、目の前でしゅんとしている娘を見ると、無事に帰ってきただけでいいわとも思う。
「紗希ちゃんも一緒だったんでしょ? ダメよ。紗希ちゃんのお母さんも心配するんだからね」
「はい。ごめんなさいお母様」
明日美が顔を上げる。
ゾクリ・・・
冷たい目。
明日美の目は冷たく彼女を見つめている。
「あ、明日美・・・?」
「もう遅くならないようにしますから赦してください、お母様」
うつろで心に何も響かない明日美の謝罪。
今までこんなことはなかった。
明日美は優しくて、ちょっと引っ込み思案で、でも芯は強くて、紗希ちゃんが大好きで・・・
「明日美? あなた・・・本当に明日美なの?」
「はい、私はアスミですわ。お母様」
にこやかに答える明日美。
ただ、その笑みは母である麻美には実体が無いものに感じる。
「と、とにかくお上がりなさい。ご飯にしましょ」
そう言った麻美がふと目を止める。
明日美の服に茶色い染みがあったのだ。
染み・・・?
「明日美、それ、何を付けたの?」
麻美はしゃがみこんで明日美の両肩を掴む。
「明日美、これ・・・血じゃないの? ちょっと見せなさい」
無言で立ち尽くす明日美からカバンをひったくり、急いで服の前を開いてみる。
「ヒッ!」
麻美は息を飲んだ。
娘のお腹には紫色のあざと、まだ肉が盛り上がって血が滲んでいる傷があったのだ。
「明日美! これはいったい?」
「光波が減衰中により修復に問題発生。でもお母様、修復はあと1時間ほどで終了しますわ」
にっこり微笑む明日美。
その笑みは麻美の背筋をぞっとさせる。
「明日美、ふざけないで! その傷はどうしたの? 答えて!」
「血液も90%まで回復。現時点でも戦闘に支障ありません」
笑みを浮かべながら淡々と状況を説明していく明日美。
「あ・・・明日美?」
麻美は娘が何を言っているのか理解できなかった。
娘に何が起こっているのか?
ひざがガクガクする。
目の前にいるのは本当に娘なのだろうか?
あなた・・・
会議で遅くなっている夫が、今は無性にいて欲しかった。
- 2007/05/31(木) 20:43:23|
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22、
シュッという音がしてレディアルファの目の前を青い光が走る。
ホーリードールサキのレイピアが流れるような軌跡を描く。
「クッ」
先ほどまでの余裕はレディアルファから消えていた。
彼女の手にはこんなレイピアなどものともしない大斧ヘルアクスが握られているものの、ホーリードールサキの動きに翻弄されてしまっているのだ。
「光の手駒の癖に・・・」
歯噛みするレディアルファ。
先ほどから優勢だったのは彼女のはずだった。
二回三回とヘルアクスの漸撃をただ耐え忍ぶだけだったホーリードールサキが、左腕への一撃を受けたときから自己保存を捨てたのだ。
まるで刺し違えることを望むかのような動きにレディアルファは戸惑った。
光の手駒は無表情に冷酷にただただレイピアを繰り出してくる。
無言。
先ほどまでの気合の入った掛け声すら発しない。
不気味であった。
「に・・・ん・・・ぎょう・・・?」
まさにドールなのか?
ふざけている。
これが光のやり方なのか?
「やあっ!」
レディアルファはヘルアクスを横薙ぎにして振るう。
そして勢いのままに左手にアクスを任せ、身を沈めて向かってくるであろうホーリードールサキの腹部を狙って右手を手刀のごとく叩き込む。
だが、その瞬間は来なかった。
「なに?」
レディアルファの前からホーリードールサキの姿は消えていたのだった。
「さようなら、光の手駒さん。あなたの顔は見飽きたのよね」
レディベータのブラディサイズが振り下ろされる。
だが、それより一瞬早く青色の閃光がホーリードールアスミの腹部を突き破ってほとばしり、レディベータを貫いた。
「ゲフッ!」
よろめくレディベータ。
視界の片隅では同じようにホーリードールアスミとカメレオンビーストが崩折れる。
「ベータ!」
レディアルファが臍を噛む。
ホーリードールサキを引き付けておけなかったのは彼女のミスだ。
だが、それにしても・・・
レイピアの先から青い閃光を発した時のまま動きを止めていたホーリードールサキがゆっくりとホーリードールアスミの方へ近づいていく。
「状況は?」
「・・・内臓の損傷度30%。戦闘行動能力低下。30分以上の行動は不可能」
無表情のままでお腹を押さえるホーリードールアスミ。
だが、そこからは赤い血がわずかに流れている。
「止血が追いつかない・・・」
「無視して。今は闇を浄化するのみ」
ホーリードールサキの言葉にこくんとホーリードールアスミがうなずく。
「ゲフ・・・ま、まさか仲間ごと撃ち抜いてくるとはね・・・」
ブラディサイズを杖代わりに、よろめくように立つレディベータ。
すぐにレディアルファが駆けつけて闇の少女を支え上げる。
「ごめんなさい、ベータ。私が・・・」
「アルファお姉さま・・・私は大丈夫・・・」
腹部を押さえるレディベータ。
その顔には苦痛がうかがえる。
「ベータ・・・クッ、勝負は預ける。光の手駒よ、この次は覚悟しなさい!」
「アルファお姉さま、私のことは・・・」
「引き上げるわ。つかまっていなさい」
少女を抱えあげるレディアルファ。
そのままタンと床を蹴って飛び上がった。
「逃がさない!」
それを見たホーリードールサキも床を蹴り上げる。
しかし、足首に何かが絡みつき、飛び上がれない。
「何?」
足元を見下ろすホーリードールサキ。
カメレオンビーストのピンク色の舌が彼女の足首に絡まっている。
「ゲ・・・ゲゲ・・・」
腹部から内臓をはみ出させながらも、なおその舌でホーリードールサキの行動を封じようとしているのだ。
「邪魔!」
ホーリードールサキの青いレイピアが一閃する。
どす黒い血を撒き散らしながら、カメレオンビーストの舌が切断されてのた打ち回る。
「ゲゲゲー!」
耐え難い激痛に身をよじるカメレオンビースト。
「浄化します。コロナ!」
ホーリードールアスミの杖が宙に魔方陣を描き、数千度の炎が巻き起こる。
「ギャァァァァァァ」
カメレオンビーストの絶叫がとどろき、炎が跡形もなく焼き尽くす。
だが、その間に闇の女たちの姿は消え去っていた。
「浄化完了」
「闇の穢れは消えました」
お互いにうなずき合う二人のドール。
地上では赤色回転灯の輝きとサイレンの音が鳴り響いている。
ブティックの惨状が人々を呼び寄せたのだろう。
「そろそろ行動限界です。引き上げましょう」
「ええ。ゼーラ様の御許に」
無表情で地上を見下ろしていた二人の少女は、光の球に包まれ姿を消した。
******
「あれ?」
気が付くと夜の帳が町を覆っている。
ひんやりした空気がベンチに座っていた紗希の頬を撫でて行く。
いつの間に公園に来たのだろう?
それにいつの間にこんなに時間が経ってしまったのだろう?
ふと気が付くと、隣には明日美ちゃんが座っている。
だけど身じろぎ一つしていない。
?
どうしたんだろう?
「明日美ちゃん?」
紗希は気になって声をかける。
だが返事はない。
まっすぐ前を見たまま動かないのだ。
まるで人形みたい・・・
紗希はふとそう思う。
そこにいる明日美からは、生きているという感じがどうしても感じられなかったのだ。
「明日美ちゃん!」
少し声を荒げてみる。
すると、明日美はゆっくりと振り向いた。
「私を呼びましたか? サキ」
とたんに紗希はぞっとした。
「変だ・・・」
思わず腰が引ける。
明日美ちゃんなのに明日美ちゃんじゃないみたいだ。
「どうしたのですか? サキ」
まっすぐに見つめてくる明日美の瞳。
その奥に底知れない恐怖を紗希は感じてしまう。
「変だ・・・変だよ・・・明日美ちゃん・・・どうしちゃったの、明日美ちゃん?」
助けなきゃ・・・
明日美ちゃんを助けなきゃ・・・
紗希は勇気を振り絞って明日美の肩を揺さぶった。
「どうしたのですか? サキ・・・ちゃ・・ん・・・」
「明日美ちゃん、変だよ! しっかりしてよ! 目を覚まして!」
必死に明日美を揺さぶる紗希。
そうしないと明日美が遠くへ行ってしまいそうなのだ。
「私は目を覚ましています。多少血が損なわれていますが、行動に支障ありません」
「いやだよ・・・いやだよ明日美ちゃん! そんなのいやだよ!」
紗希は首を振る。
「どうした・・・のですか、サキ・・・ちゃん? そんなに感情をむき出しにするのはおかしいですわ」
なされるままに肩を揺さぶられながら、明日美は笑みを浮かべて紗希を見つめる。
それは多少乱暴に扱われても、持ち主に笑顔を見せ続ける人形そのものであった。
「明日美ちゃん!」
紗希は気が狂いそうになった。
いったいどうして・・・
『やれやれ・・・本当に面倒だわね』
紗希の動きが止まる。
『ホーリードールサキ。今の感情と記憶は捨てなさい』
「はい・・・ゼーラ様」
いずこからかの声にうなずく紗希。
『ホーリードールアスミ。同様に今の記憶を捨て、かりそめの世界へ戻りなさい』
「はい。ゼーラ様」
何事もなかったかのようにすっと立ち上がる明日美。
かつての明日美であれば絶対にしなかったであろうこと、紗希に一言も言わずにその場を立ち去ることを明日美は何のためらいもなく行なう。
『まったく・・・手間の掛かること・・・』
そして・・・
紗希も無言で立ち上がると、無表情のままかりそめの世界、彼女の家へ向かうのだった。
- 2007/04/06(金) 20:33:45|
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昨日、23時30分ごろでしょうか、通算60万ヒットに到達いたしました。
本当に皆様ありがとうございます。m(__)m
一月に50万ヒット到達してから約三ヶ月。
一日あたりほぼ1000ヒットというご愛顧をいただきまして、ついに60万ヒットです。
夢のようです。
あらためまして本当に本当に皆様のおかげでございます。
ありがとうございました。
本来であればお礼として公開したかったSSがあるのですが、現状まだ途中でありお目に掛けることができません。
いつもお世話になっている方々にアドバイスをいただきながら製作中のそのSSは、完成次第皆様にお披露目いたしたいと思います。
申し訳ありませんが、完成まで今しばらくお待ち下さいませ。
で、ミード将軍のごとく代役ではございますが、「ホーリードール」の21回目をお送りいたします。
お楽しみいただければ幸いです。
21、
「ハッ!」
すぐさまレイピアをかざし、ジャンプするホーリードールサキ。
その切っ先はもちろん二人の闇の女たちだ。
青い残光が彗星の尾のように引かれ、いったん宙を舞って落ちてくる。
そして、それを援護するかのようにホーリードールアスミの杖が空中に円を書く。
その杖の軌跡をなぞるかのように空中に現れる魔法陣。
その中心から氷の塊が飛び出して、貯水タンクに向かっていった。
「ふふ・・・」
二人の闇の女は薄く笑いを浮かべると、それぞれがおのおのの得物を持ち上げる。
「ヘルアクス!」
「ブラディサイズ!」
それぞれの得物の名を高らかに呼び上げる二人の闇の女。
その瞬間にそれぞれの得物の周囲に闇の魔力が沸き起こる。
空気を振るわせる魔力はそのまま障壁となって、ホーリードールアスミの氷弾を弾き飛ばし、ビルの屋上に氷の欠片を撒き散らした。
「てぇーい!」
だが、魔力障壁をものともせずにホーリードールサキは飛び込んでいく。
青いレイピアが残光にきらめき、切り裂かれた魔力障壁すらも纏わり付かせたままにレディアルファに切りかかった。
ガキンという音が響き、あれほどの勢いで飛び込んだホーリードールサキのレイピアが動きを止める。
「クッ」
突き出した手はレイピアを握ったままで動かない。
「うふふ・・・これはこういう使い方もできるのよ」
妖艶な笑みを浮かべるレディアルファ。
先日まではその優しい笑みは同僚たちに安らぎを与えていたというのに、今の彼女の笑みはひどく邪悪だ。
彼女の手には両刃の巨大な斧が握られている。
その名をヘルアクス。
彼女はその刃の平で、ホーリードールサキのレイピアの切っ先を受け止めたのだ。
すぐさま飛び退って距離をとるホーリードールサキ。
動きを止めることは相手の反撃を呼び込んでしまうのだ。
表面上は二対二だが、相手には姿を消したビーストがいる。
力が拮抗している場合には厄介なことになりかねない。
ホーリードールサキはホーリードールアスミのそばに降り立つと、タンクの上から飛び降りたレディアルファとレディベータに注意を向けた。
「ドールサキ、あの二人は手強いですわ。注意して」
「わかっている。それよりも消えたビーストを探して、ドールアスミ」
振り向きもせずに言うホーリードールサキに、ホーリードールアスミは力強くうなずく。
「さて、お手並み拝見と行こうかしら」
獲物を前にした肉食獣のごとく、ペロッと舌なめずりをするレディアルファ。
黒く塗られた唇がぬめるようなつやを帯びる。
「ターッ!」
両手振りの大型の斧を振りかざし、レディアルファの躰が前に出る。
すぐにホーリードールサキの援護をするべく、ホーリードールアスミは杖を振りかざす。
だが、シュッという音がしてその腕に何かが絡みついた。
「えっ?」
ピンク色の細長いツタのようなものがホーリードールアスミの右腕に絡み付いている。
「しまっ」
た、まで言うこともできずに、ホーリードールアスミの右腕は強い力で引き寄せられる。
「キャァーッ!」
躰が宙に浮き、屋上を囲っているフェンスにものすごい勢いで叩きつけられるホーリードールアスミ。
それと同時に腕に巻きついていたピンク色のツタのようなものが、シュルシュルと姿を現したカメレオンビーストの口の中に吸い込まれていく。
「グッ」
その様子を見ることも無く、ホーリードールサキはレディアルファの漸撃を受け、弾き飛ばされていた。
レイピアで大斧を受け止めることは不可能。
しかし、ホーリードールサキの青いレイピアは折れることなく、かろうじて受け流すことで、ホーリードールサキの躰には傷を付けることが出来なかった。
「やるわね。私のヘルアクスを受け流すとはね」
にっこり微笑むレディアルファ。
「闇には・・・負けない」
すっと立ち上がるホーリードールサキ。
ホーリードールアスミは叩きつけられた躰の状態を確認する。
打ち付けられた背中は痛みを訴えてくるが、動作には問題がない。
「行動に支障あり、痛覚神経を一時的に遮断する」
すっと痛みを感じなくなる。
肉体に負担が掛かるために、通常は行なわないのだが、闇との戦いは全てのことに優先する。
肉体の損傷など些細なこと。
ホーリードールアスミは、叩きつけられても手放すことのなかった杖を手に無表情で立ち上がる。
「へえ、結構強く叩きつけられたはずなのに。光の手駒って面白みがないわね」
ブンという空を切る音とともにレディベータの大鎌がホーリードールアスミを襲う。
それを紙一重でかわすと、ホーリードールアスミはコロンと転がって距離をとった。
「逃がさないわよ」
レディベータがニヤリと笑う。
立ち上がりかけたホーリードールアスミを再びカメレオンビーストの舌が襲う。
レディベータに向き直っていたために、カメレオンビーストの舌はホーリードールアスミの首に絡みついた。
「うふふ・・・これでお終い」
舌を絡めたカメレオンビーストがホーリードールアスミの背後に回りこみ、両手を捕らえて動きを封じる。
それを見届けたレディベータはゆっくりとブラディサイズを振り上げた。
- 2007/04/05(木) 20:52:33|
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今日で丸一年半、日数にして549日間連続更新達成です。
何とまぁ、こんなにできるとは思ってもみませんでした。
やっぱり皆さんに見ていただけるという思いがここまでの連続更新をさせてくれましたんですね。
本当にありがとうございます。
アクセス解析をしても、大体24時間ごとにご訪問していただける方が多いようで、しかも22時から24時ぐらいが圧倒的です。
この時間になれば更新しているだろうと楽しみにされているのかなって思います。
これからもできる限り続けて行きますので、応援よろしくお願いいたします。
さて、今日はホーリードールを投下いたします。
お楽しみいただければ幸いです。
20、
助かった・・・の?
女子高生は一縷の望みを抱く。
カメレオンの化け物の注意が逸れ、彼女を押さえていた力が緩む。
その隙に彼女は何とか身をよじって逃げようとする。
しかし、緩んだとはいえ、ビーストの力にかなうはずも無い。
やはり逃げ出すことはできなかった。
「あなたたち、何者? すぐに出て行きなさい! ここはカメレオンビースト様の世界なのよ!」
すでに身も心も支配されてしまっている女性店員が少女たちに近寄る。
何者かは知らないが、邪魔をされるのは許せない。
彼女はカメレオンビーストによって授けられた鋭い爪をかざし、少女たちをにらみつけた。
「ビースト一体。ほか穢されし者二体を確認。浄化をしましょうドールサキ」
「ええ、闇に触れし者は浄化しないとね」
赤の少女の言葉に青の少女がうなずく。
その様子にいらだった店員は二人に対して爪を振るった。
ガキンという音を立てて、店員の爪が赤い少女の杖に阻まれる。
少女のどこにそんな力があるのか、か細い線の少女でありながら彼女の杖は爪を受け止めびくともしない。
「えっ?」
店員が気がついた時には、彼女の脇には青いレイピアの切っ先が埋まっていた。
ホーリードールサキの鋭い一撃が、ホーリードールアスミに向いていた店員の隙を突いたのだ。
「ガハッ」
店員はその場にずるりと崩折れる。
どす黒く濁った血が床に広がった。
「ヒイッ!」
思わず悲鳴を上げる女子高生。
これは悪夢。
そう思わずにはいられない。
化け物に襲われるのも悪夢なら、少女があっさりと人を殺すのも悪夢。
夢なら醒めて欲しいけど、床に広がる血だまりが、この悪夢がまだ続くことを示していた。
「あああ・・・」
すでに手足は自由になっている。
カメレオンの化け物が彼女から離れ、二人の少女に対峙していたのだ。
に、逃げなくちゃ・・・
彼女は必死に逃げ出そうとする。
でも恐怖が彼女を動けなくさせている。
べちゃ・・・
水たまりがプリーツスカートを濡らしている。
え? 何?
彼女が床に付いた手にもぬるい水が感じられる。
なんだ・・・ろう・・・
血ではない。
手に付いた液体は赤くは無いのだ。
気にはなるが、かまってはいられない。
彼女は少しでも遠ざかろうと後ろに下がった。
「グゲ・・・」
カメレオンビーストは飛び出た目をギョロつかせながら二人の少女に向き合う。
所狭しと並べられた洋服とマネキンが邪魔臭い。
「ゲ」
いきなり舌を伸ばして、ホーリードールアスミの右手に絡め、そのまま引き寄せる。
「サンダー!」
ホーリードールアスミは引き寄せられるままに右手を突き出し、そのまま呪文を発動させた。
杖の先から発せられた電撃が周囲にスパークを走らせ、カメレオンビーストの舌を焼く。
「ゲゲゲ・・・」
思わず舌を引っ込め、口元を押さえるカメレオンビースト。
その仕草が妙に人間臭さを感じさせた。
「次は私!」
ホーリードールサキがレイピアの切っ先を向けカメレオンビーストに飛び掛る。
いったん進路をそらせ、壁を蹴って角度を変えて勢いをつけ、そのまま突進するのだ。
無論ホーリードールアスミは援護を忘れない。
「フラッシュ!」
杖の先から光球を飛ばす。
その光の球はカメレオンビーストの前ではじけ、目をくらませた。
「グゲ」
カメレオンビーストはもはや本能に過ぎない行動を取る。
回避するために身をかがめたのだ。
「クッ」
ホーリードールサキのレイピアは、わずかの差でカメレオンビーストを捕らえることができずに背後のマネキンを突き貫く。
カメレオンビーストはそのまま脇へ転がると、ガラスで出来たショーウィンドウを破り外へ出た。
狭い店内での戦いに見切りをつけたのだ。
「逃がすか!」
あとを追って飛び出して行くホーリードールサキ。
続いて外へ出ようとしたホーリードールアスミは、ふと壁に張り付くようにして彼女たちの闘いを見ていた女子高生に気がついた。
「生きているようですね」
ホーリードールアスミは構えていた杖をおろし、彼女に近づく。
「あ・・・あなたは一体・・・」
赤い宝石の嵌まったサークレットに赤いミニスカート型のコスチューム。
赤い手袋とブーツ。
まるでアニメの世界から抜け出て来たような少女がそこにいる。
「魔法少女・・・なの?」
言ってから女子高生は馬鹿なことをと思ってしまう。
そんなことがあるわけ無い。
空想の世界が現実にあるわけが・・・
「私はホーリードールアスミ。闇を打ち払う光の使徒」
ホーリードールアスミは何の感情も持たないかのような抑揚の無い言葉で自己紹介をする。
「ホー・・・リー・・・ドール?」
お人形なの?
「あなた・・・闇に触れましたね」
「えっ?」
女子高生は何のことかわからなかった。
「闇に触れし者は闇に穢されし者」
すっとホーリードールアスミの杖が持ち上がる。
「ヒッ!」
女子高生の顔から血の気が引いた。
「浄化します。コロナ」
女子高生の躰を覆う灼熱の火柱が立つ。
なぜ自分が焼け死ぬのかを理解することもなく彼女は一瞬にして炭化した。
そして、それを見届けることすらせずに、ホーリードールアスミはホーリードールサキのあとを追っていた。
「キャアー!」
「うわぁ~!」
夕方の商店街に悲鳴が上がる。
ブティックのショーウィンドウが突然割れ、トカゲとも人間とも付かない化け物が飛び出して来たのだ。
化け物は突き出た目をギョロつかせ、豊かな胸を揺らしながら、周囲をものともせずに壁を登り始める。
驚いた人々の目の前に、今度は青いミニスカート型コスチュームの少女が現れる。
少女は青いレイピアを持ち、周囲を確認すると、壁をよじ登っている化け物を見つけ、少し考える。
すぐに少女は通りの向かい側にあるビル目掛けて走り出すと、そのビルの壁を蹴って飛び上がった。
そして通りをはさんだビルとビルの間を、まるで忍者か何かのようにお互いの壁を蹴りながら上って行く。
やがて少女と化け物はビルの屋上に消えていき、地上の人から見えなくなる。
人々が唖然としていると、ブティックの中から炎が上がる。
そして青い少女が姿を現し、先に屋上へ消えた少女のあとを追った。
人々はただ顔を見合わせるだけだった。
「追いかけっこはお終い」
ビルの屋上に先回りするホーリードールサキ。
壁をよじ登ってきたカメレオンビーストを待ち構えていたのだ。
「ゲゲ・・・」
だが、ホーリードールサキの目の前で、よじ登ってきたカメレオンビーストの姿が周囲に溶け込んで行くように消えて行く。
「えっ? ど、どこに?」
周囲を探るホーリードールサキ。
「うふふふふ・・・」
ホーリードールサキの頭上から声がする。
「クッ」
すぐさま後ずさり、距離を取って確認する。
頭上の貯水タンクの上には二人の人影が立っていた。
片方は漆黒の全身を覆う皮膜のような全身タイツに身を包んだ大人の女性。
手には大きな両手で持つ斧を持っている。
もう片方は漆黒のレオタードを身に付けた少女。
彼女も手には巨大な鎌を持っている。
二人はともに冷たい笑みを浮かべながら、ホーリードールサキを見下ろしていた。
「闇の女たち・・・」
ホーリードールサキの透き通った瞳に憎しみのような感情が一瞬浮かぶ。
「ドールサキ。ビーストは? あっ」
遅れて上がってきたホーリードールアスミも貯水タンクの上にいる二人の姿に目が行った。
「うふふふ・・・そろそろ今晩はかしらね、光の手駒たち」
優美な曲線を誇らしげに晒しているレディアルファ。
その横ではレディベータも闇の微笑みを見せている。
「私は大いなる闇の女デスルリカ様の配下、レディアルファ。以後よろしく」
「私は知っているわよね。同じくレディベータよ」
ブラディサイズを構え、今にも飛び降りそうなレディベータを、さりげなくレディアルファが抱き寄せる。
「レディアルファにレディベータ・・・」
「闇の女たち・・・」
ホーリードールサキとホーリードールアスミの二人は自分たちの前に現れた闇のしもべたちを目に焼き付けた。
- 2007/01/16(火) 22:01:18|
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五十万ヒット記念作品は「ホーリードール」をお送りいたします。
皆様本当にありがとうございました。
これからも「舞方雅人の趣味の世界」をよろしくお願いいたします。
19、
カバンを手に帰り道を歩く紗希と明日美。
いつもならこの道は、心はずむ楽しい足取りで歩いている道だ。
でも紗希の足取りは重かった。
うつむき加減で歩く紗希のことが気になる明日美も、やはり心ははずまない。
自然と口数は少なくなり、とぼとぼといった感じの足取りになる。
明日美の家に向かっているというよりは、何かテストの点数が悪くて補習のために休みの日に学校へ行くかのようだった。
「紗希ちゃん・・・」
明日美が声をかける。
さっきから紗希は何も言わない。
「紗希ちゃん」
もう一度明日美は紗希の名を呼んだ。
「えっ? あ、えっ? 呼んだ?」
紗希が顔を上げる。
紗希はずっとあの雪菜の表情を考えていたのだ。
あんな雪菜ちゃんは見たこと無かった。
ぞっとするような笑みを浮かべた雪菜。
あの顔が忘れられない。
それでずっとそのことを考えていたのだった。
「紗希ちゃん、どうしたのですか? 何かあったのですか?」
「えっ? あ、なんでもないよ。なんでもない」
明日美の顔が曇る。
「紗希ちゃんはうそつきですわ」
「ええっ?」
「紗希ちゃんがうつむいている時に、何も無いはずがありませんですわ」
明日美はキッパリとそう言った。
「あ・・・ご、ごめんね」
紗希は明日美が心配してくれていたことに気がついた。
自分が雪菜のことを気にしたように、明日美も彼女のことを気にしてくれたのだ。
「実は・・・」
「雪菜ちゃんのことですか?」
紗希の言葉に明日美が続ける。
紗希は無言でうなずいた。
「帰りの時のことですか? 確かにちょっといつもの雪菜ちゃんらしくは無かったですけど・・・」
「うん・・・算数の時間の雪菜ちゃんの表情が・・・すごく気になって・・・」
「表情ですか?」
明日美はその雪菜の表情は知らない。
紗希をそれほど悩ませるものだったのだろうか。
「うん・・・すごくいやな感じの笑い方だったんだ・・・それがずっと気になって・・・」
「いやな感じの笑い・・・」
紗希の言葉に明日美も不安を顔に浮かべる。
「紗希ちゃん・・・」
「えっ?」
紗希は息を飲んだ。
明日美がこれほど不安げにしているのを紗希は今まで見たことが無かったのだ。
「紗希ちゃん・・・何か・・・何かが起こっているのではないでしょうか?」
「何かが?」
「ええ。昨日あたりから変な感じがしませんか? 何か恐ろしいことがおきているのではないでしょうか」
「明日美ちゃん・・・」
紗希はしっかりと明日美の手を握った。
しゃらん・・・
ペンダントの鎖が軽く音を立てる。
「えっ?」
紗希は自分の首から下がっているペンダントに目を落とす。
青く輝くペンダント。
その輝きが心なしか増している。
「あ・・・」
しゃらん・・・
明日美のペンダントも同じように輝いている。
「あ・・・」
一瞬にして二人の目から意思の光が失われる。
『ふふふ・・・さあ、返事をなさい。可愛いドールたち』
二人の頭の中に声が響く。
「「はい、ゼーラ様・・・」」
二人はまったく同じように返事をする。
『いい子ね。さあ、目覚めなさい。闇が広がっているわ。あなたたちの使命を果たしなさい』
「「はい、ゼーラ様・・・」」
二人の言葉と同時にペンダントが青と赤の光を発し、二人の姿を包み込む。
光はそのまま宙に浮かび、虚空のかなたへと消え去った。
「うふふ・・・気持ちよかったわぁ・・・あん・・・愛液が垂れてきちゃう」
アイシャドウを入れ、黒い口紅を塗った一人のOLがブティックを出てくる。
奇妙なことにその入り口にはcloseの札が下がっているというのにだ。
彼女は淫らな欲望に満ちた目をし、淫蕩な笑みを浮かべて街に消えて行く。
その後ろ姿を見送った店員は、薄笑いを浮かべると、closeの札をopenの側に裏返した。
「あれぇ? 変なの・・・」
セーラー服姿の女子高生が、首をかしげる。
店に客がいる時にcloseで、客が帰ったらopenにするなんて普通じゃない。
どういうことなのかな?
何となく気になってしまう。
どうしよう・・・
覗いてみようか・・・
理由がわかるかもしれないし、openって書いてあるんだから入ってもいいんだよね。
いい服があるかもしれないし・・・
そんな考えで彼女はブティックに入ってみた。
「いらっしゃいませ」
先ほど見かけた店員が迎えてくれる。
やはり彼女も黒いアイシャドウと口紅をつけている。
店内は何となく薄暗く、ブティックという華やかさが感じられない。
なんだろう・・・変なお店。
女子高生は違和感を感じずにはいられない。
出よう・・・気味悪いや・・・
そう思って玄関へ向かおうとしたとき、彼女は肩を掴まれた。
えっ?
店員はかなり離れていたはず。
他に人はいなかったわ。
でも、この手は?
彼女はその手の持ち主を確認するべく振り返る。
「ゲゲ・・・ゲ・・・」
そこには突き出た目をギョロつかせ、長い舌をたらしたカメレオンの化け物が立っていた。
「ひっ!」
あまりのことに彼女は息を飲んだ。
カタン・・・
再び札がcloseに回される。
「いやぁっ!」
床に組みひしがれる女子高生。
カメレオンの化け物に肩を掴まれてからのことは全て悪夢としか思えない。
この世界にこんなことがあるはずが無いよぉ。
唾液をたらした舌がプリーツスカートをめくり上げる。
「ヒイッ!」
純白のショーツがあらわになる。
やだやだ・・・やだよぉ・・・
化け物になぶりものにされるなんていやだよぉ。
ずるり・・・
舌が器用にショーツを引き下げていく。
「やだー!」
絶望と恐怖が彼女の心を蝕んでいく。
もう、だめ・・・
彼女の目から涙がこぼれ落ちた。
爆音。
空気が爆ぜた。
飛び散る瓦礫。
欠片が降りかかる。
「グゲ・・・」
「な、何?」
カメレオンビーストも女子高生も突然の出来事に何が起こったのかわからない。
ブティックの壁が破壊され、青と赤の光が飛び込んできたのだった。
「あ・・・」
その光は収縮して青と赤の少女となる。
レイピアを持つ青の少女。
杖を持つ赤の少女。
ガラスのような目は意思というものを感じさせず、まるで鋭利な二振りの刃物のような少女たちだった。
- 2007/01/08(月) 21:56:23|
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今日はお正月SSシリーズの四回目。
ホーリードールの十八回目をお送りします。
お楽しみいただければ幸いです。
それではどうぞ。
18、
くちゅ・・・くちゅ・・・
長く伸びたピンク色の舌がスカートの中に忍び込んでいる。
両脚の太ももを持ち上げられ、まるで駅弁売りが弁当の山を抱えるがごとくに躰を抱えられた女は、身動きもままならずに頬に涙を伝わせる。
「あ・・・ん・・・ああん・・・」
泣きながらも、躰を走る快感は確実に彼女の躰を火照らせる。
大事なところを化け物の舌で嬲られているというのに、躰はそれを喜んでいるのだ。
化け物の唾液なのか、それとも自分の垂らす愛液なのか、床には水のたまりが広がっていた。
「うふふ・・・ごらんなさい。あなたのお友達はとても喜んでいるわ」
「ああ・・・弘美(ひろみ)・・・」
人間とは思えないほどの力で、店員に背後から押さえつけられているもう一人の女性が思わず顔をそむける。
だが、最初は嫌がっていた弘美が、カメレオンの化け物の舌で嬲られていることに次第に快楽を感じ始めているのは、その口から漏れる声だけで充分に察せられた。
「ああ・・・い、いい・・・」
弘美がついに快楽に屈した。
躰が自然と開き、腰を振ってカメレオンビーストの舌を奥まで受け入れる。
「ひ、弘美・・・」
「ああ・・・せ、瀬里奈(せりな)・・・見ないで・・・あはぁ・・・いい・・・いいのぉ・・・」
ガクガクと腰を震わせて快楽をむさぼって行く弘美。
友人のあまりの変わりように、瀬里奈は唇を噛む。
だが、逃げることもできない。
躰はがっちりと店員に押さえつけられている。
「くすくす・・・ほうら、もう彼女はカメレオンビースト様に躰を開いたわ。もうすぐ心も捧げるようになる。次はあなたよ」
「い、いやぁ・・・」
首を振り、か細い声で悲鳴を上げる瀬里奈。
「あはぁ・・・瀬里奈ぉ・・・いいよぉこれぇ・・・あはぁ・・・カメレオンビースト様ぁ・・・はぁん・・・」
たらたらと愛液を垂らし、舌による愛撫を嬉々として楽しんでいる弘美。
すでに彼女の心は快楽に溺れていた。
そのことが瀬里奈には悲しかった。
「男子と女子が合わせて72人います。そのうち男子は女子のちょうど三倍の人数です。男子と女子の人数はそれぞれ何人か答えなさい」
黒板を前に担任の縁根(ふちね)先生が問題を出す。
今の雪菜にとっては算数など退屈なだけ。
このような時間を過ごすなど無意味なことに感じる。
あーあ・・・
ビーストを使って暴れたいなぁ。
くだらない人間どもを切り裂くの。
きっと楽しいだろうなぁ。
雪菜は思わず忍び笑いを漏らす。
「小鳥遊さん。ちゃんと授業を聞いていますか?」
縁根先生の注意が飛ぶ。
そのことに雪菜は非常な不快感を感じた。
この女・・・
くだらない人間の癖に・・・
「小鳥遊さん」
「・・・ちゃんと聞いています」
今すぐにでもこの女の首を刎ねてやりたい。
ブラディサイズの生贄にしてやりたい。
雪菜はそう思う。
『ベータ・・・ベータ・・・』
えっ?
雪菜の中に声が響く。
アルファお姉さま。
それはすごく安らぐ声。
ともに闇に仕える雪菜の優しい姉とも言うべき存在、レディアルファの声だ。
『アルファお姉さま』
すぐに雪菜はアルファに呼びかける。
『くすくす・・・いらいらしているのね? あなたの気持ちが漏れてきたわ』
あ・・・
雪菜は少し恥ずかしくなる。
感情のままに雪菜はその思いを垂れ流してしまっていたのだ。
もしかしたら光に気付かれるかもしれないというのに・・・
『ご、ごめんなさい、アルファお姉さま』
『光の手駒がどこにいるかわからないわ。気を付けてね』
優しく嗜めるレディアルファ。
『はい、アルファお姉さま』
『その退屈な時間が終わったら私の元へいらっしゃい。面白い時間が過ごせるわよ』
わあ・・・
雪菜の心がはずむ。
きっとアルファお姉さまはビーストを使って楽しんでいるのだろう。
早くこんな時間は終わらないかなぁ。
そうだ・・・
お母さんと同様にあの縁根先生もビーストにしちゃおうか。
ただ殺すよりそっちの方がいいよね。
決ーめた!
あとでビーストにしてあげるね、先生。
うふふ・・・
あうー・・・
男子と女子合わせて72人でしょ、そのうち男子は女子の三倍・・・
三倍かぁ・・・
と言うことは・・・
赤い彗星と同じだ!
違う違う・・・
雑念よ去れ!
ちゃんと勉強に身を入れないと。
あ・・・
珍しい・・・
雪菜ちゃんが怒られちゃったよ。
明日美ちゃんも雪菜ちゃんもあんまり怒られたりしないのにね。
あれ?
なんだろう・・・
雪菜ちゃん・・・
どうしてあんな顔するんだろう・・・
なんか怖いよ・・・
紗希は一瞬雪菜が浮かべた表情に恐怖を感じる。
いつもなら雪菜が浮かべるとは思えない表情だったのだ。
紗希は見たくないものを見てしまったように顔をそむけて授業に集中することにした。
それほど雪菜の表情は紗希にとっていやなものだった。
「お任せ下さいませ、カメレオンビースト様」
「私たちが更なる奴隷を連れてまいりますわ。うふふふ・・・」
妖しく笑みを浮かべる弘美と瀬里奈。
その目には黒くアイシャドウが引かれ、唇も黒い紅で彩られている。
先ほどまでの二人とはうって変わった妖艶さだ。
「ゲゲ・・・イキナサイ」
巨大な突き出した目をきょろきょろと動かし、カメレオンビーストは二人を送り出す。
彼女の舌で嬲られた二人は、快楽とともに刷り込まれるカメレオンビーストの闇の波動によって洗脳されてしまったのだ。
「「はい、カメレオンビースト様」」
二人は身奇麗に整えると、ブティックを出る。
新たな獲物をつれ、カメレオンビーストに支配してもらうのだ。
そうして仲間が増えれば・・・
二人は舌なめずりをしながら、昼下がりの町に消えていった。
「終わったー!」
担任の縁根先生が帰りの会を終わらせて教室を出て行くと、紗希は思わず両手を上げていた。
「紗希ちゃん」
明日美がにこやかに近寄ってくる。
その笑顔を見るだけで、紗希の心は温かくなる。
「明日美ちゃん」
紗希は微笑みながら明日美を迎える。
「今日こそうちへ寄って下さいませ。お母様が昨日ご馳走できなかったアップルパイを今日こそはって張り切っていると思いますわ」
「うわぁ、嬉しいな。行く行く」
昨日は気が付くと本屋で時間を潰してしまっていた。
今日はそんなことが無いように寄り道しないようにしなくちゃ。
「あ、雪菜ちゃん」
明日美はもちろん今日は雪菜を誘おうと声をかける。
だが、雪菜は二人の方を振り返りもせずに、鞄を持って教室を出て行ってしまった。
「あ・・・」
明日美の表情が曇る。
いつもならたとえ用事があったとしても、二人に声をかけない雪菜ではなかったのだ。
「雪菜ちゃん・・・どうかしたのでしょうか・・・」
「あ・・・うん・・・」
紗希も表情を曇らせる。
先ほど見せた雪菜の表情。
背中がぞっとするような笑みを見せていたのだ。
まるで・・・
まるで・・・魔に取り憑かれたような・・・
紗希は急いで頭を振る。
そんな馬鹿な話は無い。
アニメじゃないんだから。
きっと雪菜ちゃんは急ぐ用事があったんだ。
紗希はそう思うことで、自らを納得させた。
- 2007/01/05(金) 21:29:49|
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