200万ヒット記念SS「ホワイトリリィ」7回目です。
それではどうぞ。
7、
「ただいま」
俺は何となく重苦しい気持ちで玄関を開ける。
『お帰りなさいませ、お義父様』
以前なら奥のキッチンからでもこう言いながら出迎えてくれた百合香。
だが、あれ以来そういったことは無い。
はあ・・・
やめればよかったのか?
やるべきではなかったのか?
いや。
これは一時のことだ。
これは試練だとも。
これを乗り切れば・・・
百合香はやがて俺のものとなる。
そう、俺のものとなるのだ。
「お帰りなさい・・・お義父様・・・」
リビングに入ると、驚いたことに声をかけられる。
テーブルについていた百合香がうつむきながらもそう言ってくれたのだ。
ほう・・・
俺は嬉しくなる。
「今・・・食事の支度をしますね」
百合香はやはり気まずいのかそそくさとリビングを出る。
それでもやはりパルスの影響があるのか?
声をかけてもらえただけで俺は嬉しかった。
昨日と変わらぬ一人の食事を終えた俺は、仕事を片付ける振りをして部屋に向かう。
さて、蜘蛛女に今日の状況を確認しなくてはならない。
本来ならそんなことまで俺がしゃしゃり出る必要は無いのだが・・・
今後のこともあるし、少し打ち合わせをしておかねばな。
俺は部屋でタバコを一服し、地下のアジトに下りて行った。
ああん・・・はぁん・・・
うふふ・・・
あん・・・ああ・・・ああん・・・
ふふ・・・うふふふ・・・
なんだ、このなまめかしく色っぽい声は?
アジトに下りた俺の強化した耳に、かすかに聞こえてくる妖しい声。
俺は何となく気になって、着替えた後に司令室をモニターに映し出す。
ああ・・・なるほど、そういうことか・・・
俺は苦笑した。
『ああん・・・ああ・・・いや・・・うあ・・・ああん・・・も、もうやめてぇ』
『ふふふ・・・もしかして感じているのかしら? いやらしいわね。これじゃお仕置きにならないじゃない。ちゃんと反省しているの?』
『ああん・・・あん・・・そんな・・・こんなお仕置きって・・・はぁん』
大柄なムカデ女が、床に組みし抱かれ、蜘蛛女の八方からの責めに躰をよじってあえいでいるのだ。
躰の両脇に生えた無数の脚をざわざわと蠢かせ、つややかな金髪を振り乱して息も絶え絶えになっているムカデ女を、蜘蛛女がその上にのしかかるようにして、その長い手足を自由に使って的確にムカデ女の弱点を責めている。
大柄なムカデ女がその気になればすぐにも体勢を逆にできそうなものなのに、蜘蛛女はまったくそうはさせていない。
それどころか、人間であった時には存在しなかった両脇の四本の蜘蛛脚を自在に操り、ムカデ女に快楽を与え続けているのだ。
快楽も限度を過ぎれば苦痛になる。
今のムカデ女がどう思っているかはわからないが、蜘蛛女の責めに快楽を越えた苦痛を味わっていることは間違いない。
俺はそっとモニターを消して部屋を出た。
スモークを流すことも照明を落とすこともせずに司令室に現れた俺に、二人はかなり驚いていたものの、俺の目配せにうなずいた蜘蛛女は、そのままムカデ女への“お仕置き”を続けていく。
「ああ・・・はあん・・・イッちゃう・・・またイッちゃいますー」
「本当にいやらしいわね。もう何度目? はしたない女。こんなことぐらいでイッちゃうなんて」
俺に見られていることに羞恥心をあおられつつも、全身を走る快楽には抗いようも無い。
ムカデ女はもう何度も俺の前で絶頂を重ねていた。
普通の人間の女ならイきすぎておかしくなりかねないぐらいだ。
「ああん。も、もう赦して・・・赦してください・・・お赦しをー」
またしてもガクガクと躰を震わせて絶頂を迎えるムカデ女。
「まだよ。まだ赦さない。あなたのせいで私はドスグラー様のお怒りを買ったのよ! あれほど隠密に徹しなさいって言ったのに!」
「ああーっ! すみませんすみません。嬉しくて・・・改造人間になれたのが嬉しくてーっ!」
「当然でしょ! 私たちはクーライの改造人間。ドスグラー様に選ばれた存在。嬉しいのは当たり前じゃない! でも、命令を無視するような女はクーライには無用なのよ」
口元をサディスティックな喜びにゆがめながら、蜘蛛女はその手を休めない。
ずいぶんと楽しんでいるようじゃないか。
「お、お赦しくださいーっ! 二度と、二度と命令には逆らいません。ああーっ、イッちゃうーっ、あああん」
「いやらしいムカデ女。見なさい。あなたの敬愛するドスグラー様があなたの痴態をご覧になっていらっしゃるわ」
「い、いやぁっ! お、お赦しを・・・ドスグラー様お赦しを・・・わ、私の・・・ムカデ女の醜態をお赦しくださいませぇ」
ほう・・・
蜘蛛女の“お仕置き”の腕はたいしたものだな。
まさにアジトの女王様と言ったところか。
俺はしばし二人の絡みを堪能した。
ハアハアと肩で息をしながらも、床に跪いている蜘蛛女とムカデ女。
戦闘員たちは“お仕置き”の間司令室を出されていたらしい。
俺は今回のことについて再度報告を受けた上で、特に咎めることは無いことを伝えた。
ムカデ女も無事だし、モサドの動きをしばしの間停滞させたのも間違いないだろう。
日本の公安も動きを鈍くするかもしれない。
そんな状況で彼女たち、蜘蛛女とムカデ女を咎めるべき理由は何も無いのだ。
二人は喜びもあらわに俺に平伏し、より一層の忠誠を誓う旨を伝えてくる。
これこそが悪の組織の首領である醍醐味だろう。
可愛いやつらだ。
俺は話が終わったあとで蜘蛛女を呼び寄せる。
これからの事もあるし、蜘蛛女にだけは話をしておこうと思ったのだ。
「お呼びでしょうか、ドスグラー様」
蜘蛛女がムカデ女を見送って俺の前に跪く。
額に並んだ三つの赤い単眼が彼女が蜘蛛であることをしっかりと主張している。
全身を黒い剛毛で覆われて、両脇からは二対の蜘蛛脚が生えているものの、その姿は女性のラインを崩してはいない。
胸の二つの膨らみも柔らかくくびれた腰もなだらかな肩も美しい。
彼女はある意味芸術品なのだ。
「うむ。わがクーライはしばし作戦活動を控えることにする」
「・・・かしこまりました」
蜘蛛女は一瞬驚いた表情を見せたものの、すぐに俺に一礼する。
ふん、頭のいいやつだ。
黙ることで俺の次の言葉を引き出すつもりだな。
「理由は聞かないのか?」
「ドスグラー様がお決めになったことでございます。理由など私が聞くべきことではありません」
「我々にとってホワイトリリィが最大の敵であることはわかるな?」
俺は椅子に深く腰掛けて脚を組む。
「もちろんです。ドスグラー様」
「そのホワイトリリィの正体を突き止めたのだ」
「えっ?」
蜘蛛女が思わず顔を上げる。
それはそうだ。
こちらがいろいろと探ってもわからなかったのだからな。
あのことがなければ今でも気が付かなかっただろう。
「ホワイトリリィの正体ですか? それは一体?」
「うむ、それなんだが・・・」
俺はここで言いよどむ。
ホワイトリリィは憎むべき敵だ。
俺だって百合香がホワイトリリィでなければ殺しても飽き足らないだろう。
蜘蛛女にしても幾人かの部下を失ったのだ。
ホワイトリリィを憎んでいるはず。
はたして百合香のことを・・・
だが、俺はクーライの首領である。
いかに理不尽と感じようが俺の命令は絶対だ。
それに部下に隠し事をするような首領では部下も付いてはこないだろう。
「ホワイトリリィの正体は洞上百合香だ」
一瞬何のことだかわからないといった表情の蜘蛛女。
「百合香って? ドスグラー様のご家族の百合香さん・・・ですか?」
「そうだ」
「・・・・・・」
俺がうなずくと蜘蛛女は無言になる。
「ドスグラー様・・・ホワイトリリィをどうなさるのですか?」
蜘蛛女が唇を噛み締めている。
今まで散々煮え湯を飲まされたのだ。
無理も無いな。
「俺が百合香に持っている想いをお前は知っているな?」
「・・・・・・はい」
「俺は百合香を手に入れる。例え百合香がホワイトリリィであったとしてもだ」
「ドスグラー様・・・」
「蜘蛛女、お前にとってはつらいことかもしれないが、俺は百合香を手に入れる。そのために百合香の感情をいじってやるのだ」
俺は言い聞かせるように繰り返した。
「あの装置ですね?」
俺は黙ってうなずく。
「百合香さんの感情をいじる・・・百合香さんを手に入れるということはホワイトリリィはどうなるのですか?」
「百合香とホワイトリリィの精神が同じであるのならば、百合香が我がものとなった暁にはホワイトリリィの脅威は無くなろう。だが、ホワイトリリィの時と百合香の時とで人格が変わるのであれば・・・」
その時は厄介だな・・・
「ホワイトリリィは根底の部分で百合香さんの優しさを持っていると思われます。おそらく別人格ということは無いかと・・・」
「だといいのだがな」
俺は蜘蛛女の言葉にうなずいた。
おそらくそうだろう。
いや、そうであって欲しいところだ。
「どちらにせよ俺は百合香を我がものにして、できればクーライに迎え入れたい。彼女は魅力的である以上に有能でもあるからな」
俺はそう言うと蜘蛛女の反応を待った。
嫉妬や憎悪というものは底が深い。
理解しろと言っても感情が納得しないものだ。
はたして蜘蛛女の顔に一瞬暗いような悲しいような表情が浮かぶ。
だが、それは本当に一瞬のこと。
蜘蛛女はすぐにくすくすと笑いを浮かべたのだ。
「どうした?」
俺はちょっと戸惑った。
この笑みは何を意味するのか?
「ドスグラー様。ご不安ですか?」
蜘蛛女がそっと俺の足に擦り寄ってくる。
「不安だと?」
「はい。ホワイトリリィである百合香さんを我がものにしようとして画策なさること。さらには我がものとした百合香さんをクーライに迎え入れることで、私や他の女怪人たちに嫉妬や憎悪が芽生え、クーライの内部結束にひびが入るとご不安なのではございませんか?」
蜘蛛女はそう言って甘えるように俺を見上げる。
さすがだ。
俺の気持ちを的確に読み込んでいる。
「ご心配は無用です、ドスグラー様」
無用?
「ホワイトリリィは確かに憎むべき敵。今まで失った怪人たちのことを考えれば憎んでも余りある敵。ですが、ご存知でしたかドスグラー様?」
「何をだ?」
俺は優しく蜘蛛女ののどを撫でてやる。
「私たちはドスグラー様が大好きです。身も心も捧げております」
「当然だ。俺がそう仕向けたのだから」
「ですからご心配は無用なのです。ドスグラー様がお決めになったことに否やを唱えるものはクーライにはおりません」
「蜘蛛女・・・」
うっとりと俺を見上げている蜘蛛女。
可愛いやつだ。
「私たちの感情など無意味です。ドスグラー様の御心を私どもの感情で乱すことなどあってはなりません。どうぞ百合香さんを・・・いえ、百合香様をクーライの一員にお迎え下さいませ。私たちはドスグラー様のお選びになったお方なら、身も心も捧げます」
「百合香様・・・か。俺が百合香を幹部扱いしようと考えていることを知っていたか・・・」
「はい、存じておりました。百合香さんは優秀ですから異存はありません。もし・・・」
「もし?」
「もし私の心が醜い思いに捕らわれるようなことがあれば、そのときは・・・そのときは再洗脳をお願いいたします」
俺は蜘蛛女を抱き上げる。
「あ・・・」
俺は蜘蛛女を膝の上に載せ、その唇をむさぼった。
「ド、ドスグラー様・・・」
「すまんな、蜘蛛女」
「いいえ。私は当然のことを言ったまでです」
すっと身を引いて、再び俺の前に蜘蛛女は跪く。
「ドスグラー様、あのパルス発信機は特定脳波に合わせることが可能です。百合香さんの脳波シグナルを調べることをお許し下さい」
「脳波シグナルだと?」
「はい。特定脳波に合わせたパルスであれば、より一層コントロールしやすいと思われます。百合香様を一日も早く我がクーライに迎えるためにもその方がよろしいかと」
なるほど、不特定多数に対して最大の効果を与えるように調整されている今の状態では、百合香だけではなく俺や了史にも影響がある。
それどころか百合香に与える影響力も限られるというわけか。
やれやれ・・・
そんなことにも気が回らなかったとは・・・
やはりどうかしているな。
もう少し早くに蜘蛛女には全て話しておくべきだったか。
俺は苦笑した。
「任せる。頼んだぞ」
「はい、ドスグラー様。では失礼いたします」
うやうやしく一礼し、去っていく蜘蛛女。
俺は立ち去る蜘蛛女の後ろ姿を眺め、あらためて彼女を手駒にできた喜びを噛み締めていた。
- 2010/02/26(金) 21:21:21|
- ホワイトリリィ
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