fc2ブログ

舞方雅人の趣味の世界

あるSS書きの日々

二周年記念SSをもう一つ

忘れてませんよーということで、二周年記念にもう一本投下です。

久々のグァスの嵐。
もうお忘れの方も多いでしょうね。

半年振りになりますが、またチョコチョコと書いて行ければなと思っております。
よろしくですー。

17、
クラリッサを別室へ連れて来たダリエンツォは、マグカップにそっと薬を仕込む。
思考を鈍らせ言うことを聞かせやすくするする薬だ。
奴隷を調教する時に使われるという。
「飲め」
薬が混ざっているホットワインを手渡すダリエンツォ。
ほのかな甘い香りがクラリッサの鼻腔をくすぐった。
「これ?」
クラリッサが顔を上げる。
「ああ、躰が温まる」
「あ・・・」
クラリッサはそっとマグカップに口を付けた。
暖かいワインが喉に染み渡る。
はちみつでも入っているのだろうか。
甘い。
「あの男のことがわかったか?」
ピクッとクラリッサの肩が震える。
「あの男はお前を利用していたのさ」
マグを持つクラリッサの手も震える。
違う・・・
違う・・・
そう思いたい。
でも、あれは強制されて言っていたようには思えなかった。
「お前は見捨てられた。あの男はお前を捨てたのだ」
「ああ・・・」
クラリッサの頬を涙が伝う。
捨てられた・・・
私はダリオに捨てられた・・・
あんなに好きだったのに・・・
ダリオは私のことを好きじゃなかったんだ・・・
「わかっただろう? あの男がいかにひどい奴か」
ダリエンツォの言葉がクラリッサに突き刺さる。
ひどい・・・
ひどい・・・
ダリオはひどい・・・
私を・・・
私をだまして・・・
私をだましていたんだ・・・
「悔しいだろう?」
悔しい・・・
悔しい悔しい・・・
悔しい悔しい悔しい・・・
「ひどい目にあわせてやりたくないか?」
ひどい目に?
クラリッサがふと顔を上げる。
妖しく微笑むダリエンツォの顔がそこにはあった。
「ひどい・・・目に?」
「ああ・・・俺はお前の味方だ。お前を救ってやる」
救う?
私を救う?
誰から?
誰から救うの?
「俺がお前を救ってやる。お前の苦しみを解き放ってやる」
苦しみ?
この苦しみから救ってくれる?
私を救ってくれるの?
ああ・・・
嬉しい・・・
すごく嬉しいよぉ・・・
「お前を苦しめていたのは誰だ? あのダリオという奴だろう?」
ダリオが?
ダリオが私を?
そうだ・・・
ダリオは私を苦しめた。
ダリオは私を裏切った。
ダリオは私を見捨てた。
ダリオは私を苦しめた!!
「どうだ? 奴を殺したくないか?」
殺・・・す・・・?
ダリオを殺す?
ダリオを殺す・・・
ダリオを殺す。
ダリオを殺す!!
「ダリオを・・・ダリオを殺す」
クラリッサの目に狂気が宿る。
ダリエンツォはその目におのれの策が上手く行っている事を見て取った。

渡されるナイフ。
それはあらためてクラリッサを怖気づかせるには充分なもの。
だが、それはダリエンツォもわかっている。
狂気を浸透させなくてはならない。
「大丈夫だ。お前は救われる。これでお前は救われるんだ」
「私は救われる・・・私は救われる・・・」
ただただナイフを見つめ、つぶやいているクラリッサ。
その目は虚ろ。
その肩を抱き、ダリエンツォは彼女を誘った。

「もういいでしょ? あの女は好きにしていいから、俺を解放してくれませんか?」
卑屈な笑みを浮かべて周りの男どもに訴える。
なんなら多少の身代金だって払ってもらえるはず。
ガンドルフィ家は少しは金がある家なのだ。
「さあてね。キャプテンがなんと言うかな」
そう言って水夫たちが下卑た笑い声を上げる。
ダリオはため息をつくしかなかった。

その時ドアが開く。
そこから入ってきた人影を見て、ダリオは息を飲んだ。
「ク、クラリッサ・・・」
入ってきたのはキャプテン・ダリエンツォとクラリッサだった。
だが、クラリッサはうつむいてダリオの方を見ようとはしない。
「ダリオ・ガンドルフィ」
クラリッサの様子をもっとよく見ようと思ったダリオだったが、ダリエンツォに声をかけられ、そちらの方を向くしかなくなる。
「な、なんです?」
「解放されるのはお前じゃない」
ダリエンツォがにやりと笑う。
「えっ?」
俺じゃない?
それじゃクラリッサが解放されるのか?
こいつらの狙いは彼女じゃないのか?
「クラリッサ、あの男を刺せ。そうすればお前は解放されるんだ」
ダリエンツォはクラリッサにそう耳打ちして、肩を押してやる。
ふらりと二・三歩前に出るクラリッサ。
顔を上げた彼女の目は虚ろだった。

「ク、クラリッサ・・・」
両手を後ろ手に縛られ、両足も縛られているダリオは身動きが取れない。
「ダリ・・・オ・・・」
クラリッサの手には光るナイフが握られていた。
「ク、クラリッサ」
ダリオはぞっとした。
まさか・・・
まさか彼女は俺を殺す気か?
「ダリオ・・・」
ふらふらとクラリッサはダリオに近づいていく。
「よ、よせ、クラリッサ。俺だ。ダリオだ。婚約者のダリオだよ」
「婚・・・約・・・」
「そ、そうだ・・・愛してるよ、クラリッサ」
ダリオは必死で縛られた腕を解こうともがきながら、クラリッサに語りかける。
嘘がばれてしまったのは直感的に感じたが、それしか彼女を止める手立てが思いつかない。
「愛・・・してる・・・?」
ピクッと肩を震わせるクラリッサ。
その歩みが一瞬止まる。
「そうだ。愛してるよクラリッサ。一緒にうちへ行こう。家族もきっと君を待っている」
「嘘・・・よ・・・」
「えっ」
「私をまた・・・だますのね?」
クラリッサの目に異様な光が灯る。
「だ、だますなんて・・・」
ダリオが唇を噛む。
まったく・・・
なんてこった・・・
「だましてなんかいないよクラリッサ」
「無駄だよ」
ダリエンツォが首を振る。
「先ほどのお前の話しを聞かせてやった。そいつはもうお前の言葉を信じはしないさ」
「くそっ」
ダリオは舌打ちした。
「クラリッサ、あんな奴の言うことを信じるのか? 俺の愛を疑うのか?」
「い・・・や・・・」
「クラリッサ!」
「私は解放されるの・・・私は解放される・・・」
クラリッサがナイフを振り上げる。
「クラリッサ!」
どすっと言う音とともに、クラリッサの頬に血しぶきが飛び散った。
  1. 2007/07/16(月) 22:45:06|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:3

愛していない

「グァスの嵐」16回目です。

ちょっと展開が変わってくると思います。
それではどうぞ。

16、
連れて来られたのは小屋のひとつだった。
「ここは?」
クラリッサは思わずそう尋ねる。
陽射しを遮ることができるのは嬉しいが、何をされるのかわからないのは恐ろしい。
「ん? つまらん所だ。気にすることは無い」
「は・・・あ・・・」
そう言われては黙るしか無い。
あ・・・
すぐそばにいる男。
海賊のキャプテンだという男。
その男の広い背中に思わず目が行ってしまう。
ドクン・・・
あ・・・
匂い・・・
男の匂い・・・
クラリッサの躰が反応してしまう。
薬のせいだったが、クラリッサは欲情してしまった。
あ・・・
抱いて・・・欲しい・・・
広い背中に寄りかかりたい・・・
きつく抱きしめて欲しい・・・
クラリッサは頭を振る。
いけない・・・
私は・・・
私にはダリオが・・・
そう思いながらも彼女の下腹部は疼きを放つ。
男のモノを欲しがっている。
クラリッサは歯を食いしばるしかできなかった。

「・・・れい・・・ら・・・」
小屋の奥から声が聞こえる。
何を話しているのだろう?
「ここだ」
ダリエンツォが扉を開く。
「入るんだ」
促されるようにしてクラリッサは部屋に入る。
そこはこじんまりした部屋で、椅子とテーブルが置いてあるだけだった。
ベッドが無いということは、無理やり躰を奪うつもりではないのだろう。
でも、こんなところで何を?
「あ・・・の・・・」
クラリッサが振り返る。
「そこに座って静かにするんだ。声を立てるな」
口元で人差し指を立てるダリエンツォの仕草が妙におかしい。
「は・・・い」
何となくその姿にホッとしたものを感じ、躰の疼きも心なしか軽くなる。
クラリッサは言われたとおりに椅子に座って静かにする。

「・・・がい・・・しら・・・なん・・・す・・・」
あ・・・
隣の部屋から声が聞こえる。
さっきかすかに聞こえていた声。
その声が誰のものか・・・
それがはっきりわかった時、クラリッサは泣き出しそうになってしまった。
ダリオ・・・
ああ・・・あの声はダリオだわ・・・
生きていてくれたんだわ・・・
「あ・・・うう・・・」
思わず嗚咽が漏れる。
だが、それは許されなかった。
ダリエンツォが布切れで彼女の口を押さえたのだ。
「む、むぅーっ!」
思わず暴れだそうとしたクラリッサに、ダリエンツォがもう片方の手でナイフを抜いてみせる。
「騒ぐな」
ごくりと唾を飲み込み、クラリッサは無言でうなずく。
「声を立てるな。いいな?」
ダリエンツォがにらんでくる中、クラリッサはコクコクとただうなずいた。
「ようし・・・いい娘だ」
ナイフをしまい、クラリッサの口に当てた布を取る。
「静かに聞いているんだ。面白いことが聞ける」
面白いこと?
それは一体?

もう何度も答えてきたことだった。
彼らはその答えに満足していたんじゃないのだろうか?
両手を後ろ手に縛られ、椅子に座らせられたままダリオ・ガンドルフィは恐怖に身を震わせていた。
またしても拷問されるのか?
いやだ・・・
もういやだ・・・
俺はただ提督の命令に従っただけなんだ・・・
あの女が欲しいならくれてやる。
あんな女に関わったばかりにこのざまだ。
無事に解放される保証も無い。
貧乏くじを引かされちまった・・・
「クックック・・・うちのキャプテンは何事にも確実性を求めるものでね。君の証言に食い違いが無いかどうか、何度でも訊かせてもらうよ」
頭にバンダナを巻いた水夫頭と思わしき人物が前に立っている。
痩せた男で、その手には結んでこぶを作った短めのロープが、そのこぶを外側の頂点にして二つ折りにして握られている。
簡易の棍棒かムチといったところか。
だが、そんなものでも、振り下ろされた時の痛みは耐えがたい。
「では、再度訊かせてもらおう。君の名前は?」
「・・・ダリオ・ガンドルフィ・・・」
静かに口を開くダリオ。
その姿に颯爽とした青年仕官の面影は無い。
もう何度答えたというのだろう。
だが、聞かれたからには答えなければまた痛い目に遭う。
「身分は?」
「ラマイカ海軍の五十人水兵長・・・」
「あのカラビータに載っていた理由は?」
畳み掛けるように簡易ムチを持った水夫頭が尋ねる。
機械的に繰り返すことで思考する暇を与えずに反射的な答えを求めるのだ。
「任務の一環でラマイカに向かうために乗船していました」
「その任務とは?」
水夫頭がにやりと笑う。
その笑いはまるで骸骨が笑っているような不気味さをダリオに感じさせた。
「クラリッサ・モルターリという女性と偽装結婚するというものです」
そのことも何度も言ってきた。
どうせ彼女はどこかの娼館に娼婦として売られるのだろうし、いまさら任務のことを考えても無駄だろう。
もともとダリオはこんな任務には乗り気ではなかった。
愛してもいない女に愛を囁いたうえ、形だけでも結婚するなんてのはいやだった。
クラリッサは美人かもしれないが、彼には別の想い人がいたのだ。
出世が引き換えでなかったら、誰があんな田舎臭い女と・・・
「偽装結婚? どういうことだ?」
水夫頭の顔をダリオは見上げた。
もう何度も言っているにもかかわらず、まだ信じてもらえないのか?
俺は命令に従っただけで、偽装結婚をしてどうするのかの詳しい話はセラトーリ提督からはまだ聞かされていないんだ。
「あの女をとにかく愛しているように見せかけ信用させろと言われた。それ以後のことはまだ聞いていない。本当なんだ。信じてくれ!」
「クックック・・・ではあの女が好きではないのか?」
「好きなものか! 命令でなければ誰があんな女・・・」
ダリオの吐き棄てるような言葉が部屋に響いた。

思ったとおりのダリオの答えにダリエンツォは満足していた。
目の前の女は真っ青な顔をしてガタガタと震えている。
無理も無い。
精神の支えが無くなったんだからな。
これでかなりやりやすくなるはずだ。

あ・・・
今のは・・・何?
愛していな・・・い?
偽・・・装?
全て・・・嘘・・・だった・・・の?
ちが・・・う・・・よね?
嘘・・・だよね?
私・・・は・・・ダリオのために・・・必死で・・・
必死で・・・

『ほう、ではあの女はどうなっても構わないのか?』
『いまさら・・・それにもうあんたらが充分楽しんだんだろ? そんな汚れた女なんか・・・』
ち・・・が・・・う・・・
汚れてなんかいない・・・
私は汚れてなんかいない・・・
クラリッサの頬を涙が伝う。
握り締めた両手は血の気が無く白かった。
「来い」
不意にその手が握られる。
ダリエンツォが彼女の手を引いたのだ。
夢遊病のようにクラリッサは立ち上がる。
もう一分でも一秒でもこんなところには居たくなかった。
  1. 2006/12/13(水) 21:05:49|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:4

クラリッサ

今日は「グァスの嵐」十五回目をお送りします。

久し振りになってしまい申し訳ありません。
それではどうぞ。

15、
去っていくギャレー。
エミリオたちはしばしその姿を目で追っていたが、充分に離れたと判断したところでホッとため息をつく。
「ハア・・・緊張したぁ」
「心臓に悪いぜ」
エミリオもゴルドアンも胸をなでおろす。
「フィオ、ミューを出してあげてくれ」
「ええ、わかったわ」
フィオレンティーナも安堵の表情を浮かべ、ミューを樽から出してあげる。
「あ、ありがとうございます」
樽から出てきたミューが頭を下げる。
「ミュー、気安く呼ばせてもらっているけど、あらためて自己紹介しよう。僕はエミリオ・オルランディ。エミリオで結構だよ。このファヌーは僕の船だから安心していいよ」
エミリオがにこやかに笑いかける。
「ありがとうございます」
ミューもにこやかに微笑んだ。
「俺はゴルドアン。見ての通りバグリーだ」
「私はフィオレンティーナ・モルターリ。フィオでいいわ。この船にはわけあって乗せてもらっているの」
「ミュー・タウゼクスです。よろしく」
「よし、とりあえずこの場所を離れよう。奴らが戻ってこないとも限らない」
ゴルドアンがそう言って帆を操りに行く。
「そうだね。詳しい話はおいおい」
エミリオもうなずいて、舵に付く。
ファヌーは再び滑るように走り出した。

「あうん・・・あ・・・はん・・・あん・・・」
女のあえぎ声。
ギシ・・・ギシ・・・
リズミカルにベッドが揺れる。
「あ・ああ・・・あああ・・・ん」
絶頂に導かれ、女は高みへと昇っていく。
「ふう・・・」
自分自身も放出による開放感に浸るようにごろんと横になる。
いつもセックスのあとは気だるいものだ。
ダリエンツォはベッドの脇にあるテーブルからタバコを取る。
すぐに女がマッチで火をつけ、たくましい胸板に顔をうずめる。
「ふう・・・」
タバコの煙を吐き出すダリエンツォ。
黙って女の髪の毛を梳いてやる。
セックスに関しては悪く無い女だ。
だが、それ以外はどうでもいい女でもある。
売れば結構な金にはなるだろう。
コンコンとノックの音が響く。
「キャプテン。よろしいですか?」
「構わん。入れ」
声の主を理解したダリエンツォは、即座にそう言った。
「失礼しやす」
入ってきたのは赤ら顔に髭を生やしたいかつい男だった。
名をガスパロ・ラッザーリといい、ダリエンツォ指揮する海賊船バジリスクの副長を務めている。
つまりは荒くれどもを押さえつける係りだ。
「ハトが届きました。どうやらリューバ海軍は自航船を手に入れそこなったそうです」
「ふん・・・追い掛け回して逃げられたというところか?」
タバコの煙が暗い室内に広がっていく。
「それがそうでも無いようでして。自航船は自焼したということです」
「なんだと?」
タバコを灰皿でもみ消し、ベッドから立ち上がるダリエンツォ。
「自航船が簡単に燃えるものか? 金属でできているんじゃなかったのか?」
「よくはわかりません。海軍のギャレーがヒューロットに立ち寄った時の情報ですので」
ガスパロも肩をすくめる。
当然だろう。
彼にもわかるわけは無いのだ。
「よし。ヒューロットへ向かう。この周辺ではもう目ぼしいものはあるまい」
「わかりました」
「ああ、待て」
部屋から出て行こうとするガスパロを呼び止める。
「何か?」
「あの女はどうしている?」
ダリエンツォの目が不気味に輝いた。

「ハア・・・ハア・・・」
女の潤んだ目が宙をよぎる。
どろどろになった秘部に白い指が蠢いている。
真っ赤になったそこは腫れ上がって痛々しいほど。
しかし彼女の指は動くのをやめない。
飢えているのだ。
快楽に飢えているのだ。
熱く火照る躰は刺激を求めてやまないのだ。
指だけでは足りない。
欲しい・・・
男が・・・
男の股間でたぎるものが・・・
欲しい・・・
でも・・・
潤んだ目に涙が浮かぶ。
誰でもじゃない・・・
誰でもいいわけじゃない・・・
ダリオ・・・
どこにいるの?
助けて・・・
ダリオ・・・

「意志の強い女でさぁ。食事に混ぜた薬のせいであそこなんかとろとろだっていうのに、男を欲しがりもしねえんです」
監禁場所に向かう通路で男が様子を伝える。
なるほど。
あの男に操を立てているのだろう。
そのような配慮など無縁の男だというのだがな。
ダリエンツォの顔の笑みが浮かぶ。
それならば・・・
面白いものを見せてやるとしよう。

カチャリ。
鍵の開く音にクラリッサは顔を上げる。
たいまつを片手にした男が牢獄の鍵を開けたのだ。
そしてその後ろにはあの海賊のキャプテンが。
「ヒッ!」
クラリッサはとっさに背後の壁まであとずさる。
青ざめた躰を抱え込むようにうずくまるクラリッサ。
「女、出ろ。キャプテンがお話があるそうだ」
クイクイと指で手招きするたいまつの男。
だが、クラリッサは動けなかった。
ガタガタと震えてまともに顔も上げられない。
「ふむ・・・どけ」
「へ、へい」
男がどけ、キャプテンが牢屋に入ってくる。
「あ・・・あ・・・」
恐ろしさに肩を震わせているクラリッサ。
その足元にバサッと布が投げられる。
「え?」
「新しい服だ。躰を洗ってそれを着てこい」
それだけを言うと、海賊のキャプテンは牢屋を出る。
「鍵は開けておけ。それとお湯と石鹸を用意してやるんだ」
「へ、へい・・・」
たいまつを持ったまま、男は口を開けてぽかんとしたままだった。

「キャプテン、連れてまいりやした」
その声に振り返るダリエンツォ。
彼の目によれよれの服を着た水夫と、対照的にさっぱりとしたズボンと白いブラウスに身を包んだ女性が映し出される。
「ほう・・・」
思わずそうつぶやいてしまうダリエンツォ。
それほどまでに目の前の女性は美しかった。
長くちょっと赤みがさした栗色の髪が、まだ少し水を含んでつややかだ。
青い目がうつむき加減で愁いを帯びているのがそそられる。
「あ、あの・・・」
「ん?」
おずおずと口を開いた彼女にダリエンツォは返事をする。
「湯浴みと新しい服・・・ありがとうございます」
多少声が震えているのは寒さのためではあるまい。
このセリバーン海に浮かぶ島々は暑い地域なのだから。
「気にすることは無い」
三角帽を目深に被り直すダリエンツォ。
見るものが見れば、それは彼がちょっとした照れ隠しをしているのだとわかっただろう。
女に礼を言われることなど、ついぞ無かったことなのだから。
「私を・・・どうするつもりなのですか?」
「さあ・・・どうしたらいいとおもう?」
質問に質問で返すダリエンツォ。
彼にしてみれば、今まで女に価値を求めるとしたらSEXか身代金ぐらいでしかない。
だが、彼女の場合はそうではない。
それがちょっと彼を戸惑わせていることだった。

薬であられもなく男を求めてくるのであれば事は簡単だった。
快楽を餌に訊きたいことを訊き、あとは娼館にでも売り飛ばせばいい。
だが彼女はそうならなかった。
快楽に溺れながらも、ただひたすら自慰だけで我慢したのだ。
それだけあの男に対する思いが強いのだろう。
精神力も並みではない。
と、なれば、訊きたいことも素直にはしゃべりはしまい。
さて・・・どうするか・・・

そこでダリエンツォは遊ぶことにしたのだ。
彼女が必死に操を立てている相手がどういう男なのかを知らしめる。
それによっては、面白いことになるかもしれないと思ったのだ。

「身代金は・・・お望みの額をお支払いすることは・・・たぶん・・・」
女は目をそらし、うつむいてしまう。
そうだろうな。
財産を持っているような様子は彼女の家には無かった。
結婚式の持参金も乏しい蓄えを吐き出したのだろう。
だが、どのような金銀財宝にも勝る財産を彼女は持っているはず。
いや、そうでなくてはならないのだ。
星船に関するキーとなるもの。
それを求めたからこそ、ラマイカのジュゼッペ・セラトーリが配下の者を使って彼女を手に入れようとしたのだろうから。
いや、この女ならそのようなものが無くても手に入れたくなりそうだがな・・・
「ふっ・・・」
ダリエンツォの口から笑いが漏れた。

「面白いモノを見せてやろう。来るがいい」
ダリエンツォは手招きしてクラリッサを呼び寄せる。
やむを得ず彼女は従い、ダリエンツォの後を歩いていった。
外の陽射しに思わずめまいがするクラリッサ。
日の差さない牢獄から出たばかりの身にはこの陽射しはきつすぎる。
「大丈夫か?」
「へ、平気です」
気丈にも、ふらつく躰を支えて再び歩き出すクラリッサ。
その様子にダリエンツォは笑みを浮かべた。
  1. 2006/12/11(月) 21:31:29|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ありがとうございました

先ほど四十万ヒットを達成いたしました。

四十万・・・すごいですよ。
本当に皆様のおかげです。
ありがとうございました。

四十万ヒットの記念作品というのは今のところ考えておりませんが、とりあえず「グァスの嵐」第十四回目です。

これでようやくミュー拾い上げが終了です。
長かったなぁ。

14、
「とにかく急ごう。マスターが心配だ」
エミリオとゴルドアンは、急ぎファヌーを走らせる。
おそらく間に合わないだろう。
この距離からでも赤々と燃えている船の炎が見えるのだ。
多分、到着までには船は沈む。
でも・・・
でももしかしたら・・・
そう願わずにはいられない。
あんな可愛い娘を悲しませたくない。
ただそれだけだが、かなうものなら願いをかなえてあげたいのだ。
気になるのは燃え盛る船のそばから動こうとしない軍のギャレー。
あの船を追ってきたということは、もしかしたら何か密輸をしていたのかもしれない。
だとしたら・・・どうする?
エミリオは考える。
「ああ・・・」
フィオレンティーナが口元に手を当てる。
「だめか・・・」
ゴルドアンも思わず目をそらす。
燃え盛る船から、一塊の大きな物体が、火だるまになりながら転落していったのだ。
おそらくは、自ら船を飛び降りた人間に間違いないだろう。
「マ、マスターーーーーー!」
ミューの叫びがあたりに響いた。

「ああ・・・」
最後の力を振り絞った老人が舷側を乗り越える。
副長を初めとするギャレーの乗員はただなすすべもなく見守っているしかできなかった。
鍵をはずされた自航船はじょじょに浮力を失って行く。
そんな中で老人は、確実な死を選んだのだ。
炎の塊となりながら、老人ははるか下方の密雲に飲み込まれる。
もはやあの老人を救うすべは無い。
終わったのだ。
何もかも。
「副長」
呼びかけられた副長はどきっとする。
今の提督には関わりたく無いが、呼びかけられたら無視はできない。
「何でしょう、提督」
「引き上げだ。帰還するぞ」
意気消沈した提督の姿に何となく哀れを感じる。
だが、副長のその思いはすぐに否定されることになる。
「そうだ、副長・・・確かまだ女のガキがいたな」
「は?」
「ほら、海に放り出された少女だよ。今頃は心細くて震えているのではないかな?」
よく言う・・・あなたが見捨てたのではないか。
副長は苦笑する。
「助けに行かねばならんな。何か知っているかも知れんしな」
そっちが重要なのだろうな。
「わかりました。反転だ。配置に付け!」
「ハハッ」
水兵たちが配置に飛びついて行く。
「後方より小型船が近づいてきます」
「何?」
水兵の報告に後方を見やる副長。
確かに一本マストの小型船が近づいてくる。
「副長、臨検しろ。もしかしたらガキを拾い上げているかも知れん」
「わかりました」
提督の言葉に副長ははっきりとうなずいた。

「ギャレーがこっちを向いたな・・・」
ゴルドアンが厳しい表情をする。
おそらくエミリオと同じことを考えているのだろう。
「フィオ、泣いている暇は無いぞ。どれでもいい、空いた樽を見つけてミューを中に隠すんだ」
ゴルドアンの言葉にえっという表情を浮かべるフィオレンティーナ。
一瞬彼女はエミリオの方を向くが、彼がうなずくのを見て彼女もまたうなずいた。
「ミュー、こっちに来て!」
「えっ? はい」
ミューは少し考え込むような感じを見せたが、すぐにフィオレンティーナに従った。
フィオレンティーナはファヌーの中央へ行き、少し考えた挙句に空になった飲料水の樽にミューを入れようとする。
「これがいいわ」
樽の蓋を開けるフィオレンティーナ。
飲料水用の樽も荷物用の樽と同じでその大きさは結構ある。
本来は空になった樽は、タガをはずして分解しておくものだが、いちいち分解するのも面倒だったので、エミリオはそのままにしておいたのだ。
それが役に立つとは。
フィオレンティーナがミューの躰を抱きかかえようとしたが、ミューは自分で隣の樽に登ってそこから入り込む。
ミューの小柄な躰が幸いし、何とか身をかがめて入れたようだ。
「ちょっと狭いです」
「いいからおとなしくして」
フィオレンティーナが上からふたを閉めてしまう。
「静かにしているんだぞ」
ゴルドアンもぴしゃりと言い放つ。
「わかりました」
ミューのくぐもった声が樽の中から聞こえてきた。

日光を避けるためのシートをかけ、他の樽と並べておく。
これでちょっと目にはわからないだろう。
一連の動作が終わった頃には、ギャレーが近づいてくるのがはっきりとわかるようになっていた。
「来たな・・・」
「やっぱりあの娘を狙ってきたんだろうか・・・」
「さあな・・・」
ゴルドアンが首を振る。
「あの娘・・・どうするんだ? 引き渡すつもりは・・・無いんだろ?」
「わからない・・・でも、軍に引き渡してもあの娘が幸せになるとは思えないよ」
「まあ、そりゃそうだが・・・困ったことにならなきゃいいがな」
苦笑するゴルドアン。

「おーい! そこのファヌー! 停船せよ! こちらはリューバ海軍である! 停船せよ!」
士官が声をかける。
ほんとに小さな小型船だ。
沿岸航行ぐらいが関の山だろう。
それでも荷をいっぱいに積んでいるのか、結構沈み込んでいる。
そのため少し上から声をかけるような体勢になっているのだ。
相手のファヌーは了解の印に手を振っている。
驚いたことにバグリー人がいる。
器用に四本の腕で帆を操っているのだ。
このあたりにはあまり見かけない種族であるので、水兵たちがものめずらしそうに覗き込む。
「船火事はどうなったんですか? 煙が見えたので助けが必要かと思ったんですが」
ファヌーの後部で舵柄を握っている青年が声をかけてくる。
「沈んだよ。燃え落ちた」
「沈んだんですか? なんてこった・・・」
青年の顔が曇る。
「おい、しゃべっている暇は無いぞ!」
そう言って舷側に顔を出す副長。
「おい、今から臨検する。いいな!」
「ええっ?」
驚く青年。
それはそうだろう。
救援にはせ参じたと思ったら臨検とは。
水兵の一人は苦笑した。

「やはり臨検か・・・」
「フィオも隠していたほうがよかったな・・・」
エミリオは急に心配になった。
まさかと思うが、ここは海の上だ。
何があっても誰も文句は言えない。
だが、いまさら逃げ出せもしないし、逃げても追いつかれるだけだ。
無事に済むのを祈るしかない。
「ようし、そっちへ移るからな」
そう声がかかり、数人の水兵によって鍵がかけられる。
こちらのほうが若干沈み込んでいるのだが、鍵をかけて引き寄せることで、オールを立てれば舷側に接舷することができる。
すぐに数人の兵士たちが乗り込んできた。

「あの女は?」
エスキベル提督が顎をしゃくる。
「乗組員の一人だそうです。あの少女とは違います」
フィオレンティーナのことを副長が説明する。
「あのガキは乗っておらんのか?」
「はい、どうやら拾い上げなかったようです。見てもいないとか」
「本当か? 隠しているのではないか?」
チッと舌打ちする提督。
すでにガキも沈んだのか・・・
「提督、中身は小麦です」
いくつかの樽を開けた水兵が中身を手にとって見せている。
「ふん」
そっけなく返事して、提督はエミリオをにらみつける。
「貴様が船長だと?」
「そうです」
「ふん、若造が・・・で、本当にガキは拾い上げなかったんだな?」
「ガキなんて拾いませんよ。船火事のようだったから急いで来たんですから」
エミリオもキッと提督を見据える。
「若造、名前は?」
「エミリオ・オルランディ」
「オルランディか・・・覚えておくぞ。おい、引き上げさせろ」
エスキベル提督が手を振って水兵たちを呼び戻す。
「ハッ、おい、引き上げろ!」
「ハハッ」
樽を蹴飛ばしたり、中身をぶちまけたりしていた水兵たちが上手にロープを伝ってギャレーに戻って行く。
「戻り次第出発だ。周囲をもう一度捜索するぞ」
「ハッ」
苦虫を噛み潰したような提督に敬礼し、副長はうんざりする思いだった。
  1. 2006/09/29(金) 21:57:38|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:7

可愛いー

「グァスの嵐」第十三回目です。

今日もあまり書けなかったのですが、公開しますねー。
よろしくお願いいたします。

13、
「そうれ!」
破壊されつつあるボイラーになおも一撃を加えて行く老人。
その周囲はすでに炎が取り囲み、老人の衣服にすら火が燃え移っている。
しかし老人は斧を振り下ろすのをやめない。
ギャレーからは引っ掛け鍵が引っ掛けられ、引き寄せられようとしていたが、燃え盛る船上の火勢に飛び移るのは躊躇されていた。
「何をしている! さっさと飛び移れ! 火を消すんだ!」
「む、無理です。すでに火勢は強く、このままではこちらにも燃え移る可能性が・・・」
提督の怒鳴り声に精いっぱいの抵抗を試みる副長。
「黙れ! まずは貴様が行くんだ! さもないと縛り首にするぞ!」
「ええっ?」
怒気強く言いつけるエスキベル提督。
その剣幕はまわりにいるものの肩をすくませる。
「おい、そこの貴様! すぐにやめるんだ! 死にたいのか?」
提督は老人を怒鳴りつけ、何とか破壊をやめさせようとするが、老人は聞き入れない。
「貴様ぁ! 聞こえないのか! やめるんだ!」
「提督、無駄です。覚悟の行動です。聞き入れるわけが・・・」
副長が何とかなだめようと、提督に進言する。
自航船を覆う炎は音を立てて燃え盛り、その火の粉はギャレーにまで舞い降りつつある状況の今、すぐにでも鍵を離して退避しなくてはならないのだ。
「うるさい、黙れ! 目の前に自航船があるんだぞ! それを失ってみろ・・・ワシは・・・ワシは・・・」
「提督・・・もう無理です。奴は覚悟の上ですこれ以上そばにいてはこちらも燃えてしまいます」
副長が必死になって説得する。
「お、おのれ・・・」
炎上する自航船に提督は歯噛みした。

「よし、もうチョイだ、頑張れ!」
ゴルドアンが四本の腕を使いロープを手繰り寄せる。
手繰るごとに少女の躰は引き寄せられていく。
「もう大丈夫だからね。もう大丈夫だから」
エミリオは思わず笑みを浮かべてしまう。
フィオレンティーナは、まるで自分が少女の立場であるかのように手を握り締めてじっとゴルドアンの動きと少女を交互に見つめているのだ。
ロープがしっかり彼女の躰に巻かれているから、多分もう大丈夫だろう。
もし少女の体を浮かせている木片が外れたとしても、ロープが切れなければ引き上げられる。
だが、できるだけ早く引き上げた方がいいのは変わらない。
「ようし、もう少しだぞ」
じょじょに近づく少女を受け取るために、エミリオも舵を固定して船首側へ行き、舷側から手を伸ばす。
少女はその可愛らしい手をいっぱいに伸ばしてくる。
ゴルドアンによって近づいてきた少女の手がエミリオに触れる。
「届いた!」
エミリオは少女の手をがっちりと掴み、思い切り引いた。
その途端にエミリオの躰が逆に外側へと引き寄せられる。
え?・・・
エミリオは一瞬驚いたものの、少女の躰を受け取るように船内に収容した。
「うわー、よかったー」
すぐにフィオレンティーナは少女のそばへ行って抱きかかえる。
見たところは幼い妹を抱きしめるお姉さんといったところか。
5フィート2インチほどのフィオレンティーナよりもさらに低い。
5フィートあるかないかだろう。
背中まである金色の髪の毛が風になびいている。
「もう大丈夫。もう大丈夫だからね。かわいそうに・・・こんな小さい娘が・・・」
フィオレンティーナは今にも泣き出しそうだ。
この海に放り出された少女の心細さを感じたのだろう。
「はい。ミューはもう大丈夫です。ありがとうございます」
抱きしめられたまま少女は言う。
ミューというのは彼女の名前なのだろう。
「無事でよかった。でも、どうして? 海に落ちたのかい?」
エミリオがひざを折る。
目線を合わせるのだ。
少女は一瞬考え込んだ。
「ミューはマスターであった人によって船を降ろされました。それはマスターにとってもやむを得ないことだった可能性が90%以上であるとミューは考えます」
「マスター? 君はまさか奴隷なのか?」
ロープを巻き取りながらゴルドアンが驚いたようにミューを見る。
「ミューは奴隷ではありません。ミューは自らの判断でマスターを選びました」
「どういうことだ?」
いぶかしがるゴルドアンとエミリオ。
「もう、いいじゃないそんなこと。助かったんだから良しとしましょ。ね、ミューちゃん、お腹空いていない?」
フィオレンティーナは少女の躰に結び付けられたフローティの木片をはずして行く。
木片がはずれた途端、ファヌーの船体がずんと沈む。
まるで重い積荷を載せたようだ。
「お腹は空いていません。それよりもお願いがあります。マスターを・・・マスターだった人を助けてください」
ミューはエミリオとゴルドアンのほうを向いてぺこりと頭を下げる。
二人は顔を見合わせた。

煙は天高く上り、炎は赤い手で全てを飲み込んで行く。
その熱気はもう近づくことさえ許さない。
もう老人の手は動いていない。
斧はもはやどこへ行ったかわからず、老人の姿もおぼろげに見えるだけである。
「あちち・・・これ以上は無理だ。鍵をはずせ!」
副長の命令に水兵たちはすぐさま鍵をはずし、突き棒で引き離す。
「う・・・むむ・・・」
その様子にエスキベル提督は歯噛みする。
炎上する自航船はもはや手が出せない。
たとえ火が消えたとしても、その焼け跡からでは自航船の秘密はわかるまい。
してやられたのだ・・・
まさか死を賭してまで船を焼くとは・・・
何が悪かったのか・・・
ワシの指揮に問題が?
いや、そんな事は無い。
ワシの指揮に問題はなかったはずだ。
ではなぜ・・・
艦長だ・・・
奴が事あるごとに邪魔をしたのだ。
そうでなければワシは今頃は・・・
パチパチと木がはぜる音がする。
火の粉が天に上って行く。
ゆっくりと浮力を失い降下し始める自航船。

「軍艦に追われて?」
「あれだ・・・こりゃあ・・・」
ミューの必死な懇願に、とりあえずエミリオはファヌーを走らせた。
行き先にはぽつんと船影が小さく見えていたが、そこからはもうもうと煙が天に上っていた。
「ミュー、ありゃあかなりの船火事だ。無理かも知れんぞ・・・」
「ゴル! 行ってみないとわからないでしょ! ミューちゃん、そのマスターって大事な人なんでしょ?」
フィオレンティーナが悲観的な意見を突っぱねた。
まあ、確かに行って見ないとわからない。
場合によってはミューと同じように木片にでもつかまっているかもしれないし、軍艦が救助しているかもしれないのだ。
「マスターはミューの大事な人です。ギャレーの軍人たちから守ってくれたんです」
「ミュー。なぜ軍艦がミューとそのマスターを追って来たんだい?」
エミリオはそれが聞きたかった。
こんな少女が軍に必要とは思えない。
おそらくそのマスターが彼女を巻き込みたくなかったんだろう。
しかしそれにしても放り出すなんてどうかしている。
「それは・・・申し訳ありません。現時点ではお教えできません」
ミューは首を振る。
「それにしても、あの火災はどういうわけだ」
帆を操りながらゴルドアンが前方を注視している。
「マスターが火をつけたんです」
「何だって?」
エミリオもゴルドアンも驚いた。
それじゃ自殺じゃないか。
「マスターが・・・軍には渡さないという考えで火をつけたんです」
ミューがはっきりという。
「一体、君のマスターは何を運んでいたんだ?」
「ごめんなさい。言えません」
エミリオの問いに首を振るミュー。
「もう、何だっていいじゃない。大事なのはミューちゃんのマスターでしょ」
フィオレンティーナが怒ったようにエミリオをにらんでミューを抱きしめた。
「あ、ミューでいいですよ」
ミューは抱かれるままに立っている。
その様子にエミリオは思わず微笑んだ。
  1. 2006/09/21(木) 21:30:48|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

炎上

「グァスの嵐」十二回目です。

短いですけどどうぞ。

12、
「マスターーー!」
ミューは声を限りに叫んでいた。
音声伝達は距離に反比例する。
距離が遠くなれば伝わらなくなってしまうのだ。
おそらくもうぎりぎりの距離だろう。
ミューは自己の能力をいっぱいに使って視覚を望遠にする。
遠ざかる蒸気船はギャレーに今まさに追い付かれそうになっていた。
「マスターーー!」
ミューの叫びは届かない。
接近してくるファヌーがあるのを認めたが、ミューは意識的に無視をした。
どの道ミューには身動きの取りようがなかったし、どうやら悪意があって近づいてくるとは思えなかったからである。
おそらくは彼女を人間と誤認識した者たちが、急いで救出しようと思って近づいてくる可能性が80%以上だろう。
ミューももちろんだが、人間は海に浮いていられはしない。
船から放り出されるということは生命活動に重大な危険を及ぼすことなのだ。
だから人間はできる限り救助しようとする。
近づいてくるファヌーも救助活動に当たる可能性が大だった。
「マスターーー!」
ミューは叫ぶ。
すでにマスターではないと命じられはしたものの、ミューのシナプス回路は納得をしていない。
自己に及ぶ危険を考慮した場合、ミューをこのように放り出すという行動自体が通常の行動ではない。
自己保存を優先する場合はミューと蒸気船を軍隊に差し出すのが一番確率的に有利である。
軍隊はミューと蒸気船を手に入れることで、マスターへ危害を加えない可能性が一気に上昇するからだ。
しかし、マスターはミューを放り出した。
ミューを破壊したいという行動ではない。
それならばフローティの木片をくくりつける必要は無い。
そのまま放り出すか、ミューに船から飛び降りるように命じればよい。
そうすればミューの躰は密雲に飲み込まれ、おそらくは二度と浮かび上がることなく永遠に雲の下の強大な圧力に閉じ込められたままだろう。
と、なると考えられることはマスターは自己保存の確率が低くなることを承知の上で、ミューを放り出したということになる。
「マスター・・・どうして・・・」
ミューの胸にはいい知れない感情が湧き上がっていた。

「そこの船! 帆を降ろして停船せよ! こちらはリューバ王国海軍艦シファリオンである! 繰り返す! 停船せよ!」
ギャレーの船首で大声を上げている士官。
「ふん・・・何が停船じゃい」
まったく意に介した様子もなく老人はワインをラッパ飲みしている。
美味い・・・
「停船せよ! 止まらなければ攻撃する!」
すでにギャレーは蒸気船の右側に並ぶほどになっている。
だが、老人はただ一瞥するとゆっくりと立ち上がった。
「さて、始めるとするか・・・」
老人はそうつぶやいた。

「だめです、提督。まったく停船する気配がありません」
「何をしておる! 鍵を引っ掛けて乗り移るんだ。自航船を手に入れるんだ!」
副長の報告に怒鳴りつけるエスキベル提督。
もう指呼の距離にあるというのに何をやっているというのか。
「は、ハハッ! おい、引っ掛け鍵を用意しろ! 乗り込み用意!」
慌てて指示を下す副長。
どうも対応が遅い。
エスキベル提督は苛立ちを隠せない。
ことここにおよんで逃がしでもしたら・・・
そう思ったその時。
「う、うわ。あいつ、火を・・・」
「うおっ、火をつけやがった!」
なんだと?
水兵たちのどよめきに提督は驚いた。
火を・・・つけただと?
「い、いかん! 火を消せ! 火を消すんだ!」
我知らず提督は大声で叫んでいた。

老人の周囲で燃え上がる炎。
予備の帆や薪を燃やしたのだ。
ボイラーに残っていた燠火を撒き、さらに帆や燃えやすい物をそこに広げる。
燠火はしばらく燻ぶったあとに燃え広がり、木造の船体をその炎が舐め始めていた。
「これでいいわい。あとは・・・」
斧を取り出す老人。
彼はその斧を思い切りボイラーに向かって振り下ろす。
ガシーンという金属音が響いてボイラーに裂け目が入った。
「もう一丁」
老人は再び振り下ろす。
ボイラーは悲鳴を上げるかのように金属音を上げ、斧によって壊されていった。

「ようし、もうチョイ舵を右に切ってくれ」
「わかった」
エミリオはゴルドアンの指示通りに舵を切る。
ファヌーは徐々に人影の方へと近づいていた。
「女の子だわ」
はらはらしながら浮いている人影を見ていたフィオレンティーナが、その人影を少女と認める。
「ああ、なんてこったい。こんなところで何があったんだ?」
ゴルドアンの四本の腕が激しく動き、帆を微妙な角度で捌いていく。
「フィオ! ロープの先にフローティの木片をつけて!」
「え?」
とっさのことにエミリオの言ったことがフィオレンティーナには理解できない。
「投げてやるんだ。早く!」
「あ、わ、わかったわ」
すぐにフィオレンティーナも理解して作業にかかる。
ここは空間である以上、ロープを投げてもすぐに垂れ下がってしまって、相手には届かないのだ。
そのために木片を取り付けて先端を浮かせなくてはならないのだ。
「できたよ」
先端に手ごろな大きさの木片を付けたロープがエミリオに向けられる。
「よし、ゴルに渡してくれ」
「わかったわ」
フィオレンティーナはうなずくと、すぐにそれをゴルドアンに手渡しに行った。
「ゴル、これ」
「よしきた!」
ゴルドアンはロープを受け取るとすぐさまそれを放り投げる体勢に入る。
腕が四本あるというのはこういう時にはなんと便利なのだろうか。
「おーい、聞こえるか~! 今からロープを投げる。しっかり受け取れー!」
ゴルドアンは浮かんでいる少女に対してそう叫んだ。

ミューのそばまでやってきたファヌーから声が聞こえる。
なまりの無いセリバーン海の地方言語だ。
ロープを投げるから受け取れと言っている。
「わかりましたー」
ミューは両手を頭上で振って了解の合図をする。
すぐにファヌーからロープが投げられ、ミューの手元に流れてくる。
上手い。
ミューは感心した。
この海という空間で、ロープをきちんと流すのはコツがいる。
それをいともたやすく流すなんて熟練の船乗りなのだろう。
バグリー人だわ。
ミューはファヌーの船上に、このあたりではあまり見かけない異星人を発見する。
四本の腕が特徴の直立したオオトカゲのような恒星間種族。
それがこの星に居るのはミューもデータ上から知ってはいた。
だが、こんなところで会うのは確率上からも少なかったのだ。
ミューは流れてきたロープをしっかりと手に取ると、躰にくるりと巻きつけた。
  1. 2006/09/13(水) 21:50:26|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

指揮権剥奪

「グァスの嵐」第十一回目です。

この提督は書いていて楽しいですねー。
こんなクソ野郎は滅多にいないと思います。
どんな先が待っているのか楽しみです。

11、
「マスターーー!」
ミューは力の限り叫ぶ。
音声伝達以外のコミニュケーション手段を持たない人間とは言葉で意思疎通をするしか無い。
だが、音声でのコミニュケーションはきわめて限定的だ。
外界のさまざまな音がすぐに音声をかき消してしまう。
ミューの叫び声も風の流れに飲み込まれてしまうようだ。
「マスターーー!」
足元には何も無い。
ミューの躰は前後にくくりつけられた木片によって宙に浮いているのだ。
海に放り出されたとき、わずかながらの可能性にかけて人は木片にしがみつく。
運がよければ通り掛かった船に助け出されるかもしれない。
しかし・・・
大半の場合はじょじょに沈んでいって密雲に飲み込まれるか、朽ちるまで漂い続けるかの二つに一つだ。
船乗りはたまに嵐で難破したまま漂い続ける幽霊船に出会うことがある。
もちろん長いこと海に浮いていれば、フナクイムシやバクテリアによって船も遺体も朽ちて行く。
朽ちる前に発見されたりしたものは幽霊船と呼ばれるわけだ。
ミューはおそらくそう簡単に朽ちることは無いだろう。
だが、彼女を浮かせている木片が朽ち、彼女の躰を密雲の中に飲み込ませてしまうだろう。
「マスターーー!」
ミューからどんどん遠ざかって行く蒸気船。
プロペラはもう回ってはいない。
ボイラーの修理はミューがいなくてはできないはずなのに・・・
マスター・・・どうして・・・

「艦長! 目標から人が落ちました!」
「なんだと!」
思わず船首へ走り出すシファリオンの艦長。
「どこだ!」
見張り員のところへ駆け寄り、前方を注視する。
船から落ちるということは死ぬということに等しいのだ。
普段帆桁の上で機敏に動いている船員たちだって場合によっては命綱を付ける。
空と海の区別の無い空間なのだ。
落ちたらまず助からない。
「あそこです!」
見張り員が指差した場所が空中であることにホッとする艦長。
浮いている。
躰に木がくくりつけられているのだ。
それが浮き輪のように躰を浮かべているようだった。
「よかった・・・救助に向かうぞ、船を向けろ」
「その必要は無い、艦長」
背後から掛けられた声に艦長は振り返った。
「提督・・・」
「聞こえなかったのか、艦長? 必要ないと言ったのだ」
自航船の方をまっすぐ見ている提督は艦長の方を向きもしない。
「提督、お言葉ですがあれをご覧下さい! あそこにはなすすべもなく海に浮いている人がいるんですぞ! しかも、よく見れば幼い少女のようではないですか? それでも救助は不要だと・・・」
左舷前方に浮かんでいる少女を指差す艦長。
士官たちもすでに救助するべく縄梯子や毛布を用意し始めている。
「君はわからんのか? それこそが奴の時間稼ぎの手段ではないか! 少女だと? 人形だったらどうするのかね? くだらんことはやめて全速で自航船を追うんだ!」
人形?
そのようなものをわざわざ積んでいる船があるものか。
「提督・・・お願いです。救助活動の許可を下さい。私にも娘がおります。提督にだって可愛いお孫さんがいらっしゃるじゃないですか。お孫さんが海に落ちたら何をさておいても救助なさるでしょう?」
必死に訴える艦長。
一刻を争うのだ。
今この瞬間にもくくりつけた木片が外れてしまうかもしれないでは無いか。
「艦長。君はワシの可愛いジュディッタとあそこに浮いている汚い小娘と一緒にするつもりかね! そんなことは神が許さんよ!」
提督が艦長をにらみつける。
艦長は唖然とした。
提督にとってはあそこで溺れている少女の命などは取るに足りないものなのだ。
「提督!」
「救助をするなとは言っておらん。自航船を拿捕したらあらためて戻って来ればよい。それに後続艦か民間船が救助してくれることは間違いない」
「一刻を争うんですぞ!」
「自航船の追跡も一刻を争うのだ! わからんのか!」
腰の剣に手を伸ばす提督。
これ以上は無駄だ・・・
艦長は決意した。
「艦を少女に向けろ! 救助する!」
「艦長!」
提督の怒鳴り声に艦長は首を振った。
「もはやあなたには付き合いきれません。私は船乗りです。海で溺れているものを放っておくことはできません」
「副長、艦長はお疲れだ。自室で休んでもらいたまえ!」
背後に控える副長に提督は振り向いた。
「かしこまりました。提督」
副長がうなずき、屈強な二人の船員が前に出る。
「バカな・・・副長・・・君は・・・」
衝撃を受ける艦長。
このようなときに提督に取り入るつもりか?
「あの娘を救助するんだ! 私に構わず救助を!」
「艦長、こちらへどうぞ」
他の士官たちに向かって叫ぶ艦長の両脇を二人の水兵ががっちりと掴む。
ベルトから剣を取り上げ、そのまま艦長を後部の船室へ連れて行く。
「私に構うな! 救助を・・・」
「ふう・・・艦長・・・残念だよ。副長、追撃を続けたまえ」
連れて行かれる艦長を哀れむように見やり、三角帽を取り頭をかく提督。
「何をしている! 追撃だ!」
副長が周囲を威圧するように怒鳴り、水兵たちは肩をすくめるようにして持ち場に戻る。
「提督、追撃を続けます」
「うむ。どうやら君は副長という立場より上の立場に向いていそうだ。君の事は海軍本部にも伝えておくよ」
「ありがとうございます」
頭を下げる副長。
ギャレーは速度を落とすことなく自航船のあとを追った。

ミューの見ている前でギャレーは通り過ぎて行く。
「マスター・・・」
ミューには何もできない。
彼女の持つ武器ならギャレーを焼き払うこともできるだろう。
だが、彼女の独断で使うことは許されない。
彼女は誰かに命じられて初めて行動を起こすことができるのだ。
「マスター・・・どうか・・・ご命令を・・・」
ミューはつぶやいた。
だが、答えはなかった。

思ったとおりじゃったな・・・
老人は胸をなでおろした。
おそらくはこちらへ向かってくるものとは思っていたが、万一ミューが軍人たちの手に落ちることになっていたら・・・
そのときは蒸気機関と引き換えにミューを解放するつもりだったのだ。
だが、単細胞の軍人たちはミューを無視してこちらに向かってくる。
これで心置きなく死ねるというものじゃな・・・
老人はそう思っていた。
いっぱいに張られた帆がはためいている。
小さなこの船には充分ともいえる推力を与えてくれているのだが、所詮はギャレーの全速にはかなわない。
だが、できるだけ引き離さなければ・・・
ミューが誰かいい人に拾われるように・・・
軍人なんぞの手に落ちないように・・・
ミューの知識はこんなものではすむまい。
おそらくこの世界をまったく変えてしまうに違いない。
この世界の人間が自分で考え、自分で編み出したものが世界を変えるのであれば仕方が無い。
しかし、ただ与えられた知識と技術をもてあそぶのは危険すぎる。
特に軍人には・・・
やれやれ・・・
「こんなものを使っているワシが言っても説得力が無いのう」
老人はすでに動かなくなったボイラーを眺め、ワインのボトルを傾ける。
いまさら気が付くとは情け無い。
「蒸気機関ぐらいはと思っとったが・・・」
ワシが甘かったのう・・・
蒸気機関を広めればその背後のミューの存在に遅かれ早かれ気が付かれてしまう・・・
そのことに思い至らなかったとはのう・・・
やれやれ・・・
取って置きのワインじゃったのに・・・
老人はボトルのラベルを見る。
4215年製。
娘の生まれた年だ。
あれからもう三十六年。
「マリアンジェラ・・・リリアーナ・・・」
妻と娘の名をつぶやく。
もはや手の届かなくなっていた存在だが、もうすぐまた会える。
「止まれー!」
近づいてきたギャレーからの声が聞こえてくる。
残った時間はもうわずかだった。

風を切って走る小さなファヌー。
今日は天気もいいし風も上々だ。
サントリバルまでの航海はきっと順調だろう。
船首では、前方に突き出したマストに広がる帆をゴルドアンが四本の腕で器用に操り、フィオレンティーナはぎらつく陽射しを避けて、狭い船室でうたた寝をしている。
船尾で舵を操りながら、エミリオは風に当たっていい気分で過ごしていた。
このあたりは島々の間も多少は開き、沿岸航海の小型船にとってはつらいところでもある。
油断するわけには行かないが、この天気なら問題は無いだろう。
前方には一筋の雲がたなびき、眼下の灰色の密雲とは好対照を成している。
「航跡雲だな。船が通ったばかりなんだろう」
左舷に一本糸を引いたような雲を見つけ、ゴルドアンが指を指す。
エミリオもそっちを見て、航跡を引いた船が豆粒のように遠くに浮いているのを見つけた。
「あれがそうじゃない? ギャレー船のようだけど」
「そうだな、ギャレー船だ。軍艦かな?」
遠くを指差すエミリオに、ゴルドアンも手をかざしてそれを認めた。
「軍艦がこんな所にいるなんて珍しいね。何かあったのかな?」
「さあな・・・ん?」
「どうかした? ゴル?」
エミリオが振り向く。
「あれは・・・おい、エミリオ! あれは人じゃないか?」
「人?」
ゴルドアンの指差す先をすぐに見る。
航跡雲の近くにぽつんと黒い点が浮いている。
エミリオは青ざめた。
「人だ! 人が落ちたんだ!」
「まだ浮いている! 向かうぞ!」
ゴルドアンがすぐに帆の向きを操作する。
エミリオもすぐさま舵を左に切り、船首を左舷に向けて行く。
ぐーんと躰が右舷に寄せられる感覚がして、ファヌーは船首をめぐらせた。
  1. 2006/09/06(水) 21:37:27|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

別れ

「グァスの嵐」第十回目です。

ご都合主義きわまれり・・・かな?

10、
右舷前方に現れたギャレーをミューは素早く見て取った。
「マスター、軍艦です。接触は回避したほうがよいとミューは考えます」
「お? どうやらどこぞのばか者がこの船の噂を聞きつけてきたようじゃな。ミュー、左に進路をずらすんじゃ。逃げるとしよう」
老人も年を取って老眼となった目でギャレーを認める。
左右のオールを規則正しく前後させ、先端の四角い帆をいっぱいに張って高速で接近してくるのが見える。
だが、心配は無い。
こちらは蒸気をいっぱいにすれば13ノットは優に出る。
あちらのギャレーは確かに全速で10ノット前後は出るだろうが、所詮は人力。
おそらく奴隷種族のラーオン人を多く使っているのだろうが、それでも全力でオールを漕げるのは一時間がせいぜいだ。
逃げ切ることはたやすいのだ。
老人がさほどの危機意識を持たずに蒸気船で行き来していた理由はここにある。
空間で狙われたとしても、振り切る自信があったのだ。
「はい、マスター」
ミューは投入口を開いて薪をどんどんくべていく。
ボイラーの温度が上がり、水蒸気がどんどん発生していく。
その水蒸気がピストンを動かして後部のプロペラの回転が上がる。
ぐーんと蒸気船は速度を上げ、進路を左舷に向けていく。
どんどん右前方から右後方へと遠ざかり始めるギャレーに老人はつい笑ってしまう。
「わははは・・・お前たちのような軍人がこのテオドロ・チアーノとミューの乗る蒸気船に追い付けるものか」
その老人の笑っている顔を見てミューも微笑みを浮かべるのだった。

左右のオールが必死に空気を掻いているというのに、ギャレーはじょじょに引き離されつつあった。
最初は相手の右舷前方にいたはずなのだが、今では相手の右舷後方を追いすがるような形になっている。
「なんだ? 一体奴はどれだけのスピードを出しているのだ?」
風向きがよくないにもかかわらず、オールも無いのにすごい速度だ。
「10ノット以上はでています。奴は化け物か!」
提督の言を艦長が引き継ぐ。
「逃がすわけには行かん。速度を上げろ!」
「しかし・・・これ以上の速度は十分が限界です。いくら大半がラーオン人でも限度がある」
艦長が首を振る。
「十分で追い付けばいい! それに奴らは怠け者だ。ムチの二三発も食らわせれば黙って漕ぐさ」
「しかし提督・・・」
「黙れ! ここで奴を逃がしてみろ、ワシも君もただではすまんぞ」
艦長の胸に指を突きつけて威嚇するエスキベル提督。
「・・・・・・」
艦長は唇を噛んで黙ってしまう。
「命令を下したまえ艦長!」
提督の怒鳴り声が響く。
その様子に副長も航海長も肩をすくめる。
「・・・わかりました。副長、最大戦速!」
「了解! 最大戦速!」
「最大戦速!」
しぶしぶ出された艦長の命令が、順送りで下甲板へ伝えられる。
すぐにオールの動きが速くなり、ギャレーの速度が上がって行く。
「現在速度、8ノット」
「もっと出せんのか!」
「無理です。これ以上はとても・・・」
艦長は首を振る。
いくらなんでもこんな速度を続けていたのでは奴隷が死んでしまう。
「これでは逃げられるぞ」
歯噛みするエスキベル提督。
目の前から遠ざかって行く自航船を、ただ黙って見送るしかできないのか・・・
彼は三角帽を甲板に叩きつけた。

後方に遠ざかるギャレー。
その姿はかなり小さくなってきている。
このままで行けば、あと十分もすれば振り切れるだろう。
老人もミューもそう思った瞬間だった。
突然大きな音がして、水蒸気が吹き上がる。
「ミュー!」
噴き出した高温の水蒸気がミューの姿を覆い、老人は驚いて叫び声を上げる。
「マスター、来ないで! ミューはこのぐらいの温度は平気です」
駆け寄ろうとした老人を手で制するミュー。
ミュー自身の外装はこのぐらいの高温では損傷は受けないものの、老人は大やけどをすることが確実だからだ。
水蒸気が逃げていくにしたがって、後部で回転していたプロペラの回転速度が落ちて行く。
それにつれて船足も遅くなる。
「ど、どうなったんじゃ?」
「マスター、申し訳ありません。強度不足により、ボイラーにひびが入ってしまいました。充分な強度を確保ししきれなかったミューのミスです」
ミューのミス?
いや、そうではあるまい。
鉄の作りが悪すぎたのだ・・・
粗雑な鉄で作れば強度が不足するのは当たり前。
このボイラーを作成した時にミューはそう言っていたではないか・・・
マスター、ミューはこのボイラーにはあまり圧力をかけたくありません・・・と・・・
やはり農機具しか作ったことの無い鍛冶職人では、均質な鉄の板を作るなど無理な話だったのだ。
だが、今はそんなことを言っている場合では無い。
「ミュー、直すことはできるのか?」
「はい、マスター。でも、それには時間が三十分は必要です」
すでにミューはボイラーの火を落とし始め、腕に仕込まれているレーザートーチを作動させるべく左手首を折り曲げている。
「三十分・・・」
老人は後方のギャレーを見る。
その姿は先ほどまでとは違い、再び大きくなってきていた。
オールの動きも激しく、かなりの速度を出していることは間違いない。
三十分もあればここへは優にたどり着くだろう。
間に合わない。
「ミュー、作業を続けろ」
「はい、マスター」
ミューは老人にうなずき、微笑みを浮かべる。
人間に安心感を与えるにはそれが一番なのだ。
「任せるぞ」
老人はそう言って船の船首部へ行く。
そこにはまだマストが残されており、帆を張りさえすれば帆走が可能なようになっていた。
老人は帆を張り始めた。

「艦長、相手の船足が止まりました!」
船首で見張りについている水兵が声を上げる。
「なんと? 何があったのだ?」
「何があろうと構わん。これは神が与えたもうたチャンスだ。追い付いて拿捕するんだ!」
身を乗り出して大声を上げるエスキベル提督。
「提督、相手は動けない様子。少し速度を落とされては・・・」
艦長は下甲板でオールを漕いでいる奴隷たちを思いやる。
優しさから出たものではなく、単純に戦闘力を失いたくないだけなのだが、提督には通じない。
「黙れ! あと十分ぐらいだ! ムチ打って漕がせるんだ!」
「て、提督・・・」
艦長は絶句する。
提督とてかつては一艦の艦長であっただろうが、提督となった今ではそのことは忘れ去られたのか?
それとも艦長であった時からこうだったのか?
艦長にはわからなかった。
「目標は帆を張っている模様!」
「見ろ! 相手は油断ならん連中だ! 一刻も早く拿捕するんだ。」
「わかりました」
艦長は敬礼し、その場を離れた。
自分の無力がひしひしと身に沁みた。

老人がロープを止め具に縛り付ける。
ばたばたと帆がはためき、ゆっくりと蒸気船を引っ張り始める。
ギャレーはかなり接近してきていたが、まだ追い付かれるには距離がある。
だが、一枚の帆では所詮出せる速度はしれていた。
ほんの少し追い付かれる時間を稼げるだけのことでしか無いだろう。
彼らに追い付かれた時、どうなるのか・・・
奴らはおそらく蒸気機関の仕組みを知って近隣諸国への脅威となるだろう。
そうならないようにひそかに各国の技術者に蒸気機関を広めようと老人は考えていたのだった。
そして、それ以上に気懸かりなのは・・・
おそらく奴らはミューをそのままにはしないだろう。
一体どんな目に合わされることか・・・
老人は決意した。

レーザートーチがパチパチと音を立て、ボイラーのひびの周囲を切り裂いていく。
その閃光がまぶしくて目が眩みそうだ。
しかし、ミューはまっすぐにその光を見つめている。
「ミュー、どんな具合かな?」
老人はそっとミューを背後から抱きしめる。
「あ、マスター、危ないです」
レーザートーチを慌てて切り、ミューは老人の腕を掴む。
「ミュー。しばらくこうさせてくれんか?」
「はい、マスター。修理はあと二十分ぐらいで終了です。しかし、それから圧力を上げるには・・・」
「いいんだ・・・もういいんだよ、ミュー」
ミューの躰は温かい。
まるで作られたなんてのは嘘のようだ。
いや、嘘に違いない。
「マスター? でも今のままでは、あと八分二十秒ほどでギャレーの追尾が成功します。よろしいのですか?」
「軍人なんぞに蒸気機関を渡したらろくなことにはならんわい。奴らはまたしてもわしの娘を奪って行くのか・・・」
老人の目に涙が浮かぶ。
「マスター?」
いつに無い老人の様子にミューは戸惑う。
今まで蓄積したデータが役に立たないのだ。
シナプス回路が適した行動を必死に探すが、うまく当てはまるものが無い。
「ミュー。今から言うことをよくお聞き」
ミューを振り向かせ、しっかりと正面から見据える老人。
「はい、マスター」
ミューの澄んだ瞳に老人の深くしわの刻まれた顔が映し出されている。
「今この時点を持ってミューをワシの支配から解き放つ。ワシはミューのマスターをやめる」
「えっ?」
ミューの顔に驚きの表情が浮かぶ。
あまり見せたことの無い表情だ。
それだけ今の老人の言葉がミューには理解しがたかった。
「マスター。それはどういう・・・」
「ワシはもうマスターではない。ミュー、ワシはもうマスターではないのだぞ」
老人はミューを再び抱きしめる。
「は、はい・・・ですが・・・」
「ミュー・・・奴らはお前を知れば、きっとお前を壊してしまう。そんなことはさせられんのじゃ」
ミューもそっと老人を抱きしめた。
「大丈夫です。ミューはそう簡単には壊されません。心配は無用です」
「ミュー。奴らを甘く見てはいかん。奴らはお前にきっとろくでもないことをする。その時にワシを殺すと脅すかも知れん。そんなことになったらワシは耐えられんよ」
「マス・・・チアーノ様」
マスターではないと言われたことに忠実に従うミュー。
「こうなったのもワシが悪いんじゃ。お前の言うとおりにしておけば・・・」
ミューに取りすがり泣き出してしまう老人。
「チアーノ様・・・」
ミューは優しく老人の背中をさすってやる。
ほんのわずか、時が止まったような静寂が訪れた。
「ミュー・・・いいマスターを探すんじゃぞ」
「えっ?」
ミューを振りほどいて老人は立ち上がる。
大きなフローティの木片を取り出すと、ミューの胴体に縛り付ける。
「チアーノ様、これは?」
「黙っておれ!」
老人はミューを黙らせると、木片を取り付けたミューを抱き上げてみる。
ほとんど重さを感じんか・・・大丈夫じゃな・・・
その感触に満足した老人は黙ってうなずいた。
「チアーノ様、これでは躰が浮いてしまいます。修理ができません」
「修理は必要ない。ミュー。しっかり生きるのじゃぞ」
「だめです、チアーノ様! それはだめですー!」
「マスターとしての最後の命令じゃ。おとなしくするのじゃ」
フローティによって躰の重さを失ったミューは、老人に軽々と抱え上げられてしまう。
「マスター!」
マスターとしての命令といわれたミューは混乱する。
今のミューには老人がマスターなのかマスターで無いのか一瞬判断に戸惑いを生じた。
「さらばじゃ、ミュー。お前との暮らしは楽しかったぞ」
老人にとってはその一瞬で充分だった。
老人はミューをたかだかと放り投げ、船から放り出した。
「マスターーーーーー!」
空中に放り投げられたミューはただ叫ぶしかできなかった。
  1. 2006/09/01(金) 21:59:28|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0

ミュー

「グァスの嵐」第九回です。

これでようやくメインキャラが全部出てきたかな。

9、
「マスター、出港いたしました」
白磁のような肌をした、金髪の少女が顔を上げる。
ガラスのような澄んだ瞳は青く、微笑みがとても可愛らしい。
「蒸気圧を上げろ。アルバへ向かう」
「かしこまりました。マスター」
痩せた老人が彼女に命じ、彼女はにこやかにそれに答える。
投入口を開け、背後にうずたかく積まれた薪をくべていく。
ごうごうという音がして、中では炎が燃え盛っていた。
少女は手際よくボイラーの投入口を閉じ、いくつかのハンドルを調節していく。
取り付けられたメーターの針が動いて内部の圧力を指し示す。
ガシュガシュという音が激しくなり、ピストンの上下動が激しくなる。
それにつれて後部の大きなプロペラの回転が早くなり、30フィートに満たない小柄な船体を10ノットほどの速度まで押し出して行く。
「速度10ノット。進路北西です。マスター」
「うむ。ミューよ、今日は多分よい日になるぞ」
少女の報告に満足そうにうなずく老人。
痩せて、老いてはいるものの、その眼差しは輝いている。
「はい、マスター」
少女は老人の何となく嬉しそうな様子に合わせるかのように微笑みを返す。
「でもマスター。ミューは心配です」
「ん? どうしたんじゃ?」
突然表情を暗くした少女を心配そうに振り向く。
先ほどとはうって変わった少女の表情だ。
「この世界は技術が未発達です。こう何度も蒸気船で往復しては、周囲の耳目を集める確率が幾何級数的に跳ね上がります」
「そのことか」
老人が笑う。
「はい。ミューのわがままでマスターには蒸気機関をお教えしてしまいました。もしかしたらミューはとんでもない事をしてしまったのかもしれないのです」
「心配せんでいい。ミューはワシの言いつけを守っただけじゃ。それに、この世界はいずれは発達せねばならないし、誰かが作り出したであろうよ」
「そうでしょうか・・・」
ミューと呼ばれた少女はまっすぐに老人を見詰める。
その眼差しはまっすぐで、純粋だ。
「ああ、それに今日はよい日になると言ったじゃろう。お前の手を借りずに一から作り上げた蒸気機関が完成するのじゃ」
「マスター。言ってくださればミューはいつでもこんなボイラーは作ることができます。場所と時間と材料さえあれば鉄を精錬し、加工して作ることが・・・」
「それではいかんのじゃよ、ミュー」
老人が教え諭すように少女に言う。
「確かにお前は星船の技術で作り出されたものじゃ。初めは信じられんかったが、ワシのところへ来て一年にもなるというのにお前はちっとも姿が変わらん。それにこの世界には無い知識が豊富すぎる」
「マスター・・・」
少女は困ったような表情をした。
感情というものは彼女には組み込まれていないはずだった。
しかし、老人の元での一年は彼女の高度に統御されたシナプス型回路に影響を与え、感情表現らしきものを生み出すことに成功しているのだった。

彼女・・・Μ-Τ6(ミュー-タウゼクス)は作られた存在である。
宇宙船に積まれていた彼女はこの星系探査の助手として組み込まれた。
姿が少女であるのは原住民に威圧感を与えないためと、よりいっそうの目的として宇宙船乗組員の愛玩目的もあったろう。
メンテナンス中に何があったかは記録に残っていないためわからないが、再起動したときには彼女はこの惑星に放り出されていた。
その後いくつかの原住民との接触の後、この老人と行動を共にすることを選んだのだ。
現時点で彼女の行動はマスターとしてのこの老人に捧げられているものではあったが、この世界に対してはあくまでも彼女を組み込んだ帝国探査局の行動規範が適用される。
本来であれば、現地原住民への介入は避けるべきものであるのだが、帝国探査局はある程度の介入は認めており、前工業後期レベルまでのテクノロジーに関してはかなりの裁量が認められていた。
さらに、今回の探査行自体がこの惑星での長期間滞在を必要としており、その際の現地住民からの便宜供与を受ける見返りとしてのテクノロジー供与は認められており、厳密に言えば彼女の行動は違反ではない。
さらに、よりいっそうの理由として、彼女には燃料電池が組み込まれており、三ヶ月に一度燃料補給をする必要があった。
燃料は水素と酸素であるのだが、酸素は大気中から取り入れることが可能であるものの、水素に関しては水から取り入れるしかない。
彼女の乗っていた宇宙船は、動力源を核融合炉でまかなっていたため、やはり同じように水素を燃料とする。
そのため、宇宙船さえ無事であれば彼女は燃料の水素に不足することはなかった。
しかし、彼女が気がついたときには宇宙船はそばになく、彼女が慣れ親しんだテクノロジーは一切身近には存在しなかったのだ。

彼女はそれを受け入れていた。
再起動した時点での水素残量は80パーセントほど。
おそらく二ヶ月ちょっとで彼女の機能は停止するはずだったのだ。
しかし、老人は彼女を失った娘の生まれ変わりのように扱った。
水素残量が二ヶ月ほどしかないこと。
そしてそれが切れた時点で彼女は機能停止をすることを知らせた時、老人は涙を流して悲しんだ。
そして何が必要なのか、それはどうしたら手に入るのかを彼女に尋ねたのだ。
マスターに尋ねられた彼女は、答えるしかなかった。
燃料としての水素が必要であること。
手っ取り早い方法としての水の電気分解とその方法。
この世界での使いやすい動力源としての蒸気機関と発電機の仕組み。
それを彼女は老人に伝えたのだ。

老人は彼女に命じた。
必要な材料を集めて、その発電機を作れと。
はたして彼女の中にそう命じられるであろうことの予測と、ある種の打算が無かったとは言い切れないかもしれない。
しかし、彼女にとってマスターの命令は果たされなければならないものだった。
彼女は鍛冶から鉄と石炭を手に入れ、天然マグネタイトから磁石を作って、簡単な蒸気ボイラーと発電機を組み上げた。
パワーも発電能力も微々たる物であったが、水を電気分解して水素を作り出すには充分だった。
作られた水素はすぐに彼女の内蔵タンクに吸収され、そこで圧縮されて液体水素となる。
彼女が必要とする水素量を確保するには一日がかりの作業ではあったが、とにかく彼女の燃料問題はこれで解決できたのだった。

老人は喜んだ。
これでミューがいなくなることは無い。
ホッとしたことで彼はこの蒸気機関に興味を抱いた。
これがあれば馬車や船を馬や帆がなくても動かせるのではないか?
そう思った老人はあれこれと仕組みを彼女に聞き、納得すると彼女に蒸気機関を船に組み込ませた。
今までは手漕ぎのボートで近くの島へ行くぐらいだった老人は喜び、手紙のやり取りをするだけだったアルバ島の友人宅へこっそりと出かけるようになったのだ。
だが、それは当然周囲の感心を引き寄せる。
ミューはそれが心配だった。

バリバリと硬いビスケットを頬張る。
マグに入れたワインで無理やりのどに流し込む。
「相変わらずの味だな。これぞ海軍の味ということか」
誰に言うともなく一人ごちる。
「サントリバルで補給すれば、少しはうまいものが食えますよ」
同じようにビスケットをかじっている艦長が肩をすくめる。
保存性が低い新鮮な野菜や焼きたてのパンなどは船内生活では望むべくも無い。
「自航船か・・・そういえば聞いたかね、艦長?」
「は? 何をですか? 提督」
艦長がいぶかしげな顔をする。
提督がニヤニヤしている時はろくなことが無いのだ。
「ラマイカ軍がろくでもないことをしたのさ」
「ラマイカ軍が?」
どこの国でもそうだが、このリューバ王国も近隣諸国とはあまり仲が良いものではない。
だからラマイカのへまはリューバにとっては痛快なことなのだ。
「セラトーリのやつが配下の者を使って、うまく女をたぶらかしたのはいいが、目当ての物は手に入れられないわ、女もろとも海賊に襲撃されるわで散々だったらしいぞ。わはははは・・・」
大笑いする提督。
「ラマイカ海軍のセラトーリ提督がですか? 女をたぶらかして?」
「うむ。女を惚れ込ませ、結婚を餌にして手に入れようとしたらしい」
うんうんとうなずいている提督。
「その目当てのものとは一体?」
「よくわからん・・・探らせておるが、星船に関するものでは無いか・・・ということだが」
「星船? あれは伝説では?」
艦長は驚いた。
ラマイカの提督ともあろう方が、伝説を追い求めているというのか?
「それは何とも言えんな。だが、何らかの手掛かりがあったのではないか」
うなずいて、ワインのマグを空にする艦長。
本来なら食事は部屋で取るのが普通だが、艦長室は提督が使用しており、士官室で食べるのも狭いので甲板上で食べていたのだ。
「セラトーリも回りくどいことをするから海賊にさらわれたりする。捕らえて白状させればいいのだ」
さすがに自国民をそうするのははばかられたのでは?
艦長はそう思ったものの口に出すのは差し控える。
リューバ海軍にその人ありと言われたペドロ・アンドレス・エスキベル提督の機嫌を損ねればただではすまないのだ。
「自航船のことが片付いたら海賊を追うぞ。その女を手に入れ、何を持っているのかを白状させねばな」
「ハッ」
そう答えながらも艦長はげんなりした。
当分この提督に付き従わねばならないということらしい。
彼はこの大型ギャレー『シファリオン』の艦長職にあることをこの日ばかりは呪っていた。

「艦長、前方をご覧下さい!」
水兵の怒鳴り声がする。
彼の指差す先には一筋の煙が立ち昇っていた。
「なんだ、あれは?」
艦長は両手をかざしてその煙をよく見ようとする。
「船火事か?」
「艦長、あの煙へ艦を向けたまえ。自航船は煙を上げると聞いている」
艦首へ行き、よく見極めようとした艦長は呼び止められる。
「は? ハハッ。進路を煙へ向けろ! 帆をいっぱいに張れ! 戦闘速度まで上げろ!」
「了解しました!」
艦長がすぐさま命令を下し、副長が命令を実行するために下甲板へ降りて行く。
「艦長! 船です! あの船は煙り出して帆を張っていない」
驚いた水兵たちのどよめきが走る。
帆を張っていない船が走っているなんてのは信じられないことだろう。
しかし、実際遠くを走っている船は、煙を吐き出しながら後ろにある風車を回しているだけで、帆もオールも持ってはいない。
「提督・・・」
艦長もいぶかしげに振り返る。
「見つけたぞ・・・自航船だ」
エスキベル提督の顔に笑みが浮かんだ。
  1. 2006/08/30(水) 21:19:24|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2

海軍提督

「グァスの嵐」第八回です。

自航船がチラ見え?

8、
「はぅん、はん・・・ああん・・・はんあん・・・はああん・・・」
「う、うおっ、いい締め付けだぞ・・・うぉっ・・・いい・・・」
肉と肉がぶつかる音。
女のあえぎと男の愉悦の声が混じる。
狭い室内に肉の喜びが交じり合っている。
「ああん・・・はああぁぁぁぁん」
女の躰がしなり、絶頂を迎える。
「うぉぉぉぉぉぉ・・・」
それに導かれるかのように男のモノをたぎりを吐き出す。
「はあ・・・」
全てを吐き出した男はそのままごろんと横になった。
「いい味であったぞ。よい計らいをしてやろう」
「・・・・・・」
女はその言葉に無言で唇を噛み締める。
自由を失った今は彼女に選択の余地は無い。
男どもの慰み者になるしか無いのだ。
彼女は黙って下を向いていた。

ノックの音がする。
『提督。間もなくサントリバル島です』
「わかった。今行く」
ベッドから起き上がり、ズボンを穿き直す男。
引き締まった肉体には違いないが、年齢から来る衰えは隠しきれない。
上着を纏い、剣帯を巻きつける。
白髪が多くなった頭に三角帽を被ると、男はリューバ海軍の提督へと変わっていた。
「ふん・・・」
ベッドでうつむいている女に一瞥をくれ、彼はそのまま部屋を出る。
『いい女だ。士官連中にまわしてやれ』
冷酷な言葉がドアの向こうから彼女の耳に届いてきた。

「艦長、自航船が見かけられたのはこのあたりなんだな?」
航海甲板に出てくる艦長。
船体の左右にはうちわのようなオールが何本も連なり、ゆったりと前後に揺れている。
「ハッ! 貿易船が見かけたとのことです」
傍らの艦長が背筋を伸ばす。
この提督の下では気の休まる時が無いかのようだ。
「ふん・・・どういったことかは知らんが、自航船などをうろちょろさせておくわけには行かん。捜索艦からの連絡は?」
腰に両手を当て、風に上着の裾をなびかせる。
「今のところは・・・ですが、必ず見つけ出します」
「当然だな、艦長。君の将来にも関わることだ」
その言葉に艦長の口元がへの字にゆがむ。
「そういえばお孫さんの誕生日がお近くとか。こんな時ですが、乗組員一同よりお祝いを送らせて頂きます」
艦長が合図をすると、副長がリボンのついた箱を差し出した。
「どうぞ。シャルパンティエの人形です」
「おお、これはすまないね。手に入りづらかっただろう? ジュディッタはこれがお気に入りでね。いつもねだられるのだよ」
にこやかに箱を受け取る提督。
その表情はまさに好々爺と言ってよいだろう。
あなたも我々にねだっているようなものですよ・・・提督
艦長がそう思う。
「ワシの部屋に入れておいてくれ。艦長、サントリバルの港を捜索したら、アルバへ向かうぞ」
「了解しました、提督」
敬礼し、艦を港へ向ける艦長。

「はふー。くたびれたー」
運び終わった樽にもたれかかり、汗を拭いているフィオレンティーナ。
無事にクルークドまでの航海を終え、塩漬け肉を下ろした後、サントリバル島へ運んで欲しいという小麦の樽を積み込むという重労働を行なったのだ。
「ふあー・・・サンクスフィオ。助かったよ」
「まったくだ。ずいぶん助かった」
同じように樽にもたれて休んでいるエミリオとゴルドアン。
汗をかくということが無いバグリー人であるゴルドアンは、濡れタオルを躰に当てて気化熱を奪ってもらっている。
もっとも、ゴルドアンの体温を下げるよりも照りつける太陽の熱のほうがタオルに作用しているようだ。
「今日はここで一泊だな。明日、サントリバルへ向けて出港しよう」
「そうだね。サントリバルまでは四日ぐらいかかるかな」
四日か・・・そろそろフィオは飽きてくるだろうな・・・
エミリオはクスッと笑う。
さすがの元気娘も代わり映えしない景色には飽きてくるだろう。
「あとで酒場へ行こう。うまい酒を飲みながらこの付近の事を聞いてみるよ」
ゴルドアンの提案にエミリオはうなずく。
「お酒かぁ・・・ワインぐらいならいいんだけど・・・」
フィオレンティーナが苦笑する。
まだ十七歳の彼女はお酒はワインぐらいしか嗜んだことが無い。
だが、船乗りたちの酒場ではラム酒などをがぶ飲みしているのだ。
当然アルコールの度数も高く、フィオレンティーナにとっては飲めたものではない。
「ハハハハ・・・フィオにはラム酒はまだ早いか」
「そ、そんなこと無いよー。ただ、飲みなれていないだけ・・・よ・・・」
フィオレンティーナはむきになって否定するが、かえってゴルドアンとエミリオの笑いを誘ってしまっていた。
「わかったわかった。フィオにも飲める酒を用意させるよ」
ゴルドアンはそう言ってフィオレンティーナに手を振った。
フィオレンティーナは黙るしかなかった。

煙が立ち昇る。
タンクから水が注ぎ込まれる。
口が開いて薪が放り込まれる。
熱気がそこから漏れてくる。
ガシュガシュとピストンが上下する。
後部についた大きなプロペラがゆったりと回り始める。
その船はゆったりと桟橋を離れ始めていった。
  1. 2006/08/28(月) 21:16:48|
  2. グァスの嵐
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
前のページ 次のページ

カレンダー

01 | 2024/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 - -

時計

プロフィール

舞方雅人

Author:舞方雅人
(まいかた まさと)と読みます。
北海道に住む悪堕ち大好き親父です。
このブログは、私の好きなゲームやマンガなどの趣味や洗脳・改造・悪堕ちなどの自作SSの発表の場となっております。
どうぞ楽しんでいって下さいませ。

ブログバナー


バナー画像です。 リンク用にご使用くださってもOKです。

カテゴリー

FC2カウンター

オンラインカウンター

現在の閲覧者数:

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

リンク

このブログをリンクに追加する

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

管理人にメールなどを送りたい方はこちらからどうぞ

ブログ内検索

RSSフィード

ランキング

ランキングです。 来たついでに押してみてくださいねー。

フリーエリア

SEO対策: SEO対策:洗脳 SEO対策:改造 SEO対策:歴史 SEO対策:軍事

フリーエリア