ボトムズSSの八回目です。
どうぞー
8、
舞い上がる地吹雪。
カメラについた雪が視界をさえぎる悪条件。
キャリアを中心にして私たちは進んでいく。
もうすでに鉄道襲撃の現場からはかなり離れたはず。
だというのに、私はいやな気持ちがぬぐえない。
先頭に立つ私とユジンの後方を、両側に大尉とシフォンを従えたキャリアが続く。
最後尾にはラートルがしんがりを務めて後方を警戒する。
風の影響で吹き溜まりになっている辺りを避けながら、私はファッティーを歩ませていた。
私の前に抱え込まれるように座っている水色の髪の少女。
無理やり入り込んだので操作がしづらいのは仕方が無いけど、無言で前を見詰めている。
カメラの映像は私のスコープに映し出されるのだから、彼女は味気ない装甲版を見ているだけ。
「ねえ、あなた名前は?」
私はとりあえず話しかけてみる。
ここからベースまではまだかかる。
黙っているのも大変だろうと思ったのだ。
でも、返事は無い。
考えたら今まで彼女は一言もしゃべってはいないわね。
もしかしたらしゃべることができないのかも。
だとしたら、無口なのも納得できるけど・・・
谷の入り口。
その狭い谷あいを抜けて行かねばならない。
待ち伏せするには絶好の場所だわ。
待ち伏せされていればの話だけど・・・
『アイスブルー、聞こえるか?』
ターロス大尉から通信が入る。
「こちらアルティアです。感度良好」
『谷の偵察をしろ。ユジンも連れて行け。谷の安全が確保でき次第俺たちも続く』
なるほど。
「了解しました。ユジン、行くわよ」
『了解、お手柔らかに』
ユジンのファッティーが右手の親指を上げる。
私は思わず笑みを浮かべた。
ぎゅっぎゅっと雪を踏みしめる音がする。
ファッティーの重量を雪が受け止める音だ。
深い雪を漕いで進むとまでは行かないが、この分では雪崩も怖いわね。
静かに進むに越したことはないか・・・
私は警戒しながら、ユジンとともに谷に踏み入る。
左右を確認しつつ、いつでも応戦できるようにカタパルトランチャーは構えたまま。
それほど距離がある谷あいではないが、抜けるまでにはそこそこ時間がかかる。
時折上を見ては、積もった雪に妙な動きがないかも確かめる。
こんなところで雪崩に襲われてはひとたまりも無いのだ。
『アイスブルー、様子はどうだ?』
「今のところ異常ありません、大尉殿」
私はとりあえずの異常なしを報告する。
『よし、そのまま進むんだ』
「了解」
谷の中ほど辺りまで来たところで先が見えてくる。
吹雪とはいえ、先が開けているのはなんとなくホッとする。
このまま行けば何もなく抜けられそうだわ。
[右に避けて・・・それから、何があっても心配しないで]
「えっ? 何?」
私は一瞬戸惑った。
何かが私に話しかけてきたのだ。
[右に避けて! 急いで!]
私はフットペダルとレバーを操作する。
倒れこむように右側につんのめる私のファッティー。
その脇を掠めるように一発のロケット弾が背後から飛び去っていき、前方に着弾した。
「後ろから? ユジン、避けて!」
私はすばやく後ろを振り返る。
谷の入り口ではカタパルトランチャーをこちらに向けたシフォン機と、斜め上に構えたラートル大尉の機が見えた。
やられた!
あいつらはここで私たちを殺す気だ。
ここなら雪崩に埋まってしまえばわかりっこない。
いやな予感が当たったわ。
『てめえら何しやがるんでぃ!』
「ラートル、逃げて!」
私は通信機に怒鳴りつける。
しんがりにいたラートルがシフォンの発砲をやめさせようとしたのだろうが、シフォンは逆にラートルに向けてランチャーを発射する。
ターロス大尉のカタパルトランチャーは、谷の頂上付近めがけて発射され、いくつもの爆発音を響かせながら雪崩を誘発させていく。
『くっそぉ! やっぱりか!』
ユジンのファッティーが大尉めがけて発砲するが、足元が安定しないのか当たらない。
「ユジン、ラートル、とにかく逃げて!」
私はファッティーの体勢を立て直し、谷の出口に向かって走らせる。
『わ、わかった』
『く、くそったれ! うわぁっ』
ラートルの悲鳴が聞こえる。
だが爆発音は聞こえない。
できれば無事でいて。
こんなことで死んでたまるか!
轟音とともに崩れてくる雪の群れ。
足元に流れてくる雪のせいで走れない。
谷の出口まではまだ遠く、雪崩はもう背後まで迫っている。
間に合わない・・・
ちくしょう・・・
どうして大尉が・・・
上官としては悪くなかったのに・・・
『うわぁぁぁぁぁ』
「ユジン!」
ユジンのファッティーが白い闇に飲み込まれていく。
そして私のファッティーも・・・
雪に巻き込まれていった。
- 2008/01/07(月) 19:15:10|
- ボトムズSS
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本当に本当に久しぶりでボトムズ更新です。
お待ちしてくださった方々(いるのかな?)、お待たせいたしましたー。
7、
吹き付ける吹雪にぎしぎしと音を立てている貨車の扉。
電磁ロックをかけられた上にチェーンが巻かれて南京錠が掛かっている。
『へっ。えらく厳重じゃないか。こいつはやはりこっちが本命だな』
列車には貨車が三両目と五両目につながれていた。
大事なものを運んでいるとすれば、人間心理的にも真ん中に置きたいだろう。
おそらくラートルの言うとおりだわ。
「周囲の警戒を怠らないで。何があるかわからないわ」
『わかっているよ。大丈夫』
ユジンのファッティーが私とラートルの背後を固める。
おかしいわ・・・
ターロス大尉とシフォン、それにマ・フォンの姿が見えない。
敵との交戦はほぼ終わったはず。
列車の反対側から五両目の貨車に取り付いている?
『開けるぞ』
ガキンという音がして、ラートルのファッティーが貨車の扉にかかった南京錠をねじ切った。
だが、電磁ロックに関してはねじ切るわけには行かない。
どうする?
カタパルトランチャーじゃ・・・って、えっ?
私の目の前でラートルのファッティーの右手の拳が貨車の扉をぶち抜いた。
まったく・・・
乱暴なんだから。
ひしゃげた扉をこじ開ける。
外された扉は雪原に投げ捨てられて雪に沈む。
先ほどまでの喧騒は鳴りを潜め、風と雪の音だけが聞こえている。
ラートルがファッティーから出て貨車の中にもぐりこむ。
どうやらブービートラップは無いらしい。
『中身はどうだ?』
背後からゆっくりと姿を現す二機のファッティー。
ターロス大尉の機とシフォンの機だわ。
マ・フォンはどうしたのかしらね?
『聞こえないのか? 中身はどうなんだ?』
『焦りなさんなよ大尉殿』
ラートルのだみ声が中から聞こえてくる。
私も扉の陰から中を覗いてみた。
『見なよ。こいつはどうなっているんだい? がはははは。俺たちゃ大金持ちだぜ!』
ラートルが笑っている。
中はトランクケースの群れ?
そのうちの一つがラートルに持ち上げられている。
『見ろよ! 中身は金塊だ!』
さかさまにされたケースからガラガラとこぼれ落ちる金塊。
まさかこの貨車いっぱいのケースが全て?
これが全て金塊だというの?
『それと・・・』
ラートルがケースの奥を指差した。
『ガキが一人だ』
ガキ?
私はファッティーのハッチを開け、貨車の中に入り込む。
貨車にはスペースの半分ほどがトランクケースで覆われ、その奥に大型のケージのようなものがある。
その中には驚いた事に水色の髪の少女が一人入っていたのだ。
「こ、これは・・・」
こんなところに少女が?
防寒用のコートを着ているが、寒いのか恐ろしいのか震えている。
かわいそうに・・・
こんなところでいったいなぜ?
その時私は彼女の背中に広がるものに目が行った。
羽根?
羽根だわ。
この娘は羽根を持っている。
恐る恐るといった感じで顔を上げる少女。
その透明で青い瞳が私を見上げる。
なんて・・・
なんて澄んだ目だろう・・・
この少女はいったい?
「大尉殿、これはいったい?」
私は大尉の方を振り向いた。
『アイスブルー、キャリアが来た。早く金塊を運び出せ』
「金塊を?」
『そうだ。そんなガキなどどうでもいい。さっさと運び出すんだ』
見ると、ラートルと大尉はATキャリアにせっせとケースを積み込んでいる。
そういうことか・・・
ゲリラへの武器だなんて真っ赤な嘘。
金塊輸送列車の襲撃だったってわけか・・・
やってくれるわね・・・
「大尉殿、マ・フォンはどうしたんですか?」
『黙って手伝え。マ・フォンは死んだ』
「死んだ? なぜです?」
私はゾクッとした。
貨車の外から強烈な殺気を感じたのだ。
これは?
『直撃を食らった。即死だ。いいから手伝え』
ターロス大尉が苦々しげに私の方を見る。
どうやらここはおとなしくした方が良さそうだわね。
吹雪が収まってくる。
『そろそろ奴らも戻ってくるぞ。このあたりで引き上げる』
大半のケースを積み終え、ターロス大尉がファッティーに戻って行く。
「大尉殿、あの少女は?」
私はあの少女をケージから出して毛布をかけてやっていた。
ケースの運び出しで忙しかったので、まだ言葉を交わしてはいないが、少女は少しだけ微笑んでくれた。
『放って置け! 引き上げる!』
「大尉殿! こんなところに放って置いたら死んでしまうわ」
『そんなことは知らん。行くぞ!』
私は唇をかみ締めて少女のところへ駆け戻る。
『アイスブルー! そんなのは置いて行け!』
そんなことできるはずないじゃない。
この酷寒の地じゃヒーターが切れたら死んでしまうわ。
連れて行くしかないのよ。
私は少女の手をつかむと、有無を言わせず立ち上がらせる。
さらさらとした水色の髪の毛が流れるようにきらめいている。
「行くわよ。付いて来なさい」
私がそういうと、驚いたことに少女は少し微笑んだ。
そして小さくうなずくと、黙って私に付いてきた。
『アイスブルー! 何している!』
うるさいわね。
今行きますって。
私はファッティーの狭いコクピットに無理やり彼女と入り込む。
彼女が小柄な少女でよかったわ。
これが成人女性ならそうは行かないところ。
それにしても・・・
彼女はいったい何者なの?
背中に羽根って、そんな種族は聞いたこともない。
どっちにしても見過ごせないし、連れて行くしかないんだわ。
ターロス大尉はいやだろうけど、向こうも作戦目的をだましたんだからお互い様。
それに・・・
いや、よしておこう。
悪い予感は口にするものじゃないわ。
- 2007/12/24(月) 20:09:42|
- ボトムズSS
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今日から二月。
プロ野球はキャンプインです。
沖縄の日本ハムも高地の阪神もまずは順調な滑り出しかな。
森本の裸に背番号一のパフォーマンス。
思わず笑っちゃいましたね。
今年も各球団ともいい試合を見せて欲しいものですねー。
阪神がんばれー。
さて、今日はちょこっとだけボトムズ投下です。
6、
装甲貨車の対AT砲がうなりを上げる。
砲弾が雪原に炸裂してあたりに雪を舞い上がらせる。
当たりはしない。
動き回るATに当てるのは至難の業。
私はファッティーを左右に振らせながら、カタパルトランチャーのトリガーを引く。
ほぼ同時に三発の弾が装甲貨車の砲塔を貫いた。
『へっへー』
ラートルのファッティーが親指を上げる。
その脇ではユジンのファッティーからもカタパルトランチャーの砲口から発砲の煙がたなびいていた。
さすがにやるわね。
私の口元に笑みが浮かんだ。
砲塔を破壊された装甲貨車の側壁が開く。
客車からは対ATライフルを持った兵士たちも降りてきた。
まずは装甲貨車が問題。
私は軸線上からファッティーをそらし、カタパルトランチャーを連射する。
先手必勝。
ATが出てくるのを待つ必要は無い。
ランチャーの弾は吸い込まれるように装甲貨車の中に消えて行き、そのまま中で爆発する。
装甲された側壁がかえって仇となり、爆発のエネルギーはほとんどが中へ向かい、一部が扉を吹き飛ばす。
だが、敵もさる者。
爆炎の中から猛然と飛び出してくる一台のAT。
スコープドッグ。
雪原用に白く塗装されているが、ATの代名詞ともいえる代物だ。
大型のグライディングホイールを装着して、雪原での機動性を高めている。
「ラートル、ユジン、気を付けて!」
私は叫びながらファッティーを走らせる。
とにかく立ち止まらないこと。
立ち止まることは死を意味する。
『わかっている!』
『了解だよ』
ちゃんと反応を返してくれるのが気持ちいい。
私はカタパルトランチャーで牽制のための攻撃を行なった。
スコープドッグは狂ったように走り回る。
雪を蹴立てて集中砲火を避けるのだ。
貨車の中に何機あったのかわからないが、飛び出してくることができたのは一機のみ。
自分が倒されるわけにはいかないという意識の表れだろう。
すでに装甲列車の前方では二機のスコープドッグがターロス大尉たちによって仕留められている。
残るは一機のみ。
ラートルとユジンが左右に展開して囲みにかかる。
自然私が正面に対峙する事になる。
相手は覚悟を決めたのか、マシンガンを乱射して突っ込んでくる。
カメラターレットにぐんぐん大きくなってくるスコープドッグ。
私はスコープの照準を合わせ、カタパルトランチャーの引き金を引く。
びりびりと振動が走り、スコープドッグの機体にボツボツと穴が開いていく。
しばらくそのまま走ってきたスコープドッグだったが、やがて雪上に前のめりに倒れると爆発した。
「ふう・・・」
私はホッと息を吐く。
兵士たちはもう、ATが倒されたと知れば我先にと脱出していく。
これはどうしようもないこと。
士気が崩壊した兵士を戦場にとどめておくことなど、誰にもできはしない。
『ようし。お宝を確かめるとしようぜ』
ラートルのだみ声が入ってくる。
お宝って・・・ゲリラに渡る武器じゃないの?
『お宝じゃないですよ。武器ですよ』
『バーカ。金目のものがまったく無いってことは無いだろう。ガハハハ』
ユジンの忠告に笑って答えるラートル。
まあ、それはそうよね。
私はファッティーを装甲列車に近づけた。
- 2007/02/01(木) 21:42:34|
- ボトムズSS
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走る、走る、走る。
白い大地を列車が走る。
飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。
吹雪の中をATが飛ぶ。
軍用列車の砲塔が火を噴き、ATの銃が放たれる。
雪原の中で行なわれるのは乾いた命の奪い合い。
黒いオイルと赤い血が真っ白なキャンバスに振りまかれる。
次回「襲撃開始」
アイスブルーも白く染まるか・・・
と言うわけでボトムズです。
5、
「まさかこの機体に乗ることになるとはね・・・」
私はファッティーのコクピットに入り込む。
乗りなれたスコープドッグを参考に作られているせいか、それほどの違和感は感じない。
装甲そのものはこちらの方が厚そうで、動きさえ劣らなければヘビータイプに匹敵するようだわ。
私は操縦桿を握り締め、ハッチを閉じてバイザーにコードをつなぐ。
このあたりまで互換性があると、この機体がバララント製というのを疑っちゃうわね。
私はカメラの動作を確認するために左右に振ってみる。
カメラターレットは一つしか無いが、レンズを切り替えることでスコープドッグと同様に赤外線や望遠を切り替えられる。
考えようによっては使いやすいかもしれない。
私はカタパルトランチャーの試射をする。
空のコンテナが簡単に撃ち抜かれる。
反動も少なく取り回しやすい。
結構いい機体だわ。
さすがにスコープドッグを徹底的に分析して作り上げた機体だわね。
『やれやれ・・・このデブに乗ることになるとはな』
ラートルのボヤキが聞こえてくる。
『慣熟訓練も無しですからね』
そう言いながらも、ユジンの動きは軽快だ。
このファッティーを乗りこなしていると言っていい。
『いつまで遊んでいるつもりだ? 出発するぞ』
ターロス大尉のファッティーが合図をする。
私たちは雪上型キャリアに乗り込み、目的地へ向かって出発した。
ガウディム大陸は白の世界。
かろうじて居住可能な軌道を巡るベンエジヴァンは凍った惑星。
夏でも雪は降り積もる。
そのガウディム大陸に広がるヴィスロン平原。
そこには一本の鉄道が走っていた。
氷海に面したゴモの街から、内陸のブグ・ナの街までの動脈だ。
そこを走る軍用列車が今回の標的。
積荷はゲリラへ密輸される武器という。
怪しいものだが、そんなことはどうでもいい。
生き残って金をもらう。
それが傭兵としての私の仕事なのよ。
吹雪の中、雪上型キャリアーは走る。
カメラターレットに付く雪が視界をさえぎる。
いやだなぁ。
ヒーティングがされているとはいえ、水滴になった雪がカメラの映像を歪めてしまうのよね。
一瞬の判断が重要な戦闘では命取りになりかねないわ。
私はそんなことを思いながら、キャリアの上でファッティーを片膝を付いて立たせていた。
『もうすぐ目的地だ。準備はいいか?』
『こちらはOKだ』
『僕も大丈夫』
『いつでもいいぜ』
『準備完了しています』
ターロス大尉の声に皆が反応する。
「私もOKよ」
手袋の中にじわっと汗が滲んでくる。
緊張している?
違う・・・
私は興奮しているんだ。
血と硝煙が描くあの地獄絵図が私を待っている。
生と死の紙一重の差が私を駆り立てる。
さあ、始まりよ。
朝だというのにどんよりした雲のせいで薄暗い。
さらには吹雪が追い討ちをかけてくる。
キャリアーの履帯も雪に潜って難渋しているようだわ。
見えた!
鉄道の線路だわ。
コンクリートでできたモノレール型の軌条。
鉄の線路に比べて雪に埋もれる可能性は低い。
私たちのキャリアーは線路に向かってひた走る。
吹雪の中を光が切り裂いた。
列車のヘッドライトだ。
定刻通りというわけね・・・
『ようし、始めるぞ!』
『『おう!』』
私はファッティーをキャリアーから飛び降りさせる。
深雪が足を取り、思わずバランスを崩しそうになるが、私はファッティーを走らせた。
ローラーダッシュできればいいのに・・・
ATの機動性はやはりローラーダッシュにあるのだけど、この雪ではグライディングホイールが上手く動作してくれない。
仕方なく私はファッティーを走らせるのだ。
ずぼっずぼっと泥濘を走るような感覚が伝わってくる。
列車はまっすぐに線路をこちらに向かって走ってくる。
軍用列車というだけあって、先頭には装甲され砲塔に対AT砲を積んでいる貨車が増結されている。
私たちはそれに向かって走っていくのだ。
『アイスブルー! 線路を飛び越えて列車の右側面に付け!』
同じようにズボズボと雪に足を取られながら走っているターロス大尉の声が飛び込んでくる。
なるほど、挟み込む体勢というわけね。
私は指を立てて了解の合図を送り、進路をずらして行く。
列車の速度とこちらの速度、ぎりぎりと言うあたりね。
『ユジンも回れ! アイスブルーを援護するんだ』
『了解!行きますよ』
ユジンのファッティーがいきなりジャンプする。
そのまま線路を跨ぎ超え、列車の右側に回りこむつもりだ。
はあん・・・
敵の目を引き付けてくれるのか。
やるじゃない。
『ラートルも行け!』
『言われなくても!』
続いてラートルのファッティーが宙を飛ぶ。
『こいつ、結構飛ぶじゃねえか』
白く塗られたファッティーは吹雪に霞むように飛んで行く。
私は装甲貨車の砲塔がそちらを向くのを確認し、雪原を駆け抜けた。
むき出しのコンクリートのモノレール型軌道。
全速力を出して向かってくる列車と競争するかのように、私は線路を跨ぎ超える。
耳を劈くような轟音が発せられ、砲塔の対AT砲が火を噴いた。
列車は六両編成。
先頭と最後尾は装甲貨車。
二両目は気動車。
三両目と五両目が貨車。
四両目が客車という編成だ。
客車にはおそらく護衛の兵士たちが、そして装甲貨車にはATが積んであるはず。
私ならそうするわ。
『そりゃあ』
素早く位置についたラートルとユジンのファッティーがカタパルトランチャーを撃ち始める。
まずは足止め。
私も少し遅れるものの、雪原に片膝をついて射撃姿勢を整える。
軍用列車は何とか襲撃を切り抜けるべく、全速力でこの場を走りぬけようとする。
走り抜けられてしまえば襲撃は失敗。
この雪ではローラーダッシュで追いすがるなんてできはしない。
なんとしても気動車を潰さなければならないのだ。
今しも目の前を走りぬけようとする軍用列車に向かって私はトリガーを引いていた。
カタパルトランチャーの弾着が装甲貨車から気動車に移る。
装甲貨車と違い、気動車は装甲がされていない。
こんな襲撃は想定していなかったのだろう。
カタパルトランチャーの弾は難なく気動車の側壁を貫通し、炎を吹き上げる。
急激に速度が落ち、軍用列車の命運は決まった。
『気をつけろ、ATがでてくるぞ!』
ラートルのだみ声が聞こえてくる。
言われなくても・・・
私は走り過ぎた列車の最後尾に狙いをつける。
前方の装甲貨車はどうやら左側のチームを狙っているようだ。
こっちには最後尾の装甲貨車が砲塔を向けてくる。
「動いて! 狙われるわ」
私はそう叫んでファッティーを走らせた。
- 2006/12/09(土) 19:53:20|
- ボトムズSS
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今日は少しだけですがボトムズを投下しますね~。
よろしければどうぞー。
4、
猛烈に吹きすさぶ雪嵐。
低気圧が接近しているのだ。
この状態なら軍用列車への接近も容易だろう。
それにしても・・・
複雑な気持ちは否めない。
てっきりクメンあたりでビーラーゲリラとでも戦うものだと思っていた。
こんな寒風吹きすさぶ惑星に来るとは思っていなかった。
甘いと言えばそれまでだが、八百長だらけのバトリングを抜け出せればそれでよかったのだ。
「物思いにふけているようですね。そろそろ出撃の準備が必要では? アイスブルーアルティア」
窓外を見ていた私の背後から声がかかる。
「シフォン・・・」
振り返った私の前にはシフォン・ドゥーリッチが立っていた。
こげ茶色の長い髪が赤いパイロットスーツによく映える。
鳶色の瞳が近づきがたい雰囲気の光を湛えていた。
「何を見ていたんですか? 外はただの白一色だと思いますが。ふふ・・・それとも、出撃前の余裕を見せているのかしら」
何?
彼女はどうやら私に敵意を持っているようだわ。
なぜかはしらないけど。
「余裕なんてないわ。ただ、気象状況を見ていただけ。それにアルティアで構わない。アイスブルーなんてつける必要ないわ」
「そうですか、アイスブルー。お邪魔したようですね」
にやりと笑ってわざとらしくアイスブルーと私を呼ぶ。
「けんかを売るつもりならいつでも買うわよ」
私は静かにそう言った。
彼女の真意はわからないが、不愉快なことには違いない。
「ふふ・・・」
挑むように私を見るシフォン。
私は黙ってこぶしを握る。
「何やってんだ? お前ら」
ラートルの野太い声が私たちをさえぎる。
「ふっ、いいえ、特に何も」
薄く笑みを浮かべシフォンは背を向ける。
私も気が抜けたように握ったこぶしを開く。
「ちょっと話をしていただけです。アイスブルーとね」
「へっ、女同士で話なんぞしなくても、可愛がって欲しけりゃいつでもいいな」
ラートルの下卑た笑いが広がる。
「ふふ・・・そのうちに・・・」
シフォンはそう言って立ち去った。
「なーんだ、ありゃあ?」
「さあ・・・」
私はそう答えるだけだった。
コンテナの周囲に人が取り付いている。
ATの出撃準備が始まったのだ。
もちろん私たちパイロットは、それぞれ割り当てられた機体のところへ行って整備兵たちと一緒に機体を出す。
考えてみればムチャな話だわ。
ここへ来てわずか数日。
割り当てられるATも今始めて見せられるのだ。
スコープドッグぐらいしか考えられないけど、違っていたら乗りこなすのも大変だわ。
一緒に行くパイロットたちとも共同訓練などしたこともない。
それで襲撃行動など、通常の兵士では考えられないだろう。
でも、傭兵とはそんなもの。
即実戦で役に立たなければ意味がない。
どんな状況でも戦って見せるだけ。
私は目の前でコンテナが開くところを見つめていた。
「こ、これは・・・」
私は唖然としていた。
髪の毛に纏わりつく細かい雪。
芯まで冷えるような冷たい風。
そんな中、コンテナから出てきた白いATに私は情けなくも驚きを受けていたのだ。
カムフラージュ用の白い塗装。
だが、私はこれ以外の塗装でしかこの機体を見たことはない。
バララントグリーン。
その特異な緑色は我がギルガメスにとっては疫病神だ。
目の前の機体。
それはファッティーと呼ばれている機体だった。
- 2006/10/31(火) 21:10:26|
- ボトムズSS
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予告
寒風吹きすさぶ白い大地。
ここは惑星ベンエジヴァン。
降り立ったアルティアの目の前に、一癖も二癖もありそうな連中が待ち受ける。
これから先は白い地獄。
雪の大地に火薬が臭う。
次回「パイロットたち」
悪魔は美しい女の姿をしている。
なんて感じでボトムズSSですー。
ではどうぞー
3、
惑星ベンエジヴァン。
寒風が吹きすさぶ荒涼とした大地。
吹雪が舞い、何もかもが白く染まっている。
急ごしらえのシェルター型の居住区画。
ヒーターが赤々と燃えて、中は思いのほか温かい。
ここには今三十人ほどの人間が詰めていた。
ATは六機。
ご丁寧にコンテナに梱包されて、キャリアーに載せられて出番を待っている。
機種はわからないものの、おそらくはスコープドッグの冬季装備型。
雪原用にスノーシューを装備したタイプではないだろうか・・・
何をやるのか知らないが、六機のATを揃えるとは結構なもの。
私は窓の外を吹きすさぶ雪を黙って見つめていた。
「ふん、女がいるとはな」
シェルター内の溜まり場にはAT乗りが集っている。
私は作戦目的なども知らされぬまま、ここに放り込まれていた。
女である私はいつものごとくの言葉を耳にする。
女だ・・・
女のくせに・・・
そんなのばかり。
男どもは女を見るとそう言わずにはいられないらしい。
私は無言でサンドイッチを口にする。
反応するほど付け上がらせるに過ぎないからだ。
「ケッ、お高く留まりやがって」
アルコールのグラスを傾けている男。
筋肉質の巨体を揺らしている。
「やめとけよラートル。これから仲間になるんじゃないか」
片隅で同じようにグラスを傾けていた痩せた男が声をかける。
赤い気密スーツを着込んだ姿は精悍だ。
「こんなのが仲間か? 参ったものだぜ。なあ、ユジン?」
「ん? 僕は構わないよ」
奥の方で本を読んでいた男が顔を上げる。
少年?
一体何者?
私は思わずサンドイッチをぱくつくのをやめた。
「ガ・ユジンです。よろしく頼みます」
少年はにこやかに微笑んでくる。
その笑み波形感心をやわらげる。
「あ・・・はい。アルティア・カディスです。よろしく」
私は頭を下げる。
何となく彼の持つ雰囲気に引き摺られたのだ。
「俺はマ・フォン。こいつはラートルだ。口は悪いがいい奴だぞ」
痩せた男が笑いかける。
「ラートル・メイドンだ、足を引っ張ってくれるなよ」
筋肉質の男が面白くも無さそうに自己紹介する。
「よろしく」
私はそれだけを言う。
腕も性格もわからない相手だ。
傭兵として付き合う以上のことは必要無い。
「それで? あと一人はどうしたんだ?」
ラートルの疑問はもっともだ。
彼らと私、それにターロス大尉を入れてもパイロットは五人。
ATは六機なのだ。
あと一人来るには違いない。
「おそらくもう少ししたら来るんだろう。大尉殿と一緒にな」
マ・フォンが肩をすくめる。
「あなたがたは作戦目的は知っているの?」
私はジュースを口にしながら訊いてみた。
知っているのなら私だけが教えられていないということになりかねない。
「さあ、知らねえな。お前の方があの大尉とは仲が良さそうじゃないか、ええ?」
ラートルがガハハハと笑っている。
下卑た笑いだ。
「僕も聞いていませんよ。ただ、重要な役目だとは聞いていますけど」
小柄な少年といった感じのユジンが答える。
重要な役目ね・・・
「ユジン・・・あなたいくつなの?」
「僕? 十六だよ」
あっけらかんと答えるユジン。
人懐こい笑いに私も思わず微笑んでしまう。
ちょっと待ってよ。
やっぱり子供じゃない。
「こいつの見た目にだまされちゃいけねえぜ。こいつのATを駆る腕前はたいしたものだからな」
ラートルが笑っている。
確かに口は悪いがいい奴なのかもしれない。
こうも簡単にべらべらしゃべってくれると警戒心が薄いのかもしれないわね。
それにしても・・・
こんな少年がATの操縦とはね・・・
私は苦笑した。
バラバラバラと音が響く。
ヘリコプターのローターが風を切る音だ。
この吹雪の中を飛ばされるパイロットには同情を禁じえないわね。
三つのシェルターがコの字型に配置された内側にヘリコプターは着陸する。
吹雪と地吹雪が交じり合って視界はゼロに近くなる。
エイティーフライ型のヘリコプター。
いざとなればAT一機を吊り下げて、戦場に投入することもできるパワーの持ち主だ。
連絡用に使うにも便利だろう。
舞い上がる雪の中、ヘリのハッチが開いて人影が現れる。
赤いパイロットスーツに身を包んだ人物と、ギルガメスの軍服を着た人物。
軍服を着ているのはターロス大尉。
もう一人の赤いパイロットスーツは?
長い髪が激しい風になびいていく。
女?
私以外にもATパイロットの女性が来るとはね。
赤いパイロットスーツの女性は、スマートな物腰で優雅に歩いてくる。
なかなかの美人だわ。
私はふとそんなことを思っていた。
やがて彼らはシェルター内に入ってくる。
「諸君、遅くなった。最後のパイロットを連れてきた」
ターロス大尉が彼女を指し示す。
「シフォン・ドゥーリッチです。以後よろしく」
彼女はにっこり微笑み敬礼をする。
「ケッ、また女かよ。やってられねえぜ」
渋い顔のラートル。
どっかりと腰を落ち着けたままで顔をあわせようともしない。
「マ・フォンだ。これで全員ということだな」
「ガ・ユジンです。よろしく」
残りの二人もそれぞれに挨拶を交わす。
「私は・・・」
私が挨拶をしようとすると、シフォンはつかつかと歩み寄ってきた。
「アイスブルーアルティアですね? 初めまして」
「あ・・・」
手を差し出してくるシフォン。
私は素直にその手を受け取る。
「アルティア・カディス。よろしく」
握り返してきたその手は・・・なぜか力がこもっていた。
「挨拶はそれぐらいでいいだろう。これよりブリーフィングを行なう。シフォンも席に着け」
「ハッ」
ターロス大尉が軍帽を脱いで正面に立つ。
驚いた。
ラートルなんか酒が入っているというのに、すぐにブリーフィングだなんて・・・
ガタガタと音がしてみんながそれぞれ席に着く。
「作戦開始は明0600。目標はヴィスロン平原を走る軍用列車」
どよめきが起こる。
軍用列車の襲撃とはどういうこと?
「静かに。われわれは明日、ATにより軍用列車を襲撃。その後速やかに撤収する」
「どういうことなんです? 軍用列車を襲うなど理由がわかりません」
フォンの言葉が全員の気持ちを代弁しているだろう。
どういう理由で味方の軍用列車を襲うのか?
このベンエジヴァンへ来た時から、ここで何をするのかと思っていたが、まさか軍用列車の襲撃とは。
「理由は明白だ。この軍用列車には武器が積まれている。バララントに通じるゲリラに渡る物だ」
「バララントに?」
「そうだ。この軍用列車を通過させてしまえば、各星系のゲリラは大量の武器を手に入れることが可能と判断することになるだろう。それを阻止するために我々はその軍用列車を阻止しなくてはならない」
熱っぽいターロス大尉の言葉。
「なるほどー。そういうことかい!」
ラートルがうんうんとうなずいている。
「それは間違いないんですね?」
フォンが念を押し、大尉がうなずくのを黙って見ている。
・・・・・・
筋書きはあっているように見えるわね・・・
でも・・・
「報酬はきちんと出るんでしょうね?」
両手を頭の後ろに組んだまま、ユジンがニコニコと笑っている。
そう・・・
金をもらう以上は従わなくてはならない。
それが意に沿わないものであったとしても。
傭兵とはそういうもの。
「それは間違いない」
「じゃあ、いいじゃん」
ユジンの一言にみんながうなずいた。
- 2006/10/16(月) 22:46:14|
- ボトムズSS
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ボトムズストーリーの二回目です。
お楽しみいただければ幸いです。
2、
ふう・・・
やれやれだわ。
私は薄暗い町の雑踏に身を置いた。
ク・ローウンの町。
饐えた金属のさびが彩る背徳の町。
メルキアのウドにも匹敵する闇の町。
バトリングに一喜一憂し、意味の無い大金が乱舞する。
でも、私たちには回っては来ない。
バトリングから抜け出したくても金が無くては抜け出せない。
ATのパイロットは生かさず殺さず。
興行が成り立たなくなるようなことは行なわれないのだ。
私は道の端で店を出してる屋台に入り、串焼きを手に入れる。
ここク・ローウンではなかなかいける食べ物の一つだ。
「あいよ。50ギルダンだ」
えっ?
「な、何よそれ? 昨日まで20ギルダンだったでしょ?」
「いやなら食ってくれなくてもいいんだぜ! 材料が不足気味なんだ」
店の親父が不機嫌そうにこちらをにらむ。
ふん、材料って言ったって、そこらをうろついている野良ロロガスじゃないの。
「わかったわよ」
私は仕方なく50ギルダンを払って串焼きにかぶりつく。
美味しい・・・
ソースがピリッとしていい味なのよね。
でも50ギルダンは高い。
クソー。
毎日のように価格が変動する。
安定とは程遠いこの町。
犯罪が多発し、人が死んでいく。
私は食べ終わった串を道端に投げ捨てた。
「よう、姉ちゃん。一晩いくらだ?」
酔って酒瓶を片手に下げた親父が酒臭い息を吐きかけてくる。
私は無視を決め込み、通り過ぎようとしたが、親父は肩を掴んでくる。
「待てよ、姉ちゃん」
「・・・離せ」
私は肩越しに振り向いて親父をにらみつけた。
「う・・・」
親父はおずおずと手を引っ込める。
私はそのまま親父を無視してその場を後にする。
「ケッ、バカヤロー」
親父の怒鳴り声が背後で響いた。
やれやれだわね。
「やはりここにいたか、アイスブルー」
しけた酒場でグラスを傾けていた私の背後から声がかかる。
振り向くと赤い気密服、つまりはATのパイロットスーツに身を包んだ背の高い男が立っていた。
「ターロス大尉殿?」
私は驚いた。
ギルガメス軍アーボイン星系駐留軍第5機甲大隊時代の私の上官だ。
アイスブルーというあだ名も、私の目が冷たさを湛えた氷のような青さだということで彼が付けたもの。
髭もじゃの顎はあれ以来変わっていない。
「大尉殿、どうして?」
私は思わずカウンターから立ち上がると敬礼をしていた。
悲しい性だわね。
「楽にしろよ。もう戦争は終わったんだ。俺も軍を退役した」
つかつかと私のそばにやってくるターロス大尉。
酒場の連中は一斉に私たちの方を見ているが、仕方が無い。
「ハッ、しかしどうして?」
私は右手を下げ、大尉に席を用意する。
「お前を探していたんだ。アイスブルー」
「私を?」
私は酒場の親父に大尉の分の酒を用意してもらう。
「ああ、どうだ? 金は欲しくないか?」
金?
もちろん欲しい。
金さえあればこんなところでバトリングなんかはしていない。
でも・・・
「金は欲しいですが・・・どういうことですか?」
「AT乗りを探している。ある会社の仕事でな」
グラスを傾けるターロス大尉。
なるほど・・・
後ろ暗い仕事というわけか。
どうしたものか・・・
「お前なら100万ギルダン出そう。どうだ」
100万ギルダン?
バトリングをやっていては手に入らない金額だわ。
私は決心する。
「わかりました」
「そう言ってくれると思ったよ。これは手付けだ。三日後までに宇宙港へ来い」
ターロス大尉がグラスを空にする。
「宇宙港?」
「ああ、詳しくは宇宙へ出てからだ」
「わかりました]
私も一気にグラスを空にした。
また、硝煙の臭いが私を待っているのだ。
席を立ったターロス大尉を私は黙って見送った。
眼下に小さくなっていく惑星テクトン。
すでにシャトルは軌道上の貨客船に接近している。
行く先はわからない。
宇宙港に来た私を待っていたのはターロス大尉だけ。
パイロットスーツに身を包んだ大尉はシャトルのチケットを私に渡すと、無言で先に立って歩いていく。
私も黙ってその後に従うしかない。
すでに私の身は大尉に預けられたのだ。
余計なことは聞く必要は無い。
そうして私はシャトルに乗り込んだのだった。
着慣れないパイロットスーツは息苦しい。
「マッチメーカーは素直に手放してくれたか?」
「いいえ」
私は大尉の質問に即答する。
そう、サゴンはなだめたり脅したり必死になって引き止めてきた。
ただ、幸い私の場合はサゴンの口車に乗ってうかうかと専属契約をしてこなかったので、バトリングを離れることに支障はなかったのだ。
最後はグダグダと文句を言われたものの、私はサゴンと縁を切った。
まあ、この仕事がうまくいけば、独立してやっていくための頭金ぐらいにはなる。
うまくいけばだが・・・
「わかっているとは思うが、これは作戦行動だ。これから一定期間お前はある作戦に従事してもらうことになる。いいな?」
「わかっています、大尉殿」
私はうなずいた。
AT乗りを集めて一人100万払うというのだ。
傭兵として働けということなのだ。
そう・・・血と硝煙の世界。
あの血なまぐさい世界が待っている。
私はなぜか心がはやるのを感じていた。
- 2006/10/05(木) 22:00:27|
- ボトムズSS
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またしても気の迷いが起きてしまいました。(笑)
装甲騎兵ボトムズの二次創作ネタです。
時々書いていこうと思いますので、お付き合いのほどを。
1、
「ハア・・・ハア・・・」
息が荒くなる。
手袋の中がじっとりと汗で湿る。
ふん・・・パープルベアか・・・
動きが早いだけの出来損ない。
軽くて動かしやすいから人気は高いけど、紙切れのような装甲は犬より劣る。
私はスコープの調節をして視界を広く取る。
動きの速さで来る相手には視界が広いに越したことは無い。
ターレットを回して確認する。
動きに問題は無い。
もちろん自分で確認はしたが、整備不良はたまらない。
『アルティア、わかっているな?』
チッ・・・
わかっているわよ。
ヘッドセットに入ってくるサゴンの声が私を苛立たせる。
だけどマッチメーカーには逆らえない。
癪だけど最初の数分は相手に花を持たせてあげるわ。
私はゆっくりとフィールドに歩みでた。
ギルガメスとバララントの休戦から数ヶ月。
ここク・ローウンの町でもあぶれ者はたくさんいる。
私と同様に腕を見込まれたのやそうでないのや・・・
AT同士のバトリングで日々明け暮れるというわけだ。
周囲を観客席に囲まれたフィールド。
ここで私は戦いをやる。
武器も何も無い裸のAT同士が戦うのだ。
今日の相手はボテイグ。
バララントの太っちょを三台も撃破したと大法螺吹いている奴だ。
あいつの腕で倒せるATなど、この世のどこにもありはしない。
せいぜい八百長で四・五回勝つのがやっとのこと。
私は無造作に進み出て、相手を誘う。
紫色のパープルベア。
カメラターレットを取り外し、ステレオカメラに取り替えているタイプだ。
遠近感が取りやすいのと、軽くて速いのがとりえなので、バトリングでは人気がある。
もっとも、装甲が薄いから実戦向きではないとも言えるが。
相手は黙って動かない。
まったく・・・
動かなきゃ速さもクソも無いだろうに・・・
「仕方ない」
対処しやすいようにこちらから動いてやるか。
私はローラーダッシュで一直線にパープルベアに向かっていった。
「ほらほら、まっすぐ向かって行ってやるんだ。どうにかしたらどう?」
私は腰を落として突っ込んで行く。
パープルベアはようやく私の突込みを回避するべく動き出す。
ボテイグ!
このボケがぁ!
回り込むぐらい考えろ!
私は思わず毒づいた。
ボテイグのパープルベアはあろうことかローラーダッシュで向かってきたのだ。
客の歓声がひときわ高くなる。
そりゃそうだろう。
正面切っての殴りあいだ。
客にすれば面白いはず。
仕方ない。
一撃はくれてやる。
ターレットは勘弁して欲しいけどね。
急速に接近するパープルベア。
私のスコープドッグと同じように低い姿勢だ。
狙うことは同じだろう。
ターレットを潰しに来るはず。
いやだなぁ。
ハッチ開けて戦いたくないのよね。
私は一番装甲の厚い胸部にパンチを当てさせるべく、一瞬動きを止めてやる。
これで私が一撃を食らえばボテイグの掛け率は跳ね上がり、サゴンの懐が潤うというわけだ。
パープルベアは予想通りアームパンチを繰り出してくる。
がくんと走る衝撃。
スーツのおかげでかなりの衝撃は吸収されるが、それでもショックは大きいのよね。
目の前が一瞬にして暗くなる。
あっ?
バカァッ!
私のスコープドッグはものの見事にターレットスコープを潰されてしまった。
ボテイグの野郎は腰が引けたのだ。
一撃必中のタイミングまで待たずに、遠くからパンチを繰り出した。
そのために胸部じゃなくてターレットに食らってしまった。
カス野郎!
花を持たせるのも一苦労だわ。
八百長無しでは一勝もできないわね。
私は数歩下がって体勢を整える。
ターレット部分のハッチを開けてスコープをはずす。
私の顔が晒される。
観客の歓声が高くなる。
やれやれ・・・
私が女だってのは知っているでしょうに。
パープルベアは嵩にかかったように走りこんでくる。
私はローラーダッシュでパープルベアの右側に回り込むように走った。
何の遮蔽物も無いフィールドは身を隠すなんてできはしない。
距離をとるか近づくか。
ヒットアンドアウェイを得意とするパープルベアなら、走り回ってかく乱してくるに違いない。
普通のパイロットならば・・・ね。
パープルベアは走りこむのをやめてローラーダッシュに切り替える。
こちらの回り込みを制するつもりだ。
私は客席の方を見る。
サゴンが手を上げているのが見えた。
どうやらボテイグへの掛け金がたまったらしい。
私は思わず苦笑すると、ターンピックを打ち込んだ。
急ターンする私のスコープドッグ。
パープルベアは私が大回りをすると踏んでいたのだろう。
いきなりの回転に驚いたようだが、それでもそのままローラーダッシュで突っ込んでくる。
私は腰を落とすと、そのままの姿勢で待ち構える。
パープルベアが加速のエネルギーをそのまま持ち込むなら、こちらはそれを逆手にとってやる。
向こうの狙いはバイザーを上げてむき出しになっている私の顔面。
腰を落として待ち構えた私をほくそえんでいるだろう。
そのまま腕を伸ばしてアームパンチを繰り出せば、ミンチになる運命が待っているのだから。
でもね。
そうは行かないのよ。
私はすごい勢いで迫ってきたパープルベアのすぐ前でしゃがみこむ。
パープルベアのアームパンチは、直前まで私の顔があった位置を綺麗に通過して薬莢を打ち出した。
当然どこにも当たらなかったアームパンチの勢いは、パープルベアそのものをも引き摺って行く。
私はそのままATの頭をパープルベアの下腹部に潜らせて跳ね上げる。
パープルベアの脚が浮き上がって、そのまま宙を飛んで行く。
立ち上がって振り返ったときには、パープルベアは地面にうつぶせに倒れていた。
私はすぐに近寄ると、背後からアームパンチを腰に叩き込む。
バキンと言う派手な音がして、腕の横から薬莢が排出される。
パープルベアは腰のあたりを強打され、身動きが取れなくなる。
あっけないものだけどこれでお終い。
潰れたパープルベアからボテイグが出てきて、真っ赤になって怒鳴っている。
ハッ・・・
お決まりのセリフね・・・
女のくせにとか、女が生意気だ、とか。
女がATに乗ってバトリングをしてはいけないの?
大体あなたの腕じゃ男とか女とか言う以前でしょ。
私は観客の歓声と怒号が飛び交う中、フィールドを後にした。
「よう、アルティア。どうやらまだ生きていたようだな」
控え室に引き上げた私をバトリングのパイロットたちが出迎える。
いずれも一癖も二癖もありそうな連中だ。
中には気のいい奴もいるが、えてして長持ちはしなかったりする。
「生きているわ。悪い?」
私はロッカーからタオルを取り出して汗を拭う。
周囲の目は暖かくは無い。
女であることを意識させるような好色な目か、自分のライバルであることを考えたく無い無関心な目かだ。
「悪かねえさ。おめえのような別嬪が死んじまっちゃ楽しみが減るからな」
なれなれしく肩を抱いてくるロイリー。
悪い奴じゃないんだけどね。
私は無言で手を払いのけ、スポーツドリンクに手を伸ばす。
「つれないなぁ。まあ、アイスブルーらしいがな」
手をひらひら振りながら下がって行くロイリー。
「ほっとけよロイリー。アイスブルーは俺たちになど興味は無いってさ」
「それもそうだ。アルティアは野郎には興味ないからな」
失礼な。
興味を引く相手がいないだけでしょ。
私はスポーツドリンクでのどを潤した。
「よーうアルティア。さっきのはよかったぞー!」
小男のサゴンが控え室に入ってくる。
右手で紙幣を握り締め、ご満悦のようだ。
「よう、サゴン。ずいぶん儲けたようじゃないか?」
「女の扱いが相変わらずうまいねぇ」
「ボテイグが怒っていたぜ。話が違うってな」
あちこちから冷やかしが入る。
「うるせー! 余計なお世話だ。こちとらだって商売だからな。諸々ひっくるめりゃぎりぎりだよ」
そう言いながらも顔はにやけている。
「アルティア。よくやった。ファイトマネーだ。受け取れ」
封筒に入って手渡される現金。
私は受け取って確認する。
バカな!
「ちょっとサゴン! これは一体どういうこと? 約束の半分も無いじゃない!」
私は思わずテーブルを叩きつける。
空になった酒瓶がゴロゴロと倒れた。
「おーっとっと、仕方ねえんだよ。ATの修理費だってバカにはならんし。お前、よりにもよってターレットを壊されるとはな」
ニヤニヤと笑っているサゴン。
こいつは・・・
「ボテイグにだっていくらかは払わんとならんだろが。相手がいなくなってもいいのか?」
クッ・・・
いつもそうだ。
この町のバトリングは馴れ合いだ。
適当に勝って適当に負ける。
客の目を楽しませてこっちは儲ける。
わかっていたはずなのに・・・
「心配するなよアイスブルー。お前さんの顔ならこれからいくらでも稼げるさ。お前を倒してお楽しみにありつきたいって奴が山のようにいるんだからな」
「ちげえねえ。あははははは」
笑い声が控え室に響く。
「ふん、言ってろ」
私は封筒をわしづかみにすると、部屋を飛び出した。
- 2006/09/30(土) 22:12:18|
- ボトムズSS
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