今日は予告通り2022年最初の新年SSを投下させていただきますねー。
タイトルは「失いたくない妻」です。
若く美しい自慢の妻はそりゃぁ失いたくないものです。
(*´ω`)
それではどうぞ。
失いたくない妻
「お待たせ。迎えに来てくれてありがとう」
助手席に乗り込んでくる梨奈(りな)。
タイトスカートのビジネススーツ姿は、いつ見ても彼女のスタイルの良さを強調して美しい。
まさに俺の自慢の妻と言っていいんだが……
「今日は俺の方が早かったからな……」
とはいうものの、もう時計の針は21時を回っている。
俺自身も今日はたまたま早く帰ることができたので、こうして梨奈を迎えに来ることができただけだ。
梨奈がシートベルトを締めたのを確認し、俺は車を走らせる。
夜のビジネス街の明かりがじょじょに遠ざかる。
「何もしてないけど、総菜だけは買ってある」
「ほんと? 助かる。ありがと」
俺がそう言うと、うれしそうに笑う梨奈。
まあ、これならどこかに寄って二人で食事をしてもよかったのかもしれないが……
「なあ……このままじゃ……ダメか?」
窓外がだんだんと住宅街に近づいていく。
助手席では梨奈がふうとため息をつく。
「またその話? 何度も話し合ったでしょ?」
「それはそうだが……」
俺は正面を見据えてハンドルを握り続ける。
「これからはたぶん、私ももっと帰りが遅くなるわ。あなただって今日は早かったようだけど、いつもならこの時間にはまだいない」
梨奈の言うとおりだ。
今日はたまたま……本当にたまたま早く帰ることができたに過ぎない。
「だからと言って……」
「別れることはない……でしょ? ううん、だから別れるの。私があなたを嫌いになりたくないから……」
「梨奈……」
彼女の言い分は何度も聞いた。
今の状況ではお互い家では顔を合わせるぐらいになってしまい、あなたは私の家事への不満がたまっていく。
些細なことがけんかにつながり、お互いに気まずくなっていく。
どちらかが仕事を変えるなりやめるなりという手もあるけど、私はそれはしたくない。
だから、週末にでも会うだけにして、お互いに距離を取ろうと彼女はいうのだ。
「今はあなたは耐えている。でも、いずれあなたは私が家事にまで手が回らないのを不満に思うようになるわ。一人だと思えば自分でやるしやれるのに、私がいると思うと私にやってほしくなるのよ」
確かにそういうものかもしれないとは思う……
でも、だからと言って何も別れなくてもいいのではないだろうか……
最悪別居という手だって……
「本当に今の会社に好きな人ができたから……とかではないんだよな?」
またしても梨奈のため息。
「もう……何度言ったらわかるの? 私が愛しているのはあなた。あなたを好きでいたいから距離を取りましょうって言ってるの」
「でも……それを信じろと……うわっ!」
「きゃっ!」
突然、車に衝撃が走る。
車も人も少なくなった住宅街に入ったということで気を抜いたわけではないはずだったのだが、ちょっと目線を外したことで、歩道から通りを横切ろうとした相手に気付かなかったのだ。
俺は慌てて車を止めて外に出る。
ヘッドライトに照らされた、道に横たわる女性。
その青いドレスがところどころどす黒くなっていく。
「大丈夫ですか?」
俺は思わず駆け寄って声をかける。
なんてこった……
やってしまった……
会話に気を取られて人を撥ねてしまうなんて……
ビジ……ジ……
女性の首がへし折れて、中から断線したコードが火花を散らしている。
キュインキュインと何やら機械音も聞こえてくる。
な、なんだ?
なんなんだ、これは?
倒れた女性のあちこちから、透明なオイルが漏れだしており、金属の部品がゴムのような皮膚を突き破っているではないか……
これはいったい?
「きゃっ!」
背後で梨奈の声が上がる。
「梨奈!」
俺が振り向くと、黒いスーツにサングラスをかけた屈強な男性が二人立っており、一人が梨奈を羽交い絞めにしていた。
「どうかおとなしくしてください。この場で死人を出したくは無いので」
手の空いているもう一人の男が拳銃を向けてくる。
「くっ……」
俺は観念して両手を上げる。
「申し訳ありませんが、あなた方をこのまま帰すわけにはいかなくなりましたので、どうぞあちらの車にお乗りください。この場の後処理はこちらでいたしますので」
男が指し示す方向には黒いワンボックスカーが側面ドアを開けている。
あれに乗れということか……
「お連れの方にも手荒なマネをするつもりはありません。少し眠っていただいたまでのこと。さあ……」
片方の男がぐったりした梨奈を抱えるようにして車へと連れていく。
これでは、俺一人が騒ぎ立てたところで、こいつらは俺を殺して梨奈を連れて行ってしまうに違いない……
「わかった……」
俺はやむなく男に従い、ワンボックスカーに乗る。
なんとか隙を見つけて警察に連絡しなくては……
ドサッと音がして、ワンボックスの荷室に俺が撥ねた女性が運び込まれてくる。
「おい、彼女は大丈夫なのか? 病院へは?」
「ご心配なく。彼女はロボットです。機械人形ですよ。我々の車に早く合流しようとして、左右の安全確認をきちんとしていなかったのでしょう。申し訳ないことをしました」
「ロボット?」
確かに彼女の中には機械が詰まっているようだったが……あれがロボット?
あんな人間そっくりのロボットがいるというのか?
「おっと、あまり動かないでください。見たければあとで見られるようにいたします。それと、スマホをお預かりしますよ」
俺の向かいに対面で座る形になった黒スーツの男が、拳銃を右手に構えたままで左手を出してくる。
これは逆らっても無駄だろう……
俺は仕方なくポケットからスマホを出して男に渡す。
「結構。それではしばしドライブに付き合っていただきましょう。出してくれ」
男は背中越しに運転席の男に指示を出す。
すぐに車が動き出し、俺は意識を失った梨奈を隣に抱きかかえるようにして、彼らとともにどこかへ向かう。
「ああ、私だ……トラブルの後処理は? ああ……うん……それでいい。こちらはトラブルに巻き込まれたお客様をお連れするところだ。うち一名は素体として申し分ない。許可が出次第処置を行いたいので準備を頼む。ああ……うん……任務には成功したようだが、聞きだしたデータが無事かどうかはなんとも……うん……メモリー取り出しの準備も頼む」
俺に銃を向けたまま小型通信機のようなものでどこかと通話をしている黒スーツの男。
いったいこいつらは何者なのだろう?
やくざとか暴力団のような連中なのだろうか?
あの機械の女性はいったい?
俺はいったい何を撥ねてしまったんだ?
どこか山の中にでも連れていかれるのではないかと思った俺だったが、その予想は外れる。
着いたのはどこかのビルの地下駐車場。
数台の車が止まっているだけの、何の変哲もない駐車場だ。
「ここは……どこだ?」
「まあまあ、あとできちんとお話ししますよ」
銃を向けて降りるように促してくる男。
俺は仕方なくドアを開ける。
「ああ、彼女はこちらで」
俺が梨奈を抱えて降りようとすると、男はその手を離すようにという感じで拳銃を動かしてくる。
俺が男をにらみつける間に、反対側のドアが開き、運転していた男が梨奈を抱えだしていく。
「梨奈!」
「ご心配なく。彼女は大事なお客様です。傷つけたりはしません。さあ、あちらへどうぞ」
男が指し示す先にはエレベータのドアがあり、それに乗れということらしい。
仕方なく、俺はそのエレベータへと向かう。
「待て! 梨奈は?」
見ると、梨奈を抱えた男は別のエレベータの方に向かっているのだ。
「大丈夫だと言ったでしょう? さあ、来ましたよ。乗ってください」
俺の前に立ちはだかるようにして銃を向けてくる男。
俺は梨奈のことを心配に思いながらも、男のいうとおりにエレベータに乗るしかなかった。
やがてエレベータは5と書いてある階で止まり、俺は降りるように促される。
男の言う通りにするのは癪と言えば癪なのだが、相手は拳銃を持っている上、おそらく拳銃が無かったとしても俺が歯の立つ相手ではないだろう。
エレベータを降りた俺は、男に背後から銃を突きつけられるようにして廊下を歩く。
すると、一枚のドアの前に男と同じような黒いスーツを着てサングラスをかけた女性が一人立っている。
女性は俺が近づくとドアを開け、中に入るようにと手で示す。
俺が指示通り部屋に入ると、そこは小ぢんまりとした殺風景な部屋で、テーブルが一つとそのテーブルを挟むようにして置かれた椅子が二脚あるだけだった。
「どうぞ奥の椅子にお座りください。ん……わかった」
俺のあとから男も部屋に入ってくると、俺を奥の方へと追い立てる。
その間にドアのところに立っていた女性が、男に何事か耳打ちしたようだ。
「どうぞお座りください。岸村雄吾(きしむら ゆうご)さん」
男が自分も向かい側の椅子に座り、俺にも座るように言う。
俺は驚いた。
どうして俺の名前を?
「彼女が調べてくれました。あなたのことはだいたいわかりましたよ岸村さん。年齢も住所も所属する会社のことも」
男は拳銃をスーツの内ポケットにしまい込む。
男の背後では入口の近くに先ほどの女性が立ち、笑みを浮かべていた。
「あなた方はいったい……」
俺も仕方なく椅子に座る。
「まあ、我々はある“組織”の者とだけ」
「組織?」
「まあ……よく映画やドラマなんかに出てくるような”組織”と思っていただいて結構。意外と実在するものなのですよ」
男がやや自嘲っぽく笑う。
「俺を……いや、俺と梨奈をどうするつもりなんだ?」
それは俺が一番知りたいこと。
そもそも梨奈は無事なのか?
いったい俺たちをどうするつもりなんだ?
「岸村さん。お気の毒ですが、あなたには二つしか選択肢は残されていない」
「選択肢? 二つ?」
「そう。ここでおとなしく殺されるか、何とかこの場から逃げようとして殺されるかの二つです」
「なっ?」
俺は言葉を失う。
こいつらは俺を殺す気か?
「あははは……いや、これは失礼。今のは冗談です。気を悪くしないでください」
男が笑うが、俺はとても笑えるはずがない。
「ふざけるな!」
「そうですな。では本題に入りましょう。岸村さん、あなたに選択肢が少ないのは事実なのです」
男の表情から笑いが消えた。
「岸村さん。あなたが撥ねた“あれ”、“あれ”は我々の所有するロボットなのです」
「それは聞いたが……ロボットなのか? あれが?」
確かにあちこちから機械のようなものが見えていたし、血ではなくオイルのようなものが漏れていたようではあったが……
俺は自分が撥ねたものが人間ではなかったと知って、少しホッとする。
「ええ、それも結構金がかかっているんです。おわかりかな?」
「あっ」
俺はハッとした。
「弁済しろと……」
「ええ、ですがおそらくあなたには無理でしょう。それに……」
「それに?」
「あのようなロボットが存在しているというのは極秘中の極秘でしてね。見られた以上は黙って帰すわけにはいかんのですよ」
男の口元に笑みが浮かび、俺は背筋が冷たくなる。
やはりこいつらは俺を?
「まあまあ、落ち着いて。岸村さん、さっきも言ったとおりあなたに選択肢は少ないが、無いわけじゃない」
両手を胸の前で広げ、俺に落ち着くように男が言う。
どうやら俺はかなり動揺が表に出ていたらしい。
「俺に……どうしろと……」
「選択肢は二つあるんですよ、本当に。一つは、我々の提案を拒絶して殺される。もう一つは、我々の提案を受け入れ、表面上はこれまで通りの暮らしを続ける」
提案を受け入れ表面上は?
いったいどういうことだ?
「提案とは?」
「なに、簡単なことです。我々のことを一切外部に漏らさない。そして……」
「そして?」
「奥様、岸村梨奈さんでしたかな? 彼女を我々に委ね、彼女の機械化を受け入れること」
「機械化?」
機械化とはどういうことだ?
彼女に何をする気だ?
「そうです。機械化です」
男はまるでそれがごく一般的なことのようにさらりと言う。
「それは妻を……梨奈を機械にするということですか?」
俺はあらためてそう問いかける。
いくらなんでもそんなことはあり得ないだろうと思いながら。
「そうです。奥様を機械にするのです」
俺は口をパクパクと開けたが、言葉が出てこない。
人間を?
人間を機械にするというのか?
「岸村さん、あなたが先ほど撥ねられましたあのロボット。あれももとはと言えば人間の女性だったのですよ」
「えっ?」
俺は驚いた。
もう驚くことなど無さそうに感じていたくらいだったのに、またしても驚いたのだ。
「彼女はHTR-092ミホというナンバーですが、もともとは芳原美帆(よしはら みほ)というOLでした。それを我々の“組織”がスカウトして、あのようなロボットに仕立て上げたというわけです。彼女は美人ではありますが、かといって目立ちすぎるほどでもなく、この手の仕事には結構使い勝手のいいロボットだったのですよ。しかし、どうやら今回の件で残念ながら修理不能となってしまったようで……」
男がペラペラとしゃべり続けている。
こいつは何を言っているんだ?
俺はいったい何を聞かされているんだ?
「それで、我々としましては早急に代替機の必要性を感じてしまうわけなのですが、ここにその代替機に実にふさわしい女性が舞い込んでいらっしゃった。使わない手はありますまい?」
「それが……その代替機が梨奈だというのか?」
男が無言で笑みを浮かべ、コクリとうなずく。
「俺が、もし断ったら?」
男がふふっと笑う。
「簡単なことです。あなたを始末して奥様を機械化する。つまり、どうあっても奥様の機械化は決定事項なのです」
「そんな……」
俺は愕然とした。
「ということで、あなたの選択肢は死ぬか、我々に従って表面上何事もなかったかのように暮らすかのどちらかです。我々としては後者を選んでいただきたい」
「どうしてだ?」
俺は不思議に思う。
どうせ梨奈を機械にすることが決まっているのなら、俺を殺してしまえばいいだろうに……
「メリットがあるからですよ。まず、余計な死体を処理する手間がかからない。死体の処理はいろいろと面倒なんですよ」
男がやれやれという感じで両手のひらを上に向ける。
「それに、我々の運用するロボットは秘密が大前提でしてね、旦那が行方不明となると、妻がいろいろと詮索されるのは避けられない。できればそういう面倒も無くしたい」
それは……確かにそうかもしれないが……
「あと、これが一番重要なことですが、顧客がターゲットとする連中は、結構“人妻”というものが好きという人間が多いものでしてね。独身女性よりも人妻の方がターゲットに接近しやすかったりするのですよ。ふふふ……」
男が意味ありげに笑う。
どういうことだ?
顧客?
ターゲット?
「ということで、あなたが協力してくれた方が、こちらとしてはいろいろと好都合な面があるのです。あなたにとっても悪いようにはしませんよ。協力してくれるお礼もちゃんと考えてあります」
金か?
金で梨奈を売れと言うのか?
「どうです? あなたの言うことをなんでも聞いてくれる従順な妻、欲しくないですか?」
「えっ?」
俺は思わず声を上げる。
言うことをなんでも聞いてくれる従順な妻……だと?
「あなた方がどのような生活をなさって来たかは存じませんが、すべてにおいて奥様があなたに唯々諾々と従ってくれた……などということは無いでしょう? ですが、奥様を機械にすれば、我々の任務に就いているとき以外は、あなたの従順な妻でなんでも言うことを聞くようにプログラムをすることなど簡単なことです。それと……」
「それと?」
「機械になったからと言って、夜の生活ができなくなるようなことはありません。いや、むしろ、我々が顧客に提供しているのはそういった用途に使われるためのロボットです。ですから、あなたの望みのセックスができますよ。もちろん変態じみたことでも……」
男がにやりと笑う。
まるでこちらの胸の内を読んでいるかのようだ。
確かに梨奈としてみたいセックスはいろいろとあった。
ただ、彼女自身は性欲が薄いのか、それとも恥ずかしがっているのか、せいぜいフェラチオをしてくれる程度で、いやらしいコスチューム一つ着てくれたことはない。
だが……
彼女が機械になれば、そういうセックスにも応じてくれるようになるというのか?
「いかがです? どうせ奥様はもう機械化されることは決まっているのですから、機械になった奥様と楽しく過ごされるのもいいとは思いませんか? もちろんあなたもご覧になった通り、見た目は人間と何ら変わりませんし、あそこの使い心地は生身の時よりよくなるぐらいですよ」
男の言葉に俺は考え込んでしまう……
俺が拒否しても、どのみち梨奈が機械にされてしまうのは変わらない……
その場合は俺が殺されるだけだという……
俺は死にたくないし、彼の提案を受け入れれば、機械になった梨奈とこれからも暮らすことができる……
俺はハッとした。
機械になれば梨奈は俺のそばにいてくれるということか……
俺は……
俺は梨奈と別れずにすむじゃないか……
俺は男に一つ質問をする。
「もし、もし俺が解放された後でこのことを警察に言ったりしたら?」
「そうですね……その時はあなたを始末することになるでしょう。なに、面倒とは言いましたが、面倒だからやらないとは言いませんので」
それはそうか……
ここまで話すのはどうせ俺が何もできないからだし、何かをしようとしたら殺せるからだ。
ふう……
俺は男の提案を承諾した。
******
『ねえ、ちょっと! なんなのこれ? 私をどうするつもりなの? 離して!』
ガラスの向こうで裸で手術台のようなものに寝かされ、手足を固定されている梨奈。
なんとかこの状態を抜け出そうとしてもがいているものの、まったく抜け出すことができないようだ。
周囲には様々な機械が並べられ、白衣を着た男女が忙しそうに動き回っている。
梨奈の横にはもう一台のベッドがあり、そこには人間の手や足の形をした機械が置かれ、ほかにも何の役目をするのかわからないようなものもいくつもある。
いったい梨奈をロボットにすると言っても、どうやってするのだろう……
『あなた! 雄吾さん! 助けてぇ! どうして? どうしてそこで見ているの? お願い、助けて!』
天井のスピーカーから梨奈の声が流れてくる。
ガラスの向こうで必死に俺に訴えているのだ。
助けてと……
だが……
俺は隣にいるサングラスの男に視線を向ける。
「どうしました? これから奥様の機械化を始めますよ」
俺はうなずく。
どうせここで梨奈を助けようとしたって、こいつらに止められるに決まっているのだ……
それに……
助けたところで梨奈は俺から離れて行ってしまうじゃないか……
「こちら側の声は向こうには届きません。あなたが何かを言ったところで、奥様には聞こえません」
俺はガラスの向こうの梨奈に向き直る。
「痛みは……あるんですか?」
「は?」
サングラスの男がこっちを向く。
「いや……彼女を痛い目には……遭わせたくないなと……」
「ああ、大丈夫です。麻酔をしますので。気持ちよく眠っている間に機械になれますよ」
ふふっと男が笑う。
「そう……ですか……」
「奥様の横にもう一台ベッドがあるでしょう? あの上にある機械を、これから奥様に埋め込んでいくのです。手足は金属骨格と人工筋肉を、心臓の代わりにモーターを、肺の代わりに高性能電池を、目の代わりにカメラを、脳の代わりにコンピュータをといった具合に……」
俺は無言でうなずく。
やっぱりあそこの機械が梨奈の躰に埋め込まれるのか……
『いやぁっ! やめてぇ! いやよぉっ!』
梨奈の顔に麻酔ガスを流し込むマスクが付けられる。
必死にもがく梨奈の躰が、やがて動かなくなっていく。
『それでは機械化の術式を始めます。よろしいですか?』
白衣を着た男が一人、こっちを向いて確認し、サングラスの男がうなずいて許可を出す。
梨奈……
「うわ……」
俺は思わず声が出た。
麻酔で眠った梨奈の顔が、まるで化粧のパックを剥がすかのようにペロンと剥がされたのだ。
そしてその剥がした顔を何かの薬品に漬け、その下の頭蓋骨が切り開かれていく。
同時にお腹も切り開かれ、次々と内臓が抜き出されていく。
両手と両足も付け根から切り取られ、表皮を取り除かれて中の骨や筋肉が取り出される。
これが……人間の中身なのか……
「いかがです? 結構手際がいいでしょう? これまで何人となく機械化しております連中ですからね。心配しなくても大丈夫ですよ」
心配と言われても、なにを心配すればいいんだ?
梨奈が死ぬことをか?
いや、梨奈は生きていると言えるのか?
「ごらんなさい。あの舌の先端からは薬剤が注入できるようになってます。キスで相手と舌を絡ませ、その時に薬剤を流し込むわけです」
梨奈の口にピンク色の舌がはめ込まれていくのを、サングラスの男が楽しそうに説明する。
手術台の上では、梨奈の躰に次々と機械が埋め込まれていっているのだ。
「あの乳首からも同様に薬剤注入ができるのですよ。しゃぶらせたりしたときに流し込むこともあれば、揉まれているときにガス圧で薬剤を相手の皮膚に浸透させることも可能なのです」
梨奈の丸いきれいな乳房も切り裂かれ、中に機械が入れられる。
「もちろん同様の機能はあそこにもありましてね。キスも胸もどうでもよいというターゲットには、そちらから注入ということになりますな」
得意げに梨奈の機能を俺に聞かせてくるサングラスの男。
これが……これが機械化なのか?
梨奈は……梨奈はいったいどうなってしまうんだ?
「岸村さん、お顔が青いようですが大丈夫ですか? 奥様の機械化手術には時間がかかります。その間別室でお休みされました方がよろしいかと」
男と同じように黒いサングラスとタイトスカートのスーツに身を包んだ女性が声をかけてくる。
確かに彼女の言うとおりなのだろう。
血や内臓を見て少し気分が悪くなってきたこともあり、俺は彼女の勧めに従って部屋を出た。
******
「岸村さん……岸村さん」
「ん……あ……?」
名前を呼ばれて俺は目を覚ます。
あれ?
俺はいったい?
ここは?
「岸村さん……お目覚めですか?」
「あ……えっ? は、はい」
目を開けた俺の前には、あの黒いサングラスをかけ黒いタイトスカートのスーツを着た女性が立っていた。
そうか……俺は昨日この連中に拉致同然に連れてこられて……
この部屋に案内されてコーラを出してもらって……そのままソファで寝てしまったのだった……か?
「俺は寝てしまって?」
「はい。ぐっすりと」
女性の口元にかわいらしい笑みが浮かぶ。
それにしても、彼女も何から何まで黒尽くめだな。
ストッキングも黒だし靴も黒。
サングラスを外せばそのまま喪服として通じそうだ。
まさか……
まさかこの女性もロボット?
「そうだ……今何時ですか? 会社に連絡を入れなきゃ……会社に行かせては……くれませんよね?」
「今は午前10時を回ったところです。ご心配なく。すでに岸村さんと奥様の会社にはこちらから連絡させていただきました」
俺の質問にそう答えながら、女性はコーヒーを出してくれる。
「連絡を? あなた方が?」
「はい。大丈夫です。体調不良で休ませてもらうと、“あなた方の声で”伝えさせていただきましたので」
「俺たちの声で?」
俺は驚いた。
「はい。電話の声を作るなど簡単なことですから」
再びかわいらしい笑顔を見せてくれる女性。
そうか……
人間そっくりのロボットを作るような連中だ……
声ぐらい簡単なもの……か……
「それで妻は? 梨奈はどうした?」
「はい。そのことをお伝えに参りました。奥様の手術は無事に終了したとのことです。コーヒーを飲み終えられましたらご案内いたします」
俺は彼女に首を振る。
「いや、コーヒーはいい。すぐに連れて行ってくれ」
「わかりました。ではどうぞこちらに」
俺はソファから立ち上がると、そのまま彼女の後について部屋を出た。
「やあ、おはようございます。よく眠れましたかな?」
案内された部屋は昨日と同じような殺風景な部屋。
そこに昨日と同じ黒スーツにサングラスの男が、昨日と同じように立っていた。
「ええ、まあ……」
「それは結構。睡眠は重要です。人間にはね」
俺は男に促されて席に着く。
もしかして……昨日飲んだコーラには薬でも入っていたのだろうか?
「こちらは先ほどようやく処理が終わりましたよ。これで奥様は完全に“組織”の機械として完成いたしました」
立ったままコーヒーを飲む男。
俺を案内してくれた女性が、俺にもどうかと聞いてきたので、俺は首を振る。
「梨奈に……梨奈には会えるのか?」
「もちろんです。彼女はあなたの奥様ですからね。すぐに会っていただきますよ」
男がうなずくと、女性の方が壁の受話器を取って一言二言伝えていく。
「今こちらに向かわせたそうです」
受話器を戻しながら女性が言う。
「奥様、すぐに来るそうですよ」
男もニコッと微笑んで、再びコーヒーを口にする。
やがて部屋のドアがノックされる。
「入りなさい」
男がそう言うと、ドアが開いて女性が一人入ってくる。
「梨奈……」
俺は驚いた。
入ってきたのはまぎれもなく梨奈だった。
が、彼女は黒いハイヒールを優雅に履きこなし、躰にはぴったりとした黒いレオタードを着て、まるでモデルのように美しい姿勢で歩いてきたのだ。
梨奈って、こんな美しい歩き方をしていただろうか……
「HTR113リナ、まいりました」
梨奈は男の元へと進むと、そう言って立ち止まる。
HTR113?
「ふむ。サイズ調節のできる汎用タイプの骨格を使ったが、問題はないようだな。皮膚の加工も異常なしと。まあ問題があれば都度調整すればいいが……気分はどうだねHTR113?」
「はい。当機の各部機能は正常に作動しております。とてもいい気持ちです」
男に笑顔を向けている梨奈。
俺はなんだかむかむかする。
あんな躰のラインが出るような格好をして、他の男と親しげに話すなんて……
「梨奈!」
俺は梨奈に声をかける。
先にこっちに一言くらいあってもいいじゃないか!
「おっと、HTR113、彼に挨拶をしなさい」
「かしこまりました」
男に促されてこちらにやってくる梨奈。
レオタード姿で、ちょっと目のやり場に困ってしまう。
梨奈って……こんなに美しかったか?
なんだか……以前よりも顔立ちが整ったように見える。
「初めまして岸村様。当機はHTR113、パーソナルネームリナと申します。よろしくお願いいたします」
にこやかな笑顔で俺に一礼する梨奈。
「は、初めまして? いや……俺は……」
「ご心配なく。岸村様のことは当機のメモリーにしっかり記録されております。当機の素体となった女性のパートナーでいらっしゃいますかと」
当機?
素体?
俺は梨奈の言葉に戸惑いを禁じ得ない。
それに、まっすぐに俺を見つめてくる笑顔はどこか冷たさを感じさせる。
機械になるというのはこういうことなのか?
「ふふふふ……HTR113、彼が困惑しているじゃないか。彼の妻として接してあげたまえ」
男がにやにやと笑っている。
「かしこまりました。擬態モードに移行いたします……ふふっ、どうしたのあなた? 私の顔を見忘れちゃった?」
急に口調が変わる梨奈。
甘えるような顔で俺を見つめてくる。
先ほどまでとは全然違う表情だ。
「あ、いや……その……本当に躰が機械になったのか?」
「ええ。おかげさまで頭のてっぺんから足のつま先まですっかり。でも心配はいらないわ。なんの問題もないのよ」
笑いながらくるっと一回転して見せてくる梨奈。
レオタードに包まれた躰がすごくきれいだ。
「もちろんあそこだって以前よりもあなたを楽しませてあげられるわ。試してみる?」
くすっと笑ってレオタードの股間に手を当てる梨奈。
「バ、バカ」
俺は思わず目をそらす。
「うふふ……ねえ、私の機能を試してみたいと思わない? 我慢しなくてもいいのよ。私のセンサーにはあなたの反応がダイレクトに感じられるわ」
「う……」
確かに俺のあそこはさっきから硬くなっている。
こんなふうに梨奈の躰のラインを見せつけられるなんて思わなかったし、それがこんなにも美しいとは思わなかったから……
「はっはっは、岸村さん、よければまた部屋を用意しますよ。奥様を楽しまれてはいかがかな?」
「いや、しかし……」
確かに梨奈を抱きたいのはやまやまだが、この連中の言いなりになるのも面白くない。
「これは機能テストも兼ねておりましてね。ぜひとも奥様の躰を味わっていただきたいのですよ。もちろん岸村さんがおイヤであれば、別の者にやらせますがね」
「な?」
別の者って……梨奈をほかの人間に抱かせるというのか?
「言ったでしょう? 彼女はそのための機械だと。どうします?」
俺は男をにらみつけたが……
「わかった……」
そういうしかなかった。
******
「ああ……あああ……」
信じられない。
これが機械だというのか?
肌のぬくもりも柔らかさも記憶にある梨奈の躰じゃないか。
いや、以前よりもっと良くなっているのかもしれない。
なんて気持ちいいんだ……
今までだったらお願いしてもなかなかしてくれようとしなかったフェラチオ。
それが玉までしゃぶってくれた上に、思わず出してしまった精液を口の中で味わってくれさえした。
胸だって柔らかくて以前握った時と変わらない……いや、もっと揉み心地が良いくらいだ。
喘ぎ声を我慢するようなしぐさも愛らしく、何度だって突き上げてしまう。
絡みつくようなあそこは俺のモノを咥え込んで離さない。
こんなセックスは初めてだ。
梨奈……
梨奈……
最高だ……
「うふふ……ねえ、あなた、私の躰はどうだった?」
ベッドに寝転がる俺の首を自分の方に向かせ、甘えるように両手を回してくる梨奈。
余韻に浸る俺の耳元でささやいてくる。
「ああ……とてもよかったよ」
「うれしいわ。あなたを楽しませることができてよかった」
「梨奈……」
俺は梨奈を抱き寄せ、その唇をむさぼる。
柔らかい……
これが本当に機械なのか?
梨奈が機械だというのか?
「梨奈……君は本当に機械になってしまったというのか? まだ信じられない……奴らと組んで俺をだましているんじゃないのか?」
口付けを終えた俺は梨奈の顔を正面から見る。
口元のほくろの位置だって変わっていないし、体重だって以前とほとんど変わりないじゃないか。
中身が機械だなんて信じられない。
「いいえ、私はだましてなどいません」
上半身を起こした梨奈が首を振る。
「あなたはすでに私が機械であることをご存じです。だます必要はありません。その命令も受けていません」
「そう……か……」
正直に答えてくれている……ということか……
逆にそれがなんだか悲しい……
待てよ……
「命令されれば……だますのか?」
俺もベッドの上で上半身を起こし、彼女と向かい合う。
「はい。私は“組織”の忠実な機械です。“組織”の命令があればあなたをだまします」
表情を変えずにうなずく梨奈。
「じゃあ、今はそういう命令は受けてないと?」
「はい。現時点で私が受けている命令は、私の機能を完全に使用して、あなたの妻の岸村梨奈としてふるまうようにというものです。そのためには性的機能も使い、この躰であなたを満足させることも含まれます。また、あなたの指示にも極力従い、“組織”の益に反するようなこと以外はあなたの役に立つようにと」
「もし俺が“組織”に反するような行動をした場合には?」
「お答えできません」
即答し、ふるふると首を振る梨奈。
そうか……
おそらく彼女は……
「ご心配には及びません。あなたはこれまで通り私を妻の岸村梨奈として扱っていただければよいのです。そうしていただければ、“組織”の益に反するような行動には計算上90%以上の確率で至らないと判断します」
にこっと微笑む梨奈。
以前よりも表情が豊かになったような気がするのは気のせいだろうか……
「そうなのか?」
「はい。それに、私は“組織”に対して忠実であるのと同様に、あなたに対しても忠実であると申し上げます。組織の命令がない限り、素体時のように私があなたを裏切ることはございませんのでご安心ください」
「えっ?」
い、今なんと言った?
素体時のように裏切る?
梨奈は……俺を裏切っていたのか?
「そ、それはどういう? 梨奈は……素体時の梨奈は俺を裏切っていたというのか?」
「はい。素体時のメモリーを確認しますと、私の素体である岸村里奈は、あなたと離婚をして勤めている企業の同僚である間鍋康介(まなべ こうすけ)と再婚する予定だったと記録されております」
笑顔のままでさらっと言ってくる梨奈。
は?
なんだって?
再婚?
同僚と?
「ほ、本当なのか? 梨奈は……梨奈は俺を裏切っていたのか?」
俺は思わず梨奈の肩を掴んでしまう。
「私の素体はあなたに断りなく間鍋という男と18度、終業後に会っています。これはあなたに対する裏切りと私は判断いたしますが」
彼女の答えに俺はハンマーで頭を殴られたような衝撃を受けた。
梨奈が……
あいつは浮気を……していたのか?
「そ……それは、業務に必要だったから……とかじゃ?」
「素体の勤める企業の業務で肉体を交わらせる必要は、計算上はあり得ないことと判断します」
あ……
そんな……
梨奈が……
梨奈が……
嘘だろ……
だが、俺はわかっていた……
彼女の言うとおりであることが、どこかでわかっていたんだ……
梨奈は……妻は俺を捨てようとしていたことを……
梨奈は俺を……
「梨奈は……あ、君のナンバーは何だっけ?」
「当機のナンバーはHTR113です。ですがパーソナルネームはカタカナ表記でリナですので、リナとお呼び下さいませ」
俺と向かい合いにこやかに微笑んでるリナを、俺はぐっと抱き寄せる。
「HTR113……いや、リナ。お前は……お前は俺のそばにいてくれるのか?」
「はい。組織の命令がない限りは」
俺の耳元でやさしく答えるリナ。
「俺を……捨てないでくれるか?」
「はい。組織の命令がない限りは」
「俺の……俺だけのリナでいてくれるか?」
「はい。組織の命令がない限りは……」
俺は彼女を強く抱きしめる。
機械の躰だってかまわない。
それに以前の梨奈とどこも変わらないじゃないか。
暖かいし柔らかい。
彼女は梨奈だ。
生まれ変わった俺のリナだ。
失いたくない。
誰にも渡すものか……
******
「それじゃ、行ってきます。あなた」
ナイトドレスに身を包んだリナが俺に口付けをする。
土曜日の夜だが、残念ながら彼女はこれから“組織”の仕事とのこと。
ドレスのスリットから覗く白い足には、太ももまでのストッキングを穿いている。
両手にも手袋をして、バッグを持つその姿は、とてもサラリーマンの妻とは思えないだろう。
今夜も誰かがリナの身体を抱くと思うと、俺は複雑な気持ちになる。
妬ましいと思うと同時に、バカな男だとも思うのだ。
おそらく相手はリナの躰にいいようにされ、べらべらと情報をしゃべるのだろう。
それをリナの頭脳が記録し、“組織”に情報をもたらすのだ。
“組織”はその情報を依頼主に渡して金をもらう。
そして……そのうちのいくらかが、俺に協力金として渡されるのだ。
リナには仕事を辞めさせた。
同じ企業で働き続ければ、何かの拍子で彼女が機械であることがバレるかもしれないと“組織”が考えたことと、俺自身が浮気相手にリナを近づけたくはなかったからだ。
浮気相手は最初リナが会社を辞めると聞いて驚いたようだったが、浮気が夫にバレたらしく夫が浮気相手を特定しようとしているという話をリナに伝えさせると、あっさりと切り捨ててきたようだった。
梨奈のやつ……こんな男とくっつこうとしていたのかよ……
「それじゃ気をつけてな」
「はい、あなた。帰ってきたらまた抱いてくださいね」
リナがウィンクする。
なんてかわいいんだ。
今夜はどんな男が彼女の餌食となるのか……
帰ってきたら俺がたっぷりと彼女の躰の汚れを落としてやらなくては。
彼女の躰をまた俺のものにするのだ。
俺はその時のことを考えながら、彼女を仕事に送り出した。
END
いかがでしたでしょうか?
よろしければコメントなどいただけますと大変うれしいです。
<(_ _)>
明日も新年SSの第二弾を投下する予定ですので、お楽しみにー。
それではまた。
- 2022/01/02(日) 20:00:00|
- 怪人化・機械化系SS
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