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舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

ようやくアルバに

2010年最後の更新は「グァスの嵐」です。

なんと366日ぶりの更新。(苦笑)
ほったらかしで申し訳ありません。
そろそろケリつけないとあかんなぁ。


27、
晴れ渡った空はとても気持ちがいい。
島のそばには鳥の姿も見え隠れする。
眼下の灰色の密雲とは異なり、頭上を白い雲が流れていく。
その雲と雲の間の空間を、ファヌーはゆったりと進んでいた。
「んー、気持ちいい。嵐が去ったあとって気持ちいいのね」
健康的な小麦色の肌を日の光にさらし、ショートカットの赤毛を風になびかせるフィオレンティーナ。
まばゆいばかりのその若々しい美しさに、思わずエミリオはドキッとする。
「あ、ああ、、そうだね。なんか空気が入れ替わったって感じだね」
シャツをつんと持ち上げているフィオレンティーナの胸に目が行ってしまい、思わず目をそらすエミリオ。
彼とて健康な青年である。
女性のことが気になってしまうのは仕方がない。
作業を続けながらも、どうしてもその視線がフィオレンティーナに向いてしまうのを、エミリオは止めることができなかった。

適度な風がファヌーを推し進める。
前面で広がる帆が風を受けて大きく孕み、ギシギシとつないでいるロープをきしませる。
何物にも邪魔されない航海は順調で、アルバ島へも程なく着くことができそうだ。
「見えたぞ」
船首からゴルドアンの声が聞こえてくる。
ファヌーの前方に、島が小さく見えてきたのだ。
アルバ島に間違いない。
やっと目的地に着いたのだ。

アルバ島の桟橋に横付けする『エレーア』
エミリオが船を固縛し、フィオレンティーナとミューが桟橋に降り立つ。
ミューにとっては何度も行き来してきたミストス島とアルバ島だったが、桟橋に足をかけた瞬間、シナプス回路に言いようのない電流の流れを感じる。
それがチアーノ老人がそばにいないことによるものだと気が付いたとき、ミューは胸が痛く感じていた。

「ミューちゃん、大丈夫?」
フィオレンティーナが、桟橋に立ったまま動かなくなったミューを心配して声をかける。
「あ、はい、大丈夫です。ちょっとチアーノ様のことを思い出していました」
「そうか。ここにはチアーノさんのお友達がいるんだったね。何度も来ていたってわけか」
『エレーア』を固縛し終えたエミリオがやってくる。
「はい。早くその人のところへ行かなくては」
「そうだな。さっさと用事を済ませ、フィオを送ってやらなくちゃ」
背後からゴルドアンも桟橋に降り立つ。
アルバ島はその位置からカラスタ群島ではそこそこ名が知られてはいるが、住んでいる人は少なく、数人の人しかいないはず。
だからこそチアーノ老人も自航船で行き来してきたのだ。
もっとも、チアーノ老人はいずれ自航船を広めるつもりでいたから、隠し立てするつもりはなかったかもしれない。

「さて、その人のところへ行ってこよう。その人はなんていう人なんだい?」
「パオロ・エルトラーニさんです。チアーノ様の古くからのお知り合いだそうです」
「エルトラーニさんね? 行ってみましょ」
まったく躊躇することなくエミリオもフィオレンティーナもミューについていこうとするのを見て、ゴルドアンは苦笑した。
こいつらまるで娘を連れた若夫婦じゃないか。
まあ、ミューちゃんがちょっと大きいから、さしずめ妹を連れた兄夫婦かもしれないが。
もっとも、当の三人はそんなことお構い無しに、のんきにゴルドアンに手を振っている。
「ゴル、船は任せたよ」
「何かお土産があったら持ってきますね~」
「こっちのことは気にするな。気をつけるんだぞ」
三人が遠ざかっていくのを、ゴルドアンは微笑みながら見送った。

「さっきの船が向かった先は何がある?」
「おそらくアルバ島へ向かったものかと」
小型ギャレー『デ・ボガスタ』の後部艦橋で、ふと考え込むエスキベル提督。
ファン・ナルバエス艦長が航空図を広げて確かめる。
間違っていたりしたら目も当てられないからだ。
まったく・・・
この提督が乗ってきてから気の休まる時がない。
「我々はアルバ島には寄ったかな?」
「アルバ島は小さな島ですし、住んでいる人間もわずかです。後回しでいいとのことでしたので、いまだ寄ってはおりませんが・・・」
「うむ、アルバ島に向かってくれ。どうも気になる。そういう小さな島のほうが何かあれば隠しやすい」
「ハア・・・隠しやすい・・・ですか」
おそらく提督は自航船がもう一隻あってほしいと思っているのだろう。
だが、肝心の自航船は燃え尽きてしまったというではないか。
そんな風もなしに動く船などそうあるものではなかろうに。
問題はいつまでそんなものにつき合わされるのかだ。
こんなことでうろつきまわされるのはたくさんだ。
何か自航船にまつわるものの一つでも発見して、さっさと降りていってくれないものか。
ファン・ナルバエス艦長はそう思いつつ、部下に指示を出す。
「針路変更! 船首をアルバ島に向けろ!」
小型ギャレー『デ・ボガスタ』は、ゆっくりと船首をアルバ島に向けるのだった。
  1. 2010/12/31(金) 19:21:27|
  2. グァスの嵐
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おそばでお仕えいたします

明日で今年も終わりですね。
今日は「グァスの嵐」を少しだけ投下します。
亀の歩みですが、お付き合いいただければと思います。


26、
「出発だ! いつまでぐずぐずしておる! ラーオン人どもにムチをくれてやれ! さっさと漕ぎ出すんだ!」
ホットワインを飲み干し、マグカップを艦長に渡して周囲に怒鳴りつけるエスキベル提督。
やれやれと肩をすくめる艦長と周囲の冷ややかな視線が集まるが、そんなことは意に介さない。
どうせこんな艦に長居はしないのだ。
下級の水兵どもにどう思われようとも知ったことではない。

ムチが床を鳴らし、ラーオン人たちの不平の声が消されていく。
立ててあったオールが横に広がり、メインマストには四角い帆が広がった。
小型ギャレー『デ・ボガスタ』の船体は、ゆっくりと島影から空中へと動いて行った。

ばたばたと帆が風を受ける音が響く。
背後からの風がぐうんと船足を速めていく。
船体の両側では、幅広のオールが規則正しく大気を掻いていく。
その様子を彼は船尾楼で眺めている。
甲板上では彼の部下たちがいつもの作業を淡々とこなしていた。
だが、その視線がちらちらと船尾楼に向けられることに、思わず彼は苦笑する。
あまり目立たぬように他の男たちと同じような服装をさせたのだが、それがかえって目立ってしまっているのだ。
白いブラウスを突き上げる豊かな胸が男どもの視線を惹かぬはずはない。
まあ、手を出せば痛い目を見るのはわかっているだろうし、女を乗せればこうなることはわかっていた。
あとは、これに早く慣れさせることだ。

「キャプテン、出港しました。行き先は?」
海賊船『バジリスク』の副長であるガスパロが彼の元に来る。
だが、彼は無言でチラリと傍らの女に目を向けただけだった。
「キャプテンはまずヒューロットに向かえと言ってます。その後サントリバルを経てアルバへとのことです。それでよろしいでしょうか、ダリエンツォ様?」
黒いズボンを穿き、白いブラウスを身につけ、腰にはカトラスを下げ、頭には赤いバンダナを巻いたクラリッサがダリエンツォに確認する。
彼女の言葉にダリエンツォは黙ってうなずいた。
「キャプテン、これはいったい?」
ガスパロが面食らう。
このところキャプテンが手懐けていた女性だというのはわかっていたが、まさか船につれてくるとは思わなかったのだ。
「今日からダリエンツォ様のおそばに仕えますクラリッサ・モルターリです。よろしくお願いします」
にこやかに一礼するクラリッサ。
思わずガスパロも頭を下げる。
「ふははは・・・そういうことだ。しばらく面倒を見てやってくれ。いっしょにいたいと言って聞かないのだ」
「は、はあ・・・」
ダリエンツォがそう言うからには何も言えない。
男ばかりの船に女が乗るなど何が起こるかわからないのだが、まあキャプテンの女と知ってて手を出す奴もいないだろう。
となれば、目で楽しむのも悪くない。
ガスパロはそう考えると、クラリッサの美貌を目の端で楽しみながら、部下たちに針路を告げる。
いくつものオールを前後に動かしていた海賊船は、大きく船体を傾かせてその針路を変えるのだった。

「まあ、なんだ。よくわからんが、これからもミューはいっしょにいるってことなんだろ? なら問題ないじゃないか」
あっさりと今までの出来事を一言のもとに受け流すゴルドアンにエミリオは苦笑する。
実際それでいいのだ。
マスターだの作られた少女だのどうでもいい。
これからもミューがいる。
それだけでいいのだ。
エミリオもそう思う。
「で、天気もよくなったし、アルバに向けて出発ってことでいいのかな?」
「ああ、小屋も一応修理してきたし、入り口には鍵もかけてきたから多分大丈夫。もっとも、誰かが見ても何をするものかはよくわからないだろうね」
エミリオたちは先ほどまで小屋の焼けた部分を修理していたのだ。
最初は機材そのものをこの『エレーア』に積むことも考えたが、場所をとりすぎるのでやめたのだった。
いずれは別の場所に移す必要があるかもしれないが、今はこのままでいいだろう。
「蒸気何とかだって? お湯で何かできるとは驚きだな」
「うん、僕もそう思うよ。でも、それがないとミューは動かなくなってしまうんだ」
「それが信じられないなぁ。何かだまされているようだ」
もちろんゴルドアンはミューを疑っているわけではない。
もしこれが大掛かりな嘘だったとしても、だまされて失うようなものはそうはない。
第一自分たちをだます理由がないと思うのだ。
まあ、不思議な少女だが、いてくれるならそれでいいとゴルドアンは考えていた。

「さて、出発するか」
ゴルドアンが船首のマストに帆を広げていく。
エミリオは錨を拾い上げて舵棒に手をかける。
フィオレンティーナとミューは強くなってきた日差しをよけ、天幕の下に場所を移す。
小柄なファヌー『エレーア』は、ミストス島を離れ、滑るように空中へと飛び出した。
行き先はアルバ島。
『エレーア』はカラスタ群島の多島海へと進んで行った。
  1. 2009/12/30(水) 21:03:07|
  2. グァスの嵐
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マスター

今日は「グァスの嵐」を投下します。
少しだけですがどうぞ。


25、
「ミュー、君はマスターの言うことは聞かなくてはならないんだね?」
エミリオの表情がきびしくなる。
今から言うことがいいことなのかどうかはわからない。
だけど、ここ数日いっしょにいて、ミューが動かなくなってしまうなんてのはエミリオには耐え難くなっていたのだ。
「はい。ミューはロボットです。ロボットはマスターの命令には従わなくてはなりません」
ミューはこくんとうなずいた。
「それじゃ・・・」
いいのか?
それを言ってもいいのか?
エミリオはつばを飲んだ。
だが、言わずに後悔するよりは、言って後悔した方がいい。
「ミューは今マスターがいない状態だと言ったね?」
「はい。今のミューにはマスターはおりません」
「だったら、僕がミューのマスターになりたい。僕がミューのマスターになってもいいだろうか?」
「えっ?」
フィオレンティーナが驚きの表情を浮かべてエミリオを見る。
それはフィオレンティーナも考えていたことだったのだ。

「ミュー、僕がマスターじゃだめなのか?」
ミューはエミリオの顔をただ見つめる。
そこには困惑の表情が浮かんでいた。
「ミュー」
「ミューちゃん、お願い。これからもいっしょにいようよ。ミューちゃんがいなくなっちゃうのやだよ。いっしょにいようよ」
エミリオとフィオレンティーナの言葉をただ黙って聞いているミュー。
だが、ミューは静かに首を振った。

「ミュー・・・」
「ミューちゃん・・・」
がっくりと肩を落とすエミリオとうつむくフィオレンティーナ。
ミューのマスターになるというのは、ある意味切り札だったのだ。
だが、やはりそれは勝手なことだったのかもしれない。

「違うのです」
ゆっくりと口を開くミュー。
「エミリオ様、フィオレンティーナ様、違うのです」
「ミュー?」
「違うって? 何が?」
エミリオもフィオレンティーナもどういうことかわからない。
「ミューにはわかりません。判断ができません」
「ミュー・・・」
「ミューちゃん・・・」
「ミューはきっと壊れちゃったんです。だから、エミリオ様の申し出を受け入れていいのかどうかわかりません。判断ができません」
再び首を振るミュー。
まさにどうしていいのかわからないのだ。

「ミュー」
そっと歩み寄るエミリオ。
だが、それより先にフィオレンティーナがミューを抱きしめる。
「フィオレンティーナ様」
「バカね・・・受け入れればいいの。受け入れればいいのよ。こうして出会ったのも何かの縁。エミリオも私もミューちゃんを受け入れているんだから、ミューちゃんも私たちを受け入れればいいの」
ミューを抱きしめ、その頭を撫でるフィオレンティーナ。
「フィオレンティーナ様・・・」
「フィオでいいの。フィオでいいんだってば」
「フィオ・・・様・・・」
抱きしめられながらミューはなすがままになっている。
「ミュー、フィオの言うとおりだ。僕たちを信じてくれ」
「エミリオ様・・・」
ミューが顔を上げ、エミリオが力強くうなずく。
「チアーノ様が言いました。“いいマスターを探すんだ”と。ミューにはエミリオ様こそがいいマスターである確率が高いと判断します。エミリオ様、ミューをよろしくお願いいたします」
「ミュー・・・いいのかい?」
「はい。ミューはもう一度自分で判断しようと思います。エミリオ様、ミューのマスターになってください」
「うん。約束する。マスターとして絶対ミューの嫌がるようなことはしないよ」
すっと右手を差し出すエミリオ。
ミューはフィオに抱きしめられたまま、しっかりとその手を受け取った。

「おはよう、艦長。綺麗に晴れ上がったようだな」
雨上がりの濡れた甲板を歩いてくるエスキベル提督。
三角帽の下の表情もいつになく明るい感じだ。
ただ、鋭い眼光だけは変わらない。
部下のミスを見つけ出し、いつでも叱責してやろうという目だ。
「おはようございます提督。夕べは眠れなかったのではありませんか?」
リューバ海軍の小型ギャレー『デ・ボガスタ』の艦長ファン・ナルバエスは、脇にいる水兵にすぐに飲み物を持ってくるようにあごで指示する。
「ん? そんなことはないぞ。ワシとて船乗りだ。あの程度の嵐で眠られなくなるほどではない」
艦橋の手すりに躰を預け、楽な姿勢で前方を見る。
すでに明けた空は綺麗な青空を見せており、夕べの嵐が嘘のようだ。
甲板では水兵たちが艦長の指示の下、濡れた甲板と帆、それにオールの手入れに余念がない。
毛むくじゃらで胸板の厚い筋肉隆々な奴隷種族のラーオン人も、狭苦しい漕ぎ手区画から顔を出し新鮮な空気を吸っている。
ただエスキベル提督は、ラーオン人の一団を見ると顔をしかめていた。

「提督、ホットワインはいかがですか?」
マグを差し出すナルバエス艦長。
「うむ」
エスキベル提督は礼を言うでもなく受け取り、一口飲むとこう言った。
「どうもあのラーオン人というのは気に入らんな。動物のくせに人間と同じような姿をしている。気に入らん」
ナルバエス艦長は苦笑するしかない。
リューバ海軍に限らず、漕ぎ手を必要とするギャレー船にとってラーオン人は必要不可欠だ。
だが、その扱いは決してよくはない。
足を鎖で固定し、死ぬまでオールを漕がせるのだ。
食事も決して潤沢に与えはしない。
まさに奴隷としての扱いだった。
知能も高くはなく、教えたことを実直に繰り返すので、漕ぎ手としては理想的ということなのだ。
なぜそんな種族がラーオン“人”と呼ばれるのかは誰も知らない。
エスキベル提督同様、彼らを動物としか思ってない人間は数多い。
四本腕のトカゲ型のバグリー人や四足歩行のザガン人のほうがはるかに人間離れしている姿をしているにもかかわらず、彼らはその知能の高さで人間同様の扱いを受けているのとは対照的だった。

「間もなく出航準備も整います。次はトゥルポ島というところでしょうか?」
ナルバエス艦長はラーオン人のことにはまったく触れず、次の行動のことのみを告げる。
「そうだな・・・自航船の手がかりがまったく見当たらんはずはないのだ。いまいましい」
苦虫を噛み潰したような表情になるエスキベル提督。
自航船の秘密さえ手に入れれば、彼も中央でもっと羽振りがよくなるはずなのだ。
その目論見が今のところはずれていることに、彼は苛立ちを隠せなかった。
  1. 2009/09/29(火) 21:36:49|
  2. グァスの嵐
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狂気

170万ヒットに始まる連続SS投下も一週間連続になりました。
今日は「グァスの嵐」の24回目です。

それではどうぞ。


24、
「ほら、どうした。脚がふらついているぞ。躰が泳いでいる」
突き出された剣先を涼しげな顔でひょいとかわす。
もとよりド素人の剣先などかわすのはわけはない。
だが、油断はできない。
素人だからこそ予測できない動きもしてくるからだ。
ダリエンツォはそのこともよく知っていた。

息が上がる。
躰がふらつく。
足元がおぼつかない。
細身の剣だというのに、剣の重みで腕がどうにかなってしまいそうだ。
だけど、なんだか気持ちがいい。
ダリエンツォ様に剣の稽古をつけてもらえるなんて。
彼の部下でもありえない幸運だ。
それに剣を振るうのは楽しい。
あの男を刺したときの気持ちよさが蘇る。
残念だわ。
あの時はたった一回だけだった。
今ならもっともっと切り刻んでやれたのに。
クラリッサの顔が狂気の笑みを浮かべる。
私をもてあそんだ男たちを私は赦さない。
クラリッサはへとへとになりながらも、剣を振るうのをやめなかった。

「まあ、だいぶよくなったかな」
苦笑するダリエンツォ。
タオルで汗を拭き、ワインのビンを傾ける。
「本当ですか、ダリエンツォ様?」
同じく汗を拭うクラリッサ。
白いブラウスが汗でピッタリと張り付き、豊かな胸を強調する。
「ああ、三日前に比べればな」
ワインのボトルを手渡すダリエンツォ。
クラリッサが受け取り、口をつける。
その様子をダリエンツォは笑顔で眺めていた。

この女・・・結構化けるかもしれん・・・
クラリッサを見てそう思う。
今まで家事しかこなしていなかったから動きはよくないが、素質は悪くない。
訓練すれば剣の腕も上達しそうだ。
何よりあの一件で俺に心酔している。
おそらく俺が命じれば、少々のことならやってくれるだろう。
手元において仕込んでみるのは悪くない。

「クラリッサ」
「はい、ダリエンツォ様」
名を呼ばれたことでうっとりとした表情を浮かべるクラリッサ。
ゆがめられた感情が彼女を支配しているのだ。
「俺の言うことなら何でも聞くか?」
「もちろんです、ダリエンツォ様」
「俺はお前の恋人を始末させた男だぞ」
「当然、当然です。あれは当然のことです。あの男は私を支配しようとしたんです。でも、ダリエンツォ様のおかげで私はあの男の本性を知ることができました。あの男は死んで当然なんです、ダリエンツォ様!」
クラリッサの目に狂気が走る。
こぶしを握り締め、まるで目の前にダリオがいるかのようだ。
「ダリエンツォ様が命令なさらねば、私自らが殺しましたわ。うふ・・・そう・・・一インチ刻みで刻んでやりましたわ。あは・・・あはははははは」
高笑いするクラリッサに、ダリエンツォは苦笑する。
ちょっとやりすぎたようだが、まあ、適度に狂った女も悪くない。

「明日出港する。そうガスパロに伝えてこい」
「えっ?」
クラリッサの笑いが止まる。
「ヒューロットからサントリバル、そしてアルバへ向かう。やはり自航船を追うのがいいようだ」
クラリッサが飲んだ後テーブルに置かれていたワインのボトルを取り上げるダリエンツォ。
ふと気がつくと、クラリッサの躰が震えていた。
「どうした? 早く伝えてこい」
「行って・・・行ってしまわれるのですか?」
「ん?」
口へ持って行きかけたワインのボトルが止まる。
「私を置いて・・・私を一人にして・・・行ってしまわれるのですか?」
クラリッサの目から大粒の涙がこぼれている。
その目はまるで主人に捨てられる子犬のようだった。
「やれやれ、何か勘違いしてないか?」
困ったものだとダリエンツォは苦笑する。
「誰がお前を置いていくと言った。お前も来るんだ」
「えっ?」
「お前は俺のものだ。一緒に連れて行ってやる」
「あ・・・」
クラリッサの表情がいきなり明るくなる。
「だから早く伝えてこい」
「かしこまりましたダリエンツォ様」
すぐに部屋を飛び出していくクラリッサ。
やれやれだ・・・
その後ろ姿を見てダリエンツォは肩をすくめた。

「これはいったい?」
物置小屋に入ったエミリオとフィオレンティーナは目を丸くした。
小屋にはさまざまな道具が置かれ、大きな鉄の塊が二つ、どんと鎮座していたのだ。
「ミュー、これはいったい何なんだい?」
思わずエミリオはミューを見る。
ミューは少し黙っていたが、やがて口を開いた。
「ミューは質問には答えなくてはなりません。これは蒸気機関と発電機です」
「蒸気機関? 発電機?」
やっぱり何がなんだかわからない。
おそらく自航船に関するものなんだろうということがうっすらと感じるだけ。
エミリオもフィオレンティーナもお互いに顔を見合わせるしかなかった。

「蒸気機関とか発電機って何をするものなのか教えてもらってもいいかな」
なんとなく尋ねていいのか躊躇する。
でも、目の前にこういうものがある以上、エミリオはそれがどんなものなのか知りたかった。
「今のはミューは拒否してもいいのでしょうか? ミューには教えていいのかどうか判断がつきません。マスターがいないとミューは判断ができないのです」
困ったように首を振るミュー。
その幼い少女のような外見に、エミリオはなんだか自分が悪いことをしている気がした。
「あ、いいんだいいんだ。無理に訊こうとは思わない」
エミリオは両手を振って発言を引っ込める。
「ただ、これがどんな働きをするものなのかが知りたかっただけなんだ・・・」
「もう、エミリオったら。別にこれがなんだっていいでしょ。無くて困るもんじゃなし。ねえ、ミューちゃん」
フィオレンティーナがエミリオをちょっと小突く。
ミューちゃんだって知られたくないことがあるのだ。
そこをちゃんとわかってあげないと。
フィオレンティーナはそう思った。

「はい。これが無いことでエミリオ様がお困りになることはないと思います」
「うんうん、ほら見なさい」
ミューの言葉にうなずくフィオレンティーナ。
「ミューちゃんだって困らないのよね。小屋ごと燃やそうって言うぐらいなんだから」
「はい。これが無くなればミューの動力があと六十五日ほどで停止するだけです」
「ほらね。ミューちゃんだって動力が止まるぐらい・・って、ちょっと待ってよ!」
フィオレンティーナの目が驚愕に見開かれる。
「動力が止まるって、どういうことなの?」
「ミュー、それはどういうことなんだ?」
エミリオも驚く。
先ほどミューは作られたものだと言っていた。
でも、そんなこと信じられるものじゃない。
だが、動力が停止するって・・・それはミューが動かなくなるってことなのか?

「動力が止まるとミューは全ての動作を停止します。再起動が行なわれるまで動くことはありません」
「動かなくなるの? ミューちゃんが?」
「そうです。動力が止まるとミューは全ての動きが止まります」
ミューはこくんとうなずいた。
「こ、これがあれば動かなくなることは無いのか?」
よくわからないが、この鉄の塊がなくなると動かなくなるというなら、これがあればいいのかもしれない。
「これがあれば水素が手に入ります。水素があれば動力が止まることはありません」
「はぁ・・・」
フィオレンティーナがほっと胸をなでおろす。
「よかったぁ。ミューちゃんはこれがあれば動かなくなることは無いのよね?」
「はい。水素を補給すればです。」
そこには微妙な差があるのだが、ミューは短絡的な質問として捉えた。

「ミュー。これをそのまま壊さずに置くことはできないかい?」
エミリオの言葉にミューは首を振る。
「チアーノ様は自ら自航船を破壊されました。それはミューに自航船に関する全てのものを破壊するように指示したのだと思います」
「いや、それはそうかもしれないけど、これは自航船に関するものじゃないだろう?」
エミリオが食い下がる。
難しいことはどうでもいい。
ミューが動かなくなっちゃうなんて、そんなのよくないに決まってる。
  1. 2009/07/14(火) 21:25:24|
  2. グァスの嵐
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雨の中で

こちらも超お久しぶりの「グァスの嵐」です。
23回目となります。
ではどうぞー。


23、
雨が強くなってくる。
それに伴い、風も勢いを増してきたようだ。
何をしに行ったのかわからないが、一人で大丈夫だろうか・・・
そう思うと気が気ではない。
これがエミリオのいいところでもあり困ったところでもある。
「ゴル、後を頼む。僕、ちょっと様子を見てくるよ」
立ち上がるエミリオ。
浅黒いたくましい青年の姿がそこにある。

「ん、わかった。船は任せろ」
ゴルドアンがうなずく。
こうなったらエミリオをとめることなどできはしない。
とことん納得するまで自分で動かないと気がすまないのだ。
そのことを知っているゴルドアンは、ただエミリオを送り出すだけだった。

「私も行く」
予想外の声がする。
ゴルドアンの横でスッと立ち上がるフィオレンティーナ。
その目はエミリオの背中に見据えられ、口をきっと引き締めていた。
「フィオ、だめだよ。嵐が来てるんだ。ここにいたほうがいい」
驚いたエミリオがすぐに止める。
「そのとおりだ。行くのはエミリオだけで・・・」
「ぐずぐずしてないで行くわよ。ミューちゃんが危ないかもしれないじゃない。それに二人いたほうが何かと便利よ」
ゴルドアンの声をさえぎり、ひょいと渡し板を飛び越えるフィオレンティーナ。
ここのところの航海で、だいぶ船の乗り方に慣れたらしい。
「フィオ、だめだって」
押し留めようとするエミリオの腕を掴み、そのままぐいぐいと引っ張っていく。
逆にエミリオがフィオレンティーナの後ろにつくことになってしまった。

「やれやれ、言い出したら聞かないのがここにもいたか。エミリオ、連れて行ってやれ。何言ってもあきらめないだろう」
苦笑するゴルドアン。
大きく広がった口の端が笑いに歪んでいる。
「ちょ、こら、フィオったら・・・わ、わかったから手を離して」
フィオレンティーナに引きずられる様な格好のエミリオ。
二人は桟橋からミューの向かった島の奥へと向かっていった。

物置小屋の火はくすぶっただけで消えてしまった。
家の方はちゃんと燃えたのに、風雨の強まりが火を急速に弱めてしまったのだ。
ミューは少しの間空を見上げ、渦巻く黒雲を見て首を振る。
「この風と雨では燃やすことができません。嵐が過ぎ去るのを待つしかないです」
左手首のレーザートーチを格納し、手首を嵌めなおす。
二、三度手首をひねって落ち着かせると、継ぎ目も目立たなくなった。
「一度船に戻り、嵐が過ぎたらまた・・・」
そうつぶやいて振り向いたミューの耳に、エミリオとフィオレンティーナの声がかすかに響く。
「エミリオ様とフィオレンティーナ様? どうして?」
二人はファヌーにいるはずなのに。
どうしてこちらに来たのだろう。
二人が彼女を探しに来たとは、まだミューには思えなかったのだった。

「ミュー! どこだーい? 嵐が来ているから戻っておいでー!」
桟橋から続く小道を上っていくエミリオとフィオレンティーナ。
どうやらここは人が住んでいる島らしい。
誰かの家に行ったのなら、そこで嵐が過ぎるのを待てばいいが、そうじゃなかったときが大変だ。
それを確かめたかったのだ。
「ミューちゃーん! どこにいるの? 返事をしてー!」
びゅうびゅうと吹き始めた風の音に逆らうように、フィオレンティーナが大声を張り上げる。
彼女にとってもなんだかあの少女はほっとけないものを感じたのだ。
なんだか可愛い妹のような感じを、フィオレンティーナはミューに抱いていた。

「エミリオ様、フィオレンティーナ様」
岩陰に続く小道から姿を現すミュー。
雨のおかげで着ているものが濡れている。
「ミューちゃん、ちょっと、ずぶ濡れじゃない」
自分も大して変わらず濡れているのを棚に上げ、フィオレンティーナは思わずミューに駆け寄る。
そして、腰にかけていた汗拭き用のタオルで、ミューの顔を拭ってやった。
「大丈夫かい、ミュー?」
エミリオも心配そうに尋ねるが、無事にミューが見つかったことで表情は明るかった。
「ミューは大丈夫です。でも、どうしてここへ?」
おとなしく顔を拭ってもらいながら、ミューは不思議そうな表情でエミリオを見上げた。
「嵐が来ているからね。ミューが心配だったんだ。雨風をしのげるところはあるのかい? なければエレーアに戻ってそこで嵐をやり過ごそう」
「あ・・・」
ミューは困ってしまった。
エミリオの言葉にどう答えようかとシナプス回路を電流が走りぬける。
だが、結局は正確な答えを言うしかミューには許されなかった。
「あります。ミューとマ・・・チアーノ様の家は半分以上焼けましたが、物置小屋がまだほとんど焼けずに残ってます。そこならば現状の損傷度合いでも嵐を避けることが可能と判断します」
ミューはそう言ってうつむいた。

「エミリオ・・・」
フィオレンティーナが驚いて顔を上げる。
「ミュー。やっぱりここは君とマスターの住んでいた場所だったのか」
「そうです。チアーノ様はここで十八年と四ヶ月間、ミューは十一ヶ月と二十四日間をここで暮らしました」
ミューがうなずき、雨に濡れた金髪が揺れる。
「ミュー・・・君がここへ来たのは、君たちが住んでいた家を焼くためだったのかい? もしかして自航船の痕跡を?」
「そうです。チアーノ様がいなくなってしまった今、蒸気ボイラーやプロペラなど自航船に関わるものを残してはいけないのです。この星の人々に技術を知らしめてもいいかの判断をミューがしてはいけなかったのです。ミューはこれ以上過ちを犯してはいけないのです」
「ミュー・・・」
エミリオは言葉が出なかった。

「ミュー。君はいったい何者なんだ? 君はこの星の人々って言った。この星ってなんだ? 星ってのは夜空に光るものじゃないのか?」
「ミューは正式にはM-T6(ミュー-タウゼクス)というナンバーの帝国製擬生物型星系探査補助ロボットです」
「へ?」
エミリオもフィオレンティーナも目が点になる。
ミューが言った言葉は何がなんだかわからない。
「帝国探査局の星系探査用宇宙船『プローバー73』に搭載され、この“グァス”にやってきました。任務は“グァス”の探査をする探査員のサポートでした」
「ミュー・・・」
「ミューちゃん・・・」
雨の中ミューを見つめる二人。
「ミューは“ターラック”の工場で作られた工業製品です。別の星から来た機械なんです」
そこまで言ってミューは黙り込む。
それは二人の反応をうかがっているようにも見えた。
「機械・・・ってなんだ? ロボなんとかって何なんだ? ミューは人間じゃないってことなのか?」
「嘘でしょ? だって・・・ミューちゃんこんなに温かいよ」
ミューの手を握るフィオレンティーナ。
「ミューの躰が温かいのは、擬生物型として作られたからです。燃料電池による発電の一部を熱に回しているのです」
「なに言ってるのかわからないよ。難しいこと言わないでよ」
フィオレンティーナは首を振った。

稲光が三人を照らし出す。
少し遅れて雷鳴が鳴り響いた。
「今はそのことはあとにしよう。その物置小屋に案内してくれ。そこで嵐を避けよう」
「そうね。今はそうしましょう。ミューちゃん、お願い」
「こちらです」
一瞬迷ったように動きを止めたミューだったが、すぐに二人を物置小屋に案内する。
三人は小道伝いに岩陰を抜け、一部が焼けた物置小屋に入っていった。
  1. 2009/07/13(月) 21:27:13|
  2. グァスの嵐
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焼却

130万ヒット記念SS第三弾は「グァスの嵐」の22回目です。
ホントこんなときしか更新しなくてすみません。
今回もちょっとだけしか書いてませんが、お読みいただければ幸いです。

22、
「うわ、降ってきた・・・」
ぽつぽつと降り出した雨にエミリオは思わず天を仰ぐ。
幸いなことに風はまだ激しくなく、ミストス島はもう目の前だ。
四本腕で器用に帆を操るゴルドアンと舵を握るエミリオが息をピッタリ合わせて、巧みにファヌー『エレーア』をミストス島に寄せていく。
「あそこの岩陰にちょうどいい停泊場所がありますから」
ミューの指差す先には、樹木が切れ込んでくぼみになっている箇所がある。
確かにあれならいい停泊場所には違いない。
「よし、あそこに寄せよう」
「わかった」
ゴルドアンもエミリオもすぐに理解すると、『エレーア』は静々とそちらに寄っていく。
驚いたことに、くぼみとなっている岩陰には木で作られた桟橋が設置されていた。
「桟橋?」
てっきり無人島だとばかり思っていたミストス島だったので、桟橋があったことにエミリオは驚いたのだ。
もっとも、ミューが寄ってくれと言ったのだ。
人がいても何の不思議もないのではあるが。

『エレーア』は数分後には桟橋に停泊することに成功していた。
ロープでがっちりと桟橋に固定して流されないようにする。
これで少々の嵐でも大丈夫だろう。
エミリオはホッと一安心することができた。

「ここで少し待っていてもらえますでしょうか?」
ミューはそう言って一人で桟橋に降りようとする。
バランスのとりづらいファヌーから桟橋へ飛び移るのは慣れが必要だ。
それなのにミューはこともなげに飛び移る。
「ミュー、待ってよ」
エミリオが呼び止める。
「はい?」
その声に振り向くミュー。
きらきらした瞳がとても可愛らしい。
「ここへは何をしにきたのか言ってくれないか? 手伝えることがあれば手伝いたい」
またしてもミューの表情が曇る。
そのことがエミリオはすごく気になるのだ。
きっと何かを抱えているに違いない。
少しでもそれを軽くしてやりたいのだ。
おせっかいと言われるだろうけど、エミリオはそういう男だった。

「・・・・・・」
しばらく無言でうつむいたままのミュー。
「ごめんなさい」
やがて絞り出すような声がミューの口から発せられる。
「エミリオ様にはまだ今は言えません。ここで待っていてください。すぐ戻ります」
「ミュー・・・」
くるりと背を向けて島の奥へ駆け出して行くミュー。
エミリオはその後姿を見て肩を落とす。
「仕方ないわよエミリオ。ミューちゃんにはミューちゃんの事情があるんだろうから」
ふと気が付くと、フィオレンティーナがそばに寄り添ってくれている。
そのことがエミリオにとってはすごくうれしかった。

桟橋から少し離れたところにある一軒の家。
木で作られたその家の前に来たとき、ミューは言いようのないパルスがシナプス回路を駆け巡るのを感じていた。
それは今まで感じたことない感覚。
何か胸部が締め付けられるような感覚が走ったのだ。

「マスター・・・いいえ、チアーノ様。ミューは壊れてしまったのでしょうか? こんな感覚は初めてです。胸が苦しい」
少女を模して作られた少し膨らんだ胸をミューは両手で押さえる。
きっと私、Μ-Τ6は壊れてしまったのだ。
そうじゃなければこんなに苦しいはずがない。
造られてから二年と八ヶ月。
そのうち十一ヶ月と二十四日をチアーノ様をマスターと呼んで過ごしてきた。
星系探査用の補助ロボットとして造られたはずなのに、料理をしたりおしゃべりしたりしてばかりいたから壊れてしまったんだ。
「チアーノ様・・・ミューは寂しいです」
眼をつぶり、しばしたたずむミュー。
メモリーの中のチアーノ老人に思いを馳せるのだった。

だが、ミューにはやらなければならないことがある。
チアーノ老人が自航船を破壊した今、それに関する資料も破棄してしまわなくてはならない。
技術的なレベルとしてはこの星に広まってもかまわないレベルのものではあるが、やはりチアーノ老人が自航船を破棄した以上は資料も破棄するのが正しいだろう。
ミューはそう思ってわざわざこの島に立ち寄ってもらったのだった。

くっと顔を上げるミュー。
そこに先ほどのような表情はない。
かくんと左手首を折り曲げ、内部に仕込まれたレーザートーチをむき出しにする。
そして、思い出の詰まった家に対して照射した。

家がぱちぱちと音を立てて燃え上がる。
そこにあったすべてのものを炎が飲み込んで行く。
チアーノ老人の暮らしぶりも、ミューがそこにいたことも。
すべてが炎の中に消えて行く。

ミューは物置小屋にもレーザーを放つ。
そこには水素発生のための電気分解器が置かれている。
ミューにとっての活動源である水素は、水からの電気分解で得ていたのだ。
その電気分解器がなくなれば、タンクの中の残量だけがミューを稼働させることになる。
残量はあと70パーセントほど。
六十五日ほどで機能停止に追い込まれる。
おそらくミューの一生はそこで尽きることになるのだろう。
だが、ミューはそれでかまわなかった。
  1. 2008/10/02(木) 20:23:46|
  2. グァスの嵐
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アルバに向かって

三年連続更新記念SS大会二日目は「グァスの嵐」の21回目をお送りします。
途切れ途切れの更新で本当に申し訳ありません。
楽しんでいただければと思います。

21、
「心当たりはない?」
ことが終わり、寝台に横たわってクラリッサの肩を抱いていたダリエンツォの顔が曇る。
ポートアランスのマダムアリチェ仕込みの薬と快楽で、クラリッサの精神はゆがめられている。
今さら嘘をつくとも思えないが、ことが星船に関する以上心の奥底でタブー意識が働いているとも考えられる。
それとも・・・
彼女は何も知らされてないかだ・・・
ラマイカのセラトーリがわざわざ部下を使ってたぶらかした女だ。
何も知らないとは考えづらいが・・・
「あの男が何かを求めていたなんて知りません。でも私をもてあそんだ男を私は赦さない」
吐き捨てるように言うクラリッサの目には狂気が走る。
ダリエンツォによって愛情を裏返しにされたクラリッサには、ダリオは憎んでも余りある男であり、ナイフを突き刺した感触を思い出すだけで笑みが浮かぶのだ。
「ふむ・・・もう少し情報が必要か・・・」
天井を見つめるダリエンツォ。
セラトーリが何を手に入れようとしていたのか。
力づくで奪い取らなかったのはそれがなんなのかの確証を得ることができなかったのだろう。
そうでなければ小娘一人・・・いや家族を含めても手勢を数人送れば事足りる。
偽装結婚してまでということは、クラリッサに星船にかかわる何かがあることはわかっていても、それが何かを探るためだったということか・・・
まあいい・・・
クラリッサが手元にある以上、いずれ星船の情報も手に入るだろう。
いつかは星船に出会えるはずだ・・・

だが・・・
星船に出会ったとき・・・俺はいったいどうするのだろう・・・

「うーん・・・気持ちいい! ねえ、ミューちゃんもこっちにおいでよ」
吹き抜ける風に髪をなびかせるフィオレンティーナ。
日差しと相まってそれがとても気持ちいい。
船べりにもたれかかっていると、まさにゆりかごの心地よさなのだ。
船首ではゴルドアンが四本の腕で器用に帆を操り、船尾ではエミリオが舵を取る。
もともと二人で運用されてきたファヌーなので、順調な航海のときはフィオレンティーナもミューもすることがない。
自然と二人は船べりでおしゃべりに興じたりしてしまうのだった。

「ねえ、ミューちゃん。あの島はなんて島かわかる? 川が一筋の糸のように海に落ちて行くのがとても綺麗」
フィオレンティーナの指差す先では、島の海岸線から白い糸のように川が密雲に流れ落ちて行くのが見え、周囲に虹を生じている。
「あれはマリガラント島です」
ミューがフィオレンティーナの脇にやってきて腰を下ろす。
赤毛で小麦色の肌のフィオレンティーナと金髪で抜けるような白い肌のミューはこうして見ると対照的で、まったく似てはいないのだが、笑顔が二人ともとても素敵で魅力的なことは間違いない。
「よく知ってるな、ミュー。このあたりは小さな無人島が多いから、ちょっと見じゃわからない島が多いんだけどね」
舵を握るエミリオが感心する。
「エミリオ! 正面に船が見える。コースを少し右に寄せたほうがいい」
船首のゴルドアンが振り返る。
まだ遠いので衝突なんかの危険はないだろうが、軍艦だったら近づかないに越したことは無い。
「わかった」
エミリオはうなずいて舵を切る。
風を右舷後尾から受けることになるので、ゴルドアンが帆の角度を調節し、うまく風を捕らえていく。
速度もほとんど変わらぬまま、エミリオのファヌー『エレーア』は進んでいった。

アルバ島は小さな島である。
位置的にはカラスタ群島の端に位置し、ミューとチアーノ老人の住んでいたミストス島とはちょうど反対側に位置することになる。
群島をかすめるように航海していた『エレーア』はちょうどそのミストス島の沖合いでミューを拾い上げたといっていい。
今、『エレーア』はその航路をほぼ逆に進んでいた。

「あ、エミリオ様!」
突然ミューが声を上げる。
「ん? なんだい?」
周囲を見渡しながら舵を握っていたエミリオがその声に顔を向けた。
「この航路を通るのでしたら、二時間後にはミストス島の脇を通ります。どうかミストス島に寄っていただけませんか?」
「ミストス島?」
カラスタ群島の中でも比較的に知られた島であるアルバ島とは違い、ミストス島の名はエミリオは知らなかったのだ。
すぐに航海図を広げて確認する。
群島の東側に位置する小島にその名を認めたエミリオは、まさにこの『エレーア』が向かっている方向に位置すると知って驚いた。
「驚いたな。ミューはこのあたりにずいぶん詳しいんだね」
「あ・・・」
エミリオは褒めたつもりだったが、ミューは少し困ったような表情を浮かべる。
この困惑したような表情はどうしてなのか・・・
エミリオにはわからなかった。

「エミリオ」
船首でゴルドアンが呼んでいる。
「なんだい?」
「風が湿ってきた。雨になるぞ」
ゴルドアンはそう言って船尾を指差す。
確かに船尾方向から吹いてくる風は湿っぽく、黒雲が広がりつつあった。
「急ごう。嵐になるかもしれないからミストス島で避泊するんだ」
「わかった」
エミリオはうなずく。
ゴルドアンは目いっぱいに広がっていた帆を引き絞り、面積を小さくして強風に備えていく。
『エレーア』は小さな船だ。
嵐に遭ったらひとたまりもない。
エミリオは進路をわずかにずらし、ミストス島へと向かうのだった。

巨大なうちわのようなオールがゆったりと空気をかく。
湧き上がってくる黒雲に、船上の船乗りたちは嵐に備えて動き回る。
「嵐になりそうか?」
そう言いながら甲板に上がってくる三角帽の男。
鋭い眼光で船乗りたちの行動に目を配る。
「ハッ、おそらくそうなると思われます。目下近くの避泊地を探しているところです」
黄色の軍服に身を包み、肩には高位の士官である飾りを付けた男が思わず緊張の色をあらわにする。
「ええい、この忙しいときに・・・」
苦虫を噛み潰したがごとき表情を浮かべたのは、リューバ海軍の提督であるペドロ・アンドレス・エスキベルだ。
彼はサントリバルで強引にこの小型ギャレー『デ・ボガスタ』に乗り込んで、そのまま指揮下に収めてしまったのだ。
大型の『シファリオン』は確かに乗り心地はよかったが、艦長とのトラブルは士官たちとの軋轢を生じてしまい、彼としては士官連中の首を飛ばしてもとは思ったものの、旗艦を変更することで収めたのだ。
この小型ギャレー『デ・ボガスタ』ならば小回りも利くし速度も速い。
捜索活動にはうってつけだと自分を納得させてまで。

もっとも、それで割りを食ったのは、この『デ・ボガスタ』の艦長ファン・ナルバエスだ。
リューバ海軍の分遣隊の一隻としての気楽な任務から、突然エスキベル提督の旗艦任務についたのだから。
提督は『デ・ボガスタ』に乗り込むと同時にわがままな暴君振りを発揮し、艦長以下を辟易させていたのだ。

「適当なところで嵐をかわしたら、もう一度カラスタ群島を回るぞ」
「もう一度ですか?」
ナルバエス艦長がやれやれと思う。
「そうだ。自航船がうろついていたのはこの群島だ。絶対何かある。何か無くてはならんのだ」
「わかりました」
エスキベル提督の後姿に敬礼する艦長。
自航船など彼にとってはどうでもいいものなのだった。
  1. 2008/07/17(木) 20:06:29|
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一匹のメス

1000日連続更新記念SS第三弾「グァスの嵐」です。
久しぶりですが、楽しんでいただければと思います。

今日で五日連続のSS更新となりますが、何とか一週間連続更新をやりたいと思いますので、ここに宣言いたします。
明日は帝都の続きの予定です。


20、
「オルランディ様」
ミューがじっとエミリオを見つめてくる。
「うわ、ミュー、そのオルランディ様はやめようってば。エミリオでいいよ」
エミリオは思わず首を振った。
様なんて付けられては照れくさい。
「ですが、ミューにとってはオルランディ様はオルランディ様です」
困ったような顔をするミュー。
こういった表情というものが、コミュニケーション手段として非常に重要なものであるということは、ミューにはすでにプログラムされている。
「いやぁ、それが恥ずかしいんだってば。エミリオでいいから」
「それではエミリオ様。お願いがあるのですが」
エミリオ様も気にはなったが、とりあえずミューのお願いというのがエミリオは気になった。
この二日というもの、ミューは自ら何かを求めるということがなく、いわばなされるままになっていたと言っていいのだ。
「お願い?」
「はい。ミューのメモリによれば、このサントリバル島からアルバ島はそれほど遠くないところに位置すると思いますが、そのアルバ島へミューを連れて行ってくれませんか?」
ミューはまっすぐにエミリオの目を見つめてくる。
そのまっすぐな眼差しには、エミリオも少し面食らうところがあった。
「アルバ島へ? そりゃあ、アルバ島はここからなら三日もあればつくけど・・・」
そう言ってエミリオはフィオレンティーナの方を向く。
エミリオがここまで来たのはフィオレンティーナがラマイカまで行きたいと言ったからだ。
ラマイカで姉の消息を知りたいというフィオレンティーナにしてみれば、ここで寄り道はしたくないだろう。
「私のことなら気にしないでいいわ。ミューちゃんの好きにさせてあげて欲しいの」
フィオレンティーナの言葉にエミリオはうなずいた。
「わかったよミュー。アルバ島へ行こう」
「ありがとうございます、エミリオ様」
ミューの顔がぱぁっと明るくなった。

空荷というのが心残りではあったものの、ミューを探していると思わしきリューバ海軍の連中がうろつくサントリバルに長居するわけには行かない。
エミリオはギルドに積荷を探してもらうのを断り、早々に出航することにする。
空を見上げれば快晴の夜空には星が瞬き、夜の虹がアーチを描いている。
翌朝の出航には問題ない。
ミューのことがばれたりはしてないだろうし、容姿だって知られてはいないと思うけど念のためだ。
エミリオは宿に泊まるのを止め、ファヌーで夜をすごすのだった。

はたして町では、このサントリバルへ来る途中に少女を拾い上げた船がないか兵士たちが聞きまわっているという話しだった。
エミリオのファヌーがもう一度調べられるというのも充分に考えられること。
エミリオは怪しまれないように、ここを出航するファヌーならいつもやるような新鮮な水と食料の樽を積み込み、静かにファヌーを出航させた。
行き先はアルバ島だったが、しばらくはラマイカ方向へ舵を取り、サントリバルがかなり遠ざかってから進路を変える。
ここまでするのもどうかとは思うものの、自航船に関係あると言う少女を軍に知られないように連れて行く以上、用心に越したことはないのだった。

天気のよい青空の下を滑るように進むファヌー。
船体の前方に張られた帆はいっぱいに広がり、小さな船体をぐんぐんと引っ張っている。
これだけ風を捕らえていると、帆を操るゴルドアンの動きも楽しそうだ。
何もなければアルバ島へは順調に着けるだろう。
「ミュー、一つ訊いてもいいかな?」
エミリオは船首で行き先を眺めているミューに声をかける。
振り向いたミューはこくんとうなずき了承する。
「アルバ島に行ってどうするんだい? いや、ただ気になっただけなんだ。言いたくなければ言わなくていい」
エミリオの問いかけにうつむくミュー。
だが、すぐに顔を上げてこう言った。
「自航船にかかわるものがあるのです。チアーノ様のご友人に危険をお知らせしなくては・・・」
「やっぱり自航船にかかわるものだったのか・・・言いにくい事を聞いてごめん。よし、目いっぱい急ごう」
エミリオは風を一番効率よく受けられるように舵を切る。
ファヌーは四人を乗せて青空の下走り続けた。

「ん・・・んう・・・ん・・・」
そそり立つ肉棒。
たくましいオスの肉棒。
唾液をまぶし、舌を這わせてその肉棒をたっぷりと味わって行く。
口の中にオスの味が広がり、あそこがじゅんと濡れて行く。
「んあ・・・んちゅ・・・ちゅぶ・・・」
袋とさおに指を這わせ、舌先でちろちろと先端を刺激する。
にじみ出てくる先走りが、思わずうれしく感じてしまう。
「ふふふふ・・・うまそうにしゃぶるじゃないか」
頭の上から声をかけられ、クラリッサは顔を上げた。
そこにあるのは愛しい人の顔。
以前は違う男の顔だった気もするが、そんなことはどうでもいい。
今の彼女にとって愛しいのはこの男。
彼に命じられればどんなことだってしたい。
「ああ・・・ダリエンツォ様・・・」
クラリッサはうっとりとその男を見上げている。
太くたくましい肉棒を抱きしめ、官能に打ち震えているのだ。
「続けろ」
お預けを食らっていた犬のように、クラリッサはダリエンツォの肉棒をくわえ込む。
肉欲におぼれた一匹のメスに、ダリエンツォは笑みを浮かべるのだった。
  1. 2008/04/14(月) 19:54:40|
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サントリバルの酒場

こちらも久しぶりの更新の「グァスの嵐」です。
なんか久しぶりすぎて忘れられているかも・・・
楽しんでいただければうれしいです。


19、
サントリバル島は小柄な島であり、中央にそびえる山からの斜面が急角度で海岸線に到達するため、人の住める平地がほとんど存在しない。
にもかかわらず、南側のふもとが何かでえぐられたような湾になっているため、天然の良港として知られており、さらに位置関係も周囲に散らばる島々に連絡しやすい位置にあるために、貿易の中継港としての重要性が近年とみに増している島である。
そのため、湾の周囲に新興の集落が作られ、中小の船舶が常時出入りするにぎやかなところとなっている島だった。
今、エミリオのファヌー『エレーア』は、そのサントリバルに到着していた。

サントリバルの港は人でごった返していた。
もともと狭い土地に加え、中継港としての重要性から各地の商人が集まっていることもあり、その使用人たちや船乗りが多いのだ。
無論、そういった連中目当ての詐欺やスリ、娼婦なども大勢いいる。
油断がならない代わりに楽しい町でもあるのだった。

エミリオたちはとりあえず積荷をギルドに引き渡し、その上でラマイカ方面に向かう積荷を捜すことにする。
ミューに関してはミューの希望に任せることにして、この島に残るならそれでもよいということに決めていた。
そのため、ミューの希望を確認する意味でも、陸の美味いものを今夜はみんなで食べに行こうという話になっていた。
ミューはもちろん遠慮したものの、エミリオとフィオレンティーナの二人に詰め寄られ、結局食事に出ることを了承したのだった。

「美味しい」
スープを口に運んでは幸せそうに目を細めているフィオレンティーナ。
確かにこのヤシガニとチルクのスープは絶品だ。
食えるものならなんでもいいというゴルドアンも夢中になって食べている。
それにちょっと塩味の聞いたふわふわのパン。
エミリオたちが運んできた小麦もきっとこうしたパンになるのだろう。
「運び賃としては悪くなかったからね。遠慮なく食べてよ」
エミリオが給仕を呼んで追加の注文をする。
健啖振りを発揮する三人を前にして、やはりミューだけは食事が進まないようだった。
「ミュー、つらいのはわかるけど食べなきゃだめだ。そんな顔をしていたらマスターが悲しむよ、きっと」
エミリオがパンの皿をミューの前に差し出す。
少女にとってつらいことであるのはわかっているが、いつまでも落ち込んではいられないのだ。
これからのことを考えなくてはならないのだから。
「ミューは食事の必要が・・・」
そう言ってミューは首を振る。
「ミューちゃん、お願いだから食べて。ずっと食事してないじゃない。そんなんじゃいつか倒れちゃうよ。お願いだから・・・」
フィオレンティーナも心配そうな表情でミューを見つめている。
彼女自身きっとつい先日までつらい日々だったに違いない。
姉が消息不明と聞いて、矢もたてもたまらずに飛び出してきたのだ。
泣きたい気持ちは同じだろう。
「ミューは・・・わかりました。食べます」
何か言いたげだったミューだが、皿からパンを掴み取ると、半分に割って食べ始めた。
だが、パンを半分とスープを少し飲んだだけで、スプーンを置いてしまう。
「ごめんなさい。ミューは少ししか食べられないのです。もうお腹いっぱいです」
「そうか・・・でもうれしいよ。食べてくれてよかった」
エミリオがにこやかに微笑む。
その表情はミューのシナプス回路にも温かみをもたらしていた。
「あ・・・いいえ、ミューこそ心配をおかけしてしまいましてごめんなさいです」
ミューはとても素直にそう言うことができた。

そのとき、どかどかと靴音も荒々しく一団の男たちが入ってくる。
そのいずれもが青い空で目立つように黄色い色のシャツを着て、広い襟をつけていた。
海軍の水兵によくある服装であり、事実男たちはリューバ海軍の水兵たちだったのだ。
「リューバ海軍だ。あのギャレーの連中かな?」
「わからん。だがどうする? ミューの姿を見られないほうがいいんじゃないか?」
ゴルの提案にエミリオもうなずく。
「そのほうがいいかも。奴らが食事に夢中になったころに抜け出そう」
「そうね。そのほうがいいわね」
フィオレンティーナまでもが、テーブルの上でエミリオとゴルドアンに顔を近づけてひそひそ話をしていることに、エミリオは思わず苦笑する。
いつの間にかフィオレンティーナはエレーアのいっぱしの乗組員のつもりなのだ。
それはエミリオにとっては気持ちよいものであり、多少困惑することでもあった。

「ミュー、いいね。とりあえず今日は船に戻るんだ」
「すみません、静かにしてくれますか?」
エミリオはミューが静かに水兵たちを見つめていることに驚いた。
その表情はまったく無表情と言っていいもので、何を考えているのかをうかがい知ることはできない。
幼さの残る女の子なのに、その無表情さはまるで人形のような感じさえうかがわせ、エミリオは一瞬戸惑った。
「ミュー・・・」
「あの人たちの話が聞こえます」
そう言ってミューは耳を澄ましている。
なるほど、無表情だったのはそういうわけだったのだ。
エミリオは納得すると、あの水兵たちの会話に耳を済ませるのだった。

「やれやれ、たまらんなぁ・・・」
「ぼやくなぼやくな。命令じゃ仕方ないだろう」
水兵たちは運ばれてきたマグを片手に一杯やっている。
どうやらこれから任務に就くらしい。
「二言目にはやれ自航船がどうの、じじいがどうの、女の子がどうの・・・結局てめえの尻拭いじゃないか」
「まったくだ。結局追っていた船は焼けちまったそうじゃないか。お偉いエスキベル提督が聞いてあきれるぜ」
「シファリオンの連中も哀れだが、こっちも災難だぜ。こちとらただの伝令船で通信を届けに来ただけだってのに・・・」
「これからこのあたりの島巡りってか? やってられないぜ!」
文句や愚痴を言いながらマグを傾けている水兵たち。
柄の悪い連中で、海軍でもあまり日の目を見ていない連中だろう。

「自航船?・・・焼けた?・・・女の子?」
「女の子ってのは・・・ミューのことか?」
「島巡りってことは・・・ミューちゃんを探しているって事?」
エミリオ、ゴルドアン、フィオレンティーナの三人が顔を見合わせる。
どうやら海軍はミューのことをあきらめていないらしい。
それに自航船って・・・
「ミュー・・・もしかして君のマスターは自航船に関係があったんじゃ?」
「それは・・・それはミューに対する質問ですか?」
ミューはエミリオに向き直る。
エミリオは黙ってうなずいた。
「ミューは・・・ミューは質問されれば答えないわけには行きません。先ほどの質問は・・・その通りです」
「やっぱりそうなのか・・・」
エミリオは理解した。
海軍がわざわざ乗り出してくるのも無理はない。
帆もオールもなしで動く船があるとしたら、それを一番ほしがるのは海軍だろうだからだ。

「ねえねえエミリオ、自航船ってなに?」
「自航船ってのは船乗りの間ではちょっと知られた怪談話みたいなもんだ」
エミリオに向けられた質問だったが、ゴルドアンがあとを引き継ぐ。
「怪談?」
「ああ、怪談といってまずけりゃ御伽噺だな。フィオは船って何で動くか知っているか?」
「むぅ、バカにしないでよ。船は風で動くわ。風に帆を張ってそれで動くのよ。さもなきゃオールで漕ぐか」
フィオレンティーナが少しむっとした表情で、まさにその通りの答えを出す。
船は大体そうやって動くものなのだ。
中には、川をさかのぼったりする場合に動物に引いてもらったりすることもあるけれど、それは例外中の例外だろう。
「その通りだ。だがな、自航船ってのは帆もオールも使わずに航行できるのさ」
ゴルドアンが自分のマグを空にする。
「えっ? 帆もオールも使わずに? どうやって?」
フィオレンティーナが目を丸くする。
帆もオールも使わずに船が航行するなんてありえない。
「わからん・・・わからんから手に入れようとする。もっとも、そんなのはよくある噂だとばかり思っていたが・・・な」
ゴルドアンは苦笑した。
  1. 2007/12/27(木) 19:24:41|
  2. グァスの嵐
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陽光の中

お盆も終わりですね。
今日の札幌は曇りで過ごしやすかったです。

ちょっとだけ「グァスの嵐」更新です。
クラリッサはほぼ陥落。

18、
「い、イヤァァァァァァァァァァッ!」
悲鳴を上げてあとずさるクラリッサ。
その手には血に濡れたナイフが光っている。
何がなんだかわからない。
いったい自分は何をしたのだろう。
気がつくと目の前ではダリオが胸から血を流し、シャツが真っ赤に染まっている。
「ク・・・クラリッサ・・・」
苦痛に満ちた表情で彼女を見上げるダリオ。
何が・・・
何があったというの?
クラリッサは首を振る。
「あ・・・ああ・・・あああ・・・」
あまりのことに青ざめ、口も開くことができない。
「クラ・・・リッサ・・・」
ダリオが名を呼ぶ。
それはクラリッサにとっては地獄からの呼び声のように感じるのだった。

「来い」
クラリッサの腕をぐいと引くダリエンツォ。
カランと彼女の足元にナイフが落ちる。
そしてそのまま彼女は訳もわからずにダリエンツォに引かれるままに連れて行かれる。
ああ・・・
私は・・・
私は何をしたの?
私はいったいどうしちゃったの?
わからない・・・
何がなんだかわからないよ・・・
助けて・・・
誰か助けて・・・

がたんという音がして、クラリッサは自分が椅子に座らせられたことを知った。
「飲め」
目の前に差し出されるホットワイン。
湯気がほんのり漂っていい香りを発している。
「あ・・・」
両手で大事に受け取り、少し口に含む。
甘い味が口の中に広がり、気分を落ち着かせてくれるようだ。
クラリッサは今のことを忘れようとコクコクとワインを飲む。
温かいホットワインが全てを洗い流し癒してくれる。
ああ・・・
頭がぼんやりする。
とても気持ちがいい。
ふわふわして穏やかな気流の上にいるみたい。
「よくやった」
誰かの声が聞こえる・・・
よくやった?
何か褒められることをしたんだろうか?
そうだ・・・
私はナイフで人を刺したんだっけ・・・
あれは悪いことじゃなかったのかしら?
褒められていいのかな?
「お前は俺の言う通りにあの男を刺した。よくやった」
ああ・・・
嬉しい・・・
褒められると嬉しいわ・・・
言う通りにしてよかった・・・
「嬉しいか?」
「・・・はい・・・」
「いい娘だ。お前は俺のためにあの男を殺した。よくやった。俺も嬉しいぞ」
髪の毛が優しく梳かれ、唇にそっと触れるようなキスをされる。
ああ・・・
気持ちいい・・・
「恐れることは無い」
「お前は俺のものだ」
「俺の言う通りにすればいい」
胸に刻まれていく彼の言葉。
クラリッサはその一つ一つにうなずいていく。
「血を好きになれ。お前にはこれからもたっぷりと楽しいことをさせてやるからな」
にやりと笑うダリエンツォ。
クラリッサはそんな彼を虚ろな瞳で見つめているのだった。


「もうすぐサントリバルだ」
舵柄を握るエミリオが陽射しをさえぎるように手びさしで目の上を覆う。
心なしか声が弾んでいるように聞こえるのは、少しでも陽気にさせようとする彼の心の現われか。
船尾のエミリオのそばには、あれ以来ずっと後方を見続けている金髪の少女の姿があった。
「ミュー・・・」
エミリオはその姿を見ると心が痛む。
大事な人を失ったのだ。
きっと胸が張り裂けそうだろう・・・
まだ少女じゃないか。
これからどうするのだろう・・・
エミリオはそう思う。
身内の人はいるのだろうか?
きっと今頃は心配しているのではないか?
できればサントリバルで荷を下ろしたらこの娘を家まで送ってあげたい。
でも、フィオのことも優先しなくちゃならないからな。
エミリオはそんなことを考えながら舵を握っていた。

「ミューちゃん、そこは陽射しが強いわよ。こっちへ来ない?」
フィオレンティーナが襟元を少し肌蹴ながらパタパタと空気を送り込む。
無理も無い。
この陽射しだ。
気温はかなり高くなっているはず。
気をつけないと熱射病になりかねない。
と、思って見ていたエミリオの目に、フィオの健康そうな小麦色をした二つの胸の膨らみがちらりと入る。
「うわっ」
エミリオは思わず目をそらす。
もちろん彼だって女性の裸を見たことが無いわけではない。
港には売春宿だってあるのだ。
だが、こんなときに太陽の陽光の下で見るなど考えてもいない。
ついつい赤くなるエミリオ。
だいたいフィオレンティーナは無防備すぎるのだ。
若い女性であるという認識が少ないに違いない。
もっとも、それを指摘したら、むきになって胸を肌蹴そうだが。

「あ、ミューは大丈夫です」
かけられた声ににっこり笑みを浮かべて答えるミュー。
確かに汗一つかいてはいない。
ゴルドアンのようなバグリー人ならともかく、エミリオもフィオレンティーナもうっすらと汗をかいているのにだ。
暑さには強いのかもしれない。
「ミュー、暑さで倒れるといけない。日陰に入っていたほうがいいよ」
エミリオも心配する。
あれ以来ずっと立ちっぱなしなのだ。
神経が張り詰めているのだろうが、このまま無理させたらどうなるかわからない。
「ミューは・・・そうですね。わかりました」
何か言おうとしたミューだったが、彼女はこくんとうなずくとフィオレンティーナのいる日除けの天幕の下に入り込む。
「おーい、サントリバルが見えるぞ」
船首の方で帆を操っていたゴルドアンの声がする。
ファヌーはまっすぐにサントリバルに向かっていた。
  1. 2007/08/16(木) 19:17:57|
  2. グァスの嵐
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(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
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